弱小であり新参の大洗と強豪サンダースとの一戦。その結果は火を見るように明らかに思われた。
――だが、およそ誰がこの展開を予想しただろうか。
いや、した者は少なからず存在する。
彼らの共通点は、西住みほを知るという、ただそれだけ。
それだけで十分だった。
突如統率が――否、行動自体が乱れたサンダース。
それを見透かすように、大洗は偵察隊を散開し、森に隠れたフラッグ車を発見する。――フラッグ戦の今大会の試合は、先にフラッグ車を撃破したチームが勝利するのだ。
余裕か、あるいは慢心か。フラッグ車に護衛を付けなかったサンダースは、逆に追い詰められる形になった。
「『ほとんどの戦いの勝敗は、最初の一発が撃たれる前にすでに決まっている』というが――」
「ナポレオンか」
「まぁな。みほの場合、その例外を自分で創る力があるんだろうな」
彼女は諦めない。負けが決まっているなら、それすら覆す。
才能と切り捨てればそれまでだが、そんな形のないものに拘らずとも、みほは強く前に進むのだ。
フラッグ車の危機に、引き付けられたサンダースの主力も動き出す。
大洗は逃げるフラッグ車を追い、その後ろからサンダースがここで仕留めんばかりに攻撃を開始した。
さながらサンドイッチ。敵に挟まれ、追いながらも追い詰められるような不思議な状況。ここまでくれば、あとは気力と士気がものを言う。
しかし不思議な所がもう一点。
サンダースの戦車は、主力にも関わらず絶対数が少ない。理由は分からないが大洗の数に合わせているようである。
だが、それが手加減でも慢心でもないと、彼女らの乗る戦車を見ればすぐに分かる。
ファイアフライ。シャーマンの中で最大火力の機体に、大洗の戦車は表情を見ずとも怖気付いているのが感じられてしまった。
「あとはどっちが先に仕留めるか、ですね」
「フラッグ車に護衛が無い分、大洗が有利だろう。もっとも、構図だけならば、だが」
「サンダースのケイだったか。やっぱカリスマ性ってのは大きな武器だな」
まひろは、みほとまほを比べ、単純な戦闘での才はみほに分があると評価した。しかし、それでも姉であるまほが評価されて来たのは、歳の差以上に彼女の持つカリスマ性からだろう。
隊長の一言でチームは全力以上のパフォーマンスをする。言うまでもなく、それはひどく難しい。
だが隊長とは、味方の力を引き出す存在だ。
秘策で引き出すのがみほなら、まほは魅力でそれをやってのける。
指揮と士気。図らずもバランスの取れた姉妹だ。
――もしも彼女らが手を取り合って戦うのならば、きっと真に最強と呼ばれるだろう。
そういう意味ではこの試合、みほの向かう相手はまほの様にカリスマ性を持ったライバルでもあるだろう。
だからこそ、ここを越えなければならない。
もし彼女が、姉を――まほを越えようとしているのなら。
ジワジワと迫るサンダースの猛攻に、大洗の戦車が撃破されていく。ここまで来て、地の実力の差が出て来ているのだ。経験もまた、大きな火力になり得る。
だが、大洗は歩みを止めない。
フラッグ車を追う大洗。その一台であるIV号戦車――みほの乗る機体がルートを変更。確実に狙い撃つ為、高台へと進む。
サンダースもそれを目視し、ファイアフライが動いた。
大洗のフラッグ車も後がない。
「まほ」
「ああ――ここで決まる」
ファイアフライの狙撃を掻い潜り、IV号は敵フラック車に照準を合わせる。
大洗のフラッグ車――38tを追うサンダース隊もまた、最期の一撃を装填。
そして――重なり合う爆音が、照準の先へと放たれる。
――複数の着弾。
会場中が息を呑む。
誰もが静けさの中にその身を思考まで沈ませ――。
『サンダースフラッグ車、撃破。大洗の勝利』
響くアナウンスに、溢れんばかりの歓声と喝采が共鳴した。
強豪を降し、見事大金星を上げた大洗。
ボロボロになった戦車から降りた皆は、多様にその結果を讃え合った。
「みほ〜。おつかれ〜」
「あ、まひろくん」
そんなおめでたムードの中をなんの気まずさも感じさせずに、まひろはみほの下へと突き進む。
「初戦突破おめでとう」
「ありがとう」
「よかったな、勝てて」
