SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ【完結】   作:カサノリ

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兆・候

 変身して、森へと降り立つと、いつもの声が頭に響いてきた。

 

『リュウタ、落ち着いたか?』

 

「ああ、戦える。……って、ごめん、シグマいたの忘れてたよ」

 

『気にするな』

 

 新条さんと一緒だった時は話しかけてもこなかったから、完全に意識の外だった。もしかして、気を利かせてくれたのだろうか。いや、それより、頭に血が上りやすいのを反省したばかりなのに、今度はシグマのことまで気がそぞろだったとか、ほんと気をつけないと。

 

 ただ、今は戦いのさ中で、シグマが許してくれているなら、ごちゃごちゃ考えるのは後だ。

 

「ふぅ――」

 

 位置は森のど真ん中。新条さんがいる場所からは十分離れている。とんでもなく出力の高いビームでも撃たれない限り、巻き込むことはないだろう。だが、それはこの場で戦っていればの話。怪獣が駅の方まで侵攻したら、彼女を守ることはできない。

 

 だから、余裕なんてなく、ここが絶対防衛線。

 

 そんな思いを、大地を踏みしめる力に変える。

 

 敵は二体。またも、二体。

 

 グリッドマンがすぐに来てくれるなら良いけれど、俺がジャンクを放り出してしまったし、内海達をピックアップする間もなく、新条さんの所へと飛んで行ってしまったから難しいだろう。ついでに、新世紀中学生も、向こうに置き去りにしてしまった。きっと電車で移動してる途中だ。どのくらいに着くかは分からない。

 

 援軍が来ないのは、完全に自業自得である。

 

 とはいえ、

 

『グリッドマンを出せ! 貴様に用はない!!』

 

「っ!! てめえになくても、こっちにはあんだよ!!」

 

 黒野郎は待ってくれない。

 

 肩をかすめる鋭い刃。いつものようにカギ爪を出した黒い怪獣は、木々を薙ぎ払いながら突撃し、攻撃を仕掛けてくる。忍者みたいに速い動き。シリーズよろしく二つ名があれば忍者怪獣なんて付くのだろうか。

 

 だが、二度も戦えば、こちらも速度に慣れていた。グリッドマンを相手にすれば自動的に成長するこいつも、俺相手には初期値で戦うしかない。俺が一歩でも先に進めれば、その差は確実に狭まっていく。

 

『リュウタ!』

 

「ああ!」

 

 シグマの声に促され、振り下ろされる爪を、光る剣で合わせ、逸らしていく。前回の戦いで、力比べは懲りていた。シグマは完全にスカイタイプ系。わざわざ敵の土壌で戦う必要もない。上手く躱して翻弄する。

 

 なにより、こいつの思考回路は、子ども姿の人間態そのまま。読みやすく、すぐムキになる。こうして動いていれば、いら立ち、血が上って。

 

『ちょこまかと!!』

 

 ほら、前と同じ。また、大振り。

 

 キャリバーたちの特訓のおかげだ。素直に礼を言うには複雑だが、彼等の変則的な攻撃と比べると、こいつの隙を捕らえることは難しいことじゃなかった。

 

 右手を前に、左手をその二の腕に添えて。照準は、目の前の敵の腹。

 

 今もビームは出せないが、無いなら無いなりに俺たちだって工夫する。

 

『シグマスラッシュ――』

 

「――ショット」

 

 右手のアクセプターから放たれた一閃。細長いビーム状の攻撃。だが、それは怪獣を消し飛ばすでもなく、焼くでもなく、その身を刺しながら突き進む。

 

 光の剣。

 

 そう光。なら、長さも大きさも制限なんてない。ウルトラマンマックスのように、とんでもない長さに変えることだってできるはず。そんな発想から生まれた中距離攻撃は、シグマスラッシュを単純に伸ばすことだった。それを勢いよく、真横に発射すれば、ニセモノビームの完成。

 

 攻撃速度に自信あったのに、悔しいことに、黒野郎は腹への直撃を避ける。けれど肩口にはヒット。とどめとはいかないが、苦悶の声と共に、吹っ飛んで、森の中に倒れ伏した。

 

(けど、すぐに起き上がってくるだろうし)

 

 敵は一人じゃない。虫怪獣と違って、今回の敵は鈍足だったのが幸いしているが、

 

