廉貞学園 第1闘技場
入学式
多くの伐刀者候補生が通う育成機関である廉貞学園もその本質は学び舎である。
その為、当然だが一般でいうところの学校行事というものが存在している。今日、これからここで行われる入学式もその人るである。
廉貞学園の入学式といえば、新入生たちにとってはまさしく国の認める伐刀者”魔導騎士”としての1歩を踏み出す式を意味する。今日を境に彼らの人生は大きく変化していくといっても過言ではないのだ。当然であるが、彼らの緊張は並みのものではない。現在、式は粛々と進められているがその緊張がゆるむことはない。
と、ここまでは例年通りのことだが、今年は例年と比較しても異なることがあった。
その緊張が新入生だけではなく、2・3年生にも及んでいるのである。
いつもならば緊張でがちがちの初々しい新入生たちを、自分もそうだったなぁと思いながら暖かく見守る立場にいる彼らに少なからず緊張がはしる原因は偏に今年の新入生の1人であった。
まぁ、若干名は今朝の校門前での奇怪な光景を思い出し、戦々恐々しているのもあるが、大半の生徒はそれとは別のある新入生の存在が彼らのみを固くさせていた。
きっかけは1か月ほど前。入学式を翌月に控える中、校内掲示板に張り出された廉貞学園新聞部のスクープにあった。
『シニア最強の伐刀者、廉貞学園に入学内定?!』
でかでかと一面に出された見出しは嫌でも通りかかる人たちの興味を記事に引き付けた。
記事は以下のように続く、
『我が新聞部は死力を尽くした取材の結果、15歳以下の伐刀者の大会、通称”シニア”を一昨年・昨年に2連覇を果たした伐刀者が来月、我が校に入学する方向で決まったとの情報を関係筋への取材から入手した』
以下、しばらくこの情報の裏取りが取れていることをいくつかの情報とともに書かれている。
そして下段には、
『入学が内定している生徒の名前は「”雷童”鶴見 亮(15)」、今年のシニアには参加していないが、もし参加していれば3連覇確実と目されていた超有望株である。もちろん幻想形態限定のシニア大会での結果は、実戦形態で競う七星剣舞祭での強さをそのままに示すものではないが彼が優秀な伐刀者であることは間違いない。彼のもとには武曲や破軍からも推薦の話があったと聞いているが、それを蹴ってまで廉貞への入学を決めたとのことである。・・・ほんとになんでだろ』
その後、シニア時代の彼の戦績やそのビデオが視聴可能なURLなどが掲載されている。
そして最後には、
『我が校は七星剣舞祭での活躍が乏しくなって久しく、近年では武曲の独り舞台になりつつある。また先週号でお伝えした通り、破軍学園は来年度からかの”世界時計”を理事長に迎え入れ既に破軍で教師として在籍する”夜叉姫”と合わせて万全の指導体制を整え、今年こそ七星剣舞祭の制覇を狙っている。また、破軍に関しては留学生として同世代最高ランク、Aランク騎士”紅蓮の皇女”ステラ・ヴァーミリオン女史を招聘し、またBランク騎士にして魔導騎士連盟日本支部長のご息女、黒鉄珠雫女史の入学も決まっているそうである。』
『かかる状況下、また我が校は他校に水をあけられることになると、新聞部一同悲観していたところに今回のスクープである。鶴見崎氏は一昨年・昨年のシニアで前記の黒鉄珠雫女史を完封勝利したBランク騎士である。1年生ながら次の七星剣舞祭での活躍を期待せずにはいられない。彼が破軍か武曲かと目されている七星剣王レースに一石を投じてくれれば、新聞部の取材費の予算増を学園には切に望む。・・・本当にお願いします』
と結ばれていた。
この記事は新入生に興味を持っていた生徒の間に瞬く間に広がり、新聞部への問い合わせも殺到したとのことだ。
そのような経緯もあり、本来は新入生の緊張でおおわれる入学式で2・3年生にも緊張が及んでいるのである。
彼らの大半にとって、七星剣舞祭は参加する大会というよりも観戦する大会という意識が強い。
無論、彼らも伐刀者であり大会に参加する権利がある。しかしそれはあくまで権利であり、義務ではない。
