男たちの麻雀   作:みみなぐさ

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3話

界はビールを一口煽り、話し出す。

 

「まあ、とにかく俺らは別々の高校に進んだ。

 高校入って初めてのインターハイ予選は団体代表があいつの高校、個人戦は俺が1位で原村が2位。

 原村は団体戦でも副将張ってた。当時は結構騒がれてたな」 

「そりゃそうでしょう。咲の親父さんは団体戦出たんですか?」

「出たが、所詮そこらの公立だからな。男子部員は俺含め7人、頑張って3回戦負けだ」

 

 タバコいいか、と界が煙草の箱を振り京太郎はそれに頷く。

 灰皿を引っ張ってきて、火をつけて一息。

「それでも、俺の応援のために東京まで全員で付いてきてくれてな。

 期待を背負って、自信もあって、優勝を本気で狙ってた」

 

 

「……全国というものの片鱗を感じたのは原村の試合だ」

 

 

「当時の団体戦の試合形式は今の持ち点制じゃなくて順位に応じたポイント制だった。

 団体戦初戦、副将のあいつが1位を取ればまだ盛り返せる状況。

 俺は正直イケるだろうと思ってた。

 それまでの相手は確かに強かったが、精々手強い程度だ。

 原村の方がよほど強いように思えたし、実際そいつらよりは強かっただろーな。

 

 だが、始まってみれば──原村に親が回ることは無かった」

 

 

「……え?」

「どころかただの一度も親が移動すること無く、原村を含めた3人が同時にトんだ。

 ロンすら無く、全てツモで、誰もなにもできなかった」

「……偶然、とか」

「まぐれだと思うだろ?

 そいつは次の試合も、その次の試合も同じことをやってのけた。

 毎回、恐らくは他チーム内でも一番手強い奴を相手に。

 実はそいつは、県予選からずっと同じような展開で勝ってきたらしい。聞いた話だとな」

 

 

さすがに異常だった。

話を聞いているだけなのに、京太郎は寒気を感じた。

 

 

「"豪運"と言われていたな。大会内で最も強いやつなのだと、俺は納得した。

 ……納得しようとして、しかしそいつは準々決勝であっけなく負けた。

 相手は悪魔みたいな相手だった。そっから先の試合は、そんな奴ばかりが出てきた。

 同じ麻雀をやっているとは思えなかったな。豪運を見た時にも何がなんだか分かんなかったが、それ以上に。

 個人戦はグループごとに上位がトーナメントに進出、という形だったんだが、1グループに2、3人そんな怪物みたいな奴らが居た。

 結果は、まあここまで言えば分かるだろーが、トーナメント予選で敗退だ」

 

 界の語りに苦悩や悔しさは無い。

 けれど京太郎には、それが逆に当時どれほどの衝撃であったかを物語っているように思えた。

 

「……今思えば、狂気だったが」

 しみじみと、懐かしむように界がつぶやく。

「そんな状況で、そんな地獄みたいなところで、俺は──俺達は喜んだんだよ。

 ボロボロにされて、何も出来なくて、今までの全てを否定されて。

 俺達だけじゃなく、かなりの奴が妙な熱気に包まれてた。

 

 ───こんなにも強い奴らがいる。なんてやりがいのある競技なんだ。

 

 ……なんてこたーない、そう思わねーと自分を保てなかったのさ。

 本気でプロを目指している奴らばかりだった。その十六、七年を見失いたくなくて必死だった。

 そうやって思い込めなかった奴の大半は牌を持つことが出来なくなって辞めていった」

殆どが灰になった巻紙を、灰皿で潰す。

 

 

「折れかけた心を必死に支えながら、また立ち上がろうとしていたところに、

 

 ──その当時の怪物たち全てが、高校麻雀界から消えた。

 トドメの一撃。インハイが終わった直後のことだった」

 

 

「……えぇと……え?」

「すげーだろ。トップを突き進んでた奴らが一度に軒並み表舞台から消えた。

 にも関わらず、騒がれたのは直後だけで、あとは何事も無かったかのようにいつも通りだ」

「事件とかじゃないんですか?」

「あくまで噂だが、裏に引っこ抜かれたんじゃないかって言われてた。

 代打ちとか賭場の仕切りにな。

 当時は何度目かの、久々のインフレの始まりで至る所でそういう話が立ってた。

 未だに当時の選手のことを話すのはタブーみたいだし、本当のことだったんじゃねーかな」

「なるほど、どうりで聞いたことがないと……」

「まあ、周りはそんな感じで『なかったこと』にして、無理やり業界のフォローをしようと必死だった。

 業界の最盛期を保ちたかったんだろうな──俺らにはもう、遅かったが」

 

 

「完膚なきまでに叩き潰され、プライドをへし折られ、それでも表舞台に轟くだろうその強さに少しでも近づこうとして、その強さすらも目の前から消え去った。

 奈落だったな。

 掛けられた魔法が消えたみたいに、熱気は消え去った。熱意と一緒にな。

 それでも、辞める奴は少なかったよ。今考えると辞めるタイミングすら失ったってのが正しい気もする。

 殆どがもう、惰性とすら言えないような、見えない何かに強制されているかのように打ち続けていた。

 それ以外の、残り少ない奴らは麻雀を辞めた。

 熱が消え去って、努力も技術も否定されて空っぽの現実を直視しちまった奴らは。

 俺が前者で、原村が後者だ」

 

