【遊馬と万丈目で】 YU-JO!【時空を超えた絆】 作:千葉 仁史
第九節 BEFORE WDC
1
瞼を開けると、万丈目は崖っぷちの道の上に立っていた。
「え! ちょ、おまっ!」
そんな風に素っ頓狂な声をあげて、大袈裟に驚いて飛び退くものだから、ますます落ちそうになる。おっとっと、と手をバタつかせながら、無駄にうっかり落ちるという失態を回避した十九歳の黒髪の青年はぐるりと辺りを見渡した。そうして、此処が何処であるか――遊馬がはじめてアストラルに出会ったデュエルの際、謎の声に万丈目だけ呼ばれて引き摺り込まれた空間であることが分かった。更に、その時に立っていた場所よりも進んだS字カーブの手前、つまり、最終的には途切れてしまう道のゴールに以前よりも近付いていることにも気が付いた。このまま進めば確実に落下コースだ。冗談ではない! と万丈目がその道の終わりから遠ざかろうと足を上げた瞬間、天上の星空から声が落ちてきた。
『歴史の歯車が動き出した』
その声と同時に、カチリと歯車が動く音が聞こえたような気がした。しかし、万丈目にとって、そんな音よりも、その声の主に「また、お前か!」と噛み付くことの方が優先順位は高かった。
「貴様、あの時の謎の声だな! 俺の総てを知っていると豪語していたが、ならば、教えて貰おうか! どうして、この万丈目サンダー様が別次元のハートランドシティにいるのか! どうして、カードの精霊が視えなくなったのか? どうやったら元の世界に帰れるのか!」
『総ての理由は新しき扉を開け、古き扉を閉めたときに――我が名を呼んだときには既に明かされているであろう』
「またなぞなぞか! 貴様の名前なんぞ、この俺様が知る訳ないだろうが! 扉なんて何処にもありゃしないし、そもそも此処には途切れている崖っぷちの道しかないではないか! くそったれめ、いい加減に姿を現せろ!」
『我が名を呼ぶとき、姿は与えられる。〝金のお鉢〟を手にしたお前ならば、いずれ判る、いずれ呼ぶ……その
「また訳の分からん
謎の声を降らせる満点の星空に悪態を吐くのに夢中になっていた万丈目は、ついつい崖から足を踏み外してしまっていたことに気が付かなかった。あ、と声を漏らすよりも先に胸にあった、遊馬とお揃いで色違いのペンダント――
2
とん、と万丈目の片足がベッドから宙に浮く。瞼を開いた先には、カーテンの隙間から照らされた朝日で輝く九十九家の白い天井があった。
「夢、か」
分かり切っていたとはいえ、万丈目は思わずそう呟いてしまう。まずは先手を打って今にも鳴り出しそうな目覚まし時計をOFFにし、次に大きく伸びをした。そして筋肉痛がないことを確認した後、ベッドサイドにあった帝の鍵を首に掛け、赤紫色のジャージに上下着替える。このジャージは遊馬の姉である明里の学生時代のお古だが、事前に裾を調整してくれたため、細身の万丈目の身体にぴったり収まった。Dゲイザーを襟元に挟み、Dパッドとデッキケースも持っていこうとしたが、それらの上でナンバーズの狸の精霊であるポン太が高鼾かつ鼻提灯で寝ているものだから、万丈目は呆れてそのままにすることにした。
一階へ降りる前に、屋根裏のロフトへ通じる静かで真っ暗な穴を見上げた。きっとハンモックで寝ている遊馬も先程のポン太の様に間抜け面で爆睡していることだろう。あのアストラルのことだ。その様子を「観察結果」と言いながら神妙な顔付きで眺めているに違いない。そんな光景を想像するだけで、自然に万丈目の口角が上がる。
音を立てない様に階段を降りると、パジャマ姿の明里が「万丈目くん、おはよう」と挨拶してきた。
「おはようございます、明里さん。今、起きたのですか?」
「逆々、仕事に一区切りついたから今から仮眠するのよ。まであと少しだからね、今が正念場……って言っても開催したらもっと忙しくなるんだろうなぁ」
台詞とは裏腹に、睡眠不足であろう明里の目は記者として一番活躍できる瞬間到来への期待で朝日の様にキラキラと輝いていた――彼女のその横顔に万丈目が目を細めてしまうぐらいに。
「万丈目くんは今日からジョギング開始だっけ? お医者さんが体力を付けるために軽い運動を推進したとはいえ、無茶は禁物だからね。
いい? わかった? とずいずい近付いて承諾を迫る明里の距離の近さに万丈目は焦りながらも「勿論です」と回答した。アルバイト先の店長の鉄子といい、この世界の女性の異性に対する距離感は万丈目の世界とかなり異なるのかもしれない。いや、そもそも明里と鉄子から万丈目は異性としてカウントされておらず、一つ年下の弟の様なものとでしか見ていない可能性の方が高い。そうでなければ、こんな子供に対して言い含めるような言い方はしないだろう。
(つまり遊馬と同じ扱いってことか。それはそれで複雑だ)
スニーカーの紐を強く結びながら、万丈目はつらつらと考える。その間に遊馬と明里の祖母であるハルも起きていたのか、「頑張ってらっしゃい」と小さめの飲料水が入ったウエストポーチを渡され、九十九家に居付いたお掃除ロボットことオボットのオボミからも「ガンバレ、ガンバレ」と声を掛けられた。
「では、頑張ってきますね。明里さん、ハルさん……にオボミ、いってきます!」
玄関の扉を開くと、夏の朝日が飛び込んできた。朝早くはひんやりしていても、時間が経てば暑くなることだろう。万丈目の背に「無茶は駄目だからね」「気を付けるんだよ」「ファイト、万丈目サン」と女性陣(?)からエールが送られる。その声援に発破を掛けられるようにして、万丈目は大きく強く一歩を踏み出したのだった。
3
ナンバーズハンターのカイトを撃退し、皇の鍵の奪還に成功した遊馬たちが帰路に着いたのは朝焼けの中であった。勿論、九十九家に帰った途端、遊馬と万丈目は明里に大いに叱られた。明里に見付からないよう、こそこそと帰ったつもりであったが、玄関を開けた途端、阿修羅すら凌駕しそうな顔付で明里が仁王立ちしていたものだから、遊馬と万丈目だけでなく、同行していたナンバーズクラブの面々まで蛇に睨まれたかのように硬直してしまった。其処から先は怒涛の明里の『ずっと私のターン』状態であったのは言うまでもない。
「こんな時間まで何をしていたの!? 遊馬だけでなく、万丈目くんまでボロボロだし、説明してくれるわよね?」
お叱りのサンダーボルトを連発しまくった挙句に明里に詰め寄られ、遊馬と万丈目は思わず顔を見合わせた。どう言い訳しようか? まさか、皇の鍵を奪ったナンバーズハンターと決闘してきましたなんて言えないし、言ったところで「なに馬鹿なことを言っているの!」と余計に明里が怒髪天を衝きそうだ。蛇睨みの沈黙に耐え切れず、碌な言い訳を考えてもいないのに遊馬が「あのさ、姉ちゃん」と口を開き掛けた瞬間、別の少年――等々力孝の口が開いた。
「とどのつまり、僕たち、デッドマックスの幹部を撃退していたんです!」
(等々力、なに言っちゃってるのーっ!?)
当惑する万丈目を尻目に等々力は「敵の幹部に遊馬くんの皇の鍵を奪われたから取り返しに行ったんです!」だの、「万丈目さんは足止めに来たデッドマックスの部下に立ちはだかって、遊馬くんを先に行かせてくれた」だの、最終的には小鳥も鉄夫もキャシーも徳之助も便乗して「そうなんです、私たちは協力して」「遊馬を守り通して、俺たちが開けた道を彼奴は進んで」「キャッと、遊馬くんが幹部を倒して」「友達の魂も皇の鍵も取り返したウラ!」と言い切った。デッドマックスは置いといて、すべて本当の話だが、何処をどう聞いても電波な内容だ。くらくらしそうな頭を押さえながら、万丈目が「あの、明里さん、聞いて下さい」と別の言い訳を言う前に、明里が大きく溜息を吐いた。
「鉄子にも聞いているけれども、番号俱楽部だっけ? 戦隊ごっこもするのもいいけど、こんな朝帰りするまで夢中になったりしちゃ駄目だからね。万丈目くんも巻き込まれたとしても、この中で一番の年上なんだから、毅然とした態度で引率しなさい。それに遊馬、万丈目くんは病み上がりなんだから無茶させちゃ駄目って何度も言っているでしょ? ……全く私に心配かけさせないでよ」
呆れつつも此方を思いやる彼女の態度に、心配した故の叱咤であったことに気付かされた万丈目は言い訳をやめて、子どもたちと一緒に頭を下げて素直に心から明里に謝ったのだった。
他の子は私が車で送るから、と明里が車を用意している間に万丈目はこそっと等々力に「どうして、あんなことを言ったんだ?」と訊いてみた。
「大人って、子供が本当のことを言っても信じませんし、むしろ、本当のことを言った方が信じてくれませんからね」
なんて至言だろうか。じゃあ、デッドマックスと言ったのは? と続けて万丈目は訊いくと、他の子が答えた。
「ナンバーズのこと、言ったら駄目なんでしょ?」
「だから、委員長がナンバーズハンターをデッドマックスって置き換えたんだってすぐに分かったんだ」
「ナンバーズって口にしたら駄目だって、前に万丈目さんに叱られたから」
「俺たちもちゃんと学習したウラ」
「……だとしても、よく言わなくても分かったな」
ナンバーズクラブ四人で顔合わせて答え合わせする様に、万丈目は思わずぽかんとした表情でそんな質問を漏らしてしまっていた。
「とどのつまり、仲間だからです」
「そんなこと、俺たち仲間だから言わなくても分かるってもんです!」
「これが『絆』の力ウラ!」
「徳之助、途中で逃げ出そうとした癖に、よくそんなことが言えるわね」
「それは言わないお約束ウラ!」
「まぁまぁ、徳之助君もキャシーも二人とも落ち着いて」
『……だそうだが、ところで、遊馬、君はその思惑を理解していたのか?』
「いや、全然」
どきっぱりと答える遊馬にみんな揃ってズッコケそうになる。
(ああ、だから貴様は黙っていたのか。だとしても正直者すぎるだろ、遊馬)
そんな遊馬を万丈目は心の内で呆れつつも、分からなかったのが自分だけでないことにほっとし、変なところで正直すぎる十三歳の少年に少し笑みを零したのだった。
かくして、他のナンバーズクラブの面々も帰宅し、遊馬が寝る間もなく叱られながら登校する様を、その日は運良くアルバイトが休みだった万丈目はニヤニヤしながら窓から見下ろして、文字通り高みの見物をしていた……のだが。
(まさか、あの後に筋肉痛になるとはな)
九十九家からジョギングし始めて数分後、ハイパースローペースで走りながら、万丈目はナンバーズハンターが再度襲来した翌日のことを足の歩みの様にゆっくりと思い返していた。
結局、あの後、万丈目は筋肉痛でダウンしてしまい、その日は終日ベッドの住人になってしまった。筋肉が痛くて眠いのに寝付けないわ、体が
そして、結局というべきか、やっぱりというべきか。更にその翌日、筋肉痛がなかなか治らない万丈目は明里同伴で病院へ行く羽目になり、主治医からメッタメタに怒られた。自身のせいで明里まで叱られてしまい、あまりの申し訳なさに
(こうして振り返ってみると、本当に明里さんとハルさんには頭が上がらないなぁ。今回の件では凄く迷惑を掛けちまったし、今日の夕方に鉄子さんからはじめての給料を貰えるから、それを渡したら、少しは此の恩を返せるだろうか)
信号が青になる。横断歩道を渡り、次の交差点を曲がると、駅前の広場が見えてきた。此処で休憩しようと、万丈目は一度足を止め、飲料水を口にする。出社・登校する人、万丈目みたいにジョギングする人、ラジオ体操する人、様々な人々がいるが、流石にこんな朝早くにデュエルする人はいない。
(そういえば、此処で遊馬とシャークがデュエルしたんだよな。そして、此処ではじめてナンバーズが出て、アストラルに出会ったんだっけな。……あと、この帝の鍵にも)
ジャージの下で揺れる帝の鍵を触りながら、万丈目はその時の苦労と遊馬の凌牙の勝負の行方への緊張感を思い返していた。
4 第一節 ブレイビングだ、俺!
