SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ【完結】   作:カサノリ

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幕・間

「おーい! チャーハン! まだかよー!!」

 

「コ、コーヒーは、まだ、か」

 

「……むぅ、私のタコライスも来ないが」

 

「ん? なに、どうしたの皆。俺も? 別に注文ないからいいや」

 

 視界の端っこで、不審者がブツブツと呟いているのが、聞こえるような、聞こえないような。

 

 本当は聞こえている声を無視して、俺は皿を拭き続ける。こういう単純作業は好きだな。集中して周りの音も遮断できるし、記憶喪失とか、余計な不安を考えなくていいし。

 

 手を動かしていると、昔もこうしていたと、感覚が戻ってくる。何となく考えていたことだが、家族への感傷がまるで湧いてこない辺り、昔から一人暮らしをしていたのだろう。

 

 カチャカチャと、一枚、二枚、三枚、と皿を積み上げていく。すると、さらにボリュームの上がった声が、集中して築き上げていた壁を通り抜けてきた。

 

「まーだーかー!!!」

 

 うっせえ。

 

 静かな店内だけに、酷い騒音。声の主の隣に座ったマックスも、さすがに問題だと思ったのか、窘めるように口を開いた。

 

「ボラー、ここは素直に謝った方が良いと思うが」

 

「……あや、まる?」

 

 オイ、そこ。なんだ、その無駄にイケメンボイスの疑問は、ボラー。

 

 俺はこれ以上はないという批判を込めて、ボラーを凝視する。だが、女子なのか男子なのか分からない見た目の異世界人は、とぼけた顔で頭をひねるだけだ。

 

「……」

 

 凝視、凝視。

 

「……」

 

 無視、無視。

 

 ブチッ。

 

「マックスはタコライス! キャリバーはコーヒー! 承りました!!」

 

「オイこら!? 俺のチャーハンはどうした!?」

 

「あー、あー、聞こえないー!」

 

「このガキ……!!」

 

「なんだ、このチビ!?」

 

 売り言葉に買い言葉で、俺たちは額がぶつかり合いそうな距離で睨み合う。ほんと、一言でも謝ってくれればいいのに、なんだ、その態度は。全く申し訳ないと思ってないのか!? 

 

「なーにーがー、『足手まといになんなよ』だ!? 『まだ元気そうだから追い込むぞ』だ!? んなこと言って、散々追い回したくせに、いざって時に空中で固まってたのはどこのどいつですかー!!?」

 

「はー! マックスと、キャリバーと、ヴィットですー!」

 

「ついでにボラーもだろが!? 他の皆は謝ってくれたんだよ!?」

 

 キャリバーなんて土下座に切腹の真似だぞ! それをこいつは!

 

 青筋を立てながら思い出すのは、つい昨日の戦いだ。

 

 必死に黒野郎を押さえて、決めにかかろうとしていたベストタイミングで、なぜかグリッドマン達がフリーズした。文字通り、フリーズである。空に浮かんだまま固まってしまった。

 

 内海曰く、ジャンクの容量が足りなかった、と。

 

 グリッドマンはプログラムかなんかなのかよ。しかも、宝多さんが電源引っこ抜いて、差し直したら復活したとか。どんなポンコツスペックだ。素直にシグマ方式にすればいいのに!

 

『いたっ! いったぁ!? ちょっと待て! 攻撃するなら、こっち!!』

 

『オイ! 貴様!! 俺を盾に!?』

 

 そこからグリッドマンが戻ってくるまでの数分間は、コメディーだっただろう。ヤメタランスとか、タマ・ミケ・クロとか。どっかで神様が見ていたら、大爆笑して、腹抱えて、痙攣までしそうな、滑稽な戦いが繰り広げられた。

 

 傍から見たら喜劇でも、ボコボコにされた俺からすれば、笑い事じゃない。二対一で、めちゃくちゃにやられたのだから。

 

 なので、憤りは冷めやらず、謝ってもくれないボラーといがみ合っていると、

 

『改めてすまない、リュウタ。私のミスだ』

 

「……あ」

 

 ちょっと遠くから聞こえてくるカッコいい声。けれど、グリッドマンの声は、いつもと違って申し訳なさそうだった。

 

