ここ最近忙しいので、まだ亀更新が続きそうです。
申し訳ない。
大洗と、その他の高校に手紙が届く前日。
まひろは角谷から連絡に動揺を隠せなかった。
「で、相手は……」
「大学選抜チームです……」
「……マジかよ」
不安しかない。
まひろは島田愛里寿率いる大学選抜の実力を知っている。
想定して、想像して、かなり贔屓目に見ても大洗に勝ち目は……。
だが、それでも、彼女らは戦う覚悟があるのだろう。
ならばその思いを裏切りたくはない。否定したくはない。
「……分かった。できる限りのことはしよう。どんな結果になろうとも、必ず、大洗を守ろう」
「はい、必ず」
短い言葉の中に、角谷の思いを密かに感じる。
通話の後、まひろはまほから借りたPCを操作した。
まずは資金援助。
戦車道の戦いとなれば、もうまひろの踏み入れる領域ではない。だからせめて、その準備にだけでも力を貸したい。
しかし一つ、彼の個人的な問題がある。
それは、みほにプレッシャーをかけたくないということ。
現状を考えるに、隊長であるみほには相当の重圧があるはず。
スポンサーからの援助は、更なる重圧と余計なことを考えさせる事になるかもしれない。
それを避けるために、わざわざ大洗以外の高校にも援助金を出した。大洗に、ひいてはみほに対する過剰な干渉ではないと思わせるのが狙いだ。
どれだけの意味を示すか分からないが、最悪、東条まひろが首謀者であることだけはバレたくない。
自分がみほの直接的な枷には、なりたくないのだ。
ちなみに彼が西住家でこれらの作業を行っているのは、大学の寮に戻る時間すら節約するためである。
……待てよ。
「もしもね。もしも私が、お姉ちゃんだったら……」
……やめろ、やめてくれ。
「お兄ちゃんは、どう思う?」
「……今と、変わんねぇよ」
俺にとっては、二人とも、大事な妹だから。
「そっか……。じゃあ、しょうがないね」
「…………」
作りきれていない少女の笑顔から、少年は視線を外す。
そうすることしか、できなかった。
「──はい、では、よろしくお願いします」
電話を切り、まひろはまたため息を吐く。
これで何回目だろうか。
こう言っては何だが、大洗の勝ち目はほとんどない。
ならば、例え彼女達の努力が報われなかったとしても、彼女達の居場所だけは守ろうと。
まひろは各方面に声をかけ、あの会議室で話せるだけの材料を揃えようとしていた。
みほなら、勝てなくとも全力で戦うはずだ。なら、俺もそうしないと合わせる顔がない。
そんな思いから、まひろは買い溜めたエナジードリンクの蓋を開けた。
東条家は名家と呼ばれるに十分な知名度と私有財産を誇る。
それ故に、社会的な繋がりは広く深い。
今もこうして、まひろはその繋がりを持つ相手を選んで交渉をしているわけなのだが。
名簿から目を離し、次の人物に電話を掛けようとした時、着信音が鳴る。
相手は、──東条まこと。
「……何か用か?」
「『東条』の名前を、使っているらしいな」
耳が早い。
彼の言う『東条』とは、『東条まひろ』の名前ということである。
つまり
「言っとくが、謝る気はねぇぞ」
「だろうな。別にやめろと言う気はない。どうせ、聞かんだろうからな」
「あぁ。必要なら、俺は何でも使う」
それが彼の覚悟だった。
まひろにとって、東条家の生まれはある種のコンプレックスであり嫌悪しているとすら言える。
だが、目的のためなら、みほの為なら、そんなプライドもこだわりも捨てる。
「……この件が終わったら、話がある」
「そうかよ」
「……まひろ」
「ん?」
まひろが通話を切ろうとした瞬間、父は一言でそれを止める。
「……貸し一つだぞ」
「──……あぁ」
今度こそ、まひろは届いている電波を遮断した。
時刻は午後の九時を回った。
規則正しい生活が基本となる西住家の中で、ある一つの部屋だけが明りを保っている。
「まひろ」
障子の戸をノックする代わりに、まほは声で入室の意を伝える。
「あぁ」
「失礼する」
部屋に入り始めてまほが見たのは、こちらも見ずにPCを操作している背中だった。
「ちょっと待ってな……よし。でどうした、まほ?」
「いや、様子を見にな。夕食の席にも来なかったろ?」
「あ~、わりぃな。こっちは買ってたもので済ましてたから」
「そうか」
「……」
「……」
作業に一段落付けたまひろは体ごと振り向き、まほはその正面に正座する。
……気まずい、と。
