血に酔った狩人「お前ホモ(サピエンス)かよぉ」(獣化)
新年一発目の激寒ギャグ失礼しましたゾ~。
【0】
「おお、ゴース、或いはゴスム。我らの祈りが聞こえぬか……」
その男は、寝言を言うみたいにボソボソと低い声で何かへ、薄気味悪い祈りを唱えていた。
「お前がミコラーシュか、メンシス学派の」
俺がそう言うと、ミコラーシュはくつくつと笑い出した。
「ロマを倒したのは君かい。お陰で赤い月が見つかってしまったじゃないか……」
ミコラーシュはこちらを振り向いた。その頭には、奇妙な六角中の檻みたいな物が被せられている。ヤハグルで奴の死体が被っていた物と同じだ。
「けど、我らは夢を諦めぬ! 何びとも、我らを捕らえることも、止められもせぬのだ!」
演劇じみた大仰な動作で高らかに語るとミコラーシュは一礼をし、鷹揚な足取りでその場を立ち去ろうとした。
「待て!」
すぐさま俺は追い迫った。奴はゆっくりと歩いていたので、すぐに追いつく。俺は問答無用で仕掛け武器を振りかぶって、奴の背中へ叩き込もうとした。すると奴は、迫り来る俺に悠然と振り返った。そうして何かを手に持ち、これを差し出すように手を伸ばした。その次の瞬間、奴の手から煙のような光と共に数本の触手が飛び出して俺を弾き返したのであった。
起き上がって即座に顔を上げたが、その時既にミコラーシュは消えていた。どこへ逃げたのかと、急ぎ奥へ走った。だが、奴を逃がすまいと焦ったために慎重さを欠いていた。
角を曲がってすぐの所に奴は居た。その時奴は、両手に何かを持ちそれを頭上に掲げていた。その掲げている物を中心に、宇宙の光景があった。やがてこれが消えると、後には無数の小さな輝く星が残された。
はっと嫌な予感がして構えた。次の瞬間、その星々は俺目掛けて流星のように飛んできた。咄嗟に前に向かって避けたが、追尾してくるそれらをよけきることは出来ず、俺のどてっぱらが抉られた。
けれど俺は、焦ってはいたが、同時に奴を逃がすまいという執念も持っていた。だから痛みを堪えて素早く飛び立ち上がり、奴へ一太刀加えてやることが出来た。
武器の刃が奴の胴体を斬り裂き、手に小さな手応えを感じた。その傷口は深く、ぱっくり割れていて、見るからに致命傷であった。次に、そんな深手を与えて、その手応えの小ささに違和感を覚えた。
奴が背中から地面に倒れると、その身は蜃気楼のような歪みを纏い、跡形もなく消え去った。そしてどこからともなく、嘲りの哄笑が響き渡ってきた。
「アッハッハァ! おお、
弄ばれている……。
どこまでも続く廊下。複雑に折れ、絡み合う通路。ここでの主はミコラーシュなのだ。この悪夢の世界は奴の思うまま。その気になれば、俺をここで永久に彷徨わせることさえも出来るかも分からない。
それでも俺は、前に進もうと思った。前に進めと俺の血が囁いていた。全ては、『青ざめた血』とやらを求めて。これを叶えるために、まずは奴を下し、そしてこの獣狩りの夜を終わらせる。
俺は太腿に注射器を突き立て、輸血液を注入した。注入した血はそこから全身へ回ってゆき、俺に気を与え、朦朧とした意識を奮い立たせた。
それから、夢の使者たちが地面から現れ、一つの盾を俺に差し出した。湖のように青いガラスが被覆された、幾何学模様の装飾がされた工芸の盾。医療教会が神秘の実験の際に、実験者が身を守るために使った、湖の盾と呼ばれる物だ。
ミコラーシュが使ったのは、『エーブリエタースの先触れ』と『彼方への呼びかけ』という秘儀。ヨセフカの診療所に居たあの聖歌隊の女が使っていたモノと同じだった。あれらはいずれも聖歌隊が行った神秘の実験の賜物だと聞いた。なら、その神秘から身を守るこの盾が相手なら、果たしてどうなのか。
「是非確かめさせてもらおうか」
【1】