「うん。ギリギリだったけど」
「圧勝しろって方が無理だろ」
「ははっ、そうだね」
「あ、まひろ殿!」
「おん?」
みほと話している彼を見つけた秋山。それに続くようにIV号のメンバー、通称あんこうチームが集結した。
「皆おつかれ」
「応援に来て下さったのですか?」
「まぁな」
「ありがとうございます、まひろさん」
「今回は大活躍だったな、五十鈴。最後のは特に」
「あの!私も、私もやったよ!?」
「武部は通信士だったか。そりゃ通信傍受受けたら大変だっただろな?」
「うん。武部さんがいなかったら作戦も機能しなかったかも」
今日が公式戦デビューなのだ。自己開示欲があるのは当然で、誰かに認められたいと思うのも理解できた。
それにみほから聞いていた通り、彼女らは初心者かと疑うほどに上手くやっていた。冷泉なんてマジで最近乗ったばかりなのかとすら思う。
まひろがそれぞれの武勇伝を聞いていると、走行車の音がこちらに近付いてくる。
乗っているのは、サンダースの面々だった。
「ナイスファイト!いい試合だったわ、みほ!」
「ケイさん。ありがとうございます」
「ん?そっちの彼は、みほのボーイフレンド?」
「え!あ、あの……」
「確かにボーイだしフレンドだけど、生憎俺は飛べないんだ」
「What?どういうこと?」
「チキンなんだよ」
「アハハハッ!最ッ高!」
アメリカンなジョークで返すと、ケイは腹を抱えて笑う。
ここ最近まひろは色々な者と会ったが、初対面でここまで好印象を受けたのは初だろう。
「サンダースの隊長、ケイよ」
「まひろだ。よろしく」
「じゃあ、マヒね。よろしく」
「マヒって、俺はクラゲかよ」
「ナイスなジョークね!」
「あ、あの……」
波長が合うのか、軽快なトークを交わす二人に、さっきから置いてけぼりにされていたみほが再入する。
「ケイさん。なんで最後、全軍で来なかったんですか?多分あれだけの数で責められてたら……」
「通信傍受しといて数で押すのはあと味悪いでしょう?」
「え……」
「That's 戦車道!これは戦争じゃない。道を外れたら、戦車が泣くわ!」
なるほどだ。会って間もないが、まひろはケイという人物を知った。
裏表が無く、決して道から外れない。騎士道精神というよりはスポーツ精神か。だからこそキッパリと何かを決めて進む姿は輝かしい。
こういう所が、まほとは違った形でカリスマ性に繋がっているのだろう。
「ところでアンジーいる?」
「誰だよアンジー」
「あ、会長ならあっちに」
「OK!アンド、Thank you!」
自然災害か。さながら嵐のように去っていくケイ。アンジーを見つけたのだろう、彼女は迷いなく進んでいく。
「会長か。俺も挨拶しとくかな。……ん?」
「どうしたの?」
「いや、冷泉の奴どうした?」
「え?」
ケイの訪問に気を利かせたのだろう。武部達は少し下がったところで固まっていた。
そんな中、いつも以上に動かない冷泉の姿をまひろが見つける。
「どうした〜?」
「今来ちゃだめ!」
「のぉ!」
みほと共に状況を確認しに来たまひろが武部に(物理的に)止められる。一体何があったのか。
見ると、何故か秋山に(物理的に)止められている冷泉がソックスを靴ごと脱ぎ出していた。だから何があった。
「今、病院から電話が入って……」
冷泉を説得してひとまず落ち着いた後、事情を知っている武部から話を聞く。
かなりざっくりになるが、冷泉の祖母が倒れたらしい。
いつも冷静なイメージを持っていたが、肉親の危機には流石の冷泉も慌てるか。まだ高校生だし、無理もないな。俺だって……いや、今はどうでもいいか。
「病院は大洗なんだろ?今から帰るには――」
ここは試合会場であり、大洗の学園艦とはそれなりに離れている。焦った冷泉は泳いで向かうつもりだったらしいが、どんなアスリートでも無理だ。
移動するにしても何かしらの許可が必要になり、どうしても時間が掛かるだろう。すぐに移動できるとしたら自家用のヘリくらいなものか。
「みほ、一応俺――」
言いかけたのほぼ同時、回転するプロペラの音が風に乗って足下に響く。
