SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ【完結】   作:カサノリ

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悪・魔

 『殺された』、あの時のことがフラッシュバックする。

 

 アカネさんと記念日を祝おうと、彼女の家を訪れて、怪獣コレクションを楽しんで。なのに、現実に現れた怪獣へと恐怖した日。俺たちの幸せが壊された日だ。

 

 その時のことを、今ははっきり思い出せる。彼女のパソコンに潜んでいた、怪獣を具現化する怪人も。そして、こいつに立ち向かおうとして、俺がたどった結末も。

 

「ッ!! アクセス――!!」

 

 記憶を思い出せたことへ、初めて感謝した。この怪人へと竦まずに、戦おうと思えたから。怒りも、憎しみも、時間を置いても消え去りはしない。シグマと共にアレクシスを倒そうと、右手を構え、叫び。

 

「フラッ……!?」

 

「おやおや。驚いただろうが、それはおススメしないよ」

 

 大きな黒い手に掴まれていた。

 

 冷たい、機械みたいな感触が伝わってくる。なにより、そうしたアレクシスの動きは、まるで見えなかった。離れて立っていた怪人が、俺の目の前にいるのに、人間以上の力を持っているはずが、認識できなかった。どっと吹き出した冷や汗が、怒りを恐怖へと変えていく。

 

 それを誤魔化そうと、アレクシスの手を振りほどきたいが、びくともしない。この怪人との力の差が突きつけられているようで、震えが大きくなる。怪人は、そんな俺へと、さも友人であるかのようなフランクな口調で語り掛けてくるのだ。

 

「まあまあ、落ち着きたまえ、リュウタ君。私は戦いに来たわけじゃないんだ。君が変身したとして、私は逃げるだけ。君は骨折り損だ。ここは一つ、少しだけでも話をしないかな?」

 

「このっ! てめえと、話すことなんてあるか!!!」

 

 虚勢を張りながら、大声で威嚇する。

 

 この怪人は、何をぬけぬけと言ってやがる。

 

 こいつが俺を殺したのに。アカネさんの記憶を奪ったのに。こいつがいなければ、俺たちは平和に暮らせたはずなのに。こんな、不気味な仮面をつけたまま、何を話そうと言うのか。

 

 すると、アレクシスは空を見上げながら、困ったように息を吐いた。まるで、駄々っ子を相手にする大人のような態度だった。

 

「君にとっても悪い話じゃないさ。……意外だっただろう? 私がアカネ君のパソコンから抜け出せたことは。別に、弱っていないし、独りでもピンピンしている。君が、私に勝てると思っていた材料は、綺麗に無くなってしまったわけだ。

 ……どうする? 君はアカネ君を助けたいという。ここは一つ、私から情報の一つでも引き出せばいい。私としても、君の誤解を解いておきたいんだよ」

 

 理路整然と、俺へのメリットとデメリットを提示するアレクシス。

 

 冷静に考えた時は、それは正しいかもしれないが、語り口は、火に脂を注いでいるようにしか思えなかった。俺を殺しに来たわけじゃないというのは、本当のようで、恐怖は怒りへと再変換されていく。

 

 しかし、俺が一矢でも報いてやろう考えたのが、アレクシスにも分かったのだろうか。アレクシスは『これだけは言いたくなかったのだが……』と前置きをして、

 

「話を聞かないと、アカネ君とは二度と会えない――。そういえば、聞いてくれるかな?」

 

 顔を更に寄せ、嗤いもせず、冷酷な声を出した。

 

 

 

 選択肢はなかった。

 

 こいつの手の中に、アカネさんがいるのは明らかだったから。

 

 アカネさんも、怪獣を具現化するアレクシスへと信頼を寄せていることは分かっていた。悔しいことに、あの時の俺以上に。アレクシスがああ言った以上、アカネさんが害される可能性は否定できない。

 

 そうして、アレクシスが俺を連れ出したのは、

 

