SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ【完結】 作:カサノリ
ご都合主義Goodルート、第三話をお届けいたします。前二回が甘々にしすぎたので、ちょっと控えめ?
ここからしばらく、二日おきくらいで連続更新していきます!
人には好き嫌いがあって、その好き嫌いの中にも順位がある。
俺にとって、どうしても嫌いになりようがない大好きなものは、一に新条アカネさんであり、二にアカネさんであり、三もアカネさんであり、四番目にはウルトラシリーズが入る。
かつては一位だったが、今はそれくらい。内海とか、刈谷たち友人はその次かな。
いろいろあったとはいえ、自分でも十分に重い感情だとは思う。だが、どうしても、そんな自分は変わらないと確信している。アカネさんが嫌がらない限りは直すつもりもあまりない。
一方で、嫌いにも順位があって。
俺の場合のぶっちきりトップは、思い出すことも嫌な母親。突然、愛人と一緒に家を飛び出していった最低のヤツ。そして、
『もしもし、俺だが。年明けから一度も連絡が来てないが、生きてるか?
……まあ、どうせ返事はくれないだろうけどさ。お前が俺のこと、嫌いなくらい分かっている。が、お前が不祥事でも起こしたら俺の邪魔になるんだ。これでも、保護者なんでな。少しは近況報告でも送ってくれ。
ああ、あと。次に会ったときには、くだらない趣味はやめてろよ、隆太」
わざわざ時差を考慮して朝一番にかけてきた電話。
当然、居留守を決め込み、留守番に残されるメッセージを冷めた目を向けながら聞く。唯一の家族へ語るには、冷たくて、情けも感じられない声が耳を素通りして、最悪の気分に変えてくれた。
「……余計なお世話だ」
人の趣味を止めろだのなんだの強制する人間は、心のどこかが壊れているに違いない。いくら頭が良くても、大企業に勤めていても、世間から見れば勝ち組だとしても関係なく。
今も海の向こうで見下すような視線を向けてくる大嫌いな兄貴の顔を思い出し、すぐに頭から締め出す。その代わりにするには、彼女に申し訳ないが、アカネさんの笑顔を思い浮かべて。俺はなるべく素早く、メッセージを削除した。
朝から嫌な話を聞いてしまった。早く、一刻でも早く日常に戻って、アカネさんと笑顔で会わないと。
俺は大きく息を吐き、身体を動かしてランニングの用意を整えて、寒空の下へと飛び出した。
けれども、その直前に……。
『リュウタ……、そろそろだぞ』
そんな、知らない声を聞いた気がした。
文化祭が終わり、秋から冬に変わって、さらには年も一つ越えて。季節は廻り行くなんて色々な場所で聞くが、俺の周りが変わることはなかった。
俺とアカネさんは特に喧嘩することもなく、時々デートしたり、復帰して調子が戻ってきた部活を応援してもらったり、ウルトラマンを一緒に見たり。変わらずに、かけがえのない、幸せな日々が続いている。
兄貴からの望んでもいない電話をもらうなんて最悪の日は、特にいつも通り、一緒に過ごしたかったが……。
「やっぱ、ウルトラシリーズには防衛隊が欲しい……。何で最近は出ないんだよ……」
「分かる。けどさ、大人の事情もあるんだから仕方ないって」
ぼやく声に、力なく正論を返す。俺だって不満はあるが、ビジネスだから仕方ないとも思うのだ。ウルトラシリーズにまで商業主義を持ち込まないで欲しいけれど、そうした制約の中でも素晴らしい作品を作ってもらって感謝しかない。
すると、内海は天を仰いで大きくため息を吐く。
「放送クールも戻らないし、しゃあねえか。……ちなみにリュウタはどの防衛隊が好きなんだよ」
言われ、しばし迷った後に答える。
「やっぱGUTSかな。キャラ全員立ってるし、サブキャラまでカッコいいし」
「俺はXIGだな。空飛ぶ要塞とかめちゃくちゃロマン溢れてる! あと、最近のXioも良かったと思うぞ。マシンのデザインも割と正統派だったし」
