SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ【完結】   作:カサノリ

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大詰めです……!

とても思いを込めた回ですので、お楽しみいただけると幸いです。



怪・獣

 周りの人が嫌いだった。

 

 家族が嫌いだった。

 

 クラスメートが嫌いだった。

 

 世界が嫌いだった。 

 

 あの世界で生きていくのが嫌で、未来になんの希望も持てなかった。

 

 だから、悪魔にお願いして創った。

 

 神様になって創った。

 

 私に優しい世界。みんなが私を好きになってくれる、誰も嫌なことをしてこない世界を。

 

「……でもね、本当は分かっていたんだ」

 

 私を理解してくれない家族。私を縛ろうとするクラスメート。私のことなんて気にもかけてくれない周りの人に、それが許される世界。

 

 そんな私の嫌いなものよりも……私が一番、どうしようもない怪獣だったって。

 

 私なんかがいるから、世界はこんなに醜いんだって。 

 

 

 

 だってそうでしょ?

 

 みんなはいつも平気な顔して、仕事に行ったり、友達と笑いあったり、平和に暮らしていける。私にとっては牢獄だった場所が、みんなには居心地いい場所。

 

 私だけだよ。

 

 私だけが上手に生きられない。私だけがおかしい。みんなのいう「普通」になんて、なれなかった私が異常なの。

 

 だから、都合のいい世界を創ろうとしても、なんにも変わらなかった。

 

 自分の思い通りになるように、人や街を作って、そうしたら、自分の居場所もできるなんて子供みたいに思い込んで、結局、私がどうしようもない怪獣なんだから、全部壊しちゃう。

 

 私は「ここ」でも異物で、異常で、みんなと違う怪獣のまま。

 

 その証拠に、ほら見てみてよ。

 

 私がいないだけで、世界はこんなに平和。私がいないだけで、みんなは幸せ。

 

 怪獣もいない。わがままで人を殺す異常者もいない。

 

「私なんて、最初からいらなかった」

 

 だから、

 

「もっと早く、気づけばよかったのにね……」

 

 私はバカだから、遠回りしてしまった。

 

 ほんと、つくづく新条アカネは都合のいいことしか考えない。手遅れにならないと、何にも変わらない。

 

 最初にこの世界を創ったとき。浮かれきった私は、元の世界が悪いって決めつけた。

 

 最初に怪獣を創ったとき、この力をくれたアレクシスのせいだって、決めつけた。

 

 最初に人を殺したとき、神様を怒らせたその人が悪いって、決めつけた。

 

 あの時も、そう。

 

 私は誰かのせいにして、自分が怪獣だってことに目を背け続けた。

 

 そうしたら、怪獣や人殺しも怖いと思わなくなって、あの頃の私よりも、もっと醜い怪獣になっていた。流されてこんな風になるなんて、私はどれだけおかしいんだろう。考えるだけで嗤えてくる。

 

 ようやく気付けたときには、私はすっかり怪獣になって、「どうすれば怪獣にならなかったか」みたいなイフを考えることさえできないほど慣れていた。

 

 だからこれでいい。

 

 この世界で死ぬこともできない私は、もう何もしない。何もしなかったら、苦しむこともない。世界を創って、勝手に嫌って、すべてに嫌気が刺した神様は退屈で死ねばいい。

 

 退屈なんて……いつだって、感じてきたんだから。

 

「……でも、一つだけ」

 

 そんな私でも、幸せだったことがあった。

 

 考えた瞬間、視界の中で青い光が下りてきた。そう、私が少しだけ幸せになれた時、普通でいられた時。それは……

 

「リュウタ君。君といた時……」

 

 ゆっくりと現れる青い巨人へ、私は聞こえるはずのない言葉を呟いた。

 

 

 

 私が見る先で、今日もグリッドマンシグマは、ううん、リュウタ君はかっこよくカミサマに立ち向かおうとしていた。

 

 倒せるわけがないのに諦めようとしない。ウルトラマンみたいな正義の味方。

 

 私の嫌いなヒーローの姿なのに。どうしてだろう? 君はそんなに嫌いじゃない。中の人が分かっているから? その人が大切だから? それだけで気持ちが変わるなんて、私はやっぱり都合のいいやつだよね。

 