『上だ!』

 

 シグマの声に上を向く。火山をモチーフにしたのか、この四つ足怪獣は、背中から火の玉を打ち出していた。それがまた、記憶の深いところをジクジクと抉って、不快感が凄まじい。

 

 降ってくる火球は十を超えている。地面に当たれば、炸裂して、余波も攻撃になるだろう。森の中から観察した時は、そうなっていた。

 

「……シグマ、こういうのはどうかな?」

 

『ああ、いいアイデアだ』

 

「じゃあ――」

 

 攻撃が届く前に、俺が選んだのはジャンプだった。さっきの生身での大跳躍から、動きの幅は明確に広がっている。空を飛ぶ時と違って、素早く移動できるように、籠める力も足への一点集中。

 

「ふっ!!」

 

 飛び上がり、目線が、落下する火球と重なる。

 

(ああ、こういうシチュはいいな)

 

 サッカーの試合で、こんなシュート決めていれば、一日のヒーローだ。

 

 右足にバリアを張って、身体を防御。そのまま中空で体をひねり、狙いは二つの火球。頭を地面へと向けながらの動きは、こんな名前が付けられている。

 

 オーバーヘッド。

 

「オラァ!!!!」

 

 一つ、二つ。どこか懐かしい、足の甲を打つ感触。

 

 人間ならできない動きも、この超人の身体能力なら軽々だ。火球へシグマのエネルギーが纏い、それらは正確に目標へと飛んでいく。当然、物真似野郎と四つ足怪獣。ちょうど起き上がりかけていた物真似の顔面へ、今度こそボールが直撃。四つ足のごつごつした体も同時に爆炎に包まれる。

 

 後は、残る火球から離れて着地に成功。

 

 ちょっと格好をつけた俺の背後で、炎が空へと吹き上がっていた。

 

 珍しく、予告の引き画にでも使えそうな状況に出来たけれど。

 

「これで決まってくれたならっていうのは、都合よすぎるか」

 

 ヒーロー番組よろしく、ビームや大技を放たない限り、とどめはさせないのかもしれない。

 

 

 

 豪炎の中から、二体の怪獣が姿を現す。

 

 

 

 物真似怪獣は少しひび割れ、血を流し。四つ足は全身がひび割れているが、それは嫌な予感しかしない。まさかと思っていたら、ほんとにジオモスのパターンなんて。

 

「まずっ……!」

 

 マグマを噴射する火山のように、四つ足の体がはじけ飛ぶ。その中から現れたのは、二足歩行の恐竜型。腕や腹にルビーのような結晶体をちりばめていて、それがどんな器官かは想像がついた。

 

『貴様は、もう十分だ! 消えろ!!』

 

 叫び、物真似が発光する。その動きは、いつか見た極太ビームの構え。合わせるように、少し俊敏になった恐竜も、赤い光を全身から放ちだす。

 

「――っ!?」

 

『リュウタ! 構えろ!!』

 

 けれど、前段階のエネルギーだけで、肌は焼け焦げそうだった。避けるわけにはいかない。後ろには新条さんがいる。だから、当然この身は差し出す。それでも、攻撃を受け止めきれるかどうか。

 

 ほんと、前半優勢なのに、いきなり大ピンチとか。

 

 BGMはピンチ用の物に変わっているに違いない。そして、

 

(こういう時って、都合よく助けが来てくれないかな?)

 

 なんて、『いつか』と同じ呑気な楽観を感じた時だった。

 

 

 

『なーにボケてんだ! 気合入れろ!!』

 

「!?」

 

 

 

 ミサイル、銃弾、ビームの雨あられ。

 

 それが、チャージ中の怪獣たちを襲い、火の海へと沈める。

 

 さらには、

 

『ハァ!!!』

 

 華麗なスワローキック。ついこの間、響に見せたタロウにそっくりの動きで、赤いグリッドマンが恐竜へと追撃した。ああ、珍しい。今日は珍しく話が都合よく進む。

 

『助かったな』

 

「ハハ……、って、痛い!?」

 

『気合入れろって言ってんだろ!』

 

 戦いの中だというのに、気が抜けそうになり、笑みを零す。すると、頭へと放物線を描いた砲弾が一つ。不発弾で頭を小突かれ、少し痛い。

 

