京太郎と咲が付き合っていたらの話   作:みみなぐさ

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【 7 】

「よくこんなとこ見つけたな」

「部屋を探してたら、ここに出て……」

「……また迷ったのか」

「えへへ」

呆れながら、向い合せに設置されたソファーの片割れへ腰掛ける。

咲は、残ったもう片方へと腰を下ろす。

 

ソファーの横の、広く取られた窓にはまさに都会といった趣の夜景が映る。

普段見慣れない景色だが、それもそのはず、ここは日本が世界に誇る首都東京。

インターハイ出場のために、我らが清澄高校は上京してきたのだ。

 

 

詳細に言えば、今日はインターハイ日程で言えば団体戦の2日目、その夜。

場所は利用している宿泊施設の中央棟最上階、説明書きを見るに、団体客用の貸し切り型の、主に宴会場として使われるフロアらしい。

しかし今はインターハイの為の専用宿泊施設と化しているため、無用の長物となっている様で、人気はまるでない。

一歩間違えればホラー感溢れる場所となっているのだろうが、座敷内部が見えない構造のためかそうした雰囲気はなく、温かい感じの灯りも伴って穏やかな静かさを保っている。

今腰掛けているソファーは、恐らく宴会場利用客の一時的な休憩場所なのだろう。

宴会場から少し離れたところに存在するこの一角は、夜景の見える位置に大きく設置された窓の隣に、小さな正方形の筒型の机を挟んでソファーが置かれているだけなのだけど、なんだか良い感じの雰囲気を醸し出している。

 

「でも、ここなら丁度良いでしょ」

「うむ、くるしゅうない」

「なにそれ」

 

わざとらしく王様感を出してみると、咲が笑う。

確かに、ここなら他に人が来ることもあまりないだろう。

オレたちは、二人だけで会える場所を探していたのだ。

 

 

インターハイの宿泊施設ということで、中央棟を挟んで男女は分けられ、それぞれの棟へと続く通路は教師か宿泊施設関係者かは分からないが、そうした人たちに見張られている。

だから男女で会おうとすれば中央棟か外で会うしか無いのだが、外の敷地内はまた別に巡回されているようだし、何にせよ夜に咲を外に連れ出すのは望ましくはないだろう。

かといって中央棟で会う、とすると、売店等が設置されている中央棟は結構な人通りがあり、知り合いに出くわす確率はとても高かった。

関係を隠しているオレたちとしては、そうしたリスクは避けたいところだ。

ただ二人で会っているだけ、にしても、こうして会っているところを見られれば、部長なんかは勘付きそうだし。

 

というわけで、どうしようか、と悩んでいたところで咲がこの場所を思い出したのだ。

道に迷って見つけたらしいが、まあ怪我の功名と言うやつだろう。

 

 

「今日は何やってたんだ?」

清澄高校はインターハイ3日目が初戦となるため、昨日今日と空白の時間だった。

練習の時間に充てるのかな、とも思ったが、状態をいつも通りに保つため、それぞれの自由時間となったらしい。

咲とは、昨日は和達と一緒に昼飯を食べに行ったが、今日は朝に会ったきりで何をしていたのかは全く知らない。

「お昼は和ちゃんと食べて、その後は近くの公園で本読んでたかな」

「なんだ、いつも通りじゃん」

「うん、まあ」

 

いつも通りなのは良いことだ。

そもそも、部長はそのために自由時間にしたのだし。

そう思うものの、釈然としないものがあった。

「明日本番で緊張してるのかなと思ったけど、そーでもなさそうだな」

会いたい、と言ったのは咲なのだ。

だから、なにかあるのかな、と少し身構えていたのだけど。

一番ありそうなのが、緊張している等の弱音の聞き手かな、と思っていた為に、勝手に肩透かしを食らった気分になっていた。

 

しかし、咲は首を振る。

「そんなこと無い。緊張してるよ」

「そーなん?」

「うん」

どうやら、思っていた通りのようだった。

しかし、それはそれで困惑する。

「緊張してるようには見えないけど」

そう、緊張しているようには見えなかった。

だから、オレとしてもどうすればいいのか分からないのだ。

弱音を吐いてくれれば言葉を掛けられるし、そうした様子を見せてくれたのなら何かしらフォローのしようもあるのだけど。

けれど、見る限り咲にそうした様子は無く、いつも通りのようにしか見えない。

「緊張してるよ?」

そういう咲の表情は、相変わらず穏やかだ。

 

「会いたいってのも、その緊張のため?」

「うん」

まあ、咲がそう言うのならそうなのだろう。

「ええと……まあオレに出来ることなら何でもするけどさ」

出来ることが何も思いつかないため、もういっそのこと咲に聞いてしまう。

「咲の緊張を解くには、どうすればいい?」

言ったところで、おや、と思う。

オレの言葉を聞いた途端、咲の表情が変わった気がしたのだ。

 

