SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ【完結】   作:カサノリ

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約・束

「オォオオオオ!!!」

 

 雄たけびと共に、飛び掛かる。

 

 反撃させる隙を作らず、一直線に、真っ直ぐ全力疾走。そして、至近距離から一撃で決着を。

 

 これまでに、上空から、遠方から、あるいはフェイントを入れての攻撃は繰り返し、一度も触れること敵わず敗北している。

 

 からめ手が無理だというのなら、持てる全てを一撃に込めての捨て身しかない。

 

 けれど、音も切りながらの突撃は、女神が眼前に迫った瞬間に止められる。自分がいつ止まったかすらわからず、アニメでよくあるみたいに、時間が止まったように感じる。

 

 そして、決着は変わらない。

 

 怪獣の美しい一声を聞いただけで、俺は倒された。

 

 

 

「なんだよあれ!? マジでチートじゃねえか!! どっかのチートラマンも真っ青だよ!!」

 

 内海の大きな声がキンキンと響くので、俺は耳を塞ぎながら通学路を歩いていた。朝早々に敗北を喫しているから、疲れて頷きを返すことしかできない。

 

 わめく内海から目を離し空を見上げる。

 

「ほんと、なんなんだよ……」

 

 疲れた声で呟く。

 

 女神は朝の戦いなんて気にも留めないように、どこかを見つめながら存在している。街には破壊の跡も残ってはいない。戦いが終わってすぐに、女神によって、壊れたビルや道路は修復されていた。

 

 女神との戦いにもならない戦いが始まって、どれだけの時間がたったのだろう。何度も戦って、何度も作戦会議をして、そしてそのたびに敗北を迎え、ほんの少しの進展もないまま、日常だけが進んでいた。

 

「ラスボス怪獣っていえば、そうなんだけど……」

 

「新条にしては、なんつーか、遊びがないよな……」

 

「遊びって……」

 

「でも、分かんだろ? 今までの怪獣はなんていうか、ロマンみたいなのがあったし。好きなものを作ってるっていう感じもあった」

 

「……それは、そうだな」

 

 怪獣が好きなアカネさんが、悪魔の力を使って具現化したオリジナル怪獣たち。思い返してみれば、コンセプトは明確だったり、怪獣あるあるを体現していたり、俺も実際に現実に現れたりしなければ一緒にアイデアを練りたいくらいの出来だった。

 

 だけど……。

 

「物理は効かない、ビームも届かない、その挙句に近づいただけで叩き潰される」

 

「地面を掘っても、足元から変身しても」

 

 あの女神の歌声を何度聞いたことか。

 

「プロレスにもなってねえなら、楽しくもないだろ……!」

 

「まあ、な……」

 

 一方的な残虐ファイトも某赤いご親戚みたいまでいけばある意味のエンタメだが、最近の女神は何かしらの対策をしようと考えただけで潰してくる。

 

 しかも、こちらに大きなダメージを残さないまま。

 

(痛くは、ないんだよな……)

 

 だから、俺は何度も挑むことができている。

 

「唯一の救いは、なんにも壊さないでいてくれる事だな」

 

「けど、いつ動き出すか分からねえだろ?」

 

「だから、その前に倒さないとって話してるだろ」

 

 いい加減に作戦会議もしすぎて、議論の引き出しも少なくなってきた。内海と二人、無言で嫌な空気が立ち込める。それを振り払おうと、俺は右手のアクセプターへと話しかける。

 

「シグマ。本当に、あの怪獣の正体は分からないのか?」

 

『残念だが、不明だ。あの体が本体でない、あるいは攻撃の方法が間違っているのか。……せめてもっと打つ手があれば……』

 

「技はもう全部試したからな……」

 

 シグマの声も、心なしか不安と疲れを感じさせるもの。だが、数秒の沈黙の後にシグマはゆっくりと話し始める。

 

『リュウタ……、私にはウルトラシリーズの常識はよくわからないのだが……』

 

「別にそこは気にしなくても……」

 

『そ、そうか。私の感覚ではあるのだが……あの怪獣は、これまでの怪獣と違うルールの下で存在している。そう思えてならない』

 