九十九遊馬がシャークこと神代凌牙とデュエルすることになった切っ掛けは、親友の鉄夫が凌牙に負けて取られてしまった彼のデッキを取り返すためであった。不良の凌牙に掴み掛ったことで皇の鍵も折られてしまって消沈していた遊馬にデュエルを教えてほしい、と小鳥に懇願された万丈目は夜半掛けて、スーパーヘボデュエリスト(略して、スパヘボリスト)の彼にデュエルのいろはを叩き込んだ。その際にアルバイト先の店長の鉄子から貰った商品券で遊馬にモンスターエクシーズを買ってあげたり、逆に遊馬から皇の鍵の欠片を貰ったり、遊馬の口癖たる『かっとビング』を出すために勇気を奮うこと――『ブレイビング』について語り合ったりしたのだった。
デュエル当日、ファイナリストという確かな実力を持つ凌牙に遊馬は翻弄されるが、「決して諦めない」という遊馬の覚悟を受けた皇の鍵が突如として輝き、遊馬を精神世界(彼が良く見る夢の中)へ呼び込み、その扉を開けることにより、彼の目の前にアストラルが現れた。その際、万丈目は遊馬とは異なる精神世界(崖っぷち街道)へ一寸引き摺り込まれ、何者と知れぬ声だけの存在から「新しき扉を開け、古き扉を閉めよ」と言われて現実世界へ戻ってきた頃には、万丈目が持っていた金色の皇の鍵の欠片は銀色の帝の鍵として再生していた。
アストラルから託されたモンスターエクシーズ【No.39 希望皇ホープ】と遊馬が元からデッキに入れていた速攻魔法【ダブル・アップ・チャンス】により、凌牙のライフに大打撃を与えられたが、闇に呼応した凌牙がエクシーズ召喚した【No.17 リバイス・ドラゴン】により、大ピンチに陥ってしまう。落ち込みかけた遊馬を場外から万丈目は叱咤激励し、遊馬が自身を信じて「かっとビング」をするために「ブレイビング」してドローし、万丈目が遊馬に授けた【交響魔神マエストローク】をエクシーズ召喚して、装備魔法【メテオ・ストライク】を使ったコンボで【No.17 リバイス・ドラゴン】を沈め、凌牙に勝利したのだった。
(今となっちゃあ、なんだか懐かしいぜ。それにしても、ルールを全く理解してなかった遊馬にデュエルのいろはを一から叩き込むのは大変だったな)
思わず遠くへ視線を向けてしまう。体力も回復してきたので、万丈目はまたゆっくりと走り始めた。
5 第二節 ウラ・ネコ・大判振る舞い、トドにサメ
次の休憩場は美術館前だった。万丈目は肩で息をしながら、此処でも遊馬と凌牙のデュエルがあったことを思い返していた。二人が戦ったのではない、二人で戦うタッグデュエルだった。
ナンバーズに操られた右京先生や奥平風也ことエスパーロビン、表裏徳之助やキャッシーとのデュエルの勝利を得て、遊馬は自信を付けていったと同時にちょっぴり調子に乗ってしまった。その結果、委員長こと等々力孝の挑発に乗って、凌牙を不良から正すという名目で挑んだデュエルでこてんぱんに負けてしまった。
この時、万丈目というと、不良の巣窟に無謀にも飛び込んでいった遊馬を助けるために裏路地へ向かったことでチンピラ不良に絡まれて、何故だか体調を崩してしまった挙句、その翌日に病院へ検査する羽目になった。その晩にアルバイト先の店で万丈目が一人で片付けをしていると、雨の中、あの凌牙が現れた。ずぶ濡れで自嘲気味だった凌牙を招き入れ、万丈目はタオルを押し付けた。それでも自嘲が治らない凌牙に万丈目は少しだけ自身の過去を――負けたくない余りに対戦相手のデッキを捨てたこと、だが結局はその対戦相手の新たなデッキに敗北してしまったことを語った。沈黙が満ちるなか、凌牙はモンスターエクシーズ【ブラック・レイ・ランサー】を選んで購入した。そんな凌牙に万丈目は模擬デュエルを付き合い、帰るときには「負けるなよ」と励ました――凌牙の対戦相手が誰なのか知らずに。
その対戦相手が遊馬で、勝利した凌牙が「俺はデュエルを二度とやらねぇ」と吐き捨てたと知り、遊馬が負ける切っ掛けを作ってしまったことに対して万丈目がおおいに焦ったことは言うまでもない。
陸王・海王の不良グループに加入してしまった凌牙はとうとう美術館でカード泥棒の計画に加担してしまうことになってしまう。それを陸王の手下である不良青年の銀次から聞いた遊馬は小鳥の制止も聞かずに「シャークを止めに行く」と飛び出そうとする。そんな遊馬を「神代の為なんていう、ええカッコしいの為に行くならやめろ」と声を荒げて止める万丈目に、十三歳の少年は「違う!」と言った。
「俺はシャークの為に行くんじゃない! 俺自身の為に行くんだ! あの時、俺は自分に嘘を吐いた。シャークを不良から抜けさせるためだとか言って、本当は勝ちたかった。ただ勝ちたいためだけにナンバーズを使ったんだ。……俺は嫌なんだよ! 嘘を吐いたまま終わっちまうのが!」
なんて、勢いのある素直な言葉だろうか! その言葉に心を動かされた万丈目は遊馬を美術館へ送り、二人のタッグデュエルを黙って見守った。
そんなタッグデュエルの最中、陸王と海王がイカサマ行為を行った。万丈目が憤慨し、詰った凌牙に陸王と海王は「お前もした癖に」と嗤い返した。その台詞は凌牙を指したものであったが、万丈目は自身のことだと直感的に思ってしまった。万丈目だってしたのだ、勝つ為にイカサマ行為を、あの神聖なデュエルの学校で。
「負けるのが怖かった」
凌牙の吐露はまるで万丈目の気持ちをそのまま代弁したようなものだった。負けること怖がった男を嘲笑する陸王・海王に遊馬は「笑うなぁ!」と言い返した。
「負けるのが怖くて何がおかしいんだ!?」
この時の遊馬がもたらした、胸の高まりを、力強さと優しさを万丈目は決して忘れないだろう。
「俺だって怖かった! 負けるって思った瞬間、急に怖くなって……だから約束を破ってナンバーズを使っちまった! シャークを助けるためだとか言ったけど、本当は負けるのが怖かっただけなんだ! 俺が強くなったのは俺一人の力じゃないのに、小さな見栄を張って、つまらない意地を張っちまった。俺は嘘を吐いていた! でも、だからこそ思う! もうデュエルだけには嘘を吐きたくないって! 自分の内にある全てのかっとビングを賭ける、この行為だけは嘘にしたくないって! だって、俺、デュエリストだから! コイツだって同じだ! デュエルを通したからこそ分かる! あの実力は本物だって、嘘なんて一片もないんだって! だから、
遊馬の言葉は詰るものでも嘲笑や同情するものでも無かった。今の十九歳の万丈目ですら寄り添えない、あの時の十五歳の万丈目の気持ちに寄り添い、仲間として肩を叩いたものだった。
(この時だ。俺が遊馬を守るために、最後まで信じ抜こうと決めたのは)
ジャージ姿の万丈目が美術館を覆う柵に凭れると、軋んで微かな金属音が鳴った。
(俺は『あの男』に総てを押し付けた癖して、最後まで信じ抜くことが出来なかった。友としてあるまじき、最低な言葉まで吐いた。その結果、彼奴は変わってしまった。一人でも戦っていける孤高の
あの時の決意が万丈目の脳裏に蘇る。キッと顔を上げると、万丈目は次の休憩ポイントを目指して走り出した。
6 第三節 泉下の住人《
ハートランドシティにおいて早朝のジョギングは決して珍しいものではなく、今朝においても、万丈目と同じように幾人ものランナーが走っていた。老若問わずに十九歳の青年と擦れ違っていくランナーたちの中には、ショートカットコースであろうか、朝日すら差し込まない暗くて細い路地裏へ消えていく者もいた。そんな走者たちを見ながら「よくもまぁ、あんな怖い路地裏をよく走れるものだな」と万丈目は反射的に肩を竦めてしまう。
(路地裏は嫌いだな。この世界に来る前までは平気だったんだが、陸王・海王の件といい、嫌なことがあったから殊更嫌な気分になる。……あのアモンの件もあるから尚更だ)
口端をキュッと絞める。これ以上、路地裏を見たくなくて万丈目は正規ルートへ足を進めた。
この異世界で
そんな万丈目の前に現れたのが、在学中ユベル絡みで異世界に行って以降、行方をくらましていたアモン=ガラムだった。
彼はこの世界のデュエルを
ナンバーズが絡んでいたため、万丈目は大ダメージにより気絶してしまい、目が覚めたら病院であった。この時、万丈目は『自身がどうしてこの異世界でデュエルをしてこなかったのか』の本当の理由を認めた――ただ負けるのが怖かったという事実に。この異世界のデュエルスピードとカードプールの前では、彼をプロデュエリストに導いてくれたこのデッキが通用しないこと、デュエルをしたら確実に負けてしまうこと、それらを認めたくないあまりに『遊馬を守って支える』という『ええカッコしい理由』を掲げて、敗北の恐怖から逃げていただけだったのだ。
その時の惨めな思いを思い出したことにより、万丈目の足は途端に遅くなった。しかし、左指の包帯が気にならないくらいに強く拳を握り込むと、万丈目は「だが、今の俺はそうではない」としっかりと前を向いて、大きく一歩を踏み出した。
7 第四節
最初よりもずっと落ちた速度で走っていると「る~るる~る~、万丈目くん」と呼ばれた。奇しくも呼ばれた場所は、万丈目がその人物に以前にそう呼ばれた公園前であった。もしこんな風に遊馬が万丈目を呼び止めたならば、十九歳の青年は怒り狂って抗議しただろう。だが、それを彼女相手にできるはずがなかった。何故ならば、万丈目にとって彼女はこの世界における恩人の一人であり、心より敬愛する女性だったからだ。
「鉄子さん、おはようございます」
足を止めて深く頭を下げる。その姿を見たアルバイト先の店長は「相変わらず真面目だねぇ」と笑ったのだった。
あの時、アモンに敗北したことで心まで折られてしまった万丈目を支え直してくれたのが、ナンバーズクラブの面々であり、遊馬であり、そして、この鉄子であった。
ナンバーズクラブの面々は強引ではあるが万丈目にデュエルを教えてくれるようせっついてくれ、そのおかげで万丈目は万丈目自身がやっぱりデュエルを心から嫌いになれない事実に気が付けた。鉄子が「店の仕事を頑張る万丈目くんを見て、また次の新しい夢を見ようと思った」と言ってくれたおかげで、万丈目の今までの頑張りが無駄ではない事を教えてくれた。そして、万丈目を元気付かせようと頑張っている遊馬を見て、十九歳の青年はようやっと己を取り戻し、アモンから《アームド・ドラゴン》を取り返し、己が己であるために戦うことを誓い、再起したのであった。
その際、鉄子に励まされたことで思わず感極まって彼女の前で万丈目は臆面もなく泣いてしまったものだから、あれからどうにも気恥ずかしくてたまらなかった。だが、鉄子がそのことで万丈目をからかったことは一度もないどころか、涙した事実に一切触れない様子に、黒髪の青年は心から深く感謝していた。
「こんな朝からジョギングだなんて頑張り屋さんだね」
「え、ええ。明日からWDCで走れなくなってしまうから今のうちしかできないのですが……。ところで、鉄子さんは早朝からどうされたんですか?」
真面目の次に頑張り屋と恩人に褒められて、万丈目は頬を赤くしてしまう。その照れ臭さを隠すように質問すると、鉄子は「じゃんじゃじゃ~ん!」とおどけた効果音を言いながら、トートバッグから菓子パンを取り出した。
「あ、プリンパン!」
「あたり! あのCMで有名なトリシューラプリンパンなんだけどね、明里から凄く美味しかったって聞いてつい買いにきちゃった」
ふふふ、と鉄子が女性らしくも可愛らしくも笑う。
「そうだ! 頑張っている万丈目くんに一つプレゼントしてあげよう!」
「鉄子さん! そんな悪いですよ!」
「大丈夫よ、自分用と布教用に二つ買っていたから遠慮しないで」
ニコニコと、かつ有無を言わさない笑顔に押し切られて、万丈目は更に頬を赤くしてしまう。
「それじゃあ、ランニング頑張ってね! 私はいつでも――たとえ、デュエル中であっても君の味方だからね」
プリンパンを渡され、まごつく万丈目に鉄子はウインクを飛ばすと「ばいばーい」と大きく手を振りながら去っていく。そんな彼女に万丈目は慌てて御礼を口にすると、鉄子は「WDCを楽しみにしてるよ~」という爆弾を残して横断歩道を渡っていった。
「鉄子さんにWDC不参加の件、言っていなかったな。あ、そもそも、誰にも言っていなかったような……」
ばつの悪さを覚えて、思わず頭を掻いてしまう。プリンパンをウエストポーチにしまうと、万丈目はまたもやスローペースで走り出したのだった。
7 第五節 はじめてのエクシーズ召喚!対戦相手は闇川……?
最早当初の勢いはなく、だらだら歩くように走っていた万丈目が歩道橋を渡っていると、決闘庵のある山が見えてきた。あんなところに庵を立てるなんて、あのジジイの先祖も相当なもの好きだな、と思う。そんなに足腰を鍛えたかったのだろうか。
(そういえば、あそこではじめてエクシーズ召喚したんだったなぁ)
息を整えるために欄干に頬杖しながら、ふいに万丈目は思い出していた。
皆に励まされた翌日、アルバイト先の後輩の闇川に誘われた万丈目は三沢六十郎にデュエルの稽古をつけてもらう予定だった。しかし、六十郎(万丈目にとってはクソジジイ)の急用により、稽古どころか、古い蔵の掃除をさせられる羽目になった。なんで俺が……と万丈目がグチグチ言いながら掃除していると、闇川すら知らない、地下へ通じる秘密の扉を見付けた。まさか、その扉を開けた結果、其処に置いてあった石像の封印が解かれ、その封印されていた悪霊――ナンバーズの精霊が闇川に取り憑き、エクシーズモンスターを入れたデッキでのはじめてのデュエルをすることになろうとは、いったい誰が予測できただろうか。【No.64 古狸三太夫】の凶悪な効果に押されつつも、いままでのデュエルで培ってきた経験とセンスによって万丈目は勝利をもぎ取った。それ以降、ナンバーズの精霊ことポン太は万丈目の部下である。
(帝の鍵のおかげでアストラルやナンバーズの精霊は視認できても、カードの精霊は視えないなんて、なんとも中途半端なアイテムだぜ)
首から下げていた帝の鍵を朝日に重ねる。きらきら反射する帝の鍵にはじめてエクシーズ召喚したときの興奮が映り込む。太陽の位置が家を出たときよりも随分高くなってきた、そろそろ戻らなくては。万丈目は大きくストレッチするように腕を伸ばすと、歩道橋を降りていった。
8 第六節 はじめての師弟対決!遊馬VS万丈目!
九十九家に戻るため、万丈目は商店街を歩いていた。WDCに入るとすべての店がお休みになってしまうため、今日が最後の営業日だ。其処彼処にWDCのポスターが貼られていて、本当に
遊馬とデュエルしたのは、闇川に取り憑いたポン太とデュエルをした翌日のことであった。エクシーズ召喚を使った初決闘で疲れていた万丈目は遊馬にナンバーズを手にしたことを話し損ねてしまっていた。そのため、ナンバーズの気配を万丈目から感じ取った遊馬は「彼がナンバーズに取り憑かれている!」と勘違いして大騒ぎを起こしたのだ。しかも、遊馬・小鳥・鉄夫・等々力・徳之助・キャッシーは《ナンバーズクラブ》と自らを呼称していた。ナンバーズハンターが聞いていたら二秒ですっ飛んできそうな命名である。これ以上、騒ぎを大きくする訳もいかない万丈目は、それを止めるべく遊馬とデュエルすることとなったのだった。
結果、ナンバーズどころかエクシーズ召喚すらせずに遊馬に勝利できた万丈目は鉄子の勧めもあり、勘違いを正すためにもキャッシーの屋敷へ子どもたちと一緒に行くことになった。
(おかげで遊馬たちの誤解は解けたが、結局、彼奴等には俺が異邦人――異世界から来たってことは言えなかったな)
今は静かな鉄子の店を見上げながら、万丈目は溜息を吐いた。入院時、この世界にそぐわない発言を繰り返した万丈目は心神耗弱者として更にデリケートな病室に放り込まれる一歩手前まで来ていた。正直、見知らぬ人に「信じられない」「可哀想な人」と口よりも正直な目で見られ、知らないところで嘲笑されるのは、大怪我で弱まっていたせいもあってか、流石の万丈目もギブアップ寸前までいった。病室からエクシーズ召喚を行うデュエルを見て、此処が異世界だと気付かなければ、今こうしてジョギングする万丈目はいなかっただろう。
見知らぬ人からされた嘲笑を、今度は見知った子供たちからされたら、もう絶対に耐え切れない。想像するだけで、七月終盤にも近付いているというのに体の中心から冷たくなっていくような感触を覚える。
(俺が言わない限り、遊馬たちは気付く訳が無い――そうだ、絶対に!)
まるで舞台上に立つ独りぼっちの俳優のように万丈目は大きく首を振ると、商店街を走り抜けていった。
9 第七節 はじめてのタッグデュエル! ……なのに、超ノリノリ!? カミナリザメタッグ!
「サンダー、なにやってんだ?」
急に話し掛けられ、万丈目は辺りをぐるりと見渡した。この世界で万丈目のことを『サンダー』と呼ぶのは一人しかいない。
「シャーク! もう大丈夫なのか?」
道路からバイクが一台近付き、万丈目の側で止まった。バイクと同じ色の青紫色のヘルメットを脱ぐと、同じ色のはねっ毛のある髪型が現れる。万丈目が彼のあだ名で呼ぶと、遊馬と同じ中学校に通う二年生の少年は「見ての通りだ。アンタも元気そうだな」と口の端を上げた。
彼こと神代凌牙こそが十九歳の青年が異世界から来たことを知っている、万丈目にとって唯一の少年だった。
彼とタッグを組んでデュエルをすることになったのは予期せぬアクシデントであった。『ナンバーズクラブ』と名乗る遊馬とのデュエルが終わった後、万丈目は遊馬が発言するよりも前にサンダーコールを行った。結果、遊馬の失言は回避できたが、その代わりに『万丈目サンダーという男がナンバーズを持っている』という事実だけが残ってしまった。おかげで、ナンバーズハンターの一派たるゴーシュ&ドロワに絡まれ、運悪く万丈目と一緒にいた神代凌牙も巻き込む形で、港倉庫の一角で彼らはデュエルすることになった。神の
「遊馬には無事だったって聞いていたが、あのカイトに魂を取られた後、お前に会うのは初めてだから元気そうで安心したぜ」
万丈目がそう告げると、凌牙は「うっせぇよ」と眉間に皴を寄せながら悪態を吐く。しかし、十四歳の少年の様子が分かった十九歳の青年はそれに気分を害することない。こんな風に万丈目と凌牙が話せるようになったのは、なにもタッグデュエルだけが要因ではない。
タッグデュエルの後、数少ないヒントをかき集めて推理した凌牙は「異世界から来たのか?」と質問し、覚悟を決めて首肯した万丈目のことを一切嗤わなかったからである。しかも凌牙は嗤わなかっただけでなく、万丈目のバイト終わりに、異世界から来たが故にこの世界のデュエルを理解し切れていなかった万丈目に色々と教えてくれることになった。
(面倒見がいいよな、こいつ。もしかすると弟か妹がいたりして)
つらつらと思い返すあまり、どうでもいいことまで万丈目が考えていると、不意に凌牙が「WDCに参加するのか?」と尋ねてきた。
「俺がWDCに? まさか。この世界のイベントに異世界人の俺が参加するのはおかしな話だろ」
「意外と万丈目サンダーは殊勝なんだな。もっと目立ちたがり屋だと思っていたぜ」
「俺だって遠慮ぐらい知っている。そういうシャークこそどうなんだ?」
「いや、今更表舞台のデュエルに興味ない。その間、俺は俺として俺なりにデュエルに向き合うさ」
「そうか」
彼は彼なりに過去を吹っ切ろうとしているようだ。転がりやすい坂道の途中で自ら態勢を立て直そうとする凌牙の姿に万丈目は密かに目を細めた。
「その第一歩として、もう学校サボるなよ」
「今日は終業式で、明日から夏休みなんだけどな」
「なら来学期からだ! これ夏休みの宿題だから、しっかりやれよ、シャーク!」
凌牙は万丈目の言葉に返事こそしなかったが、ひらひらと手を振ると、病院の方へバイクを走らせていった。
その姿を万丈目は見えなくなるまで見送ると、本来の目的であるジョギングへ戻ることにした。
10 はじめて見る召喚法! 奪われた皇の鍵! 万丈目VS異世界から来た少女!
