SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ【完結】   作:カサノリ

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 大変長らくお待たせしました。ブランク明けにしては不親切な作りですが、よろしければ過去更新分を読み返しながら、お楽しみいただけると幸いです。

 完結させます。

※諸事情により、SSSS.DYNAZENONやSSSS.GRIDMAN完結後の新出情報は盛り込めておりませんので、その点はご容赦くださいませ。


泡・沫

 ボールを蹴る感触が好きだ。

 

 気ままに転がるボールをドリブルしているだけでも、散歩の犬をあやしている気分になって楽しいし、ゲームとなればそこにスリルも加わって格別だ。ボールを狙い、四方から迫ってくる相手を躱し、抜き去ることができた瞬間は、何とも言えない達成感を感じる。

 

 けれど、一番好きなタイミングは……。

 

「……っ!」

 

 敵陣深く、足を伸ばしてきた相手を飛び越えた俺はそのタイミングを前に胸を高鳴らせた。

 

 目の前には静止したゴール。敵のプレッシャーは強くない。コースも、見えている。

 

(……いける)

 

 判断し、軸足を踏みしめ、利き足を大きく振りかぶった。残った相手、数人のバックスとキーパーが顔を強張らせて動こうとしても、もう遅い。

 

 足を振り切る。

 

 空気の詰まった固いボール。下手な蹴り方をすれば足が痛いほどなのに、ちゃんと当てた時は、どうしてこんなに気持ちいい音がするのだろう。

 

 俺の足とボールが鳴らした痛烈な音に続いて、視線の先でゴールネットが揺れた。じんわりと胸に広がる達成感、周りの歓声、仲間達の手荒くも優しい出迎えが休む間もなく俺を揺さぶっていく。

 

 これが一番好きな瞬間。雄たけびを上げたくなるくらい、ゴールを決めるのは気持ち良くて好きだった。

 

 

 

「結局、リュウが二ゴール、一アシストでMVPかよ」

 

「たまたまだって」

 

「嘘つけ! 得意そうな顔しやがって!!」

 

「わかる?」

 

「わかるわ!」

 

 この野郎、と軽く小突いてくる刈谷から逃げ回りながら、俺は笑い声をあげた。

 

 試合が終わってから、二時間がたつ。けれど、まだゴールの高揚感は冷めてくれない。すっかり夜になって、秋風が冷たいというのに、心臓は激しく動いているし、テンションは高いままだ。チームの皆も同じ。少し前に別れた堀井や権藤も小躍りしそうな様子だった。

 

 それはそうだろうと思う。今日の相手は東聖大付属。あの強豪校相手に二度目の勝利を飾れたのだから。去年と違って、相手も雪辱に燃え、本気だったのにそこを返り討ちの三点差。気持ちよくなるに決まってる。

 

 浮かれたまま刈谷と街中でぐるぐると追いかけっこをして、交通量の多い道路に出たところで、二人そろってクールダウン。雑踏の中を歩きながら、何でもない話を続けていく。

 

「ほんと、去年の一勝がデカかったよなー。あれで東聖も大したことないって分かったし」

 

「俺に感謝しろよー。俺に」

 

「い、い、か、た!! ……ま、確かにお前のおかげだけどさ。見てろよ? 総ゴール数は、そんなに変わんねえんだから。次の大会で俺が抜いてやる」

 

 刈谷が自信満々に言う。

 

 彼が言う大会。高校サッカーの花道、全国へとつながる大会はすぐそこに迫っていた。

 

 だけど、こんな風に明るく大会の話ができているのは、ツツジ台高校サッカー部の歴史で俺たちが初めてなんじゃないだろうか。

 

 ツツジ台高校は歴代を見通しても強豪校ではなく、最高でも地区大会入賞が精々。けれども今年は一味違う。俺のおかげなんて驕るつもりはないが、去年の大金星以来、俺たちの学年は気合が違った。

 

 強豪校にだって負けないと分かれば目標も高くなる。皆で語った全国優勝という目標にコーチまで乗っかった。ただ、夢物語を本当にするにはそれなりの努力が必要。

 

 全国目標を口にした俺たちを待っていたのは、地獄の特訓だった。モロボシ隊長の方がマシなくらいに。思い返すと、あんなに熱中してよかったのかな、とか思ったりもするほど。

 

(まーじで、青春全部費やしちゃったけど)

 

 ウルトラマンを観る時間もほとんどなかったが、おかげで東聖大付属が相手にならない位置にまで昇りつめられたので、俺の中ではオールオッケーな気分だ。その地獄をくぐり抜け、刈谷だけでなく、堀井も権藤も脱落することなく、それぞれのポジションでレギュラーを張れているのも、友達として誇らしい。

 

 今年の俺達はひいき目ナシに地区じゃ敵なし。その先のステージでもいい結果が出せる、はず。

 

 そんな近くて遠い明るい未来を想像、もしくは妄想しながら街灯りを眺めていた時だった。刈谷が少し真剣な声色で尋ねてきた。

 

「そういや、大学の話はどうなったんだ? コーチが言ってたやつ」

 

「スポーツ推薦かー」

 

 最近の実績を買ってくれたのか、そんな話も俺に舞い込んできていた。

 

「……まだ考え中」

 

「受けとけよ。奨学金も出るっていうし、あそこ全国大会の常連だろ? めっちゃ期待されてんじゃん」

 