「ルールって?」

 

「えっと、イフとかそういう勝利条件が違うってことか?」

 

『具体的なことは分からない。だが、それが明らかになった時こそ、この戦いも終わらせられるのだろう……』

 

「でも、フィクサービームも効かなかったしな……」

 

 内海が言う通りに、それもはじかれて終わってしまっていた。だったらイフの通りに音楽を? いや、アカネさんがそういう単純な答えを用意しているわけもない。

 

(勝利条件が違うわけじゃないなら、単純な出力不足っていうことも……)

 

 そう考えていると、

 

「あ、そうだ!」

 

 ふと思いつき、シグマに聞いてみる。

 

「シグマは、まだ全力を出せていないんだよな? フルパワーのシグマなら、あの女神も倒せるんじゃないか?」

 

「お、おい、それって……!」

 

『リュウタ、前にも伝えたが……』

 

 明らかに内海とシグマの声が変わるが、まだそこまでの決心じゃない。

 

「分かってる。今のシグマが本気を出そうとしたら、俺も消滅する」

 

『そうだ。その解決のために、まずはグリッドマンの真の力を取り戻せば、兄さんのフィクサービームでリュウタの体を再生できるかもしれないと考えていた。だからこそ、ジャンクの改良を優先したが……』

 

 その結果が出る前に皆はブロンズ化して、店の目に見えないマスコットと化している。現状打つ手はなし。

 

「ちなみに、成功の確率は?」

 

『命の問題だ。確率ではなく、万全を期す』

 

「じゃあ、シグマと俺だけでできる方法とかないのか? まずはシグマがフルパワーになって、俺が消滅する前に自分にフィクサービームを撃つとか」

 

『出力を上げるだけで、リュウタの意識は耐えられないだろう』

 

「…………」

 

『予め伝えておくが、君がそれを望んだとしても私は断るぞ。君は大切な仲間で未来ある少年だ。私は君を守ってみせる』

 

「大丈夫だって。俺だって消えるのはごめんだ。そういうのは、最後の最後までとっておくよ」

 

「……なあ、リュウタ?」

 

「……なんだよ」

 

「……大丈夫か?」

 

 大丈夫なわけないだろ。宝多さんなんて、俺の顔見ただけで病院を紹介してきたぞ。

 

 

 

 そんな何の解決にもならない作戦会議は、俺たちが目的地に着いたことで中断となる。

 

 途端に耳に飛び込んでくる、騒がしい青春の声。ツツジ台高校の校門に立ち、俺は大きくため息を吐いた。そうして校舎に入り、自分の下駄箱に靴をしまい、その拍子にずれたバッグを背負い直す。

 

 そして階段を上り教室へと入れば、

 

「おう! リュウ! って、今日も顔色悪いな……」

 

 昔のままの賑やかなクラスメートが揃っていた。

 

 刈谷と堀井、権藤とサッカー部の仲間たち。それに……。

 

「あー!? サッカー部、上!! 上!!」

 

 突然の大声につられて上を向くと、バレーボールが一つ、弧を描いて降ってくる。俺の頭に向けた直撃コースだったので、ヘディングの要領で軽く弾ませ、手でキャッチ。

 

 すると、どたばたとボールをよこした張本人が走ってきた。

 

「ナイッス!!」

 

「おい、問川……」

 

「わ、悪かったって! それじゃっ!!」

 

 ジト目を向けると、問川は大げさに頭を下げてから、バレーボール部の仲間の元へと戻っていく。

 

 そんな、随分と前には当たり前だった景色を俺と内海は何とも言えない感傷で見つめてしまった。

 

 

 

 女神が現れた次の日、怪獣の被害者が生き返った。

 

 

 

 俺のサッカー部仲間にバレー部。ついでと言ったら悪いが、あのArcadiaも。きっと俺達が知らない人々も含めて。アカネさんの怪獣に殺された犠牲者が日常に戻ってきた。日付が進んでいることを確認しなければ、時間が戻ったのかと勘違いしてしまうほどにクラスは元に戻っていた。