 途端に、沸騰していた血が冷める。部屋の隅に置かれたジャンクのモニターの中で、グリッドマンが深々と頭を下げていたから。それを見たら、自分があまりにも子供に思えてしまった。

 

 ほんとは、分かってる。みんなだって必死にやってて、あれは事故だったって。戦う前に確認してたらよかったのに、とか、少しは思うけれど。

 

「その、いや、俺の方こそ、ごめん。元はと言えば、俺が一人でちゃんと戦えたなら、あんなことにならなかったんだし」

 

 けれど、ようやく黒野郎を倒せる、もしくは撤退させられるっていうタイミングで起こったから、気持ちが変に高ぶってしまったんだ。ダメだな、ほんと、こういう時に頭に血が上りやすいのは。

 

 結果から見れば、悪くはない。宝多さん達は無事だったし、新条さんは怪獣を知らないまま。黒野郎も、グリッドマンの必殺技の巻き添えで、吹っ飛んで撤退。

 

 「俺たち」の勝利には違いないのだから。

 

 すると、小さくも真面目な声が、下から飛んでくる。

 

「……わりぃな」

 

「ボラー……」

 

「よし! んじゃ、そんなわけで機嫌直して俺のチャーハン用意しろよー!」

 

「……」

 

 いや、見直したのに、このタイミングでそういう言い方は、さあ。

 

 俺は溜息を吐いて、中華鍋を動かしはじめる。刻んだ玉ねぎとハムと、あとは味付けに塩コショウと出汁の元。それを鍋の中でご飯とよく混ぜる。仕上げに溶き卵を加えて、纏わせれば、完成。

 

 チャーハンは火力が命っていうけれど、こういう喫茶店設備だとそうはいかない。それでも、味と見た目はそれなりの自信はある。戸棚から皿を出して、丸く整えて。

 

「はい。チャーハン、お待ち」

 

「お! いっただき……、っておい?!」

 

 ボラーが恨めし気に睨んでくる。フラッグ付きはダメか?。 

 

 とはいえ、ボラーがちょっと睨みながらも、礼儀正しく、食べ始めたのを見て、この辺りで手打ちにすることに決めた。口には出さないけれど、なんだかんだと面倒を見てくれるのはボラーが多いし、感謝はしてるんだ。

 

 そんなこんなで、三人それぞれの料理を仕上げて、また、のんびりとした時間を一時間くらい。調理器具を洗ったり、皿を布でふいていると、店の扉が勢いよく開き、静寂をぶち壊した。

 

「たっだいまー!」

 

 明るく陽気な声。あの子にして、この親ありとは思えないけれど、宝多さんと並ぶと違和感がない、不思議な人。宝多さんのママさん。現在の俺の雇い主が帰ってきた。

 

 店長はオーバーアクションで俺へと手を合わせて、ぶんぶんと頭を上げ下げする。

 

「いやー、ごめんねー! 店番任せちゃって! いきなり『すぐに引き取りにきてくれ』なんて言われちゃったもんだから! あ、マックスさん。ちょっと荷物もってきてくれませんー?」

 

「一体、何を持ってきたんです?」

 

 客のはずのマックスを自然とこき使い、疲れた疲れたとエプロンをつける店長へ尋ねる。すると、店長はふふん、とドヤ顔。リサイクルショップだから、頻繁に商品を引き取りに出ているけれど、ここまで自信満々というのは珍しい。

 

 さすがに気になって、なにが来るかを待っていると、やけに足音大きく、マックスがぬぅっとドアをくぐってきた。めちゃくちゃ重そう。それはそうだ。マックスの背中には、三体の巨大な人形が担がれていたのだから。

 

 ウルトラマン

 

 ウルトラセブン

 

 帰ってきたウルトラマン

 

「はぁ!? マジ!? マジだ!!」

 

「おい、このオタク騒ぎ始めたぞ」

 

「でっかいウルトラマンなんだぞ!! でっかいんだぞ!!」

 

「見りゃわかるっての!」

 

 まったく、この小さいのは! ボラーと同サイズの子供なら、絶対に興奮するのに! 大人だって興奮するけどな!!

