【遊馬と万丈目で】 YU-JO!【時空を超えた絆】 作:千葉 仁史
では、おジャマたちはどうして現れないのか?
混乱極まった万丈目は遊馬たちを置き去りにして、逃げるようにWDC会場となったハートランドを走り回る。
前半はそこそこのシリアスです。
後半はやっぱりのギャグです。
Q1
どうして万丈目は大会スタッフには敬語なの?
A1
大会のスタッフだし、敬語で話しかけてきたから
Q2
どうして対戦者にはタメ口なの?
A2
出会って早々にキラーハグをしてきたから
2023/01/07 投稿
未完ですので
出来上がり次第、書き足していきます
誰もいないところを目指して、ただ走る。
今は大会中だから皆が皆デュエルに夢中で、他人から見たら決して速くはない走り方をする癖に、息を切らしながら駆けていく万丈目には見向きもしない。人通りの少ないところを目指して、静かなところに向かって、立入禁止の札さえ飛び越えたら、とうとう幻聴まで聞こえてきた。
『アニキィ〜、どこまで走るのよ〜?』
『そうよ、無茶苦茶に走るから此処が何処かすら分かんない癖に〜』
『いい加減に休んだ方が――』
「ええい! うるさいぞ、雑魚ども!」
耳元でやかましく喋る奴等を一掃しようと、万丈目は大声をあげる。だが、返ってきたのは全く別の声だった。
『ポポーン! オイラ、ひとりしかいないから共はおかしいポン! それに、オイラは雑魚じゃないポン!』
「あれ、タヌキ……?」
万丈目の近くで、幼子みたいにポンポン怒るのはナンバーズの精霊こと、ポンタであった。つまり、万丈目の耳元で騒いでいたのはおジャマ三兄弟ではなく、一匹のたぬきだったということだ。
ポンタの声を受けて正気に戻った万丈目は大きく首を振った。すると頭も身体もくらくらしてきたので、ふらつく足取りで近場にあったベンチに座り込む。荒い息を繰り返しながら、万丈目は突っ張った脹脛(ふくらはぎ)を叩いた。
何も考えたくなくて、何も考えずに走ったから、どう走ったのか、まるで覚えていない。平衡感覚が平生でないまま辺りを見渡す。硝子張りのドームからは陽の光が燦々と降り注いでおり、未来都市ハートランドシティらしからぬ大量の草木に囲まれているということしか分からなかった。
見知らぬ景色だ、果たして此処は何処だろうか。
『此処、植物園だポン』
「植……物、園?」
『アニキったら、WDC開催のため閉館中の植物園に突っ込んで行くからびっくりしたポン。それに無茶苦茶に走ったから、息が無茶苦茶ポン。ほら、お水を飲んで、息を落ち着かせるポン』
周りに誰もいないのを良いことに、ポンタは万丈目の隣に座り込んで、あれこれと世話を焼いている。ポンタの隣には――状況を理解しているのか、理解していないのか――バニーラが鼻をふんふん動かしながら、ちょこんと手乗り人形のようにベンチに座っていた。
とりあえず、ポンタに急かされた万丈目はウエストポーチから取り出した水を喉に流し込む。それから、ゆっくり息を吸って吐いてを繰り返し、息を整えようとした。そして呼吸の乱れが治まり、ピントが合うように思考がはっきりしてきた途端、万丈目はベンチの上にデッキをぶち撒けた。勢いがあり過ぎて、何枚ものカードがベンチから地面へ落ちてしまうほどだった。
『ア、アニキ! 何しているポン!!』
「おジャマ共! 俺様の前に姿を現さないとは、どういう了見だ!? おかげで俺はカードの精霊を視る力を失ったと思い込む羽目になったではないか!?」
散らばったデッキの海からカードが宿った三枚のカードを手元に寄せると、万丈目は感情任せに吼えた。万全な体では無いのに走って走って、その挙げ句に大声なんて出したものだから彼はおおいに噎(む)せた。そんな主人の背中を摩(さす)るような動作をしながら、ポンタは心配気な声を掛けた。
『アニキ、落ち着くポン!』
「これが落ち着いていられっかよ! コイツ等が姿を現さないから、俺はカードの精霊を視る力を失ったと思い込むことになったんだぞ!! それに!」