 

 全てを覚えている俺達の方が、この光景に違和感を覚えてしまうほど。

 

「内海君、馬場君」

 

 内海と並んでクラスを眺めていると宝多さんが声をかけてくれた。

 

「私たち、どうすればいいのかな?」

 

 全てが元に戻った世界。

 

 それは悪いことじゃない。決して悪くはない。殺された人間が戻ってくるなんて想像もしていなかったのだから。けれど、俺はこれをハッピーエンドとして受け入れられなかった。この世界に嫌悪感すら覚えてしまっていた。

 

 だって、

 

「だったら、どうして……アカネは消えたの?」

 

「俺だって、知りたいよ……」

 

 神様が降臨してから、静かな街には、破壊もなく、暴力もなく、死もない。

 

 殺されてきた人々が戻ってきて――、

 

 新条アカネという女の子が消えたまま、日常が流れていた。

 

 

 

「やっぱ、ラインナップはR/Bのが多いな。ま、特撮専門店じゃねえと、こんなもんだろうけど」

 

「そりゃ現行作品だし、今からクライマックスなんだから。でも、ソフビがまた売られるようになったのは嬉しいよ」

 

「俺が小さいころは、こういうので遊んだ記憶あるけど、一度消えたりしたの?」

 

「原価高くなったり、怪獣人気が落ちたり、色々あったな……」

 

 響がウルトラマンルーブのソフビを興味深げに眺める中、俺と内海はしみじみと語っていく。一時はシリーズ自体の存続が危ぶまれたウルトラマンも、ギンガから数えて六作目。きっと来年も新作が作られるだろう。今の時代にウルトラオタクをやれて幸せだと思う。

 

 なんて、ゆるいオタクの会話にも虚しさを感じてしまう。

 

 放課後になり、内海と響が俺を遊びに誘ってくれていた。響なんてそんなに特撮へ興味はないだろうに、疲れ切っている俺を気分転換させようとしてくれていた。

 

 そうしてやってきたのが隣町にある、このおもちゃ屋。

 

 あの女神が現れた翌日から、街を覆っていた霧がなくなり、元からそこにあったかのように世界は広がって、こうして俺たちは世界を自由に移動できる。

 

 アカネさんがいなくなったことと引き換えに。

 

 もう、彼女を覚えているのはグリッドマン同盟の俺たちだけ。

 

 アカネさんの家自体は残っていたが、ドアの向こうは謎の建物がひしめく空間となっていて、人がいる気配すらない。学校の通信簿や、他のどんな記録からもアカネさんが消されていた。

 

(どこにいるんだろうな……)

 

 彼女はこの世界にいる。

 

 その確信だけは不思議とある。いるのに、いない。

 

 むしろ、そのアンバランスな状況が俺の精神をじわじわと痛めつけてくる。絶えず襲う不安で夜もまともに寝つけていない。とっくに倒れるどころか、正気を失っていてもおかしくないとは思う。

 

 でも、そこで俺を保ってくれているのは、この俺を構成するシグマの体と、

 

「……ありがとうな」

 

「ん? なんか言ったか?」

 

「いや、なにも……」

 

 俺を思いやってくれる友人たちのおかげだ。

 

 内海は俺の言葉を聞かなかったふりして、響へと話しかける。

 

「にしても、裕太の体にグリッドマンがいたなんてなー。いや、なんかちょっと変な気はしてたんだけど、そのまんま初代マンのパターンだとは思わなかった」

 

「俺はまだ実感ないんだけどね、自分がグリッドマンになって戦ってたとか」

 

 あの時、グリッドマン達がブロンズ化した後、響だけは何事もなく目を覚ました。響の中のグリッドマンはジャンクの中と同じように、封じられたのに。

 

 同時に、これまでの事情を皆が知ることになったのだが、内海は初代マンを引き合いに納得しつつグリッドマンに一言言いたげ。宝多さんは何も言わず、ただ納得したように微笑んでいたのが印象に残る。そして、勝手に身体を借りられていた響はといえば、

 

『グリッドマン達も色々あって、大変だったんだよ』

 

