西住まほは俺の嫁……らしい。   作:江波界司

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一日でお気に入りが三十件を超えて驚きました。


妹の妹

「お兄ちゃんは、かっこいいね」

 

 照れているのか、俯きがちに呟く少女。

 幼いが故のあどけなさと可愛らしさが見える彼女は、両手で握る戦車を型どったコマを持ちながらチョコンと目の前に座っている。

 

「年下相手にボロ負けしてかっこいいかよ〜」

「うん。お兄ちゃん、ボコみたい」

 

 皮肉で言っているのではない。それが分かるくらいに、彼女は純粋だ。

 

「ボコはかっこいいのか?よく分からんが」

「ボコもお兄ちゃんも、かっこいいよ?何回負けても、またやってやる!って立ち向かうもん」

 

 ボコとは、ある熊をモデルにしたキャラクターのことだ。その名の通り、よくボコボコにされる。それでもめげず、というか呆れるほどに諦めず、負けても立ち上がっては喧嘩を売る。そして、また負ける。

 彼――東条まひろには、そのかっこよさは分からない。

 でも、目の前の少女が語るボコは確かに彼女自身の中で輝く存在なのだろうと。幼いながらも、彼はそれを理解していた。

 

「そうかもな。諦めたら道は無くなるし、諦めが悪いのはいい事だよな」

「うん!」

 

 歳に見合って小さな二人は、またボードに向かってコマを並べる。

 

 

 

 

 

 

「おい。起きろ」

「のぉう!?」

 

 目覚め一番、かなり不格好な声が出てしまった。

 客用の布団の中で、まひろはよく知る顔と声を認識しながら朝を迎えた。

 

 ……というか近い。もしも弾みで腹筋運動をしていたら間違いなく頭突きをかましていたであろう距離感。知り合いにでも話したらキレられそうな体験である。

 まひろの目の前には、西住まほの顔があった。

 

「……おはようございます、西住隊長。今朝はよく眠れましたか」

「それはこちらのセリフだろうな。あぁ、おはよう」

 

 気まずさはないが長く見つめ合うのもどうかと思い、まひろは視線を枕元に向ける。一応目覚ましをセットしていたはずだが……。

 見事に止まっている。いや時計の機能がではなく、しっかりとストップの操作をされて。

 

「休日選んどいてよかったわ〜」

「かなりの寝坊だな。アラームは止めておいたぞ」

「あぁ、色々とすまない」

 

 のそのそと起き上がり掛けてある布団を除ける。

 時間は八時を過ぎている。西住家の起床時間を知っている以上、迷惑を掛けたなと思うしかない。

 

「完全に一コマ目逃す時間帯だよなこれ」

「今日も大学はあるのか?」

「いや、仮の話」

「そうか。随分不規則な生活を送っているみたいだな」

 

 西住家ほど厳しくはないが、東条家もまた旧家であり名家。まほ達と同じように、まひろもまたそれなりの指導を受けながら育っている。その為、朝に起きるなど基本的な教えは体に染み付いている節があるのだ。

 

「人間、自分が集中できる時間に物事に当たるのがベストだろ?そうするとどうしてもな」

「昼夜逆転とまでは行かなくても、か。体調は崩さないようにな」

「案外そこら辺の調整はできてるよ」

 

 久しぶりの再会から一夜明けたからか、まほの接し方も大分自然になっている。距離感が掴めてきたのだろう。だとしてもさっきのは近過ぎるが。

 

 遅めの朝食もそこそこに、二人は屋敷の門へと歩く。

 そこで軽いストレッチをしてから、まほがいつも使っているコースを軽く走る。

 

「戦車乗るのに体力も要るかそりゃあ」

「あぁ。わざわざ付き合わなくても良かったと思うが」

「俺起こしてて予定がズレたんじゃ申し訳ないって。熟睡し過ぎて悪かった」

「別に謝らなくていい」

 

 ランニングの傍らである事ないことを話しながら、二人は隣合って進む。体感時間では本当にあっという間に屋敷へと帰って来てしまった。

 

