【遊馬と万丈目で】 YU-JO!【時空を超えた絆】   作:千葉 仁史

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第二節 ウラ・ネコ・大判振る舞い、トドにサメ

1:After The World

 

 雨が降っている。

 三次元の境目すら不明な暗闇の中、音のない雨が降り注ぎ、身体に当たる冷たい雫でその正体を知る。独りでとぼとぼ歩いていると、目の前に蹲(うずくま)った人影が現れた。

 

 万丈目が人影に尋ねる、「何をしているのか」と。

 人影は万丈目に答える、「探し物をしている」と。

 

 其れに対し、万丈目は「手伝う」と言った。人影に倣(なら)って、暗黒のなか万丈目は手探りする。地面すれすれで手の平を這わすが、その先にぶつかるものなんて何もなかった。もしかすると、探し物は地面に寄り添うぐらいの薄いものなのかもしれない。其処まで考えて気が付いた。何を探しているのか分からなくては探しようがないではないか!

 

「いったい貴様は何を探しているのだ?」

 

 万丈目が問い掛けるが、人影は何も応えない。その生意気な態度に苛々した万丈目は矢継ぎ早に尋ねた。

 

「あの赤い傘か?」

「違う」

「ノース校の黒コートか?」

「それではない」

「シルバーのデュエルディスクか?」

「それでもない」

「では、何を失くしたというのだ!?」

 

 その質問に答えるように人影がぬっと立ち上がった。真っ暗闇だというのに、プロジェクションマッピングの光線が射すように人影の風貌が足元から明かされていく。

泥塗れの黒い靴、破けた黒いズボン、切れ目が入り傾いた黒いコート、濃い染みが浮かぶ紫色のネック服、割れたデュエルディスクを身に付けた左腕、デッキを握り締めた右手、そして怖(おそ)ろしいほどの白皙(はくせき)が浮かび上がっていく。

 その人物の風貌に万丈目は声も出せなかった。相手が全身血塗れだったからではない。その男の正体が――今の彼自身すら知らない――此の世界に飛ばされたばかりの万丈目準の姿だったからだ。

 

「《これ》を探しているんだ」

 

 今もなお血を滴らせる左手を満身(まんしん)創痍(そうい)の彼は万丈目に近付ける。血の発信源となる、その左手の薬指の先は――。

 

 

 2

 

 声にならない絶叫と共に万丈目は飛び起きた。心臓がバクバクする、呼吸は乱れ、汗で前髪が額にくっついている。カーテン越しの窓の外のネオンは深夜を訴えていたが、雨の音はしていなかった。

 

「夢、か……?」

 

 思わず包帯で覆われた左の薬指を触る。柔らかな感触に絶望感を覚えた。やっぱり、無い。失(な)くしたままだ、夢だけど夢じゃない。

 気分を少しでも払拭させようと、上半身を起こしたまま、万丈目はハァと大袈裟に息を吐いた。それからぐるりと辺りを見渡した。薄明かりのなか、立派な勉強机、本棚とベッドが揃っているというのに、この部屋の持ち主はロフトに住み着いている。幼い頃は万丈目も秘密基地みたいに憧れたものだが、中学一年生になっても遊馬のその想いは変わらないものらしい。おかけで万丈目の部屋として貸し出されたが、部屋の主(あるじ)を差し置いて使うという図々しさに居心地の悪さを感じる彼の気分なんて露知らず、当の本人は屋根裏のハンモックで高鼾をかいている。

 そんなこんな考えていると、夢の内容はとうに忘却の彼方に追いやられていた。だが、気持ち悪さだけが蜷局(とぐろ)を巻いた蛇のように居座っている。その蛇を早く追い出したくて、何気なしに万丈目はベッドサイドに置かれた《帝の鍵》を手に取った。

 

(この鍵といい、ナンバーズといい、不思議なことばかりが起きているな。もっともアカデミアの時もそうだったが)

 

 遊馬の《皇の鍵》と同じように紐で括ってもらったそれを見つめていたら、不意に視線を感じた。ぼんやりと頭を上げると、此方をまじまじと観察する空中に浮かぶ水色の幽霊が目に入ってきた。

 

「うっわ!」

 

 驚きのあまり身体を反らした結果、万丈目は壁に頭を強(したた)か打ち付けてしまった。最悪! 今ので完全に目が覚めてしまったではないか!

 

『万丈目、何をそんなに驚くことがある?』

「さん、を付けろ! アストラル、急に現れるんじゃねぇ!」

『そんな大声を出すと、遊馬たちが起きてしまうぞ』

「ムムム……」

 

 アストラルの指摘に万丈目は慌てて自身の口を塞いだ。いったい誰のせいで声を出す羽目になったと思っている!?

 

『随分と魘(うな)されていたようだが?』

「問題ねぇよ!」

 

 アストラルの発言に万丈目が噛みつくように反論すると、短く「声」と注意された。感情で簡単に跳ね上がる声のボリュームを調整しながら、万丈目は夢の残滓(ざんし)たる左の薬指に触った。

 毎日が明るくて楽しいものだから、時折忘れてしまうのだ――自身が何処から来て、何をすべきか、どんな大怪我を負ったのか、あのリハビリの辛さすらも。

 そして、思い出せないのだ――自身が何故どうやって此処に来たのか、どうしてカードの精霊が見えなくなったのかさえも。

 

『どうした、万丈目』

「だから、万丈目さん、だ。……貴様が来てから只でさえ賑やかな遊馬が更に賑やかになったな、と思い返していただけだ」

 

 反省を生かし、万丈目は小さな声でアストラルに言い返す。

 

『確かに色んなことがあった』

「ああ、そうだな」

 

 宙に浮いたまま、思い出すように目をつむったアストラルが腕を組む。そんな彼の体勢は今宵の三日月に似ている。遊馬と己にしか見えない存在を見上げながら、万丈目はこれまでの記憶を拾い集めていった。

 

 

 3

 

「どうして俺についてくるんだよ!」

 

 朝から遊馬の叫びが響き渡る。手持ち無沙汰にケチャップでオムレツにグルグルを描く明里が万丈目に「遊馬の奴、最近独り言多くない?」と話し掛けてきた。彼女の弟同様、帝の鍵を首からぶら下げた万丈目は明後日の方角を見つつ「一年早い中二病ってヤツです」と答えるしかなかった。

 

 鉄男のデッキを賭けたシャークとのデュエルの最中に現れた謎のモンスターエクシーズのナンバーズに、デュエリストの幽霊のようなアストラル、不思議な白昼夢と共に復活した皇の鍵と、その破片から再生して出来た帝の鍵。そんなハプニングてんこ盛りのデュエル終了後から数日が経過した朝の出来事であった。

 

『分からないが、私にも離れられないのだ』

「なんでもいいから俺から離れろって!」

『それは私も同じ。言ったろう、離れたくとも離れられないと』

 

 廊下から聞こえる口喧嘩に万丈目は嘆息を吐いた。遊馬と万丈目にはアストラルの声は聞こえるが、他の人には遊馬の声しか聞こえないのだ。端から見ると、遊馬はトイレで叫ぶ変人にしか見えない。

 デュエルアカデミアの学生時代において、あのカードの精霊共がトイレに現れなかったことに万丈目は心から感謝した。もしトイレにまであの気持ち悪い雑魚共が現れて、わぁわぁきゃあきゃあ耳元で騒がれたら、己は百パーセントブチ切れていただろう。

 

『私には何か重要な使命があったはず……ナンバーズを手に入れれば思い出すかもしれない』

「……ったく、記憶喪失の幽霊なんて聞いたことないぜ」

『それはそうと幽霊とはなんだ? いつ発動する? 私はまだ答えを聞いていない』

「うるさい! ンなこと気にするなよ!」

『では、別の質問をしよう。何故、私はこの中に入ってはいけないのだ?』

「ぎゃあーっ! 入ってくるな! 駄目ダメだめーっ! 人はエネルギーの排出の所を見られると死んじゃうんだって!」

『なんと! 人間は食べては出すという永久コンボをするが、出す瞬間を見られたら死んでしまうというのか! これは記憶しなければ』

「記憶しなくっていいっつーの!」

 

 一人賑やかすぎる遊馬に、明里のケチャップを握る力が強まり、ブチョッと変な音を立てた。次の展開が読めてきた万丈目は彼用の食器を洗い場に置くと、慌てて廊下へすっ飛んだ。

 

「遊馬、まずいぞ。明里さんがキレかけだ。早く出てきた方がいい」

「姉ちゃんが!? やっべぇ!」

 

 万丈目の告げ口を受けた遊馬がトイレから飛び出した。手を洗い終わったのを確認すると、万丈目は遊馬に学生鞄とライダージャケットとヘルメットを投げ飛ばす。

 

「明里さん、説教ついでに遊馬を学校まで送ってきます!」

「万丈目くん、遊馬をた~っぷり説教しといてね……って、あれ?」

 

 さり気なく遊馬を甘やかす行為に明里が気付く前に、黒のライダージャケットを羽織った万丈目は彼女の弟を連れ、バイクに跨がったのだった。

 

「遊馬、アストラルは俺と貴様にしか見えていないのだ。もう少し、周りを見て会話しろ」

「でもよぉ……」

「でももだってもへちまもない!」

 

 青信号になった交差点を真っ直ぐに進む。万丈目のライダージャケットにしがみつきながら、遊馬がブーたれていた。

 

「アストラル、貴様もだ! お喋りは程ほどにしとけ」

『私はトンマのことを少しでも理解したいと思ったまでだ、デュエルで苦労するからな』

 

 ミラー越しに遊馬の背中に凭れるように体育座りをするアストラルの台詞の前半に感激しかけた万丈目だったが、後半にがっくりとしてしまった。昨日行われた【No(ナンバーズ).34 電算機(でんさんき)獣(じゅう)テラ・バイト】を巡るデュエルの反省を生かすためであろう。遊馬は器用に後ろを向いて舌を出している。その意味が分からないアストラルは、はてなマークを飛ばすだけだった。

 

 三枚目のナンバーズ――【No.34 電算機獣テラ・バイト】との邂逅は万丈目たちが思っていた以上に早く訪れた。遊馬のクラスの担任・右京先生に取り憑いたのだ。ハートランドシティのシステムに忍び込んだコンピュータウイルスの爆発を止めるために、犯人たる右京先生と遊馬がデュエルしたのだが、それはそれは酷いものだった。まずアストラルが口を挟む、遊馬が反発する、後先考えない行動を取る、タクティクス・コンボが無茶苦茶になる。怒鳴るを通り越して泣きたい気分にすら万丈目は駆られたが、遊馬の「このデュエル、お前の言うことは絶対に聞かない! お前が右と言ったら俺は左に行くの!」という意地っ張りを逆手にとったアストラルによって軌道修正され、どうにか勝利することが出来た。

 そうして、アストラルは学習したのだ。反抗しがちな遊馬をコントロールしてデュエルに勝つためにも、彼を理解しなければならない、と。

 だったら仲良くした方が早くね? と万丈目は言いたかったが、それが出来るのなら苦労はしないだろう。

 

「遊馬、運転中に《あっかんべえ》は止めろ。危険だ。あと、貴様のデュエリストレベルが低いことを少しは自覚しろ」

「万丈目まで俺を馬鹿にする!」

「さん、だ!」

 

 膨れっ面になる遊馬に万丈目は肩を落とした。彼としては遊馬の肩を持ちたいところだが、ナンバーズを集めれば、アストラルの記憶が戻り、世界渡航の方法が判明し、万丈目は元の世界に帰ることが出来るのだ。是非とも、遊馬にはアストラルに協力して貰わなくてはならない。

 

「ほらよ、学校に着いたぜ」

「は~い、行ってきまーす」

 

 面白くなさそうな顔をする遊馬をどうにかしてやりたくて、ヘルメットを脱いだばかりの彼の頭を、がしょがしょと万丈目は撫でた。

 

