SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ【完結】 作:カサノリ
雨は遠くで降り続いている。今が梅雨だと思わせないほどの土砂降り。一歩先も見えない曇天。
俺はぼんやりとその景色を眺めていた。気持ちはさっきと同じ。死にたくて、何もできなくて、悔しくて。けれど、そんな俺の隣には、心の底からめんどくさそうな顔をした内海がなぜか立っていた。
濡れるに任せていた俺を、無理やりにでも立ち上がらせて、このマンションの自転車置き場まで引っ張ってくれたのだ。
「内海、お前、どうして……」
かすれた声で尋ねる。だって、俺と内海は友達でもなんでもない。それに、ただの同級生よりも関係は悪い。クラス唯一の特撮オタクである彼を、好きなものを堂々と明かしている内海のことを、俺は嫌っていたから。嫉妬していたから。
だから、漏れた言葉は、きっと、どうして見捨てなかったのかとか、どうして助けてくれたのかとか、どうしてあそこにいたんだとか。色々と心が混じった曖昧な質問だった。
こんな先には絶望しか残っていない男を、好きな人を救う手段も見つけられない奴を、どうして。
一方で、そんな俺の内心を知るわけもない内海は、その質問に、わけわかんねえという表情をした。
「どうしてって……、そりゃこっちの台詞だろ? こんな土砂降りの中で突っ立っている奴がいるから、どんな奴かって思ったら同級生だしよ。
……それに。もしかしたら新条と喧嘩したのかとか、少し期待したし」
その、どこか卑屈な言葉に、俺は少し勘が働くところがあった。
「……なんだ、内海もアカネさんのこと、好きだったんだな」
「はぁ!? あったりまえだろ!? うちのクラスに新条アカネ好きじゃない奴がどこにいるよ!? ……いや、裕太はあれ、どう思ってっか分かんねえけど。
……入学してからずっと憧れてたんだぜ? なのに、横からお前にかっさらわれちまって。なんで、新条はこんな奴に惚れたんだよ……。土砂降りで傘もささずに外にいるとか、お前、傍から見たら結構な変人だぞ?」
口をとがらせる内海。彼の口ぶりは少し険があるものだったが、彼の思う恋敵に対するには親しさが混じっていた。ほんと、人がいい。そして、そんな自然体な内海を見ていると、非日常のど真ん中にいる俺は安心できて、少しだけ軽口を言う余裕ができる。
「……この雨で買い物に出てるお前も、変人だけどな」
前は先も見えない大雨。内海もこれじゃ、外に出るに出れないだろう。傘もきっと、意味をもたない。そんな中で、お前こそ何をやっていたのかと。
「言ってくれるなー。ま、それで新条アカネと付き合えるなら、変人にもなるけど……。けど、お前と違って、俺には雨でも外に出たい理由があったんだよ」
苦笑いを浮かべる内海。彼は、そう言うと、手にもったビニール袋を掲げた。その中から自慢げに取り出したのは、分厚い箱のようなもの。
俺は、疲れた目を少しだけ開く、
大きさは見覚えがあるもので、そのパッケージに描かれているのは、さらに良く知っている銀色の巨人だった。
「ウルトラマンパワードとグレートの合同BDボックス! 今日発売でコンビニまで取りに行ってたんだよ。古い作品だから、俺、見たことなくてさ。待望の発売日に我慢できるわけねえだろ?」
内海はそう言って笑う。どうだ、すごいだろと言いたげな、自信満々の笑顔。自分の好きなことが誇らしいと、それを俺に見せつけてくる、なんだか輝いて見える姿。
そんな、いつもは憎たらしかった顔が、今日は何だか無性に羨ましかった。
「って、馬場に言っても分かんねえか。お前サッカー部だし。けど、このシリーズは海外主導で製作されただけあって、違った趣があるって有名で……」
「……知ってるよ」
思わず、声が溢れる。
その理由は、俺にも分からなかった。ただ、色々なことがありすぎて、何を考えても絶望しか見えなくて。もしかしたら、明日の朝日も見えないかもしれない。そんなときに、俺にとっての地球が終わる日に、最後くらいは好きなことに正直になってみたいだなんて、思ったのかもしれない。
いつもいつも羨んでいたこいつのように。
内海は、そんな俺を呆然と見つめてきた。
こいつからすれば、俺の言っている意味は分からなかっただろう。クラスでも話さないサッカー部。むしろ、俺は内海の話が耳に入らないように避けていた節もある。そんな友達でもない奴が、実はウルトラシリーズを知っていたなんて。
