落第騎士の英雄譚 頂を目指して   作:トワコ

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とりあえずあるものは連投します。


第1話 入学初日(1)

広島。4月。

 廉貞学園正門前。

 

 校門横に植えられた桜は満開を迎え、新たな季節の始まりを艶やかに彩る。

 そんな始まりの季節にここ、日本に7つある伐刀者養成機関の1つ、四国・中国地方におかれた『廉貞学園』の校門には1人の少女がいた。

 

 校門の前といこともあり、そこには校門を囲むようにして当学園の生徒の人だかりができていた。

 ここ廉貞学園は前述のとおり、正式な国の機関であり、同じ機関である破軍・武曲学園程とはいかないがそれなりの生徒数を抱えている。ゆえに校門前に生徒がたむろっていることは日常茶飯事であり、そのこと自体は何ら不自然なことではない。

 

 しかし、それでも今、この校門前にいる人だかりは普段のそれとは異なり、異様な雰囲気があった。彼らの目は、一様に校門の正面――つまりは集団の中心へとむけられており、そこに集団の異様な雰囲気を振り撒く原因の3人がいた。

 いや、正確には2人の少女と1匹の黒いライオンがいた。

 

 「クッ、ハハハ。ここがこの国の伐刀者共の七獄が1つ”廉貞学園”であるか。《漆黒の宰相》より 聞き及んだ際は如何ほどかと期待したが、この程度のものとは。・・・我が円舞曲の舞台としては些か役不足と言わざるを得ない、ククク・・・」

 

 そうした周囲の視線など一切気にしない素振りで、原因の少女は芝居がかった口調――俗に”廚二病”と呼ばれるような話しぶりで不敵に笑う。

 口調もさることながら、周囲の目を引くのは彼女の服装にも原因があった。

 学園前であり、当然ながらそこにいる人たちは皆、学園指定の制服に身を包んでいるが、少女が着ている服は、それとはまったく違うものである。

 真紅のドレスに頭には同じ色のリボン、そして右目には眼帯が着けていた。

 一目見て高級とわかるそれは、ここが上流階級の社交場であれば違和感がないのかもしれないが、学園の校門前というこの場では明らかに不釣り合いな服装であった。

 

 「お嬢様、役不足の意味が違っております。その使い方ではお嬢様が力不足ということになってしまいます」

 「・・・フッ、そのようなこと我が覇道の前では些末なこと。大事の前の小事に過ぎん」

 「その通りですお嬢様。間違っているのはお嬢様ではなく、この国の辞書でございます。すぐに辞書を訂正するように手配させます」

 「よ、よい、下々の規律にいちいち口を出すなど、それこそ小事よ」

 

 そして少女の隣に佇むもう一人の少女が着ている服装もまた異質なものである。

 黒を基調としながらところどころに白いフリルが施された意匠の衣装――メイド服をきた彼女は件の少女を”お嬢様”と呼び、なんだかよくわからない太鼓持ちを口にする。

 主人の一歩後ろに控え、ここにいることがさも当然とした様子の彼女の佇まいはメイドというものを初めて目にする人から見てもなかなか堂に入った様子である。それを意に介さず受け入れるドレスの少女と合わせて高貴な身分の主従といった感じをうかがわせる。

 

 もちろん、それはここが校門の前でなければという前提の話だが。

 

 「して、シャルよ。此度の《洗礼の儀》の祭壇はどちらであるか。」

 「はい、お嬢様。入学式の会場は校門を入って右へ行った第1闘技場と聞いております」

 「承知した。ではこの《黄昏の魔眼》が贄を求めて疼く前に向かうとしよう。シャル、案内を頼むぞ!」

 「はい、喜んで」

 

 またも芝居かかった口調で少女が話すと、隣に控えていた黒色のライオンに2人はまたがり、ま校門をくぐり話していた入学式の会場、体育館のほうへと歩んでいく。

 その様子を見て、周囲の学生たちは困惑を隠せない。

 

 ”え、こんなのたちがうちに入学するの?!”

