意外と自分のクローンに対しては、寛容です。鹿児島のドライブインで攻撃を仕掛けてきた奴のように、あからさまに敵意を向けない限りは、闇未来さんは何もしません。
「やぁ……、邪魔するよ」
京都の喫茶店「みらい堂」に入る。このところ、ずっと入り浸りだ。
「アイリッシュ・コーヒーちょうだい。暑いけど、身も心も冷え切ってるから」
私のクローンのななみが、温めたアイリッシュ・ウィスキーをコーヒーに注いでかき混ぜ、生クリームを乗せて持ってきてくれた。
「はい。でも姉さん、良いんですか? S.O.N.G.のお仕事は?」
「ないよ。体が体だから、行っていい場所なんかほとんどないもの。日本だって、ギアを装着しないことでギリギリいられるようなものだし。そんな厄介者にまともな任務なんか来るわけないじゃない」
モンゴル、東南アジア、中央アジア、アフリカ、南太平洋、ラテンアメリカ、南極……。身体の中にあるものとくっついている物のせいで、全部、立ち入り禁止。お陰で正式な装者にしてもらったにも関わらず、仕事なんか無いも同然。
響と一緒に戦いたいって、日本から逃げ出す前は考えた事もあったけど、結局のところ、一緒に戦うどころか使い道のないただのお荷物になってしまった。
「姉さん、いっそのこと装者を辞めたらどうですか? 姉さんもコーヒーを淹れる技術は親父さん顔負けですし、私と一緒に喫茶店やりましょうよ」
「ありがと……。でも改造人間作りを合法的に叩けるの、S.O.N.G.しかいないのよ。だから辞めるに辞められないの」
それに弦十郎さんとしても、私を手の届くところに置いておきたいみたい。仮に私をクビにして仕事を取り上げた場合、滅茶苦茶な事をしかねないと考えているから。
よくわかっていらっしゃるよ。私、ジェーニャのような目に遭う人を作らない為なら、どんな事だってするもの。目的が達成できるなら手段はなんでもいい。無論、目的と矛盾しない範囲でだけど。
カウンターで洗い物をするななみを見ながら、私はコーヒーに口を付けて、こう言った。
「ななみは元の私と殆ど変わらないよね。性格といい、見た目といい、違うのは声だけだもの」
「そうですか?」
「そうだよ、本物の私がそう言うんだもの。その私がこんな見た目になったんだ。なんだか、自分が偽物に思えてくることがあるもの」
充血した黒と緑の目に、紫のメッシュが入った腰まで伸びた白い髪、身体中に浮き出た手術痕。おまけにリボンもしていない。一般に知られた「小日向未来」とは、大きくかけ離れた外見。現に帰ってきたとき、再会した板場さん達は、全く私だって気がつかなかった。
ななみは、黒い髪に白と緑の目、色こそ違うけどリボンをしている。どうみても、この子の方がみんなが知っている「小日向未来」に近い。
「ななみが小日向未来になったらいいのに」
「バカな事言わないでくださいよ。本物の小日向未来は、姉さん以外いないんですから」
「分かんないよ。本物はとうの昔に死んでいるのかも……。まぁ、一つ言えているのは、鹿児島のドライブインで会った彼奴は、絶対に偽物だ。私、あそこまで根性曲がってないから」
嫌な事を思い出して、舌打ちして、コーヒーを一気に流し込む。彼奴だけは、もう二度と会いたくない。
「もう一杯、コーヒーちょうだい。今度はカリプソ・コーヒーね」
「はーい」
苛々して口にペルメルを咥える。ショッカー関連でやな事考えた時には、紫煙を燻らすに限る。彼奴らは、ナチ時代からの習慣とかで全くタバコを吸わないから。
「ヤニ臭い人間は、ショッカーにはまず存在しない……。彼奴らのことで見習えるのは、それくらいだ……」
「お待ちどうさま。コーヒーと一緒に、ガトーショコラもどうぞ」
「ありがと……」
ガトーショコラにフォークを入れて、口に放り込む。ほんのり甘くて苦味が強い、万人ウケはしない味。でも私は好きだ。
「甘さが強くないね。食べやすくていいよ」
「良かったです。どうも好みが分かれるみたいで……」
「だろうね。結構苦めの味だから」
「何故か子供に受けがいいんですよ」
「甘いもの食べ飽きてるんじゃないの」
若しくは苦手とか。甘いもの食べられない子もいるしね。
店内に流れるジャズを聴きながら、ふとある人のことを思い出した。何回か話したことがあるくたびれたコートを着たこのお店の常連さん。
「そういえば、あの子はどうしたの」
「あの子ってどの子です?」
「ほら、次世代型の……イストワールさんに拾われたっていう名前が色々ある子。私と同じ黒目の……」
「ああ、ミライですか」
「うん、何度かヒーロー物が好きな水色の髪した女の子連れて来てたじゃない。近頃、とんと見かけないけど、どうしたの?」
「あの子、最近忙しいみたいですよ。宇宙人と戦っているらしいです」
「宇宙人? 変なのを相手にしてるのね。現地の人と協力してやっているのかな」
「そうでもないみたいですよ。あの子と付き合いがあるのは、簪ちゃんとあの子が住んでいるところのご近所さんだけらしいですし。一応、他にもあの子のことを知っている人はいるようですが、あまりいい顔はしていないみたいで……」
「なんかやったの?」
「いえ、あの子が言うには、簪ちゃんのお姉さんやその周りにいる人から面白くないと思われているだけらしいです。どうも姉妹関係が冷え込んでいて、お姉さんの方から何度か説得を頼まれたけど、その都度断っているとか……。簪ちゃんが言い出さない限りは、何もしないつもりだって言ってました」
「うーん、手を貸してあげてもいいと思うけど……」
「私もそう思ったんですけど、どうも簪ちゃんは、あの子にお姉さんの息がかかってないっていうのもあって、懐いているみたいで。だから手は貸せないそうです」
「それなら手を貸せないのも無理ないか……」
しかし息がかかるかからないを判断しなくちゃならないって、歪な人間関係もあるもんだ。
5時になって、端末にS.O.N.G.から連絡が入った。それを見て、私は席を立った。
「そろそろ帰るよ……。S.O.N.G.の潜水艦が姫路港に寄港しているらしいから、急がないと……」
「あら、お仕事ですか?」
「違うよ。そろそろ帰ってこいってこと。今、あそこに住んでるから」
そこくらいしか、もう安心して住める場所がない。
「東京のマンションはどうしたんですか?」
「あそこは引き払ったよ。リディアンが襲われた時に巻き添えを食った人やその遺族が、押し掛けたことがあったから」
「サンドバッグを欲しがるものなんですね。人間って……」
「響見てたら分かることだよ。貴女も私の記憶があるから何となく察しがつくでしょ?」
「つきますよ。嫌なものですね。手近にいる相手を叩きに行くなんて」
「しょうがないよ。それしか出来ないんだから」
紫のがま口からコーヒー代とガトーショコラ代を取り出して、カウンターに置く。
「ごちそうさま。また顔を出すから」
「いつでもいらして下さい。定休日以外なら」