SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ【完結】 作:カサノリ
・チームメイトの前に連れ出したら死んでいた
・試合で活躍しなかったら死んでいた
・天気が晴れでなかったらサッカー場が死んでいた
・活躍後に自慢していたら死んでいた
・怪我に拗ねて冷たく当たったら死んでいた
・自分から触れたら死んでいた
全六話予定だったのですが、一話増えました。
短い話ですが、もう少し二人に楽しい時間を送らせてあげたかったので。
わけが分からないほど、恋をしたことなんて、今までなかった。
小学校のころ、クラスの女の子にときめいたのは、たぶん初恋だとは思う。中学の時も、思春期よろしく、人気アイドルとか、隣のクラスの女の子にドギマギさせられたことはある。
けれど、身を焦がすほどの恋というか、四六時中、誰かのことを考えて悶々としたり、ふとした空想で告白やその先のことに思いを馳せたり、その子からの連絡一つで言葉が無くなるほど心臓が高鳴ったりすることはなかった。
なのに、今、俺はアカネさんのことばかりを考えている。怪我した次の日、つまりは昨日なんて、足が動かせないし、学校もないので一日中。今、何をしているか、とか、今度はどんな話をしたら、喜んでくれるかなとか。ともかく、彼女と一緒にいたいし、彼女に幸せになってほしい。そんな心が暴走してしまう。
その惨状を思うと、彼女に不器用なアプローチを仕掛けていた時の自分は予感した通り、怪獣好きな女の子と話せることに浮かれていただけだったのだろう。けれど、今は一緒に話すのがアカネさん以外の子だなんて考えられない。
だから、月曜日になった時、俺はどんな顔をして学校へ行けばいいか分からなかった。アカネさんと会えるのは嬉しいし、かといって、まともに話せる気もしなかったから。どうやって話しかけようか、登校中ずっと考えて……。
「おはよー、リュウタ君」
そんな言葉に、正真正銘、言葉を失くしてしまった。
朝日を浴びて、柔らかい笑顔を浮かべたアカネさん。彼女が、だぼだぼのパーカーごと手を振っている。それだけで致命傷になるほど刺激的な仕草だった。
それに加えて、今、俺たちがいる場所は校門。当然、そこには同じクラスの連中までいる。そんなところでアカネさんは待っていてくれたし、小さい声だけど俺の名前を呼んでいた。
意外な事態に、脳が処理に追いつかず。するとアカネさんは少し頬を膨らませながら、やってきて。
「もう、朝からぼーっとしすぎだよ? おはよ!」
「……あ、うん。お、おはよう、新条さん」
「だーめ。アカネって呼んで」
「でも、ここ、まだみんないるし……」
「いいの」
元々、二人きりの時は名前を変えようといったのはアカネさんだった。なので、その彼女がいいというなら、残る問題は俺の恥ずかしさだけ。
俺は頬の熱をこらえながら、恐々と口を開いて、
「おはよう。……アカネさん」
「うん! おはよ♪」
えへへ、とはにかむように笑顔を浮かべるアカネさんの前には、気恥ずかしさなんて、感じる暇もなかった。
そこからも、俺が日曜日に想像していたソレを易々と超えるほど、意外な出来事のオンパレード。みんなの前であいさつを交わして。しかも、彼女は俺より先に来ていたから、形としては待ち合わせしたみたい。そのまま二人、教室に向かうのだが。
「やっぱり、大変? 松葉杖」
「そうだね……。歩くのはともかく、階段とかは、ちょっと。けど、週末までの話だから」
「じゃあ……」
横をゆっくりと歩いてくれるアカネさんは、少し悪戯をするように微笑む。次の瞬間、彼女はえいっと俺の腕を取って、自分のそれに回してしまった。
「アカネさん!?」
「私も杖、やってあげる。これなら、階段上るのも平気でしょ?」
言われて、確かに驚くほど歩くのが楽になるのに気づく。これなら、上手く登れそうだけれど。それはそれとして、彼女が体を押し付けてくると、彼女の人よりも発育の良いところが体に触れてしまい。
「あれ? どうしたの? 嬉しくなかった?」
「っ、嬉しいよ」
「ならよかったー。情けは人の為ならずー、だっけ? たまには人助けもいいよね?」
怪我よりも何よりも、教室にたどり着く前に心臓発作が起こりそうだ。けれど、その手を振りほどく気になんて、決してなれない。こんなに隣でアカネさんが笑顔でいてくれるなら、俺に存在する羞恥や下心は真っ先にドブに蹴り落とすべきものだから。
