廉貞学園 教室
「亮さん、それで一体今朝のはどういったことだったのですか」
キリコ先輩、師匠と話が終わり教室へ向かったが、どうやら今日はオリエンテーションだけであり、俺がついた時にはもうすでに大半の生徒が帰り支度をしている途中であった。
その後、俺は担任の先生に事情を聴きたいといわれ、教室に残るように指示を受けたのであった。
今教室には、先生と俺、そして凛奈とシャルロット、ついでにスフィンクス、傷害沙汰の当事者たちしか残っていない。
ほかの生徒たちはすでに寮に帰るなり、外へ行くなりでもう下校した様子である。
ちなみにこのクラス――1―Bの担任で今、俺の面前に腰掛けているのは奇遇にも今朝、理事長室で話した綾瀬さん、いや綾瀬先生であった。
今朝は理事長秘書と言っていた彼女がクラスを担当していることに若干の違和感はあったが、彼女は国内リーグでも有数の実力者であった伐刀者であり、それほどの人物を指導現場に立たせないわけないか、と納得もした。
俺がそんなことを暢気に考える一方で当の彼女は頭が痛いといった様子で冒頭のことを俺に聞いてきている。
「いやー、ハードラックと踊ってしまいまして・・・」
「入学初日から問題ごとを起こすのは遠慮して欲しいですね。おおよその事情は彼女たちに聞きましたが、ちょっとわからない点もあります」
彼女たちというのは、綾瀬先生の後ろに立つ3人、いや2人と1匹のことであろう。
一応、加害者となる凛奈は俺が来る前に叱られた後なのか、どこか覇気のない様子である。シャルロットに関してはそんな主を慰めながらも、抜け目なくこちらに注意を向けている様子だ。
あれから時間もたったし、彼女も今回のことで腑に落ちない点があったかもしれない。まぁ、彼女からすれば当然の反応ともいえるが。
「聞いた通りの話であれば、凛奈さんのライオンは安全上、学内での行動は制限しないといけません・・・まぁ当然ですけど。そもそも、理事長に私は何も聞かされてないんですから」
あのじじい、と綾瀬先生はここにはいない人物への恨みを重ねる。
凛奈はそれもあって、落ち込んでいるのか。しかし、そもそも許可なく学内での《固有霊装》の使用は禁じられている。そのため、いくら所有物とはいえ堂々とスフィンクスを学内で連れまわすのにも問題があるのだろう。
しかし、綾瀬先生の言葉を聞く限り、理事長の配慮でそのことは事前に認められていたようだ。
とはいっても、今回みたいな事件が起きればその特例も見直しになってしまうだろう。
もちろん、それは凛奈やスフィンクスに非があった場合の話であるが。
「それは、許してあげてもらえませんか。そもそも今回の件は全部俺が悪いことですから」
「どういうことですか?」
俺の言葉に綾瀬先生は怪訝そうに聞き、後ろの凛奈とシャルロットはそれぞれ不思議と納得の表情を浮かべている。
今回の件は、”薬師キリコに弟子入りする”という俺の身勝手に凛奈たちを巻き込んだのだからそのせいでスフィンクスに罰が行くのは申し訳がない。
それに、保健室を出た後に師匠からも”ちゃんと凛奈ちゃんに事情を話して謝るように、あとライオンちゃんにも”とメールが生徒手帳に送られてきたので、目的も含めてすべて話すつもりでいた。
「はい、今回スフィンクスが噛みつくように仕向けたのは自分です・・・」
***************
「なるほど、能力でライオンを君がけしかけたのですね・・・、ならむしろ彼女たちは被害者であなたが自身が加害者ということですか」
「はい、ですので加害者の俺が言うのもなんですが、彼女たちを叱らないでください」
廉貞学園に来た目的。
能力のこと。
スフィンクスにしたこと。
すべてを俺は説明し、師匠に弟子入りしてきたことまで一通り話し終えたところで綾瀬先生は納得した様子でそういった。
「なるほど、それなら納得できます。あなたなら不意とはいえライオンにかまれるのを避けることもできたはずなので、気になってはいましたが・・・そういうことでしたか」
「いえ、それほどでもー」
「ほめていませんよ。では学内で許可なく能力を使用したのはあなただったのですね。はぁ、分かりました。凛奈さんたちには非もないですし、処罰はしません。亮さんには規則の説明前でもありましたから今回は厳重注意ということにします」
あなたたちもそれでよろしいですね。と綾瀬先生は後ろにいる凛奈たちにも確認する。
