SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ【完結】   作:カサノリ

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大変お待たせをいたしました。

これにて、本編最終話になります。
そして、間に合ってよかった!

アカネ 、誕生日おめでとう!


空夢

 目覚めは、驚くくらいに穏やかだった。

 

 あれだけ嫌って、別の世界まで作って離れたはずの私の部屋。怪獣の一体だっていない、常識と平凡で押し込められた場所。きっと戻ってくるときは、悲しくて辛くて、もう命だって捨てたいくらいに絶望していると思っていたのに……。

 

 なのに、目が覚めた時に感じたものは、驚くほど何もなかった。

 

 後悔も、嫌悪も、怒りも、悲しみも、何もない。ただいつものように、これが決められた毎日のように目が覚めただけ。私にあるのは、瞼の重さと、朝の冷たさに震える体。

 

 あの世界のことは、すべて夢だったのだろうか。

 

 そんなことを思えてしまうほどに、この世界にはなんにもなくて。

 

「うっ、うぅ……。うあぁああ……!」

 

 涙がこぼれ落ちる。何が悲しいのかもわからない。この感情が悲しみなのかもわからない。わからないけれど、わからないことがただ涙になって……

 

 私は空夢になった思い出だけを抱えて、一人でベッドの上にうずくまった。

 

 

 

 

 

 うたかたのそらゆめ

 

 

 

 

 

「うーん……こっち? いや、こっちか……?」

 

『リュウタ、もうそろそろ時間だぞ?』

 

「いや、ちょっと待って! あとちょっとだから……!」

 

『君がそう言うなら待つが……。正直なところ、私にはその二つの違いがわからないな……』

 

「いやいや、色とか形とか全然違うだろ!? ハイパーエージェントにとっては違いなんてないのかもしれないけど、俺にとってはかなり大事なの!」

 

『そういうものなのか?』

 

「そういうものっ!」

 

 と、右手のアクセプターに苦笑いしながら伝える。こっちでの生活も結構な長期間になったと思うが、こういう人間の習慣にはシグマもまだ疎いようだ。でも考えてみれば、俺がシグマに助けられてから、どこかに遊びに行くとしたら内海とか響。もしくは記憶を無くしているときにアカネさんとたまにどこかへ行ったくらい。

 

(あんまり気合を入れてオシャレをするような機会はなかったな)

 

 とはいえ、元々俺という人間もそんなに服に興味があるわけでもなかった。オタクバレしない程度に流行りの服を着ているくらいだったし。アカネさんと付き合ってからだろうか? ちゃんと服も考えようとか思ったのは。

 

 そう思うと、こうして服装を選んでいるということが、ようやく俺たちの日常が戻ってきた証だという気がして嬉しくなる。怪獣のことも何も関係なく、俺達の普通の日常がつながってきた先にある出来事だったから。

 

 だけど、そんな感傷に浸って服選びに集中するわけにもいかなかった。待ち合わせの時間はシグマの言う通りに迫っていたし、肝心かなめのデートに遅れるわけにはいかない。

 

 ここは怪獣と戦った時のように、勘に任せてみよう。

 

「よしっ! こっち!」

 

 洗面台の鏡の前で、体に当てていた二つのジャケット。その片方をクローゼットに戻して、もう片方を羽織る。どっちもお気に入りの一着で、特別な日に着る用に買っていたものには違いなかったけれど、なんとなく今日はこっちの気分だ。

 

『なるほど、確かに君という人間に良く似合っている。かっこいいぞ、リュウタ』

 

「ありがとう。でさ、一応の確認だけど今日は……」

 

『ああ、君とアカネとの大切な日だ。私は中で黙っているとしよう。……兄さんのようなことはしないので、安心してくれ』

 

「ははは……。あれは、グリッドマン最大のやらかしだったもんなぁ……」

 

 下手をすると怪獣災害よりも被害はデカかったかもしれない、特定の一個人にとっては。

 

 シグマとそんな会話をしながら、バッグを身に着け、靴を履く。そして残るコートを羽織れば準備完了。

 

(うん、これで大丈夫)

 

 気合を入れすぎぐらいだとは思う。だけれど、それでちょうどいい。

 

 だって、今日はアカネさんと俺との大事な大事なデート。

 

 とにかく最高の一日にしたいし、アカネさんにとってもそういう一日になってほしいんだから。なので、まずは待ち合わせた時に「今日かっこいいね」とか言ってもらえたら最高。

 

 そう思って出会い頭のシミュレーションを頭の中で進めながら、待ち合わせ場所に向かったのだが……

 

「えへへ♪ おはよっ、リュウタ君♪」

 

「あっ、か、かわ……っ!」

 

