SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ【完結】 作:カサノリ
・戦いに割り込んでいたら、倍強くなったアンチにやられていた。
たとえば君が傷ついて……。
その歌を聞いたのは、いつのことだろう?
歌詞と音くらいしか思い出せない。誰が歌って、誰と聞いて、何を思ったのかも分からない。けれども、赤だけになった視界の中で、俺はただ、その歌を思い出していた。
とてもやさしい歌だと思う。
一人一人が隣の人だけでも支えられるなら。世界中の人が、生き物が互いを想いあえたなら、きっと平和が訪れるだろうって。未来を信じる、温かな夢。
こんな小さな街でも叶わない空夢。
だって、この世界には怪物がいる。あんなに話が通じ無さそうな、物を壊すことしかできない怪獣達。そして、俺自身だって……。世界中の人を守るなんて思えない。そんなに人間出来ていない。
けれど、それでも、分不相応にも願ったことがあった。それは、いつのことだったかはまだ分からないけれど……。
(きっと、あの子と一緒だった時)
ぼんやりと、俺はたった一瞬出会った女の子のことを思い出していた。
体は一歩も動かない。雨に打たれるまま。蒸し暑いのに体が冷たくて、それでも、眠るなんて許せない。
人間に戻っても、貫かれた腹はずきずきと痛みを伝えている。このままじゃ死んでしまうかもしれないけど、それよりも大切なことがある。
(……怪獣は?)
あの憎く、黒い怪獣。
俺に出来たのはあいつをほんの少し引き離したことだけ。校舎から校庭の隅までの距離。倒すことも出来ず、無様にこうして力尽きている。
もし、あの子がまた襲われていたなら。
そんな可能性を考えただけで全身の血の気がさらに引いて、震えが止まらなくなる。せめて俺を探して、あの子から離れてくれればいい。それさえできれば、この役立たずの体一つ、くれてやるとさえ思えるのに。
声は形にならず、怪獣を呼び寄せることさえできない。
「づっ、うぅ」
せめて、状況を確認するために芋虫みたいに体をよじらせる。うつ伏せから、時間をかけて仰向けに。霞む目はぼやけ、周りの何も見えなかった。音も何も聞こえない。
あの子の無事すら確かめられないなんて。
「く、そ」
俺は自分に侮蔑の息を吐く。
何が、戦う理由がない。
何が、守るものがない。
馬鹿にもほどがある。シグマの言う通りだ。
俺には、こんなにも守りたいものがあった。戦う理由があった。それに気づいたのが、こんな時だなんて。ぐずぐずと言い訳ばかりをしていた自分が何より情けなくて、殺してやりたいほど。この一週間でできることはいくらでもあったのに、あの子の為に満足にも戦えなかった。
痛みがにじむにつれ、不安と後悔が大きくなり。
「……あぁ」
俺はようやく力を抜いて、大きく息を吐く。
後悔でなくて、懺悔でなくて。それは、初めての安堵の息。
(よかった)
あの子が目の前に立っていた。
不思議と晴れた視界の中、幻じゃない。だって、俺が知らない表情だったから。ビニール傘をさしたまま、小さな顔が、じっと、俺を見下ろしている。なんだか困ったような表情だけど、怪我の一つもない。
軽蔑しているのだろうか?
残念に思っているのだろうか?
