【遊馬と万丈目で】 YU-JO!【時空を超えた絆】 作:千葉 仁史
1:アバン
「見つけたぞ! ナンバーズ使い!」
青空のもと、七色のゴーグルレンズが乱反射する。Dゲイザーではなく、特殊な両目ゴーグルを着けた輩に包囲される。全員が似たような鮮やかで未来的なコスチュームを身に纏い、ポーズを決めた少年少女たちは「覚悟しなさい!」と声を揃えて言った。
「ナンバーズを賭けて、この九十九遊馬が勝負よ!」
少年少女が道を開けた先には、いつものパーカー服を着たツンツン頭の少年が居て、「万丈目! 必ず、お前の目を覚まさせてやる!」と息巻いている。
「鉄男も遊馬くんも中学生になっても、戦隊ものが好きなのね」
のほほんと感想を漏らすカードショップの店長の隣で、名指しされた店員こと青年は口をあんぐりとさせて、こう思うことしか出来なかった。
(どうして、こうなった……っ!?)
2:OP後《Aパート》
漣(さざなみ)程度だった痛みが徐々に勢いを増していく。注射の効果が切れてしまったことに気が付いた万丈目は、痛みが強い津波になる前に、もう一回鎮痛剤を打ってもらおうと体を起こした。痛み止めという堤防がなければ、痛みという名の大津波に飲み込まれ、身体中が軋んで上半身を起こすどころか眠ることすら叶わず、口からは呻き声を、瞳から涙を零(こぼ)すばかりになってしまう。自身の身体という砂浜に固定された万丈目にとって、堤防しか逃げる術はないそれは恐怖そのものだった。
(今日はまだ、もう一回打てるはずだ)
恐怖の津波から逃げたい一心で、万丈目はベッドサイドに括り付けられたナースコールに手を伸ばす。眠る前に握っていたそれは何故か見付からない。焦って必死になればなるほど包帯が擦れて、津波の感覚が狭く、高さを増していく。白いスーツを掻きむしる様に探していると、包帯が巻かれた左の薬指が琴の線を引っ掻いたように痛みを鳴らした。
「……っ!」
言葉にならない声を漏らした万丈目は左手の薬指を引き寄せ、火傷跡のように息を吹きかける。そうして顔を上げたとき、万丈目が入院する個室の病室の仕切りカーテンが揺れた先の、扉が開け放たれた奥の廊下に、従業員が数人いることに気が付いた。助かった、と思った。万丈目が呼ぼうとした瞬間、彼が寝ていると思い込んでいたのだろう、楽しそうにお喋りする従業員の声が聞こえてきた。
「あの病室の彼の話、聞いた?」
「聞いた、聞いた」
「一ヶ月前に死に掛けの大怪我でうちに運ばれた、身元不明の二十歳前後の男の子のこと?」
「それそれ。ほら、最近、目を覚ましたじゃない?」
「ああ、あれね! 目は覚ましたのはいいんだけど、痛みで錯乱していたってヤツ」
「そうそう。『俺は財閥の御曹司でプロのデュエリストで大会のファイナリストだーっ!』 って叫んだ話」
「財閥の御曹司でプロのデュエリストで大会のファイナリストって、話盛り過ぎだよね!」
「そんな男、当たり前だけど、ハートランドシティのデータバンクにいないってさ」
「なにそれ!? ヤバくない!?」
「でも、私、学生の時に自分が皇帝だと思い込んだ男の小説、呼んだことあるよ」
「私も知ってる。『財閥の御曹司でプロのデュエリストで大会のファイナリスト』って、一目惚れした令嬢の身分違いとの恋でおかしくなって、犬同士の会話まで聞こえてきた挙句の設定かな」
「それなら、まずは犬同士のやり取りの手紙を取り戻さなくちゃね」
「まんま今の状況じゃん、それ! その小説のタイトル、何? 教えなさいよ~、その患者(クランケ)対策の参考にするからさぁ」
「もしかして、あの有名な小説ってか古典のこと? へぇ、そんな内容だったんだ」
「そういえば、私も自分がサンタクロースだと思い込んでいる老人のお話を読んだことあったなぁ」
「逆に、サンタクロースを見たって言い張って、サンタクロースを信じる男が出てくるドラマを思い出したわ」
「私も再放送で見た! 推理物のドラマでしょ? 確か病院が舞台で、そう言い張る男って二十歳は優に越えていたわね」
「事実は小説よりも奇なりって、よく言ったものねぇ」
無邪気に廊下を走り回った笑い声は万丈目の鼓膜まで丁寧に届けてきてくれた。伸ばした手がベッドに落ちる。声の代わりに瞳から滴が一粒流れた瞬間、風で揺れていた仕切りカーテンが分裂して、何枚にも何十枚にも増えていく。それは無限の迷路のように広がっていき、患者を世界から切り離した。声も音も光も熱も遮る、何千の真っ白い仕切りカーテンは人影すら映さない。とうとう、それは彼のベッドを天蓋のように囲ってしまった。すると、そうなるのを待っていたかのように、無音のなか、無音のまま、大津波が彼に襲い掛かる。だが、津波に呑み込まれる以前に青年の瞳から光は消え失せていた。
目が覚めた万丈目が一番初めにしたのは、頬を流れる滴の確認であった。睫毛が濡れておらず、頭まですっぽりと布団を被っていたので、その正体が汗と知る。
(なんだ、汗かよ……って、汗?)
「うわぁ暑い!」
なんで、頭まで布団を被ってんだ、俺! 寝汗まみれでガバリと起き上がるや否や、目の前にナンバーズの精霊ことポン太がドアップで構えたものだから、万丈目は驚きの言葉よりも先にパンチを繰り出していた。
「タヌキ! 貴様、何をしていやがる!」
『こちらこそびっくりしたポン! なんで、アニキは驚きよりも先に手が出るポン!』
すり抜けた拳にドキドキしながらポン太が応対する。その光景に、遊馬もアストラルに触れることが出来なかったな、と万丈目は思い返した。
(俺は《アイツ》やヨハンよりもカードの精霊を視る力が弱い半端者だからな。触れられなくて当然……って、俺はカードの精霊を見る力を失ったのだから、そもそも、そういう問題ですらないか。タヌキが視えるのも、帝の鍵のおかげだしな)
ベッドサイドに置いている、皇の鍵の亜種である《帝の鍵》に手を伸ばす。豆電球にシルバーのボディと青の玉(ぎょく)が反射した。
「……で、貴様は寝ている俺に近付いて何を企んでいたんだ? まさか、闇川の時みたいにこの俺様に憑りつこうなんて考えていないだろうな」
『ぎくりポン!』
分かりやすく肩を揺らすポン太に、万丈目は溜息一つして立ち上がる。それから『寝ている今ならいけると思ったのに』だの、『その魚の骨さえなければ』とポンポン負け惜しみを言うナンバーズの精霊を無視して、万丈目は本棚から大きな図鑑を数冊持ってきた。不思議がるポン太を余所に、万丈目はデッキケースから【No.64 古狸三太夫】のカードを取り出してベッドサイドに置くと、持ってきた図鑑を上から乗せたのだった。
『ポーン! オイラのカードに何てことするポン!』
「俺様を怒らせた罰だ、反省しろ」
万丈目がナンバーズの精霊に触れられないように、ナンバーズの精霊もまた実物には触れられない。自身の依代(よりしろ)のカードが分厚い図鑑の下敷きにされたことにポン太は嘆き、その下手人(げしゅにん)は目が覚めたからデッキ編成をしようと勉強机のスタンドデスクに明りを灯した。
「次に変なことを企んだら、落書きしたり、猫に遊ばせたりするからな」
泣き喚くポン太に冷たい台詞を万丈目は振り向きもせずに投げつけると、デッキを机上に広げた。
(以前のデュエルでは、攻め手も守り手も遅れた。此処はエクシーズ召喚が中心の世界――だが、だからといって、そればかりに頼る訳にはいかない。もっと、別の、いろんな角度からの戦法を考えなくては)
万丈目の世界から持ってきたサイドデッキや、この世界で得た見知らぬカードや、以前から知っていたカードに目を通す。その後ろでは、ポン太がどうにかして自身の依代であるカードを助けようと奮闘していた。
(前の世界では機械族の《VWXYZ(ヴィトゥズィ)》やドラゴン族の《アームド・ドラゴン》がデッキの要(かなめ)で、それらの種族・属性をサポートするカードを入れていた。今はエクシーズ召喚軸の《おジャマ》デッキ、等々力がくれた通常モンスターや獣族のサポートカードをもう少し入れてみるか)
図鑑の周りで飛び回って奮闘するナンバーズの精霊を余所に、万丈目は何気なしにカーテンを小さく捲った。ネオンが輝く都市は朝日とは無縁のように思える。以前、悪夢で目が覚めた時もこんな時間帯だったな、と不意にそんな感想が浮かんだが、首を振って違う話題を探した。
(そういえば、昨日はナンバーズやら蔵の掃除やらで疲れて、とっとと寝ちまったから、遊馬にタヌキのことを説明するの、すっかり忘れてた)
ナンバーズとのデュエル・蔵の掃除(99%闇川がやったのだが)・階段の上り下りは、しばらく前まで入院していた万丈目の身体には相当ハードだったらしい。観月家で夕飯を馳走になった遊馬が帰って来る前に、万丈目は寝てしまったため、昨日は真面(まとも)に年下の少年と話していない。ナンバーズに関することだから必ず話さなければならないことは分かっていたが、明日にでも説明すればいいか、と呑気に結論付ける。背後では、ポン太の喚きが更に悪化してきている。万丈目は手に持っていたカードを卓上に置くと、すっと息を吸い込んだ。
「うるさいわ、タヌキ! 遊馬が起きるだろが!」
『タヌキじゃないポン! オイラの名前はポン太だポン!』
「じゃあかしい! 貴様なんぞ、タヌキで十分よ!」
『酷いポン! それに万丈目のアニキの方がうるさいポン!』
「なにおう! 俺の何処がうるさいんだ!」
『声が大きいし、さっきまで酷く魘(うな)されていたから、アニキの方がずっとうるさいポン!』
ああ言えばこう言うで対峙していた一人と一匹だったが、ポン太の指摘に万丈目の言葉が詰まった。言い負かせたことに愉悦に浸ろうとしたポン太は万丈目の顔が青褪めていたことに気付く。
『アニキ?』
「しらけた。もう寝るから、今度こそ静かにしろ」
ポンタに背を向けると、万丈目は図鑑とカードの山を片付け、あんな扱いをした癖に【No.64 古狸三太夫】を大事そうにデッキケースにしまった。そして全ての電気を消灯し、空気をふんだんに取り入れるような大きな動作で掛け布団を捲り上げてから、万丈目はまた頭まで布団を被った。
『アニキ、また寝汗をかくポン』
「こうした方が俺は寝やすいんだ」
これ以上、万丈目に会話をする気はないらしい。こんもりとした布団があまりにも静かなので、仕方なくポン太は引っ込むことにする。
(魘されていた、か)
ポン太の指摘に、万丈目は先程の悪夢であり、現実を思い出す。誰も身の上を信じてくれず、嘲笑されたあの日を境に万丈目と世界は剥離され、その心身耗弱状態は彼自身が異邦人と気付くまで続いた。
何故大怪我したのか、理由の分からない痛みが怖かった。誰も知り合いがいないうえ、カードの精霊まで見えなくなってしまったのが心細かった。今までの自分が必死で積み上げてきたものが妄言としてワイドショーみたいに話題にされ、笑いの的になるのは心が折れてしまう程、辛かった。恐怖がこじ開けようとする記憶の扉を必死に抑える。十字架のように帝の鍵を握り込み、万丈目は祈るように強く瞼を落とした。
そんな風に布団を頭まで被っていたから、遊馬がロフトから覗き込んでいたことに万丈目は気付かなかった。そして、勢いよく布団を捲り上げ過ぎるあまり、ベッドサイドに置いていた目覚まし時計が落下し、電池がころりと取れてしまったことにも、勿論気付かなかった。
朝日が昇り、すずめが囀(さえず)っている。九十九家の中では、遊馬ではなく、万丈目が走り回っていた。
「なんで、目覚まし時計がならねぇんだよ!」
苛々して愚痴って悲観したところで、ぐっすりお眠りタイムが戻ってくる訳でもない。着替えて、朝ご飯を食べて、顔を洗って……ええと、他にすることはあったっけ? そんな風に行ったり来たりする万丈目をポン太はお腹を抱えて見ていた。無論、それだけに飽き足らず、きっちりと夜のお礼参りをしておいた。