「フフフ、ここは私のお気に入りでね。特に、ケーキが絶品なんだよ。君も頼むと良い。私が奢ろうじゃないか!」

 

「……」

 

 何を考えているのだろうか。クラシックが流れる喫茶店だなんて。

 

 窓際の小さい席に、俺と向かいに座っている姿には違和感しか感じない。店員も、なんで平然とケーキセットを運んでくるんだ。わざわざ置かれたコーヒーだが、香ばしさを楽しむ余裕はない。

 

「おや? お気に召さないかな? 宇宙人との対話は、ちゃぶ台を挟んでから、と。ウルトラマンでやっていたが」

 

「……さっさと話を済ませろよ」

 

 何を話すつもりか分からないが、聞かせたいなら、早く終わらせてほしい。それが終われば、グリッドマンを呼んで、一緒にお前の所へ乗り込んでやる。

 

 もう、怒りを通り越して、無感情になり、俺はアレクシスに促す。

 

「……リアクションくらいしても良いじゃないか。ああ、心配しないでくれ。アカネ君に危害を加える云々は、方便でね。私は、彼女を大切にしているし、今後も傷つけるつもりはないんだよ」

 

「嘘をつけ」

 

 じゃあ、今、アカネさんが記憶を失っているのは何なんだ。

 

 都合よく、俺との記憶を無くしたのは、アレクシスが何かしたとしか思えなかった。傷つけていないとしても、害は及ぼしている。

 

「あぁ……。それも誤解なんだけどねえ。まあ、一つ一つ分かってもらうとしよう。ニンゲン、コミュニケーションが大切というから」

 

 そう言うと、アレクシスは俺へと尋ねてきた。

 

「さて、リュウタ君。あの時、つまり、君が怪獣にやられた時だが。君は私を打倒しようとした。それは何故だい?」

 

 何故も何もあるか。

 

「……怪獣を操って、街を破壊する怪人に、アカネさんが捕まってんだ。そのままにしておけるか」

 

「ナゼ?」

 

「てめえみたいなヤツが、いつまでもアカネさんの好きにさせているわけがないだろ」

 

 気に食わない奴がいたら、怪獣に暴れさせて、殺させる。被害者の記憶さえも失わせる。そりゃ、そんな能力を持った召使いが、甲斐甲斐しく世話をしていたら、倫理観なんて崩壊するだろう。

 

 最初は憎しみの対象へと。

 

 段々とむかつくやつへと。

 

 最後は不快にさせた人へと。

 

 殺意のハードルは下がっていく。殺しても、誰にも責められないのだから。罪にも問われないのだから。ブレーキなんて効かせられない。おかしくなるに決まっている。

 

 問題は、それがアカネさん個人の力じゃなく、この悪魔の能力だということ。空想特撮まんまの力を持っている奴が、アカネさんの好きにさせて、いたせりつくせりの世話をしている理由はなんだ。

 

「この星の侵略が目的なら、別の奴に憑けばいいだろ!」

 

 侵略、あるいは破壊。別の目的があるはずで、アカネさんを操るのも、その一環。なら、目的を果たした最後に、彼女は使い潰される。

 

 だが、アレクシスは、そんな俺の剣幕を見て、こらえきれないように不快な声を漏らした。

 

「ふ、フフフフ……」

 

「このっ!!」

 

 血が上り、殴りかかろうとする俺へと。

 

「いやいや! それが君の考えだったのか! まいったねえ。そう思われているとは思わなかったよ!! 誤解にもほどがある!!!」

 

 ケラケラケラ。

 

 浴びせられたのは、道化師、悪魔、怪人、その本性が現れたような、奇怪な笑い声だった。

 

 俺は、あっけにとられるというよりも、不気味に思った。肝が冷えた。このアレクシスの笑い声は、真実、俺の誤りを告げているようだったから。俺が、彼の狙いだと思っていた、命を懸けて阻止しようとした全てが、根本から間違っていると。心底オモシロいと言いたげだったから。