「うむ、苦しゅうないぞ《蒼炎の導き手》よ。支配者とは寛大なるものよ。己が散漫さを棚に上げて他者を叩くのは愚者のすることよ。我を欺き邪神呪縛法を破りし《雷童》の《沈黙なる支配》、見事であった」
「お嬢様は”いいよー、気づかなかったこっちも悪いし、お相子さまだね”と申しております。私も能力のことまで話してくれた彼には誠意を感じたので異論はございません。今回はお嬢様を害そうとしたわけでもないようですので」
スフィンクスへの疑いが晴れたことで、凛奈は鷹揚に了承してみせ、シャルロットも得心がいったという様子で許してくれたようだ。
2人には悪いことをしたので、ある程度の罵倒も覚悟していたが、気にしていない様子であり、内心ほっとしながらも、彼女たちを利用した罪悪感も出てきた。
何かで埋め合わせしてあげないといけないなぁ。
俺にできる範囲のことであれば2人には改めてお詫びしないといけない。
「あなたたちがいいのであれば、この件は一旦、これでけじめとしましょう」
「待たれよ!《蒼炎の導き手》よ!」
凛奈たちの言葉を受けて綾瀬先生がこの話を終わらせようとしたところで、凛奈から待ったの声がかかった。
・・・どうでもいいかもしれないが、彼女が先ほどから言っている《蒼炎の導き手》というのは綾瀬先生のことなのだろうが、それはいいのだろうか。
まぁ凛奈のことだから指摘したところで意味がないのかもしれないが。
「どうしましたか凛奈さん?」
「確かに此度の一件はこちらの落ち度もあるが、リョウが我が左腕をたぶらかしたこともまた事実。これを捨て置くのは我が《血塗られし覇道》が認めぬところよ、ククク」
「えーっと、凛奈は何を言いたいんだ?シャルロット通訳を頼む」
「お嬢様は”今回のことはもういいけど、部下を操ったことをそのままにはできないよ!”と申しております」
「ふむ、我の言語は多重次元世界の理。《世界の叡知》に接続できぬ者にはわからぬのも無理はあるまい。つまりだ、我は《雷童》に決闘を申し込ませてもらう」
「なるほど、騎士ならば己が道は剣で切り開くというわけですね、凛奈さん。亮さんは如何ですか?」
どうやら話が変な方向に行っている気がする。
せっかくできた友人が何やら危なそうな道を進んでいることに不安に思うが、凛奈はスフィンクスのメンツのためにも決闘を申し込むということなのだろう。
しかし、決闘かぁ・・・
「凛奈が望むなら俺は構いません。もともと後で凛奈たちにはきちんとけじめをつけようと思ってましたから。でも入学初日に新入生同士で決闘っていいんですか?」
「ええ、許可があれば能力の使用はいいのですから。私が許可しますよ。それに破軍でも新入生が派手に決闘をしたそうですから、問題ありません」
俺は当然の疑問を口にするがあっさりと許可が出る。
なんだろう、綾瀬先生もノリノリなのが気になるが、破軍でもそんな決闘があったのか、後で寧々さんに聞いてみるか。
「とはいっても、許可に当たっては3つ条件を出させてもらいます。1つ《固有霊装》は幻想形態にて行うこと、2つ決闘の審判は私がすること、そして3つ目に亮さん、あなたには先ほど説明していただいた”本当のスタイル”で戦闘してもらうこと、以上の3つです」
異論はないですか、と俺と凛奈のほうを確認する。
1つ目と2つ目は全く問題もないし、3つ目に関しても学園に入学した今、隠すことでもない。俺は問題ありませんと返事をすると、凛奈も承ったと返した。
「今の時間なら、第3訓練場が開いていますね・・・では、そこで決闘を行うことにしましょう。時間はこれからでもよろしいですか?」
「ええ、傷も大したことないですし、俺は構いません」
「無論。強者とは常在戦場の心意気を持つもののことよ。シャルも問題ないな」
「はい、お嬢様がよろしければ問題ございません」
綾瀬先生の提案によって、これからすぐに決闘を行う運びとなった。
あれよあれよと話が進んだことに、俺の中で困惑もあるが、それ以上に気持ちが昂ぶるのを抑えられないのも事実だ。
凛奈からの提案とはいえ、初めて会った時からこの2人は一流の伐刀者であると感じていた。
降ってわいた強者との手合わせだ。断るどころかむしろ大歓迎である。
俺はこの学園に強くなるために来たのだから、凛奈、そしておそらくシャルロットとの手合わせもできるのは望んだり叶ったりである。
