SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ【完結】   作:カサノリ

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皆さま、お久しぶりでございます。

本作『SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ』の番外編的IFルートを一話、お届けいたします。

うたかたのそらゆめ最終話が、ご都合主義と奇跡でBADエンドにならなかった場合。

アレクシスが消え去った後、アカネとリュウタのあったかもしれない日常です。

細かい整合性を無視して、甘い話をお楽しみくださいませ。


IF Good End『もっと君を知れば』
IF Good End 1「夏・空」


「ガイアでさー、自然コントロールマシンっていたよね?」

 

「うん、あのドラム缶ロボットみたいなデザイン好き」

 

「私もすきー。でね、暑くしたり、台風つくったり、森をつくったりするけど。森はともかく、他の二つって人間だけじゃなくて他の生き物も絶滅させちゃったり、意味ないなーって思ってたの。

 それよりも、地球温暖化とか言われてるし、地球を涼しくした方がよっぽど未来のためになるって思わない?」

 

「そうだね。今みたいな季節なら、もう少し涼しくなった方が気持ちいいし。こうしてても、暑くないしね」

 

「ほんと、暑くて仕方ないよねー。あー、もう、だるいー」

 

「……ちなみにアカネさん?」

 

「ん? なに? リュウタ君」

 

「少し離れるっていう選択肢は?」

 

「だめ、いや。……リュウタ君はどうなの?」

 

「少しだけ暑いけど、俺もいや」

 

「おんなじー、えへへ」

 

「ふふ。同じだね」

 

 

 

「おい! 誰でもいいから、このバカップル引きはがせよ!!?」

 

 

 

 暑くとも心穏やかに過ごしていた俺とアカネさんを現実に引き戻したのは、内海の突然の大声だった。この静かな森に響き渡るボリュームに、周りの連中全てが驚き振り返るほどの声の張り。

 

 すごいぞ内海。お前、大声コンテストに出ても入賞できるはずだ。

 

 そんな内海は大空に向かって叫んだ後、俺たちの方に振り返り、びしりと指でさしてきた。友人と言えど、いや、友人だからこそ、一言二言、言いたくなる態度に俺も少し大声を返してしまう。

 

「おいコラ! 俺はともかくアカネさんはそんな指差しされるほど安くはないぞ」

 

「うっせえよ!? っていうか、リュウタ! お前は何とも思わないってのか!?」

 

 言われて、周りを見回す。

 

 特に変わったことはない。

 

 綺麗な夏空が広がっている。青々と、されどコスモスのルナモードみたいに穏やかな青色。記憶を遡っても、いつも通りの夏の姿。蝉の大合唱も、涼やかな木々のざわめきも同じこと。

 

 一点、俺もアカネさんも周りのクラスメイトと同じ私服姿だというのは、いつもと違うだろうけど。早々、目くじらを立てるものでもない。

 

 俺は内海に向かって首をかしげる。

 

「……何かおかしいかな?」

 

「オォイ!? 俺たちが何してんのか分かってて、その返事か!?」

 

「いや、単なる校外学習をそんな大げさに……」

 

「その! 校外学習で! 集団移動中なのに! お前と新条さんは何をやってるんだっての!?」

 

 もう一度後ろにいるアカネさんを見る。

 

「……人目をはばかることは何も」

 

「どう見てもはばかるだろが!!?」

 

 別にいいじゃないか、恋仲なんだから。

 

 何時までも続きそうな内海の抗議。こっちもさすがに相手するのがめんどくさく感じ始めると、後ろの彼女も同じことを思っていたのだろう。

 

「内海君、うっさい」

 

「は、ハイィ!!」

 

 後ろからジト目になっているであろうアカネさんの一言。それを受けて、内海はびしりと硬直後、回れ右で足早に動き始めた。首元にアカネさんのため息がかかる。

 

「……なんで男子ってこんなにうるさいの?」

 

「あー、まあ、内海が特別な気がするけど、男子ってちょっと子供っぽいのかな。俺はあんまり大声出したりしないけど」

 