 待ち合わせ場所に現れた天使(怪獣じゃない)を見て、俺のほうが言葉を失ってしまった。

 

 午前十時、駅の前。空は快晴、気温は五度。風はないけれど、ザ・冬という乾燥して寒い空気。その中でアカネさんはキラキラと冬の妖精のようにかわいらしさに満ち溢れている。

 

 もこもこのコートに、マフラー。雪で作ったようにふわふわの帽子がアカネさんの頭にちょこんと乗せられている。そんな防寒とかわいさを両立した上半身とは違って、下の方は「オシャレは我慢」とでも言うように黒いニーソックス。

 

 しかもあの時と違って、俺を待っていてくれたのだろう。寒さを我慢していたであろう顔は、頬がちょっと赤らんでいて、なんだか見ているだけで心臓が飛び出そうなほど高鳴ってしまう。

 

 言葉をうまく出せないまま、なんとか、なんとかいいことを言おうとする俺。しかし、その前にアカネさんがふわりと目の前までやってきて、

 

「ねえねえ、リュウタ君? 今日、すっごくオシャレ頑張ったんだけど、どうかな?」

 

 とってもいたずらな笑顔でささやいてくる。

 

 目で見るだけで、『早く褒めてほしいな』みたいな期待と、『なにを言ってくるのか楽しみ』という小悪魔な考えが伝わってくる。そして、それは俺が照れて困っていることまで見越したもので……

 

(あー、もうっ! 全部わかって言ってるだろ……!)

 

 っていうか、ほんとに近いからっ! いきなりこんな密着されたら、男はみんなこうなるって! アカネさんだからもっとやばいけどっ!

 

 それは昔通りのアカネさんの姿で、戦いに勝った証拠でもあって、嬉しくて仕方のないこと。だけど、それはそれとして俺の元に戻った心臓の鼓動が音を増すのを止められない。

 

 自分の顔が真っ赤になっているのをわかりながら、でも、口から出てきたのは、小さな言葉だった。

 

「かっ、かわいいですっ……」

 

「もーいっかい♪」

 

「とっても、かわいいですっ……!」

 

「聞こえないよぉ♪ もっともっと、ほめてほしいなぁ♪」

 

 さすがにちょっと腹が立ってきた。こうなったらっ!

 

「きゃっ……♪」

 

「かわいい、マジでかわいい。ほんと、このまま離したくないくらいにかわいい。世界一かわいいし、めっちゃ頑張ってくれたの嬉しい」

 

 こちらとしても誘惑してくるアカネさんに限界だったから、もう公衆の面前だろうとかまわず抱き着いて、耳元でささやき返してみせる。

 

 いいよな? だって、恋人だし? ようやく手に入れた日常で、デートなんだし? 誰に遠慮しなくてもいいよな?

 

 すると、腕の中のアカネさんは少しだけ身じろぎしながら微笑んで、

 

「うん♪ ごーかく♪」

 

 なんて呟くのだ。

 

 そのまま、白い吐息と一緒にアカネさんの甘い声が耳に届く。

 

「リュウタ君もね、すごくかっこいいよ……。こっちに走ってきてくれた時、ほんとは私のほうがドキドキして、真っ赤になっちゃいそうで大変だった。

 だけど、やっぱり最初はリュウタ君からほめてほしくて……でも、ここまでしてくれたから、おねだりして正解だったかも♪」

 

「はぁ、まったく叶わないなぁ……。アカネさん、お待たせ。寒くなかった?」

 

「今はあったかいから、大丈夫♪」

 

「今日は待っててくれたんだ?」

 

「うん、久しぶりのデートだもん。家で待ってたり、できなかったから……」

 

 アカネさんが小さな手で俺の胸を押すので、察して抱きしめていた腕をほどく。アカネさんは今度こそ赤くなった顔をはにかませて、俺へと手を伸ばした。

 

「それじゃあ、今日はよろしくね、リュウタ君!」

 

「ああ、よろしくっ!」

 

 俺はちゃんとその手を握りしめて、アカネさんの隣へ。温かくて、小さい手。俺のことを好きだと言ってくれる、大切で俺たちが守り抜いた人。

 

 そのことをかみしめながら、デートが始まった。

 

 

 

 とはいえ、俺達のデートっていうのは前とそんなに変わらない。

 

 お互いに割とインドア派で、怪獣好き。

 

 必然的に、一番理想のデート言えば、あの初デートの時のコースと似通っていく。ゲームセンターに行ってはゲームを遊び倒したり。

 

「よっし、よっし、やったぁ♪」

 

「相変わらず、シューティングつよいねー」

 

「リュウタ君も、腕あがったんじゃない? 前はこんなにスコアあがらなかったじゃん!」

 