七星剣舞祭は通常の授業で行われる幻想形態での試合ではなく、実戦形態での試合である。当然試合中に、四肢を欠損したり、重大な後遺症を負うことや、場合によっては死ぬことするあるのが実戦形態での試合である。医療技術の発達に伴い開発されたiPS再生槽による治療で大概の怪我なら痕も残さず治せるようになったとはいえども、受ける痛みや恐怖はそのままである。
何事もなく平穏無事に卒業し、魔導騎士の資格さえ取れればその後の将来は安泰との言われるのに、わざわざそんな危険を冒してまで戦う必要はない、それが現在の廉貞学園の生徒の大半が抱く思いである。
その為、廉貞学園では少しでも生徒の参加を促す為に七星剣舞祭への参加を条件に単位の優遇や寮生活の待遇改善をちらつかせている。しかし、そうした学園側の努力も虚しく、最近では本選出場者を確保するのにすら苦心する年があるほどだ。
そんな生徒たちにとっては七星剣舞祭に参加し、嬉々として殺し合いに参加する生徒なんて、自分とは違う世界の住人、異世界人のようにすら思っている者もいる。そんな異世界の超人たちが戦う異次元の大会である七星剣舞祭は参加するものではなく、観るものと考えているのである。
しかし、今度はそんな異世界人のような伐刀者が入学してくるというのだ。彼らは大いに慌てる。
別に彼が着て本選出場枠がとられることを心配しているのではない。異世界人が嬉々として殺し合いに参加する戦闘狂であれば、校内でその余波が出てくるかもしれない。
猛獣の戦いを檻の外から眺めるのはいいが、まさか自分たちに隣にその猛獣が来るなんて聞いてない!
それが彼らの緊張の根本にあった。
スクープが出てからというものの、校内に出回った様々な憶測も彼らの緊張に拍車をかけた。
曰く、
「今度の新入生は幻想形態で手当たり次第に伐刀者を襲い、”ヒャハー、たおれた奴だけがいい奴だ”といって意識を保った生徒は実戦形態で丁寧に半殺しにされる」
「目があえば、仕合いの開始とみなされる」
「何か不興を買えば、伐刀絶技で一生奴隷にされる」
「正体は山を駆けずり回るゴリラで、人の頭をちぎっては投げる」
など、尾ひれがつきまくった噂が「知り合いから聞いたんだけど・・・」という言葉とともに瞬く間に校内を駆け回った。
闘技場の戦闘フィールド部分に用意された席に新入生は皆座っているが、あの中にそんな人の皮を被った戦闘狂いるかもしれない。闘技場の構造上、在校生の生徒は周囲に配された一段高い観客席にいるが眼下にいる初々しい新入生の中に化け物がおり、それを見たために後から、
「センパーイィー、よくも入学式の時は俺を見下ししてくれましたねぇーー。おぉん」
「とりあえず俺も先輩に同じことしたいんで、地面により下に埋まってもらえまーすかぁー」
といったことにならないとも言えない。まぁすべては妄想でしかないけども・・・
観客席に座る廉貞学園2年谷本修二もそんな学生の1人であった。
彼の伐刀者ランクはC。廉貞学園の中でも片手に入るほどの伐刀者である。
また、眼鏡に七三分けの髪型をした彼は、その外見を見るからにイメージされる通りに学園の優等生であり、当然クラスの委員長も務めている。
伐刀者としてのランクも学内の指折りである彼は昨年、先生の推薦を断れずに七星剣舞祭に参加した代表選手でもあった。
参加を受諾した際は単位優遇などにつられたのもあるが、同年代と比べても伐刀者としての強さも並み以上であると自負していた彼は軽い気持ちで参加を了承した。
そして参加してすぐにその選択を後悔した。
彼の一回戦の相手は北海道の禄存学園の生徒であった。対戦相手も自身同様に注目選手ではなかったが、結果は左右大腿骨の骨折・脳挫傷・筋断裂無数、他骨折箇所無数という自然治癒なら残りの学園生活は病院のベッドの上から動けないほどの大怪我であった。
試合終了後、残ったわずかな意識で、”あ、俺死ぬんだ”と感じたことはいつまでも鮮明な記憶に残っている。
加えて彼の心をえぐったのは、彼に勝った選手は2回戦で伐刀者生命を絶たれるほどの重傷で瞬殺され、その彼をボコボコにした選手も3回戦で破軍学園の”雷切”に一刀のもと瞬殺された。