「だからリュウタ君はおちつくのかなぁ……」

 

 そう言うなり、アカネさんの軽さが背中に戻ってきた。

 

 全く、これくらいで文句をつけるなんて、とんでもない奴である。いくらウルトラシリーズ好き仲間であっても少し怒るぞ、俺も。

 

 そう思いながら後ろをちょっと向く。そうしたら、再度、俺の背中にぴったりと張り付いているアカネさんと目が合って、

 

「あ、目があっちゃったね」

 

(あー、可愛いなー)

 

 肩越しにちょんと出た手を振ってくれる恋人を見たとたん、胸がぽかぽかとあったかくなる。確かに、周りのみんなからすれば目立つ格好かもしれないし、多少は暑い。けど、こうしているとアカネさんも少し楽が出来て、俺も愛情感じてウィンウィン。

 

「だから、何も問題なんてないだろ?」

 

「それを見せつけられる俺たちの気持ちになれよ!?」

 

 後ろから朗らかに言ったのに、内海は悲痛な叫びを青空に木霊させた。

 

 

 

 今日は夏季の特別授業。誰の発想か、クラス全員で都会を離れ、緑豊かな地方を訪れる日。ビルだらけの無機質から一転、四方八方森だらけ。特撮的にはマグニア回のような怪獣から必死に逃げるシチュエーションで出てくる森を思い起こさせる場所でもある。

 

 暑いのは確かだが、吹いてくる風は涼しい。昔は別荘やらなにやらも多く建てられていたとか。ただ、アカネさんとしてはこういった活動には不満があるようで。

 

「……先生も物好きだよね。ラフティングとか、めんどうなんですけど……」

 

 ぶすっとした声が耳元をくすぐる、

 

 これが単なる二人の小旅行だったら、きっと彼女も楽しく思えるのだろうけど、ここに来た目的は校外学習であり、行うのはラフティング。ゴムボートで川を下っていくウォータースポーツだ。川下りと言い換えれば、この暑い季節に合っている。ただ、アカネさんの言う通り、先生の好みは些かマニアックと言えるだろう。

 

 そんな学生であるために強制参加のイベントに対して、スポーツが苦手なアカネさんはずっとご機嫌斜めだった。今も、首のあたりから、

 

「あーつーいー。かえりたい……」

 

 アカネさんの蕩けた、もとい溶けた声が聞こえてくる。駅から一歩出た時から、へばって、歩くのが億劫の様子だった。普段ならもう少し元気あるのに、今日はこんなにどんよりしている原因は分かっている。

 

「夜遅くまでガイア見てるからだよ」

 

「そんなこと言ってリュウタ君も一緒に見てたのに。なんでそんなに元気かなぁ……」

 

 いつもより力が有り余っている原因は一つ。

 

「アカネさんと一緒だと元気出るからね」

 

「じゃあ、私はリュウタ君専用バッテリーだね。じゃあ、もっとあげる。ぎゅー」

 

「うわ! めっちゃ元気出た!」

 

 これなら担いだまま山の上まで登れそう、なんて。

 

 まあ、そんなリラックスした様子とは裏腹に、実際にアカネさんは調子が悪そうなのも事実だった。でなければ、俺もここまでヘルプしたりはしない。

 

 こうして、ちょっと元気アピールするのも、アカネさんもふとした時に申し訳なさそうな顔を見せるから。ただ、彼女がそんなことを思う必要はない。

 

(好きでしていることだしなあ)

 

 惚れた弱みというか、それが幸せなのだというか。なので、

 

「なあ、裕太ぁ。お前からも何か言ってくれよ。あいつら、俺のいうことなんて聞きやしないから」

 

「いや、考えてみたらクラスでもいつもああだし、みんなもそんなに気にしてないんじゃ……」

 

「そんなこと言ってると、いつまでも際限なくイチャイチャするだろ!? ……あぁ、あのパーフェクト美少女だった新条アカネは一体どこへ」

 

「でも、昔の新条さんよりも、今の方が可愛いと思うけど」

 

