【遊馬と万丈目で】 YU-JO!【時空を超えた絆】   作:千葉 仁史

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第一章
第一節 ブレイビングだ、俺! ★


1:After The World

 

 雨が降っている。

 厚い雲の中では金色の鱗の蛇がゴロゴロと唸り声を上げていた。

 

「姉ちゃん、服を選ぶのに時間が掛かりすぎだって」

「アンタの小学校の卒業式に必要なものなんだから吟味して当然でしょ!」

「アクセサリーやカバンやバイクの部品とか、関係ないものまで買っていたじゃないか!」

「別にいいじゃない! それはそれ! これはこれなの!」

 

 賑やかに口論しながら、ショッピングバッグを持った姉弟が裏道を走り抜けていく。赤と青の二つの傘が写った水溜まりを蹴り飛ばし、角を曲がる。まだ夜とは呼ばれたくない時間帯だというのに誰も見掛けないからか、歩き慣れた街なのに迷い込んだような錯覚に弟は陥(おちい)り、思わず首から下げていたペンダントを握り込んでしまった。

 

(夕焼けなんてまるで見えないけど、こういう時間帯を《逢魔(おうま)時(がとき)》って呼ぶって父ちゃんが言っていたなぁ)

 

 弟がそう思い返した瞬間、空気が避ける音がした。蛇が金色の鱗を落とした痛みのあまり悲鳴を上げる。

 思わず姉は瞼を落とし、弟は目を見開いた。その須臾(しゅゆ)、彼は金の鱗粉に輪郭をなぞられた黒い稲妻を目撃した。地鳴りが足の爪先から頭の先まで振動し、意外と近場に落ちたのかな、と続けて呑気に思う。それにしても網膜に強い光が刻まれて気持ちが悪い。パシパシと瞬(まばた)きを繰り返していると、路地の先に人が倒れているのが見えた。

 

「姉ちゃん、あれ」

「誰か倒れている? でも、さっきまで誰も居なかったような……?」

 

 顔を見合わすと、慌てて見知らぬ人に近付いた。仰向けに倒れている彼の恐ろしい程の白皙(はくせき)に姉弟の血の気が引いていく。黒いコートは所々破けており、雨水以外の濃い染みが滲み、誤魔化しようのない血が彼の身体を彩っていた。それぞれの肩に下げていたショッピングバッグが落ちたことさえ、九十九姉弟は気付かなかった。

 

「遊馬! どうしよう!? そうだ、救急車を呼ばなきゃ!  えーっと、117だっけ?」

「それは時報だよ、姉ちゃん。救急は119だぜ」

 

 現実離れした状況に姉・明里は混乱し、逆に弟・遊馬は冷静でいた。Dゲイザーで救急の番号をプッシュする明里の横をすり抜け、遊馬は倒れている人物――黒髪の青年に近付く。彼を冷静にさせたのは姉が余りにも動揺していたからか、普段の現実から飛躍し過ぎていたからか、それとも、黒髪の青年が右手でカードの束が入ったデッキケースを強く握り締めているのが見えたからだろうか。とりあえず「あ、デュエリストだ」と思った途端、遊馬はすっと気持ちが落ち着いたのだ。

 

「お前、大丈夫か?」

 

 呻き声すら漏らさない彼に傘を傾けながら、自ら濡れることを厭(いと)わずに遊馬は話し掛けた。姉はコール先の電話口に場所と状況を伝え、目印はないかと辺りを見渡している。彼の左手首にはシルバーのデュエルディスクの残骸が纏わりつき、同じ手の薬指からは特に血が流れていた。それにしても、破壊されたデュエルディスクの大まかな部分は何処だろう。破片はあるのに、とキョロキョロと視線を動かしていると急に腕を掴まれた。黒髪の青年の行動に遊馬が目を白黒している隙に、瀕死とは思えぬ程の力で思いっきり引っ張られた。

 

 

 2

 

「いい加減に起きろっ!」

 

 世界が一回転する。夢(ハンモック)から現実(床)に叩き付けられ、遊馬は「うげっ」と声を漏らした。さっきまで心地良く寝ていただけにダメージが大きい。頭をさすりながら、仁王立ちする犯人を遊馬は見上げた。

 

「万丈目、なにするんだよ!」

「さん、だ! 寝坊助な貴様を起こしてやったんだ! 感謝して欲しいもんだな」

 

 すぐさま訂正が入る。腕を組み、ふてぶてしい態度の万丈目に遊馬が頬を膨らませた。

 

「だからって、あんな起こし方はないだろ!」

「Shut up!(黙れ) どうせまた、あの変な扉の夢でも見ていたんだろ。遅刻したくなきゃ、とっとと準備しろ」

 

 腕を組んでいても、左の薬指に巻かれた包帯がやけに目立った。フンと鼻を鳴らすと、白いワイシャツに深緑のベストを着た万丈目がくるりと踵を返す。確かに元から彼の肌は白いようだが、夢の中の彼と比べたら遥かに健康的だ。彼から視線を外して、くあ、と欠伸していたら、どすん! と景気のいい音がした。

 

「万丈目!」

 すっ飛んで登り棒の穴を覗き込むと、尻餅したお尻をさすっている万丈目が見えた。

「さん、だ! と言っているだろう! ちょっと変わった滑り方の練習をしただけだ!」

 

 聞いてもいないのにされる弁明に遊馬は苦笑いを漏らす。夢で見た、過去の彼の姿が揺らめいて消えたことに安心したくなった。

 

「ちょっと朝から何を騒いでいるのよ!」

 

 明里の苛々混じりの声に二人して肩を跳ね上がらせると、万丈目は「明里さん、すみません!」と音を立てて階下へ向かい、遊馬は慌てて寝間着を脱ぎ始めた。

 

 暖かい良い匂いがする。制服に着替えた遊馬がリビングへ着くと、朝食の真っ最中だった。ベーコンエッグをつつきながらパンをくわえつつ、Dパッドでニュースに目を通す明里を祖母のハルが「行儀悪い」と窘(たしな)め、そんな彼女の為に先に食べ終わった万丈目が緑茶を用意している。おはよう! と告げると同時に遊馬は席につき、パンを口に押し込み始めた。

 

「万丈目くん、遊馬を甘やかし過ぎよ! 中学生になったんだから一人で起きるようにさせないと!」

「ですが、明里さん! 今のうちに叩き込んでおかないと、アカデ……高校生になったら、とんでもないグータラになりますよ! それに次からはちゃんと起きてきますよ。そうだよなぁ、遊馬?」

 

 此方にだけ見えるようにして悪い笑みを向ける万丈目に遊馬はパンを喉に詰まらせそうになった。翌朝また寝転けていたら、今朝と同じ末路を辿るに違いない。次はちゃんと起きるって! という宣言と「ごちそうさま」を済ますと、学生カバンを掴み、ドタバタと廊下を走りながら玄関へ向かう。

 

「行ってきます!」

 

 いってらっしゃい、と弟の賑やかな登校を三者三様に見送る。

 

「早起きしたから、あんなに急がなくてもいいのに。アイツが絡むと毎朝が一大イベントみたいだな……あ、ハルさん。俺がお皿を下げますので座っていて下さい」

「悪いねぇ、万丈目くん」

「いえ、居候の身ですから、これぐらいしませんと」

 

 流しに皿を入れ、蛇口の上に置いた万丈目の左手に明里の手が重なった。

 

「あ、明里さん?」

「包帯、濡れるでしょ? 私がするわ」

 

 一つ年上の女性の手の平の温度に心拍数が跳ね上がる。その体温で包帯の巻かれた薬指を撫でられ、万丈目は「だいぶ治ってきていますので心配は無用です」と段々と小さくなりながらも反論した。

 

「それに万丈目くんが遅刻すると、鉄子がうるさいのよ! さっさか行って、バイト頑張って頂戴ね!」

 

 パン! と背中を叩かれる。手加減ない発破に万丈目は顔をしかめていると、今度はハルが「おやまぁ」と声を漏らした。彼女の視線の先には、綺麗に包まれた握り飯――この家庭内のみでの通称デュエル飯があった。あの馬鹿! と明里が頭を抱え込む。万丈目は大きく溜め息を吐くと、その包みと彼自身の鞄とバイクの鍵を掴んだ。

 

「鉄子さんのショップに行く前に届けてきます!」

「万丈目くん、遅刻しない? 大丈夫?」

「万丈目サンダーに心配御無用!」

 

 なんで天気が良い日にこんなバタバタしなくちゃならないんだ! そんな強い苛立ちを抱えつつ、明里の声を背に受けながら、万丈目は黒のライダージャケットを羽織ると玄関扉を勢い良く開いた。

 

「万丈目くん、随分と元気になったねぇ」

「早めに病院に担ぎ込まれたおかげで迅速に治療が出来たから助かったんだって。未だに激しい運動は禁止だけれども」

 

 にこにこ笑うハルとは対照的に明里の気持ちは複雑だ。彼の外傷について左の薬指も含めて少しづつ治りつつあるが、裏を返せば後少し遅ければ大事に至ったということだ。

 

(まぁ、今が元気ならそれでいっか。……それにしても、彼が時折口走る《サンダー》って何なのかしら?)

 

 お皿を片手に掴んだまま、明里は蛇口と同じように首を捻ったのだった。

 

 おはよう、おはようございます。朝の挨拶が飛び交うハートランドシティ中学校の校門下を、遊馬と彼の幼なじみの観月小鳥と武田鉄男は歩いていた。

 

「遊馬、最近寝坊しないよな」

「そういえばそうね。中学入学したばかりはよく遅刻しかけていたのに。新しい目覚まし時計でも買ったの?」

「そんなところかな」

 

 あはは、と乾いた笑いを遊馬が漏らしていると「誰が目覚まし時計だ! ああ!?」と柄の悪い声が会話に介入してきた。

 

「あ、万丈目!」

「さん、だ! 貴っ様、お弁当を忘れただろ!」

「いっけね、忘れてた。サンキュー! 万丈目!」

「だから、万丈目さん、だ!」

 

 へらへら笑う遊馬とヘルメットを外した万丈目が最早てんどんになったやり取りを繰り返している。一人でも賑やかな遊馬を二人で賑やかにする万丈目に、小鳥と鉄男は溜め息を吐きたくなった。デュエル飯を押し付けることに成功した万丈目は「俺様が遅刻したら貴様のせいだ」と肩を怒らせながら、校門前に留めたバイクへ歩いていく。

 

「万丈目……さん。姉ちゃんのお店に行くなら校門出てすぐの路地に入った方が早いぜ」

「バイクに乗っているから路地は通れん」

 

 呼び方に留意した鉄男の助言に、万丈目は背を向けたまま断った。路地という単語に今朝見た夢の光景が蘇り、遊馬は一瞬目を伏せたが、再び目を開けると払拭するように目一杯に声を張り上げた。

 

「万丈目、帰りにお店寄るからな!」

「さん、だ! そのままバイクで家まで送ってもらおうなんて魂胆、この名探偵万丈目サンダー様には丸分かりだ!」

「え~。ケチケチするなよ~。万丈目~」

「貴様、さんを付けろと何遍言わせたら分かるんだ!」

 

 何が何でも絶対に譲れないのだろう。くるっと振り向いてがなり立てる万丈目に遊馬はきゃいきゃい笑う。幼なじみの彼が分かってて名前を連呼している事実を告げるかどうか小鳥は悩んだが、その前に言うべき事柄があった。

 

「万丈目さん! 遊馬とコントしていたら本当に遅れますよ!」

「誰がコントだ! 遊馬、いいか。絶対に店に来るなよ。分かったか?」

「おう、分かった! 絶対に行くぜ」

「人の話を聞けーっ!」

 

 万丈目はヘルメットを被ると、跳ぶようにバイクに跨がって行ってしまった。最後の最後までコントだったなぁ、と呆れる鉄男の隣で遊馬は暢気(のんき)に手を振っている。

 

「おはよう、遊馬くん。朝から元気だね。ところで、さっきの彼は君の親戚かい?」

 

 不意に担当の右京先生に尋ねられた。その質問に思わず小鳥と鉄男は顔を見合わせてしまう。遊馬は少しだけ間を空けると、ニカッと笑って答えたのだった。

 

「親戚の兄ちゃんなんだ!」

 

 

 3

 

 遊馬め! これで遅刻したら、あの触覚を引っこ抜いてやる! 万丈目が苛々しながら信号を待っていると、反対車線の乗り物に目が止まった。

 

(確か名前は忘れたが、バイクに似た、バイクのようでバイクじゃない乗り物だから、中学生でも乗れるんだっけな)

 

 ホイールが球体一つの紫色の乗り物――面倒だからバイクと呼ぼう――をまじまじと見ていたら、跨がっている人物が遊馬と同じ中学校の制服を着ていることに気が付いた。ネクタイの色からして、一つ上の学年らしい。遊馬が乗れたら遅刻することも無くなりそうな気もするが、それはそれで「どうせ間に合うから」と寝坊して遅刻するだろう。そして急ぐ余り、即事故りそうだ。学校へ通じる反対車線を走っていくバイクに似た乗り物を見送っていると、後ろからクラクションが鳴らされた。信号が青になったのだ。万丈目は慌ててバイクを発進させた。

 

 店の前にバイクを停め、道を挟んだ真向かいのブティックを見つめる。ノース校の制服に似たコート一式がショーウィンドゥに飾られていた。万丈目がいつも着ていた服は汚れに汚れてしまい、彼の知らないうちに捨てられてしまったため、あれはなんとしてでも欲しい。頑張らなければ! と気合いを入れ、万丈目は《カードショップ鉄子》のドアを押した。

 

「万丈目くん、ギリギリセーフね! どうせ、遊馬くんがお弁当を忘れたから届けに行っていたんでしょ!」

 

 Dゲイザーのタイマーが目の前に振り翳(かざ)される。遊馬の姉である明里と親しく、彼の級友の鉄男と似たような格好をしたこの店の女性オーナーである鉄子がピンポイント推理した。思わず万丈目が「エスパーですか!?」と目を丸くすると「愚弟の鉄男からメールが来たからね」とあっさりネタバレする。

 

「今日もカードが入荷してきたから、おすすめのカードのポスターとかPOPを作らなきゃね! 忙しくなるわよ! 君は棚割配置をよろしく!」

 

 朝から元気いっぱいの鉄子から早速とばかりに入荷されたカードが入った段ボールを渡され、万丈目はよろめきそうになった。今日中にこの束を整理するのか、とぞっとする。よろよろとランクごとにカードを飾られた壁に近付きながら、不意に万丈目は「鉄子さん!」と呼んだ。

 

「遅くなりましたが、おはようございます」

「おはよう、万丈目くん」

 

 律儀な挨拶に鉄子は一瞬ぽかんとしたが、相変わらずのボーイッシュな笑顔で返答したのだった。

 

 ライダージャケットを脱いだ従業員がせかせかと入荷したカード配置をしている間に、オーナーが《カードショップ鉄子》の扉にオープンの札を掲げる。平日だから人の入りは少ないが、平日が休みの職種の大人や大学生、はたまた主婦が訪れる。カードを並べつつも万丈目は客からの質問に答え、デッキ構築のアドバイスを行い、時には模擬デュエルを行う。模擬デュエルの際に使うのは、鉄子が従業員用に渡してくれたスタンダードデッキだ。客相手の練習用に組まれた、無難で普遍的なカードが入ったデッキを使い、テーブルデュエルを通して、万丈目は相手の弱点やその克服方法を適切に助言していく。

 

「万丈目くんってば、もしかしてデュエルの学校や塾に行っていた?」

 

 感謝しながら退店していく客を見送っていると、万丈目の肩に彼女の顎を置いた状態で鉄子が話を振ってきた。近い! 距離感をもって欲しい! そんなことを言えるはずもなく、万丈目が「あー」だの「うー」だのと漏らしていると、鉄子が「そんな訳ないか」とパッと離れた。

 

「タクティクスはあるけれど、エクシーズ関係のカードや環境のこと知らなさすぎるもんね。初手ドロー、未だにしちゃうくらいだし」

「鉄子さん、それは言わない約束です」

 

 つい最近まで繰り返していた凡ミスを引き出され、羞恥に顔を伏せる万丈目を何も知らない鉄子は意地悪く笑う。

 

「そういえば、一応従業員用にスタンダードデッキを渡したけれど、万丈目くん自身のデッキを使っても構わないわよ」

「いえ、俺、モンスターエクシーズを持っていませんから」

 

 先程とは違う意味で顔を伏せながら、左手で腰のベルトに装着されたデッキケースに万丈目は手を伸ばす。しばらく使われていない彼本来のデッキに触れるだけで、チリリと治りかけの薬指が火傷のように痛んだような気がした。

 

「DゲイザーとDパッドは持っているんだよね?」

「はい。ネットは出来ませんが、明里さんからお古を借りました」

 

 ふーん、と一人考え込む鉄子を余所に、彼女が作ったPOPを壁に貼り付けていく。

 

「ところで、鉄子さん、このカードをアピールしませんか?」

「えー。でも、それ、ランク4の癖して攻撃力2000もないでしょ。お客さん、攻撃力重視だから売れないよ」

 

 オーナーにすぐさま却下され、万丈目は肩を落とす。このモンスターエクシーズは確かに攻撃力が低いが、良い効果を持っている。この効果を上手く使えば、相手モンスターの効果を打ち消し、自分モンスターの攻撃力を上回っていたとしても破壊できるのに。

 

「いや、絶対に売れますよ!」

 

 万丈目は鉄子の意向を無視してオススメのPOPをそのカードに貼り付ける。サンダーの勘に間違いはない! 自信満々にそのモンスターエクシーズを見つめた後、万丈目は再び並び替えの作業を戻ったのだった。

 

「結局、売れなかったねー」

 

 疲れからか、同情からか。間延びした鉄子の言葉に万丈目は肩を落とした。やっぱり攻撃力重視なのか、畜生め。鉄子が扉にクローズの札を掛け、万丈目がぶつぶつと不貞腐(ふてくさ)れながら閉店準備に取り掛かる。

 

「よしっ、片付け終了! 私は先に帰るけど、いつも通り勉強してから帰るの?」

 

 はい、と万丈目が手短に肯定すると、鉄子が「真面目だね」と笑う。

 

「そんな真面目な万丈目くんにプレゼントだよ」

 

 鉄子から茶封筒を手渡される。にこにこ笑う彼女に促されて開封すると、中身は数枚のデュエルモンスターズ専用の商品券だった。枚数からして、余程高くなければ、モンスターエクシーズのカードを一枚だけ買えるだろう。

 

「鉄子さん、これは――」

「モンスターエクシーズ、持っていないんでしょ? 給料日はまだ先だし、私は使わないからさ。君が君のデッキでデュエルできる日を楽しみにしているよ」

 

 鉄子の言葉に万丈目の瞼の縁が熱くなる。見知らぬ他人相手というのに、九十九家族といい、なんたってこんなに優しくしてくれるのだろう。ありがとうございます、と万丈目は深々とお辞儀したのだった。

 

 鉄子が帰った後、万丈目は店のパソコンを使って、デュエルのデータバンクにアクセスし、カード知識を頭に叩き込んでいた。特にモンスターエクシーズやエクシーズに関わる知識を集中的に閲覧する。九十九家にあるパソコンは明里の仕事用のため、万丈目は利用できないので、閉店後、店を解放してくれる鉄子の好意が有り難かった。

 

「同じレベルの二体以上のモンスターがいれば、強力なモンスターを召喚できるエクシーズ召喚か。融合カードがなきゃ何も出来ない融合召喚が廃(すた)れるのも無理のない話だな。お前たちもそう思うだろ?」

 

 背もたれに体重を掛けながら、万丈目は机上に置かれた三枚の通常モンスターに話し掛けた。店内には彼一人しかいないため、無論返事はない。いい加減認めろよ、俺。自身を叱咤し、万丈目がパソコンの電源を落とすと、入れ替わりのようにDゲイザーが《九十九明里》とチカチカ点滅した。

 

「もしもし、明里さん? 後少しで店を出ますので――」

「遊馬を見てない? まだ帰ってきてないのよ! とっくのとうに学校は出たって聞くし、そっちに来てない? ……って、デュエル禁止してるからカードショップに行く訳なかったわね。Dゲイザーも繋がらなくってさぁ! もう、ちゃんと充電しとけってあれ程言ったのに! 万丈目くん、遊馬を見たら、すぐに帰るように言ってね! それじゃあ!」

 

 怒涛のように巻くし上げられ、万丈目が口を挟む間もなく、電話は切られてしまった。デュエル禁止を言い渡されている貴方の弟さん、実はしょっちゅう来店してますよ。そんな告げ口を胸の奥底にしまいつつ、万丈目は帰宅の遅い遊馬を心配した。テストで余程悪い点数を採ったのだろうか。《アイツ》みたいに気にしなさ過ぎのも問題だが、気にし過ぎも問題だ。

 

 三枚の通常モンスターをデッキケースにしまってから外を見ると、天気予報泣かせの雨が降っていた。

 

(雨は嫌いだな。前はこんな気分にならなかったというのに)

 

 夜の窓という鏡に映った覇気のない顔を見ていると、次第にセンチメンタルな気分に陥った。湿気のせいか、左の薬指が痛みを訴える。らしくない、普段の俺は何処に行ったというのだ。

 

「さぁて、遊馬を探さねぇとな! 全く朝から晩まで俺様に迷惑を掛けさせやがって!」

 

 両手を叩き、大袈裟なぐらいに声に出す。パッチンと消灯して店を出ようとした瞬間に雷が落ち、入り口に浮かび上がった影を見た万丈目は「うっひゃあ!」と間抜けな声を上げて尻餅を着いてしまった。

 

「ゆ、遊馬! それに小鳥!? 貴様ら、何時だと思って――」

「万丈目さん、助けて下さい!」

 

 声をひっくり返しながら指差す万丈目に、小鳥が勢い良く頭を下げる。先の読めない展開に目を瞬(またた)かせていると、遊馬が憔悴しきっていることに気が付いた。加えて、彼が親の形見だと大事にしている《皇の鍵》と呼ばれるペンダント――万丈目から見ると魚の骨にしか見えない――が欠けていた。これで何もないと思うほど、万丈目は馬鹿ではない。

 

「とりあえず、中に入れ」

 

 パチリと電気を付ける。小鳥が遊馬に傾けていた傘を畳む間に、万丈目は勝手知ったるとばかりにタオルを取りに店の中へ戻ったのだった。

 

 

 4

 

「つまり、アンティルールで鉄男が不良に負けてデッキを奪われ、それを取り返そうとしたら、魚の骨を折られた挙げ句、自分のデッキを賭けて明日デュエルすることになった、と?」

 

 水滴の付いた窓の向こうでは、近辺のお店から明かりがポツポツと消えていく。小鳥から事情を聞いた万丈目は声を出すように溜め息を吐いた。ああ、もう、なんで厄介事に自ら首を突っ込んでしまうんだ!