 

 俺はすぐさまマックスへと近づき、特大のウルトラマン人形を観察する。少し汚れているけれど、状態はかなりいい。何より、この大きさ。人間大の人形なんて、普通は販売してないから、ウルフェスはないにしても、何かのイベントで使われた品じゃないだろうか。

 

 店長が、店の奥へと運ばれるウルトラマン人形を眺めつつ、カウンターに肘をつきながら言う。

 

「最近さぁ、内海君だったり、馬場君だったりがウルトラマン、ウルトラマンって毎日言ってるじゃない? なーんか懐かしくなっちゃってねえ」

 

「店長、ありがとうございます!」

 

 ウルトラマンと一緒に働けるなんて、最高だろ。そもそもが身分もはっきりしない俺をバイトで雇ってくれているのに。両親が旅行中ということで、俺を泊めてくれている響と同じく、感謝してもし足りない。お客さん、ほとんど来ない店なのに!

 

「なーんか失礼なこと考えてない? 風来坊君?」

 

「そんなことないです!」

 

「そーおー? まあ、若者がニコニコしてるならお姉さんは良いんだけど」

 

 ちなみに、店長と交渉したキャリバーのせいで、俺は『人生を見直す旅をしている風来坊』という設定になっている。記憶喪失と明かせば、心配をかけると気遣ったそうだ。余計なことを。

 

 おかげで、俺は悩める若人として、店長から同情されている。

 

「旅するのも良いけれど、ちょっとしたら家に戻りなさいよ? 風来坊肩書にして似合うのは、もう少し苦み走った良い男なんだからね」

 

 店長はそう言うと、どこか遠い目をしながら、『あのハーモニカさんも、今はどこにいるのやら』なんて呟きだした。なんだか内容を深く知りたいような、そうでもないような。娘の宝多さんは、今時の女子高生って感じがするけれど、店長はやっぱり不思議な人だ。

 

 噂をすればなんとやら、静かにドアが開いて、

 

「ただいまー。あ、また、みんないるんだ」

 

「六花おかえりー」

 

 宝多さんが帰ってくる。

 

 いつも通りな様子には見えるけれど、少し声には元気がなくて、疲れ気味。鞄を置いて、カウンターの椅子に、力なく座って大きくため息をついてしまった。

 

 何せ、つい昨日、怪獣に追い回されて、死にそうな目に遭ったのだから。他の人はすべてを忘れているのに、宝多さんは覚えてしまっているのだから尚更。

 

 そんな様子を見ていて、さすがに思うところはあった。いや、ほんとは俺よりも響の方が良いんだろうけど。

 

(宝多さんにも世話になってるし……)

 

 正直に言えば、まだ宝多さんとは、ちゃんと話もできていない。むしろ、何を話せばいいのか分からない。ウルトラマンの話題を出せば何とかなる内海や、どんな話題でも頷きを返してくれる響と違って、宝多さんとは会話の糸口がない。

 

 けど、そんな宝多さんが冷たいだなんて思わなかった。昨日の反応もそうだし、記憶喪失の怪しい奴が店に入り浸るのも許してくれている。クラスメートの響と内海はともかく、俺は不審者扱いされても仕方ないのにだ。分かりにくいけど、優しい人なのだと思う。

 

(さて、宝多さんには何が良いかな。フルーツグラノーラやら、タピオカやら、チーズフォンデュやら、宝多家はちょっとおしゃれな食事が好きのようだし。うん)

 

 手に取ったのは食パン。それを脇に置いて、解いた卵と、牛乳と生クリーム、多めの砂糖をタッパーの中でかき混ぜる。かなり甘めだけど、疲れにはちょうどいい。そこに、パンを浸して蓋をする。

 

「……馬場君、何やってるの?」

 

「時間もちょうどだから、ちょっと甘いものもいいかなって」

 

 数分待ったら、フライパンにバターを敷いて、タッパーから取り出したパンに火を通していく。じっくりと七、八分。次第に良い香りが店に広がって、キャリバーが目を覚ました猫みたいに、鼻をくんくんと動かす。

 

 軽く焦げ目がついたら、仕上げに冷凍庫の中からバニラアイスを取り出し、丸くすくって添えれば完成。

 