 

 そして、笑いを止めたアレクシスは俺へと言うのだ。

 

「私の狙いはこの街でも、この世界でもなんでもない」

 

 

 

「アカネ君だよ」

 

 

 

 悪魔は、静かに、それだけを告げた。

 

「な、なにを……」

 

「私はアカネ君と共にいて、彼女を幸せにすることが目的だ。この世界になんて、何の興味もない。まあ、だからこそ、怪獣を好きにさせているのだがね」

 

 怪人は笑いもせず、至極真面目な様子で話し続けた。

 

「ウルトラマンが好きだと、そういう妄想に走りやすいのかな? まずは、私のことから、理解してもらうとしよう」

 

 アレクシスは語る。

 

 アレクシス・ケリヴは、不老不死の存在だった。

 

 いかな方法でも殺すことができない、悠久の時を生きる旅人。だが、あまりにも長く生を過ごす中で、彼から失われるものがあった。

 

 それが感情。

 

「つまりはね、退屈だったんだよ」

 

 不老不死の怪人は、全ての物に飽き、感情が動かされなくなった。けれど、死という卒業はなく、ただ単に生きるだけ。そのまま、無駄な時を過ごすことに、何の意味があるのかと考え、アレクシスはある方法を見つけ出す。

 

 自分が感情を抱けないなら、誰かの豊かな感情を、情動を分けてもらえばいい、と。

 

「目を付けた、という言い方は失礼かな? まあ、目を付けたことに変わりはないのだけれど。

 私は人間の感情を狙うことにした。彼等は感情豊かで、何気ない出来事にも一喜一憂する。私とは違って、ね。それはとても魅力的で、喉から手が出るほど、味わってみたいものだった」

 

「分けてもらうって……」

 

「もちろん、パートナーに危害は加えないさ。それで消費したら勿体ない。それよりも、甲斐甲斐しく世話を焼いて、好き勝手に生きてもらうほうが有意義だ。奇妙なことに、人間は豊かな感情をもつのに、社会が抑圧的だからね。

 だから、彼らの欲望を、感情を開放してもらう。そのためなら、いくらでも怪獣を作ったり、ご機嫌取りだってするさ」

 

 その対象が新条アカネという女の子であっただけ。

 

「な、なんで、アカネさんを……」

 

「正直に言えば偶然だねえ……。ただ、アカネ君は人一番感受性が強くて、我慢をしていた。どんな感情が解放されるのか、知りたくなったんだよ」

 

 つまり、

 

「私はアカネ君に危害を加える気はない」

 

 腹を割って話していると、そう言いたげな、断言。でも、納得はできるものじゃない。納得はしたくない。俺がこれまでしてきたことが、アカネさんのためだと思ってきたことが、全て勘違いだとアレクシスは言っているのだから。

 

「でも! お前はアカネさんの記憶を……!」

 

「彼女の望みでもあった。君との記憶を忘れたいというのは。

 まさか、君は、恋人が死んだ記憶を抱えて、毎日泣いて暮らして欲しいとでもいうのかい?」

 

「俺へ怪獣を仕掛けた!」

 

「その望みもアカネ君にはあったさ。土壇場で自分を否定した君を消したいとね。もちろん、生きていて欲しいとも思っていただろうが。そんな感情が両立するのも人間さ」

 

「嘘を……!」

 

「嘘だとして、君に言うメリットは何だい。グリッドマンと違って、君は敵にもならない。邪魔だと思うなら、とっくに消している」

 

 気が付くと、俺の喉元へと黒い刃が突きつけられていた。

 

 ほらね、と。俺を排除することなんて、今でも簡単だと。けれども、その刃を引っ込めながら、俺の必死の反論をアレクシスは上から塗りつぶしていく。

 

 気が付けば、俺の喉は乾ききっていた。もう、コーヒーの香りも何も届かない。ガラガラと、せっかく取り戻した記憶が崩れ去っていくような、いや、自分自身が揺らいでいく気がしている。