「緊張というか、なんだろ。不安、みたいなものなんだけど」

そういう咲は、なんだか煮え切らない様子で、どことなく落ち着かない様子だ。

今ははっきりと分かる。

確かに、今、咲は緊張しているようだった。

「へえ……」

なんだか、意外だった。

まあ確かに、普段の咲は常に不安そうというか、儚げな様子があるのは確かなのだけど。

でも麻雀が関わっている時は、その印象は一切なく、むしろそうしたものとは無縁なのだと思っていた。

「そっか、不安か」

「うん」

 

不安……不安か。

不安を解くにはどうすればいいだろう。

母が言うに、ホットミルクにはちみつを少し入れたものが落ち着くには一番良い、とのことだが。

この場合も当てはまるのだろうか。

子供なんかだと頭を撫でてあげたり、抱きしめて背中をぽんぽんと叩いてあげるのが定番だと思う。

でも、それを咲にするには少しハードルが高い。オレには。

付き合う前ならまだしも、付き合ってからは妙な気恥ずかしさがあるのだ。

どうするべきか。

悩むオレに、

 

「それで、京ちゃん」

 

咲が声を掛けてくる。

「ん?」

「ええと……」

 

おずおずと、オレの顔色を窺う様な仕草の後、両手の指先を合わせてもじもじし始める。

なんだろうか。

どうやら、咲にはして欲しいことが決まっている様だ。

優希と同じで、なにか作ってきてくれというやつだろうか。

そんなことを思いながら、咲の言葉を待つ。

オレがじっと見ていると、咲は観念したように、合わせていた指先を離す。

そして、

 

「ねえ、京ちゃん」

 

咲が、右手のひらを俺に向けてくる。

繰気弾を撃つベジータの構えだな、とぼんやり思う。

 

 

「自信、を、下さい」

 

 

僅かに俯きながら紡がれた、小さく、でも確かに聞こえた言葉。

アホなことを考えていたせいで、その言葉に、反応が一拍遅れる。

 

「……自信?」

「……」

 

コクリと、固く頷く咲の耳が赤いのは、きっと湯上がりだからではないだろう。

 

 

自信。

それはきっとアレだろう。

時折、オレが持ち出す咲へのお願い。

 

 

アレは、オレにとっては咲との気持ちを確かめるための、彼氏彼女であることを確かめるための『自信』。

言わば後ろ向きな手段だ。

でも、これはきっと。

明日からの戦い、その決意に根ざしたもの。

 

「……そんなんで良いのか?」

「……うん」

 

咲にとって、前を向くための『自信』。

 

オレへと手を向ける姿勢を保つ為か、もしくは別の理由の為に、その小さな手はぷるぷると震えている。

オレは、何でもない風を装いながら、その右手へと自らの手を重ねる。

 

「ん……」

 

お互いの指が触れると、咲は僅かに微かに肩を震わせて、吐息を漏らす。

 

 

咲は時偶、こういった静かで無自覚な色っぽさを出す。

ほんと、勘弁してほしい。

そわそわするのだ。

色々と。

 

 

体温が上がるのを感じる。

顔にだけは出ないでくれ、と祈りながら、手のひらを重ねていく。

ああ、手汗はかいてなかっただろうか。

今気にしても遅いというのに。

何故、こういうのは手遅れになってから気がつくのだろう。

合わせた手のひらからは心地良い温かさを感じるばかりで、細かいことは麻痺したように何も感じられない。

 

考えてみれば、自分からこういうことはしたことがなかったな。

いつもは自分が求めて、咲がそれに応じる。

咲から求められたのは初めての事だ。

 

自分から手をつないだことは何度かある。

だけど、こうして静かな場所で、手を重ねることそのものを求めるというのは初めてで。

やること自体は変わらないのに、どうも緊張して仕方がない。

 

僅かに指先を伸ばして、ゆっくりと折り曲げていく。

咲の指と指の間に自らの指を通して、ぎゅっと、咲の手を握り締める。

咲の手の小ささには、何度握っても、その度に驚いてしまう。

その小さな手の、小さな指が、同じように俺の手を握りしめる。

いわゆる、恋人つなぎというやつ。

 

鼓動が高まっていくのを感じる。

呼吸が荒くならないように維持するのがキツくなってくる。

恋人と手を重ねているだけだというのに、これは俺がヘタレだからだろうか。

女慣れしている方だと自負していたが、最近はなんだか調子がおかしい。

 

静かな、他に誰もいないホテルの一角。

咲の呼吸が聞こえる。

咲の体温を感じる。

背筋がぞくぞくとして、脳が妙な熱を持つ。

まるで、いやらしいことをしているような錯覚。

 

互いに向き合って座りながら、右手を恋人繋ぎして、ただ時間が過ぎる。

それはどこか誓いの儀式めいていて、傍から見ればシュールな光景にも見えるだろう。

だけど今のオレには、状況を笑う余裕はない。

意識していないと、やばいと感じた。

これ以上、咲を意識しないように。

 

 

そんなオレを他所に。

咲は、その繋いだオレの右手に、左手をそっと宛てがい。

 

 

 

胸元へと引き寄せる。

 

 

 

それは、もしかしたらゆっくりと、時間をかけて行われた出来事だったのかもしれない。

だけど、オレにとってはまるで一瞬の出来事だったかのように、それをただ見ていることしかできなかった。

右手に滑らかな布の感触、そして手よりも暖かな柔らかな体温を感じて、ようやく何が起きたのかを理解した。

理解したところで、再度固まった。

 

 

これはどういうことだろうか。

この手の甲に感じる柔らかさは、そういうことなのだろうか。

それとも服の柔らかさ?