「うーん、場慣れしたのかもしれないなぁ。シューティングどころか、マジで怪獣と戦ったし」

 

「なるほどぉ……。じゃあじゃあ、次はあっちにいこっ!」

 

「あっちって……格闘ゲーかぁっ! またアカネさんが得意なやつじゃん。勝てるかなぁ?」

 

「私の怪獣にも勝ったんだから、これくらいは勝ってくれないとダメだよ♪」

 

「負けたら?」

 

「うーん、罰ゲームで、すっごく変なプリクラつくってあげる!」

 

「じゃあ、俺が勝ったら超恋人っぽいので撮ってやろ」

 

「えー? それってどういうの?」

 

「……ど、どういう?」

 

「そうそう♪ "超恋人っぽい"ってどういうことしたいのかなぁって♪ おしえて?」

 

「…………き、キス、とか」

 

「あーっ! 顔まっ赤♪ ぜーったいもっと変なこと考えてたでしょっ! エッチ♪」

 

「考えてないっ! 考えてないからっ!!」

 

 結局、変な想像しちゃった頭では歯が立たず、さんざんデコりまくられた画像を送られることになった。

 

 他にもショッピングセンターでホビーコーナーを見てみたり。

 

「あっ! 次のウルトラマン、もう予約始まってるって!」

 

「まさかタロウの息子とは……」

 

「ね? しかも、三人もウルトラマン出てくるんでしょ? はぁ……また怪獣のソフビは削られちゃいそう」

 

「ちなみにアカネさん的にはトレギアはあり? なし?」

 

「うーん……」

 

 そういうと、アカネさんは劇場版R/Bに出てきて、次のシリーズではメイン級という青い変なウルトラマンのフィギュアをじっと見つめてから言った。

 

「……なんか、見た目がアレクシスっぽいからナシ!」

 

「やばっ、そう思ったら俺もナシになってきた……」

 

 確かにバイザーとか、ねちっこいしゃべり方とかそれっぽい。

 

 このバイザー、さっさとぶっ壊したほうがいいんじゃないかな。それできれいなトレギアとか出てきたら面白そうだ。

 

 なんて、実際に怪獣と戦ったり、怪獣をつくったり、そんなあり得ない経験をしたのに、俺たちの怪獣好きも変わらない。なので、

 

「あーあ、もっと怪獣とかいっぱい出てこないかなぁ……」

 

 ウルトラマン優先の昨今に、アカネさんが退屈そうなのも、予想通りだった。

 

 アカネさんは頬を膨らませながら、ウルウルとした目で俺へと訴えかけてくる。

 

「やっぱりウルトラマンは怪獣がいてこそだよ! 特撮の神様だって、怪獣が面白いからウルトラQつくったんだよ? もっと神様リスペクトしてほしいよね?」

 

「うーん、答えづらい……」

 

「ふーん、いいもんいいもん! リュウタ君はシグマになれたもんね。でも、MVPはダイナドラゴンだって忘れないでよ?」

 

「ははっ」

 

 忘れるわけないって。あんなかっこいい怪獣、絶対に死ぬまで忘れるわけがない。そこでふと、目の前の怪獣フィギュアを見ながら、言葉が口をついた。

 

「……ダイナドラゴン、今頃元気かな?」

 

 文字通りアカネさんの最高傑作で、最後には俺にたくさんの力をくれた怪獣のこと。すると、

 

「たぶん、元気だよ。なんとなくだけど、そういうのわかるんだ」

 

 アカネさんはそう言うと、少し遠くを見るような眼をした。きっと、あの時のことを思い出しているのだろう。俺もつられて、少ししんみりとした気持ちになりながらついこの間に起こった戦いと、その後のいくつかの別れを思い出す。

 

 まずはグリッドマンのこと。

 

 サンダーグリッドマンとキンググリッドマンシグマの合体攻撃で力のほとんどを消失したアレクシスは、グリッドマンによって封印された。そのアレクシスを先に護送するということで、響から分離して別れることになったのだ。

 

 となると、新世紀中学生の面々ともお別れで。

 

 まあ、なんていうか……

 

(最後まで変な奴らだったなぁ……)

 

 ボラーはなんか偉そうに子ども扱いしてくるし、マックスたちは慣れねえ恋愛アドバイスをしてくるわで……それでも、ちょっとしんみりしてしまった。なんだかんだボラーとは喧嘩ばかりしていたけど、アイツらがいなければ、最後まで戦えなかったし。

 

 そしてダイナドラゴンも……グリッドマンと一緒に旅立った。

 