「……それな」

 

 内海がいまだに響へとブツブツと言っているが、その生暖かい視線は無視する。人の恋路を邪魔する奴はドドンゴに蹴られちまえ。

 

 

 

 十分ほど歩いて、俺たちはようやくと河原に隣接した会場に到着した。名残惜しいけど、アカネさんともしばし別れ、更衣室で着替えを始める。こういう時、他の高校は学校指定の水着を使うらしいのだが、うちは珍しく私用の水着だ。 

 

 とはいっても、男子の水着なんて、短パンくらい。俺の場合は傷跡が目立つから、その上からパーカーを羽織れば着替えは終了だ。アカネさんによれば女子は日焼け対策やらなにやらと大変らしいけど、男子はシンプルでいい。携帯と財布を置いてカギをかけると、隣から視線を感じる。

 

「どうしたよ?」

 

「いや、どうすりゃそういう風に腹割れるかなって」

 

 視線の主はまたもや内海だった。というか最近はほんとによくつるんでるから、そうなるのが多いのだが。今日とてロッカーは隣。右から響と内海と俺という順番。そして、内海の視線は俺の腹に向かっていて、彼の言う通り、そこはほどほどに割れている。

 

 こればかりはサッカーのような運動量の多いスポーツをしていて、自然と身についたものだ。一方、それを羨む内海の腹はといえば、

 

「フッ」

 

「こ、こいつ!? めっちゃむかつくんですけど!? 餅腹なめんなよ!!?」

 

 顔を赤くしながらの抗議。

 

 内海の腹は少しばかりぽっちゃりとしていた。触ったら柔らかそうな感じにぷるぷると震えている。この、運動不足め。腹筋が足りていないのだ。

 

「まあまあ、別に俺だけが特別じゃないし」

 

 俺が首を動かして遠くを示す。そこには別の友人たちが着替えを終えていた。

 

「おっ! また筋肉付いた。これなら……」

 

「刈谷、お前もいい加減に諦めろって」

 

「いや! いつか新条だってリュウに飽きるはずだ!!!」

 

「そう言ってる時点でたぶん完敗だぞー」

 

 俺以外のサッカー部集団。長期で休んでいた俺よりも、足回りを中心に逞しい。刈谷だけは無駄に上半身も鍛えてるが……。いくらなんでもボディビルダー並みはやりすぎだろう。重くて速度落としてるってコーチに怒られてたし。

 

 ともあれ、彼等は例外なく、餅腹にはなっていない。その実例を見て、羨ましそうな目をしている内海に提案してみる。

 

「贅肉落としたかったら、多少は運動もしないと。内海も朝ラン混じる? 毎朝やってるけど」

 

「……検討しておく」

 

「おう。あ、そうだ。響もどうかな? ランニング」

 

 俺はぼんやりと話を聞いていた響へ話を振った。内海とのつながりというか、色々あって、最近は仲がいいのだ。

 

「うぇ!? お、俺も?」

 

「ああ。多分、例の件にも多少は役に立つと思うぞ? 鍛えるのって」

 

 宝多さんの家の前もコースに入っているから、店先で彼女と会うこともある。運動が得意というイメージがない響にとっては、ギャップでアピールするチャンスになるかもしれない。

 

 すると、響は自分の細い腹をぽんぽんと叩いたり、力を込めて腹筋を固くしたりした後で、

 

「……明日からでもお願いします」

 

 と顔を赤らめながら言った。まったく、この純情少年は。アカネさん曰く、こういうところは女子にも人気だというのは黙っておく。響は可愛いって言われるのは複雑らしいし、俺もその気持ちは分かる。それでも決断が早いのは、彼の気持ちの良いところだろう。

 

 さて、そんな風に話をしていたら、随分と時間がたってしまった。俺は体を動かしながら、大きく呼吸をして、最後は頬を叩く。これから向かう場所と出会う人を想えば、これくらいの準備じゃ足りないかもしれないが、それでも。

 

「じゃあ、着替えたし……。行くぞ」

 