分からない。

どういうつもりなのだ。

抱きしめても怒られないだろうか。

咲は目を瞑っている。

オレはそんな咲から目が離せない。

動けないし、動きたくない。

物凄く静かだ。

温かい。

というか、抱きしめたいんだけど。

 

 

まとまらない思考が、浮かんでは霧散していく。

確かなのは右手の温もりと、咲の手の小ささと柔らかさと、咲の可愛さと、抱きしめたいという思いだけ。

咲に手を引かれ、無意識に椅子から乗り出していた尻を、浮かせて抱きしめてしまおうか。

嫌がられるだとか良い悪いだとかはもう何も無く、ただ欲望と度胸がせめぎ合っている脳内。

よし、抱きしめよう、と決意したのはどれくらい経ってからかも分からず。

その抱きしめよう、と決めてからも体は一向に動かず。

 

「……うん、ありがとう」

 

そう言って、咲が微笑んでそっと手を押し返してくるまで、オレは微動だに出来なかった。

 

「……もう、良いのか」

 

思わず出た言葉。

文字面だけ見ればどうとも取れるが、その声色は我ながら未練以外が感じられない。

しかし咲は気づかないのか、そのフリをしているのか、

「うん、もう十分」

僅かに照れの入った笑顔で、言う。

……まあ、良いか。

咲の表情を見ていると、そう思う。

 

「ねえ、京ちゃん」

「ん?」

「いつも、ありがとね」

「なんだ、いきなり」

笑いながら咲を見て、はっとする。

咲が、オレのことを真っ直ぐに見ていた。

 

「いつも、違う風景へと踏み出してくれてるのは京ちゃんだから」

 

その瞳の輝きに目が奪われる。

 

「ちょっと、もうちょっとだけ待ってて」

 

静かに静かに、微笑む咲。

その視線は、オレを射抜くかのようで。

 

 

「私も、踏み出してみせるから」

 

 

そう言う咲の瞳には、火が点っている。

 

 

 

なんのことかは分からない。

けれど、その言葉を発する咲は美しくて。

 

「ああ、楽しみにしてる」

 

咲がどこに行こうとしているのか、分からないけど。

オレも、咲へと追いついて見せよう。

 

咲が踏み出す一歩の先へ、オレも一緒に行けるように。

 

 

 

 

 

「そうだ」

傍らの紙袋の存在を思い出す。

 

「?」

「飯から結構経ってるし、どうかなと思ってさ」

袋から小さく作られたタコスを取り出して、咲へと渡す。

「わ、どうしたのこれ」

「作った」

ちょっと自慢げに言うと、咲は目を丸くする。

 

「京ちゃんが?」

差し出されたタコスを手に取り、興味深げに眺める。

「なんか、本格的だね。お店で出してるものみたい」

「だろ?」

そして、恐る恐る口に運び、

「んっ!」

再び、目を丸くする。

その後、それほど大きくないそれを、小さい口で数回に分けながらも、瞬く間に食べてしまった。

「どう?」

反応で分かりきっているものの、それでも言葉で感想を求めてしまう。

さっきの雰囲気が影響しているのか、咲はどことなくしっとりとした雰囲気を纏いながら、言う。

「ふふ、美味しかったよ、京ちゃん。意外だった」

ペーパータオルで口元を拭う仕草もどこか艶めかしい。

オレは、そのストレートな褒め言葉にくすぐったさを感じながら、事の顛末を話す。

 

「いや、県予選の決勝で、タコス買いに行っただろ? その時、タコスの店を教えてくれた人とまた会ってさ」

「すごい偶然だね」

咲は穏やかに驚く。

だろ?とオレも穏やかに返す。

「どうせだから、作れるようになってみないかって言われて、オレもその方が良いなって思ってさ、教えてもらったんだよね」

 

そこまでは良かった。

そこまでは。

しかし、

 

 

「優希のために作ってみるかってさ」

 

 

そう、オレが言うと。

 

「……」

 

咲が、突然真顔になる。

 

 

「店を探すより、作ったほうが確実だと思ってさ。それで試作品が思ったより上手く出来たから、持ってきたんだけど──……て、あ、あれ。咲?」

「……」

「さ、咲さん?」

 

 

 

その後、咲は終始真顔であり。

綺麗な夜景の見える窓の横、都会のネオンの海に照らされながら、オレは小さい幼馴染のご機嫌を取ることとなる。

 

 

 

──さっきまで、あんなに良い雰囲気だったのに。

 

──なんでだ。

 

 

 

 

 

 

おかげで、後日京太郎の奢りで、地元近くの遊園地へと行く約束を取り付けるまで、咲の機嫌は直らず。

京太郎の財布は、さらに薄くなることが確約されるのだが──それはまた、別の話。

 

 

 

                                           (第66局より)

 

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