俺は苦笑をこらえる。内海の反応を見るだけで、なんだか面白くなって、うずくまったまま、顔を押さえた。
「ウルトラマンパワードも、グレートも良いよなー。親父のビデオテープ、小さいころから擦り切れるぐらい見てたんだ。……そっか、今日が発売日だったんだ。予約するの忘れてたよ、くそっ」
言っているうちに笑いが止まらなくなる。ほんと、俺というやつは怪獣よりもアカネさんに夢中だったようだ。あれだけ怪獣の話をしていたのに、ここ一か月くらい、最新情報を漁ってなかったなんて。
そして、そんな言葉を受けた内海は、顔を面白いように白黒させながら、泡食って問いかけてきた。
「ちょちょちょ、ちょっと待てよ馬場!? その言い方だとお前……」
「ウルトラマン、大好きだよ。……家にソフビ隠し持ってるし、最近はガイアの全話マラソン中」
その時、彼の顔に浮かんだのは隠しきれない興奮の色だった。内海は少し震えながら、噛みしめるように。
「……そっか。そっか! じゃあ、せっかくだから一緒に見ようぜ! 裕太の奴はあんまり乗ってくれねえし。今日はちょうど、弟たちもいないんだ。確か馬場は一人暮らしだろ? 徹夜マラソンしようぜ!!」
最後は思わずという風に、俺の両肩を掴みながら言う。奇跡に出会えたように。ようやく仲間と出会えたと、これからの未来がきっと楽しくなると。そう確信した満面の笑顔で。
そんな内海を見て、ふと思った。
(ああ、俺がアカネさんのこと知った時も、こんなテンションだったんだろうな……)
思い返すのは懐かしい記憶。きっと、そんなに昔のことじゃない、もう戻れない、楽しくて、幸せで、美しかった日々。その始まりになったのも、ちょっとした偶然とアクシデントだった、なんて。
今考えると、出会い方は正直、最悪だっただろう。
いきなり彼女に頭をぶつけて、スマホを覗いた最低野郎。
それなのに、今思うと奥手に過ぎる方法で互いの趣味を知ることができて、仲良くなって。彼女も俺も同じ気持ちを抱いて。今では、彼女を置いて逃げられないほどに愛してる。俺にとって、あまりにも素敵で、きっと一生に一度の出会い。
(ああ、そうだったんだ……)
走馬灯のような楽しい思い出を振り返っているうち、心のどこかで納得を得る。
昨日から、不思議だったんだ。なんで、俺は生きているんだろうかって。
だって、俺を突き飛ばした堀井というやつは怪獣に殺されているんだから。俺も怪獣に襲われるはずだったよな、なんて。彼女にぶつかった張本人が俺なんだから。なんで、殺されなかったのだろう。そんな、なんだか考えていると可笑しくなる疑問。
けれど、内海と話しているうちに、その喜ぶ姿を見ているうちに、答えが分かった気がするのだ。
俺がアカネさんとの出会いを奇跡みたいだと思ったように。アカネさんも、同じ気持ちをもってたんじゃないかって。
クラスの完璧美少女。品行方正、学業優秀、人当たりも良くて嫌う奴なんていない。そんな彼女が、ラインアイコンに選んだのは、マイナーに過ぎる特撮のキャラクター。
きっと、彼女もどこか寂しくて、仲間が欲しかったのだ。
そうでなければ、真実、なんでも壊せる彼女が、あんな隠し持つように趣味を示す必要はない。秘密を知った俺が生き延びるわけはない。そこからこんなに幸せな時間を過ごせるわけがない。
その日々は、とある証明を俺にくれる。
(……俺も、アカネさんに愛されてた)
だって、俺の命なんてものは、彼女がちょっと機嫌を損ねれば、失われる軽い物。なのに、俺はあんなに彼女と一緒にいたのに、まだ生きている。今も、求められている。
人の心の中なんて分からない。でも、俺の運命が彼女の心にゆだねられていたからこそ。だからこそ、俺との時間は、彼女にとっても、大切で幸せな時間だったと。
「……馬鹿だな、俺って」
アカネさんの顔を思い浮かべる。
怪獣を話す時の、緩んで締まりのない笑顔。
好みがぶつかった時の納得いかないというむっつり顔。
病院で見せた、寂しい微笑み。
唇を交わした後の、赤くなったはにかみ顔。
思い浮かべるたびに、彼女のことが好きだと、心の底から思い知らされる。俺の人生全てをかけて、幸せにしたい女の子。
なのに、さっきまでの俺が考えていたのはなんだ?
どっかにいる、ヒーロー?
俺なんかに相手させるな?