「また会えたな」
それは一種の賭けだった。ジョギングで見慣れた公園まで来た万丈目は『あの時』と似たような時間帯だったのもあり、その場で待ってみることにした。半分祈るような気分でハートランドタワー方面の空を見上げながら突っ立ったままでいると数十秒もしないうちに、チカリ、と朝の空の彼方が瞬いた。その瞬きは次第に大きくなり、天上の雲の隙間から一筋の光が差し込むように『機械仕掛けの翼を背負った天使』が万丈目の前に降り立った。
「こんなところで何をしているんだ?」
「機械仕掛けの天使に会いたくて待っていただけさ」
我ながら格好良い台詞を言えたような気がする。一人勝手に悦に入る万丈目に、空から舞い降りてきた機械仕掛けの翼を背負った青年は訝しげな表情を浮かべる。この名も知らない青年は、以前に万丈目のピンチをバイクごと救った『天使』であった。『天使』という単語に機械仕掛けの翼に化けていたロボットがあの時のように「……ト様が天使なんて……っ!」と声が出せないくらい笑いを堪えている。それを天使こと、暗い色のコートを着た金髪碧眼の青年が睨み付けるものだから、ロボットは「疲れたから一旦休憩でアリマス」と言い訳すると、公園の端にある鉄棒の方まで逃げて行ってしまった。
「御礼を言いたかったんだ」
「あの時の御礼なら聞いたぞ」
「そうじゃなくて、あの時、バイクを早く修理しろって言っただろ? その通りにしたおかげでバイクが早く直せて弟みたいな奴を助けることが出来たんだ。だからそのお礼」
万丈目が改めて御礼を言うと、青年が眉間に皴を寄せて無言で応える。照れているのかな、と万丈目は心の内でこっそり嬉しそうに笑った。
数日前の話だ。朝早くにバイクで出掛けた万丈目がエンジントラブルにより道路で立ち往生していたところを助けてくれたのが、この青年だった。ウイングを背負った青年に空からバイクごと掬うように救われて、あまりにも非現実的なレスキューに万丈目は「近未来的な異世界の天使の翼もまた機械仕掛けなのか」と思ってしまう程であった。しかも、その青年はバイクをその場凌ぎとは言えメンテをしてくれたうえ、「ちゃんと修理に出せよ」とアドバイスまでしてくれたのだ。名前こそ教えてくれなかったが、なんとも親切な青年である。
その日の夜、ナンバーズハンターの天城カイトによって神代凌牙の魂が奪われ、皇の鍵ごとアストラルが攫われるという事件が起きた。しかも遊馬から話を聞くに、凌牙は皇の鍵を守る為にナンバーズハンターとデュエルしたという。万丈目は天城カイトに直接会ったことは無いが、遊馬との絆に報いようとした凌牙の魂まで奪う天城カイトという人物は悪魔に違いない、と信じた。そして、朝の天使の助言通りにバイクを修理していたおかげで万丈目は、そんな悪魔が待つ夜城へ遊馬を連れていくことができたのだった。
(朝には天使、夜には悪魔、か)
そう思うと、なんか因果を感じてしまいそうになる。ナンバーズハンターの天城カイトの隠れ家であるふ頭までの道のりで待ち構えていたのが、彼の仲間である少女の龍可であった。遊馬を先に行かすため、万丈目は龍可とデュエルすることになったが、彼女もまた万丈目同様にこのエクシーズ召喚のある世界トリップした、カードの精霊が視える決闘者だった。唯一つ異なるのは、万丈目とはまた別の世界から来た少女であったということだ。彼女は万丈目が知らない召喚法――シンクロ召喚を使用し、万丈目を追い詰めるが、土壇場で勝機を見出した万丈目により敗北を喫したのだった。
(そういや、あの時、遊馬の救助を優先してあのお嬢ちゃんを置いてきちまったけど、異世界の渡航方法を唯一聞き出せるチャンスを逃したのは痛かったな。しかも、後でお嬢ちゃんのところへ戻ったらもういなかったし。ナンバーズハンターのカイトが回収したのだろうか)
「弟みたいな奴と言ったが、貴様にも弟がいるのか?」
万丈目が数日前のことに頭を過らせていると、急に青年が質問してきた。先程、万丈目が遊馬のことを『弟みたいな奴』と言ったのは、以前青年の前で天上院(明日香)と(九十九)明里の名前を言った結果、彼に大層ネタにされたから実名を控えただけである。
(明里さんと天上院くんの名前を言ったばっかりに、コイツに散々いい様に揶揄われたからな。遊馬まで恋人の仲間入りされたら、たまったものではない! ……それにしても『にも』か)
「『にも』ってことは天使にも弟が?」
「『天使』はやめろ、『天使』は」
物調面で青年が応えるものだから万丈目はなんだか愉快な気分になってきた。そんな愉快な気分に揺られて、万丈目は調子に乗って「ちゃんと俺にも『弟』がいるぜ」と答えてしまっていた。お互いにお互いが何者か知らないのだから、少々嘘を吐いたって良いだろう、と万丈目は胸の内で言い訳する。それに万丈目は男三兄弟の末っ子だから、弟に憧れというのを若干持っていた。なので、今この時だけ九十九遊馬は万丈目準の弟になってもらったという訳だ。
「ほう、貴様にも弟がいるのか」
「ああ、とんだやんちゃ坊主で馬鹿だが、根が真っ直ぐな奴だ。お前にも弟がいるんだろう? それとも妹か?」
万丈目がわくわくした気持ちで尋ねると、青年は少し考えた風をした後に「俺には弟と……妹がいる」と回答した。妹といえば、天上院吹雪先輩の妹であり、万丈目にとって永遠のマドンナこと天上院明日香が瞬時に思い浮かんだ。吹雪は万丈目に、今現在も当然だが、如何に幼い頃の明日香が可愛らしかったのかを何度も語ってくれた。あの頃のキュートな明日香を君にも見せてあげたかったよ、と微笑む吹雪に万丈目は「嗚呼、俺も見たかったです!」と何度訴えたことか!
「妹! いいなぁ! 弟はともかく、妹って無茶苦茶可愛いよな! 俺の先輩も如何に妹が可愛らしくて、兄のことを案じてくれているかを熱心に語ってくれていたし! 妹さんは幾つなんだ?」
「……確か十二歳だったはず」
「十二歳か! 俺の弟は十三歳だから、年齢が近いし、もし会ったら友達になれるかもな!」
思わず鼻息荒くして熱弁を奮う万丈目に、金髪碧眼の青年は目を逸らしたもんだから、ああ、また照れているな、と黒髪の十九歳の青年は思った。
「……ってことは、あの時あげたプリンパンは?」
「妹にあげた」
「やっぱり! お前って本当に優しいな! ……ん? ってことはまだ俺同様あのプリンパンを味わったことが無いということか」
「まぁ、そうなるな」
「ちょうど良かった!」
不思議そうに見詰めてくる相手に万丈目はウエストポーチから鉄子から貰ったプリンパンを取り出して「一緒に食べようぜ」と誘った。
やれ甘い物は苦手だの早く帰らねばならんだの言う相手を宥め、万丈目と青年はベンチに座り込んで半分こにしたプリンパンを楽しむことにした。万丈目も初めて食べたのだが、意外にも美味しくて素直にびっくりした。思わずこの感動を分かち合いたくて隣に座る相手を見ると、同じような表情を浮かべていたので、万丈目はらしくもなく微笑んでしまった。
「このプリンパン、どこで売っているんだ?」
「駅前の東にあるコンビニの系列店。確か、とあるカフェの人気なプリンとコラボしたらしいぜ。プリンの正式名称は鳥シュート? プロシュートだか忘れたが」
「それを言うならトリシューラだ、袋に書いてある」
「そうそう、トリシューラプリン。でも、トリシューラって何なんだろうな」
「さぁな。そんなカード、聞いたことない」
「だよな。俺も聞いたことない」
プリンパンの袋を見ながら決闘者らしく答える青年に、万丈目が真面目くさって云々と頷く。食べ終わると、青年はプリンパンの空袋をポケットにしまい込んだ。きっと、その商品名を覚えて妹や弟に買ってあげるんだろうな、と万丈目は思った。
「天使って、やっぱり優しいよな」
「いい加減、俺を天使と呼ぶのはよせ」
「そう言われても、俺、お前の名前知らねぇし。この機会に教えてくれよ、天使の名前」
「……名前か」
ベンチから立ち上がった青年に万丈目が問い掛けると、彼の口が途端に重くなった。そういえば、初めて会った時も「俺に会ったことを誰にも言うなよ」と青年は言っていた。もしかして、彼もまた万丈目みたいに誰にも明かせない秘密を持っているだろうか。それでも、せめて恩人の名前ぐらい教えてくれないだろうか。
「名前が分からないとWBCでお前を応援できないだろ?」
万丈目も続けてベンチから立ち上がり、青年の腰のベルトに付けられたデッキケースを見ながら更に問い掛ける。この世界の決闘者なら、よほどの理由が無い限りWBCに参加するはずだ。名前を知りたい余りに其の理由すら作り出す万丈目に、相手はしばし考え込んだ後、こう答えた。
「俺の名を知る必要は無い。俺の名はWBCの表彰式で知ることになるからな」
表彰式で知る、即ち此の青年はWBCで優勝すると言っているのだ。あまりの自信とカッコいい言い回しに万丈目は、つい呆けるくらいに感心してしまった――今度、使わせてもらおうかな、と思うぐらいに。
「なんとまぁ、凄い自信だな」
「俺にとっては当然のことだ」
「ははっ! なら、お前が表彰台に乗ったら、俺がいの一番で花束を贈呈してやんよ。そんで、その時に俺の名前も教えてやるからな」
青年の優勝が既に決まったかのように万丈目が嬉しそうに笑っていたら、青年は「酷い兄貴だな。兄なのに弟を応援してやらないなんて」と言い返してきた。
「あ、そうだった。アイツもWBCに参加するって言っていたっけ。アイツもデュエルチャンピオンになりたいと豪語していたし、下手したらお前とデュエルすることになるのか。……まずいな、アイツも応援したいが、お前も応援したい。ううむ、どちらを応援すればいいのやら」
万丈目が真剣に一人で悩んで唸っている間に、青年はロボを呼び寄せて飛び立つ準備をしていた。思わず、万丈目は「こら、狡いぞ!」と怒鳴る。
「なぁ、天使! アイツとデュエルできるまで勝ち続けろよ!」
「当たり前だ、俺を誰だと思っている?」
「妹想いのお兄さん、だろ?」
「おい、貴様、俺が何も言わないのをいいことに好き勝手――」
「弟想いも是非入れて欲しいでアリマス」
「じゃあ、弟妹想いで、俺にも優しい機械仕掛けの天使」
「俺が作ったメカの癖して、どさくさに紛れて発言するな。後で折檻するぞ」
「ひえええ、ロボには優しくないでアリマス!」
ロボも交えて漫才のようなやり取りをした後、ウイングにもなれるお喋りなメカを背負った青年は地面を強く蹴り飛ばした。
「また会おうぜ! 弟妹想いで、俺には優しいが、メカには厳しい機械仕掛けの天使!」
「貴様、もう黙ってろ!」
最後にそんなやり取りだけすると、青年はハートランドタワーの方へ飛び去っていった。飛び立ったときの衝撃で公園の樹木の葉がまるで羽根のように舞うなか、万丈目は青年の姿が完全に見えなくなるまで、黒い
11
弟妹想いで、他者にも優しい機械仕掛けの天使。
全く何も知らない第三者が聞けば、笑い転げるネーミングだろう。だが、そんなネーミングを投げられたカイト本人は笑うことも出来ず、怒りか否定か、己自身でも分からない感情が猛る余り叫び出さないよう唇を噛み締めるので精一杯だった。
今日も朝からナンバーズを探すため、カイトはルーティンワークでハートランドシティの上空を飛び回っていた。朝からジョギングしたり、花に水をあげたり、犬の散歩をしたりする住民たちの平穏な朝のシーンを垣間見た後、段々と混み始める道路を見下ろしているうちにカイトの視線は次第にあの公園の方へ向かっていた。混雑する道路を見ているうちに、以前にバイク不調で困っていた黒髪の青年のことを思い出したからだった。
(あの黒髪の男を降ろしたのは、確かあの公園だったな)
そう思いながら高度を落とすと、頭の中で浮かんでいた黒髪の青年が実際に公園に佇んでいた。ジャージ姿でウエストポーチこそ付けているが、デッキケースを腰に付けていないのが丸わかりの格好だ。こんな朝早くにあの男は何をしているのだろうか。彼の近くのバイクが無いので、以前のように故障して身動きが取れなくなった訳では無さそうだ。不思議に思いながらカイトが降り立つと、黒髪で黒目の男は「また会えたな」と二カッと笑ったものだから、彼がカイトに会いたくて待っていたと漸く思い知ったのだった。念のためにカイトが「こんなところで何をしているんだ?」と訊くと、黒髪の男は「機械仕掛けの天使に会いたくて待っていただけさ」とあっけらかんと言うものだから頭まで痛くなってくる。
この名前も知らない男はカイトのことを「天使」と呼んだ。道路で立ち往生する際に空から掬い上げるように助けたのが余程印象に残ったかららしいが、その呼び方は勘弁してくれ、とカイトは心から思っている。単純に恥ずかしいというのもある。だが、一番の理由は、弟を助ける為、悪魔に己の魂を売り飛ばし、デュエルを使って他者を傷付ける行為をするカイト自身にその呼び名はまるで合わないからだった。その呼び名を黒髪の男が使うことに抗議しようとする前に、カイトの背中から離れたオービタルが初めて『天使』と呼ばれたときのように嗤い出すものだから、カイトは強く睨んでやった。
「御礼を言いたかったんだ」
「あの時の御礼なら聞いたぞ」
「そうじゃなくて、あの時、バイクを早く修理しろって言っただろ? その通りにしたおかげでバイクが早く直せて弟みたいな奴を助けることが出来たんだ。だからそのお礼」
なにが嬉しいのか――嗚呼、『弟』を助け出せたかことか――笑いながら再度感謝を告げる男に、カイトは自分自身、自覚しないまま渋い表情を浮かべていた。
この男を助け出した日は、カイトにとって最悪な一日だった。アストラル界の秘密が込められた皇の鍵を奪取するため、その鍵を握っていた紫髪の少年をカイトは追っていた。追い詰められた彼はナンバーズのことどころか、ナンバーズハンターのことまで知っていた為、カイトは彼がナンバーズのカードの所持者だと確信して、デュエルを挑んだ。ところが彼に勝利したものの、彼はナンバーズを持っていなかった。しかも其の現場を九十九遊馬に発見されたので仕方なしに彼の魂を握ったまま、アジトに戻らざるを得なかった。アジトで皇の鍵の中へ入るためのゲートを開き、その先で佇んでいたアストラルと呼ばれる精神体とデュエルしている最中に九十九遊馬がダイブしてきて、アストラルと九十九遊馬の二人が出会ったことで謎の力『ZEXAL』を発動され、デュエルは引き分けに終わってしまった。今思い出しても忌々しい限りである。
更に忌々しいのは、このナンバーズの件に巻き込まないようにしていた少女・龍可が加わってしまったことだ。彼女はカイトが保護した異世界から来た少女で、そしてデュエリストだった。彼女はカードの精霊を視る力、即ちナンバーズも視認できる力を持っていた。そんな彼女の能力を知ったMr.ハートランドは嬉しそうに嗤って「彼女を有効に使え」とカイトに言ってきた。訳が分からぬまま独りで見知らぬ世界へ飛ばされてきた少女を利用しろ、だと! 冗談ではない! そう憤慨するカイトにMr.ハートランドはにこやかに告げた。
『弟を助けるために他者を傷付ける貴方に、他人である彼女を心配する資格があるのでしょうかねぇ』
いつ思い出しても腹立たしい台詞だ。ナンバーズハントは己自身の問題だとして、カイトはMr.ハートランドの提案を突っ撥ねた。そして彼女には弟・ハルトの面倒を看るように言い、冷たく接して、ナンバーズハントには決して連れて行かなかった。Dゲイザーすら渡さなかった。
(なのに、だ! あの悪魔は何を吹き込んだのか、龍可にDゲイザーを渡した! 結果、龍可はナンバーズハントを行い、九十九遊馬の仲間である『万丈目準』とデュエルをした結果、龍可は敗北して大事なカードを奪われた)
そこまで考えて、カイトは「それにしても」とついでのように思い返した。
(九十九遊馬の仲間という『万丈目準』というデュエリスト、いったい何者なんだ? ハートランドシティの住民データにも符合しなかった。しかも、この世界に存在しないシンクロ召喚を使いこなす龍可に勝てるほどの実力者だ。どんな姿すら知らないが、貴様が龍可に勝ったせいで龍可は大事なカードを奪われ、奪還するためにナンバーズハントに前向きになってしまった! Mr.ハートランドの言う通り、ハルトの為に他者を傷付ける俺に彼女を心配する資格は無いかもしれんが……クソッ、あの日は全く以て厄日だ!)