「ありがたいとは思ってるよ。でも、家族と相談しなきゃだし。そこに進むってなると、将来の仕事をどうするかってのもあるだろ?」

 

 刈谷は祝うように言ってくれる。たぶんこいつなら、二つ返事で受けただろうし、他のチームメイトも同じだと思う。けれど、なんとなく吹っ切れない自分がいた。

 

 サッカーは好きだ。だけれど、それは今になってのこと。

 

 元々、中学でサッカー部を選んだのは兄貴の勧めだったからで、長く続けるつもりはなかった。なので、プロになりたいとか夢を抱いて始めたわけじゃない。

 

 好きだからやっているし、もっと上手くなれたならと努力も続けているけど、将来を決めるほどの決意があるとは、自信をもって言えなかった。

 

 なので、進路は保留中。

 

「返事は冬で良いって言うし、とりあえず大会に集中ってことで」

 

「まーたボンヤリ言いやがって。気合入れないと、俺がその推薦の話も奪っちまうぞ」

 

「心配しなくても、大会優勝はガチで狙ってるから」

 

 将来はどうとかとは別に、青春の一ページへと華やかな二文字はぜひとも欲しい。インドアの内海達も、珍しく大会へ応援に来てくれるというんだから、カッコつけてやりたい。せっかく二度とない高校生活なんだから。

 

 その後、刈谷から推薦の話が持ち出されることはなかった。その代わりとばかりに後輩から告白されただの、彼女がやきもち焼いているだのと犬も食わない惚気話を散々と聞かされることになったのだが。まあ、そういう対応してくれるのもありがたい。

 

「それじゃあなー」

 

「おー! また明日!」

 

 アパートの前で刈谷と別れて、賑やかな一日が終わった寂寞感を感じながらエレベーターを昇ると、すぐに我が家のドアを開ける。

 

「ただいまー」

 

 疲れた肩を回しながら家へと入ると、夕飯は鍋なのか、ぐつぐつという音と豊かな香りが迎えてくれた。リビングの扉を開くと、そこには家族が変わらない様子でいた。

 

「お帰り。今日のウルトラマンクロニクル、録画しといたぞ」

 

 兄貴と、

 

「リュウタ、今日は早かったな」

 

 親父と、

 

「さっさと着替えてきなさい。ちょうど良いから、みんなで夕飯食べましょう?」

 

 母親と。

 

 そんなトラブルの欠片もない温かな家族。平凡で愛すべき日常を見ながら、俺は呟いた。

 

 

 

「ふざけんな」

 

 

 

『……っ、なんで』

 

 

 

 瞬間、世界が凍り付く。

 

 言葉通りに全てが静止してしまった。鍋の蒸気も絵画のようになり、さっきまでの温かい生活音も聞こえなくなる。そして『家族』の姿をしたヒトガタは、直前の表情を張り付けたまま固まっていた。

 

 温かさの名残を残している分、不気味極まりない景色。それを見回して、俺は溜息をつく。

 

 わざわざこんな場所を作った誰かには申し訳ないとは思う。サッカーが成功していることも、えらく簡単に将来の道が開けそうなのも、家族がみんな温かいのも結構なことだ。

 

 けど、俺にはここが魅力的だなんて思えなかった。

 

 だって、

 

「こんなの、俺は欲しくない」

 

 そりゃあ、母親が浮気しなかったり、父親が生きていたり、兄貴がウルトラマンを受け入れてくれたり。そんな『もしも』を考えた事だってあったさ。夢を見たことがないかと言われれば嘘だ。

 

 けれども俺の家族はそうはならなかった。それで話は終わり。こんな世界はあり得ないし望まない。居心地が良さそうだったのは……確かだけど。

 

(さて……)

 

 誰が作ったかは頭の片隅に置いておくとして。考えなければいけないことは、この世界はなんなのかということ。夢にしてはリアルすぎる。こうして不気味な静止画状態にならないと、違和感がないほどだ。俺がこうしてすぐに気がつけたのは……。

 

(多分、このおかげだろうな)

 

 右手首を見ると、アクセプターが光を放っている。

 

 『彼』の声は遮断されているのか聞くことができない。アクセスフラッシュもできる気配はない。けど、なにか力は貸してくれたのだろう。違和感を認識した途端に『元の世界』のことまではっきりと思い出せていた。

 

(ってことは怪獣関連。精神攻撃っていうやつかな? それとも異世界? どっちにせよ、この偽物世界からなんとか抜け出さないといけないと……)

 

 けど、それは頭で考えるほどに簡単なことではなさそうだ。あれこれと考え始めた途端、世界が揺らめく。

 

「……!?」

 

 壁が、家具が、兄貴たちが、霧となって解けていく。

 

 同時に俺の意識も曖昧へと墜落する。以前、電車の中で急激な眠気に襲われた時のように、ふわふわと妙に安らかな感触に包まれ、それに身を委ねて――。

 

 

 

 カリカリ、カリカリ、

 

 俺は暗い部屋の中で一心不乱に鉛筆を動かしていた。周りの壁にはウルトラマンのポスター、棚一面にはソフビの山。ここはウルトラ趣味だけで塗りつぶした俺だけの王宮。

 

 その中で思い浮かべていたのはウルトラマンとは似つかない物騒なこと。

 