なるほどなるほど、確かにマスケッティは良いデザインだった。車と合体するという奇抜さでありながら、航空機のフォルムも。でも、俺にだってマシンには一家言あるぞ。
「マシンデザインならガッツウィングが最高だろ。イカモチーフなのにカッコいいし、色が変わるだけで印象も変わる」
スノーホワイトとか、マジ最高。
「あー、わかるっ! そんでもって、最高にイカれてるのが」
「「ZAT」」
二人で合わせて、こぶしを突き合わす。やっぱり分かってるやつとの会話はストレスフリーで、説明する必要なんてない。めっちゃ楽。楽しい。
「あのデザインだよ」
「赤がすっげえ。それでもカッコいいのはおかしい」
「そりゃ、一般人もおかしい世界だから」
「あの一般人、レオ世界でも生き残ったんだろうな」
円盤生物とか、えらく殺意の高い怪獣からも無事に逃げてそうだ。改めて考えても、タロウ世界はおかしかった。
「ああいう風に怪獣と戦ってみてえなー」
「竹槍もってジャンプとか無理だって」
「分かってるけどさ、憧れんのは勝手だろ。ウルトラマン役は荷が重いし、それなら、防衛隊とか一般のサポート役で。
そういうリュウタはどうなんだよ? 想像するだろ?」
俺はヒーローになりたいのか。
考えたのは、遠い梅雨の日の夜のこと。悪夢のようなあの日。実際に出会った怪獣はでかくて、恐ろしくて、向き合うだけで殺されてしまいそうだった。それを考えると、
「むりだなぁ」
ぼやく。
本音で、二度とあんな思いはごめん被りたい。
「なんか、あっさりだな。スポーツ好きだし、ヒーローとか憧れると思ってた」
「無理に戦うよりは、アカネさんと一緒に無事なとこに逃げるよ」
「うげっ、結局惚気かよ! まったく、ウルトラオタクたるもの、妄想してこそ、だろ」
そんな調子で延々と。テレビ画面の中で華々しい活躍を繰り広げるメビウスとは似合わない、オタクな会話。内海とぼんやりと取り留めのない話を繰り返していたのは、兄貴からの電話があった、ひときわ寒い日の放課後だった。
今日は、とある事情からアカネさんとは別行動。代わりと言っては、さすがに内海に失礼だけど、家に上がり込んできた内海と過ごしていた。一人暮らしの俺の家は、内海や他の友人との良い遊び場所でもある。適当にジュースと菓子を買って、気ままな時間を。
そうして、インペライザーが大暴れしている映像を見つめながら時間をウルトラマンで塗りつぶしていると、
「……なんか、あったか?」
不意に内海がつぶやいた。
「……ほんと」
小声で聞こえないように。そういうとこだぞ、内海。
周りお構いなしにオタクトークしているくせに、人の顔色とかに鋭い時がある。黙ってればいいのに、馬鹿正直に言葉にしちゃうところも。そして、トラブったりもするのも意外と熱血な内海らしい。
そんな彼なりだが、気を使ったのだろう。何気なく、何でもないことのように尋ねられた。俺の方も傍から見えるほどに様子がおかしかったのか、なんて反省する。
「……いや、その、さ」
口を開き、答えるまで、少しの時間がかかった。
共通の趣味であるウルトラシリーズとは全く関係がないし、内海とは無縁のデリケートな問題。答えなくても内海は嫌な顔を一つもしないし、普通に視聴へ戻るだけだ。
けれど、
「……兄貴から電話があったんだ」
内海に嘘はつきたくはないと思っていた。
内海はうざい時がある。すぐ調子に乗るし、今みたいに空気読まない発言はするし、アカネさんの前でもウルトラマンを褒めて、彼女を不機嫌にさせたりする。
ただ、この半年ほどを内海と過ごしていて、内海が良い奴だということもよくわかっていた。内海は気づいていないけど、恩人だとも思ってる。
サッカー部の仲間とは違った、好きなものを共有してお互いを煽り倒したり、好き放題言い合える。そんな俺たちの関係を絶対に裏切らないという確信が持てるほどには、内海のことを信頼していた。
