ある日のこと……
永遠亭にいた鈴仙は、月にいる同族からとある電波を受信した。
大層、急を要する案件だったようで、鈴仙はすぐさま永琳の下に走っていった。
連絡を受けた永琳は、てゐにある人物を連れてくるように命令した。
そして、
「……で? 何で、私にお呼びがかかるんだ?」
数時間後、永遠亭には魔理沙の姿があった。
ただし、縄に縛られた状態で。
魔理沙は、竹林の兎たちの手によって永遠亭に拉致されてきたのだ。
「今回、魔理沙さんを拉致してきたのには理由があるの」
「拉致してきたことを否定しないのは嬉しいぜ」
淡々と解説に入ろうとする鈴仙に、魔理沙は自分の状況をツッコむ。
勝手知ったる場所に拉致されて、これには魔理沙も困惑の表情を浮かべている。
「あなたに幻想郷を救ってもらいたい」
「はぁ? いきなり、話が飛んで何のことやら……」
「……。そうね。では、後は師匠、お願いします」
丸投げされて呆れた永琳だったが、小言も言わずに説明役を交代した。
「そうねえ。まずは、あなたをここに呼んだ理由の原因から話した方がいいかしら?」
「助かるぜ」
「実は、月の最終兵器が暴走して、幻想郷に向かってきてるのよ」
「は?」
突然、月の話題を持ち出されて魔理沙は混乱した。
「ちょっと待ってくれ。意味が分からん。なんで、月の最終兵器が幻想郷に来るんだ? そもそも、どうして暴走した? そして、私がどうしたらこんな目に遭う?」
「とりあえず、1つずつ説明するわ」
連続で質問を飛ばす魔理沙を鈴仙が宥めたところで、永琳が解説に入った。
「まず、何故暴走したか。これは単純ね。兎がうっかり起動させちゃったのよ」
「あー、分かった。そこはいい」
特に理由らしき理由がないことが分かった魔理沙は、それ以上訊くのをやめた。
「あらそう。次に、月の最終兵器が幻想郷に来る理由ね。これは、あなたが必要な理由でもあるわ」
魔理沙は首を傾げた。
全く自分と月との接点が見出せなかったからだ。
「鈴仙、例の映像を見せてあげて」
永琳の指示で、鈴仙は波長を操って壁に図面らしきものを映し出した。
そこに描かれていたのは、鮫だった。
右下の端に「汎用鮫型決戦兵器『神月』」と書かれている。
「これが、月の最終兵器ぃ?」
予想だにしていなかった月の最終兵器のフォルムに、魔理沙の口は塞がらなかった。
これが、奇妙奇天烈だが道具の類だと分かる姿であるならば、魔理沙はむしろ喜んだだろう。
だが、よりによって、それは鮫だった。
しかも、無駄に忠実に鮫の姿を再現している。
月の住人はいったい何のためにこんな姿にしたのだろうと、魔理沙は考えたが永琳たちに訊くのはやめた。
どうせ、まともな回答は帰ってこないだろうからだ。
「そうよ。これが、汎用鮫型決戦兵器『
「んんー、名前ぇ……」
当初想定していた名前とは違う呼び名に、魔理沙は唖然とした。
と同時に、この名前なら確かに鮫の形になるだろうと、納得もした。
「『
「そっすか」
名前のインパクトにすっかりやられた魔理沙は、永琳の説明を聞き流していた。
「ちなみに、ヒレからは対象を生命のスープにしてしまう『フカヒレーザー』、腹からは敵から決して離れない艦載機『コブンザメ』を放ち、装甲はディープブルーの『アオ・ザ・メタル』製でどんな攻撃も受け付けず、検知器には『サーメグラフィー』を採用しており、どんな鮫も逃がさないわ。必殺技はあらゆる物を消し去る口からの光線『ホロボシジョーズ』!」
鈴仙が横から『
「まあ、『
「いや、十分迷惑だぜ」
「問題は『サーメグラフィー』なのよね……」
永琳が言い淀んだ。
魔理沙はどうしたものだろうかと思ったが、これ以上無闇に訊くのはやめた。
ろくでもない回答しか返ってきそうになかったからだ。
「あなた、名前は?」
「は? そんなの言わなくても分かるだろ」
永琳に突然名前を訊かれた魔理沙は困惑した。
名前くらい知っているものと思っていたからだ。
むしろ魔理沙は、今まで知られていなかったのではないかと不安になった。
「良いから」
「霧雨魔理沙だが……」
魔理沙は、仕方なく名前を言った。
「はぁ……」
「なんでこうなるのよ……」
同時に、永琳と鈴仙がため息をついた。
「何か悪かったか?」
これには、魔理沙も少しイラっときた。
いくら拉致されてきた身だとは言え、自分の名前にケチを付けられる覚えはなかった。
「あなた、霧雨魔理沙よね?」
「そうだが?」
魔理沙は何故永琳がそんなに自分の名前を確認してくるのか分からなかった。
永琳は、魔理沙に自分で気づいて欲しいとでも言いたげな眼差しを向けていた。
「あなたの名前は霧雨魔理沙。ひらがなにすると、きりさめ まりさ」
「それがどうかしたのか?」
「これはとっても言いにくいのだけど、『
一瞬、永遠亭が静寂に包まれた。
そして……
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!?????」
魔理沙の困惑と困惑と困惑しかない絶叫が迷いの竹林に響き渡った。
「それだけか!? それだけなのか!??」
「そう、それだけ。まったく名前にどんな力が宿るかなんて想像もつかないわ」
「いやいやいやいやいやいや……完全なとばっちりなんだが!? ただ月の技術がおかしいだけだが!?」
自分が拉致された理由があんまりすぎて、魔理沙は必死で抗議した。
「じゃあ、あれか!? 私は、『
「まあ、要約するとそういうことになるわね」
「冷静に言うなあああああ!!!!」
人生の危機を前に、魔理沙は精一杯の抵抗を続ける。
「ああ、ちなみに、後数分で『
「え、早っ!?」
魔理沙の抵抗は空しく終わった。
3人は永遠亭の庭に出る。
ゴォォォォォォォォォォォォォォォ……
異様な音と共に永遠亭上空に現れた巨大な鮫は、魔理沙をまっすぐ見下ろしていた。
これで人生終了、来世はこんな馬鹿馬鹿しい終わり方をしませんように……
魔理沙は神に祈り、自身の死を受け入れた。
ポッ!
だが、その瞬間状況が一変した。
「『
永琳の目の前には、顔を赤くし目をヒレで隠した巨大な空飛ぶ鮫がいた。
「……これは!」
鈴仙が謎の電波をキャッチした。
「『
「「はぁぁ!?」」
今度は、魔理沙と同時に永琳も困惑した。
「大丈夫。『
人型ですらない人外に好意を向けられた魔理沙は困惑。
永琳もまさか兵器が恋をするとは夢にも思っておらずやはり困惑。
1人、鈴仙だけはこの状況に順応している。
「ラブが全てを解決したのよー!」
「「そうかー、ラブかー」」
そして、普通の魔法使いと月の最終兵器の壮大なラブロマンスが始まるのだが、それはまた別のお話。