 どっかでのうのうと暮らしている母親の死体だ。

 

 あの女への殺意を滾らせながら、その体が怪獣に押しつぶされる姿を思い浮かべながら、自分のインスピレーションと、これまでに見てきた色々な作品を参考に。俺は最高の怪獣を描いていく。

 

 白紙だった紙に刻まれていく、負の感情を叩きつけた醜いバケモノ。

 

 だが、これはただの妄想じゃない。俺が描いた怪獣は現実に現れ、願望を反映しながら破壊を尽くしてくれるのだから。

 

「よしっ、できた」

 

 俺は不気味に笑い、隣に立つ怪人へと怪獣の絵を、見せ、て、

 

 

 

「っ……!!!!」

 

 

 

 右手を振るうと共に、足元にごとりと真っ黒な首が落ちた。そして、怪人の体もばたんと倒れる。

 

 咄嗟に切り伏せてしまったが、大丈夫なはず。アレクシスだし。

 

 これが現実だったらガッツポーズをするほどに見事にアレクシス(偽物)を切り裂いたのは、俺の右手首から伸びた光の刃だった。この世界でも、これくらいの力は使えるようだ。

 

『さすがにひどくないっ!?』

 

 とか声が聞こえるが、それどころじゃなくて、俺は真っ黒マスク野郎のにやけた顔を見下ろしながら荒い息を吐いた。

 

(まじで、何の冗談だってんだ……!!)

 

 アレクシスに協力して怪獣を暴れさせるシチュエーションとか悪趣味にもほどがある。

 

 俺だって怪獣は好きだ。怪獣を実体化させたりストレス発散に使うことも、一歩間違えれば考えかねないことではある。両親や兄貴だったり嫌いな存在はいくらでもいるし。

 

 でも、まかり間違ってもアレクシスに手を貸すわけがない。こいつだけにはない。

 

 品が悪いと思いつつ、日ごろの鬱憤を籠めてアレクシスの体に蹴りをくれてやる。すると、それが合図だったかのように不気味な首なしアレクシスは、ゆっくりと粒子になって消えていく。同時に、この数分だけ居た悪夢のような世界も消滅し始める。

 

「またかよ……」

 

 変身はできない。おそらく世界をいじくり回している『あの子』とも接触できない。もう少し、地獄めぐりならぬ、世界巡りに付き合わなければいけないのだろう。

 

 

 

 その後も、俺は色々な世界を見させられた。

 

 俳優として、ウルトラシリーズに出演する世界。

 

 本当の怪獣と戦う、ウルトラマンになれる世界。

 

 平凡な家庭を築く世界。

 

 学校にも行かず、内海達と延々とウルトラマンを楽しむ世界。

 

 

 

 平凡なものも、妄想がすぎるものも。どれもが俺の好きなもので構成された、都合のいい世界。そして、どれもが俺にとって魅力的ではない世界。

 

 

 

『なんで』

 

『なんで?』

 

『なんで!?』

 

 

 

 それらの世界を否定するたびに聞こえる困惑の声は、次第にはっきりと届くほどになり――。

 

 

 

 最後に招かれたのは、皆がウルトラマン好きな世界だった。

 

 俺はそこで隠してきた趣味も大っぴらにして、学校でも、家でも、どこでも構わずウルトラマンの話をしている。現実ならウルトラマンなんて単語を口にしたら笑い出すだろうサッカー部仲間まで、立派なウルトラオタクとなっているし、ツツジ台のユニフォームなんてゴモラの絵柄が描いてあった。

 

「さすがにちょっとやりすぎだって」

 

 楽しくはあっても、ギャップがひどすぎる世界。それは夢のようだけど、やはり、この世界が居心地いいとは思えなかった。

 

 けれど、今度ばかりは直ぐに世界がほどけることはなかった。皆がウルトラマンの主題歌を歌いながら下校するという不気味な景色を見送って、静かになった夕暮れの教室。俺は茜色に染まった街を見ながら誰ともなく呟く。

 

「……こんなところにいても、俺は幸せじゃないよ」

 

 

 

「だから、なんで!?」

 

 

 

 声はすぐ近くから聞こえた。きっと、今、後ろにいてくれる。

 

 そして俺は振り返る前に考えてみた。彼女が造り上げた、様々な理想の世界のことを。

 

 怪獣が好き。

 

 ウルトラマンが好き。

 

 サッカーが好き。

 

 好きなものを詰め込んだ、俺に都合のいい箱庭なのに、どうして、この世界に囚われてくれないのか。拒絶するのか。

 

「そんなの、決まってる」

 

 俺は振り向いて、答えを言った。

 

 

 

「だって、ここにはアカネさんがいない」

 

 

 

「……っ」

 

 彼女の名前と同じ色の景色の中、アカネさんが立っていた。記憶を取り戻してから、いや、それ以前の記憶を押しなべても、見たことがないくらいに小さな立ち姿。強く握りしめているのか、両手は微かに震えている。

 

 それを見て胸の奥がずきりと痛むが、今だけは構わず、アカネさんへと一歩近づこうとした。

 

 けれど、

 

「来ないでよっ!!」

 

 アカネさんが勢いよく腕を振るう。その手の中には夕日を浴びて光るカッターの刃があった。

 

 俺を恐れる対象のように見ながら、アカネさんは荒い息を吐き、叫ぶ。

 

「なんなの!? キミはいったい何なの!?