 なんて、朗らかに笑っていた。

 

 こんな出来事を『色々あって』で済ませられる人はそういないだろう。グリッドマンであろうとなかろうと、響は響。そのことが素直にすごいと感じる。

 

「なあ、グリッドマンが中にいるのってどんな感覚だったんだ? 謎空間で一緒に戦っていたりとか。勝手に体が動くとか、そんなのは?」

 

「そういうのはなかったよ。えっと……時々、映画を見ているみたいな感じかな? ぼんやり画面を眺めて、俺じゃない俺が動いているのを感じてた」

 

 やっぱり主導権はグリッドマン……いや、自分を響裕太だと思い込んだグリッドマンにあったんだな。言葉にするとグリッドマンが変人みたいで嫌だが。

 

 ん? だとすると……

 

「それって、宝多さんとの話が出た時も?」

 

「え、えぇ!? そういう時だけ、ちょっとは……」

 

 途端に響は顔を真っ赤にしてしまう。

 

 なんだよ、なにしてたんだよ。

 

 グリッドマンにも影響与えていたなんて、響の恋心は思った以上に激重なのかもしれない、なんてことを思い、久しぶりに心が軽くなった気がした。

 

「でも、裕太が無事で良かったよ。こういう時って変身者も封印されるのが普通だから」

 

「……それも、おかしいといえば、おかしいよな」

 

「えっ!? そうなの!?」

 

 驚いている響は置いておいて、

 

「グリッドマン達を封じた以外に、あの怪獣が起こした被害はない……」 

 

「殺された人は戻ってきたし。街も広がった。裕太もリュウタも記憶を取り戻した。……あとは、新条が見つかれば、全部解決なんだけどなー」

 

 

 

 新条はなにがしてえんだろ。

 

 

 

 内海の独り言は、俺にも尋ねているような。

 

 俺は、その質問に返せない。

 

 内海が口をすぼめながら続ける。最初は口を滑らせたみたいにばつの悪そうな顔をしていたが、もう言ってしまったものは仕方がないと、半月ばかりため込んだ疑問を吐き出し始める。

 

「……正直さ。悪いことばっかじゃねえだろ?」

 

「っていうと?」

 

「あの怪獣は街も壊さねえし、みんな帰ってきたし。記憶が戻った新条が反省したかもって、良いとこだけ見たら、俺もそう考えるよ。けどさ……」

 

「グリッドマン達は……そのブロンズ像? にしちゃって。毎日、シグマとリュウタのことは吹っ飛ばしてる」

 

「それで怪獣はそのまま。……まあ、俺たち以外には見えてもないみたいだけど」

 

 その行動に、シグマの言う『ルール』が働いているのだろうか?

 

 考えられるのは内海が言ったとおりに、アカネさんが記憶を取り戻したことで、なにかの変化が生まれたということ。アレクシスはアカネさんの感情を目当てにしている以上、アカネさんの望みを叶えるだろうから。

 

「その……ほんとに怒らせるつもりはねえんだけどさ……」

 

「いいよ、言ってみろ」

 

「あのさ、その、シグマだけ残してるってのは、リュウタのこと……、恨んでる、と、か」

 

 あー……。それが本当ならマジで俺、生きてられないんだけど……。

 

 尻すぼみになりながら内海が言った言葉だが、そういう問題でもなさそうだ。

 

「俺への復讐とかだったら今も攻撃してくるだろ……」

 

 あの攻撃だって、痛みは感じない。変身は有無を言わさず解除してくるのに。

 

「やってること、ちぐはぐだよね」

 

「新条が戻ってきて、怪獣を倒せたら、平和なツツジ台が戻ってくるのにな」

 

「…………」

 

 それが、俺の一番の望み。

 

 だけど、内海に同意の返事を返すこともできない。

 

 きっと、俺は『その時』のことを受け入れられていないから。

 

 もとは別世界の住人であるアカネさん。アレクシスが言う通り、戦って、ハッピーエンドを迎えた先にあるのは……今の、このアカネさんのいない世界かもなんて。

 

(アカネさんに、会いたいな……)

 