「はい、良かったら」

 

「フレンチトースト?」

 

「甘くて、美味しい、はず」

 

 『そこは「はず」なんだ』と苦笑いしながら、宝多さんがフォークとナイフで切り分けていく。店長と似て、食事の所作はとてもきれいだった。しっとりとしたパンを小さく四角形に。そこへバニラアイスを載せてから、口に運んで。

 

「っ!」

 

 ちょっと目を大きくして、宝多さんが驚きの顔になる。どうやら、お気に召してくれたようで、良かった。

 

「……馬場君、料理上手なんだね」

 

 そこは、自分でも意外なことだった。

 

「調理器具触ってたら、色々思い出してきて。多分、前は自分で料理してたんだと思うんだ」

 

 でなければこの店でバイトもできなかっただろうし、昔の俺、ありがとう。

 

 少しおどけて言うと、宝多さんはまた苦笑い。記憶喪失ネタは、あまりウケが良くないようだ。ボラーなんかはめちゃくちゃ爆笑してくれるんだけど。

 

 そうこうしていると、楽しそうに俺たちを眺めていた店長が奥へと引っ込んでしまう。再放送のドラマに、ダンディな俳優さんが出るそうで、見逃せないらしい。バイトも居るとはいえ、こうも頻繁に店を空けるのを見ていると、商売気がなさ過ぎて、改めて心配になった。

 

 宝多さんがフレンチトーストを食べる音だけがしばらく続いて、

 

「ありがと」

 

 小さな声が静かな店に響く。

 

「どういたしまして。上手くできてたら良かったよ」

 

「フレンチトーストも、そうだけど。……昨日のこと」

 

 不意な声に、片づけをしていた手を止めて、宝多さんの方を見る。彼女は、真っ直ぐな真剣な目を向けて、もう一度頭を下げてくれた。

 

「なみことはっすは、昨日のこと、覚えてなかったから。私だけでも言わなくちゃって。……ありがとう、助けてくれて。本当に殺されるって思ったし、なみことはっすが他の人に忘れられるとか、絶対に嫌だったから。

 だから、シグマと馬場君にお礼、言いたかったんだ」

 

 もう一度、『ありがとう』。

 

 俺はその言葉を呆然と聞いていた。一瞬、何を言われたのかも分からなかった。そして、頭がそれを認識した途端の気持ちを、上手く処理することもできなかった。

 

 胸の中は少し暖かく感じる。ジンと痺れるような、ちょっとだけ泣きたくなる気持ち。けれど、それと同時に、それが的外れなような、恥ずかしさも生まれていた。

 

 

 

 だって、そんな言葉を受け取るのはフェアじゃない。

 

 

 

 あの時、俺は宝多さんを助けようと思って飛び出したわけじゃなかった。響とグリッドマンとは違う。いや、数少ない知り合いの彼女を、助けたいという気持ちは、少しはあったと思うけれど。

 

 俺にとっては、目の前で襲われている宝多さんよりも、新条さんのほうが大切だった。だから、宝多さんの言葉は、俺が受け取れるものじゃなくて――、

 

「それは、」

 

『ありがとう六花。そう言ってもらえるのは、何より嬉しい』

 

 きっと、そのままなら、妙な言葉が口をついていた。それを遮るように、腕のアクセプターからシグマが返答してくれる。結局、そうして答えずに済んだことに安心を覚えてしまった。

 

 俺は逃げるように話題を変える。

 

「響には? そのお礼」

 

「……あー、その、それは、まだ」

 

「正直、あの時は響の方が頑張ってたし、宝多さんのことを心配してた。お礼ならあいつに伝えた方が良いと思うよ」

 

 卑怯だ。良いことを言っている気になって。友人を応援している気になって。結局、宝多さんと響の間にある微妙な空気感に逃げている。

 

 この心の中を覗かれたら、もう、まともに宝多さんと顔を合わせることなんてできないだろう。

 

 けれど、宝多さんはそれに気づかないまま、少しトーンを落として、尋ねてくれる。

 

「……ねえ、記憶喪失になるとさ、昔とは性格も変わっちゃうの?」

 

「それは、どうだろ?」

 