 いいじゃん! どれも良い世界だったでしょ? 誰も否定しない、誰も敵にならない。リュウタ君にとって優しい世界だったじゃん!?」

 

 なのに、俺はその全てを否定した。

 

 その世界にアカネさんがいないという理由だけで。

 

 アカネさんはいよいよ俺が不気味だと、そう顔を歪ませながら訴える。

 

「……わけわかんない。

 なに考えてるの? 私とは少し会っただけでしょ? ただ、キミも怪獣のことが好きってだけでしょ? それなのに、ヒーローなのに、私のことが好き? 怪獣使いでも、私が好き?

 おかしいよ……。そんなキミも……それでこんなに苦しくなる私も……」

 

 最後は消えるような声を出しながら。

 

 俺はその姿を見ながら、静かに、わかりきったことを告げた。

 

「答えはもう、知ってるでしょ?」

 

 言いながら、一歩一歩と歩みを進める。

 

 一歩、

 

「俺は嘘は言ってないよ。この世界にアカネさんがいたら、俺は抜け出せなかった」

 

 一歩、

 

「こんなに回り道する必要もなかったんだよ。アカネさんがいれば、俺はそれでいい。一緒に過ごせるなら、同じ世界で生きられるなら。

 でも、この世界には俺が一番欲しい人がいなかった」

 

 一歩、

 

「俺が幸せを感じたのは、何より幸せだったのは、アカネさんと一緒だった時なのに……」

 

 一歩、

 

「こないでよ……!」

 

 近づいてくることに耐えられなくなったのか、アカネさんがカッターを持った手を突き出す。だが、俺の事をまともに見れないのに、そんなことしても意味はない。

 

 簡単にその手は掴めてしまった。

 

 久しぶりに触れたアカネさんの手は、冷たくて、震えていて、胸が痛くなる。

 

 どれだけこの子は辛い思いをしているのだろう。

 

 どれだけの孤独を抱えているのだろう。神様と名乗っても、そこに幸せがあるとは思えない。

 

 こんなことを俺だって望んだわけじゃない。もっとアカネさんには幸せに笑っていて欲しかった。そのためなら俺の命なんてどうでもよかったし、戦うことも怖くはなかった。けれど、その戦いの果てに俺の存在が、この子を傷つけることになってしまうなんて。

 

 でも、それでも。

 

 俺はちゃんと伝えないといけない。

 

 もう、アカネさんは気づいているはずだから。

 

「アカネさんも分かってたでしょ? 俺が、アカネさんが好きだってこと。本気で愛していて、アカネさんがいれば他に何もいらないってこと」

 

 だって、アカネさんは。

 

「……もう、記憶が戻ってるから」

 

 告げた時、彼女の震えが大きくなった。

 

 

 

 尋ねられた時、新条アカネを襲ったのは大きな恐怖と、困惑だった。

 

 『記憶が戻った』なんて。まるで、自分が記憶喪失であったかのような言い方だ。

 

 グリッドマンである響裕太や、目の前の少年が記憶喪失だと知っている。他の人間からも殺した人間の記憶は奪われる。この世界にとって、記憶喪失はそう珍しいことじゃない。誰もが何かを忘れて生きているのが当然。

 

 けれど、アカネは別だ。アカネだけは特別だ。

 

 この世界の神様、管理者。ただ一人の人間。

 

 記憶喪失となるわけがない。世界を構成する玩具ではなく彼女こそが操り手なのだから。だから少年の言葉は見当違い。馬鹿なことを言っていると嘲い、また別の夢を見せれば良かった。笑って否定すればよかった。けれど、

 

「そんなこと、ない……」

 

 新条アカネはその的外れの言葉が、ひどく恐ろしいものだと思ってしまった。理性とは別のところで胸が苦しくて、息が詰まった。知らず脚が一歩後ろへと下がるも、少年の優しい手がそれを許さない。

 

 少年は言う。

 

 震えるアカネへと真っ直ぐ視線を向けながら。

 

「ずっと考えてたんだ。どうして内海だけが記憶を取り戻したのかって」

 

 街の中でただ一人、馬場隆太を思い出してくれた友人。なぜ彼だけが特別だったのか。少年は理由を求めてあれこれと考え、一つの可能性に思い当たった。

 

「あの時、内海はシグマの近くにいた」

 

 そして、

 

「シグマの光を浴びたんだ」

 

 アンチグリッドマンとの闘い。闇の巨人の刃によって大きく切り裂かれた傷。そこから巨人は光の粒を零していた。雪のような、けれど暖かい光を血液のように。

 

 それを内海は受けたことが原因だと。

 

 特に内海本人が特別な存在と言うわけではない。けれど、シグマには物や人を正常な状態に戻す力があった。

 

「フィクサービーム」

 

 シグマが記憶と共に取り戻した力。シグマの中に秘められていた癒しの力が傷ついた体を治すために漏れ出たとしたら……その光に触れた内海が記憶を取り戻してもおかしくない。

 

 記憶喪失は十分な異常なのだから。

 

 そして、

 

「同じことが前にもあった」

 

 少年が忘れもしない、一瞬。

 

「アカネさんともう一度会えた時に」

 