 ぐちゃぐちゃな心のままで思うのは、それだけだ。

 

 どんなことを言われてもいい。この騒動の原因を話してくれなくてもいい。ただ、俺の近くにいてほしかった。

 

 

 

 そして、また、次の日。

 

「アクセス、フラッシュ!!!」

 

 俺は変身し、

 

「Ah――」

 

 その瞬間に、人間に戻されていた。シグマに変身できたのは、街に降り立った一秒だけ。女神は変身すら許さなくなっていた。

 

 

 

「くそっ!!!」

 

 地面に倒れた姿勢のまま、たまらず、空へと罵声を浴びせかける。女神は、俺と会ったことも忘れたような微笑みで、明後日の方向を向いていた。

 

 そんな殺意や敵意を感じないことが遊ばれているようで、苛立ちが隠せなくなる。

 

(いったい、何をすりゃいいんだよ!!)

 

 諦めるつもりはない。新世紀中学生にグリッドマン、内海に宝多さん、そしてシグマ。これまで、情けない俺でも、みんなが力を貸してくれて、一歩一歩、進んできた。もう、何かに後悔することなんて、したくない。

 

 迷って、答えは出ず、心が安定を求めるままに、宛てもなく歩いてしまうが、それがかえって思考を狭窄させていく。いつまでも続く真夏の暑さが、じりじりとコンクリの熱を高めてが、更に思考を狭窄させていく。

 

 そんな時だった。

 

『リュウタ』

 

 シグマの声が響いて、前を見るように促す。

 

「どうした、って……」

 

 疑問を止める。シグマの声は警戒するように固かったが、それも当然だろう。

 

 俺たちの前に立つ小柄な姿は、半月も姿を見せなかったアンチだったから。しかも、

 

「お前……?」

 

 アンチが纏っている雰囲気が変わっている気がした。最初に会った時に感じた、どす黒い怒りが減って、表情も柔らかくなっている。

 

 そして、アンチは無言で凝視してくる俺には、何も思わないように、

 

「返しにきた」

 

 と言って、背負っていた風呂敷を解いた。

 

 ガラガラと、アスファルトへとでかい音を立てながら落下していく長方形たち。俺の大好きなヒーローたちの、とびきりカッコいい決めポーズが表面に貼られていて――。

 

 頭の中が真っ白になった。

 

「お! おま、おまえー!!!!???」

 

 叫び、大慌てでアンチを押しのけ、この馬鹿怪獣が無造作に落とした物体を回収していく。

 

 どっかで見たとか、そんなレベルじゃない。

 

 俺が集めたものだ。全部! 昭和から平成まで、コツコツ集めたウルトラシリーズのBD-BOXだ!! いったい、これ一個でいくらすると思ってやがる!!

 

「シグマ! すぐ! すぐにフィクサービームを!!」

 

『落ち着けリュウタ! 傷は、それほど……』

 

「それほどでも、『ある』んだろ!!?」

 

「ようやく全て観たぞ。参考になった」

 

「お前の礼なんかいらないんだよ! それより! 俺の思い出の品を!!」

 

 アンチの首根っこを掴んでがくがくと揺さぶるも、この怪獣はどこ吹く風で、さらに言う。

 

「食事と寝床も感謝する」

 

「はぁ!? って、まさか……ずっと部屋に居座ってたのかよ!?」

 

 家でエースを見せて以来、ずっと。

 

 頭の中で想像するのは、掃除とかいう概念も知らないガキンチョ怪獣によって、どれだけ俺の部屋が荒らされたのかということ。あそこには、他にもコレクションがあるんだぞ!?

