【遊馬と万丈目で】 YU-JO!【時空を超えた絆】   作:千葉 仁史

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第七節 はじめてのタッグデュエル! ……なのに、超ノリノリ!? カミナリザメタッグ! ★

 

 ブランコをこぐ夢を見た。七にも満たない齢(とし)の頃、茜差す公園で、どこまで高く行けるか、このまま一回転すら出来てしまうのではないかという高揚感で思い切りブランコをこいでいた。更に強くこぎ出そうとしたところで、不意に名前を呼ばれた。

名を呼んだ彼女は、ずかずかと近付いてきて「いい加減、私に譲りなさい」とまるで女王様のように言ってきた。

 いやなこったい! と無視して更に足を強く揺らそうとしたら、なんと彼女は揺れるブランコの前に立ちはだかろうとしたのだ。慌てて、足裏を地面に擦り合わせてブレーキをかける。ブランコの鎖を掴んだ手から汗が出て鉄臭さが目に染みる。

 勝ち誇った笑みを浮かべながらパタパタと近寄る彼女に、口をへの字に曲げつつも腰を上げた。ブランコを占拠されてしまったので立ち去ろうとすると、今度は「ちょっと! 妹を独りにする気?」と金切り声が響いてきた。

 

(同じ年齢だからって普段妹扱いすると怒る癖に、こういう時だけ兄貴扱いかよ)

 

 むすっとしつつも、ブランコをこぐ妹の背中を押してやったら、きゃあきゃあ喜んだ。だが、それも直(じき)になりを顰(ひそ)め、彼女はブランコをこぐのを止めてしまった。どうしたのだろう、あんなにも乗りたがっていたというのに。血を分けた双子の妹の顔を覗き込む前に、彼女は振り返って言った。

 

「凌牙、やっぱり二人でこごう。二人で楽しまなきゃ、つまらない」

 

 眦(まなじり)を落とした彼女の表情は夕日に照らされ、くっきりと明暗が刻まれている。触ればきっと暖かいのだろう、オレンジ色の頬は寂しさに染まっていた。俺がいるのにそんな表情(かお)するなよ、と喉先まで出かけた台詞を抑えて「仕方のない妹だ」とわざとらしい溜息を吐くと、彼女の眦は浮かび、その頬は途端に明るい色を散らした。

 

 オレンジ色しかない、黄昏時の二人きりの公園。

 座った彼女を挟むようにして両足を乗せ、息を合わせて二人でブランコをこぐ。墨のような影もゆらゆら揺れ、茜色の風がふわふわ包み込む。手の平の鉄臭さも気にも留めず、強く鎖を握り込む。二人ならば、彼女を喜ばすためなら、本当に一回転できそうな気がした。

 

 懐かしい夢だった。

 

 目が覚めると、独りきりの部屋だった。

 タイムオーバーを伝える目覚まし時計を叩くようにして止め、カーテンを開く。都会の喧騒は不特定多数の人々で溢れ、何もかもが異なる色を放っている。どうして同じ太陽が放つ光なのに、朝と夕方ではこんなに違うのだろう。すかっとした青空を見ながら、少年――神代凌牙は今日も学校をサボろうと決意した。

 

 

 2

 

「いいか、タヌキ。《此処》に入るときの俺との約束、覚えているだろうな?」

『何回も復唱させられたから、もう覚えたポン!』

「ひとつ!」

『おとなしくするポン!』

「ふたつ!」

『アニキに大きな声で話し掛けないポン!』

「みっつ!」

『アニキに悪戯しないポン!』

 

 万丈目の掛け声にナンバーズの精霊であるポン太が勢いよく唱和する。完璧に回答したポン太に万丈目が「よし!」とOKサインを出した。

 

『ところで、もし破った場合はどうなるポン?』

「なんか緊張してきたな、入る前にトイレにでも行っとくか」

『いつまでトイレを引っ張るポン!? アニキ、勘弁してほしいポン!』

「だったら、万丈目サンダー様に逆らわないことだ!」

 

 傍から見ると万丈目一人で騒いでいるようにしか見えないが、当の本人はポン太とのコントに夢中で気が付いていない。そんな泣き喚くナンバーズの精霊を引き連れ、万丈目は《此処》こと――ハートランドシティの中央病院の敷地に足を踏み入れたのだった。

 

