5月末日夕方、晴れ
長野県某所・宮永家
普段は父一人娘一人の空間に、今はおっさんが二人。
一人はスーツの上を椅子にかけて、もう一人は冷蔵庫を覗いている。
「ビールで良いか?」
「いや、酒は遠慮しておく」
「あいかわらず堅いな、久々なんだから一杯くらい付き合えよ」
呆れたような顔で、冷蔵庫を覗いていた一人がビールの缶をもう一人の前に置いた。
つまみを机に広げて、どさっと椅子に座る。
プルタブを引き上げると缶はぷしっと音を立ててガスを吐き出す。
「何年ぶりだ? お前が司法試験に受かってからだから……」
「その後に結婚式で会っているだろう」
「こうしてゆっくり飲むのが、だ。しかし、帰って来てたんなら連絡の一つもくれりゃーいいのに」
「なあ、原村」
家主である宮永の父の方──宮永界が乾杯と言うように缶を差し出すと、
「……お前は変わらないな、宮永」
嘆息しながら、原村和の父親──原村恵が缶を手に取りプルタブを引き上げる。
かつっと、乾いたような鈍いような音が静かに響いた。
「いつ頃こっち戻ってたんだ?」
「2年前だ」
「なんだ、結構前じゃねーか。仕事か?」
「妻の異動だ」
「ああ、検事だっけ。この歳でそんなに異動があるもんなのか?」
「立場的な理由がある。長野にも長く居るつもりはなかった」
「こっちにはどれくらい居るんだ?」
「妻は先に東京に行っている。娘の高校進学と同時に離れるつもりだったが、東京の学校を蹴ってまで娘がこっちに残りたがってな」
「あー、確か咲と同じ歳だったか」
「しかも麻雀なんてものに入れ込んでな。今日も麻雀部の合宿とやらに行っている」
「麻雀部で今日合宿って……娘さん、まさか清澄か?」
「そうだが……」
「おいおい、なんつー偶然だ。……しかし、相変わらず麻雀嫌いは直ってねーんだな」
「嫌いかどうかの問題ではない、バカバカしいだけだ」
「くくっ、その様子だと娘さんにも話してないだろ。どんな反応するんだろうな」
「こんな自分の父親がかつて麻雀のインターハイ個人戦、長野県代表の一人だったってことを知ったらよ」
界の皮肉げな笑みにも、恵は黙ったまま缶を煽る。
恵の様子を気にした素振りも見せず、懐かしげに界は続ける。
「懐かしいな、覚えてるか? 南浦先生の麻雀教室」
「昔の話だ、とうに忘れている」
「お前が覚えてないわけねーだろ。当時教室の中でも強い奴は多かったが、俺達はその中でもいつも上の方に居た。大体俺が1位、お前が2位で」
「あのようなほぼ運で決まる不毛なゲームに"努力"していたなど恥ずべき過去だ」
「覚えてんじゃねーか」
そう笑いながら、冷蔵庫から二本の缶を取り出す。
「……まだ、終わったままなんだな。お前の麻雀は、あのインターハイから」
「……」
缶からガスの抜ける音が響く。
「まあ、いーか。それより、良くそんなお前が合宿参加なんて許したな。嘘ついて男の家にでも泊まってるかも知れねーぞ?」
「あれはそういう器用なことが出来るタイプではない」
「信用してんだな」
そこからは界が大体を話し、恵がぽつぽつと口をはさむといった光景が続く。
缶が4つほど空き、話がまた娘のことに及んで、界が思いついたように口を開く。
「なあ、娘が学校生活をどう送ってるか、気にならねーか?」
「?」
「ちょうどいいやつが居るぞ」
「なぜ娘の学校生活を知るのにちょうどいい人物をお前が知っている」
「なぜってそりゃ」
「うちの娘も清澄の麻雀部だし」