もしあの日に良い事があったとするならば、今目の前にいる、名前も知らない黒髪の青年を助けたことと、その結果、間接的に彼の弟を助けられたという点だろう。自身も弟がいる身だ、この目の前の名前すら知らない男の弟を助けられた事実がほんの少しだけカイトの心を軽くした。
「弟みたいな奴と言ったが、貴様にも弟がいるのか?」
気になって改めてカイトが尋ねると、黒髪の男は「ちゃんと俺にも弟がいるぜ」と随分気分良さげに答えた。年齢が近そうと感じていたが、まさか弟がいることも一緒だなんて、カイトは目の前にいる男に親近感が湧いてきていた。
「ほう、貴様にも弟がいるのか」
「ああ、とんだやんちゃ坊主で馬鹿だが、根が真っ直ぐな奴だ。お前にも弟がいるんだろう? それとも妹か?」
「俺には弟と……妹がいる」
黒髪の男からの質問にカイトは咄嗟に龍可までカウントしてしまった。誰も知り合いがいない異世界で独りぼっちの彼女を、今この時だけは何処かのコミュニティーに入れたかったのかもしれない。目の前にいる男とは事情どころか名前すらお互いに知らないのだから、少々嘘を吐いたって良いだろう、とカイトは静かに心の内で言い訳しておいた。
「妹! いいなぁ! 弟はともかく、妹って無茶苦茶可愛いよな! 俺の先輩も如何に妹が可愛らしくて、兄のことを案じてくれているかを熱心に語ってくれていたし! 妹さんは幾つなんだ?」
「……確か十二歳だったはず」
「十二歳か! 俺の弟は十三歳だから、年齢が近いし、もし会ったら友達になれるかもな!」
黒髪の男の勢いに押され、ついついカイトは回答してしまっていた。それにしても『妹』に食い付きすぎだろう。男兄弟だから妹に憧れを持ち過ぎでは無いだろうか? 加えて『弟はともかく』はなんだ。まるで弟では可愛くないとでも言いたげでは無いか。第一、ハルトは……とそんなことまでカイトが考えを巡らしていると、黒髪の男が何か閃いたように「あ!」と小さく叫ぶ。
「……ってことは、あの時あげたプリンパンは?」
「妹にあげた」
「やっぱり!」
カイトの答えに黒髪の男は目をキラキラさせながら言葉を続けた。
「お前って本当に優しいな! ……ん? ってことはまだ俺同様あのプリンパンを味わったことが無いということか」
「まぁ、そうなるな」
「ちょうど良かった!」
相手からの裏表ない誉め言葉『優しい』がカイトの胸をキリキリと締め付ける。そんなことを露知らない黒髪の男は、ウエストポーチからあのプリンパンを取り出して「一緒に食べようぜ」と誘ってきた。
やれ甘い物は苦手だ、早く帰らねばならんだ、と色々文句を言ったが、此の男には通用せず、結局、黒髪の男と一緒にベンチに座り込んで、一つのプリンパンを二人でシェアすることになった。渡されたからには仕方ないので試しに一口食べてみたら、意外の他、美味しくてびっくりした。眼をパチクリしていると、相手が此方を見ながら微笑んでいるのが見えた。それが照れ臭くて、カイトはプリンパンに集中することで誤魔化す。それにしても、このプリンパン、本当に美味しい。
「このプリンパン、どこで売っているんだ?」
「駅前の東にあるコンビニの系列店。確か、とあるカフェの人気なプリンとコラボしたらしいぜ。プリンの正式名称は鳥シュート? プロシュートだか忘れたが」
「それを言うならトリシューラだ、袋に書いてある」
「そうそう、トリシューラプリン。でも、トリシューラって何なんだろうな」
「さぁな。そんなカード、聞いたことない」
「だよな。俺も聞いたことない」
心底どうでもいい会話だ。だが、その他愛のない会話が、同年代であろう同性との会話がとても楽しい。最近する会話は冷たくて、ナンバーズハントという誰かを傷付ける話題ばかりだった。それとはなんら関係のないやり取りがカイトには嬉しかった。そう言えば、こうしてひとつのものをシェアするということも今まで無かったような気がする。ものが『一つ』しかない場合、カイトは必ず弟に譲っていた。この前貰ったプリンパンだって、そのまま龍可に渡していた。年下には譲っていたものを、同年代の者と分け合うということが普通の十八歳らしい行動のように思えて、此の瞬間だけカイトをナンバーズハンターのいう重荷から解放したのだった――この瞬間を宝物にするかのように、プリンパンの空袋をポケットにしまい込んでしまうぐらいには。それを何と勘違いしたのか、指に付いたプリンパンのクリームを舐めながら黒髪の男は「天使って、やっぱり優しいよな」とまたしても言った来た。意地汚いな、と呆れつつ、カイトは「いい加減、俺を天使と呼ぶのはよせ」と言い返す。すると「そう言われても、俺、お前の名前知らねぇし。この機会に教えてくれよ、天使の名前」と言われてしまった。
「……名前か」
ベンチから立ち上がり様にカイトは呟いていた。此の男に名前を名乗ってしまった途端、ナンバーズハンターとしての日常に戻ってしまうような気がした。デッキを持ち歩いていないということは、この黒髪の男はデュエリストでは無いのだろう。それでも、ナンバーズハンターとして一部の界隈に悪名として知れ渡ってしまった己の本名を言い出せずに黙っていると、相手は「名前が分からないとWBCでお前を応援できないだろ?」と言い出してきた。
応援。今までカイトは孤独にナンバーズハントをしてきた。ナンバーズと共に相手の魂を奪う行為だ、勿論褒められたものではないし、褒められたくもない。無論、応援されるものでもない。加えて、カイトは常に勝つのを当たり前としてきた。応援とは程遠い場所にいる己を彼は応援したいのだという。名前も事情も知らない相手からの純粋な厚意にカイトは正直戸惑った。純粋な厚意だからこそ、尚更薄暗い事情を抱え込む『天城カイト』の名を教えたくなかった。カイトは少し考え込むと、仕方なくこう答えることにした。
「俺の名を知る必要は無い。俺の名はWBCの表彰式で知ることになるからな」
デュエルにおいて、カイトは常勝してきた。今回のWBCでもその姿勢は変わらない。すると相手は目を細めて「なんとまぁ、凄い自信だな」と褒めてきたものだから、カイトはばつ悪くなって「俺にとっては当然のことだ」とぶっきらぼうに答えた。
「ははっ! なら、お前が表彰台に乗ったら、俺がいの一番で花束を贈呈してやんよ。そんで、その時に俺の名前も教えてやるからな」
応援どころか勝利後に祝福してくれるなんて、思いもしなかった
「あ、そうだった。アイツもWBCに参加するって言っていたっけ。アイツもデュエルチャンピオンになりたいと豪語していたし、下手したらお前とデュエルすることになるのか。……まずいな、アイツも応援したいが、お前も応援したい。ううむ、どちらを応援すればいいのやら」
彼が真剣に一人で悩んで唸っている間に、カイトはオービタルを呼び寄せた。飛び立つ準備をしていると、黒髪の彼が子供っぽく「こら、狡いぞ!」と怒鳴ってきた。
「なぁ、天使! アイツとデュエルできるまで勝ち続けろよ!」
アイツとは、彼の弟のことなのだろう。天使と呼ぶのはいい加減にしてほしいところだが、とりあえずカイトは「当たり前だ」と返事する。それにしても、負け知らずのカイトに「勝ち続けろ」と発破を掛けるとは。呆れの感情が顔を出す前にカイトが「俺を誰だと思っている?」と言い返してやると、相手は「妹想いのお兄さん、だろ?」と調子の良い事を言ってきた。この野郎! とカイトは少しイラっとし、声に出した。
「おい、貴様、俺が何も言わないのをいいことに好き勝手――」
「弟想いも是非入れて欲しいでアリマス」
「じゃあ、弟妹想いで、俺にも優しい機械仕掛けの天使」
「俺が作ったメカの癖して、どさくさに紛れて発言するな。後で折檻するぞ」
「ひえええ、ロボには優しくないでアリマス!」
ウイングに変化したオービタルまで漫才に加わってきたものだから、カイトは青年から見えないようにオービタルを肘鉄した後に強く地面を蹴った。
「また会おうぜ! 弟妹想いで、俺には優しいが、メカには厳しい機械仕掛けの天使!」
「貴様、もう黙ってろ!」
未だにほざくのをやめない相手にカイトは怒鳴るが、当の本人たる相手は眩しそうに眼を細めただけだった。カイトの後方から差す朝日が眩しいのか、それとも、この邂逅と会話をカイトが楽しいと感じていたように相手もまた楽しいと感じてくれていたからだろうか。後者なら、同じ気持ちだったのなら、カイトはどれだけ嬉しかったことだろうか。
ハートランドタワーを目標にして、ウイングを傾ける。あの本拠地に降り立った瞬間、カイトは弟の為にデュエルを非道に使う冷酷なナンバーズハンターに戻らなければならない。だが、今だけはただの十八歳の青年でいたくて、カイトは祈るように静かに瞠目した。
(結局、お互いに名前を名乗らず仕舞いか。だが、それが一番いいだろう。あの男の弟は、きっとあの男みたいな性格なのだろう。もし彼奴の弟や友人がナンバーズを持っていて、俺が魂ごと奪い去ったら、彼奴はどんな顔をするのだろうか。天使と呼んだその口で俺を悪魔と罵るのだろうか)
「カイト様、ハートランドタワーに近付きましたデアリマス」
「分かってる」
息を吐き出す。天使と呼ばれた男は悪魔に表情を切り替えると、地獄の本拠地へ舞い戻ったのだった。
12
軽くジョギングしながら万丈目が九十九家に戻ってくると、もう登校しているはずの遊馬がまだ玄関前でまごついていた。
「遊馬、貴様はいったい何をしている? 終業式に遅刻でもしたいのか?」
「おかえり、万丈目! 今それどころじゃねぇんだよ! 俺は今すごく大事なものを待っているんだ!」
「何度も言うが、俺の名は万丈目さん、だ!」
そわそわ待つ遊馬に万丈目がいつも通り告げる。遊馬の背後霊と化しているアストラルは『いつもながらに君たちは飽きないな』と呟いた。そんなことをしていると、郵便バイクがやってきた。そのとぼけた表情の郵便配達員は昨日の夕方にも九十九家近くに現れ、「俺の荷物は無い?」と待ち侘びていた遊馬に「無いよ」とあっさり言って走り去っていたが、今日は一寸慌てたような表情を浮かべていた。その表情を見た遊馬は「来た来た来たぁぁああ!」と大袈裟に騒いだ。
「ねぇねぇ、俺の荷物は無い? 九十九遊馬なんだけど!」
「九十九遊馬? ああ、丁度良かった。持っているよ」
「やったー!」
「間に合って良かったよ。九十九遊馬様……方、万丈目準様宛の荷物」
途端、遊馬が大袈裟にすっ転んだ。地面と仲良くしながら「『方』って何? 俺宛の荷物じゃねぇの?」とぼやいているものだから、万丈目は「居候している相手に配達して欲しい場合はそう書くんだぜ」と親切に教えてあげた。
「万丈目準は俺だが?」
「はい、どうぞ。締め切りギリギリの申し込みだったから、遅くなってしまって申し訳なかったね」
郵便配達員は万丈目に小包を渡すと「WDC前に配送が無事に終わって良かったよ」とホクホク顔で去っていった。その後ろ姿を恨みがましく見詰める遊馬だったが、万丈目に「貴様は早く学校に行かんかい!」と蹴り飛ばされ、しぶしぶ学校へ向かっていく。アストラルもその遊馬にふよふよとついていきながら、万丈目に「いってきます」の意味を込めて手を振ったので、万丈目も振り返してやった。
『アニキ、オイラを置いて何処の行っていたポン』
不服と言いたげにナンバーズの狸の精霊であるポン太が万丈目の前に、ぬっと姿を現す。ナンバーズの入ったデッキは九十九家の遊馬の部屋に置いたままだが、これぐらいの距離なら離れて行動できるらしい。寝ている貴様が悪い、と万丈目はポン太に告げると、小包を振ってみた。小石でも入っているのか、からころと小気味いい音がする。
「アニキ、それ、何が入っているポン?」
「さぁ、何なんだろうな」
小包を開けるというより破く勢いで不器用に開けると、中から飴細工のようなピンク色の塊がころりと万丈目の手の平の上に転がり落ちてきた。
「なんだこれ?」
朝の太陽に翳すと、それはきらきらと輝きを放った。何か形あるものを砕いた一ピースのような塊に万丈目は首を傾げる。
『アニキ、まだ小包の中に手紙が入っているポン』
「知ってる。今から見るんだよ」
ポン太に促された万丈目は、きれいに封蝋された手紙を今度は丁寧に開いた。そこには万丈目がエントリーしていないはずのWDCの参加を認める旨と、その参加資格の証のハートピースの説明が書いてあったのだった。
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その日の仕事は大忙しだった。当たり前だ、明日にはデュエルチャンピオンを決める大会ことWDCが開催されるのだ。デュエリストならば、WDC前日の今日、デッキ調整できる最後のチャンスを棒に振る訳が無い。
そんな訳で今日は朝から鉄子のカードショップ屋は大盛況だった。特に万丈目が始めた試遊スペースは大盛況で、引っ切り無しに客が訪れ、デッキ枚数は四十枚ギリギリの方がいいのか、それとも最大枚数まで入れたらいいのか、このデッキコンセプトに合うカードを教えてくれ、引き換えに外すならどのカードなのか、次から次へと矢継ぎ早に質問され、万丈目は目を回しそうだった。心を亡くす、と書いて忙しい。いや全く以てその通りだな、と万丈目が思ってしまうのもむべからぬことである。今日の営業が午前中までだったのが不幸中の幸いであった。
「お疲れ様! 今日はお客様いっぱいだったね!」
「では、お楽しみのお給料! 二人が頑張ってくれたおかげで、たくさん助かっちゃった!」
「いえ、此方こそありがとうございます。俺は鉄子さんがいたから頑張れたんです」
「ふふふ、嬉しくなることを言っちゃって」
更に笑顔で鉄子からお給料袋を渡され、万丈目は恐縮しっぱなしだ。鉄子は万丈目の言葉をリップサービスと受け取ったようだが、万丈目の言葉は心からの感謝だった。デュエル面だけでなく、メンタル面でも救われて、本当に彼女には頭が上がらない。
(はじめてのお給料、どうしようかな。勿論、明里さんにも渡すが、残った分で向かいのお店にある黒いサマーコートを買うのもいいな。此の世界に来たときに、あのトレードマークの黒いコートはボロボロになって捨てられてしまったから、似たようなものを此方の世界で買い直すのも悪くない)
そんなことを思いながら万丈目がお給料の封筒をしかっと両手で受け止めていると、中に入っているのがお金だけでないことに気が付いた。しかも、万丈目にとって触り覚えがあり過ぎる感触だった。もしかして、と思って鉄子を見ると、彼女はにこにこと笑うばかりだ。その温かい眼差しに促されるようにして封筒を開けると、お金だけでなく、数十枚のカードまで入っていた。
「鉄子さん、これは……?」
「凄く頑張ってくれた万丈目くんと闇川くんにへのプレゼントだよ。このカード群を使ってWDCでデュエルしてくれたら、興味を持ったデュエリストがWDC後にうちの店に来てくれるかもしれないし、『宣伝』だと思って遠慮なくじゃんじゃん使ってね!」