 

「だから、遊馬にデュエルの稽古を付けて欲しいんです! 万丈目さんの噂を聞いています。その人のデッキ特性を生かしたタクティクスを的確に助言してくれるって。私のクラスの委員長も万丈目さんに教えてもらったから強くなれたって言ってました!」

 

 来客用のソファーに座ったまま前のめりになって懇願する小鳥に、万丈目はどうしたもんかな、と頭を掻く。そういえば、環境に慣れるのに必死で、遊馬のデュエルなんて一度も見たことがなかった。

 

「……ったく、どうして遊馬も札付きの悪(ワル)に喧嘩を売っちまうんだ。やばい相手なのは分かるだろ。馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、本当に馬鹿だったか」

「確かに遊馬は馬鹿だけど、そんなに連呼しなくても!」

 

 さらっと万丈目並みに酷いことを小鳥が口にするが、当の彼女本人はまるで気が付いていない。

 

「でも、俺は我慢出来なかったんだ!」

 

 遊馬が来客用のソファーから勢い良く立ち上がる。ハラハラと落ちるタオルと、心配気な視線を向ける小鳥とは対照的に、片手で頬杖を付いた万丈目は億劫そうに見上げただけだった。

 

「アンティルールとはいえ、鉄男のデッキが奪われたからか?」

「それもある!」

「魚の骨を折られたからか?」

「それもある!」

「なら、貴様は何に一番――」

 

 怒っている? と万丈目が続ける前に、遊馬が両手を握り締めて強く叫んだ。

 

「デュエルを暴力に使ったことだ!」

 

 暴力。思いも寄らずに飛び出た単語に万丈目が口の中で繰り返す。彼の無言を受け取った遊馬は意を決したように告げた。

 

「父ちゃんから教わったんだ! デュエルは自分と相手の情熱を本気でぶつけ合う神聖な儀式なんだって! デュエルをして相手を知ることが出来るから、仲間になれるんだ! そのデュエルを、相手を傷付ける手段にするなんて、俺は我慢出来なかったんだ……っ!」

 

 だから、と遊馬は続ける。

 

「父ちゃんから貰ったデッキでシャークに勝って、デュエルは暴力手段じゃない、絆と情熱が交わる大切な儀式なんだってことを証明してみせる!」

「遊馬……」

 

 少年の力強い宣誓に少女が彼の名を漏らした。万丈目は鼻を鳴らすと「ああ、そうだな」と同感する。

 

「いくら高尚な考えを持っていたとしても、勝たなければ何の意味もない」

 

 勝って証明する、という一部分のみの肯定に遊馬がムッとした顔付きになる。気の早い奴だな、そう早合点するなよ。万丈目もまた立ち上がると、遊馬の両肩に手を置いた。十三歳の肩は思っていた以上に小さくて、それでいて震えていた。

 

「その勝って証明するために、俺のところに来たんだろ? 付け焼き刃の知識だろうが構わん、この俺様が貴様を強くしてやる」

 

 胸を張って宣言すると、二人の顔がパァッと輝いた。良かったわね、遊馬! と彼女が話し掛けるなか、遊馬はぎこちなく笑った。遊馬の奴め、やっぱり明日のデュエルが不安だったんじゃないか。

 

「もう遅いから、小鳥ちゃんは先に帰りな。遊馬は俺が此処で稽古を付けてやる」

「万丈目さん、遊馬は必ず勝てますよね!」

「当然だ! 万丈目サンダーに二言はない」

 

 ふふん、と機嫌良く笑う万丈目に小鳥は笑顔で一つ目の爆弾を落とした。

 

「良かったぁ、遊馬ったら鉄男くんに五十連敗中なんですよ」

「五十……っ!?」

 

 彼女のとんでもない後出しに万丈目は二言どころか、二の句が継げなくなる。いやいや、もしかすると、鉄男と遊馬のデッキの相性が悪いだけかもしれない。冷や汗を掻きながら悪足掻きな思考を働かせる万丈目に、小鳥が容赦なく二つ目の爆弾を投下した。

 

「シャークは一年前の極東チャンピオンシップのファイナリストですけど、問題ないですよね! 万丈目さん、遊馬を宜しくお願いします!」

「ファイナリスト……っ!?」

 

 対戦者の裏打ちされた実力に万丈目が真っ白になっている合間に、遊馬の健気な幼なじみは頭を下げて出て行ってしまっていた。始まってもない試合の終了を知らせるようなドアベルが万丈目には遠くに聴こえた。

 

「万丈目! 俺、頑張るぜ!」

 

 目をキラキラと輝かせながら決意を露わにする遊馬を見ると、万丈目も肩を落としたままではいられない。乗り掛かった船だ、やるしかない。万丈目サンダーに二言はないのだ! 己をいきり立たせると、遊馬にデュエル用のテーブルに移動するよう促し、明里に「遊馬と店で雨宿りしている」と嘘の連絡を入れたのだった。

 

 

 

「まずは貴様の実力をテーブルデュエルで見る。先攻はくれてやる」

「おう!」

 

 元気よく応対する遊馬を観察しながら、万丈目は鉄子さんから借りたスタンダードデッキを所定の位置にセットし、五枚ドローした。基本的なカードが入っているため、無難な攻め方が出来るので、模擬デュエルに相応しいだろう。さて、遊馬の実力はいかほどであろうか。どんなデッキで、どんなタクティクスを見せつけてくれるのだろうか。どんなテーマのモンスター達を扱うのだろうか。初めての対戦相手の出方に抑えきれない昂揚に、万丈目は笑いたくなった。

 

「まず初ターン! ドロー! よっしゃあ、俺は――」

「おい待て」

 

 勢い良くドローした遊馬の右手首を掴む。今、目の前であってはならない光景を見たような気がする。

 

「先攻は初手ドロー出来ない」

 

 万丈目が忠告すると、邪魔するなよ、と言いたげだった彼が「あれっ? そうだったかぁ?」と首を傾げた。

 

(俺よりもこのルールで長いことやっているのに、それはないだろ)

 

 明日のデュエルに備えて緊張しているからだ。そうに違いない、と万丈目は己に言い聞かせた。とりあえず、初手ドローによって誤って手札に加わったカードをデッキの一番下に入れ、スタンバイフェイズからメインフェイズ1に移行させた。

 

「俺は【ズババナイト】(星3/地属性/戦士族/攻1600/守900)を攻撃表示で召喚! 早速攻撃を――」

「……先攻初ターンは攻撃出来ない」

 

 遊馬の元気良い台詞とは対称的に、万丈目は顔をひきつらせたくなった。こんなミスをするのは緊張しているからだ、きっと。言い訳みたいに頭の中で繰り返す。

 

「えっとじゃあ、このままターンエンド!」

 

 罠や魔法カードを一切伏せず、攻撃力1600のモンスターを攻撃表示で晒したまま、ターンエンドだとっ! 怒鳴りつけたい気持ちをぐっとこらえ、これも緊張しているからに違いない、と呪文のように胸の中で呟く。

 

「二ターン目、俺の後攻。ドロー。まずは【エルフの剣士】(星4/地属性/戦士族/攻1400/守1200)を通常召喚」

「良かったぁ、攻撃力1600の【ズババナイト】より下だ!」

 

 遊馬の安穏とした発言に自身の蟀谷(こめかみ)が疼いたのを感じた。いやいや、これは明日のデュエルに……と万丈目は思い込もうとしたが、対戦者の馬鹿面を見て挫(くじ)けそうになる。

 

「俺は装備魔法【デーモンの斧】を発動。このカードは装備モンスターの攻撃力を1000ポイントアップさせる。勿論、装着先は【エルフの剣士】。これにより、攻撃力は1400から2400にアップする。バトルフェイズに移行、攻撃力2400の【エルフの剣士】で攻撃力1600の【ズババナイト】に攻撃」

「えっ!」

 

 遊馬の顔が急に真っ青になる。おいおい、模擬デュエルで超基本的な攻め方をしているだけなのに、なんでそんな表情になるのだ。演技なのか、と有り得ない妄想にすら逃げたくなった。とにかくも【ズババナイト】は破壊され、差し引き800のダメージを遊馬は受けた。

 

「メインフェイズ2に移行。罠(トラップ)・魔法(マジック)カードゾーンにカードを伏せて、ターンエン――」

「あれっ、罠カードか魔法カードか言わなくていいの?」

「……」

 

 もう頭が痛い。どうして秘密裏に行われる策謀を相手に晒さなくてはならないのだ。もしかして、もしかしなくても、これは緊張からではないのか。

 

「言う必要は無し! ターンエンドだ!」

 

 荒々しくターンエンド宣言を行う。次は遊馬のターンだぞ、と睨みつけると、対戦者は困った顔になった。威圧し過ぎたか、と万丈目は心配になったが、次の彼の発言で吹き飛ぶことになる。

 

「どうしよう、攻撃力2400の【エルフの剣士】が倒せない」

「はぁ!?」

 

 万丈目が音を立てて立ち上がる。三枚の手札を卓上に置き、ズカズカと遊馬の真後ろに回った。見るなよ、恥ずかしいだろ、俺のカードだ、エッチだとか、訳の分からない文句を無視し、遊馬の手札を覗き込む。

 

「なんだよ、【ゴブリンドバーグ】と【ガガガマジシャン】があるじゃねぇか。これでレベル4が二体並ぶだろ」

「へ? 並べてどうするんだ? 攻撃力は届かないぜ」

「エクシーズ召喚をすればいいじゃねぇか。ランク4のモンスターエクシーズなら2400の攻撃力ぐらい上回るだろ?」

 

 微妙に噛み合わない会話に万丈目は次第に苛々してきた。すると、遊馬はぶすっとした態度で最後の爆弾を万丈目に向けて放った。

 

「だって、俺、モンスターエクシーズ持ってねぇもん」

 

 遊馬の発言に万丈目はすぐさま彼のエキストラデッキゾーンを見た。本来モンスターエクシーズを含むカードが入ったエクストラデッキを置く場所には何も置かれていなかった。

 【天変地異】よろしく、万丈目は遊馬の背中越しに彼のデッキをひっくり返し、ざっとフィールド上に広げる。彼の悲鳴を無視して、端から端まで目を通した。レベルは主に1から7まで、属性・種族の統一感ゼロのモンスターが並び、罠・魔法カードも基本的な【サイクロン】や【神の宣告】すら入っておらず、変わった条件で発動するものばかりだった。

 

「何するんだよ、万丈目!」

「遊馬、このデッキで勝つつもりか?」

 

 遊馬が万丈目の手を払い、デッキをかき集める。その手を更に抑えながら、万丈目は腹の底から這い上がろうとする激情を横隔膜で堪(こらえ)えつつ尋ねた。

 

「もう一度聞く。このデッキで勝つつもりか?」

 

 背中から覆い被さるように問いているため、遊馬には万丈目の顔が見えない。万丈目の重いトーンの声に遊馬は気圧されるが、ぐっと腹に力を入れると「そうだ!」と答えた。

 

「父ちゃんから貰った、このデッキで俺はシャークに――」

「無理だ、絶対に勝てない」

 

 先程まで協力的だった万丈目に宣言を冷たく一刀両断され、遊馬はムッとした。彼の手を振り払い、遊馬は乱暴に椅子を回転させて立ち上がり、万丈目に向かい合う。遊馬同様、万丈目も怒りの表情を浮かべていた。

 

「やってみなくちゃ分からないだろ!」

「スタンダードデッキの俺相手に苦労している癖に、ファイナリストに勝てる訳ない!」

「何事もかっとビングだ! 諦めなきゃ必ず勝つんだ!」

「諦めなきゃ必ず勝つなら、敗者なんて存在しねぇよ! 第一、貴様はちゃんとルールすら理解していないだろが!」

「そんなもん、勢いで――」

「デュエルを馬鹿にするな! シャークがデュエルを暴力に使うのが許せないって言ったな! 俺からすると、タクティクスや知識を得ようともせずに勢いだけでデュエルする貴様の方が許し難いわ!」

 

 両者一歩も引かない口論だったが、万丈目が最終的に押しやった。はぁはぁと双方肩で息をし、万丈目は一度短く深呼吸すると、なるべく穏やかに遊馬の肩に手を置いて話し掛けた。

 

「悪いことは言わん。俺のスタンダードデッキを使え、少なくとも貴様のデッキよりか勝率は――」

「嫌だ!」

 

 遊馬が万丈目の手を振り払い、激情をぶつける。包帯を巻いた左の薬指が確かに痛んだ。

 

「アイツは俺の目の前で一番大事なもの――皇の鍵を壊したんだ! 父ちゃんの想いを踏みつけたんだ! だから、俺は父ちゃんのデッキでアイツに勝つんだ!」

 

 彼の拒否に、横隔膜でせき止めていた万丈目の激情もまた一気にせり上がった。

 

「こンの分からず屋が! もう知らん! 勝手に闘って、派手に負けて、そのデッキも奪われちまえ!」

 

 怒鳴り立てると、万丈目は背を向け、店から出て行った。強く閉めたことにより、ドアベルが喧しく鳴り響く。それがまるで自身を非難しているように聞こえ、更に苛立たしくなる。遊馬を置いて帰ろうとしたところで、雨が降っていたことを思い出した。トドメに着の身着のまま激情に駆られて飛び出したものだから、バイクの鍵も店内だ。

 

「バッカじゃねぇの」

 

 軒先で雨宿りするため、万丈目はドアに背を預け座り込んだ。

 

(これだから雨は嫌いなんだ)

 

 もはや溜め息しか出なかった。

 

 

 6

 

 しばらくは遊馬に対する愚痴しか胸の内に湧いてこなかった。鉄男のデッキをアンティルールで不良に奪われたことに突っかかったせいで、魚の骨まで折られた挙げ句、父親から譲り受けたデッキを賭けて、勝てる訳がないデュエルをする羽目になったんだ、とか。ルールを理解していないのにデュエルするなよ、とか。理想論で勝てる程デュエルは甘くない、とか。馬鹿だ、とか。大馬鹿だ、とか。素直すぎるんだ馬鹿、とか。

 

(お前たちなら、なんて言うのだろうな)

 

 ふと思い立ち、腰のベルトに装着された、長い間使われていない万丈目自身のデッキが入ったケースに触れた。開ける気は起きなかったが、何故か「相変わらずアニキは素直じゃない」と言われそうな気がした。いつも言われていたからだろうか。だが、その《いつも》は何時(いつ)の間にか一昔前になってしまっていた。

 

(そう言えば、アイツにも言われたな)

 

 連鎖反応的に思い出した記憶を万丈目はそっとなぞっていく。その日も雨が降っていた。

 

 万丈目が試合会場を出ると、雨が降っていた。タクシーでも呼ぶか、と思い立つが、三位決定戦で訪れた観客が一斉に会場から出たため、人が多すぎて呼べそうにない。参ったな、と呟く万丈目の背後から名を呼ばれた。

 

「てっきりホテルで観ているのかと思った」

「なんだ、そう言う貴様こそ高みの見物か?」

 

 同じ会場から出て来た相手の発言に嫌みで返す万丈目に、彼は真っ赤な傘を手渡してきた。よくよく見ると、相手は青い傘も持っている。

 

「対戦相手に貸しは作らん、ドイツ紳士は少々の雨でも濡れて帰るものだ」

 

 そう突っ返すと、「根っからの日本人がなにを言う」と相手に突っ込まれ、「相変わらず素直じゃない」と言われた挙げ句、「人の好意は黙って受けるべき」と諭された。くっそぅ! コイツにこんなことを言われるなんて! どうせなら、そっちの青い傘を寄越せ! と詰め寄ったら、嫌だよ、と言わんばかりにひらりとかわされる。

 

「こんな雨で風邪を引かれたら明日の決勝戦で会えないじゃないか、その赤い傘は決勝戦で返せば良い」

 

 そんな旨のアイツの台詞に「貴様こそ素直ではないな」と鼻で笑ってやれば良かった。

 

 フッと此処まで思い返して気が付いた。あの赤い傘はどうしてしまったんだろうか。うーん、と唸っていると、ばしゃりばしゃり、雨音が響いてきた。顔を上げると、ぬっと路地から人影が現れた。万丈目が瞠目(どうもく)していたら、その人影は遊馬の友人に変わっていった。

 

「鉄男! どうして此処に!?」

 

 立ち上がって叫ぶと、「小鳥から遊馬が此処にいると聞いたから」とぼそぼそと話した。

 

「万丈目……さんこそ、どうして外にいるんですか?」

「あー、いや、遊馬と言い争いしてな。頭を冷やしていた。とりあえず、中に入れよ! 風邪、引くぞ」

 

 大人気なく激情に駆られて飛び出しました、なんて言えず、万丈目は結果論を言い繕(つくろ)う。傘も差さず、ずぶ濡れの鉄男に店内に入るよう促したが、彼は首を横に振っただけだった。

 

「遊馬にこれを」

 

 そう言って冷たい手の平から万丈目の右手にころりと渡されたのは、折れた皇の鍵の破片だった。遊馬は小さな破片について言及していなかったが、不良が折った後、捨ててしまっていたらしい。そして、この雨の中、これを今まで鉄男は探していたようだ。

 

「万丈目さん、遊馬に明日デュエルしないよう言ってくれませんか」

 

 破片を見下ろす万丈目に、鉄男の哀しい懇願が落ちてきた。

 

「俺にも勝てない遊馬がファイナリストのシャークに勝てる訳がねぇ。しかも、アイツはルールをちゃんと理解すらしていない。万丈目さんもそれが言い争いの種になったんでしょう」

 

 何かを言わなくてはいけないのに、鉄男を正面から見なくてはいけないのに、万丈目は何も行動に起こすことが出来ない。

 

「アイツは俺のためじゃないって言ってたけど、やっぱり俺のせいだ。俺のためにあんな馬鹿なことをしちまったんだ。万丈目さんも知っての通り、遊馬には両親がいません。皇の鍵とデッキは親父さんの形見なんだ。その形見の皇の鍵を俺のせいで折られちまった。そのうえ、デッキまで奪われたら、俺……」

 

 鉄男の声が震えている。尚更、顔は上げられなくなってしまった。

 

「遊馬にもうあんな顔をしてほしくないんだ、親友だから」

 

 鉄男の言葉に右手で皇の鍵の破片を握り閉める。冷たさと痛さを感じながら、「俺は馬鹿だ」と万丈目は思った。

 

 鉄男のデッキをアンティルールで不良に奪われたことに突っかかって、魚の骨を折られた挙げ句、父親から譲り受けたデッキを賭けた99パーセント無謀なデュエルを受けた遊馬に、万丈目は苛立ちを覚えていた。そもそも喧嘩を売らなければ、皇の鍵を折られることも、デッキを賭けたデュエルをすることもなかったのだ。藪をつついて蛇を出すなんてとんだ馬鹿だ、とずっと思っていた。理路整然に文面だけで理性的にみれば、全くメリットはなく、デメリットしかない。だが、鉄男は親友なのだ。この文面には感情が入るのだ。損得勘定なく、遊馬は感情の高ぶるままに勢いだけで動いたのだ。

 

(こんな簡単なことに気付かなかったなんて、俺も阿呆になったものだ)

 

 その《勢い》が素直に羨ましいと思った。

 

 鉄男、と呼び、万丈目は顔を上げた。帽子はぐっしょりとしおれ、前髪から雫が垂れている。鼻の頭も目頭も真っ赤で、頬は雨とは違う液体で濡れていた。濡れ鼠状態を気にせず、万丈目は鉄男の肩に左手を置いて話し掛けた。遊馬より身長が高いな、と場違いな感想が呑気に浮かんだ。

 

「遊馬も貴様にそんな顔をして欲しくなかっただけだろう、親友だから」

 

 万丈目の言葉に鉄男は声を上げて泣いた。前言撤回、《勢い》だけでなく、この《絆》が羨ましい。

 

「でもな、鉄男、俺は遊馬にデュエルをするな、とは言えない。アイツは貴様の親友であり、デュエリストなんだ。デュエルは決闘なんだ。軽い気持ちで言えるものではない」

 

 声にしながら、万丈目は遊馬の意地を一つ一つ拾い上げていく。彼は遊馬にデュエルするな、とは言っていない。そのデッキでは勝てない、という点で怒っただけだ。最初から万丈目の頭にデュエルをしないという選択肢は存在しない。

 

「で、でも、あんなプレイングじゃあ……」

「俺が遊馬を勝たせてやる。俺の持っているもの総(すべ)てを使って強くしてやる。貴様と遊馬の絆の為、勝利に導いてみせる! 俺も貴様同様、遊馬にそんな顔をして欲しくないからな」

 

 脳内が沸騰したみたいに考えてもいないのに言葉がすらすらと出た。これが俺の《勢い》だ、もう後には退けない。

 

「なんなら、俺のデッキを賭けても良いぞ」

「なんで万丈目さんのデッキまで賭けなくちゃいけないんですか。遊馬同様にモンスターエクシーズを持ってない癖に」

「あのなぁ、今それは関係ないだろ。第一、俺だってなぁ……」

 

 その瞬間、雷に打たれたかのような気に陥った。鉄子の笑顔が脳裏に浮かぶ。今し方口にした《俺の持っているもの総(すべ)て》が背後に立って、万丈目の耳元で「二言はないよな」と再確認してきた。きゅう、と目の奥が狭くなる。《勢い》だけで生きるには、勇気と覚悟が必要だと思った。

 

「気にするな、俺は遊馬を絶対に勝たせてみせる」

 

 冒頭の「気にするな」は誰に向けられた言葉なのか、万丈目は考えたくもなかった。

 

 7

 

 鉄男に万丈目は再三店に上がるよう伝えたが、「こんな顔じゃアイツに見せられねぇ」と断られた。遊馬の意地を汲むなら、鉄男の意地も汲むべきなのだろう。店頭にあった置き傘を渡し、真っ直ぐに帰れ、家に着いたら風呂に入れ、風邪引いたら明日の遊馬のデュエルを見れないだろが、と口を酸っぱくして言うと「万丈目さんって、兄貴みたいですね」と鉄男に言われた。当然だ、貴様等より六つも年上なんだから。

 

 遊馬をお願いします、と頭を下げて去っていく鉄男を見送った後も、万丈目は軒先に立っていた。まだ覚悟が決まらなかった。どうすれば良いんだ、と頭を掻いたら、周りから都度言われていた「素直になれば良い」という言葉が思い浮かんだ。素直ってなんだ。いったい何に素直になれってんだ。

 あの《勢い》で言った台詞――「俺が遊馬を勝たせてやる。俺の持っているもの総(すべ)てを使って強くしてやる。貴様と遊馬の絆の為、勝利に導いてみせる! 俺も貴様同様、遊馬にそんな顔をして欲しくないからな」――が素直なのか。

 

 瞼を落とし、水面下から顔を出すように息を吐く。そして鉄子に謝罪をしてから、万丈目は開眼し、店の扉を開いた。

 

「うーん、【ダブル・アップ・チャンス】~!? このカード、どうやって使えばいいんだ?」

「ばーか、貴様のデッキに戦闘無効の効果カードが入ってないのに使えるかよ」

 

 ドアベルが聞こえないぐらいに集中していた遊馬の背に言葉を掛けてやる。万丈目が外で悶々としている間、遊馬はずっと悩んでいたのだろう。びっくりして此方を向く遊馬に、万丈目は左手で握り締めたままだった皇の鍵の破片を手渡した。

 

「これって、皇の鍵の欠片!?」

「鉄男が見つけてくれたんだ。アイツはもう帰ったけどな」

 

 破片に視線を落としたままの遊馬に万丈目は出来るだけゆっくりと語りかけた。

 

「貴様は鉄男に『不良と闘うのは自分のためだ』って言ったらしいな。だが、鉄男が悲しい顔をしていたから、貴様は不良に《勢い》で挑んだんだろ。他の理由はみんなこじつけだ、その後からついてきたもんだからな。貴様は自分のためでなく、鉄男のためにも闘っている。親友を悲しませたくなかったら、全力で何が何でも勝ちにいけ」

「でも、俺、父ちゃんのデッキで――」

「分かっている。俺は貴様の『親父さんのデッキで勝ちたい』という意地を妥協するから、貴様は俺の『遊馬を勝たせたい』という意地を妥協してくれ」

「妥協って、何を……?」

「デッキを少し改造させろ」

 

 次の台詞を口にするのは勇気が言った。遊馬が驚いたあまり顔を上げたのをいいことに、万丈目は彼の潤んだ瞳を真っ直ぐに見詰めて声にした。

 

「貴様にモンスターエクシーズを授ける」

 

 その言葉に遊馬の赤い瞳が丸くなる。そして、考えもしない返答をしてきた。

 

「え? 盗むのか?」

「ンな訳あるか! 貴様に俺が一枚だけ買ってやるって言ってんだよ!」

 

 なに馬鹿なことを言ってんだ! 俺の覚悟を返しやがれ!くそったれ、こうなったら自棄だ、こんちくしょー!