 グリッドナイトと違って、小さくなれないダイナドラゴンはこの世界に居づらいし、グリッドマンが責任をもって世話してくれると約束してくれたから。言葉があの怪獣に通じているのかもわからなかったけれど、アカネさんは少し寂しそうにしながらも『ヒーローより活躍しないとダメだからね』とアカネさんらしい言葉で送り出していた。

 

 そして満を持して、グリッドマンと……俺たちのヒーローとのお別れだった、わけだが。

 

「グリッドマンとお話しするの、初めてだったけど。ふふっ、ハイパーエージェントってあんなに変だったんだね」

 

 喫茶店に場所を変えて俺達は話を続ける。見た目からして甘いトッピングのカフェを飲むアカネさんは、あの時のことを思い出したのか、まだ笑い足りないとばかりに笑った。

 

 いや、確かに変というか、

 

「まさか、最後にバラすとは……」

 

 なにとは言わん。なにとは言わんが、さすがに響がかわいそうすぎた。

 

「でもどーせ六花にはバレてたよ。女の子だもん。でもさでもさ! 私、響君と六花、なにかあったと思うんだよね?」

 

「なにかって?」

 

 まさか、響のやつが告ったのか?

 

「そこまではわかんないけどぉ……。好きな子がいる女の子の勘っていうやつかなぁ♪ あ、好きな子っていうのはリュウタ君のことだからね?」

 

「逆に俺はそういうのわかんないんだよね。俺も響とは好きな子がいる同士なのに。もちろん、好きな子っていうのはアカネさんのことだけど」

 

「えへへ♪」

 

「…………」

 

 なんだこれ、ちょっとさすがに恥ずかしい。

 

 でも、アカネさんは照れながらも嬉しそうだし、こういうのも男子と女子の違いなのだろうか。

 

 頬が赤くなるのをごまかすように、こちらもキャラメルでトッピングしたコーヒーを飲む。割と苦めにしたはずなのに甘くて仕方なかった。

 

 ともあれ、そんな形でグリッドマン達はこの世界を去り、グリッドナイトもどこかへと旅立った。

 

『いつかお前とは決着をつける』

 

 とかすごく物騒な言葉を残して。その頃にはシグマも俺の中から出て行っているはずなのに、誰と決着をつける気だ。誰と。

 

(でも、そっか……)

 

 きっと、もうすぐこの世界は平和になるのだろう。

 

 怪獣が現れたことを誰も知らず、いなくなった人たちも帰ってきて、俺は……。

 

 

 

「ねえ、リュウタ君……最後に、行きたいところがあるんだ」

 

 

 

 言葉を継げなくなった俺を察したのか、アカネさんは静かな声でそう言った。

 

 

 

 もう外は暗くなり始めている。すっかり冬になったからか、夕暮れの時間なんてなくて、そのまま寒い夜に変わっていく。

 

 その中をアカネさんと一緒に、たくさん街を見て回った。

 

 ゲームセンターやおもちゃ屋もそうだし、普段は行かないような雑貨巡りとか、アカネさんが好きそうな服とかも見て回った。

 

 けれど、最後に行く場所は……決まっていた。

 

「えへへっ♪ やっぱり夜の学校って、なんだかいけないことしてる気分になるよね……」

 

「電気つけたら一発でバレるだろうなぁ……。アカネさん、足元とか気を付けてね?」

 

「それじゃあ、こけちゃわないように……ぎゅーっ♪」

 

 いきなり片腕が柔らかい感触と重みを感じる。

 

 まったく、この子は……

 

「それじゃあ、こっちはこうだっ!」

 

「きゃっ! あははっ! くすぐったいよぉ……! あ、こら、そこはダメっ♪」

 

 暗い廊下の中、お互いにくっついたり、離れたり。きっと先生は来ないだろう特別だけれど普通な場所を、踊るように進んでいく。

 

 きっと、それは俺達の関係にも似ている。

 

 何もなければ普通の恋人でいられて、でも何かがあったからこそ俺たちは出会えた。普通だけど、特別な、そんな一瞬の夢のようなひと時を過ごした。

 

 だから、

 

「懐かしいなぁ……って思っちゃうけど、まだそんなにたってないんだよね……」

 

 アカネさんは、いつもそうしていたように、手すりに身を預けながら景色を眺める。俺も同じようにして、渡り廊下での怪獣大好き同盟が復活した。

 

 じっと、そのことを噛みしめていると、アカネさんが遠くを見たまま話し始める。

 

「……最初にさ、ちゃんと話したときのこと、覚えてる?」

 

「もちろんっ♪ リュウタ君がぶつかってきて、それで私がスマホ落としちゃって」

 

「それでそれが、ヅウォーカァ将軍で……」

 