 でも、かっこいいんだから仕方ないじゃん。

 

 スラっと細身なのに、シルエットは逞しくて。最近のウルトラマンみたいな、ゴテゴテした装飾も嫌味なく似合ってる。グリッドマンとほぼ同一な見た目でも、青い色のおかげで引き締まってる。

 

 青くて、クールで、剣使いで。ライバルキャラっぽさも、グリッドマンのえぐいほど正統派な造形よりもよっぽど良い。

 

 そんなかっこいいヒーローが、私みたいな怪獣を守ろうとしていたなんて。

 

 ほんともったいないと思うし、心の底からわからない。

 

「ねぇ、どうしてかな? どうしてリュウタ君は私のこと好きになってくれたの?」

 

 毎日、彼の姿を見るたびに私は醜く、未練がましく尋ねてしまう。返事が返ってこないってわかってるのに、どうしてもわからなくて、知りたくて。

 

「私は、どうして君が好きになったのかな?」

 

 最初に出会った時。私は君のこと何とも思ってなかった。

 

 君は六花や内海君みたいに願望を反映させた人じゃない。単なる数合わせで作られた、酷い言い方をしたらNPCみたいな存在。

 

「君にとっても、私はそうだったでしょ?」

 

『みんなが私を好きになる』

 

 バカな神様の言葉は、正しくて間違ってた。

 

 みんなが私を嫌わない。それが私の好きの定義。

 

 だって、『好き』や『愛』の意味が、私には分かんなかったから。

 

『私を好きな人は何をしてくれるの? 私を好きな人は何をくれるの? 私を好きな人はどんな言葉を言ってくれるの?』

 

 愛も恋もわからない怪獣が、いくらそれを求めたところで意味がない。この世界は私の中から生まれたんだから、私への愛が生まれるはずもない。私への感情に下限があるだけ。

 

「君だけだったよ? 愛してるなんて、言ってくれた人」

 

 最初は何度も始末しようなんて、バカなことを考えた。面白いけれど、きっとこの人も私をイライラさせるって。私のことを大切になんてしてくれないって。

 

 でも、君は私だけを見てくれた。私の話をちゃんと聞いて、私と楽しくお話してくれて、私のために頑張ってくれて、私のために戦ってくれた。

 

 私が知らなかった「好き」を、君がくれた。

 

 君は知らない誰かだったのに。NPCだったのに。

 

 好きになってくれた。恋人になってくれた。不安になった時、困った時、寄り添って心が痛くならないように抱きしめてくれた。君といた時だけ、私は怪獣じゃなくて、普通の女の子でいられた。

 

 だからね、君とした特別でもないことが楽しかった。

 

 なんでもないリュウタ君が好きになってくれたことが、奇跡みたいで嬉しかったんだ。

 

 

 

 なのに……。

 

「結局、私は――。だから、もういいの」

 

 空に向かって口を閉じて、少しだけ目の前の光景を見てみる。

 

 シグマはまだ、カミサマと向き合ったまま。けれど私には、数秒先の未来がはっきりわかってた。

 

 この後に、真っ直ぐ向かっていくシグマへ、カミサマが光線を放って、シグマが変身解除。それで終わり。あの子は私とリンクしているから、行動も丸わかりだから。

 

 ほら、シグマが歩きだしてカミサマが――

 

「……え?」

 

 攻撃、しなかった。

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 ゆっくり進むシグマにカミサマはなにもしない。

 

 三歩。

 

 私は息をすることもできないで胸を押さえた。

 

 四歩。

 

 でもカミサマは攻撃しない。リュウタ君はシグマの姿のまま。

 

 五歩。

 

 久しぶりに出した小声じゃない声は、かすれ切っていた。

 

「……っ、そん、な」

 

 まさか、と思った。もしかしたら、と考えるだけで頭の中が真っ白になった。

 

 だって、それはあり得ないこと。ううん、あってはいけないことだから。ヒーローと怪獣にとって、起こりえないことだから。

 

 カミサマが攻撃しない、たった一つの理由はある。

 

 でも、それはヒーローがするはずのない、してはいけないこと。

 

「待って!!」

 

 思わず私は声を張り上げていた。他の人から姿も声も見えないようにしたのに、そんな自分のしたことさえ忘れて。

 

 当然、私の声が聞こえないリュウタ君は進む。歩幅も確かで大きなものへと変わって、少しずつカミサマに近づいていく。

 

 私はたまらず叫び続けた。

 

「それは、怪獣なの!!!」

 

 どんなに光っていても。

 

「悪い怪獣なの!」

 

 どんなに神々しい姿をしていても。

 

「グリッドマンを、君を攻撃した、ただの怪獣なの!!」

 

 倒されなきゃいけない。

 

 攻撃されなきゃいけない。

 

 じゃないと、ヒーローの物語が終わってしまう。君の役目が消えてしまう。君が生きていけなくなる……!

