SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ【完結】 作:カサノリ
はまった弱みで勢いよく書き上げてしまった本作。本編と設定が変わってくる部分もあるかもしれませんが、お楽しみいただけると幸いです。
発・覚
物語はいつも突然だ。
ある日突然、怪獣が。ある日突然、ウルトラマンが。いつだって、そこから遠大な英雄譚はスタートする。特撮好きなら誰だって知っている常識。そして、突然に始まる物語だからこそ、準備は足りず、主人公たちは選択と成長を余儀なくされる。
それを安心して傍観者が見ていられるのは、ヒーローの物語の最後はハッピーエンドだと相場が決まっているからだ。だから安易に物語に涙を流し、感動し、あるいは興奮を覚える。物語の中に飛び込みたいなんて夢を抱いたりする。
けれど、物語の中に飛び込んだとして、もし主人公になれなかったらどうすればいいのか。ただの一般人になれず、中途半端に物語へと踏み込んでしまったら。
きっと、その命はあまりにも軽いのだろう。
SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ
オタクに恋は難しい。
そんな言葉がある。
けれど、実際は恋どころではなく、オタクに人生は難しい。そういう方が正解だ。
俺のような趣味を持っていると、猶更にそう。ネットはともかく、リアルの世界に晒そうものなら、今の人間関係の大部分を捨てることに等しい。
いい年して怪獣趣味なんて。
それもウルトラシリーズの。
確かに、世間一般ではウルトラシリーズは認知度が高い。エロゲやもっとマニアックな趣味と比べれば、まだ開けっ広げにするのは簡単かもしれない。
だが、それを高校という場所で告白する。それが不可能なのは誰だってわかるだろう。カラオケやボウリングに付き合ってくれる、気のいい部活仲間。時には試合のことを応援してくれる女子たち。そんな彼らの目が、友人のソレから、幼稚な趣味を持っているオタクへ向けるものへと変わってしまうなら、学校になんてこれなくなる。
だから俺は自分の趣味を隠すことを選んだ。徹底的に。
いっそ、オタク趣味なんて捨ててしまえれば楽なのだろう。きれいさっぱりと忘れて、カラオケに、ボウリングに、スポーツに。ありきたりな趣味を肩書にしてしまえばいい。
けれど、それが目の前にちらつくたび、俺は地平線の彼方へと蹴飛ばしてきたのだから、どうしようもない。
俺に隠れオタクは止められなかった。怪獣のフィギュアをアマゾンで注文したり、ウルトラシリーズのDVDを毎夜のように観るのを止めたら、自分が自分で無くなってしまう。
だから、望むことはせめての平穏。至って普通の高校生と、特撮オタクの二重生活を送っていく。周囲にバレず、趣味を続けられたらそれでいい。
そんな諦観を抱きつつも、ただ……。
(一人くらい、同じ趣味の奴がいたらな……)
あわよくばそれが可愛い女子だったらな、なんて。そんなことを考えるのが高校生というものだ。
そんな平穏が音を立てて粉みじんにされたのは、何でもない日常の、ちょっとした一瞬だった。
その日、俺は昼休みの教室で、サッカー部の友人と購買のパンを食べていた。窓際の席で机を四つ、付き合わせて。友人三人が俺の周りに集まってくれた形なので、机は近所の男子から失敬した形だが、高校生らしく文句を言うやつはいなかった。
話すのは、何でもない話ばかり。
「昨日のユナイテッド見たやつー」
「おれー。でも、ありゃくそ試合だったな。あの監督の采配はクズ。これで四連敗とか、今期は期待できねえって」
「前のとこだといい指揮してたんだけどなー。他のコーチが優秀だったんだよ。みんな騙されちまった」
「ほんと。そういや、昨日のスポニューに出てた解説のジジイ。あいつシーズン前は監督変わって今期は貰ったとか言ってたくせに。手のひら返してやがんの、あいつ出すくらいなら、俺の方がいい予想立てられるって」