「まほ。これからの予定は?」

「午後からは戦車道、のミーティングだ。大会も近いからな」

「そっか。んじゃその前においとまするかな」

「すまないな」

「いや、泊めてもらってるんだし謝られてもな」

 

 さて午後からの予定が大幅に空いた。もとより帰ってのんびり過ごすつもりだったが、明日からはかなり余裕を持って時間割を組めることを考えるとわざわざ寮まで帰るのも忍びない。

 そういえば、と。何をきっかけにしたのか自分自身でも分からなかったが、まひろはふと頭に浮かんだものを言葉にする。

 

「そういえば、まほ。昔やってたボードゲームってあるか?」

「ボードゲーム?」

 

 首を傾げる動作がちょっと可愛いなと思いながら、まひろは記憶を辿ってみる。

 まほはした事なかったけ?確かにやった記憶無いし、というかみほにボコボコにされた思い出しかないな。

 

「戦車道の練習みたいなやつだよ。戦車のコマ使ったシミュレーション戦闘ってのか」

「あぁ、なるほど。昔みほとやったな。多分みほの部屋にあると思うが」

「流石に入って探すのはアレだな」

「やめておいて貰えるとありがたい」

「そうするよ」

 

 今更だが、仮に手元にあったとしてそれをどうするつもりだったのか。まひろは数秒前の自分の思考が分からなくて笑いそうになった。

 今のまほとゲームをするとしたら、自分が弱過ぎて話にならないだろう。

 

 しほは仕事で家を開けているらしく、まひろを見送るのはまほ一人だった。もっとも、しほがいても見送りに出てくるかは疑問だが。外出の予定がなくとも、彼女は十分忙しいはずだ。

 

「んじゃ、また来るよ」

「あぁ。元気で」

「おう」

 

 決して長くない言葉のキャッチボールの後、軽装の荷物をまとめたまひろは門を潜って道に出る。

 しばらく歩いて、もう振り返ってもまほの姿は見えなくなった頃。携帯がなり、一通のメールが届く。

 

『言いそびれてしまった。

 昨日はありがとう。

 From:まほ』

 

 律儀だなと、まひろは一切の深読みなくメールを閉じた。

 

「することないけど、今日は泊まるか」

 

 財産だけはある為、まひろは迷うことなくホテルの予約を入れる。

 

 

 

 

 

 

「……もしもし?」

 

 デジャブ感があるが、まぁ電話に出る時のセリフなんて限られているだろう。

 時刻は夜、八時を回ったところ。夕飯を食べ終えた頃を狙って、彼は電話を手に取った。

 まひろの持つ電話の向こう側からは、またその相手らしい声が聞こえる。

 

「もしもし、みほ?久しぶり」

「お兄、さん……!?」

「おう。でもお兄さんはやめてくれ。流石に恥ずかしいわ」

「あ、ごめんなさい」

 

 彼が知っている西住みほと変わりなく、今こうして話している彼女は素直に言葉を紡いでいる。そのことがやけに微笑ましい。

 だが、流石に、大学生にもなって女子高生から『お兄さん』と呼ばれるのは色々と思うところがあった。

 

「えっと、まひろ、くん?」

「おう」

「久しぶりだね」

「メールばっかりだったし、最近はめっきりだったからな」

「うん」

 

 最後に電話で話したのは、確かみほの転校が決まった時だった。

 去年の大会、まひろは黒森峰の準優勝からみほの行動に至る内容を知り、その場に居合わせれなかった自分を悔やんだ。大学の模試と被ってしまったのだから仕方ないとも思えるが。

 ともかく、それからみほを元気付けようと尽くしたのは言うまでもない。

 

「そっちで、上手くやれてるか?」

「うん。友達もできたよ。それと……」

「どうした?」

「えっと、戦車道も、やってる」

 

 正直、驚いた。

 あの一件以来、みほは間接的に色々な所から責められた。だいぶ前にまほとも話していたが、転校にまで追い込んでしまったみほがこの先戦車に乗るかは答えが出なかった。

 それでも彼女が戦車道を歩んでいるのは、恐らく立ち直ったか、そうでなくとも何かしらの心境の変化があったのだろうと思う。

 