 アンチとの初戦。少年がアカネを庇いアンチの爪に胸を抉られた時のこと。教室に立ったアカネはシグマから漏れ出た光を、確かに浴びていた。

 

「だから、アカネさんの記憶も戻ったかもって」

 

 アカネは無言のまま、その言葉を聞く。アカネは逃げることも、否定することもできない。いつものように笑って切り捨てることも、考えられない。だって、アカネには覚えがあった。

 

(あの時……)

 

 確かにアカネは憎いはずの巨人へと悲しい何かを感じた。戦いの後、道端に倒れていた少年を敵だと知りつつ見逃した。そして、少年と出会うたびに温かいような、苦しいような特別な感情を抱くことを止められなかった。

 

 少年は言葉を続ける。

 

「……完全に記憶が戻ったわけじゃないと思う。あの時のシグマは、内海の時よりも力を取り戻していなかったし、アカネさんは他の人と……少し違うから。

 でも、何かの影響はあったとは思うんだ。じゃなきゃ、初対面の俺にあんなに良くはしてくれないよ」

 

 少年は苦笑する。だって、思い返せばおかしい。

 

 少年がアカネの怪獣好きを知った時はまともに話せるまで何日もかかった。友人になるのにはもっと長い時間がかかった。恋人となっても、彼女の秘密を知ることができたのは『死ぬ前日』になってから。

 

 見かけはどれだけ明るく振る舞っていても、新条アカネという少女は警戒心が強く、他人の都合のいいようには心を開こうとしない。

 

 なのに『二度目』はどうだ?

 

 関係も何もかもやり直しになったのに、少年はあっさりとアカネに近づけた。

 

 新条アカネがカラオケ店の外で出会った男子を遊びに誘う? 怪獣趣味を明かす? 少年は慌てて、記憶喪失などと怪しいことばかり言ってしまったのに。あの時のアカネの行動は違和感があるほどに過剰だった。

 

 それらも、こう考えれば少しは説明が付けられる。

 

 多少の感傷や記憶の断片、あるいは名残程度かもしれないが、彼女には取り戻したものがあったと。

 

「あとさ……今ちょうど、もう一つ理由ができたんだ。この世界を造ったのはアカネさんでしょ?」

 

 だったら、

 

「俺の記憶を覗いたはずだ」

 

 これまで廻った世界は少年に都合のいい、好きなもので詰め込んだ箱庭。そこにはアカネに明かしていない物も多く含まれていた。サッカー部の友人や少年の家族。

 

 記憶を閲覧しない限り、それらを見つけることはできない。

 

 アカネは少年の記憶を覗き、好むもの、執着するものを探った。その術を怪獣を通して手に入れた。だからこそ、あそこまで都合のいい箱庭を造れた。

 

「なのに、なんでアカネさんは『新条アカネ』の存在を無視したの?」

 

「それはっ! それは……」

 

 アカネは血相を変えて大声を出すも、口をパクパクと動かしながら言葉を失った。

 

 少年の言葉は正しかった。

 

 この夢の世界をつくる時、アカネは対象の記憶から好むものを知り、そこへとアカネの存在を当てはめた。

 

 響裕太の宝多六花との思い出に。内海将のウルトラマンとの思い出に。宝多六花の友達との思い出に。そうすれば彼等は自分を大切な存在だと認識して、囚われてくれるからと。

 

(……でも、リュウタ君の時は)

 

 アカネが少年の記憶を見た時、そこに見てはいけないものがあると感じた。踏み入るのが怖くなって、どうでもいい記憶ばかりを探った。趣味や家族の記憶を代替えとした。

 

 流れていく記憶の中に見たことがない自分自身がいたと、記憶の蓋が開きかけていたアカネには認めることが怖かった。そうして今、どちらがこの世界の主か分からないほどにアカネは追い詰められている。

 

「……アカネさん」

 

「っ!?」

 

 驚き顔を上げると、間近な少年の顔は穏やかで。アカネの手を自身へとゆっくりと寄せていく。カラン、とアカネの手からカッターナイフが零れ、床にはねる。アカネの震えを両手で包みながら、少年は告げる。

 

「……もしアカネさんが俺とのことを思い出したくないなら……それでいい。辛いと思うなら、怖いと思うなら、無理をしなくてもいい。

 でも、俺を閉じ込めたいと思ってくれるなら方法は一つで。こんな世界、造る必要もないんだ。だって、その世界を俺達は知っているんだから。

 だから一緒に思い出そう? 俺もまた見てみたいから。アカネさんと一緒だった時間を、その先の未来も」

 

「私は……」

 

 少女は少年の熱を感じながら、顔をそむける。

 

 胸が苦しかった。

 

 怖かった。

 

 でも、もう他に手はない。この少年を留める方法は、一緒にいる方法は、アカネには残されていない。だから、ここで少年を諦めるか、禁忌に手を伸ばすか。

 

 そして、アカネは。

 

(……それでも君が)

 

 考えた瞬間に二人を中心として世界が霧に包まれる。茜色の教室も、街も、人も、何もかもが書き換えらえていく。

 

 

 

 次に目を開けた時、二人は見ていた。自分自身の体から、過去の自分の姿を。

 

 そこは何の変哲もない、クラスメートがたくさんいたツツジ台高校。アカネも少年は互いのことを知らずに、勝手気ままに話をしている。

 

 けれど、

 

『……ヅウォーカァ将軍』

 