良い友達だ。生まれて初めて、心から思えるほど。
そんな内海からの答えは、
「そっか」
簡単で、そっけなくも嬉しい一言だった。変に追及してこないし、馬鹿にもされない。それがとても嬉しかった。
「……内海はさ、今見てるメビウスのボックスとか、捨てられたらどうする?」
部屋を見回しながらつぶやく。アカネさんと一緒に買った、怪獣のソフビ。ウルトラシリーズの映像。マシンのおもちゃ。大事にしまい込んでいる、アカネさんとの思い出が詰まったハネジロー。
知らない人から見たら『ガラクタ』達。
俺にとってどれだけ大事なものでも、捨てる相手は罪悪感もなくやってのけるだろう。相手が何を考えるかも気にせず、むしろ、良いことをやったなんて自己満足に浸りながら。ただ、そんなことをされたら、俺たちは。
「キレる」
内海は断言した。ついでに目も据わっていた。
予想はしていた、当然の答え。だが、そんな残酷なことが度々起こってしまうのも、趣味の世界だったりする。
「でもさ、アカネさんも内海も馬鹿にしたりしないけど、マイナー趣味じゃん。特撮って」
アカネさんと出会う前の俺が、ウルトラ趣味をどうしても明かせなかったように。そこをオープンにしつつあるアカネさんから離れていった人もいるように。俺たちの趣味を、成長できない子供の証明だと、色眼鏡で見てくる人は必ずいる。
「それでも、好きなんだから仕方ねえじゃねえか。捨てられたりしたら、ぜってえに許さねえ」
「やっぱり、そうだよな」
実際にそうなった時に内海がどうするのか分からない。けれど、言い切る彼は、悩みながらも最後まで抵抗するのだろう。昔に憧れて、嫉妬していた姿のままに。
兄貴が内海みたいな性格だったら、兄弟のままでいられたのかもしれない。けど、兄はそんな優しい人間じゃなかった。
「……中学の頃。もう、そのころは親父も死んでて、兄貴はアメリカ行く直前だったんだけど。……俺が集めてたコレクション、全部捨てられたんだ」
きっと、なにがあっても忘れることはできない、最後の家族を失った日。
学校から帰ってきたら、空っぽになっていた部屋。少ない資金をやりくりして集めていた、凛々しく立つウルトラマンと怪獣たち。整然と並べていたDVDに雑誌。全てがなくなっていた。
呆然として、探し回り、走り回って……。
見つかったのは、ごみ回収車から零れたのか、上半身だけになった汚れたウルトラマンティガのソフビ。子供のころからあこがれた、光の戦士はあっさりと壊されていた。
「兄貴のせいだった。……良かれと思ったってさ」
まるで悪びれることもなく。一緒に見ていたはずのヒーローを、兄貴は否定した。
それ以来、俺は兄貴とまともに話していない。いや、それ以前だって、親父が死ぬ前からめったに会話をすることはなかった。頭の良かった兄貴は、勝手にいろいろなところに飛び出ては金を稼いだり、しらないコネを増やしたり。たぶん、いい思い出のない家族から抜け出したかったのだろう。
そのままどこへなりとも行けばいいのに、今朝のように気まぐれに電話をかけてきては、古傷を抉るようなことをしてくるのがタチ悪い。
「……いきなり、悪い」
アカネさんがいなくて、本当に良かったと思う。こんなことを話されて、きっと迷惑だろう。けど、内海は同情したように大きく息を吐いて、ジュースをコップに注いで渡してくれた。
「ひっでえ話だし、気にすんなとか言えねえけど。……その分、良いこともあったじゃん」
「アカネさんのこと?」
「そ! 完璧美少女の新条アカネが一緒にいるんだから、冷血兄貴のことなんかどうでもいいだろ? ってか、そういうのって新条に話した方が良いんじゃねえの? 新条だって、お前に頼られて悪い顔はしないって」
「……そうかな」