 

「此処を何処だと思っている? カードショップだぞ。モンスターエクシーズを買って何が可笑しい!?」

「万丈目……」

「さんを付けろ」

「~っ! ありがとう! 万丈目!」

「うわっ!」

 

 耐えきれずに目をそらした途端、急に遊馬に飛び付かれ、万丈目は後ろに倒れそうになった。ぐいぐいと抱き付かれ、全身で現す感情表現は正直参る。そんな笑顔を見せやがって、さっきまでの泣きそうな顔は何処にいったんだ!?

 

「早く選べ、時間がない」

「おう、分かった!」

 

 早速とばかりにランク8のモンスターエクシーズが飾られた壁に向かう遊馬の首根っこを、万丈目は瞬時に掴んだ。

 

「ちょっと待てい、貴様はこっちだ」

「えー、ランクが高ければ高いほど、強いのに」

「ど阿呆、貴様のデッキはまだランク4を出すのに優れているからな。此処から選べ」

 

 ズルズルと引きずり、遊馬をランク4の壁の前に立たせた。

 

「エクシーズ召喚は自分フィールドに同じレベルのモンスターが二体以上揃ったとき、そのモンスターを素材としてエクストラデッキからモンスターエクシーズを特殊召喚する。そして、エクシーズ召喚の特徴は素材になったモンスターは墓地に行かず、ORU(オーバーレイ・ユニット)となり、モンスターエクシーズをサポートする。ちなみにモンスターエクシーズはレベルではなく、ランク表示になるから、レベルによって効果を受けるカードの対象にならないのも利点だな」

「万丈目。何を言っているのか、さっぱり分からねぇ」

「さん、だ。安心しろ、今晩たっぷりみっちり分かるまでしごいてやる。さぁ、好きなのを一枚だけ選べ」

 

 壁に張り付くようにして遊馬がモンスターエクシーズに目を通していく。万丈目も何が遊馬のデッキとマッチするのか、吟味していた。

 

「あ、このカードがいい!」

「【ジェムナイト・パール】(ランク4/地属性/岩石族/攻2600/守1900)か」

 

 遊馬が指差したのは、ランク4の中では高い攻撃力の部類に位置するモンスターエクシーズだった。

 

「攻撃力2600だぜ! カッコいい!」

「だが、一枚しか買えないモンスターエクシーズを攻撃力が高いだけの効果を持たないモンスターで埋めるのは勿体ないな」

「えー、ならもう一枚買ってくれよ~」

 

 それが出来たら、こんなに俺が苦悩するかよ! 幼稚園児みたいな我が儘に万丈目が遊馬の頭をグリグリ抑えつける。

 

「それより高い攻撃力のモンスターが出てきたら対処できないだろが」

「魔法カードで強化すれば良いじゃねぇか」

「屁理屈言うな」

 

 二人っきりなのに、ぎゃあぎゃあ騒ぎながら壁を見ていると、万丈目は鉄子に昼間お薦めしていたカードに行き当たった。

 

「あ、このカード、攻撃力は2000以下だけど、効果が二つあってお得だぜ!」

 

 偶然にも遊馬も同じモンスターエクシーズを見ていたらしい。

 

「遊馬、このカードにするか?」

 

 お得だから口にしただけであって、このカードをその一枚にするなんて考えもしなかったのだろう。瞬(まばた)きを繰り返す遊馬に万丈目がアピールする。

 

「確かにこのカードの攻撃力は2000以下、ランク4の中でも最低ランクだろう。だが、それを上回る程の効果がある。この効果を使えば、このモンスターエクシーズより強い攻撃力で厄介な効果を持つモンスターすら倒すことが可能だ」

「本当か、万丈目」

「嘘は言わん」

 

 遊馬が手を伸ばし、そのモンスターエクシーズを手に取った。しげしげと見る遊馬の横で、万丈目はそのモンスターエクシーズを活(い)かすにはどんなカードが必要か思考を巡らせていた。

 

「お前、攻撃力弱いのに強いんだなぁ。俺も弱いけど強くなれるのかなぁ」

 

 遊馬の独り言に万丈目の思考回路が停止する。馬鹿な楽観的思考者と思い込んでいた己が恥ずかしい。遊馬も本当は明日のデュエルが不安なのだ。この独白を聞いてしまった以上、尚更遊馬を勝たせたくなった。

 

「万丈目、俺、このカードにするよ」

「後悔するなよ」

「しねぇよ」

 

 いっちょ前に男らしい顔付きを見せた遊馬に安心し、万丈目はカードを受け取ってレジに通した。ポケットから取り出した茶封筒内の商品券を勘定する。万丈目の未練を粉々に打ち砕くように、商品券ぴったりの値段だった。

 

『君が君のデッキでデュエルできる日を楽しみにしているよ』

 

(鉄子さん、ごめんなさい)

 

 万丈目は心から謝罪すると、レジスターの《enter》ボタンを押したのだった。

 

 

8:万丈目に学ぶデュエルの大まかな流れ

 

「ほらよ。俺が貴様にやる、貴様が手にする初めてのモンスターエクシーズだ」

 

 遊馬にモンスターエクシーズを渡す。両手で受け取ると、遊馬は「ありがとう」と礼儀正しく頭を下げた。

 

「ちんたらしている暇はない、デッキを再構築するぞ」

 

 先程とは打って変わって、やたら礼儀正しい遊馬に調子が狂わされないうちに次のステップに入る。なるべく手札事故(手札にモンスターカードがなくて伏せられない等、何もできない状態のこと)や死に札(使えないカード)が出ないようデッキを調整するのだが、やはり遊馬からすると、父親のデッキをあまりいじりたくはないらしい。それでも、あのモンスターエクシーズを活かすには絶対必要なカードがあったため、無理矢理妥協させた。【ダブル・アップ・チャンス】なんて絶対に使わねぇよ! と万丈目は主張したが、遊馬は頑として聞き入れず、危うくまた爆発するところであった。

 

 なんだかんだと大揉めした結果、膨れっ面した遊馬がデッキから抜いても良いと判断したのは僅か二枚だけだった。無論、モンスターエクシーズはエクストラデッキに入れるため、ノーカンである。万丈目のサイドデッキ(予備のカードと思ってほしい)の中で使えるカードと、遊馬のデッキのその二枚を交換したのだった。

 

 出来上がったデッキをシャッフルし、今度は模擬デュエルを行う。

 

「デュエルモンスターズのルールをさらっと説明する、よく聞いておけ」

「ルールぐらい分かっているぜ!」

「初手ドローする奴を誰が信じるか」

 

 遊馬の文句もさらっと流し、万丈目がざっと説明する。

 

「デュエルマットにデッキとエクストラデッキを配置する。エクストラデッキはモンスターエクシーズ等、特殊召喚するモンスターカードが入っている。デッキは四十枚以上、六十枚以下。エクストラデッキは十五枚以下だ、気を付けろ」

「お、おう」

 

 どもりがちな遊馬の返事に一抹の不安を覚えつつ、万丈目は次へ進む。

 

「模擬デュエルを進みながらルール解説を簡単に行う。互いにライフ4000ポイント、手札を五枚引いてからデュエル開始となる。先攻は俺だ。無論、初手はドロー出来ないから五枚からスタートする。ちなみにターン内容はドローフェイズ、スタンバイフェイズ、メインフェイズ1、バトルフェイズ、メインフェイズ2、エンドフェイズで、相手と交代だ」

 

 遊馬をちらりと見てから解説を続ける。よしよし、ちゃんと聞いているみたいだ。

 

「では、先攻はドローフェイズが出来ないため、俺はスタンバイフェイズからメインフェイズ1へ移行だ。メインフェイズ1ではモンスターの召喚や魔法カードの発動、罠カードの設置等を行う。ちなみに、罠カードは伏せたターンには発動できず、手札からも発動できない。魔法カードは伏せてもいいが、手札から発動できるぜ」

「スタンバイフェイズって短いな」

「スタンバイフェイズはドローした直後の一瞬と考えて良い。このとき、スタンバイフェイズで発動できるカード処理が行われる」

「例えば?」

「例えば? そうだなぁ……相手のスタンバイフェイズ毎に時計カウンターが乗り、時計カウンターが四個以上乗ったこのカードが破壊され墓地へ送られた時、手札またはデッキから特定の《エースモンスター》一体を特殊召喚する【遊獄の時計塔】というフィールド魔法や、自分のスタンバイフェイズで更に強いモンスターへ進化するモンスターカードがあるな」

 

 最も俺は初手だから何の心配もいらないけどな、と万丈目は付け加えた。

 

「では召喚についてだが、召喚権は一ターンに一度だけだ。レベル4以下のモンスターなら即召喚できるが、レベル5以上になるとフィールドに存在するモンスター一体を、レベル7以上は二体を生贄……リリースしないと通常召喚できない。この召喚法をアドバンス召喚と呼ぶ」

「アドバンス召喚も通常召喚扱いなのか?」

「その通り。アドバンス召喚は特殊召喚ではなく、通常召喚。だから、レベル4以下のモンスターを通常召喚したら魔法カードでも使わない限り、アドバンス召喚は行えない。エクシーズ召喚等の特殊召喚は一ターンに何度でも出来るぜ。通常召喚の場合、モンスターは表側攻撃表示か裏側守備表示のどちらかで出すことになるが、特殊召喚の場合、表側攻撃表示か表側守備表示のどちらかになる」

 

 万丈目が手札から三枚をフィールドに並べた。

 

「俺はレベル4の【エルフの剣士】を攻撃表示で召喚、罠・魔法カードゾーンにカードを二枚伏せてターンエンドだ」

 

 あ、そうそう、と万丈目は続ける。

 

「何を伏せたかは宣言しなくていいからな」

「えへへ……」

 

 万丈目の睨みに遊馬が誤魔化すように笑った。

 

「じゃあ、二ターン目! 俺のターン、ドロー! スタンバイフェイズからメインフェイズ1へ移行して、【ガガガマジシャン】を召喚! バトルフェイズだ! 【ガガガマジシャン】で【エルフの剣士】を攻撃!」

「この場合、本来なら(・・・・)【エルフの剣士】の攻撃力は1400、【ガガガマジシャン】の攻撃力1500の為、【エルフの剣士】は破壊され墓地へ行き、俺のライフ4000ポイントのうち、差し引き100のダメージを受け、3900ポイントになる。仮に【エルフの剣士】が裏側守備表示あるいは表側守備表示だった場合、【エルフの剣士】の守備力は1200のため、攻撃力1500の【ガガガマジシャン】によって破壊されるが、ライフダメージは受けない」

「本来なら?」

 

 万丈目の引っ掛かる言い方に遊馬が目聡く繰り返す。なんだ、意外と賢いじゃないか。

 

「俺は罠カード【炸裂装甲(リアクティブアーマー)】を発動する」

 

 魔法・罠カードゾーンに置いたカードを一枚引っくり返した。

 

「この通常罠カードは相手モンスターの攻撃宣言時、攻撃モンスター一体を対象として発動し、その攻撃モンスターを破壊する、というシンプルなものだ。俺は【ガガガマジシャン】を効果破壊するぜ」

「あ」

 

 遊馬のフィールドが空っぽになる。

 

「模擬デュエルなのに、本気だすなよ、万丈目!」

「さん、だ! これで本気なら、貴様、明日のデュエルは目を回すことになるぞ。それに初ターンで攻撃表示なんて、罠を仕掛けてあるに決まっているじゃねぇか」

 

 ブーたれる遊馬を万丈目が叱責する。

 

「攻撃するモンスターが遊馬のフィールドから消えちまった以上、バトルは出来ない。バトルフェイズからメインフェイズ2へ移行する。メインフェイズ2でも召喚は行えるが、遊馬はもう召喚権を行使したため、特殊召喚しか出来ない。遊馬、特殊召喚できるか?」

「出来ないぜ!」

「元気良く言うな! このままだと、次の第3ターン目、俺の【エルフの剣士】のダイレクトアタックを確実に受けて、4000-1400=2600になっちまうぞ」

「うげ! じゃあ、罠カードを――」

「ああ?」

「じゃなくって、罠・魔法カードゾーンに秘密のカードを一枚伏せるぜ! これでターンエン――」

「待て! ターンエンド宣言を行う、この短い間がエンドフェイズだ! 俺はこのエンドフェイズ時にもう一枚伏せていたカードをオープンする」

「へ?」

「俺は伏せていた速攻魔法【サイクロン】を発動するぜ。【サイクロン】はフィールドの魔法・罠カード一枚を対象として発動し、そのカードを破壊する。遊馬の伏せカードを破壊だ!」

「あーっ!」

 

 遊馬の伏せカード【バトル・ブレイク】は破壊され、墓地へ行ってしまった。またしても、遊馬のフィールドはすっからかんになってしまったのだ。

 

「通常罠【バトル・ブレイク】。相手モンスターの攻撃宣言時に発動し、相手は手札からモンスター一体を見せてこのカードの効果を無効にできるが、見せなかった場合、その攻撃モンスターを破壊し、バトルフェイズを終了する、という効果だったな。俺が使った【炸裂装甲(リアクティブアーマー)】と少し効果が似ているな」

「万丈目、酷いぜ」

「デュエルに酷いも何もあるか! 遊馬はターンエンド宣言を行っちまったから、俺のターンになり、ドローフェイズで一枚手札に加えて、スタンバイフェイズを経由してメインフェイズ1に入る」

 

 ふう、と息を吐いて万丈目は一度手札をテーブルに見えないように置いた。

 

「これがデュエルの流れだ。だいたい理解出来たか?」

「おう、分かったぜ!」

 

 あまりにも遊馬の威勢が良いので、本当かよ? と万丈目は疑いたくなる。

 

「ライフが0になったら負けだ。どんなに自分フィールド上にモンスターがいても負けは負けだ。裏を返せば、ライフが少しでも残れば、相手フィールドにモンスターがいても、相手のライフが0なら勝利だ。これを聞いて、遊馬はどう思う?」

「ライフは大事にしろってことだな!」

 

 自信満々の遊馬にどう教えようか、と万丈目は頭を働かせた。

 

「では、質問だ。貴様が大事だと思うアドバンテージを順に並べてみろ」

「アドバンテージ?」

「優先順位を付けろってことだ。コストとしてライフを払ったり、フィールド上のカード、手札を墓地に捨てたり送ったりすることがあるからな。ライフアドバンテージ、フィールドアドバンテージ、手札(ハンド)アドバンテージ、この三つを好きに並べろ」

「やっぱり一番目はライフアドバンテージだろ? 二番目はフィールドアドバンテージ、だってモンスターや罠・魔法カードがないと貫通攻撃(ダイレクトアタック)されちまうし、最後は手札アドバンテージかな」

「答えは人それぞれだろうが、俺なら一番目に手札アドバンテージ、二番目にフィールドアドバンテージ、三番目がライフアドバンテージと答える」

「なんで? ライフが0になったら負けじゃねぇか」

「言ったろ、ライフが0にならなければ負けにはならない。300だろうが、100だろうが、1だろうが、相手ライフが0になったら勝ちなんだ。だから、余程じゃない限りライフは払ってなんぼだ。必要経費と割り切れ。逆に手札は無くなったら起死回生が難しいし、デュエルタクティクスの幅が狭まるから大切だ。フィールドアドバンテージは中間だな。だから、俺は手札(ハンド)、フィールド、ライフの順で考えて行動する」

 

 ほうほう、と遊馬が感心したように頷く。

 

「万丈目、デュエルの先生みてぇ」

「当然だ! なんたって、俺はデュエルアカデミアを――」

 

 慌てて自身の口を万丈目は手で封じた。危ない、これは絶対に言っちゃあならねぇんだ。

 

「万丈目、もしかして記憶が戻った――」

「さぁ! 次は貴様に渡したモンスターエクシーズを使ったコンボを練習するぞ! 貴様のモンスターエクシーズは一枚だけだ、トチったら敗北確定だからな!」

 

 敗北確定という言葉に遊馬が居住まいを正す。会話を強制終了できたことに安堵しつつ、遊馬への嘘を密かに謝罪する。

 全部が全部、嘘ではないけれども。

 

 

 

「俺はモンスターをエクシーズ召喚! エクシーズ素材となった二体のモンスターを重ねて、更にその上にモンスターエクシーズを置く! 次にモンスターエクシーズの効果を発動! 対象は【デーモンの斧】を装備した【エルフの剣士】だ! そして、手札から装備魔法カードをモンスターエクシーズに装着! バトル! 【エルフの剣士】を破壊してダメージだ!」

 

 時計の針はかなり進んでいた。遊馬のモンスターエクシーズが万丈目の【エルフの剣士】を破壊し、ライフダメージを与えることに成功した。

 

「や、やったー!」

 

 遊馬が飛び上がって喜ぶ。コンボや基本ルールを遊馬が理解するまで付き合った万丈目には、その元気もない。

 

「万丈目、俺、やったぜ!」

「だから、さんを付けろと何度言わせれば――」

 

 ぐ~、と腹の虫が鳴いた。遊馬だろ、違うよ万丈目だろ、と言い争いをしていると、再び鳴いた。どうやら二人とも犯人のようだ。

 

「一度連絡したとはいえ、明里さんも心配しちまうな。雨も止んだし、そろそろ帰るか」

 

 カードを片付け、帰る準備を行う。ライダージャケットを着こなし、店内に置いていたジャケットを着た遊馬を外に出してから最終確認をして、明かりを消し、店を閉めた。雨上がりだからか、水風船のように大きく膨らんだ月がよく見える。バイクの椅子の蓋を開け、遊馬用のヘルメットを取り出し手渡すと「万丈目」と呼ばれた。

 

「さん、だって――」

「ありがとう」

 

 月をバックに素直な気持ちを告げる遊馬に万丈目は言葉を失った。

 

「姉ちゃんにデュエル禁止されているから、俺、デュエルについて詳しく聞ける相手がいなくてさ、だからといって、友達にも恥ずかしくて聞けなかったんだ。そんなことも知らないのか、と呆れられるのが怖かったんだ。勢いとかっとビングさえあれば勝てるって、本当に思っていた」

 

 ぎゅう、とヘルメットを抱き締めながら遊馬は言葉を紡いでいく。

 

「今日、凄く嬉しかったんだ。初めてのモンスターエクシーズを手に入れられて、万丈目がすっげぇ丁寧で親切に、馬鹿な俺が分かるまで嫌がることなく説明してくれて助かったんだ」

 

 嬉しそうに笑う遊馬が恥ずかしくて、万丈目は背を向けたくて仕方がなかった。俺は貴様が思うほど、良い奴じゃねぇよ、馬鹿。

 

「だから、明日は絶対に勝つぜ! 俺自身のためにも、鉄男のためにも、万丈目のためにも!」

 

 遊馬の誓いを万丈目は先程とは別の意味で直視できなかった。彼が本気で言っているからこそ居たたまれなかった。明日の相手は極東チャンピオンシップのファイナリストなんだぞ。鉄男に五十連敗中の奴が、たった一枚のモンスターエクシーズを片手に、こんな一晩限りの特訓で強くなれるかよ。負けたら、大事なデッキを奪われちまうんだぞ。

 なんか言わなくては。嘘でも良い、俺も貴様が勝つと信じている、と言え。やっぱり貴様には無理だなんて、酷なことは言えない。

 

「あのさぁ、万丈目」

 

 何も言わない万丈目を不審に思ったのか、遊馬が話の流れを変えてきた。

 

「一つ頼み事があるんだ」

「頼み事?」

「これ、預かっててくれねぇ?」

 

 そう言って、遊馬が渡したのは鉄男が回収してきた皇の鍵の破片だった。

 

「割れたとはいえ、親の形見だろ! そんな大事なものを俺になんて――」

「だから、万丈目に持ってて欲しいんだ」

 

 万丈目の右の手の平に置かれた皇の鍵の破片を、遊馬が掌ごと両手で包み込んだ。

 

「デュエルフィールドにいるのは相手と俺だけだろ。《一人》で闘うことになるけど、《独り》じゃないことを知っておきたいから、万丈目に持っていて欲しいんだ。俺とお前で同じのを持っていると分かったら、なんか勇気が出ると思うんだ。かっとビングできる勇気を分けて欲しいんだ」

「かっとビングできる勇気……BRAVING(ブレイビング)ってか」

「おお、ブレイビングか! 格好いいな!」

 

 即興かつ適当に思い付いた造語に遊馬がニカッと笑うから、万丈目もフンと笑ってやった。遊馬が手を離した後、万丈目は皇の鍵の破片を握り締めた。

 

(かっとビングできる勇気よりも先に、そのかっとビングを信じる力を貰っちまったな)

 

 今度は二人一緒にお腹が鳴った。顔を見合わせて爆笑した後、今日の晩御飯は何だろう、婆ちゃんの飯はなんだって旨いぜ! と会話しながら、バイクに跨がり、二人は九十九家を目指した。

 