 友人の悪戯によって少年が仰け反り、アカネへと頭をぶつけて。

 

 ロマンスには遠すぎる宇宙人の名前が呼ばれた時から、少年と少女の物語が始まった。

 

 怪獣もヒーローも関係ない。同じ趣味を知って、互いの好きを知って、大切だと思えて、守りたいと思えて。それで気持ちを伝えあって恋人になった。

 

 どこにでもある青い恋物語。

 

 そんな少年と少女の追体験は雨の夜すら超えて、どこかの温かい可能性に触れ合いながら続いた。

 

 青い巨人に少年が呼び戻されるまで。

 

 

 

「……っ!」

 

「お、起きたぞ」

 

 目を覚ました時、待っていたのはアカネさんではなくジト目の不審者達だった。

 

 慌てて周囲を見渡すと、響も、内海も、宝多さんも、みんな机にうつぶせになって眠りこけている。起きているのは寝ぼけた俺と、それを見下ろす新世紀中学生だけ。

 

 まだぼんやりする頭を擦りながら、周りに尋ねる。

 

「おれ、は?」

 

「大丈夫か、リュウタ? ずっと寝ていたが……」

 

 マックスがゴツイ顔を近づけて。

 

 そうだった。店で作戦会議していたら、眠気に襲われて、そうしたら夢の中でアカネさんと会えて、一緒に記憶をたどって……。

 

「っ!?」

 

 意識が一気に覚醒した。

 

「おい、これってよ……」

 

「っ、あとで!!」

 

「はぁ!? おいコラ!?」

 

 ボラーの声を尻目に、俺は店を飛び出す。

 

 呑気に寝ている暇はなかった。すぐにでもアカネさんの元に行かないといけない。

 

 記憶を遡って、アカネさんの記憶も鮮明になったはず。それは俺にとって良いことだが、アレクシスという大問題は解決していない。

 

 アカネさんの記憶が戻ったことをアレクシスが知ったら、奴はどうするか……。

 

 一刻も待つことはできなかった。

 

「シグマ! ちょっと力貸りるぞ!」

 

『分かった! ……だが、前にも言った通り、今の状態で使い過ぎるのは』

 

「気をつける! まだ死ぬわけにはいかないから!」

 

 目を閉じて全身の感覚を強化する。この体の基になっているのはシグマの肉体。だから、やろうと思えばシグマスラッシュを出したり、超感覚じみたのを使うこともできた。

 

 人間の意識のままでは違和感あるし、使いすぎれば『俺』が焼き切れる可能性もあるので、注意は必要。だけれど、今は使わないと。

 

 目を閉じて感知するのは『絢』に残った新世紀中学生、姿は見えないが、静止した怪獣。そして、

 

「……いたっ!」

 

 怪獣の傍に、アカネさんの気配があった。

 

 すぐさま雨の中を駆け抜けてアカネさんのいる場所へ。彼女へと近づくほどに雨は滝のような、土砂降りと変わっていくが、構うことはない。

 

 五分ほど全力で走って、

 

「……アカネさん」

 

 俺は、所在なく立ったアカネさんへと声をかける。彼女がいるのは、いつものアカネさんには似つかわしくないほどに古ぼけた工事現場の一角だった。

 

 体は濡れるに任せて、綺麗な髪の毛はうつむき顔に張り付いていて、夢で見た時よりも小さくか細く見える。

 

 アレクシスを警戒をしながら、一歩、一歩と近づく。アカネさんは立ち去ることはなかった。

 

「アカネさん?」

 

 けれど、不思議なのは、俺の声に反応もしないこと。ただ、じっと、足元の水溜りを見つめるように。顔を見せてくれない。そんな様子を見て、胸の奥に不安とためらいが生まれる。

 

 俺との記憶は、良い思い出ばかりじゃない。アカネさんの怪獣に俺が殺されたことまで含まれる。まして、記憶が戻っていなかったら。俺の思い込みだとしたら。

 

 嫌な想像に脚が震え、言いよどむ。けれどもとゆっくりと進み、アカネさんと後少しの距離まで歩み寄った時。細い、細い、雨音にもかき消されそうな声が届いた。

 

 

 

「……変わんないね、リュウタ君は」

 

 

 

 アカネさんの声。

 

「……なんでだろ? リュウタ君、いつも走ってる気がするんだ。サッカーの試合と、デートの時と、あの夜も。……私、走るのとか苦手だし、見るのも嫌いだったんだけど、リュウタ君のは、好きだったんだよね。

 ……おかしいよね。……なんでだろ?」

 

「それって……!」

 

 サッカーや、デート。記憶が戻っていないと分からないこと。俺は期待するように声が高まり、胸の奥が熱くなって、駆け出し。

 

 

 

「なに、笑ってるんすか」

 

 

 

 冷たい声に、脚が止められた。

 

 アカネさんが顔を上げる。

 

 その顔は、笑っていた。大きく口角を上げて、悪魔のように笑っていた。

 

「アカネ、さん?」

 

「ふふっ……。あははははは! 