今頃は宝多さんをからかい倒しているに違いないアカネさん。一度、彼女の秘密を知る前に、簡単に説明をしたことがある。あの時はまだ告白もできていなくて、少しでも自分を知ってほしいと思ってのことだった。
けども、こうして恋人同士になっても、ぐちぐちと悩んでいることを明かしたらどう思われるのか。
嫌われることはないと信じていても、怖いものは怖い。
「……考えておく」
だから、俺の返事はそんな歯切れが悪いもので、内海も後は何も言うことはなかった。ただ、俺の背中を一発叩いて、テレビの音量を上げていく。ちょうどタロウが助っ人に現れた場面。やっぱり、名前は独特だがカッコいい。
内海はテレビに集中しながら、いつもと変わらない調子で言う。
「んじゃ、相談料代わりに、今度は新条も誘っておいてくれよ、鑑賞会。次こそ、ウルトラマンの良さを分からせてやる……!」
「それは難しいんじゃね?」
前も解釈違いで喧嘩してたじゃん、二人で。その後、アカネさんの機嫌が直るまでウルトラマンの敗北回をリレーさせられたのは俺だし。けっこう、あの絶望場面オンパレードは辛いんだから、仲良くしてくれ。
「どーせ、それにかこつけてイチャついてんだから我慢しろよ。……ってか、今日は珍しく新条いないし。そっちの方が気になんだけど」
「んー、さあなー。どうしたんだろなー。しんぱいだなー」
「うわ、にやにやして気持ちわりいな」
内海よ、内海。カレンダーとイベントを思い出すのだ。ちょうど一週間後だし、準備もあるんだろう。俺が無言で指さした先を確認した内海は、何度もそこに描かれた文字と、アカネさんによるハートの書き込みを見て、最後に嫉妬を爆発させた。
「ちっくしょー!! ……お前と言い、裕太と言い、リア充ってやつは!!」
「まあ、頑張れ草餅。お前も良い奴だから、そのうち幸せなこともあるって」
「うっせえよ!? 今すぐに!! 俺は!! 幸せが欲しいんだって!!」
自称モテない少年の叫びが、ヒーローの戦いの音もかき消しながら部屋へと広がっていく。だが、内海は幸せな時が間近に迫っていることを知らないようだ。アカネさんからこっそりと教えられた噂話。
それが本当のことかは分からないが、友達思いの内海のことを、しっかり見ている人はいるのだと思う。
アカネさんと宝多さんと、他の女子。クラス全体どころか、学校に広まっている高揚と秘密。それが明かされるのは、一週間先のこと。
二月十四日。
それが何を意味するかなんて、言葉にするのも野暮だ。
そして、その日。寒くも、透き通った晴れた日。いつも通りとは少し違って、俺はアカネさんと別々に登校してきた。
『今日は、学校で待ち合わせしたいんだ』
なんて、電話ではにかむような声で言われてしまったのだから、仕方ない。
特別な日だけあって、教室へ向かうまでの間にも、そこかしこで浮足だった男子たちと出会う。下駄箱で鉢合わせた刈谷などは、既にいくつかの小包を手に抱えていたり。
相変わらずアカネさんには相手にされないけどモテる奴。だから、この世の恨みをすべて集めたような目で見てくるのは止めろって。
「お前はいいよなぁ……。新条にチョコ貰うとかよぉ……。あぁ、俺にも義理でいいからくれないかな……?」
「そこまでは分からねえよ」
「ふふふ……。実はリュウだって貰えない可能性が……」
「あ、それはないから。悪いな!」
『プレゼント、楽しみにしててね!』とか『何を贈るのかはナイショ』とか、アカネさんによる焦らし攻撃は一か月にわたっていた。あの笑顔を見て、悪い予感を覚える馬鹿はいない。既に待ち合わせ済みだし。
(けど……)
刈谷の断末魔の叫びを後ろに聞きながら、ふと考えてしまう。
前から気にはなっていた、考えようとしていなかったこと。兄貴からの電話がきっかけになり、アカネさんとあまり会えなかったことでも、心の奥にそれが燻ぶっていた。
(なんで、アカネさんは俺を選んでくれたんだろう?)