教室に辿りついても、アカネさんからの不思議な積極性は変わらなかった。
「あ、アカネさん、もうすぐ教室だけど……」
「そうだねー」
「あの、腕を……」
「まあまあ、ここまで来たら、あと一歩ですからー」
アカネさんは、何のためらいもなくドアを開く。ガラガラ、さあ、ショウタイム。それは正しく、マジシャンのアカネさんが、珍獣を連れ出してきたような光景に見えただろう。だから、その後のクラスの反応は予想できるものだった。
「おはよー」
「あ、おはよー、アカネ。……って!? 何その手、何やってんの!?」
アカネさんの友人が、眼をむき、頓狂な声を上げる。そのクラス全体に響き渡る大声のせいで、全員の視線が俺たちに突き刺さる。クラス全員、顔に張り付けるのは青天の霹靂。
「え!? 何、マジ? あんたたち、付き合ってんの!?」
「あー、アカネダービー決着? ほら男子ー、泣いていいよー」
「まっさか馬場かー。割とジミ面好きなのね、アカネ」
話し始めはやはり、こういう話題が大好物な女子だった。彼女たちは猛獣のごときスピードで俺たちの周りに集まってくると、まともに聞き取れないほどの勢いで言葉を投げまくってくる。
その段になるとアカネさんはゆっくりと腕をほどき、照れくさそうに頭をかく。ちょっと残念に思いながら見た横顔は、いつも通りの、少し芝居がかった穏やかな微笑み。
「いやー、特にお付き合いとかじゃないよ? ほら、リュウタ君、怪我しちゃったし。それなら、ちょっと手伝ってあげたいなーって思っただけ」
「にしては、なんだか意味深な雰囲気なんですけど!」
「あー、でも、馬場、サッカーで大活躍だったらしいし。……あれ!? 今、下の名前で呼んでね!?」
やいのやいの。アカネさんは女子の群れの中心で曖昧に誤魔化しているが、杖がないと立ってられない俺はズルズルと引き剥がされ、それを遠巻きに見るしかなくなる。何かできるなら、助けてあげたいが。
視線を向けると、アカネさんは小さく笑いながら首を振った。任せてもいい、という意味だろう。けど、当事者である俺の方に、女子が来ないわけはなく。
「それでそれで!? お相手の馬場っちは何も言わないわけ?」
「アカネに密着されて、何とも思わないっていうのかー」
ずいっと顔を近づけてきたのは。確か、なみこさんとはっすさん。窓際から俺たちを伺うように見ている宝多さんと仲がいい二人。
「えっと……」
俺はその勢いに飲み込まれそうになりながら、いくつものことを考えた。これからのアカネさんとのこと、クラスでの生活、天秤に乗るものはいくつもあって。何もないと誤魔化したり、実は迷惑だったと無様な照れ隠ししたり、何かと言い訳をすることもできる。
もう一度、アカネさんを見た。彼女は周りの女子をいなしながらも、赤い瞳をしっかりと俺に向けている。それは、何かを期待しているような。
息を吐き、腹に力を入れる。あんな顔を見たら、肝を据えるしかない。この後、いくら面倒が起こっても、アカネさんを悲しませたくはなかったから。
「……俺は、すごく嬉しかったよ」
二人の目を見て、言い切った。
瞬間、
「「「Fooooo!!」」」
俺たちを囲んでいた女子が、奇妙な大声を上げて手を万歳。かと思えば、今度は俺がもみくちゃにされてしまう。一応怪我人なのだが、バンバンと背中が叩かれるは、肘で突っつかれるわ。試合で競り合う巨漢のサッカー選手よりも対抗できない。
「いやー、よく言った馬場! あんた、見た目より男だったんだね! アタシ、見る目なかったよ!!」
「さっすが、あの東聖付属をボコった男! あー、もう! 私も粉かけておけばよかった!!」
「見てたかー、クラスのヘタレ男子ども! これがアカネをモノにする男だよ!!」
その言いたい放題、やられ放題の中、アカネさんの顔を伺うと、彼女はどこか照れくさそうに笑っていた。あの笑顔の仮面は、はがれていた。
結局、俺の回答で満足したのか、人波はその後、しばらくして引いていく。女子は相手の秘密を無理やりに聞き出すのが好きなのだろう。素直に答えてしまえば、聞き出すも何もない。問題は、俺たちが付き合っていないということには納得していないこと。
一方、俺が怖かった男子の反応はといえば、思ったほど酷いものではなかった。