 なに、その顔? 驚いちゃって。心配しなくても、ちゃんと思い出してるよ、リュウタ君のこと」

 

 楽しそうに。

 

「あの頃は良かったよね。私もリュウタ君も、なんにもめんどくさいこともなくて。それで、君といると楽しくて、胸がどきどきして、どんな人よりも大切だと思った……」

 

 その思い出を、

 

「ほんとベタベタな、女の子が夢見るラブコメみたい」

 

 アカネさんは、そう切り捨てた。

 

 俺はそんな彼女へと何も言うことができなかった。ただ黙って彼女の言葉を聞いていた。

 

「自分のことなのに、笑っちゃう。

 私は神様なのに、あんな馬鹿みたいに笑ったり、浮かれたり、さ。……君もそれで楽しませてくれるだけなら良かったのに、グリッドマンになって帰ってくるなんて」

 

 『帰ってきたグリッドマン!』と、おどけるような大声で、腕を振り上げたアカネさんは、次の瞬間にその手を下へと垂らし、くつくつと笑い続ける。

 

「くっだらない……!!

 私はただ楽しみたいだけ。めんどくさいこととか、嫌いなだけ。助けてほしいとか、言ってない。怪獣を倒して欲しいとか、一度も言ってない!! 好き放題に玩具にして、楽しみたいだけ!!

 それなのに、リュウタ君は私のことを悪く言った。間違ってるって! せっかく怪獣遊びに誘ってあげたのに、勘違いしたヒーローみたいに向かってきた!」

 

 

 

「だから、私は君を殺したんだよ……!」

 

 

 

 声が激しくなる、俺を糾弾するように。笑い声を交えながら。 

 

「私も私でほんっと! あんなに浮かれるとか……! 

 知ってた? この世界の人はみんな、私を好きになるんだよ? 私がそうなるように作ったの。絶対に私が嫌いになれないように作ったの!!」

 

 だとしたら、

 

「じゃあ、リュウタ君だって……! よくできた玩具じゃん!

 みんなが私を好きになるんだから、そんなことに意味なんてないじゃん……!」

 

 ざあざあと、雨音に声が消えていく。

 

「だからもう、私の前から……消えて」

 

 それだけを告げて、アカネさんは俺へと背を向けた。雨の中、小さな体がフラフラと、霧の奥に消えていきそうになる。元からこの世界にいなかったみたいに。アカネさんの背中はなんだか透明になっていくように見える。

 

 そんな彼女へと、俺は口を開いた。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

「……っ」

 

 アカネさんの脚が止まる。けれど、彼女は振り返ってはくれない。

 

 それでもいい。これは俺の身勝手で、ただ伝えたいことだから。構わずに気持ちを伝えた。

 

「俺のこと、アカネさんを好きになるように作ってくれて、ありがとう」

 

 言いつつ、自分でもおかしいとは思った。記憶が戻ってハッピーエンドを期待してたのにあんなふうに言われて。テレビで同じような場面になったら、登場人物は相手を怒ったり、憎んだりするのが普通のリアクションだろう。

 

 けど、俺自身がアカネさんを好きになるように作られたと知って……俺は何だか嬉しかった。

 

 なんでだろうか。

 

 まとまりのない考えを、口にしながら形にする。

 

「……俺さ、アカネさんと会うまで、毎日が楽しくなかったんだ。サッカーはちょっとできたけど、友達にもウルトラマンのこと隠してたし、家族とも上手くいかなかったり。このまま、なんとなく大人になるのかなって思ってた」

 

 けど、アカネさんと出会ってから、そんな毎日が変わった。

 

「楽しかったんだ! 怪獣の話ができて、サッカーも応援してくれて、一緒の時間を過ごせて。アカネさんと一緒にいられる自分が、少し好きになれた。アカネさんと一緒なら、変わっていけるって本気で思ってた」

 

 だから、俺が作られた存在でも、その感情が植え付けられたものだとしても。

 

「アカネさんを好きになって、俺は嫌じゃなかった。一回死んでも、また好きになれるくらいに、アカネさんと一緒にいられて幸せだった。

 だから、俺は今でもアカネさんのことが大好きで。……そんな君を守って、大切にしたいんだ」

 

 幸せになるってけっこう難しいと思う。

 

 家族なんて、ちょっとのきっかけでバラバラになってしまうし。秘密を抱えちゃったら、友達とも打ち解けられない。怪獣みたいなトラブルがなくても、この世界を幸せに胸張って歩くのは、奇跡みたいなことだ。

 

 でも、俺は幸せだ。アカネさんを好きになってから、幸せになれたって断言できる。

 

 だから、大切なアカネさんと出会えた世界を用意してくれた神様に伝えたいのは、お礼の言葉だった。

 

「……っはは」

 

 言い終えて、笑ってしまう。

 

 あんなこと言われたし、こっちを見てもくれないけど。記憶喪失とか自分でどうにもならないこと考えず、あの夜の続きを、素直に伝えられたら、すっきりしてしまったんだ。雨でぐしゃぐしゃだし、これからアカネさんと何を話せばいいのかも分かんなくなってしまったけど。

 

 そうして、真っ直ぐにアカネさんを見ると、

 

「……ばかみたい」

 

 雨の中に立つアカネさんの肩は、少しだけ震えていて、かすれた声だけを最後に残すと、すぐに霧に隠れて消えてしまった。

 

 

 

 アレクシスは暗い室内で雨音を聞いていた。

 

 勢いを増して、ノイズのような耳障りだけを残す雨音。明かりが入らない怪獣部屋にいると、音は冷たく響いてきた。

 