同じ趣味があったからって、あんなに素敵なアカネさんが選んでくれた理由。告白する少し前、俺のことを「知りたい」と言ってくれた。俺が傷つくとアカネさんも心が痛むと言ってくれた。けれど、はっきりとその理由を、アカネさんから聞いたことはなかった。
彼女からの愛情は十分すぎるほどに感じているし、疑ったこともない。でも、俺は兄貴や家族と上手くいっていなかったり、趣味に素直になれなかったり、変に気持ちが重かったり。
結局のところ、俺は自分に自信がないのだ。
(ああ、くそっ。せっかくの日なのに)
アカネさんが想ってくれたことを根掘り葉掘り聞くなんて、失礼にもほどがある。それを頭から追い出すために、頭を軽く振りつつ、人気のない踊り場へと。
広い校舎の中には、こういう場所が多くあって、アカネさんとゆっくり過ごせる場所として使ったりもする場だ。今の時間なら、他に誰もいないと考えていたが……。
「あ……」
「……っ!」
「……わ、悪い」
足を踏み入れた瞬間、口から謝罪が飛び出した。
そこにはお互いに顔を真っ赤にした宝多さんと響がいた。響の手には、かわいらしい包装がされた包みがあって、二人の距離は今まで見たことがない以上に近い。宝多さんは何か別の包みも持っているけれど、目は捉えられたように、響へと向かっている。
何をしようとしていたか、分からないほど鈍感じゃない。そして、俺のタイミングはどう見ても邪魔者だった。
「ば、馬場君!? ……こ、これは何でもないから! じゃあ、響君、またあとでね!」
宝多さんは、そんな無理な言い訳を言いながら、真っ赤な顔のままで飛び出して行く。踊り場に残ったのは、俺と響の二人だけ。未だに呆然としている響に、俺は申し訳なさを込めて、肩を叩いた。
「あの、ほんとに悪かった」
「あ、あはは……。けど、大丈夫だと思うよ。六花は恥ずかしがり屋だけど、そういうとこさっぱりしてるし」
「いや、でもせっかくの」
「リュウタが来たのは偶然だったし、あとで俺から会いに行くよ。ほら、ちゃんとプレゼントは貰ったから。お礼を言わないと」
響は苦笑いしながら、手に持った包みに視線を落とす。女子に人気があって、可愛いなんて呼ばれている響の笑い顔。けど、プレゼントを見つめる目は、まっすぐで迷いもなかった。
細い顔立ちをしているのに、響がそんな目をしているときは男らしいとも思える。内海が言う主人公っぽいってこんな感じだろうか。こういうことを言うのはオタクの悪い癖だが、ウルトラマン系に変身しても似合うに違いない。
優しく、勇気があって、心が真っ直ぐ。きっと、宝多さんが惹かれたのも、響のそういうところ。彼女は特に、外見で選ぶ子だとは思えないから。
赤いリュックサックにプレゼントをしまい込むと、気を取り直したのか、響は俺に尋ねてくる。
「そういえば、リュウタはもう貰ったの? 新条さんから」
「……内海といい、そういうのストレートに聞いてくるんだな」
「あっ! 聞いたらまずかったかな?」
「実は……。って、冗談だから、そんな顔するなよ! アカネさんとは、これから待ち合わせの予定」
直前に考えていたことがあれだったから、外見だけでも元気よく。けれど、心の中は。ほんと、響と比べて煮え切れない。俺はごまかすように、話題を変えることにした。
「ちょっと邪魔しちゃったけど、響が宝多さんと上手くやってて良かったよ。ほら、響も色々と悩んでたし。夏と比べると」
わざわざ宝多さんの家の前をランニングしたり、アカネさんにも協力してもらって一緒に出掛けたり。それでも、最後は響が勇気を出したのだと思う。アカネさんに憧れている連中だらけのクラスで、響だけはずっと宝多さん一筋だったらしいから、そこも根性あると思う。
すると響は照れ臭そうに笑うのだ。
「実は、きっかけはリュウタと新条さんだったんだ」
「……俺たち?」