 帰宅後、あまりの遅さに明里から二人揃って叱られたのは言うまでもない。

 

 

10:シャークvs遊馬、TURN1~4

 

 翌日は昨日の雨が嘘のように快晴だった。様々な人が行き交うハートランドシティの駅前広場では、二人の少年が対峙していた。

 

「怖じ気づかなかったのは褒めてやるが、尻尾を巻いて逃げてりゃデッキだけは助かったものを」

 

 外ハネした紫髪と同じ色を主体としたコーディネートで身を包んだ少年――この不良が遊馬の対戦相手・シャークらしい。ギザギザ刃の剣のような視線に只のデュエリストではないことが伺い知れる。

 

「シャーク! お前みたいな奴から逃げるくらいなら、デュエリストをやめた方がマシだぜ!」

 

 それに対し、折れた皇の鍵を首からぶら下げ、フードの付いた赤色が基調の私服の遊馬が強く打って出る。

 

「遊馬、頑張れ!」

「負げるんじゃねぇぞ」

(鉄男の奴、やっぱり風邪を引いたんじゃねぇか)

 

 遊馬側の応援は明るい元気な小鳥と風邪っ引きでマスクをした鉄男、そして左手をズボンに突っ込んだままの万丈目だった。

 

「デュエル界を追放されたとはいえ、去年の極東チャンピオンシップのファイナリストにトーシローが勝てるかよ」

「わざわざ、この為だけにシャークさんは新たなデッキを用意したんだ! 感謝しろよ、一年坊主!」

 

 不良の取り巻き二人は中学二年生のようだ。十四歳の癖して柄が悪すぎだろ。

 

「俺ど闘(だだが)っだ時(どぎ)ど、デッギが違(ぢが)うのが!?」

「鉄男、喉痛めるから少し黙ってろ」

 

 濁音を付けて話す鉄男に突っ込みつつ、万丈目は明里から借りたDゲイザーをセットする。二人の対戦者もまたDゲイザーを左目に装着し、Dパッドを展開していた。

 

『ARヴィジョン・リンク』

 

 機械音声が鳴り、数字の羅列が降り注いで、この場が巨大なデュエルフィールドと化す。ソリッドヴィジョンとは異なる質感に今でも万丈目は慣れないでいる。

 遊馬を見た。彼の横顔が緊張のため引きつっているが、悲壮感は漂っていない。前を向く真摯な瞳には、きっと情熱を宿していることだろう。負けるなよ、遊馬! ズボンのポケットに入れた皇の鍵の欠片を万丈目は強く握り締めた。

 

「デュエル!」

 

 遊馬とシャークが宣言し、二人の決闘の火蓋が切って落とされた。

 

 

――1ターン目、シャーク。4000ライフ。

―手札:5枚

 

「先攻は俺が貰う。俺はモンスターカードを一枚裏側守備表示でセット、罠・魔法カードゾーンに一枚セットしてターンエンド!」

 

 出だしは大人しいもので、シャークは二枚伏せただけだった。

 

 

――2ターン目、遊馬。4000ライフ。

―手札:5+1枚

 

「かっとビングだ、俺! ドロー! よっしゃあ、【ズババナイト】(星3/地属性/戦士族/攻1600/守900)』を通常召喚! コイツは表側(・・)守備表示のモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算を行わずそのモンスターを破壊する効果を持っているんだ!」

「遊馬、相手のモンスターカードは裏側(・・)守備表示だから意味ないぞ」

「ま、万丈目! ゴゴ誤(ゴ)解するなよ、俺はただカード効果を読み上げただけだって!」

 

 気合いを纏った遊馬の召喚に万丈目は思わず突っ込んでしまった。遊馬は誤解だと言ったが、昨晩みっちり付き合った万丈目からすると、カードテキストを勘違いしたのだろうなぁ、と分かっていたが、可哀想だからもう何も言わないでおいてあげた。

 

「バトルだ! 【ズババナイト】、シャークの裏側守備モンスターを攻撃しろ!」

 

 ズババッと剣を振り下ろし、裏側守備モンスターを攻撃する。攻撃の瞬間、表側守備にひっくり返ったが、相手の守備力よりズババナイトの攻撃力が上回っていたため、呆気なく破壊されてしまった。やった! と遊馬は喜ぶが、この時、シャークが笑ったことに気が付いた奴なんて一人もいないだろう。

 

「シャークさんのモンスターが2ターン目で破壊されるなんて!」

「う、嘘でしょ!?」

 

 気色(けしょく)ばむ取り巻きとは対照的に、遊馬陣営の二人は明るい。

 

「一体撃破ね! でも、なんか亀みたいなドラゴンだったわね」

「守備(じゅび)表示(びょうじ)だがら、ライブダメージば受げねぇげどな」

「鉄男、もう黙っとけ。破壊したカードは【ウイングトータス】(星3/風属性/水族/攻1500/守1400)……ということは《除外海産物》(除外ギミックを用(もち)いた水・魚・海竜族デッキのこと)か。こりゃあ厄介だぜ!」

 

 先程、遊馬に忠告していた黒髪の細身の男の発言にシャークは浮かべた笑みを無くしてしまった。たった一枚のカードで己が組んだ最新鋭のデッキがバレたのだ。

 

(アイツ、いったい何者だ?)

 

 だが、応援団の一人が気付いたところでどうしようもない。

彼の言う通り、もう厄介なことは始まってしまっているのだ。

 

「俺はこれでターンエンドだ!」

 

 遊馬は何も伏せずにターンエンド宣言を行った。

 

 

――3ターン目、シャーク。4000ライフ。

―手札:3+1枚

―場 :伏せカード一枚

―墓地:【ウイングトータス】

 

「俺のターン、ドロー! 俺は【エアジャチ】(星3/風属性/海竜族/攻1400/守300)を表側攻撃表示で通常召喚するぜ!」

 

 シャークのフィールドに赤黒い禍々しい翼を持ったシャチが現れる。

 

「まずいな、下手すると1500のダイレクトアタックか」

「万丈目さん、まだ攻撃力1600の【ズババナイト】がいますよ?」

 

 万丈目の呟きに小鳥が不思議そうに話し掛けた。彼女の言う通り【エアジャチ】の攻撃力は1400、攻撃力1600の【ズババナイト】にバトルなんて仕掛けたら、逆に破壊され、シャークは自身のライフを200ポイント削る羽目になってしまう。

 

「【エアジャチ】の効果発動! 一ターンに一度、手札から魚族・海竜族・水族モンスター一体をゲームから除外する事で、相手フィールド上に表側表示で存在するカード一枚を選択して破壊する! 俺は手札の【フライファング】(星3/風属性/魚族/攻1600/守300)を除外し、【ズババナイト】を破壊だ!」

「《ズババ》ーッ!」

 

 遊馬が【ズババナイト】の愛称を叫ぶ。シャークが手札三枚のうちの一枚【フライファング】を除外したことで【エアジャチ】の効果が発動し、【ズババナイト】は効果破壊されてしまった。【エアジャチ】では攻撃力が足りないと安心していただけに、遊馬は一瞬放心状態になりそうになるが、どうにか踏ん張る。

 

「ごのままだど、1400のダイレグドアダッグがよ!?」

「安心しろよ、風邪っ引きデブ。【エアジャチ】はその後、次の自分のスタンバイフェイズ時までゲームから除外されちまうからな」

 

 シャークの言う通り、【エアジャチ】は除外され、フィールドから消え去った。彼のフィールドには罠・魔法カードゾーンに置かれた伏せカード一枚のみとなった。

 

「良かったぁ」

「良くないだろ! 【エアジャチ】は次の不良野郎のターンのスタンバイフェイズに奴のフィールドに戻ってきちまうんだ。それに奴のメインフェイズ1はまだ終わっちゃいねぇ!」

 

 このままエンドフェイズに、と安堵する遊馬に万丈目ががなり立てる。

 

「黒髪の言う通りだぜ! 墓地の【ウイングトータス】の効果発動! 自分フィールド上に表側表示で存在する魚族・海竜族・水族モンスターがゲームから除外された時、このカードを手札または自分の墓地から特殊召喚する事ができる! もう一度現れろ、【ウイングトータス】!」

「おい待て、誰が《黒髪》だぁ! 俺の名は一、十、百、千、万丈目さんだ!」

「万丈目さん、落ち着いて下さい!」

 

 デュエルそっちのけで怒り出す万丈目を小鳥が落ち着かせる。とにかくも【エアジャチ】が除外されたことで効果が誘発され、シャークのフィールドに1ターン目に破壊された攻撃力1500の【ウイングトータス】が墓地から復活する。

 

「更に1ターン目で伏せていた通常罠【魔製産卵床】を発動! 自分フィールド上に表側表示で存在する魚族・海竜族・水族モンスターがゲームから除外された時に発動する事ができ、自分のデッキからレベル4以下の魚族・海竜族・水族モンスター一体を手札に加える!」

 

 シャークが1ターン目で伏せていたカードがひっくり返り、その正体を現した。

 

「【エアジャチ】が俺のフィールドから除外されたから、この罠カードも発動できるんだよ。俺は【シャーク・サッカー】(星3/水属性/魚族/攻200/守1000)をデッキから手札に加えるぜ!」

 

 シャークの手札が二枚から三枚に増える。隙のない戦法に遊馬は彼がファイナリストたる所以(ゆえん)を見た。

 

「メインフェイズ1からバトルフェイズへ移行! 攻撃力1500の【ウイングトータス】でダイレクトアタック!」

「うわぁーっ!」

 

 モンスターからプレイヤーへのダイレクトアタックを受け、遊馬の4000ライフから1500差し引かれ、2500になる。

 

「そんな1500のダイレクトアタックなんて!」

 

 事実を口にした途端、小鳥はこのターンの始めに万丈目が予告していたこと――「まずいな、下手すると1500のダイレクトアタックか」――が蘇った。

 

(この人は此処まで先を読んでいたんだ! 遊馬と同レベルで口喧嘩(コント)する人としか思ってなかったけど、万丈目さんっていったい何者なの?)

 

 小鳥が疑問に思うなか、特に伏せるカードがなかったのか、シャークがターンエンドを宣言した。

 

 

――4ターン目、遊馬。2500ライフ。

―手札:5+1枚

―場 :0枚

―墓地:【ズババナイト】

 

「まだまだやれるぜ! 俺のターン、ドロー! 俺は【タスケナイト】(星4/光属性/戦士族/攻1700/守100)を通常召喚! バトルフェイズだ! 攻撃力1700の【タスケナイト】で攻撃力1500の【ウイングトータス】にアタック!」

「200ライフポイントのダメージか、これぐらいどうってことないぜ」

 

 【ウイングトータス】が破壊され、シャークのフィールドが空になるが、彼の表情に焦りがない。シャークのライフを3800に削れたことに小鳥と鉄男が喜ぶが、万丈目は気が気でならなかった。

 

「遊馬! 守りを固めろ、次で終わりたくなければな!」

 

 他人のデュエルに口を挟むなんて御法度だと知りつつも、つい万丈目は言ってしまっていた。

 

「つ、次で終わっちまうの、俺?」

「何もしなければそうなる、だから相手の前回のパターンを思い出せ」

「前回のパターン……?」

 

 遊馬は万丈目の忠告を復唱する。3ターン目は【エアジャチ】が通常召喚され、そのモンスター効果を使い、シャークが手札を一枚除外して遊馬のモンスター【ズババナイト】を効果破壊した。【エアジャチ】本体は効果を使ったことにより、フィールドから除外されたが、代わりに墓地の【ウイングトータス】の効果――自分フィールド上に表側表示で存在する魚族・海竜族・水族モンスターがゲームから除外された時、このカードを手札または自分の墓地から特殊召喚する事ができる――が誘発され、特殊召喚された。【エアジャチ】の効果でフィールドが空っぽになってしまっていた遊馬は【ウイングトータス】のダイレクトアタックを受けてしまった。そして今、次のシャークのスタンバイフェイズに【エアジャチ】は自身の効果により除外ゾーンからフィールドに戻り、【ウイングトータス】は墓地にいる。

 

「あ」

 

 昨日までの遊馬ならまず気付かなかったであろう。処刑場が既に用意されていることに遊馬はぶるりと身を震わせる。

 

「俺は罠・魔法カードゾーンにカードを一枚伏せてターンエンドだ!」

「遊馬が何のガードが言わずに伏(ぶ)せだなんで!」

 

 そんな当たり前の行為に感動する鉄男を見ながら、遊馬との五十戦は辛かっただろうなぁ、と矯正させた張本人たる万丈目は同情してしまった。

 

 

11:シャークさんの神懸った5ターン目

 

――5ターン目、シャーク。3800ライフ。

―手札:3+1枚

―場 :なし

―墓地:【ウイングトータス】

―除外:【エアジャチ】【フライファング】

 

「ククッ、このターンでもしかすると終わっちまうかもな。ドローフェイズだ、ドロー! この瞬間、スタンバイフェイズに3ターン目で除外された【エアジャチ】がフィールドに御帰還するぜ! 前のターンに【エアジャチ】は自身の効果を使った後、次の自分のスタンバイフェイズ時までゲームから除外していたからな」

 

 早速、【エアジャチ】がフィールドに躍り出る。また同じ戦法か、と遊馬は身構えた。

 

「メインフェイズ1に入る。俺は四枚の手札から【クレーンクレーン】(星3/地属性/鳥獣族/攻300/守900)を通常召喚! 【クレーンクレーン】が召喚に成功した時、自分の墓地のレベル3モンスター一体を特殊召喚することが出来る! この効果で特殊召喚したモンスターの効果はフィールド上では無効化されちまうが、関係ねぇ。蘇れ、【ウイングトータス】!」

 

 朱色で鳥の形をした機械のクレーンがシャークのフィールドに現れ、墓地にいた【ウイングトータス】を引っ張り上げる。

 

「更に! 手札の【シャーク・サッカー】(星3/水属性/魚族/攻200/守1000)を特殊召喚するぜ。コイツは自分フィールド上に魚族・海竜族・水族モンスターが召喚・特殊召喚された時、手札から特殊召喚する事ができるんだよ!」

 

 シャークの手札が三枚から二枚に減り、厳(いか)めしい顔をした魚が参戦する。シャークのフィールドに同じレベルのモンスターの【エアジャチ】【クレーンクレーン】【ウイングトータス】【シャーク・サッカー】の四体が一気に並んだ。

 

「レベル3が四体(よんだい)も!」

「くるぞ……っ!」

 

 お誂(あつら)え向きの場面に鉄男と万丈目が警戒する。遊馬も異様な空気にごくりと喉を鳴らした。

 

「レベル3の【クレーンクレーン】と【ウイングトータス】をオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築!」

 

 シャークの掛け声で二体のモンスターは光になると、口を大きく開けたエクシーズの渦に吸い込まれていく。

 

「エクシーズ召喚! 来いっ! 【虚(こ)空海(くうかい)竜(りゅう)リヴァイエール】(ランク3/風属性/水族/攻1800/守1600)!」

 

 エクシーズの渦から一体のモンスターが飛び立った。二つの光の玉を纏った、翼を生やした水色の海竜が唸り声を上げる。

 

「出たっ! シャークさんの新エースモンスターだ!」

「これがエクシーズ召喚……っ!」

「初(ばじ)めて見るモンズダーだ」

 

 不良の取り巻きは歓声をあげ、遊馬と鉄男が唖然とする。模擬デュエルの卓上しかプレイしたことがない万丈目に至っては、ARヴィジョンで見るモンスターエクシーズに声すら出せなかった。

 

「あのモンスターエクシーズの周りに飛び交っている二つの光の玉は?」

「あれはエクシーズ召喚の素材になった【クレーンクレーン】と【ウイングトータス】だ。素材となったモンスターは墓地にいかず、ORU(オーバーレイ・ユニット)になって、そのモンスターエクシーズをサポートする」

 

 小鳥の無邪気な質問に、正気に戻った万丈目が回答する。ヤバい、流石ファイナリスト、初心者同然の遊馬には荷が重すぎる!

 

「驚いている暇はないぜ! 【虚空海竜リヴァイエール】の効果発動! 一ターンに一度、このカードのエクシーズ素材(オーバーレイ・ユニットのこと)の一つである【ウイングトータス】を取り除き、除外されている自分または相手のレベル4以下のモンスター一体を自分フィールドに特殊召喚する! 《ディメンション・コール》!」

 

 光の玉を一つパクリと食べた【虚空海竜リヴァイエール】が咆哮する。すると次元の穴が開き、3ターン目で【エアジャチ】の効果で手札から除外された【フライファング】(星3/風属性/魚族/攻1600/守300)――翼が生えた鮫が飛び出してきた。これでシャークのフィールドには、手札二枚のまま、攻撃力1800の【虚空海竜リヴァイエール】と攻撃力1600の【フライファング】、攻撃力1400の【エアジャチ】、攻撃力200の【シャーク・サッカー】の四体が並んだ。対して遊馬のフィールドのモンスターカードゾーンには、攻撃力1700の【タスケナイト】がいるだけだ。

 

「あれで総攻撃なんてされたら、遊馬は……っ!」

「安心しな、俺のメインフェイズ1はまだ終わってすらいねぇからよ!」

 

 青ざめた小鳥の発言に、ニヤリと笑ったシャークは押しの一手を進める。

 

「【エアジャチ】の効果発動だ! 一ターンに一度、手札から魚族・海竜族・水族モンスター一体をゲームから除外する事で、相手フィールド上に表側表示で存在するカード一枚を選択して破壊するぜ。俺は手札から【スカイオニヒトクイエイ】を除外し、遊馬のフィールドの【タスケナイト】を破壊だ!」

「まだ同じ戦法(ぜんぼう)をっ!」

 

 3ターン目と同じように遊馬のモンスターが効果破壊される。濁声の鉄男が声をあげるが、遊馬は落ち着いたままだ。その様子に一枚の伏せカードが遊馬を救うことを万丈目は信じた。

 

「それにしても、あの不良、相当賢いぜ」

「え?」

 

 万丈目のぼやきに小鳥が疑問符を浮かべる。

 

「効果発動後、【エアジャチ】は次の俺のスタンバイフェイズまで除外される……が、フィールドのモンスターが除外されたことでコイツが墓地から特殊召喚されるぜ! 何度でも蘇れ、【ウイングトータス】!」

 

 シャークのフィールドに【ウイングトータス】がまたしても特殊召喚される。【エアジャチ】は除外されたが、【ウイングトータス】が参戦したため、モンスター数は四体のままだ。

 

「なんで【ウイングトータス】が墓地にいるの!?」

「【虚空海竜リヴァイエール】の効果でオーバーレイ・ユニットを墓地に送っただろ? オーバーレイ・ユニットはエクシーズ召喚の素材となったモンスターで、【虚空海竜リヴァイエール】のエクシーズ召喚の際に素材になったのは【ウイングトータス】と【クレーンクレーン】だ。【虚空海竜リヴァイエール】の効果でオーバーレイ・ユニットの【ウイングトータス】を墓地に送ったんだ。【エアジャチ】の効果ですぐさま蘇るようにな」

 

 小鳥の質問に万丈目が答え、視線を強くして続ける。

 

「シャークといったか、アイツの戦法に無駄なんて一つもねぇ! こちらが感心しちまうくらい緻密なプレイングセンスを持つ恐ろしい奴だ」

「万丈目さん、遊馬は負けませんよね?」

 

 小鳥の不安げな声に万丈目は即答できなかった。必ず勝てる! と安心させるためだけに嘘をつける程、万丈目はロマンチストではない。

 

「小鳥ちゃん、今はアイツを信じよう」

 

 左手で皇の鍵の欠片を握り締める。包帯越しの薬指に触れたが、痛みなんて気にもならなかった。

 

「これでテメェのモンスターカードゾーンはがら空きになっちまったな! 更に俺はレベル3の【ウイングトータス】と【シャーク・サッカー】でオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚! 来いっ! 二体目の【虚空海竜リヴァイエール】!」

「モンスターエクシーズが二体も!」

 

 エクシーズの渦から躍り出た【虚空海竜リヴァイエール】に遊馬が素っ頓狂な声を出す。まずいな、と万丈目は顔を顰(しか)めた。

 

「【虚空海竜リヴァイエール】の効果発動! このカードのエクシーズ素材の【ウイングトータス】を墓地に送り、除外されている【スカイオニヒトクイエイ】を特殊召喚するぜ! 二度目の《ディメンション・コール》!」

 

 この5ターン目で【エアジャチ】の効果により手札から除外されていた【スカイオニヒトクイエイ】(星3/風属性/海竜族/攻600/守300)――黄色のマーカーが入った、緑色の空飛ぶ巨大エイが特殊召喚される。結果、手札一枚残った状態で、シャークのフィールドに攻撃力1800の【虚空海竜リヴァイエール】が二体、攻撃力1600の【フライファング】、攻撃力600の【スカイオニヒトクイエイ】の四体が並んだ。

 

「出た! シャークさんのモンスターコンボだ!」

「これぞ、シャークさんお得意の怒涛の連続召喚!」

 

 小判鮫のような取り巻きが口笛を吹く。逆に遊馬陣営は葬式のように静まり返っていた。

 

「メインフェイズ1終了、バトルフェイズだ。まずは攻撃力1600の【フライファング】でダイレクトアタックだ!」

 

 シャークが右手を伸ばして命令を下すと、彼が右の薬指と小指に填めていたシルバーリングがキラリと光った。このままではシャークのモンスターたちのダイレクトアタックと言う名の連撃を受け、遊馬のライフは0になり、敗北を喫してしまう。

 

「シャークさん、凄ぇぜ!」

「四体のモンスターのダイレクトアタックでオーバーキルだ!」

 

 取り巻き二人がリーダーの勝利を確信する。

 

「もうお終(じま)いだぁ~っ!」

「でも、遊馬のフィールドには伏せカードが後一枚あるわ!」

「御明察! 【エアジャチ】の破壊効果で発動されなかったのを見る限り、あれはバトルフェイズで発動するタイプだ!」

 

 喚く鉄男に希望を浮かべる小鳥、万丈目がそれを後押しする。遊馬がそれに応えるように声を張り上げた。

 

「伏せカード、オープン! 通常罠【ピンポイント・ガード】! 相手モンスターの攻撃宣言時、自分の墓地のレベル4以下のモンスター一体を選択して発動できる! 選択したモンスターは表側守備表示で特殊召喚され、この効果で特殊召喚したモンスターはそのターン、戦闘及びカードの効果では破壊されない!」

 

 守りのカードが発動する。【タスケナイト】が墓地から現れ、彼のフィールドのがら空き状態を防いだ。

 

「この場合、どうなるの?」

「空っぽのモンスターカードゾーンに新たなモンスターが登場し、攻撃対象がプレイヤーからモンスターに変更されたことで戦闘の巻き戻しが起きる。この場合、戦闘が巻き戻されたため、シャークは【フライファング】の攻撃続行か取り止めのどちらかを選択できる」

 

