陽だまりシリーズ:小日向未来<外伝>   作:インレ

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神の力で人間に戻る。何とも魅力的な言葉ですね。
でも世の中そんなに上手くいくでしょうか。少なくともこの作品では、そんなに甘くはないです。
今回はそういう甘い話にのった結果、大損した闇未来さんのお話です。
拙作「smile」ともクロスオーバーしています。


夢破れた女と女神

 神の力で人間の身体を手に入れようとしているサイボーグがいるって聞いて、妹達の制止を振り切って、その人達と取引して、元の身体に戻ろうとした。

 でも結果はといえば、得られたものは「残念だったな、諸君」という大首領の嘲笑だけ。彼奴が神様の正体だったんだ。だから元に戻れる筈がない。

 私も取引相手も意気消沈してしまって、お互いを励ます気にもなれなかった。元に戻れるという望みが無くなってしまったのだから。

 

 

 

 

 

 

「うううう……、貴女から買った5万5千ドルの培養器も無駄になっちゃった……」

「まあまあー、向こうさんも喜んでたんだからいいじゃないー」

「それで何の利益も無いばかりか、パヴァリアの残党に手を貸したことが問題になって、停職になるわ、響達に白い目で見られるわで余計に首絞めただけ……! 自業自得なのは分かってるけど、これじゃあ私、甘い話に乗せられただけのただの馬鹿じゃない!」

「学習できたからいいじゃない。それに大おねーやんがしたのは、培養器渡しただけで、連中の破壊工作の手伝いをしてたわけじゃ無いでしょ。弦さんも大おねーやんはそれだけしかしていないから、処罰されることは十中八九無いとは言ってたじゃない」

 よしよしと泣き喚く私の背中を撫でてくれるのは、次世代型の唯一の生き残りであるミライ。たまにふらっと現れては、ななみの左足を義足にした風鳴機関の殲滅や研究所潰しを手伝ってくれる両腕が義手の女神。昔は育ての親のイストワールさんを困らせる程、粗暴で喧嘩早い性格だったらしいけど、全然そんな風に見えない良い子。

 しょげかえった様子の私を見かねて、同情して今住んでいる世界に連れてきてくれた。

 それであの子が普段いる公園の近くの山のキャンプ場で、バーベキューすることになった。残念会という名目で。

「さ、早い所、食べちゃおう? 今日は大おねーやんから貰ったお金で色々買い揃えたから」

「うんっ。ぐすッ……、ミライは優しいよ。他の妹達は、皆、呆れ顔だったのに」

「いやいや……」

 

 

 

 

 

 

「響お代わり! ストレートで!」

「あいよー」

「タンブラーグラスじゃ駄目! ジョッキで!」

「もう酔いが回ったのー?」

「違う!」

 ミライは、ビールジョッキにウィスキーの17年物の「響」を注いで渡してくれた。

「私の秘蔵のものなんだからー、大事に飲んでよー。あー、そろそろお肉焼けたよー」

 お皿によく焼けた牛肉と豚バラが載せられて手渡された。バーベキューソースを掛けて、口の中に放り込み、ウィスキーで流し込む。今日はとにかく食べたい。太りはしないから詰め込めるだけ詰め込みたい。

「じゃんじゃん焼けるから待っててねー」

 

 

 

 

 

 

 

 ウィスキーを飲み干して、どんどん盛られた物を平らげる。響も真っ青になる勢いで。

「にしてもよく食べるねー。前にまともに食べたのいつー?」

「昨日」

「それでそんなによく入るねー。いやー、最近の若い子って凄いねー」

「なに年寄りじみたこと言ってるの。ななみが言ってたけど、あんたが一番若いんでしょ」

「うん。でも今じゃ、一番年をとってるよー。超次元のゲイムギョウ界はねー、時間の流れが速いからー」

「だろうね。あんた子供いるもの」

「へっ?」

「とぼけないでよ。あの金髪の小さな子、確かクーリェだっけ? 前にみらい堂で会ったけど、随分可愛らしい子だったじゃない」

「ありがとー。初めてお腹を痛めて産んだ子だから可愛くって可愛くって……、て、何言わせてるのさー。私、ロシア人の男の人とは付き合いないよー」

「そんなこと知ってるよ。それで、ちゃんと仕送りしてるの? 偶に顔見せに帰ってるの?」

「どっちもやってるってー」

 本当かな……。どうも心配だから釘を刺しておくことにした。

「なら良いけど……、嘘だったら承知しないからね!」

「はいはいー。ふぅ、こりゃ一生物だね……」

「何か言った?!」

「いえいえ、なんにもー」

 