もう訳が分からなかった。けがをして1週間後には病院で観戦できるほどにまで回復した彼が目にしたのは理解不能な現実だったのだ。
それ以来彼は、七星剣舞祭に二度と参加しないことを誓った。
自分の足で母校に帰った彼を迎えた先生--彼を死地に送った張本人は「大した怪我じゃなくてよかったな!これで来年もリベンジできるぞ」とサムズアップしながら清々しい笑顔でほざきやがった。
あの時、優等生の皮をかぶりきって、霊装で本気でぶっ飛ばすのをとどまった自分を今でも褒めてやりたい。
七星剣舞祭に参加した彼だからこそわかる、あそこは本当に化け物の祭典である。
彼の隣ではクラスメイトが、「”つ”だから真ん中の列あのあたりだろ」「まじか、どいつかな」なんて話している。谷本もその声につられて真ん中の列に視線を向けるが、もちろんそこに件の少年がいるのかの判別はつかない。
ふと、真ん中列の端に座る男子生徒があった、ような気がする。その生徒はいかにも新入生といった様子でいたく緊張している様子であった。そんな彼を見ていると、ふと昨年の自分もそうだったなぁといったかっがい深い気持ちになり、幾分か心が楽になった気がする。
式が終わったらあの子に声をかけてもいいかもしれないな、
もちろんうちのほかの学園の化け物に劣らないほどの伐刀者として突出した能力を持つ生徒はいる。しかし彼女はなぜか大会には興味を持たず、この2年間参加していない。また彼女は生徒でありながらその能力を生かすために自身の運営する病院にいることが多く、そもそも学校に来ることが少ない。
彼女のような伐刀者としても為人もすぐれた人物であればいいが、それは希望が過ぎるだろう。他校にいる伐刀者には自分より下に見たものをいたぶることに快感を覚える弑逆的な輩もいると聞く。
もちろんそんな行為を国の教育機関である学園が看過することはないと思われる。しかしこの学園は近年、七星剣舞祭の成績が振るわず、その打破を期待する生徒とあれば多少の粗暴な振る舞いは見過ごされるかもしれない。
どんどん志向が悪いほうに流れているのを感じながらも、とにかく君子危うきには近づかず、その新入生には極力かかわるべきではない結論付けたところで、彼は現実に引き戻される。
「それでは、新入生代表挨拶。新入生代表本年度入試主席 西京 亮」
彼が物思いに耽る間に、式は進み、ついに新入生代表挨拶となった。呼ばれた名前が多くのものが知るそれと異なっていたこともあって、若干のざわめきがあったが、彼らはそれ以上にその人物への興味を優先し、すぐにフィールド、侵襲性の集団へ集中する。
あとはこの後に事務連絡がされ、式は終わりとなるためもうかなり終盤にまでなっていた。
ついにきたか、と谷本も視線をフィールドに向けると、
「ヒャイ!!!」
・・・何とも間の抜けたやけにでかい返事と突風が、闘技場に広がった。
********************
・・・やばい、緊張してきた。
入学式の挨拶といっても形式なものだしと高をくくってはいたが、まさかこんな立派な会場で大勢の前で話すことになるとは思っていなかった。
俺の座る席はフィールドに並べられた席の中央列の端である。
挨拶に登壇しやすいように配慮された為なのであろう。まぁ、同じ席に座る生徒たちの名前も知らないこの状況で自分の席が作為的なものか、そうでないのか判断することはできないが。おそらくはそういうことなのだろう。
それに緊張しているのはただ単に会場や人数が想像以上だっただけではない。
周囲を囲む上級生たちが明らかに自分に対してありったけの関心を向けているのだ。
自身の魔力を薄く会場に広げて感知している為、これは気にしすぎという話でもない。
「鶴見ってのはどいつなんだ」
「あいつじゃないか」
「いや写真と髪型が少し違わないか」
「挨拶する予定だから最前列じゃないか」
「それっぽいのはいない気がするけど」
などなどの声が濁流のように流れ込んでくる。
