あと今更だけど、女魔術師じゃなくて女魔法使いの間違いでした。でも修正するのが面倒くさいので放置します。
【1】
日が沈み切り、灯り無しではほとんど何も見えない森の中。獣の狩人と羽帽子は、松明を手にそこに居た。
「急所には当てるなよ、ホブとは言え水銀弾はひとたまりもないからな」
獣の狩人は、ホブと呼ばれる巨躯のゴブリンを前にして、それから目を離しながら、同行していた羽帽子に指示した。
「解りました」
神妙な顔で羽帽子は承知した。左手の松明を前方にかざしながら、右手の仕掛け武器レイテルパラッシュを握りしめた。
剣に銃が付いた物、というよりは、剣の柄の形をした銃に剣身を装着した形態のそれは、変形前は間合いに優れたレイピアとして扱える。鍔辺りから飛び出たレバーを操作することで、剣身が引っ込み銃身が前に出、射撃形態へと変形する。
ホブは焦っていた。このホブは、謂わば流れという個体であった。元々はゴブリン・シャーマンが率いていた群に居たのだが、そこが冒険者に襲撃されてしまい、自分を除き全滅してしまった。
自身は人質を取ってどうにか逃げおおせることが出来たが、生き長らえた喜びはすぐさま引っ込み、自分をこんな酷い目に遭わせた冒険者への憎悪が取って代わった。
そのままにホブは遮二無二に略奪を繰り返し、生き続け、現在では五十ものゴブリンを率いる長となった。目指すは、自分を追い詰めてくれたあの冒険者への復讐。性別が雄であること以外にはもう顔すらも覚えていないが、だが群の規模を膨らませ続け、人間どもを襲い続けていれば、いつかはその冒険者、もしくは類縁に辿り着くだろう。ただそのためだけに、このホブは甲斐なき邁進をしてきた。
その結果がこれである。
今夜は、ついに女を捕まえることにした。そのために、こうして人間の活動が弱まる夜に、何体かのゴブリンを差し向けて女を攫い、追い掛けてくる奴がいたらホブが立ちはだかるという算段であった。
冒険者が村を訪れているのは、ホブらは斥候を通して知っていた。あわよくば、攫った女を餌に相手をおびき寄せ、一網打尽にしてやるつもりであった。
ところが、追い掛けてきた二人の冒険者、獣の狩人と羽帽子は、ホブがシャーマンを真似て仕掛けさせた罠をことごとく回避し、追い付いてきたのである。狩人は、蛇のように湾曲した剣を、弓状に変形させると、娘を攫う役のゴブリンたちを須臾にして射ころしたのだ。
これにホブが泡を喰っている内に、冒険者二人――獣の狩人と羽帽子の女はホブに追い付いたのである。咄嗟にホブは、攫った女を盾にしようとしたが、狩人によって妨害され、女も確保されてしまった。
そうして狩人は、一緒に居た羽帽子を前に出したのであった。
「その羽帽子の女を倒せたら、今夜のところは見逃してやる。彼女に息が残ってたなら、その後性奴隷にするなり何なり好きにしていい。尤も、下等なゴブリンには何言ってるのかさっぱりだろうがな」
ホブは、狩人のその物言いに腸が煮えくり返った。見逃してやるなどと、さも格下を相手にでもするかのような上から目線な台詞。独り言みたいに抑揚のない話し方に、ゴブリンが人の言語は解らないことをいいことに侮りを明け透けにした態度。
如何にも、相手をごく自然に馬鹿にしているのだということが、一番許せなかったのだ。
ホブは空に向かってあらん限りの力で吼えた。その凄まじい叫びは森を飛び出して、夜空に染み渡っていくようだった。
「ふむ……」
悠然と腕を組んで佇んでいた狩人は、ホブがこちらの言葉を理解していることを悟ると、感心したように顎に手を当ててホブを見つめた。
「どうやらこいつは通常のホブよりも強いらしい、気を抜くな」
「はい、先生」
右手に持ったレイテルパラッシュを構えながら、羽帽子は敵を見据えたまま小さく頷いた。