ふざけんな。俺以外の誰かに頼るなんて、馬鹿なこと考えてんじゃない。いつか、あの病院で彼女だけでも幸せにしたいと誓った。分不相応だろうと、心に決めた。それは、そんな簡単に諦められる気持ちじゃない。
俺がやるんだ。
でないと、きっと、彼女はあの怪人によって、不幸にされる。
(不思議でもなんでもない。……幸せにしたいなら、逃げるなんて選択肢はないんだ)
こぶしを握って、ゆっくりと立ち上がる。なんだか、足に力が戻った気がする。半日以上走り回って、何度も吐き出したのに、まだ動ける気がした。
そんな俺を、内海はどう思っていただろうか? いや、きっと、気が付いてもいない。クラスメイトが、隣で人生を左右する決意を固めていたなんて。だから、俺が立ち上がった時、彼は、高いテンションのまま、徹夜鑑賞会のスケジュールなんかを立てていた。
「よーし、そうと決まれば、その服着替えに戻ろうぜ! なんだかんだ収録時間長いみたいだし!!」
「……こういうシチュエーションなら、もっとカッコいい台詞欲しかったけど。ま、何も知らないし、仕方ねえよな。
……なあ、内海」
「ん? どうしたんだよ、へんな顔して」
逃げる選択肢は捨てた、幸せにするって、心に誓った。けれど、まだ、戦う方法は分からないから。自分だけでは考えられないから。だから、誰かに聞くことにする。
それを尋ねる相手に、不思議と内海がいいと思ったのだ。嫉妬するほどに尊敬していた奴なら、もしかしたら、なんて。
「あのさ、もしも、……この世界が誰かに侵略されていたら」
俺が小さく呟いた言葉に、内海は首をかしげながら聞き返してくる。
「ウルトラシリーズみたいに?」
「……まんま、そんな感じに。で、お前の好きな人がその手先になって動いていたらどうする? あまり考える時間は無くて。勝てる可能性もなくて。相手は怪獣なんて使ってくる」
「それで世界救わなくちゃいけないってわけか。燃えるシチュエーションだな」
「いや……。正直、世界はどうでもいい気がする」
「お前、けっこう冷たくね?」
そうだとしか言えない。
「けど……。きっと、好きな人はこのままじゃ、幸せになれないんだ。何とか、今すぐに助け出したい。……そんな、もしもの時って、何か方法はあると思うか?」
「……それ、ヒーローはいる設定?」
考え、俺は断言する。
「いや、いない」
それでも、ヒーローがいなくてもやらなきゃいけない。
「えー、マジ無理だろ、それ。ネクサス並みに鬼畜設定だぜ……」
内海は頭を抱えて悩みだした。
自分でも無茶な質問だと思う。客観的に見て、詰んでいる。きっと、立ち向かったとしても、あの怪人に殺されて終わる可能性がほとんど。そんな無茶な質問を、彼は真剣に考えてくれて……。
そうして散々に悩んだ末に、
「方法なんてわかんねえ。けどさ、ウルトラシリーズなら、そんなとき諦めたりはしねえよ。最後まで、なんでもいいから、できることをやるしかねえって」
その言葉は、すっと、胸の奥底に沈んでいった。
本当に、ぶっきらぼうな、ただの精神論。けれど、それを飲み込んだ瞬間、心臓が熱を取り戻して動き出す。雨を晴らすような、希望が広がっていく。
「あぁ……」
俺は熱い息を吐いた。
これは訓練やリハーサルじゃない、出たとこ勝負。方法があれば勝てるものじゃない。その危険を冒してでもアカネさんを助けたいというのなら。わずかな可能性を必死に絞り出して、そうして希望まで手を伸ばすしかない。
「……ああ、そうだった。ギリギリまで頑張って、それでピンチの連続でも粘った時に……」
「来たぞ、我らがウルトラマンってな。ま、フィクションだからかもしれねえけど」
だが、今、俺の現実には怪獣も悪の親玉もいる。それになにより、俺が好んできた物語は、憧れた世界は、そんな希望が残る世界だった。
誰だって、わき役だって、主役に大きな影響を与える。時には生身で怪獣に立ち向かい、ウルトラマンをサポートする。強い怪獣やウルトラマンだけじゃない。あの物語は、そんな人間の強さを謳ってきたではないか。
その先にハッピーエンドは用意されていたじゃないか。
「……内海、ありがとな」
「まあ、何の話か、まったくわからなかったけどな」
俺は穏やかな気持ちで礼を言った。ほんと、今まで敬遠していたのがもったいないくらい、内海とは気が合いそうで。人前でウルトラシリーズの話をするのは、もしかしたら慣れないかもしれないけど。
決意は固まった。やるべきことも見えた。なら、内海との約束へ向かう前に、大切な仕事をしないといけない。
俺は肩の力を抜いて、内海へと笑顔を向ける。
「ちょっとさ、先に家で準備しててくれよ、徹夜マラソン。実はあと一人、興味ありそうなクラスメイト、知ってるんだ」
「お!? マジか!?」
「マジマジ。……ずっと、二人で同盟組んでたんだ。怪獣大好き同盟」