「そうそう! それで実は、ぶつかってきて最悪ーっ! とか思ったりしたんだけど」

 

「げっ!? マジ?」

 

「そうだよぉ……。あの時は、こんな風に一緒にいるなんて、想像もつかなかったなぁ……」

 

 それはきっと俺も同じ。

 

 たまたま怪獣好きな女の子と知り合って、あわよくば仲良くなりたいな、みたいな割と不純な動機から始まった関係。

 

「……リュウタ君、私ねとっても楽しかったよ。君と一緒に怪獣のお話をしたことも、だんだん君のことを知りたくなったことも、それで……告白してくれてから、もっともっと毎日が楽しくなった」

 

「それは……俺も同じだよ」

 

 時間を数えたら、そんなに長い期間じゃない。だけれど、一生分の喜びが、あの毎日には詰まっていた気がする。

 

「それを私が壊して、でも、君は帰ってきてくれて……っ、わたしを、たすけてくれて……」

 

「…………」

 

「っ、あははっ! ダメだね。こんなお別れはしたくないもんっ!」

 

 アカネさんは手すりから離れると、何度か大きく息を吐いて、そうして笑顔を俺に向けてくれる。

 

 きっと、その笑顔が、彼女が俺に見せたかった、最後の表情だから……。

 

 夜の闇の中でふわりと光るようなアカネさんは、とてもはかなげで、きれいだった。

 

 

 

「ありがとう。私を好きになってくれて……」

 

 

 

 そう言って、アカネさんは俺に駆け寄ると、そっと唇を重ねてくれた。

 

 俺は……俺はただ、微笑むことしかできなかった。

 

 アカネさんは俺の手を握りながら言う。

 

「ほんとはね、怖いよ。帰ることも、みんなと離れることも……。だけど、リュウタ君も、六花たちも言ってくれたから……大丈夫って」

 

 アカネさんの震える手に、熱いものがこもっていく。

 

「……うん。だから、私も私のこと、信じてみるし、信じてみたい……。だって、私はリュウタ君っていうヒーローのヒロインで、一緒に、世界も救えたんだから。だから、っ、だから……」

 

「……アカネさん」

 

 次第にか細くなる声を遮るように、俺は言葉を被せた。

 

「お願いがあるんだ」

 

「……おねがい?」

 

「うん。向こうの世界でも、俺みたいな奴がいたら、助けてあげてほしいんだ」

 

 好きなものがあるのに、一人ぼっちで、誰とも共有できなくて。

 

 隠れて誰かを求めていたような、昔の俺。

 

「そんな俺をアカネさんが、退屈から救ってくれたから。今度はもっと違う誰かを、たくさんの人を救ってあげてほしい……」

 

「でも、どうやって……?」

 

「なんでもいいよっ! アカネさんが得意な怪獣で、すごい作品を作るとか。なんか怪獣が好きそうな子がいたら、話しかけるとか、そんなことでもいい。でも……アカネさんは、そういうこともきっとできる強い人だから」

 

 せめて君が、向こうの世界で胸を張れるように。

 

「…………アカネさんだって、ヒーローだから」

 

 そうして最後に、ぎゅっと小さい体を抱きしめる。

 

 きっと、もう数分も残されていないけれど、ずっと、永遠に。俺という人間が消えるまで忘れないように。

 

 アカネさんは胸の中で、そっとうなずいてくれた。

 

「……リュウタ君がそう言ってくれるなら、信じてみる」

 

「うん」

 

「がんばって、生きてみる……」

 

「うん」

 

「っ、きみのことも、わすれないから……」

 

「……うん」

 

 そして、

 

 

 

「ありがとう、リュウタ君……。私も、愛してる……」

 

 

 

 その言葉を残して、小さな感触が消えていった。まるで、うたかたの夢のように……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぽつりと、夜の街をフェンスに寄りかかって見つめる。

 

 さっきよりも、ずっと寒かった。だってもう、隣に寄り添ってくれる人はいないから。新条アカネという神様は、この世界から旅立ったのだから。

 

 そんな俺に、あと少しだけと残ってくれたヒーローが声をかけてくれた。

 

『……リュウタ』

 

「なあ、シグマ…………。アカネさんなら、大丈夫だよな」

 

『…………その通りだ』

 

「ははっ、うん、シグマも認めているんだから。大丈夫だよ」

 

『…………』

 

「俺達も頑張ったよ。死にかけたけど、最初はめちゃくちゃ弱かったけど、それでも頑張ってさ……」

 

『…………そうだな』

 

「っていうか、マジで一高校生がやれること超えてるって! だれかアニメ化とかしてくんないかな? 続編つくられて、劇場版もできるくらいに、すっげーいい出来だと思うんだけど……!」