ミルクをがぶ飲みする万丈目の目の前でおかしな顔を披露するとか、洗面台で彼が顔を上げた瞬間にドアップで現れるとか、家の曲がり角で急に横切ったりするとか。これらの悪戯に対し、万丈目は見事に引っ掛かり、ミルクを噴き出し(正面に誰もいなかったのが不幸中の幸いである)、驚きのあまり洗面台の鏡にしこたま頭をぶつけ、コーナーの角に足の小指をぶつけて悶絶する羽目になった。その度に万丈目が怒鳴るのだが、彼以外にポン太は視えないので、明里には怪訝な顔をされ、ハルには「遊馬に似てきた」と恐ろしいことを言われてしまったのだった。
家を出る支度の最後として、万丈目がトイレに向かったものだから、嫌がらせをしたいポン太も勿論追跡した。だが、トイレのドアをすり抜けて侵入したポン太を待っていたのは【No.64 古狸三太夫】のカードを持って仁王立ちする新主人の姿だった。
「悪戯が過ぎたようだな、タヌキ」
『ポポン!? オイラのカードをどうするポン!』
依代を人質にされ、ポン太はさっと青褪めた。そもそも、本体(カード)は万丈目が所持しているのに、どうして悪戯なんて仕掛けたのだろうか。悪役らしさマックスの笑顔でナンバーズの精霊を見下ろしながら、万丈目は唐突にクイズを出してきた。
「さぁて、タヌキに質問だ。此処は何をするところだ?」
『厠(かわや)……汚物を流すところポン』
「いい回答だ。ところで、貴様は俺に何をした?」
『悪戯をしたポン』
遠回りな問い掛けにポン太は首を傾げながら回答する。
「つまり、貴様は俺に悪戯なんていう《汚い》真似をした訳だ。さぁ、もう一度、聞くぜ。此処は何をするところだ?」
厠だから汚物を、と同じ回答をしかけて流石にポン太も気付いた。
「主人に逆らう部下には、それなりの罰則を与えてやらんとなぁ」
『ちょっと待つポン! ナンバーズをトイレに流していいのかポン!?』
「ハートランドシティの下水道って発達してそうだから問題ないだろ、多分。カードもそんなに大きくないから、トイレにも詰まらなそうだし」
『トイレの心配じゃなくて、ナンバーズの心配だポン! ほ、ほら! 昨日、アニキが全てのナンバーズを集めないとアストラルの記憶は戻らないって言ってたポン! 一枚でも喪失したら大変ポン!!』
わたわたと流してはいけない理由を語るポン太に、万丈目は鼻で笑っただけだった。
「貴様なんぞ、どうせ《さいごのおねしょ》なんていう、どうでもいい、むしろ忘れ去りたい程度の記憶だろうよ」
『オイラ=(イコール)《さいごのおねしょ》の記憶のピースなんて、絶対に嫌ポン! アニキ! ナンバーズハンターが出るくらいの、貴重で大事なナンバーズをそんな粗末に扱ったら駄目ポン!』
「いくらナンバーズハンターでも、流石に……の中にカードがあるとは思わんだろ。見付けたとしても、触りたくないだろうし。それでも、ゲットしたら――なんだ、やべぇな、そいつ」
『トイレに流すこと前提で話さないでほしいポン!! 許してほしいポン! 万丈目のアニキ! なんでもするから流さないでほしいポン!』
ひらにひらに、と頭を下げるポン太に気分を良くした万丈目は、びしっと人差し指を突き付けながら言い放った。
「なら、貴様の新主人である万丈目サンダー様に盾突かないことだ! タヌキ、覚えておくんだな」
今にも高笑いしそうな男に、ポン太は『どうして、この男に負けてしまったんだ。いや、出会ってしまったんだ』と心から後悔した。
トイレのドアがノックされる。万丈目くん、大丈夫? 本当に遅刻するわよ、と明里の気遣う声が聞こえ、万丈目は個室内の時計を見て、悲鳴をあげそうになった。
「おい、タヌキ。ナンバーズって、不思議な力があるんだろ。なら、鉄子さんの店までテレポーテーションとか出来ねぇのかよ。或いは出会う信号機を全て青にするとか」
『そんな力、ある訳ないポン』
「なんだ、使えない奴」
部下の即答に口をへの字に曲げた新主人がポン太を廊下へ追い出す。トイレのドアの前で流水音を聞きながら、ポン太は『いや、最後の怒りは理不尽過ぎるだろ』と語尾にポンを付けるのも忘れて、こっちも不貞腐れてやったのだった。
万丈目がようやくアルバイト先へ出掛けた後になって、遊馬がのっそり起きてきた。目を擦り、大きな欠伸をする動作が珍しいのか、アストラルも真似をして大口を開けるが、少年のように微睡んだようにならなくて一寸首を傾げる。
「遊馬、学校が休みだからって寝過ぎじゃない?」
「朝から怒らないでくれよ、姉ちゃん。あれっ、万丈目は? 今日、アルバイトは休みじゃなかったっけ?」
「アンタ、知らないの? 昨日の夕ご飯中に鉄子から急に『明日は出勤してほしい』って連絡が入って――ああ、その時はいなかったわね。そんな訳だから、彼ならもう朝から鉄子の店に行ったわ。そうそう、遊馬の最近の癖、万丈目くんにうつったみたいよ。朝から寝坊して、独り言が多くなってきたし、やっぱり兄弟じゃないの?」
茶化すように言いながら、うっかり明里も欠伸する。彼女を参考にもう一度欠伸をしようとするアストラルの横で、遊馬が顔を顰めるようにして考え事を巡らせていた。
どうにかこうにか事故を起こさず、アルバイト先へ遅刻せずに着けた万丈目は、いつも通り業務に励んでいた。一昨日に鉄子の前で大泣きしてしまったことを思い出し、万丈目は耳まで赤くなりそうだったが、彼女は特にそのことに触れず、「今日も、お客さんが多く来たらいいねぇ」と笑っただけだった。
「昨夜、闇川くんとシフトを代わってほしいって急にお願いして、ごめんね。彼、筋肉痛で全然動けないんだって」
「いえ、鉄子さんのお願いなら断れませんよ。それに後輩の尻拭いをするのも先輩の役目ですから」
胸を張る万丈目に鉄子が「万丈目くんは懐が広いね」と言うものだから、「貴方には敵いませんよ」と応える。ポン太が『とんだマッチポンプだポン』とぼそぼそ言ったが、接客中の為、当然万丈目は無視をした。
(それにしても、なんか忘れているような気がするなぁ)
休憩時間、店の備品のゼミクリップで【No.64 古狸三太夫】のカード本体を挟んでいく。静かにナンバーズの精霊への粛清をしながら考え込む万丈目の横では、ポン太が『アニキの何処が懐広いポン!?』と絶望の表情を浮かべている。ライオンの鬣(たてがみ)のようになったところで、鉄子から「ゼミクリップ頂戴」と言われたので全て外して返却したが、その頃には「忘れた内容なんぞ、どうせ小さいことだろう」という考えに至り、ポン太に至っては石像に封印されていた時を懐かしむようにすらなっていた。
ヘリコプターのプロペラ音がする。反射的に、高等部一年時にデュエルアカデミアに襲来した二人の兄の顔が脳裏に過(よぎ)った万丈目だったが、此処は誰も知り合いのいない異世界だと思い返す。お祭りでもあったっけ? と鉄子が店先へ出ようとするので、万丈目や店内の客も倣ってついていくと、ちょうどヘリコプターは道路へ着地しようとしていた。ヘリコプターの胴体に猫の肉球マークが見え、「もしかして」と万丈目は思う。何の脈絡もなく真っ昼間に現れたヘリコプターに、別の店からも飛び出した人々が集まり出す。そんなざわめく野次馬なんて気にも留めずにヘリコプターは着地すると、中から戦隊ものと言っても過言ではない衣装と、Dゲイザーではなく、特殊な両目ゴーグルを身に着けた少年少女たちが格好良く飛び出してきた。全員、万丈目の見知った顔である。だが、ズラリと並ぶなかに、一番知る少年の姿がなかった。
「いつの世にもはびこる悪」
「しかし! そこに敢然と立ち向かう少年少女たちがいた」
「その名をナンバーズクラブ!!」
決め台詞をいうと、四人がそれぞれ思い思いにキメポーズを取る。どうせなら台詞と一緒にポーズも統一しろよ、と万丈目は無粋なことを言いたくて仕方がない。
(なんだなんだ? 戦隊ごっこか? 中学生になっても憧れるんかねぇ……って、往来のど真ん中で何を考えてるんだ? 何故(なにゆえ)ナンバーズクラブという名前なのだ?)
突然の派手な登場に万丈目が驚き半分呆れ半分で声も出せずにいると、マイクを持った一番身長の低い少年が一歩前へ出た。
「まずはナンバーズクラブ一の力持ち! 鉄男くん!」
「カレーを食べると攻撃力が倍になるぜ!」
(攻撃力って、鉄男、貴様はモンスターカードかよ)
「続いて、ナンバーズクラブの頭脳! 等々力孝くん!」
「とどのつまり、僕がなんでも分析します!」
(等々力のフルネーム、はじめて聞いたな)
「あと、とりあえず、ナンバーズクラブの紅二点! 小鳥&キャッシー!」
「あと!?」
「二点!?」
(いきなり説明が適当になり過ぎだろ)
「そして! 最後は世の中の裏の裏を知る男! 表裏徳之助ウラ! ウラのウラは表ウラーッ!」
(なんとなく委員長とキャラが被ってねぇか、それ)
「そして! ナンバーズを扱う勇者こと、九十九遊――って、あれ?」
「遊馬がいないぞ!」
「キャッと! ダーリンを置いてきちゃった!?」
「ちょっと! なに、さらっと爆弾発言しているのよ!?」
「とどのつまり、遊馬くんがいないと始まらないじゃないですか!」
「かくなる上は……仕切り直していいウラか?」
「いいわけあるか」
慌てふためく子供たちに、心の中で逐一ツッコミを入れていた万丈目だったが、最後の台詞は声に出てしまった。集まった人々は、鉄子の店のアルバイターが子供たちの戦隊ごっこに巻き込まれたかと微笑ましく野次馬に徹している。
(ああ、つまり、俺はガキ共の戦隊ごっこに巻き込まれた訳か。しかも、俺が悪役(ヒール)かよ、それならそれで事前に打ち合わせしてほしいもんだな。勘弁してくれ、こっちは仕事中だぜ)
周りの雰囲気で状況を読み取った万丈目が長い溜息を吐いていると、其処へ遊馬が走ってきて合流した。みんな空路で、一人だけ陸路なんて、メインだというのに本当に置いていかれたらしい。その遊馬だけ何故かコスチュームを着ていなくて、キャッシーが「ダーリンだけ特別仕様にしたのに、どうして着てくれなかったの?」と詰め寄り、「いくらなんでも暑すぎて、あんな勇者ルックのアーマーなんて着られないぜ」と反論している。そんな遊馬の隣ではアストラルがいつも通りに、ふよふよ浮いている。不意に視線が合い、金色(こんじき)の矢を射るようなアストラルの瞳の揺らめきに、万丈目は《嫌な予感》を覚えた。
「HERO(ヒーロー)は遅れてやってくるものウラ! では、仕切り直して――」
(もう好きにしろや。俺はHEEL(ヒール)だからな、貴様らのヒーローごっこに付き合ってやらぁ)
咳払いする徳之助に、万丈目は投げやりな気分で続きを黙って促した。彼はこの時まで周りの人々同様に少年少女たちのお遊びだと思っていた。だが、それは次の台詞で消し飛ぶことになる。
「見つけたぞ! ナンバーズ使い!」
包帯を巻かれた左手の薬指が熱を持つ。それは彼・彼女らの指摘に、知らず知らずのうちに万丈目はその指で【No.64 古狸三太夫】が入ったデッキケースに触れていたからだった。その体の震えに逃げると思ったのか、少年少女たちは万丈目を包囲して「覚悟しなさい!」と声を揃えて告げた。
「ナンバーズを賭けて、この九十九遊馬が勝負よ!」
「万丈目! 必ず、お前の目を覚まさせてやる!」
ナンバーズクラブの背後から現れた《おお取り》(講演会などで最後に現れる人)は握り締めた拳に決意を宿している。
「鉄男も遊馬くんも中学生になっても、戦隊ものが好きなのね」
ナンバーズなんていう事情を全く知らず、のほほんと感想を漏らす鉄子の隣で、万丈目は口をあんぐりとさせてしまう。
(どうして、こうなった……って、あ!?)
今更になって万丈目は《忘れていたこと》が何であるかに気が付いた。
(遊馬とアストラルにナンバーズを手に入れたことを話すのを忘れてた!!)