『それに?』
「俺が異世界に飛ばされて混乱していたってのに、どうしてコイツ等は出てきてくれなかったんだ!? くだらない言い争いこそたくさんしてきたが、それなのに出てこないなんて、あんまりにもあんまりではないか……っ!」
『ア、アニキ……』
感情が奔り過ぎて、それ以上言葉に出来ない万丈目が鼻をすする。らしくない主人の姿におろおろしていたポンタだったが、彼がカードの精霊が宿っていると言う三枚のカードにそっと触れてみて、そして首を傾げた。
『ところで、アニキ、カードの精霊が宿ったカードは本当にこの三枚だけポン?』
「ああ、そうだよ。この世界に持ってきたのはこの三枚だけだ。なんだ、お前まで俺を嗤うのか」
『違うポン! そうじゃないポン! だって、この三枚のカードにはカードの精霊の匂いが全然しないポン!!』
「そんな馬鹿な!!」
勢い良く顔を上げて万丈目がポンタに怒鳴り散らす。
「確かに俺はこの世界で更に二枚ずつ通常おジャマを足した! それでも、俺はカードの精霊が宿っているのはこの三枚のカードだって言い切ることが出来るぞ!」
『でも、バニーラのカードと違って、ぜーんぜんカードの精霊の気配も匂いも温かみもしないポン! 第一カードの精霊だったら、とっくのとうにオイラにも見えて、対アニキの愚痴で盛り上がっているはずだポン!!』
がなる万丈目に対抗するようにポンタも叫び散らす。その叫びに万丈目はハッとして、バニーラのカードやナンバーズのカードに触れ、それからおジャマたちのカードに触った。強い意思が宿ったカードとは異なり、おジャマたちのカードからは何の温度も鼓動も感じられなかった。
「何も無い、何も感じられない、そんな……っ! ならば、おジャマたちは、ザコ共は何処に行ったのだ!?」
混乱するあまり、万丈目は頭を抱えて絶叫する。目を見開いて、頭を掻き毟る主人の姿にポンタは焦った。なんでもいい、どんな適当なことでも良いから、自分を最後まで見捨てないと言い切った主人を落ち着かせなくてはならない。ポンタは小さな頭でぐるぐると考えていたが、蹲(うずくま)る万丈目の背中を見て閃いた。
『き、きっと異世界渡航するときに依代(よりしろ)のカードと精霊が分離したんだポン!!』
「……え?」
ぼかんとした表情で万丈目が顔を上げる。それを好機と見たポンタは思い付いた内容を一気に喋った。
『ほら、アニキだって異世界渡航するときに大きな怪我を負って、今でも背中にその跡が残っているポン! 異世界渡航時にそれだけ衝撃があるなら、カードの精霊にもなにかしら異変が起こるポン!』
「そう、なのか……?」
ポンタの推論に万丈目が次第に平生を取り戻り始めたものだから、ポンタはいつもの調子で話を続ける。
『そうだポン! きっとそうに違いないポン! 今頃、鬼の居ぬ間に洗濯をしているに違いないポン!』
「そうだよな、きっとそうだよな……って、誰が鬼じゃい!!」
『うわぁ! 鬼が怒ったポン!』
ぎゃーぎゃー言いながら、カードの精霊が視える青年とナンバーズの精霊がベンチの周りで追っかけっこをし始める。その様子をバニーラはいつも通りのぽやんとした表情で不思議そうに見詰めていたが、不意に入口へ鼻を向けた。
一人と一匹は気付いていなかったが、誰かが内部へ入ってきたのだ。
「こらーっ!! 其処で何をしているーっ!!」
突如響いた怒号に万丈目とポンタの肩が竦み上がる。そうだ、此処は立入禁止の植物園なのだ。そんなところで騒いだのだから怒られるのも当然の話であった。
「す、すみません!!」
瞬時に万丈目は声のした方を向いて、頭を下げる。他の人に見えも聴こえもしないポンタも万丈目に倣って「ごめんなさいポン!」と謝っている。
(もしかするとWDCの取り締まり員か? 立入禁止区域に入ったのだから、WDCの参加権利を剥奪されちまうかも……。まだ一回しかデュエルしていないのに、それは御免被りたい!)