 そんな器用なツッコミを入れてきたのは、めちゃくちゃに少年心に刺さる、ドリル付きキャタピラ戦車だった。そして、それは、俺の知っている仲間の変身した姿。

 

「ボラー、か」

 

『おう! バスターボラー様だ! おまえが店に置いていった、な!』

 

 仕方ないとはいえ、根に持ってる。この前、こちらが散々に言ったから、仕返しのつもりだろうか。本当にピンチを救ってくれたのだから、文句も言えない。

 

 恐竜怪獣を蹴飛ばしたグリッドマンも、近くに降り立って、俺の肩を叩く。

 

『待たせてすまない。それと、伝言だが』

 

「内海から?」 

 

『ああ。しかし、『ハヌマーン十周』とは? リュウタは意味が分かるか?』

 

「はぁ……」

 

 いや、内海さ。怒るのは分かるが、ハヌマーン十回も見るってのはさ。細かいとこ目をつぶれば、アクションだけはみどころあるかもだけど、アレ十回はちょっと。

 

 戦いが終わる前に気力がなえそうになった。まあ、馬鹿を考えるのは止めておこう。せっかくの援軍で、状況はこちらにある。

 

『そんじゃ! 俺らはあの恐竜相手にするから――』

 

「俺達が物真似野郎、だろ?」

 

 ボラーの言う通り、今度こそ。

 

 そして、互いの敵に向き直った途端、光と共にグリッドマンが変わる。

 

 ボラーが戦車から鎧へと変形し、グリッドマンに装備されていく。マックスグリッドマンとは違う。あのような見るからにマッチョというか、ごつさはない。肩のツインドリルに、腕にはキャタピラから変化したバルカン砲。ドリルがあるのに近接型ではない、約束外れの重火器の塊。

 

 

 

『武装合体超人! バスターグリッドマン!!』

 

 

 

 グリッドマンの新しい形態が登場する。

 

(……やっぱり俺達にもああいうのないのかな?)

 

(残念だが、ない)

 

(ないかー)

 

 サブヒーローだけ強化形態がないなんて、ファンから贔屓だとかなんとか言われるぞ。

 

「じゃあ、こっちは知恵と工夫で、って」

 

 もう、あの恐竜は大丈夫だ。強化形態のお披露目で、万一にも敗北なんてありえない。そして、俺も、少しは心の余裕ができている。何より、黒野郎は、ボラーの射撃のおかげで、全身にトリモチと冷却材がまとわりついた状態。

 

 十全同士なら、勝ち目は見えないけど、これならいける。

 

『この!? 身体が!!』

 

 物真似怪獣が呻く。

 

 思うように体が動かせない苦痛は、俺も理解しているが、新条さんが後ろにいる今、それで同情なんてしてやれない。それに、世の中には三度目の正直なんて言葉もある。

 

 敗北と、引き分けで、最後は勝つ。

 

「いこう、シグマ!!」

 

『ああ!』

 

 シグマスラッシュの出力を上げて、より鋭く、より硬く。さすがに両断されれば、いかに怪獣と言えど倒しきれるだろう。

 

 一撃とはいかない。

 

 二撃も避けられる。

 

 三がかすめて、

 

 四はくぐられた。

 

 だが、立場は逆。大ぶりの攻撃を、敵が鈍重な体を動かして、懸命に躱し、直撃を避けていく構図に変わり、長くは続けさせる気もない。

 

『違う! 違う! 俺は、グリッドマンと……!! がぁ!?』

 

 シグマスラッシュが、意味の分からない言葉を喚く敵の肩をかすめて、その一部を切断する。不安だった切れ味も、もう十分以上だと分かる。痛みによって生じた、大きな隙。次の攻撃は、間違いなく怪獣の首を刎ね飛ばす。

 

「これで……!!」

 

 新条さんを守れるという高揚感。これで、怨敵を倒せるという達成感。その勢いのままで、振り下ろされた刃が、

 

 

 

「え……」

 

『な……!?』

 

 

 

 疑問の声は二つ。

 

 俺と、物真似怪獣。

 

 刃は怪獣の首へと通らなかった。ただ、まな板に突き立った包丁のように、微かに進んだだけで止まっていた。

 

