SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ【完結】 作:カサノリ
最後の箸休め回です
「えーっと、ちょっと待ってよ……」
宝多さんが困ったように呟き、俺を見た。
「まず、馬場君が、アカネの元カレで……」
「今も彼氏のつもりだけど……」
「けど新条は覚えてないんだろ?」
「はぁ!? フラれてないから付き合ってんだよ!?」
「もー! ちょっと黙ってよ!!」
バンと机を叩かれて、俺と内海は黙る。恐る恐る、目を開けると、ジャンクの前では、宝多さんが状況が把握できないとばかりに、頭をひねっていた。
戦いが終わって、次の日の放課後。俺たちは『絢』へ集合し、状況の確認を行っている。
まずは昨日のことを謝って、俺は知っている情報を全て伝えた。アレクシスとか、アカネさんとか、世界のこと。……まあ、少し話しづらいところは誤魔化して。
そして、その情報は、宝多さんにとっては寝耳に水だった。友達が神様だったとか、怪獣を操っていたなんて突然聞かされて、普通に受け入れる方がおかしいから、当然だけれど。
宝多さんは、自分を納得させるように、小さく呟く。
「……アカネが怪獣好きはともかく、怪獣使いで。変な悪魔がアカネに寄生していて。それに、この世界が、アカネの造り物とか……。意味わかんないんだけど……」
俺は頷きしか返せなかった。俺だって、まともには信じられず、混乱して、昨日はあんな騒動を起こしてしまったんだから。
ただ、俺たちが人形とは思わないまでも、この世界の成り立ちにアカネさんが関わっていて、彼女が別の世界の住人だというのは、正しいと思っている。
街の外には、何もない。
それはグリッドマン達も確認している。街の天蓋に広がる、不思議な世界を。そして、今にして思うとだが、アカネさんのことを、遠くからでも見つけられたのは、彼女が他の人達と違うと、感じていたからかもしれない。
「……響君たちは、どう思うの?」
宝多さんが、おとなしく隣で話を聞いていた響へ話しかける。
当の響は、宝多さんから話を振られるまで、ぼーっとしていたようで、話しかけられたことに驚いて肩を動かした。
ほんと、この話を聞いても動じてないとか、肝が据わっているよな。
すると響は、恐る恐ると、
「……実は、同じこと、俺も聞いたんだ」
と言い出した。
響の話も大概、ファンタジーだった。
二日前、自分を怪獣だと名乗る少女が突然現れて、新条アカネが神様だと告げたのだとか。とても親しみやすく、奢ってくれたそうだ。
「それと、昨日も」
アカネさんが、わざわざ響の家に現れて、自分が怪獣使いだと明かしたという。多分、アカネさんは随分前から、グリッドマンの正体が響だと、アタリをつけていたのだろう。
俺にも責任はある。響と会っていることとか、アカネさんに伝えてしまっていたから。
一通り話し終えると、響は皆に頭を下げた。
「ごめん。ほんとは、すぐに話したかったけれど」
内海がとても落ち込んでいて、アカネさんと友達である宝多さんには、簡単に開かせなかったらしい。
「……まあ、リュウタの話とか、昨日のアレを観なかったら、俺も信じなかったと思うし」
内海達にとっては、ちょうど良かったのかもしれない。
ともかく、これで、同じ証言が二つ。情報ソースが別でもあるし、信憑性は上がってしまった。
宝多さんは、ますます悩まし気に、大きなため息を吐く。
そして、内海も。椅子の上で足をくみ、腕をくみ、考えながら言うのだ。
「……新条が黒幕とかさ、この世界が箱庭とかは判断つかねえけど。……でも、俺も、リュウタが元クラスメートだってのは思い出した」
「…………は?」
おい、今なんて言った?
「ちょっと待て、内海!? ……俺のこと?」
「サッカー部の馬場隆太、だろ。東聖大付属ボコって、ちやほやされてた。それで新条と付き合い始めて、……ついでにウルトラオタクだった」
その馬場隆太がお前だろ、と。
(……なんで?)
確かに、俺のことだけど。ちょっと待ってくれ、思い出したっていつだよ。さすがに、最初から知ってたとかなら、怒るぞ。
「昨日だよ! 昨日!! シグマのとこに行った後! あの時は必死で分からなかったけど、落ち着いたら『そういえば』って。リュウタは、元クラスメートだったって……」
「どうやって!?」
「……わかんね」
「そこが一番大事だろ!?」
思わず、内海にチョークスリーパーをかける。
ほんと、そこ大事だぞ! どうやればみんなの、アカネさんの記憶が戻るのか。ずっと、悩んでいるんだから! 本当に大事なところだぞ!!?
