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「なあ、咲」
「うん?」
「愛してる」
「知ってる」
(物語の先より)
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少年と少女が、穏やかな春日向の中をゆったりと歩く。
特に会話をするでもなく、少年と少女はただ歩く。
そのゆったりとした歩みは、恐らく少女の歩みに合わせられていた。
少年の背は高く、少女の背は低い。
暖かい日差しは少年の影を地面の凹凸に映し、柔らかい風は少女の髪を撫でるようにして揺らす。
微かな足音、カバンの金具はぶつかり合って小さく鳴り、体の揺れに合わせて少しばかりの衣擦れの音がしている。
日常的でどこか規則的な風景。
少年は少女の半歩ほど前を歩き、少女は少年の影を追いかけるようにして歩く。
何度と無く繰り返されてきただろう、少年と少女の歩み。
そんな中、少年が足を止める。
「どうしたの?」
後通うのも数える程となった、中学校からの帰り道。
共に歩んでいた影が消えたことに気がついて、足を止める。
突然立ち止まった京ちゃんを振り返る。
京ちゃんは真剣な顔をして、足元を見ていた。
何かあるのだろうか、と思って私も足元を見るけど、そこには小石と僅かな道草があるばかり。
「?」
本当にどうしたのだろう。
そう思いつつも京ちゃんが動き出すのを待っていると、京ちゃんが顔を上げる。
その表情は、普段どおりの穏やかなものだ。
私は安堵して、京ちゃんの言葉を待つ。
それなりの付き合いで、なんとなく何かを話そうとしている雰囲気が分かるのだ。
案の定、京ちゃんは口を開いて、
「なあ、オレたち、付き合ってみるか?」
私は、突然の言葉に驚いて、思考が停止した。
思考が停止して、時間も止まった。
周りから音が消える。周りから色が消える。
空間が切り取られて、そこだけ置いていかれるような。
刹那とも長久とも思える空白。
そんな中、口を突いて出た言葉は。
「イヤ」
だった。
自分でも混乱する。
聞いた言葉を処理する前に、言葉が口をついて出た。
「っ……そうか……」
彼の一瞬痛みが走った顔に、胸の奥がいたくなる。
しかしそんな私を差し置いて、私の言葉は止まらない。
「──告白って」
「……?」
「告白って、女の子にとってすっごく大事なものなんだよ」
その言葉を言った瞬間。
気がついた。
「……」
私がどれ程、彼のことが好きなのか。
「とっても、とっても大事なの」
なあなあではない。
はっきりとした、真摯な。
疑い様の無い、言葉が欲しい。
「──咲」
「……」
「好きだ。オレの、……恋人になってくれないか」
「うん」
少女は、ぺこりと頭を下げる。
「よろしく、お願いします」
そして、顔を上げ、
少女の名前に相応しい美しさで
ふわりと、笑った
(物語が始まる前より)