飛びかう無鉄砲な自信、虚言、見栄と傲慢。
世間の高校生と変わらない会話。けれど、俺はそんな仲間に頷きつつも、熱中することはできなかった。何せ昨日の試合は要点を知っているだけ。リアタイ視聴を無視して、ウルトラマンダイナの全話マラソン二日目だったのだから。
だから、俺は愛想笑いを浮かべながら、早く昼休み終わらねえかな、なんて考えていた。気のない会話程、つまらなくて無駄な時間はないから。なるべく会話に入らなくていいように、スペシャルドッグをゆっくりのペースで齧っていく。
そうすると、後ろの方から、
「だから! ウルトラシリーズで至高なのはな……!!!」
なんて大声が聞こえてきた。俺は思わず耳をピクリと反応させてしまうが、無視。そうして話すのは何時も決まって同じクラスの内海だ。公言しているクラスで唯一のウルトラオタク、クラス公認のキモイ系オタク。背は高いし、顔は整ってるのに、言動で全て台無し。さらには周囲のオタク評を下げて、俺たちカクレの肩身を更に狭くさせるタイプ。
その内海は、これまた同級生の響に話しかけていた。
響はといえば、分かっているのか分かってないのか、曖昧な返事をするだけ。あのテンションで話しかけられたら、普通は避けるはずなのに、響も付き合いがいい奴だと思う。
そんな二人の会話に少しいら立ちを得ながら耳を澄ませる。ネクサスとは、また勧めにくい作品をペラペラと。
(ま、でもあいつは良いよな)
内海のことは嫌いだ。俺ができないことを簡単にやってしまうのだから。けれど、内海のことを少し尊敬してしまう。あいつは、好きなことを好きと胸を張って言えるのだから。
あいつがいると、俺はさらにしょうもない人間に思えてしまい……。
「おい! 寝てんのかよ!」
「え!?」
俺はからかい交じりの手を避けることができなかった。目の前のチームメイトから勢いよく突き出された手。それは俺の胸をしたたかに押して、突然の大声に飛び上がった俺は足を滑らせた。
今思い返せば、それこそ地獄の扉を開けた、運命のジャジャジャジャーン。やっちまったという、あの特有のスローモーションを感じながら、けれど思考と分離した体は後ろへと倒れ込んでいく。
向かうのは、よりにもよって、真後ろで談笑していた女の子の頭。
「いてっ!?」
「きゃっ!?」
ぶつかった衝撃は、頭と頭がごっちんこなんて、可愛らしい表現では済まされないものだった。目から星が出るほどの痛み。けれど俺には呻く時間なんてない。俺がこれだけ痛いのなら、物理法則に従って後ろの彼女も同じ痛みを得たのだから。
その証拠に、彼女は弄っていた携帯電話を床へと取り落としてしまっていた。鳴り響く、コチンという固い音。ワックスで不規則に光った床に、彼女のスマホが弾んだ。
そして、音と共に、俺の血の気が引いていく。頭のてっぺんから足先まで。温度がどこかに消え去った。
ぶつかった相手が男子ならいい。一発落とし前を付けてもらえば、後は仲直りだ。地味系の女子だったらいい。大ごとにはならないから。
けれど、今ぶつかった相手は、クラスでも特大のめんどくさい相手。
クラスのアイドル、新条アカネ。誰からも好かれ、愛される完璧少女。目の前の三人の友人全てがひそかに憧れている相手だったのだから。
だから、
「し、新条さん! ごめん!!」
俺は痛みに顔をしかめる彼女へと、一も二もなく頭を深く下げた。何をしても弁解できるわけはないが、せめてそうするのが男としての務めだと思っていた。そして、この高校という狭い人間社会でごみ以下の存在にならないために。
数秒、返事は待たされた。気分はまさに、断頭台の国王。許しが出るかどうかは彼女次第。
そして返ってきたのは、
「もー、気を付けないとダメだよ?」
ゆったりとした、可愛らしい声だった。いつも通りの、優し気な声。彼女は怒っている様子ではない。そのことに安堵を得て、ゆっくりと頭を上げる。その間、