 

 なのに、グリッドマンシグマは……カミサマを倒さないつもりなんだ。 

 

「早く攻撃してよ! 嫌ってよ! 邪魔者扱いしてよ!」

 

 そうすればカミサマは『反撃』できる。

 

 そう私が設定した。

 

 リュウタ君が敵意を向けた時だけ傷つけずに追い返す。そうすれば、永遠にこの戦いは終わらない。怪獣がいる限りヒーローはこの世界にいられる。

 

 でも、その反撃が行われないということは、リュウタ君はカミサマへ敵意を持っていないということ。

 

 そして、カミサマはそれ以外のことはできなかった。

 

 反撃ならまだいい。避けるのもまだいい。私の心と繋がった怪獣は、臆病者のまま。ぶつかってきた相手を突き飛ばすことも、隠れてやり過ごすこともできる。

 

 私の目的のために、グリッドマンは邪魔だったから、彼だけは封印できた。

 

 だけど、グリッドマンシグマは別。だって、その中にいるのは、私が好きだった人だから。全てを思い出したあとに攻撃なんて、できるわけがない。

 

 嫌な汗が出て、自分でもわからない気持ちに虐められながら叫ぶ私。もう、意味なんて分からないほど子供のわがままは届かない。

 

 そして、

 

「まって……!!?」

 

 青い巨人はその両腕を閉じた。腕の中にカミサマを包み込むように。

 

 グリッドマンシグマが、カミサマを抱きしめた。

 

 

 

 気がついたとき、私はリュウタ君の温度を感じていた。

 

 離れているのに、彼が近くにいて抱きしめてくれているのを感じていた。

 

 それは昔と変わらない、安心できて、幸せで、いつまでもこうしてほしいと思ったそのまんまの温かさ。

 

 でも、その瞬間に私は私を殺したくなる。

 

 私に、醜い怪獣にそんな価値はないって分かっているのに、決めたのに。

 

 リュウタ君がこうしてくれたことが嬉しくて、そう思う自分がどうしようもなく卑しい存在だとわかってしまった。

 

「……だから、やめてよ」

 

 私の心に反応して、カミサマの姿も変わる。

 

 光は消えて、滑らかな肌は鱗だらけに、背中からは棘が出て、顔は破れて醜悪なものに。傍にいたら、生臭くて、鼻を切り落としたくなる臭いまでしてるはず。

 

 一秒だって触っているのも嫌な怪獣の本性がむき出しになる。

 

 これが本当の私なの。

 

(分かってよ、それは怪獣だって! ヒーローに大切にされる資格なんてない! バケモノの、嫌なヤツだって!!)

 

 でも、温度は離れなかった。リュウタ君は私を抱きしめたまま、少しも身じろぎしなかった。何があっても離さないというように。

 

 そして、

 

『アカネさん、ごめんね』

 

 リュウタ君が絞り出すように言った。私が分からない、私への謝罪を。

 

「な、なに……?」

 

 なにを、君が謝ることがあるの?

 

『気づいてあげられなくて、ごめん』

 

 抱きしめられる力が、強くなる。

 

『怪獣は怪獣だって思っていたんだ。倒していい存在だって思い込んで、それでアカネさんのことも考えないで、ずっと戦ってきた』

 

 けれど、とリュウタ君は悔しそうに言う。

 

『ほんとは、違ったんだよね? 怪獣はアカネさんの怒りたかったこと、嫌だったことから生まれた。アカネさんの……気持ちそのものだったのに』

 

 やめて……。

 

『この女神だってそうだ。気づくのに時間がかかって……』

 

 やめて。

 

「なんで、君が謝るの!?