「なにすんだよ!」

「いっぱい勉強して、いっぱい喧嘩して、いっぱい決闘(デュエル)しろよ。そうすりゃあ、きっと強くなれる。アストラルの小言を受けないぐらいにな」

 

 言い終わってから、らしくないことをした、と気付いた。無性に己の頬が熱い。遊馬の顔を直視することができず、とっととバイト先へ行こうとした。

 

「万丈目!」

「さん、を付けろ!」

「ありがとな!」

 

 万丈目が振り向かなくても、その台詞だけでどんな風にしているのか――両手を笑顔で振っている遊馬が安易に想像できる。くっそ恥ずかしい奴! と口の中で悪態を吐くと、万丈目は片手だけ振って鉄子のカードショップへ向かったのだった。

 

 そんなやり取りをした日の夕方、万丈目がお店で模擬デュエルの片付けを行っていると、一人の中学生が購入したばかりの幾つかのカードパックを開封していた。カードショップなのだから取り立てて珍しい光景でもないのだが、遊馬と同じ制服で同じ色のタイをしていたものだから、「アイツと同じクラスかもな」と万丈目は視線で追っていた。帽子を被り、眼鏡をした背の低い学生はパック内のカードを確認すると「くずカードしかないウラ」と呟いたや否や、ゴミ箱へ捨てようとしたのだ。

 

「おい待てよ!」

 

 万丈目が声で制止するも、注意された小さな中学生は怪訝そうな表情を浮かべただけだった。

 

「カードを捨てるなよ、可哀想だろ」

「可哀想? それを言うなら、こんなゴミカードの為に小遣いを使ってしまった俺の方が可哀想ウラ」

 

 なんて可愛くない中学生だろう! 接客態度を忘れて怒鳴ろうとする万丈目に男子中学生は鼻で笑っただけだった。

 

「世の中、強いカードがあれば充分ウラ。弱いカードなんてゴミと一緒、そんなカード、欲しけりゃくれてやるウラ!」

 

 カードが床に投げ捨てられていく。貴様! と今度こそ叱ってやろうとしたが、鉄子に「万丈目くん!」と止められてしまっているうちに生意気な中学生は店を出て行ってしまっていた。

 

「あンにゃろ、酷いことしやがって」

 

 床に落ちたカードを拾い集めてみると、【巨大ネズミ】【逆ギレパンダ】【切り込み隊長】等、万丈目の知るカードばかりだった。思わず目を細めて懐かしいと思う反面、悲しくなってきてしまう。

 

「すみません、鉄子さん。お店で騒いでしまって」

「気にしなくていいの。最近、ああいう子多いのよね。強いカードだけ抜き取って、後は捨ててしまうっていうのが」

「カードを大切に出来ない奴はデュエリストですらありませんよ」

 

 今の万丈目にはそんな悪態を苦々しく吐(つ)くので精一杯だった。

 

「そのカード、どうするの?」

「アイツがデュエリストになったら返してやります」

 

 拾い集めたカードを緑色のベストのポケットに丁重にしまい込む。そんな日がくるかどうか分からないが、万丈目には待つしかなかった。

 

「万丈目くん、変わっているよね」

「へ?」

 

 いきなり店長に言われ、従業員は目を丸くする。何をどうしてそんな結論になったのだろうか?

 

「普通はカードが《可哀想》じゃなくて《勿体無い》って言うからさ」

 

 それは万丈目にカードの精霊が視えていたからだ。そんな彼等の声を聞いて、いらないと古井戸に捨てられていたカードを拾ったことさえあった。今でこそカードの精霊が視えなくなってしまったが、精霊が宿っていないカードだとしても、これまで通り感情移入して大切に扱い続けるだろう。だが、そんなことを説明できる訳がなく、万丈目が頭を掻いていると「それって、八百万(やおよろず)ってやつ?」と鉄子が結論付けてきた。

 

「ヤオヨロズ……ですか?」

「ほら、物を大切にしていたら意思が宿るっていう、あれよ。万丈目くん、私が貸したスタンダードデッキ、あんなに大事にしているし、そうなのかなぁって。……そういえばデッキで思い出したけれど、あの商品券で何のモンスターエクシーズを買ったの?」

 

 目をキラキラして尋ねる彼女に、万丈目は冷や汗が流れた。

 

(い、言えねぇ! 鉄子さんの御厚意で頂いた商品券で遊馬のモンスターエクシーズを買っちまったなんて)

 

 ところがタイミング良く客から模擬デュエルの依頼があったおかげで、この話題から逃げることに万丈目は成功したのだった。

 

 次の日の夕方、鉄子のカードショップに学校帰りの遊馬たちが訪れた。

 

「万丈目、鉄子さん! 遊びに来たぜ!」

「コラッ、俺にもさん付けしろ」

 

 遊馬と万丈目のいつも通りのやり取りに小鳥がクスリと笑う。鉄男は「相変わらずだな、遊馬のやつ」と苦笑いした。

 

「遊馬くん、たまには買い物してよね。じゃないと、明里にバラしちゃうぞ」

「鉄子さん、勘弁してくれよ~」

 

 鉄子からの脅しに遊馬が頭をペコペコ下げるのも、万丈目からするとお馴染みの光景だ。ふと、最後に入ってきた鉄男の後ろに誰かが居ることに彼は気が付いた。

 

「遊馬、新しい友達か?」

「そうなんだよ、コイツ、表裏徳之助って言って俺の新しい仲間なんだ!」

 

 そう言って万丈目の前に引き出されたのは、昨日カードを捨てた中学生だった。遊馬は徳之助に「万丈目、俺の親戚の兄ちゃんでデュエルの師匠なんだ」とニコニコ紹介するが、当の本人二人は固まってしまった。あ、昨日の、と鉄子が声を漏らした途端、徳之助が猛スピードで頭を下げた。

 

「昨日はごめんなさいウラ! 俺、遊馬とデュエルして変わったウラ! だから――」

「ほらよ、預かっていたカードだ。返すぜ」

 

 万丈目が徳之助にカードを手渡す。理由が分からない遊馬に万丈目は「忘れ物を預かっていただけだ」と言っただけだった。平身低頭にしてカードを受け取る姿を見たら、昨日の怒りがすーっと晴れていくのを感じた。中学生らしく素直に謝れるじゃないか。

 

「なんだ、徳之助、万丈目と知り合いだったのか! 万丈目ってデュエル詳しいし、優しいし、良い奴だろ!」

 

 屈託なく笑った後、遊馬は徳之助を連れて店内を見て回っていく。遊馬はよく「デュエルをすれば、仲間だ」と言っていた。何があったか分からないが、そんな遊馬とデュエルを通して徳之助の考えが変わったようなら、万丈目はもうそれで良かった。無論、遊馬に「さん、だ!」と訂正することも忘れない。

 

 その一瞬、デュエルすることで人を変えることができ、彼自身すらも変えてしまった男が万丈目の脳裏に過(よ)ぎったが、彼は首を横に振って払ったのだった。

 

 

 

『万丈目、既に君は徳之助と面識があったのか』

「さんを付けろ、アストラル!」

 

 月夜が静かに傾いていく。訂正した後、万丈目は「まぁな」とアストラルにおざなりに返事する。目が覚めてしまったので、万丈目はこれまであったことを幽霊と話していた。

 遊馬が徳之助とのデュエルでナンバーズを二枚も取られ掛けて危ない目にあったことをアストラルから聞かされたのは、徳之助を紹介された日の夜のことであった。徳之助に様々なあくどいことをされたというのに許してしまうのは、遊馬らしいといえば遊馬らしい。

 

『遊馬が紹介する前にキャッシーと会ったことがあると言っていたが、もしかするとロビンにも以前に会ったことがあったのか?』

「いや、それはない」

 

 興奮して尋ねるアストラルに万丈目が即答する。あからさまにしょんぼりするアストラルを余所(よそ)に、万丈目はキャッシーとの出会いとエスパーロビン事件を思い返していた。

 

 キャッシーとの出会いといっても、なんてことのない。彼女の猫が鉄子のショップに入り込んでしまったのを、一緒に探したことがあるだけだ。人見知りの少女がもじもじしながら頼み込んでくるのを見たら、通常ならいじらしく見えるかもしれない。だが、万丈目は天上院明日香一筋のうえ、昼食に出掛けた鉄子が帰ってくる前に見付けなければヤバい、としか考えられなかった。ねこじゃらしを持って「る~るる~」と猫を誘い込んだまでは良かったが、その姿を早めに戻ってきた鉄子と明里に目撃された挙げ句、二人の女性の登場に驚いて飛び出した猫を抱えて、これ幸いとばかりにキャッシーは礼もせずに逃げてしまったため、万丈目はとんでもなく恥ずかしい思いをしたのだった。

 

(おかげで今でも「る~るる~万丈目く~ん」と鉄子さんにからかわれるし)

 

 だから、小さな仕返しも込めて、鈍い遊馬が彼女の想いに気付く手伝いをしてやる気は更々ない。最も、己より先に遊馬にカノジョが出来るのが癪でもあり、キャッシーがいるときの小鳥の目が異様に怖いからでもある。大人気ない? 知るか、そんなこと!

 

 エスパーロビン事件はナンバーズ絡みだった。【No(ナンバーズ).83 ギャラクシー・クィーン】に取り付かれた奥平風也こと、エスパーロビンとのデュエルにおいて、遊馬とアストラルは見事結託していた。二人とも風也が抱えていた寂しさに同情したらしい。母親からの重圧に耐えきれず、ハクションならぬフィクションの世界の住人となってしまった風也だったが、遊馬とのデュエルを通して、無事に帰還することに成功した。

 遊馬の依頼で小鳥が連れてきた風也の母親は、二人の少年のデュエルを見て全てを理解したようだった。あなたを苦しめてごめんなさい、と涙する風也の母親を見ていたら、万丈目の脳裏に兄たちが思い浮かんできた。兄たちは万丈目準を苦しめたなんて微塵も思っていないだろうし、彼もそうされたとは思っていない。万丈目家の三男坊として兄たちへ向ける感情に対する明確な答えは未だ出ていないし、その答えが出るときがくるとしたら、己がプロデュエリストとして頂点に立ったときだろう。

 

(この世界に来てから数ヶ月が経過している。兄さんたち、どうしているのだろうか? 俺を探してくれているのだろうか、それとも……)

 

 帝の鍵を握り締める。この時ほど、早く帰らなければ、と万丈目が思ったことはなかった。

 その日から遊馬とアストラルと一緒にエスパーロビンを観るのが日課になった。子供向きと思っていたが、これが意外に面白いのだ。明里にバレないよう、音を立てないように少年・青年・幽霊と三人揃って体育座りする様子はなんとも形容しがたい光景であった。

 

(それにしても、今日は本当に厄日だったぜ。鉄子さんにも明里さんにも迷惑を掛けちまうし、とどめに悪夢は見るし。恨むぜ、等々力)

 

 万丈目がカーテンを捲(めく)る。白み始めすらしない夜空を見つつ、万丈目はアストラルや遊馬にすら話していない、今日の出来事――悪夢を見るきっかけを黙って思い返してみた。

 

 

 5

 

「トドのつまり、遊馬くんはナンバーズが無かったら、全くのへっぽこデュエリストなんです!」

 

 今日の放課後のことだ。鉄子のカードショップにて、常連の水色髪の少年客――等々力孝が万丈目との模擬デュエル中に愚痴りだした。

 

「はぁ? 何を唐突に言い出すかと思えば、遊馬のことかよ」

「だって可笑しいじゃないですか! こんなに努力している僕を差し置いて急に強くなるなんて!」

 

 委員長のあだ名を持つ彼は万丈目との模擬デュエルを通して次第に強くなっていったデュエリストだ。勝率最底辺だった遊馬が急に強くなったことが余程悔しいらしい。

 

「ナンバーズとデュエリストの幽霊が彼に憑いてから強くなるなんて、ズルいじゃないですか!」

(ズルいと言われてもなぁ)