これまでに遊馬が遭遇した、ナンバーズを持っていたデュエリストは――ナンバーズハンターのカイトを除けば――心を闇に侵されており、皇の鍵により、万丈目がナンバーズを持っていることに気が付いた遊馬が「彼もそうなってしまった」と思ってしまうのは致し方ないものである。
(つまり、ナンバーズに操られた俺を倒すための戦隊《ナンバーズクラブ》ということか。……いや、それでも、戦隊ごっこをする理由にはならないと思うが、中学生の考えることは分からん)
俺は正気なんだけどな、と万丈目は肩を落としてしまう。新主人が混乱する様を、アストラルのように浮いているポン太は特等席でニヤニヤ見詰めた。
「あ! アイツだ! あのレッサーパンダの幽霊だよ、アストラル! お前、デュエルタクティクスを極めるとか言ってしばらく皇の鍵に引き籠っていたから知らないだろうけど、昨日の夜には万丈目にもう憑いていたんだよ!」
『レ、レッサーパンダ!? オイラはタヌキの妖(あやかし)ポン! そんなハイカラなもんじゃないポン! アニキからもなんか言ってほしいポン!』
頭を悩ます原因であるナンバーズの精霊に話を振られ、万丈目は反射的に口を開く。
「万丈目さん、だ。遊馬、俺のことはそう呼べと言っているだろ」
『其処じゃないポン! なんで何が何でも自分のことが最優先なんだポン! オイラのことを言ってほしいポン!』
「分かったぜ、タヌキ。おい、遊馬、コイツと間違えるなんざ、レッサーパンダに失礼だろうが」
『全然分かってないポーーン!!』
ちっちゃなおててでグシャグシャと頭を掻きまわしながら、ポン太が絶叫する。ナンバーズの精霊であるポン太が見えない面々には奇天烈以外の何物でもないやりとりなのだが、遊馬と万丈目はまるで頓着していない。ポンポンと嘆いて騒がしい精霊を尻目に、万丈目は次第に冷静さを取り戻そうと努める。
今、中学生の彼・彼女らは《ナンバーズクラブ》と名乗っている。知らない人が聞いたら気にもしないだろうが、ナンバーズハンターのカイトやそれに準ずる奴らが聞いたら、ナンバーズに関係しているとみなして放って置く訳がないだろう。きっと襲ってくるに違いない。もしかすると、占い師のジンのように人質なんていう汚い真似をしてくるかもしれない。
(アモンの野郎も、カイトの味方ではないようだが、ナンバーズを手に入れたいだろうしな)
現状、悲しいかな、まだまだ遊馬も万丈目も未熟なのだ。今は運よくカイトもアモンも攻めてこないだけである。下手に敵を呼んで、窮地に陥りたくはない。しかも、敵さんが来た理由が此方からの暴露では泣くにも泣けない。出来れば穏便に、これ以上の情報が出る前に少年少女らを帰さなくては、と万丈目は算段を付ける。
『九十九家内に居たときは遊馬のナンバーズに紛れてよく分からなかったが、成程、万丈目、君はナンバーズを持っているようだ。遊馬と仲の良い君とは争いたくない、私の記憶の欠片であるナンバーズを渡してくれないか?』
「断る」
しかしながら、苦労して得たナンバーズのカードを、あっさりと手渡すほど、彼の懐は広くなかった。ナンバーズを得るためなら強硬策じみたデュエルも辞さないアストラルからの温厚な頼みを、万丈目がばっさりと両断したことに、提案した本人だけでなく、遊馬もナンバーズクラブもポン太ですら開いた口が塞がらなかった。
「貴様ら、聞け。俺はナンバーズなんぞに操られてなんて――」
「キャッと! 万丈目さん、どうして?」
「やっぱりナンバーズに憑かれているウラ!」
「遊馬、デュエルしてお祓(はら)いしてやらねぇと!」
「鉄男くん、お祓いって……」
青年の否定の言葉を無視して、ナンバーズクラブの面々が口々に疑問や推定を声に出す。唯一何も言わなかった委員長だけが万丈目に探(さぐ)るような眼を向けていた。
「あのな、ガキ共。あまり大勢の前でナンバーズの話題をしない方が――」
「万丈目、デュエルだ! お前をナンバーズから救い出してみせる!」
多感で思い込みの激しい中学生に十九歳の青年の話を聞く気は更々ないようだ。穏便な解決を目指していた万丈目だったが、それを完遂できるほど、彼の気は長い方ではなかった。つまり、気が短いのだ、万丈目準という男は。
「俺の話を聞かんかい、このトンマ! それに俺は万丈目さん、だ! いいだろう、遊馬、貴様とデュエルしてやる!」
「おう!」
もうこうなったら、デュエルに勝って黙らせるしかない。これ以上、ナンバーズについての情報が彼・彼女らの口から発せられる前に――ナンバーズを召喚させる・する前に、ナンバーズに操られているという不名誉な誤解を正すためにも、徹底的に叩かなければならない! と万丈目の思考はデュエル一色に染まった。結局、彼らはデュエリストなのでデュエルする運命なのだ。
周りを取り囲んだ野次馬たちは戦隊ごっことしてHEROとHEEL側としてデュエルすることを理解した。そして、いつも模擬デュエルしかしない青年の実践に心が躍り、鉄子の店の常連客は「万丈目さんの実践デュエルタクティクスだ!」や「とうとう観られるわね!」と声があちらこちらで上がる。HEEL役となった店員から離れた位置へ移動した鉄子も「万丈目くん、頑張ってね!」と声援を上げている。元より目立ちたがり屋の万丈目である。心が高揚してきたぜ! と腰から下げたDパッドを勢いよく手に取った。
「デュエルディスク、セット!」
二人揃って、Dパッドを青空へ投げ飛ばす。空中でDパッドが展開してデュエルディスクとなり、遊馬と万丈目は左右対称のように同じ動作でそれぞれの左腕に装着し、デッキをセットした。
「Dゲイザー、セット!」
二人の装着を合図に、観衆も各々Dゲイザーを装着する。
『ARヴィジョン・リンク完了』
電子音と共にマトリックスが降り注ぎ、決闘の場が用意された。
(ククク……、遊馬め、貴様のデュエルの講師はいったい誰がしていると思ってるのだ? 貴様のデッキ内容はこの万丈目サンダーにはまるっとお見通しよ)
顔には出ないように悪役(ヒール)よろしく笑う万丈目が開始の合図をしようと思った途端、遊馬が「あーーっ!」と大声を上げた。
「なんだ、突然! 今更、怖気着いたとか――」
「ごめん! 俺、万丈目のデッキを勝手に見ちまったんだ!」
対戦相手からの急な謝罪に、万丈目は怒鳴る態勢のまま固まってしまった。その間にも「はじめて会った日につい見ちゃってさ」と遊馬は告白を行い続けている。
(対戦相手のデッキ内容を知っているなら有利じゃないか。なんで、遊馬、お前はそれを言っちまうんだ? どうして謝るんだ? 貴様が見てしまったことなんて、俺は知らなかったんだぞ。黙っていても良かっただろうに)
「遊馬くん! なんで言っちゃうウラか!? 相手の裏をかく、せっかくのチャンスを不意にするなんて――」
「だって、フェアじゃねぇもん」
呆然とする万丈目の疑問を口にした徳之助に、遊馬があっけらかんと応える。その潔い回答に、万丈目は己の小ささを嗤いたくなった。
(フェアじゃない、か。デュエルしたら仲間だって、常々コイツが言っていることだ。相手がナンバーズに憑りつかれているかもしれないってのに、そんなことを気にするんだな。全く、貴様は本当に大馬鹿正直野郎だよ!)
なんだかんだ言っても、万丈目は遊馬の持つ《勢い》が好きなのだ。気取ったHEELとか、二十歳前の年相応とか、兄貴らしさとか、そういうのを全部取っ払って、万丈目は肩の力を抜くと、遊馬に語り掛けた。
「安心しろ、遊馬。あの時のデッキから改造したから、何の参考にもならねぇよ。むしろ、俺こそ貴様のデッキを師匠として毎回見ているんだぜ? そっちの方が問題だろ?」
青年からの指摘に、全く気付いてなかったのか、少年は微かに「あ!」と声を上げたが、「万丈目が知らないうちにいろんなカードを投入して再構築しているからな! 問題ないぜ!」と胸を張って言うものだから「さん、だ!」とすぐさま訂正してやった。デュエル前は緊張して固い心持ちになってしまうものだというのに、こんなにも穏やかで柔らかい気持ちになるのは、はじめてのことだった。
「遊馬、いくぜ。全力でデュエルをしよう」
「かかってこい! レッサーパンダのお化け!」
『あれがレッサーパンダなるものか、記憶しておこう』
『オイラはタヌキだポーーン!!』
青空の下、皇の鍵と帝の鍵がシンクロしたように反射する。ポン太の絶叫もなんのその、互いに「デュエル!」と大きく宣言し、初めての師弟対決が今始まったのだった。
3:CM後《Bパート》
――1ターン目、万丈目。4000ライフ。
―手札:5枚
「先攻は俺様が頂く! カードを一枚、モンスターゾーンにセット! これでターンエンドだぜ!」
もう初手ドローなんていうケアレスミスはしない。万丈目は最初の手札五枚を見て、瞬時に勝利への方程式を打ち立てると、意外にもカードを一枚だけ使用して終わった。
――2ターン目、遊馬。4000ライフ。
―手札:5+1枚(内容は以下の通り)
効果モンスター【ガガガマジシャン】(星4/闇属性/魔法使い族/攻1500/守1000)
通常魔法【オノマト連携(ペア)】
通常魔法【増援】
通常魔法【破天荒の風】
通常罠【エクシーズリボーン】
通常罠【共闘】
「かっとビングだ、俺! 第二ターン目、ドロー!」
遊馬が元気よくカードをドローする。手札のカード六枚を見て、遊馬は「何をしようかな」と策を巡らす。
「とりあえず、【ガガガマジシャン】を通常召喚して、万丈目の伏せモンスターを叩こうかな」
『遊馬』
少年の独り言にアストラルが呆れて溜息を漏らす。どうやら、遊馬には見えない勝利への道筋がアストラルには見えているようだ。
『私の言う通りの順番でカードを発動しろ。もしかすると、このターンで勝てるかもしれない』
「へ!?」
まさかの第二ターン目での勝利宣言に、遊馬は素っ頓狂な声を出す。だが、アストラルが言うのだ、その言葉に間違いはないだろう。模擬戦ではない、万丈目との初のオープンデュエルをワクワクしていた遊馬にとって、自身の力のみで闘えないのは残念だが、ナンバーズ=(イコール)アストラルの存在の消失が懸かっているのだ、四の五は言えない。そう考えた遊馬は素直にアストラルに従うことを決めた。
「分かったよ、お前に従うぜ」
遊馬の答えに、アストラルは万丈目と向き合った。ナンバーズを得るために、加減なんてしていられないのだ。
『では、いくぞ。まずは通常魔法【オノマト連携】を発動しろ!』
「OK! 通常魔法【オノマト連携】を発動! このカードは手札を1枚墓地へ送って発動できる……って、何を捨てるんだ?」
『【ガガガマジシャン】だ、遊馬』
「えっと、【ガガガマジシャン】を墓地へ捨てて、効果発動。デッキから《ズババ》、《ガガガ》、《ゴゴゴ》、《ドドド》と名のついた計四種類のモンスターの内一体ずつ、合計二体までを手札に加える! ちなみに、【オノマト連携】は一ターンに一枚しか発動できない」
テキストを読み上げた遊馬が、ちらりとアストラルを見上げる。その光景に、アストラルは以前にテレビで観た、親鳥が口を開けた雛に餌をあげている様子が思い浮かんだ。
『加えるカードは【ガガガシスター】(星2/闇属性/魔法使い族/攻200/守800)と【ドドドバスター】(星6/地属性/戦士族/攻1900/守800)だ』
「俺は【ガガガシスター】と【ドドドバスター】を選んで、手札に加える!」
これで遊馬の手札は6-1-1+2=6枚に戻った。
『次は【ドドドバスター】を特殊召喚だ』
「でも、【ドドドバスター】はレベル6だぜ? アドバンス召喚じゃなきゃ無理じゃないのか」
遊馬の無垢な質問にアストラルは眉間を片手で押さえてしまった。それから溜息交じりで「テキストを読め」と忠告した。
「【ドドドバスター】の効果は、と。相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚できる。この方法で特殊召喚したこのカードのレベルは4になる、か。……分かったぜ! 今、万丈目のフィールドには裏側守備表示モンスターがいるから、レベル4に下がっちまうけど特殊召喚可能だ!」
遊馬の手札が五枚になる。黄色い鎧に身に包んだ大柄の戦士が遊馬のモンスターゾーンに特殊召喚される。遊馬が次の指示をせがむ前に、アストラルは『【ガガガシスター】を通常召喚』と呟いた。