「そっか。元気そうで何よりだ。みほが行ったのは、確か大洗だったよな?」

「うん。本当はね、戦車道がない学校を選んだんだけど、色々あって今年からまた始めたんだって」

「今年からとは、またいきなりだな」

「それでね、今日聖グロと練習試合もしたの。負けちゃったけど」

 

 みほは今日あったことを嬉々として語る。まひろの記憶が正しければ、彼女がこうも弁舌に語るのは相当テンションが上がっている時だ。ボコの事や一緒にコンビニに行った時もそうだったと。

 

「――だから楽しかった。負けてもいいって、黒森峰じゃ考えたこともなかったから」

 

 みほは決して戦車道を軽んじてはいない。それに負けた負けなかったの結果を差し引いて、彼女は純粋に強い。それは昔からまひろ自身が身をもって知っていた。

 多分、黒森峰にいた頃よりも彼女は笑えているだろう。

 西住みほ。西住流が合わない西住の娘。そんな彼女に、まひろは自分を重ねてしまう。

 

「負けたらそこから学べばいいからな」

「うん。会長……あ、大洗の生徒会長も同じこと言ってた」

「それにみほは強いからなぁ。次は勝てるだろ」

「分かんないよ」

「未だに戦車道で俺から負けたことないのに?」

「まひろくんは男の子だし、それに戦車道でって、あのボードゲームの話だよね?」

「覚えてたか」

「忘れないよ。まひろくん、いつも型破りなことするから」

「ははっ、そうだったっけ?」

「そうだったよ」

 

 言われればそんな気がする。

 あの頃はみほも西住流として戦っていたし、完全素人のまひろはだからこそ奇策や奇想天外な動きを繰り返していただろう。

 

「それもそうだな、俺だし。いつも言ってただろ?」

「伝統なんて爆発しろ」

「そういうこと。定石だけで勝てたら苦労しないって」

 

 なんて、勝ててない俺が言っても説得力ないか、と。適度な自虐を続けると、みほの小さな笑い声が聞こえた。

 

「まぁ何かあったら、別になくてもいいけど連絡しろよ?これからは当分暇だろうから」

「大学、一区切り着いたんだ」

「まぁな。今年の大会は見に行けそうだ」

「そっか。私も頑張るね」

「おう」

 

 お互いに変わらないなと思いながら、二人は声を掛け合って電話を切る。

 本当によかった。みほが元気ならそれで。今日の反応次第では会いに行こうとも考えていたが、それも必要ないかもしれない。戦車道をしているなら、みほの周りにいてくれる者達もいるはずだ。

 みほにはそういう、不思議な何かがある。

 予定はないが、明日は何をしていようか。流石に二日もホテルに泊まってのらりくらりと町を散策するのもつまらない。

 

「暇つぶしに、大学行くか」

 

 明日はこれといって出なければならない授業はないが、ここしばらく入り浸っていた大学がないと逆に冷めてしまう。

 まぁその日の気分次第だなと、体を沈めたベッドの上でまひろは、少し早いが目を閉じた。……場合によってはこのまま惰眠を貪り続けるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その一方。

 

「みぽりん?今の、誰っ?」

「え、え?」

 

 電話を切った直後である。

 戦車道のメンバーと夕食を共にしたみほは、武部沙織を初めとし、同じ戦車道選択者であり自分の隊である五十鈴華、秋山優花里に詰め寄られた。自分のテーブルを挟んだ向かいの冷泉麻子は、その様を我関せずと眺めている。

 

「お兄さんと言っていましたよね?」

「西住殿とどういったご関係なのですか?」

「ねぇ、もしかして彼氏とか?それって遠距離恋愛っ!?」

「え、えっと……違うくて……」

 

 こういった話に目がないのは女子高生だからだろうか。困惑するみほを置いてけぼりに、詰め寄る三人の追及は続く。

 それから小一時間。『まひろくん』についてみほが問い質され続けたのは、また別のお話。

 

 

 

 

 

 

 




次回、満を持して彼女が登場!(ネタバレ)
セリフ、とくにみぽりんが難しい……。
そして次回はもっと大変になるでしょう。
感想頂けると嬉しいです。
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