 記憶ないから。

 

「昔の自分がどうだったか分からないし、比べようがないというか」

 

「そっか……、それはそうだよね」

 

 せっかく尋ねてくれたけれど、そういう質問に答えるのには、俺は間違いなく向いていない。響と違って、周りに俺を知っている人がいないのだから猶更だ。

 

「ごめん。変なこと聞いちゃって」

 

「ああ、大丈夫。気にしてないし。それよりも、響のことが気になるなら、内海の方が適任なんじゃ?」

 

「……まあ、そうなんだけど」

 

 煮え切らない返事。

 

 響と内海と、宝多さんとに、わだかまりがある様子はない。むしろ、女子高生があの二人と一緒に防衛隊みたいなことをやっているのが不思議だし、仲は悪くないように見える。けれど、響に対して、宝多さんは時折意味深な視線を向けることがあった。そうして、微妙な空気が間にある気もする。

 

 この間もそうで、戦いから戻ってきてへとへとになっている響のことを、宝多さんはじっと見ていたし、何かを言いたげだった。気があるとか、そういう意味でもなさそうで、単なる興味とも違うようで。

 

 そんな中で、俺に尋ねてきた理由は、少しわかる。

 

 響本人に訊くのは憚られるだろうし、内海は宝多さんよりも響に近い。ついでに、こういうのポロリと漏らしてしまいそう。それと比べると、まあ、俺の方が尋ねやすかったのだろう。

 

 ただ、聞かれたなら、

 

「……記憶なくなってもさ、たぶん、変わらないところはあると思うんだ」

 

 少しでも声を絞り出したのは、さっきの罪悪感を帳消しにしたかったからだろうか。それとも、新条さん以外にも、友人のために何かしてあげたい気持ちが残っているからだろうか。

 

 そう言うと、宝多さんが首を傾げる。

 

「例えば、ウルトラマンが好きなところとか?」

 

「あー、それもそうだけど」

 

 真っ先に出てくるのがそれっていうのは――。仕方ない。日ごろの言動のせいだし。

 

 もちろん、ウルトラマンが好きだったり、サッカーしてたりっていうのは、目が覚めて直ぐに思い出したこと。昔の自分の中で、大きい存在に違いない。けれど、それよりも強烈に思い出せるのは。

 

「……大切な人のことって、忘れられないものだと思う」

 

 新条アカネさんのことは、名前も出会った記憶を失くしていても、大切だという気持ちが残ってくれていた。

 

 それは俺の場合で、響にとってどうなのかは分からない。けれど、最初に話せた時、響も何かを思い出して、顔を真っ赤にしていた。そして、記憶喪失になって、まだ何日も経っていないだろうに、響は傍から見ても分かるくらいに、宝多さんに想いを寄せている。

 

 それが、昔の響と同じかと言えば、俺には分からないけれど。それくらいは失くせないのだと思いたい。

 

「馬場君にとっては、アカネとのこと?」

 

「うっ!?」

 

 だとしても、なぜ宝多さんも知っているのか。

 

「この間、慌てて店に来たとき。正直、バレバレ」

 

「宝多さんは、新条さんとは……」

 

「友達だよ。昔からの幼馴染で、学校も一緒」

 

「じゃあ、もしかして、俺のことも、何か知ってたりは――」

 

「あ、それは、ごめん。でも、私だってアカネの全部を知ってるわけじゃないし。あの子、かなり気まぐれだから、最近は別々なこと多いんだ。だから、馬場君がアカネとどこかで知り合ったっていうのも、あり得ると思う」

 

 気休めでも、そう言ってもらえるとありがたい。新条さんの周りの人も、俺のことを知らないとなると、本格的にストーカー疑惑が再燃してしまう。

 

(……でも、新条さん本人も、俺のこと知らないっていうのは)

 

 ほんと、俺たちの関係って何だったんだろう。

 

「そんなに悩んでいるなら、アカネ、一度連れてくる? 馬場君、この間みたいな変な人じゃなさそうだし。それくらいなら」

 

「ありがとう。けど、前にちょっと会えて、話もできたんだ。また会えると思うし、大丈夫」

 

「そう? ならいいけど」

 

