SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ【完結】   作:カサノリ

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うたかたのそらゆめを楽しんでくださいました皆様。

本日より第二部と称し、『SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ √SIGMA』の連載を開始いたします。

アニメ本編の時系列から始まる、リュウタとアカネの再びの物語。

もしも、救いの手が間に合っていたら……。そんな『もしも』から始まる戦いを、どうか応援していただけると幸いです。

……だいぶ公式も吹っ飛んでるので、色々と自重するのをやめました。

前回の死亡フラグ
・逃げ出したら死んでいた
・アカネを責めていたら死んでいた
・一人で立ち向かったから、死んでしまった


第二部 √SIGMA
再・動


 あんまり昔のことでも、あんまり遠い国のことでもありません。

 

 ある世界に男の子と女の子がいました。

 

 男の子はどこにでもいる普通の子です。サッカーが少し得意で、ちょっとだけ家族に問題があって。そして、怪獣とヒーローが大好きでした。

 

 女の子はちょっと特別な子です。少し我儘で、とても寂しがり屋で。そして、やっぱり怪獣が大好きでした。

 

 そんな二人はある日出会って、お互いを知って、友達になりました。もっとお互いを知って、恋人同士になりました。

 

 二人は毎日が幸せだったのです。

 

 けれど、女の子には秘密がありました。

 

 女の子は世界の神様で、怪獣使い。悪いことを企む悪魔と一緒に、世界をめちゃくちゃにしていたのです。

 

 そして……。

 

 それに気づいた男の子は、女の子を幸せにしたくて、悪魔に立ち向かいました。たった一人で、勇気を出した男の子。女の子のヒーローになろうとした男の子。

 

 でも、たった一人の男の子では、悪魔には勝てませんでした。

 

 男の子は女の子を残して死んでしまいます。もう、誰も男の子を覚えてはいません。

 

 

 

 けれど、そんな男の子を助けたいと、見守っていた人がどこかにいたら……。

 

 

 

 SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ

 

 第二部 √SIGMA

 

 

 

 熱い

 

『―――、またね』

 

 熱い

 

『じゃあ、リュウタ君だ―――』

 

 熱くて死にそうだ

 

『―――、かっこよかったよ』

 

 けれど、そんなことよりも

 

『……私、知りたいんだ』

 

 悲しくて

 

『私もね、リュウタ君のこと、好きだったんだ』

 

 恋しくて

 

 このまま止まるなんて、耐えられなかった。

 

 けれども、『俺』は崩壊していく。消えたくない、忘れたくない。そんな強い想いと裏腹に、現実というのはどうにもなってくれないものだ。そんなことは分かっている。

 

 だって、俺はヒーローじゃないのだから。ヒーローになりたくて、彼女を幸せにしたくても。たった一人じゃ何もできない。わかりきっていた結果が、身に降りかかっているだけ。

 

 諦めと一緒に『俺』が消えていく。燃え尽きていく。眩しい光に目が焼かれる。感覚がなくなって、自分が何かもわからなくなって、

 

『やめて』

 

『嫌だよ』

 

『忘れたくない』

 

 声はそれでも聞こえていた。泣き声だ。苦しくて、寂しいと泣く、女の子の声だ。

 

 ごめん。俺も忘れたくない。大切にしたい。ずっと一緒にいたい。それでも、もう力が出せないんだ。せめて、君のことだけは最後まで覚えていたいのに……。

 

 彼女の声に、顔に、ノイズが走った。

 

「ああ……」

 

 もう、どうにもならない。そんな諦めが心に浮かんだ時に……。

 

『……安心しろ。君を死なせたりはしない』

 

 優しい声を聞いた気がした。

 

 

 

「……」

 

 息をのむほどに、目覚めは穏やかだった。

 

 気が付くと、俺は天井にぶら下がる電球を見つめている。揺れて、ちらちらと頭をくすぐってくる光の塊。それが原因なのか、目の前の景色はやけに靄がかかったように安定してくれなかった。ふわふわした感覚と倦怠感が体を包んでいる。

 

「……ぁ」

 

 声を作ろうとしてみた。

 

 けれど、喉の奥からはかすれた音しか漏れ出てこない。まともな音を作れる気がしない。昔はできたはずなのに、喉は震え方を忘れてしまったように、動いてはくれない。

 

 それではと、体を動かそうとして、身じろぎをした瞬間。

 

「――!!!?」

 

 死んだと思った。

 

 もう一度死んだと思った。

 

 全身に悶えるほど。痛みだとすら理解できないものが駆け巡って、動こうなんて気持ちを根こそぎ奪っていく。びりびりと、ぎちぎちと、刃物で体をめった刺しにされたような。いや、そんな経験をしたことがあるかもわからないけど、それくらい。

 

 歯を食いしばって、目を固く閉じて、耐え忍び。息をじっとひそめて。そうして、痛みは静かに引いていった。

 

(……なんで?)