そんな風に、いろんなことをぐるぐる考えながら頭を下げ続ける万丈目の耳に聴こえてきたのは、注意してきた第三者の笑い声だった。
「え、あの……?」
「ふふふ、そんな畏(かしこ)まらなくてください。私はただのボランティアスタッフです」
「ボランティアスタッフ?」
万丈目が顔を上げると、WDCのロゴが入ったキャップを深く被った青年が入り口付近に立っていた。年齢は万丈目とそう変わらないように見えるが、つばありのキャップを深く被り過ぎていて顔立ちがよく見えない。赤いキャップから、はみ出したブラウン系の色の髪が見えるだけだ。赤いジャケットに黒色のシャツ。デュエルアカデミアの制服を彷彿させるな、と万丈目は心の中で呟いた。
「そんなスタッフがいたのか。あ、いや、いたのですね」
「ええ、WDCには大会初参加のデュエリストが多くいますから、そんな方たちをサポートするのが我々の仕事なんです。例えば、立入禁止のところにうっかり知らずに入ってしまった人に注意を促すとか」
「……大変申し訳無いです」
ボランティアスタッフと名乗る青年からにこにことした口調で諭され、万丈目の頬が赤くなる。カードの精霊の件で錯乱したり、スタッフに怒られたり、と我ながら情けない限りだ。
「すみません、デッキを片付けたらすぐ出ていきますので――」
「成程、デッキ調整をされていたのですか。私でしたら相談に乗りますよ。新人のデュエリストのサポートが私の仕事ですからね」
「え? 俺は新人デュエリストじゃあ……いや、この場合は新人に該当するのか……?」
この世界に置いては半年も満たないデュエリストだから新人に当たるのか、この俺が? そんなことを万丈目がもやもやと考えている間にもボランティアスタッフの青年は近付いて来て、ベンチから落ちたカードに視線を落とした。
「おやおや、貴方は『おジャマ』デッキの使い手ですか」
「ちょ、ちょっと、アンタ、人のデッキを……っ!」
「恥じるべきは他人に自分のデッキを見られることより、カードを大事にしていないことではありませんか」
「仰る通りです……」
あまりの情け無さに万丈目は縮こまりたくなる。しかし青年は叱責したい訳では無かったので「私はスタッフですから、デッキを見られても問題は無いですよ。事故とは言え、対戦相手のデッキを見るのはアウトですけれども」とフォローを入れると、落ちたカードを万丈目と共に拾い集めてくれた。デュエルアカデミアはクセの強い人物が多く、またプロデュエリストになってからは四方が敵に囲まれていたので、親切心の塊であるこの青年に万丈目の調子は完全に崩されていた。その様子をバニーラの隣に座ったポンタは『なんかアニキらしくないポン』と面白くなさそうに見詰めていた。
「す、すみません! 拾うのを手伝わせてしまって……」
「いえ、当然のことです。……ふむ、貴方はランク2のエクシーズモンスター使いでしたか。ランク2は元々種類が少ないうえ、効果もニッチなものが多いですから苦労することが多いでしょうね」
(ナンバーズのカードは俺の手から離れると相手からは見えなくなるから、このスタッフさんからしたら、俺のエキストラデッキはかなりスカスカに見えるんだろうな。しかもこの人の言う通り、元々ランク2は種類が少ないし、ナンバーズを入れても俺のエキストラデッキは寂しいもんだ。エクシーズ全盛期のこの世界において、エキストラスカスカデッキ野郎がWDCに参加しているってのは物凄く笑えることではないだろうか)
あれこれと考えるあまり万丈目の恥ずかしさゲージがまたしても上がっていくが、言いたいことは伝えておかなければと口を開いた。
「確かにその通りです。それでも俺はコイツ等と一緒に戦いたいんです。戦い抜きたいんです、このWDCで!」
バニーラの件よりずっと前、ナンバーズが現れるより前、カードの精霊が視えなくなったと思い込んでいた万丈目はその辛さと寂寥感から自身のデッキを使うのを避けていた時期があった。無論それだけではなく、エクシーズ全盛期のこの世界で自身のデッキが通用しないことを知りたくなかった気持ちもある。だが、自身のデッキを見る度にカードの精霊が視えなくなった事実を突き付けられているようで、万丈目は怖くて恐ろしくてたまらなかった。だから、鉄子から貰ったスタンダードデッキを客とのテストデュエルで使い続けていたし、この世界でⅥ(ゼクス)と名乗るアモンとの初デュエルでは――闇川に取られて所持していなかったとは言え――そのスタンダードデッキを使おうとしていたぐらいである。