 伐刀者といえば、強さに比して個性も強いと謂われている。その為一般常識から外れた変わり者が多く、伐刀者の卵が集う学び舎である廉貞学園の生徒にも少なからずそういった生徒は在籍しているがここまでとは。在校生である人ごみの中の2・3年生ですら瞠目する目の前の状況の中、今年の新入生とたちの驚きはより強い。

 前述したことは当然彼らも聞き及び、覚悟と期待をもってきてはいたが、これはあまりに不意打ちすぎた。

 入学初日、しかも入学式の前に伐刀者の洗礼を浴びた彼らは、例えるなら、「登山をはじめたいと友人に話したら、いきなりエーデルベルクに連れられていった」ような顔をしている。

 ちなみにエーデルベルクとはこの世界の最高峰の山であり、標高は9000m超。そこに住むといわれる御仁も合わさり世界で最も踏破が難しい、いや不可能と呼ばれる山である。

 

 ハイキングのつもりが死地に連れてこられたような彼らは、呆然と前を進んでいく2人と1匹を見送りながら、自身の学生生活に不安を覚え、とにかく彼女たちと同じクラスにはなりたくないと考えることしかできなかった。

 

 そして一拍をおいてから、

 ”てか、ライオンが何でここにいるんだよ”

 これもまたはここに集まる生徒たちの総意であった。彼らは猛獣の存在すらかき消す異質な主従のせいで、ここに至ってようやく当然の思考を取り戻す。

 そもそも動物園の檻越しにしか見るはずのない猛獣が平然と人中にいることすらありえないのに、それを従えるのは頭のおかしそうな少女とメイドである。

 

 思い描いた学園生活と何か違う気がしながら、幾何の時間をおいて彼らもバラバラと少女たちと同じ目的地へ足を進め始める。今朝見たときは入学を歓迎するように見えた校門横の桜が、まるで楽しい学園生活の終わりを告げるようにはらはらと散る。

 

 絶対にかかわったらいけない類の人を入学初日に目にした彼らの学園生活が平穏無事になるかは当人たちはおろか誰にも分らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

********************

 

 

 

 

 

 廉貞学園、理事長室。

 迎えた入学式の日。式の始まる前に俺は打ち合わせも兼ねて理事長室にいた。

 腰掛ける高そうなソファーの前には、これまた高そうな机を挟んで年配の男性と若い女性が腰掛けていた。

 

 「式のさなかで司会が亮さんの名前を呼びますので、そのあと壇上にあがって新入生代表挨拶をしていただきます」

 

 式次第がかかれた紙をこちらに示しながら女性――理事長秘書の綾瀬さんがこちらに尋ねてくる。

 30手前に見える彼女は少し前までは伐刀者として国内リーグに参戦していた猛者と事前に聞いていたが、黒縁眼鏡の奥に除く双眸はなるほど歴戦の戦士にふさわしい鋭さがうかがえた。

 彼女は俺のことを”亮”と名前で呼んでいるがこれは俺からお願いしたことだ。

 施設ではずっと名前で呼ばれていたせいもあって名字で呼ばれることに慣れていないこともそうだが、それ以上にこの学園に入る直前に訳あって名字が変わったこともあってどうにも今の名字で呼ばれても反応できないことを伝えて名前で呼んでもらうようにこちらからお願いしたのである。

 

 「はい、承知しました。挨拶の内容は私が好きに話していいと伺ってましたが、よかったでしょうか」

 「はい、構いません。ただ我が校はここ最近、七星剣舞祭で目立った成績を残せておりませんし、できれば新入生のみならず在校生に対しても発破をかけるようなものだと助かります」

 「これこれ玲君、そんなこと新入生の亮君にお願いするんじゃないよ。亮君、代表挨拶といっても肩肘張らず構えてくれればいい。なぁにわしの話と同様に誰もまともに聞いてないと思って気軽にしてくれればいいんじゃよ。」

 

 こちらの確認に対して綾瀬さんは獰猛な笑みをしながらこちらを伺う。自身が廉貞学園のOGであり優秀な伐刀者でもあった彼女からすれば廉亭のここ最近の成績不振には忸怩たる思いがあるのかもしれない。

 一方そんな綾瀬さんの様子を隣に座る年配の男性は窘めるように言う。好々爺然とした彼こそが

この廉貞学園の理事長である。

 齢70を超えていると聞いたが、見た目からはただの老人には見えない。その体つきや身にまとうオーラから、彼もまた昔は勇名をはせた連盟の騎士であったとの話は確かなようだ。

 