 

 絞り出したのは、子どもじみた否定だった。

 

「……じゃあ、なんで、それを俺に話すんだよ!」

 

「君は良いスパイスだから」

 

「……は?」

 

「アカネ君の感情を揺り動かす存在として、ちょうどいい」

 

 アレクシスは俺を見ながら言う。

 

 新条アカネだって退屈する。怪獣をけしかけるだけで満足していた。自分の怪獣をデザインすることに楽しみを感じていた。だが、怪獣と言う非日常も、繰り返せば日常になる。

 

 新条アカネはアレクシスの与える刺激へ飽き、感情の起伏が乏しくなった。

 

「そんな時に現れたのが、君だよ。リュウタ君。

 君はアカネ君を楽しませて、感情を揺れ動かした。最後はああいう残念な結末になったけどね。あの後、私もがっかりしたよ。アカネ君は前よりも退屈するようになった。

 けれど、運よく君は戻ってきてくれた。今、同じように、アカネ君は君へ惹かれている。そして、君には怪獣と戦う力も宿った。ほどほどに強くて、アカネ君を苛立たせないくらいのちょうど良い力が」

 

 だから、

 

「私がしたいのは提案だ。私と共に、アカネ君を楽しませようじゃないか」

 

 日常は彼女の恋人として。

 

 非日常は怪獣プロレスの出演者として。

 

「『彼女を幸せにしたい』。君はそう言っていただろ? 目的は、一致していると思わないかい?」

 

 悪魔は、そう言って、手を指し伸ばす。

 

 真っ黒な、奈落の底へと、幸せな地獄へと誘う悪魔の手。

 

 払いのければ良かった。けれど、それは魅力的だった。

 

 本当に、アカネさんを幸せにすることが目的なら。俺も同じだ。そして、俺が失った、彼女との関係も、何もかもを取り戻せる。今のままなら、怪獣使いと光の巨人。最後は敵対の道しかない。

 

 俺は思わず左手を伸ばしそうになって、訳も分からず右手で押さえつけていた。

 

「……っ」

 

 自分でも、そんな自分がいたことに驚く。

 

 何度も言ってきた。アカネさんが幸せなら、それでいい。守りたい家族なんていないし、部活仲間くらいしか、親しい友人もいなかった。そして、アカネさんが幸せでいてくれるなら、彼女自身が望むなら、他の奴らも見捨てられると思っていた。彼女が笑顔でいてくれるなら、どうでもいい。

 

 ……アカネさんの真実を知るまでは、ずっと考えていた。

 

 目を閉じ、自然と、小さな声が出てくる。

 

「……それでも、怪獣は人を殺す」

 

 

 

「ハハハ! 君だって、彼女以外の他人はどうでもいいだろうに!!」

 

 

 

 その嗤いで、気持ちは固まった。

 

「そうだよ」

 

 左手の力が抜ける。こいつの誘いに乗る気持ちが、ジワリと消え去っていった。

 

 そうだ。俺も、同じように考えていた。それで、彼女とアレクシスの関係を知って、悩んで、走り回って、泣き叫んで。あの雨の中で、何を決意したかを思い出す。

 

 今だって、アカネさんが一番大切だってことは変わらない。

 

 でも、内海と出会って、仲良くなって気がついたんだ。

 

 どうでもいい他人なんて、いない。嫌いな人間はいくらでもいるけれど、消えて良い人間はいない。俺が、アカネさんが幸せになるためには、そんな人との出会いだって、必要だと分かったから。彼等のおかげで、俺たちは結ばれたんだから。

 

 そう思って、俺は彼女を助け出そうと決意できたんだ。

 

「……っ!!」

 

 アカネさんが怪獣使いだって、最悪な事実と一緒にだけど、決意まで記憶は取り戻してくれた。

 

 だから、

 