「なんでそんなに気合入ってんだよ」

 

 わかってないな、内海。

 

「下手すると、俺は死ぬからな……」

 

 これは既に訓練でもリハーサルでもないのだ。

 

 いざ出陣、夏の空。

 

 

 

「あ、リュウタ君!! もー、遅いじゃん!!」

 

 結局、俺の気合と覚悟というのは、そこまで役には立たなかった。

 

 ああ、神様。パーカーとは。なんだこれ、めちゃくちゃ可愛い。

 

 集合場所に向かって恋人と対面したとたん、内海へと宣言したのも虚しく、俺の意識はふっと天へと還っていきそうになった。けれど、目の前の小悪魔はそれを許してくれない。よろめく俺の手をアカネさんは引き留めて、顔を近づけてくる。

 

「あれ? どうしたの? 顔真っ赤にしちゃって」

 

 尋ねるよう、からかうように目を細めるアカネさん。君の内心なんてお見通しだぞっという顔で、じりじりと赤くなった俺と彼女の顔が接近していく。

 

 やっぱり、彼女に誤魔化したりはできない。

 

「いや、水着はもう見てたけど……、そのっ」

 

「ふふ、なぁに?」

 

「……パーカーを着てると、また違って、すごく可愛い」

 

 そう言うと、アカネさんは満足したように握る手に力を込めて、笑うのだ。

 

「そっか! よかったー。このパーカー、まだ見せてなかったから、似合ってるか不安だったんだー」

 

 アカネさんは安心したようにふわふわとその場で一回転。

 

 彼女が言う通り、俺はこの格好を見るのは初めて。アカネさんが前に見せてくれた水着は、刺激的なビキニタイプだったが、今もそれは着ているのだろうけど、アカネさんは上半身をゆったりとパーカーで覆っている。

 

 少し体が隠れているからと言って、彼女の可憐さは損なうことなく、むしろ、安易に見せない肌とか、けど、胸元まで開けられたところとか、動くたびにひらひらとするところとか、清楚な魅力というか。

 

 つまり、めちゃくちゃ可愛い。

 

 すると、アカネさんは俺の腹筋辺りをちょんちょんとくすぐりながら、目を細める。

 

「少し意外だった? リュウタ君以外には、やっぱり見せたくないなーって。けど、リュウタ君は、こういうとこ、他の子にも見せちゃうんだね……。

 知ってる? 女の子も、男の子のお腹とか、けっこう見てるんだよー」

 

 最後の方はぐりぐりとからかうように。

 

 けれど、アカネさんも触るたびに、なんだか頬が赤くなっていく。きっと、彼女も少し恥ずかしくて、誤魔化しながら言ってくれた言葉。そうすると、俺の割と強めな独占欲もくすぐられてしまう。

 

「みんなにも見せた方が良かった? ……水着」

 

「絶対見せたくない。俺だけで、いいでしょ?」

 

「もー、リュウタ君も人のこと言えないじゃん。欲張りで、わがまま。それじゃあ……、あとで、二人っきりになったら、ね?」

 

 思わず体を寄せて、耳元でくすぐるようなアカネさんの声を聞く。アカネさんも同じ気持ちでいてくれる。それだけで俺は幸せだった。

 

「おーい。そこの二人ー! 話聞いてるかー!!」

 

「すみません! 絶対に聞いてません!!」

 

 うっせえぞ響。

 

 

 

 いや、アカネさんと離れて冷静に考えると、内海達の言わんとすることも分かってはいるのだ。さすがに今日はタガが外れていることも。ちょっと、ほんとにちょっと、アカネさんと二人だけの世界にのめり込みすぎているような。

 

 クラスでは手をつないだり、毎日昼ご飯を一緒に食べたり、放課後はずっと一緒だったりと、何時もはそれくらい。何だか今日、此処に来れたことが、とても奇跡的なことのように思えてしまって心が浮ついている。

 

 アカネさんと一緒に居たら浮かれてしまって、際限なく気持ちが高まってしまうというか。

 