「いってえよ!? って、やっぱりお前、教室でネコ被ってやがったな!? カッコつけてたからな、サッカー部連中!!」
教室じゃ、こんなこと絶対にやらなかったのは、本当だけど、さ。
「おい、こいつ泣いてるぞ」
「ボラーは黙って! 泣いてねえ! 全然泣いてねーし!!」
「だーかーらー! いちいち話を切らないでよ!? 二人とも!!!」
「「……すみませんでした」」
「まずは、整理をしよう」
マックスはホワイトボードに、『解決しなければいけないこと』とペンで書き込んだ。
「皆の話から、課題が見えてきたな」
言い、その下に続くのは三つの課題。
一、アレクシス・ケリヴの討伐
二、新条アカネの説得・救助
三、世界の維持
「もちろん、全て、難題ではあるが。理由も分からず現れる怪獣と戦ってきた事と比べれば、前進だ」
その言葉にうなずきながら、考える。
見れば見るほど、どうすればいいのやら。
特に三番。世界をどうするとか、アルケミースターズ並みの天才が必要な場面だ。具体的には我夢とか。我夢とか。ほんとに我夢が欲しい。ウルトラマンガイアの前に、高山我夢が欲しい。
周りを見渡すと、響も宝多さんも、どうしたものかと、顔を曇らせていた。そんな雰囲気の中、真っ先に声を出したのは、まさかの内海。
「……でも、案外なんとかなるんじゃねえの?」
えらく呑気な声だった。思わず、俺は内海へと疑問を零す。
「いや、ここが箱庭世界だったら、どうやって維持するかって、超重要な問題だろ? なんとかってなんだよ、なんとかって」
けれど、内海は内海で、考えていることがあるようだ。ガサゴソとバッグからとある物体を出した。
「リュウタ、ってか、そのアレクシスが言うように、俺たちが造り物とか、全部、新条の思い通りとかが本当だったら。そりゃ、どうすりゃいいのか分かんねえけど。隔離された街って方が納得できるし。
けどさ、この世界の丸ごと全部は、新条も好き勝手にできてないって思うんだ」
出てきたのは、BDだった。俺たちの好きなヒーローに混じって、奇妙な物体が並んでいるBD。ウルトラオタクとしてはコメントしづらい作品のBD。
『ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団』
悪名高いハヌマーンが出てくる作品だった。
「「「……」」」
「黙るなよ!?」
黙るよ。俺だって意外だよ。それが出てくるとは思わなかったよ。
宝多さんなんて、本当に冷たい目を内海へと向けてる。ちゃんとした理由を話さないと、後が大変だ。皆の視線に気まずそうにしながら、内海はハヌマーンを指さし、言う。
「これ、リュウタへの罰ゲームで借りてきたんだけどさ。……あの怪獣好きの新条アカネが、自分の世界にこんなの作ると思うか?」
……ああ、なるほど。罰ゲーム云々は後にして、ちょっと納得してしまえるのが悔しい。
「馬場君、どういうこと?」
「……この映画、版権とか、ストーリーとか、色々問題多すぎるんだけど。……絶対に、アカネさんは大嫌いな話なんだ」
なにせ、怪獣がボコボコにされるんだから。ウルトラ兄弟全員集合に、変な猿も混じって、一方的な集団リンチ。ウルトラリンチなんて、不名誉な言葉が生まれた作品でもある。
当然、アカネさんには、我慢ならない作品。
「これだけじゃなくて、ウルトラマンも。初代から、あんなに何本もシリーズになってる。新条が一から十まで作ってるなら、怪獣主役番組ばっかだろ。ウルトラマンいらねえだろ」
「……アカネさん、ほんと怪獣好きだからなぁ」
「えぇ……。アカネ、そんなになの?」
ついでに、ウルトラマン大嫌いだ。
宝多さんがちょっとひいている横で、俺と内海は頷きを交わした。
『なるほど。世界がある程度、新条アカネから独立している根拠になるな』
「ハヌマーンを根拠にしたくないけど」
アカネさんの、怪獣への拘りは、信用できる。グリッドマンも、ハヌマーンを見ながら、頷いていた。この猿が世界を救う日が来るとは思わなかったな。
とはいえ、アカネさん、というかアレクシスが街を作り直したり、記憶を奪ったり、世界に対して大きな力を持っていることは事実。それに、この街の外に、何も存在しないことも。
この件は、引き続き、新世紀中学生が調査を進めてくれることになった。世界の外から来たエージェントに、今は任せるほうが良いだろう。