「成程。感謝致し――っ!?」
鉄子に感謝の言葉を告げようとした闇川だったが、背面を見せていたカードを引っ繰り返した途端、言葉も顔もひきつらせた。自分自身のデッキテーマに合わないカード群だからって、彼女へのご厚意に対して其の態度は酷すぎやしないかい? そう思いながらカードの表面を見た途端、万丈目でさえも唇を歪ませて変な声が出そうになった。何故なら、そのカード群の一番上が儀式モンスターの【ハングリーバーガー】だったからである。
「今の主流って、エクシーズ召喚でしょ? だから、融合や儀式関連のカードが全然売れなくって。だから、このWBCで融合・儀式モンスターが大活躍したら、WDC後に人気が出るかもしれないじゃん! だから、『宣伝』も兼ねてプレイしてくれたら嬉しいなって!」
煌めく程の笑顔で万丈目の恩人こと武田鉄子は言うが、なかなかのハードルである。万丈目のデッキはおジャマを軸としたエクシーズデッキだ。どう転んでも儀式と合いそうにない。事実、闇川が万丈目に「俺のをやる」と押し付け――、否、渡してきたぐらいである。
「俺の忍者デッキに融合は合わないからな。万丈目、遊馬からお前がたくさんカードを持っていないことは聞いている。有難く俺の分まで宣伝してくれ」
「あら、闇川くんって優しいのね」
「闇川! 何を勝手に――むぐ!」
「万丈目は普段世話になっているバイトの先輩ですので、せめてもの御礼です」
闇川はさも親切気につらつらと理由を告げると、万丈目の封筒にカードを押し込み、怒り狂う黒髪の青年の反論を当人の口を塞ぐことで回避する。本当になんて勝手な後輩なのだろう! バイトの先輩と敬うぐらいなら『さん』付けしろってんだ! 出せない声の代わりに万丈目がむがむが怒り狂いながら、闇川がネガティブオプションしてきたカードを見ると、一番最初に【音楽家の帝王(ミュージシャン・キング)】が目に入った。鉄子は万丈目に『儀式』、闇川に『融合』関係のカードをそれぞれ渡したようだが、どうしよう、全く以て嬉しくない。そもそもこれはもしかすると、体のいい在庫処分なのかもしれない。一枚目に見えたのが【ハングリーバーガー】と【音楽家の帝王】なので、他のカードも似たようなものなのだろう、と思い、万丈目はそれ以上見ることは止めた。それでもちゃんと御礼を言わねば、と万丈目が思い、闇川を振り切って口を開きかけた瞬間、彼のDゲイザーのコール音がけたたましく鳴り響いた。
15
「……ったく、なんなんだよ! 遊馬の奴! 奇声を上げながらハートランドタワーに向かって爆走しているって何なんだよ! 何しているんだよ! まるで意味が分からんぞ!」
「同じように意味が分からないこそ、シャークっていう子もアニキに教えてくれたんだポン?」
「シャークもシャークだ、言うだけ言って電話を切るなんて! なんだ! 珍しいカードでも見付けたのか! 遊馬のことだとはいえ、とんでもない押し付け事だったら、いくら万丈目サンダーでも怒るぞ! それに店先のブティックで売られていた黒いサマーコートはいつのまにか
「アニキ、バイクを走らせながらそんなにお喋りしていたら舌を噛むポン」
「俺様がそんなヘマを――」
「ほら、したポン。
「うるへぇい!」
遊馬が奇声を上げながら爆走していたのと同じように、他の人には見えないナンバーズの精霊ことポン太とお喋りしながらバイクを走らせる万丈目もまた傍から見ると、大きな声で独り言を言いながらバイクを爆走させる変人である。
バイト先の店長の鉄子から使えもしないカードを貰い、それでもとお礼を言おうとした万丈目のDゲイザーを鳴らしたのは神代凌牙だった。
『遊馬がハートランドタワーに向かって奇声を上げながら爆走しているぞ。ありゃあ、傍迷惑だ。止めた方が――っ! 悪い、用事が出来た。後は頼んだ』
凌牙は伝えたいことを言うと、万丈目がYES・NOを言う前に電話を切ってしまった。かけ直しても凌牙は出なくて万丈目が憮然としていると、鉄子に「遊馬くん絡みでしょ? 仕事はもう終わったし、行っといで。番号俱楽部だっけ? ボスであるデッドマックス、まだ倒し終わっていないことだし、ね」と背中を押され、万丈目は不承不承バイクに飛び乗った次第である。
(明里さん、鉄子さんにもあの話していたんだな。まぁ、鉄男の姉ちゃんだし、話すのは当然か。だからと言って、デッドマックスのことまで話さなくても良かったのでは? ……そうだ、どうせハートランドタワーに行くのだから、申し込んでもいないWDC参加資格が届いた件について伺ってみるとするか)
そんなことを考えながらハートランドタワー付近まで近付くと、案内用のディスプレイにしがみ付いて何かを強請っている遊馬の姿が見えてきた。聞こえる声から察するに、デッキを持っていればWDCに参加できると思っていた遊馬はWDCにエントリーし忘れてしまい、このままではWDCに参加できないと知り、参加資格であるハートピースをくれるよう画面越しの係員に懇願しているようだった。
「其処をなんとか頼むよ、こうやってハートランドタワーまで来てるんだからさ」
『そうは言われましても、こちらとしてはどうにも』
「そこをなんとかって言ってんじゃん! 俺、デュエルカーニバルに参加しないと死んじゃう体質なんだって。あ、脈が……ほらほら死んじゃう」
『本日はどうもありがとうございました』
「お、おい! ハートピースをよこせ~」
(うわぁ、最高に関わりたくないぜ)
万丈目がそう思ってしまうのも仕方のないことだ。ディスプレイ画面に齧り付く遊馬を追い出す為、とうとう三人の男性スタッフが現れた。段々ことが大きくなっていく。巻き込まれたのであろう、ナンバーズクラブの面々は心底うんざりした表情を浮かべており、等々力に至っては「まるで迷惑な酔っ払いですね」と毒づいている始末だ。幸運なことに万丈目の存在に遊馬たちは気付いていない。乱痴気騒ぎのような騒動に巻き込まれたくない万丈目はハートランドタワー前の広場に入らないようにしながら、音を立てないように静かにバイクを止め、呆れ切った視線で遠くから騒動の終わりを待つことにした――意図しなかったとはいえ、監視カメラの範囲外で。
16
そのハートランドタワー内では、明日行われるWDCに向けてラストスパートに入っていた。多くの係員がパソコンに向き合って一心不乱にキーボードを叩き、数多のディスプレイがハートランドシティ中に仕掛けられた監視カメラの映像や数値を映し出していた。機械音声が『ハートランドシティの人口増加率、現在158パーセント、毎時5パーセント増加中』と通知し、それを聞いていた大男ことゴーシュが管制ラウンジで景気良く口笛を吹いた。
「きたきたきた~! ノリノリできた~! デュエルカーニバルの為によぉ!」
まるで燃え上がる炎のようなテンションのゴーシュの隣では、色気いっぱいの女性のドロワが「各セクション、異常はないか」と冷え切った氷のように冷静に確認していた。それに対し、係員が「全エリア、全エリア監視カメラ作動正常! ネットワーク通信異常なし! 各交通網正常!」とはきはきと正確に応える。
「熱いぜ! 燃えるぜーっ!」
「お前が興奮してどうする? ゴーシュ」
更に燃え広がろうとするゴーシュに、ドロワが冷ややかに肘鉄を与える。口をへの字に曲げて不満を表すゴーシュに、ドロワが更に「我々運営委員のミッションはデュエルカーニバルを監視すること、常に冷静でいろ」と追撃までしてきたので、いじけた大男は「け、ノリの悪い奴」と不貞腐れた態度を取った。
「ゴーシュ、第一、お前は毎回毎回――」
「まぁまぁまぁ! ゴーシュ、ドロワ! 仲良い事は素晴らしい事だが、揉め事はいけない!」
「Mr.ハートランド!」
二人を仲裁するように現れたのは、彼らの上司だった。着ている本人以外で似合うものはまずいないだろうと思われる黄色いスーツを着こなし、ピンクハートのロッドを振り回し、同じくピンクハートが付いたシルクハット、VictoryのVを模したかのようなオリジナリティが強い眼鏡、赤色の水玉リボンを胸に、ブルーのファーを首周りに付けた、緑髪の中年男性は部下二人の視線を受け、空気は読めませんと言いたげに「ハート・バーニング!」と決め台詞を放つ。そして、Mr.ハートランドは言葉を失ったゴーシュたちに「この服装かい? 明日からはWDCなので気合入れてきた」と聞いてもいないのに自信満々に告げたのだった。
「素晴らしい! WDCの準備は着々と進んでいるようだ!……おや、カイト、待っていたよ!」
まるで舞台に立つ役者のように大仰な仕草を取りながらMr.ハートランドはナンバーズハンターの青年を迎え入れる。其処には、朝の見回りを終え、オービタルを連れたカイトがまるでターミネーターのように感情を殺した
「Mr.ハートランド。こんなところに呼びつけて何の用ですか?」
「呼び付けたなんて。カーニバルが始まる前にこの光景を見てもらおうと思ってね。このハートランドシティにはカーニバルの為に大勢のデュエリストが集結している。当然そうしたデュエリストの中にはナンバーズを持っている者もいるだろう。このカーニバルで勝ち抜くことは奴等からナンバーズを奪い取ることを意味するのだよ。だが、油断するな。情報では各地の強豪が参戦している。もしかすると、まるで『異世界』から来たような、とんでもない素質を持ったデュエリストが参加しているかもしれない。例えば彼女のような……ねぇ、そうは思いませんか、龍可?」
(龍可!?)
派手な服装然り、上っ面だけ着飾ったMr.ハートランドの言葉を聞き流すカイトだったが、最後のセンテンスがルアーのように彼を引っ掛ける。カイトが振り返ると、白いローブを着た龍可がいた。フードを被っていたので、彼女より背が高いカイトは龍可がどんな表情を浮かべているのか全く分からない。彼女は白いローブの下に水色の短いプリーツスカートを、そのスカートの下に暗い色のショートパンツを穿き、そしてショートパンツと水色ニーハイソックスの間に拳銃のホルスターのようにDパッドが収まっていた。
「Mr.ハートランド! 何故、彼女をWDCに参加させた!?」
「私は指示なんて出していませんよ。それにWDC参加は彼女の意思です。WDCの参加者には彼女の世界の召喚方法にも対応したデュエルディスクシステムにバージョンアップするよう指示を出しています。彼女の参加には何の問題はありませんよ、カイト」
「そういうことを訊いているのではない! 龍可、以前にも言ったが貴様の助けはいらん。俺は俺だけの力で――」
「勘違いしないで。貴方にも貴方だけの目的があるように、私にも私だけの目的があるのよ」
彼女のDパッドを見ながら憎々し気に言うカイトに、龍可はぴしゃりと撥ね退けただけだった。いったい彼女はMr.ハートランドに何を吹き込まれたのだろうか。龍可の様子を見て「おお、勇ましい限りだ」とにこにこ笑う悪魔をカイトは今すぐにでも殴り付けたかった。だが、その悪魔に誘われるがままに悪行を重ねる己に、他者を心配する資格があるだろうか。手袋の音が鳴るぐらいカイトが拳を握り締めていると、何を勘違いしたのか、ゴーシュが嘲り嗤ってきた。
「まぁ、気楽にいけよ。お前が駄目なら、その時は俺がナンバーズを集めてやる」
「誰が来ようと俺の敵ではない」
どいつもこいつも、と苛立たしく思いながら、カイトは言葉少なに冷たく言い返す。その様子をまたしてもゴーシュが「さすがカイト様、心強いねぇ」と揶揄うが、ドロワに「やめろ」と制止され、大男は「け」と言っていじける振りをする。
そんなとき、ひとつのウインドウ画面が開き、WDCスタッフの男性がMr.ハートランドに取次を頼んできた。
『Mr.ハートランド様。ゲート近くに参加資格をくれという少年が――』
「追い返しなさい」
火急の用か、と思ったが、なんともしょうもないことだったので、Mr.ハートランドはバッサリ斬り捨てる。
『それが、ハートピースを貰うまで帰らないと迷惑な酔っ払いみたいな少年でして』
「酔っ払い?」
『一生のお願い! ハートピースくれよ~、ハートピース!』
ディスプレイに映っていない人物らしき声がして、怪訝に思ったMr.ハートランドが手元の端末を操作してカメラをズームアウトする。其処には一人目のスタッフの足にしがみつく少年を、二人目のスタッフが彼の足を引っ張って放そうとしており、三人目のスタッフが困り果てているという光景が広がっていた。その少年が誰であるかを知るカイトは、先程の彼を苛立たせる『どいつもこいつも』の中に、この少年も加えることにした。
「さっさと追い返しなさい!」
『はい!』
「待て、奴に参加資格を与えてくれ」
酔っぱらいもどきを追い返そうとするMr.ハートランドをカイトは瞬時に止めた。
(この俺を引き分けまで追い詰めたアストラルを引き連れた奴がWDCに参加しない馬鹿なことがあってたまるものか。たとえ、そいつが本当の馬鹿だったとしても)
カイトが心の中で舌打ちをしていると、変に察しが良いMr.ハートランドが尋ねかけてきた。
「おや、カイト、知ってるのかい?」
「抜かせ。あんな馬鹿に知り合いはいないが、億が一、奴がナンバーズを持っている可能性も捨てきれない」
憮然と答えるカイトにMr.ハートランドはまるで蛇のように顔を近付けて再度質問する。
「カイト、私になにか隠していないか? 先日ハートランドの施設が謎の爆発を起こしたようだが――」
「あれは機械の誤作動。ナンバーズを集めれば文句は無いはず。俺の行動すべてを逐一報告する義務はない」
「ふうむ。龍可、君はどう思う?」
「映像越しだから、ナンバーズを持っているかどうか、よく分からないわ。でもいいじゃない、参加者がひとりぐらい増えたって。どうせ結末は変わらないわ」
「では、君らの言う通り、あの少年にもハートピースをあげよう。この私が直々に授けるのだから、彼がナンバーズを持っていることを心から祈ろうじゃないか」
龍可のアシストを得て、カイトはMr.ハートランドの誤魔化しに成功する。
この件を経てカイトは、龍可がMr.ハートランドにDゲイザー一式を渡されこそしたが、此の男に対して完全に心は許していないようだ、と認識した。その証拠にMr.ハートランドは九十九遊馬のことも施設の爆発についても何も知らないようだし、彼女もカイトの意を汲んで九十九遊馬の名前を一切出さず、白を切っただけだった。カイトを突っ撥ねようと龍可は振舞う一方で、カイトを手助けしようとしている。ただ、慣れない
(彼女の最大の目的は『万丈目準』というデュエリストから、己が来た世界のカードを取り戻すことだ。ならば、俺は龍可がナンバーズに接触する前に他のナンバーズを奪取するだけだ。これは俺が俺の弟の為にすることで、この罪は俺だけのものだ。彼女には何の関係もない!)
では、何故、そんな関係のない少女を、名も知らぬ黒髪の青年との会話で己は『妹』と呼んだのだろうか?