 

『リュウタ』

 

「もちろん、アカネさんがヒロインで。でもヒーローとかは色的にグリッドマンと響がいいのかな……いや、ここは俺もちゃんと立候補を……」

 

 

 

『よく、がんばったな』

 

 

 

「っ………………」

 

 いや、ずるいだろ。このタイミングは。

 

 せっかく、我慢しようとしていたのに。

 

『君の言う通りだ。君と出会い、心を通わせ、そして彼女はアレクシスさえはねのけるほどに強くなった。彼女なら、きっと待ち受ける困難にも打ち勝つことができる』

 

 ああ、そうだよ。

 

 絶対そうだ。だって、アカネさんはすごい人で、大切な人で、俺が……

 

『だからもういいんだ。君も少年に戻っていいんだぞ?』

 

 っ……!

 

 そんなこと、いうなよ……

 

「だって、さぁ……。引き留めるわけ、いかないじゃん……」

 

 ほんとは言いたかったよ。

 

 行かないでくれって。俺とずっと、この世界に居てくれって。だって好きなんだから、アカネさんのためなら怪獣とも戦えるくらいに好きなんだから。

 

 でも、それは違う。だってそれはアカネさんをただ閉じ込めるだけだ。アレクシスと同じだから。俺は、俺はアカネさんに……

 

「アカネさんに……じぶんのこと、すきだって、おもってもらいたかった……。ぐすっ、おれ、おれが好きなアカネさんのこと、自信もってもらいたかった……」

 

『わかってる……』

 

「だったら、言えないじゃん……。むこうでも、がんばれって、それしか……。きっと、うるとらまんなら……そう言うからっ……」

 

 ああ、俺はこれからどうすればいいんだろう。

 

 ずっとヒーローのままなら、ウルトラマンならこうするってかっこいいフリもできた。でも、そんな無敵の時間も終わりだ。

 

 きっともうすぐ、シグマも旅立っていく。

 

 俺は、ただのオタクな高校生に逆戻りで。内海たちは傍にいてくれたとしても、きっとあの頃には帰れない。だって、

 

「っ……俺も、愛してた」

 

 怪獣と戦っても、誰と戦っても、アカネさんのためなら戦えた。アカネさんと一緒に居られるなら怖くなかった。

 

「もう、だれも、ほかに好きになれないくらい……愛してたよっ」

 

 だから、もう俺はどうしようもない。

 

 こんなに重いものを抱えて、本当に生きていけるのかとさえ、思うくらいに。

 

 ただ、うずくまって止まらない涙を拭きとり続けるしかない。せめて、あの子の旅立ちを、素直に喜べるくらい強ければよかったのに、本当の俺は、こんなに弱くて、あの子がいないとダメなんだ。

 

 シグマが、そんな俺をどう見ているのかわからなかった。

 

 けれど、少しの沈黙の後、シグマは静かにこう話し始めた。

 

『リュウタ……私は、愛という力を恐ろしいと感じていた』

 

「…………え?」

 

『かつて、君のように私とともに戦ってくれた少年がいた。頭がよく、勇気がある素晴らしい人間だ。だが……彼は、過去に悪に魅入られ、多くの悲しみを引き起こした』

 

 そして、

 

『彼をゆがませたものが、愛だった』

 

 一人の少女への、恋心。それが悪につけ入る隙を生んでしまった。

 

 その後、彼は仲間によって救われたらしいけれど、その経緯を知ったシグマは思っていたそうだ。

 

『愛とはとても強く、とても恐ろしい力だ……とね。君たちに出会うまでは』

 

 でも、シグマはもう違うという。

 

『君とアカネが教えてくれたんだ。純粋な愛とは何よりも尊く、どんな困難も退けられる力なのだと。君がいなければ、きっとアカネの旅立ちは、こんなに穏やかなものではなかった。ただの神様として、彼女は一人で帰っていたはずだ』

 

 だから、とシグマが笑った気がした。

 

 

 

 

『誇ってほしい、"この"未来は君たちが勝ち取ったものだ』

 

 

 

 

 そして、

 

「……リュウタ君」

 

 

 

 

「…………え?」

 

 大切な人の、声がした気がした。

 

 あまりのことに涙が止まって、耳が一瞬壊れたのかと思って、だけれどそれは本物で……。振り向いた先に、"彼女"がいた。

 

「…………アカネさん?」

 

「うん、ただいま? なのかな……」

 

 さっきまでと同じ服装で、アカネさんが立っていた。

 

 俺に都合のいい幻が見えているのか、とか。もしかしたら、また怪獣がいたずらをしているのかとか、そんなことを一瞬考えそうになるけれど、違う。

 