さて、俺をめちゃくちゃ悩ませた課題が、ウルトラ理論で保留になったところで。次は、
「アレクシスの野郎をどうやって倒すか、か」
午前中、新世紀中学生を引き連れて、アカネさんの家に乗り込んだら、あいつは怪獣部屋ごといなくなっていた。無人どころか、部屋もなくなっていた。アカネさんは学校に来たと言うので、拠点をどこかへ動かしたか、俺たちが入れないように細工をしたのだろう。
これでアカネさんが学校にいなかったら、なりふり構わず探していたとこだ。
そんな黒幕であるアレクシスは、
「えっと、不死身の怪人で、怪獣を実体化させるんだっけ?」
「不死身ということは、攻撃はまともに効かないと考えた方が良いだろう」
「斬っても、だめ、か?」
「ダメだろ。バラバラになっても生きてんだろ」
下手に戦うのは嫌な予感がする。姿はエンペラ星人っぽいし、多分、かなりのチート野郎。対処を間違えば、アカネさんにも被害が及ぶ。
すると、右手のアクセプターから、声が聞こえた。
『リュウタ、アレクシスへの対処については私に考えがある』
「シグマから?」
『ああ、記憶を取り戻した今なら、伝えられることがあるんだ』
言われるまま、シグマに話してもらうことにする。以前と同じように、アクセプターからホログラムが出てきて、シグマは、話を始めた。
『改めて名乗らせてくれ。私はハイパーエージェント、グリッドマンシグマ』
そうして、シグマが語ったのは。この世界へやってきた時のこと。
シグマは、グリッドマンよりも少し前に、この世界へとやってきた。目的は、ハイパーエージェントとして、犯罪者であるアレクシスを捕縛すること。
けれど、無理にツツジ台へ潜入しようとしていたシグマは、迎撃され、大きなダメージを負ってしまった。記憶喪失や弱体化は、その後遺症とのことだ。
そうしてまで、侵入を急いだ理由は……、
(俺、か)
死にかけた俺を助けようとしてくれたのだろう。迷惑かけっぱなしじゃないか、とまた謝りそうになるが、続いた言葉が、そんな暇を与えなかった。
『その後、兄さんも、アレクシスに敗れてしまったのだろう……』
「……ん?」
「え?」
「……兄さん?」
『む? ……ああ、グリッドマンは私の兄だ』
「「「えぇ!?」」」
学生三人、揃ってジャンクを見る。
以前、グリッドマンとシグマの関係性について、色々とオタクトークを繰り広げたのに、当たっていたなんて。しかも、当のグリッドマンはといえば、
『なるほどな。君が私の弟だったのか、シグマ』
『ああ、兄さん』
なんて、納得したみたいな調子で会話をするのだ。
「……いや!? もうちょっと、兄弟らしい会話とかないのか!?」
『あ、俺たち兄弟だったわ』みたいなヘンテコなノリは何なんだろう。やっぱりウルトラマンみたいに、ハイパーエージェントはどっかずれてるんだろうか。
「ま、まあ、グリッドマンも兄弟が見つかって良かったってことで……。じゃあ、グリッドマン達が記憶を失っているのも?」
『ああ、おそらく、アレクシスから受けたダメージが原因だろう。兄さんもまだ全力を出せてはいない』
「じゃあ、急ぐのは、グリッドマンの回復。……けど、そのフルパワーのグリッドマンを、アレクシスは破っているかもしれないのか」
気が重くなる。
昨日の戦いでは、グリッドマンはアンチグリッドマンに退けられた。けれど、それは連戦でエネルギー切れ寸前だったことが理由。シグマとで地力を比べたら、まだ全然、グリッドマンの方が上。シグマには俺という枷もある。
アレクシスも余裕なわけだ。俺たちの、最高戦力であるグリッドマンにも、勝ったのだから。
そこで、シグマは首を振り、俺の悲観を否定した。
『リュウタ、勝負は時と場所が肝心だ。次の戦いまでに有利な状況に持ち込めば、結果は変わる。次は私たちもいるだろう?』
「……そうだな」
まだ、アレクシスは出てこない。奴は怪獣を出せるし、目的はアカネさんの感情を味わうこと。現状、アカネさんは俺たちの戦いを楽しんでいるというから、この状態を維持したいはずだ。
何かきっかけがあって、その余裕を崩した時が、勝負。それまでは、被害を少なくするためにも、アカネさんの怪獣を倒し続けなければいけない。
『不死身への対処も、命まで奪う必要はない。十分に力を削れば、封印は可能だろう』
「じゃあ、そこも何とかしようってことで……」
最後は。