 だから、この状況は身から出た錆だということも分かっている。

 

「というわけで……」

 

「ああ……」

 

「覚悟してもらうぞ、リュウ……」

 

 俺は低く唸るような剣呑な声に、冷や汗を流す。ラフティングは当然男女別行動。俺は内海と響、そしていつものサッカー部連中と同じゴムボートになったのだが。

 

「おいこら、ラフティングってそういう競技じゃねえだろ……」

 

 背後の連中が何を考えているかは分かる。オールをこん棒のように構え、ぎらぎらと目を輝かせて、歯をむいている怪物たちが、何をするつもりか。

 

 俺を落とすつもりだ。

 

「お前はいいよなぁ……、新条とイチャイチャしてよぉ……」

 

「仕方ねえとは思ってたけど、あれはギルティだわ……」

 

「あのパーカーの下、俺だって見たかったのによぉ……」

 

「てめえはウルトラオタクの風上にも置けねえ……」

 

 内海、ほんとお前、いつの間にサッカー部連中とも仲良くなったんだ。

 

 今、配置としては俺と響がボートの先頭に座っている。そして、その後ろに馬鹿どもが並ぶ形だ。ラフティングなんて渓流を結構なスピードで下っていくわけだから、当然揺れるし、バランスを崩したら川へ放り投げられるもの。

 

 身に着けているヘルメットと救命胴衣も、もしもの事故がないようにするための措置だ。逆にそういうのを付けているし、安全なルートを通るから、多少は落ちることも織り込み済みなわけで。

 

「ちょ!? 内海! みんな! 揺らしすぎだって!?」

 

「わりぃな裕太!! お前に恨みはねえが、一緒に犠牲になってもらうぞ!!」

 

 出航直後から、響き渡る俺たちの悲鳴。船頭多ければ山にも上るとか言うが、後ろが揺らそうとしたら、それはもうボートはがっくんがっくんと揺れる。揺れまくる。

 

 内海達がオールを勢いよく漕ぎ、ボートを揺らしてくる。当然、その煽りを受けるのは先頭に座る俺と響。視界が上下にぶれるぶれる。しかも、足元はゴムだから水を浴びれば滑るに決まっている。

 

「お前ら、後で覚えてろ!?」

 

 そんな俺の必死の声は、当然無視。むしろ、もっととばかりに上へ下へ。ゴムボートなのか、モーターボートなのか、ラフティングなのか、滝下りなのか。

 

 おい! インストラクター! 元気いいな、とか笑ってんじゃねえ!!

 

「うっせえ! どうせリュウは落ちても新条に心配されるんだろが!?」

 

「抱きしめられたり、膝枕とかされるんだろ!?」

 

「ぜってえ許せねえ! 俺のマイナスエネルギーをくらえー!!」

 

「じゃあ、お前らも落とそうとすんじゃねえよ!!?」

 

 そうして怪獣でも具現化させそうな勢いの恨みつらみを乗せたまま、しかし、俺と響の決死の努力で奇跡的なバランスを保ち、俺たちは川を下っていく。俺とて簡単に落とされるつもりはなく、そして、響もバランス感覚は良かった。

 

 これなら後ろの嫉妬に塗れた亡者どもの望みを挫き、生還が可能かと思ったのだが……。

 

「もー! アカネ、なにやってんの!」

 

 俺たちの更に後ろから宝多さんたちの楽し気な声が聞こえてきて……。

 

「……あ」

 

 彼女の名前を聞いたとたん、すーっと、何も考えないまま俺は後ろを向いてしまった。そこには水に落ちてしまっているアカネさんがいて。

 

「ちょっと!? リュウタ!!?」

 

「……やべ!?」

 

 横から響の大声。

 

 さっき言った通り、俺たちの船は後ろでやたらとスピードを出す馬鹿四人と、先頭で必死にバランスをとる響と俺で成り立っていた。そこで片方がわずかでも任務を放棄したものだから。結果は目に見えている。

 

「「「うわぁああああ!?」」」

 