いよいよゴブリンの一群を討伐するために一党は、ゴブリンの巣へ移動していた。またそこには、自分も戦わせてほしいと志願してきた女武闘家も居た。
「本当に、良かったのですか、またゴブリン退治なんて……」
おずおずとした女神官にこう尋ねられて、女武闘家は、
「分からない。でも、ずっとああして逼塞してもいられないでしょ」
「でも、その脚、まだ調子が悪いのではありませんか」
痛ましそうに女神官は、女武闘家に引き摺られる足を見た。
「ああ、これ?」
と、女武闘家は自嘲する顔をし、
「これ、実はもうとっくに治ってるんだ。本当なら普通に歩けるはずなんだけど……」
「歩ける? じゃあどうして引き摺ってなんかいるの」
と女魔術師が疑問を出し、
「もしかして仮病?」
と羽帽子が率直に訊いて、そして女魔術師に尻を蹴られた。それを見て女武闘家は反応に困ったように笑った。
「何でか分からないけど、鉛でも入れられたみたいに脚が重くて、普段歩く時はこうして引き摺っているんだ。一応、走ったり、蹴りは問題なく出来るのに……」
さもそれが呪われた物であるかのように、憂うような眼、或いは忌まわしそうな眼で、女武闘家は自らの脚を見ていた。
この時代のこの世界にはまだない、所謂心理学と呼ばれる学問で言うなら、ずばりこの症状はフロイトの症例にある『歩けない婦人』が近いだろう。何の異常も無いにも拘わらず、いつも脚が疼痛に苛まれた女エリザベートという女の症例である。
その症状の原因は心の奥底にある葛藤に因るヒステリィ。女武闘家の脚に何の異常も見られない以上、彼女もまたエリザベート嬢のものと同様のものと考えられる。自然、その精神的な原因とは、同郷の青年をあたら死なせてしまった自責の念と、ホブに脚をへし折られたこととなる。
ゴブリンごときに蹂躙され、誰も守れない役立たずな、壊れた脚。だから動かない。
「あまり無理をなさらないほうが……」
そう言う女神官を、女武闘家は睥睨した。息が詰まったように女神官は言葉を止めた。
彼女とて悪気があったわけではなく、気遣ってのことだった。けど、最早ただの重荷となった脚を引き摺らされる女武闘家からすれば、素直に受け入れられる言葉ではなかった。
「分かってるわよ、そんなこと……。でも、あそこでずっとうじうじしては居られないのよ、私は……」
「それって、やっぱあの馬鹿女とか、口さがない人たちに陰でブツブツ言われるからですか。それとも……あなたのお母さんに負い目を感じてるんですか」
羽帽子の言葉に女神官の顔が凍り付く。
「や、やめなさい!……」
と慌てて女魔術師が後ろから羽帽子の口を塞ぐも、
「肩身が狭いから、逃げ出したいんですか」
このように、女魔術師の手から脱して執拗に問うのであった。
「うるさいわねッ!」
女武闘家の堪えはすぐに崩れた。精神的にはまだ不安定であるのに、ここまで堪えられたのはむしろよくやったほうだろう。
「そうよ! 村の奴らはここぞとばかりに私を追い出しに掛かってる、それは事実よ。女は蔑み、男は下卑た眼、厄介払いしたがってる老いぼれ! 皆楽しさに飢えてるから、さぞ私は良い話のネタになるでしょうねッ……。それに……、それに……」
「それに?」
物凄い剣幕の女武闘家を前にして、羽帽子は平然と見返しながら、そのように聞き返した。
「母さん……」
目に涙を浮かべて女武闘家は漏らした。
「お母さんがどうしたんですか」
「私みたいな厄介者が居たら、母さん、あの人と一緒になれない……」
あの人、というのが誰を指しているのかは、おそらくこの場の誰もが知っていることだ。
「あの人って、あなたのお母さんの幼馴染っていう、あの男ですよね」
「……そう。ずっと母さんのことを心から思ってた。でも母さんは、別の人と結婚したの。その人は元冒険者だった。依頼のために村を訪れた時に母さんと出会って、それで結婚した。その二人の間に産まれたのが私。あの人からすれば、私なんて、惚れた女を奪った男の子供でしかないもの。それにゴブリンに凌辱されて冒険者辞めて帰ってきた奴なんか……、もう……、ただの、ゴミでしょ……」