「次に、俺の新しい仲間の【ガガガシスター】を通常召喚するぜ! そして、【ガガガシスター】の効果発動! このカードが召喚に成功した時、デッキから《ガガガ》と名のついた魔法・罠カード一枚を手札に加える事ができる……て、あっ!」
万丈目の知らない《ガガガ》シリーズの妹分が通常召喚され、遊馬の手札が四枚になる。そのモンスターの効果テキストを読んだことで、ようやく遊馬もアストラルの描く勝利への道筋へと気付いたようだ。もう言わなくても良さそうだな、とアストラルは目を閉じた。
「俺はデッキから、装備魔法【ガガガリベンジ】を手札に加えて、そのまま発動するぜ! 自分の墓地の《ガガガ》と名のついたモンスター一体を選択して発動できる! 俺が選ぶのは【オノマト連携】の効果で墓地に捨てた【ガガガマジシャン】だ! 選択したモンスターを特殊召喚し、このカード【ガガガリベンジ】を装備する!」
墓地から棺桶を盛大にぶち破って、遊馬のフェイバリットカードが特殊召喚される。
「一気に加速するぜ! 【ガガガシスター】のもう一つの効果発動! このカード以外の自分フィールド上の《ガガガ》と名のついたモンスター一体――今の場合、【ガガガマジシャン】を選択して発動可能! 選択したモンスター【ガガガマジシャン】とこのカード【ガガガシスター】はエンドフェイズ時までそれぞれのレベルを合計したレベルになる。【ガガガシスター】のレベルは2、【ガガガマジシャン】のレベルは4だから、双方のレベルは6になる!」
魔法使い族のレベル6モンスター×二体。今まで静観を決め込んでいた万丈目だったが、その二体のスターテスにⅥ(ゼクス)――アモンがエクシーズ召喚した【マジマジ☆マジシャンギャル】(ランク6/闇属性/魔法使い族/攻2400/守2000)を思い出し、ぞっとした。それでも、表情には出さないように努める。
「俺はレベル6になった【ガガガマジシャン】と【ガガガシスター】でオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚! 熱き魂を引き絞り、狙いをつけろ! 来い、【ガントレット・シューター】(ランク6/地属性/戦士族/攻2400/守2800)!」
エクシーズの渦から、二つのORU(オーバーレイ・ユニット)を纏った、紅の鋼鉄のロボット戦士が参上する。こんな形(なり)なのに、戦士族というのだから驚きだ。そして、ナンバーズを召喚しなかったことに万丈目はほっとした。
「更に、【ガガガリベンジ】の効果発動! 装備モンスターの【ガガガマジシャン】がエクシーズ素材になる事によって、このカードが墓地へ送られた時、自分フィールド上の全てのモンスターエクシーズの攻撃力を300ポイントアップする! 【ガントレット・シューター】の攻撃力は2700になるぜ!」
くるくる回る連続召喚と無駄のないコンボに観客が感嘆の息を漏らす。対して、万丈目は無言で腕を組んだままだ――無論、頭の中ではいろいろ考えを巡らせているが。
「【ガントレット・シューター】の効果発動! 自分のメインフェイズ時にこのカードのエクシーズ素材を一つ取り除き、相手フィールド上のモンスター一体を選択して発動できる。選択したモンスターを破壊する! 俺は万丈目の裏守備表示モンスターを選択! 《紅(レッド)魂(ソウル)弾(バレット)》!」
ORUを吸い込んだガントレットから弾が発射され、万丈目の裏守備表示モンスターを破壊する。仮にこのモンスターがリバースモンスターだった場合、効果が発動できるのは戦闘破壊のため、効果破壊はトリガーにならない。この破壊で万丈目のフィールドが空になり、攻撃力1900の【ドドドバスター】と攻撃力2700の【ガントレット・シューター】のダイレクトアタックが決まれば、2700+1900=4600のオーバーキルで終わりだ。しかし、そこで終わる万丈目ではない。
「遊馬、貴様が破壊したのは【おもちゃ箱】(星1/光属性/機械族/攻0/守0)だ。このカードが破壊され、墓地へ送られたとき、デッキから攻撃力または守備力が0の、カード名が異なる通常モンスター二体を表側守備表示で特殊召喚できる」
お人形さんやくまちゃんのぬいぐるみ等が入ったファンシーでメルヘンチックなモンスターカードが現れ、小鳥とキャッシーが「かわいい!」と声をあげる。
「来い、【おジャマ・ブラック】(通常モンスター/星2/光属性/獣族/攻0/守1000)、そして【おジャマ・グリーン】(通常モンスター/星2/光属性/獣族/攻0/守1000)!」
それの退場と入れ違いになるようにして、赤いパンツ一丁で汗を撒き散らす【おジャマ・ブラック】・【おジャマ・グリーン】が入場し、小鳥とキャッシーが「なに、あれ」とドン引きする。その一方で「あ! 俺たちがあげたザコモンスターだ!」と鉄男たちがうっかり口を滑らし、等々力は自身があげたカード【おもちゃ箱】を万丈目が使ってくれたことに頬を赤くした。
「うげっ! モンスターが二体に増えた!?」
『これで、このターンをラストターンにする術は失われたか! ……仕方ない、遊馬、もう一回、【ガントレット・シューター】の効果だ。あのモンスターエクシーズに回数制限は無い』
アストラルが悔しそうに呟き、驚愕する遊馬に次の指示を与える。
「おう! 【ガントレット・シューター》の効果発動! エクシーズ素材を一つ取り除いて、相手フィールド上のモンスター一体――どっちも同じステータスだなぁ――【おジャマ・グリーン】一体を破壊する! 二回目の《紅魂弾》!」
最後のORUを吸い込んだ【ガントレット・シューター】が二発目の弾丸を発射し、【おジャマ・グリーン】を効果破壊する。これにて、万丈目のフィールドには守備表示の【おジャマ・ブラック】のみとなった。
「メインフェイズ1の最後に、通常魔法【破天荒な風】を発動! 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター一体を選択して発動可能! 選択したモンスターの攻撃力・守備力は次の自分のスタンバイフェイズ時まで1000ポイントアップする! 俺が選択するのは【ガントレット・シューター】だ!」
遊馬のカードが三枚になり、彼のフィールドにはORUが0個になったが、攻撃力3700の【ガントレット・シューター】と、レベルが6から4に下がった攻撃力1900の【ドドドバスター】の二体が並んだ。その光景から万丈目が思ったのは「遊馬の為にランク4用のレベル4モンスターばっかり調べていたが、戦士族サポートも調べてやった方が良かったな」という、これからの指南計画であった。
「バトルフェイズだ! まずは、【ドドドバスター】で守備表示の【おジャマ・グリーン】を攻撃!」
攻撃力1900の【ドドドバスター】の攻撃に、守備力1000しかない【おジャマ・グリーン】がひとたまりもなく破壊される。こうして、万丈目のフィールドはがら空きになった。
「【ガントレット・シューター】! プレイヤーにダイレクトアタックだ! 《爆圧鋼鉄籠手(ダイナミックプレスガン)》!!」
「くっ!」
攻撃力3700のダイレクトアタックが成功し、万丈目のライフが4000-3700=300まで減らされる。遊馬勢は歓喜に沸き、万丈目勢は悲観に包まれた。自身が放ったとはいえ、対戦相手を襲う強大な爆炎に、遊馬は咄嗟的に「万丈目!」と呼んだ。すると、炎が去った後の砂煙から「さん、だ!」と怒鳴るような声が響いてきて安心する。砂煙の中、ライフの大幅を削る攻撃に万丈目は足を踏ん張って耐えていた。アモンとの二回戦のような無様な真似は、もう二度と晒す訳にはいかないのだ――万丈目準が万丈目準であるためにも!
「メインフェイズ2に入るぜ!」
遊馬が宣言し、バトルフェイズからメインフェイズ2に移行する。メインフェイズ2に入ったが、如何せん、どんな行動を取ろうか。手札は、通常魔法【増援】・通常罠【エクシーズリボーン】・通常罠【共闘】の三枚である。【エクシーズ・リボーン】は、自分の墓地のモンスターエクシーズ一体を対象として発動でき、そのモンスターを特殊召喚し、このカードを下に重ねてエクシーズ素材とする、という効果だ。つまり、次の第三ターン目で【ガントレット・シューター】が破壊されたとしても、すぐさま復活することが可能になる。加えて、ORUが一回分増えるので効果をもう一度使うことが出来る。
(あれっ? うまくすれば、第四ターン目で勝てるんじゃね?)
遊馬は心の中で一足早くガッツポーズした。
「俺は魔法・罠ゾーンにカードを一枚伏せて、ターンエンド!」
『遊馬!?』
少年の手札が二枚になる。ちゃっちゃかやること終わらせて、意気揚々とターンエンドする遊馬に、手札を覗き込んでいたアストラルが声を荒げた。
「なんだよ、アストラル。耳元で変な声を出すなよ」
小声で遊馬が話し掛けると、アストラルも小声で返してきた。
『【共闘】は伏せないのか?』
「ブラフ(相手の動揺を誘うために行うフェイント、意味のない行動をして意味がある様に相手に思わせる)ってこと? そもそも、【共闘】って、ざっくり言うと、自分フィールド上にいる攻撃力の低いモンスターの攻撃力を上げる目的の効果だろ? 【ドドドバスター】は攻撃力1900、【ガントレット・シューター】に至っては攻撃力3700もあって十分強いから、いらないぜ?」
『では、何故、【増援】を発動しなかった?』
「ん? だって、通常召喚権はもう使っちまったから、次のターンにドローしたカードで何を手札に加えれば決めればいいかなって思って。もし、次のターンでレベル4の【ゴゴゴゴーレム】がドローできたら、エクシーズ召喚ができるように【ゴブリンドバーグ】を加えたらいいんだし、今は通常罠の【エクシーズ・リボーン】を伏せるだけで十分だよ」
それに、と遊馬は続ける。
「俺のフィールドにはモンスターが二体で、破壊されても、先程伏せた【エクシーズ・リボーン】がある。次の第三ターン目で何かがあっても、第四ターン目で立て直すためにも手札は使い切らない方がいいだろ? 万丈目も手札アドバンテージを大事にしろって言っていたしな。……万丈目、ナンバーズから絶対に目を醒まさせてやるぜ!」
気合を入れ直す遊馬に、アストラルは黙り込むより他がなかった。確かに遊馬の言い分にも一理ある。それに、なんだかんだ言っても、デュエルプレイヤーは遊馬だ。
(彼が嫌と言えば私は強要できない)
遊馬との絆が芽生えつつあるアストラルは少なくともそう思っている。
(とりあえず、【死者蘇生】の時と同様、【共闘】の使い方についても思い違いがあるようだから、後ほど訂正しなければ)
アストラルは万丈目を見た。彼は、頓珍漢なデュエル知識を持っていた遊馬に、知識を叩き込み、《ブレイビング》と《勝負師の心》を教えた、師匠ともいえる存在だ。異世界から来て、この世界の知識に後れを取っていると思われるが、デュエルセンスは総じて高い。
万丈目の瞳には虎視眈々とした勝利への執着が宿っている。次のターン、その彼がどんな行動を取るのか。アストラルには、それが楽しみであり、また恐ろしくもあった。
――3ターン目、万丈目。300ライフ。
―手札:4+1枚
『ポーポポン! 相手フィールドには攻撃力の高いモンスターが二体、罠・魔法ゾーンにカードが一枚伏せてあるポン! それに比べて、こっちのフィールドは空っぽで、ライフも300ぽっちしかないポン! アニキの勝ち目、はっきり言って無いポン! 絶望するポン!』
「黙れ、タヌキ。貴様のカードをトイレのウォシュレットにかざすぞ」
『トイレ関連は勘弁してほしいポン!』
おちょくるポン太に、万丈目が光の速さで言い返す。確かに、今現在、万丈目の勝機はかなり薄いだろう。おかげで、勝利が濃厚である遊馬勢の小鳥・鉄男・徳之助・キャッシーは何処か安心したような顔付きだ。等々力は険しい表情を浮かべたままで、万丈目勢の観客はハラハラしており、鉄子はこのデュエルの行方を見守っているようであった。
(先程のターンを見て分かったが、遊馬はまだまだアストラルに頼りがち、か。それにしても、やはり、この世界のデュエルのスピードは速いな。……だが、俺のザコ共を全て墓地送りにしたことは感謝するぜ。さぁ、あとは勝利への一瞬の為に全てを賭けるのみ!)
