SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ【完結】 作:カサノリ
ユニバースへのプロローグ
ぼんやりとした意識の中で声が聞こえる。
『……タ……! ュウ、た…………!!』
聞いたことがある、いや、忘れるはずのない声。
もう聞けるはずのない声。
その声が、俺を呼んでいる。
何かを訴えている。
でも、届かない。どこまでも遠くに離れてしまっているから。
だから俺の方から手を伸ばすんだ。
あの人には、あのヒーローには、返し切れない恩と友情があるんだから。
俺は遠くに見える光に手を伸ばそうとして……
「しぐ、ま……」
目を開けた時、視界はとてもぼんやりとしていた。なんだかまだ夢うつつのような、そんな現実味のない感覚の中、聞こえていたはずの声が、見えていたはずの夢がすっと消え去るように薄れていく。
(あれ、俺なにしてたっけ……)
どうやら寝ていたらしいというのは分かっているのだけど、ベッドの上じゃないし……
そうして自分のことなのにわけわからないという俺を起こすように、
「おはよ、ねぼすけくん♪ バオーンの声でも聴いちゃった?」
「わぁっ!?」
視界の横からかわいい笑顔がやってきた。
俺はそのことに驚いて思わずひっくりこけそうになり、けれども座っていた場所が場所なので体がのけぞるだけで済む。そこで俺は、自分が座っていたのがソファだったことにようやく気づいた。
大きなテレビの前の、いつも二人で寄り添ってウルトラマンを見るときの場所だ。
そしてそんなちょっとカッコ悪い姿勢の俺の前にいるのはもちろん、
「もーっ、ごはんできたよ? 早く食べないと遅刻しちゃうじゃん」
「あはは……ごめん、なんか寝落ちしちゃってたみたい。おはよ、アカネさん」
「うん! おはよう、リュウタ君♪」
俺の大切な彼女、新条アカネさん。
一緒に暮らしてるから実質家族みたいなものだけど、まだまだ恋人という関係の最愛の人だ。
「めずらしいよね、リュウタ君が寝ちゃうのって。そんなにランニング疲れちゃった?」
「いや、そんなことはないんだけど……コースはいつもと同じだったし」
「じゃあ、夜中に試験勉強とかしてたんでしょ!」
「してないって。一緒に勉強してるからわかるじゃん」
「そうだけど……。ほら、リュウタ君って無理してるの人に見せないじゃん? だから成績ピンチ~で私に隠れて勉強してたのかなって」
「ないない」
「ほんとかなぁ~」
「ほんとですぅー」
小さなテーブルで向かい合わせになって、そんな会話しながらアカネさんと一緒に朝食をとる。
献立はシンプルに青野菜とオムレツ、それにスープ。あとはバターとジャムを塗ったカリふわのトースト。全部、アカネさんが用意してくれたものだ。
ちなみにここ一週間はずっとトーストなのだけど、その食パンを売ってる会社がウルトラマンシリーズとコラボしてて、グッズを応募するために二人して買い込んでしまったという事情がある。怪獣グッズまでコラボしているのは珍しかったんだ。
なんとなくコラボして売ってる商品は付加価値つけるだけあって味自体はそんなに良くない印象があるのだけど、このパンは有名ブランドの奴だけあって味もしっかりいいものだった。
おかずになっているオムレツも、いつの間にかマスターしたのか中身がとろりと俺好みに半熟になっていて、とても美味しい。何でもない平日の朝なのに、こうも手を尽くしてくれているのを感じると、つくづく俺は贅沢者だなとアカネさんのことがますます好きになったりする。
と、そこで目の前のアカネさんが何かを期待するように俺の方を見ながら頬をついていることに気づく。……しまった、今日はちゃんと伝えてない。