 さっきは、こいつの体を切り裂けたのに、いきなりの変化。もしかしたら、首だけが特別固いのかと思い、しかし、自失していたのは怪獣自身でもあった。この攻撃を『防げる』と、怪獣自身も理解していなかったと言いたげに。

 

『まさか、学習したのか?』

 

 シグマが言う。

 

 そうだ。この怪獣の特性は何だった? 物真似怪獣。敵の攻撃を学習し、上回るよう強化される。けれど、対グリッドマンに特化したこいつは、俺達のコピーはできないと考え、これまではその通りだったのに。

 

『……そんな、こんな』

 

 腑に落ちなかったのは、怪獣自身もこの事実を受け入れがたいとばかりな態度のこと。俺達の攻撃が通らなかったのは、こいつにとって大チャンスだったのに、攻撃に転じようともしなかった。

 

 いったい、この怪獣は何を考えているのか。

 

 しかし、その答えを、聞くことはできなかった。

 

 後方から鋭い声が飛んでくる。

 

『一気に薙ぎ払う! 伏せろ、シグマ!』

 

 振り向くと、恐竜型怪獣をぼろぼろにしたバスターグリッドマンが、大技の準備をしていた。肩のドリルが開き、両手のバルカンも充填完了とばかりに光り輝いている。そして、射線はちょうど一直線。恐竜と物真似野郎を同時に攻撃できる位置にあった。

 

 こいつは俺の獲物だとか、そんな変な独占欲はない。何より、こちらの攻撃が効かなかった以上、グリッドマンにとどめを刺してもらった方がより確実だ。

 

 俺は、グリッドマンの言葉通りに射線から体を退かす。その数瞬後に、

 

『ツインバスター!』

 

『グリッド――』

 

『『ビーム!!!』』

 

 マックスグリッドマンの時と比べ、鋭く、直線的な光線。それに加えたガトリングの一斉掃射。

 

 それが二体の怪獣を襲い、恐竜怪獣は飛び上がることもできずにその身を砕かれ、脱出を図ろうとした物真似野郎は、怨嗟の声と共に光へと飲まれていく。オーバーキルとも言える、圧倒的な火力。ボラーが自慢していただけはある。

 

 だけど、

 

「倒したかは、」

 

『残念だが、これでは分からないな』

 

 森に一本通った、焦げ付いた道を見て、肩の力を抜いた。物真似怪獣を倒せたかどうかは分からない。脱出している可能性も、……いや、心のどこかでは、確実に生き延びているという予感があった。とはいえ、この森の中、探すことは困難だろう。

 

『だが、今は退けたと考えて良いだろう。……リュウタ、彼女が待っているぞ』

 

「そういうことは、あまり口に出さないほうが」

 

『そうなのか?』

 

 いや、意識したら、ちょっと気恥ずかしいだろ。

 

 

 

 戦いは終わった。

 

 珍しく、シグマにオチが付かず、現場にいた生徒は全員無事。一人も欠けることなく危機を抜けたことは、誰にとってもハッピーエンド。

 

 そんな夕暮れに、皆、水着のまま、逃げ回った疲労を癒そうと、駅前で思うままにくつろいでいた。

 

 何人かは怪獣について話をしたり、突然現れたヒーローについてSNSで呟いたり。中には、実家に電話して、感極まって泣いている男子もいた。どれも、明日になれば忘れられてしまう、非日常の名残。

 

 けれども、今日のことを忘れられない内海は、戦いから戻った裕太と共に、階段に腰かけて朱に染まっていく山を眺めていた。もう走り疲れて、膝ががくがくと震え、立てる気がしなかった。

 

 しなびた声で、内海がつぶやく。

 

「……ま、色々あったけど、怪獣倒せてよかったな」

 

「そうだね……」

 

「リュウタの奴には、マジでハヌマーン見せてやるけど。あいつ、さっさと帰ってやがるし」

 

「それって、そんなに酷いの?」

 

「どうせなら、裕太も一緒に観るか」

 

 上映会は響家の予定だ。

 

「えー」

 

「ゲテモノだけど、刺さる奴には刺さるかもしれないぜ」

 

 そこで苦笑して、内海は周りを見回す。

 

 初めて、怪獣の攻撃に巻き込まれて、なんとか無事に済み、こんな話ができている。日常をただ生きているだけなら感じられない生の実感というのだろうか。今なら、普段は怖がってアプローチできない、気になる子にも、話しかけられそうだった。