俺はホワイトボードを見て、残った文字に、表情を引き締める。
『新条アカネの説得・救助』
俺にとっては、一番大切な問題。けれど、俺が何かを言う前に、口火を切った奴がいた。
「なあ……」
と、悩むような内海の声。
らしくない口調に、そういえば、今日、内海は妙に静かだったと思い返す。グリッドマンとシグマの関係性なんて、興奮して踊り出しそうな話題だったのに、椅子に座ったままでいたし。
その内海は、立ち上がり、小さくもはっきり言うのだ。
「……新条、どうするんだよ?」
俺は、間髪入れずに答えを返す。
「助けるに決まってるだろ」
書いてある通りに。
内海が言っている意味が分からない。確かに、彼女は怪獣使いで、俺たちと敵対している。けれども、その背後にはアレクシスが存在するし、ああいう奴がいたら倫理観が壊されるのも当たり前だ。
俺は皆にはっきり伝えて、そこを悩む気もなかった。
けれど、内海は頷きつつも、俺をまっすぐ見ながら言う。
「だから、どうやって?」
「……どう?」
「新条、俺たちのこと、何とも思ってないんだろ? 造り物だって、そう思われてんだろ? 裕太が聞いたみたいに、問川達を狙った理由が『ぶつかってイラついた』だったらさ。……そんなヤツ、俺たちで説得とか、できるのか?」
彼女が人へと怪獣をけしかけたのは、そんな、『イライラして人を刺した』より酷い理由。
そんなことを行えるのは、相手を対等とも思っていないから。人間とは思っていないから。だとしたら、『クラスメート』が何かを言ったところで、新条アカネは聞く耳を持たない、と。
「……」
俺も、すぐに内海へ反論は、できなかった。
内海は言葉を迷いながら、感情が止まらないというように話を続ける。
「そりゃ、お前は新条と付き合ったりとか……。俺よりも、ずっと一緒にいただろうけどさ。
……アイツ、そんなお前のことも殺したんだろ?」
「内海、それはリュウタには……」
「……俺だって、言いたくねえよ。リュウタは新条のこと、マジで大切に思ってんだろうし。俺だって、新条のこと……。
けど、あいつが俺の友達を殺したなら。しかも、ゴミみたいに怪獣で潰したなら」
俺は、あいつを許したくねえ。
小声が、異様なほど店内に響いた。
誰も、後に続いて、口を開かない。新世紀中学生も、グリッドマン達も黙ってしまった。きっと、俺たちが答えを出すことだと、思っているのだろう。彼らの瞳は、俺たちそれぞれへ、真っ直ぐに向けられていた。
そして、
「……内海君は、アカネを倒したら、追い出したらいいって、そう思ってるの?」
宝多さんが立ち上がり、内海へと静かに言う。
隠す気もなく、その言葉には非難の感情が込められていた。
「六花……」
「……ごめん。私、馬場君が元クラスメートとか、死んじゃってたとかも、実感ない。正直、アレクシスとか、世界とか、話にも付いていけてない。
けど、アカネの話は別。アカネを、化物みたいに言うのはやめてよ。アカネは普通だし、私の、友達なんだから」
けれど、内海は俯きながら、言ってしまった。
「……そう思ってるの、六花だけじゃねえの?」
言いすぎだって、思った。
何かを言おうと、口を開いた瞬間には、
「っ!!!」
宝多さんは、肩を震わせながら店を飛び出して行ってしまう。
後には呆然とした響と、『やっちまった』と顔を青くした内海、どうしたらいいのか分からない俺が残されてしまった。
顔を見合わせるも、内海は視線を逸らす。となると、俺たちしかいない。
「……響、追いかけたほうがいい」
「……うん」
言い、俺と響は急いで店を出た。
ずっと話し込んでいたから、とっくに夕暮れに空は染まっていた。走り去ってしまったのか、もう宝多さんの姿は見えない。放っておく訳にはいかなかった。響や内海にとっては、ずっと最初からの同盟仲間。俺にとっても、もう宝多さんは大切な友達だったから。
店の前から、響には左へ行ってもらい、俺は右へ。しかし、駆けだす直前、背後からの声に止められる。
「リュウタ!」
「……内海」
どっか切羽詰まった様子の内海が立っていた。内海は、何かを言いづらそうに口を開け閉めし、けれど、最後には、覚悟を決めたと、ぐっと締めた。
そして、
「……さっき。わざと話題にしなかっただろ」
「なんの……」
「お前がもう、死んでいるってこと」
ウルトラマンのハヤタ隊員とも違って、身体もシグマに借りてる状態のことを。