「……へえ、同盟か。なんか、ちょっとくさいけど、いい名前だな」
ああ、ほんとに、すごく幸せな、彼女と二人で結んだ名前だ。
きっと内海は驚くだろう。連れてくるのが、あのクラスのアイドルだなんて。
「……今から、そいつを迎えに行ってくるよ」
「へへ、じゃあ、期待してるぜ! ……って、傘いらねえのかよ!?」
内海の驚く声を聴きながら、俺は雨の中を走り出した。
徹夜鑑賞会なんて、死亡フラグには軽すぎる約束。それがアカネさんも含めて、俺たちのいるべき現実だ。そこに彼女を取り戻すためには、きっと相応しい素敵な約束で。だから、力を俺にくれる。
そうして俺は、雨の中を走った。
向かうのはもちろん、あの大豪邸。我武者羅ではない。微かでも、勝機があると思ったから、道を間違えることも、迷うこともなかった。
ずっと、疑問に思っていたことがある。最初からきっと気づいていて、心のどこかで無茶だと決めつけていたこと。それを内海は思い出させてくれた。
『なぜ、アレクシスはアカネさんを利用しているのか?』
単なる悪趣味というわけではないだろう。侵略行為にしては手口が間接的だ。怪獣を巨大化させる力があるのなら、それを使って目的を果たす方がよほどいい。
考えた可能性は二つ。
(アレクシスは自分から現実に干渉する力を持たない。もしくは、それができないほど弱体化している)
だから、対抗策はシンプルだ。あのアレクシスが潜んでいるパソコンをぶっ壊す。それで、アカネさんを連れて、家から逃げ出せばいい。
幸い、俺は今、彼女の家に招かれている。あの部屋に入った瞬間、行動に移せば、勝機は微かにでも存在すると思えた。まあ、確実にアカネさんは怒るだろうし、恨まれるだろうけど、それは後で考える。全て終わった後でも傍にいてくれるなら、徹底的に甘やかして幸せにしてやる。
もしかしたらアレクシスはどこか別の誰かを宿主に選ぶかもしれないが、その誰かよりも彼女の幸せの方が優先度は高い。悪いが、その時は勝手に近くの奴が対処してくれ。
途中、ゴミ捨て場から汚れた金属バットを拾い上げた。不格好だが、防衛隊がない以上、これくらいがいい武器だろう。これであのくそ仮面をぶっ叩いたら、さぞカッコいい。
走って走って、走り続けて。
その先にアカネさんとの未来があるなら、今の体の痛みなんて構わない。
そうして足を動かした先で、
「ああ……」
俺は立ち止まり、それを見上げた。
(……こう来たか)
大きく息を吐く。真上を向いても足りないくらい、それは大きかった。形はヒト型。どこかフォルムは、あの二人を結び付けてくれたレギュラン星人。けれど、そのねじりこんにゃくのような体の上には、悪鬼のような血走った顔が付けられている。
いつも、怪獣が好きだと言ってきた。
可能なら何時か見てみたいとも思ってきた。
それが実際に目の前にあると、ここまで人は無力で。怪獣は恐ろしいものなのか。
逃げることはせず、俺は怪獣を見上げる。震える指でスマホを取り出すと、ちょうど着信が入った。予想していた通り、大好きな女の子から。
『あ! もしもし! リュウタ君?』
アカネさんは電話口の向こうで、ワクワクしながら話しかけてきた。こんな状況なのに、声を聴いたら幸せなんて、俺も大概いかれてる。
『いやー、よかったー。こんな大雨だし、ほら、いつも待ち合わせの十分前には来てくれたから心配してたんだよ?』
俺を信じ切ってくれている、心から安堵したような声。
「ああ、ごめん。ちょっと、雨なのに、傘も忘れちゃって。少し、雨宿りしてたんだ」
『え!? 風邪とか大丈夫かな? あ、でも、もし熱出ちゃっても、私が看病してあげるから安心して。うち、無駄に広いし、いくらでも泊っていいよ』
怪獣を前に、結局会話は普通のまま。まだ、目の前の怪獣は動き出さない。
「……でも、今は、風邪ひけないくらい興奮してる。……怪獣って、こんなにでかいんだね」
『そっか、今、ちょうど足元くらいだよね。いいなー。
私、いつもモニター越しに見てるから、リアルな感じが分からないんだ。足元から見上げたり、怪獣の頭に乗ってみたりもしたいんだけど……』
「……ところで、なんで怪獣、もう出てるのかな?」
極めて平静を装って、俺は尋ねる。彼女の様子を見るに、この怪獣は俺への敵意で作られたわけではなさそうだったから。そうして、返ってきた答えは、考え得る限り、最悪のもの。
『ほら、昨日、いきなり暴れてるとこ見せちゃったから、驚いてたよね? それで、この怪獣たちが怖くないってことも見せたくて。
それで、アレクシスに頼んだら、目の前に出してあげればいいじゃないか! って。今も、怪獣動いてないでしょ? 私が命令するまで動かないんだ。大きいけど犬みたいでしょ?』
拳を握り、怪獣の目を見つめる。
(ほんと……!)