 

 頭を抱えて、呻いて、ついでにBD-BOXの傷を見つけて、しょげて。その最後に、俺はようやく違和感に気づいた。

 

「……アンチ」

 

 こいつさっき、『感謝する』とか。

 

「俺にお礼を……?」

 

「どうした? 助けられたら礼を言うのが、人間のやり方なのだろう?」

 

 アンチは当然のように返事する。

 

 俺は何と言っていいのか分からない。

 

 そりゃ、人間なら世話になった相手にはお礼を伝えるものだが、こいつは怪獣で、俺とは殺しあった仲だったのに。

 

 アンチのその一言が、怪獣に起きた変化を伝えてくる。

 

 アンチは茫然とした俺にふんっ、とため息を吐くと、淡々と続ける。

 

「ウルトラマン。彼らは皆、素晴らしい戦士だった。その姿を見ていて、暴れたいほどに胸が熱くなり、目から水が出ることもあった。原因は、俺にも不明だったがな」

 

 俺の家にあった初代マンからジードまで、全部を余すことなく見たというアンチ。

 

 そして、小さな怪獣は静かに尋ねてくるのだ。

 

「グリッドマンシグマ、ヒーローとはなんだ?」

 

「……え?」

 

「お前の仲間が言っただろう。ヒーローは敗けない、と。そして、お前はこれを見てヒーローを学べと言い、言葉の通りに俺は全てを見終えた」

 

 だけど、

 

「ウルトラマンが優れた戦士だということは分かる。だが、ヒーローとは何だ? ウルトラマンも負けることがある、怪獣を倒さないことがある。そして、時にウルトラマンたちも誰かを、力を持たない人間をヒーローと呼ぶこともある。

 ……朝倉リクにとってのヒーローは、ドンシャインという着ぐるみだった」

 

 ヒーローという概念すら知らなかった怪獣は、初めてヒーローを見た。道徳も、社会も何も知らない、生まれたての小さな存在は、だからこそ、ヒーローの存在に慣れきった俺へと鋭く問い詰めてくる。

 

「教えてくれ、ヒーローとはなんだ?」

 

「それは……」

 

「怪獣を倒す存在がヒーローか?」

 

 違う。

 

「倒れないことがヒーローか?」

 

 違う。

 

「強いことがヒーローか?」

 

 違う。

 

 怪獣を倒さなかったウルトラマンもいる。ウルトラマンだって何度も負けている。力が弱いウルトラマンだって、いる。

 

 俺だって、内海達はヒーローと呼んでくれているけれど、街も壊して怪獣に負けた。力なんてずっと弱かった。

 

 そんな俺を立ち上がらせてくれたのは、大人げないウルトラオタク。俺からすれば、あいつの方がヒーローだと思っている。

 

 答えは俺にもわからないし、正しいかどうかも知らない。だけど、俺が思い描いたヒーローは。俺の心を救ってくれたヒーローは……。

 

「俺は……誰かを守れる人がヒーローだと思う。自分だけじゃなくて、誰かのために力を尽くせる人が」

 

 例え、戦う力がなくても。

 

 あの歌で真っ直ぐに歌われたように。

 

「俺だってそうだ。シグマはヒーローだけど、俺自身はまだまだ情けない奴だから、今でもヒーローになりたいと思ってる」

 

 そう言うと、アンチは目を見開き、数秒の沈黙の後に悔し気に顔を伏せた。

 

「ならば、俺はどうすればヒーローになれるんだ? 俺には守るものがない。なにより俺は怪獣として生まれた。そんな俺はヒーローに……」

 

「なれるさ。本気でなりたいと思えるなら」

 

 ガイアでも、他の作品でも、ウルトラマンはいつもそう言ってる。守りたいものは、いくらでもあるって。それに、怪獣にも仲間になったり、ウルトラマンを助けるやつもいる。

 

 怪獣も一人のキャラクターとしてバックグラウンドがあって、全部倒すわけじゃ――。

 

(あ、れ……)

 

 そこへ考えが至った瞬間、思考がストップした。

 

(だったら、俺達は……)

 

 五感の何もかもが遮断されたようだった。すべてがスローモーションになった中で、俺の体は視線を女神へとゆっくりと向かわせる。

 

 ただ、俺たちを邪魔する、女神みたいな怪獣を見ながら、

 

『新条、なにがしてえんだろ』

 

 内海の言葉が、頭に反響した。

 

 そうだ、今まで、俺達は……。

 

「どうした、グリッドマンシグマ?」

 

「アンチ」

 

「む?」

 

「……ありがとう」

 

 言い残し、俺はBD-BOXを地面に置いて走り出す。

 

 頭を支配している考えが正しいのか分からない。この時点で思い至るなんて、遅すぎると自分でも思う。

 

 ただ、俺が、俺達がしなかったことが、確かに一つだけあった。

 

(もっと、もっと……!!)