そんな寂寥感と辛さがあっても、やっぱり万丈目はデュエルが好きだったうえ、なによりおジャマたちと共に戦いたかった。そうでなければ、子供たちから万丈目の世界には無かったおジャマサポートカードを貰おうとはしなかっただろうし、今までおジャマ軸のエクシーズデッキで戦ってこなかっただろう。
(それにイチからデッキ構築しようにもお金が無かったし)
ポンタが聞いていたら『先程までの語りが台無しポン!』と嘆かれるであろう、身も蓋も無いことを万丈目は思う。それから、恐らく何者から完成されたエクシーズデッキを丸々貰って使いこなしていたと思われるⅥ(ゼクス)ことアモンにずるいと少しだけ文句を言いたくなった。
「ふふっ、デュエリストはこだわりが強いですからね。その気持ち、分かりますよ。……ふう、これで落ちていたカードは全て拾えましたが、おや、融合モンスターの【おジャマ・キング】のサポートカード【おジャマッスル】を入れているのですね」
落ちていた最後のカードを拾い上げた青年が読み上げる。
「通常魔法のこのカードは、フィールド上に表側表示で存在する【おジャマ・キング】一体を選択、そのカード以外の『おジャマ』と名のついたモンスターを全て破壊して破壊したモンスター一体につき、選択した【おジャマ・キング】一体の攻撃力を1000ポイントアップするという効果でしたね。それにしては、その肝心の融合モンスター【おジャマ・キング】が見掛けませんでしたが……」
「ああ、それは【おジャマカントリー】の消費コスト用に入れているだけなので――」
「なんて勿体無い!」
ずいっと青年に迫られ、万丈目はたじろいだが、どうにか言い返す方向に持っていく。
「勿体無いと言われても、今更融合軸に変えられない……ってか、変えられませんよ! それにおジャマ融合軸の場合、使えるのは【おジャマ・キング】と【おジャマ・ナイト】の二種類だけですし、融合関係のカードなんて今の俺はこれぐらいしか持っていませんから!」
ウエストポーチから、闇川が鉄子に貰い、そして万丈目に押し付けた融合関係のカードの束が入った封筒を、今度は万丈目はスタッフに押し付けた。
このスタッフの青年は万丈目のデッキ構築の相談に乗ってあげようと親切心を働かせていたが、万丈目は無用と思っていた。WDC前夜、万丈目はしっかりデッキ構築しており、加えて、恐らくWDCを勝ち進んでいくうちにナンバーズも集まって自然と強化されるのでは? という期待もあった。
(小鳥ちゃんとのデュエルはギリギリだったが、ランク2のナンバーズも手に入ったし、これからも強くなっていく……はず!)
『アニキ、良い機会だからデッキを見てもらった方が――』
「黙らっしゃい!」
余計なことを言うポンタを万丈目は小声で制する。その間にスタッフは万丈目から渡された融合関係のカードの束を封筒から取り出して、まめまめしく一枚一枚チェックしていた。
「だからデッキ構築の相談に乗らなくても大丈夫です。カードを拾い集めてくださっただけで充分――」
「本当に貴方はこのカードの束を隅から隅まで確認しましたか?」
スタッフからの急な質問に、万丈目の口から出ていたお断り台詞が中断される。そういえば最初の一枚を見てげんなりしてそれきりだったな、と万丈目は思い出す。
「このカードの束をくれた方は、とても親切な方だと思いますよ」
バニーラとポンタの前で、スタッフの青年はベンチにそのカードの束を――まるでトランプを扱うマジシャンみたいに――綺麗にスプレッド(意味:流れるような動作でカードの束を扇状に一列に広げるテクニック)でカードの効果が見えるように並べてみせた。【音楽会の帝王(ミュージシャン・キング)】と【カルボナーラ戦士】が確認でき、十代とカイザーが使ったことがある【決闘融合-バトル・フュージョン】も含まれていた。
(やっぱりそんな大きく驚くようなことは)
無いじゃないか、と思いかける万丈目の視線の先でスタッフは一枚のカードを弾いて、列からはみ出させた。そのカードを見た万丈目は思わず両手で掬い上げていた。
この世界のカードは万丈目の知らないエクシーズモンスターで溢れている一方、おジャマのサポートカードも増えていた。つまり全く知らないジャンルもあれば、知っているジャンルの新たなカードももっとずっと増えていたのである。
(どうして俺は今まで気付かなかったのだろうか――融合モンスターも増えているという事実に!)