勝負師の心に火が付き、その焔に帝の鍵が煌めいた。
「第3ターン目、ドロー! 俺は【おジャマ・イエロー】を通常召喚するぜ。来やがれ、俺のエースモンスター!」
万丈目のフィールドに、赤いパンツのみを身に着けた、うねうねと謎のダンスをする黄色のモンスターが現れた。女性陣の空気が凍り付くのは、このデュエルが始まってから二回目となる。カードの精霊が見えなくなったことに対する寂寥感だってまだまだ感じるが、万丈目は「しったこっちゃない!」と言わんばかりに手札の一枚を発動させた。
「通常魔法【馬の骨の対価】を発動! 効果モンスター以外の自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター一体を墓地へ送って発動可能! 俺はデッキからカードを二枚ドローする! あばよ、【おジャマ・イエロー】、墓地に行きな!」
エースモンスターとは何だったのだろうか。この世(フィールド)の滞在時間、僅か数秒で【おジャマ・イエロー】はあの世(墓地)へ送られ、万丈目はその代償にカードを二枚もドローし、ニヤリと悪の幹部のように笑う。
「遊馬! 俺と貴様では、一万(10,000)と九十九(99)――即ち9,901の差があるということを教えてやろう!」
高笑いしそうな勢いで放たれた台詞の内容と脈絡は、恐らく万丈目以外、誰一人理解できなかっただろう。アストラルまでもが目に点になるなか、決め台詞を飛ばした万丈目は意気込んで手札のカード一枚を、まるで号砲を鳴らすピストルのように天に翳して発動させた。
「通常魔法【トライワイトゾーン】発動! このカードは自分の墓地に存在するレベル2以下の通常モンスター三体を選択して発動し、選択したモンスターを墓地から特殊召喚する! 甦れ、雑魚共! 【おジャマ・イエロー】、【おジャマ・グリーン】、【おジャマ・ブラック】よ!」
今の緑のベストではない、誇りと復活の象徴である黒いコートが翻(ひるがえ)る幻を万丈目は感じた。
ARヴィジョンが黄昏(トワイライト)の時分を演出する。黄昏(たそがれ)の語源については、夕刻は人の顔が見分けにくく、「誰だあれは」という意味で「誰(た)そ彼(かれ)」と言い、それがなまって《黄昏》になったと言われている。その語源通りに、光源が落ちたことで誰が誰だか分からない三つの人影が現れた。逢魔時(おうまがとき)に墓場から出没した三体の人影は【ワイト】のように見えた。しかし、その三体が紺色の外套を脱ぎ捨てると同時に夕焼けの演出が消え、愉快でお邪魔な【おジャマ・イエロー】、【おジャマ・グリーン】、【おジャマ・ブラック】が万丈目のフィールドに再登場する。その光景に一番目を瞬かせたのは、プレイヤー本人である万丈目でもなく、対戦相手の遊馬でもなく、そのカード【トライワイトゾーン】をプレゼントした等々力であった。
「キャッと! 一気にレベル2モンスターが三体も!?」
「お、万丈目くん、やるねぇ」
キャッシーが悲鳴をあげ、鉄子が淡々と褒める。この時になって、ようやく遊馬は前回のターンでモンスターを破壊されても、万丈目が焦らなかった理由を知ったのだった。つまり、ぶっちゃけて言うならば、むしろ破壊してほしかったのだ――【トライワイトゾーン】を使えるようにするためにも。
「まずいぞ、遊馬。【おジャマ・イエロー】、【おジャマ・グリーン】、【おジャマ・ブラック】がフィールドに並ぶことで、特別な魔法カードを発動できるんだ」
「特別な魔法カード?」
鉄男の言葉に遊馬は目をパチクリさせる。
「ああ、【おジャマ・デルタハリケーン!!】という、この三体がフィールドに揃った時にのみ発動可能、相手フィールドを一掃するというカードだ!」
「一掃!? ヤバいじゃねぇか、それ!」
慌てふためく遊馬に、万丈目が「安心しろよ」と声を掛ける。
「そんなもん使わんでも、十分倒せるわ」
向けられた凶悪面に、遊馬の喉がひゅっと鳴りかけた。万丈目に残された手札は四枚だ、いったい彼は何をする気なのだろう。
『分かったポン! アニキはオイラを召喚する気だポン!』
万丈目の周りを旋回しながら、ポン太が推測する。
『オイラをエクシーズ召喚したかったら、『お願いします、ポン太様』って言うポン!』
「いらん」
万丈目が銃声よりも早く拒否する。ポン!? と勢いよくコルクが抜けた瓶のような鳴き声をポン太があげる。
『意地っ張りはよくないポン! 』
「この勝利への道筋にエクシーズ召喚はいらない」
万丈目の告白に、ポン太は顎が外れるかと思った。この男は、フィールドにレベル2のモンスターが三体も揃っているというのに、【おジャマ・デルタハリケーン!!】どころか、エクシーズ召喚すらしないというのだ。とんでもない制限(リミット)を語りながらも、相変わらずの万丈目の高飛車ぶりに、敗北の不安を感じた遊馬はお呪(まじな)いのように「俺のフィールドにはモンスターが二体もいる、罠カードですぐ蘇る」と口の中で繰り返してしまった。
『じゃあ、どうやって勝つ気だポン!? こんな雑魚モンスターで!?』
「雑魚雑魚呼ぶな。……いいか、教えてやる!」
万丈目が鼻をフンと鳴らし、ポン太だけではなく、この場にいる全員に宣言するように声にした。
「雑魚を雑魚と呼んでいいのは、この雑魚共の可能性を信じ、最大限にフル活用できる奴だけだ! 雑魚を生かすことが出来ない、扱えもしない、扱おうともしない奴に雑魚をクズカード呼ばわりする資格はない!」
デュエルフィールドに響き渡る声は、その場にいた皆の心の中にまで浸透し、徳之助たちはどうして万丈目がクズカードと呼ぶのを嫌うのか理解した。
「どうやって、雑魚共の可能性を開くか見せてやろう! この万丈目サンダーの妙技、とくと見るがいい!」
手札のカード一枚を手に取り、万丈目は勝利へ目指して一気に駆け上がっていく。
「俺は手札から通常魔法【財宝への隠し通路】を発動! このカードは、表側表示で自分フィールド上に存在する攻撃力1000以下のモンスター一体を選択し、このターン、選択したモンスターは相手プレイヤーへの直接攻撃を可能とする! 俺は【おジャマ・イエロー】を選択!」
万丈目の手札が残り三枚になる。攻撃力0の【おジャマ・イエロー】に不思議な力が宿り、フィールドに立ち並ぶ高火力のモンスターを無視して、相手プレイヤーへの攻撃が可能になった。だが、ダイレクトアタックできたとしても、攻撃力0で意味はない――ただし、《今のままでは》の話だが。
「次に、通常魔法【サウザンドエナジー】を発動! 自分フィールド上に表側表示で存在する、トークンを除く、全てのレベル2通常モンスターの元々の攻撃力と守備力は1000ポイントアップする。ただし、エンドフェイズ時に自分フィールド上に存在するレベル2通常モンスターを全て破壊することになるがな」
手札が残り二枚になり、数千年の刻を経て集められたエネルギーがおジャマたちへ降り注ぎ、攻撃力と守備力が1000ポイントアップした。
「まだだ! 装備魔法【魂喰(たまぐ)らいの魔刀】を発動! 自分フィールド上に存在するレベル3以下の通常モンスターに装備可能! 装備先は勿論、【おジャマ・イエロー】! このカードの発動時、装備モンスター以外の自分のフィールド上に存在する、トークン以外の通常モンスターを全て生け贄――リリースし、その通常モンスター1体につき、装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする! 【おジャマ・グリーン】、【おジャマ・ブラック】、貴様らはここまでだ。【おジャマ・イエロー】の養分となれ!」
手札がとうとう残り一枚になる。【おジャマ・イエロー】に【魂喰らいの魔刀】が与えられる。握った途端、【魂喰らいの魔刀】の眼がぎょろりと動き、その魔界の剣の視線に捕らわれた【おジャマ・グリーン】と【おジャマ・ブラック】は魂を喰われ、昇天してしまった。二つの魂を取り込んだ【魂喰らいの魔刀】を、小さな体でふらふらしながら装備した【おジャマ・イエロー】の攻撃力は2000ポイントアップし、攻撃力3000となった。
「あれっ? 【財宝への隠し通路】の効果って、表側表示で自分フィールド上に存在する攻撃力1000以下のモンスター一体じゃなかったっけ?」
「発動時は攻撃力1000以下に限るけど、発動後は構わないのよ、小鳥ちゃん」
小鳥の疑問に、鉄子が易しく答えてあげる。そのやり取りを耳にして、遊馬は現実逃避みたいに「へぇ」と思いつつも、内心冷や汗だらだらだった。この時点で、攻撃力3000のダイレクトアタックが確定しているのだ。だが、まだ1000ライフポイント残る! と足掻く遊馬だったが、無論、詰めを疎かにする万丈目ではない。
「ラスト一枚の手札を発動するぜ。通常魔法【野性解放】。フィールド上の獣族・獣戦士族モンスター一体を選択して発動可能。俺は【おジャマ・イエロー】を選択する。選択した獣族・獣戦士族モンスターの攻撃力は、そのモンスターの守備力分アップする。デメリットとして、この効果を受けたモンスターはエンドフェイズ時に破壊される――だが、俺のエンドフェイズ時が来ることは永遠にないから気にする必要は微塵もない!」
万丈目の手札が0枚になる。【おジャマ・イエロー】の元々の守備力は1000ぽっちだが、【サウザンドエナジー】により、更に1000ポイントアップして、合計2000となっている。エースモンスターと呼ばれた【おジャマ・イエロー】はその身に備わる野性の力に目覚め、かの攻撃力は3000+2000=5000となった。
『攻撃力5000だと!?』
アストラルが稲妻に打たれたかのように驚愕する。攻撃力0のモンスターがドーピングにドーピングを重ね、とんでもない攻撃力の持ち主への変貌に、観衆までもが唖然となった。
「バトルだ。俺のエースモンスター【おジャマ・イエロー】でプレイヤーにダイレクトアタック! 《おジャマ殺法・へなちょこ斬り》!!」
野性の漲(みなぎ)るパワーに目覚めた【おジャマ・イエロー】は【魂喰らいの魔刀】をしかと両手持ちすると、技名に似合わず、大きくぶん回し、斬るというよりも、遊馬に叩き付けるようにして刃を下した。
「うわぁーっ!!」
残りライフ300からの、まさかの大逆転劇! ライフ4000を優に超える5000の直接ダメージをくらったことにより、遊馬のライフは0になった。ARヴィジョンによる終了音が鳴り響き、このデュエルを万丈目の勝利で飾ったのだった。
『本当に【おジャマ・デルタハリケーン!!】どころか、エクシーズ召喚すら使わずに勝ったポン』
本当に何者か、ポン太には理解が及ばない。そうして、このアニキがどんな人物か、ポン太は全く知らないことに思い立った。今度聞いてみようと、心にそっと決める。
「アストラル!」
マトリックスが回収され、ARヴィジョンが紐解かれていく。その中を遊馬がDゲイザーを外すことも忘れて、点滅しだす相棒に走り寄る。
「ナンバーズが懸かっているデュエルで負けちまったから、アストラルが消えちまう!」
遊馬の発言で、万丈目は《ナンバーズを賭けたデュエルで遊馬が負けるとアストラルが消滅してしまう》ルールのことを思い出した。それと同時に、デュエルで負けたら消滅してしまう異世界の出来事の記憶が引き起こされ、万丈目はカッと頭に血がのぼった。
(デュエルが好きなだけなのに、くだらん運命に選ばれたせいで、命の懸かったデュエルをさせられて苦しみ姿なんて)
赤い服を着た遊馬の姿が、デュエルアカデミアのオシリスレッドの制服を着こんだ男に重なる。辛くても涙を見せず、遂にはその予兆すら見せなくなった男が万丈目の心のうちに次の言葉を吐露させた。
(俺はもう嫌なんだよ!!)
帝の鍵が火花のように閃光を散らす。そのことを歯牙にもかけず、万丈目は叫んだ。
「勝者は俺だ! 勝った奴が正義だ! このデュエルに勝った以上、俺様がルールよ! アストラルの命なんて微塵も欲しくはないわ!!」
帝の鍵が発火した閃光がアストラルを包むと、あっという間に存在消滅のシグナルを打ち消してしまった。訳が分からないうちに危機が去り、遊馬とアストラルは呆然としてしまう。
『ナンバーズが懸かったデュエルに負けたのに消滅しない?』
「あれっ、なんで?」
「フン、勝者である俺様がそう望んだからだ」
万丈目自身、何が何だか分からなかったが、勝者がいらないと思ったからルールが変更されたのだろう、と台詞通りのことを思っただけだった。そして、「叫べば意外とどうにかなるんだな、流石俺様!」とも誇った。そんな万丈目の自信たっぷりな無茶苦茶な回答に、遊馬もアストラルもどんな反応をしたら良いか分からない。ただ、ナンバーズの精霊だけが帝の鍵の働きに気付いて目を見開いていた。
「そう望んだからって……でも、万丈目はナンバーズを持っていて、操られていて――」
「さん、だ! ナンバーズに操られるなんて軟弱なこと、この万丈目準にあり得る訳がなかろう!」
「え? どういう――?」
「そんなことより、鬨(とき)の声だ!! 観衆(オーディエンス)共、勝者である俺様の名前を知っているか!? 知らないなら教えてやる!」
万丈目独特の超俺様理論主義に困惑する遊馬に背を向け、Dゲイザーを外した勝者はパフォーマンスよろしく観客に向き直った。
握り拳を天に掲げて「一!」と万丈目は叫んだ。次は人差し指だけ掲げて「十!」と叫ぶ。その次は五本の指を開いて「百!」と叫ぶ。ここまで来たら観衆も理解したもので、腕を引いた万丈目と一緒に「千!」と叫ぶ。そして、最後は勢いよく、人差し指を青空に向けて、万丈目は叫んだ。
「万丈目サンダー!」
「万丈目サンダー!」
後は「サンダー」の大合唱である。ライフ300からの大逆転劇と万丈目の熱意に押された観衆は、ノリ良くサンダーコールをし、その勢いにのまれた遊馬とナンバーズクラブの面々も、ポン太までもがいつの間にかコールを繰り返していた。
『とてもお調子者のうえ、高飛車で超俺様理論主義者で、たまに分からないことを言うが、人々を熱狂の渦へ誘い込む能力を持っている――それが万丈目サンダー。記憶して……おくべきか?』
アストラルは盛大なサンダーコールにくらくらしながらも、そう呟いたのだった。
4:《Bパートのつづき》
「……で、なんで貴様らはあんなことをしたのだ?」
一度は万丈目も訪れたことのある、キャッシー家の屋敷の洋式調の畳部屋。どっかりと胡坐を掻く彼の前では、ナンバーズクラブの子供たちがしおらしく正座していた。
あの盛大なサンダーコールの後、デュエルに魅せられた観衆が万丈目と遊馬たちを取り囲み、もみくちゃになる前に、鉄子が可愛くウインクしながら「此処は私が抑えておくから、子供たちと一緒に行きなさい。話すことがあるでしょ?」と此処から離れるよう指示を出した。そのため、道路を許可なく占拠したことにセキュリティが来るより先に、青年は子供たちと一緒にヘリコプターで逃げ果(おお)せることが出来たのである。あのまま観衆の波に呑まれていたら、きっと子供たちの誰かがナンバーズのことを口に滑らせていたことだろう。何も知らないのに機転を利かせてくれた彼女には、本当に頭が上がらない。
(鉄子さんには借りが増える一方だ。絶対に、その恩を返さなければ)
思わず万丈目が吐いてしまった溜息で勘違いしたのか、子供たちは肩を揺らすと、遊馬が先に発言した。
「実は、昨日の夜ってか、深夜に目が覚めたら寝ている万丈目の周りを飛び回っていたレッサーパンダ――じゃなくて、狸のお化けが、目が覚めた万丈目と喧嘩したのを俺は見ちゃって。それで皇の鍵が反応していたからナンバーズに憑りつかれたって思って、アストラルとみんなに相談してみることにしたんだ」
「遊馬から万丈目さんがナンバーズに憑りつかれたって聞いたときはビックリしたぜ」
「それで、私たち、居ても立ってもいれなくなって集まって会議したの」
遊馬に続いて、鉄男と小鳥が喋り出す。異世界に来て半年も経ってもいないのに、此処まで自分のことを心配してくれる子供たちがいることに万丈目は怒った姿勢を崩してしまいそうになる。
「でも、ナンバーズと闘えるのは遊馬くんだけウラ。だから、俺たちは結束したウラ!」
「とどのつまり、ナンバーズクラブはそんな遊馬くんをバックアップするために結成されたのです!」
遊馬もいい友人たちに恵まれたじゃないか。徳之助と等々力の言葉に万丈目は、きつく縛った唇を緩めそうになる。では、今回の暴走――大通りの戦隊ごっこになったのは何故?