 人を呪わば穴二つ。ボートは転覆して全員が川へと放り投げられてしまうのだった。

 

 ああ、アカネさん、心配しないでくれ。あの馬鹿どもを沈めたら、俺も急いで川下るから。

 

 

 

 そんな波乱のラフティングは、穏やかな幅広の河原で終着した。結局、カルネアデスの板とはならず、なんだかんだと濡れ鼠六人で協力しながらラフティングには成功。終わった後は仲良く先生に怒られることになった。うちの担任、意外と怒るときは怒るらしい。

 

 そうして、昼時までは自由時間。

 

 上流と違って、下流で行えるのはただの川遊びだ。各々、好き勝手に水際で遊んでいる。岩の上で押し相撲をしていたり、水かけをしていたり、シュノーケル持ち込んで泳ぎまくっている奴もいる。手づかみでアユ取るとか、すごい運動能力だ。禁漁区だから逃がせよ。

 

 そんな賑やかな景色を見ながらも、俺は何となく気が乗らないで、木陰の岩に腰かけていた。まだ懲りない堀井達が、河原で待ち構えているのも見えていたし、少しばかり疲れがたまっていたからかもしれない。ここ最近、ようやく復帰できた部活動の練習も多かったから。

 

 一人、ぼんやりと。近くに聞こえる蝉の声に耳を澄ましたり、川のせせらぎに身体を緩ませたり。

 

「疲れたの?」

 

 そっと柔らかい声と共に、アカネさんが隣に座った。さっきまで宝多さんたちと河原で遊んでいたのにわざわざ来てくれたみたいだ。

 

「少しだけ。アカネさんは?」

 

「私も、ちょっと疲れちゃって。……まだ、色々慣れてないから」

 

「大丈夫だった? 嫌なこととか、困ったこととか」

 

「……川に落ちた時、最悪って思ったけど。それくらい。……楽しかったよ」

 

「そっか、それなら良かった」

 

 彼女の肩に腕を回して、小さな頭を肩に寄せて。そうして控えめに笑う彼女と一緒に、みんなの遊んでいる姿を見る。少し傲慢かもしれないけど、アカネさんが安心できて、楽しくなれているなら、それでいい。俺も安心できて、胸のつかえがとれる。

 

「あ、響の奴、宝多さんの所に行った」

 

「響君、やっぱり六花のこと好きなんだ。リュウタ君も知ってるってことは、男子も恋バナが好きなんだねー」

 

「女子ほどじゃないかもしれないけどね。俺だって、割といろいろ聞かれるんだ」

 

「へえー、リュウタ君は誰か好きな人いるんだ?」

 

「それがいるんだなー。知りたい?」

 

「うん、知りたい」

 

「今、隣にいるアカネさんが、すごい好き。愛してる」

 

 そう言って、彼女の肩に回した手に力を籠める。一時はどうなるか分からなかった右手。動かなくなるかもって言われたそれで、アカネさんに触れられることが奇跡みたいだった。

 

「私も、大好きだよ」

 

 うつむく彼女から。吐息が零れたように。空気の震えが腕に伝わってくる。じっと五分くらい。

 

 少ししんみりとした空気の中、アカネさんは不意打ちのように手を引いて、俺を立たせる。赤い瞳の中に、いつも通りの悪戯な色が見えた。

 

「いま、みんな見てないよね?」

 

 確かに、今、皆はそれぞれ遊びに興じている。響や内海も、上手くやったのか、はっすさんたちと遊んでいる。いや、水責めにあっている。こちらに気を回している人は誰もいない。

 

 それを確認して、彼女は、

 

「それじゃあ、約束通り。二人だけで、ね?」

 

 調子を戻したようなウィンクに、うるさいくらいに胸が高鳴る。

 

 ちょっとだけ、二人の時間を作って、少し邪魔なパーカーもとって、それから俺たちは誰に憚ることなく川で遊び倒した。

 

 

 

 綺麗な夏空が青から紅に染まった、そんな一日の終わりに……。

 