 

 そんな気になる完璧美少女を目で追おうとして、

 

「って!? 新条は!?」

 

 立ちあがり、大声を出す。その拍子に筋肉痛になりかけの足が痛んで、その場で地団駄を踏む羽目になった。ついでに、女子からの冷たい目線も刺さってくる。

 

 しかし、内海にとっては一大事だ。こんなに奮闘したのに、敵の狙いかもしれない新条アカネが犠牲になりましたでは、悔やんでも悔やみきれないから。

 

 とはいえ、それは杞憂に終わる。

 

「アカネなら先に帰ったよ」

 

「なんか疲れたからって」

 

 内海達の近くで、六花と話していた、なみことはっす。彼女らが呆れた顔で内海へと言う。曰く、一本前の電車でさっさと行ってしまったそうだ。

 

 想い人が無事であったことに、内海は胸をなでおろし、けれど。

 

「そういえば、一緒にいた男子。あれ誰?」

 

「あー。そういえば。ツツジ台じゃ見かけないし。他校? え? もしかして私らやばいの見た? スキャンダル?」

 

「アカネ、途中も一人でどっか行ってたし。もしかしなくても、あるんじゃね?」

 

「びみょーにフツメンだったけど、ああいうのが好みなんすかね、あの完璧美少女」

 

 その言葉に六花と裕太は思い当たるものがあった。きっと、リュウタだと。そうだと考えれば、シグマの奇妙な行動にも納得がいく。

 

 突然に森へと彼が向かったのは、そこに新条アカネがいたからだ。出会って長いとは言えないが、リュウタは一途なまでにアカネを好いているのは分かっていたから。

 

「……うん、よかった」

 

 裕太がほっと息をつく。

 

 彼がアカネを守ることができて、二人で仲良く帰っているのなら、祝福すべきことなのだろう。六花は友達の恋バナの進展に興味が掻き立てられ、裕太は後でアドバイスでも貰おうかと内心で考え。

 

 内海は、

 

「……そっか」

 

 なんて、感情の分からない声で、電車が去った駅を見つめていた。

 

 

 

 彼女の名前と同じ、茜色の温かな光を全身に浴びながら、テンポよいリズムに身を任せる。

 

 電車に乗るのは、記憶喪失になってからは初めてだったけれど、こんなに素敵な気持ちでいられるとは思わなかった。単に電車が好きなわけじゃないし、景色に見惚れている訳でもない。

 

 見惚れる対象は、なにより、好きなのは、隣の彼女のこと。

 

「ねえねえ、巨人になって戦うのって、どんな感じ? ゲームみたいなの? 操縦桿とかあったり? オモチャみたいなプロップ、だしていじったりするの?」

 

 新条さんが、目に興味の色を輝かせながら、笑顔で尋ねてくる。これまでのどんな時より、距離は近くて、彼女の温かさが伝わってくる。

 

 それで話をするのが、甘い話でもなんでもなく、大いにウルトラシリーズの影響を受けた変身の話というのは、少しおかしくて、でも安心している自分がいた。

 

(ああ、この子はこういう子だよね)

 

 なんて。そんな実感は、戦いを終えてから強くなっていた。記憶が今にも、喉元まで迫ってきているような気さえした。

 

 でも、そんな自分のことは、今この時間には邪魔でしかなく、俺は照れ臭くなりながら、シグマに変身した時のことを話していく。

 

「変身した時は、自分の手がそのまんま大きくなったみたいで。最初は、全然動かせなかったけど、今は自然に近い感じ」

 

「じゃあ、ヒーロー君もあんなバク転できるんだ?」

 

「……ごめん、ちょっとカッコつけた。人間の時は、ああいうのできない」

 

「ふふ! もー、正直に言わないとダメじゃん! でもでも、人間の時も、けっこうカッコいいと思ったよ? 