(ごめん。次はちゃんと守ってみせるから)
俺は、彼女の隣に誰がいるかも知らず、眠るように意識を落としていった。
新条アカネは少年を見下ろしていた。
雨の中、ぼろぼろになって、腹には赤黒い傷跡を残したまま、道路にうつぶせになっている少年。黒いアスファルトに溶けるように、赤い液体が流れている。正直にいえば、あまり見たくはないものだ。今までなら、目の前からすぐに消してしまいたいと思い、ためらいなく実行していた。
(……なんか、さっきから変)
なのに、アカネは仏頂面だった。奥歯に何かが挟まっているような、すっきりしない顔。ごちゃごちゃと色々なことが起こったが、結局、ヒーローは二人とも倒せたのだから、目的通り。大喜びをしながら、アンチの頭に乗って良かったのに、胸の奥がもやもやして、そんなことをする気にはなれなかった。
原因は、おそらく、あの自分を庇ったつもりの青いヒーロー。そして、この少年。
「……やっぱり、ウルトラマンに似てるから、そーいうパターンなんだ」
少年の右手を見る。そこには、普段使いしていたら間違いなく変人に認定される、幼稚なブレスレットが付けられていた。あのグリッドマンもどきの右手にもあったもの。少年の腹の傷も、ヒーローの傷と同じ。
ここまで揃っていて、ウルトラシリーズを見ているなら、推理は簡単。この倒れている少年がグリッドマンもどきだ。やはり、ヒーローは人間の姿を持っているのだろう。となると、記憶喪失になったクラスメイト、あの響裕太がグリッドマンだったことにもアカネは確信を得ていく。
問題は、
「……はぁ」
アカネは苛立たし気に頭を傾ける。
問題は目の前の少年が、虫の息ながらも生きていること。確かに、『もどき』の方は、爆発しなかったから、アカネも可能性を考えなかったわけじゃない。
だとしても、なんで、目の前に倒れているのか。
ぼろぼろにした街を散歩しようしたのは、もやもやを晴らす気分転換。そうして適当に選んだ道に、ヒーローが倒れているなんて、物語みたいに出来すぎていた。
釈然とはしないし、心は不安定。けれど、
(……弱いっていっても、一応はグリッドマンの仲間だし。ほっとけないよね)
怪獣使いの目の前に、ぼろぼろのヒーロー。することは一つだけ。なんでもないように、アカネは後ろに控えていた怪獣へと、命令を告げる。
「アンチ」
「なんだ?」
「この子、殺しちゃって」
応じたのは年下に見える、目つきの悪い少年。人間に擬態した怪獣アンチ。彼はアカネの命令を聞くと、怪訝な表情を浮かべて、口を細く開く。アカネは当然、返ってくるのは肯定だとばかり思っていたのに、アンチの答えは違っていた。
「ダメだ。俺はグリッドマンを倒すために生まれた。……グリッドマン以外と戦うつもりはない」
「……は?」
まさかまさか、この怪獣は命令を断るつもりのようだ。
自立思考する怪獣。そうしてアンチを作ったのはアカネ自身。だとしても、まさか神様の命令に逆らおうとするなんて。グリッドマン討伐で高まった評価が一つ下がる。バイキングのデザートは無し。
聞き分けの悪い怪獣にも意図が伝わるよう、アカネはアンチの頭を無造作に掴み、少年へと向けさせる。
「よーく見て。ほら、この子、あのニセモノのグリッドマンだよ」
「なに?」
「右手、ニセモノと同じブレスレットでしょ? アレも一応グリッドマンだから、倒せって教えたじゃん」
そう言うと、アンチの目つきが変わる。無感情から一転、憎しみと敵意に満ちた目に。
「そうか。なら、俺の敵だ……!!」
狙い通り。アカネが笑みを浮かべる横を通りすぎ、ちょろい怪獣は、手に電ノコを出現させる。人間時の武器として設計したが、実物はかなり禍々しい凶器。
(レオみたいに、バラバラになっても復活するウルトラマンもいることだし……。徹底的に壊してもらった方が良いよね。でも、グロいのはちょっとやだなー)
なので、アカネは去ろうとした。この後の血みどろの光景を見ると、気分が悪くなりそうだったから。
けれど、その足が、半歩で止まる。
「……うっ」
呻きながら、ぼろぼろのヒーローもどきが、体をひっくり返した。
腹側も背中と同じ、血まみれになった情けない姿。顔を見るとアカネと同世代くらい。スポーツでもしてそうな、けど主役のような華はない普通の顔立ちの少年。
その頭を切り刻もうと、不快な音を立てながら電ノコが振り下ろされそうになり……。
「待って」
かすれた声。
それが、少年の髪を一本、弾き飛ばしたところで刃を止めた。
雨の音に混じる、回転刃が不気味に空転する音。
攻撃を止められたアンチは不満げにアカネを横目で見る。彼にとっては、邪魔をされたのだから当然だろう。まして、命令したのは目の前の造物主なのに。
けれど、怒りは声にならない。アンチは自分の感じたものを言語化することができなかったから。アンチが見たアカネの表情は、怪獣の未熟な心では理解できないものだったから。
少し目を見開いて、口をぽかんと開けて。彼の造物主は、奇妙に顔をゆがめて少年を見ていた。
「なんだ?」
「その、別に何でもないんだけど……」
歯切れが悪い声が漏れる。
アカネ自身、何が原因なのかも分かっていない。どうして止めたのか分からない。
少年の顔は見覚えがないものだ。自分の箱庭の中で、全てを知っている訳じゃないけれども、学校のクラスメートのような、近くに置いている中に少年の顔はなかった。
普通に考えれば、その辺にいる唯のモブキャラ。NPCなんて呼んでもいい存在。もしくは、外の世界からの来訪者。
『親友』である六花と違って、思い入れも何もないキャラのはずなのに。
(……どうして?)
