SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ【完結】 作:カサノリ
・後ろの席で男子とうるさく話す
・頭をぶつける
・スマホを勝手に触って覗く
・怪獣趣味を知る
フラグ回避方法
・おしゃべり連中に同調しないでいた
・押した奴は別にいた
・すぐに謝り、言い訳をしなかった
・ヅウォーカァ将軍の名前を間違えずに言った(最重要)
以上をもって、保留
不意な衝突から発覚した、新条アカネの意外な趣味。俺と同じ、怪獣趣味。もしかしたら、なんて初心な男児のような期待と裏腹に新条さんと俺の仲が突如として変わる、なんてことはなかった。
俺の日常は変わらない。いつものように退屈な授業を受けて、それが終わったらサッカー部三人で飯を食べて。放課後は陽ざしの中、ボールを追いかけて走り回るだけ。
確かな変化があったのは、俺の心だった。
このツツジ台に入学して、クラスが一緒になった時、新条アカネなんて、どうでもよかった。むしろ、周りには姦しい取り巻きもいるし、少しでも男が話しかけようものなら、女子だけでなく、彼女を狙う男子の嫉妬の的。確かにすごくかわいい女の子ではあったが、リスクを冒してまで近づく存在ではなかった。
まして、親しくなったとして、俺は秘密を明かすことはできない。男子はともかく、女子の中にウルトラオタクなんて、数えるほどもいないだろうから。だから、面倒な恋愛なんてしないし、新条アカネには近づかない。
そう思っていたのに……。
(ほんと、単純馬鹿だよな、俺って……)
感情という物はリスク管理なんて理性を容易く壊してしまった。
あの日以来、彼女を見るだけで胸が高鳴るようになった。ふとした瞬間に新条さんの座る方が気になってしまう。彼女と同じ教室にいるだけで何だかむず痒くなる。
けれどそれを、純な感情と言い切るのは難しかった。なにせ、
(『君だけを守りたい』なんて、純粋な気持ちじゃないから……)
たまたま、自分に都合がいい特撮趣味のかわいい子がいた。だから、恋をしそうになっている。もしかしたら、新条さんのような可愛い子で、趣味が共有できそうなら誰でもよかったんじゃないか。
そう考えると自分が卑しい人間に思えてしまうけれど。結局、胸から湧き出す気持ちを否定することができなかった。
一方、そんな思春期丸出しの煩悶の横で、新条さんからも視線を送られるようになった。
「あれ……?」
それは例えば、朝のホームルーム。背後に違和感を感じて、後ろを振り向くと、その向こうで新条さんが微笑みを浮かべているのだ。可愛くて、綺麗な笑顔。
俺はそのたび、気づかなかったふりをして机に視線を向ける。思春期特有の自意識過剰と思い込むには、なんだか偶然が過ぎるような。それこそ自意識過剰の証明ではないかとか、テンションのアップダウンもなんだか嬉しくて。
だから、数日たったある日、俺も少しだけ勇気を出すことにした。
「あれ? 馬場っち、アイコン変えたんだ」
「何これ、ロボット? ガンダム?」
「ばっか、ガンダムじゃねえよ。あれだろ? マクロス!」
昼休み、いつものように友人たちが集まる机に、俺はおもむろにスマホを置いた。そんなことをすれば、彼らは無神経に画面を覗き込むのは当然。
そして、彼らが言う通り、俺のラインアイコンは人型のロボットに変わっていた。ちょっとカッコよくて、友人たちはきっと知らないロボット。何せ、ウルトラシリーズの一話だけに出てきたネタキャラなのだから。
「んー、ちょっとな。詳しく知らないけど、イケてんだろ? ネタになるし」
俺はそうしてごにょごにょと、内心の恐怖を押し殺しながら誤魔化す。
その時、また新条さんからの視線を感じた。
すっと、息が詰まる。
このアイコンはある意味で踏み絵だ。彼女が想像した通りのウルトラオタクじゃなければ、舞い上がっている俺は愚か者。だけれど、もし、彼女が本当にレギュラン星人をアイコンに選んでいたのなら……。
(気づいてくれると嬉しいな……)
ヘタレな精一杯のアプローチ。ためらいはあったけれど、後悔はなかった。密かに心に抱いていた望み。もし、クラスの中で秘密を共有してくれる人がいたら。それが可愛い女の子だったら。不純な動機という誹りは受けども、俺がずっと望んでいたこと。それが現実になろうとしているのだから。
「何て名前なん、それ?」
「あー、たしか……。MG5とか書いてあった」
小さな精一杯の大声はクラスの端にもきっと届く。オタクなら、単語に引っかかるセンサーは優秀のはずだから!