降って湧いた自問から目を逸らすように、カイトは賑やかな音を漏らすディスプレイに視線をやった。画面では遊馬がまだ馬鹿騒ぎをしていて、とうとうスタッフ三人総出でつまみ出されようとしていた。嗚呼、本当にどいつもこいつも、だ。あんな馬鹿がナンバーズを持っているかと思うと頭が痛くなってくる。カイトは「こんな馬鹿騒ぎに付き合ってられん」と言い捨てると、此の場を後にした。その際、ちらりと少女を見たが、やはり彼女の表情は見えなかった。
それからしばらくも歩かないうちに、Mr.ハートランドからかなり離れていることを確認してから、オービタルがカイトにこそこそと話し掛けてきた。
「カイト様、九十九遊馬の報告はしないのですか?」
「余計な口はきくな」
「カ、カシコマリ!」
ロボットの癖して生意気にも口を聞いてきたものだから、カイトはほぼ条件反射のようなスピードで叱り飛ばす。
「このWBCに、もし俺の敵がいるとしたら、アストラル唯一人。彼奴は必ず俺が倒す」
静かに大きく息を吐く。余計な思考を掃き出して脳内をクリアにして、己が誇り高きデュエリストであることを再自認した。そして倒すべき強敵に想いを馳せていると、またしてもオービタルが口を挟んできた。
「ま、まさか、九十九遊馬をライバルだと?」
「そうではない」
カイトはオービタルからの質問を端的に斬り捨てる。WDCの参加資格を取り忘れ、五歳児のように――いや、今時五歳児でもあんなごね方はしないだろう――駄々を捏ねる姿を思い返し、カイトは先程とは別の意味で息を吐いた。
「九十九遊馬は」
「九十九遊馬は?」
「ただの馬鹿だ」
オービタルの復唱に対して事実を声にして言うと、カイトはWDC前の最後の調整の為、デュエルトレーニングルームへ向かったのだった。
17
一方その頃、ハートランドタワー前では、まだ遊馬が一人騒いでいた。
「ハートピース貰うまで、俺は絶対に諦めないからな! かっとビングだ、俺!」
「遊馬くん! とどのつまり、自分のうっかりが原因なのにこの場面で『かっとビング』なんて言うこと自体、烏滸がましいのでは!」
「キャっと! こんなので本当にダーリンはハートピース貰えるのかしら?」
「さぁ? 俺、早く帰ってデッキ調整したいんだけどなぁ」
「なにがダーリンよ、全く! 仕方ないわね、こうなったら遊馬に私の――あら? 扉が開いたわ」
一部は完全に呆れ返った状態で、遊馬の行動を見た等々力・キャシー・鉄夫・小鳥が好きなように各自呟いている。万丈目も遊馬たちにバレていないことをいいことに欠伸を噛み殺していたが、突然鳴り響いたファンファーレに腰を抜かしそうになった。ハートランドタワーの扉が開き、パレードに登場する動く派手な台座が現れたのだ。その台座にはファンタスティックなスーツを着こなした緑髪の中年男性が立っており、それを見たスタッフ三人は突然居住まいを正し、遊馬が「な、なんだ?」と首を傾げるなか、小鳥が「あ、あの人!」と慌て出す。
(うわ、すっげぇ格好……じゃなかった、まずいな、とうとう偉そうな人が出て来ちまったぞ。どうすんだよ、これ)
尚更関わりたくない、と思った万丈目だったが、次に聞こえてきた台詞で考えを改めることになる。
「あ、あの方はハートランドシティの象徴であり、WDC主催者のMr.ハートランド!」
「本物ウラ! サイン欲しいウラ!」
(やべぇ! 偉そうじゃなくて、マジモンの偉い人じゃないか!)
キャシーと徳之助の言葉を聞いた万丈目は、これ以上遊馬が失礼なこと言い出す前に! と走り出したが、既に遅かった。
「あ! そこの偉そうなおじさん!」
遊馬が元気よく発言した瞬間、誰もが凍り付いた。慌ててスタッフの一人が遊馬に小声で訂正を促す。
「Mr.ハートランド様だ」
「そうそう、ハートランド」
「ミスター」
「そうそう、ミスターハートランド」
「様!」
今日初めて出会ったスタッフとコントをやらかす遊馬を、もし体の調子が全快であれば、万丈目は走り出したついでに飛び蹴りを与えてやりたかった。異世界から来て日が浅い万丈目なら未だしも、遊馬の同級生すら知っている人物を、このハートランドシティのトップを知らないなんて、アイツの頭は『彼奴』同様に本当にデュエルしか無いのか! と怒鳴り散らしたくてたまらない。
「あのさ、なんつーかさ、デュエルカーニバルの告知画面って見づらいじゃん? 見づらいよ、見づらいって! だからさぁ、参加申し込みのクリック見落としちゃって」
「とどのつまり、なんという往生際の悪さ」
「素直にうっかりしてましたって言えないのかねぇ」
無茶苦茶な良い訳をする遊馬に、等々力と鉄夫が嘆息する。
「だから、Mr.ハートランド様ぁ、この俺にハートピースを――」
「このトンマ、ええ加減にせんかい!」
どうにか近付けた万丈目は遊馬の耳元でありったけの声量で叱り飛ばした。耳元で大声を出された遊馬は「うひぃぃ!」と奇妙な悲鳴を挙げるが、万丈目は気にもせずに喋り続けた。
「往生際が悪いぞ、遊馬! 貴様のうっかりミスで人様に迷惑を掛けるな!」
「ま、万丈目! だってよ~、WDCに参加しなきゃデュエルチャンピオンになれねぇじゃん」
「だってもへちまもない! それに俺は万丈目さん、だ!」
二人のことを何も知らない人が見たら、兄弟喧嘩にしか見えないだろう。早くハートピースをあげてお
「だから今回は俺のをやるから騒ぐのをやめろ。もう、うっかりするなよ」
万丈目がポケットからハートピースを取り出して、遊馬に手渡そうとしたのである。これにはハートランドタワー内で安全に完全な傍観者として騒ぎを見ていたゴーシュ&ドロワ、龍可でさえも目を剝いた。
「それじゃあ、万丈目がWDCに参加できねぇじゃないか!」
「さん、だ! そもそも俺は申し込んですらいないからな、気にせず受け取っておけ」
「万丈目さん、それは無いですよ!」
喚く遊馬に万丈目がハートピースを押し付けようとしていると、今度は等々力が騒ぎ出す。まるで騒ぎの連鎖だ、しかも終わりそうにない。
「等々力、貴様の仕業だったか!」
「万丈目さんがWDCに参加しないって言うから僕が代わりに登録しといてあげたのに!」
万丈目がはっきりとWDCに参加しないと言ったのは等々力の前でだけだ。それを覚えていた等々力は万丈目に隠れてこっそりと登録したらしい。お互いに吠え合う師弟にMr.ハートランドは頭を抱えたが、これでハートピースを渡す必要は無くなったな、と踵を返そうと思った、が。
『おい、Mr.ハートランド! なに帰ろうとしてやがる!』
『カイトの話を聴いていなかったのですか? その男にもナンバーズを持っている可能性があるはず』
『カイトさんの言う通り、早く九十九遊馬にハートピースを!』
インカム越しにガタイの良い大男・妖艶な美女・可憐な少女の叫び声がMr.ハートランドの耳をつんざいた。天城カイトも何か秘密を隠していたようだが、どうやら彼・彼女等も秘密を持っているようだ。全く以て『どいつもこいつも』と心の内で口悪く罵りながら、Mr.ハートランドはにこやかな表情でこの騒ぎを収めようと動き出した。
「まぁまぁ、落ち着いて。分かっているとも、全て言わずとも君たちの願いは私の熱いハートに届いているよ。デュエルチャンピオンになりたい気持ちも、敬愛するデュエリストに参加して欲しい気持ちも。まずは黒髪の君、この青髪の少年は君と公式の場でデュエルしたいのだ。どうか、その気持ちを汲んであげなさい。そして、一番元気な少年。君の願いを叶えましょう」
「おお! これがハートピース! やったビングだぜ、おれ!」
欲しかったハートピースを渡され、遊馬がジャンプして喜ぶ。その一方で、万丈目は等々力を見て「其処まで言うなら参加してやんよ」と珍しく折れていて、アストラルとポン太は「やっと茶番が終わったのか」と胸を撫で下ろしていた。
とりあえず収まった騒動に、Mr.ハートランドは今度こそ仕事に戻ろうと思ったが、遊馬の首からぶらさがっているペンダントを見て足を止めた。
「おや。一番元気な少年。君のそのペンダント、めずらしい形だね」
「『皇の鍵』のこと? これ、父ちゃんと母ちゃんの形見なんだ」
「形見……? 何処かで見たような気が……?」
「万丈目さんも同じもの『帝の鍵』を持っているウラ」
「おいコラ徳之助! 勝手に暴露するな! プライバシー侵害だぞ!」
またしても騒ぎ出した青年と少年・少女たちだったが、もう迷惑事は勘弁と鉄夫が「明日のWDCに向けてデュエルしようぜ!」と言い出したことにより、嵐のような子供たちは此の場から
(とんだ馬鹿騒ぎだったな。ただでさえ忙しいのに困ったものだ。しかし、『皇の鍵』と『帝の鍵』か。あの形、さて何処で見たものやら)
(あっぶねぇ、後少しで万丈目サンダーが不参加になるところだったぜ。……ってか、彼奴等が言っていたユウマって、あの酔っ払いみたいなガキのことか? ありゃあ、単なる――)
(とにかく、これでナンバーズを持った二人の参加は確定。カイトの為にも必ずやナンバーズを手に入れてみせよう!)
(万丈目準。私から遊星の絆のカードを奪い取ったこの男をWDCで
Mr.ハートランドは『皇の鍵』と『帝の鍵』をしっかり心に留め、ゴーシュ&ドロワ、龍可は万丈目がWDC不参加になることを防げたことに――互いに何を知っているのか知らないまま――安堵の息を吐いたのだった。
18
遊馬がハートピースを受け取る少し前の出来事だ。
ハートランドタワーへ向かって爆走する遊馬と少し会話した後、凌牙は万丈目へ電話を試みていた。
「遊馬がハートランドタワーに向かって奇声を上げながら爆走しているぞ。ありゃあ、傍迷惑だ。止めた方が――っ!」
だが、少しも会話しないうちに、足元に一枚のカードが突き刺さる。そのカードは通常罠【聖なるバリア -ミラーフォース-】であった。
「悪い、用事が出来た。後は頼んだ」
慌てて通話を切り、辺りを見渡す。すると、工事現場へ走り去る人影が見えた。誘い込まれているのは百の承知だったが、己が過ちを犯した切っ掛けのカードを挑発するようにして見せつけられて、凌牙にはじっとしていることなんて出来なかった。
「
ビル風が金糸で縁取りされた白服の裾を揺らしている。無人の工事現場の踊り場で凌牙を待っていたのは、右目と頬を貫くような大きな十字の傷を負った青年だった。金のメッシュが入った黒い茶髪を掻き揚げながら、青年――Ⅳは嗤うように凌牙に話し掛けてきた。
「久しぶりですねぇ、凌牙、いえ、シャークと呼んだ方が良いのでしょうか?」
「どういうつもりだ、こんなカードを投げつけて来やがって!」
Ⅳの遠回りで苛立たせる話し方に、凌牙の感情が一気に高まっていく。
この青年は、一年前凌牙がルール違反を起こして反則負けすることになったデュエルの対戦相手であった。そして、そのⅣが先程投げ付けてきたのが失格の遠因となるカードだ。今この場で、彼が凌牙を嘲笑しようとしていると見て間違いないだろう。
近頃の凌牙は、夜の闇を吹き飛ばすぐらいに明るく照らす太陽みたいな遊馬と、凌牙が落とした暗い影を否定も肯定もせず寄り添ってくれる月のような万丈目に囲まれて、あの黒い過去から遠ざかりつつあった。むしろ、遠ざかることで改めてデュエルのことに向かい合おうと思えるようになったぐらいだ。そんな時に黒い過去の象徴が現れたのだ。感情のボルテージが一気に引き上げられるのも無理のないことだ。
「ただの
「デュエルカーニバルだと? 悪かったな、俺は参加登録すらしてないぜ」
「おやおや、まだあの時のことを引き摺っているとは」
「そういうこった。今更、表舞台のデュエルに出る気は無い」
冷静さを少しでも取り戻してたくて、凌牙は声のトーンをわざと落とした。Ⅳの目的が何なのか知らないが、凌牙を嗤いに来たのは間違いない。拳を握り締めて立ち去ろうとする凌牙に、Ⅳは「では、面白い話をしましょう」と随分とわざとらしい態度で語り始めた。
「あの決勝戦、貴方は私のデッキを盗み見て、失格となりました」
「……」
「だが、あの時の貴方は、普通の精神状態では無かった。大切な人の、不幸な事故を目の当たりにしたばかりでしたからね。あんな惨劇を見て、普通の精神状態でいられる精神を持つ人なんて滅多にいませんよ。貴方はせめてもの想いで、大怪我を負った彼女の為に優勝しようとした。いや、優勝しなければならないと追い詰められていた。そんな状態の貴方に、もし対戦相手がわざとデッキをばらまいたとしたら? そもそも、彼女の事故が偶然では無かったとしたら?」
そんな下衆の告白を聞いた途端、凌牙は目の前が真っ赤になった。瞬時に踏み込み、あのオービタルを壁にめり込ませた強靱なキックをお見舞いするが、Ⅳはひらりと裾を舞わせながら軽やかに避け切る。それがますます凌牙を苛立たせるが、Ⅳは更に高笑いしながら、こう言い切ったのだった。
「暴力はいけません。フフ、フハハハハハッ! ですが、笑えますねぇ! あの一件で貴方はデュエルの表舞台から追放。一方、私は極東エリアのデュエルチャンピオン、随分と差がつきました。悔しいでしょうねぇ?」
「Ⅳ! テメェ!!」
今度は殴り付けようとする凌牙にⅣがハートピースを投げ渡してきた。条件反射で掴んでしまったハートピースを凌牙が視線を落としている間に、Ⅳはもう凌牙から離れた場所に移動していた。
「そんなに悔しくて、怒りで我を忘れるぐらいなら、この俺をデュエルで倒してみせろ。デュエルカーニバルでな!!」
もう一度高笑いすると、Ⅳは其処から魔法みたいに消え去っていた。唐突な出来事に一瞬、気を抜き掛けた凌牙だったが、手のひらに残されたハートピースに気が付くや否や、憤怒の勢いのまま割らんばかりにそれを握り締める。
「テメェが何を考えているか、さっぱり分からねぇが、俺の大事な妹を――璃緒を傷付けた落とし前、きっちり付けさせてやるから覚悟しやがれ、Ⅳ!」
無人の工事現場に、鮫の
そして、凌牙は以前に万丈目が「『
(
思考を切り替えた凌牙はWDCに向けてデッキ調整しようと帰路に着く。
それを遠くから「いい準備が出来たね」と笑うトロンたちの姿があった。
19 四ではなく明日?