「違う! ほかの人間を殺しても、アカネさんは幸せになれない!!」

 

 叫び、アクセプターを掲げようとして、

 

 

 

「いいじゃないか。何もかも造り物なのだから」

 

 

 

 至極当然と言いたげな、悪魔の声が俺の全てを壊した。

 

 

 

 

「ん? アレクシス、どこに行ってたの?」

 

「ちょっとね。知り合いに会ったんだ」

 

「えー? アレクシス、この世界に知り合いなんているわけないじゃん!」

 

「それがいるんだよ。とてもオモシロい知り合いが……。フフフ、今度紹介しよう。きっとアカネ君も楽しめると思うよ?」

 

 

 

 気が付いた時は、夕方に戻っていた。

 

 場所は良く分からない。どっかの雑木林。たぶん、一日は経ったのだろう。まあ、それもどうでもいい。服も汚れ放題で、辺りには、なんかごみが散らばっているし、俺もごみの一部っぽくなっていたけれど、考えてみたら変わりはなかった。

 

 周りを見渡すと、近くの木の根元に反吐が落ちている。ああ、それも、たしか俺だったかな。なんだっけ。やけになって、変な物を飲み食いして、酒も、もしかしたら飲んでいたかな。別に、法律も何も関係はないから、許されるだろう。

 

 立ち上がろうとして、ふらつき、反吐を吐いたのと別の木へ、体を横たわらせる。

 

「……はぁ」

 

 もう、何もかも、やる気はなかった。グリッドマンも、怪獣も、どうでもいい。死んだ方が楽だが、そんなことにも意味は感じなかった。

 

 目を閉じると、昨日の悪魔の声だけが、ずっと響いてくる。

 

『この世界はね、造り物なんだよ。アカネ君が作り出した、彼女に都合のいい、優しい世界。街も、人も、なにもかも』

 

 そして、

 

『もちろん、君も』

 

 それが、怪人の伝えた真実。

 

 聞いた時、意味はまるで分からなかった。

 

 この世界が造り物? あり得ない。俺たちはこうして生きているし、アカネさんが作ったというのも突拍子がない。怪獣のデザイン力を凄いとは思うけど、アカネさんが神様みたいな存在なわけはない。こいつは狂っているだけだと思った。

 

 考えた通りに、口を必死に動かして、罵声を怪人へと浴びせる。けれど、悪魔は平然としながら、ため息をつくのだ。

 

『単純に言うとね。アカネ君は異世界人だ。彼女達、人間が暮らす世界から、私がアカネ君をこの世界へ連れてきた』

 

 怪人が言うには、アカネさんの世界と、俺たちの世界には繋がりがあったという。互いのことを認識しているわけでも、行き来できるわけでもない。けれど、俺たちの世界が壊れると、彼女の世界へ多少の影響を与えることもあった。そんな、隣り合う世界。

 

『この世界には元々何もない。街も、何も。ちょっとした生き物は、いるにはいるけれどね。影響されやすい、なんでも作れる、無色のキャンバスさ。

 そこへアカネ君がやってきた。本当の人間が。あとは、彼女の記憶や知識を使って、好き勝手に世界を作ってもらったという話だよ」

 

 そうしてできたのが、このツツジ台。

 

(馬鹿らしい)

 

 即席ラーメンみたいな気安さで世界ができるなんて。冗談にしても、もう少しは設定を練れよ。ウルトラマンでも、そんな話はないだろう。ウルトラQでも、もう少し科学的な説明がつく。

 

 だが、アレクシスは俺に言う。

 

 俺が心と裏腹に、顔を青ざめさせていることに、きっと怪人は気づいていた。

 

『君もわかっていたんじゃないかな? 今の君は、この世界の存在ではない。ハイパーエージェントの体を得た。街が造り物だと、感覚を得たのは、一度や二度じゃないはずだ』

 

『それ、は』

 

 口には出さずとも、肯定はある。

 