「わかりました、私が訓練場の手配をしておきますのでお2人は先に向かっておいてください」
「ありがとうございます。じゃあ凛奈、シャルロット行こうか!」
「ククク、大した自信だなリョウよ。吐いた唾は飲み込めんぞ。すぐに我が血脈の力の前にひれ伏させてやろう」
いつもと変わらない、凛奈の様子に安心しながらも俺たちは先生を残して教室を後にした。
凛奈の口ぶりはそれに見合う自負があってのことだとは思うが、もちろん負ける気はない。
俺とて、シニアに出た2年前からこれまで化け物相手に鍛錬をしてきたのだ。存分にその成果を試させてもらうとしよう。
「ところでリョウよ。先ほど”けじめ”をつけるつもりだったといったが。何をしてくれるつもりだったのだ。クク、我に執事として使えるのならば許すことも吝かではないぞ」
「あーそれね、とりあえず左手の小指をつめて許してもらおうかなーと」
「いたいよ!それはやめて!」
「なに?じゃあ、しかたない親指で勘弁してくれないか」
「きゃー、ききたくないー!」
シャルロットには呆れられながらも、おおよそ決闘前とは思えない雰囲気で俺たちは訓練場に向かっていった。
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怪我をしたと聞いたときは胃が痛くなりましたが、思いがけず彼の戦いを見ることになりましたし、よかったとしますか・・・
亮たちが出た後、1人残された教室で、訓練場の使用の申請を出しながら綾瀬は満足そうにそう考えた。
入学式後のHR、自分が教えると決めた生徒がいきなりいないという事態と同クラスにもう1人問題児がいた時には、本気で頭を抱えたが、事態は思わずしていい方向に進んだ。
亮は知っていたが、もう1人の少女、風祭凛奈も綾瀬は気にかかっていたのだ。
Bクラスの担任となる際、理事長から”おお、そういえば玲君のクラスにはもう1人、月影総理直々の推薦で入学した子がおるからの。まぁ、少し変わった子じゃが、玲君ならば問題なかろう”と聞いていたが、中々に面白い子であった。
一目見た時にはメイドを帯同し、ライオン乗る姿に驚きはしたが、綾瀬の目から見ても彼女が伐刀者として並みの実力ではないと感じた。
厄介ごとを押し付けられたことに腹が立つのも否めないがそれ以上に彼女の実力を見たいと思わせられたことににやはり綾瀬も自身が引退した身とはいえ、伐刀者であることを強く感じさせられた。
それに、話に聞いた限りでは亮も自身の能力をシニアの時代には隠していたというではないか。彼の戦闘スタイルはシニアの時代でもある程度完成していたと思っていたが、まだ見せていないものがあることに言い表せない興奮を覚えていた。
伐刀者が自身の能力を秘匿するのは珍しいことではない。
その場合は伐刀者自身が己の能力の本質を理解せずにいる場合と、あえて隠している場合の2つがある。年若い伐刀者であれば、自分の能力を誤解したケースも多い。
例えば、重力を操る力を”物を浮かせる力”と思い込んだり。熱を操る力を”炎を出す力”と誤解するケースだ。しかし、亮が間違いなくそういったケースではないだろう。
彼は能力の本質を理解している、だからこそ先ほど言っていたように破軍や武曲ではなくこの学園に自ら入学し、自分を高めるのに最適と考えて”白衣の騎士”に弟子入り志願をしたのだろう。
自分の教え子となる亮がすでに師匠を決めたことに若干の嫉妬に似た感情を覚えたが、それ以上に自分が見込んだ子のポテンシャルと向上心の強さに喜びを感じた。
あの子であれば本当に・・・
期待をもちながら、綾瀬は申請の手続きを済ませると自身も訓練場に向かうため教室を出る。
その足取りは、普段の彼女を知るものならば、一度見た後、もう一度振り返り凝視するほど軽やかであった。
若き2つの才能のぶつかり合いを間近に見ることができるのだ。
そのことを前にしては彼女も心に平静を装うことができない。なぜなら彼女もまた教育者であり、伐刀者であるのだから。
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廉貞学園 第3訓練場
「おい、なんか今から決闘があるらしいぞ」
「あれって、今年の新入生首席じゃないか。入学早々決闘が見れるなんてついてるな」