 「理事長、そのようなお考えではまた今年も他校に後れを取るんですよ。うちはただでさえエースが他校と違って七星剣舞祭に興味を持たないのでここ最近はパッとしない成績なんですから」

 「今年は破軍学園の理事長に君が学生の頃、けちょんけちょんにされた滝沢君、今は新宮寺君だったか、が就いたそうじゃないか」

 「理事長!もうそれは過去の話です!私は私怨などではなく我が校の行く末を思って!!」

 「おお、七星剣舞祭で負けて泣きベソかいてた玲君が言うようになったのー。教え子の立派な姿をみて儂もこの年で教育者冥利に尽きると感激じゃよ」

 「理事長・・・それ以上世迷いごとを言うのであれば私にも考えがあります」

 

 理事長にからかわれた綾瀬さん――玲というのは彼女の名前であろう、は静かに魔力を高めながら凄む。その後ろには青い炎が揺らいでいるように見える。

 一般人なら卒倒しそうな迫力の彼女を見ても理事長は、おおクワバラクワバラと柳に風といった様子でおどけて見せる。

 

 なるほど、今年から廉貞学園と同じ伐刀者育成機関である破軍学園のトップにはKOK、国際伐刀者リーグなかでも最高レベルA級元3位の”世界時計”新宮寺黑乃女史がついたことは知っていたが、綾瀬さんは彼女の学生時代にひどい目をみせられたらしい。

 

 破軍学園、東京に位置する伐刀者育成機関であるがそこには”刀華ねえ”と”うたにい”、”カナタさん”が進学した学校でもある。

 そういえば、シニアの時に一度手合わせした彼女も今年は破軍に進んだと聞いた。

 

 破軍学園は一昔前、それこそ綾瀬さんが学生の頃は七剣舞祭において同じく近畿にある武曲学園と並び、表彰台の常連校であったが近年は表彰台を逃してきている。

 昨年は刀華ねえ、当時2年生がベスト4まですすむ健闘を見せたが辛くも当年の七星剣王に敗れて表彰台を逃した。

 

 その試合は中継されており俺も孤児院で見ていたが本当に惜しい試合であった。

 今年こそはと刀華ねえはいっていたが、それは破軍にとっても悲願だろう。

 今年は古豪復活をかけて大会に臨む破軍は当校のOGであり、且つ日本最高の騎士でもあった新宮寺さんをトップに据えて強化を図っている。

 なんでも、今年の代表選手の選抜は主観の評価を一切排した完全実力主義を掲げ、選抜戦という試合でのみ決める方針にしたそうである。すべて刀華ねえから聞いた話であるが。

 

 そういえばシニアの大会の時の彼女も、Bランク騎士として請われて破軍学園に進学したとのことだったなと思う。

 

 「すみません亮さん、身内の恥を見せるような始末で」

 「いえいえ、破軍学園の理事長の話は知り合いから聞いていましたが、綾瀬さんとそんな因縁があったとは知りませんでした」

 「ゴホん、・・・今聞いたことは忘れてください。とにかく今年は我が校も他校に負けないようにしたいのですよ。ところでどうして亮さんは我が校に進学されたのですか?先ほどの話に合ったようにうちは恥ずかしながら強豪とは呼べないのが現状です。あの”鶴見亮”といえば破軍や武曲からも声がかかっていたのではないのですか」

 

 恥ずかしさをごまかすようにして、綾瀬さんがこちらに聞いてくる。したくない話から話題を変えるという意味もあるだろうが純粋に聞きたかったといった様子だ。ちなみに、”鶴見”とは俺の旧姓に当たる名字である。15歳以下の伐刀者が参加できる大会であるシニアに参加しているときはこの名前であったため、伐刀者として知られているのはこの旧姓であるのだ。

 彼女が言った通り、少なからずシニアの大会で好成績を収めた俺は他校からも入学の誘いがあった、とりわけ伐刀者強化を目指す破軍学園からは刀華ねえ、それと書類上は俺の保護責任者、里親に当たる人物と彼女と親しいという新宮寺新理事長からも進学を誘われた。その際、一悶着があったようだがそれは割愛する。

 後者からの誘いはともかくとして、刀華ねえからの誘いには悩んだ。

 刀華ねえを始めとした孤児院の頃からの知り合いも多い破軍学園への進学は魅力だったが大きな問題もあった。

 