彼女の言葉とは裏腹に、怪獣の目は敵意に満ちて、俺をじっと見下している。
それはそうだ。アレクシスとしては、俺が抵抗する可能性を考えないわけがない。そうして言葉巧みにアカネさんに怪獣を作らせていたのだろう。
こいつは、踏み絵であり、門番でもある。
くそ仮面野郎はあの時と同じ紳士的な口調で、平然と電話口から声を飛ばしてきた。
『やあ、リュウタ君! アカネ君と話していたんだよ! 随分と君も興奮していたし、きっとすぐにでも遊びたいと思ってね!!』
『リュウタ君は、この怪獣をどうしたい? 何でもしてあげるよ。むかつくクラスメイトを殺したり、嫌いなお兄さんを殺したり、いっそのこと、この街全部燃やして、それを見ながらキスしたり!!』
暴れさせない限り、俺はここから動けない。
俺は息を整えながら考える。
目の前には全長何メートルかも数えたくない巨大な怪獣。それを抜けても、彼女の城には魔王がいる。
(ここで、軍門に下るふりをして、暴れさせる……。でも、それで真正面入っても、何かしら対策されてるのがオチだろう)
何せ相手は記憶操作能力なんて持っているのだ。
それに、今の高いテンションのアカネさんなら、ウェディングトーチばりに盛大に街を壊しつくしてもおかしくはなさそうだ。アレクシス討伐に成功しても、住人全員が死亡しましたなんて、洒落にならない。
正面から入ったら詰む。焼け野原にするには、まだ、この街に愛着はある。内海とは約束もある。
となると、残された道は少ない。
真正面から侵入がだめなら、この怪獣を避けて、気づかれないように押し入るしかない。幸い、アレクシスはアカネさんの伝聞でしか俺を知らなかった。知覚能力は高くないはず。怪獣をすり抜けて、屋敷まで何とか、こっそりと侵入するしかない。
それは、当然、分が悪すぎる手段。
だから、
「……最後のはすごい魅力的だね」
『でしょ!? いやー、私も街全部燃やすのは大変かなーって思うけど、よく考えたら今、リュウタ君以外はいらないしー。多分、壊しまくっても後で直せば何とかなるし。それに、二人の共同作業なんて、ちょっとロマンチックだよね?』
ほんと、人が死なないんだったら。何なら、アカネさんだけがそれを望んでいるなら、たぶん、コロッとそっちに行くんだろうけど……。
「……でも、ダメだよ」
初めて、俺はアカネさんを否定した。
大きく息を吸って。けれど、声は小さく、それでも大きく否定した。
『……ぇ?』
アカネさんが電話の向こうで絶句する。きっと、目を丸くして、ショックを受けているだろう。そんなこと、他の奴がさせたなら、きっと許せないだろうけど。残念ながら、下手人は俺だ。
怪獣を突破する。
そのために、きっと説得する必要はなかった。アカネさんを怒らせて、怪獣が大暴れする可能性もあるから、もしかしたら間違った選択かもしれない。
けど、アレクシスの討伐の前に、俺の目的はアカネさんを幸せにすることだ。
もう、こんなことをさせたくない。このままでは、本当に悪魔になってしまう。俺が愛している彼女は、寂しがり屋で、傷つきやすくて、やさしくて、笑顔が可愛いのだから。
電話からアカネさんの震える声が聞こえる。
『えっと、ちょっと、意味わかんなかったかな……。
ほら、リュウタ君、私のこと好きって言ってくれたよね? いつも優しくしてくれて、たくさん抱きしめてくれて。私も、そんなリュウタ君のこと大好きだよ?
だから……、一緒に遊ぼうって言ったの。ほんとに、ちゃんと命令聞いてくれるし、危ないことないよ? 誰も責めないし、嫌いな奴ら、みんな消せるよ?』
不安な声、戸惑っている声。
俺の拒絶を信じたくないと、まだ好いてくれている声。
俺はゆっくりと、素直な気持ちを告げていく。もしかしたら、これが最後かもしれないし、彼女を救いたいなら、傷つけてでも言わなくてはいけないと思ったから。
「それでも、駄目だ」
『……なんで? 私のこと、好きなんじゃないの? 大切だって、あれだけ言ってくれたのに……。それに、この世界だって……』
「どんな理由があっても、君が人を殺すのを、俺は認めない」
『好きなのに、恋人なのに……。私より、どうでもいい奴が大切なの……?』
最後の方は、声がだんだんと小さくなって。彼女の苛立ちと、苦しみが伝わってくる。
だから、俺は言い切った。
「……ほかの連中の命なんて、どうでもいい。けれど、人を殺しても、アカネさんは幸せになれないから。だから、俺はそんなの許せない」
『……っ』
息の詰まったような声。アカネさんの一言は、意外だと、理解が及ばないと、そんな困惑を俺に伝えてくる。
「俺は、アカネさんのこと、好きだよ。本当に、死んでもいいくらいに大好きだ。正直、アカネさんを傷つける奴なんて、根こそぎいなくなればいいと思うし、他の奴らも、うん、たぶん、最後は捨てられる」
でも、アカネさんを好きになって、嫌いだった内海の良いところを知って、分かったことがある。俺たちが幸せになるためには、そんな他の人もいないといけないんだって。
「だって、俺がアカネさんと一緒に居られて、幸せになれたのは……。そういう君が嫌った人のおかげだったから」
俺には、堀井という友達がいたらしい。お調子者で、うるさく、毎日昼飯を食べていた友人。そいつが俺を押したから、アカネさんの秘密を知ることができたそうだ。
俺には、刈谷という友達がいたらしい。どうにも嫉妬深くて、アカネさんが好きだったらしい。そのせいで、足を捻挫することになったけど、おかげでアカネさんが心の底から好きになった。
昨日死んだ、名前も知らない、調子に乗った若者たちがいた。正直、俺だってあいつ等を許せないけど、彼らがぶつかってこなければ、俺はアカネさんに告白することはできなかった。
なにより、
「俺は、俺の家族が嫌いだよ。母親なんて、殺してやりたいって思ってる。けれど、そいつらがいなかったら、俺はアカネさんと出会えなかった。
だから、きっと、どうでもいい奴はたくさんいても、消していい奴なんて、何処にもいないんだと思う……。そういう奴がいるから、幸せにもなれるんだと思う」
記憶もないから、堀井と刈谷に関しては、特に悲しいと思う気持ちは沸いてこない。それでも、悲しみや怒りを与えられたとしても、彼等と出会った意味はあったのだと思うのだ。
電話口の向こうの姿は見えない。アカネさんはしばらく黙りこくって、そして、駄々をこねる子供のように辛く、細い声を届けてくる。
『……わかんない。私、リュウタ君の言ってること、分かんない……! いいでしょ!? 嫌いなヤツ、みんな消せば、イライラもしない、誰も嫌なことしてこない! そんな世界でいいじゃん!?