「……そう、だな」
確かに、俺はその部分を、深刻にならないように誤魔化した。嘘はつかなかったが、たぶん、何とかなるみたいな調子で。
俺がどう思っていようと、事実を見れば、馬場隆太はアカネさんの怪獣に殺されている。シグマとも相談しているが、問題は解決する兆しもない。今、余計な話をして、アカネさん救助の邪魔をしたくなかった。
「……ほんと、お前、変なとこ気を遣うよな。けどさ、言いたくねえけど、新条のこと、信じられるか?」
「もちろん」
「断言って……。お前、殺されてんだぞ?」
そりゃ、字面からすれば、そうだ。正直、傍から見られた時に、十分おかしいって自覚もある。けれど、気持ちは全然変わっていないし、助けたいって真剣に考えていた。
別に、アカネさんに洗脳されてるとか、そんな理由じゃない。
「……アカネさん、全然変わってなかったから」
俺が死んでから、奇跡的にもう一度出会えて、話もした。そこでの彼女は変わっていなかった。
人一倍に繊細だし、好きなものに見せる笑顔は素敵だし、心を許してくれた相手には、からかったり、小悪魔みたいに可愛い。俺が好きになった、彼女のままだった。
それに、
「俺が殺された時、アカネさんは泣いてくれたんだ」
記憶の断片で、アカネさんの泣く声がずっと聞こえていた。
前は、俺の幻聴かとも思ったけれど、きっと、本当にアカネさんは泣いてくれた。なにせ、当のアレクシスも認めたのだから。俺をやりくるめるための物言いだが、そこだけ、あいつはミスをした。
『まさか、君は、恋人が死んだ記憶を抱えて、毎日泣いて暮らして欲しいとでもいうのかい?』
確かに、俺は聞いた。あのままなら、アカネさんはずっと泣き続けていた、と。
なら、アカネさんだって、俺たちのことを、ただの人形だとは思っていない。なにより、誰かのために泣けるのなら、まだ間に合う。ウルトラシリーズを見ていれば分かるだろ。
「だから、きっとアカネさんも記憶を取り戻したら……」
止まってくれると思っていた。まだ希望的な考えでしかないけど、他ならぬ内海が、俺に教えてくれたんだから。『諦めるな』と。だったら、俺は諦めないで、シグマと一緒に出来ることをやるだけだ。
そう言うと、内海はなぜかバツが悪そうな顔をした。
「……悪い」
「別に、アカネさんのことは……」
内海みたいに考えるのが、普通だとは思うから。
「それもだけど。……あの夜さ。……俺が余計なこと言ったから、殺されたんじゃねえのか?」
「……」
あの時のこと、か。
「俺、お前の話、意味わかんなくて。ただの妄想の話だと思って。で、ウルトラシリーズなら『諦めねえ』って。無責任に言っちまった。でも、お前は走って行って、それっきり。
……あの時は、グリッドマンのことも、怪獣のことも。……何にも分かってなかったから。けど、お前、殺されたの、その後だろ? それくらい分かるよ」
だから、内海が焚きつけなければ、と。まあ、な。
「……おまえのせい、だな」
「……っ、じゃあ」
けど、
「内海のおかげで、今、こうしていられる。……だから、ありがとう。本当に」
あの言葉があったから、走れた。だからこそシグマは助けてくれた。昨日だって、内海がいなかったら、腐ったまま消えていた。
内海は『無責任』だなんていうけれど、無鉄砲な言葉じゃなきゃ、希望も持てなかった。このウルトラオタクのせいで死んだとも言えるけど、俺は『内海のおかげ』だって言い直したい。
謝らなくちゃいけないのは俺の方だ。結局、俺はまた諦めそうになったし、内海にも『何もしていない』なんて怒鳴りつけた。俺に、こんなに色々と力を貸してくれているのに。
なので、おあいこだと思う。
そう伝えると、内海は驚くように目を見開いて、その後、少し声を震わせながら、誤魔化すように笑顔を浮かべた。
「……お互い殴りあって、とか、そういうのやったほうがすっきりするか?」
「やだよ、そんなベタベタなやつ」
「おい!? ここは受けるとこだろ!? リュウタには鑑賞会、ドタキャンされたんだし、本気で一発くらいは!!」
「その時は、俺もガチでいくぞ?」
運動部だから、かなり痛いと思うが。
「……やっぱ、やめとこ」
「じゃあ、止めとく」
「「……ぷ」」
吹き出したのは、同時。そのまま、お互いに腹を抱えて笑い出してしまった。