 

 もっと近くからあの女神を見たかった。

 

 駆け込んだのは学校の中。階段を飛び上がり、蹴破るように屋上へ進む。

 

 そこは変身した時と同じくらいに女神をまっすぐ見つめられる場所だったから。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 霧が晴れた俺たちの街と、忙しそうに日常を刻んでいる人々と、それを見下ろしている女神。そして、

 

「ねえ、あの怪獣、なにを考えているのかな……?」

 

 宝多さんは女神を見つめながら、静かに問いかけてきた。

 

 

 

「宝多さん……?」

 

「なんか、あの子を見ていたくて……。馬場君もそれで来たんでしょ?」

 

「……そう、だね」

 

 誘われるままに、フェンスへと近づいていく。

 

 一歩一歩、そのたびに女神にも近づいて、透明な、人に似た顔が大きくなっていく。何を考えているかわからない、自分たちとは違う存在。

 

 神様みたいだけど、怪獣。

 

(そう、怪獣だって……考えていた)

 

 それが自然だった。俺たちが戦ってきたのは、アカネさんが生み出したものは人を襲う怪獣だって。

 

 でも、それは本当に正しかったのだろうか?

 

(怪獣ってなんだ?)

 

 だって、アンチに言ったように、怪獣の定義はウルトラシリーズの中でも多彩なものだった。

 

 時に味方にもなるし、宇宙人が由来だったり、地球の先住民であったり、中にはただ道具のように召喚されるものもいる。そこから種族や事情まで考えたら、光の国だったり出自が明確なウルトラマン以上に彼らは多彩な魅力を秘めていた。

 

 怪獣とは、それらを一つにまとめるための言葉。

 

 なのに俺は思い込んでいたんだ。怪獣は倒さなければいけない存在だって。そこに例外はないって。俺が最初に殺された時から、俺たちを苦しめるために生み出されたと思い込んでいた。

 

 けど、それは怪獣を表面のレッテルだけで判断したもの。

 

(怪獣はアカネさんの心が生み出していたのに。怪獣はアカネさんの心の表現だったのに)

 

 だから、もう一度。

 

 あの怪獣の、いやあの子のやってきたことを考えた。

 

 グリッドマンを封印して、街を広げて、霧の怪獣すら消滅させて、それでも攻撃はしてこない。アカネさんは隠して、犠牲者を元の生活へと戻して……

 

 アレクシスが望まない平穏な世界を女神は造り、維持しようとしている。なにより、

 

(……あの子は、どんな顔をしているんだ?)

 

 微笑んでいる? 悲しんでいる? それとも、両方……?

 

「いや、違う……」

 

「……寂しそうだと、思う」

 

 ふ、と隣にいた宝多さんは息を吐き、悲しそうに眼を伏せた。

 

「そうだ、寂しそうなんだ……」

 

 宝多さんの言葉で初めて、女神の顔に像が結ばれた。

 

 自分の世界なのに、自分の居場所がないと。どうにもならない寂しさを感じさせる顔。それをようやく見て、胸が苦しくて仕方なかった。

 

 宝多さんが言う。

 

「私ね、あの怪獣をちゃんと見てみたんだ。私は戦う力もないし、ウルトラマンの知識もない。だけどアカネの友達だったから、何か気づけないかなって」

 

 じっと、ここで女神と向き合って分かったこと。

 

「そうしたら……寂しそうに見えた。怪獣が可哀そうとか、寂しそうとか、そういうこと思えてきて……」

 

「ああ……、俺も、そう思った」

 

 あの子は圧倒的な存在なのに。

 

 街を自由に作り変えることもできて、グリッドマンだって簡単に封じられるほどの神様なのに。

 

 他の誰にも触れず、誰にも見られない、この世界でただ一つの異物であり続ける。

 

