獣を狩れ、ゴブリンもまた然り   作:YSHS

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 最近、夢の使者たちが、はたらく細胞の血小板みたいな幼女たちに見えます。


小鬼狩りの夕、獣狩りの夜:後編

【0】

 俺がガスコイン神父へトドメを刺すと、彼は苦しみだしたのち、獣へと変貌したその巨体が地面に倒れ伏した。そして驚いたことにその身体は、溶けるように縮んでゆき、毛も抜け、骨格も人間に近づいていった。

 

 最終的にいくらか毛や獣の骨格、あと俺が負わせた傷を残し、ガスコインは元の人間の姿へ戻って呻いていた。

 

 慌てて俺は彼のそばへ行き屈み込んで、

 

 「おい、お前、大丈夫か」

 

 と声を掛けた。

 

 「ああ……、申し訳ない、とんだ迷惑を掛けてしまったようだ。だが、獣どもが……、あの獣どもが家内に群がり貪り喰っているところを見たら、もう私の中の理性が激情によって流されてしまったんだ。いや、思えばここ最近、獣へ向けて振るう斧がやけに軽く、奴らの肉を切り裂く感覚が……、ああ駄目だ、まだ私の中の獣は治まっていないようだ。君、本当に済まない……」

 

 「いや、いいんだ。お前の娘さんにも頼まれたことだ」

 

 実際には連れ戻してほしいとのことだったが、おかしくなっていたら元に戻してほしいとも言われていたので、間違ってはいないだろう。

 

 「やはり、あのオルゴールの()は、君が出していたのか」

 

 俺は黙って小さなオルゴールを出した。

 

 「ははは、そうか……。良かったよ、獣になってもその曲を忘れなかったことは僥倖だった……。君、頼む、そのオルゴールを鳴らしてくれまいか」

 

 ゼンマイを巻き、曲を流して、それを彼のそばに置く。

 

 「そう、そうだ、この曲だ。懐かしい……。この曲が私と彼女を引き合わせてくれたんだ。ああ、ヴィオラ、すまない、君を守れなかった……」

 

 ガスコインは目元を隠していた包帯に血の涙を滲ませて、すぐに手でそこを覆って嗚咽を漏らした。

 

 「君はなかなか腕のある狩人のようだ。それに優しい人間だ。そんな君を見込んで、不躾だとは分かっているが、頼みがある。どうか私の娘を……、君にそのオルゴールを渡した女の子を、守ってやってくれ!……」

 

 俺の腕を掴み、苦しそうに懇願する彼を前に、俺は黙って頷いた。

 

 「重ね重ねすまない……、そしてありがとう……。お礼は出来ないが、よろしく頼むよ。……すまない、ヴィオラ」

 

 その言葉を最後にガスコインは事切れた。

 

 彼が持っていた鍵を拾ってそこから離れた。後ずさりながら離れると、突然彼の肉体が激しくわななき出し、その果てに激しく四散し、血の雨を降らせ、後には霞と、虚しく鳴り響く小さなオルゴールが取り残された

 

【1】

 洞窟への侵攻を開始。

 

 先を歩くのはゴブリンスレイヤーである。彼の後ろで狩人は、左手に持った獣狩りの散弾銃をいつでも撃てるようにしながら続いている。この狭い洞窟内ではこの散弾銃は有効であるはずだ。

 

 それと右手の獣狩りの曲刀は、折り畳んだ状態でなら狭い洞窟でも十分振るえる。また、その刃にはノコギリ鉈のようなノコギリ歯は無いものの、しかし歯が敵の肉に食い込んで動きが遅れるリスクも無い。獣やゴブリンに立て続けに相対することを想定しての武装と言えよう。

 

 「三つ」

 

 松明の光が届かない先に潜んでいたゴブリンを、ゴブリンスレイヤーは敏感に察知し、即座に突撃して見事に相手の喉を刺し貫いた。

 

 その後更に進んでいくと、

 

 「トーテムを発見」

 

 立てた棒の先に動物などの骨を括りつけ、模様のある布や装飾品で飾られたこれは、ゴブリン・シャーマンが居ることの証。奴らは多数のゴブリンを従え、知能は幾分高く、罠を張ることもある。

 

 ここに来るまでにも、いくつか罠はあった。ところがそれらの罠は皆、人間を掛けるにしてはあまりにも大げさで、しかも既に作動して意味を為さなくなっていた。

 

 「四、五、六、七」

 

 時折居るゴブリンを次々と始末しながら進んでいく。そうして奥に進んでいくほどに、濃くなっていく血の臭い、及び生臭い臭い。加えて洞窟の肌に散見される血。地面を歩く血の跡。

