黒いスラックスに紫のワイシャツ、濃紺のジャケット、そして黒いネクタイ。
いつもの格好で愛車に跨り、風の向くまま気の向くまま。平和だねぇ。ちょっと前まで、周りが荒れていたのが嘘みたいだ。私を狙って、色んな国の色んな人が争奪戦を繰り広げてさ。魔の手が学校まで来たものだから大変だったよ。お陰で学校には居づらくなって辞めざるを得なくなるし、S.O.N.G.と合流できずに世界中を身一つで逃げ回らなくてはいけなくなるしで、散々な目にあった。そして…愛しいジェーニャを喪った。
弦十郎さんがお仲間さんの力を借りて、1年がかりで何とか全滅に追い込んでくれたおかげで、今は平和だ。ただ自分が改めて人間以外のよくわからないものに変異したことを改めて思い知らされた。だから今までと同じ生活に戻ろうと思っても、そんな気になれなくて、こうしてブラブラしているんだ。高認の試験会場くらいかな。最後に人が集まるところに行ったの。
「おっ」
端末に連絡が入った。誰だ。見てみるとS.O.N.G.からだ。用件はなんだろう。
「もしもし、弦十郎さん。その節はどうも。何かあったんですか……。へぇ、そりゃ面白そうですね……。分かりました。直ぐに東京まで戻りますね」
何とも面白そうな話が入ってきた。物凄い速さで動くアルカ・ノイズだって。そいつとかけっこして欲しいとか。それもオートバイを使って。
「久しぶりだね、レースなんてさ。前にやったのいつだったかな」
相手がノイズというのは、イマイチしっくりこないが贅沢は言ってられないか。
私はカラスを道から逸らして、近くの川に飛び込ませた。東京まで行くなら川を辿った方が早いからだ。レースの開催時間に遅れるわけにはいかないしね。急いで行くに越したことはない。
S.O.N.G.と合流し、サーキットの起点の東京料金所で待ち構えていると、バイザーにアルカ・ノイズ出現と表示された。見ると真横にとんがり帽子の親玉みたいな奴がいる。下にはタイヤらしいものがある。こんなヘッポコそうなのがそんなに速いのかね。
「このじゃじゃ馬とどっちが速いのかね」
愛車のカラスを一気に加速させて、ハイウェイに突入した。幸いなことに、他の車やバイクは影も形もない。S.O.N.G.の皆、良い仕事してくれた!
そして例の駿足くんは、ほほぅ。なかなか速い。時速300キロじゃとても追いつけそうにもない。
350、360、370、380…、スピードをどんどん上げて進む。丁度、メーターが400キロを指したところで、ようやく追いつけた。見掛け倒しではないようだ。これは面白い!
速度を時速400キロで維持していると、ノイズは更に加速しだした。
「おおよそ、5キロ増しってところか」
目測で大体の速度を判断し、更に引き上げる。するとまた速くなった。
「へぇー、やるじゃない」
おおよそ時速420キロくらいになった時だろうか。また速度が落ち着きだした。怪訝に思っていると、直ぐそこにカーブがある。標識には、連続カーブありとある。ははぁ、こいつにはそういうこともわかるのか。
「賢い!」
私も加速したまま突っ込むような馬鹿な真似はせずに、速度を少し落としたがカーブを曲がる。
ノイズとほぼ互角のスピードで連続カーブを攻め終えると、また加速を始めた。
「やるねぇ。こっちも…」
それを見て、こちらも速度を上げる。時速470キロ。これで大体互角くらいか。そのままのスピードを維持しつつ、西へ西へとレースは続いていく。確か終点は、下関インターだったか。かなりの長丁場になるな。
「うわっ!こりゃ酷い!」
東名高速を突破し、名神高速に突入した。速度を500キロまで引き上げていると、上からちらほらと雪が降ってきた。こんなときに。しかも西へ行くにつれてどんどん酷くなる。関ヶ原に到達したときは、もう吹雪だった。
「カラスがどこでも走れるやつじゃなかったら危なかった!」
しかし幸いなことに、カラスのタイヤは雪ぐらいじゃビクともせん。問題なのは、私の方だ。吹雪で視界が悪い。しかも少々疲れてきた。
「目が霞んできた。長時間の高速走行は身体に毒だな」
ノイズの方を見ると、こいつはこいつで雪に車輪らしきものをとられて悪戦苦闘していた。それでもスピードで強引に抜け出していたが。
「兎に角、急いで雪のないところに行かないと!」
中国自動車道に入ってからは、積雪区間や峠道を除いて、お互い時速650キロを維持して走行していた。普通の人間ならば、吹っ飛んでいる速さだ。しかしこの速さだから、ゴールは間も無くだ。
不意にノイズが加速し出した。こちらも負けじと加速し、時速700キロまで引き上げる。まさかカラスの最高速度を引き出すことになるとは、思わなかった。このマシンも喜んでいることだろう。悲鳴を上げているかもしれないけど。
「下関まで残り5キロ。ここいらでカタをつけるか」
シート後部のホルダーからショットガンを取り出し、ノイズ目掛けて2発撃ち込み、爆散させる。