 

 万丈目からすると、遊馬のデュエルタクティクスをRPGで表すならば、最初の町の周りに登場するゴブリンを苦労して倒していたレベルから、どうにか一撃で倒せるようになったようにしか思えなかった。第一、あの不良ことシャークとのデュエルも【No.39 希望皇ホープ】を手に入れなければ危ういものだった。そもそも、テーマ性皆無のあのデッキで勝てたことが奇跡だ。それならば、目の前の少年・等々力孝の機械族デッキの方がまだ勝率は高いように思われる。

 

「もしかすると、万丈目さん、身内だからといって特別訓練を……っ!」

「それはねぇよ。俺はただルールの基礎を叩き込んだだけだ」

「それだけであんなに強くなれるもんなのですか!」

「等々力、落ち着け。ヒートアップしすぎだ」

 

 手札をテーブルに伏せて、等々力を万丈目が諫(いさ)める。優等生たる彼は劣等生たる遊馬のウナギのぼりの勝率が我慢できないようだ。

 

「だから、ナンバーズ無しで勝たなければ遊馬くんの真の実力とは言えないんですよ!」

 

(いや、ナンバーズとかそういう問題でも無いだろ)

 

 等々力の発言に万丈目は心の中で瞬時にツッコミを入れた。ナンバーズ以外であれから遊馬が何枚のモンスターエクシーズを手にしたか分からないが、あのデッキで勝つのは未だ困難のはずだ。シナジー皆無の遊馬のデッキを隅から隅まで見た万丈目だからこそ言えることだった。加えて、デュエルタクティクスは稀(まれ)に目を見張るものがあるとはいえ、まだまだ稚拙だ。これから彼はたくさんのデュエルを通して成長しなくてはならない。第三者たる万丈目やアストラルの助言なしで活路を見いだせるぐらいに、プレイングを磨き上げる必要がある。そうして多くのデュエルの経験を重ねた結果、足りないカードや死に札になりがちなカードを見極められるようになり、自身のデッキを再構築できるだけの見聞と知識が広がっていくのだ。

 

「だったら、等々力、貴様が遊馬とデュエルしたらいいじゃないか?」

「万丈目さん! それで僕が負けたらどうするんですか!?」

「あのなぁ、そんなの俺が――」

 

 知るかよ、と言い切る前に等々力のDゲイザーが鳴った。あ、もう帰るの? と一安心した万丈目だったが、電話に出るため背を向けていた等々力がいきなり腕を掴んだ。

 

「分かりました! 万丈目さんを連れてすぐに向かいます!」

「お、おい!? 俺様はまだ仕事中――」

「今は休憩時間です!」

 

 ピッとDゲイザーを等々力は力強く切り、万丈目の腕を掴んだまま歩き出す。その貴重な休憩時間に押し掛けて、模擬デュエルならぬ愚痴デュエルを始めたのは何処の何奴だと万丈目は問い詰めてやりたかった。

 

 何処へ何しに行くのか知らされぬまま等々力にズルズルと引き摺られ、店から出た万丈目らが向かった先は薄暗い路地であった。少年に引かれるままに路地に足を踏み入れた途端、万丈目の頭に電気が走り、黒コートを着た己が路地に飛び込む映像が浮かんだ。

 

(今のは、前の世界の記憶……?)

「万丈目さん、こっちです!」

 

 一瞬両足をふんじばった万丈目だったが、一ヶ月前まで入院していた身体が元気いっぱいの中学生に敵う訳がなく、どんどん路地裏を進んでいく。パチリパチリと万丈目の脳内に火花が爆ぜ、全身の毛が逆立つような、それでいて皮膚の裏を汗が這い回るような気持ち悪さを感じていた。黒コートの己が路地裏を無茶苦茶に走り回るヴィジョンも切れ切れに次々と浮かんだが、意味を掴み取ろうとすると脳内に飛ぶスパークが邪魔をする。それにこんなに歩き回るのも久しぶりだ。謎のフラッシュバックと相まって、万丈目は頭がクラクラしてきた。

 ようやく辿り着いたのは何もない行き止まり――ではなくて、裏寂(うらさび)れたゲーセンであった。チカチカと壊れ掛けのネオンが怪しく光る空間に等々力の足は止まったが、それも須臾(しゅゆ)のことに過ぎず、彼はドンドン進んでいった。

 

「小鳥さん、助けにきました!」

 

 悪の秘密基地のように自動扉が開く。HEROよろしく勢い良く乗り込んだ等々力だったが、周りの面々を見てすぐさま凍り付いた。

 

「委員長に万丈目さん!」

 

 助けに来てくれたのね! と言いたげな小鳥が等々力にDゲイザーでHELPコールをしたのだろう。そんな彼女はガタイの良い不良たちに囲まれ、鉄男はドレッドヘアをした凶悪面の男に拘束され、遊馬は刈り上げ野郎に逆さ吊りにされており、アストラルも逆立ちしたように遊馬に寄り添っている。年齢層は高校生以上の、此処は質(たち)の悪すぎる不良らの巣窟だった。

 

「ま、万丈目さん……」

 

(何も知らされずに連れて来られて、これかよ)

 

 自身の後ろに隠れる涙目の等々力を万丈目は前に突き出してやりたくなった。状況を理解する前から頭痛が強くなっている。それを無視するように万丈目は息を吐いてから啖呵を切った。

 

「おい、貴様ら! 遊馬たちを離せ!」

「このツンツン坊主同様、威勢の良い兄ちゃんだなぁ。おい、お前ら、歓迎してやんな」

 

 遊馬を掴んだまま刈り上げ野郎が吠えた。それを皮切りとして、下品な笑い声が万丈目を取り囲む。彼の脳裏で火花が今までよりも強く散った。だが、ヴィジョンは現れず、真っ白なままであった。後方で等々力が「やっちゃって下さい!」と言っているが、上手く聞き取れない。逃げるという簡単な考えさえ浮かばない。身と心が分離する幻すら見える。万丈目の異変を感じ取った遊馬が叫ぼうとした時だった。

 

「やめろ」

 

 一つの声が薄汚れた空間を切り裂いた。カツカツと音を立てて奥の部屋から現れたのは、遊馬とのデュエルで敗れた不良少年だった。シャーク、と遊馬は一声漏らした。

 

「陸王、其奴等(そいつら)を放してやれ」

「此奴等(こいつら)、お前の知り合いか?」

 

 ああ、とシャークがドレッドヘアの男・陸王に短く肯定する。

 

「海王、放してやれ」

「あんちゃんも甘いねぇ。餓鬼共、命拾いしたな」

 

 陸王の命令に刈り上げ野郎――弟の海王が従う。急に解放され、床に叩き付けられた遊馬と鉄男が呻いた。興が冷めたのか、リーダーと副リーダーに続いて不良共がゲーセンから出て行く。その光景を何も考えられない頭で万丈目はぼんやりと見ていた。此処はお前らの来る場所じゃねぇ、と言い残して去ろうとするシャークを遊馬が「待てよ」と呼び止める。

 

「お前に用があって来たんだ。俺ともう一度デュエルしてくれ!」

 

 遊馬が告げると、シャークの歩みは一瞬止まったが、また歩き出してしまっていた。

 

「それは無理だ。俺はデュエルを辞めたからな」

 

 シャークの告白に今度は遊馬たちの動きが止まる番だった。万丈目が危惧した通りになってしまっていたのだ。

 

「もう二度とやる気はねぇ」

 

 そんな台詞だけ残し、光と闇の世界を仕切るかのように自動扉は閉まっていった。

 

 中学一年三人だけで不良の溜まり場へ突入なんて、いつもの万丈目だったら無謀の極みだと嫌みと説教を炸裂させていただろう。しかし、最早その元気がなかったため、彼は路地から出るや否や、理由も聞かずに「まっすぐ帰れよ、餓鬼共」と言い残し、万丈目は子どもたちを置いてよろよろと一人で店へ戻っただけだった。

 店に戻った万丈目を休憩時間オーバーで叱ろうとした鉄子だったが、彼の顔色の悪さを見て奥で休むように告げた。明里に迎えに来るように言おうか? と心配する鉄子に万丈目は「少し休んだら大丈夫です」と小さく答えた。

 

(路地裏、不良、そして――)

 

 ソファーに横になりながら、万丈目は体調不良の原因を探った。あの火花と映像はなんだったのだろうか。前の世界のものには間違い無いのだが、万丈目には路地に迷い込んだ記憶なんて存在しなかった。デジャヴなのだろうか。

 脳内がかき回され、グルグルする。ブラックコーヒーにホワイトミルクが垂らされる。混ざることなく、渦のように何周もミルクが回っていく。延々と続く繰り返しに、何でもいいから終わりが欲しいと思った。

 

(赤い傘、黒コート、シルバーのデュエルディスク、左の薬指の――)

 

 結局、明里が車に迎えに行くまで彼は苛(さいな)まれ続けたのだった。

 

 

 6

 

「鉄子さんには明日は来なくて良いって言われるし、明日は明日で明里さんが付き添ってくれて病院の検査に行く羽目になるし、本当にツイてねぇ」

 

 今日の出来事の再生が脳内で終わり、万丈目はうんざりした様子で枕に突っ伏した。あの路地に入ったことがきっかけとなり悪夢を呼び起こしたのは分かったのだが、さっぱり理由は分からない。

 

『万丈目、何故、遊馬があの路地裏にいたのか聞かないのか?』

 

 路地裏、今はその言葉を聞くことすら万丈目は億劫だった。声を出して溜息を吐くとアストラルに背を向けて「さん、だ」と呟く。

 

「今はそれどころじゃないっつーの。あーあ、明日は憂鬱だぜ。病院にいったらあの地獄のリハビリを思い出すから嫌なんだよなぁ」

『リハビリ? リハビリとはなんだ? いつ発動する?』

「もう一ヶ月か二ヶ月ぐらい前の話だ、歩く練習とかしていたんだよ。明日は検査で早いんだ、もう寝かせろ」

 

 アストラルと会話しているうちに眠くなってきた。もう悪夢は見たくない。そう思いながら、帝の鍵を握り締めたまま万丈目は眠りに就いたのだった。

 

 翌朝、雨は降っていなかった。遊馬が終始何か言いたそうに、アストラルが尋ねたそうにしてたが、睡眠不足で彼らを気に掛ける気力すら出ない万丈目は明里と共に病院へ出発した。

 

 急な検査ゆえ、予約が出来なかったので検査によっては次のまで随分と間が空くものもあった。その合間を利用して、万丈目は付き添いの明里に無理を言って一人で徘徊させて貰った。向かったのは東の重病棟だったが、今は退院した万丈目が入れる訳がなかったので、代わりに反対側の西棟へ向かった。西棟は比較的軽症の部類の患者が入院しているため、耳を澄ませば笑い声が聞こえてくる程、棟内の雰囲気は安らいでいる。談話室から中庭を見下ろした。中庭では包帯を手足に巻いた子供たちが――おかしな表現になるが、元気よくデュエルをしている。反対の東棟を見る。カーテンは閉まっているが、あの斜め向かいの病室に万丈目は以前寝ていた。

 

 あの病室には三ヶ月近く居たのだが、その半分近くまともな記憶はない。激痛で呻いていたり、錯乱していたり、碌なものではなかった。痛みは大怪我によるもの、錯乱は異世界に来た事実が分からなかったことから来ていた。U-20大会やデュエルアカデミア、万丈目財閥の単語を出しても、誰も反応を示さない。終いには大怪我のあまり記憶が混乱している可哀想な患者として周りから見なされ、カードの聖霊は応答せず、赤い傘も黒コートもシルバーのデュエルディスクも損壊か喪失していて、知っている人も物も何もない空間に独り放り出され、終日理由の知らない大怪我による痛みに襲われ、万丈目は完全に精神的に参っていた。

 