 

 前方より、いきり立ったゴブリンたちの声。反応して、ゴブリンスレイヤーは横にずれ、狩人は散弾銃を発射した。

 

 「四匹追加、これで十一」

 

 散弾を受け地面に頽れて、即座に死ねなかった痛みに呻くゴブリンたちにトドメを刺しながら、狩人が告げる。

 

 ここに来るまでのゴブリンは、どれもこれもあまり調子が良くないように見受けられた。見るからに疲れた様子で奥から歩いてきて、二人を見つけると絶望したような声を上げる。攻撃的な姿勢はするも、しかしそれはどちらかというと威嚇に近いもので、消極的にも映る。

 

 やがて二人の耳に、ゴブリンたちが呻く声が届いてくる。どうやら最奥が近いらしい。これに伴って臭いはよりきつく、壁面に付着した血はより濃くなる。

 

 同時に死体も見つけた。ゴブリンの死体と、何やら毛むくじゃらの死体である。

 

 ゴブリンのほうは、洞窟に至る前に見つけたゴブリンの死骸と――いくらか損傷は薄いが――似た状態のものであった。そしてもう片方は、人型の死体であった。どちらも、洞窟内の道の隅に寄せられていた。片付けるのが億劫であるみたいに。

 

 「……『獣』だ」

 

 屈みこんで、その毛むくじゃらの人型の死体を調べて、獣の狩人は断定した。

 

 服を着ている。身体じゅうゴワゴワした毛に覆われていて、骨格は猿のようでも犬のようでもある。顔には包帯やボロ切れを巻いている。口には牙が確認された。それと瞳は蕩け、形を保っていない。

 

 「……俺が居た所ヤーナムでは、人がこのように獣へと変貌する風土病があった。激しい情動によって、人の内にある『獣性』が喚起され、これがとある力によって表出してしまう病……。あの街ではその病のことを――『獣の病』と呼んでいた」

 

 という狩人の説明に対し、

 

 「そうか」

 

 とだけゴブリンスレイヤーは応え、死体を照らしていた松明を前方に向け、歩き出した。その素気ない態度に狩人は、これといって気分を悪くした様子もなく、黙って立ち上がり追従した。

 

 洞窟の最奥のやや広い空間をゴブリンスレイヤーは覗く。その際、彼は特段姿を隠すようなことはせず、堂々とその空間に向かって松明の灯りをかざした。

 

 「よく見えないな」

 

 彼の横を抜けて狩人は一歩前に出る。そうして、何かの液体を湛え口に布を詰めた瓶をおもむろに取り出し、ゴブリンスレイヤーの持つ松明の火を使い、瓶口からはみ出している布に火を点けるや、すぐさま前に放った。

 

 瓶は空間の中央辺りに落ちて割れた。直後、飛び散るその可燃性の液体に乗って激しい炎が起こり、情緒的に揺らめく熱い光が空間内を照らしたのである。

 

 中に居たゴブリンどもは泡を喰い、その隙に場は一気に制圧された。

 

 「十七」

 

 最後のゴブリンを仕留めたゴブリンスレイヤーの言葉を以って、この洞窟のゴブリンの掃討は完了とした。

 

 厳密に言えば、死んだふりを決め込む個体や隠れている個体が居るかどうかを確認し、そのあとでゴブリンの子供を見つけて始末することで、ようやく確保となる。

 

 「シャーマンは負傷して虫の息だったようだ」

 

 報告するように言いながら、ゴブリンスレイヤーは、奥のほうで負傷に苛まれ呻き声を上げていたゴブリン・シャーマンにトドメを刺した。そのまま、幼ゴブリンが居るであろう更に奥へ彼は踏み込んでいった。直後に響いてくる、幼くも耳障りな金切声を聞き流しながら狩人は、件の攫われた女たちの保護をする。

 

 隅のほうでぐったりと蹲っていた彼女らは初め、ゴブリンたちから受けた辱めに放心して反応が薄かった。けれど、

 

 「もう大丈夫だ。家に帰ろう」

 

 出来るだけ優しげに狩人が声を掛けてやると、内何人かは、はらはらと涙を流したり、泣きながら喜びの情を溢れさせた。

 

 水が入った革袋を彼女らにいくつか渡して、狩人は辺りに目を配った。

 

 負傷し死んでいたのはシャーマンのみではなかった。十匹前後のゴブリンと一匹のホブゴブリンと、それと『獣』に変態した人間の死骸が、ゴミみたいに隅のほうで無造作に積み上げられていた。

 