いやいや、なんでこんなに名前が知られているだよ、新入生代表なんて毎年必ずいるでしょ。
それに写真って何の話?!、そんなのが出回っているのか。俺の旧姓まで知っている人がいるし・・・
とにかく、目立たないようにじっとしておこう。
幸いなことに上級生たちのいる観客席からは新入生を見下ろす形になり、見えるのはせいぜい髪型くらいなので自分がその生徒だと気付くものはいないようだ。
いや正確には生徒の中に1人、明らかに俺に気付いている人物もいるようだがその人物にはあたりがついているし、それに関してはむしろ願ったりである。
ほかに、ちらりと観客席に目を向けた際、俺が一方的に知っている先輩と目があったりもしたが、彼は俺のことなんて気にもかけていないだろう。彼はこの廉貞学園で現在在校生唯一の七星剣舞祭の本選出場経験者なのだ。通常、七星剣舞祭の出場は3年生が占めるこの学園で1年生からその枠をとったほどの傑物が、一新入生に関心を持つとも思えない。
ぜひ機会があればお近づきになりたいものだと考えていたし、いま目が合ったのがきっかけになればいいなぁー。
そんな希望を持っているうちにも式は粛々と進められ、ついにその時が来た。
「それでは、新入生代表挨拶。新入生代表本年度入試主席 西京 亮」
司会の先生が張りのある声で俺の名前を呼んだ。
さぁ、何事も初めが感じだ。ここは、しっかりとした返事で俺の伐刀者としての一歩を刻むとしよう。
俺は気合を入れ、全身に力を入れ返事をしながら立ち上がる。
「ヒャイ!!!」
・・・そして、盛大に噛んだ。
その上、長らく黙っていたのどを震わせるために能力を使ったせいもあり、返事の音量は爆風のような質量をもって周囲に座るの席の子たちを吹き飛ばしてしまった。
さ、最悪である。完全に緊張が裏目に出た。ご、ごめんよ、名も知らない同級生たちよ・・・・。でも俺、これから挨拶しないといけないからあとでしっかりと謝ろう。
先ほどの決意が音を立てて崩れ去るのを俺は感じた。だが、一度割れたハンプティダンプティは二度と元に戻せない。つまり過ぎたことは仕方ないのである。周囲に対しては、ちらりと目線をやって心の中で誠心誠意謝る。
気を取り直して、努めて平然を装い、壇上に歩んでいく。途中、横を通った灰の列に座る新入生の一部がヒッ!と声をあげてこちらから距離を取ろうとのけぞるのが見えたりもしたが、大事の前の小事だ気にしない。・・・気にしないのだ。
そして俺は、壇上の上に立ち全体を見える位置についた。そして、先ほどの反省を踏まえて、ゴホンと一つ咳払いをする。
・・・それだけのことなのにどうしてこんなに会場に緊張するのか。新入生の前列の中には椅子を盾のようにしながら隠れる子や隣と抱き合って震える女子学生までいる。珍獣を前にしたような様子だ。
だが、これも気にしても仕方ない。横に参列する理事長の方に一度目くばせすると、彼はどうぞ遠慮なくといった様子で何度も頷いているし、もう話していいのだろうと判断し、俺は少しでも好印象を与えるべく努めて笑顔会場全体を見渡してから挨拶を始めた。
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とんでもない奴だった。
入学式がすべての行程を終え、新入生が退場を終え、上級生たちもぞろぞろと闘技場を後にしていく中、谷本修二は先ほどの出来事を思い出して、席を立てないでいる。先ほどの代表挨拶を見て、彼の不安は確信に変わった。
もう、この学園に安全などがないということを。
まず初めに間が抜けたとも表現できるような返事とともにあの惨劇は始まった。しかし、あれは返事なんて平和なものでは決してない。
あれは彼の宣戦布告であり、同時に奇襲でもあった。いわば、廉貞学園への真珠湾攻撃だったのだ。
返事を装った、彼の奇襲はまず彼の同級生たちを襲った。彼を中心とした爆発ともいえるような衝撃が、周囲を吹き飛ばし、その余波は観客席の彼のもとにまで一陣の突風となって届いた。
そして彼は周囲で吹き飛んだ同級生たち一瞥をくれると、まるで何事もないように歩き出したのだ!