 あ、あの赤いのも、仲間なの?」

 

「うん、俺と違って、ほんとにヒーローみたいなんだ」

 

 響とグリッドマンのことは言わないように。

 

 考えてみれば、内海や宝多さんと違って、一般人である新条さんは今日の日を忘れてしまう。怪獣と出会って、きっと、あの森で俺と出会ったことも。

 

 この饒舌は、そんな現実があんまりにも勿体なくて、少しでも、俺とのことを覚えてもらいたかったからだろう。

 

「あの赤いのみたいな変形、ヒーロー君もできるの?」

 

「あ……、その、できないんだ」

 

「えー? でも、あんなビームとか、怪獣が少しかわいそうなぐらいだったし。ヒーロー君にはなくてもちょうどいいのかな?」

 

「ほんとは武器とか、俺も欲しいんだけどね。並んだ時、ちょっと格好付かないから」

 

「ウルトラマンどころか、ロボットになっちゃうじゃない?」

 

「エックスもあのくらいのアーマーありだったし、そういうのも許容範囲とは……」

 

 いや、このままだと、最後は全員合体でロボットアニメになるんじゃないか? その時、俺は結構なスケール違いになるんじゃ。でかいグリッドマンと、ちんまいシグマ。

 

 格好とか気にする立場じゃないけど、そこまでくると……。

 

「だめだよー、商売戦略とか、そういう理不尽には、ちゃんと声を上げないと。怪獣の出番、もっと欲しいとか。ゴモラは味方になりすぎとか」

 

「いや、スポンサーとかいないし。でも、怪獣に襲われたばかりなのに、ほんとに好きなんだね」  

 

 そう言うと、新条さんは目を細めて、力を抜いたように、俺の方へと身を預けてくる。

 

 電車の中は誰もいなくて、ただ、俺の息をのんだ音が響いた。

 

「……新条さん?」

 

「君のおかげだよ?」

 

「え?」

 

 新条さんが、そっと頭を持ち上げ、耳元でささやく。

 

「私がこうしていられるのも、怪獣が好きでいられるのも……。みんな、キミが守ってくれたから……」

 

 それは、

 

「俺は……」

 

 何より言って欲しい言葉だったのかもしれない。

 

 この子を守りたいと、ずっと願っていて。記憶喪失になる前も、その願いは変わらなくて。そう言ってもらえるだけで、足りなかった全てが満たされていく。

 

 返事をすることができず、息ぐるしさに口を開け閉めする俺へ、新条さんは晴れやかな笑顔を向ける。天使みたいに、綺麗で、この世の物とも思えないほど輝いて。

 

「ねえ、君の名前」

 

「え?」

 

「名前! ずっとヒーロー君って呼んでたけど、訊いたことないし。……名前どころか、怪獣趣味とか、変身できるとか、そんなことしか知らないんだよね。

 だから、君のこと、もっと知りたいなって」

 

 どこかで聞いた覚えのある言葉に、震えながら、俺の口は勝手に動いた。

 

「……隆太、馬場隆太」

 

 平凡な、ヒーローっぽくない、偽物宇宙人みたいな俺の名前を。

 

 

 

「じゃあ、リュウタ君だね」

 

 

 

 歌う様につぶやかれた、名前。それが、彼女との最後のきっかけだった。

 

 出会って、知って、走って、迷って、それで最後に守ろうとして。

 

 そんな新条さんに、いや、

 

(ちがう、『アカネさん』にだ)

 

 そうだ、俺は、そう呼んでいた。何度も、何度も、大切な君の名前を呼んだ。

 

 アカネさんも、俺の名前を呼んでくれて……。

 

「っ……!?」

 

 途端に、頭痛がした。冷たい悪寒が、背中を走った。

 

 喉元から吐き出されそうになる記憶が、これ以上は止めろとでも言うように、考えをせき止めようとしてくる。グラグラと視界が震えて、瞼を閉じずにはいられないほどに。意識が、強制的にシャットダウンされるような。

 

「あれ? リュウタ君?

 ……って、もうすぐツツジ台だし、そうなるよね」

 

 霞む視線の先で、アカネさんが何でもないように立ち上がる。

 

「……ま、まって」

 

 手を伸ばしても、アカネさんは止まらない。シートへと体を沈める俺の頭を、柔らかな感触が撫でてくる。

 

「おやすみ、リュウタ君。

 ……私ね、けっこう君のこと気に入ってるから、また会おうね。あ、あとさ、今度は、邪魔なグリッドマン抜きで戦って欲しいな」

 

 彼女が何かを言っている。

 

 聞き逃してはいけないことを、知らなければいけないことを。けれども、自分の意思とは無関係に、俺は深い眠りへと落ちていった。




>NEXT「記・億」




次回より……。

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