 異世界に来たことを理解したのは天気の好い昼下がりのことだった。その日、痛み止めが効いていた万丈目は珍しく上半身を起こしていた。傍らには知らない少年がベッドに座っていて、今日一日学校であったことをお話している。この少年の名前は知らない。知らない、というより何度か聞いたはずなのだが、万丈目は記憶できなかった。少年が話している言語も彼と使うものと同じであるはずなのだが、脳漿に浸透していかない。他の医者の言葉同様、つるっと表面を滑っていってしまう。

 窓の外の景色を見るのはその日が初めてだった。向かいの西棟で談話する老人や看護士の忙しそうな横顔が見えたが、ぼやけるばかりでまるで現実味がわかない。窓枠に景色切り替えのチャンネルスイッチがあるような気分にさえ陥る。

 少年が窓を開けた。カーテンが頬を掠めていく。久しぶりの自然物たる微風(そよかぜ)が包帯をなぜる度に気持ち良さを、包帯面積よりもずっと狭い地肌に当たる度に違和感を覚えた。

 

「あ、でゅえる してるぜ」

 

 耳が少年の声を拾う。でゅえる、デュエル――万丈目でも一つだけ理解できる単語があった。中庭を見下ろすと、青年と少女が片眼鏡をして変わったデュエルディスクを展開している。デュエルモンスターズのカードを掲げている様子にゆっくり瞬きをする患者に、少年は片眼鏡を差し出した。首すらも傾げない万丈目の左目に少年が片眼鏡を装着した途端、数字の柱が突如として降り注ぐ。急に水の中へ顔を押し込まれたような気がして、呼吸がアップアップする。今の体勢を変えるだけで痛みが襲うことが分かっていたので、少年に捕まりながらも万丈目は呼吸を整えた。

 みて、と少年は言う。さっきまではいなかったのに、眼下の中庭には見たことのないデュエルモンスターズのモンスターが並んでいた。ご丁寧に攻撃力まで表示されている。青年の場にはモンスターが一体、少女の場にはモンスターが二体いた。今は少女のターンのようだが、彼女の二体のモンスターより青年のモンスターの方が攻撃力が高い。融合でもするのだろうか。そう思って見つめていると、急に少女のモンスター二体が光になって渦に引き込まれていった。そして、その渦から一体のモンスターが躍り出た。カードは使っていないから融合や儀式ではない。コンタクト融合(【融合】カードを使わずに出来る特別な融合)にしては、渦から飛び出したモンスターは素材二体のどちらにも似ていない。少女は通常召喚を済んでいたから、アドバンス召喚でもない。

 

「すっげぇ! えくしーず しょうかん だ」

 

 唖然とする万丈目の耳に少年の声が届く。今度は頑張って首だけを動かした。

 

「……く、しーずしょーか、ん?」

 

 可哀想な患者、と言われるようになってから全く発声していなかったので、声を出すのに苦労した。少年は一度驚いたような顔をしたが、瞳をキラキラさせて語った。

 

「そう、エクシーズ召喚! 同じレベルのモンスターが二体以上フィールドに揃ったとき、そのモンスターを素材として『モンスターエクシーズ』を召喚するのさ!」

 

 今度ははっきりと少年の台詞が聞こえてきた。エクシーズ召喚、と乾きかけの口の中で万丈目はその言葉を復唱する。片眼鏡をしているにも関わらず、全てがクリアになっていく。ピントが合い、ソリッドヴィジョンとは違う映像技術のなか、音も熱も感触も現実味を帯びていく。万丈目は此処ではじめて自身が異世界へ飛ばされたことを理解した。

 

 それから万丈目は行動的になった。まずはその日の晩御飯を完食した。リハビリに積極的になり、痛みと辛さに涙することを辞めた。少年・遊馬と会話し、この異世界の情報をドンドン吸収した。医者には記憶喪失になったと嘘を吐(つ)いた。

 何故、異世界に飛ばされたのか分からない。だが、此処が異世界であることは分かった。ならば、行動できるよう回復あるのみだった。

 しかし、退院日が近付く毎に万丈目の気分は落ち込んだ。退院と同時にホームレスか、と当日片付けるものがない病室を綺麗にし終わると、遊馬に手を引っ張られた。明里の車に乗せられ、あれよあれよと言う間に九十九家へ通されていた。彼の包帯の巻かれた左の薬指ごと、お婆さんのハルが両手をカサカサとした手で包みながら言った。

 

「万丈目くんや、今日から此処がお前さんの家だよ。元気に過ごしんさい」

 

 独りじゃないんだ、と思った途端、涙がぼろぼろ零れ、膝が折れた。どうしたんだい、と更に優しく頭を撫でられるものだから、退院したら独りだと思っていたことを告げると、視界の端で「遊馬、言ってなかったの!」「姉ちゃんこそ!」と姉弟が喧嘩しだして、凄く愉快だったのを覚えている。

 

 東棟の天井からぶら下がった時計の針が動く音がした。そろそろ検査の時間だ、明里に合流しなくてはならない。

 本来、万丈目は此の世界に独りで生きていくはずだった。だが、運命に恵まれていた。命拾いし、元の世界より進んだ医療で適切な処置を受け、九十九家の加護の元、衣食住どころか仕事先まで提供されている。

 

(元気にならなければ! こんなフニフニする俺なんて、万丈目サンダーではない!)

 

 活力を見出すと、万丈目は大股で明里の元へ向かったのだった。

 

 長い身体検査が終わり、記憶について検査を受けたが、相変わらず万丈目は「何も覚えてない」と白を切った。それでも何を言われないのでほっとして処方箋を受け取った後、付き添いの明里と帰路を共にした。

 

「明里さん、すみません。俺……」

「万丈目くん、あまり無茶しちゃ駄目だからね。遊馬にも強く言っておくから」

「はい、ですが……」

「気にしないで、怒ってないから。心配しているだけよ。昨夜も魘(うな)されていたでしょう? 薬を飲んだら、すっきりするってさ」

 

 二人の黒い影がゆっくりと伸びていく。一歳違いとはいえ、明里の気遣いに万丈目は何も言い返すことが出来ない。

 

(くっそぅ、元気になるって決めたのになぁ!)

 

 夕焼けの光に反射する川が美しい。頭をバリバリ掻き毟(むし)りたくなる衝動に駆られている万丈目の隣をバイクがゆっくり走っていく。

 

「あ!」

 

 それを見て万丈目は気が付いた。

 

「バイク、鉄子さんのお店に置いたままだ! 明里さん、俺、取りに行ってきます!」

「万丈目くん、無理しないで――」

「鉄子さんに昨日の詫びを込めて寄るだけです。あと、ネットをしたいですし」

「ネット!?」

 

 万丈目の発言に明里が素っ頓狂な声を上げる。万丈目はそれに対し、「デュエルモンスターズのカードをもっと勉強したいですから」と答えた。

 

「ああ、うん、そうよね、それだけよね……分かったわ、気を付けていってらっしゃい!」

 

 明里の承諾を受け、小走りになろうとする万丈目を彼女は再度呼び止めた。

 

「万丈目くん、君の身体、君が思っている以上に元気じゃないんだから、ARヴィジョンのデュエルなんて絶対にしたら駄目だからね!」

「安心して下さいよ、明里さん。俺のデッキ、モンスターエクシーズが入っていませんから」

 

 それだけ返事すると、万丈目は川沿いの道をゆっくり走っていったのだった。

 

 

7:久しぶりの鮫との邂逅

 

 店に着いた後、万丈目は鉄子に昨日のお礼を伝えた。オーナーは「君が元気ならそれでいい」と笑ってくれただけだった。続けて彼女が言うには、所用の為に今日は早く店を閉めるのだという。お急ぎなら俺が閉店作業しておきますから先に帰っても大丈夫です、昨日のお詫びです。万丈目がそう告げると、ふわりと「ありがとう」と鉄子が微笑んだ。

 

(流石は梅雨の季節、よく降るなぁ)

 

 雨が降っている。おかげで、今日二人で貼ったばかりのハートランドシティ美術館の超レアデッキの展示の告知ポスターがもう剥がれそうになっている。ポスターを貼り直した後、サッシ越しの雨模様を恨めしく見ながら万丈目は一人閉店作業に入る。従業員がいるのだからと結局閉店時間はいつも通りとなったので、そろそろ表に掛かった《OPEN》の看板を引っくり返そう、と扉を開けた途端に雷が落ち、浮かび上がった人影に「うっひゃあ!」と万丈目は腰を抜かしそうになった。

 

「シャ、シャーク!?」

「カード、売っているか?」

 

 全身濡らした少年が果たして其処に突っ立っていた。なんで昨日の不良が? と疑問符を浮かべる万丈目に何か勘違いしたのか、シャークがベラベラ喋り出した。

 

「やっぱり不良相手に売るカードはねぇよな。ヘボデュエリストに負けて居場所を失った、こんな札付きの悪(ワル)なんてに」

「猫」

「はぁ!?」

 

 ぶつくさ言うだけ言って店を後にしようとしたシャークだったが、店員の謎ワードに大袈裟に体を捻って反応した。

 

「デュエルアカデミア時代、猫を寮で飼っていた。猫といっても、とんだブタ猫で可愛くもなかったんだけどな。そいつが雨の日だってのに出せ出せと扉の前であまりに騒ぐから開けてやったことがあるんだが、出ようともしねぇ。こっちは雨風さらして寒いってのによぉ」

「デュエルアカデミア? テメェは何を……って、それがどうかしたのかよ!?」

 

 まるで意味が分からない語りにシャークが大声を上げると、万丈目が呼応するようにでかい声で言い返した。

 

「此処はカードショップだ! カードを売っているに決まってんだろ! 目ン玉かっぽじって、よく見やがれ! ……で、貴様はカードを買いに来たのか、ブタ猫同様、俺様を冷やかしに来たのか、どっちなんだ!? ああ!?」

 

 唐突な逆ギレに硬直するシャークだったが、再度詰め寄られ、不承不承と言いたげに「カードを買いに来た」と告げると、「なら入れ、雨が冷たてぇんだよ」と店員に無理矢理腕を引っ張られ、入店したのだった。扉を閉める際、看板を引っくり返して《CLOSE》にするのを万丈目は無論忘れなかった。

 

 タオルをぼんすか不良に投げ、万丈目はわざと行儀悪く模擬デュエル用の椅子に座る。以前に遊馬が雨の日に訪れてタオルを使用したのに学習して、タオルを常備するようにして良かった。所在無さげに椅子をくるくる回転させる万丈目を横目に、タオルで水滴を拭いながらシャークが話し掛けてきた。

 

「お前、なんで俺を……?」

「お前じゃない。万丈目さん、だ。此処はカードショップだぜ。カードをデュエリストに売って当然だろ」

「万引きするかもしれねぇぜ?」

「それならわざわざカード売っているかとか、聞かねぇだろが」

「……」

 

 シャークは何も答えずにカードの陳列棚を見て回った。お目当てのものがないらしく、ぐるぐる歩いている。やっぱり猫だ、と万丈目は思った。

 

「シャークといったか、何を探している?」

「モンスター効果を無効化するカードを」

「『天罰』や『スキルドレイン』は?」

「これ以上、魔法や罠カードを増やしたくねぇ」

「……となると、モンスター効果で対応するしかねぇな」

 

 万丈目は椅子から飛び下りると、ランクごとに並べられた壁の前に立った。シャークもそれに倣い、彼に近付く。

 

「貴様、レベルの主軸は?」

「水属性魚族中心のレベル3だ」

 

 それがシャークのメインデッキのテーマらしい。本当に以前のデュエルで使用したのは試作デッキだったんだな、と万丈目は知った。

 

「レベル3は此処だな、水属性は……この列だ」

 

 すいっとラインを万丈目が指差す。目的もメインのレベルも分かっているから遊馬と違って探しやすいぜ、とすら思った。さくさく進む会話に、久しぶりに自身が望むデュエリストレベルの話し相手の登場を嬉しく感じた。