響は頷く。俺はピンとこなかった。
「ほら、うちのクラス、あんまりそういう話少なかったし。みんな新条さんのことばかり見てたし。俺も、女の子と仲良くなるとか、そういうこと全然分かんなくて。
最初は、六花とのことも、踏ん切りがつかなかったんだ。勇気を出しても、その後のこととか。色々迷っちゃって」
でも、と響は朗らかに笑う。
「新条さん、リュウタと一緒にいる時、すごく幸せそうに見えたんだ。リュウタもそれは同じで。正直、昔のリュウタは目立たなかったし、よく知らなかったけど、新条さんと一緒に笑ってるの見たら良いやつなんだなって。
それが羨ましくて。みんなに背中を押してもらったのも理由だけど。俺も勇気を出せたら、あんなふうに六花も笑ってくれるかなって」
そして、
「六花の笑顔、好きなんだ。……だから、ありがとう」
響はそう言い切る。聞いた俺は、一瞬呆然として。けれど、その後に胸に残ったのは、どこか嬉しくて誇らしい気持ちだった。
「……ほんと、そういうとこだよ」
「もしかして、変なこと言ったかな?」
「まあ、そんな堂々と言うことじゃないし、惚気だよな。内海の前で言ったらまたうるさいぞ、あいつ。でも、俺も、ありがとう」
ちょっと恥ずかしいことを言い切るのも、響らしい。
「そろそろ待ち合わせの時間だから、行くよ。あ! 内海が今度、上映会するってさ、ファイナルオデッセイ。かなりの名作だから、響も来いよ。宝多さんもつれて」
あの映画はかなり恋愛色強めの大人向け。きっと、宝多さんも楽しめると思う。アカネさんも喜ぶ。
俺は、響から快い返事をもらいながら、小走りで待ち合わせ場所に急いでいく。心の中は少しスッキリしていた。
俺はあまり、自分のことを信じられないけども。仲のいい友達からもアカネさんが幸せに見えるなら。俺は少し、自信を持っていいのかもしれないって思えたから。
「もー! ちょっと遅いっ!!」
待ち合わせ場所。いつもの渡り廊下に着いたのは、集合時間の五分前。外に面しているから、冷えてしまう場所。逆に、人はいつも以上に少ないから、誰にも見られる心配もない。
けれど、寒いのは寒いので。
マフラーをして厚めのパーカーを着ていたアカネさんは少し頬を膨らませていた。手も、赤くなってしまっている。
「あっためて」
言われるまでもなく、差し出される手を取って、両手で包む。指先までひんやりしていて。随分と寒空の下で立ってくれていたのが分かってしまう。
「ごめん、アカネさん。待たせちゃった」
「うん。許してあげる。ほんとは、私が楽しみで早く来すぎただけだし、仕方ないよ」
「何分くらい?」
「それ言ったら、リュウタ君が反省しちゃうから言わないー。代わりに、放課後は甘いデートを希望します」
えへへ、とアカネさんは可愛い笑顔。ああ、もう、ほんとにこの子は。
「放課後も待てないよ」
「わっ!? ……あったかいね」
分かってもらえていることが嬉しくて、思わず小さな体を抱きしめてしまう。もこもこしてあったかいパーカーだけど、その厚さも邪魔なほど、もっとアカネさんと近づきたかった。
体や温度だけじゃなくて、気持ちまで。この寒空に負けないほど。
そうしてじっと触れていると、アカネさんの気持ちまで伝わってくる気もする。こそばゆくて、嬉しそうな、俺にとっても大切な気持ち。
アカネさんもそれは同じだったのだろう。
「……ねえ、リュウタ君」
「……うん」
「何かあったの?」
聞かれると分かっていて、言葉は素直に出てきた。
「兄貴から嫌な電話があった。それに、ちょっとの間でもアカネさんと一緒にいれなくて、寂しかった」
すると、胸の中で、アカネさんが零すように笑う。
「やっぱり、情けなかったかな?」
「ううん。私ね、すごく嬉しいんだ。リュウタ君は私のこと、いつも気にしてくれるけど、あんまり相談とかしてくれないし。