「フム……」

 

 アレクシスは興味深そうに肩をすくめると窓から離れる。アカネと共に暮らしているだけあり、アレクシスもニンゲンの娯楽は知っている。そのいずれかを試してもみたが、アカネと共にいない限り情動を得ることはできない。

 

 雨音にも何かを感じるかと思ったが、意味なく終わった。

 

(やはり、私にはアカネ君が必要なようだ)

 

 なので、玄関のドアが開く音を聞くと、アレクシスはいそいそと『神様』を出迎えるために良き友人の仮面を張り付ける。唯一の友達として、保護者として、アカネが豊かな感情を発露するように。

 

 けれど、

 

「おかえり、アカネ君! おや……、どうしたんだい?」

 

 わざとらしいほどの明るい声で、アカネを迎えたアレクシスは、その様子を見て、疑問を零した。

 

 アカネはぽたぽたと雨水を髪から垂らし、全身をずぶ濡れにしていた。他人の影響でそんなことになったら、苛立ちと殺意で怪獣を造る状況。そんな癇癪で自動車を粉々にしたことも何度だってある。

 

 けれど、今日は違った。

 

 アカネは声一つ上げず、机へと向かってしまう。うつむき顔のまま足元に積まれたごみ袋と水滴でくぐもった音楽を奏ながら。

 

「着替えなくても、良いのかい?」

 

「……」

 

 もう一度声をかけるも、無言。

 

 アカネは作業机の横、雑多に物が置かれた棚から何かを取り出す。ちらりと赤い光がアカネの手から漏れた気がするが、アレクシスのいる場所からは彼女が何をしたのかは見当もつかなかった。

 

 その後は眼鏡をかけて、粘土と針金と歪んだ真珠を取り出し、黙々と作業を始める。いつも通りの怪獣づくり。行動だけならば変わらない日常。

 

 だが、アレクシスは心中で困惑していた。

 

 粘土を成形し、カッターで削っていくアカネからは殺意や怒りが感じ取れなかったから。今日、怪獣を出現させた時にあった、強い焦燥感は見る影もなく消えている。

 

 なので、アレクシスは作業するアカネを覗き込むように問いかけを続ける。

 

「……どうしたんだい?」

 

「……」

 

「君の怪獣も倒されてしまったね……。あんな大きなロボットまで持ち出すなんて、やはりグリッドマンは『邪道』だと思うのだが……」

 

「ねえ、アレクシス……」

 

「なんだい?」

 

「私の記憶、消したでしょ」

 

 疑問ではなくて、断言だった。

 

 突然の指摘にアレクシスはため息を一つ残し、頭をかいた。なるほど、と小声で言いながら。

 

「あー、そうか。思い出してしまったのか……。君のためとはいえ、余計なことをしてしまったかな? すまなかったねえ」

 

 言いつつ、アレクシスは考える。これで『彼』の元へと戻ろうとするなら、再び霧を発生させ記憶を消さなければいけない。だが、二度三度と同じことを行っても、既にグリッドマンが来ている現状では、ごく短い期間しかもたない。

 

 最後にはアカネとの関係が破綻して終わりを迎えるだろう。

 

 選択肢に悩む怪人だったが。アカネが言った言葉は意外なもので、アレクシスは手間をとる必要が無くなった。

 

「ううん。……別に、謝らなくてもいいよ」

 

「……フム? 怒らないのかい?」

 

「むしろお礼を言いたいくらい。……アレクシスのおかげで、私、ようやく分かったんだから」

 

 アカネはそれ以外は見えないと、自身が手掛ける作業へと視線を向けながら言う。

 

 アレクシスは今一度、そんなアカネの感情を探る。確かにアカネの情動の中には、アレクシスへの怒りが存在しない。しかし、無感情ということもない。むしろ、彼女の内の感情は、今まで感じたことがないほど強固なもの。

 

 その感情に従って、アカネは怪獣を作ろうとしている。

 

 

 

「私がやるべきこと。私がやらなくちゃいけないこと……。それが、やっとわかったの」

 

 

 

 そんなアカネを見て、アレクシスは仮面の奥で期待を膨らませた。

 

 あくまでアレクシスの目的はアカネの感情を味わうこと。この我儘な神様が記憶を取り戻したというのは意外だったが、それで新たな感情が生まれるなら、怪人は歓迎する。

 

 だからこそ、アカネを止めようとはしない。それがどんな未来を作り出そうとも、死もなく、永遠を生きる悪魔には気に留める必要もない。

 

 そして、ディナーを待つアレクシスへと、アカネは赤い瞳を向けながら告げた。

 

「アレクシス、私ね――」

 

 

 

「神様をつくるよ」




>NEXT「神・様」



次回より、最終シリーズです。



一年以上の長きにわたり、お待ちいただいた皆様には誠に申し訳ないという気持ちしかございません。

私生活が変化したり、書くという行為の意味が変わったり、コロナの影響もあったりしましたが、気が付けばタイガがあり、Zがあり、TDGの系譜を受け継ぐ新作も始まるとウルトラシリーズが進化を続け、SSSS.DYNAZENONがすでに佳境を迎えていたり。

私もここは気合を入れて自分の役割は果たさなければいけないと思った次第です。

なるべく早くに書き上げたいとは思っておりますが、最後までお付き合いいただけると幸いです。
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