「ちょっとサッカー部! アカネの頭に傷つけるのが、どーいう意味か分かってる!?」
「あんたら、ギルティだよ、ギルティ!」
「女子ネットワークなめんなよ!」
なんて新条アカネの友人たちが囃し立てる声が聞こえてくるが、俺はそんなことに気にすることはできなかった。間違いなく加害者はこちらなのだから、弁明のしようがない。しかし、そうは思わない奴もいるもので。
「事故だって! いちいち騒ぐなよ!」
「なんだっての! あんたが馬場を押したのが悪いんじゃん!」
「だから堀井はモテねえの!」
「おい! ソレ言うか!?」
俺を押した堀井と女子たちが売り言葉に買い言葉で応酬を始めた。そうなってしまえば当事者の俺と新条アカネは蚊帳の外だった。
誰も、俺や新条さんを気にしていない。自分のストレスや、ちょっとした退屈を満たそうとする喧騒。なんだか気分が悪くなっていく。
「……」
だからだろうか。彼女も傷ついていないかと、気になって顔を伺う。すると、どこか彼女も不機嫌そうにうつむき、手を震わせていた。
(仕方ないか。新条さんはあんな風にぶつかられた被害者でもあるんだし……)
俺は肩を落としつつ、スマホを床から拾い上げて、彼女へと渡そうとした。せめてもの株を上げようと思ったのだ。
「あの、新条さん、これ。……本当にごめん」
言って、差し伸べる。彼女のスマホはひび割れて、どこか綺麗な彼女らしくはなかった。そんなことよりも、
「……え」
俺は一言を漏らして固まってしまう。女の子のスマホを見て、固まっている不審者。それが傍から見た俺だと分かっているが、それでも画面から目を離すことができなかった。
何故なら、彼女のスマホ。クラス一の美少女、みんなのアイドルのラインアイコンが、こんな隠れオタクの知っているキャラだったなんて。そんなことはありえないのだから。奇妙なヒトガタのマスコット。何度見ても、女子が好むようなディズニーやらのキャラクターではない。
「……ヅウォーカァ将軍」
だから、俺の口から彼の名前が漏れてしまう。間違えるはずがない。ちょうど昨日、俺が見ていたダイナに出てきたキャラクターだったのだから。ティガで登場したレギュラン星人の色違い。ダイナでも随一のギャグ回で出てきた宇宙一の卑怯者。
どうあっても、クラスのアイドルのアイコンにするには不相応な、マイナーなキャラクターだった。
「え……?」
そして新条さんも、声を漏らす。それは、彼女にとっても、俺の口からその名前が出てくるとは思ってなかったと。声色だけで驚きが伝わってくる。いつの間にか、彼女の纏っていた張り詰めた空気は解かれていた。
「……」
「……」
新条さんの赤みが入った瞳がじっと俺を見つめている。俺も、それを外すことができない。それは、カラスの中に一匹、青い鳥が混じっていたのを見つけたような。勘違いでなければ、どこか奇妙な結びつきが俺たちの間にできたような。
けれど、
「おいおい! リュウ! なーに新条と見つめあってんの!」
「え!? マジ!? ぶつかって惚れちゃった? 運命感じちゃった?」
そんな空気は瞬く間に霧散してしまった。それをやらかしたのは、無神経に俺の首に手をまわしてきた堀井。俺を新条さんにぶつけたばかりか、頭を軽く拳で小突いてきて。そんな俺たちを、新条さんの友達は呆れたような目を向けていた。
「ほんと男子ってマジなに? アカネ、いこいこ!」
「う、うん」
そうして新条さんは友達に連れられて、教室を出ていく。俺は、もう彼女に声をかけられなかった。けれど、彼女が去り際にこっそりと、
「馬場君、またね」
そっと花咲く笑顔を浮かべた。
それを見た瞬間、胸が高鳴って、頬が熱をもつ。間違いなく例のあれであった。
アカネと関わってしまった一般高校生。
ヒーローがやってきていない世界で、彼がたどる運命は。
全六話構成で短く完結する予定です。
ご意見、ご感想を頂けると幸いです。