「キャッと! 未来のダーリンのために、私は張り切ってパパの巨大コンピュータルームを貸し切ってナンバーズ本部にしたわ! そして、コスチュームを作って、ナンバーズに操られた万丈目さんを救うため、善は急げってことで、ナンバーズクラブ初の任務としてヘリコプターで強襲することにしたのよ!」
(貴様がその引き金かよ!)
親指を立てるキャッシーに、がっくりと青年は項垂れてしまった。大金持ちって財産に物を言わせて時折突飛な行動をするよなぁ、と自身も財閥の御曹司なことを棚に上げて、万丈目は大きく溜息を吐いた。この場合、可憐な乙女の恋心も働いて、更に加速してしまっているのだから尚更質が悪い。だがしかし、そんな彼女の暴走を止める者が誰一人としていなかったあたり、全員ノリノリだったのだろう。ナンバーズクラブの暴走こと《勢い》に、少年少女らの《勢い》が好きだと思ったことがある万丈目は、物にはやはり限度があると思い知らされた。
「アストラル、貴様も止めろよなぁ」
『すまない、あまりにも遊馬たちが楽しそうだったので、何が起こるか見たさで好奇心を止めることが出来なかった』
普段は冷静なはずのアストラルもその《勢い》に呑まれていたらしい。貴様も同罪かよ、と万丈目は口をへの字に曲げたくなる。
『だが、君がナンバーズを持っている以上、我々は君に接触する必要があった』
「それはそうだけどよ、あんな大々的にすることはないだろ。……あと、貴様らも!」
すくっと立ち上がると、万丈目は子供たちに向けて声を発した。
「あのな、ナンバーズハンターはカイトだけではないんだぞ! ナンバーズを狙う不逞(ふて)ぇ輩はまだまだいて、遊馬はひよっこデュエリストなんだ! そいつらにこのトンマがナンバーズを持っていることを知られて、逆に強襲されたらどうすんだ! 皆が皆、正攻法でデュエルをしてくるとは限らねぇ! 遊馬、等々力、小鳥に鉄男、キャッシーも徳之助も、貴様らに被害が及んだら、俺は――」
どうすればいいのだ? うっかり言いかけた本音を万丈目は慌てて隠す。説教のはずがいつの間にか懇願の色が混ざり始めたのを認知した青年は、わざと横暴な座り方をすると、「ともかくだ!」と続けた。
「ええい! うだうだと疑う前に相談しに来い! 遠慮なく質問しに来い! この万丈目サンダーが答えてやるんだ、感謝しやがれってんだ!」
急ぐあまりに紡いだ台詞は無茶苦茶であった。本来ならば、感謝しなくてはならないのは万丈目自身の方だというのに、生来の天邪鬼にとって素直になることは超難問のようだ。
フンと鼻を鳴らす万丈目に叱られているのか何なのか分からなくなった子供たちであったが、お互いに顔を見合せて視線で会話すると、代表で遊馬が尋ねることにした。
「じゃあ聞くけどよ、万丈目、そのナンバーズとはいつ出会ったんだ? なんで万丈目の言うことは聞いているんだ? なんで万丈目は影響を受けないんだ?」
「質問は一本に絞れ! それに、俺は万丈目さん、だ! 三回も呼び捨てにするな!」
遠慮なく質問しろ、と言ったのは彼だというのに酷い言い草である。しかし、プリプリと怒りながらも万丈目は腕を組んで、少年からの質問に回答した。
「昨日、某デュエリストに憑りついたコイツを倒して、俺様の部下にしてやったのだ。影響を受けなかったのは……デュエルに負けて俺様の部下になった以上、憑りつける訳がないからだろう!」
彼からの回答はなんとまぁ端的で適当なものだった。ちなみに、闇川の名前を伏せたのはバイトの先輩としての優しさである。二回もナンバーズの被害を受けただなんて、あまりにも闇川が不運に感じられたからだ。流石俺様! 懐が広すぎる男だ! と万丈目は一人悦に入る。彼からの納得出来るようで出来ないような微妙な受け答えに、慎重なアストラルは「そういうものなのか」と首を傾げ、単純な遊馬は「おう、そうか!」と納得するなか、ポン太だけが「銀の魚の骨のせいポン」と一人、いや一匹呟いていた。
「さて、話題を変えるか。デュエルの戦後処理――つまり、アンティだ。遊馬、カード一枚を渡してもらおうか」
万丈目の突然の発案に、子供たちが「ええっ!?」と大声を上げる。
「キャッと!? なんでアンティするの?」
「なんでって、もし遊馬が勝っていたら、俺の部下であるナンバーズを取る気だったのだろう? それを負けたからって、俺にはアンティを適用しないなんて虫が良過ぎるんじゃないのか?」
「そう言われれば、筋が通っているような……うむむウラ」
キャッシーの疑問への万丈目の返し方は、針に糸を通すようなすっとしたものに感じられた。思わず頷いてしまいそうになった徳之助に至っては唸ってしまう始末だ。
「遊馬、どうする?」
小鳥からの視線に遊馬は無言でいたが、キッと顔を上げ、万丈目に告げた。
「確かに万丈目の言う通り、俺が勝ったらナンバーズを貰う気でいた。でも、俺が負けたから、それを適用しないなんてフェアじゃないよな」
少年の眼差しが、以前に「デュエルでは嘘を吐きたくないんだ」と宣言した時と同じ色を宿していて、口手八丁で遊馬を欺こうとした覚えがある万丈目はバツが悪くなる。だが、これはデッキを強化するためには必要不可欠なことなのだ。
「何が欲しいんだ、万丈目?」
「【No.96 ブラック・ミスト】」
最初から決まっていたカード名を口にすると、鉄男と小鳥、アストラルまでもが一気にどよめいた。
「【No.96 ブラック・ミスト】って言えば、アストラルに憑りついて、遊馬を操った奴じゃないか! どうして、そんな危ないカードを!?」
「カードは貸してくれるだけでいい。俺のデッキはレベル2のおジャマ軸だが、それでいくにはランク2のモンスターエクシーズが圧倒的に少なすぎる。だから、レベル2モンスター×三体でエクシーズ召喚できる【No.96 ブラック・ミスト】がどうしても必要なのだ」
いつの間にか万丈目は正座をしていて、膝の上に置かれた拳は強く握られている。その左の拳に隠された包帯を思いながら遊馬は口を開いた。
「それって、前に姉ちゃんにDゲイザーを返してもらうために言っていた《負けられない奴》に勝つためか?」
遊馬の問い掛けは疑問というよりも、推測を語る風であった。万丈目の脳裏に、この異世界でⅥ(ゼクス)と名乗る男――アモンに惨敗した記憶が蘇る。あまりにも屈辱的なデュエルを思い出してしまったことで固まる青年に、少年は静かな声で続けて質問した。
「《負けられない奴》って、あの雨の日に万丈目とデュエルした奴なんだろ? なぁ、あの日、本当は何があったのか教えてくれないか?」
あの雨の日とは、アモンがデュエルを吹っ掛けてきて、万丈目のフェイバリットモンスターである《アームド・ドラゴン》のレベル5・レベル7・レベル10の三枚のカードを奪った日のことに違いない。遊馬や他の人が訊かないことをいいことに、ボロ負け試合を思い出すのが嫌だった万丈目はずっと記憶に封をし、誰にも語らなかった。
アモンはナンバーズを使っていた。注意を促すためにも遊馬たちに話す必要があるだろう。しかし、アモンのことを話すということは、万丈目が異世界から来たことを明かすという意味だ。今は記憶喪失で通しているが、いい加減、遊馬に真実を告白するいい機会かもしれない。いつまでも沈黙を守っている訳にもいかないだろう。
そう考えた万丈目が覚悟を決め、拳を握り直した時だった。
左手の薬指が擦れ、慣れない感触がざわりと襲った。治りつつあったから痛む要素はないはずなのに、万丈目の脳はそれを痛みと感知し、その痛みは今朝見た夢に直結する。
恐怖が彼の心のドアを漣(さざなみ)のように優しくノックした。
「サンタクロースを信じるか、遊馬」
ノック音は鼓膜にこびり付いた無邪気な笑い声だった。網膜に染みついた真っ白な廊下の先にある扉のドアノブは皇帝(ツァーリ)の顔をしている。そのドアスコープの前を、不思議の国の少女が着ていたスカートのような仕切りカーテンがひらひらと舞う。
ドアスコープを覗くどころか、ドアノブに手を掛けるどころか、廊下に足を踏み出すどころか、足が竦んで一歩も踏み出せない青年から、来訪者はその質問を引き出しのように押し出したのだった。
万丈目からの全く脈絡のない質問に、遊馬たちは思わず狐につままれたような顔付きをしてしまったが、先に笑い出したのは徳之助だった。
「万丈目さんったら、俺たちを中学生だからって舐めすぎウラ! ちゃーんとサンタクロースの正体はわかっているウラ! 万丈目さんが思っている以上に俺たちは大人ウラよ!」
胸を張って力説する徳之助に、鉄男たちも肩の力を抜いて笑いながら同意する。その中には遊馬も含まれ、サンタクロースが何なのか知らないアストラルだけが不思議そうな表情を浮かべていた。
「うん、そうだよな。知っていたさ」
万丈目は拳を解くと、左手の薬指を隠すように右手で覆った。それから「ナンバーズを手にしたデュエリストが辻斬りならぬ、辻デュエルをしてきて、それに巻き込まれた」と説明する。先程までの熱意が嘘のように削(そ)がれた万丈目を不思議に思いつつも、遊馬は「そのデュエリストは万丈目の知り合いか?」とピンポイントで訊いた。青年は「さん、だ!」と怒りもせずに、「全然知らない奴だった」と応え、「Ⅵ(ゼクス)と名乗っていた。カイトのようなナンバーズハンターのようだが、カイトの仲間ではなく、むしろ敵対していて、他に仲間がいるらしい」と続けた。カイトとはまた異なるナンバーズハンター一派がいることにアストラルは非常に興味をそそられたらしく、万丈目に「彼らは何が目的だ? 何故、カイトと敵対している?」と続けて質問したが、「それは分からない」という回答で終わった。
「今の俺から話せることは以上だ。黙っていて、すまなかったな」
殊勝な態度で締めくくる万丈目に、遊馬を除いた子供たちは訳を知って納得し、遊馬だけがちょっぴり残念な顔付きを浮かべていた。
「さて、約束だ! 【No.96 ブラック・ミスト】を渡してもらうぜ」
ドアノブの皇帝の口が開く前に、万丈目は胡坐に戻して交渉を再開する。青年に向いていた視線が、今度は一気に遊馬に集中する。危険性があるカードを渡すことに抵抗がある遊馬が言い淀んでいると、「大丈夫ですよ」と隣から声を掛けられた。
「僕には視えませんが、彼はタヌキ(?)のナンバーズに憑(と)りつかれなかったんですよ。ナンバーズが居たというのに、万丈目さんは僕から――僕たちから貰ったカードを生かして遊馬くんに勝ったんです。とどのつまり、万丈目さんなら問題なしってことです!」
等々力からの思いもよらない援護射撃に、万丈目は目を丸くしてしまう。そして、襲来したときはああだこうだと他の子どもたちと同じように言っていた癖に、途中からだんまりになっていたことを思い出した。
「等々力。貴様、俺が憑りつかれていないって途中で気付いていただろ?」
万丈目からの問い掛けに、等々力はにっこりと微笑むだけだった。それを横目で見た遊馬はアストラルを見上げる。
『君は君の本懐を果たせた後、ナンバーズを必ず返してくれるか?』
「当たり前だ」
間髪入れずに返って来た台詞に、アストラルは少し逡巡してから遊馬に諾と頷いた。デッキケースを開け、少年から青年へ【No.96 ブラック・ミスト】が渡される。遊馬が憑りつかれたときと同じようなことが起きたら、どうしようかと子供たちも固唾を飲んで見守る。黒いオーラを垂れ流すカードに対して、万丈目は冷静だ。あまりにも冷静なので、なにか秘策があるのかな? とポン太は思った。万丈目の指先が【No.96 ブラック・ミスト】のカードに触れた瞬間、闇のオーラが具現化した。
『この俺を譲渡するとは愚かな奴等め! 今度は貴様に憑りついてやるわ!』
『なんかおっかない奴が出てきたポン……、アニキ、どうするポン?』
「抑え込め、タヌキ」
万丈目の命令に、は? とポン太は目が点になる。
「ナンバーズ同士、貴様が抑えろと言っているんだ」
(えぇ、自信満々だったのはオイラに全てをやらせる気だったからポン?)