辺り一面がオレンジ色に染まっている。とある言語で
そんな夕暮れの河川敷を、遊馬と小鳥が隣り合って歩き、アストラルとポン太はふよふよと浮いていて、万丈目はバイクを押しながら一番後ろを歩いていた。
「まさか、あのまま夕方までデュエルをぶっ通しするなんて思いもよらなかったぜ」
「今日は仲間といっぱいデュエルできて、すっげぇ楽しかった! 明日からのWDCもすっげぇ楽しみだぜ!」
「遊馬、いよいよお父さんとの約束を果たすときがきたのね、デュエルチャンピオンになるって約束を!」
「ああ!」
肩が凝ったとぼやく万丈目を余所に、幼馴染の小鳥からの問い掛けに遊馬が力強く頷いている。赤い空へと
『遊馬、必ず優勝するのだ。これだけの規模の大会ならナンバーズを持つ者が大勢参加するはず、そのナンバーズを回収できれば――』
「そうだよな、そうしたらお前の記憶だって戻る。……でもよぉ、アストラル。俺はこの大会、勝ちにこだわるつもりはない」
『どういうことだ。それでは君が父親との約束を果たすことと矛盾する』
勝ちにこだわるつもりはない。
そんな遊馬の発言にアストラルだけでなく、小鳥と万丈目も足を止めてしまうぐらいに驚いた。遊馬は「そんなに驚くことか?」と少しおどけつつも、彼・彼女らに
「俺、ずっと考えてたんだ。俺にとって、デュエルってなんなのだろうって。お前と出逢ってからいつも負け続けていた俺が強敵にも勝てるようになった。そして、カイトやシャークとデュエルしたときには負けて失うものがあるってことにもはじめてわかった。でも、どんなときでもデュエルを嫌いにはならなかった。そうなんだよ、俺にとってデュエルとは勝ちも負けも関係ない。それはうまく言えないけど、俺にとってデュエルは繋がりなんだ」
『繋がり?』
「ああ。俺はデュエルするみんなと繋がっていたい。其処に勝ちも負けもない。デュエルすることと勝負は別なんだ」
そう言ったときの彼の赤い瞳は、夕焼けを映した川の煌めきすらも吸い込んで、尚一層煌めいていた。その瞳に『あの男』が失った情熱を万丈目は見たような気がした。
『デュエルと勝負は別、か。君らしい考え方だ。しかし、負ければ私は消滅する。君の考えは受け入れ難い』
「お前の気持ちはよくわかる。お前を救うためならなんだってするさ。でも、俺、わかったんだ。デュエルには勝ち負けを越えたものがある。その先には勝ち負けより大事なものがあるって」
アストラルの脅しにも似た事実の再確認にも屈することなく、遊馬は遊馬というデュエリストとしての考えを言い切った。折れないハートの持ち主たる少年から視線を向けられて、あのアストラルも若干たじろいだが、それを誤魔化すかのように次の問い掛けをした。
『では、カイトはどうする? あのナンバーズハンターは君の心情など構うことなくデュエルを挑んでくるだろう』
その問い掛けに今度は遊馬がたじろぐ番だった。
「カイト、か。確かに負ければ俺は魂を抜かれるかもしれない。けど、俺のデュエルは変わらねぇ。たとえアイツとデュエルした結果、魂を奪われたとしても――」
「そんなこと言わないでよ! 私、もし遊馬が魂を抜かれたら、私――」
遊馬の言葉に幼馴染の少女が俯きだしたものだから、彼は大慌てで弁解し始めた。
「こ、小鳥!? 違うって! 大丈夫だって! 俺があんな奴に負けるかよ! 勝つぜ、勝ちまっせ! 必ず勝たせてもらいますって! だから、小鳥、泣かないでくれよ~!」
あまりにも必死で、それでいて彼女の笑顔を取り戻させるようにおどけて言おうとする癖に、最後には情けない声を遊馬が出すものだから、小鳥は笑い声を耐えることが出来なかった。
「フフッ、急にいつもの変な遊馬に戻らないでよ。……もう! どうせ遊馬は止めたってきかないでしょ! 私に出来ることは遊馬の近くで遊馬の名前を呼ぶことしか出来ないけど、絶対に私の手が届かない場所に行かないでよね!」
「おう、勿論だ! だから、小鳥もずっと俺の側にいてくれよな!」
『コイツ、今凄い殺し文句を言ったポン』
『殺し文句とはなんだ? いつ発動する?』
『青春ストライクのど真ん中に発動するポン』
幼馴染同士の会話に入るのがしのびなくて黙っていた万丈目の上で、ポン太とアストラルがこそこそと会話している。遊馬と万丈目にしか聞こえない二人の会話を聞いて、二ブチんの遊馬も流石に察したらしく、自身の言った台詞にあわあわして顔を真っ赤にしてしまう。アストラルたちの会話が聞こえない小鳥ですら察して顔を赤くしている。無論、夕日のせいではない。それにトドメに差すように『成程、これが青春ストライクか。覚えておこう』とアストラルがいつもの調子で呟くものだから。たまったものではないだろう。
「と、ともかく! WDC中、私が一番近くで遊馬を応援し続けるから、絶対に優勝しなさい! 分かったわよね?」
「は、はい~!」
仕切り直した小鳥の言葉に遊馬が慌てて返事する。
デュエルアカデミアを卒業して学生では無くなった万丈目からすると、中学生の二人の会話が微笑ましく感じた。別に蚊帳の外だと感じていた訳では無い。そもそも万丈目は異世界から来た
「俺、万丈目にも絶対に勝つからな!」
「万丈目さん、だ。ヘボデュエリストがどこまで強くなったか楽しみだぜ」
「ところで、どうして万丈目さんはWDC参加の手続きをしていなかったんですか? 委員長がしてくれたからいいものの、遊馬みたいに勘違いしていたのですか?」
遊馬とのてんどんのようなやり取りの後、小鳥からの質問に万丈目は言葉に詰まってしまった。まさか異世界人だから此の世界のデュエル大会に参加する気がありませんでした、とは言えない。どう取り繕うか悩む万丈目に遊馬が「まぁ、万丈目が参加できるならどうでもいいじゃん」とスルーする。
「万丈目、取り戻したい誇りがあるんだろ? 負けられない奴に勝つためにも、万丈目が万丈目であるためにも、今までの万丈目を肯定するためにも、細かい事なんて気にしないで、全力で目の前のデュエルに挑もうぜ!」
「さん、だ! 貴様に言われなくても分かっとるわ!」
遊馬が言った台詞は万丈目が明里にデュエルを許可してもらうよう懇願したときの同じものだった。彼は万丈目が言ったことをちゃんと覚えていたのだ。そのことが嬉しくて、万丈目は照れ隠しでいつものように怒鳴ってしまう。
(遊馬の言う通りだ。俺はいつまで異世界人として『腰掛』気分でいるんだ。何度でも誓い直せ、俺が俺でいるためにも! アモンにデュエルで勝ち、復活の象徴たる『アームド・ドラゴン』を、俺自身の誇りを取り返してやる!)
万丈目がひとり奮起するなか、遊馬がこっそりと、それでいて嬉しそうに笑う。
アストラルはふと、万丈目が異世界人だから此の世界のデュエルの大会に参加することを遠慮していた、と遊馬が見抜いていたのでは? と密かに思った。しかし、彼が異世界人であると遊馬が気付いていることを万丈目に言ってはならない、と遊馬自身に言われているので、それは言い出せない。なので、アストラルは代わりに別のことを言い出すことにした。
『遊馬にとってデュエルは『繋がり』。では、万丈目、君にとってデュエルは何のために存在している?』
急にアストラルから向けられた問い掛けに、咄嗟過ぎて万丈目は何の答えも用意できなかった。「さん、だ」と言い返すことも出来なかった。だから万丈目は――先程、遊馬が独白した様に――半分以上川に溶け込む夕日を見ながら、己の心と過去に、デュエルに向き合ってみた。
決闘と書いて、デュエルと呼ぶ。決闘は勝負事だ、必ずイチかゼロかの、勝ち負けが付随する。勝ち負けを決めるための決闘だ。デュエリストにとって、その決闘こそがデュエルであって、決闘の『手段』がデュエルと言う訳ではない。
しかし、万丈目はこれまでデュエルを己の野心を通す『手段』として用いていたことをあった。アカデミア一年生の時は万丈目財閥や兄と並び立つためにデュエルという『手段』を取った。デュエルアカデミアに再び復活するためにデュエルすることもあった。そして、それは次第に強大な敵と戦うための、敵の野心を砕かせるための手段となり、『彼奴』に至っては重い運命と戦うためへの『手段』と変わっていったいった。
(俺たちにとって、デュエルは戦うための『手段』でしか無いのか? 違うだろ。そうじゃないだろ。俺たちはいつの間に『手段』と『目的』を入れ替えてしまっていたのだろうか。デュエルアカデミアに入学したときの『彼奴』もきっと遊馬のような、それでいてまた違う『真っ直ぐな情熱』を持っていたはず。だが、それは運命や重い責任、裏切りによって、色も形も温度も質感も何もかもが変えられてしまった――俺たちが変えてしまった。もしかすると、今の『彼奴』にも、その時の情熱なんて思い出せないかもしれない。情熱の色や形や温度や質感が変わることが大人になることなのかもしれない。変わってしまうこと、変わらざるを得ないことを知ることが大人になることなのかもしれない。だとしても、それでも、俺は……)
「俺はデュエルをなにかのための『手段』にしたくない」
遊馬のような情熱を得たくて、万丈目は夕日が溶け込む水面を真っ直ぐに見ながら呟いた。
「俺は俺というデュエリストとして戦う」
アストラルだけでなく、遊馬と小鳥とポン太の視線を感じながら、万丈目は自身の考えを口にする。
「デュエルする理由ってのは、どんどん変わっていっちまうものなんだ。遊馬だってそうだ。親父さんとの約束を果たすため、鉄夫のデッキを取り返すため、己の本気を取り返すため、ナンバーズを回収するため、アストラルを助けるため、という具合に理由はどんどん変わっていった」
(彼奴だって、そうだ。彼奴もあんな重い宿命を背負い込むためにデュエルアカデミアの門を叩いた訳では無い)
「理由ってのは変わって、膨れ上がって、自分自身を今の自分が知らない場所へ押し上げていってしまう代物なんだ。俺はデュエルをそんな理由を叶えるための『手段』にしたくない。だが、デュエルが『手段』になってしまっても、そんな風に理由が次から次へと変わっていっても、デュエリストとして変わらないものはなんだろうか。それは『俺がデュエリストである』という事実だ。だから、俺は俺として戦う。その俺としての中に総ての理由も我儘も詰めて、俺は俺として俺らしくデュエルするだけだ」
答えがでた。如何なる理由が出て来ても、万丈目がデュエリストという事実は変わらない。それが万丈目準のデュエルに向けるスタンスというものだ。
『なにかのためではなく、己として。つまり
「
「
『遊馬、私でも授業を聞いていれば分かるのだ、君はもう少し授業を真面目に受けた方が良い』
上手いこと言語化するアストラルの一方で、遊馬が首を傾げている。ここら辺は本当に彼奴に似ているな、と万丈目は心の内で呆れる。
『己として、の中に総ての理由を詰めるか。随分と
「デュエリストは我儘なくらいが調度いいのさ」
アストラルの台詞に、万丈目は以前に凌牙にしたように突っ返してやる――無論、不敵に笑いながら。
「なんかよく分からないけど、かっこいいな、それ」
「理解しろよ、馬鹿」
小鳥にレクチャーして貰ったにも関わらず前置詞の意味を理解できない遊馬に、万丈目は笑いながら言ってやる。夕日は既に沈み切り、川の煌めきも少年たちの瞳にすべて吸い込まれてしまったかのように消え去っていた。夜の闇が濃度を増してきても、今の万丈目には怖くもなんも無かった。
そして、お腹空いたなぁ、今日の夕飯は何かな、その前に小鳥を送らなきゃ、と会話していると、万丈目のDゲイザーが鳴り始めた。今日は良く鳴る日だな、と思いながらディスプレイを見ると、其処にはバイト先の店長の名前が浮かんでいた。
20 黒コート
「万丈目くん、急に呼んじゃってごめんね。闇川くんが帰ったあと、閉めたお店に明里を呼んでWBCの壮行会みたいな前夜祭をしていたんだけど、いつの間にかお店の前にこの小包が置いてあったの」
Dゲイザーで万丈目たちをカードショップに呼び出した鉄子が言うには、閉めたカードショップ内にて明里とお喋りしていたら、ガラスドアに人影が走ったので、気になって開けて見たら足元に万丈目宛ての小包があったとのことだ。彼女の言う通り、小包に添えられたメモには「万丈目ブラックサンダー様へ、貴方のファンより」と印字されてあった。
「こんな短期間に俺様のファンが出来ていたなんて、流石俺だな!」
一人悦に入りながら万丈目はバリバリと音を立てて包装紙を破いた。箱は立派だが、中身は軽そうだ。箱の蓋を開けた途端、万丈目だけでなく誰もが覗き込む。箱の中には、向かいのブティックで売られていて、万丈目が欲しがっていた、何処となくデュエルアカデミアのノース校の制服を思わせる黒いサマーコートが綺麗に収まっていた。
「マジかよ! やったぜ!!」
思わずガッツポーズをする万丈目の横では、遊馬と明里が姉弟揃って顔を引き攣らせていた。しかし、万丈目の喜びに気を取られ、鉄子と小鳥とポン太は気付いていない。
「万丈目さん、すっごく嬉しそう」
「彼、いつも向かいのブティックのウインドウ見ていてね、色んな服が並んでいたから何が欲しいのか私には分からなかったけど、万丈目くんが欲しかったのはこれだったのね」
あまりにも嬉しそうにするものだから小鳥は思わず呟いてしまい、その隣ではオーナーの鉄子が云々と頷いている。
「それだけ俺を見てるファンってことです! 流石、俺様のファン!」
『其処まで行くとストーカーに近いポン』
「前夜祭に狸汁もいいな」
「マジ勘弁ポン!」
ポン太の冷ややかな突っ込みに、万丈目がぽそりと小声でやり返す。動物虐待禁止! とポンポン騒ぐナンバーズの精霊を無視して、万丈目は早速サマーコートを羽織ってみた。サイズはおあつらえ向きにぴったしだった。
「しかも俺にぴったりじゃねぇか! こりゃあ最高だぜ!」
とうとう喜びの余り、くるくる回りだす万丈目にポン太が「どんだけ黒コートが好きやねん」とポンも付けずにぶつぶつと言う。
「それを着てWBC参加するんですか?」
「もっちろん! この俺様のトレードマークだからな!」
小鳥からの質問に万丈目が当然とばかりに肯定する。つい数時間前までWDCに参加しないと豪語していたのが嘘のようなハッチャけぶりだった。
トレードマークという単語に遊馬は顔の引き攣りを戻すことが出来なかった。半年近く前に倒れている万丈目を見付けた時、彼が着ていた黒いコートは血塗れのボロ雑巾になっていたからその場で処分されていたし、彼がそれ以降、黒コートの話題を出すことも無かった。それなのに、今この場で浮かれ過ぎた万丈目は居候してから一度として着たことのない黒コートをトレードマークと言った。これでは万丈目が記憶喪失では無いこと、異世界から来たことが周りにバレてしまうのではないか、と遊馬は危惧した。
(いや、周りにバレるぐらいならまだマシか? もし、これが切っ掛けで万丈目が本当に思い出せない『俺たちが知っていて、万丈目が知らない事実』の記憶まで戻ってしまったら――)
一方、弟同様に姉の明里も狼狽していた。あの雨の中、見付けた時と似たような黒コートを着てはしゃぐ万丈目を見て、明里もまた『私たちが知っていて、万丈目が知らない事実』の記憶を彼が取り戻してしまうかもしれない危険性に青褪めていた。それどころか、まだ万丈目の体調が万全ではないのにWDCに参加する気なのだから、これには流石の明里も文句を付けた。
「ま、万丈目くん! WDCに参加するつもりなの? この前まで筋肉痛で動けなかったのよ! それだけじゃなくて、今までも何回も――」
「まぁ、落ち着きなよ、明里。デュエリストはそんなんじゃ止まらないって。……あ、いいこと思い付いた。万丈目くん、ハートランドシティ全体がWDCの舞台になるから、疲れたら私の店で休みなよ。大会は長いからね、一泊してもいいよ。はい、これ店の鍵ね」
鉄子は騒ぎ出した明里をいなすと、万丈目にカードショップの鍵を手渡した。長い付き合いの親友の不可解な行動に、万丈目の件もあって明里の混乱具合が更に深まっていく。
「え? ええーっ!? 鉄子、アンタ、このお店は自分のお城だって言ってたじゃないの! そんな大事なお店の鍵、万丈目くんに渡しちゃっていいの!?」