 

「なんでここまでするんだ? 俺はお前の弟のデッキを奪おうとしたんだぜ?」

「ぐだぐだ煩い奴だな。それにお前じゃなくて万丈目さんだ。言っとくが、遊馬は弟じゃねぇからな」

 

 万丈目の首から皇の鍵に似た帝の鍵をぶら下げていたからか、シャークの勘違いを訂正しておく。

 

「俺は過去のデュエル大会でイカサマをした男だぞ」

 

 シャークの告白に万丈目の動きが止まる。ハッと自嘲の笑みを漏らしながら、シャークは続けた。

 

「一年前の極東チャンピオンシップの決勝戦前、俺は対戦者のデッキを盗み見た。それで失格して負けた。あの変なカード――ナンバーズと言ったか、あれに取り憑かれたときと一緒だ……俺はなんとしてでも勝ちたかったんだ」

 

 背を向けようとした紫髪の少年に、黒髪の青年は「カード、とっとと選べよ。早く閉店したいからな」と告げただけだった。

 

「テメェ! 俺の話を聞いていたのかよ! 俺は――」

「俺は対戦相手のデッキを海に捨てたことがある」

 

 激昂するシャークだったが、万丈目からの思いも寄らぬ告解に開いた口が塞がらなかった。

 

「夜、相手の部屋に忍び込んで、盗んで、捨てた。当日、追及されても白を切った。結局は相手の試作デッキに負けちまったけどな」

 

 沈黙が雨の音に変化し、室内に充満していく。万丈目は目を瞑(つぶ)ったりしなかった。瞑ったが最後、ラーイエローへの降格を賭けたデュエル前夜の暗い海の波間に漂う、対戦相手のデッキのカードが蘇るに違いなかった。何故、そんなことを? とシャークは尋ねたが、思い当たる節があったのかすぐに押し黙った。答えるだけ無粋だった。彼の心の何処かには、いつも青い制服の己が独りで背を向けて突っ立っている。万丈目は過去の事実に対して言い訳も弁明も開き直りもせず、簡単な答えを出そうともしなかった。むしろ、出してはいけないと思っている。その行為こそがやってはいけないことを肯定した過去の己への答えであった。

 

「……これにするぜ」

 

 沈黙が空間を浸しきる前にシャークが発言した。それは黒槍の獣戦士だった。毎度あり、とレジ作業を済ませた後、万丈目が模擬デュエルに誘うと彼は二つ返事で頷いた。デュエルに必要なこと以外、一切喋らずに進めていく。万丈目は率先して効果モンスターを召喚した。シャークは手際良くモンスターエクシーズを特殊召喚していく。頭良いのな、コイツ。万丈目は謙遜なく相手を認めた。

 

 模擬デュエルを終えた頃には雨は止んでいた。シャークを店頭まで送ろうとすると、彼が「名前は?」と聞いてきた。

 

「万丈目準だ。貴様は?」

「神代凌牙」

「神代、負けるなよ」

 

 万丈目の小さな鼓舞に対し、ひらりと片手を振ってバイクに跨がったシャーク――凌牙は夜闇へ消えていく。デュエルを辞めたからな、そう宣言した少年が戻ってきた事実が万丈目には素直に嬉しかった。

 

 九十九家に帰宅した万丈目は素直に明里に遅くなったことを詫び、遊馬とアストラルに元気になったことを伝えた。明るい日常に昨日の悪夢が遠退いていく。万丈目はほっと安堵の息を吐いた。

 

 翌日、万丈目がアルバイトから帰宅すると遊馬が落ち込んでいるのに気が付いた。あからさま過ぎる落ち込みようで声が掛け辛い。なので、アストラルに尋ねたところ、デュエルに負けたのだという。負けるぐらい誰にだってあるだろうと万丈目は風呂上がりの濡れた頭を拭いた。むしろ、最近の遊馬は調子に乗っていた節があるから、ナンバーズが賭かっていないこのデュエルで負けて良かったとすら思った。

 

「それで、遊馬は誰に負けたんだ?」

『シャークだ』

 

 嫌な予感がする、と万丈目は思った。

 

『君の思っている通り、遊馬の稚拙なデュエルタクティクスが敗北を呼んだ。【ブラック・レイ・ランサー】(ランク3/闇属性/獣戦士族/攻2100/守 600)というモンスターエクシーズに【No.39 希望皇ホープ】の効果を無効化され……万丈目、どうした? 顔色が悪いぞ』

「いや、なんでもないでござる」

 

 神代! 貴様の対戦相手は遊馬だったのかよ! その【ブラック・レイ・ランサー】を神代に売って模擬デュエルまで付き合ったのは他ならぬ俺だっての! なんて言える訳がなく、ハチャメチャな語尾で誤魔化しつつ、万丈目はバタバタ音を立てて自室に引っ込んだのだった。

 

 

 8

 

 遠回しとはいえ、遊馬の負ける手助けをしてしまった! 別に神代にモンスターエクシーズを売ったことを後悔している訳ではない! そもそも、これは決闘なのだ、気にする必要なんてねぇ……って言っても、割り切れるか!

 

 万丈目は始終悶々と考え込んでしまい、翌朝まで遊馬と会話することなくアルバイトへ行くことになった。職場でも気を抜くと彼のことを考えてしまうため、その日は非常に苦労した。鉄子に怒られてしまうと思ったのだが、彼女も彼女で悩み事があるようだった。

 

「鉄子さん、どうかされたんですか?」

 

 客のいないタイミングを見計らって話し掛けると、鉄子が周りをキョロキョロ見渡した後、万丈目に近付いた。

 

「なぁんか弟の機嫌が悪くってさ」

「鉄男の?」

 

 偶然にも彼女も年下の男の子のことを気にしていたらしい。

 

「どうやら喧嘩したみたいなのよ」

「喧嘩……ですか」

「そうなの! もう家の雰囲気が悪くなるし、どうしたらいいのよ!」

 

 頭を抱える鉄子を見て、弟思いの良いお姉さんだなぁ、と万丈目は思った。万丈目家の三兄弟からすると、とんと関係のない感情である。

 

「男の子は喧嘩しながら成長していって、更に仲を深めていくもんです」

 

 口にしてから最悪な方向にしか進まない喧嘩があることを思い返した。だが、あそこまでいくと喧嘩なんて可愛いものではなく、仲違いだろう。

 

「そういうのは当人同士、上手く摺り合わせていくものですから。こじれてしまって、どうしようもなくなったら鉄子さんが手助けしてあげたら良いのではないでしょうか」

 

 そうかしら? と不安がる鉄子に「そうですよ」と万丈目が肯定する。それに、と彼は続ける。

 

「鉄子さんの方が鉄男と付き合いが長いですから、彼のこと、俺よりもっと分かっていると思います」

「それもそうね」

 

 にっこりと鉄子が笑う。万丈目もそれを見て、自分も自分なりに遊馬に対する今の感情の答えを見出だそうと決めた……のだが。

 

「遊馬くんとの喧嘩だけど、きっと大丈夫よね」

 

 鉄子の吐露に「それは聞いてない!」と発狂しそうになった万丈目だった。

 

 その日は早番だったので、万丈目は仕事帰りにハートランドシティ中学校へ寄ってみることにした。昨日の遊馬の落ち込み具合を見る限り、凌牙に負けただけじゃなく、鉄男との喧嘩の件もあるだろう。

 

(心配して思わず来ちまったのだが、部外者たる俺が入れる訳なかったよな。このまま居ても仕方ねぇ。帰るか)

 

「おや、万丈目くんじゃないか」

 

 呼ばれた名に顔を上げると、以前【No.34 電算機獣テラ・バイト】に取り憑かれたことのある、遊馬のクラスの眼鏡を掛けた年若い担任・右京先生が立っていた。

 

「右京……先生、あの、こんにちは」

「こんにちは、遊馬くんがよく君のことを話しているよ。親戚とはいえ、お兄さんが出来て嬉しいみたいだね」

 

 ニコニコと話し掛ける右京先生を見ていると、【No.34 電算機獣テラ・バイト】事件の際の凶悪面が嘘のように思われる。不審者同然の己自身にわたわたする万丈目に右京先生は「遊馬くんなら図書室にいるよ、調べものをしているようだ」と教えてくれた。

 

「ほら、入校手形。これで入っても大丈夫だよ。遊馬くんには早く帰るように言ってあげてね」

「あ、ありがとうございます」

 

 中学一年の遊馬と同等に扱われているような気がする。ぎくしゃくとした態度で万丈目は一礼すると、中学校へ入ることに成功したのだった。

 

 

 9

 

「あ、万丈目さん。トドのつまり、不法侵入ですよ!」

「ばっか、右京先生に連絡済みだ」

 

 入って幾許(いくばく)もしないうちに等々力に発見されてしまった。流石、あだ名が委員長であるだけ、優等生の態度である。そんな彼に万丈目は入校手形を印籠のように見せつけてやった。

 

「そういえば、この前は連れ回してしまって、ごめんなさい! お身体は大丈夫なんですか?」

「昨日検査したから問題ねぇよ」

 

 等々力からの感情を込めた謝罪が重くて、万丈目が軽く受け流す。遊馬のことしか考えてなかったから、一昨日の等々力の件をすっかり失念していたのもあった。

 

「トドのつまり! 検査するぐらい問題があったんじゃないですか!」

「前にちょっと怪我したことがあったからその検査も兼ねてるだけだ、あんまり気にするなよ。ところで図書室が何処にあるか案内してくれねぇか? 遊馬に会いたいんだが」

 

 遊馬の名前を聞いた途端、等々力の眉間に皺が寄るのが分かった。遊馬・鉄男・等々力、どうやらこの三人で喧嘩しているらしい。

 

「鉄男同様、貴様も喧嘩中か。そうとなると、喧嘩の原因かつ理由は遊馬か?」

「そうなんですよ!」

 

 面倒だなぁ、と思う万丈目に等々力がぐいっと近付いて距離を縮めた。ああ本当に面倒な奴に会っちまったような気がする。

 

「遊馬くんが嘘を吐いたんですよ!」

「あの単細胞が嘘を!?」

 

 感情が先走る遊馬が嘘を吐ける程、器用には思えなかった。酷い言い草で口走る万丈目に等々力が云(うん)と頷く。

 

「ナンバーズを使わないと言ったデュエルにナンバーズを使って、しかもそれで負けたんです!」

 

 どういうことかと聞き出すと、四日前に「ナンバーズが無ければ勝てない」「ナンバーズが無ければシャークに勝てなかった」という等々力の安い挑発に遊馬が乗っかり、「実力を証明する為にナンバーズなしでシャークに勝つ!」という安易な宣言をしてしまったらしい。三日前に遊馬・小鳥・鉄男が不良の溜まり場に行ったのは、不登校になった凌牙を探すためだったというのだ。その時は本当に命からがら逃げ出せたのだが、遊馬はまだ懲りていなかったらしく、二日前にもう一度彼に会いに行き、遊馬のしつこい追っかけに凌牙がマジ切れして、翌日の放課後に波止場にてデュエルの約束をしたという。その晩、彼が万丈目の勤めるカードショップに現れたのはナンバーズ対策のためだったのだろう。そして昨日こと一日前、不良の更正を建て前に皇の鍵を賭けて再デュエルをしたところ、ナンバーズを使わない宣言をしていたのにかかわらず、勝つためにナンバーズを使用した挙げ句、遊馬は凌牙のメインデッキにコテンパンに負けたのだった。完勝した凌牙は皇の鍵を折ることなく「二度と俺に関わるな」と言い捨てて去ったという。

 

「トドのつまり、遊馬くんは嘘吐きです! だから、僕も鉄男くんも怒っているんです!」

 