アカネに浮かんだのは、あの校舎と同じ、奇妙な感傷だ。悲しいような、嬉しいような、悔しいような。少年の苦し気に歪んだ顔を眺めていると、そんな神様らしくない感情がよぎる。
「やっぱり、止めて。殺さなくていいよ」
「駄目だ。お前が言っただろう、コイツはグリッドマンの偽物で、俺の敵だ。敵は殺さなければいけない」
「……アンチの敵は、グリッドマン。でも、考えてみたら、この子はただのニセモノ。ニセモノは、ニセモノ」
「……なら、こいつはグリッドマンじゃないのか?」
「だって、」
アカネは腰をかがめて少年の顔を眺める。すると、少年の焦点が合わない目が、少しはっきりして、安心したように深い息が吐かれるのを見た。またどこか、胸の奥がうずくけれども、それを抜きにすればあまりにも、弱弱しくて、情けない姿。
「あんなに弱いなら、ヒーローでもないじゃん」
汚れた額を指ではじく。
それを最後に、アカネは自分の感情を無視することに決めた。いつだって、嫌なことは排除して、見ないふりをして、壊しながら生きてきた。なら、好ましくない感情を掘り下げることに意味はない。
しかし、何となくの理由で、この少年を見逃すのは収まりが悪いから。
(……退屈だから、とか?)
適当だったのは、そんな理由。だって、随分と長く毎日を持て余していたから。平々凡々の毎日が続き、なのに、日課のように不快な人間は後を絶たない。
その退屈と比べれば、グリッドマンと戦った一週間は、少なくともアカネにとっては楽しい時間だった。やる気が足りなかった怪獣づくりにも集中できるほどに。
(でも、グリッドマンみたいに武器使われたり、怪獣を壊されるのはイヤだし)
このニセモノはちょうどいい。今日の戦いを見ても、アンチには勝てそうにもない。ヒーローが怪獣に負ける姿は、何度見てもスカッとする。
グリッドマンには二度も煮え湯を飲まされたのだから、今日でグリッドマンを負かして、もう一度青いのも。
アカネは顔を近づけて、悪戯な笑顔で呟く。
「でも、ちょっとは強くならないとダメだよ? ニセモノ君」
神様の戯れとはいえ、見逃す以上は楽しませてほしい。そんな期待を込め、アカネは立ち上がる。
今はもう、この少年に用はない。最後に見た、表情を歪ませた少年に、胸の奥をズキリと痛まされるが、気にしない。
アカネは名も知らない少年を置いて去っていった。
拳を握りながら、じっと痛みに耐えていた少年のもとに、小柄な人影がやってきたのは、その少し後のこと。
「なあ、お前は何がしたいんだ?」
ぶっきらぼうで不機嫌な声に尋ねられたのは、目が覚めて直ぐだった。
寝ていたのは、見覚えがある天井に、見覚えがあるマンションの一室。またも体が痛んで、包帯でぐるぐる巻きにされているのも同じ。
横を見れば、顔をしかめたボラーがいることまで一緒なんて。
「……俺は?」
ぼんやりと声を上げる。思いだせるのは、戦いに負けて、ぶっ倒れて、そしてあの子の無事な姿を確認したところまで。後のことには記憶がない。
ボラーは、俺の声に更に顔をへの字にした。いぶかしむというよりも本気で腹を立てているような。奥の方へと視線を向けると、マックスとヴィットまでいる。片や、目を閉じて腕を組み、片や、壁に寄りかかってスマホを弄って。遠巻きにしながら、ボラーに任せると言いたげな様子だ。
ボラーは、俺の疑問を無視したまま、更に言葉を募る。
「もう一度聞くぞ。オマエ、何がしたいんだ? 急に戦ったと思ったら、今度は逃げ出して。最後はまた戦って、負けて……。フラフラしてるだけじゃねえか」
列挙される、ここ一週間の俺の行動。
