「ふー」
倒れ込むと、ギシリとベッドが音を立てる。
少し長湯になったかもしれない。
手を伸ばしてみる。
パジャマの先に伸びる手から、湯気がまだ少し見える。気がする。
しょうがない、今日は色々あったのだ。
全国麻雀大会の県予選、その決勝。
なんとか、全国への切符を手に入れることが出来た。
その喜びと満足感を、じわじわと実感する。
勝った瞬間よりも、仲間たちの嬉しそうな顔を見た時に、ああ、良かったと安堵した。
今になって、それが喜びとしてようやく認識された感じ。
タオルケットを引き寄せて、抱きかかえる。
──その、大きな喜びの実感と共に
タオルケットの心地よい触感に、顔を埋める。
──個人的な、小さな喜びが簡単に並んでしまうのは、何故だろうか
予選が終わって、軽く祝勝会をやった後の帰路。
帰り道のベンチで得た小さな、だけど心深くに感じた喜び。
京ちゃんの嫉妬。
身悶えするような心地に、タオルケットをぎゅうぎゅうと抱きしめる。
そして、あの顔を赤くした京ちゃんといったら!
夕日に照らされていたけれど、私には分かった。
あの赤くなった京ちゃんの表情が、可愛くて、愛しくて。
あんな顔は初めて見た。
こんな感情は初めて得た。
嫉妬というものが、これほど心地良いモノだとは。
これ程、愛されていると実感できるモノだとは。
──京ちゃんに、独占したいと少しでも思われていることが、これ程嬉しいものだとは。
ああ。
──ああ。
改めて、誰の目も無い場所で思い返してしまうと、感情が溢れて止まらない。
タオルケットの上から枕を抱えて、ぎゅううと抱きしめて、それが目に入る。
目一杯手を伸ばして、それに触れ、引き寄せる。
それは、中学時代、私と京ちゃんが付き合う前に、京ちゃんがくれたもの。
カピバラのぬいぐるみ。
ゲームセンターで、お小遣いをかけて取ったくせに「ウチにはカピがいるから」と、私にくれたもの。
それをぎゅううと抱きしめる。
そうすると、間接的に京ちゃんを抱きしめているようで。
ちょっと、ドキドキする。
同時に、湧き上がる思い。
「──抱きしめてみたいな」
溢れる想いを言葉にしてみると、切実な響きを持って生々しい。
予感していた様な恥ずかしさは無い。
お腹の奥でどくどくと鼓動を感じる。
ぬいぐるみに頬を押し当ててみる。
ちょっと、ホコリの匂いがする。
京ちゃんを力いっぱい抱きしめたい。
もしくは、力いっぱい抱きしめられたい。
この感情がイヤラシイのか、普通なのかの判断がつかない。
でも、最近は少し、偶にだけれど、焦燥感があったりする。
恋人という関係になってから、5ヶ月くらい。
もう半年も近いというのに、恋人らしさに進展がない。
中学時代、友人の持っていた雑誌には、キスまでの平均が1ヶ月とあったのを覚えている。
あくまでも平均だし、何よりああいった雑誌が信用できる情報を載せているとも思ってはいないけれど、それでも焦りはする。
焦りはするけど──焦るだけで、終わってしまう。
きっかけがないのだ。
結構な時間を、一緒に過ごしてきただけに。
その慣れた関係のままで、二人の道を歩いてしまう。
「京ちゃんはどうなんだろ」
考えてみると、あれ程えっちなDVDを隠し持っているにも関わらず、京ちゃんからのそうした動きはない。
──私に、魅力を感じないからだろうか。
胸元で抱きしめたぬいぐるみをパジャマ越しに感じる身体の感覚は、悲しいかな、豊満とは少し言い難い。
私も、少しは自信が持てるような身体だったなら、京ちゃんからのアプローチもあったのだろうか。
そうであったなら、京ちゃんからでなくとも、私から──
思わずため息が漏れる。
いくら『そうであったら』を妄想しても、そうでない現実があるばかりなのだ。
自信の持てる身体を妄想しようが、私にあるのは自信の持てない身体だけなわけで。
いや、自分の身体をそう卑下する訳ではないのだけれど。
でも、京ちゃんの好みは、明らかに和ちゃんタイプなわけで。
はあ。
ため息二度目。
自信、自信かぁ。
京ちゃんに愛されている実感は、今日ちょうどこれ以上無く得られたのだけど。
私からアプローチするには、ちょっときっかけがなぁ……
と、逃げ道を探して今日のことをまた思い返したところで。
ふと気づく。
今日、京ちゃんが真っ赤になって、そんな京ちゃんが可愛くて、私の率直な気持ちを伝えた後。
京ちゃんは立ち上がって、私の前に立って、無言で手を差し出してきた。
私は、照れ隠しかなと思って、
『もう行く?』
と、その手を取って立ち上がったけど。
あの時は、完全にこうした考えは無くて、京ちゃん可愛いなあとか考えてたから、その可能性すら思い至らなかったけど。
あの、私に差し出すには少し角度がおかしかったのは。
妙に顔の近くに、もっと言えば左頬の近くに手が近づいてきたのは。
私のためと言うには少し低く屈んでいたのは。
あれは、もしかして。
私に。
そういえば、私が立ち上がった後、しばらく京ちゃんは固まったように動かなかった。
その後も、なんだか元気がなかったようで──
──あれ、私
──やっちゃいました?
「──ぁぁぁぁ……!!」
後悔と羞恥心と──少しの安堵に、カピバラを抱きしめたまま、ベッドの上をごろごろと転がる。
京ちゃんに謝りたい、謝りたい事象だけれど……謝るには、少しばかり重すぎる案件で。
でも、そう、それは、今の私には覚悟の足りないハードルなのです。
今の覚悟では、足りないくらいの高いハードルなのです。
だから、私にもっと自信が持てたなら。
──そう、私が自信を持てたら。
目標を、一つ定める。
うん。
インターハイでいい成績を残せたら、京ちゃんにねだらせて下さい。
いわゆる、キスと言うやつを。
(第55局の夜)