なので遅ればせながらだが、背筋を正してアカネさんに手を合わせた。こういうところを大事にするのが円満でいるための秘訣だと、親の反面教師で分かっていたから。
「朝ごはん、作ってくれてありがと。すっごくおいしいよ」
「えへへ♪ そうでしょー」
得意げに顔をニヘラととろけさせるアカネさん。その顔に、人は成長するなと改めて感じるし、彼女が頑張ってくれた理由に多少は俺が関わっていると思うと胸があったかくなる。
(最初の頃は、目玉焼き作るのにも大パニックだったけどなぁ……)
まだ一年は経っていないけれど、ちょっと前にいろいろなことがあったのだ。
怪獣が出てきたり、ヒーローがやってきたり、俺が殺されたり記憶喪失になったり、目の前の彼女が神様だったり、それでみんなでなんやかんやあってラスボスのあの野郎をぶっ倒したり、そして神様が元の世界に帰ってしまったと思ったらこっちにも残ってくれたり。
仲間以外に説明しようとしてもリアリティがないので言わないけれど、そんな感じの少し不思議な出来事。それを共有したみんなとは、今でも仲良くできている。
とにかく、そんな出来事の結果、俺とアカネさんは無事に元通りの恋人に戻って、今ではアカネさんの家で一緒に住んでいる。
高校卒業もしないで同棲っていうのもどうかとか宝多さんとか兄貴とかにも言われたけど、別にただれた生活をするわけでもないし、切実な事情もある。
神様時代のわがままで豪邸になっている家を、アカネさん一人で管理するのは途方もない労力で、それなら家のスペースを半分に分けて俺も管理したほうが都合がいいということだ。
ちなみにアカネさんの(この世界での)ご両親は昔に亡くなっていて、その代わりにお金だけはやたらとたくさんあるというイージーモードな設定が引き継がれている結果、ちゃんと引き締めないとどこまでも自堕落な生活ができてしまう素地があったりするが……まあ、ウルトラマン関連で少しだけ贅沢する程度の常識的な価値観を持っててよかったと思う。
むしろ問題だったのはお金や住居だけでなく、アカネさんの生活能力のほう。
あの野郎がさんざん甘やかした結果、料理やら洗濯やらの自活能力がことごとく衰退していたアカネさんは一から家事を勉強することになったのだ。
最初は俺が全部やると言ったのだけど、
『はぁ!? リュウタ君は私の恋人で、お手伝いさんじゃないでしょ!? わ・た・しも! ちゃんとやるの!!』
とやる気に満ち満ちていたアカネさんが頑張ってくれて、今では俺の方が洗剤の量とか、洗濯の順番とか、皿洗う時の洗い残しとかを注意される方になっていた。
一人暮らししてたおかげで料理や家事は得意だけど、男の性というかちょっとしたおおざっぱなところが俺にはあるようだ。その点、アカネさんはデリケートというか、やると決めたらきっちりやる几帳面な子だったりする。
(……と、あんまりのんびりしてたらやばいな)
考え事からもどって時間を見る。そろそろ登校の用意をしなくてはいけない時間だ。
俺一人なら何とでもなる時間だけれど、一緒に登校するアカネさんは女の子として用意することがいろいろあるらしい。これもまた一緒に生活するようになって分かったこと。
気持ち早めに残りのご飯を食べると、アカネさんに向かって手を合わせて言う。
「ごちそうさまっ!」
「おそまつさまでした♪」
「じゃあ皿洗っておくから、アカネさん先に用意してて」
「はーい♪ あ、今日の三限の球技大会の練習って、クラス合同だっけ?」
「あー、うちのクラスも同じ時間に入ってたし、合同かも」
「やったぁ♪ リュウタ君といっしょー」
そう言ってガッツポーズするとアカネさんはスキップをするように階段を上っていく。