 変身した時、街を歩いていた時、何度も感じた違和感。脆くて現実感のない街。それが、証拠だとでもいうのだろうか。

 

『まだ疑問に思うなら、変身して、街を飛び出せばいい。何もない世界が見えるだろう。アカネ君、めんどくさがりでね。必要な時以外、ツツジ台の外は作っていないんだ』

 

 この間、ツツジ台からアカネさん達の元へと向かったとき、原因不明の眠気に襲われた。変身しているときに居眠りだなんて、馬鹿みたいなことを。ツツジ台との間に、何が存在するかも確認できていない。

 

 まさか、が。本当に、に変わる。何より、俺の身体自身がそれは本当だと、肯定を返してくる。

 

 アレクシスの言葉が遠くから聞こえた。

 

 もう、数秒前の決意なんて、バラバラに消し飛んでいた。

 

 そして、倒れないように必死にこらえる俺へと、アレクシスは決定的な二つのことを告げた。

 

『さて、考えてみようじゃないか。

 君とグリッドマンが私を倒した時、アカネ君はどうなると思う?

 もう、この世界にはいられない。たった一人で、元の辛く悲しい世界へと戻されるだけだ』

 

 俺が戦ってきたのは、アカネさんとの未来が待っていると、彼女の幸せがあると、そう思っていたからなのに。

 

『そして、』

 

 俺自身にも、未来があると思っていたのに。

 

『君だって、もう死んでいる』

 

 悪魔がささやく。

 

 力が抜けた右手を掴み、俺の胸へと当てながら。

 

『変だと思ったんだ。君の身体は、消滅していたのに、どうやって生きているのだろうと、ね。

 生き返った? そんな都合のいいことはないさ。まったく、ハイパーエージェントというのは酷いことをする。記憶が戻ったのに、だんまりを決めているのは、罪悪感からかい? グリッドマンシグマ』

 

 掌に、鼓動は伝わってこなかった。

 

『なぜ、君が、ハイパーエージェントや怪獣を見分けられたのか。なぜ、君が、変身せずとも力が使えたのか。なぜ、シグマの身体を動かせるのか。なぜ、あのパソコンを使わずに変身できるのか』

 

 答えは、分かってしまえば簡単。

 

 ウルトラマンとは逆のパターン。

 

『君に、シグマが取り憑いているんじゃない。シグマに、君の断片が憑いているんだよ』

 

 死んで、バラバラに分解された馬場隆太という人間の残骸、意識。それが、グリッドマンシグマと言うハイパーエージェントによって維持されている。

 

 それが今の、馬場隆太。

 

『こんな出力を落として、人間のフリをさせて。長くこの世界にいるためかな? それとも、彼の意識を守るためかな? どちらにせよ、甲斐甲斐しいことだ』

 

 呆然と見下ろした俺の体。

 

 新世紀中学生からは光が見え、怪獣少年からは黒い影が見えた。

 

 じゃあ、俺は……。

 

(ああ――)

 

 不細工な、穴ぼこだらけのパズル。パッチワーク。青い光の上に張り付いたそれは、どうしようもなくツギハギに見えた。

 

 もう、声も何も出せない。

 

『よく分かっただろう? 戦った先に、君とアカネ君の未来はない。

 アカネ君が帰るか、君が消滅するか。まあ、どちらともが起こる可能性が一番高いだろうね』 

 

 だから、

 

 

 

『君に戦う理由なんて、もう無いんだよ』

 

 

 

 それが、結末。

 

 思い出して、もう一度、何だかよく分からないものを地面へ吐き出した。

 

「……はは」

 

 笑えてくる。

 

 これまで戦ってきたのは、第一と二と三にアカネさんを守るためで、第四に友人がいる街を守るためで、その後に、記憶を取り戻して元の生活へと戻るため。

 

「はは、それが! こんな!」

 

 守りたかったもの、全部消えた。

 

 真っ白だ!