言い訳なんてできない。問われるたびに、自分の口から洩れた、情けない言い訳が思いだされる。
記憶喪失になったから。
命が大事だから。
守るものがないから。
シグマは何度も教えてくれたのに無視して、逃げて。そうして最後には使命もなく、信念もなく、偶然に手にした力を振り回し、感情のままに暴れて。この場所に逆戻りだ。何も積められていない部屋の中、ぼろぼろの体が一つ。
けれども。
それでも。
今は、一つだけでも気持ちがある。
「……守りたい人がいたんだ」
言って、俺は右手を掲げた。手首に輝く、俺なんかにはもったいないヒーローの力。何に使えばいいのか、分からないままだった、遠い昔に憧れただろう力。
怪獣がいる世界で、壊れ物のようにあやふやな世界で、この力を使ってでも守りたい人が、一人でもいる。
ボラーから目を離し、天井を見つめながら、ゆっくりと言葉は流れた。
「……不思議だけど、思い出もないけど、あの子を見た時に守りたいと思った。助けたいと思った。ほんとに、理由は分からないけど……。きっと、」
彼女のことが好きなんだ。
大好きなんだ。
これが『好き』という気持ちじゃなかったら、世界の言葉すべてが嘘になるほどの気持ち。記憶喪失程度じゃ消えなかった感情。シグマが言っていた、俺の願い事も多分そう。
けれど、それは、今のままじゃ叶えられない。
『ちょっとは、強くならないとダメだよ?』
雨の中、あの子に言われた気がする。
そして、それは正しい。今のままじゃダメだと、俺にだってわかる。もう、戦う理由が見つかったのなら言い訳なんてしたくない。守りたいものがあるのなら、強くならなきゃいけない。英雄にはなれないとしても、英雄の真似事をしてでも。
だから、俺がやりたいことは、
「強くなりたいよ。あの子のこと、守れるように」
「……」
ボラーは、胡乱気な目で俺を見ていた。彼からしても、意味が分からない独白だろうし、詳細を話したらストーカーか何かと思われても仕方ない。
それでも、ボラーは笑うこともなく、ガシガシと金髪をかきむしると、顔を少し近づけてきた。
「……拾った時と比べたら、ちょっとはマシな顔になったけどよ。強くなりてえとか言っても、どうせ方法も思いついてねえだろ」
「それは……」
「言っとくが、グリッドマンみたいになりたいだとか思ってんなら、やめとけよ。お前とグリッドマンは違う。簡単には強くなれたりしねえし、誰かを守るってのは甘い事じゃない。
中途半端な気持ちなら『諦めろ』って、言ってやる」
厳しいけれど、やさしい言葉。
「そんなの、分かってる」
でも、たとえそうだとしても、俺は諦めたくなんてない。
「あの子を守るためなら、怖くないよ。何をしてでも、一人でも、俺は強く、……痛っ!?」
「それだよ」
ボラーが、鋭く額を小突いたのは、その時。驚き、ボラーを見返すと、彼は小さいのに生徒を諌める教師のように穏やかに言うのだ。
「分かってねえってのは、それ。そんなままなら、強くなれねーよ。……ま、子供に最初から分かれとか無理だし? 一個一個丁寧に言うのは俺の好みじゃねえ。
……ただ、拾ってやった義理だ。オマエも連れてってやるよ。で、何が必要かちょっとは考えろ」
「……ぇ?」
俺は言われたことを理解できず、そしてボラーの次の行動を予想できなかった。
「マックス!」
ボラーが大声でマックスを呼びつけ、大男が俺に迫る。
いや、俺は何も返事もしてないぞ。
マックスの太い腕が俺の肩をむんずと掴む。力は強いけれど、怪我をするほどじゃない。その横で、ボラーは腕組んでドヤ顔。良いことしてる表情なのは何故だろう。