 違うでしょ!? 謝るのは私! 倒されなくちゃいけないのは、私!!」

 

 

 

「私は……怪獣なんだから!!」

 

 

 

 君になにをしてきたか、ほんとに分かってるの?

 

 好きになってくれたのに、怪獣で襲った。

 

 止めようとしてくれたのに、殺してしまった。

 

 戻ってきてくれたのに、全部忘れてた。

 

 ヒーローになってくれたのに、戦いを楽しんでた。

 

 そんな君を思い出したのに……

 

「私、よかったって思ったの……。生きててよかったじゃない、殺してなくてよかったって……そう思ったの」

 

 雨の中、必死に走ってくれた君を見て、最初に思ったのがそんな醜い自己弁護だった。私の罪が一つ減ったことに、確かに安心している私がいた。

 

 どこまで、私は醜いんだろうって、そう思った。

 

「私はずっとこんな化け物なの……!」

 

 記憶をなくして、君とのことを思い出せなくなって。私がやったのはまた人殺し。

 

 ドラマで、愛を知ったら変わるなんてあっさり言うけど、私は好きな人を殺したのに、それでも平気で人を殺せる私に戻っていった。

 

「私はおかしいの!! どうしようもなくて、死んだ方がマシなくらい酷い奴なの!!」

 

 記憶を奪われていたとか、そんなの言い訳にならない。何度やりなおしても、私は同じように間違える。この先も、私は変わらずに怪獣のまま。

 

 わかったでしょ?

 

 そんな私はいないほうが……!

 

 

 

「ふざけんな……!」

 

「っ……!?」

 

 

 

 初めて、リュウタ君の怒った声を聞いた。ううん、初めて、私に怒ってくれた。

 

 けれどそれは……。

 

「ああ、怒ってるよ。めちゃくちゃ怒ってるよ。俺を殺したとか、怪獣を操ったとか、そんな理由じゃなくて、勝手に消えたことに」

 

「……え?」

 

「半月だぞ!? 半月も!! アカネさんと一言も話せなかった! アカネさんを見ることもできなかった! それがどれだけ辛かったか、わかる!? 本当にノイローゼになるかと思ったんだけど!!」

 

「そ、そんな理由で……」

 

「そんな理由だよ! 女神にやられるより、そのほうがよっぽど辛かった!」

 

「君を殺して、ほかのみんなもころして、怪獣をあやつって……」

 

「わかってる! アカネさんがたくさんのことをしたこと、俺だけで全部許すとか、そんなことは言えない! でも……! でも、俺はアカネさんが……!」

 

 

 

「自分がいらないなんて、そう思ったことが一番許せない」

 

 

 

 その声は、怒っていて。でも、すごく優しかった。

 

「なんで、そんなこというの……? 私、君にひどいこと言ったよ? 記憶が戻ったとき、意味ないって、おもちゃだって……」

 

「嘘だってわかってた。気づかない? アカネさんけっこう分かりやすいんだ。

 君が本当に面白がってるとき、嬉しいとき、アカネさんはくすぐったそうに笑うんだよ。だから、あんな笑い方したら、すぐ嘘だって分かった』

 

 リュウタ君はぎゅっと力を込める。私の中にあった、本当の気持ちが出てくるように。

 

「だから教えて? アカネさんの本当の気持ち。本当に俺のこと邪魔で、嫌いで、いなくなって欲しいなら。もう、こんなことやめるから」

 

 私の本当の気持ち……

 

「俺は好きだよ、アカネさんのことが」

 

 やめて

 

「一度死んでも、また好きになった。君のためなら、どんな戦いだって辛くなかった」

 

 やめて

 

「君が笑っている世界じゃないと生きていけないくらい、好きなんだ」

 

 やめて

 

 そんなこと言われたら、嬉しくなる。私なんかでも価値があるように思えちゃう。どんな形になっても怪獣の私は君を傷つけるのに。

 

 私は君と一緒には……

 

「それでも俺は……俺の好きな人が、自分が嫌いだって泣いてるほうが嫌なんだ」

 

 ほんとやめてよ……

 

 私はめんどくさくて、

 

「君は想像力が豊かで」

 

 なんにでもイライラして、

 

「とっても繊細で」

 

 誰からも嫌われる、

 

「俺にとって、何よりも大切な」

 

 怪獣なんだから。

 

「素敵な女の子なんだから」

 

 ああ、なんで君はこうなの?