おい、もう思い出しただろ? こんな冗談言ったりするけどさ、俺たち、ついこの間まで、話もしたことなかったんだぞ? クラスも同じだったのに。
それが、こんなに毎日、ウルトラマン見たり、オタクトークしたり。そんな友達との縁を取り持ってくれたんだから、アカネさん助けるのも協力しろよ。
「わかったよ! リュウタが良いっていうなら、俺だって新条助けるのに協力する。……けど、俺だって新条のこと、諦めたわけじゃないからな」
「ん? 内海、フラれたって聞いたけど」
「ふられてねえよ!? 『俺とはいい』って言われただけだ! 『ノー』とも『嫌』とも言われてねえから!」
じゃあ、そういうことにしておこう。そういえば、内海とのウルトラマン鑑賞会に、アカネさんを連れてくるって約束もあったよな。嘘つきにならないためにも、怪獣大好き同盟に連れ戻さないと。
その前に、だ。
「さて……。内海のおかげで、宝多さん探すの出遅れたんだけど?」
「わ、わかったよ。俺も変なこと言っちまったし、ちゃんと探して謝るよ」
「じゃあ、俺は向こうの街角探すから、内海は残り全部な」
「さすがに広すぎね!?」
「仕方ねえな。半分半分な」
「当然だろ! あー、まったく! じゃあ、任せたぞー」
内海がケムール人みたいに走っていく。
すっかり夜が更けてしまったけれど、気持ちは随分と前向きだった。昨日は死んでしまおうと、本気で思っていたのに。こんな世界どうでもいいと思ってしまったのに。
友達がいることが、力になっている。
(アカネさんとも、また……)
全部、終わった後、みんなでウルトラマンでも観られたらいい。そう思いながら、俺は勢いよく駆け出した。
その数時間後、
「あ、ちゃんと家に帰ってきたんですか。……はい。はい。それじゃ、また明日。お願いします」
ぺこりと頭を下げてから、店長からの通話を切り、振り返る。そこにはこちらをじっと見つめる響がいる。
「響、大丈夫。宝多さん、ちゃんと家に戻ったって」
「そっか。よかった……」
言うと、響がほっと胸をなでおろす。
結局、あちこちを走り回った挙句、宝多さんを見つけることはできなかった。俺はともかく、響と内海はかなりばててしまい、一度響家に戻って、電話をかけてみると、当の宝多さんは、小一時間ほどで帰っていたそう。
落ち込んでいるというより、考え込んでいるようだから、バイトに行ったときにでも、改めて話をしてみようと思う。
「問題は、何を話せばいいのかってことだよな……」
宝多さんは元々、戦うことには積極的じゃなさそうだし、仲がいい友達相手となればなおさら。
「でも、新条さんを倒すんじゃなくて、『助ける』っていう理由なら、六花も」
「けど、当面は戦うことになっちまうし」
……最後は、もしかしたら。
(まだ、その時じゃないけど)
アレクシスの言葉が全て本当で、彼女を見送るしかなくなったら。そんな未来を想像はしたくないけれど、考えないわけにはいかない。
それに、別の世界に彼女の家族等がいるのなら、この世界に居続けることは、本当に正しいのだろうか。
俺はどうしたらいいのだろうか。同じことをきっと、宝多さんも分かっている。でも、その未来を回避する方法も、是非も分からなかった。
(……今日は内海がシリアスモードだったから良かったな。
いつもの調子で、怪獣を倒す作戦会議でも開いたら、宝多さんは本気でキレていたかもしれない)
考え込んでしまっていると、不意に響が呟いた、
「そういえば昨日、新条さんが来た時、リュウタのこと気にしてたよ」
「部屋にいきなり来たんだっけ」
しかも、自分から正体を明かしたというのは、何とも大胆というか、アカネさんらしいというか。多分、怪獣vsヒーローやれているのが楽しいんだろうな。
「リュウタが泊ってることも知ってて、リュウタの部屋にも上がり込んだりして」
「えぇ……」
響曰く、根ほり葉ほり生活のことを質問攻めにされただけでなく、俺の寝床に寝っ転がったりとか、割と好き勝手されてしまったらしい。
そこで今日も寝る俺の気持ちになってくれ。気恥ずかしくて寝るに寝れないじゃないか。ついでに、隠したい物を買う余裕もなくて、良かった。
俺が頭を抱えていると、響が楽しそうに声を転がす。
「響、割と笑い話じゃないぞ……」
「ごめんごめん! でも、そうしてる新条さんを見たらさ。……リュウタの言ってることもわかる気がするんだ。怪獣をけしかけたり、人を襲わせたりもするけど。