 

 すっごいな、何にもないぞ。

 

「ほら、シグマ! 心臓動いてないって! 何日も生活していたのに、気づかないとか、マジで間抜けすぎない? 飛行練習だって、わざわざ低空で飛んでさ。あれかな、やっぱり無意識に気づいていたのかな?」

 

『……リュウタ』

 

「怪獣倒したら、全部ハッピーエンドとか! さすがにウルトラシリーズ見すぎだと思ってたけど! 結構本気で考えてたのにさ、現実ってこんなもんだよな! 現実どころか、造り物だったけど!」

 

『リュウタ!!』

 

 なんだよ、ようやく話したと思ったらさ。

 

『泣くな、リュウタ』

 

「……いいだろ、それくらい」

 

 自棄くらいおこさせてくれよ。それとも、いい話でもあるのか?

 

 ご都合主義のハッピーエンドでも起こるってのか?

 

「戦ってさあ! 待ってる結末って何だよ!! 黒幕のアカネさん殺して終わりか!? 元の世界へ見送って終わりか!? それで、俺は成仏しましたで、終わりか!?

 そりゃ、ドラマならそんな結末もありかもしれねえけど! アカネさんがいなくなったら、世界ごと消え去るかもしれないなんて! こんなの、何にもならない! 意味ないだろ!!」

 

『それは、違う』

 

「何が違うんだよ! おかしいと思ったんだ。グリッドマンと違いすぎるって! 意識あるのに、身体も動かせなかったとか! そりゃ、余計な俺が付いていたらシグマだって戦いづらいに決まってるよな!? 

 あいつらも、どうせ気づいてたんだろ! だから、俺だけにトレーニングとかさせてた! 響には一言も言わなかったのに!! 何が、『心を合わせる』だ!! 適当なことを言いやがって!!!」

 

『……諦めるのか?』

 

「……っ」

 

 疑問へ、答える気力もない。シグマのヒーローらしくない小さな声に、俺は、湿気た声しか返すことができなかった。

 

「……なんで、普通に死なせてくれなかったんだよ」

 

 わざわざ、シグマが負担を被ってまで、俺の意識だけ残して。それで、こんな『本当の話』を知るくらいなら、あのまま、馬鹿みたいに走って、終わらせてくれた方がよかったのに。

 

『君が終わりたくないと願ったからだ。私も、君を助けたいと願ったからだ。そして、君には大切な願いがあったからだ』

 

「……だとしても、もう終わりだ。ヒーローごっこも、何もかも。どっちみち、俺が欲しかった未来は、何にも残っていないんだから」

 

 アカネさんを幸せにしたい。それが、意味のなくなった、愚かな少年の願い事。

 

 結局、俺だって利己的な人間だ。あの時走り出せたのも、これまで戦ってこれたのも。アカネさんを救えると、アカネさんとの未来につながると思い込んでいたから。

 

(こんな目に遭って、それでも、アカネさんのことが好きなのに)

 

 変身できても、シグマになれても、戦えても。結局、アカネさんを救うなんて目的も全部、勘違いだった。

 

 戦う決意も、目標も、怪獣退治も、馬鹿みたいに取り組んだトレーニングも。

 

 なんだよ、全部造り物って。そりゃ、壊すのに抵抗ないに決まってる。子どもがソフビをぶん回しているようなものだ。そんな真実も、ただの『人間』のままなら知らず過ごせたのに、シグマになって自分で実感してしまうなんて。

 

 守るものも何もない。

 

 できることも何もない。

 

 弱っちい、ゾンビみたいな、戦いが終わったら消え去るだけの俺なんて。

 

 あの憎いアレクシスの思惑通り、ピエロを演じるのも良いかもしれないと思い、そんな気にもなれなかった。アカネさんと、もう一度会える気もしない。

 

 ただ、こうしてゴミのような役立たずが、ヒーローの足を引っ張って、もう何も感じないまま、朽ち果てたいと願い。

 