掬い上げた一枚のカードに囚われた万丈目にスタッフの青年が微笑みながら言った。
「これなら貴方のおジャマデッキでも使用できますね」
「だ、だが、融合するための【融合】のカードは三枚しか入れられない! 今更エクシーズモンスターを外すなんて――」
「外す必要なんてありませんよ、融合もエクシーズも両方使えば良いのです」
「両方、使う……?」
スタッフの提案を上手く飲み込めない万丈目は、まじまじと青年を見詰めるが、赤いキャップを被った――万丈目が見過ぎたせいで彼の片頬に大きな傷があるのが分かった――青年は「ええ」と笑っただけだった。
「融合もエクシーズも両方使うのですよ。確かにこの世界はエクシーズが主流ですが、それ以外のカードを使ってはいけないなんて誰も言っていません。そんな思い込みが貴方のデュエルの可能性を狭(せば)めるのです。エクシーズカードと他のカードを組み合わせれば、貴方のデュエルの可能性はそれこそ無限大になりますよ」
「無限大……」
ボランティアスタッフの青年に諭され、万丈目は手元の融合関係のカードを見渡した。
波間に揺らめくあの光はなんだろうか。その光の正体を知りたくて、冷たさも深さも無視して万丈目はデュエルタクティクスの海にダイブする。瞼を開けると、未知の領域がずっと遠くまで広がっている。まだ知らぬ可能性に万丈目の瞳に新たな光が宿った。それは波間に揺らめく光と同じものだった。
「恥を忍んでお願いします! 俺のデッキ構築に力を貸してください!」
デュエルタクティクスの海から顔を出した万丈目は瞬時にスタッフに懇願した。まだまだ強くなれることを知った。更におジャマたちを上手く使いこなせる道があることを知った以上、じっとなんてしていられなかった。
万丈目の熱意にボランティアスタッフは「勿論です」と確かに笑ったのだった。
∞
「おや、そろそろ午前が終わりそうです。熱中し過ぎましたね」
気が付けば、硝子の天井に映る太陽の角度も変わっていた。腕時計を見ながら言い出したスタッフの言葉に、万丈目は大慌てでベンチに広げたデッキを回収し始める。
「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。WDCの予選は三日間ありますから、これぐらいロスにもなりません」
「あ、でも、スタッフさんの大事な時間を――」
「これが私の仕事ですから気にしないでください。ああ、そうだ。貴方のおジャマデッキに合うカードを何枚か持っているから差し上げます。どうぞ貰ってください」
「いや、そこまでしてもらうなんて」
「私が持っていても宝の持ち腐れですから。ファンサービスのようなものだと思って受け取ってください」
ボランティアスタッフの青年から半ば強制的に数枚のカードを手渡され、流石の万丈目も恐縮するが、結果的に折れて受け取ることにした。その数枚のカード内容を見て、万丈目は思わず瞬きしてしまいつつも、ちらりとスタッフの顔を見上げる。赤いキャップを深く被り過ぎていて彼の瞳こそ見えないが、大会のボランティアスタッフのプロ意識の高さに万丈目は深く感心した。そして、プロという単語に連想して、エド=フェニックスを思い出していた。
「本当にありがとうございます! 俺、必ずWDCで優勝します」
「ふふふ、楽しみにしていますよ」
完成したデッキをデッキケースに収めた万丈目が深々とお礼すると、スタッフは楽しそうにもおかしそうにも笑っただけだった。
(明里さんたちといい、鉄子さんといい、コンビニ店員といい、そして天使といい、ハートランドの人たちは親切な人ばかりだな)