 

 

 

 

 

「あーあー、こんなところで寝たら余計に夢見が悪くなるよー」

 大おねーやん、近くの木にもたれかかって、すぅすぅと寝入っちゃった。まぁ、いくら改造人間でもウィスキーとウォッカを鱈腹飲めば、こうなるか。悪夢を見ることもなさそうだ。

 着ていたコートを身体にかけてあげて、木の反対側にもたれて、コイーバを吸いながら星空を見上げる。

「あぁ、戻りたかったなぁ……」

 背後から泣き声の混じった寝言が聞こえた。元からこういう体の私達はそんなにでもないけど、やっぱり元は普通の人間だった大おねーやんとしては改造人間という体は……、なんとも言いようがない。分からないし、考えたこともないから。

 でも5万5千ドルで私からプラネテューヌ製の血液培養器を買って、それを犯罪組織の残党に無料で渡すようなことをしていたのだから、人間の身体に対する渇望がどれほどのものかは何となく察しが付く。

「人間に戻ったら、またピアノを習って、何処か南の島にでも遊びに行こうと思ってたのに……」

 南の島ねぇ……。前者は今でもできなくはないけど、後者はほぼ無理なんだよね。この前、ミクロネシアに行った時、装者の中で1人だけ潜水艦で留守番する羽目になってたらしいし。

「あの教会だって、この身体じゃ行けない……」

 あの教会か……。確かにそうだよね。南の島と同じ理屈で。しがらみだらけの世の中じゃ、その身体は生きにくいよね。

「何にも出来ない身体なんて要らないよォ……。怪力も超能力もいらないからさぁ……、誰か元の身体に戻してくれる人いないかなぁ……」

「Entschuldigen , Große 」

 流石に私もどうやって戻したらいいのかわからない。私にそんな力はないし、そんなことが出来る人も知らない。

「せいぜい流れ星に祈るくらいしか、役に立てそうにないや……」

 役立たずの女神でごめんなさい。皆んなが知っている女神よりもずっと非力なのが今は辛いや。

「良い夢を見なよ……。もし人間に戻れた夢が見られたなら、目が醒めるまではそれが現実になるのだから……」

 悪夢ばかり見る今の大おねーやんには難しいやもしれないけど、大酒で気絶したような今なら望みはあるか……? 

 

 

 

 

 

 朝6時くらいにおねーやんは目を覚ました。二日酔いでふらふらになっていて、水を飲みに来た馬みたく、近くの川に頭を突っ込んでいた。急いで引き上げたけど。

「覚めない夢だったら良かった……」

 ぼんやりした表情で、コーヒー片手に焚き火を眺めて呟いていた。

「良い夢でも見たの?」

「人間に戻った夢……」

 どうやら良い夢は見られたみたいだ。星に願った甲斐があったのかもしれない。

「どうだった?」

「虚しいけど、良い心地だったよ」

「良い心地ねぇ……。また見られたら良いね」

 夢と分かれば虚しいけど、その間はそれが現実に切り変わるのだから見ないよりは良い。夢を現実に出来ないのなら、夢の中を現実にすれば良い。たったそれだけの事でも、もしかしたら救いになるのかもしれないのだから。酒と煙草じゃ、こういう事は出来ない。尤も昨日の大おねーやんは、酒の力に頼っていたけど。

 

 

 

 

 

 

「昨日はありがとうね……。そろそろ帰らないと……」

「もう帰るの? 2ヶ月の停職食らって、お金入らないんでしょう?」

「そうだけど……」

「暫くこの辺りぶらぶらしようよ。お金は私が持つから。宇宙人騒ぎも収まったようだし、今は気楽に遊べるよ」

 気楽に、か。それじゃあ、お言葉に甘えようかな。

「じゃあ、何処か景色のいいところに連れてって」

「はいよー」




プラネテューヌ製の血液培養器ですが、実は他にも3機ほど未来が持っています。というのもクローン未来(15人くらいいます)のうち、6時間毎に血液交換をしないと死んでしまう子がいるんです。製造時の事故でそうなってしまったのだとか。
ミライもこういった子達向けの物に関しては、無料か1%の値段で売るなど、良心的な行動を取っています。流石に今回のは無駄だからやめておけという意味で、5万5千ドルという定価の3倍の値段で売りつけたそうです。

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