もっと、頼ってくれてもいいんだよ? 私、まだまだキミのこと、知りたいから」
「欲張りだよね、アカネさん」
「元、神様ですから」
冗談めかして笑うアカネさん。俺も釣られて笑った。胸のつかえは嘘のように消えていて、代わりに温かくて、アカネさんくらいに欲張りな気持ちが溢れている。今は、自分のことも、未来のことも怖くはなかった。
もっとこうしていたい。けれど、そろそろ時間も切れる。ここは学校だから、朝のチャイムまでには戻らないといけない。
「今日くらいは学校も許してくれていいのにね。じゃあ、待たせちゃったけど……。じゃーん!!」
アカネさんが満面の笑顔を込めて、バッグから取り出した包み。正方形のしっかりしたのと、丸まった柔らかそうなもの。どちらもラッピングも凝っていて、開けるのも勿体ないほどだった。
「えー、そんなこと言わないで、開けてみて!」
自分で包んだものなのに、アカネさんは気にしないように急いで包装を解いていく。普通、逆じゃないかな。
そうして丸まった包みから出てきたのは、濃い紫色のマフラーだった。しかも、一人で巻くには長め。
「一緒に帰るときに、ね♪ 放課後、六花たちと作ってたんだー」
それを聞いて、宝多さんが持っていた包みの正体も分かってしまう。宝多さんのキャラから考えると、随分大胆だ、なんて。
「大変だったよー。六花、恥ずかしがっちゃって、何度も手が止まるから」
「それは、宝多さんには悪いけど目に浮かぶね。じゃあ、楽しかったんだ」
「六花をからかうのもだけど。作ってるときに、リュウタ君とつけるの想像してて、それも楽しかった。
で、こっちは手作りチョコ。放課後、一緒に食べよ?」
手に持ったマフラーは、とても丁寧に編み込まれていて、どれだけ時間を込めて作ってくれたのかが分かる。もう一つの箱には、怪獣とウルトラマンをかたどったチョコレート。
見るだけで熱くなった胸の疼き。そこに素直に従って、声が漏れ出た。
「……アカネさんが好きだよ。本当に、心の底から。嫌いなところなんて、一つもないくらいに」
「もうっ、いきなり言うの反則。でも、不思議だね」
今度はアカネさんの方から。すぐ近く、耳元で優しい声で囁かれる。
「私も同じ。大好きで、嫌いなとこがないんだ」
「……俺で良いんだね?」
「いいの。キミが良いの。……リュウタ君、気づいてないと思うけど。私が一番してほしかったこと、キミだけがしてくれたから」
俺だけが、アカネさんにしたこと。
アカネさんはそれを大切に想ってくれているけれど、それが何なのか、はっきりとは分からなかった。けれど、アカネさんは頬を染めながら、そんな余計なところに気を取らせてはくれない。
「それって……」
「今はナイショ! でも、『いつか』まで待つのも、もったいないから……。
……今夜、とか?」
「……っ」
最後は吐息と、少しの震えと、とろける様な甘い声。真っ赤になるのは俺の番。
アカネさんはそんな俺を楽しそうに見つめると、さっきよりも白くなった息を零しながら、教室の方へと駆けていった。からかわれたのか、それとも……。
「ああ、もうっ」
慌てて、その後ろを追いかける。
でも、結局はどちらでも構わないんだ。アカネさんが望んで、幸せになってくれるなら、それは俺も幸せになれること。
自分に自信がなくて、家族も問題ばっかりで、好きなものも好きと言えなかったヘタレ。それが、昔の俺。そうだとしても、それは昔の話。
アカネさんが好きと言ってくれる。一緒に、変わっていける。そんな今の自分を、俺は少し好きになれる気がした。
リュウタが消えていなかったら、内海と裕太ともいい友人になれたのだと思っています。そんな男同士の関係もちょっと描いて。
さて、幸せなグッドエンドともしばしのお別れが近づいてきました。季節が一周した春の話。
次回、Good End 最終話「春・空」
そして……