 宝多さんが、最後のフレンチトースト一切れを食べて、話はひと段落。すると、店の奥の方から、

 

 

 

「青春だねぇ……」

 

 

 

 まだいたのか、新世紀中学生。

 

「いや、真剣に話してたんだから、聞き耳立てないでくれない?」

 

 ヴィット、普段はまともに受け答えしないくせに、こういう時だけ面白そうな顔しないでくれ。

 

 あれだけ騒いでいたのが静かになったから、てっきり寝たか、出ていったかと思っていたのに。こんなに興味津々に聞いていたとは。宝多さんも気づいていなかったのか、ちょっと頬を染めて、四人へとジト目を向けている。

 

 まったく、少しは信用しているけれど、こういうことをするから、いつまでも変人カテゴリーから外せないんだ。

 

 肩をすくめて、気を取り直し、やかんを火にかける。時計を見て、そろそろだろう。

 

「こんにちはー」

 

「こんちはー」

 

 ほら来た。いつもの二人組。

 

「おっすリュウタ! バイトはどうよ?」

 

「ずっと、帰ってくれない客の相手してるだけだよ。それよりも、ほら」

 

 なぜか笑いをこらえている内海をいなして、俺は店の奥を指さす。そういえば、宝多さんもまだ気づいていなかったな、あれに。

 

 宝多さんと内海、そして、さっきまで何を話されていたかも知らない、響のぼんやりとした目が指先の方向に誘導されて、

 

「おおおおお!?」

 

「え?」

 

「えぇ……」

 

 反応は見事に三者三様。目がキラキラしている内海と、仰け反って驚く響、そして、自宅にウルトラマンが出現してしまった宝多さんは、げんなりという顔を隠していない。

 

「馬場君、何、あれ」

 

「店長がどっかから買ってきた」

 

「でかいし、ちょっと不気味だし。えぇ……」

 

 とうとう、宝多さんが頭を抱える。薄暗い店の奥に、人間サイズのウルトラマンが三体も立っていると雰囲気はバツグンだった。いるとは思わないが、侵入者がいたらさぞビビるだろう。

 

「しかも、なんで二つも同じのがあるの……」

 

「おいおい六花さん、目は節穴かよ。ウルトラマンと! セブンと! あれはジャック!! 同じの二つじゃありません!!」

 

「あれ? 帰ってきたウルトラマンって名前じゃなかったっけ?」

 

「響、そこには長く複雑な大人の事情ってのがあってだな」

 

「あの二つ、どう見てもそっくりだけど……。別人っていうの無理があるんじゃ?」

 

「これだから一般女は! グリッドマンとシグマだって、ほっとんど同じ姿だけど、間違えたら失礼だろ? ウルトラマンと帰マンは別!」

 

 内海、言い方。そういうのがオタクの社会的地位を下げるんだぞ。

 

 それは置いといても。

 

「そこのとこ、どうなんだ? シグマ」

 

 俺はふと思いついて、アクセプターに話しかける。

 

 シグマとグリッドマン。二人は姿もそっくりだし、同じハイパーエージェントを名乗っている。マンとジャックみたいに他人の空似なのか、それとも実は昔からの知り合いなのか。

 

『私と、グリッドマンとの関係、か?』

 

「そう。頭のパーツ以外はほとんど同じだし」

 

『ふむ……』

 

 シグマがグリッドマンのいるジャンクへと視線を送っている気がする。俺たちからはシグマの姿が見えないから、そんな気がしているだけだけど。

 

『……実のところを言えば、私はグリッドマンに特別なシンパシーを感じている』

 

『私もそうだ。とても他人とは思えない』

 

 ジャンクに映るグリッドマンもはっきりと頷いていた。シグマに促されて、アクセプターを掲げてみると、ホログラムのように、シグマの姿が店内に出てくる。

 

 改めてじっくり見ると、そっくりだ。

 

 宝多さんが興味薄そうに言う。

 

「もしかしたら兄弟とか?」

 

「レオとアストラみたいにか」

 

「ウルトラシリーズから離れろよ」

 

「もしくは、似ているだけの他人とか? ほら、見せてくれたティガとかダイナでも、宇宙人は同じ形してたし」

 

 響まで。宝多さんがまたも『男子って……』とあきれ果てた様子で見ているぞ。

 

「同じハイパーエージェントなんだから、同じ姿っていうのはあり得ると思うけど」

 

 宇宙人のああいうのは、予算の都合とかだろうしなぁ。けれど、シグマから飛んできたのは、予想もしなかった言葉。

 

『リュウタ、それは違うぞ』

 

「シグマ?」

 

『私は、元はこのような姿ではなかったんだ』

 

 ……ん?