そんなことを思いながら、とりあえずこの植物園をでようと万丈目がベンチに座っていたポンタとバニーラに目配せを送る。途端、二匹のカードの精霊が万丈目の肩にそれぞれ乗った――と言っても、お互いに触れられないので乗るような動作だが。ガラス張りのドームから出ている最中、万丈目は不意にスタッフの名前を聞いていないことを思い出した。“天使”のときといい、万丈目はどこかおっちょこちょいのようだ。植物園を抜け、立入禁止区域ではない庭園を歩きながら万丈目がボランティアスタッフに名前を尋ねようとしたその時だった。
「やっと見付けたわい!!」
「ぐえっ!!」
急に誰かが万丈目に突撃してきたのだ。サバ折りよろしく、ガタイの良い男に抱き締められた万丈目はガチであの世を見そうになった。このままだと天国の門まで見えてきそうだったので、万丈目は渾身の力でエルボーを叩き込むが、全く効果が無い。ボランティアスタッフの青年がいなければ――彼が「放してあげてはどうでしょうか」と言わなければ――デュエルとは全く関係ないことで、万丈目は危うくWDCどころかこの世からも脱落するところであった。
「げほっ、げほっ! いきなり何しやがる!! リアルファイトで俺を脱落させる気か!?」
「リアルファイトは大会でなくても禁止ですよ」
「おお、すまんすまん。つい嬉しくて手加減を忘れちまったわい」
ボランティアスタッフの諌める言葉にも、わはは、と豪快に笑う男に万丈目は素直に殺意を覚えた。
万丈目をサバ折りするかの如く抱き締めてきた男は、麦わら帽子を被った農業従事者のような格好をしていた。背中には大きな籠を背負っており、その中にはごろごろと何かが入っているのを察した万丈目は「あんな重い物を背負っているのに、あの速度と威力かよ」とぞっとしていた。いや、待て。ぞっとしている場合ではないぞ、と万丈目は思い直す。
「貴様、確か小鳥ちゃんに襲われていた……?」
「如何にも! 見知らぬお嬢ちゃんに襲われ、篭の中の人参を食い尽くされかけたが、おぬしがデュエルで彼女の正気を取り戻したおかげで助かった者じゃ。儂の名は矢最(やさい)豊作(ほうさく)という」
「俺の名は万丈目、万丈目準だ」
「おお、おぬしの名は万丈目準というのか! おぬしに礼を言いたくて、篭の中の人参を補充してから探し回っていたが、見付かって良かったわい」
(その恩人にあんなキラーハグをするか、普通?)
がはは、と軽快に笑う矢最豊作に万丈目は自身の眉間に皺が寄るのが分かった。もう一回エルボーを叩き込みたくなった万丈目だったが、次の豊作の発言で吹き飛んだ。
「それで、おぬしにどうしても御礼をしたくての! どうか儂の御礼を受け取ってくれい!」
「え、御礼!? いや別に御礼なんて、でもどうしてもって言うのなら貰ってやっても――」
断りつつも貰う気満々で何が貰えるのか、とわくわくする万丈目に豊作はスマイル全開で告げた。
「篭の中の野菜を選り取り見取り貰ってくれい!」
「いえ、お気持ちだけで結構です」
「すべて貰っても構わんぞ!」
「結構です」
「ほらほら好きなだけ〜」
「マジで結構だっての!!」
人参がたんまり入った籠を豊作に押し付けられ、万丈目は割と本気で抵抗する。あまりの抵抗に豊作はハッと気付いた。
「もしかすると、おぬし、野菜嫌いか?」
「うっ!」
「特に籠に一番入っている人参が苦手か?」
「ぎゃあ!! おいコラ、貴様! 俺様に人参を近付けるな!」
人参を持って近付く豊作に、万丈目は恐怖の形相で離れた。
「うぬぬ、そこまで嫌うか! 儂は野菜嫌いが一番我慢ならないのじゃあ!! 万丈目準、おぬしにデュエルを所望(しょもう)する!!」
「それが恩人に対する態度かよ!?」
「それはそれ、これはこれじゃい!!」
とにかく、デュエルが始まる予感に万丈目の胸が高まった。今まで感じることが多かった恐怖ではない、先程構築し直したデッキの実力を試せるチャンスに気分が高揚する。