その直後に、ホブは睨み合いの間すら挟まずに羽帽子に飛び掛かった。そこから棍棒による力任せな大振りの攻撃繰り出される。周囲を木々に囲まれていることも考えに入っていない。
その薙ぎを潜り抜ける動きで、羽帽子は横に、棍棒に向かうようにステップ。彼女の帽子の羽を掠めて棍棒は空を切った。
ホブは折り返し二撃目を振るった。無造作に避けられたのが業腹だったのか、それには更に力が籠ったものとなった。
「そこだ」
そっと狩人が呟くのと同時に、羽帽子がゴブリンに向けて発砲した。硬く冷たい破裂音と共に発射された水銀の弾丸は、ホブの脂肪で覆われた分厚い腹に容赦なく食い進む。これに堪らずホブは、棍棒を振り抜きながら膝を突いた。
他方で羽帽子も、その棍棒の不規則な軌道を読み損ね、まともに喰らってしまい、吹き飛ばされてしまった。いくら勢いが減衰しているとはいえ、人間には恐ろしい威力のはずであり、普通なら立つこともままならない。これに対してホブは、しめたと思ったことだろう。
が、地面に投げ出された羽帽子のその眼には、なおも生命の力が壮烈に燃えていた。
彼女は素早く立ち上がると、たった今強烈な一撃を受けたとはとても思えない動きで、未だ体勢を立て直し切っていないホブへ喰らい付くように肉薄し、力を溜めるように腕を背後にまで引っ込めて、獣の手腕を模したその手を構えた。
瞬く間に状況が覆ったことにホブが惑う間も置かず、羽帽子は構えた手を――爪を打ち出した。爪はホブの腹に容易くうずめられた。ホブの体内で爪は、中のモノを引っ掴むと、力いっぱいにこれを抉り出した。
致命的な量の血飛沫がそこから跳び出し、羽帽子の全身を包んだ。これを心地良さげに彼女は浴びる。温かな血液の、むせ返るような鉄の匂いに巻かれながら彼女は恍惚とした息を吐く。奪った血の匂いを堪能しながらの、やり返してやったことへの快哉が、彼女の生命力を引っ張り上げてくれる。
「その感覚を忘れるな。技術を磨くタイプのお前にとって、内臓攻撃は重要な攻撃手段だ。殺傷能力の低さを補うために、積極的にその技を狙え。相打ちをためらうな。敵の体勢を崩して、隙さえ作りさえすればこっちのものだ。今お前がやっているように、内臓攻撃での『リゲイン』が出来る。転倒した際に、相手から離れるか、逆に肉薄するかはしっかり判断しろ」
「はい、先生……」
狩人の泰然自若とした語りに、熱に浮かされたまま返事をする羽帽子。その二人の様子を、気息奄々の意識の中でホブは、愚鈍ながらも最期の最期で悟った。
畢竟、このホブはこの二人の的にされる運命にあったのだ。自らの子に狩りを教えようとする獣から狙いを付けられた獲物と同様に。
ホブはそう悟ったのだ。
だがそれだけだ。次いでホブは、こんな運命を定めた何らかの存在への呪詛を綴ることになる、さながら人間が天災を神のせいにするみたいに。
ゴブリンは後悔も反省もしない。たとえ因果応報の事柄であったとしても、何かを怨まずにはいられない、そんな性。他者を妬むばかりで自分から何かを創り出そうともしない、それがゴブリンだ。
だからホブは性懲りもなく、立ち上がって羽帽子へ性懲りもなく飛び掛かる。そして、これを読んでいた、どころか誘っていた彼女によって頸を真一文字に切り裂かれ、今度こそ絶命したのであった。
【2】
「お前の言った通り、罠が仕掛けられていた。で、その罠を辿ったら巣を発見出来た」
「よし」
狩人からの報告に、ゴブリンスレイヤーはそう返した。
「トーテムは」
「いや無かった。おそらくだが――」
「ならおそらく、彼女が仕留めたホブは、
「これで奴らも、しばらく巣の中から動けんだろう。リーダーを失ったゴブリンたちを、後はどう片付けるかだが。本当なら、立てる音は羽帽子の銃声一発分のはずだったが、あのホブが激昂して叫ぶのは想定外だった。すまないな、ホブをあいつのサンドバックにするために無理を言って」