 夕暮れに照らされる電車の中、少女は隣に座った少年を見つめていた。席に座った途端、電池が切れたように眠ってしまった大切な人を。

 

 きっと疲れたのだろう。朝はずっと背中を貸してもらったし、川でも、ずっと見守ってくれていた。最後はちょっとはしゃぎすぎなくらいに一緒に遊んで。

 

 頼りすぎている、なんて自覚はある。

 

 思い返さなくても、ウルトラマンガイアの深夜マラソンに付き合わせてしまったのは自分で、サッカー部に復帰してからは朝練が忙しいのに、毎朝迎えに来て、夜もなるべく一緒にいてくれる。

 

 ずっと傍にいて幸せにする。いつか、ぼろぼろになりながらも宣言したそれを、彼は愚直に守ろうとしていた。そして、そんな彼の献身が、少女は震えるほどに嬉しい。今でも、彼が残ったら、他のみんなを消してもいいなんて思えるほどに。二人だけの楽園を作って、そこでずっと彼を独占したいだなんて。

 

 胸の奥で怪獣が騒ごうとする。

 

「……ほんと、キミは何なんだろね」

 

 少女は少年の頭をそっと撫でると、起こさないように自分の肩へと導いた。

 

 今でも心の中に怪獣はいるのだろうけれど。彼と触れるだけで、怪獣がいびきを上げて眠り始める。安心できるほど満たされていく。

 

 たった一人のちっぽけな存在が、この世界よりも大きくなるなんて。少し前の自分だったら、考えられなかっただろうに。

 

 だから、少女には少年のことがまだ分からなかった。もっともっと、心の奥の奥まで知りたいほどに。

 

「……知ってる? リュウタ君のせいでね、私、神様じゃなくなったんだ。神様を変えちゃうなんて、もしかして悪魔かもね、リュウタ君は」

 

 頬を押してみる。

 

 何度か押して、柔らかくて、それで彼の瞼が動いた瞬間、指が止まる。

 

 まだ押したかったのに、彼の安らぎを邪魔しないように。

 

「変だね。我慢してるのに、イライラしないんだよ?」

 

 世界は変わらない。いつだって、苛立ちを募らせる出来事はたくさんある。街行く人も、もう、無条件に好意を持ってはくれない。この間なんて、肩をぶつけてきたおじさんが舌打ちして去っていった。少し前なら、怪獣を作り出していた出来事。

 

 その世界の中で、少女だけが変わっていく。

 

「幸せ、なんて言ったらべたなドラマみたいかな? ……ねえ、リュウタ君はどう思ってる?」

 

 ただのNPCだったのに、いつの間にか大切になった人。あれだけ身近だったアレクシスよりも大事な人。彼はいつも笑顔を向けてくれるけれど、幸せなのかな、なんて。

 

 大けがをさせてしまった。もう、少し前みたいに走れないかもしれないし、サッカーで活躍することもできないかもしれない。

 

 その未来との差し引きで、新条アカネの存在は少しでもプラスになるものなのか。

 

(それに……)

 

 暗い想像を振り払うように、少女は少年の髪に、顔をうずめる。

 

 悪魔のいなくなった世界で、いつまで自分は留まっていられるのか。わずかか、それとも、この世界での命を使い果たした後なのか。もしかして、今すぐに消えるかもしれない。

 

 何も知らないまま戦いが終わった世界で、少女は未だ、秘密を抱えたままでいた。




ひたすらに甘々に仕上げたいグッドエンドIF、いかがでしたか?
こちらは全四話を計画しております。第一話が夏なので、その後は……。

そして、現在、本編突入のIFルート、
『うたかたのそらゆめ √SIGMA』の執筆を続けております。

そちらがかなりシリアスな展開を迎えておりますので、久しぶりに可愛いアカネちゃんと出会いたかったのも、本話を書いた理由。

グッドエンドでテンションを保ちつつ、IFルートを仕上げてまいります。

まだまだイベントやらグッズ展開が冷めないSSSS.GRIDMAN、一ファンとしてこれからも盛り上げていきます!!

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