 等々力が握り拳を掲げて怒りの度合いを表現する。全ての概要を理解した万丈目は嘆きたくなった。

 一年前のファイナリストに勝つために、遊馬の父親の形見のデッキを取られないために、どれだけ万丈目が苦労したか、あの馬鹿は何一つ理解してなかった。あの勝利は本当にギリギリだったのだ。その崖っぷちの勝利をさも当たり前のように思われて、しかも凌牙相手にナンバーズ無しでも勝てるなんて思い上がりも甚だしい。

 

「あの大馬鹿遊馬が~っ! 俺様の心配と苦労をコケにしやがって!」

 

 万丈目の発言に味方を得たと思ったのか、等々力がうんうん頷く。だが、次の発言はまずかった。

 

「万丈目さんが怒るのもトドのつまり当然です! ナンバーズさえあれば、僕だってシャークに勝てますよ!」

「……等々力。貴様、本気でそれを言っているのか?」

 

 万丈目の声のトーンが地の底まで下がる。怒りの矛先が己に向いたことに気付かない等々力が頷いた。

 

「そうですよ! ナンバーズさえあれば、僕だって――」

「ンな訳あるか!」

 

 万丈目が一喝する。この前の検査にて高ぶらないようにと注意されていたが、知ったことではなかった。

 

「いいか、等々力! 遊馬はあのデュエルで全力を尽くしたのだ! 遊馬のデッキだからこそ、ナンバーズを生かせて勝てたのだ! それを『ナンバーズがあれば勝てる』だなんて烏滸(おこ)がましいにも程がある!」

 

 此処でようやっと等々力は万丈目の地雷を踏んだのに気が付いた。少年が口を挟む間もなく、機関銃のように万丈目は続けた。

 

「貴様のデッキには【No.39 希望皇ホープ】を生かすためのカードがあるのか!? 即興で【ダブル・アップ・チャンス】のコンボを繋げられるのか!? 本当に神代とのデュエルで活躍したのはナンバーズだけだったか!?」

 

 息継ぎなんて気にせずに万丈目は更に続けた。

 

「その場に居なかったとしても鉄男から聞いたはずだ! ナンバーズがあったから勝てたのではない、適切なカードでコンボを繋げ、ナンバーズがやられても諦めずに前を向いたからこそ、遊馬は勝てたのだ! ナンバーズあっての実力ではない! ナンバーズを生かせるほどの実力といえ! たった一枚の強いカードがあれば勝てるほど、デュエルは甘くない!」

 

 万丈目自身、多くのデュエルで勝利する一方で、敗北を味わってきた。在学時代、公(おおやけ)の場で一度として勝てなかった相手がいた。しかし、だからといって、あのカードに負けた、または「あの男が使ったあのカードを、俺が持っていれば勝てたのに」と思ったことは一度としてなかった。奴は奴のデッキに絶対の自信と信頼を持っていたのだ。それを根幹から否定する発言を万丈目は絶対に許せなかった。

 

(たった一枚の強いカードがあれば勝てるなんてことが罷(まか)りり通るなら、雑魚共を全否定することになるではないか!?)

 

 握った拳が痛い。感情の高ぶるまま、勢いで言い切った万丈目がゼェゼェ息する。馬鹿だ、医者からの禁則事項だけじゃなく病み上がりということも忘れていた。

 

「貴様……、俺様が以前に遊馬とのデュエルするよう言ったら『それで僕が負けたらどうするんですか!?』って言ったよな」

「は、はい。だって、遊馬くんに負けたらシャークみたいに僕だって――」

「ばーか」

 

 小声になって万丈目が今にも泣きそうな等々力にゆっくりと言った。

 

「もっと貴様のデッキを信じろよ。エースモンスターに自信を持てよ。貴様は俺とたくさん練習したじゃないか。遊馬みたいに一夜漬けじゃないだろ。勝てるか負けるか分からないから知力も運もタクティクスも己の総てを出し尽くして勝ちにいくんだろ? それがデュエルじゃないのか? 遊馬もそうやって全力を尽くしたから強くなったんだ」

 

 ちっと説教臭かったな、と等々力の頭を一撫でしながら反省する。六つ年下の少年にヒートアップするなんて大人げない。

 

「ごめんなさい、万丈目さん」

 

 涙目のまま、等々力が謝罪する。

 

「僕は遊馬くんが急に強くなったことに嫉妬していました。特別なカード――ナンバーズがあれば強くなれると勘違いしていました」

「分かりゃあ良いんだよ、遊馬にも悪いところがあるんだし。あとそれと、神代を陥(おとしい)れる発言はやめとけ。アイツだって全力を尽くしたんだし、それに……」

 

 万丈目の脳裏に昨晩の凌牙の姿が浮かんだ。ナンバーズに勝つために【ブラック・レイ・ランサー】を選んだ彼は、模擬デュエルでも【ブラック・レイ・ランサー】単体で勝とうとはせず、【キラー・ラブカ】(星3/水属性/魚族/攻 700/守1500)で相手モンスターの攻撃力を下げたりして他のカードでサポートしていた。その瞳には強くなろうとする心意気とデュエルモンスターズに対する熱い想いがこもっていた。

 

「それに、なんですか、万丈目さん」

「なんでもねぇよ。ほら、図書室へ行こうぜ。後で遊馬に謝っとけよ、【No.39 希望皇ホープ】はアイツのエースさんだからさ」

 

 エースモンスターを馬鹿にされたら、悲しいではないか。無論、諍いの根幹を残さないためにも遊馬も彼らに謝らないといけないが。万丈目が等々力の背中をポンと押す。二人はゆっくり図書室に向かったのだった。

 

 

10:ALL FOR ME

 

 流石に遊馬と今会うのは気まずかったらしく、図書室前で等々力と別れ、万丈目は一人で入ることになった。夕焼け差す図書室には学生が疎(まば)らにしかいない。入校手形を見えるように首から下げた万丈目が遊馬を探していると、この世界のパソコンが目に入った。

 

(鉄子さんのとはまた違うタイプだ、少しぐらい弄っても良いよな?)

 

 座り込んでキーボードを叩く。デュエルモンスターズについて調べようかと考えていたら、過去の新聞記事のデータの閲覧が可能なことに気が付いた。適当な日付でも入力して試してみようかな、そう思った矢先だった。

 

「駄目だ! 万丈目!」

 

 横から手が出てきてパソコンの電源スイッチを押された。あっと声を出す間もなく、スクリーンは消失してしまう。

 

「遊馬、何するんだ!?」

「こ、ここのパソコンは学生用だから部外者の万丈目はやったら駄目なんだよ!」

「あ、そうなのか……って、貴様、さんを付けろ!」

 

 ウエッホン、とわざとらしい咳が司書席から響いてきた。ごめんなさい! と小鳥が代わりに謝ると、「調べものを済んだから帰ろ!」と二人を出口に押していった。それにスーッとついていくアストラルだったが、出る前にとある手書きポスターに気が付いた。そのポスターには「校外からいらした方も新機能満載のパソコンを是非使って下さい」と書かれてあった。

 

「なんで万丈目が中学校に?」

「さん、だ。貴様があまりに腑抜けているから見に来てやったのだ」

 

 バイクを押す万丈目、遊馬、小鳥が夕焼け小道の通学路を歩いていく。ふいっとそっぽを向く万丈目の首から下げた帝の鍵と遊馬の皇の鍵が夕日に煌めいた。

 

「それで貴様らはどうして図書館にいたんだ?」

「私は遊馬の調べものの手伝いをしていたんです。でも、遊馬、どうしてシャークの過去を調べようと思ったの?」

「シャークのこと、俺は何も知らないって思ったからだ。でも、アイツが一年前にあんなことをしていたなんて……いや、あんなの嘘に決まってらぁ!」

 

 一年前のあんなこと――恐らく極東チャンピオンシップのデッキの盗み見の失格のことだろう。そう思ったが、万丈目は何も口を出さないことを決めた。断じて等々力への説教で疲れたという訳ではない。

 それに遊馬は凌牙のことを仲間だと言って、不良から更正するためにデュエルをしたと等々力から聞いたが、本音は一度勝てた奴にナンバーズ無しで再度勝ちたかっただけなのだ。鉄男が彼にデッキを奪われたときも遊馬は何のかんのと正義感溢れる理由付けを尤もらしく加えていたが、今回に至っては悪い形に表れている。ナンバーズ関連の嘘云々(うんぬん)もそうだが、万丈目は其処も気に食わなかった。

 

「俺にはわかる。あのシャークとの俺のデュエル、あれはあんなことをする奴のデュエルじゃねぇ!」

 

(強いデュエリストが人格者とは限らねぇよ)

 

 万丈目はそんな酷なことを思ったが、口には出さなかった。卒業とともにプロデュエリストになって一年以上経過した今、それは確信を持って言えることだった。

 おーい、と人の呼ぶ声がする。現れたのは不良ゲーセンにいた、RKのマークが入ったランニングを来た男だった。かなり走ってきたのか、せっかくの赤髪のリーゼントが乱れている。

 

「アンタ、シャークのところにいた――」

 

 遊馬が開口する前に息を整える時間すら惜しいと言わんばかりに不良青年の銀次が巻くし上げたのは、陸王・海王・凌牙の三人で美術館のカード強盗をするという、とんでもない策略だった。そもそも、陸王・海王がおかしくなったのは変なカードを得てからだと銀次は言った。ナンバーズだ、と万丈目は瞬時に思い当たった。しかも、陸王たちは彼一人に罪をおっ被せる気らしい。其処まで聞くと否や、遊馬が走り出した。それを小鳥が「待って」と強く止めた。

 

「遊馬、もうやめよう、シャークに関わるの。私たちだって危ない目にあったし、万丈目さんだって体調が悪くなったんだよ。それに今回、シャークが関わってから私たちの仲バラバラじゃない」

 

 小鳥の言葉は成る程道理の通ったものだった。シャークとの二回目のデュエル前後において、全員に碌なことがないのだ。それでもシャークの為と虚偽の本音を振りかざすのなら、万丈目は遊馬を止めようと思った。

 

(神代のことは残念だが……)

 

 一昨日の凌牙の姿が万丈目の脳裏に過(よぎ)る。あの意気込みは、新しく己のデュエルを始めるためではなく、己のデュエルにさよならをするためだったのだ。インモラルへの転がりやすい坂道に足を踏み出した彼は、やはり万丈目の予想通りになってしまった。

 なのに、遊馬は「行かなきゃ」と呟いた。それには流石の万丈目も頭にきた。

 

「遊馬、いい加減にしろ! 何故、其処まで神代のことを――」

「違う!」

 

 背中を向けたままの遊馬の否定に万丈目は虚を突かれた。だが、瞬時に立て直すと続けて尋ねた。

 

「何が違うんだ!? 神代の為なんていう、ええカッコしいの為に行くんだろ、貴様は!」

「俺はシャークの為に行くんじゃない!」

「じゃあ、何の為にだ!?」

「俺自身の為に行くんだ!」

 

 遊馬が振り向いて宣言する。その赤い瞳は嘘を吐いた自身に対する嫌悪感と怒りに燃えていた。

 

「俺は自分に嘘を吐いた。シャークを不良から抜けさせるためだとか言って、本当は勝ちたかった。ただ勝ちたいためだけにナンバーズを使ったんだ」

 

 きゅっと唇を噛みしめてから、悔しそうに叫んだ。

 

「俺、嫌なんだよ! 嘘を吐いたまま終わっちまうのが!」

 

 今ならまだやり直せるとばかりに遊馬が走り出す。本心の《勢い》からの遊馬の行動に、万丈目の胸に風穴が空いたようだった。

 

(トンマが。俺の理論じみた長い説教よりもずっと説得力があるじゃねぇか!)

 

 ヘルメットを被り、バイクのエンジンを起動させる。

 

(俺は貴様のその《勢い》が好きなんだ!)