繰り返し言うが、俺は何も了承してないのに……。
「っ!?」
「すまんな」
申し訳なさそうな表情で。そんな顔をするなら、少しは俺の意見も尊重してくれ。けれど、何も言うことはできず、俺はマックスによって俵のように担がれてしまう。
「ちょ!? ちょっと待て!?」
「おーし、いくぞー。キャリバーも待ってるしよー」
「どこへ!?」
さっきまでのしんみりした空気はどこへやら、だ。奇妙な黒服集団が、少年をつまみ上げた不審者集団にレベルアップ。大暴れする俺を落とさないように器用な真似をしながら、マンションの外にまで連れ出してしまう。
まだ雨が降っている。けれど、傷跡が消え去った街。
その中を構わず突き進んでいくボラー達。運ばれる格好に恥ずかしさは感じていたけれど、やっぱり俺は、彼等のことを不審に思ったり、不安を覚えることはなかった。
『ひとまずは彼らに任せてみよう。大丈夫、彼等に敵意はない』
「シグマと同じで人の意見聞かないけど……。その、シグマ」
『どうした?』
「ごめん」
彼の制止も聞かないで、彼の体を傷つけたから。返ってきたのは穏やかな声だった。
『気にすることはない。私は、君が無事だっただけで良かったと思える』
ああ、ほんと。ヒーローって人たちは。ボラーも、マックスも、グリッドマンも。そして、シグマも。みんなお人好しで、優しい。
「……ありがとう」
最初はずっと訳の分からないことをしゃべり続けたBot。次は、勝手に戦場に連れ出した無責任巨人。けれど、シグマはずっと、俺に呼びかけてくれていた。俺の気持ちを分かっていてくれた。
『思い出してくれ、君の願いを』
そう言って、うじうじとしていた俺を見捨てないでくれた。
だから、そんな彼に応えるためにも。そして、あの子を守るためにも。初めて、彼にふさわしくありたいと思えた。
奇妙な行進は二十分ほど続き、その最終目的地は『絢』という看板が付けられたジャンクショップだった。秘密基地でもなくて、防衛隊基地でもなく、どっかの商店街に普通にありそうな店。
当然、見覚えはないし、何のためにここに来たのかも聞かされないまま。
「着いたぞ」
けれど、ボラーは自信満々に言うと、マックスから俺をお手玉か何かのように受け取る。そして、店の入り口へとむかって――。
「ちょ!?」
放り投げられた。
小柄な体なのに、勢いよく。
ボーリングか何かみたいに。背中を押すとか、そういう優しさは感じないまま、飛び込んで行けとでも言いたげな全力投球。なぜ、普通にしてくれない。なぜ投げるのか。
くの字になりながら、地面すれすれを滑空し、俺は未確認不審人物と化して店内へと侵入する。どんな投げ方をしたのか、床に衝突した時に痛みは感じなかった。漫画みたいにぽんぽんと、少し跳ねて。喫茶店でも兼ねているのか、設置されているカウンターにちょっとぶつかる。
「……あのヤロー」
入り口の向こうで腕組み鼻を鳴らす、さっきまではちょっとは恩も感じていたちびっこに恨み節を呟きながら、俺は顔を上げた。まずはここが何処なのかを確認しなければいけないから、頭をさすりつつ、辺りを見回す。
古い作りの家だ。どこか趣があって、少し散らかっているけれど自然で。気持ちが落ち着く、隠れ家のような場所。
その奥に置かれた、古びたパソコンの前に、
「な、なんだ!?」
「……誰?」
(……あれ、どこかで)
不思議な感覚だった。
俺を見つめてくる、同い年くらいの二人組。あの女の子を見た時ほど、鮮烈な感じ方ではなかったけれど、その二人からは確かな懐かしさを感じた。