 

 なんで、俺はこんな目に遭っているのだろう。

 

 何もかもが分からない頭の中で考える。

 

 不思議なことに、痛みが収まった身体は少しだけ動いてくれるようになった。さび付いた歯車が、がしゃがしゃと不器用な動きを始めたよう。自分の体なのに変な感触。

 

 それに倣って、壊れたおもちゃのようにのろのろと頭を傾けてみる。ようやく目が慣れてきて、自分の状況を把握することができた。天井だけが見えて当然だ。俺は、今、白いベッドの上に横たわっているのだから。

 

 左腕を布団から出してみた。白い包帯が何重にも巻かれて、膨れ上がった手。きっと、見えない体の大部分も、同じ状態だろう。

 

(まるで、ミイラ男……)

 

 声に出さず、頭を枕に沈める。

 

 俺の脳裏に浮かんだのは、自分のことなのに、他人事のような感想。抱いたのは、それだけだった。自分のことなのにどうでもいい。本当は驚いたり、苦しんだりするべきなのだと、頭では理解をしているのに、そうは思えない。

 

 体の中心に大きな穴が開いてしまったみたいだった。

 

 俺の大切だったもの、その全てが抜け落ちて、意味のない置物になったような……。まだ、それが何かも分からない。無い無いづくしの変な人形。動けもしない出来損ない。

 

 そうして呆然と、ただ天井で揺れる灯りを眺めるままに任せていたら。

 

「おーい、そろそろ目覚めたかー。いい加減にしねえと放り出すぞー」

 

 無意味な安寧を壊したのは、妙に斜に構えた声だった。半ば蹴破る様に開けられたドア。もう一度、のろのろと頭を横にすると、半目で呆れを示した子供が立っていた。

 

 小学生くらいの見た目に、金髪ツインテール。なのに服装はブラックのスーツで決めている。見た目は女の子なのに、声は少年みたい。服装だけなら凛々しいエージェントみたいな、アンバランスな子供。

 

 そんな子供は、俺が声を上げようと口をパクパクさせていると、少しだけ目を見開き、ずかずかと近くに寄ってきた。

 

「……ぁ。……っ」

 

「ん? なんだ、ほんとに目が覚めたのかよ。ま、放り投げるのも悪いと思ってたし、ちょうどいいか。ここで介抱終わりな!」

 

「……は、い?」

 

 何を言われたのか、ぐずぐずに崩れていた頭は、理解することができなかった。数秒経って、ようやく戻ってきた第一声は疑問形。けれど、それが何の意味を持つことはなく、子供はいうなり、俺を引きずり出そうとした。

 

 白いベッド、ヤサシイ安らぎは一夜の夢。待っていたのは、理不尽な子供の暴虐。

 

「……!? ……!!」

 

「まあまあ、騒ぐなって。なんかぼろ雑巾になって落っこちてたから面倒見てやったけど、お前だって家あるだろ? 俺がずっと見てるなんてのも、変だし、あとはふつーに病院なりなんなり行ってくれって」

 

 声にならない叫びをあげるが、当然、こんなミイラ男に抵抗する力なんてない。ずりずりずりずり、なんて間抜けな効果音と一緒に、俺はベッドからはがされてしまう。

 

(なんでこの子、力がこんな強いんだよ!?)

 

(というか! めっちゃ痛いんですが!?)

 

 頭は、なぜか、冴え始めていた。目の前の事態に対応するため、身体が緊急を訴えているように。文句だけが脳内でけたたましく鳴り響く。

 

(俺が普通に包帯ぐるぐる巻きだってこと知ってるはずなのに! この悪魔、鬼畜!!)

 

 ただ、それらは声にならない。喉の動かし方を思い出しても、痛いやら、困惑やらで余裕はなかった。このままでは宣言通り、家から放り出されてしまう。こんな状態で外に出たところで、どこに行けばいいのか。

 

 状況が分からないままに、最後まで布団へとしがみついていた弱弱しい右手が、離れてしまう。

 

 そうして、ぼてりと右手が空気にさらされた時だった。

 

「……ん?」

 

 子供が怪訝な声を出し、俺を引きずる力を弱めた。

 

 何があったのか、と痛む頭を動かして視線をたどると、その先にあったのは最後まで隠れていた右手。

 

(……なんだ、これ)

 

 俺は訳が分からなくなる。

 

 だって、その右手首には、どこかSFチックな、もっと言えばヒーローのなりきりアイテムのようなブレスレットが付けられていたから。青い外縁部に、中央の紫色の宝石。やけにでかくて、それでも重みを感じない、不思議な道具。

 

 それに驚いたのは、俺だけではなかった。

 

「……ったく、お前も同業かよ」

 

 かけられたのは、呆れたような、疑うような言葉。その意味は分からないが、子供は俺から手を離してくれる。ぞんざいに床へと放り出され、包帯越しに感じる固さ。そこから天国の布団まで戻りたくて、俺は痛む体を動かして、ベッドの上まで芋虫のようにと這い上がる。

 

 息をつき、毛布をかぶり、警戒の目を子供へと向けて。

 

 その時、子供の顔は驚くほどに近くにあった。綺麗な髪に整った顔、目は胡乱気に。俺を詐欺師のように見ている。そんな子供はやけに偉そうに、ちょんちょんと指で俺の額を突っつきながら。

 

「おい、お前、ナニモンだ?」

 

 ぶっきらぼうに求められたのは、名前とか、仕事とか、簡単なパーソナリティ。当然、まともな人間ならすぐにでも答えられる質問。

 

 それを答えようとした俺は、ようやく自身を取り巻く大きな異常に気付いてしまった。

 

(……あ、あれ?)