 小鳥の疑問に万丈目が的確に答える。流石姉ちゃんのカードショップで働いているだけあるな、と鉄男は密かに凄いと思った。

 

「イラッとするぜ! 【ピンポイント・ガード】の効果で復活した【タスケナイト】は守備表示だからダメージも受けねぇうえ、破壊も出来ない効果付だ。攻撃してもまるで意味がねぇ。【フライファング】の攻撃は取りやめだ」

 

 シャークが忌々しげに宣言した。

 

「【フライファング】然(しか)り【虚空海竜リヴァイエール】も攻撃しても得がねぇ。くそったれ! 【スカイオニヒトクイエイ】、あの一年坊主を攻撃しろ!」

「攻撃力600しかないのに!?」

「ド素人が! 【スカイオニヒトクイエイ】はな、相手プレイヤーに直接攻撃する事ができるんだよ!」

「フィールドにモンスターがいるのに、ダイレクトアタックなんて! うわっ!」

 

 優雅に空を泳いでいた【スカイオニヒトクイエイ】が突如として【タスケナイト】を無視して、遊馬に体当たりする。遊馬のライフは残り2500から1900になった。

 

「【スカイオニヒトクイエイ】は直接攻撃を行ったバトルフェイズ終了時、次の自分のスタンバイフェイズ時までゲームから除外される。そして、フィールドからモンスターが除外されたことにより、先程墓地に行った【ウイングトータス】を特殊召喚するぜ」

 

 もはや顔馴染みとなった【ウイングトータス】が再登場する。うげっ! と遊馬が顔を歪ませた。

 

「メインフェイズ2に入る。レベル3の風属性【ウイングトータス】と【フライファング】でオーバーレイ! エクシーズ召喚! 出てこい、【トーテムバード】(ランク3/風属性/鳥獣族/攻1900/守1400)!」

 

 トーテムポールに描かれた鳥のような暗い藍色のモンスターがエクシーズの渦から羽ばたき、攻撃表示で舞い降りた。

 

「モンスターエクシーズが三体も!?」

 

 圧巻な光景に遊馬はたじろぐ。万丈目は相手のデュエルタクティクスに舌を巻いた。

 

「俺はこれでターンエンドだ!」

 

 盤石の守りを得たシャークは遊馬を見下しながら長いターンを終了した。

 

 

12:やっぱり初心者な遊馬の6ターン目

 

――6ターン目、遊馬。1900ライフ。

―手札:4+1枚

―場 :【タスケナイト】

―墓地:【ズババナイト】

 

「俺のターン、ドロー! くそっ、相手フィールドにはモンスターエクシーズが三体も並んでて、俺のフィールドにはモンスターが一体だけ! ど、どうしよう……あ!」

 

 五枚の手札を見て、遊馬は閃いたようだ。にんまり笑うと、手札を一枚掲げた。

 

「万丈目から借りたカードを使うぜ! 通常魔法【ブラック・ホール】! フィールドのモンスターを全て破壊する!」

「あの馬鹿っ!」

 

 遊馬の起死回生アクションに万丈目が思わず叫んだ。シャークがニヤッと笑った。

 

「この瞬間、【トーテムバード】の効果発動! このカードのエクシーズ素材を二つ取り除いて発動。魔法・罠カードの発動を無効にして破壊する! 【ブラック・ホール】を破壊しろ、《エアウィンド・スラッシュ》!」

 

 【トーテムバード】が音速で羽ばたき、それによって起こされた真空波が遊馬の【ブラック・ホール】を破壊した。

 

「モンスターエクシーズのこと、もっと勉強しとけって言ったのに!」

 

 遊馬の勉強不足によるミスに万丈目は嘆いた。

 

「【トーテムバード】はエクシーズ素材が無い場合、攻撃力は300ポイントダウンする」

 

 悄然する遊馬たちを無視し、シャークは淡々と効果処理を行う。【トーテムバード】の攻撃力は1900から1600にダウンした。

 

 万丈目はデュエル状況を整理した。攻撃力1700の【タスケナイト】で【トーテムバード】は破壊出来るが、攻撃力1800の【虚空海竜リヴァイエール】二体は倒せない。遊馬の手札にレベル4モンスターがいれば、ソイツを通常召喚し、レベル4の【タスケナイト】とエクシーズ召喚を行い、万丈目が与えたモンスターエクシーズを特殊召喚できるが、攻撃力2000以下のため、シャークのモンスターを倒すのは難しい。返しのターンにフルボッコされるのがオチだ。

 

(やはり攻撃力2600のモンスターエクシーズ【ジェムナイト・パール】をあげるべきだったか!)

 

 後悔しても、もはや遅い。悔恨の表情を浮かべる万丈目に遊馬も不安の色を浮かべる。

 

(駄目だ、全然かっとべねぇ!)

 

「なんだ、まだそんなもん、ぶら下げてんのか?」

 

 意図せずに遊馬が割れた皇の鍵を握り締めていると、シャークが話し掛けてきた。

 

「なんだと?」

「そんなもんにすがってるから、デュエルに勝てねぇんだ。所詮テメェは自分の力じゃ何もできない奴なのさ!」

 

 シャークの嘲笑に遊馬の拳がわなわなと震えた瞬間、「遊馬を馬鹿にするんじゃねぇ!」とデュエルフィールドを空竹割りするような叫びが響き渡った。

 

「万丈目――」

「さん、だ!」

 

 瞬時に訂正し、太々(ふてぶて)しい態度のまま、万丈目は続けた。

 

「あと、シャークと言ったか! 遊馬を馬鹿にしていいのは俺だけだ!」

「万丈目(ばんじょうめ)ざん、ぞればないのでば?」

 

 真剣な顔して、変な怒り方をする万丈目に鉄男が呆れた声を出す。遊馬は、デュエルが始まってからずっと彼がズボンのポケットに入れていた左手を外に出していることに気が付いた。その左手に何が握られているかを知らない遊馬ではない。

 

(サンキュー、万丈目!)

 

 いつもと変わらない彼に遊馬も元気を取り戻していく。

 

(そうだ! 俺は独りじゃない! かっとビングする勇気を出せ! いくら失敗したって、いくら笑われたって今までかっとび続けてきたのは!)

 

「俺が俺自身を信じてきたからだ!」

 

 遊馬が割れた皇の鍵を首から外す。すると太陽の光に反射したと思いきや、皇の鍵自身が強く光を放ち始めた。

 

「なんだ! 何が起きているんだ!」

 

 観衆がざわめき出す。その刹那、万丈目は元通りに完全復活した皇の鍵を持った遊馬が別次元へ飛ぶ幻を見た。

 

「遊――」

『お前はこっちだ』

 

 名を呼んで手を伸ばすより先に、万丈目もまた遊馬とは異なる別次元へ吸い込まれていった。

 

 

13:瓦礫の道にて

 

 万丈目が目を開けると、其処は奈落に浮かぶ断崖絶壁の道の上だった。万丈目の後ろに道が連々(れんれん)と続いていたが、前にはしばらくも歩かないうちに道が切れているのが見えた。

 

「此処はいったい!? 遊馬は!? デュエルは!?」

『ようやっと見付けることが出来た』

「貴様、何者だ!? 俺を万丈目サンダーと知っての狼藉か!」

 

 空間を揺るがす声は万丈目を此処に引き摺り込んだのと同じものだった。姿を現さない相手に万丈目は声を荒げて尋ねた。

 

『ああ、知っている。万丈目準、お前の始まりから今までの総(すべ)てを。お前自身すら知らぬお前のことを』

 

 姿見えぬ声の予期せぬ回答に万丈目は目を見開いたが、すぐにいつもの調子を取り戻して詰問した。

 

「俺の総てを知っていると言うのならば、何故どうしてどうやって、俺がハートランドシティにいるのか教えろ!」

 

 声は間を置いて、万丈目に告げた。

 

『これは猶予期間(モラトリアム)だ。新しき扉を開(あ)け、旧(ふる)き扉を閉めよ』

「俺の質問に答えろ! 謎(なぞ)なぞで返すんじゃねぇ! 第一、扉なんて何処にもありゃしねぇじゃねぇか!」

 

 前にも後ろにも道が続いているだけで、扉どころか障害物すらない。しかも前方に至っては途中で瓦礫の道が崩れ落ちている始末だ。

 

「貴様! いい加減に名乗れ!」

『我の名は、お前が扉を開けるときに呼ぶであろう』

 

 全ての質問をはぐらかす相手に苛々しっぱなしの万丈目だったが、この声が上から降ってきていることに気が付いた。この俺を見下ろすとは良い度胸だな! とねめつけるように見上げると、其処には場違いな程に壮大な星空が広がっていた。

 

「星空……?」

 

 万丈目が穏やかになるのを待っていたかのように、急に皇の鍵の欠片を握り込んだままの左手から光が溢れ出た。恐る恐る開いてみると、掌(てのひら)には緑色の宝玉が付いた金色の皇の鍵の破片から再生し変化した――青色の宝玉が付いた銀色の皇の鍵が輝いていた。

 

「皇の鍵が再生して全くの別物になった。これは……」

『此(これ)は《帝(みかど)の鍵》だ。我とお前を繋げ、今・過去・未来を一つの道(ロード)にするもの』

「《帝の鍵》? こんな不思議なことが……。貴様、もしかしてカードの精――」

 

 風が舞い上がる。うわっ! と思わず万丈目は目を瞑(つぶ)ってしまったが、相手の『我を感じとれる者よ、次に会えるのを楽しみにしている』という声を確かに聞いたのだった。

 

 

14:幽霊と希望輝く6ターン目の続き

 

「万丈目さん!」

 

 小鳥に呼ばれ、ハッと万丈目は気を取り戻した。此処はハートランドシティの駅前広場だ、奈落の崖っぷち街道ではない。

 

「ぼうっとして、どうしたんですか?」

「いや、なんでもない」

 

 さっきのは夢? そう思って左手を開いていてみると、其処には《帝の鍵》が煌めいていた。

 

(どういうことだ? 夢じゃないのか?)

 

「万丈目(ばんじょうめ)ざん、大変(だいべん)なんでず! 遊馬が――」

 

 鼻声の鉄男の声に促され、顔を上げた。今は遊馬とシャークのデュエルの真っ最中なのだ。皇の鍵が光り輝いたかと思うと、欠片は万丈目が持っていたというのに完全再生し、遊馬を別次元に導いたのだ。彼は無事なのか?

 

「遊……馬?」

 

 万丈目は目の前の光景が信じられなかった。

 

「皇の鍵が光ったかと思ったら、遊馬も万丈目さんみたいにぼうっとなって、目が覚めたらデュエリストの幽霊がいるって騒いでいるんですよ!」

「何も見えねぇのに、負けフラグが過ぎて、トチ狂ったか」

 

 小鳥とシャークの声が万丈目の鼓膜を素通りしていく。

 直った皇の鍵をぶら下げた遊馬の隣には、黄金の瞳を持った水色の人の形をした光源体が幽霊のように浮かんでいた。そして、この幽霊のような存在は小鳥やシャーク達には視えておらず、遊馬と万丈目にしか視えていない。

 

(あれはカードの精霊!? 馬鹿な! 俺はカードの精霊を視る力を《この世界》に来た時に無くしたはず!)

 

 万丈目は己のデッキケースから三枚の通常モンスター【おジャマ・イエロー】【おジャマ・グリーン】【おジャマ・ブラック】を手に取った。勿論、何も見えてはこなかった。

 

(どういうことだ! 何故、あの幽霊――遊馬のカードの精霊が視えるのに、おジャマ共は見えないのだ!?)

 

 頭がグラグラする。パニックに陥る万丈目に構わず、遊馬とシャークのデュエルは進んでいく。

 

「お前はいったい何なんだよぅ!? 他のみんなには視えていないみたいだし、本当に幽霊なのか!?」

『幽霊? 幽霊とはどんな効果だ? いつ発動する?』

「カードじゃねぇって! お前、何者なんだよ?」

『我が名は《アストラル》。どうやら私は記憶を失ったらしい』

「ア、《アストラル》? 記憶喪失?」

『恐らくこの世界に来るとき、何かとぶつかり、記憶が飛び散ったと推測される。ただ確実に覚えていることがあるならば、私がデュエリストであることだ。そして、私の本能がこのデュエルに勝て、と告げている』

「多分、そのぶつかったのって俺……どころじゃねぇ! デュ、デュエリストで記憶の飛び散りで本能!? ああ、もう訳が分からねぇよ!」

『いくぞ、私のターン!』

「俺のターンだよ! それに今はメインフェイズ1だから、ドローフェイズは終わっているんだって!」

 

 《アストラル》と名乗る謎の存在に、遊馬のツッコミは追い付かない。

 

「一人でギャースカ吠えてんなよ、気持ち悪い」

「なんで、みんな視えねぇんだよ!」

 

 対戦相手のシャークにまで怪訝にされ、遊馬は泣きたくなってきた。

 

「それともなんだ? 打つ手がなくて負けるしかないから、時間稼ぎしてるのか? 負けたら、テメェのデッキを奪われちまうからな、臆病者め」

「俺は臆病者じゃない! お前みたいな奴に負けてたまるか!」

 

 けど、と思う。手札は残り四枚だ。そのうち一枚は万丈目が外せ、外せとしつこく強要していた速攻魔法カードだった。これだけは、と意地になってデッキに残しておいたが、今の状況では全く活用法が見付からない。

 

『成る程、君は彼とデッキを賭けてデュエルをしているのか』

「そうだよ! だけどな、俺は絶対に諦めないぜ! 父ちゃんのデッキを賭けているからだけじゃない、俺を親友と呼んでくれた鉄男の為にも、ずっと稽古してくれた万丈目の為にも、そして俺自身の為にも」

『君自身の為にも?』

「ああ、諦めない心――《かっとビング》のない俺は俺じゃない! 俺が俺であるために諦めないんだ! 諦めたら、俺、自分がデュエリストって永遠に名乗れねぇ!」

 

 アストラルを睨みつけてから、遊馬は四枚の手札を見下ろした。でもどうしよう、どうしたらシャークの三体のモンスターエクシーズを倒せる!?

 

『……君の名は?』

「遊馬。俺は九十九遊馬だ」

『そうか。よく聞け、トンマ』

「誰がトンマだ! 俺の名前は遊馬だよ!」

 

 アストラルに耳元でずっとグチグチ言われた遊馬は、思わずモンスターを攻撃表示で召喚してしまった。あっちゃー、と小鳥と鉄男が俯く。弱体化した攻撃力1600の【トーテムバード】すら倒せない、ゴブリンが乗った飛行機――【ゴブリンドバーグ】(星4/地属性/戦士族/攻1400/守0)が遊馬のフィールドに登場する。

 

「どどどうしよう!?」

 

 遊馬もパニクりそうになる。すると、ディスクに配置した【ゴブリンドバーグ】のカードが光り輝いた。

 

「これは……?」

『早く【ゴブリンドバーグ】の効果を使え!』

 

 アストラルの急かし口調に遊馬は昨夜の万丈目との模擬デュエルを思い出した。ああ、そうだ! このカードの効果は――。

 

「【ゴブリンドバーグ】が召喚に成功した時、手札からレベル4以下のモンスター一体を特殊召喚できる。俺は残り三枚の手札から……こっちの方が攻撃力高いな……【ズバババスター】(星3/地属性/戦士族/攻1800/守600)を特殊召喚する!」

 

 鉄球分銅の武器を持った重量感溢れる剣士が召喚される。

 

「この効果を使用した場合、【ゴブリンドバーグ】は守備表示になる……って、攻撃出来ないじゃん!」

『だが、これでレベル4のモンスターが二体揃った』

 

 遊馬のフィールドにはレベル4の攻撃表示の【タスケナイト】、同じくレベル4の守備表示の【ゴブリンドバーグ】、レベル3の【ズバババスター】が並んだ。

 

『私も君と同じ、デュエリストだ。デュエリストである限り、デュエルを諦めなどしない! 私を信じろ! その魔法カードを生かす為にも、オーバーレイ・ネットワークを構築しろ!』

「いきなり現れて、ごちゃごちゃ五月蠅い幽霊だな! 別に俺はお前を信じた訳じゃねぇぞ! 俺はレベル4の【タスケナイト】と【ゴブリンドバーグ】でオーバーレイ・ネットワークを構築だぁ!」

 

 フィールドに居た【タスケナイト】と【ゴブリンドバーグ】が光となり、エクシーズの渦に飲み込まれていく。だが、そのエクシーズの渦はシャークの時とは違う光を放っていた。

 

『遊馬、エクストラデッキを見ろ! 君の手札を生かす必殺のモンスターエクシーズが入っている!』

「エクストラデッキ!?」

 

 ARヴィジョンとはとても思えない程の風が吹き荒れている。遊馬のDパッドのエクストラデッキをしまうところには、万丈目がくれたモンスターエクシーズとは別にもう一枚の見慣れぬカードが入っていた。

 

『そのモンスターエクシーズを召喚しろ!』

「言われなくても! かっとビングだ、俺! エクシーズ召喚! 現れろ、【No(ナンバーズ).39 希望(きぼう)皇(おう)ホープ】(ランク4/光属性/戦士族/攻2500/守2000)!」

 

 アストラルの指示通りにエクシーズ召喚をすると、遊馬のフィールドにこのバトルにおいて今まで登場したなかで最強の攻撃力を持つ光り輝く騎士が現れた。

 

「攻撃力2500だと!?」

「遊馬の奴(やづ)、あんなモンズダーエグジーズをいづの間に手(で)に入れだんだ!?」

「No(ナンバーズ).って言っていたけれど、何なのかしら?」

 

 シャーク、鉄男、小鳥が一斉に騒ぎ出す。冷静さを取り戻した万丈目は、肩に独特なフォントの《39》を刻まれたナイトを黙って見上げていた。昨晩買い与えたモンスターエクシーズ以外、遊馬がエクストラデッキに何も入れてないことは、己が一番よく知っている。恐らくカードの精霊――アストラルが与えたのだろう。あのモンスターエクシーズが特殊で不可思議なカードであることを万丈目はすぐに察知していた。

 

(No(ナンバーズ).39と呼んでいたな。他にも種類があるのか?)

 

 精霊が宿るカードと邂逅したときと同じ胸の高まりを感じながら、万丈目は知らず知らずのうちに帝の鍵を握る力を強めていた。

 

『バトルフェイズに移行だ!』

「……って、俺のデュエルだっての!」

 

 遊馬自身、高火力のモンスターエクシーズにぽかんとしていると、デュエリストの幽霊が横から主導権を握ろうとする。それを瞬時に取り返すと、遊馬は命令を下した。

 

「まずは攻撃力1800の【ズバババスター】で攻撃力1600の【トーテムバード】を攻撃だ!」

 

 今、遊馬のフィールドには攻撃力1800の【ズバババスター】と攻撃力2500の【希望皇ホープ】の計二体、シャークのフィールドには攻撃力1800の【虚空海竜リヴァイエール】二体と攻撃力1600の【トーテムバード】の計三体だ。【ズバババスター】が【トーテムバード】を一刀両断し、シャークのライフに差し引き200のダメージを与える。彼の残りライフは3600となる。

 

『この瞬間、【ズバババスター】の効果発動!』

「へっ、効果!?」

 

 アストラルの掛け声に遊馬は慌てて【ズバババスター】のテキストを読み上げた。

 

「えっと、このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えたダメージステップ終了時、フィールド上に表側表示で存在する攻撃力が一番低いモンスター一体を破壊し、このカードの攻撃力は800ポイントダウンする……ということは!」

『このフィールド上で一番低い攻撃力は1800の【虚空海竜リヴァイエール】か、君の【ズバババスター】だ。選択できるのが一体だけで、同じ攻撃力のモンスターが二体以上いるとき、プレイヤーは好きな方を破壊できる』

「じゃあ、この場合は……」

「【虚空海竜リヴァイエール】を一体破壊だ」

 

 遊馬の言葉を万丈目が引き継いだ。彼の言う通りに遊馬が選択すると、シャークの【虚空海竜リヴァイエール】が破壊され、墓地に行った。【ズバババスター】の攻撃力は1000にまで下がったが、シャークのフィールドにはもう一体の【虚空海竜リヴァイエール】が残るだけとなった。

 

「一体のモンスターで二体も撃破できるなんて……」

『呆れた。君は分かっていて【ズバババスター】を召喚したのではなかったのか』

「いや、攻撃力が高い方を召喚しただけだし」

 

 即興コンボに遊馬が我ながら感心する隣で、アストラルは彼の行き当たりばったりさに嘆息した。

 

「攻撃力2500の【No.39 希望皇ホープ】に攻撃力1800の【虚空海竜リヴァイエール】を破壊されたとしても、ダメージは差し引き700、俺のライフは2900だ、まだまだ闘える!」

『それはどうかな?』

「お前、もう口を挟むなよ!」

 

 シャークの説明に、彼には聞こえないのにアストラルが否定する。そんな自分勝手な幽霊を止めつつ、遊馬は言った。

 

「それにもうお前が言わなくても俺がやるべきことは見えているぜ」

 

 遊馬が切り札を握り締める。もう迷いも不安もなかった。

 

「行くぜ! 攻撃力2500の【No.39 希望皇ホープ】で攻撃力1800の【虚空海竜リヴァイエール】にアタックだ!」

 

 【No.39 希望皇ホープ】が【虚空海竜リヴァイエール】に斬り掛かる。700ダメージを覚悟し、返しのターンの切り返しを考えるシャークに、遊馬の信じられない言葉が聞こえてきた。

 

「この瞬間、【No.39 希望皇ホープ】の効果発動! 自分または相手のモンスターの攻撃宣言時、このカードのエクシーズ素材を一つ取り除いて発動できる。そのモンスターの攻撃を無効にする! 《ムーンバリア》!」

 

【No.39 希望皇ホープ】は自らの攻撃を、自身の鎧を変形させた盾で防ぐという可笑しな行動を取った。

 

「遊馬ったら、何をやっているのよ!」

「ハッ、とうとう本気で気が狂っちまったようだな」

 

(まさか、遊馬が持っている手札の中には――)

 

 小鳥が非難し、シャークが嘲笑う一方、万丈目は遊馬のデッキ内容を思い返していた。今この場で《攻撃を無効にする》理由は一つしかない。

 

「この瞬間を待っていた! 俺は手札から、速攻魔法【ダブル・アップ・チャンス】を使うぜ! モンスターの攻撃が無効になった時、そのモンスター一体を選択して発動できる。このバトルフェイズ中、選択したモンスターはもう一度だけ攻撃できる! しかも、その場合、選択したモンスターはダメージステップの間、攻撃力が倍になる!」

 

 【ダブル・アップ・チャンス】のカードに描かれたスロットから沢山のコインが星屑のように【No.39 希望皇ホープ】に降り注ぐ。

 

「自身の効果で攻撃が無効になった【No.39 希望皇ホープ】の攻撃力は2500の二倍、5000にアップして、攻撃力1600の【虚空海竜リヴァイエール】に改めてアタックだ! 【ホープ剣スラッシュ】!」

「なんだと!」

 

 予期せぬコンボに計画が狂ったシャークが驚愕の声を上げる。振り翳(かざ)された黄金の大剣が【虚空海竜リヴァイエール】を真っ二つにした。差し引き3200の大ダメージを受け、シャークのライフはたった400になった。対して、遊馬のライフは彼の倍以上、まだ1900もある。

 

「そんな、シャークさんのライフが1000以下になるなんて!」

「俺、初めて見たよ~っ!」

 

 シャークの取り巻きの顔が蒼白する。遊馬陣営では鉄男と小鳥が「やったぁ!」と手を合わせて喜んだ。

 

(【ズバババスター】の効果発動といい、俺が『外せ!』と言ったカードで大ダメージを与えるとは、遊馬とカードの精霊の奴、やるじゃねぇか)

 

 万丈目もそんな風に感心していた。

 

「俺はこれでターンエンドだ」

 

 見え始めた勝利の明光に、へへっと遊馬が笑ってターンエンドした。

 

 

15:希望が砕け散る7ターン目

 

――7ターン目、シャーク。400ライフ。

―手札:1+1枚

―場 :なし

―墓地:【ウイングトータス】【虚空海竜リヴァイエール】×2【トーテムバード】【フライファング】【シャーク・サッカー】【クレーンクレーン】

―除外:【エアジャチ】【スカイオニヒトクイエイ】

 

 シャークのターンになった。ドローフェイズだというのに、シャークは俯いたまま何も行動を取らなかった。

 

(ドローフェイズ後のスタンバイフェイズで、アイツのフィールドにレベル3モンスターが二体も戻ってくる予定だ。なのに、相手が何も行動を取らないのはモンスターエクシーズがないか、あるいはこの状況を打破するモンスターエクシーズがエクストラデッキにないか、のどちらかだろうな)

 

 そもそも、これまで遊馬や万丈目が持てなかったようにモンスターエクシーズは高値なのだ。何枚も持てるはずがない。特に同名のモンスターエクシーズを望む枚数を入れるのは至難のはずだ。

 

(【虚空海竜リヴァイエール】を二枚持っているだけで、俺は凄いと思ったけどね)

 

 冷酷に万丈目が判断するなか、周りはシャークの行動に「遊馬の勝ちか?」「打つ手がないのか」「シャークさんが負けるのか」とざわめき始めていた。

 シャークは後悔していた。正直言って、対戦者を舐めていた。そうでなかったら、いつものデッキではなく、試作デッキを使う訳がない。

 

(俺は負けるのか)

 

 シャークに恐怖の影が覆い始める。一年前、全てを失ったあの日から造り上げたこの場所すら失ってしまうというのか!