二年になって別クラスになった結果、ちょっと寂しくなってしまった学校生活。だけど、会えない時間が多くなった分、会える時間が大切になった気がした。
これまたちなみになのだが、元グリッドマン同盟では俺と響が同じクラスで、宝多さんと内海、アカネさんが同じクラスである。文理の選択が別だったというのもあるけれど、たぶん、同じ選択をしててもクラス別にされてたんだろうな。
「内海から『教室の糖度が100%になってんだよ、バカップル!!』とか言われたし……」
噂話でカップルは別クラスになると聞いていたけれど、それに加えて学校でも遠慮なくアカネさんと仲良くしてたのが悪かったかもしれない。
でも仕方ないじゃん。一生のお別れだと思ってたら、一緒に暮らせるようになったんだから、テンションやら何やらが振り切れてもおかしくない。
しかし今現在は反省しました、反省してます。ちゃんと真面目に毎日生きてます。それがシグマや残ってくれたアカネさんへの感謝の表し方だと思うから。
考えながらカチャカチャと音を少し鳴らしながら皿を洗い終えて、手をふく。
あとはこちらの登校準備だが……男のそれなんて簡単なもの。バッグには部活の運動着も教科書やらも既に入れている。
リュックを背負って、アカネさんが下りてくるのを待つばかり。
そんなちょっとの隙間時間に、ふとさっきの夢のことを思い出した。
(あれ、もしかしなくてもシグマの声だったよな……)
グリッドマンシグマ。
俺の命の恩人で、大切な友達で……俺達のヒーロー。
そんな彼の声がこんなにはっきり聞こえたのは、いつ以来だろう。
なので、単なる夢だとは思うけれど、少し気になるところはあった。
(もしかしてシグマがまたこの世界に来てる? んなわけないか、怪獣も出てないし、アカネさんはクラスでもうまくやってるみたいだし。俺も…………)
最近の通話履歴に残った、ちょっと嫌な名前を思い出しそうになった時だった。
「いって……!?」
ずきっと、右腕が痛んだ。
一瞬、ほんの一瞬だけど。
すぐに何もなかったかのように消えてしまった痛み。それを確かめようと痛んだ右手首を左手でさする。ただ、右手首というのが気になる。そこはあのアクセプターが収まっていた場所だ。
なんとも暗示的というか、ウルトラマンとかアニメなら前兆みたいな感じだが、さわった限りはなんともなさそう。
「…………なんなんだろ」
考えてみるが、答えが出るはずもなく。
「おまたせー♪ って、どしたの? 変な顔して」
「う、ううん、大丈夫! それより早く出発しよう」
「うん! それじゃあ、いってきまーす♪」
「行ってきます」
そうして俺達は自分たちの家に少しの別れを告げて、手をつなぎながら学校へと向かう。
怪獣もいない、ヒーローも帰っては来ていない。
けれども大切な人と手をつないで毎日を幸せに生きることができる。それが、俺達が掴んだ日常だった。
「すぅ……すぅ……」
「また寝てる……どしたの? すごく疲れてる? って、聞こえてないか」
戻ってくるはずのない返事をあきらめて、代わりに耳をそばだてて彼の寝息を聞く。
私にとってその音は毎日のように聞いている音だけど、こんな風にバスの中で聞くのは久しぶりで。なんだか楽しくなって彼の肩に頭を預けてしまった。
彼が生きていて、私の隣で安心してくれている。そう思うだけで、心の奥がポカポカして幸せになってくる。心の中が一つの世界なら、そこはもう怪獣なんて出る隙がないほど、彼のことでいっぱいなのだと思う。
(なーんて、我ながらベタ惚れだよね……)
心の中だからって、こんなことを考えちゃうくらいに。
六花にものろけすぎとかいろいろ言われたりするけど、でも仕方なくない?