 

 何も、思い出せない。

 

 自分の身の回りの道具の名前、使い方、この世界での生き方くらいは分かっている。だけれども、頭の中にノイズがかかったように、俺の中から思い出だけが欠けていた。

 

 それが分かった瞬間、血の気が引いて、感情が暴れ出す。

 

「……わ、わから、ない」

 

 必死な口から出る、壊れた音。子供はどう思ったのだろうか。最後にふんっとため息を漏らして、彼は部屋を出ていった。

 

 一転、部屋には静寂が広がる。その中、俺は独り、ベッドで小さな息を吐くしかない。

 

「……ぁあ」

 

 何が何だか分からなかった。気が付くと見知らぬ天井に、包帯ぐるぐる巻き、体は痛むし、記憶はなくなっている。誰かに説明を求めたくても、いるのはぶっきらぼうなスーツの子供。右手には謎のおもちゃ。

 

 何もかもが分からなくて、不安で、怖くて、そんな感情すらも偽物みたいで。体が動かなくてよかった。動いていたら、すぐにでも頭を叩きつけている。

 

 けれど、その衝動はきっと、俺自身のために生まれたものじゃなかった。不思議な確信が、俺の中に唯一残されたものだった。

 

(……俺は)

 

 目覚める前、強く思い浮かべていた女の子。

 

 今、その子の泣き顔だけが頭に残っている。

 

 大切で、恋しくて、自分のこと以上に、幸せにしたい。そんな子が、俺にはいたはずだったのに。

 

 今は、名前も思い出せない。

 

 きっと、俺は守ることができなかったんだ。

 

 思い出がなくても、それくらいわかるほど。俺の心の中に後悔と絶望が突き刺さっていく。

 

(……ごめん、ごめん)

 

 その子のことすら忘れてしまったことが、何より辛くて。俺は声も漏らせずに涙を流し続ける。

 

 静かな街のどこかから、大きな声が聞こえるまで。

 

 鳴き声が聞こえるまで。

 

 誰かがこの世界から消えるまで。

 

 そして、

 

『思い出してくれリュウタ、君の願いを』

 

 誰かの声が聞こえるまで。

 

 俺は、ただただ後悔を零しながら、意識を深く沈めていった。

 

 

 

 何処かで取るに足らない少年が目覚めた夜。怪獣とごみだけが詰め込まれた我儘の城で、少女が画面を睨みつけていた。

 

『おやおや、お客様のようだね。君の怪獣を壊すなんて、本当に酷いことをする。あんなに一生懸命作ったのに』

 

 そんな彼女に、声だけは紳士のように。けれども、見た目は真っ黒な悪の親玉のような怪人が、モニターの奥から語り掛けた。

 

 少女はそれに答えず、とある巨人を見つめる。

 

 突然現れ、怪獣を倒して消えた巨人。この世界の神様になった少女の、渾身の怪獣を無残に引きちぎって、叩きのめして、自分が正義の味方だと示すように、ビームを放って破壊した。

 

 外から来た、無遠慮なお客様。

 

 彼の英雄然とした姿を思い出した瞬間、少女は癇癪を起したように、机の上にカッターを叩きつけた。彼女が作った怪獣のように、鋭い刃は折れずに確かな傷跡を刻み付ける。

 

「……ほんと、なに、アレ」

 

 ぼそりと漏らす。少女の可愛らしくも敵意と殺意に満ちた声。

 

 巨人は少女がよく知るヒーローにそっくりだった。少しロボめいてはいるけれども、銀色で、細身で、決め技は妙に格好をつけたビーム攻撃。怪獣を倒して颯爽と帰っていくところまでそっくり。

 

 ピンチからの逆転劇は、何だあれは。主題歌をバックに無双しているようではないか。

 

 少女が大好きな怪獣を、問答無用で壊していく正義の押し付け。少女が大嫌いな正義のヒーローが、この世界に現れた。

 

 ただ、楽しく過ごしたかっただけなのに。

 

 ただ、傷つきたくなかっただけなのに。

 

 ヒーローは、そんな世界を壊そうとしている。

 

 だから、少女は彼の敵となると決めた。彼女の世界に、そんなヒーローは必要ないのだから。ヒーローなんて、いてはいけないのだから。

 

 もし、ヒーローなんているのなら。

 

「……いまさら、ヒーローなんて来ないでよ」

 

 その、心から漏れ出た本当の意味を、新条アカネはまだ思い出せなかった。




何もかも変わってしまった。ここから始まる再びのストーリー

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