 

『力をくれてやろうか?』

 

(誰だ!?)

 

 恐怖の影がシャークに話し掛ける。

 

『負けるのが怖いのだろう?』

 

(ああ、そうだ。俺は負けたくない! 何をしてでも勝ちたい!)

 

『ならば欲せよ、ナンバーズを!』

 

 深海の暗闇から怪物が目を光らせた。その瞬間、シャークにドクリと闇の力が漲(みなぎ)った。

 

「うおーっ!」

 

 唐突にシャークが哮(たけ)り、周りのざわめきが消失する。

 

「第7ターン目、俺のドローフェイズだ! ドロー! この瞬間――スタンバイフェイズに、第5ターン目に効果で除外されていた攻撃力1400【エアジャチ】と攻撃力600【スカイオニヒトクイエイ】がフィールドへに戻ってくる! 更に【エアジャチ】の効果発動! 手札から【ビッグ・ジョーズ】を除外し、【No.39 希望皇ホープ】を破壊する!」

「アイツ、まだモンスターカードを持っていたのかよ!」

『なにっ!? 【No.39 希望皇ホープ】が……っ!』

 

 シャークの早速のアクションに遊馬とアストラルが仰天してしまう。前のターンに大活躍した【No.39 希望皇ホープ】が為す術(すべ)もなく破壊された。お馴染みのパターンで毎ターン必ず一体のモンスターを破壊される遊馬に、万丈目は苛々させられる。それにしても三ターン連続して効果を発動できるとは、流石ファイナリスト、運命力を持っている!

 

(あの不良野郎、何か突破口を見つけたか。攻撃力2500の【希望皇ホープ】を破壊した今、遊馬のフィールドには効果使用によって攻撃力が1000にまで大幅に下がった【ズバババスター】しかいない。恐らく、そこを攻める気なのだろう。……だが、なんだ、この胸騒ぎは? まるで闇のデュエルと同じ様な感じではないか)

 

 訳も分からないまま、万丈目の背中に冷や汗が垂れていく。

 

「効果発動後、フィールドから【エアジャチ】は除外されるが、代わりに【ウイングトータス】が墓地から復活するぜ!」

 

 シャークのフィールドに、不死鳥のように何度でも蘇る【ウイングトータス】に遊馬は焦りを覚えた。だが、自身のライフがまだ1900あることを思い出し、どうにか平生を保つ。

 

「俺はレベル3のモンスター二体――【ウイングトータス】と【スカイオニヒトクイエイ】でオーバーレイ!」

『レベル3が二体、くるぞ』

「まだモンスターエクシーズを持ってやがったか!」

 

 アストラルが警戒し、万丈目が苦々しく台詞を吐いた。遊馬が【No.39 希望皇ホープ】をエクシーズ召喚したときのように猛風が吹き荒れる。エクシーズの渦もその時と同じ色をしていた。

 

『これは、まさか!』

 

 闇の力を纏(まと)ったシャークの右の手の甲に、【No.39 希望皇ホープ】の肩に描かれた数字と同じ独特な書き方の《17》がくっきりと浮かび上がる。そして、エクシーズの渦から一体のモンスターが飛び出した。

 

「エクシーズ召喚! さぁ、出てこい! 【No.17 リバイス・ドラゴン】(ランク3/水属性/ドラゴン族/攻2000/守0)!」

 

 鎧のような強固な鱗を付けた海蛇形のドラゴンが吼(ほ)え、デュエルフィールドを揺るがした。

 

「またナンバーズ!?」

「いったいどうなっているんだ!?」

 

 腰を抜かす小判鮫同様、遊馬陣営も固まって身動きが取れなかった。その中で万丈目はシャークの異変を感じ取っていた。

 

(今なら分かる! アイツはあのモンスターエクシーズ――ナンバーズの強大な闇の力に飲み込まれている! 遊馬のデッキに入っていなかった【No.39 希望皇ホープ】という不可思議なモンスターエクシーズが出た時点で気付くべきだった。最早このデュエル、普通ではない!)

 

 遊馬は遊馬でシャークから漂う闇の冷気を感じ取り、ぞくりとしていた。

 

「【No.17 リバイス・ドラゴン】の効果発動! 一ターンに一度、このカードのエクシーズ素材を一つ取り除く事で、このカードの攻撃力を500ポイントアップする! 《アクア・オービタル・ゲイン》!」

 

 【No.17 リバイス・ドラゴン】がオーバーレイ・ユニットを一つ飲み干すと、攻撃力が2000から2500にアップした。

 

「攻撃力2500!?」

「驚いている暇なんて微塵もねぇよ! バトルだ! 【No.17 リバイス・ドラゴン】、攻撃力1000ぽっちの【ズバババスター】に攻撃だ! 《バイス・ストリーム》!」

「うわーっ!」

 

 ブレスの直撃を受けた【ズバババスター】は破壊され、遊馬のライフに1500ダメージが与えられる。

 

「遊馬のライフがシャークのライフと同じになるなんて!?」

 

 小鳥の悲鳴通り、1900から1500も差し引かれた結果、遊馬の残りライフは400、先程までの優勢が嘘のように今度は彼が劣勢になっていた。

 

『今、思い出した』

「何をだよ……って、お前、消えかかっているじゃねぇか!」

 

 遊馬の言う通り、アストラルの只でさえ透明な身体は更に薄くなっていた。

 

『《ナンバーズ》はモンスターエクシーズの中でも特別な力と意志を持っている』

「特別な力と意志? じゃあ、シャークがいきなりおかしくなったのは……っ!」

 

 遊馬の推論にアストラルが頷く。

 

『《ナンバーズ》同士のデュエルでは勝者は敗者の《ナンバーズ》を吸収する。そして、《ナンバーズ》がかかったデュエルに敗北した場合、私は消滅する』

「消滅する!? そんな!?」

「随分と楽しそうな独り言だな、ライフ400しかねぇ癖によ!」

 

 他者から見るとアストラルは見えないため、遊馬が一人で演劇しているようにしか見えない。その光景にシャークが呆れたように遊馬を揶揄した。

 

「いい加減、このデュエルを諦めな! この状態で勝ち目はもうねぇよ! テメェと風邪デブのデッキは目の前で破り捨ててやるぜ!」

「ふざけるな! 俺は絶対に諦めない! 諦めたら人の心は死んじゃうんだよ!」

「この状態において、まだしつこく『諦めない』だと、その言葉、イラッとするぜ!」

「俺は本気だ! 絶対にこのデュエルの勝負もデュエルチャンピオンの夢も諦めない!」

「軽々しくデュエルチャンピオンを口にするな!」

 

 遊馬の台詞にシャークが激昂する。あまりの眼光に遊馬がたじろぐと、不良は心の闇を湛えた声でククッと笑った。

 

「なら勝ってみせろよ」

 

 売り言葉に買い言葉。腕を広げてシャークは仰々しく言った。

 

「テメェのライフは400、フィールドは0で手札は一枚! 俺のライフも400だが、フィールドには攻撃力2500の【No.17 リバイス・ドラゴン】がいる! この状態でどうやって勝つ気なんだ!? 諦めない、という気持ちさえあれば勝てるんだろ! 馬鹿馬鹿しい、ターンエンドだ」

 

 シャークの第7ターンは遊馬との口論で幕を閉じた。

 

 

16:希望が何処にあるか探す8ターン目

 

――8ターン目、遊馬。400ライフ。

―手札:1+1枚

―場 :なし

―墓地:【ズババナイト】【ズバババスター】【タスケナイト】【ゴブリンドバーグ】【No.39 希望皇ホープ】

 

 遊馬のドローフェイズになった。シャークのライフは400だが、彼のフィールドには攻撃力2500の【No.17 リバイス・ドラゴン】が聳(そび)えるように立ちはだかっている。対して、遊馬のフィールドには何もなく、手札は1枚だ。だが、彼はそれしか知らないとばかりに諦めていなかった。

 

「俺は俺のデッキを信じるぜ! かっとビングだ、俺! 第8ターン目、ドロー!」

 

 しかし、現実は無情だった。勢い良く引いたカードは万丈目が遊馬に貸してくれた装備魔法で、この展開に全く役に立たないものであった。それを目視した瞬間、彼の内で打ち立てられていた《かっとビング》がガラガラと崩れ落ちていく。前のターンにシャークが固まってしまっていたように、今度は遊馬が硬直する番だった。

 

「ドローしたカードを見て、遊馬が動かなくなっちゃった。どうしたのかしら?」

「大方、使えねぇカードが来たんだろうよ。テメェの悪運もこれまでだったようだな」

 

 心配する小鳥に、シャークがドンピシャの台詞を放つ。対戦相手にドロー内容がバレたことで、更に遊馬は落ち込みたくなった。万丈目が「外せ、外せ」と言った【ダブル・アップ・チャンス】が大活躍して遊馬に希望を与え、「入れろ、入れろ」と言った《装備魔法カード》が死に札となって遊馬に絶望を与えるなんて、とんだ皮肉だった。タクティクス関係なく、ドロー力で敗北することになるなんて!

 

「一年坊主、さっきまでの勢いはどうした?」

「『俺は諦めねぇ!』ってよ」

 

 キリッと遊馬の物真似をしながら、取り巻き二人はギャハギャハ笑った。

 

「……やっばり無理だっだんだ。俺がデッギなんで賭(が)げだがら……」

「鉄男くんまで弱気にならないで! 遊馬のデッキはお父さんの形見なのよ! そんな大切なものを奪われてたまるもんですか!」

 

 膝をつきかける鉄男に小鳥が激励するが、遊馬にはそれが遠くの出来事のように聞こえた。だって手札には役に立たないカードの一枚とモンスターカード一枚の合計二枚しかなく、どうにもこうにも覆せない状況なのだ。

 

「降参(サレンダー)しても良いんだぜ?」

 

 沈黙する遊馬にシャークが悪魔のように囁く。このままモンスターカードを裏側守備表示で伏せてターンエンドしても、次のシャークのスタンバイフェイズに攻撃力1400の【エアジャチ】が返ってくる。攻撃力2500の【No.17 リバイス・ドラゴン】で遊馬の伏せモンスターカードを破壊した後、【エアジャチ】のダイレクトアタックで沈むだけだ。どうせ敗れるならば、惨めにならないサレンダーの方がいっそマシかもしれない。

 

(鉄男、父ちゃん、ごめん)

 

 遊馬がそう思った時だった。

 

「墓地を見ろ、トンマ!」

 

 万丈目の怒号が響いた。振り向くと、全身の毛を逆立てたような万丈目が厳しい視線で遊馬を射抜いていた。

 

「遊馬の馬鹿野郎! 貴様、何を諦めようとしてやがる!?」

「だって、万丈目、俺……」

「Shut up!(黙れ) さんを付けろ、貴様! お得意のかっとビングはどうした!? ああ!?」

 

 本気でキレる万丈目の気迫に遊馬は泣きそうになってしまう。どうにもならないことにそんなことを言われたって!

 

「この状態で《諦めない》とか何のジョークだよ?」

「あの黒髪、ルールを知らないんじゃねぇの?」

「其処の中学二年生共、Be quiet!(黙れ)」

 

 クスクス笑う不良の取り巻き二人に万丈目がよく通る声でバシッと叱った。

 

「遊馬! 勝利の為に俺がスタンダードデッキを貸してやると提案したとき、貴様は『親父さんのデッキで闘う』と言い張った! それは《親父さんのデッキと共に闘う》という意味だけでなく、《親父さんの信念と共に闘う》という意味もあるはずだ!」

「父ちゃんの信念……」

「それが『かっとビング』だろうが! 『諦めない』という言葉はな、諦めそうな時ほど輝くんだよ!」

 

 帝の鍵を握り締めて思いの丈を叫ぶ万丈目に対して、遊馬が反論する。

 

「でも! 俺の手札は万丈目がくれたカードとモンスターカードの二枚だけなんだぞ! これでどうやって――」

「ならば尚更好都合!」

 

 遊馬のぐちぐちとした弱気を万丈目が一蹴する。この状態においてのその言葉に、彼が何のカードを己に渡したか忘れたのではないか、という考えが遊馬の脳裏に浮かんだ。

 

「俺は俺の総てを使って貴様を強くした。ならば、貴様も貴様の総てを使って勝利しろ。遊馬、もう既に貴様は勝利の一手を掴んでいるかもしれないのだ。これに気付かなければ、貴様は本当の無能だ」

 

 バリバリの悪役面の万丈目に、この場にいる全員の顔が引きつった。応援しているのか、していないのか、どっちなのだろうか。いや、応援はしているんだろうけども……と鉄男と小鳥は顔を見合わせてしまった。

 

 万丈目の鼓舞(?)に遊馬は完全に混乱してしまった。この状態で勝利の一手を掴んでいるかもしれない? だなんて!

 遊馬は隣に浮遊する出会ったばかりの幽霊に幾許(いくばく)の期待を込めて尋ねた。

 

「なぁ、さっきの【No.39 希望皇ホープ】みたいな強いカード、もう持ってねぇの?」

『ない』

 

 一ミクロンの期待を持たせない即答に遊馬は「だよなー」と頭を垂れた。

 

「このデュエルに負けたら、お前消えちまうんだろ? なんで、そんなに落ち着いていられるんだ? 普通、パニックになるんじゃねぇの?」

『する必要がないだけだ』

 

 続く否定に遊馬は訳が分からなかった。万丈目といい、アストラルといい、なんでこんなに自信があるのだろう。

 

『彼、万丈目と言ったか。なかなか的確な助言をするようだな』

 

 遊馬にぼそりとアストラルが呟く。何が言いたいんだ? と首を傾げる遊馬に「これで気付かなければ、君は本当に無能だ」と万丈目と同じように幽霊は返しただけだった。

 

「考えろ」

 

 万丈目とアストラルが同タイミングで遊馬に命令した。

 考えろと言われても、と折れそうになる心を持ち直しながら、遊馬は確認する。相手のライフは400、手札は1枚だが、フィールドには攻撃力2500の【No.17 リバイス・ドラゴン】がいる。しかも、次のシャークのスタンバイフェイズに効果除外された【エアジャチ】がまた戻ってくる。トドメに彼のメインフェイズで【No.17 リバイス・ドラゴン】のエクシーズ効果を使うだろうから、かのモンスターエクシーズの攻撃力が2500から3000にまでアップする。

 

(攻撃力3000……っ!?)

 

 驚異的な攻撃力に遊馬は震えた。対して、自分のライフは400、フィールドには何もなく、手札も役に立たないカードが二枚きり。肩を落とした遊馬だったが、不意にこのターンにおける万丈目の最初の台詞を思い出した。

 

『墓地を見ろ、トンマ!』

 

 相手の墓地をDパッドで確認する。一回目の【No.17 リバイス・ドラゴン】の効果で墓地に送られた、フィールドのモンスターが除外されたとき墓地から蘇る【ウイングトータス】、【虚空海竜リヴァイエール】が二体に、【フライファング】【シャーク・サッカー】【トーテムバード】【クレーンクレーン】がいる。では、自分の墓地には――。

 

「長考うぜぇんだよ。さっさと――」

「俺はモンスターカードを裏側守備表示でセット! 罠・魔法カードゾーンに最後の一枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 シャークがせっついたと同時に遊馬がアクションを起こした。此処にいる皆、このターンに遊馬がドローしたカードが使えないものだと知っている。だが、遊馬の表情に自棄はなく、一か八かの勝利に挑む勝負師の顔が浮かんでいた。その面構えに、主人公側だというのに万丈目が悪の参謀のようにニヤリと笑った。

 

 

17:絶望未来を築く9ターン目

 

――9ターン目、シャーク。400ライフ。

―手札:1+1枚

―場 :【No.17 リバイス・ドラゴン】(ORU:【スカイオニヒトクイエイ】)

―墓地:【ウイングトータス】【虚空海竜リヴァイエール】×2【トーテムバード】【フライファング】【シャーク・サッカー】【クレーンクレーン】

―除外:【エアジャチ】【ビッグ・ジョーズ】

 

「あの万丈目さん、遊馬は本当に勝てるのでしょうか?」

 

 小鳥が恐る恐る万丈目に話し掛ける。遊馬の絶望的状況を理解したのか、それとも万丈目の凶悪な表情(かお)にビビったのか、彼女の声は細々としたものだった。

 

「それは相手のこのターンのドローカードに依存する。このターン、不良がバーンカード――バトルフェイズを通さずにライフを削るカードを引いたなら敗北決定だ」

 

 万丈目の言葉の意味が理解できなくて、ゆっくり目蓋(まぶた)を瞬きする小鳥に彼は続けた。

 

「裏を返せば、相手がバーンカードを引けなかったら、遊馬が勝てるかもしれないってことだ」

 

 シャークの動向から目を離さない万丈目の真意を、やはり小鳥は分からなかった。遊馬のフィールドは裏側守備表示のモンスター一枚と役に立たない伏せカード一枚だけだ。

 

(万丈目さんはああ言ったけれど、このターンの【No.17 リバイス・ドラゴン】の攻撃で遊馬の伏せモンスターが破壊されて、スタンバイフェイズで返ってくる【エアジャチ】のダイレクトアタックを受けて終わってしまうわ、きっと)

 

 安易に予測可能な絶望未来に小鳥は気分が重くなるのを感じたが、それでも遊馬がかっとビングを持ち続ける限り、少しでも彼の勝利を信じようと少女は覚悟した。

 

「俺のターン、ドロー! スタンバイフェイズに効果除外された【エアジャチ】が戻ってくるぜ!」

 

 このデュエルにおいて定番となった【エアジャチ】がシャークのフィールドに再登場する。

 

「もうお終(じま)いだ! 【エアジャチ】の効果(ごうが)で遊馬の最後(ざいご)のモンズダーガードも破壊(ばがい)ざれぢまう!」

「ええい! 貴様が諦めてどうする!? 第一、【エアジャチ】の効果は一ターンに一度、手札から魚族・海竜族・水族モンスター一体をゲームから除外する事で、相手フィールド上に《表側表示で存在するカード》一枚を選択して破壊するものだ! 遊馬のは伏せカードばかりで効果対象外だから破壊されねぇよ!」

 鉄男が取り乱すが、万丈目が【エアジャチ】の効果発動が杞憂であることを述べた。

「げど、どっぢにじでも……」

「鉄男、一回鼻をかめ」

 

 鼻も声も態度もグジグジする鉄男に万丈目も苛立ったらしい。慌てて小鳥が鉄男にティッシュを渡し、鉄男がチーンとかんだ。これで少しは落ち着いただろう。

 

「バトルフェイズに移行! 【No.17 リバイス・ドラゴン】、裏側守備表示モンスターに攻撃だ!」

 

 シャークが命令を下した。攻撃力2500の【No.17 リバイス・ドラゴン】が旋回し、遊馬の裏側守備表示モンスターに《バイス・ストリーム》を放つ。【No.17 リバイス・ドラゴン】の攻撃で遊馬の伏せモンスターを破壊した後、【エアジャチ】のダイレクトアタックが決まったら、もうシャークの勝利だ。「デブとテメェのデッキを引き裂いてやんよ」と高笑いするシャークに、悲鳴を上げる小鳥と鉄男、そして微かに笑みを浮かべる遊馬。万丈目とアストラルが「今!」と一瞬にして燃え上がる火柱のように遊馬に号令した。

 

「この瞬間、墓地の【タスケナイト】の効果を発動! このカードが墓地に存在し、自分の手札が0枚の場合、相手モンスターの攻撃宣言時に発動可能! このカードを墓地から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する!」

「墓地からモンスター効果だとっ!?」

 

 遊馬の墓地が光り、和式の赤い鎧にも似た格好のナイト――【タスケナイト】が現れ、バトルフェイズを強制終了させた。それは勝利を確信していたシャークにとって予期せぬ展開であった。

 

「いっだい何が起きだんだ!?」

「墓地にある【タスケナイト】の効果だ。特殊召喚したうえ、相手のバトルフェイズを終わらせちまうんだ。バトルフェイズそのものが終わっちまった以上、攻撃は無効のうえ不可だ。メインフェイズ2へ移行になる。最も【タスケナイト】の効果はデュエル中に一度しか使用できないがな」

 

 急展開についていけない鉄男に万丈目がさっと説明する。

 