 「確かにそういった誘いも幾らかありました。それに破軍や武曲に進むのは確かに研鑽のためにはいいでしょうね・・・」

 「ええ、そうでしょうね」

 

 にべもなく綾瀬さんは肯定する。

 捉えようによっては廉貞のことを下に見てしまうような発言だったが、まったく気にしていないようで安心する。気づけば理事長もこちらを見て興味深そうにしており、俺は言葉を続ける。

 

 「ですが、そこに行ってしまったら、七星剣舞祭で2校の猛者と戦えないじゃないですか」

 

 それは俺の偽りのない本心である。2人は一様に驚いたように目を丸くしているが、これ以上に理由なんていらないだろう。

 屈強な騎士たち、そして刀華ねえと七星剣舞祭の場で戦う、それこそ伐刀者として俺が望むことであった。

 やはりあの場所は特別だ。日本中の注目を浴びる七星剣舞祭という最高の舞台で憧れの騎士と戦いと思うのは伐刀者として至極全う・・・だと思う。

 だから俺は破軍の誘いを蹴って他校に進学することを決めた。

 なかでもこの廉貞を選んだのはそれはそれで別に理由もあるがそれはここで言わなくていいだろう。

 

 「はっはっは、これは頼もしい若いのが来てくれた!」

 

 俺の言葉を聞いてしばし目を丸くしていた2人だったが、理事長が大きく膝を叩きながら笑う。

 

 「くす、ええ本当です。」

 しばし遅れて綾瀬さんもおかしそうに笑う。

 「まだ入学式の前ですがあなたの入学を廉貞学園として心から歓迎します。ぜひ一緒に七星の頂を目指しましょう」

 「おいおい玲君、それは儂の台詞じゃよ」

 

 微笑みをたえながら綾瀬さんはおもむろに立ち上がると右手を前に差し出す。

 理事長も笑いながら小言を言いつつ、立ち上がり左手を差し出す。

 

 「はい、ご指導のほどよろしくお願いします」

 俺もつられるようにして立ち両手を差し出して両者と握手する。

 両手での握手はいくらか不格好であったが、差し出された二人の手からは各々優しい暖かさと

確かな情熱のようなものを感じた。

 本当にこの2人が心から歓迎してくれているのが感じられ、なんとなく少し気恥しい気分になる。

 

 「ところで先ほどから校門のほうが騒がしいですが、何かあるのですが?」

 

 握手を終え、ソファーに腰掛けると俺は恥ずかしさを隠す意味もあってふと気になったことを尋ねる。

 ここ理事長室は校舎の1階にあることも外も近い。話の最中に校門のほうから不自然なほどの人の気配や彼らの動揺が伝わってきたのでさっきから気になっていたのだ。

 

 「へぇ、そんなことも感じられるんですね。いえ、今日は入学式だけに予定ですのでなにか催し物があるわけではないですが・・・、理事長何かあるんですか」

 「えっ、な、なにもないよ」

 

 心当たりがないという綾瀬さんとは対照的な反応をする理事長。

 

 「何、ここのところ暖かくなってきたからのぉ。新入生の中にでも春の陽気にあてられてものでもおるんじゃろう」

 「・・・何か知っているような口ぶりですが、まぁいいでしょう。私の立場から何かいえることもないですし」

 

 思い当たる音でもある様子の理事長のように呆れたようにしながらも綾瀬さんは深く追求しない。この2人は昔は先生と学生の関係であり、先ほどは言い合っていたものの俺が思う以上に深いところでは信頼しあっているところがあるのかもしれない。綾瀬さんはこの人がいいと判断するなら、まぁ大丈夫なのでしょうと、言った具合だ。

 

 「そうじゃ、亮君。君、猫は好きかな?」

 

 「?、まぁ好きですが、それがどうしたんですか」

 

 急に理事長はこちらを向いて脈略もなくそんなことを聞いてくる。

 この人は何でこんなことを聞くのだろうか。疑問に思ったが、とりあえず率直に答える。

 

 「おお、それは何よりじゃ!やはり猫好きに悪い者はおらんというしな。もし同級にそんな同好の士がいたらぜひ仲良くしてくれ」

 

 「どちらかといえば猫よりも犬のほうが好きなのですが・・・」

 「今は博愛の時代じゃ。犬が好きだから猫が好きではないというのは何とも狭量なことか・・・」

 「理事長、私にもあなたが何を言いたいのかさっぱりですよ」

 

