雨が地面を叩きつける音と匂いがする。だが、それよりも目の前にいるアイツをどうするか、そのことばかりが脳内を支配する。
「よぉ。ハンターを撒いたみたいだが俺がこっちにいるって予想できたか?優秀な指揮官サマよ。」
「…っ、エクスキューショナー…!」
「ッハ!そう睨むなよ。まだお前に奇襲をかけてないだけ温情をかけているんだからよ。少しくらい話でもしようぜ。」
身の程ある黒い大剣を肩に掛け、随分と楽しそうに話しかけてくる。だが、私を刺すような殺気が伝わってくるあたり、逃すつもりは毛頭ないらしい。
降っている雨が頬を伝って地面へと落ちていくが、緊張で汗もきっと出ているだろう。当たり前だ。人間なんて敵いもしない人形、その中でも馬鹿げた出力と身体能力、そして演算機能を持った化け物みたいな奴を目の前にしているんだ。オールマイトかエンデヴァーで対処できるとかそんな感じだ。相性が悪ければ一方的だろうけど。
そんな奴を目の前にして余裕なんてかけるか。それどころか、自分の強みである戦術人形を呼べない状況。呼べても時間制限をかけないと私がダウンする。何より、いわれもない罪状をふっかけられている今、下手に騒いで人がくれば困る。
ならどうするか、そんなの決まっている。
「生憎、私は話をしている余裕なんて無いんでね…。」
「自慢の人形はどうした?散々けしかけて来たのに、今は出せねえのか?」
「…。」
一歩後退りする。逃げ場は少ないが、その中で確率の高い退路を探す。障害物、直線、視線、人の目。その全てを考えた上で目の前の【処刑人】から逃げるしかない。
ずっと心臓を掴まれたような嫌な予感と息苦しさが体をその場に縫い付ける。それを意地だけで無理やり動かしている。ここまで明確な死を感じたのは、一体いつ以来だろうか。いや、後にも先にもあの時だけ。初めて人形をこの身に宿した、あの市街地以来。
「…つまんねえな。久々にクソッタレなグリフィンの人形を斬れると思ったんだがな。───じゃあ死んじまえ。」
「っっっ!!!」
ほぼ勘で真横に飛ぶ。瞬間、突風みたいな風がすぐ横を飛んで行った。それは地面を抉り、アスファルトを斬り裂いた。あそこに立っていれば今頃真っ二つになって、地面に赤い華を咲かせていただろう。
それを理解した瞬間、全身に薄寒いものを感じ、足が竦んだ。逃げろという理性と本能的な恐怖が鬩ぎ合って気持ち悪い。だが、ここで止まっているわけにはいかない。アイツはまだ剣を構えている。逃げろ、逃げろ…!
「そぉら!!逃げて見せろ!指揮官サマよぉ!!」
「っは、はっ…!」
アイツはまだ遊んでいる。こうして避けるので精一杯な私で斬撃だけで殺そうとして、それを楽しんでいる。
削り飛ばされたアスファルトの破片が顔を擦過し、血が垂れる。それを上書きするように雨が体を打ち、そのまま体温も奪っていく。
「(呼べる人形で、負担が少ない…それでいてアイツとタイマンできるのは…!)」
「考え事か?それとも限界か?動きが鈍いじゃねえか!!」
「うっ、さい…!っは…っはぁ…はっ…。」
一瞬、視界がブレて体から力が抜ける。呼吸は乱れて、思考すらままならない。心臓が早鐘を打ち、その音すらうざったいとすら思えてくる。いつの間にか耳に付けていた通信機も落ちたか、あるいは壊れたのか、何も聞こえない。
まだ致命的なダメージを受けていないのは幸運。それでもコンディションは最悪だから、いつ死んでもおかしくない。
人形を呼べば早い、が今の状態で呼べば恐らく倒れる。最悪、昏睡に陥る可能性だってある。それは冤罪をかけられている今はよろしくない
恐らく、冤罪をかけているのはコイツらを従えている誰か。それをなんとかしない限りは倒れるわけにいかない。
「…はぁ、もう少し楽しみたかったんだがな。どうもトップはそうじゃないらしい。遊んでないで殺せと来た。」
ガシャリと重厚な鋼の音が嫌なくらいに響いて聞こえた。エクスキューショナーは大剣を上段大振りに構えて、ブレードを鈍く赤い色に染めていく。さっきまでの斬撃は遊び、次に来るのは本気の──ゲームでも散々見た、あの赤くてデカい一撃。
生身で食らえばまず生き残れない。避けても、おそらく余波で無事には済まない。それ以前に弄ばれたこっちは限界がきている。どうする、賭けて呼ぶか、纏うか──
「悪いな。恨むなら遊ぶなと言って来たトップのクソ野郎を恨んでくれ。」
──とても詰まらなそうに、随分と冷めた顔と声で【処刑人】は大剣を振り下ろした。
▼▼▼
「…ここも外れ。次行くよ。」
追いかける背中は止まるということを知らないのか、と言わんばかりに羽ばたいて次へ次へと飛んでいく。追いかける側にしてみれば、とてもじゃないが辛い。主に体力が。
それに、何を探して動き回っているのかすら分からない。目の前にいるヒーローは教えてくれない。時折行った先々で【敵】の類が悪行をしているので、そういった時は指示に従う。インターンで赴く学生にはそれが限度だ。
プロヒーロー、ホークス。ここ最近有名になって来た翼の実力者。常闇はその下でインターンを受け、そして今、ホークスが何かを探しているのを追いかけている。
常闇からすれば追いかけるので精一杯。手伝おうにも何を探しているかすら分からないのだから手伝いようがない。
何より、探している場所が余りにもちぐはぐなのだ。
PCを探ったと思えば次は壁にあるスイッチを。別の場所では数多あるPCには一切触れず、それどころかコンセント付近を。そして今は空き家の屋根、そこにあるテレビ用のアンテナを見て「外れ」と言った。
本当に何を探しているのか分からないのだ。
「…ホークスは一体、何を探している…?」
段々と小さくなるホークスの背中を必死に追いかけつつ、常闇は小さく呟いた。
だが、理由を考えていたその時、唐突に巨大な爆発音のようなものが聞こえて来た。同時に、追いかけていたホークスが急旋回。爆発音がした方向へと飛んで行った。
すかさず常闇も追いかける。だが、天気は荒れており、時折雷が聞こえるほどの雨。全力で追いかけて、それでもホークスよりその場所にたどり着くのが遅くなった。
そして、降りた場所で見た光景に言葉を失った。
「…!?」
「…先手を越されたか?それにこの破壊痕と血の跡は…。」
──そこにあったのは、粘土のようにズタズタに切り裂かれて壊れたアスファルトの残骸と大量の血痕。そして…見慣れた、幼馴染の眼帯が落ちていた。