どちらも制服を着ているから、あの学校の生徒だろうか。特に、眼鏡をかけた背の高い男子の方は見覚えがある気がしてしょうがない。こみ上げるものがあって、二人と一緒に俺は呆然とする。彼らは突然の乱入者に驚いて、俺は不思議な感傷に動かされて。
けれども、ノスタルジックな雰囲気にはさせないのが、あの黒服集団。
「なーんか、辛気くせーなー」
ボラーを筆頭にめいめい勝手にどやどやと。店に入ってきては話を進めだす。
そこから、俺はただ物語の隅でぼんやりと眺めるだけだった。
グリッドマンの名前を出されて、驚きつつ、どこか申し訳なさそうに顔を曇らせる二人。グリッドマンは死んでいないと断言して、なぜか電話をかけさせたり、パソコンに話しかける自称『新世紀中学生』。
そして、パソコンがどこか温かい光を放つ。それが物語の始まる合図だったのだろう。
パソコンの奥で、ヒーローの物語が始まった。
復活したグリッドマンとあの憎き黒いヤツの再戦。
光を纏って現れたグリッドマンは、昨日の戦いとまるで違っていた。ためらいがなく、確信をもって、目の前の怪獣を倒そうとするヒーローの姿がそこにある。本当にヒーロー番組みたいで、
(……俺じゃ、まだ入れない場所)
彼女が悔しそうに言った『もっと強くならないと』。その言葉をかみしめながら、俺はじっと、その戦いを見つめた。
黒い怪獣の能力は、二度も見れば分かってくる。グリッドマンが剣を使えば、爪を出し、ビームにはビームで対抗する。
物まね能力、もとい、相手の力をコピーする能力。
ウルトラシリーズでも、ラスボスとか、前後編の敵が持っていそうな能力を前にして、グリッドマンは新しい力を見せる。
「私が行こう」
横から進み出たのは巨漢のマックス。
行くとか、行かないとか、発言の意味も分からない俺を放っておき、彼が何事かを叫んだ。バトル、なんとか。離れていたし、聞きなれない言葉。けれど、その瞬間に彼は光になってパソコンに飛び込む。
目を丸くしてしまう。
俺がシグマになるときは、アクセプターをかざして叫ぶだけ。パソコンに飛び込むとか、なんだそれは。冗談か何かだと思うが、マックスの声がする巨大な特撮車両がグリッドマンに加勢しているから、そういうルールなのだろう。
もしかしたら、グリッドマンもこの変身方法なのか? 縛り酷くないか? ここ壊されたら終わりだろ?
色々と特撮脳で考えることはあるけれど、雑な思考は画面の奥の戦いを見るごとに消え去っていく。
「……すごい」
俺は画面に食い入り、呆然と呟くしかない。
グリッドマンが変わる。
ヴァージョンアップとか、融合合体とか、フォームチェンジとか。ウルトラシリーズでもパワーアップの方法はいろいろあるけれど、それらと違う方法で。似ているのは、ウルトラマンXのアーマーシステムだろうか。
マックスが変身した戦車が、分離合体し、グリッドマンの鎧となった。体と比べて大きすぎる巨腕が特徴的な『マックスグリッドマン』。ウルトラマンとグリッドマンは違うと知っているが、思わず、
(それ、あり?)
なんて思える強化。グリッドマン、ロボット要素まで持っているとは。
そこからの結果は決まっている。
敗北からの復活、味方の出現に合体パワーアップ。主題歌バックに決めポーズをしていそうなヒーローが負けるなんてあり得ない。
豪快に、ヒロイックに、グリッドマンは怪獣と互角以上に戦いを繰り広げ――。
とどめとばかりにグリッドマンが雄々しく叫ぶ。
『マックス、グリッドォ……ビーム!!!』
(……やっぱり、必殺技は名乗った方が威力あがるのか?)