 その日は検査の日であった。

 退院したとはいえ、三ヶ月も長期の入院をした万丈目は定期的に病院で検査することが課せられている。一時は此処の住人となっていたが、やはり病院に漂う空気を好きになることはできない。

 帝の鍵を握り締めて気合を入れ、自動ドアの前に立つ。ドアが開閉し、熱気ではないが、むわっとするような、馴染みであり、馴染みになりたくないインビジブルな霧に出迎えられる。

 

(検査だからって朝ご飯は食べてきてないし……ああ、マジで嫌になってきた)

 

 踏み入れたばかりだというのに、万丈目はもう九十九家に帰りたくなってきていた。患者たちがゆっくり歩き、医療従事者がきびきび往来する廊下を、そんなブルーな気分で白い壁に沿って歩いていく。不意に万丈目はポン太が近くにいないことに気が付いた。依代(よりしろ)のカードに戻ったのか、とも思ったが、顔を上げてすぐさまそうじゃないことを理解した。

 さて、ここ最近の万丈目の生活は最早ルーティンとなっていた。つまり、居候先の九十九家とアルバイト先の鉄子の店の往復コースしかなかったのである。万丈目に付き従う故に、ナンバーズの精霊も毎日同じことの同じ景色の繰り返しで飽きていた頃に、最新技術が終結したハートランドシティの病院に来た訳だ。万丈目は何度目かの通院だが、ポン太は初めて行く見る場所である。はしゃがない訳がない。

 

『ポポーン! いろんな人がいっぱいいるポン! うわっ、これ何ポン? どうやって使うポン? あ! あっちの方がチカチカして面白そうポン! ポンポン! 万丈目のアニキ! これって何に使うポン?』

 

 好奇心のままにうろちょろするナンバーズの精霊の頭の中から、病院に入る前の約束はきれいに消し飛んでしまっているのだろう。様々なメーターが付いた医療機器を指差しながらこの世界の住人ではない万丈目が答えられるはずのない質問を大声で飛ばすポン太を呼び戻すと、十九歳の青年は即行でトイレにこもった。

 

「タ~ヌ~キ~、俺様との約束はどうしたぁ?」

『だって、はじめて見るものばかりで面白いんだポン。それに、オイラ、《まだ》悪戯はしていないポン』

 

 ただでさえ三白眼できつく見えるというのに更に目尻を釣り上げて脅しをかける万丈目に対して、ポン太が幼児みたいに頬を膨らませて抗議する。万丈目は「《まだ》とはなんだ、《まだ》とは!」と怒鳴りたくなるのをぐっと堪える。

 

「いいか、タヌキ。貴様は他の人には視えないんだぞ。その貴様と会話しているところに病院の人に見られたら、俺はまた入院生活に逆戻りではないか」

 

 入院していたとき、この世界が異世界とは知らずに前の世界のことを喋りまくった挙句、デュエルモンスターズのカードに話し掛ける行為を見られたため、万丈目は精神耗弱者として可哀想な患者扱いされていた。そんな目はもう二度と御免(ごめん)被(こうむ)りたい。トイレの個室内で、ぼそぼそ・こそこそと注意する万丈目に、ポン太は「だったらオイラのことを無視すればいいポン」と挑発気に言ってのけた。だが、新主人はこう返したのだった。

 

「それが出来れば苦労はしねぇよ」

 

 口をへの字に曲げて答える彼はバツが悪そうな表情を浮かべていた。てっきり怒り出すだろうと思っていただけに、予期しない台詞の響きにポン太は万丈目をしげしげと見てしまう。

 

『この場でオイラを視えるのはアニキだけポン。アニキがオイラを無視すれば問題ないポン』

「そうだ。貴様は俺にしか視えないのだぞ? その俺が貴様を無視したら――唯一の話し相手が無視したら嫌じゃないか」

 

 新主人の発言に対して発する返答を持たないポン太は空白を吐き出してしまう。つまり、目の前にいるこの男は《気が散る》から無視できないのではなく、本当に《無視できない》から無視できないのだ。ポン太が黙り込んだのをいいことに、別のトイレの個室に誰の音もしないことを確認してから万丈目は続けた。

 

「『大きな声で話し掛けるな』とは言ったが、小さな声なら別に構わん。だが、今だけは大人しくしていろ。後でいくらでも相手をしてやる」

 