(墓地で効果を発動するモンスターカード、か。珍しい効果だな。とりあえず、遊馬は本当の無能ではなかったようだ)

 

 万丈目の意思を汲み取り、前のターンに【タスケナイト】効果発動の条件――手札0枚を満たした遊馬を、彼は少し褒めた。

 

「この期(ご)に及んで悪足掻(わるあが)きとはな! しつこい野郎だ! メインフェイズ2に入る!」

 

 苛立った様子でシャークがフェイズ宣言をする。勝利を盲信するあまり、遊馬の墓地にある【タスケナイト】の効果を見落としていたことに対して、ファイナリストの沽券(こけん)故に彼は彼自身を許せないらしい。

 

「【No.17 リバイス・ドラゴン】の効果発動! オーバーレイ・ユニットを使い、攻撃力を500ポイントアップする! 《アクア・オービタル・ゲイン》!」

 

 最後のオーバーレイ・ユニットを【No.17 リバイス・ドラゴン】が飲み込むと、攻撃力3000の化け物になった。

 

「攻撃力3000……っ!?」

「驚くにはまだ早(はえ)ぇよ」

 

 覚悟していたとはいえ、強大な攻撃力を持つナンバーズに遊馬の脚が震える。しかし、まだシャークのメインフェイズ2は終わらなかった。

 

「俺は手札から通常魔法【モンスターゲート】を発動! 自分フィールド上のモンスター一体をリリースして発動し、通常召喚可能なモンスターが出るまで自分のデッキをめくり、そのモンスターを特殊召喚する! それ以外のめくったカードは全て墓地へ送ることなるけどな」

 

 シャークが【エアジャチ】をリリースし、デッキの上から順次にカードをめくっていく。通常召喚可能なモンスターを出るまでに引いたカードは全て墓地行きだ。彼が墓地に送ったカードには通常魔法【浮上】(自分の墓地のレベル3以下の魚族・海竜族・水族モンスター一体を選択して発動できる。選択したモンスターを表側守備表示で特殊召喚する)や同じく通常魔法【フィッシュアンドキックス】(ゲームから除外されている自分の魚族・海竜族・水族モンスターが三体以上の場合、フィールド上に存在するカード一枚を選択して発動する。選択したカードをゲームから除外する)、カウンター罠【ギョッ!】(ゲームから除外されている自分の魚族・海竜族・水族モンスター一体をデッキに戻して発動する。効果モンスターの効果の発動を無効にして破壊する)があった。四枚目に引いたカードを見て、シャークが口の端を上げた。予想以上にいいものが引けたらしい。

 

「今の俺に相応しい、都合の良いカードが来たぜ! 俺の怒りを体現せよ! 来い! 【深海の怒り(レイジ・オブ・ディープシー)】(星5/水属性/魚族/攻0/守0)!」

 

 【モンスターゲート】の効果で四枚目に引いたカードをシャークがDパッドに叩き付ける。彼のフィールドに、本来ならアドバンス召喚で通常召喚されるべきである、憤怒の表情を浮かべたポセイドン――【深海の怒り(レイジ・オブ・ディープシー)】が現れた。

 

「攻撃力も守備力も0のモンスターを召喚!?」

「間抜けが! 【深海の怒り(レイジ・オブ・ディープシー)】の攻撃力・守備力は自分の墓地の魚族・海竜族・水族モンスターの数×500ポイントアップするんだぜ!」

「墓地の指定されたモンスターの数だけ……ということは!」

 

 遊馬たちに驚いている隙はなかった。シャークの墓地には大量の魚族・海竜族・水族モンスター――二体の【虚空海竜リヴァイエール】、【ウイングトータス】【フライファング】【シャーク・サッカー】【エアジャチ】【スカイオニヒトクイエイ】の計七体も眠っている。

 

「【深海の怒り(レイジ・オブ・ディープシー)】の攻撃力は七体×500ポイントアップする! 攻守3500のお出ましだぜ!」

 

 シャークが轟くように叫ぶ。彼の怒りに応え、墓地に眠る仲間の力を借りた【深海の怒り(レイジ・オブ・ディープシー)】の攻撃力と守備力が3500に跳ね上がる。最早、手出しはできないだろう。

 

「攻撃力3000の【No.17 リバイス・ドラゴン】に、攻撃力3500の【深海の怒り(レイジ・オブ・ディープシー)】。そして、このターンに引いた最後一枚の手札を、罠・魔法カードゾーンに伏せる。テメェを絶望に突き落とす算段が整ったぜ。俺はこれでターンエンドだ」

 

 手札全てを使い切り、最強の陣を構えて、シャークはターンエンドしたのだった。

 

 

18:絆を結ぶラストターン

 

――10ターン目、遊馬。400ライフ。

―手札:0+1枚

―場 :【タスケナイト】裏側守備表示モンスター(不明)、伏せカード(装備魔法カード?)

―墓地:【ズババナイト】【ズバババスター】【ゴブリンドバーグ】【No.39 希望皇ホープ】

 

 これが遊馬のラストターンになるだろう。このデュエルフィールドにいる誰もがそう感じていた。シャークのライフこそ400で低いが、フィールドには攻撃力3000の【No.17 リバイス・ドラゴン】、攻撃力3500の【深海の怒り(レイジ・オブ・ディープシー)】、更には一枚の伏せカードまで存在していた。だが、逆に万丈目は遊馬の勝利を確信していた。

 

(恐らく遊馬が伏せた裏側守備表示モンスターはレベル4の【ガガガマジシャン】か【ゴゴゴゴーレム】のどちらかだろう。そして【タスケナイト】のレベルも4! レベル4二体でオーバーレイして、俺が遊馬に渡した《モンスターエクシーズ》と伏せている《装備魔法カード》を使えば、遊馬は勝てる!)

 

 万丈目がジッと遊馬を見た。遊馬が大きく息を吐き、カードをドローしようとした瞬間、彼の腹の虫が大きく鳴いた。ぷつり、と緊張の糸が切れ、期待していた万丈目はずっこけそうになった。

 

「遊馬っ!」

「悪ぃ! 腹が減っちゃったみたいでさ!」

 

 この場を代表してブチ切れる万丈目に遊馬が、たははと笑う。それから彼はウエストポーチからアルミホイルに包まれた握り飯を取り出すと、デュエル中だというのに、パクリと食べ始めた。

 

「貴っ様! 何をしているかーっ!」

「これ? これは俺の勝負飯! 婆ちゃん特性のデュエル飯さ!」

 

 罪悪感を微塵も覚えてない返答に、怒り狂っていた万丈目はがくりと肩を落とした。

 

(そう言えば、出掛ける前にハルさんが『昨日は遅くまで万丈目くんと特訓しとったね。今日の《戦(いくさ)》は大一番なんじゃろ? 特盛りのデュエル飯じゃ! 腹が減っては《戦》は出来ん!』と言って遊馬に押し付けていたが、あれだったのかよ! 確かに腹が減っては《戦》は出来んが、その《戦》中に食べるんかい!)

 

 遊馬の咀嚼音が響くなか、対戦相手の顔を万丈目はマトモに見ることは出来なかった。恐らく己と同じ気分なのだろう。気まずい空気が漂うなか、アストラルが「デュエル飯? それはなんだ? いつ発動する?」と不思議そうに尋ね、遊馬が「今だよ、今! 腹が減ったらデュエルは出来ねぇよ」と呑気に答えている。今までの緊張したやり取りはなんだったのだろう。最早、涙すら禁じ得ない。遊馬の明るい返答に対して真面目に頷くカードの精霊を見ていると、万丈目は髪をかきむしりたくなった。

 

「よっしゃあ! 充電完了だ!」

 

 腹が満たされて満足した本人ともの知らずな幽霊以外、シャーク陣営は呆れ顔、遊馬陣営には恥ずかしくて堪らない、地獄のような食事フェイズが終了した。

 

「シャーク! お前、『諦めない』って言葉が嫌いみたいだな」

 

 打って変わって真剣に語り出す遊馬に「さっきまでデュエル中に食事していた奴が何を言うか!」と万丈目はシャークの代わりに怒鳴りたくなった。

 

「それって自分が何か……大切な何かを《諦めた》からじゃねぇのか!」

 

 その一瞬、遊馬の発言にシャークの顔が素に戻った。それは万丈目のごちゃごちゃした思考回路すら吹っ飛ばした。何故、今、それを言うのか? 何故、それに気付けたのか?

 

「諦めなきゃ、いつだってかっとべることを証明してやる!」

 

 何も言わず睨め付けるシャークに遊馬が宣言する。これが実質的な遊馬のラストターンだ。《あのカード》を引けば、自分は勝利できる!

 

 だがしかし、彼の本音は怯えていた。シャークに啖呵を切ってしまった今、《あのカード》を引かないと負けることが理解していたからこそ、ドローするのが怖かった。あのカードを引かなければ、自分は確実に負けるのだ。

 

(腹は満たされた。後はかっとビングできる勇気だけだ……)

 

 不意に昨夜のことが思い出されてきた。遅くまで、理解できるまで付き合ってくれた万丈目が浮かんだ。理解の悪さに何度も怒られたが、万丈目は一回も遊馬に厭(あ)いたような態度は取らなかった。万丈目がくれたモンスターエクシーズを使ったコンボを成功したとき、彼は何も言わなかったが、顔の筋肉を弛(ゆる)ませていた。

 皇の鍵を握り込む。見なくても、万丈目がその欠片を握り込んでいることが分かった。デュエルは対戦相手と自分の二人きりだ。一人だが、独りではない。小鳥も鉄男もいる。父ちゃんのデッキがある。隣りには訳の分からないデュエリストの幽霊もいる。昨日の月影が落ちる夜闇のなか、万丈目が告げた単語が遊馬の中で花開いた。

 

「今こそ、かっとビングできる勇気を! ブレイビングだ、俺! ドロー!」

 

 勢い良く一枚カードを引いた。果たしてドローしたカードは遊馬の望むものだったのか。それは本人にしか分からない。

 

「いくぜ、シャーク! メインフェイズ1だ! 俺は裏側守備表示モンスターを反転召喚だ!」

 

 遊馬の最終突撃の準備が始まる。裏側守備表示モンスターがひっくり返った。

 

(さぁ、そのモンスターと【タスケナイト】のレベル4二体でエクシーズ召喚だ!)

 

 胸を高鳴らせる万丈目の視界に入ってきたのは大きなバイクに跨がり、真っ赤な長髪でフルフェイスのマスクをしたライダー――【ライライダー】(星3/光属性/雷族/攻1200/守1400)だった。何度目を凝らして見ようが、レベルは3である。

エクシーズは同じレベルで行う召喚法だ。レベル4の【タスケナイト】とレベル3の【ライライダー】では行えない。

 

(終わった……)

 

 万丈目が膝を折った、その時だった。

 

「俺は先程引いた手札ラスト一枚のカード、速攻魔法【スター・チェンジャー】を発動するぜ! フィールド上に表側表示で存在するモンスター一体を選択し、そのモンスターのレベルを一つ上げるか、レベルを一つ下げるか、のどちらかを行える! 俺は【ライライダー】を選択! 勿論、効果は《レベルを一つ上げる》だ!」

 

 遊馬の言葉に、ハッとして万丈目が顔を上げる。【ライライダー】のレベルが一つ上がり、【タスケナイト】と同じレベル4になった。同じレベル4のモンスターが二体揃ったな、とアストラルが歓喜の声を上げる。遊馬はディスティニードローに成功していたのだ。

 

「レベル4の【タスケナイト】とレベル4になった【ライライダー】の二体でオーバーレイ・ネットワークを構築!」

 

 二体のモンスターが光となり、エクシーズの渦へ飲み込まれていく。当然ながら、エクシーズの陣円はナンバーズの時のようなものではなく、いつもの光を放っていた。

 

「エクシーズ召喚! 現れろ! 俺と万丈目の絆のモンスターエクシーズ! 【交響魔人(こうきょうまじん)マエストローク】(ランク4/闇属性/悪魔族/攻1800/守2300)!」

 

 黒い燕尾服のような裾が風に舞い上がった。サーベルを携えながら、牛のような角が生えた軍帽を目深に被りなおす。エクシーズの渦から短い朱髪を揺らすことなく現れたのは大人と子供の狭間に位置する、年若き騎士風の悪魔だった。

 

「こ、【交響魔神マエストローク】!?」

 

 昨日仕入れられたばかりで、この地区ではまだ誰も見たことがないであろうモンスターエクシーズに誰もが素っ頓狂な声を上げた。鉄男が「遊馬の奴、もう一体モンスターエクシーズを持っていたのか」と驚きの言葉を漏らす一方で、小判鮫の片割れが「馬鹿らしい」と呟いた。

 

「攻撃力1800しかないじゃねぇか!」

 

 彼の言う通り、同じ素材数でランク4の【No.39 希望皇ホープ】は攻撃力2500もあったのに対して、彼は攻撃力1800しか持たない。姿もなかなか格好良いのだが、【No.39 希望皇ホープ】を見た後では可愛く見えてしまうし、シャークのフィールドにいる【No.17 リバイス・ドラゴン】と比べると小さすぎて頼りなく見えた。本当に大丈夫なのかしら? と小鳥が不安がるのも仕方がない話だ。しかし遊馬と万丈目だけが勝利の自信に溢れた顔付きをしており、アストラルも彼らの真意を読んでいた。

 

「苦労して呼んだ割にはランク4の癖して攻撃力1800のモンスターエクシーズ。それでどうやって勝つ気だ!?」

「お前の【No.17 リバイス・ドラゴン】を倒す!」

 

 シャークの挑発に遊馬が即答する。あまりに自信に満ちた回答にシャークの揶揄(からか)いの声が引っ込む。今はただ勝利へ邁進(まいしん)するのみ、とばかりに遊馬は強く一歩出た。

 

「【交響魔神マエストローク】の効果発動! 一ターンに一度、このカードのエクシーズ素材を一つ取り除き、相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスター一体を選択して発動できる。選択したモンスターを裏側守備表示にする! 俺が選択するのは【No.17 リバイス・ドラゴン】だ! いけっ! 《モンスター・タクト》!」

「なにっ!?」

 

 遊馬の効果説明にシャークが驚愕する。【交響魔神マエストローク】がサーベルをタクトのように二拍子を振ると、【No.17 リバイス・ドラゴン】はひっくり返り、裏側守備表示になってしまった。唖然とするシャークとは対照的に、周りの奴らは不思議そうな顔付きをしていた。

 

「裏側守備表示にして、一体何の意味があるの?」

「そうか!」

 

 分からない、と言いたげな小鳥の横で、びっくりし過ぎてマスクを剥ぎ取って鼻声が消えた鉄男が叫んだ。

 

「【No.17 リバイス・ドラゴン】の攻撃力は確かに高い! 3000もある! だが、その反面、守備力は0だ! 裏側守備表示にしてしまえば、攻撃力1800しかない【交響魔神マエストローク】でも充分撃破できる!」

 

 その回答に万丈目は「大当たり」とほくそ笑んだ。

 自身より攻撃力が高いモンスターが相手でも、裏側守備表示にしてしまえば、【交響魔神マエストローク】でも倒せるパターンは幾らでもある。攻撃力が高くても守備力が低いモンスターなんて、よくある話なのだ。更に裏側守備にしてしまえば、ちゃんと召喚されていない状態になるので対象となったモンスターの装備魔法カードは外れ、墓地へ行ってしまう。昨夜、遊馬が万丈目との模擬デュエルで【デーモンの斧】を装着した【エルフの剣士】を破壊できたのもそのためだ。更に、裏側守備表示にされているため、対象モンスターは効果すら使えなくなる。しかも、表側表示でアップダウンされたステータスも白紙に戻してしまうのだ。これぞ、万丈目が遊馬に授けた秘策のモンスターエクシーズだった。

 そして、そんなモンスターエクシーズを生かす最良のカードは既に遊馬のフィールドに手配されていた。その伏せカードを遊馬が引っくり返した。

 

「8ターン目に設置された装備魔法カード【メテオ・ストライク】をオープン! こいつを【交響魔神マエストローク】に装着だ! 【メテオ・ストライク】は装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与えられる!」

 

 【交響魔神マエストローク】の持つサーベルに壮大な星空から隕石を呼び込む魔力が宿った。

 

「でも、なんで装備魔法をフィールドに伏せて……!? 分かったわ! 9ターン目に墓地にいる【タスケナイト】のバトルフェイズを終了させる効果の条件が《手札が0枚の場合》だったから伏せざるを得なかったのね! 万丈目さんが前のターンに遊馬の手札がモンスターカードと装備カードで好都合といったのは、二枚ともモンスターカードだったら、手札が0枚にならなかったかもしれないからだわ!」

 

 パズルが適合するように、質問ばかりにしていた小鳥も答えに辿り着けたようだ。全てはこのモンスターエクシーズの布石だったのだ。

 

「準備はできたぜ! バトルフェイズに移行! 【メテオ・ストライク】を装着した【交響魔神マエストローク】で【No.17 リバイス・ドラゴン】を攻撃!」

 

 遊馬は最終攻撃命令を下すや否や、【交響魔神マエストローク】がダッと走り出した。【交響魔神マエストローク】の効果により【No.17 リバイス・ドラゴン】は裏側守備表示になっている。更に【交響魔神マエストローク】は【メテオ・ストライク】を装備している。【交響魔神マエストローク】が裏側守備表示の【No.17 リバイス・ドラゴン】を破壊した瞬間、装備魔法【メテオ・ストライク】の効果――装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える――が発生し、本来守備表示では与えられないダメージが発生する。【No.17 リバイス・ドラゴン】の守備力は0で、【交響魔神マエストローク】の攻撃力は1800、差し引き1800、ほぼダイレクトアタックに等しい。シャークのライフは400、この攻撃が決まれば遊馬が勝利する……はずだった。

 

「攻撃宣言をしたな」

 

 獰猛な生き物たる鮫が牙を剥いた。獲物のように捕食者に睨み付けられた遊馬の肩が震える。シャークのフィールドには9ターン目で伏せた秘密のカードがあったのだ。

 

「罠発動! 【炸裂装甲(リアクティブアーマー)】! 相手モンスターの攻撃宣言時、攻撃モンスター一体を対象として発動可能。その攻撃モンスターを破壊する!」

 

 破れた装甲の破片が【交響魔神マエストローク】に襲い掛かる。模擬デュエルで万丈目が使用した罠カードで最後の奥の手である【交響魔神マエストローク】が破壊されるという想像もしなかったアクシデントに、遊馬の頭は真っ白になった。

 

「九十九遊馬、残念だったな! 第11ターン目で攻撃力3500の【深海の怒り(レイジ・オブ・ディープシー)】でテメェのライフを0にしてやんよ!」

 

 闇のオーラを纏ったシャークが高笑いする。こんなに頑張ったのに、ここまでか。やっぱり俺には無理だったんだ。遊馬の瞳から情熱の炎が消えようとした、その瞬間だった。

 

「【交響魔神マエストローク】の第二の効果を発動!」

 

 まるで示し合わせたかのように万丈目とアストラルの声が重なった。第二の効果!? と遊馬は垂れていた頭を上げて【交響魔神マエストローク】を見た。目深に被った軍帽の下から覗かせた瞳は「僕を信じろ」と語っていた。そして、それと同時に【交響魔神マエストローク】を初めて見たときの己のセリフ――「あ、このカード、攻撃力は2000以下だけど、効果が二つあってお得だぜ!」――を思い出した。

 

(諦めるにはまだ早い! 総てを使って、俺はシャークに勝つんだ!)