自棄気味に捲し立てていた彼女の言葉は次第に震え出し、途切れ、途切れ、やがて涙を我慢することでいっぱいになって、それっきり何も言えなくなった。女神官と女魔術師も、言葉に詰まっていた。いつも空気を読まない羽帽子は、何を考えているのか、同様に口を噤んでいた。
この場の雰囲気に中てられていないのは、羽帽子を除けば、ゴブリスレイヤーと獣の狩人くらいだろう。
「ここだな」
ゴブリンスレイヤーは洞窟を前にして、委細構わず言った。
「そうだ」
ここへ案内をしてきた獣の狩人は首肯した。
「中には入ったのか」
「少しだけ。それと、ただのほら穴じゃない、注意しろ」
「どういうこと」
横から女魔術師が尋ねる。
「入ってみれば分かる」
言って先導する獣の狩人に、皆続く。前に狩人とゴブリンスレイヤー、間に女魔術師と女神官、最後に女武闘家と羽帽子の順に、入り口を潜って入っていった。
「これは……」
女神官が唖然と呟いた。
「洞窟じゃないわね……、まるで遺跡か何かだわ。でも、どうしてこんな所に……」
あり得ない物を見る眼で女魔術師が言った。
石レンガで出来た床や壁、天井。上の隙間から伸びる木の根が、下に向かって壁を伝っていた。彼女の言う通り、これは洞窟とは言えない、遺跡か何かである。
「おそらく本来は洞窟だ。今見ているこれは……夢や幻か何かだろう」
彼女の疑問に答える狩人は、この遺跡を知っていて、またどうしてこうなっているかは大体分かっていた。が、説明が煩わしいために、答えを曖昧にしていた。
この遺跡はかつて獣の狩人がヤーナムで探索したトゥメルの遺跡と――住み付いているのがゴブリンであることを除けば――ほぼ同じであった。
「ゴブリン、昨日のことで高飛びしてないといいですね」
進みながら、後ろのほうで羽帽子が、ふと気が付いたように言った。
「何体かは逃げていることは考えられるが、だが向こうは五十体も居る、慢心もあって俺たちに迎え打とうとしている可能性が高い」
「よし、皆殺しにしましょう、スレイヤーさん。だから私を前衛に出してください」
「駄目だ。後ろを見張る役が減る」
進言を却下された羽帽子は、チェッと口に出して引き下がった。
廊下を道なりに進む。この廊下は鉤型に折れた道だ。
以前狩人がヤーナムで探索した時、突き当りの手前には扉があった。灯りの点いたランタンを持った女性の像が両脇にあった扉であった。持ち上げて開く扉だ。だがここではその扉は既に開いている。
その扉を潜ってすぐ突き当りとなっており、そこを曲がると前方にアーチがあって、その向こうに開けた所が見える。
「ん……」
そこでふと女神官が不思議そうに声を漏らした。
「どうしたの」
女魔術師が気付いて尋ねた。
「今、声が聞こえました」
彼女の言う通り、一行が向いている先からは、誰かが囁いているような声が聞こえた。
男の声だった。ボソボソと、弛んだ声で何を言っているのか判然としない。何かに語り掛けているらしいのは判る。でも独り言のようにも聞こえる。
「行くぞ」
狩人が、皆に声を掛けてから一人で勝手に、どことなく急くように先へ進んでいった。そこで大きな空洞に出た。出た所にあった足場から地面まではやや高い。
狩人はその足場から下を覗くと、一人の男が居た。その男が出す呟き声は、まさに一行の耳に届いていたものと同じであった。
「ミコラーシュ」
そう言って狩人は足場から飛び降りた。軽々とした着地であった。軽装とは言え、両手に武器を持っているとは思えない。
「……やはり、君か。またこうして相見えることを待ち望んでいたよ」