まひろは視線を外しながら軽口を飛ばそうと声を作る。
「……あ~、珍しいな。まほならもう寝てるかと」
「いつもなら、な」
「そ、か」
「あぁ」
「…………」
「…………」
僅かながら、二人の間に沈黙が降りる。
今までも決してなかったわけではなかった。もとよりまほはよくしゃべるというわけではないのだ。
だが、今まであった静かさとは確かに違う、言いようのない気まずさがある。
「……まぁ、俺は大丈夫だ」
「……そうか」
「あぁ。だから──」
「だが、今は休め」
「えっ……?」
自然な動きで正座を解き、まほは立ち上がる。
そのまま、ゆっくりと、彼女はまひろの顔に両手を添えた。
「あ、え……?」
「前に言っただろ。無理はするな。疲れたら休め」
「いや、だから大丈夫だって……」
いつも通りの声色、口調でまひろは言う。
だが、まほは作り笑いを見抜いた上で、泳いだまひろの瞳を見つめる。
「話は聞いている。この前、倒れたんだろ?」
「それは、ただの立ち眩みだって……」
「誤魔化せると思ってるのか?」
「…………」
無理だろうと、まひろは察する。
あの西住しほが、そして目の前の彼女が、自分のような非力な男の嘘を見抜けないはずがない。
「……けど、もう少し、もう少しだけ──」
しかし譲れないものもある。
まひろにとって、みほは大切な妹なのだ。
もうこれ以上、彼女に辛い思いをさせたくない。
今年起きた転校の時、彼は何もできなかった。だからせめて、せめて今回だけは──今だけは。
「みほの為、なんだろう?」
「……っ!」
まほには言っていないはずだ。
まひろが今何をして、何故ここまで無理をしているかは──。
いや、分かるものだろうか。
すでに大洗の境遇は知れているだろうし、まほはまひろの性格を理解している。
なら……。
「頼む、もう少しだけ、やらせてくれ」
「……だめだ」
「まほ──っ!」
否定された直後、まひろの視界は暗く閉ざされる。
目を閉じたわけではない。
今何をされているのかを理解するのに、まひろは数秒の時間を要した。
「……えっと、まほ?」
「だめだ」
「いや、そうじゃなくて、だな。この、状況は……」
「まず聞いてくれ」
「あ、あぁ……」
珍しく、まひろが戸惑う。
それも仕方ない。
今彼の視界は完全に塞がれ、彼の顔は、まほの体に押し付けられていた。
もっと言うなら、顔が覆われるくらいに大きなところに押し付けられていた。
つまり──胸部に。
「まひろは、よくやっている。よくやってくれている」
「……」
「だから、あとは任せて欲しい」
「……えっ」
「あとは私がどうにかする。だから、今は休んでくれ」
「けど……」
「約束、しただろう」
「約、束……」
まほとの約束──まほは『前を向いて進む』。
覚えていたことより、そのことを口にしたことにまひろは驚く。
まひろにとってあの約束は、まほを縛るものではなく、彼自身の覚悟を示すものだった。
そうでなければ、まほの枷になりたくないという意思に反する。
「私は前を見て進む。君が守ってくてた道を、誰よりも勇ましく進んでみせる」
「俺が、守った……?」
「君は、約束を果たしてくれた。次は私の番だ」
待て……と、そんな言葉は出なかった。
まひろの頭を押さえていた両腕から力が抜け、代わりにまほの右手が彼の頭にゆっくりと添えられた。
「だから、今は休んでくれ。よくやった。──ありがとう」
「……っ」
添えられた手は、流れる髪に逆らわず、まひろを静かに、優しく撫でる。
まるで、子供をあやすように。
まるで、子供を愛でるように。
「みほのことは、大洗のことは、私に任せてくれ」
「まほ……」
「まひろが守ろうとした場所を、私にも守らせてくれ」
道ではなく、場所。
その区別をまひろは理解し、同時に諦める。
(あぁ……分かった。まほも同じなんだ)
彼女も彼と同じく、守りたい
一度守れなかった、過去の自分の所為で無くしてしまった妹の居場所を、まほは守りたいのだ。
そう理解したと同時に、まひろは無性にやるせない感傷に陥る。
何故自分は、たった一人でやろうとしたのかと。
何故自分は、自分だけが
……分かっていた。──まひろにとって、まほもまた、守りたい妹なのだから。
しかしどうだろうか。
こうして自分を抱き抱え、自分の思いを理解してくれる彼女は──。
理解した上で、任せてくれと支えてくれる彼女は──守られるだけの妹だろうか。