 アカネさんだ。俺が間違えるはずがない。

 

 アカネさんは少し気まずそうに、頬をかきながら小さく笑う。

 

「えっと……ごめんね、最後にずるいことしちゃったっていうか。ほんとに神頼みしちゃったんだ。それでも……どうなるかわからなくて、言えなかったんだけど」

 

「そ、それってどういう?」

 

 その先を教えてくれたのは、シグマだった。

 

『リュウタ、確かウルトラマンには命を複製する技術があったはずだな?』

 

「あ、ああ……そうだけど……」

 

『簡単に言えば、それと同じだ』

 

 俺達と接していたあのアカネさんは、元々は異世界からやってきたアカネさんの命を保つための器。なので、元の世界に戻るときには消滅するはずだった。その世界には本当のアカネさんの体も残っているのだから。

 

 だけれど、

 

『新条アカネはこの世界で、この世界の住人として人を愛し、世界を守るために戦った。アカネがいなければアレクシスは倒せなかった。つまり、アカネがいない世界はもう成り立たない……だから、この世界が、この世界で生きたアカネにも命を与えたんだ』

 

 じゃあ、

 

「グリッドマンに相談したら、もしかしたらできるかもって。でも、本当に帰るつもりじゃないと、それもできないから……だけど、チャンスに賭けてみたかったの」

 

 だって、とアカネさんは俺をまっすぐ見ながら、言ってくれた。

 

「リュウタ君だけが悲しいお話なんて、私はいやだったから……」

 

「っ、アカネさん……!」

 

「あっ……!」

 

 腕の中に、またあの温かい感触があった。アカネさんを抱きしめることができていた。

 

 両目から、さっきとは違う涙が溢れてしょうがない。

 

「一緒にいて、くれるんだよね? あっちの世界、行かなくていいんだよね?」

 

「う、うん……。でも、ごめんね。私だけ、都合いいよね……?」

 

「なに、いってんだよ……」

 

 いいに決まってるじゃん。嬉しいに決まってる。ご都合主義万歳でいい。

 

 正直、俺もよくわかんないけどさ。なにが世界にとって正しいとか間違っているとか、それは分からないけど。俺は、そんな世界のために戦ってきたわけじゃない。

 

 俺たちが目指していたのは、ご都合主義でハッピーエンドなヒーローごっこ。

 

 それが叶ったんだから。

 

 俺は、アカネさんの体を抱きしめながら、もう言葉にならない言葉を絞り出す。

 

「ずっと、ずっと、俺と一緒にいて……。アカネさんなしの世界なんて、嫌なんだ。アカネさんといっしょに、幸せになって、それで、ずっと、ずっと……!」

 

「っ……うん、私も……! わたしも、おんなじっ」

 

 その時、ふと右手に温かい光が灯った。

 

 それはアクセプターに宿っていた、青い光。

 

「えっ、シグマ……?」

 

 もしかして、と驚く俺達に、

 

『ああ、お別れの時間だ。リュウタ、アカネ……』

 

 ふわりと宙に浮いた青い光が、シグマの輪郭をつくって、俺達に話しかけてきた。

 

『君たちを見ていて、安心した。まだ私には人間の心を理解しきることはできないが、今の君たちならもう大丈夫だ』

 

 表情は変わらないはずなのに、どこまでも優しく、俺達を守ってくれた青色の巨人。

 

 その最後の言葉を、きっと俺は忘れない。

 

『リュウタ、君は少し自分を卑下するところがあるが……君は私が見てきた中でも、最も勇気のある子だ。胸を張ってアカネと生きてほしい』

 

『そしてアカネ、君は一人じゃない。そして、君を大切に思う人々を、今の君なら支えられるはずだ』

 

『君たちの輝く未来を、私はずっと見守っている』

 

 それはウルトラマンで何度も見て、寂しいけれど、どこか誇らしかった景色。ヒーローが俺たちの頑張りを認めて、もう大丈夫だと、安心してお別れしてくれるラストシーン。

 

 ああ、寂しい。

 

 寂しいけれど、

 

「アカネさん……」

 

 俺は涙をぬぐって、アカネさんの手をぎゅっと握った。

 

 それだけでアカネさんにも意思が伝わった。だって、アカネさんだって、ウルトラシリーズを見てきたウルトラオタクなんだから。この場面で言うべき言葉は一つしかないって分かってる。

 

「……さようなら」

 

「「ありがとう、グリッドマンシグマ」」

 

 シグマにも、この景色を誇らしく思ってもらえるように。いや、きっとそう思ってくれたはずだ。

 

 そうしてシグマは青い光となって、宙の彼方へと旅立っていった。

 

 

 