超理不尽命令にタヌキが口を引き攣らせていたら、遊馬が「危ない」と叫んだ。早速とばかりに万丈目に憑りつこうとしたブラック・ミストを帝の鍵が散らした閃光が退かせる。
「お、タヌキの奴。もう追っ払ってくれているじゃねぇか」
『なんだ、コイツ。既に憑りつかれて――』
『こうなったら、破れかぶれポーン!!』
ポン太がブラック・ミストに突撃する。隙を突かれたブラック・ミストは『うわ、何する、やめ』とごちゃごちゃ言っていたが、ポン太と取っ組み合いになり、団子状態になったと思いきや、ポフンと二体とも消えてしまった。
「万丈目、消えちゃったけど……」
「ナンバーズの気配が完全に消えてないから大丈夫だろ」
遊馬のオドオドした問い掛けに、万丈目がさらっと答える。青年の手の内にある二枚のカード――【No.96 ブラック・ミスト】と【No.64 古狸三太夫】から熱が感じられるので完全に消えたわけではないことが、彼には分かっていた。
「はぁ~、それにしても、三ターン目で負けるなんて情けないウラねぇ」
「手札に防ぐ手段がなかったから仕方ないだろ」
徳之助のぼやきに遊馬がムッとなって言い返す。そうだよな、アストラル! と同意を得ようとしたツンツン頭の少年だったが、万丈目と遊馬からしか視認できない存在は「そうでもない」と回答した。
『遊馬、君の手札に残っていた二枚のカードを覚えているか?』
「たしか、【増援】、【共闘】だったと思う」
首を捻りながら、遊馬はその二枚のカードをデッキから取り出す。アストラルがテキストを読み上げろ、とせっつくものだから、彼はそのままの姿勢で声に出した。
「【増援】――通常魔法。その一、デッキからレベル4以下の戦士族モンスター一体を手札に加える。【共闘】――通常罠。このカードを発動するターン、自分のモンスターは直接攻撃できない。その一、手札からモンスター一体を捨て、フィールドの表側表示モンスター一体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力・守備力はターン終了時まで、このカードを発動するために捨てたモンスターのそれぞれの数値と同じになる」
『もし、第二ターン目のメインフェイズ2で【増援】を発動して、適当なカードを手札に入れた状態で【共闘】を伏せていたらどうなっていたか想像できるか?』
アストラルからの問題に、頭の上に?(はてな)マークを浮かべた遊馬は「意味ないと思う」と返答した。
「だって、【共闘】は俺のフィールドのモンスターの数値を変更させるものだろ? 変更したところで、俺のモンスターを飛び越えて攻撃してくる、攻撃力5000のダイレクトアタックは防げねぇぜ?」
質問の意図を理解していない遊馬にアストラルは『【共闘】のテキストを読み直せ』と言った。
『そのカードのテキストの何処に《自分フィールド》という縛りが書いてある?』
あ、と遊馬が間抜けな声を漏らす。
『【死者蘇生】が自分・相手の墓地の縛りがないように、その【共闘】が対象とするモンスターもまた自分・相手のフィールドという縛りがない。つまり、二ターン目のメインフェイズ2で【増援】を発動して――そうだな、【針剣士】(星1/風属性/戦士族/攻300/守600)を加えたとしよう。そして、【共闘】を伏せてターンエンド。次のターン、万丈目が攻撃宣言した瞬間に、攻撃力5000の【おジャマ・イエロー】を対象にして【共闘】を発動。攻撃力300の【針剣士】を捨てることで、【おジャマ・イエロー】の攻撃力は300まで減少し、君は微々たるダメージを受けるだけで済む。そして、【野性解放】のデメリット効果により【おジャマ・イエロー】は自壊。万丈目の手札は使い切ってしまったから、何も恐れることも無く、君は第四ターン目でフィニッシュが決められる』
サーっと青褪める遊馬にアストラルの説教は続く。
『つまり、君のデュエルへの理解力の低さが今回の敗北を招いたのだ』
万丈目が相手だったから運良く私が消滅せずに済んだだけだ、とアストラルの小言が追撃され、遊馬の頭(こうべ)は垂れるばかりである。だが、頭を垂れていたのは遊馬だけではない。
「はぁ。遊馬の為に頑張ったのにナンバーズクラブが裏目に出るなんてなぁ」
「これでナンバーズハンターが襲ってきたらどうしよう?」
「ナンバーズは召喚していねぇし、余計なことや核心的なことを喋る前に鉄子さんが俺たちを逃がしてくれたから大丈夫だろ」
落ち込む鉄男と小鳥に、安心できる項目をチョイスしながら万丈目が声を掛ける。
「でも、ナンバーズと闘えるのは遊馬くんだけです。とどのつまり、僕たちは遊馬くんに頼りきりになって――」
「そう後ろ向きになるな、等々力。一緒に闘うことができなくても、ずっと信じて、支えてやることは出来るだろ」
「支えると言っても、トドのつまり、具体的にはどうやって?」
訊いてきたのは等々力のはずなのに、何故か万丈目は質問者がアカデミア時代の自身であるような錯覚に陥った。振り向いて、万丈目はアストラルに叱られている遊馬の背中を見た。傍から見れば空中に話し掛ける変人に見えるだろうし、弁明する声が聞こえなければ、独りで反省会を開いているようにも見えるだろう。
(鍵を掛けた部屋で《アイツ》は独りで何を考えていたのだろうな)
遊馬を支えると決めた日から、あの赤い服を着た《アイツ》の存在が万丈目の中でずっと大きくなっていた。デュエルアカデミアを卒業して一年以上、数回しか会っていないため、暗いズボンを穿いて襟を立てた《あの青年》の空想(ファンタジー)ばかり広がっていく。だからか、《あの青年》よりも《あの少年》時代の《アイツ》――己が心の内で独りで立っているオベリスクブルーの服を着た万丈目自身と同じような年頃を思い浮かべた方が真実に近いような気がした。
「練習相手になってやればいい」
黒髪ではない、水色髪の少年に万丈目は助言を告げた。
「貴様らには視えないが、今アストラルに叱られているように遊馬は未熟で、ちゃんとカード効果を把握しきれていない。そういうのはデュエルを何度もすることで学んで気付いていくもんだ。だから、貴様らは遊馬とデュエルして練習相手になってやればいい。無論、貴様らに負ける気は更々ないだろうが」
ニヒルに笑って見せつけてやると、子供たちも道が見えてきたようだった。まずは鉄男が「説教タイムはこれぐらいにして」と虚空に話し掛け、キャッシーが「ダーリン! 強くなるためにはデュエル一番だから、キャッとビングで私とデュエルしましょ!」と遊馬の腕を取ったものだから小鳥の怒りの導火線に火を付け、言い争いになるナンバーズクラブの紅二点に「女って恐ろしいウラ」と徳之助が震え上がっている。
「僕たちが練習相手になることで遊馬くんを強化できる方法があるんですね! こんなアドバイスができるなんて、トドのつまり、万丈目さんはやっぱり年上の大人ですね!」
等々力の感心が込められた台詞に、万丈目は「途方もなく後悔しているだけだよ」とはとても言えず、鉄男とデュエルする遊馬の背に少年時代の《アイツ》の影を重ねることしか出来なかった。
5:《Bパートのつづきのつづき》
その晩、室内灯とデスクスタンドを付けた部屋の中で、万丈目はカードと睨めっこしていた。
(アストラルの言っていた通り、遊馬が【共闘】のテキストを正しく理解していたら、今回のデュエルは俺が敗北していた)
モンスターエクシーズと、通常モンスター・低レベルモンスター・獣族モンスターのサポートカードを並べ、どのカードをデッキに投入するか吟味する。
(運良く勝てたからいいものを、手札を使い切るなんて大盤振る舞いが過ぎたな。今回みたいに押し切るのも手だが、やはりモンスターエクシーズを活用せねば)
『ポ、ポン。今、帰ったポン』
コンボを考えていると、昼間、ブラック・ミストを抑えるために消えたポン太がようやっと現れる。だが、その顔はげっそりとやつれていて、流石に俺様な万丈目も良心が傷んだ。
「よくやった、褒めて遣わす」
『ポーン! もっと労(いた)わってほしいポン!』
「貴様に触れることが出来れば、とっくのとうにしてやっているわい!」
拗ねるようにぶっきらぼうに放たれた言葉の内容が頭を撫でる様な柔らかさを帯びていることに、ポン太だけでなく、万丈目まで驚いた顔付きになる。だが、新主人は振り払うようにして話題をずらした。
「触れることもできないなんて、帝の鍵もナンバーズの精霊やアストラルを視えるようにするだけだから、あんまり役に立たないものだな!」
フンと鼻を鳴らす万丈目に、ポン太は心から「え?」と思った。
『アニキは気付いてないけど、その魚の骨には――』
「さぁ、もう寝るぞ! ……貴様も疲れているだろうからな」
うっかり喋るタイミングが一緒だったものだから、万丈目にポン太の呟きは聴こえなかった。ウンと伸びをして、カードを片付け、室内の全てのライトを消灯すると、遊馬が寝ているロフトの明かりが出入り口の穴から漏れていることに気が付いた。
「遊馬め、明日は学校があるってのにいつまで起きてやがるんだ?」
ブツブツ文句を垂れながら、のぼり棒を使ってロフトへ足を踏み込む。其処にはカードを床に散らかせたまま、器用に座ったまま寝入る遊馬の姿があった。万丈目が遊馬のデュエルの理解のなさで勝利したことに甘んじずデッキを再構築し直していたように、遊馬もまた己の理解力が足らなかったことで敗北を喫してしまったことを反省してカードを見直していたようだ。大声を出して叩き起こすことは容易だ、しかし、万丈目はルームライトを消すと、眠る遊馬の両脇を持ってハンモックまで持ち上げようと頑張った。残念ながら、年下とはいえ中学生の少年を持ち上げるのは青年には無理だった。仕方なく、万丈目は来客用のマットレスをロフトの隅から引っ張り出す。枕はなかったので、二つあった掛け布団のうちの一つをくるくる巻いて代用することにして、遊馬の両脇に再び手を入れると、ぐぐぐと引き摺り、マットレスの上へ転がすことに成功した。
『存外、君は優しいんだな』
「おわっ! アストラル、いきなり話し掛けるなよ! びっくりするじゃねぇか」
耳元でアストラルに話し掛けられ、鳥肌が立った首筋を隠しながら万丈目が飛び退いた。
「年上が年下に優しくして当然だろ?」
『そんなものなのか?』
「そんなものだ」
天窓から差す月光で遊馬のおでこが白く光っている。そんなでこっぱちを隠すように彼の髪を撫でながら、万丈目はアストラルと小声で会話する
『ブラック・ミストは大人しくなったみたいだな』
「まぁな、タヌキが頑張ってくれたからな」
少年の髪が湿っている。また碌に乾かさずに寝てしまったのか、風邪を引くからやめろと何回も言っているのに。
『ブラック・ミストがナンバーズの中でもとりわけ危険なカードだと分かっているはずだ。それでも、君は扱うのか?』
「無論。デッキを強化しなければ、勝たなければならない奴には勝てないからな。それに――」
『それに?』
撫でるのをやめて、遊馬の寝顔に視線を落として万丈目は言った。
「ナンバーズがあれば、こいつの隣で闘うことが出来る」
穏やかに寝息をたてる少年を《あの男》のように独りにはしない、と決意した夜から、青年は「今度は信じ続けると言っても、鼓舞や助言以外に具体的にはどうすればいいのか」と思うことがあった。だがそれも今日でようやっと見えてきた。
《あの男》にしてやれなかったことを、《あの男》にしてやりたかったことをすればいいのだ。
悩む《アイツ》を放って置いて、《アイツ》の友人たちと共に勝手に愛想を尽かして、強いからと《アイツ》に期待を背負わせ過ぎて、最終的には練習相手にもならなくなった。だから、悩む遊馬に発破をかけ、彼の友人たちに助言を与えるだけでなく、自身も練習相手になって、彼一人に重い運命や責任を背負わせず、荷物を分かち合って、共に戦うことが出来るのならば、きっと遊馬は独りにならない。
(俺はカードの精霊や三幻魔に、貴様はアストラルやナンバーズに、とお互いに変な運命に好かれちまったけど、その運命に『誰が負けるかよ、バーカ!』って笑いながら、あっかんべぇしてやろうぜ)
万丈目の頭に浮かんだ台詞は、同じようにカードの精霊が視えていた《あの男》には掛けられなかった台詞だった。こんな風に軽く、肩を叩く様に鼓舞ができたらどんなに良かっただろう。奇妙な運命に愛されてしまった同士だ、今なら理解できるはずだろう。
勿論、アモンを倒し、元の世界にも帰らなくてはならない。だけれども、もう二度と裏切らないためにも遊馬を守る。元の世界へ帰るのは少年時代の置き土産――《最後の夏休みの宿題》を終わらせてからだ、と万丈目は思った。