(違うな。……なんせまほは、西住だ)
曲げず、負けず、挫けず、自らが定めた道を乱れず進む戦乙女。
(俺なんかより、余っ程強い
彼女になら、任せられる。
そう思った時、全身から力が抜ける。
「……分かった。あとは……た、のむ……」
「──あぁ」
糸が切れ、まひろの意識は遠退く。
瞳を閉じた彼は、自分を包むぬくもりに身を委ねた。
「…………ふっ」
腕の中で静かな寝息を立てるまひろ。
その寝顔に、まほは愛しさを感じながら微笑んだ。
聖グロリアーナ女学院。
戦車道チームの隊長を務める彼女に、一本の電話が入る。
コールの相手は、東条まひろ。
「も、もしもし?」
「ダージリン、私だ。夜分遅くにすまない」
「…………」
驚愕、落胆、困惑、納得。
一秒で複雑に絡む感情を飲み込み、ダージリンは一呼吸置いて話し出す。
「何故、まひろさんの携帯からまほさんが掛けているのか聞いてもいいかしら?」
「別に構わないが、先に要件を伝えたい」
「あら、そう」
淡白な返しとは対称的に、ダージリンは西住まほの声からことの重要性を感じ取り、気を引き締めた。
「それで、用というのは?」
「力を借りたい。──大洗を助ける為に」
「……それは、まぁ、意外なお誘いね」
一瞬、笑ってしまいそうになった。
仕方がない。今のセリフは、傍から聞いてもシスコン宣言のようにしか思えない。
「妹さん、みほさんが余程大事なようね」
「……私は、まひろの手伝いをしているだけだ」
「そうなの。だからその携帯から掛けている、ということかしら」
まほは答えなかったが、これがさして重要な問いではないからだろうと、ダージリンは思考を切り替える。
大洗の件については既に知っていた。
分からなかったのは先日届いた援助金。誰が何故こんなものを送って来たのか。
まほからの電話で、ダージリンはようやくその合点がいく。
「あれは協力して欲しいという救難信号だった、と」
「いや、まひろはそこまで考えてはいなかっただろうな」
「なぜそう思うの?」
「彼は、誰かに頼るのが苦手だから」
確かに、と。ダージリンは、誰に見せるでもなく首肯する。
(彼は人を信用することはあっても、信頼はしないものね)
大した付き合いがあるわけではないダージリンだが、何となくその辺、東条まひろという男の考え方について思うところがあった。
「大洗の件、お受けするわ。私も大洗は気に入っていますから」
「そうか。感謝する」
「それに──」
「なんだ」
「聖グロリアーナは、勝負を断らないんですの」
遠回しに問う、──戦うのだろうと。
「ああ。厳しい戦いになるだろうがな」
「あら、黒森峰の隊長とあろう者が随分と弱気ね」
「勘違いするな」
挑発的なダージリンに言葉に、まほは少しだけ笑ってしまう。
(これでは、まるで言わされているようだ)
少々悔しさの様なものを感じる反面、嬉しくも思う。
「西住流に逃げるという道はない。やるからには勝つのみだ」
「愚問だったわね」
問い掛けらしくない言葉を問いだと言うダージリン。
(やはり今のは、覚悟を問うていたか)
まほは「ああ」と肯定の意を示し、「よろしく頼む」と続ける。
ダージリンの返事を聞いた後、まほは無断で借りた携帯を置いて視線を落とす。
正座している彼女の隣には、敷いた布団の上で静かに眠るまひろがいる。
傍にいるのに気が付かない彼の髪に、そっと触れた。
癖のある毛並みで、いつも通り寝癖が立っている。
(そういえば、そんな寝癖を見て笑ったこともあったな)
ふと懐かしい記憶を思い出しながら、まほは彼の頬に触れる。
無邪気な寝顔を見ているせいか、まほは自然と気が緩んでしまったことに気が付く。
戦車道として戦うならばともかく、こうした形のない戦場で戦うことは難しい。はっきり言えば苦手だ。
だからこそ、彼の姿は勇ましく見える。
逆境をものともせず、どれだけ追い詰められようとも諦めない。自分ができないなと思うことをやってのけ、それを威張ることもない。
昔からそうだった。彼はどんな時も、誰かの為に誰にもできないようなことを、さも当然のように行うのだ。
そんな彼だからこそ、心配になることもある。彼は必要とあらば、自分の身など顧みないから。
「……だから、今度は私が──」
まほは改めて覚悟を決める。
あの時とは違うと、彼に示すために。
ダージリンさんの話し方がよく分からなくない……。
感想頂けると嬉しいです。