 

「小鳥ちゃん! 等々力と鉄男を美術館に連れてきてくれ!」

「分かった! 助けを呼ぶのね!」

「違ぇよ!」

 

 万丈目のまさかの否定に小鳥は鳩が豆鉄砲を受けたようになった。

 

「遊馬の本当の本心の本気のデュエルを見せてやるんだよ! 風矢の母ちゃんの時のようにさ!」

 

 万丈目の意図を読んだのか、小鳥は「分かったわ!」と強く頷く。それを見届けると、万丈目は遊馬に追い付くべくスピードを上げた。

 

「遊馬!」

「万丈目、これは俺の問題だぜ! 俺一人でデュエルで解決するんだ」

「当然だ! 今回の件は貴様の下らん見栄と嘘から始まったんだからな、ならば本音と本心で勝って終わらせてみせろ!」

 

 協力する気皆無の万丈目に、期待していた訳ではないが、遊馬がポカンとする。それをいいことに万丈目は先に回ってバイクを止め、ヘルメットを彼に投げ渡した。これから大バトルが待ち受けているというのに阿呆面すんなよ。

 

「そんな足だと美術館に着くまでに夜が明けちまうぜ」

 

 万丈目の言葉の裏の意味を理解した遊馬がヘルメットを被り、バイクの後ろに飛び乗った。二人分の体重を受けて唸るエンジンを無視して、万丈目は美術館へ向かう。

 

「万丈目」

「さんを付けろ!」

「送るのは美術館まででいいから後は俺がやる」

「相手が二人でも……三人でもか?」

「ああ、俺一人で戦う! 万丈目の言う通り、俺の見栄と嘘から始まったんだ! だから、俺自身の為にも本音と本心から戦う!」

 

 だから絶対に助けないでくれ! と遊馬が締めくくる。成長速度早すぎだろ、と嬉しい文句を垂れつつも、万丈目は「それで勝たねぇと承知しないからな!」とバイクを更に飛ばしたのだった。

 

 

11:ALL FOR YOU

 

 街のネオンが賑やか過ぎて、星は全て光の中に隠されていた。人っ子一人いない、夜の暗闇が奪われた昨日と明日の境界線上、エンジンを切ったバイクを押す万丈目の後ろでは遊馬が楽しそうにアストラルに話し掛けている。

 

「機械族って強いなぁ! 委員長のモンスターがいきなり攻撃力二倍になってびっくりしたぜ!」

『速攻魔法の【リミッター解除】のことか。エンドフェイズ時、この効果を受けたモンスターを全て破壊してしまうが、このカードの発動時に自分フィールド上に表側表示で存在する全ての機械族モンスターをターン終了時まで攻撃力を倍にするという、フィニッシュに相応しいカードだ』

「種族で縛るとこんなメリットがあるんだな! 鉄男も機械族だし、俺も機械族にしてみようかな? ……それにしても、シャークとのタッグデュエルは本当に楽しかった!」

 

 頭の後ろで両手を組んでニコニコする遊馬に、つい数時間前のブルーさなんて微塵も残っていなかった。少年の明るい声を背中越しに聞きながら、万丈目は美術館前で行われたデュエルを思い返していた。

 

 美術館にデッキ強盗を企む陸王と海王、そして凌牙が現れたのは日がとっぷり暮れた頃だった。此処から先には行かせない、と美術館前広場で待ち伏せしていた遊馬を、ナンバーズの闇の力に支配された二人がせせら笑う。テメェも俺たちを止めに来たのかよ? とドレッドヘアで無駄にガタイの良い陸王が笑うものだから、万丈目は「馬鹿言え。俺はコイツを此処まで運んだだけで、後は遊馬の問題だ。所謂(いわゆる)、高みの見物というものだ」と鼻で笑い返してやった。その台詞に遊馬は、もう驚いた顔なんてしなかった。下手したら三対一という、敗北が濃厚なデュエルだというのに、自身が消えてしまう可能性があるというのに、アストラルも反発なんてしなかった。

 万丈目は凌牙を見た。彼の発言に不良は少なからず驚いたようだった。その姿に万丈目はデュエルアカデミア一年生時の彼自身を重ねた。ドロップアウトとのデュエルの敗北で地に落ち、その地位を取り戻そうと絶対に勝つために、次の対戦相手のデッキ強奪し、海に投げ捨てるという犯罪までおこなったのに相手の試作デッキに敗北した。惨めな敗北を二度重ねたうえ、罪も犯した。このままインモラルの道――転がりやすい坂道を転がっていってもおかしくなかった万丈目だったが、「ここでこの俺が終わるわけがない!」という《意地》だけで正当手段を以てデュエルアカデミアに戻ってきた。

 

(さぁ、俺は自分で自分を転がりやすい坂道から遠ざけたぞ。貴様はどうする、神代)

 

 遊馬はまだしつこく凌牙を不良仲間(此処までいくと犯罪集団だろう)から抜け出させてやる、と息巻いている。彼の足が動き、遊馬の隣に立った。犯罪コンビのお守りに飽きた、なんて言っていたが、自分で自分を変えられない凌牙は遊馬に賭けたのだろう。さて、遊馬は転がりやすい坂道を下る凌牙を止める壁になれるのだろうか?

 

(遊馬、見せてもらおうか。貴様の、本当の本心の本気のデュエルを!)

 

 降り注ぐ数字の雨を受けながら、万丈目は《一人》と《独り》のタッグデュエルの行方を見詰めた。

 

 タッグデュエル初めての遊馬は最初から圧倒されていたが、万丈目が声を掛ける前に凌牙が軌道修正する。その時、凌牙と視線が合い、改めて万丈目は自分自身が傍観者にしか過ぎないことに気付かされる。

 

(ああ、そうだな。最初から俺は高みの見物だと、傍観者だって発言していたな)

 

「万丈目さん! 何故、遊馬くんはシャークとタッグデュエルを!?」

「コイツは遊馬の問題だ。口を挟んではならないのだ、俺たちは」

 

 小鳥の言葉を受けて駆け付けた鉄男と等々力に万丈目はそう伝えただけだった。遊馬が【No.39 希望皇ホープ】を召喚する。やっぱりアイツはナンバーズがないと勝てないんだ、という鉄男の呟きに、万丈目が「その通りだ」とあっさり返す。あまりにも当然とばかりに肯定されるものだから、鉄男がこっちを見たのが分かった。万丈目は鉄男に視線を向けることなく、その続きを言葉にした。

 

「【No.39 希望皇ホープ】がなければ、遊馬は勝てないのだ。だからこそ、遊馬は【No.39 希望皇ホープ】の秘められたありとあらゆる可能性を使って勝ちにいく。ただそれだけの話ではないか」

 

 ぽかんとする鉄男を無視して、目の前のデュエルに集中する。それにしても、陸王・海王コンビのカード発動のタイミングが良過ぎる。タッグデュエルが十八番らしいのだが、あまりにもタッグパートナーにとって都合の良いカードが発動してばかりいるのだ。

 

「やはり、イカサマか!」

 

 万丈目の推察を凌牙が口にする。デュエルディスクのオートシャッフル機能に細工をしやがって! と吐き捨てるように彼が続ける。お互いのどんなカードが何ターン目に相手の手札に来るのか、陸王と海王は分かっていたのだ。

 

「まともなデュエリストなら、そんなことしねぇはずだ!」

 

(まったくもって、その通りだ)

 

 彼の怒りに万丈目も同調する。憤りをぶつける凌牙に「因縁つけるなよ」と刈り上げ頭の海王はすっとぼけ、陸王は口の端を引き、言葉尻を強めて言った。

 

「イカサマだぁ? やったのはテメェだろう、一年前の極東チャンピオンシップの決勝戦でよぉ、凌牙」

 

 その台詞を脳内器官が飲み干すや否や、万丈目の意識はあの夜に飛んだ。対戦者の部屋に忍び込んでデッキを盗んだ冷たい感覚、闇夜に舞う間もなく落下したカードが波間に漂う光景が、まざまざと蘇った。デュエルで嘘を吐いた万丈目に、誰かから非難される権利はあっても、誰かを非難する権利はない。

 

「負けるのが怖かったんだ」

 

 一瞬、万丈目は自分が勝手に呟いたのかと思ったが、それは違った。凌牙が漏らした言葉だった。どうしても勝ちたかった? 違う、ただ負けて、総てを失うのが怖かったのだ。

 優勝候補(オベリスクブルーのエリート)の癖して笑える話だ、無様だな、情けない野郎だ。オシリスレッドの男に負けたときに受けた嘲笑が、陸王・海王の笑い声と重なった。心の内で青服を着た彼自身の後ろ姿が震えている。このデュエル、負けたな、と万丈目が目を背けたときだった。

 

「笑うなぁ!」

 

 遊馬の叫びが総ての思考を切り裂いた。

 

「負けるのが怖くて何がおかしいんだ!?」

 

 遊馬は其処に立って叫んでいるはずなのに、心の内に独りで立つ幼い万丈目自身に近付いていく光景が広がっていく。

 

「俺だって怖かった! 負けるって思った瞬間、急に怖くなって……だから約束を破ってナンバーズを使っちまった! シャークを助けるためだとか言ったけど、本当は負けるのが怖かっただけなんだ!」

 

 足も声も止めることなく、十三歳の遊馬が十五歳の万丈目にどんどん歩み寄っていく。

 

「俺が強くなったのは俺一人の力じゃないのに、小さな見栄を張って、つまらない意地を張っちまった。俺は嘘を吐いていた!」

 

 既に遊馬は万丈目の隣に立っていた。そして、一番大きな声で彼自身の罪を認め、万丈目の前に立つありとあらゆるものに宣言した。

 

「でも、だからこそ思う! もうデュエルだけには嘘を吐きたくないって! 自分の内にある全てのかっとビングを賭ける、この行為だけは嘘にしたくないって! だって、俺、デュエリストだから!」

 

 啖呵をきるように、遊馬が全身を使って表現する。青服の万丈目が隣に立つ少年を見た。十五歳のアカデミア生徒の横顔は髪に隠れてよく見えない。

 

「コイツだって同じだ! デュエルを通したからこそ分かる! あの実力は本物だって、嘘なんて一片もないんだって! だから、シャーク(万丈目)のデュエルは本物なんだ!」

 

 遊馬が握り拳をつくって誓った。

 

「相手がどんな卑怯な手を使おうが、正々堂々と戦って勝つ! もう嘘なんて吐かない、それが俺たちのデュエルなんだ!」

 

 嘘を吐いてしまった遊馬だからこそ、凌牙が嘘を吐かないように彼が引き止める。それと同時に本物の証明まで行う少年に、万丈目の目尻は熱を持ちそうになった。

 

「遊馬」

 

 凌牙が呼ぶ。遊馬の視線を痛いほど感じているだろうに、彼は真っ直ぐ前を向いたまま言った。

 

「このデュエル、勝つぞ」

 

(このデュエル、勝てよ)

 

 万丈目も同じように話し掛けた。一人と独りが、ようやっと二人になる。敗北に対する恐怖なんて、もう何処を探しても見付からなかった。

 

 凌牙が遊馬を信用し、遊馬が彼に応えた結果、装備魔法【アーマード・エクシーズ】を使い、二人はデュエルに勝利した。ナンバーズの呪縛から解放された陸王と海王は、先程までの威勢の良さまで一緒に抜けたのか情けなく逃走し、不良の棺桶から片足を引き抜いた少年は「少しはやるじゃねぇか、ヘボデュエリスト」とタッグパートナーを褒め、万丈目に一瞥くれてから去っていった。遊馬も鉄男と等々力に謝り、等々力の提案を受け、深夜の美術館前にて三人でデュエルを楽しんだのだった。わいわいきゃあきゃあと騒ぐ三人を見ていたら、学生時代の一コマの思い出が息を吹き返し、赤服を着た遊馬が《あの男》にリンクしていった。

 

 遊馬も《あの男》も性質は似ているのだ。二人とも磁石のようなものだが、其処には決定的な違いがある。《あの男》の場合、魅了された相手が《あの男》に近付いていったが、遊馬はその逆で彼から相手に近付いていくのだ。《あの男》の能力が相手の気持ちを引き(惹き)付けるものなら、遊馬は相手の気持ちに寄り添うことができる持ち主だ。

 そうして、《あの男》は総てを――絆を、仲間を、信頼を、命運を、災厄を、疑念を、離別を、歪んだ愛を引き付け、彼自身の変化を招くことになった。

 

(最も、離別は俺たちが招いたことだがな)

 

 自嘲の笑みを浮かべていた万丈目だったが、ふと気付いた。

 

(では、遊馬も?)