頼むマウンテンガリバー。うたかたの夢でいいから、彼女へと届けてくれ。
願いを込めて後ろを振り向いた時、新条さんはひっそりと手を振ってくれた。
俺の心臓がまたも、大きく音を鳴らしたのは、語らなくても分かるだろう。
そして、その日の昼休みに、俺はいつもと習慣を変えて、空が見える渡り廊下に向かっていた。手すりにもたれながら、パンをほおばる。
習慣を変えた理由は言わずもがなだ。
あのクラスにいれば、みんながいる。手を振ってくれた新条さん、彼女が何か俺に言いたいことがあっても、あの場所で声をかけるのは難しい。だから、こうして一人渡り廊下で待つ。少し薄暗くて、誰も普段は通らない場所で。
もしかして新条さんにひかれただろうか、とか、実は全部誤解だったんじゃないかみたいなマイナスエネルギーが頭に渦巻いて五分ほど。
飲み終えたパックから延びるストローをかみながら、遠くを見つめていた俺の胸がうるさいほどに連打を始めた。ふと、隣に気配を感じたからだ。
「やっほー」
現実感を伴わない、透き通る声。
新条アカネが、同じように柵にもたれていた。だぼだぼのブレザーで半分くらい、手を隠して。前を止めていないそれのせいで、ワイシャツはむき出し。前傾姿勢をとると、少し目のやり場に困る。
(でか……)
口には出さないし、間違っても視線で伝えない。下劣な感情で汚すには、今、この出会いは綺麗に過ぎたから。
俺は気恥ずかしさを隠すように、軽く手を上げるだけで返事をして、遠くへと視線を戻した。そうして二人、ちょっとだけ綺麗な青空を眺めて。口を開いたのは、意外なことに新条さんからだった。
「馬場君って、AT派なんだね」
「……基本だから。そっちこそ、火星、好きなんだね」
「ふふ……、それなりに♪」
お互いにだけわかる、秘密の暗号のような。それが過不足なく伝わっていることを示すように、新条さんが笑顔を浮かべる。心臓がうるさすぎて、いっそ出してしまいたくなった。こんな心臓より、新条さんの声を聞いていたかった。
「……いいよね」
「……いい」
お互いに何がとは言う必要はない。口数は決して多くない。それだけの会話。けれど、俺はこれまでに生きてきた人生のすべてを浚い出しても、これ以上に互いへ意思が伝わる確信を持てた瞬間はなかった。
脳と手足が離れたよう。体の末端に感覚はなく。目だけが彼女の赤い瞳を脳に伝えてくる。永遠に続けばいいと、泣き出したくなるほどに願った夢の場所。いつか夢見た未来の具現。
だが、現実は空想と違い無慈悲だ。昼の無粋なチャイムと一緒に、夢は終わりを迎えてしまう。ただ、彼女は帰る前、パーカーの袖から、ちょっとだけ出した指にメモを挟んで。俺のブレザーのポケットへと放り込んでくれた。彼女の指の感覚と一緒に。
そんな俺をあわや殺しかけたメモの中に書かれたのは、簡素な文字。
『ゴルザ・メルバ』
俺はすぐさまメルバに丸を付けて、人目を忍んで新条さんの靴箱に放り込むのだった。せめて、明日も話せるようにと、願いを込めて。
俺の莫大な不安を大きく裏切って、この夢が覚めることはなかった。まるでウクバールに誘われているような、現実離れした空夢。毎朝、俺の靴箱には怪獣の名前が書かれたメモが置かれていて、
『シラリー・コダラー』
俺は好む怪獣の方に丸をつけ、新条さんの下駄箱に入れる。
そうして昼になると、あの踊り場に行き、景色を眺めながら新条さんを待つのだ。曇りの日も、晴れの日も。彼女はいつも、少し遅れて隣にやってきてくれる。
「いいよね」
「うん」
そうしてパンを食べる時は、彼女と好みが一致したパターンだ。
たまに彼女と好みが違った場合には、
「ちょっとあれは、あり得ない」
「いいじゃないか、ゴブニュ」
ほんわかとした笑顔とは違って、じとっとした視線を送る新条さん。そんな彼女へ、俺は口数少なく、好みの怪獣をプレゼンする。
クラスでは決して見ない、笑顔以外の新条さん。この時の方が会話の数が増えるので、俺は嬉しかったりもするのだ。何時も喉が渇き、呂律も時々狂うプレゼン。それを、新条さんはニヤニヤとからかう目で見てくれた。そして、彼女がいわゆるニワカではなく、ウルトラシリーズに対して詳細な知識を持っていることを知った。
会話はいつも彼女主体。何よりこの時間を失いたくなかった俺は、彼女の好む話題に付き合う形。けれど、どの話も俺がいつも話したかった怪獣のことばかり。何も不満はない。
男と女というには色気のない、怪獣の名前ばかりが飛び交う日が十日ぐらい続いて……。