 「分かり切っていたことだったが、どうやらお前の言う『獣』とやらとゴブリンはいがみ合う関係のようだ。ややもすると、ゴブリンとは最悪に相性が悪いかも分からない」

 

 幼ゴブリンの“処理”を終えて出てきたゴブリンスレイヤーが、低く声を落としながら言った。

 

 「その通りだろうな。奴らはゴブリンと同じで、主に夜に活動する。同じ『獣』に対してはあまり攻撃しないが、基本的に無差別に攻撃してくる」

 

 「たしか、激しい情動が要因になるとも言っていたな」

 

 「そうだな」

 

 相槌を打ちながら狩人は、服をゴブリンに剥かれて裸であった女たちに、使者から受け取った毛布を渡してくるませた。

 

 「それはまさしく厄介だな。ゴブリンによって激情し『獣』とやらに変化されては、事態は更にややこしくなる」

 

 「それは前線で仲間の死を目の当たりにした冒険者も同じだな。戦力も人民も失うばかりか、敵にもなる。前門の虎、後門の狼と言ったところか」

 

 ところで――と狩人は切り出す。そう言うことで言外に話しを変えるよう促している。

 

 「もうやることや確認することがないのならもう洞窟を出るが、それにあたって俺が先導をし、お前には殿を頼みたい」

 

 「解った」

 

 了解してゴブリンスレイヤーは、狩人に松明を寄越した。

 

 「お前はいいのか」

 

 「注意深く音を聞いて入れば接近は分かる。縦しんば生き残りのゴブリンが居たとしても、灯りを持っていないほうが却って奴らは油断する」

 

 「そうか」

 

 あっさりと狩人は、ゴブリンスレイヤーの考えに納得した。

 

 狩人はもう一度彼女らを見た。少なくとも洞窟を出るだけの気力と体力はありそうである。

 

 身体の状態や様子から、彼女らはいずれもゴブリン繁殖のための孕み袋として連れてこられたことが窺える。先ほどゴブリンスレイヤーが“処理”した幼ゴブリンを産まされた者も、中には居るはずだ。暴行の痕もあるが、孕み袋として機能出来る程度には容赦されていたようである。

 

 ただ、孕み袋は三、四人で事足りるはずなのに、この女たちは十人くらいは居る。ゴブリンどもはどうしてこんなにも女を必要としたのか。

 

 考えるまでもないとして、小首を振って狩人は洞窟からの撤収を始める。

 

 洞窟から出るまでの間には、問題は起きなかった。彼女らの歩みに合わせた分だけ移動は遅くなったが、気にすることではない。

 

 外に出ると、まだ完全に暗くはなっていなかった。西に見える山の裏からは、まだ辛うじて太陽の光が見える。それでも、少し離れた所にある物を見るとなると、夜の影によってその際部を認識出来ないくらいには暗いが。

 

 狩人は女たちが気掛かりだった。何日間も凌辱と暴行を受けて身も心も衰弱した彼女らだ。歩くことは出来るのは不幸中の幸いだったけれども、それでもやはり動かす足は重たげで、普通の感覚なら長い道を歩かせるのは憚られる。

 

 「急ごう」

 

 しかし彼としては出来るだけ早くここから離れたかった。暗い中で衰弱した女性を何人も抱えた状態で留まる危険のこともあるが、何よりも『獣』のことを危惧してのことだ。

 

 彼の予想が正しければ、おそらく彼奴等は今夜にでもこの洞窟に襲撃を掛ける。それでは困る。彼女らと、今夜この洞窟に来る『獣』を逢わせるはまずいのだ。

 

 狩人はゴブリンスレイヤーに、

 

 「これを持っておけ」

 

 と、持っていた獣狩りの曲刀を差し出した。

 

 「お前の武器はどうする」

 

 受け取りながらゴブリンスレイヤーは尋ねた。

 

 「問題ない、予備がある」

 

 と言って狩人は、随行する使者から一本の戦斧を受け取った。

 

 いたく重量感のある斧である。穂先に鋭い鋲が付いており、薄汚れた布を巻いたその柄は太い。狩人は片手で軽々と持っているが、それは片手で扱うには重そうであった。

 

 おもむろに狩人は両手を柄に添え、そして一気に引っ張る。それによりたちまち斧は槍程の長さの斧槍(ハルバード)へと変貌した。伸びたそれは間合いを広げるにとどまらず、柄が長くなったことによって威力は増大し、また穂先にある鋭い鋲により槍としても扱える。

 

 これぞ工房の仕掛け武器の一つ、獣狩りの斧である。

 

 「行くぞ」

 