「……ああ」

 

 でも、一つだけ、やり残したことがあったと、気が付いた。

 

 ふらりと立ち上がる。

 

 見上げた空に、怪獣がぶら下がっていた。

 

 

 

「内海君! ちょっと! 早く来てよ!!」

 

「……」

 

 六花の声に、内海は応えようとはしなかった。

 

 場所はいつもの『絢』。ついでに、いつものように怪獣が現れて、グリッドマンと裕太が迎撃に向かっている。けど、いつもは最前で声を張り上げている内海は、カウンターに頭をのせたまま、動こうとしなかった。

 

 なんにもやる気が出てこない。

 

 日ごろの習慣で、怪獣が出たから『絢』へ来たが、それでも気持ちは動かなかった。不気味なことに、新世紀中学生も何も言ってこない。

 

 無気力で、どうしようもないダメ男という調子。放っておいて欲しいなら、家に引きこもっていればいいが、そうするのも情けない。

 

 内海はぼんやりとしながら、

 

『えー、でも、君とはいいや』

 

 なんて、無慈悲な断り文句を反芻する。

 

 昨日、本屋でばったりと出会い、そのまま遊びへと連れ出せた想い人。そんな彼女へと、焦りに身を任せて告白をしたのが、その一時間後。

 

 結果は、困ったように断られて終わり。

 

 内海としては本気の告白だったのに、まともに受け止めてもらえたかも怪しかった。

 

(『とは』って何だよ。『君とは』って)

 

 他に恋人にしたいやつでもいるのか。あんな怪獣趣味を理解したり、新条アカネが一緒にいて楽しいと思えるやつが。これまでクラスを共にしてきた内海でさえ、あの趣味に気づくことはなかったのに。

 

 そう考え、内海の脳裏に浮かぶのは、ある姿だった。怪獣が好きで、ウルトラマンにも詳しくて。そして、内海と違い、ヒーローにもなれる少年。

 

 けれど、それを無理やり追い出して、考えないようにする。フラれたなんて最悪の事実に、それで作られるマイナスエネルギーを、その『友人』へ向けたくはなかった。

 

(あいつ、今日は来てねえし)

 

 できれば、しばらく顔も見たくはない。見れば、きっと、嫉妬に狂って、最悪な気分になるから。

 

(どうせ、今日もグリッドマンとシグマが勝って終わりだろ)

 

 だから、内海はそのまま寝落ちしようとして、

 

「早く!! 来てよ!!!」

 

 大声と共に、六花に耳を引っ張られた。

 

「いってえ!? なんだよ!!?」

 

 激痛に飛び起きて、六花へと怒鳴りつける。

 

 ちょっとくらいはセンチメンタルな気分に浸らせてくれてもいいだろ、と。今日も俺に出来ることはないだろ、と。

 

 だが、六花の表情は余裕がなく、汗まで浮かべていた。グリッドマンが物真似怪獣に敗れた時と同じか、それ以上に、彼女は戸惑っている。

 

 そんな表情を見ると、内海も顔を引き締めるしかなかった。急いでジャンクの前まで行き、憮然とした表情で固まっている新世紀中学生を退かして。

 

 そして、

 

「な、なんだよ、これ……」

 

 絶句する。

 

 画面の中では戦いが起こっている。戦闘機になったヴィットに乗り、UFO怪獣と空中戦をするグリッドマン。そして、地上でも、もう一組の戦いが繰り広げられていた。

 

 面子は同じ。

 

 今日は会いたくない、ウルトラオタクの変身した青い巨人vs物真似怪獣。割と実力が拮抗していて、この間はボラーの助けがありつつも、あと一歩のところまで追いつめていた相手。

 

 だが、その戦い方は。

 

「どうしたんだよ……。おい、リュウタ!!」

 

 内海が見つめるシグマは、ヒーローには見えなかった。

 

 ただの、巨大な悪魔に見えた。




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