 

「俺はまあ、結局それでも、何のためにやってるのかすらもよくわからねーまま続けてた。

 その後2年間も個人で全国は行ったが……特別強い相手に当たることもないまま、最高がベスト32。

 当然、ずっと前年まではプロを目指してた奴ばかりだったから弱いなんてこともねーんだが、なんというかな。

 ……さっき須賀くんは俺のことを強いと言ってたが、正直なところ"勝てない"と思った?」

「えーと……すみません、全く。自分でも不思議なんですけど」

「いや、そういうことなんだよ」

「そういう……こと?」

 

 

「俺だけじゃなく、俺らの世代、どころかあの頃プロ雀士を目指してインターハイを見てた男共の殆どから。

 プレッシャー、威圧感、オーラ……呼び方はなんでも良いけど、そういう強さが完全に消え去った。

 強さへの諦めというか、勝ちに対する欲というかそういう根源的なもんが無くなっちまったんだな。

 自分で言うのもなんだが、悲惨だったな。虚無的過ぎて、視聴率も男子麻雀の求心力も瞬く間に地に落ちた。

 この長すぎた空白期間のせいで、今でも男子プロなんて殆ど聞かねーだろ?

 精々当時が全盛だった、今ではシニアプロに分類される人か、極々稀に出てきた傑物程度なもんだ」

「そういえば……あまりプロに関心がないもんで、気にしてませんでしたけど」

「若い層がそんな感じになってたもんで、プロの新人層は薄くなっていく。

 良い新人がいなくなると話題に上がることも減っていって、人気がなくなり、そうなるとスポンサーも減っていく。

 自然、元々アイドル的な人気があった上にだんだんと強さも増してきていた女子プロへとマスコミも集中。

 現状の麻雀界の出来上がりだな。

 今でも男子麻雀は数だけは多いが、皆遊び半分で本気でプロを目指す奴なんて稀だ。

 雑誌見てんなら知ってるだろうけど、男子インハイチャンプが女子のインカレチャンプレベルってのからも分かるだろ?

 しかも、男子はインハイチャンプですらプロにならない奴が多い。

 なれない、じゃなくてならない。なるつもりがない」

 

「よく、それでプロが保ってますね」

「最近は学生麻雀界がそんなもんだから、才能ある子をクラブで囲い込んでインハイとかに出さず一気にプロ入りさせる、ってとこも結構出てきてるな。

 そうしたおかげか男子プロ業界自体は以前よりマシになってるけど、近年は女子の方が盛り上がりすぎててそうした印象も薄い。

 ……今更だが、初心者にこんだけネガティブイメージ植え付けるとモチベーションに影響出るかな」

「いえ、こういう話を聞いておいて言いづらいんですけど、俺はプロを目指すとかそこまで本気でやるつもりは……」

「そう? ……あーもしかして、ハンドやめたことと関係ある?」

「いや……ああでも関係あるのかな。

 とりあえずしばらくは、本気で何かをやるってのはないだろうなーって感じです」

 

「そうか。まあ、まだまだ若けーからな。色々やってみるといいさ」

そう言って笑う界に、少し躊躇うように京太郎が聞く。

「……麻雀に打ち込んでたこと、後悔してるんですか?」

「ん?」

「さっき、和の親父さんが麻雀を嫌いになったって言ってましたけど。

 咲の親父さんは、どう思ってるのかなって」

 

「俺は……どうだろうな。

 とりあえず後悔はしてねーけど。麻雀やってなければ、嫁とも会うことはなかっただろーし」

「麻雀がきっかけで出会ったんスか」

「そうそう」

麻雀やってなかったら照も咲も居なかったな、と界は笑う。

笑って、ふと、しんみりとした表情になる。

 

 

「……原村も、実は嫌いじゃ無いのかもしれないな。

 今日、酒が入ってたからだろうとは思うが、こいつは打っただろ?

 『酔っていたから』打ったのは確かだが……酔っていようと『打った』のも確かだ。

 自分の許せない事は、酔っていようと、気を失っていようとやらないような奴にも関わらず」

昔から知っているからこそ言えることなのだろう。

その言葉には、言葉に出来ない説得力があった。

 

 

「俺はさ、あのインターハイからずっと、原村は麻雀を嫌いになったんだと思ってた。

 あれだけ努力してたあいつが、『運で決まるゲーム』だと吐き捨てるように言うようになってからずっと。

 でも、あれはもしかしたら、原村の自己防衛だったのかもしれないな。

 麻雀に未練のある自分を、麻雀から引き剥がすための。自分の選択が正しいと、そう思い込むための。

 

 もしかしたら、原村はあの頃から──

 

 

 ──嫌いなんじゃなくて、『嫌いになりたい』のかもしれないな」

 

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