「ところで、そこの赤い帽子を被ったおぬしは何者じゃい?」
「WDCのボランティアスタッフさんだってさ」
「ふぅん? そんなのいたか――?」
「まずデュエルするのでしたら、その重い籠を下ろしては如何ですか?」
「それもそうじゃな」
豊作の質問に万丈目が答える。その回答に豊作は一瞬怪訝な表情を浮かべたが、そのボランティアスタッフに流され、とりあえず野菜が大量に入った籠を置いた――万丈目と豊作の間に。
「待て、何故そんな目立つところに置く?」
「そりゃあ、野菜デスマッチをしようと思っての」
「野菜デスマッチ〜?!」
「手探りで野菜を一個食べてからドローするルールじゃ。ちなみに考案者は儂じゃ」
「ふっざけんな! 絶対に俺は食べないからな!」
「ならば、おぬしが負けた場合はハートピースを儂に渡し、そしてこの篭の中の野菜を全て食べてもらおうか!」
「な、なんて恐ろしいことを考えやがるんだ……っ!」
『いや、野菜ぐらい食べろよ……ポン』
豊作の発言に本気で恐れる万丈目に、雑食の狸であるポンタは呆れた声を上げる。
「! おい、タヌキ。貴様なら野菜なんてちょちょいのぱぁだろ?」
『オイラはナンバーズの精霊だから食べなくても大丈夫だポン。アニキ、これを期に好き嫌いを治すポン』
「この裏切り者がぁぁああーっ!」
『あんなに面倒を看てやったのに、それは無いポン!』
「では、そろそろデュエルを執り行いましょうか」
ポンタに怒る万丈目だったが、ボランティアスタッフの青年の発言で我に返った。
(WDCで優勝するためにも、野菜を食べずに済むためにも、このデュエルは絶対に負けるわけにはいかない!!)
闘志を燃やす万丈目に、その理由を知っているポンタは呆れ返り過ぎて声すらでなかったが、とにかく『最後まで一緒に』の約束は守ってほしいな、と微かに祈る。バニーラはバニーラで篭の中の野菜へ興味深そうに鼻を動かしていた。
「デュエルディスク、セット!」
夏の花が咲く植物園前の庭園にて、万丈目は腰のベルトに付けていたDパッドを勢い良く放り投げる。展開したデュエルディスクを左腕に装着するや否や、先程ボランティアスタッフの青年と共に構築し直したデッキを万丈目はセットした。
「Dゲイザー、セット!」
声を上げて万丈目はDゲイザーも天高く投げ投げ、左目に装備する。その間に豊作もデュエルの準備をし終え、スタッフの青年もポケットから取り出したDゲイザーを装着した。
『ARヴィジョン・リンク完了』
お約束の機械音声と共に降り注ぐ数字の羅列を受け、万丈目の黒コートがはためき、帝の鍵も揺れた。
「デュエル、開始!」
双方の中央に立ったボランティアスタッフの青年が号令をあける。万丈目にとっての、WDC二回戦目がはじまった瞬間だった。
つづく
※あとがき
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い申し上げます。
諸事情により恐らく今年2024年の夏の途中までしか創作活動が出来なくなりそうです。
それまでは無理しない程度に出来る限り書いていく所存です。
(理由は聞かないでね)
以前、コメントで「龍可が他の人のデッキを使っているのは違和感を覚える(意訳)」という感想を戴けたので、今回のお話では少しそれを交えて書いてみました。
万丈目のカードの精霊はいなくなっちゃったよね、ということは龍可も……?
Ⅵ(ゼクス)ことアモンもどうして愛しの女性エコーの遺志が宿った【究極封印神エクゾディオス】のカードを使わないのか。
少なくとも、万丈目が挙げた理由の一つ「イチからデッキを構築するための資金が無い」ではないことは確かである。