その男、悪夢の主ミコラーシュは振り向いた。よく学者などが着ているようなローブを身に纏い、頭には六角中の長い檻のような物を被った薄気味の悪い男。
「……」
その悪夢の主からの語り掛けを無視して狩人は、黙ったまま相手との距離を縮めに行く。その足取りは殺気立っていた。
「私と君は、きっと似ているんだ。蓋し我々二人は、上位者へ至る道を歩んでいる者同士。こうして巡り合ったのは必然だったのさ……」
相変わらず悪夢の主は、迫り来る狩人を前に悠々と語り続ける。そうして両者の間が十分に縮まったところで、狩人は右手に持った武器で、問答無用とばかりに悪夢の主に斬り掛かった。が、それと同時に悪夢の主は蜃気楼みたく姿が揺れたと同時に姿を消し、狩人の攻撃は空振りとなった。
その瞬間だった。彼の周囲全方から、突如として多数のゴブリンが現れたのである。どこに潜んでいたのやら、連中はあたかもずっとそこに居たみたいに、忽然と姿を現した。そして一斉に飛び掛かったのであった。
おびただしい数のゴブリンが狩人へ殺到した。
ゴブリンスレイヤーらも、急ぎ駆け寄って助けようとした。だが間に合わなかった。狩人が悪夢の主のもとへ速足で歩いていく後を、ゴブリンスレイヤーが一番最初に追い掛けたのだが、梯子を――素早くとは言え――降りるまでの少しの時間差が命取りだった。
瞬く間に彼の姿は積み重なるゴブリンらによって隠された。ゴブリン一匹一匹の体重は所詮子供程度、しかしそう何体も圧し掛かってしまえば相当な重圧となる。その山の中で腕を動かせないのは彼もゴブリンも同じだが、しかしゴブリンのほうは、その細い腕と小さな体躯を生かして、毒を塗った短剣で相手を仕留められる。
が、そうはならなかった。
突然、激しい咆哮が上がると共に、強烈な衝撃波がゴブリンたちを四方八方へと吹き飛ばした。咆哮はこの大きな空洞の中で幾重にも重なって反響した。その凄まじさを聞けば、今の衝撃波はその咆哮によってもたらされたのだと分かる。
自身に群がる一切のゴブリンを纏めて吹き飛ばした当の狩人を見ると、彼は喉元に何やら禍々しい獣の手を押し当て、屈んでいた。
そこから狩人は頭を上げ、周りを見出した。悪夢の主を探しているらしいのは見て取れる。
彼の探す悪夢の主は、一行が出てきた所と向かいにある足場に居た。それを発見した狩人は、懐から、雷光を纏う金属の球体の付いた杭を取り出し、
「邪魔だ」
それを地面に突き刺すと、そこから前方のゴブリンの群れに向かって何本もの
「狩人さん!」
そうこうしていると下から女神官に呼び叫ばれた。これに狩人が振り向くと、下ではまだ残るゴブリンらに囲まれるゴブリンスレイヤーらが居た。これを見て狩人はすぐさま下へ降り、彼らのもとへ駆け付けた。
「面目ない、勝手に先走ってまんまと罠に掛かるとは」
目の前のゴブリンの群れを見据えたまま彼は、まずゴブリンスレイヤーへ謝罪を述べた。
「俺もお前を過信していた。止めてやれず、こちらこそすまない」
言われたゴブリンスレイヤーも、狩人を慮るように謝罪を返した。
「だが、この状況を呼び出したのは俺だ」
そう言って狩人は、自らの太腿に空の注射器を突き立て、そこから自身の血液を吸い出した。そうしたかと思うと、夢の使者たちから何やら大きく物々しい――太く分厚い鉄砲が円形に五本並んだ機械――ガトリング銃を受け取り、その機関部と思しき所から、抜き取った自分の血液を流し込んだ。そこへ更に、持っていた水銀弾を全て装填し、
「責任を取ろう」
とガトリング銃をゴブリンどもへ向ける。そして、機関部から伸びる円形に立ち並んだ砲身が、回転と共に無情な唸り声を上げた。
なんか羽帽子がめっちゃでしゃばってる。でもキャラについて掘り下げる時、空気を読まないあの性格が便利だったりします。でしゃばらないようによく調教しておくと言ったけど、すまん、ありゃ嘘だ。