「悪いね。お前にゃゴールさせるわけにはいかないんだ」
私は下関インターを通過して、関門橋に滑り込んだ。そしてゆっくりと減速して、門司港インターに入った。なんかレースになってないね。
「お疲れ様。よく捕まえられたね」
下関インターに戻って、友里さんからコーヒーを受け取る。
「ギリギリでしたよ。こいつの最高速度と同じ速さで動いてましたし」
ポンとカラスのシートを叩く。まさかこいつに本気を出させる羽目になるとは、思わなかったよ。
「まぁ、あれよりも速いのが出たら、ちょいと困りますがね」
「それは…、出てきて欲しくないわね」
「全くですよ」
「装者たちが、この前の出撃で捉えきれてなかったから、本部の方でも対応策を考えているけど、それも難航しているみたいだし」
「あら。翼さんなら捉えられそうですが……、あー、そうか。あの人のマシンは、時速400キロが最高速度ですからね。いくら腕が良くてもバイクがギアみたいに化けない限り、追いつくのは無理だ。あのノイズのスピードは、人間が出せるものじゃないですから」
「それは参ったわね」
「まぁ、困ったときはいつでも呼んで下さいよ。S.O.N.G.の皆は、他の人とは違いますから。それじゃ」
カラスに跨り、夜明けの街に入った。一仕事終わった。
「レースでないのは残念だけど、まぁ楽しめたから良しとしよう」
土手にバイクを停めて、原っぱに足を組んで寝っ転がり、朝日を拝みながら装者ならばまず吸わない方がいいペルメルを吸う。仕事終わりの一服というやつだ。いつから始めたんだっけ……。確か、逃亡生活を送っている時に、二十歳になったことを思い出して買ったのが最初だったかな。どうでもいいけど。
「楽しめたのか…、そりゃ何よりだ」
私が寝っ転がっている横に、誰か座った。親父さんを少し若くしたくらいの中年男だ。知り合いではない。
「誰だ、あんた」
「グッドスピード」
「子供が考えたような名前だな」
「言うなよ。俺にとっちゃイカした名前なんだから」
「そりゃ悪かった。ごめんよ。で、一仕事終えた枯れた女に何の用さ。デートのお誘い?」
「いや、先ほどのお前さんの走りが、中々良かったのでな。一言言いにきただけだ」
「ほー。じゃあ主催者はアンタか。まぁ、褒めてくれてありがとうよ。それと賞金はないのか」
「賞金は、俺自身でどうだ」
「上等だ。それでいい」
傍迷惑なレースの主催者が自らお出ましならば、手間が省ける。
「お前さんの腕とそのマシンがいい具合に噛み合っている。お前さんはそいつを相当使い込んでいるし、マシンの癖もよく分かっている。そしてその黒いマシンはお前さんの身体に合うように作られているし、多少の無茶もきくほど頑丈だ。違うか」
「そうさ。よくわかってるじゃない。あんたレーサーか?」
「かつてはな。身体壊してからは、錬金術師を始めてあの速いやつを作っていたのさ」
この人がショッカーに目をつけられていなくて何よりだ。つけられてたら、十中八九飛蝗男にされている。
「サーキットでやってよ、そういう酔狂な真似はさ。高速道路より迷惑かからないでしょうが」
「この方が手っ取り早いんでな」
グッドスピードは、立ち上がって私のマシンを見る。
「それにしても、見たことない車種だな。一体どこのメーカーだ」
「ハンドメイドさ。とあるレーシングクラブのね」
「中々腕のいいエンジニアが開発したようだな」
「まぁね。レーサー兼任の腕っこきの人が作ったもんだよ。悪いがそれくらいしか教えられんがね」
「ほぅ…、そいつは残念だ。こんな人間が乗りこなせないようなとんでもないマシンを作ったやつには、一度会ってみたいと思ったのだが……」
根っからのスピード狂なんだな、この人。
しばらくして、私が通報して駆けつけたS.O.N.G.の人達に、グッドスピードは連行されていった。
「随分と変わった奴もいるもんだねぇ」
残された私は、ぼーっと日の出を見ていた。
「まぁ、楽しかったからいいか。腕も褒めてもらえたし」
また、久しぶりにレースにでも出てみようかな。立花レーシングクラブにいたときみたいに、レースに出場して、一っ走りするのもいいかもしれない。
「少し考えておこうかな。それはさておき……」
これからどうしたものかな。下関まで来たから、河豚でも食べに行くか。市場なら空いてるだろう。でもただ食べ行くだけじゃ、物足りない。だからあの子を呼ぶことにしよう。
「もしもし、響?今、休暇?休暇ならさ、一緒にご飯食べに行こうと思って…」
カラスは初期案での未来の専用マシンです。ショットガンも追加武装として考えていたものでした。
裏設定として、未来は本郷さんや滝さん同様、レーサーとしても活動しています。素質はそれなりにあったらしく、モトクロスレースなどで好成績を残しています。尤も腕は元々、レーサーをしていた2人には劣りますがね。