 それは、どんなに寂しいことだろう。孤独なことだろう。

 

「アカネも、そうだったのかな……」

 

「…………」

 

 アカネさん……。

 

「私たちはアカネの怪獣に造られて、アカネのことを嫌いにならないように設定された」

 

 でも、そんな彼女が俺たちに与えたのは、平凡な世界だった。怪獣は出るけれど、それを皆が忘れてなんの変哲もない毎日を送れる場所。

 

「でも、もっと酷いことだって、できたはずだよね? 世界の全部が自分のものだって、お金持ちになって、いろんな人を傷つけたり、わがままし放題でも文句は言われなかったはずなのに」

 

「この世界を、アカネさんはどうしても望んでいた……」

 

「普通の日常に、ちょっとしたクラスの人気者。誰かの友達でいること。それが、アカネがどうしても欲しかったもの……」

 

 女神と同じように、世界を好きに弄っても許される神様なのに。

 

 おかしいよね、と宝多さんが言う。

 

「ねえ、どうしてかな? 私はアカネの友達として作られたのに、アカネが世界で一番大切な人じゃない。家族のほうが大切だし、女の子同士で愛してるとか、そんなこともない。……好きな人は別にいる。なのに、そんな私がアカネには『特別』なの……」

 

 望めばなんでも叶えられるのに。

 

「でも、アカネはこの世界を望んだんだよ。平凡で、普通な、アカネを嫌いにはならないけど、アカネが世界一じゃない世界。それだけが欲しかったなんて……なんだか、悲しくて、寂しくて」

 

 つぅ、と言葉を聞きながら、涙が止まらなくなる。

 

 あの雨の夜に電話口から聞こえた、アカネさんの叫び声。アレクシスがいないと、普通にも生きられないと告げたこと。

 

 忘れるわけがない、俺の大切な人の心の底からの本音。

 

 だから考えた。誰かと一緒にいることが大事って。アカネさんが嫌いなことも、苦手なことも、大切な思い出に変えられるって。だから、俺と一緒にいて欲しいって。

 

 けれど、それは大きな間違いだった。

 

「俺は……っ」

 

 なんて思い違いをしていたんだろう。なんて傲慢だったのだろう。なんて自分勝手だったのだろう。

 

 幸せにしたいと願った。みんなの真ん中で笑顔でいて欲しいと思った。そんな風に、生きていて欲しいと思った。

 

 でも、それはこの世界でのことだ。アカネさんの奥にあった、アカネさんがこの世界を造った理由を理解したくなかった。

 

 だって、それを認めたら、俺は一緒にいられないから。彼女が別の世界の人だと認めたら、最後に別れることになると、心のどこかで分かっていたから。

 

 そんな、現実を見なかった男の言葉が、アカネさんに届くわけがない。

 

 アカネさんの本当の苦しみが、世界を、女神を生み出した理由なら。アカネさんはどれだけ『元の世界』で苦しんだのだろうか。

 

(だったら俺に……何ができる?)

 

 幸せにするって約束した。

 

 あの子を守ると決めた。

 

 でも、戦いの果てにアカネさんを見送るしかないのなら。

 

 宝多さんが振り返り、俺をまっすぐに見つめながら問いかけてくる。

 

「ねえ、馬場君はどうする?

 もしアカネが、この世界から一人で帰らなきゃいけないのなら……。アカネに、なにをしてあげたら良いのかな?」

 

 彼女が俺にしてくれたこと、彼女と一緒にいて知ったこと、楽しかったこと、悲しかったこと。俺にたくさんのものをくれた、この世界で一番大切な人が、幸せにしたい人が、本当に幸せになるには、どうすればいいのだろう。

 

 ずっと守って幸せにする。その約束を守るために、俺は何ができるのだろう。

 

(俺にできること、俺がしたいこと……)

 

 その答えを噛みしめ、世界でたった一人の、大きくて孤独な女神を見つめながら、俺は静かに拳を握り締めた。




>NEXT「怪・獣」





次回も来週更新の予定ですが、大事な回なので、もしかしたら時間かかるかもしれないです。

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