『いや、そういうわけではないと思うが』
じゃあ、あれはグリッドマンの好みなのか、シグマ。叫んで強くなれるなら、いくらでも叫んでやるんだけれど……。
ヒーローオタクみたいな馬鹿な思考は、きっと、戦いに魅せられていたから。この物語がフィクションならば、グリッドマンという番組を食い入るように見ていただろう。
怪獣とグリッドマンの極大の光線が激突し、この店に届くほどに爆風が街を駆け巡る。怪獣はともかく、グリッドマンまで巻き込まれそうな爆発が収まって……。
怪獣は結局、倒されていなかった。けれど、怪獣は退場の時間。ぼろぼろの体がかき消えるように、姿を消す。そして、雨が晴れた街にはグリッドマンだけが残された。
その姿は、少年のように、俺の心に突き刺さる。
息をするのも億劫なほど憧れる。
きっと、俺はあんな風にはなれない。ボラーが言う通りに、綺麗に戦えるほどに強い人間じゃ、まだない。けれど、俺だって。あんな風に誰かを守れるように戦いたいと思えてならなかった。
そして……。
「えっと……、あなたたちは?」
戦いが終わった少し後、パソコンから三人の人間が吐き出された。マックスと、猫背の黒服。黒服は雰囲気といい、変人具合といい、新世紀中学生の一味だろう。そして、もう一人。
彼は珍しく、普通の高校生に見えた。
ちょっと髪の色は派手だけど、穏やかそうな顔で、戦いに向いてそうな体つきでもない。それでも、彼の左手には俺と同じアクセプターが付けられていた。あの、グリッドマンが付けていたのと同じもの。だから、ウルトラオタクとしては当然の推理もしてしまう。
「……君が、グリッドマン?」
勝手に想像していたのは、かっこいい大人の人だった。ガイさんみたいに。それくらいグリッドマンの落ち着いた振る舞いには、威厳というか、歴戦の戦士という感想を持っていた。
けれど、変身者が高校生なんて。
驚き、不思議で、俺は思わずふらふらと前へと進んでしまう。黒服の怪しい集団の後ろから出てきたうえに、雨に濡れていてフラフラだったからか、彼もまた驚いて。
ただ、その少年が答える前に、
「ちょーっと待った!!」
うっせえ。
耳を塞ぐほどの声で叫んだのは、最初から店にいた男の方。眼鏡をかけた長身の高校生。彼は腕を振り上げながら、オーバーリアクションで言い募る。
「いや、マジで説明が必要なんですけど!!? なんだよ、『新世紀中学生』って!!? グリッドマンと裕太も生きてたし! グリッドマンが合体するし!!? 一つくらいはまともに説明してくんないっすか!?」
うっさい。
しかも問われたボラーたちは、互いに顔を見合わせて俺を指さし。
「こいつ」
「いや、このどこにでもいそうなヤツより、あんた達の……」
「あの青いヤツ」
「はあ―――!!?」
マジうっせえ。
眼鏡はまたも大声を出すと、俺をじろじろと見てきた。
「……こいつが、あの?」
「……まあ、うん」
事実は事実だ。
「アグルとかヒカリみたいに青いのに」
「……」
それも事実。
「超弱いし!」
「……」
……一応、頷く。
「助っ人にも間に合わなかったし!!」
事実、事実。
「これがあの青いグリッドマン!? ……いや、ちょっと待て! あの弱さだし、敵のスパイとかニセモノとか、そういう可能性も……」
「はぁ――!? 誰がニセモノだ!? スパイだ!?」
事実は事実で、弱いし、逃げたし、悪いのは俺だって分かっている。だとしても、あの怪獣といい、気にしているのにニセモノだのなんだのと言われれば頭にはくる。
俺が我慢できずに叫び返すと、眼鏡はさらに俺を指さして大声を出す。完全に二人してテンションに振り回されていた。
「いや! めっちゃ怪しいだろ!? なんか目つきも悪いし。あの倒されっぷりは偽ウルトラマン系じゃねえか!? どう見てもニセモノだろ!!」
「ニセモノ、ニセモノってどいつもこいつも!! 俺にだって馬場隆太って名前がなあ……!!」
「ほら!! やっぱりババリューじゃねえか!! ババルウ星人が化けてんだろ!!」
「バッカ野郎! ババリュー先輩ならいい奴じゃねえか!! 一週間で三回は見返したぞ!!