 本当にこの人は、といった具合で綾瀬さんが頭を押さえる。

 俺にも理事長が何を言いたいのかさっぱりだが、要するには猫好きの同級生と仲良くしてくれということか。

 なんでそんなことを急にこの場でいうのかは見当もつかないが。

 理事長は生粋の猫派なのか、そしてこの学校の裏では猫派と犬派が日々血で血を洗う闘争が繰り広げられているのか。

 その時は、「なにが嫌いかより、何が好きかで自分を語れよ!!」と名言をのこし、紛争を収めなければならない。

 

 そんな考えが一瞬頭によぎるが、それはさすがにないかと考え直す

 

 「亮さん、理事長が変なことを言うのはいつものことですので気にしないでください」

 「あ、はい」

 「それにそろそろ時間ですし、闘技場のほうへ移動されてはどうですが?私と理事長は用意がありますので後から向かいます」

 

 心なしか優しく綾瀬さんがこちらを気遣うように移動を促す。なるほど、この人は犬派のようだ。

 それにこの2人はこの学園のトップであるのだ今日の入学式には相応の用意があるのだろう。あまり長居しては迷惑になる。

 そう考え、俺は一礼して理事長室を辞去する為に立ちあがる。

 

 部屋を出る際、ではまた後での、と理事長が声をかけてくれた。

 

 「はい、お願いいたします。あ、理事長、私は猫と犬よりもゴリラのほうが好きです。ゴリラ派です」

 

 以前、知り合いに言われたことを思い出しながら自分の好きな動物を伝える。

 人の罵倒にゴリラを引き合いに出すのに納得いかないという俺の気持ちは博愛主義を標榜する理事長にも通ずるところだろう。

 扉を出ながら最後にそう伝えると、理事長はカカッまさしくその通り、と快活に笑う。綾瀬さんも、案外子供っぽいところもあるのですね、と言って笑う。

 

 そんな2人の反応を見ながら、再度一礼してから俺は扉を閉める。

 そして、この後の入学式の挨拶で話すべきことを頭の中で反芻しながらゆっくりと会場のほうに向け歩き始めた。

 

 

 

 

 

*******************

 

 

 

 廉貞学園 理事長室。

 

 不思議な子だった。

 

 この学園の理事長秘書である綾瀬玲は先ほどまでいた少年が出て行った扉を見つめながらそう思う。

 会う前は、シニアの実績をひけらかしてお山の大将になりたくてうちに来た破廉恥な騎士であればきつく灸を据えて置こうとも考えたが、とんだ杞憂に終わってしまった。

 

 「玲君、君はどう感じたかな」

 「はい、非常に好ましい少年だと思いました。シニアの成績や実力をひけらかすことなくこちらに敬意を払う態度も好印象です」

 

 一度、綾瀬から他校の推薦について言及した際も、特に誇る様子もなく事実として坦々に受け止めている様子でった。

 

 「うむ、儂も同意見じゃ。長らくこの仕事をしてきているが、あの年でこれほど胆力が座ったものを見たのは久方ぶりじゃな。それこそ、滝沢君の学生の頃を思い出したよ」

 「私にはまだ彼女ほどの騎士とは思えませんでしたが・・・」

 「実力でいえばそうじゃろう。わしが言っているのは心の在り方じゃよ」

 

 滝沢黒乃、今は結婚して新宮寺と姓を変えた女性は彼女にとっては因縁深い相手である。騎士として彼女は綾瀬の知る限り圧倒的な存在であった。

 強さはもちろんのことその在り方もである。あれだけの強さを持ちながら自分より明らかな格下にも嫌味ではない敬意をはらえるのが滝沢黒乃という騎士であった。

 綾瀬にとってはどうしようもない高みに位置し、妬み僻みを抱かずには入れないほどの傑物であったが、どうしても嫌いになれない人でもあった。

 むしろその逆、どうしようもなく憧れを抱いた。

 憧れの彼女を見ていたいと思い、場所は違えど卒業後も同じ世界に身を置いたのだ。

 もし本当に嫌いながら綾瀬は七星剣舞祭での惨敗後に剣を置いていた。

 