「ゴブリン退治にアクシデントは付き物だ、進化しかけのホブを早めに仕留められただけでも御の字だろう」
と、ここで、
「本当に、何とお礼を申し上げてよいやら」
代表者の男が声を掛けてくる。
「攫われそうになった村の娘子を取り戻していただいたばかりでなく、あの大柄なゴブリンをも倒したと聞いて、皆喜んでおります。本当に、感謝に堪えません」
「どういたしまして」
狩人は男に向き直り、とりあえずそう言っておく。男との話を長引かせたくなかったからである。
「あの攫われた娘も、初めあんな失礼な態度を取ったのにも拘わらず、助けていただき……」
「ああそうか」
話を長引かせる男に、面倒くさそうに狩人は相槌を打ちながら聞き流す。
攫われた娘が初めやらかした失礼な態度というのは、つい昨日の事。一党がこの村で思いがけず再会した女格闘家が、その娘と何やら言い争っていたことに端を発する。
主に罵倒しているのは娘のほうだった。その内容がまた酷いもので、女格闘家が冒険者稼業初日でゴブリン相手にしてやられたこと、その後ゴブリンどもに慰み者にされたことを大げさに、それも――詳らかにするのは控えるが――出来るだけ女格闘家が傷付くような物言いで嫌味に言っていたのである。
当然、居合わせた女神官は見かねて、而して女魔術師は自分が言われたように感じて気分を害し、そこへ割って入ったのである。言い争いは輪を掛けて白熱し、ついに近くに居たゴブリンスレイヤーと獣の狩人にまで飛び火することになったのである。
無論、内容は下品なものである。
娘は、それ以前に女格闘家と話す一党を見ていて、女神官と女魔術師がかつて女格闘家と一緒に冒険をしたであろうことを目敏く看取していたらしく、これを種に三人ともがいずれもゴブリンに辱められたこと前提で、ゴブリンスレイヤーや獣の狩人にすり寄っているのではないかと息巻いたのである。
これには女神官も開いた口が塞がらなく、女魔術師はブチ切れて、事態は更に泥沼となり、さては、獣の狩人を侮辱されたことでいきり立った羽帽子がそこへ突撃を果たし、それからは、何とも見応えのあるキャットファイトが展開されたのであった。
放任主義気味なゴブリンスレイヤーと獣の狩人はこれを傍観。それまで、少女同士のドロドロとした諍いに尻込みしていた村人らは、監督役でもあるはずの二人が放置を決め込むと見るや、腹を括って彼女らの制止に入った。
村の大人たちも、面倒事に対していつも及び腰であるわけではなく、流石にこのような事態となったら大人としての威厳を発揮し、どうにか彼女らを止めることに成功したのであった。
とは言え、その後、一番暴れん坊であった狂犬こと羽帽子の抑制は、落ち着きを取り戻した女魔術師がすることになったのだが。
これが、攫われた娘が働いたという無礼であった。代表者の男がやけに負い目を感じているように接してくるのもこのためだ。(ゴブリンスレイヤーと獣の狩人の監督怠慢が原因であるのでお互い様だが)
――恋と復讐に於いて、女は男よりも野蛮である。
という文句が狩人の頭の中に浮かんだ。ドイツの哲学者の言葉だ。
その哲学者の言う通り、男にとって女の思考には――逆もまた然りだが――理解しかねるところがある。あの娘が女格闘家に絡んだのも、而してそれが男陣にまで波及したのも、およそ男には無い価値観によって起こった事である。
あの娘が全体どういった心情でそんな言動を取ったのか、牽強付会ながらも敢えて推量していくと、やはり異物に対する拒絶だとか、或いは女の覇権争いのようなものなのだと思われる。
ゴブリンに傷物にされた女、それに因って活力を失った女。事実で言えばこれは村の厄介者である。
男たちの中には、そんな彼女を見て同情――もとい腫れ物扱いをする者も居れば、邪推したり下卑た欲望の対象に定めたりする者も居る。