 

 君だけ。君だけは本当の私を見ても、好きになってくれた。

 

 クラスの真ん中でいた私には興味なかったくせに、怪獣が好きで、甘えたがりで、そのくせ人のことが怖くて、めんどくさい束縛までしてくる嫌いだった私自身を好きだって言ってくれる。

 

 私は私が嫌いなのに、君は私の嫌いなところも好きになってくれる。

 

「だから、アカネさんも自分のこと好きになって。自信をもって。俺はずっと好きでいるから。君がどこにいてもずっと好きだから」

 

 君みたいなヒーローが……

 

「俺がヒーローなら、アカネさんにヒロインでいてほしいから。アカネさんも自分のこと、好きになってあげて」

 

「わたし……かいじゅうなのに……」

 

「知ってるでしょ?」

 

 

 

「俺は怪獣が大好きだって」

 

 

 

 

「っ……」

 

 ほんと、私は都合がいい。

 

 さんざん迷惑をかけたのに、傷つけたのに。それでも、こんなに私を想ってくれることがうれしいなんて。

 

「すきになっちゃいけないのに……!

 わたしをすきになったら……もう、リュウタ君とあえないのに……!」

 

 きっと、リュウタ君だって分かってる。戦いが終わったら、私たちは離れ離れになるって。でもリュウタ君はそんな私のために言ってくれている。

 

「……わたし」

 

 どうすればいいの?

 

 君が私のことを好きと言ってくれるだけで、私はまだなにかになれるって思ってしまう。

 

 元の世界から逃げ出した私。神様になっても失敗した私。怪獣になって壊した私。自分の事、大嫌いな私。でも、そんな私でも好きになってくれる人がいるならって。

 

 でも、

 

「……どうして?」

 

 どうしてリュウタ君はそれでいいって言えるの? 言ってくれるの?

 

 好きな人がいなくなる。

 

 それがどれだけ辛いか、私はもう知ってる。君に教えてもらったから、もう知ってる。でも、そんな辛さを君は我慢して、こんなに優しい言葉をかけてくれる君が分からない。

 

 どうしてそこまで、私のこと好きになってくれたの?

 

 私が神様だから? 怪獣が好きだから? 性格があったから? 気まぐれで慰めたから? 

 

 

 

「理由なんて、いらないでしょ?」

 

 

 

「……え?」

 

 声は、隣から聞こえた。

 

 風がふわりと髪をなでて、懐かしい香りを運んできた。

 

 隣に六花がいた。いつの間にか困ったように微笑んでいた。

 

「やっと見つけた。馬場君が言ってたんだ。アカネがたぶん、ここにいるんじゃないかって」

 

 リュウタ君と過ごした、渡り廊下に。

 

 もう、私は私を隠せていなかった。

 

「そんなに泣いてるの、初めてみたんだけど」

 

 六花は苦笑いしながら、指をさす。

 

「わた、し」

 

 泣いてる。

 

 いつからか分からないけど、泣いていた。自分でも気が付かないうちに、目が熱くなって、涙があふれている。

 

 六花はちょっとだけ肩をすくめて、私と同じように、向こうの景色を見る。

 

「正直いうとさ、ちょっと羨ましい」

 

「え……?」

 

「馬場君とアカネのこと。きっと、馬場君だっていやなこといっぱいあったと思う。戦って、辛い時も、諦めたい時もあったと思う。でも、それでも、アカネのこと、あんなに好きだって言ってさ。あー、この人、すごくアカネが好きなんだなって、見てるだけで分かるくらい。

 そんなに好きになってくれる人がいるなんて、うらやましいし、贅沢だなって思うのに、理由まで欲しがったら、罰当たるよ? 馬場君も、アカネも、両想いならそれでいいじゃん」

 

 声はからかうように。けれど、六花は真剣に、友達のような表情で私のことを見ていた。そして、六花はいつになく大きなため息をつくと、私に顔を大きく近づけて、言う。

 

「……それに! この際だから言っておくけど、私、アカネのこと、最強美少女とか思ったことないから!」

 

「六花……」

 