 

「何それ、初耳なんだけれど。記憶が戻ったのか?」

 

 尋ねると、シグマは首を横に振る。

 

『いや、未だ記憶ははっきりしないままだ。しかし、私にとって、この姿は大切なものだということは覚えている』

 

 シグマによれば、元々、彼のこの姿は、とある男の子によってつくられたのだという。俺と同じように、かつて、シグマと共に戦った男の子。その思い浮かべたヒーローの姿。シグマはその子とアクセスフラッシュして、世界を救った。だから、シグマも、彼を尊敬してこの姿のままでいるのだと。

 

 そして、グリッドマンも、マックスたちも同じような記憶を持っているという。

 

『同じく、私もこの姿は貰いものだ。世界を救った、勇敢な中学生たちからの』

 

「『新世紀中学生』という称号も、彼等への尊敬の証なんだ」

 

 とんでもなくセンスが悪いバンド名じゃないのか……。

 

 冗談は置いとくとしても、不思議な感覚がする。今、グリッドマンとして戦っている響も、シグマに力を借りている俺も。この戦いも。いつか、どこかで同じような出来事が起こって。しかも、その時の彼らは、俺達よりも年下で、世界まで救ってみせた。

 

 すごい中学生だな、とか、やっぱり防衛チームはいないのかとか、変な考えも浮かんでくるけど、しんみりと考えてしまったのは一つのこと。

 

(世界、か)

 

 この怪獣と戦う非日常の中で、そんな大きなスケールを想像したことがなかった。怪獣がいるのに、自分の身の回りだけで完結していることにしか思えていなかった。

 

 けれど、それは気のせいで、ウルトラマンよろしく、この後、世界を滅ぼそうという敵がいるのかもしれない。俺たちが考えているように、怪獣を作って、操っている黒幕。悪魔みたいなソイツを倒さなければいけない時が。

 

 まだ想像するだけで気が滅入ってしまうような規模の話。巨人になれるといっても、俺には、遠すぎるステージ。でも、それがいつ来るかは分からなくて、そんな時でも新条さんを守りたいと思っているから。

 

「……よし! そろそろ特訓の時間だな」

 

 俺はエプロンを脱いで、軽く腕を回す。楽しくものんびりなバイトの時間は終わり。新世紀中学生も、こんだけぐうたらしてたら、身体がなまってるだろ。

 

「なんか、妙に気合入ってるな……」

 

「まあ、あんな話聞いたら、できることはやっておかないとだしな。内海もどうだ? 一緒に追い回されろよ?」

 

「いや!? ちょ!? 手を引っ張んじゃねえよ!? あんなの死んじまうから!?」

 

 オイ。それを提案したの、お前だろ。

 

 あ、ついでに響もいこう。グリッドマンも特訓したらさらに強くなるだろうし。

 

「……え? ちょっと!?」

 

「はい、いくぞー。インドア二人組ー」

 

 ずりずりと内海と響を引っ張りながら、俺は店を出る。流石に宝多さんは巻き込むつもりはないけれど、彼女もあきれ顔で後ろからついてきてくれた。

 

 相変わらず、外は真夏で、遠くは霧がかっていて。どこか作り物のような気がしてしまう俺たちの街。

 

 でも、この街を、新条さんがいる街を。……友達になってくれた人たちがいる街を守りたいなんて気持ちも、きっと、もう俺にはある。

 

(いつか、あの「ありがとう」に胸張って答えられるように)

 

 まずは、不審者に追い回されて、ちょっとは強くならないと。

 

 変わらず、マックスたちには敵わないし、結局三人纏めて地べたに這いずることになったけれど、その日の特訓は笑顔が溢れていた。




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