女たちは、同情――或いは優越感のための比較対象として見るか、異物と化したその女を排除に掛かるかするだろう。(男女逆でも大同小異)
殊に、いつ死ぬかも分からず、また女が完全な独力で生きていくのが困難なこのご時世では、女も男とは別の闘いを繰り広げている。例えば、余裕の無い女が、器量の良い女を見た時、きっと脅威に感じることだろう。そしてその器量良しが何らかの問題――手籠めにされるなど――を抱えら、どうするか。
無論、そこにも色々な女が居る。恵まれた精神を内に宿す女なら、少なくとも虐げる真似はしない。が、恵まれない者であれば、ここぞとばかりにその女に追い打ちを仕掛けに行く。
あの娘がむざむざゴブリンに攫われたのも、女格闘家と敵対して意地を張ったばかりにそうなった。個人同士の諍いは、時として人から危機感を奪い、愚かな行動をさせるものだ。
「ところで、あいつらは……」
と尋ねるように狩人は、周囲を見回して意識を向けた。そうしてすぐに、羽帽子、女魔術師、女神官それと女武闘家を見つけ、
「あそこか」
彼女らは何やら談笑していた。
「いやあ、思い上がったホブぶっ殺すのは、もう気が狂うほど気持ち良いぞい!」
と、目下思い上がっている羽帽子が高笑いをした。
これの頭を、即座に女魔術師がはたいた。
「痛ぁ!」
「調子に乗らない」
これに女武闘家と女神官は苦笑を浮かべた。
「あなたも、あまりこの子を褒め過ぎないでちょうだい」
「まあでも、事実だし、ね。……私じゃ出来なかった」
女武闘家は、浮かべた微笑を僅かに強張らせながら結んだ。外面では立ち直ったように振る舞っている彼女であったが、時折このように表情に影を落とすことがある。
ホブに挑んだのは女武闘家も同じであった。しかし彼女は敗北した。放った蹴り足を捕まれ、捻転された。そうして行動不能になった彼女を、ゴブリンたちは痛めつけただけでは飽き足らず、彼女の衣服を破き去るとよってたかって凌辱した。
たかがゴブリン。子供程度の腕力と浅知恵しか持ち得ない、力自慢の村人にすら負ける、最弱の
人としての、女としての権利を踏みにじられ、ゴブリン以下の烙印を押されたのである。
彼女の内心で渦巻くそれを敏感に察した女魔術師は、やりづらそうな面相をして、目を泳がせた。先ほどから、どうにも会話が立ち止まって仕方がない。場が重くて仕方がなかった。女神官も同様である。
ただし、羽帽子は別であった。
「出来るんじゃないですか」
頭をはたかれた拍子に落とした帽子を拾い上げ、土埃を払い落として被り直しつつ、あっけらかんと羽帽子の女は言って切った。
女魔術師は、余計なことを、とでも言いたげに目と歯を剥いて羽帽子を睨み付ける。
「まさか、そんな、無理だよ……。だって、弱いんだもん、私。それに……怖いの。怖くて仕様がないの。今だって、またあいつらがやって来て、私を……、私を……」
顔を青ざめさせた女武闘家は、自らを抱き竦めて、ブルブルと震えた。
「あなた、これ以上はやめなさい……」
羽帽子の無神経を、女魔術師は咎めようとするが、羽帽子はまるで耳を貸そうとせず、
「そんなのぶっ殺せばいいじゃないですか! ひと時の恐怖さえ乗り越えてしまえばいいんです。え、それが出来ないって? なら、自分を殺すこと前提で行けばいいじゃないですか。自分を死に追いやる覚悟で、目の前のゴブリンを殺してしまえば、もう脅かされることはないんですから……」
まるで秘密結社の洗脳。ある種の狂気である。亡者が寂しさから生者を道連れにせんとするように、羽帽子もまた、自身の気持ちを理解してくれる仲間を欲しているのかもしれない。
【謝罪】
ゴブリンスレイヤーの世界で、中世から近世特有の女性蔑視的なことを書こうと思ったら、何か陰険な感じになっちゃったの巻。女性の方がいらしたら、申し訳ございません。悪気は無かったんです、……多分。