「ふぅ……、えっと……どうしよう……」

 

「どうしようって?」

 

「アカネさんが帰っちゃうと思ってたから、今、すっごい緊張してる……。これからのこととか、ほんとに何にも考えてなかったし」

 

「えーっ! なにそれ、ちょっとリュウタ君。私にだけちゃんと生きろとか言ってて、それはダメじゃない?」

 

「し、仕方ないじゃん。たぶん、十年どころか二十年は引きずる予定だったし……」

 

「……リュウタ君、私のこと好きすぎじゃん」

 

「……好きなんだから仕方ないでしょ」

 

「しょうがないなぁ……じゃあ、今日は私の家で……って、あ」

 

「アカネさん?」

 

「私の家、どうなってるんだろ……? もう一人の私はちゃんと帰ったはずだし、もしかして家も消えてたり……?! ど、どうしよう!? お金とかも無くなっちゃったかも!?」

 

「そ、その……それじゃあ、その時は……一緒に暮らす?」

 

「………………えっち」

 

「ち、違うって! 真剣に考えてますからっ! っていうか、早く確かめに行こう。あのウルトラコレクションが消えるのもやばいから」

 

「う、うんっ! あー、六花にも帰ってきちゃったとか伝えないとぉ……!」

 

「じゃあ、とにかくまずはアカネさんの家に……」

 

 

 

「一緒に行こう、アカネさん」

 

「うん、一緒にっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目覚めた後の世界は、やっぱり前と変わらなかった。

 

 相変わらず両親も友達も、私のことなんてわかってくれないし。仲のいい友達とは離れ離れになってしまうし、何度も何度も悲しい思いをしながら、"あの世界"に帰りたくなった。

 

 この世界は私に厳しくて、生きるだけで息が詰まりそう。

 

 だけど……、それでも……。

 

「みんなが、大丈夫だよって言ってくれたから……」

 

 そして、私の幸せな夢は、あの世界で続いていくから。

 

 みんなが、彼が私を誇らしく思ってくれるように、毎日を頑張って生きていく。

 

 それが今の私の毎日。

 

 もう、物語は突然に始まらないけれども。

 

 ある日突然、怪獣が。ある日突然、ウルトラマンが。なんて、そんな夢物語は終わるけれども。

 

 でも、やっぱり寂しいときはあって、時々こう思ったりもするんだ。

 

 

 

(一人くらい、同じ趣味の人と出会えたらな……)

 

 

 

 あわよくばそれが素敵な男の子だったらな、なんて。でもあの子みたいに、ヒーローみたいに自分のことを大切にしてくれる人なんて、もういないよねとか。

 

 そんなことを考えていたのが悪くて、いつもの街角でちょっとの失敗をしちゃった。

 

「きゃっ!?」

 

「うわっ!?」

 

 角から出てきた男子高校生、正面衝突は避けられたけど、持っていたスマホは落としちゃって、慌てて彼に謝る。さすがにもう、怪獣を出して殺しちゃうとか物騒なことは考えない。

 

 そうしたら、

 

「ご、ごめんなさいっ!」

 

「こっちこそ、急いでて……大丈夫?」

 

「う、うん……! あ、スマホっ!?」

 

「こっちに落ちてるから、渡すよ。ちょっと待ってて……え?」

 

 "彼"は私のスマホを見て、すこし驚いた表情をした。

 

 そこにあるのは、帰ってきてからの"決意表明"。あの世界のように、一般の人にはわからないと思うけど、私の趣味を出した変なアイコン。

 

 そして、

 

「…… ヅウォーカァ将軍?」

 

 

 

 きっとまた夢が始まるんだ。

 

 どんな世界でも、変わらない。

 

 たとえうたかたのような一瞬でも、輝いている、私たちの夢のような毎日が。




第一部から数えると、四年以上にわたってお付き合いをいただき、誠にありがとうございました。

私個人としても、とても大きい人生の転機となった作品であります。そして何度も書くことが難しくなったり、長期にわたってお待ちいただいたこともございましたが、皆さんにお支えいただけて、書ききることができました。

特に第二部は難しい展開も多かったのですが、最後のシーンは最初から決めていたので、とうとう描き切れて、とても満足感に満ちています。

また、本編は完結となりますが、後日談についても短編レベルで何話か考えていたりします。機会があったら投稿するかもしれません(残ったアカネも問題山積みだったりします)。
劇場版の公開も迫っているので、そちら関連でも何かできるかもしれないとは思っています。



とはいえ、お話は一区切り。

最後になりますが、改めて本作をお読みいただき、誠にありがとうございました。
読み終えての感想などもいただけると光栄のいたりです。
よろしくお願いいたします

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