 

 遊馬の誓いを受け、皇の鍵が確かに煌めいた。

 

「この瞬間! 【交響魔神マエストローク】の第二の効果を発動!」

「あのモンスターエクシーズ、効果が二つあるのか!」

 

 遊馬の発言に、彼の応援側やシャークの取り巻き問わずに誰もがそう返していた。効果内容を遊馬は大声で口にする。

 

「このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分フィールド上の【魔人】と名のついたモンスターエクシーズが破壊される場合、代わりにそのモンスターのエクシーズ素材を一つ取り除く事ができる!」

「破壊される代わりにエクシーズ素材を取り除く?」

「【交響魔神マエストローク】の名前に【魔神】が入っているから、それってつまり――」

「破壊無効化だ」

 

 小鳥と鉄男の台詞の続きを万丈目が引き継ぐ。その解説により、これから行われることを理解したシャーク陣営が凍り付いた。

 

「【交響魔神マエストローク】、己が身を守れ! 《セーフティー・コンダクター》!」

 

 遊馬の指示に従い、オーバーレイ・ユニットを吸収したサーベルで【交響魔神マエストローク】が三拍子を振ると、バリアが現れ、【炸裂装甲(リアクティブアーマー)】を弾(はじ)いていった。これにより、シャークのフィールドには裏側守備表示となった【No.17 リバイス・ドラゴン】を守るカードの一切が無くなった。

 

「かっとべ、【交響魔神マエストローク】! 《マエストローク・メテオ・コンツェルト》!」

 

 まるで印を結ぶように四拍子を振ると、【交響魔神マエストローク】は【No.17 リバイス・ドラゴン】に突っ込んだ。その名が示すように裏側守備表示のカードを一突き(ストローク)する。叫び声を上げる間もなく【No.17 リバイス・ドラゴン】が倒された途端、サーベルに宿った魔法が発動し、相手プレイヤーに隕石を降らした。

 

(この俺が……負け――)

 

 装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与えるという【メテオ・ストライク】の効果により1800の貫通ダメージを受け、400しか無かったシャークのライフはとうとう0になった。

 

「勝った……俺、シャークに勝ったぜ! 勝ったビングだ!」

 

 勝利を掴んだ少年がハイジャンプする。九十九遊馬の勝利だった。

 

 

19:トンマとサンダーと幽霊と

 

「やったぜー!」

「遊馬があのシャークに勝ったわ!」

「あんなのに負けるなんて――」

「落ちぶれたぜ、シャーク!」

 

 デュエル終了音が鳴り響くや否や、観衆は火がついたように大騒ぎになった。風のように小鳥と鉄男が勝者に駆け寄り、不良の取り巻きは敗者から去って行く。長いARヴィジョンから解放され、皆同様にDゲイザーを外した万丈目はフゥと長い息を吐いた。

 

「この馬鹿、心配させやがって!」

「鉄男、鼻声が治っているじゃないか!」

「びっくりしすぎて治っちゃったんじゃないの?」

 

 ハイタッチして喜ぶ遊馬たち三人を横目に、アストラルがシャークに手を伸ばすと、彼の身体から一枚のカード―【No.17 リバイス・ドラゴン】が取り出され、アストラルの手中に収まった。それと同時にシャークの手の甲の浮かび上がっていた《17》という数字が消失する。

 

『なるほど』

 

 わぁわぁきゃあきゃあ騒ぐ少年少女たちを見下ろしながら、アストラルは呟いた。

 

『私は此の世界ではなく、アストラル界の住人。ナンバーズは私の記憶の欠片……ということは飛び散った百枚全てを回収すれば私の記憶は戻るはずだ』

 

 使命や此の世界に来た理由など、アストラルは何一つ未だに思い出せなかったが、自分が為すべきこと――ナンバーズの回収を見出したのだった。

 

(母ちゃん、父ちゃん。勝てたぜ)

 

「約束だ」

 

 皇の鍵を握り込んで、行方不明の両親に遊馬が勝利の報告を行っていると、シャークがスッと鉄男のデッキを差し出してきた。

 

「確かに、鉄男のデッキは返してもらったぜ」

 

 遊馬が受け取るのを確認すると、シャークは背を向けて呟いた。

 

「九十九遊馬、覚えておくぜ」

 

 そのまま振り返りもせずに去ろうとするシャークに遊馬が大声で呼び掛けた。

 

「シャーク! 俺、すっげぇ楽しかったぜ! またやろうぜ、デュエル! 今度はデッキなんて賭けないでさ、一緒にかっとビングしようぜ!」

 

 勝者の台詞に敗者は一度足を止めたが、そのまま雑踏の中へ消えていった。

 そんな遊馬とシャークのやりとりに、万丈目は初めて《あの男》とデュエルした後のことを思い出していた。

 

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ」

 

(そりゃあ勝てば楽しいだろうよ)

 

 勝者の言葉に敗者たる万丈目はそう思っただけだった。遊馬の真っ直ぐな想いは今のシャークには恐らく届かないだろう。少年たちから少し離れた位置に立ったままだった万丈目は、シャークの去り際の顔を見ずに済んだことを感謝しながら、取り巻きがいなくなってしまった彼が自棄にならなければ良い、デュエルを嫌いにならなければ良い、と叶うはずのない無理なお祈りをするしかなかった。

 

『勢いだけしかない、と思ったが、君は諦めない情熱のハートと勝負師の心を持っているようだな。トンマ』

「トンマじゃない! 遊馬だ!」

『それにトンマは良い師を持っている』

「遊馬だって! ……ん? 良い師って万丈目のことか?」

『そうだ、万丈目だ』

「さんを付けろ、貴様ら!」

 

 少年と幽霊のやり取りに青年がズカズカと近付きながら介入する。なんだかんだで忘れていたが、カードの精霊には聞かなくちゃならないことがあるのだ。

 

「おい! カードの精霊! 貴様、どうやって来た? 何をしに来た? なんで此処にいるんだ?」

「へ? 万丈目、コイツが視えるの?」

『カードの精霊? それはどんな効果だ? 万丈目、いつ発動する?』

「だ・か・ら、俺は万丈目さんだ!」

 

 普段から行われている遊馬と万丈目の二人コントにアストラルが入り、三人コントになる。二人揃って第三者がいるような奇行をする遊馬と万丈目に、小鳥は「やっぱり同レベルだからかしら?」と考えることを放棄したくなった。鉄男に至ってはデッキを返してくれた恩がある手前此処にいるが、早く帰りたくて仕方なかった。

 

『君は何か勘違いしているようだが、我が名はアストラル。アストラル界の使者だ』

「へっ? じゃあ、アストラルも別世界から来たってこと?」

「そうだ」

 

 アストラルの言葉に遊馬が尋ねる。なんか引っかかったような気がしたが、今の万丈目はそれどころではなかった。

 

「アストラル界? 精霊界のことか?」

『恐らくそうではないだろう。高次元のエネルギーを主幹とする世界のことだ。此の世界に来るときに《何か》にぶつかり、私の記憶はナンバーズとなり、飛び散ってしまった』

「世界を渡るときに《何か》とぶつかった……?」

 

 アストラルと万丈目が真剣な会話をする横で、その《何か》が己であることを遊馬は主張するが、万丈目の耳に届きはしなかった。

 

(つまり、世界を渡る際には《何か》――障壁が存在するのか? その世界と世界の間にある障壁とぶつかった際に幽霊のような存在、肉体のないアストラルは記憶がナンバーズとなって飛び散った。逆に肉体のある俺は大怪我を負った挙げ句、カードの精霊を視る力を失い、世界を渡る前後の記憶も失ったということか。おいおい、俺の方が酷過ぎやしないかい)

 

 ウンウンと考える万丈目を覗き込みながら、今度はアストラルが質問した。

 

『では、私から質問だ。万丈目、何故、君は私が視える?』

「さん、だ。それは俺が――」

 

 カードの精霊を視る力を持っているから、と万丈目は言えなかった。もし精霊が視える力があるのならば、何故おジャマ共は視えないのだろうか。仮に姿を現していないだけだとしたら、最初異世界に来たと言う事実も大怪我した理由も分からず、デュエルディスクを破壊され、ノース校のコートを失い、混乱と悲しみに暮れ、残されたデッキに投入していた、唯一のカードの精霊【おジャマ・イエロー】【おジャマ・グリーン】【おジャマ・ブラック】に話し掛け続けた万丈目を放置するなんて、あまりにも非情すぎやしないだろうか。

 

(……となると、考えられることは只一つ。俺はやはりカードの精霊を視る力を失っていて、アストラルとやらが見える理由は――)

 

「この《帝(みかど)の鍵》のおかげだ」

 

 ずっと左手に掴んでいたもの――青色の宝玉を埋め込んだ銀色の《皇の鍵》の亜種を見せると、アストラルも遊馬も小鳥も鉄男も目を丸くした。

 

「皇の鍵、パートⅡか?」

「遊馬、それって色違いがあったの?」

「いいや、ないぜ! 万丈目、なんだよ、それは?」

『皇の鍵がもう一つある……?』

 

全員顔を乗り出して、手の平上にある帝の鍵を覗き込む。さて、何処まで正直に言ってしまっても良いのだろうか。

 

「遊馬の皇の鍵が光り輝いて再生したとき、俺が預かっていたその欠片も再生したが、何故か色違いになっちまったんだ」

「皇の鍵が二つあるなら、アストラルもいるのかよ?」

「いや、俺のには何も宿っていない。ただアストラルが視えるだけだ」

「遊馬と同レベルの万丈目さんが持っていたから、不可思議現象が伝染したのかしら」

 

 遊馬と万丈目のやり取りの間に挟まれた小鳥がとても失礼なことを言ったような気がしたが、気のせいだろう。世界が違うとはいえ、プロデュエリストの万丈目サンダーをド素人の遊馬と一緒にするではない!

 

「あ! もしかして、万丈目も瓦礫の道を歩く夢を見たのか!?」

「あの瞬間に貴様も見たのか!?」

 

 遊馬と万丈目が目を合わせて、肯(うなず)き合う。

 

「あれさ、俺がよく見る扉の夢だったんだよ! その扉が『開けよ』って言うから、その瓦礫の道上にある扉を開けたらアストラルに出会ったんだ!」

「俺のは瓦礫の道があるだけで、扉なんてなかったぞ。俺も何者かに『開けろ』と言われたが、扉なんてなかったし、開けずに醒めちまったからな」

 

 かと思ったら、相違点が浮かび上がり、遊馬と万丈目は首を傾げた。

 

「どういうこと?」

「俺様が知りたいわ」

 

 遊馬と万丈目が見た扉の夢もまた、皇の鍵と帝の鍵のように似ているようで似ていないものらしい。

 

『とりあえず、トンマ、私は私の記憶を取り戻すためにもナンバーズを回収しなくてはならない。ナンバーズは私の飛び散った記憶の欠片なのだ。私はデュエル出来ないからな、協力してもらうぞ』

「遊馬だって! そういうのは俺の名前を覚えてからにしろよ」

『では、遊馬、よろしく頼むぞ』

「あ! お前、卑怯だぞ!」

『お前じゃない、アストラルだ』

 

 アストラルと遊馬のやり取りは端から見ると、空中に話し掛ける危ない人だろう。

 

(デュエルアカデミア時代の俺もこうだったんだろうか)

 

 愛しの彼女にこう見えていたか、と想像するだけで万丈目は悍(おぞ)ましく感じた。

 

「小鳥、鉄男も何か言ってくれよ~」

「何かって言われても」

「ねぇ?」

 

 遊馬のヘルプに幼なじみ二人は苦い顔をしただけだった。アストラルの姿が視えない以上、幽霊相手に話し掛ける遊馬に何の助言のしようがないのだ。

 

「万丈目~」

「さん、だ! アストラルとやらもそんな頼み事をコイツに――」

 

 いや待てよ、と万丈目は思う。アストラルはナンバーズが全て揃えれば記憶が戻ると言っていた。記憶が戻れば、どうやって此の世界に来たか――異世界から異世界への渡り方が分かるはずだ。奴の記憶さえ戻れば、俺も元の世界に帰れるかもしれない!

 

「――遊馬、アストラルに協力してやれ」

「ええっ! なんで!?」

「人助けだ、人助け。それに【No.39 希望皇ホープ】や【No.17 リバイス・ドラゴン】みたいな強力なナンバーズ、見てみたいだろ? 集めてみたいだろ? 使ってみたいだろ?」

「うっ、確かに……」

「貴様はシャークに勝てたのだ! 自信を持て! 他のナンバーズを持つ、強いデュエリストが貴様を待っているんだぞ!」

「強いデュエリストが俺を待っている……っ!」

 

 無理矢理なこじつけ理由のフレーズに遊馬は惹かれたらしい。コイツを思い通りに誘導するなんて、万丈目サンダーにはお茶の子さいさい過ぎるぜ!

 

「アストラル、俺、協力するぜ! お前の記憶、取り戻してやるよ!」

「俺も出来る限り協力してやろう」

 

 上手いこと言ったぜ、と内心笑いながら遊馬に万丈目も同調する。

 

「それに記憶喪失同士、万丈目と仲良く出来そうだしな」

『万丈目、君も記憶がないのか』

「ま、まぁな」

 

 小鳥と鉄男に聞こえないように、こそこそと遊馬がアストラルに伝える。遊馬め、余計なことを! 顔をひくつかせながら、万丈目は言葉を濁さざるを得なかった。

 元の世界に居た頃の記憶を万丈目はちゃんと覚えていた。異世界から来ました、なんて言ったら変人扱いされるのが目に見えているので、口が裂けても言わないだけだ。最も異世界渡航の際の記憶はないので、完全に嘘をついている訳ではない。

 

「いやぁ、でも万丈目がいて良かったぜ! 俺一人しかアストラルが見えなかったら絶対に混乱してたし」

「だろうな、安易に想像がつく」

 

 万丈目が鼻をフンと鳴らすと、遊馬が彼のベストの裾を引っ張って小さく囁いた。

 

「万丈目、ありがとう。俺、万丈目がいなかったらシャークに負けていた。ブレイビングも出せなかった。万丈目がいたから、俺、勝てたんだ」

 

 遊馬の正直な告白に万丈目はドキマギする。これだから天然素直は苦手なんだ!

 

「本当に感謝しているなら、俺様の手助けが必要にならないくらい強くなるんだな!」

「おう! 今度は模擬デュエルじゃなくて、ちゃんとデュエルしようぜ!」

「この万丈目サンダーに宣戦布告するとは良い度胸だ。フルボッコにしてやる!」

 照れていることをバレるのが癪なので、胸を張って大声で万丈目が言うと、遊馬は大袈裟に頷いてみせた。

 

「よっしゃあ! 更なるナンバーズに、強いデュエリストに出会うためにかっとビング+ブレイビングだ、俺!」

 

 勢い良くジャンプする遊馬に、ついていけず溜め息を吐く小鳥と鉄男に、他の人からには視えないアストラルに、元の世界帰還計画にほくそ笑む万丈目。

 二人のかっとビング+ブレイビングはこれから始まっていくのだった。

 

 

20:Before The World

 

 黄色いテープは貼られていなかった。

そのまま路地に入ろうとすると、クイッとスーツの裾を引っ張られる。後ろを向いても誰もいない。見下ろすと襤褸(ぼろ)を着た皺くちゃの薄髪婆がニッと穴だらけの歯で笑い、地べたに片足を立てて座り込んでいた。

 

 観光料、チップを入れな。

 

 《I》(私)のスーツを引っ張った、やけに爪の長い指で足元の缶を指差す。その言い草に《I》は眉間に皺を寄せた。蠅が集(たか)り、腐ったフードがこびり付いた空き缶に、既に何枚かコインが入っているのを見た《I》は更に胸糞悪くなる。

 

 いつから此処は有料道路になったんだい?

 

 《I》は婆に唾棄するように話し掛けるが、彼女は「儂が見つけた商売場所だ、好きにして何が悪い」とカラカラ笑っただけだった。

 

 金を払う奴がいる以上、儂は此処を離れないよ。お前さんも立派な《お客さん》の一人じゃないか。

 

 白い所を見つけるのが困難な凸凹な歯の奥は、まるで奈落の穴のようであった。若者である《I》が婆を蹴り飛ばせば、通行料の踏み倒しは簡単に出来るだろう。育ちの良さが《I》に暴力を振るわせることを阻害していると、徐(おもむろ)に婆は猫のように細めていた目を見開きながら、ぼんやりと呟いた。

 

 あらまぁ、よく見たら儂同様、この恩恵を受けた男じゃないの!

 

 婆が口を開く前に《I》は片足を振り上げなかったことを心から後悔した。感謝でもしにきたんかえ? と婆が見せた白い舌を今すぐにでもちょんぎってしまいたい。《I》が侮蔑を込めて無言で見下しても、慣れきった婆はニマニマと魔女みたいな笑みを浮かべるだけだった。この婆と同じ息を吸うことすらおぞましく感じた《I》は財布から一枚の札を取り出すと、彼女の足元に落とした。婆は風よりも早くお金を掴み取り、滅多に手に出来ない金額を見た興奮のあまり、ゼェハァと茶色い息を吐いた。

 

 路地から戻ってくるまで誰もいれるな、約束を守ったらもう一枚くれてやる。

 

 《I》が告げると、婆の呼吸が一段激しくなった。鼻を慣らすことすら厭わしく感じた《I》は昼間でも日が射し込まない路地へ足を踏み入れる。婆から「毎度あり」と呑気な声が届いた。

 

 さながら其処はアトラクションのようであった。高い建物に挟まれた路地はまるで渓谷のようであり、腐乱臭を撒き散らすゴミくずが転がり、鼠が走り回っている地面には、婆か、或いは観光客により、白ペンキで《start》と描いてあり、ご親切かつご丁寧に道順を示す矢印が続いていた。ガスマスクでも持ってくれば良かった、と笑えない冗談を思いながら、《I》は態(わざ)と白ペンキを踏むように歩いて道順に従う。そのおかげで迷路のような路地に迷うことはなかったが、途中途中で奇天烈なものに出会った。

 曲がり角の地面で出会った、ひしゃげた細長い楕円形は、現場検証でポリスマンがチョークで付けた跡が消えないよう、観光客に見せられるように白ペンキで乱雑に上塗りされたものなのだろう。その隣には小さく《The red umbrella》と書かれていた。あの返され仕舞の赤い傘は此処にあったらしい。

 《I》が岐路に差し掛かると、今度は逆に迷い込ませるように矢印が錯綜していた。もう飽きたか、と適当に矢印通りに従うと其れが単なる落書きではなく、《彼》が歩いた順路だと気付いた。異様にムシャクシャして白ペンキを踏み潰すように歩き回るが、大小の連続した丸は避けた。きっと、これらが彼のデュエルディスクの破片に違いないと思ったからだ。ふと隣の壁を見ると、ド派手に蛍光ピンク色でセンテンスが書かれてあり、最初の単語はスプレーの出が悪かったらしく潰れて読めなかったが、その後ろの単語である《SOON!》は直(す)ぐに分かった。

 あまりの下劣なテーマパークに《I》は殺意を通り越して、笑いたくなった。

 

 あの日は雨が降っていた。

 U-20のデュエルトーナメントのファイナリストたる《I》は三位決定戦に訪れていた。只単にデュエルを観に来た、というと嘘臭い。有能で知名度が高い《I》が姿を見せたら観客が喜ぶから、の方が真実っぽかった。決勝戦の切符を手にしていた《I》には、誰が三位になろうと関係のない話だ。

 そんな興味のない三位が決定し、掃除機の穴のような出口に向かう観客を《I》がVIP席から見下ろしていると、黒髪黒服の男を見付けてしまった。しかも傘を持ってないことにまで気付いてしまった。ああ面倒だなぁ、と思いつつ、隣の秘書に彼女が持っていた赤いジャンプ傘を《I》に貸すよう伝えた。《I》が既に青い傘を持っていながらの言動に彼女は怪訝な顔を浮かべたが、どうせ君は折り畳み傘を持っているから良いじゃないか、と《I》が言うとしぶしぶ貸してくれた。

 案の定、黒髪黒服の彼は試合会場から外へ出られずに居た。

走る必要はなかったことを恨めしく思いながら、彼の名を呼ぶ。

 

 てっきりホテルで観ているのかと思った。

 

 なんだ、そう言う貴様こそ高みの見物か?

 

 久しぶりの嫌みの応酬に彼の息災を知る。そんな彼に真っ赤な傘を手渡すと、対戦相手に貸しは作らん、ドイツ紳士は少々の雨でも濡れて帰るものだ、と訳の分からないことを言い出した。

根っからの日本人がなにを言う、相変わらず素直じゃない、人の好意は黙って受けるべき、とすかさず連撃を与えたら、どうせならそっちの青い傘を寄越せ! と彼が詰め寄ってきたから、嫌だよ、と言わんばかりにかわしてやった。

 

 こんな雨で風邪を引かれたら明日の決勝戦で会えないじゃないか、その赤い傘は決勝戦で返せば良い。

 

 そんな旨と共に赤い傘を押し付けてやると、《I》より年上であることを良いことに「其処まで言うなら、仕方ないから借りてやろう」と彼がほざく。明日の対戦相手に「素直ではないな」と鼻で《I》は笑ってやれば良かった。

 

 てっきり、そのままホテルに直行するのかと思いきや、道すがら彼は別れを告げてきた。人と会う約束があるらしい。気を付けろよ、とからかい半分で投げつけると、彼が馬鹿にしたように笑うものだから、迷子になるなよ! と付け加えてやった。途端、「この俺を誰だと思ってやがる!?」と激昂し、いつものコールを一人で始めるものだから《I》は無視して道を曲がることにした。雨は体に毒なのだ、早く帰らないといけない。後方で騒ぐ彼だったが、最後に「明日は貴様に勝つ!」と大啖呵を切ったものだから、ひらひらと手を振ってやった。逆方向に遠ざかっていく彼の気配を感じ、彼が背を向けたままであることを確認してから《I》は振り向いた。彼は一人でも賑やかだった。おおかた彼と一部の人間にしか視えないカードの精霊と喧嘩しているのだろう。

 

 明日を楽しみにしているよ、万丈目。

 

 《I》は口内でその台詞を転がすと、ホテルへ向け、グダグダと歩いていった。

 

 翌日の晴天下、決勝戦に彼は姿を現さなかった。昨日の約束とビッグマウスっぷりを思い出し、《I》はコツコツと床をつま先で鳴らす。会場はざわめき、誰かが呟いた「逃げたのかよ」という言葉が観客席から落ちてきた。その嘲(あざけ)りに《I》は怒りを覚えた。彼がそんな小心者ではないことを《I》は知悉していたからだ。しかし、彼は姿を現さない。

 

 Hero(ヒーロー)(英雄)は遅れてやってくるって? 馬鹿言うな、Heroは此方で、むしろ彼はHeel(ヒール)(悪役)ではないか!

 

 そんな戯れ言も虚しく、時間切れのホイッスルが鳴り響く。期待は裏切られ、またしても《I》は彼に失望する羽目になった。

 一度、プロデュエリストになる前の彼に《I》は敗れたことがあった。今回のトーナメントで偶然にも決勝戦で鉢合い、彼との二回戦に《I》はずっと期待していた。今度こそ勝つと決めていた。なのに蓋を開けてみれば、己の不戦勝という呆気ない幕切れに《I》は絶望した。

 こうして《I》は不戦勝によりU-20の優勝者になったが、これで納得する観客ではない。プロデュエリスト中のプロデュエリストの《I》の生の姿を見たかった観客のブーイングを受けた主催者側は、慌てて三位決定戦の勝者を対戦相手として連れてきた。

 

 お互い様ですね。

 

 やんわり笑う挑戦者に不機嫌さを隠すことなく、《I》はデュエルディスクを展開する。関係ないと思っていた三位とデュエルすることになるとは。こんな態度では秘書に怒られてしまうと分かっていたが、どうにも収まりそうになかった。

 観客の期待通りに《I》の完封勝ちでデュエルが終わった後も、当の本人はむすくれたままだった。会場のスタッフが《I》を落ち着かせる為に「一度彼に負けたことがあるのでしょう? 彼が出て来たら負けていたかもしれないから、これで良いじゃないですか」とぬけぬけと申した。このとんでもない裏切りを恩恵にすげ替える馬鹿面を殴らなかった自身を褒めたいね、とさえ《I》は思った。高名たる《I》が余りにも憤っていたからか、それとも規約だったのか、主催者側は決勝戦に姿を現さなかった黒髪黒服の対戦相手を失格とし、二位の座を剥奪し、繰り上げてしまった。本来乗るはずのない位置に立てた元三位や元四位がニコニコ顔で表彰台に上がるものだから、バッカじゃないの? と不動の一位たる《I》は罵りたくて仕方なかった。

 この馬鹿馬鹿しい表彰式が終わったら、彼を探しに行こう。彼が掴んでいてもおかしくなかった此のトロフィーを顔面にぶつけて、散々に貶(けな)してやる。

 《I》が少しでもフラストレーションを下げようと画策していると、舞台袖が賑やかになった。嘘だ! なんていう子供っぽい我が儘声がする。どうしたんだい? とわざと対照的になるように言いながら、表彰式が終わったことを良いことに《I》は近付いた。その人物は彼のアカデミア時代の級友であり、この大会の主催者に協力する人間――丸藤翔であった。そんな興奮気味の翔を抑えるのは、同じく主催者側の人間――兄の丸藤亮だった。

 

 彼が決勝戦をブッチしたことがそんなに信じられないのかい?

 

 《I》は神経を逆撫でするようなことを言いたかったが、亮の目を見て止めた。何故、そんな悲しい顔をする? と《I》が言いかけた瞬間、翔の金切り声が全てを引き裂いた。

 

 季節の移り変わりに起きた過去の出来事から今へ意識が戻る。矢印が終わり、白ペンキで無邪気に《Goal》と描かれ、逃げ場のない路地の行き止まりに《I》は到達した。薄暗い重い空気が漂うなか、《I》はあの時の翔の台詞を思い出していた。

 

『嘘だ! 万丈目くんが死んだなんて!』

 

 彼――万丈目準が亡くなったという現場に、《I》――エド・フェニックスは翔から報せを聞いた時のように只呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。

 

 

 

つづく

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