遠くからであり、あまりはっきりとは見えなかったが、あの時の彼の眼には「この程度に吹き飛ぶとは・・・屑どもめ」といった侮蔑があったに違いない。そして彼は、そんな取るに足らない存在を無視して歩き出したのだろう。
そして壇上に上がった彼は、当然という防衛行動をとる前列の新入生たちを一度見ると、ゴホンとなにか呪文のようなものを唱え、理事長のほうをうかがっていた。
あ、あれは「こんな腑抜けども、学園には必要ないですよね」と確認したのだ。
理事長はそんな彼の視線を受けて、「やって構わんよ」といった具合に鷹揚に頷いていた。
この時、新入生たちの命運は尽きたのだろう。あの化け物が理事長に許可を求める理性があるのにも驚いたが、それ以上に理事長の態度が驚きだ。思えば、理事長も昔は名だたる伐刀者だったと聞いたことがある。傍目には好々爺でこの学園ののんびりとした風潮を是としていたようだが、その心の奥底には戦士としての苛烈さを持っていて当然なのだ。
この猛獣の狂行も是としたのである。もう、彼を止めるものは何もなかった。
理事長の了承に彼は満足したのか、前を向き直ると皮肉なくらいに好青年のようなさわやかな笑顔で”闘技場全体”を見渡したのだ。
彼が許可を求めたのは新入生の排除だけではなく、観客席に座る上級生にも向いていたのだ!!
獣にとって笑顔が持つ本来の意味は有効ではなく、威嚇である。獰猛な笑みというが、まさしく彼の笑顔はそれであったのだ。そしてその笑顔を闘技場全体に向けた。彼の布告は上級生であろうともその対象であった。
そして彼は、
「今ご紹介に預かりました、新入生代表 西京 亮 DEATH。未熟者ではございますが代表の哀・殺をいた死ます。」
と死刑宣告を口にした。
そのあとのことは覚えていない。
恐怖のあまり、脳が現実の認識を拒否したのかもしれない。
だが今、式を無事に終えている様子だ。あの後、何があったかわからないが今日は布告だけで済んだということか・・・。ただそれも延命にしか過ぎないのだろう。もう我々の因果は変われない。希少な因果干渉系能力者でもいない限り、その運命から逃れることはできないが、彼の行為を捻じ曲げられる因果系能力者などこの学園にはいない。
「さっきの子、全然噂と違ったね」
「うん、すっごい爽やかでいいこぽかったね。なんていうか本当の騎士って感じで、なんだろう・・・強さを求める求道者って感じ!」
そんなクラスの女子の会話が聞こえてくるが、こいつらはなんて愚かなんだ、君たちは愚道者だろうが!いや、あれを見てもそんな感想をのたまえるのは才能とすら呼べるかもしれない。
ああ、もうどうでもいいや・・・
苦悩の末、彼は思考を放棄した。
その捨て鉢のような気持ちのまま、委員長も戻ろうと声をかけるクラスメイトの声に、ああと弱弱しく返しながら闘技場を後にした。こうなった以上は可能な限り、あの化け物とは関わらないことが目標だと決めて・・・。
しかし、彼はこの時気付いていなかった。彼の目標は絶対に叶わないということに。
挨拶の前に目が合ったのはその化け物であったことを頭から飛ばしていたこともそうだが、この廉貞学園の学生寮は上級生と新入生が相部屋になるのである。
彼の昨年のルームメイトは3年生であり、今年は新入生が彼の相部屋になるのだが、その部屋割りは上級生にのみすでに決められて先週配布されていた。
その時の彼は、相部屋の新入生の名字が”鶴見”ではないことを神に感謝していたが、それ以外のことにまで気が回っていなかった。
彼の相部屋の新入生の名字は”西京”君。
今年の新入生にその名字の人物は1人しかいないのだが、その事実に彼が気付くのは今日の夕方、ルームメイトとの顔合わせの時であった。