気になる子のこと、知りたがったり。俺たちと変わんないところも、ちゃんとあるんだって」
「響も、信じてくれるんだ」
「うん」
響は朗らかに笑って、そして、
「……だって、『響裕太』はそういう人間だから」
と、静かに言った。
「……あ」
気が付くと、響の瞳は金色に輝いていて、表情はどこか大人びて見えた。響は、いや、『彼』は俺の反応を見て表情を崩す。
「やっぱり、……気づいてるんだ?」
「……ああ」
「いつから?」
「ついさっき。響と会ったときに」
おせっかいというか、プライバシーの侵害というか。考えてしまった。俺は、既に死んでいて、シグマに取りついている状態。元に戻れるかも分からない境遇。
じゃあ、同じく記憶喪失で、グリッドマンへ変身できる響はどうなのか。もし同じ状態ならと思って、つい響を注意深く見てしまった。新世紀中学生や、アンチグリッドマンへ行ったように。
「そうしたら、ちょっと変だなって思ったんだ」
響裕太の中心には、光があった。新世紀中学生と同じ、温かな光が。
最初はグリッドマンとのつながりが原因だと思った。けれど、光は強く、ジャンクに宿るグリッドマンと遜色ないほど。俺はシグマの光の上に、張り付いているように見えたのに。
それで、俺たちが話している響裕太はもしかしたら、というのが、オタクの妄想だった。
「……そういう響は」
違う。今は、その名前では呼べない。
「グリッドマンは、最初から知ってたのか?」
すると、彼は首を振った。
「『私』も自覚したのはつい先ほどだ。
けれど、最初から違和感はあった。『裕太』の六花への想い。それは私にも感じられる強いものだったが、その感情をめぐる矛盾が、私の中にはあった」
彼女のために何かをしたいという心と、行うのは自分ではないという理性。
中身は他人なのに、人の恋路に手を出そうなんて、グリッドマンからすれば違和感を覚えて当然だろう。
「気が付いたのは、シグマの存在が原因だ。シグマへのシンパシーを、私も感じていた。それに……」
『今日、私が呼びかけた時、ジャンクと裕太の二人から反応が返ってきたんだ』
最後はシグマから。あの奇妙な宇宙人的コンタクトの裏で、テレパシーのやり取りをしていたらしい。
俺も、気付いていたとはいえ、あまりの事態に脱力する。
「ここまで、ウルトラシリーズそっくりなんてな……」
初代マンと同じパターン。ついでに俺とは逆のパターン。グリッドマンの人格が響の体に憑依していた。だから、響はグリッドマンに変身できた。
アレクシスに敗れたグリッドマンは、記憶と力がばらばらとなり、その一つが響へと入った。そこで、響の人格を自分のものと誤解をしてしまったという。
それが、『響裕太』が記憶喪失になったわけ。元から裕太としての記憶はない訳なので、当然だ。
グリッドマンも悪気はなく、今日まで気づいていなかったというから、仕方ない。ただ、俺としては、気になることが一つある。
「響は、どうなるんだ?」
グリッドマンのことだから、不安には思っていないが。
「彼は今、眠っている。おそらく、私が内にいる間は、目覚めることはできないだろう。……彼には申し訳なく思っている」
「そっか」
言いつつ、響裕太は、そんな状態をどう思うのだろう、と思った。
勝手に自分の体を使った、なんて怒る姿は想像できない。まして、戦いたくないなんて、逃げる姿もあり得ない。昔の響とは仲が良いとは言えないけれど、ぼんやりしている中にも芯の強さがあるとは思っていた。だから、それがグリッドマンに選ばれた理由だとも納得していた。
内海に明かすかは、グリッドマンに任せるけれど、俺としては……。
「俺が言うことじゃないと思うけど、さ。……ちゃんと響と、響の守りたいものを守って。それで、最後に謝れば。響なら許してくれると思う」
「そうだな。……ああ、響裕太はそういう子だろう」
「それに」
昨日の今日で、こんなことを言える義理じゃないが、あえて。
中身が響だろうと、グリッドマンだろうと、これまで一緒に戦って、ついでにウルトラシリーズも見まくった友達。
「……俺も。ちゃんとグリッドマンも、響も、守れるくらいに強くなるから」
少しは安心して欲しい、なんて。
そう言うと、グリッドマンはくすりと笑ってしまった。大人っぽさと、純粋な子どもが両立したみたいな不思議な笑顔だった。