「仲良くしてたと思ったら、すぐ距離作るし。遊びに誘ったら、ドタキャンするし。私のこと、からかったり、嫉妬したりするのもめんどくさいし! アカネと一緒に並んだら、いろいろ自分のことが気になったりで嫌な気持ちになるときもあった!」

 

 六花は自分の足を見ながら、口をもごもごとさせていた。

 

「でもさ、私にとってのアカネはめんどくさくて、自己中で、気分屋で、わがままで。……それでも、そんなアカネと友達だったこと、後悔してないし、これからも友達でいたい」

 

 そう言い切る六花は、私が造った人形だとは思えなくて。

 

 私の苦手なことも分かってるのに、友達だと言ってくれて。

 

 六花は、六花らしく控えめに微笑みながら、笑ってくれた。

 

「ほら、これで恋人と友達と。アカネの味方が二人はいるんだから、今度は悩みでもなんでも、私たちに話してみなよ。怪獣とか消えちゃうとか、変なことする前にさ。

 私は変身できないし、怪獣も作れないけど、アカネと一緒に泣いたり笑ったりするくらいはできるんだから」

 

 また胸の奥で灯る、あたたかいもの。

 

 六花は困ったように笑いながら、泣きじゃくる私の頭を撫でる。

 

「こんなに泣くほど辛いなら、最初から相談してよ」

 

「なんでリュウタ君も六花も、こんな私のこと……」

 

 

 

「おいおい! リュウタと六花だけじゃねえぞ! 俺たちのこと忘れんなって!」

 

「一応、俺たちもいるんだよね……」

 

 

 

 

「内海君……? 響君まで……」

 

 少しだけ気まずそうに、内海君と響君が歩いてくる。ずっと、私と戦ってきたのに、普通の友達みたいに。

 

 そして内海君は、近くに来ると、苦いものを噛んだように顔をしかめて、体をプルプルさせながら、

 

「っ――! 言いたいこと色々あるけど! 

 まず! 俺だってちゃんと告白したんだから! 新条のこと好きな人間リストに追加しろ! それに! ウルトラシリーズ好きなら、最初に言っとけ! ずっと孤独なオタクライフしてた俺に謝れ!

 最後に! いちゃつくんなら、こんなめんどくさいことしないで、ちゃんといちゃつけ!! むず痒いんだよ見てたら! あのシグマと女神とか!!」

 

 すっごい面倒なオタクみたいに叫んできた。

 

「えっと……」

 

「内海君、マジキモイ」

 

 言いよどむ私を代弁するように、六花が言葉を突き刺して、内海君の顔を真っ赤に染める。もしかしなくても、カッコつけたくて台詞を考えてきたのかもしれない。

 

 それに、響君も、

 

「……正直いうとさ。俺は戦ってきた実感もないし、これまで部外者だったし。上手く励ますこともできないけど。グリッドマンはきっと新条さんのこと敵だと思ってなかったよ。

 新条さんが神様でも、怪獣を作っても、間違えても。倒そうなんてグリッドマンは考えていなかった」

 

 響君はそう言って、照れるように笑った。

 

「あとさ、俺も内海達に見せられて、ウルトラマンが気になってるんだ。だから新条さんにも怪獣のこととか教えてもらえたらなって」

 

 内海君も、響君も。二人とも、私のこと、神様だとも、怪獣だとも思っていない。

 

 ただ普通の、友達みたいに。友達が、友達に文句を言ったり、遊びに誘うみたいに。

 

「ね? これで友達が四人。あ、アカネにとっては恋人が一人だから……。恋人一人に、友達三人」

 

「……みんな」

 

 本当に、私は、どれだけ酷い人なんだろう。

 

 嬉しくてたまらなかった。

 

 私がしてきたこと、私がしてしまったこと、それがいけないことだって分かってるのに。許してもらえたらって思えてしまう。

 

「どうしたら……。わたし、どうしたら、いいの?」

 

「まずはちゃんと謝りなよ。アカネのこと心配してた私たちにも。我儘な神様を慰めてる馬場君にも」

 

 六花に肩を支えられて、涙でぐしゃぐしゃになった眼を、遠くへ向ける。

 

 そこにはずっと、リュウタ君に抱きしめてもらっていた怪獣がいて。

 

 不気味で、嫌われものの怪獣がいて。

 