名前のことは俺だって気にしてんだよ!! いちいちウルトラシリーズ持ち出すんじゃねえよ!! このオタク野郎!!!」
「はぁあ!? お前だって話についてきてる時点でオタ……」
すぅっと、俺たちの売り言葉に買い言葉は勢いを失くす。
気が付くと、俺と眼鏡は目を合わせながら、奇妙な表情を交わしていた。お互いに相手が何を言ったかを頭の中で処理して……。
「『光の力』」
「『お借りします』。……『じーっとしてても』」
「『どーにもならねえ』。ウルトラ五つの誓い」
「腹ペコのまま学校に行かぬこと! ……って、全部言ったら長いし」
「……はっ、そりゃそうだな!」
「ははっ!」
最初に笑いを零したのはどっちだったのだろう。けれど、俺も笑顔ができた。記憶を失って初めての笑顔。寂しくて、悲しくて、ずっと笑えなかった俺が、こんなに自然に。
ああ、こいつ、ウルトラオタクだ。それも割と深刻な、ウルトラマンのことを四六時中考えているタイプの、ウルトラオタクだ。俺と同じタイプだ。
一分前にどんな話で言い争っていたかを忘れて、俺達は腹を抱えて笑い出す。もう、疑われていたこととか、弱いとか言われたことはどうでもよかった。自分でもちょろいと思う。
けれど、グリッドマンの近くにもこんなに話が合うウルトラマン好きがいるなんて、世界は出来すぎているのかもしれない。この配役を決めた神様がいるなら、感謝したいほど。いや、記憶喪失とかいう厄介を押し付けてきたから、プラマイゼロ位かもしれないが。
「内海?」
いきなり変に意気投合しだした俺たちを見て、グリッドマンの少年が怪訝そうな顔をしている。その奥で黒髪の女の子が、
「男子って……」
なんて呆れを多分に含んだジト目で見つめてくる。
けど、眼鏡も、俺と同じでそれに気を取られる暇はなかった。
「よーっし! お前もウルトラ好きならちょうどいい! ババリュー、さっそく徹夜マラソンするぞ!! ちょうどパワードとグレートのBDbox、未開封だからそれ見ようぜ」
眼鏡が手を差し伸べてくる。握手をしたいと、嬉しさを隠さない素直な仕草。
けれど、俺はその手を取ろうとして、少しためらってしまった。
(……俺は)
こんなことをしていいのだろうか。
雨の中、あの子に言われた言葉を思い出す。強くなる。あの子を守る。そのために、俺は力を尽くしていきたいのに。こんな、友達を作って、笑いあうようなことを……。
『いいんだ、リュウタ』
「さっさとしろってんだ!」
シグマの優しい声と、ボラーのぶっきらぼうなキックは同時。
後ろから蹴られ、声に促され、俺は自然と眼鏡の手を握る。瞬間、俺は涙を流したくて仕方なくなった。安心したいわけじゃない、強くなるのを止めるわけじゃない。
それでも。
俺は、涙をこらえながら、眼鏡へと声を返す。
「……っ、ババリュー呼びは絶対に止めろって! ……リュウタがいい」
「へっ、じゃあ、リュウタだ! 俺も、内海な。
そうだ、裕太も来いよ!! ヒーローの戦い方は、ウルトラシリーズにアリだ!! グリッドマンになれるのに、ウルトラシリーズ見ないなんてもったいねえから!」
「お、俺も?」
いきなり話を振られて目を白黒させる、きっと、事態を飲み込めていない赤毛のグリッドマン少年。彼と、オタク特有の無駄な勢いを込めた内海の会話を眺め俺は深く息を吐いた。
あの女の子を守るという願いはちゃんとある。
けれども、この一瞬くらいは……。
「ああ、これだからオタクってやつは」
神様、どうか笑うことくらい、許して欲しい。
>Next「仲・間」
これにて起が終了。
ちょっと一区切りがついたので、次話投稿まで少しばかり時間が開きます。とはいえ、数ヶ月とは待たず、一週間くらいお待ちして、また連続投稿を始めたいところです。
しばしお待ちくださいませ。
ご意見、ご感想お待ちしています。