「前から思っていたが、リュウタ。君は自分を卑下しすぎだ。……私は、君を最初から頼りにしている。かつて共に戦った仲間のように。みんな、頼もしい仲間だ」
聞いて、鼓動もない胸が、熱くなった。
いつもは無表情で、感情はジェスチャーでしか分からないグリッドマン。
そんな彼が、こんなに親しみある笑顔を向けてくれている。きっと、いつも、グリッドマンはジャンクの奥で、優しい表情で俺たちを見守っていたのだろう。
まだ記憶は完全ではなく、フルパワーには程遠いというグリッドマン。そんな、もっと強くなる彼と並んで、アレクシスからアカネさんを助け出すために。
俺たちはその日、夜遅くまでウルトラシリーズを見ながら色々な話をした。
「グリッドマンからアプローチするのはダメだけど、響が戻った時のために準備しておくのは良いんじゃないか? 宝多さんの好みとか、響のことどう思ってるか聞いたり。響、そっちは奥手っぽいし」
「えぇ!? いや、それは、心の準備というか……」
……
「宝多さん関係の話になったら、響の人格戻ってね?」
「……実は、私もそんな気がしているんだ」
おっとりしていると思ったけど、恋愛に関しては、響裕太は強情なのかもしれない。
そんな、二人のハイパーエージェントが話し込んでいた夜中に。
「おやおや、アカネ君。随分熱心に作っているじゃないか」
暗い怪獣に囲まれた部屋の中、作業机の灯りだけが輝いている。そこへと部屋へ入ってきた黒づくめの怪人が声をかけた。
灯りの元で、新条アカネが一心不乱に粘土を削っている。針金と歪んだ真珠を骨格にして、張り付けた粘土を少しずつ。そうして、ただの粘土の塊は一つ、また一つとカッターを走らせるごとに命が吹き込まれていった。
アレクシスは楽しそうに、その怪獣を覗き込むが、首を傾げることになった。いつもの怪獣と比べても、完成像は想像できないほど複雑だったから。
「……これはまた、複雑な造形だね」
「……うん」
「あのロボットみたいな怪獣は、どうしたんだい? 同じくらい、力を入れていたじゃないか」
「……今は、あっちを出す気分じゃないの」
アレクシスの言葉にも、気がそぞろだという様子で、さらに一彫り。
集中しつつも、アカネの気分は、良くはなかった。
頭の中では、戦いが流れ続けている。青と黒の巨人の戦いが。
片方。勝手に進化して、怪獣どころかグリッドマンもどきになったアンチは最悪。アレクシスに頼み、処分を頼んだが、上手く逃げているらしい。造物主から逃れるなんて、ちゃんと殺さないと。
それがまず一つ。アカネの気持ちを苛立たせる要因。次に、相も変わらず倒されてくれないグリッドマン。そして、何より、胸の奥にあるのは。
(……あの時、)
グリッドマンシグマ。彼女に恋する少年が変身する、グリッドマンもどきの姿だった。
アカネはカッターナイフを握り締め、呟いた。
「……なんで?」
あの戦いで、シグマはグリッドマンみたいになってしまった。強くなって、鎧まで付けて更にパワーアップ。アカネの生み出した怪獣を、アンチを打倒してしまった。あっけなく、ヒーロー番組みたいに。
勝利が予定調和の、ヒーロームーブなんてシグマに求めてないのに。
それに、
(……なんで、私を見てくれなかったの?)
シグマは、その中の少年は、アカネの為だけに戦っていなかった。
リュウタが自身へ向けている感情には、確信がある。元から他人の視線には敏感なアカネだ。少しの機械を通しても、彼の好意は伝わってきたし、不思議と心地よさも感じ取っていた。
同時に、今までの戦いでシグマを好意的に見れた理由も、分かりかけている。あの青い巨人が不格好に、必死に戦っていた理由が、新条アカネのためだから。
けれども、昨日は違う。
(……ほかに、誰かいたの?)
女の勘とでもいうものだろうか。アカネには、あの時、少年が自分だけを見ていなかったと分かってしまった。そして、それが強くなった理由ならと考えると、心の奥がざわついて仕方ない。
胸が、痛い。
苦しい。
どうして?
でも、考えるのは嫌だ。
だから、もう一度。
「……他の子のことなんて、考えられないくらい」
強い怪獣を作ってあげる。
>NEXT「超・人」
友達殺されていたんで、内海君、かなりのシリアスモードでした。
そして、裕太とグリッドマンについても。ここで話したということは……