だって彼は私にとってのヒーローなんだから。
どうしようもなく人生を踏み外して、他の人のことも踏みにじっていた極悪な怪獣。なのにそんな怪獣をどこまでも愛してくれて、人に戻してくれた大切な人。本当は元の世界に"あの子"と一緒に帰るべきだったんだろうけど、そんな結末もわがままで変えちゃうほどリュウタ君のことが好きでたまらない。
あの日から一年ぐらいが過ぎて、その間にいろいろあった。
昔の私がバカみたいにつけた『才色兼備の完全美少女』なんて設定は、アレクシスがいなくなった途端に消えてなくなって、それで私は普通の……まあ、ひいき目に見てちょっと要領が悪いくらいの高校生に戻った。
だって一年間、ほとんど勉強しなかったみたいなものだし、二か月そこらの記憶喪失な響君よりも影響は多いに決まってる。その節は本当に、六花さんとリュウタ君にお世話になりました。なんて、今でも根気よく勉強に付き合ってくれた二人には頭が上がらない。
六花は特に、二年で一緒のクラスになりたいってお願いを聞いてくれて、理系の勉強を付きっ切りで教えてくれたから。
それから……うん、仕方ないことだけど、クラスの人気者じゃなくなった。見た目は良いからそれなりに注目を浴びることはあるけど、みんながみんな二つ返事で私を『好き』なんて言ってくれることもない。むしろ、他のクラスの子から陰口をたたかれることも増えた気がする。
(ほら、今も)
斜め後ろの席の……多分、三年生かな。私とリュウタ君の方を見て、こそこそと何か言ってる。たしかあの人、この間のサッカーの試合にも来てたし、まあ、そーいうことなんだろうなー
こっそりと、リュウタ君が起きないくらいに顔を寄せて、耳打ちする。
「あの人、リュウタ君のことじーっと見てるよ? 君がかっこいいって、今頃になって気づいたみたい」
言葉はからかい半分で、半分本気。
この頃、リュウタ君の人気がぐーんと上がった気がする。理由は二年生になる頃から伸びたリュウタ君の身長と、サッカー部での大活躍のこと。
もう出る試合出る試合でばんばんとゴールを決めるのだから、人気出るのも当然だと思う。その時のリュウタ君は惚れ直しちゃうほどかっこいいから。おかげでサッカー部の不動のレギュラーだし、将来の話もいろいろ来てるんだとか。
リュウタ君が言うには、
『怪獣相手にしてる時と比べたら、高校生のサッカー相手に緊張しないし』
らしい。うわー、どこのチート主人公? とか昔の私ならむかついてたかもしれないけど、私の作った怪獣とたくさん苦労して特訓して戦ってたことを知ってるから、当然だと思う。響君と違って、リュウタ君とシグマだとリュウタ君が動きの主導権を握ってたって言うから、運動能力が上がらないとおかしいくらい。
で……リュウタ君が人気になると、その気になった女の子は考えるわけです。
『あの新条アカネってなに?』
って。
(なにって、リュウタ君の彼女ですよー)
今も斜め後ろの上級生たちはそういう目で見てくるから、腹を立てる代わりにリュウタ君の腕に私の腕をからませて、もっと体を密着させる。私の大切な人だって、アピールするくらいは良いでしょ?
神様だった頃なら、そういう視線を向けられることもないだろうし、仮にそうなってたら怪獣を作っちゃってたかもしれない。ううん、確実に作ってた。
そんな風に私の学校生活は昔みたいに完全無欠なんてことにはならないけど……リュウタ君や六花、それに響君に内海君、クラス替えから仲良くなった新しい友達もいて、ちょっとの陰口くらいは笑ってアピールし返しちゃうくらいには楽しめている。
でも最近少しだけ……
「あの子はどうしてるかな……」
外の世界のことを考えてしまう。この私の人生がうまくいっている分、あの子に全部を押し付けちゃったんじゃないかって不安になる。
私だって向こうの世界の、もう会うことも和解することもできないお父さんお母さん、友達のことを思って寂しくなる時はあるけれど、リュウタ君がいてくれる。
同じ新条アカネなのに、私だけ得しすぎてない? そう思っちゃうときもあるんだ。
(もう、答えを聞くことなんてできないのにね)
だからその分、私にできることを。せめて毎日を後悔しないように。
向こうで頑張っている私に胸を張れるように、ちゃんと生きていかないとって。
そう思いながら、彼の温度にうとうとしていると……
『……だいじょうぶだよ』
と、聞こえるはずのない声が聞こえた気がした。
だけれどそれは記憶に残ることなく、私の眠りと一緒に消えていく。
怪獣も必要ない、ヒーローが呼ばれることもない。
だけれど、あたたかくて、申し訳ないほどに幸せな毎日を私は大切な人と過ごしていた。