 でも、そんな怪獣が、ひび割れる。

 

 ぽろぽろ、カバーがはがれるみたいに、私が嫌いだった私から。怪獣らしい鱗も、棘も、体が崩れて。

 

「やっぱり私、あれが怪獣だって思えないよ……」

 

 六花が笑う。

 

 怪獣の中から出てきたのは、神様とも天使とも、怪獣とも違う。涙を流した女の子だった。私から生まれたとは思えないくらいにきれいな、光に包まれた普通の女の子。

 

 私の心から生まれた私は、めんどくさい私よりも素直で。涙を流しながら何度も頷いている。あれが私の本心。私よりも私をわかってた怪獣。

 

 リュウタ君が怪獣にもう一度問いかける。

 

「さっきの答えを、本当のこと聞かせて? アカネさんは俺のこと、どう思ってるの?」

 

 そんなの、決まってる。

 

「わ、私も……リュウタ君のことが……!」

 

 

 

『素晴らしい!! めでたし、めでたしだねえ!!』

 

 

 

「っ!?」

 

 私の声を、全てを壊すような嘲笑がかき消した。

 

 ドクン、と私の胸の奥が恐怖で跳ね上がる。声の主は、カミサマの内側から。

 

「が、ぁ……!?」

 

 そしてリュウタ君の、グリッドマンシグマの腹を黒い剣が突き刺していた。

 

『ハハハハハハハハ!!!』

 

 笑い声とともに、カミサマのお腹から黒いベールが飛び出す。

 

 光を飲み込むほどに深い色の、大きな大きなベール。それがカミサマをすっぽりと包み込む。女の子の姿をした怪獣は闇に飲み込まれて、残ったのは、カミサマが手に持っていた透明な球だけ。

 

 コンコン

 

 その空虚な音が、私たちの全身を凍り付かせて、

 

『ぐっ、お、おまえ……!?』

 

「リュウタ君!?」

 

 私が叫ぶと同時に、リュウタ君が苦悶の声をあげながら、地面に倒れこんだ。

 

 シグマの、私たちの前で黒いベールはボコボコ、気持ち悪いスライムみたいに姿を変えて。最後には私が見慣れたあの黒い仮面が生える。

 

『ごちそうさま、アカネ君』

 

 アレクシス。

 

 あのアレクシスの姿のまま、けれども下半身だけはクイーンモネラみたいに大地に根を張ってる。もう私と一緒にいた時とは、纏ってる雰囲気からして違った。

 

 上機嫌で、でも残酷で……仮面の奥から、私たちを笑っている。

 

『はははは! いやいや、最高の味だったよ。アカネくんの情動は実に甘美で刺激的だった! 人間の感覚なら、熟成されたビンテージワインとでも言ったところかな?』

 

「な、なんで!? 出てこれるはずがないのに!!」

 

『確かに、抜け出すのは苦労したさ! だが、嬉しいからって気を抜いてはだめだよ? 詰めが悪いところが君の悪い癖。こんなにおいしい情動が手に入るというのに、私が黙ってみているはずがないじゃないか!」

 

『アカネさんの、情動を……?』

 

『ああ、そうだともグリッドマンシグマ。

 情動とは感情の揺れ動き。だからこそ、カミサマを造った時は絶好の機会に思えた。アカネ君はかつてないほど自分を嫌いになっていたからねえ』

 

 世の中全てが嫌になって、自分も嫌いになった私。

 

『けれども、そんな時こそ強い情動が生まれるのさ。今、アカネ君には強い感情の転換が起こった。自分への嫌悪、絶望と虚無から、歓喜と愛情と希望へ!!』

 

『待っていた甲斐があったというものさ、ハハハハ!!』

 

「……じゃあ、なんで?」

 

『こうして邪魔をするのか、かい? 簡単だよ。君はもう、あれだけの喜びを得ることはない。この世界に留まるにせよ、勇気を出して帰るにせよ、君の心は穏やかになる。私が望む情動は無くなるだろう。だから、ね』

 

 悪魔がけらけらと笑って、倒れたシグマを見下す。

 

「ま、待って……!」

 

『もう一度、あの甘美な情動を味わう方法があるんだよ! 絶望が希望を生んだのなら、今度は……』

 

 

 

『希望から絶望へ』

 

