シベリアにて
排気音が聞こえてサイドミラーを確認すると、サイドカー付きのオートバイに跨った8人の兵隊がこちらを追ってきているのが見えた。
「もう勘づかれたか……」
自分と良く似た体格の警備兵を身代わりにして、リュックサックにジェーニャを隠して施設から逃げ出してきた。サイドカー付きのオートバイを手に入れて、ジェーニャをそこに移してからは全速力でシベリアの荒野を西へ西へと走らせたが、半日もしないうちに追いつかれてしまった。
サイドカーに乗った兵隊は、ライフルをこちらに構えて撃つ準備をしている。サイドミラー越しにそれを見たジェーニャは、顔を青くして震えていた。
「ミク……、怖いよ……」
「体勢を低くして! 弾が当たればどうしようもないから!」
ジェーニャが体を屈めたのを見てから、更にスピードを上げる。
向こうも負けじとスピードを上げて、遂に発砲してきた。
「子供がいるのに、容赦なしか……!」
左手でマカロフを引き抜いて、こちらも応戦する。しかし元よりライフルとハジキじゃ、性能からして勝負になるはずがない。おまけに左手だから狙いがまともに定まらない。
「せめてRPG-7でも持ち出してくれば良かった……」
そんな悠長なことしてられなかったのも事実だが、もうちょっと準備しておくべきだったことが悔やまれてならない。
マカロフが引き金を引いても何も出さなくなった。拙い、弾切れだ。予備のマガジンを装填している暇なんかないし、代わりの武器もない。リュックサックに入ってたものは、殆どジェーニャを隠す為に出してしまったから。
「手投げ弾でもあれば……」
「ミク……、これ……」
サイドカーからジェーニャが左手で丸い物を差し出してきた。舳先にレバーとピンがついてる。ありがたい!
「ありがと!」
口でピンを引き抜き、後ろに放り投げる。
直ぐに爆発するタイプではなかったようだが、2人の兵隊が手投げ弾を見てバイクを減速させたから、数を減らすのには成功した。
しかし残りの兵隊4人を何とかして片付けないと、完全に逃げ切るのは無理だ。何とかしないと。
対策に頭を悩ませていると長い坂道に出た。その先には谷があって、橋板が跳ね上がった状態の橋がかかっている。向こうにこのまま行くのは無理だ。いや、谷の向こうに応援が待機している可能性がある。寧ろ行く方が危険かもしれない。となると……。
「ジェーニャ」
「な、なぁに……?」
「これからあの谷に飛び込む」
「えっ?! 死んじゃうよぉ!」
「他に手がないの。いい? 死にたくなかったら、私が合図した瞬間に思い切りジャンプして。私が絶対に受け止めるから」
「で、でも……」
「このままだと、どのみち死ぬよ! 生きたいんでしょ?! 受け止めるって絶対に約束するから!」
「わ、分かった……」
坂道を利用して速度を上げる。無論、少しずつ向きを変えてだ。橋にぶつかって心中するつもりなんかないから。
「いい? せーので飛ぶんだ。分かった?」
「分かった……」
やはりジェーニャは不安がっていた。無理もない。谷底に飛び込めと言われて怯えない人はいない。後で謝ろう。
谷まで300メートルの所でちょうど良い角度になり、バイクを急加速させた。兵隊の方は、減速させながら走っている。何とか安全に飛び込めそうだ。
200メートル、150メートル、100メートル……。どんどん近くなっていく。緊張からか手汗が出てきてしまった。
「さあ……、いよいよ勝負だ……」
橋まで50メートルのところで坂道を逸れ、橋の横に建てられていた柵目掛けて突進する。
「行けっ!」
柵を壊して、オートバイは宙に浮いた。
「せぇのッ!」
合図でジェーニャが飛んだのを見て、私も遅れて飛び上がり、落っこちるこの子の体を抱きとめた。
「わぁぁぁぁあ!」
「しっかり掴まってて!」
谷底には底が深い川が流れていた。
私とジェーニャは、その真ん中から少しズレたところに落ちた。
急いで岸に泳ぎつき、荒い呼吸を整えた。
「ハァハァ……、上手くいった……」
「死ぬかと思った……」
「ごめんね……、怖い思いさせて……」
「いや、助かったよ……。ありがとう……」.
そう言って、ジェーニャが右手を出してきた。私も右手を出して握手した。
「これからどうしよう……」
「どうしたい?」
どういう選択でも良いよと、笑いかけてジェーニャに聞く。そこの所はこの子次第だから。例えば家族がいるのなら、その人のところへ送り届けるのが一番いいし、そうでないなら他の方法を出来る限り取る事にしたいから。
「ミクはどうするの?」
「私? 私はね……、この国から逃げ出して、それから仲間に見つけてもらえるまで旅をするつもり」
「付いて行ってもいい?」
「いいけど、これから先ずっと今日みたいな目に遭うかもしれないんだよ? それでもいいの?」
「いい……。そのうち慣れるから……。それに私、家族いないから行く所ないの…………。何でもするから! お願い!」
家族が居ないのか……。なら、別れた所で元の木阿弥だ。それに危険なのも承知しているし、何よりここまで頼み込んでるなら……。
「分かった……。これから宜しくね。ジェーニャ」
「うん!」
元気に頷いて、私に飛びついてきた。
「あれから7ヶ月か……」
南アフリカからアルゼンチンに向かうフェリーから夕日を眺めて、そう呟いた。
思い起こせば、ジェーニャを連れてシベリアを脱出してから、中央アジア、パキスタン、アラビア半島、滅茶苦茶危ないソマリアを通って、アフリカ大陸を流離って……、と長い旅をしてきた。日本から逃げ出してからの期間を含めれば、もう9ヶ月くらいになる。
「結局、S.O.N.G.の皆んなとは合流できずじまい。もしかしたらこのまま見つけられないのかもしれない……」
でも今は別にそうなってもいいと思える。隣には、可愛いジェーニャがいるから。この子さえいれば、もう何も怖くない。
「どうしたの? ミク? また怖い人達が来たの?」
「何でもないよ。それに怖い人が来ても大丈夫。私とワルサーP1がいればね……。ジェーニャには、指一本触れさせないから」
まさかこの言葉が、3ヶ月後には嘘になってしまうなんて、この時の私には知る由もなかった。
如何でしたか?
即席ゆえ、あまり出来は良くないかもしれませんが、楽しんでいただけたら幸いです。