「あれ、でも対戦相手のほうなんか多くない?」
「ほんとだ、3対1でやりあうってことなのかな。でもこれって決闘って言えるのかな?」
訓練場に俺たちがついてから程なくして、綾瀬先生もやってきた。
彼女は着くと早々に、では始めましょうか、といいこちらに確認をしてきた。
事前に決まっていた決闘ではないにもかかわらず、訓練場の観客席には多くはないがまだ下校していなかった生徒が何人かおり、突然始まった催しごとに野次馬として観戦に来ている様子だ。
さて、教室の時から感じたが、やけに急ぐような様子にこの後に幼児でも控えているのかとも考えたが、急ぎたいのはこちらも同じなので指摘するようなことはない。
凛奈も俺と同じなのだろう、開始を急ぐ様子にも”問題ない”といった様子で腰に手を当てて仁王立ちである。
そしてその両隣には当然といった様子で、スフィンクスとシャルロットが控えている。
本来、騎士の決闘であれば1対1が基本である。凛奈の場合、スフィンクスは霊装であるからこの場にスフィンクスが控えていることに何ら不思議がない。しかし、もう片方のシャルロットについては、おいおい、と外野の指摘が入ってもおかしくない状況である。
事実、観戦者の中にはそれを指摘する者もいた。
だが、当の本人たち対戦相手の俺も、審判である綾瀬先生もそれを指摘するようなことはしない。
理解しているからだ、シャルロット――彼女こそが凛奈の最強の《固有霊装》であることをだ。
凛奈の伐刀絶技《隷属の首輪》は、対象に己の魔力を与えて伐刀者として使役する能力である。
彼女自身、スフィンクスが自分の霊装だと公言していたが、スフィンクスの首輪と同じものがシャルロットの首にもついているのである。
そして何より、シャルロット自身が纏う魔力がスフィンクスと同じく凛奈の魔力なのであるのだから、この場に彼女が立っていることは何らおかしいことではない。
伐刀者であればお互いにある程度纏う魔力を視認することが出来るため、彼女が凛奈と同じ魔力を纏っている以上、彼女もまた凛奈の霊装だと理解できる。
当然、そのことに綾瀬先生が気付かないわけがないのでこうして、はたから見れば3対1という決闘でも審判のストップが入ることはないのだ。
「我が漆黒の右腕を前にしても、動じぬ気概は称賛に値する。さすが、とここは褒めておこう」
「いやいや、シャルロットも凛奈の霊装でしょ。ならむしろいないほうが不自然でしょ」
「そう、シャルこそが我が漆黒の右腕。血脈の暗黒の力の恩恵を一身に受け、罪の色にその身を染める刻印の騎士よ」
「お嬢様は”よくわかったね!シャルも私の《隷属の首輪》で使役する、霊装なんだよ!すごいでしょ”と申しています。私こそが、お嬢様にとっての剣であり盾でもあるのです」
シャルロットも満足そうに凛奈の言葉を肯定する。
「リョウ、汝も早く血脈の力をその身に纏うがよい」
「ああ・・・・登ろうか――”紫電”!」
準備万端といった様子の凛奈の言葉に従って、俺も自分の前で両手の拳をぶつけ合わせてから霊装を呼び出す。
俺の両手、肘から先の部分に深緑色の篭手が装着される。
霊装は伐刀者の魂に呼応してその姿を顕現するといわれているが、俺の場合はこの篭手こそが共に高みを目指す相棒である。
「それが汝の力か・・・クク、だが我が邪神呪縛法の敵ではないわ!」
「おいおい、俺にとっては10年来の相棒なんだ。あんまり悪く言わないでくれよ。・・・それにもうこれ以上の言葉は不要だろ?」
「しかり、後は力にて語るとしよう」
俺は会話を打ち切り、半身となって目線の高さに拳を構える。いわゆるボクシングのファイティングポーズといわれる構えだ。
「ふむ、ではこれより1-B 西京亮と同じく1-B 風祭凛奈の摸擬戦を開始する!両者の霊装は幻想形態で使用し、一方が戦闘続行不能となった時点で決着とする!」
両者が戦闘態勢に入ったことを確認すると、綾瀬先生が訓練場に響き渡るほどの大きな声で宣言する。
「よし!では・・・Let's Go Ahead」
静寂に包まれた訓練場を引き裂くように、開始の宣言がなされた。
こうして俺と凛奈の戦いは始まった。
短めですが、長くなりそうなので分割しました。
続きは明日投稿予定です。
※週末に投稿します
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