そうじゃないと、毎日、嫌なことばっかりで、私、楽しいなんて思えない!!!』
心細そうで、悩んでいて、困っている。今すぐにその場所まで行って、抱きしめてあげたいけれど。今は未だ、叶わない。だから、せめて、安心させてあげたかった。
そんなに思いつめるほど、この世界を弄ってでも安心したいほど、辛い事があったのだと。そう思うから。
「……だからさ、今度は俺を頼ってほしいよ。
アカネさんがイライラした時、悲しい時。ずっと、君が安心できるまで傍にいるから。そんな奴らのこと、気にならないくらいに幸せにするから。
アカネさんが何を思っても、俺だけは受け止めるから。……だから、もうアレクシスに頼るのは止めよう?」
けれど、アレクシスの名前を出した瞬間、アカネさんは言葉を絞る様に言うのだ。
『リュウタ君は何も知らないから、そんなこと言えるの……! アレクシスがいなかったら、私……。アレクシスが助けてくれた。アレクシスがいないと、私、ちゃんと生きてなんていけない!!』
それはまるで、親を悪く言われた幼子のように。母親から引きはなされる赤子のように。
「……分かった。それじゃあ、今から君の所に行くから……。その時に、たくさん話を聞かせてよ。君の辛い事、悲しい事。全部、俺も知りたいんだ」
俺は上を見上げる。
ゆっくりと聞く時間は、もうなかったから。
彼女の叫びに合わせて、怪獣が動き出す。不気味な唸り声をあげながら、重たい体をほぐすように、ゆっくり、ゆっくりと、体を揺らし始める。その命令は、きっと、彼女が下したものじゃない。
『え、なんで……。私、何も言ってないのに……。なんで、動いてるの……』
『おそらく、君の心に反応したんだろう。君が嫌なことを言う彼を消したいと思ったから、怪獣は動き出したんだねえ』
「……ふざけんな」
一から十までアカネさんのせいにしやがって。そんな悪の怪人を今すぐにでも彼女から引きはがしたかった。
電話の向こうから聞こえる、アカネさんの戸惑いと、混乱。その言葉にならない叫びを聞きながら、俺は、息を整え、前傾の姿勢をとった。
ああ、そうだ。せっかくだから、言いたいことがあった。
「……俺、実は黙ってたことがあるんだ」
本当は、出会ったころから言い出せなかった、少し申し訳ないと思っていた秘密。だって、アカネさんは怪獣が大好きで、ヒーローは好きじゃないと思ったから。
そんな抱えた秘密を打ち明けるのに、こんなおあつらえ向きのシチュエーションはない。ウルトラシリーズオタクなら、なおさら。
「俺、ウルトラマンも好きなんだ。怪獣も好きだけど、怪獣を倒して人を助けるヒーローも好きなんだ」
伝説の始まりになった、宙から来た雄々しい戦士のように。
我が身を削ってまで、他人のために戦った戦士のように。
人の怖さを知っても、世界を守った戦士のように。
人と結びつき、子供たちに願いを伝えた戦士のように。
愛から生まれ、愛を守り、世界を愛した戦士のように。
全てを失っても、孤独になっても、戦い続けた戦士のように。
戦うだけじゃなく、導くことを学んだ戦士のように。
人と共に光になって、闇を払った戦士のように。
人の夢と希望のために、彼方を拓き続ける戦士のように。
この星に生まれて、この星の命を愛した戦士のように。
もっともっと、たくさんの。今も愛され、この瞬間も子供たちに夢を与える戦士たち。そんなヒーローも、ウルトラマンも好きなんだ。
この世界にヒーローはいないから。それでも、あの憧れのように君の夢のヒーローになりたいから。
「今から助けに行く……。アカネさんが嫌だって言っても、無理やり連れだして、アレクシスの奴を倒して。それで、今度は俺が守るよ。君をずっと守って、幸せにするから」
アレクシス。きっと、アカネさんの言う通り、お前が彼女を救ったんだろう。俺も知らなかった彼女の孤独や怒りを癒して、俺と出会わせてくれたのだろう。
なら、それだけは感謝する。だから、後は俺にアカネさんを譲れよ。俺の方がもっと、彼女を幸せにできるから。
体は自然に動いた。
気分はアカネさんを好きになった試合の時のように。大切な人が見ていて、決して失敗はできない。目の前にいるのは、たぶん敗戦濃厚な巨大な相手。
やる気が出て、負ける気がしなかった。
(後ろ向いて逃げても、追いかけてくる。飛び道具の危険性もある。抜けるなら……、真正面、股下!!)