 

 恐らく遊馬も――《あの男》同様、それでいて逆に――《総て》に彼から近付いていってしまうのだろう。変わっていってしまうのだろう、《あの男》のように、哀しい目をしてしまうほどに。

 

(それだけは駄目だ!)

 

 万丈目の足が止まる。急に目の前を歩く男が止まるものだから、アストラルとの会話を楽しんでいた遊馬はぶつかりそうになった。

 

「万丈目、いきなり止まるなよ!」

 

 遊馬の抗議も呼び捨ても今の万丈目には届かない。この小さい彼が《あの男》のように変わってしまうなんて、万丈目は耐えきれなかった。

 

「万丈目?」

 

 様子のおかしい青年に遊馬がもう一度呼んだ。アストラルも不思議そうにしている。遊馬が回り込むより先に万丈目が振り向く。万丈目より六歳年下の少年の赤くて丸い瞳には、まだ何の兆しもない新月を背負う己自身が映り込んでいた。そして、その己自身の瞳には《あの男》が映っていた。

 

(《あの男》が変わってしまったのは、俺たちが――俺が見捨てたからだ。独りにしたからだ。ならば、方法はシンプルで一つしかない)

 

 《信じる》しかないのだ。彼が独りにならないよう信じて、今回のように年上として支えてやればいい。誤った道を行こうとしたら、全力で止めてやればいい。危険な道を選ぶのなら、彼の意志を尊重しつつ、万丈目もついていけばいい。それで危ない目になったら、身を呈して守ってやればいい。

 人の気持ちに寄り添うことができる彼だからこそ、凌牙は転がりやすい坂道から脱出が出来たのだ。もし仮に、あの時、デュエルアカデミア時代の十五歳の青服の万丈目の隣に遊馬がいたとしても、彼はプライドの高さから決して受け入れることが出来なかっただろう。それでも、今でも万丈目の心の中で、背中を向けて立ち続ける青服の《彼》に寄り添ってくれたことが純粋に嬉しかった。《彼》の顔がどうして見えないのか、背中を向けているか、万丈目には分かっていた。敗北の恐怖に独りで泣いているからだ。その恐怖を遊馬は「当たり前だ」と肯定した。今の自分ですら寄り添えない、消去することも出来ず、敬遠して、遠目で見ることしか出来ない《彼》に遊馬は寄り添ってくれた。そんな遊馬が独りになっていいはずがない。《あの男》のようになっていいはずがない。

 あの時、万丈目は幼かった。でも、今は違う。あの時の後悔を反省に変えて、実行することができる。

 この世界に過去の万丈目を知るものは誰もいない。万丈目が本来どんな性格で、どれくらい意地っ張りで素直じゃないのかなんて、誰も知らない。学生時代のように、プロデュエリストの時のように他人の目なんて気にする必要はない。だから、己が望むまま、好きに行動して構わないのだ。

 

 今度は信じ続ける、と決めた。

 もう二度と裏切らない、と決意した。

 

「遊馬」

 

 誓いの言葉の代わりに、彼の名を呼ぶ。それが万丈目の覚悟だった。

 

「え、な、何?」

「ほら、車両通行禁止エリアが終わったぞ。早くバイクに乗りやがれ」

 

 乱雑な言葉を選んで、きょとんとしたままの遊馬にヘルメットを投げ渡す。急に元に戻った万丈目に遊馬が混乱している間に、彼はバイクの音をわざと大きく吹かせた。置いて行かれる! と焦った少年が飛び乗る。彼がそんなことするはずないだろうに、とアストラルが嘆息する。

 

「おい、なにぼさっとしてるんだ?」

「早く乗れよ、アストラル!」

 

 万丈目と遊馬が手招きする。帝の鍵と皇の鍵が街灯に呼応するように反射している。アストラルは遊馬に勝手についていく習性があるのでバイクに腰掛ける必要なんてまるでないのだが、当然のように呼びかける二人にアストラルは何故か無性に気持ちが高揚して良くなったものだから、以前にそうしたことがあるように遊馬の後ろに背中合わせになるようにして座った。

 

「万丈目、全速前進だ! かっとべ、ブラックサンダー号!」

「さん、だ! あと、勝手に明里さんのバイクに名前をつけるな!」

『なるほど、このバイクの名はブラックサンダー号というのか。記憶しておこう』

「しなくていいっつーの!」

 

 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、夜道を一台のバイクがテールランプを流すようにして走っていく。深夜の帰宅を明里に怒られるのは、そう遠くない未来である。

 

 

12:動き出す運命

 

 もう誰もいないのか、明かりを漏らすことなく静かに夜に立ち尽くすその姿は魔王城のようであった。ラスボスの住む居城のように聳(そび)え立つ、とある高層ビルの上から、地上絵のように一筋の線を浮かび上がらせるテールランプを見送る二人を航空障害灯が照らし出す。

 

「あれがナンバーズを賭けた戦い……」

「なんだ、Ⅲ(スリー)、ビビっちまったのか?」

 

 齢は十五、六歳だろうか。まだ華奢さが抜けないアプリコット色の礼服に身を包んだ少年を、彼よりも若干年上の青年が揶揄する。金色のメッシュが入った茶髪の青年もまた、杏子色の髪の少年と似たデザインの礼服に身を包んでおり、此方は黄色のラインが入った白色の物であった。

 

「お前が見てみたいっていうから、わざわざ連れてきてやったってのによぉ。怖いんなら、この計画から降りてもいいんだぜ?」

「Ⅳ(フォー)兄様。何があろうとも、僕は降りませんよ」

「頑固な奴め」

 

 ケッとⅣと呼ばれた青年が面白くなさそうに悪態を吐く。

 

「なぁ、Ⅲ、今からちょっと行ってタッグデュエルであの二人を潰してこねぇか? あんな奴ら、俺たち二人なら余裕だろ?」

「駄目です。トロンからの命令で僕たちは九十九遊馬に接触(コンタクト)することは禁じられています。それに、彼らのバイクは摩天楼の影に隠れて見えなくなりましたから、今更追えないでしょう」

 

 Ⅲと呼ばれた少年が双眼鏡を下し、シビアな顔でⅣを睨んだ。冗談だっての。生真面目な奴は嫌われるぜ? と兄は茶化すが、弟は何も答えなかった。ナンバーズが絡んだデュエル――ARヴィジョンとは圧倒的に異なる質量と現実への影響力の恐ろしさに、Ⅲは瞠目する。双眼鏡を握る手が震えている事実に、Ⅳが真剣に末の弟だけでも降りることを促そうとしたときだった。

 

「お前たち、何をしている? トロンへの断りなしに九十九遊馬への接触(コンタクト)は禁じられているのを知らないとは言わせんぞ」

「Ⅴ(ブイ)兄様」

 

 紋章の魔法陣と共に音もなく現れたのは、青色の礼服を着た長身の男だった。タイミング悪く現れた青髪の長兄に、Ⅳが舌打ちをする。

 

「接触(コンタクト)は禁じられているが、視察は駄目とは聞いてねぇからな」

「減らず口を」

「俺よりも多くナンバーズを集めてみたら止めてやんぜ? 最も、オニイサマはお忙しいから難しいでしょうけどねぇ。ナンバーズを集めないで、トロンと何をこそこそしているんだか」

 

 とどめに鼻で笑うⅣに、Ⅴもまた同じような仕草で返した。

 

「お前にいう義理はない、とだけ答えておくか」

「ンだと、テメェ!」

「Ⅳ兄様、止めて下さい!」

 

 Ⅴに掴み掛ろうとするⅣをⅢが落ち着かせようとしていると、四番目の声が介入してきた。

 

「やめなよ、喧嘩なんて。高貴な僕らがする行為ではないだろう?」

「トロン!?」

 

 先程、Ⅴが現れたときとは違う紋章の魔法陣で、声の持ち主が姿を現す。年齢は三兄弟よりもずっと幼いが、この中で位が一番上のようであった。

 

「俺はトロンの教えは破っていないぜ」

「分かっているよ」

 

 いの一番でアピールする真ん中っ子を、ブロンド髪のトロンと呼ばれた少年がさらっと受け流す。航空障害灯の赤の不動光が彼の銀色のマスクを常時照らし出し、大人びた少年の気味の悪さを助長させていた。

 

「あの、トロン……」

「なんだい、僕のかわいいⅢ」

「後ろにいる彼は何者です?」

 

 水色の礼服を着たトロンの後ろには、またもや同じデザインの深緑の礼服を着た青年が立っていた。齢はⅣとⅤの間ぐらいだろうか、随分と落ち着いた風貌をしている。

 

「ああ、彼かい? 紹介するよ、僕らの新たな仲間だ」

「Ⅵ(ゼクス)と名付けた」

 

 トロンとⅤの紹介に、除け者にされていたⅢとⅣが顔を見合わせる。当の本人は布ずれの音一つさせずにお辞儀をした後、眼鏡のブリッジを片手で触り、そっちのずれを直しただけだった。

 

「成程。最近、テメェらがこそこそしていたのは、そいつを教育するためだったってのかい?」

「トロン! 僕ら三兄弟がいれば十分のはずでは!? 僕らだけでは戦力が足りないというのですか!」

「うん、そうだよ。当然じゃない? 捨て駒は多いに越したことはないよ」

 

 苛立ちを隠せないⅣと悲鳴を上げるⅢに、トロンがくつくつと嗤う。ぎりと歯軋りしてしまったⅣの横を通り抜け、赤茶髪のⅥ(ゼクス)は摩天楼の屋上のフェンスまで歩いていった。あのバイクのテールランプは霞(かすみ)さえも見えなくなっていた。

 

「万丈目準、彼も此方に来てしまったのか……いや、向こうの世界から 《逝って》しまったというべきか」

「わお! なんて運命的なんだい! 黒髪の彼がⅥ(ゼクス)の知り合いだったなんて!」

 

 わざとらしく声を上げるトロンにⅣは更に歯軋りを強めた。

 

「《向こうの世界》……? 彼は何を言って……」

「トロン、僕は貴方の配下に歓迎されていないようです。だから、万丈目準を相手にデモンストレーションなんて、どうでしょうか?」

 

 Ⅲの呟きを無視して、Ⅵ(ゼクス)がトロンに提案する。幼い少年の首魁(しゅかい)は「うん、いいよ」と無邪気にあっさり承諾した。

 

「新人君の実力を見せる良い機会じゃないか!」

 

ありがとうございます、と礼をしたⅥ(ゼクス)は「彼とは二回目になるから、いい練習相手だ」と独り言を漏らした。

 

「へっ! ナンバーズを持っていない奴が何を言って――」

「ナンバーズとは、これのことかい?」

 

 Ⅵ(ゼクス)が取り出した闇の力を漂わすカードにⅣが絶句する。

 

「なんで、テメェがナンバーズを……っ! まさか!」

「無論、トロンからこの力も賜った――君たち同様にね」

 

 彼が片手を顔に翳すと、Ⅵ(ゼクス)の左目にマーカーが浮かび上がった。これにはⅢもⅣも声を出せなかった。

 

「万丈目準、今度は君が僕に付き合う番だ。せいぜい、良い練習相手をしてもらおうじゃないか」

 

 彼の右目の下にタトゥーのように小さく紋章が浮かび上がる。トロンは仮面の下で地獄に住む餓鬼のように、ニンマリと笑ったのだった。

 

 

 

つづく

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