 「まだ実力の伸び余地は大きくあると見える。実に教えがいのあるのぉ。じゃがあれほどの才を育てられるのはうちには君くらいのもんじゃろう」

 「ええ、そうだと思います。失礼を承知で申し上げますが、ほかの教員の方々では彼にとって毒にも薬にもならないでしょう」

 「ふむ、ならばあの話、受けてもらえるかの?」

 「ええ、彼と直接話して決めました。こちらからもぜひお願いいたします」

 

 騎士としての限界を感じ、剣をおいて後進の育成に身を投じた綾瀬だが、自身の中に沸々と抑えがたい熱がこみあげてくる。

 

 「あの”蒼炎”がこれほどお熱になるとは、いやはやまだこの仕事はやめられんのぉ」

 「もう、茶化さないでください先生。その呼び方はやめてください。もう私は現役を引いた身ですよ」

 「じゃがな、世界は違えどまた儂らであの”世界時計”に挑めるのじゃ、熱を上げるなというほうが野暮であったな。本当にあの子をここへ呼べてよかった」

 

 つい、昔の呼び方をしてしまったことに綾瀬は幾分の恥ずかしさを覚えたが、すぐに理事長の発したあとの言葉に綾瀬は大きく目を見開いてそちらを振り返る。

 当の本人はカカッと笑うだけでそれ以上何も言わない。

 

 さっきは自分で茶化したくせに、本当にこの人は・・・

 変わらぬ恩師の姿に、瞼が熱くなるのを感じた。

 

 綾瀬が学生の時分、七星剣舞祭は”世界時計”独壇場であった。

 「誰も”世界時計”には敵わない、努力するだけ無駄だ」同級生たちも彼女と同学年に化け物がいること嘆き、そんな言葉とともに伐刀者をやめるものも少なくなかった。

 武曲にもう1人真正の”化け物”がいたが、”世界時計”が同世代に与える影響は甚大であった。

 

 そんな化け物に立ち向かおうとする彼女を多くのものは笑うか哀れんだ。そんなことしたって・・・、諦めるように諭されたことは両手では足りないくらいだ。

 それでも綾瀬玲という伐刀者は諦めなかった。身の程知らず、物分かりの悪い奴と言われようがそれでも諦められなかった。自身こそがあの化け物の膝に土をつけてやると思っていた。

 彼女にとって幸いだったのは身近に理解者がいてくれたことである。

 

 誰から見ても愚かと評された彼女の努力を認め、支えてくれる人物がいたのだ。

 彼がいたから今の自分がある。彼はどう思っているか、綾瀬には分らないが、自分にとってはかけがえのない人物であった。

 自分とともに本気で”世界時計”を倒す方策を考え、どんな時も鍛錬に最後まで付き添ってくれた。

 そして最後の大会、無残に敗れてなく私を静かに抱いて一緒に泣きながらほめてくれた・・・。

 

 さっきは私の泣きべそを笑っていましたが、あなたもあの日泣いてたじゃないですか・・・先生。

 

 そんな恨み言の1つを思いながらも彼女がそれを口にすることは決してない。

 あの日見た彼の涙は私だけのためのものだったことを知っているからだ。

 ”鬼”と呼ばれ、一度として泣き言を許さなかった男が教え子の涙を初めて褒めて、一緒に泣いてくれたのだ、それを誰かに伝えるなんてできるわけがない。返しきれないほどの恩と愛を受け取ったのだ。

 

 それに今だって、私の再び挑戦の機会をくれている。

 私の”世界時計”への思いを誰よりも知っているからこそこんな機会をくれたのだろう。

 

 本当にこの人には・・・・。

 

 敵わないな、と思いながら彼女は決意を固める。

 必ず七星の頂を手にして見せることを。

 

 あの時とは違い、今度は指導者としてあの化け物を倒す、熱を上げるなというほうが無理な話である。 それでも、この決意はそれだけが理由ではない。

 

 あの日、自分が先生からもらったものを自分も誰かに与えてあげたい。

 

 そんな思いがあることをいまだに眼前で笑い続けているこの人は気づいているのだろうか。

 もしかしたらそんなこともお見通しかもしれない。そうであれば本当にかなわないなぁ。

 

 静かにだが、激しい熱を持った、”蒼炎”のような決意がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 「そうじゃ、玲君。熱を入れるのはいいが、いくら婚期を逃したといっても生徒の彼に手を出すのはいかんぞ、ホホホ」

 「殺すぞジジイ」

 

 




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