怪獣の何が怖いか。多分、それは何よりも質量と攻撃の面積。こいつが一歩でも足音を立てれば、俺はきっと転んでしまう。後は踏みつぶすなりなんなりでアウト。
けれど、股下ならどうだろう。股の形から見て、かかとを合わせるなんて、できそうにない。思ったよりも動きは鈍重だ。そういう対人用の武器もないだろう。あったら、とうに使っている。
何かされる前に、股下を抜けて、こいつの死角に入る。
そうすれば、怪獣から隠れながら、家へ向かうことができる。
俺は走った。既に走りまくっているが、九十分走りまくるサッカー選手をなめないで欲しい。狭いスペースを抜けることを思えば、あの広い股下なんて、どうということはない。
何も考えずに前に、前に。考える時間さえも勿体なかった。ここまで来たのが奇跡なら、これから先も、きっと奇跡が訪れる。そう信じて暗いトンネルに飛び込み、がむしゃらに。
そうして、そこを抜けきった。
「よしっ!!!」
そう、やり遂げたと自分を褒めた時だった。
ずんっ!!!
大きな音。
それは恐れていた足音じゃなかった。しかし、頭上に輝く閃光が広がる。見上げた先には、たくさんの流星があった。夜空を見上げるそれよりも、はるかに力強く輝いて、数もやたらと多い。
「……ああ、そういえば」
ヅウォーカァ将軍は隕石落としを計画していたな、なんて。呑気な考えが頭を支配した。
そんな将軍そっくりな怪獣は、頭頂部を開くと、そこから無数の隕石を射出していた。確かに、アカネさんの望んだとおり、この怪獣なら、街を火の海に変えることもできただろう。
それが、今、俺の真上に降り注ごうとしている。
数は数えることもできないほど多くて。
それでも、俺は必死に走っていく。
なんだか怖くはなかった。それよりも、早くアカネさんに会いたくて。抱きしめたくて、キスしたくて。一緒に居たくて。
(今、すっげえピンチなんだから、ウルトラマン来てくれるんじゃないか?)
だから、最後まで諦めない。頭の上に、光が迫っている。もしかしたら、次の瞬間には、消え去るかもしれない。
だから、スマホを強く握りなおして、口に近づける。何時だって、どんな時だって、彼女に言いたい言葉は決まっていたから。
「アカネさん、愛してる」
光の中で、俺は走り続けた。
『愛してる』
少女は、何事が起こったのかを理解できないまま、無言でモニターを見つめていた。
今、彼女の恋人が、自分を愛していると言ってくれた少年が炎に呑まれていった。自分が生み出して、命を吹き込んだ怪獣によって。
少女は、大きく椅子に脱力し、空を見上げる。
なんだか、今までのことが夢のように感じられた。
あの渡り廊下での秘密同盟も、サッカーの試合も、隠れたデートも、キスも、全て泡沫の空夢のように。
「……リュウタ君、死んじゃったの?」
『たぶん、そうだろうねえ。あそこで生き残るのは、難しかったと思うよ』
「……じゃあ、私、どうなるの?」
『どうもこうも、何もならないよ。いつも通り、直せばいい。明日にはみんな、彼を忘れる。君を責める人も、恨む人も、誰もいない』
「そっか。……そっか。あは、あははははは!!」
少女は途端に笑い出した。空へ向かって、大の字になって、面白くて仕方ないように、もう誰も止めてくれない暗闇の中で笑い出す。笑いすぎて、涙が出てくるほどに。
「あーあー、最初から変なヤツだと思ってたんだー! 高校生にもなって特撮大好きだったり! ちょっとおだてたら愛してまーすなんて! そういうとこだよ、世の中の男子! 女の子はとことん甘やかさないと嫌われるって分かってないんだから!」
『本当にそうだねえ!』
「サッカーだって必死に頑張ってたけど、どーせ大人になったら辞めるに決まってるし! 怪獣好きだって周りに言えないヘタレだし!! それに、元々……。……走り方もボロボロで。汚くて、みっともなくて……」
『そんな男の子は、いなくなった方が世の中のためだね!』
怪人の嗤い声。その瞬間、少女は言葉を止めた。
そんなことは最初から分かっていたはずだった。この世界の神様にとって、いくら傷つけても許される、どうでもいい存在。
そんなことは、出会ったときから少女は知っていたはずだった。
「……違うよ。……違う」
少女はつぶやく。ゆっくりと、体を震わせ、縮こまり、声を震わせて。
それでも、彼がどんな存在でも、少女には彼が大切に思えたのだ。
不格好でも、彼の姿が、自分のために必死に走ってくれる姿が、輝いて見えたから。嬉しいと思えたから。だから、知りたいと思った。一緒にいたいと願った。彼の苦しむところを見たくないと祈った。
彼と過ごした毎日は、それまでのどんな時よりも、楽しくて、安心できて、幸せで、輝いていた。
目を閉じると、思い浮かぶのは彼の笑顔ばかり。いつだって、優しく受け入れてくれた腕の中。守ってもらえると思った広い背中。
アレクシスと自分が言ったように、もしかしたら、欠点だっていっぱいあるかもしれない。最初の出会いなんて、ぶつかってきたことが始まりだったのだから。
それでも……。
『アカネ君?』
「……私、それでも好きだった。大好きだった……。もう、他の人は好きになれないくらい、私だって、愛してたっ!!」