青年から少年に向ける眼差しも撫でる動作も全てが今宵の月のように丸みを帯びている。目を細める万丈目を観察しながら、アストラルは彼ならナンバーズを悪く使わないだろうと思う反面、その確証を得るために彼自身が何処からやってきたのかが非常に興味を持った。万丈目は記憶喪失の体(てい)だからそのことを聞くな、と念を押していた遊馬は寝ている。訊くのは今しかない、とアストラルは思い立った。
『万丈目、君に聞きたいことがある』
「さん、だって。なんだよ、アストラル、改まって」
億劫そうに、万丈目は視線をアストラルに向ける。
『君はいったい何処から――』
来たんだ? とその続きは言えなかった。万丈目の背後の遊馬が瞼を開けていて、月光に強膜がナイフの切っ先のように反射した状態でアストラルを強く見ていたからである。
「? アストラル、どうかしたのか……って、おわぁっ!?」
急に黙り込んだアストラルを不思議そうに見ていた万丈目は急に後ろへ引っ張られ、奇妙な声を上げる。ころん、とマットレスの上に転がされ、万丈目は目をパチクリしたのち、腰にへばり付いた下手人(げしゅにん)をキッと睨んだ。
「遊馬、貴様っ! 何を考えてやがる!?」
「遅いからもう寝ようぜ、万丈目ぇ」
「俺は万丈目さんだ! ……ったく、寝ぼけてんのかよ」
ひっつき虫みたいな状態で、ぐーぐー寝る遊馬を万丈目は疎ましく睨み続けたが、残念、夢の国の住人には痛くも痒くもないようだ。遊馬をひっぺ剥がそうともがいたところで抜け出せる訳もなく、万丈目は諦めて枕にのせた頭の位置を調整することにする。上下する少年の胸を見ていたら、睡魔が緩やかに押し寄せてきた。アニキ、もう寝るポン? と部下の声がゆったりと聞こえてきたので、万丈目は「貴様も疲れただろ。もう寝とけ」と本日最後の命令を下す。
瞼を完全に落とす間際、万丈目は遊馬のツンツン頭を触りながら、ぼんやりと振り返る。素直になろう、と思いつつも、結局は素直になれない己自身が居る。ナンバーズに憑りつかれたのではないか、と心配してくれた遊馬たちにお礼を言うどころか、異世界から来たことも話せなかった。己がこの世界の住人ではないことはいずれ言わなくてはならない、と判っている。でも、今朝の悪夢が――過去の現実に起こり得た事実が告白を阻害する。
初ターンに、万丈目に配られた五枚のカードは『嗤い声』と『皇帝』、『サンタクロース』『仕切りカーテン』、そして『真っ白い廊下』だ。この五枚がある限り、万丈目は恐怖に捕らわれて告白できない。口にしたら喜劇(コメディ)みたいに嗤われて、また心をへし折られてしまうのではないか、再び白いカーテンが全てを覆って万丈目を世界から隔離してしまうのではないか、と考えただけで呼吸すら上手く出来なくなる。
(あの嗤い声、何かに似ていると思ったら、ラーイエローへの降格デュエルに負けた時と同じ響きだ)
そう思った途端、男性陣だけだった嗤い声に女性陣まで混ざり始めた。愉快に嗤う集団の中には、もっと若い――万丈目より六つも下の少年少女たちの声も入っていた。
(遊馬が知ってくれればいいのに)
そんなことを青年は狡くとも願ってしまう。次のターンに『ナースコール』――スイッチを押すだけでナースがやってきて全てを察してくれるというカードを――万丈目が異世界から来たことを遊馬が知っているという内容のカードがくれば、あの恐怖のカード五枚を捨てることが出来るのに、と思う。もし遊馬が知っていて、そのことを彼から告白してくれれば、万丈目はただナースコールを押す――頷くだけで済むのだ。相手の言に頷くだけなら、心を傷付けられるかもしれないという恐怖も必要なくなるというのに。
(そんなこと、あり得る訳ないのにな。アストラルという不可思議な存在が居るとはいえ、同じ人間である俺が異世界人だなんてファンタジー、いったい誰が信じるものか。それを遊馬が事前に知っていたらなんて、とんだ夢想だ。馬鹿馬鹿しい)
そう結論付けると、万丈目は今度こそ瞼を落とした。欠伸をしたのは、さて青年だったのか、狸の妖だったか。ぼふん、と疲れ切ったナンバーズの精霊が依代のカードへ戻っていく。掛け布団を互いの肩まで掛け、その下で少年の手の平を探す。夢の中では終(つい)ぞ見付からなかったナースコールの代わりに、遊馬の右の手の甲にわざと左手が触れるようにしながら、万丈目は眠りに落ちたのだった。
手の届く位置にいる青年が静かに寝息を立てている。魘されている風ではないが、無事であることをどうしても知りたくなって、遊馬は万丈目の首元へ左手を伸ばした。手首だと脈が分かりにくい、と姉に愚痴ったら、また違う測り方を教えてくれたのだ。
『遊馬、何をしている?』
「脈を測っている。これで生きているかどうかが分かるんだ」
万丈目の白い首筋から規則正しく動く脈を感じた遊馬はそっと手を離した。アストラルも思わず自身の首筋へと手を這わせてしまったが、今朝の欠伸同様、何も聞こえぬことに人間と己が異なる存在である事実を知っただけだった。
『君は狸寝入りをしていたのか』
「アストラル、俺は万丈目に聞くなって言ったぜ」
相手の問い掛けに答えずに遊馬が再度忠告する。昼間の少年とは反転した声の質に、アストラルも思わず黙りそうになる。
『彼はナンバーズを持ってしまった以上、我々には知る権利があるだろう』
「万丈目は『負けられない奴とのデュエルに勝ったら返す』って言った。俺はそれを信じている」
『新たなナンバーズハンターの一派について、彼が話したことが全てとも限らないのではないか?』
「全てではないと思う。けど、全部が全部、嘘でもないと思う」
『では、今尚、万丈目が自身を異世界人だと暴露しない理由は?』
「入院していたときに信じてくれなかったのが辛かった……じゃないかな」
アストラルの矢継ぎ早にされる質問に付け入る隙を見せる暇もなく、遊馬は回答し続けたが、最後のだけは濁してしまう。
天窓から差し込む月光が、遊馬の目の前で眠る青年の肌を白く映えさせる。万丈目の白い肌が今よりもずっと白かったときのことを遊馬は覚えていた。
入院時、長い意識不明と意識混濁の末、意識を取り戻した大怪我を負った患者――その時は名前すら知らなかった――が話した内容はどれも突飛過ぎていて、裏も取れないようなものであった。当初は、患者が語ったプロデュエリストの響きに遊馬も心を動かされたが、耳にしたこともない財閥の御曹司だとか、目にしたこともないデュエルアカデミアで好成績を修めたとか、声(話題)にしたこともないU-20大会だとか、現実に符合しない項目に首を捻るようになった。そのうち、大怪我のせいで患者の記憶が混乱して可笑しなことを話しているだけと姉から教わり、遊馬もそうなのかと腑に落ちた。じゃあ、万丈目準って名前も嘘なのかな、と素直に思った。
名無しの患者が何の反応を示さなくなったことを知ったのは、その翌日のことだった。数日前までは理由の分からない痛みに錯乱していたが、患者は医者からの質問にしっかり受け答えしていた。だが、その時は誰からの問い掛けにも反応せず、ぼんやりと光ない瞳で真っ白な天井を見上げるだけになっていた。痛いだけの肉体を置いて、心だけが何処かへ避難してしまったようだった。リハビリどころか食事もしなくなったので、どんどん具合は悪くなる一方だった。それでも、遊馬は名も知らない患者の部屋に毎日訪れた。何事もかっとビング! 根気よく通って話し続ければ、心が戻ってくると信じていた。心が戻ってくれば、本当のことを話してくれると期待していた。
エクシーズ召喚を見て、患者――万丈目の瞳に光を戻っていくのを間近で見た遊馬は、その期待が間違っていたと知った。
彼はずっと真実を話していたのだ。嘘なんて一言も言ってなかったのだ。知らないうちに異世界に飛ばされてしまったゆえに、ここが自身の住む世界ではないと分からなかっただけなのだ。
万丈目がエクシーズ召喚を知らない事実を知った遊馬の胸に、彼が異世界から来たのではないかという仮説がすとんと収まった。しかし、万丈目も異世界に来たことを知ってしまったようで、記憶喪失だと嘘を吐き始めた。それは彼が病院の別棟へ移動話が出ていた頃だった。異世界から来ただの言ってしまえば、また嘘つき扱いをされ、錯乱状態の可哀想な患者扱いになってしまう。万丈目がそれを避けたがっているのが遊馬でも分かった。だから、遊馬は口を噤(つぐ)むことにした。その代わりに彼と話をするときは、この世界のことを世間話のように織り込むようにした――彼が少しでもこの世界に馴染むように。帰るところがこの世界中の何処を探してもないことを知っていたから、姉に頼んで彼を引き取る様にしてもらった。
九十九家に入ってから、入院時よりも元気で高飛車になった万丈目だったが、彼の世界に居た時のことは口を滑らすことはあっても、喋ることはなくなっていた。
今更になって遊馬は思うのだ。入院時、万丈目の話を信じていれば、彼の心は遠くへ行かずに済んだのではないかと。
自身もまた彼を追い詰める一因になってしまったことを、遊馬は悔やんでいた。だから、もし万丈目が異世界から来たことを自分から話すときがきたら、それは遊馬を信用した時だ。その時が来たならば、「知っていたよ、話してくれるのを待っていた」と答えようと遊馬は心に決めていた。
(俺、万丈目が話すのを待っているから。話してくれれば、『万丈目の話を信じる』って、今度は絶対に強く頷くんだ)
遊馬の瞼が重くなっていく。念を押して「絶対に聞くなよ。秘密なんだから。もし聞いたら……」とアストラルに言おうとしたが、睡魔に襲われ、途中で切れてしまった。
『手札やデッキは秘密そのものだ。だが、デュエルが終われば、ラストターンに相手が何を持っていたか、何を伏せていたのかを見てもいいだろう。だが、この秘密はいつまで秘密にしていればいいのだろうか』
夢の世界に行ってしまった二人を見下ろしながら、アストラルは一人月に向けて呟いた後、欠伸の真似事を行った――人間である二人の気分を少しでも知りたくて。
時同じくして、ハートランドシティの波止場に、月を同じように見上げる紫髪の少年が居た。今日の昼間、彼は偶然大通りで見掛けたデュエルを思い出していた。
(ナンバーズか、余計なことにまだ首を突っ込んでいるのかよ)
ホイール代わりの球体が一つしかないバイクに跨ると、少年――神代凌牙は夜の街へ消えていったのだった。
6:ED後、次回予告前
「知っているか? 今日の大通りであったデュエルを」
「何かと思えば、子供たちの戦隊ごっこだろう。くだらない」
「ノリが悪い奴だな。その子供たち、《ナンバーズクラブ》って名乗っていたそうだぜ」
「ナンバーズだと!?」
夜のスカイラインを一台の車が走っていく。ハンドルを握るガタイの良い男の発言に、助手席に座って、アイマスクを付けていた女性が反応する。
「大声出すなよ、運転ミスっちまうだろが」
「ナンバーズに関係あると見て間違いなさそうだな」
アイマスクを剥ぎ取った女性があれこれ考え込む様(さま)に、運転席の男は「俺の話を聞けよ」と愚痴りそうになる。
「だが、困ったことに子供たちの顔と名前を憶えてないんだよなぁ」
「肝心なことを忘れているではないか」
「怒んなよ、せっかくの化粧が落ちるぜ」
「お前が運転をしていなかったら、はり飛ばしているところだ」
「よせよ、冗談に聞こえねぇ」
信号機が赤になったので、一時停止する。
「けどよ、勝った男の名前は憶えているぜ。確か《万丈目サンダー》だっけな、大声でコールしていたから覚えているぜ」
「《万丈目サンダー》? リングネームじゃあるまいし、変わった名前だな。だが、ナンバーズに関係ある以上、挨拶に行かねばならないな」
「同感だ。俺たちのナンバーズの良いお披露目になるだろうよ」
男が着るジャンパーのポケットが暗闇のなか怪しく光った。
「俺たちの持つナンバーズはこの一枚だけだ。カイトにいつまでも後れを取っている場合じゃねぇ。それに、Mr.ハートランドの小言ももうウンザリだ」
「Mr.ハートランドの小言なんてどうでもいい。カイトに認めてもらうためにも是が非でもナンバーズを……!」
語尾を強める相棒の女性に、男は煙草の煙を吐く様に長い息を吐いた。そして、「カイトにはナンバーズ発見装置付きのロボとあの《秘密の少女》がいるからなぁ」と心の内でぼやく。
「そいじゃあ、明日でも会いに行ってみましょうかねぇ、《万丈目サンダー》さんによぉ」
青信号になる。二人の男女を乗せた車はハートランドタワーへ向けて進んでいったのだった。
つづく
※ナンバーズクラブの口上・コスチュームは漫画版のZEXAL参照。
※従業員の会話のネタ
①小説『狂人日記』作者:ニコライ・ゴーゴリ
②小説『34丁目の奇跡』作者: ヴァレンタイン・デイヴィス
③ドラマ『名探偵モンク』(いつの話か不明)