「あー、マジショック。早抜けしようかな……」
「でも、まだ付き合ってねえって話だぞ?」
「ばっか、どーみても秒読みだろ、あれ。……俺もサッカー部やっておけばよかった」
「もう一人のサッカー部としてはどうよ、権藤?」
「……試合にも出れなかった俺に聞くな!」
そんな言葉を遠巻きに聞くだけ。結局、彼らもクラスでの立ち居振る舞いがあるようで、何か文句を付ける気にはならなかったのだろう。しばらく、夜道には気を付けなくてはいけないかもしれないが。
朝の激動の時間は終わる。そして、落ち着くことができると、残るのは疑問だ。
なんでアカネさんは、いきなりこんな行動を取り始めたのか。
考えつつ、答えは分からないまま午前は終わる。後はいつも通り、あの渡り廊下で待ち合わせて、アカネさんと食事の時間になった。
「ぺスターってもったいないよねー。あんなに手間暇かかったのに、たった数秒で倒されちゃうなんて」
「俺、造形がすっごい好みだから、なおさら残念だったな。これで終わり!?って」
「私も形好きだよー。あの変な不気味さは、今はできないもんね」
アカネさんは柵にもたれるように、トマトジュースを吸いながら、くすくすと笑う。俺は柵に背中を持たれて、スペシャルドッグ。それは普段通りの俺たちのスタイルだったが、いつもと比べて彼女の距離は歩幅一つくらい近かった。肩が触れ合ってしまいそうな、時々、彼女の笑顔に合わせて温度まで伝わってくる距離。
それは、心が燃えるほどに嬉しくて、やっぱり疑問を深めていく。
もしかしたら、聞くのは無粋なことなのかもしれない。けれど、そのままにしておくのは、少し気まずかった。俺は、牛乳を一息で飲み干すと、息を吐き、アカネさんへと口を開く。
「……あのさ、アカネさん」
「どうしたの?」
彼女の眼は、なんだか、不思議な色だった。穏やかだけれど、どこか、俺を品定めするような。
「……どうして朝から、こんなに良くしてくれるのかなって」
「迷惑だったかな?」
「そんなことない! けど、俺、アカネさんに、こんなにしてもらえる理由が分からない」
この間の試合で、俺は点を入れこそすれ、怪我をして、最後は情けないところを見せてしまった。彼女にすがるように泣いてしまって。幻滅されるならともかく、ここまで距離を近づけてくれる理由が分からない。
そう、正直に伝えると、アカネさんは腕に沈み込むように、柵に体を任せた。俺からは、ぼんやりとした眼しか見えない形。アカネさんは、そのまま、腕のせいでくぐもった声を出す。
「……分からないのは、私も同じだよ」
穏やかな、小さな呟きだった。クラスで見るテンション高めの声とは違う。あの病院で、自分の抱えたいら立ちを教えてくれた時のような。
「私ね、最近変なんだ……。前は絶対にやらなかったこと、やろうと思ったり。毎日がちょっと楽しくなったり。考えても、分からないことがたくさん。
それでね、その理由を探してるの……」
赤い瞳が、俺を見る。
「……それで、たぶん、理由はリュウタ君。君と出会ってから、なんだか、調子くるうことばっかり……。けど、なんでリュウタ君と一緒だとそうなるのか分からないから。ずっと、考えても分かんないから。だから、今日はもっとリュウタ君の近くにいて、それで、もっと君を知れば、その理由が分かるかなって……」
言い終わると、アカネさんはボンヤリとした表情のまま、体を起こす。そのまま踊る様に、俺の手を取ると、下にひいて座る様に促す。彼女も隣に腰を下ろして。
そっと、彼女の手が、俺の手に。小さな頭が、俺の肩に乗る。
温かくて、軽い。
「……こんな男の子の手なんて、気持ち悪いと思ってたのに。
土曜日にわかったのは、リュウタ君の手は、意外とあったかくて、なんだか触ったら安心すること。……近くにいたら、こういうこと、もっとわかるから。……私、知りたいんだ」
そう言って、アカネさんはゆっくりと目を閉じて、歌を歌い始める。それは幼いころに記憶した動物番組のテーマ曲。そっと歌う姿はどこか寂しくて。
「……俺も、アカネさんのこと、もっと知りたいよ」
初めて知ったのは、この子がとても小さくて軽いということ。現実でないような、ふとしたら消えてしまいそうな……。俺はきっと、あの歌のように博愛にはなれないけれど、それを支えるくらいはしてあげたかった。
もっと君を知れば。
そう言えるのは、真実を知らない間だけ。