「……正直、ゴルザはカッコいいけど、メルバの方が好きだよ」
「分かってないよぉ。確かに、見た目はメルバの方がかっこいいけど、ゴルザの方が大暴れしたじゃん」
俺たちの会話は、互いの認識のすり合わせから、ごく当たり前の友人のものへと変わっていった。その中で気が付いたのは、新条さんは大暴れする怪獣が好きだということ。
その気持ちはよくわかる。とてつもない大きい存在が、自分たちの現実を壊していく爽快感。それをリアルに伝えてくる特撮技術。そしてデザイナーが丹精込めて作り上げた美しい造形。怪獣とは空想と現実の間に存在する芸術だ。けれど、ウルトラマンの活躍も好きな俺は少しだけ残念でもあった。
だが、この時にはそんな感情は面にも出さず、怪獣にただただ熱中する。不思議とそうすれば、新条さんへの胸の高鳴りも、彼女が見せる笑顔にも、彼女が笑うたびに揺れるところにも、緊張を持たずに自然と話せたから。
「ジオモスはどっちが好き?」
「んー。そりゃあ、もう」
「「ネオじゃないほう」」
「あはは! そうだと思った!」
「あの見た目でウルトラマンを倒すのがいいんだよな」
だから、こうして腹を抱えて笑いあうこともできた。
そんな若く美しい日が二十日過ぎ、二十日が一月に。ようやく暦がまっとうな梅雨に差し掛かろうとする頃。時々、怪獣以外の話題も出るようになる。
「ねえ、馬場君はさ……。なんでサッカー部に入ったの?」
新条さんの素朴な疑問。少し言いよどんで、俺は素直に答える。
「……兄貴がめちゃくちゃ頭良かったんだ。小さいころから周りに比べられてて、それが嫌になって。それで、別のことをやりたくなった。サッカーは、まあ、男子に人気だから選んだだけ」
「それじゃあ、サッカー嫌いなんだ」
「……いや。きっと、もう嫌いとかじゃないんだ。今は兄貴も外に働きに行ってるから、気にする相手もいないし。それに、ボール蹴ってると、ちょっとスカッとする。ほら、あれってスフィアに似てるから」
「あー、あのうっとうしい声を思い出したら、ちょっとわかるかも」
アスカのように熱血漢のふりをしてスフィアを蹴っ飛ばすのだ。ちょっとウルトラ戦士になったみたいで楽しいのである。
「うふ♪」
新条さんが小さく笑う。童話の妖精のように、彼女の顔はとても幼く見えた。
「どうしたの?」
「ううん。クラスのサッカー青年が、実は怪獣オタクでした! なんて、みんな想像しないよね」
手すりにもたれながらの、ぼんやりとした言葉。空と溶け合う赤い目が、穏やかに細められていく。それを見ているうちに、近頃は感じなくなった胸の音が、ドアベルのように響きだした。
震える唇で、麻痺した脳で、言葉を探す。
「……俺も、新条さんみたいな可愛い子が、同じ趣味だとは思わなかったよ」
「……幻滅した?」
少し考えて、俺は首を横に振る。
「……ううん。素敵だと思った」
「素敵、かな?」
「ちょっと変な言い方だけど、奇跡みたいだと思う。……クラスで見る新条さんより、今の新条さんの方が綺麗だ」
きっと、俺は夢の中にいるのだ。こんな夕焼けの景色の中、新条さんみたいな子と、好きなことを笑いあえる。そう思えば、頬が熱を持つくらい、何でもないことのように思った。
「ねえ、ちょっとー。それ、口説いてるの?」
新条さんが目を細めながら、ちょっと揶揄うようにいう。俺はいきなりの物言いに、口をつぐんだ。もしかしたら、失言だったかもと思ったが、恐る恐る彼女を見ると、彼女はにへらと手すりへと体重をかけていた。柔らかそうな頬が腕につぶれて、もちみたい。
「その、誤解させたなら、ごめん。新条さん」
「……アカネでいいよ」
「え?」
突然の言葉。
「名前、アカネでいいよ。あ、でも、クラスのみんなの前だとちょっと困るかなぁ。こういう時だけね」
「じゃあ、俺も……。リュウタでいいよ。……もし、良ければだけど」
馬場隆太。平凡な、俺の名前。
「じゃあ、リュウタ君だ。……なんだか、秘密同盟みたいだね。怪獣大好き同盟。……私と、君だけの」
睦言のような、甘い響き。
なんだか俺は泣きたくなって、叫びたくなって、けれど嬉しくて悲しくて。がむしゃらな感情を閉じ込めたまま、夕日だけを見つめていた。きっと、この日を忘れることはないと、不思議な確信と一緒に。
そうして、彼女の名前と同じ色に染まった世界の中、ひそかな同盟が結ばれた。
甘い言葉には罠がある。いつだって、どこでだって……