だから、
「私、リュウタ君が消えて、それで忘れられるなんて、無理だよぉ……」
自分から溢れているのが、涙だと、少女は気づくことはできない。いつだって、彼女が人を消した時には、喜びしか残してもらえなかったから。
それでも、少女は何かに気づこうとしていた。
怪人にも、次に彼女が言い出すことが、一言残らず予想できる。
「ねえ……。リュウタ君、元に戻そう……? そしたら、もう、怪獣なんていらないから。助けてくれなくてもいいから……!! だから、お願い、アレクシス。……リュウタ君を、返して!!」
『……』
最後は叫ぶように。少女の顔に笑顔はなかった。涙にぬれて、後悔で、必死に乞い願う顔。
それは、怪人が最も見たくなかった顔。
『そうか……、そんなに君は悲しいんだね』
瞬間、少女は異変に気付く。
「……え?」
暗く、日の入らない部屋。締め切られた彼女だけの城。
そこに入り込む侵入者があった。街を包み込むガスが、彼女の周りを渦巻いていた。
少女は目を見開き、怪人へと尋ねる。自分がどんな状況にいるのか、理解できなかったから。
「……アレクシス、なんで?」
『私も君からたくさんのことを学んだよ。人間が悲しいとき、怒っているとき、どうすればいいのか』
そのガスの力を少女は知っている。
街も、記憶も、このおぼろげな世界を思うままに変える力。彼女が操る万能の力が、しかし、少女自身に向けられていて。
瞬間、少女はアレクシスへと縋りつく。怪人が何をしようとしているか、自分が何をされるのか、それを認めることなんて、できなかったから。
「ねえ! 待って!? 私、忘れたくない!!」
『大丈夫、大丈夫。いつもしてきたことだよ。辛い事を消せば、君は幸せになれるのだから』
いつも通りの紳士的な声。
ガスが深まる部屋の中。少女はようやくと理解する。彼が言っていた通り、この怪人が何者であるのか。
彼女の体が、薄靄の中に消えていく。
「……やだ。……やだよ。リュウタ、くん……」
『オヤスミ、アカネ君。目が覚めた時には、君は元通り、私だけの大切なトモダチだよ……』
そうして暗い部屋に、怪人の笑い声だけが残された。
彼はこの世界から消え去った。
誰も記憶に残さない、物語に影響を与えない。微かな揺らぐ世界の夢のように消えてしまった。
だから、物語に大きな影響を与えることなんて、できなかった。
とある少年は少しの違和感を感じるようになった。どうして、自分はウルトラシリーズのBDをいつまでも開封しないのか。何か大切な約束があったのではないか。
『同盟』という変な言葉へと、不思議な魅力を感じるようになったことにも。
とある少女は、ひどく退屈を持て余すようになった。何かがあったわけではない。むしろ、なんでも思い通りにできるはずなのに。少しのことに、いら立ちを隠せなくなった。この退屈な日々が壊れればいいと、心の奥底で願うようになった。
そして、ふと棚を見て、とあるソフビを見た時に感じる胸の痛み。大切にしまい込んで、触ることができないネックレス。強い寂寥は、自分からぽっかりと何かが抜け落ちてしまったような。
だれかが隣にいてほしいと。
だから少女は待ち続ける。彼女を退屈から、救ってくれる存在を。
そうして、彼女の見上げた空に、六つの光が流れて消えた。
物語はいつも突然だ。
ある日突然、怪獣が。ある日突然、ウルトラマンが。いつだって、そこから物語は始まって、選ばれし主人公たちの選択と成長に、人々は心を揺さぶられる。
けれど、物語の中に飛び込んだとして、もし主人公になれなかったら。ただの一般人になれず、中途半端に物語へと踏み込んでしまったら。
きっと、その命はあまりにも軽い。
それでも、たとえ軽い命だったとしても。
彼の抱いた願いは、確かな希望へとつながったはずだ。
戦いの鐘がなった、少し先の未来で。
雨の中、少女は怪獣に微笑みを浮かべる。彼女が作り上げた、彼女を守り、彼女に寄り添う怪獣へと。
「期待してるぞ、アンチ君」
怪獣の答える声を、少女は遠いどこかで聞いた気がした。
SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ 完
EDテーマ「Believe」
これにて、本編は完結です。
最後までリュウタとアカネの物語を見届けていただいた皆様、ありがとうございました。
もしかしたら、皆様の望む終幕にはならなかったかもしれません。それでも、だからこそ、本編でのグリッドマン達の活躍と、アカネの救済を強く思える物語になればとも思っています。
原作完結前の作成という我ながら無茶な執筆でありましたが、だからこそ、好きな原作の力になれれば、私としては嬉しいです。
そして、原作完結後には……。
このスペースではここまで、明日、詳しいあとがきとキャラ設定、『これから』についてを投稿いたします。
最後に、本作は私にとっても挑戦作でありました。そんな本作が少しでも皆様の心に残り、そしてSSSS.GRIDMANを愛する気持ちに繋がれば、嬉しいです。
もしよろしければ、本作をお読みいただいたご感想や作品の評価を頂けると幸いです。
……それでは、SSSS.GRIDMAN完結後に。