 獣狩りの斧を縮め元に戻した狩人は、一声掛けて歩き出した。

 

 これから村へ戻る道すがら、狩人は注意深く周囲に目を配った。もし、松明を持った者、持っていなくとも人影の群れが練り歩いているのが見えたら、可能な限りそれらを避けるためである。

 

 「あ、あの……」

 

 と、不意に狩人の後ろから、少女が声を掛けてきた。

 

 「あの、あ、ありがとう……ございます……、冒険者さん……」

 

 狩人が振り向くと、出し抜けに彼女は述べた。

 

 「どういたしまして」

 

 そう一言だけ、けれども柔らかく返答した。

 

 彼女は、女たちの中で一番気丈なようであった。狩人が彼女らに救助の旨を伝えた時、最初に喜びの情を見せたのは彼女であった。

 

 「あの炎って、魔法ですか? 凄い、ですよね、魔法って」

 

 狩人の横に並ぶと彼女は、ひり出したような微笑を浮かべながら、つっかえつつもそんな取り留めのない話をし出す。能天気だからではなく、とにかく明るく振る舞うことで、絶望を糊塗しようとしているのであろう。

 

 「いや、魔法じゃない。あれは燃える液体が入った瓶の口に布を詰め、それに着火して投げた、それだけだ」

 

 狩人はその話に付き合うことにした。

 

 「へ、へえ、そんなのが、あるんですね……。冒険者って、凄いなぁ……。その炎の瓶ってやつを投げた後だって、こう、シュババババって……、その、カッコイイ……でした」

 

 えへへ、と、丸めた手で自分の顔を撫でながら少女は照れ臭そうな笑いをしてみせた。俯かないで、敢えて見せようとするように、顔を狩人のほうへ向けながら。

 

 

 「私、冒険者になろっかなって、思ったりして。それで、私に、冒険者のことをご教授してもらえたらなぁ……なんて」

 

 商人みたいに手を擦り合わせる仕草をしながら彼女は言った。

 

 「……そろそろ着くぞ」

 

 狩人は、彼女がいかな思いでそんなことを言い出したのかを大体悟って、何も言えず話を逸らした。

 

 そろそろ村に着くというのは本当であった。遠くのほうで明かりが見える。松明か何かを焚いて灯りを作っている、つまりそこに村があるということだ。

 

 しかし何かがおかしかった。妙な胸騒ぎがする。

 

 「今、何か声が聞こえなかったか」

 

 ある程度近づいたところでゴブリンスレイヤーが言った。勿論狩人の耳にも、やはり人の声と思しきものが聞こえた。

 

 だが、村から結構離れているはずなのに、人の声が聞こえてくるのはおかしい。

 

 「行ってみよう。君たちはここで待っていろ」

 

 ゴブリンスレイヤーに声を掛け、女たちにその場に留まるように言い含めて狩人は走り出した。

 

 走り、村に近づくに連れ、聞こえてきた声は気のせいではなかったと確信した。その声はやがて大きくなってきて、村に入る頃には喧騒として聞こえてきた。

 

 村の人々は皆家の外に出て、何かに怯え、武器を向けている。

 

 それは――

 

 「獣だ」

 

 人型で、服を着ているそれは一見して見分けがつかないが、毛深く、体格や骨格は明らかに常人からかけ離れている。

 

 出ていけ、出ていけ、と村人は口々に獣へ向かって叫ぶ。手に持った松明を振り、空を切る音を立てて武器を振る様を見せて威嚇している。

 

 獣どもはそれらに対し、吼えるように何か毒づいている。その様子は困惑しているようにも、或いは落胆しているか、悲嘆しているようにも見える。

 

 「ああっ、そんな!……」

 

 後ろから女たちの声が聞こえてきた。自分たちの住む村から漂うただならぬ雰囲気を察し、狩人の指示を無視して駆けつけてきたのだ。

 

 呆然とする女たちの中、一人の少女、ここに着く前に狩人に話し掛けてきたあの少女が、

 

 「お父さん、お母さん!」

 

 と声を上げて飛び込んでいった。

 

 それを狩人が腕を掴んだが、彼が思った以上に少女は強い力を出していて、また怪我をさせないように配慮して弱めに掴んでいたために、すぐに振り解かれて逃げられてしまった。

 

 急ぎ追い掛けようとしたのだが、その最中に脇を通り掛かった獣に危うくスキで串刺しにされそうになって、そのまま阻まれてしまった。

 

 獣は狩人に向かって踏み込み、スキを突き出した。が、狩人は獣狩りの斧でこれを弾き、即相手の頭へ一撃叩き込むと、さっさと少女の後を追う。

 