「はははっ、明里は心配性だね! お店の最後の戸締りを何回もしてもらっているし、万丈目くんなら問題ないって。これならいざという時、私のお店に避難して休憩できるんだから、万丈目くんの参加を認めてあげなさいよ!」
「鉄子がそんなに言うなら認めるけど……ねぇ、鉄子、万丈目くんにちょっと肩入れし過ぎじゃない?」
「気のせい、気のせい!」
「……私の肩を叩く力、強くなってない?」
「それも気のせいだってば。万丈目くんは私の可愛い後輩くんだからね、つい応援したくなっちゃうのよ」
まるで男の子の友達同士のように鉄子が明里の肩を強く叩く。あまりにも強く叩くものだから、これが本当の『肩入れ』? と明里は一瞬そんな妙なことを思ってしまった。
「いや、あの、鉄子さん。仕事中でも無いのに、そんなお店の鍵だなんて――」
「万丈目くん、私からの信頼の証だと思って受け取って。ね?」
万丈目は万丈目で遠慮しようとしていたが、敬愛するアルバイト先の店長に優しくそう言われてしまっては辞退できず、お礼を言いながら鍵を受け取ることになった。そして、万丈目はこの信頼を決して裏切るまい、と心に強く誓った。
「明日からWDC! 明里は記者として、私たちはデュエリストとして頑張っていくぞーっ! ほら、えいえいおーっ!」
鉄子が音頭を取って気合を入れ出したので、明里も万丈目も遊馬も小鳥も、アストラルとポン太まで拳を天井へと掲げて「えいえいおーっ!」と叫んだ。すると、鉄子が「声が小さい! ほら、もう一度! えいえいおーっ!」と再度するものだから、万丈目は遊馬たちと共にやけくそになって大声で言った。
明日からWDCというデュエリストの大会、つまり個人戦だ。そんな一人で頑張る大会だというのに、ここにいるみんな一丸になって声に出すのが面白くて、万丈目も同じように「まだ声が小さい! えいえいおーっ!」とコールを行う。
「ところで、万丈目さんたちはデュエルディスクにWDC用のデータ更新のインストールは済んだのですか?」
そのコールは、WDCに向けての説明書を片手に小鳥が問い掛けるまで続いたのだった。
そして、遊馬と明里の懸念は誰にも気付かれず、九十九家に帰るまで、夜闇に溶けずに残るテールランプのように尾を引き続けたのだった。
21 小さな復讐者&冥府からの復讐代行者
「かわいいね、彼、あんなに喜んじゃって。君と同級生なんだろう? 君にもあれぐらいの素直さがあればいいのに」
「どうして彼にあのコートをあげたのですか?」
「ふふっ、君は相変わらずつれないねぇ」
ネオンに二人の横顔が照らされる。夜が明ければ始まるWDCに向けて、ハートランドシティのネオンはいつも以上に賑やかに踊り、子供が覗くオペラグラスにさえ反射している。WDCの為に軒並み
「アモン、生前の万丈目準が黒コートを着ていたことを教えてくれたのは君じゃないか」
「今の私の名前は
「本当に君はつれないね」
愉快な態度を崩さない子供こと、トロンとは対照的に、青年アモン――
「君は気にならないかな。どうして万丈目準が死んでしまったか」
「気になりません」
「えー? 僕はとっても気になるのになー」
「だから、あげたのですか、あの黒コートを」
「そうだよ。少しでも思い出すかなぁ、と思ったけど、彼を喜ばすだけだったね」
トロンが無邪気っぽく装って話し掛けても、Ⅵの態度は頑なだ。これなら石像にでも話し掛けていた方がマシかもしれない。
「ほら君も見なよ、彼、凄く嬉しそうだよ。あれが年相応の表情ってやつじゃないかな」
「そんなことよりも、トロン、早く戻りませんか。デッキ構築の最終確認をしたいので」
「君って本当に情緒が無いよね」
覗くかい? と誘ったのにそげなく断られて、オペラグラスをふらふら揺らしながらトロンが文句を言うが、言われた当の本人は何処吹く風どころか、その風を受け流してさえいる。
「君のことだから今すぐ襲撃すべき、と言うかと思ったよ」
「WDCにおいて、おのずとナンバーズは勝者に集まるようになっています。ならば、それを利用してナンバーズを収集した方が効率は良い。それに、今の彼に僕の相手に務まりませんよ」
まるで事実だと言わんばかりに淡々と語るⅥに見えないようにトロンは唇の片端を下げた。
「やっぱり君は年相応だよ。年相応の
高慢という単語にⅥは若干眉間に皴を寄せたが、じきに解いてしまう。トロンは続けて言った。
「彼、凄く成長したかもしれないよ。ほら、男子、三日会わざれば
「それがすべてのデュエリストに該当するとは限りません」
「あはは! 君って本当に可愛くないね」
オーバーリアクション気味にお腹を抑えてケラケラ笑うトロンに、Ⅵは黙って万丈目から奪ったモンスターカードの一枚を見せた。闇の焔に包まれ、煌々と輝くモンスターカードの様を見たトロンは唇の両端を引くと、ゆっくりとした口調でⅥに告げる。
「君が望まなくても、いずれ君は万丈目準とデュエルすることになるよ。だから、それまでは大事にしてほしいね、神代凌牙よろしく万丈目準も僕の『復讐』には欠かせない駒なんだから」
「彼がDr.フェイカーへの復讐に?」
眼鏡を直しながらのⅥの問い掛けにトロンは何も応えなかった。
「君は
眠れない夜の街の明かりがトロンの銀色の仮面を鈍く光らせ、僅かに彼の表情を掴む術である瞳すらも覆い隠す。
「だから僕は
「私は時間と役目が尽き、この異世界を彷徨う死者です。貴方の復讐の駒ですから何なりとお申し付けを」
まるで魔法を使う合図のように人差し指を立てて言うトロンに、Ⅵは慇懃無礼に頭を下げる。
果たしてその態度にトロンが満足したかどうかは分からないが、二人の足元に魔法陣が発動すると、アッと言う間に
22 デッキ調整
「そんなに気にしなくても大丈夫じゃないかの」
九十九家にて夕飯を終えた後、祖母のハルが口を開く。のほほん、とお茶を飲みながら言うハルに明里が大きく溜息を吐いた。
「ファンだか何か知らないけど、万丈目くんが『事件』に遭ったときと似たような服装を送り付けるなんて。『私たちが知っていて、万丈目くんが知らない記憶』が戻っちゃったら、どうするのよ。もしかすると、送り主は万丈目くんを『あんな目』に合わせた犯人なのかもしれないのに」
くしゃりと前髪を掻き揚げながら、明里が忌々しそうにぼやく。明日から楽しみにしていたWDCだというのに、遊馬も心配気だ。
「俺も心配だよ。……でも、どうして、ばあちゃんは万丈目が大丈夫だって思うんだ?」
そう問いかける遊馬に、ハルはにっこり笑って、天井を指差した。その指先に釣られるようにして、明里と遊馬が見上げる。二階からは万丈目の愉快なサンダーコールが響いていた。
「一・十・百・千、万丈目サンダー!!」
黒いサマーコートを翻しながら、万丈目は鏡の前でサンダーコールする。やっぱり、黒コート! 黒コートが無いと始まらない! 黒いシャツと黒いズボンに履き替えた万丈目は何度もポージングして、高笑いしながら何度もサンダーコールを行う。
『アニキ、そんなに黒コートが好きポン?』
「この漆黒のコートは俺様のトレードマークだからな! 嬉しいに決まっているではないか!」
ナンバーズの精霊からの呆れたような声にも、万丈目はハイテンションに答える。
「数多くのデュエリストが集まるWDCならば、ナンバーズを収集しているアモンも参加しているはずだ! 今度こそ奴を叩きのめし、俺は俺の誇りを絶対に取り戻す!」
拳を握り締め、改めて今度は勝つ! と万丈目は誓い直す。
『ナンバーズを目的にするアモンが参加しているはずなら、きっとカイトや龍可って娘も参加しているはずポン』
「俺はカイトとやらに会ったことが無いからな、どんな悪鬼なのか、この目で確認する
万丈目は机の引き出しから、白いモンスターカードをそっと取り出した。
「龍可にも会うんだったら、この異世界のモンスターカードも返さなきゃな。ナンバーズを賭けたデュエルにおいて、コントロール奪取をしたまま勝敗が決すると、そのカードが取られちまうとは。アモンとデュエルして知っていたが、まさか俺がそのドロボー役になるなんてな」
『てっきりアニキのことだから、そのままネコババするかと思ったポン』
「阿呆。そんなことできっかよ、あの嬢ちゃんもこのカードも持ち主も可哀想だろ。……でも一回ぐらいは異世界のモンスターカードを使ってもいいよな……?」
『アニキ……』
呆れ返ってしまったポン太を余所に、万丈目はデュエルディスクのテストプレイモードを起動させた。
「ええっと、こうだっけな? 俺は【召喚師セームベル】(風属性風属性/レベル2/攻撃力600守備力400)を通常召喚。【召喚師セームベル】の効果を発動! 自分のメインフェイズ時、このカードと同じレベルのモンスター一体を手札から特殊召喚する事ができる! 俺は手札から【おジャマ イエロー】を特殊召喚するぜ! 二体のモンスターを使用して、俺は【ジャンク・ウォリアー】をシンクロ召喚!」
『
万丈目がシンクロモンスターを場に置いた途端、大きなエラー音が響いた。あまりの大きな警告音に万丈目もポン太も飛び上がって驚く。
「あれ? あのとき、龍可は二体のモンスターを使用していたよな?」
『そういえば、あの龍可って娘、チューナーモンスターってのを利用していたポン』
「チューナー? なにそれ?」
『オイラが知る訳ないポン』
「しかも、さっきのでDゲイザーの充電切れちまったし!」
『それこそオイラに関係ないポン!』
一人と一匹はぎゃーぎゃー騒いだ後、万丈目はベッドへダイブした。
「遊馬をサポートしつつ、見たことも無いカイトの襲撃に気を配りながら、龍可にこのカードを返して、アモンに勝って誇りのカードを取り戻し、無論WDCにも俺は勝利してやるぜ」
「欲張りパック過ぎるポン」
「デュエリストは欲張りなぐらいが丁度いいんだよ」
何処か気分良さげに寝転ぶ万丈目の顔をポン太が覗き込む。
『アニキはいつ元の世界に帰るポン?』
「まずは帰る方法だな。龍可やアモンにもう一度会えば帰る方法も分かるはずだ。最も、俺は全部こなしてからでないと帰る気は無いけどな」
『まるで夏休みの宿題みたいだポン』
「夏休みの宿題か。デュエルアカデミアは卒業したから、もう夏休みの宿題なんて無いと思ったが、また課せられるとはな。まぁ、これが本当に最後の夏休みの宿題になるんだろうな」
カーテンから漏れたネオンで万丈目の胸元にある帝の鍵が静かに瞬く。くつくつと楽しそうに笑っていた万丈目だったが、夏休みの宿題で思い出した。
(あ、シャークに参加しないって言っていたけど、WDC参加しちまったな。Dゲイザーの電源は切れちまったし、今度会ったときに言っとけば良いか)
万丈目は大きく伸びをすると、起き上がってデスクに向かった。
「さぁて、デッキの最終チェックでもするか! タヌキ、貴様のデッキのカードも使わせてもらうからな」
『そんな! アニキ、勝手すぎるポン!!』
「考えてもみろよ。俺が負けたら、お前、そいつのものになっちまうんだぜ。俺以外に誰が一番貴様を上手く使えるんだよ?」
相変わらず何様誰様俺様の万丈目にポン太は怒りたくなるが、此処は抑えて協力することにした。以前、万丈目はポン太を見捨てないと言っていた。その言葉の行く末が本物かどうかをWDCを通して見届けたい、とポン太は思っている。
(ところで、どうしてこの世界のデュエルディスクなのに、アニキが出そうとした異世界の召喚法のモンスターカードに対して『正式な召喚手順を踏んでおりません』とエラーを出したポン? さっき、お店でWDC用のデータ更新のインストールをしたから対応できるようになったとしたら、どうしてWDC開催者は異世界の召喚方法を知っているポン? もしかして、WDC開催者側は龍可という子に関わりがあるポン? もし関わりがあるとしたら、ナンバーズハンターのカイトも主催者側ってことになるポン。……ということは、このWDC自体、目的はナンバーズを集めるためだけの……?)
『アニキ、大事な話が――』
「今、俺はデッキ調整に集中しているんだ。後にしろ、タヌキ」
折角の推理を披露しようとしたらそげなく却下され、ポン太はぷーっと頬を膨らませて拗ねると、先に寝るべく依り代のカードの戻ったのだった。
23 夜中の出来事
街の中心部は真夜中でも煌々と明るいが、それに対して住宅街は静まり返っていた。そんな住宅街で明かりを零すものなんて、街灯と自販機ぐらいである。そのうちのひとつの自販機に少女がDゲイザーを掲げ、すべてのボタンが整列するように光り出すと、彼女の細い白い指先はふらふらと迷った末に一つのボタンを押した。音を立てて、カードのパックが落ちて来る。カードのパックを掴んだ少女は、細く長く息を吐いた。
以前、万丈目は「一緒にいて信じてあげるだけでもいい」と言ってくれたが、やはり精神的な面だけじゃなく、彼女は遊馬を鉄男や等々力のように技術的な面でも支えてあげたかった。
「記念参加でWDCに申し込んじゃったけど、私にもデュエルできるかな」
ぽつり、と夜の底に少女の独り言が落ちる。そして、そんな彼女の切なる願いに反応するように自販機の影から『なにか』が光った。思わず少女はその『なにか』を拾い上げ、カードパックに重ねながら、おずおずと覗き込む。
カジカジとなにかを噛む音が聴こえる。
自分のものでは無い心音がはっきりと聞こえる。
それは彼女の手の甲に独特なフォントの二桁の数字が浮かび上がった瞬間だった。
24 WDC開催
翌日のWDC当日は素晴らしいぐらいの快晴だった。
「ハートランドに集まりしデュエリストの同志達よ。これよりデュエルカーニバルのルールを説明する。会場はハートランドシティ全体、期間は今日から三日間。参加者は挑まれたデュエルを必ず受けなければならない。デュエルに賭けるのは諸君の手元にあるハートピース。これを失ったものは即失格となる。決勝にすすめるにはハートピースを五つ集める必要がある。完成することが条件だ。では此処でデュエルカーニバルの開始を宣言する。君たちデュエリストの熱いソウルでハートランドを燃やし尽くせ! ハートバーニング!」
ハートランドシティのあらゆるディスプレイからMr.ハートランドの開会宣言が行われ、それを聞いたデュエリストたちは一目散に走り出した。
「それじゃあ、皆さん、予選を勝ち残って、とどのつまりトーナメントで会いましょう!」
「裏の裏を搔い潜って、絶対に勝つウラ!」
「愛しのダーリンに良いところを見せるためにも勝ち残らにゃいと!」
「遊馬、負けるなよ!」
「おう! 絶対に勝って、デュエルチャンピオンに俺はなるぜ!」
遊馬を除いた子供たちが方々へ散っていく。馴染み深い黒コートを着た万丈目は彼・彼女らの後ろ姿に手を振りながら、異世界のデュエル大会に想いを馳せた。
(たとえ、異世界だろうと俺は俺というデュエリストとしてデュエルに勝つ!)
大きく一歩を踏み出す。それから遊馬にも激励と一時の別れの台詞を言おうとした瞬間だった。
『小鳥は?』
アストラルの発言に遊馬と万丈目はお互いに顔を見合わせた。そういえば、小鳥がいない。寝坊? あの小鳥ちゃんが? いつも寝坊しているのは遊馬なのに珍しい。遊馬と万丈目はこそこそと話し合うと、とりあえず迎えに行くことにした。これぐらいタイムロスにならないだろう。そんな軽い気持ちで二人は小鳥の家へ向かったのだった――何が待ち受けているとは深く考えもせずに。
13 不吉な数字
「もういいよ! 切るからな!」
必要以上に強くボタンを押して電話を終了させる。トレードマークの白いスーツではなく、ファストファッションに身を包んだエドは携帯電話の電源まで切って、ポケットに押し込んだ。この街で万丈目準が殺されてから、もう四ヶ月以上が経過しようとしていた。万丈目と最期に会話した人物として疑われ、スポンサーの心添えにより開放こそされたがプロデュエリストの資格を剝奪されたエドは、その期間を利用して身を隠して真犯人に至る痕跡を探していたが全く以て見付からなかった。駄目元で親友を頼ったが、残念ながら今回は役に立つ助言は得られそうになかった。それどころか――。
「『万丈目準は此の世界にはいない。だが消えた訳では無い』なんて訳の分からないことを言って、斎王は僕を怒らせたいのか!」
エドは誰ともなく怒りの声を荒げるが、周りにパパラッチがいないことを慌てて確認した後、万丈目準が殺された街の雑踏の中へ姿を消したのだった。
つづく