 

『さあ、素晴らしい絶望を味わわせてくれ! アカネ君!!』

 

 アレクシスが剣を振り上げる。向かう切っ先は、リュウタ君の細い首で。リュウタ君は受けたダメージが大きいのか、力なくアレクシスを見上げることしかできていない。

 

 だから叫んだ。何もできない私は叫んで。叫んで。

 

 けれど、アレクシスにとってはそんな怒りも、悲しみも、所詮は食料に過ぎない。それでも、アレクシスの剣がリュウタ君の体を切り裂きそうになった次の瞬間に、

 

『ッ!!???』

 

 大きなアレクシスの腕が、宙に舞っていた。

 

 くるくると、黒い剣もふっとんで、回転しながらひび割れた街に突き刺さる。

 

 アレクシスの腕が切り飛ばされた。けれどもそれをしたのはリュウタ君でもない。都合よく復活したグリッドマンでもない。

 

 アレクシスとリュウタ君の間に紫の光が舞い降りる。

 

『……これは、これは』

 

 アレクシスは、シグマを守るように立った影へ向かって、感心したような、小ばかにしたような声を向けた。

 

 何が起こったのか分からなかった。

 

 止めてほしくて、それでも、私はどうしようもなく無力で、大好きな人がやられるのを見ていることしかできないはずだったのに。そんなときに現れた『ヒーロー』が、

 

「……アンチ?」

 

 私の作った怪獣だなんて。

 

 傷ついたシグマを庇う様に立つ、紫の巨人。

 

 勝手に進化した闇の巨人形態ともその姿は違ってる。私の大嫌いな大衆に媚びたダークヒーローじみたヒロイックな姿。

 

 シグマやグリッドマンそっくりの姿になったアンチが、アレクシスの前に立ちはだかっていた。

 

『何のつもりかな、アンチグリッドマン?』

 

 アレクシスがアンチに尋ねる。

 

 同意したくないけど、気持ちは分かる。

 

 最後にアンチを見たのは、怪獣を無断で造って、シグマにボコボコにされて、シグマをボコボコにして、最後はやっぱりドリルを持ったシグマにやられた姿。その後は、アレクシスから逃げて、世界の片隅にでもいるのかと思っていたのに。

 

 けれど、アンチは記憶に残っているのとは違う、鋭く自信に満ちた声でアレクシスに宣言する。

 

『グリッドマンに勝つにはヒーローにならなければいけないそうだ。そして……守りたいものがあれば、俺でもヒーローになれるそうだ』

 

『ほう! なんとまあ、随分とヘンテコな理屈だ! だが、怪獣のキミに守るものがあるとでも? 私が具現化してあげた、ただの粘土細工のキミに?』

 

 アンチは昔のような怪獣の眼じゃなくて、赤いバイザーが付いた頭を軽く動かして、私を見て、それで次にアンチの後ろで膝をつくリュウタ君へ。

 

『それがどうした?』

 

 もうその姿は怪獣じゃない。

 

『怪獣の俺にも守るものはある。俺を生み出した母親と、勝つべき好敵手がいる。そしてそいつらは番のようだ』

 

 母がいて、父がいて。

 

『そして、俺がここにいる』

 

 もう、アンチは怪獣でも闇の巨人でもない。

 

 歪でも、守りたいものを見つけた、ヒーローの資格を手に入れた。

 

 だから、

 

『今の俺が目指す姿、ヒーローの名は』

 

 アンチはあの青い騎士のように剣を構えながら宣言した。

 

『グリッドナイト』




>NEXT「同・盟」

このシーンもまた、この話を書きたいと思った当初から頭の中に描いていた場面でした。

結局、アカネって自分が嫌いな子で、アカネの破壊衝動も自分への自傷の裏返しだったとアニメを見ていて感じていました。だから、アカネが立ち直るために必要なもの、自分が好きになるために必要なものを考えたら……というのが今回の答えになります。

独自解釈マシマシではあり、長い時間もかかりましたが、この話の中でアカネとリュウタに一区切りをつけられたこと、自分でも嬉しく思っています。まだ続くけどね!


よろしければ、感想や評価などいただけますと大変励みになります。

グリッドナイトも来て、いよいよ最終決戦!
あとはやりたいことを詰め込みまくります!
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