 その道中狩人が何体もの獣を瞬時にして屠りながら捜していくと、ちょうどあの少女が一軒の家に入っていくところを見つけた。

 

 まっすぐその家を目指し駆けてゆき、突入する。そこでは件の少女が、部屋の隅っこに追い詰められた女の前で両手を広げながら、何かを睨みつけていた。

 

 彼女の視線を追うと、その先には一匹の『獣』が居た。そいつは突き飛ばされ転倒した状態から立ち直ったようで、少女のほうを見ると牙を剥きグルグルと唸った。

 

 咄嗟に狩人が銃を構えるも、彼女らに当たることを危惧して発砲出来なかった。散弾銃であることが仇となったのだ。

 

 しかしその一瞬の躊躇の間にも獣は容赦なく彼女へ飛び掛かる。そこへ狩人は咄嗟に飛び込み、獣に組み付いた。壁に激突し、獣と揉み合う。だが人間と獣の腕力の差は大きく、獣は狩人の手を振りほどくと、彼の首筋に牙を突き立てた。

 

 血飛沫が床に散乱した。狩人の肉を食い千切らんと獣が首を左右に動かし、その激痛に狩人がもがく度に血はどんどん溢れ飛び散っていく。その血生臭い光景に、少女と女から悲鳴が上がる。

 

 無我夢中で狩人は手を振り回した。その中で彼は、自分が取り落としていた獣狩りの斧を再度掴むことが出来た。それに血路を見出し、活力が一瞬だけ戻った。

 

 狩人は、肉が食い千切られないように獣の頭へ腕を回し押さえ付けると、もう片方の手に持った斧の槍部を相手の脇へ突き込んだ。獣が絶叫しようと顎の力が緩んだところで、もう一突き、更に一突き。

 

 体勢を逆転させ、馬乗りになって何度も何度も突き刺す。

 

 何度か刺したところで狩人は首筋の痛みを思い出し、獣の上からどき、地面に膝を突いて呻いた。血が抜け、痛みに朦朧する意識の中で、幸いにも本能的に輸血液を取り出し自分へ注入することが出来た。

 

 その後、手を突いて、荒い呼吸に肩を繰り返し、肩を上下させる。心臓はバクバクと跳ね続けている。それに伴って傷口から血が溢れ出るが、輸血液の効果で徐々に傷は塞がってゆき、出血は沈静していく。

 

 そこへ、

 

 「平気か」

 

 いつの間にか現れたゴブリンスレイヤーが声を掛けた。

 

 「他の獣は……」

 

 「全て片付けた」

 

 彼の鎧じゅう、及び手にしている獣狩りの曲刀には、べっとりと赤黒い血が付いていた。

 

 差し出された手を握り狩人は立ち上がった。そしてふと床を見ると、獣と組み合った際にでもこぼれたのか、自分の荷物の一部が床にばらけていた。

 

 「ごめんなさい、冒険者さん。あの、私……」

 

 と謝罪をする件の少女に向かって、狩人は手のひらを突き出し、制止した。

 

 「別にいい」

 

 流石に狩人も、獣と激しく争った興奮から、彼女を慮ったような優しい言葉は出せなかった。彼女もそれで、ますます罪悪感を募らせて俯いた。

 

 しかし、悪いことはそれだけではなかった。

 

 「あなた?……」

 

 少女が守ろうとしてた女性が、たった今狩人が仕留めた獣の前で跪き、呆然とそれ見下ろしていた。

 

 よく見たら、狩人とゴブリンスレイヤーがゴブリン討伐に出発する前に、娘と夫を助けてほしいと言ってきたあの女であった。

 

 「母さん?……」

 

 怪訝な面持ちで少女は、母と呼んだ女性へおずおずと声を掛けた。

 

 「ああ、ああっ、そんなッ、そんなッ!……。ごめんなさいっ、ごめんなさい、あなたっ!……」

 

 突如として取り乱し獣に向かって謝り出す母親を見て、須臾にして少女は状況を悟り出した。

 

 「え……、お、お父さん?……。待って、そんな……。まさか、そんなことって!……」

 

 それを境に、外のほうから、またもや人々の叫び声が聞こえてくる。悲しみの叫び声だ。そして聞こえてくる声は、どれもこれも人の名前と、その人らへの謝罪や釈明の言葉であった。

 

 ――貴公は獣など狩っていない。あれは……やはり人だよ。貴公もいつか思い知る……。

 

 獣狩りの狩人の脳裏に、かつてヤーナムの旧市街で出会った男の言葉が過った。

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