このお話では、グロテスクな表現があります。ご注意ください。
「店長、大丈夫ですか。顔色が悪いですよ」
バイトの子に心配される程、私の様子はおかしいようだ。無理もない。ここのところ、空腹を堪えて仕事しているから。
別に食費がないわけじゃない。そもそも私達はそんな物がなくても生きていける。無いのは食料だ。鹿や猪。この手のものが、最近近くの山で全然見つからない。まさかバイトの子を食べるわけにもいかないし、仕方がないから近所のスーパーで豚肉を買って齧っているけど、あんなものじゃ全然お腹の足しにならない。だからこの所、お腹が減ってフラフラなんだ。
「大丈夫大丈夫。今日の看板までは続けられるから」
「無理しないでくださいね。常連さんも心配していましたから」
常連さんにまで心配かけてしまっていたとは。不味い、なんとか手を打たないと。
お店を閉めて、ベッドに横たわり空腹を堪えていると、電話がかかってきた。
「もしもし……」
「もしもし、ななみ? どうしたの、その声……」
姉さんからだった。
「ここのところ、獲物が捕れなくて腹ペコなんです……。バイトの子を食べるわけにもいかないから……」
食べでもしたら一巻の終わりだ。
「それは災難だね。腹ペコか……、そうだ」
「なんですか」
「その様子だと、獲物は人間でも問題ないんだよね」
「ええ。前は抑えていましたけど、左足をダメにされてからは食べるのに抵抗が無くなりましたから」
「私の仕事手伝う?施設から炙り出した奴で良ければ、煮るなり焼くなり好きにしていいから」
「本当ですか。是非お願いします」
戦うのは気が乗らないけど、この非常時にそんなこと言ってられない。ギアを装着して、潜水艦が航行している紀伊水道さして出発した。
「それじゃあ、そこで待ち伏せしておいて」
「はい」
自作の狙撃銃を構えて、雪の中に隠れる。対戦車用だから人間相手には威力がちょっと強いけど、向こうが装甲車で逃げ出すとも限らないから、これくらいの方がちょうどいい。
「冷えますね……」
「だから誘ったんだけどね。元々、ソビエト攻撃用に開発されたって聞いてたから」
「今いるのは、その隣の国ですけどね。寒いのは変わらないけど」
「そいじゃ、しっかりね。救出対象は間違っても撃つなよ。ななみのことだからそんなヘマはしないと思うけど」
当たり前だ。凡ミスするほど、目は霞んじゃいない。
「姉さんこそ、私のお腹のこと忘れないでくださいよ」
「わかってる。10分で片をつけるから、それまで牙でも研いでなよ」
その言葉の通り、姉さんが施設に攻撃を仕掛けてから10分後に妙な車が施設から出てきた。獲物だ。
「今飛び出してきた装甲車、中に救助対象4人が乗せられている。その人達を助けだしたら、後は煮るなり焼くなり好きにして良いから」
バイザーに送られてきた救助対象の写真を確認してから、照準を装甲車のタイヤに合わせる。
「久々にまともなもの食べられる」
これから私に食べられる人。申し訳ないけど、あなたの命をいただきます。
「ヴヴッ……」
装甲車を走れなくして、護衛対象を安全な場所に逃がしてからは、一匹の狼に戻って大暴れした。久しぶりのまともな食事に理性が吹っ飛んでしまったんだ。食らいついた相手の断末魔も聴こえないほど、美味しかったし、お腹にも溜まっていった。
でもまだお腹いっぱいにならない。もう2,3人は食べられる。姉さん、早く追加をあぶり出してきてくれないかな。
「食事の時間は終わりだよ、狼さん」
2台目の車を横転させて、這い出してきた連中に片っ端から襲いかかり食らいついていると、姉さんが来た。もうそろそろS.O.N.G.のヘリが来るそうだ。
「お腹膨れた?」
「はい、おかげさまで……」
人間に戻って口を拭う。そして持ってきた歯ブラシとミネラルウォーターで歯を磨いて、口の中の血の匂いを出来る限り消す。
「一応、あなたの食事を見た奴は、口封じをしておいたから安心して」
「ありがとう」
「何かの拍子に響の耳に入ったら大変だから。こんな事、あの子に知られる訳にはいかないものね。いくら隠し事はしないって約束しても」
「全く」
こんな所、あの子に見られたら私はもう生きていけない。獣にも獣なりのプライドって物があるから。大好きな響に恥部を晒すことだけは、絶対にしたくないの。
「キリマンジャロお代わり。フレンチトーストももう一枚」
「はい、ただいま」
みらい堂でとぐろを巻く姉さんの相手をする。そんなに食べない人なのに、今日はやたらとお腹になにかいれようとしている。
「お待ちどうさま。そんなに食べて大丈夫ですか」
「大丈夫だよ。昨日は美味しくもないススキの葉しか食べてないんだから…………、味のあるもの食べたいの」
「ああ、姉さんは草を食んでれば済みましたね」
「あんなの美味しくないよ。ななみに比べれば安上がりだけど……、変なもの食べないといけないのはきつい。人間に戻りたい」
「姉さん……」
人間ならこんなことしなくてもいいのは確かだ。羨ましい話だ。
「ねぇ……ななみ。人間に戻りたくない……?」
「人間……? 私は生まれた頃からこの身体だからよく分からないです」
「そうだったね。ごめんね、変な事聞いて」
「でも…………、響への隠し事が減るなら人間になりたいです」
前に響が装者ということを隠していたのを詰ったことがあったから、隠し事はないようにしたい。でもこの身体だからどうしても出来てしまう。
「何とか戻れないものですかね」
「ほんと……」
肉食獣ベースの改造人間の場合、こういう事があるようです。未来をかつて一蹴した大佐もユーラシア大陸を横断して任地へ向かう途中で、同じことをしていたそうですから。
個人差こそありますが、こういう食事をしているところはどの改造人間も見られたくないようです。ただ未来としての意識がかなり強いななみには、響に隠し事をしているという罪悪感があるようで、見られたくないという羞恥心との間で、ジレンマがあるようです。