「――私達が乗ってきたヘリを使え」
その先は言わせまいと、颯爽と現れた黒い制服の少女が告げた。
「お姉ちゃん……」
「事情は聞いた、ヘリで送ろう。エリカ、頼む」
「た、隊長!?」
「これも戦車道だ。戦うだけが道ではない」
西住まほの登場に一同は一度困惑の色を見せるが、その提案を受けてすぐさま行動に移る。
エリカの操縦するヘリに冷泉と、幼馴染ということから武部が乗り込んだ。
大洗に送った後、そのまま黒森峰に帰るのだろう。まほもまた、ヘリの入口に手をかける。
「お姉ちゃん……」
「…………」
「まほ!」
みほの声に反応を示さなかったまほが、呼ばれた方向を向く。
「なんだ!?」
プロペラの音に負けぬよう、まほは声を張り上げた。
それに応えるまひろも、サムズアップして大声で告げる。
「ナイス!」
聞こえているだろうが、仮にかき消されたとしても分かるだろう。
まほは手の平で応えた。小さい動作だが、それで十分――。
「――お姉ちゃん!」
そう思いヘリに乗り込もうとしたまほは、再び顔を向け直す。
――あまりに唐突に、到底呼ばれるとは思わなかったから。彼女の声がしたから。
「みほ……」
「ありがとー!」
まほの知るみほなら、恐らくしない。
だが目の前の彼女は確かに、得意ではないだろう声を張り上げ、気持ちを伝えている。
他でもない、自分に――。
「――気にするな!」
緩みそうな頬を理性で抑え、西住まほは口を開いた。
紡いだ言葉は、安直な照れ隠しだった。
そしてヘリは大洗へと飛び立つ。
ヘリの飛ぶ音すら聞こえなくなり、辺りには少女達の声だけが残る。
「いい姉ちゃんだな」
「――うん」
視線を平面、つまり今いる周囲に戻す。まだいくつかのグループが話し込んでいるが、ほとんどは帰路に着く準備をしている。やはり疲れたのだろう。
みほも五十鈴と秋山の所へ行き、まひろは今度こそアンジーこと大洗生徒会長の下を訪れた。
「初めまして、アンジー?」
「こちらこそ〜、マヒ〜」
ケイは既に帰った様だが、彼女がいなくとも会長さんのノリは中々にいい。ウマがあいそうだ。
「改めて、東条まひろだ」
「大洗の生徒会長、角谷杏です」
「あぁ、敬語はなしで。気軽にまひろと呼んでくれ」
「そう?じゃあ、お言葉に甘えて」
会長と聞いてどんな者かと覚悟していたが、まひろの想像の斜め上を行くように砕けた少女だった。
まひろの知る限り、戦車の戦乙女は血の気の多い者がそれなりにいる。たとえ多くなくとも男勝りに気が強いことが多い。みほみたいなのは例外にも思える――かもしれないが、こと戦車道に関しては夜叉かとすら錯覚するほどだ。
角谷の申し出で、更に二人。同じく生徒会の河嶋桃と小山柚子の紹介を受けた。
「――ところで、まひろさん」
「呼び捨てでも構わないけど、どうした?」
生徒会の二人が離れた瞬間を見計らい、角谷は詰め寄る。
「東条というのは――あの?」
「……ああ。ま、何かあったら連絡くれよ。できる限りは手を貸すから。っても、あんましできることもないけどな?」
いつもなら軽く躱す質問。
だが瞬間的に、彼女からは避けられないだろうとまひろは直感した。
彼はそれなりに多くの人を見てきている。例えば父、例えば西住しほ。
そういったできる人の姿を知っているからこそ、角谷杏には真実を答えた。まぁしかし、捲し立てるように言い訳のような言い回しが入ったが。
――ともあれ、みほ率いる大洗は初戦を突破。強豪サンダースを降し、見事な勝利を飾った。
どこかの不器用な姉はおめでとうすら言えていないが、まだ時期ではないのかもしれない。
この先には、今まで以上の苦戦と強敵が待っているだろう。気を抜くには早すぎる。
だが、それでも努力とその結果は認められべきだ。
黒線の赤く染まったトーナメントの道を目で追いながら、まひろは携帯のシャッターを切る。
この先互いに勝ち進むとして――彼女らがぶつかり合うのは、決勝だ。
ちょっと長めでした。
やはりキャラが増えると話も伸びますね。
感想、誤字報告ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。