 トイレ内に誰かが入って来た音がする。これ以上の会話を続けることが難しいと判断した万丈目は「わかったな?」と念押ししてからトイレの個室から出て行った。普段は横暴な癖に時折見せる此方を案じた言動に、ポン太は混乱しそうになる。そういえば、トイレのことでちょくちょく脅してくるが一度も本当に流されたことはないし、ゼミクリップで挟まれたり、図鑑で押し潰されたりもあったが、カードに対して致命的な行動――《破る》なんてことはしないどころか、口にも出さない。

 

(訳の分からない新主人ポン)

 

 トイレの外から「遅いぞー」と周りから可笑しく思われないように態(わざ)と間延びした声で新主人が呼んでいる。依代のカードは万丈目が持っているから、ある程度離れると引き摺られるようにポン太はついていってしまうというのに、どうして彼はこんな風に待つのだろう。

 

(前から思っていたけれど、オイラ、アニキのこと全然知らないポン。そういえば、病院では今回みたいに定期検査を受けているらしいから、アニキのことを知るためにも観察してみるポン)

 

 ポン太は本日の過ごし方を決め、万丈目に合流する。遅い! とご立腹する万丈目に試しに小さな声で『トイレに流さないでほしいポン』と言ってみると「今は勘弁してやろう」とこれまた小さな声で返答してくれたのだった。

 

 その後は宣言した通り、数々の検査として脈や血圧を測られたり、採血をされたり等で長い廊下を慣れた様子で忙(せわ)しなく行ったり来たりの状態でも、新主人は出来る限りポン太からの質問に答えていた。そうはいっても、これは何の検査だとか、今は何をしているのだとか、聞いたところで医療知識のない万丈目は「身体に異常がないかどうか調べている」とざっくばらんな説明を行っただけだったが、無視されるより遥かにマシであった。

 

(それにしても、どうしてこんなに検査する必要があるポン?)

 

 ちいさなおててを顎に当てながら、ポン太は首を捻る。おっちょこちょいな彼なことだろう、きっと阿呆なことをして怪我をしたに違いない。やっぱり注射は慣れねぇ、と幼児みたいに涙を零さないよう、眉間に力を入れて耐える万丈目を見ながら、ナンバーズの精霊はそう呑気に考えていたが、そんな安易で容易な予想は鉄パイプのような凶器で崩されることとなる。

 

 検査用の服に着替える必要があったときだ。今までポン太が検査内容を覗き込んでいても――流石に尿検査の時にのこのことついていったら、しこたま怒られたが――何も言わなかった万丈目だったが、この時だけはカードに戻る様に指示した。今日は新主人を観察する日と決めていたポン太は当然の如く駄々をこねた。こんな下らないことに時間を喰う訳にはいかないと判断した万丈目は仕方なくポン太に、じゃあ着替えるから後ろを向け、と言った。生娘じゃああるまいし、とナンバーズの精霊は背を向けたが、其処には運悪く鏡があった。ポン太は鏡に映らないので、万丈目の後ろ姿がくっきりと映っている。流石の万丈目も風呂場までデッキを持って行かないので、ポン太が彼の裸を見るのはこれがはじめてだ。やれやれ、あの細いシルエットだ、男子の癖にどんだけ筋肉がないか笑ってやろう。彼が気付いていないのをいいことにじろじろ見ていたポンタだったが、万丈目がインナーを脱いだ瞬間、絶句した。

 其処には背中を覆い尽くさんばかりの傷痕があった。切り傷ではないが、痣で埋められた背にポン太はひゅっと喉を鳴らしそうになる。特に右肩の痕が大きく、これからの夏真っ盛りに向けてタンクトップなんて着たら一発でバレてしまうだろう。そんなポン太の動向には露にも気付かず、万丈目は検査着へ着替えていく。

 

「おーい、タヌキ。こっからの検査は見苦しいから、やっぱりカードへ戻っとけ……って、なんだ、もう戻ったのか」

 

 くるりと万丈目が振り返ってときには、もうポン太は依代のカードへ戻ってしまっていた。はしゃぎ過ぎて疲れたか? と新主人はまるで見当違いなことを思いながら検査室の扉を開けたのだった。

 

 

 3

 

「疲れた」

 

 全ての検査が終わり、万丈目はげっそりしながら廊下を歩いていた。この日最後の検査で、入院時からお世話になっていた女医から「以前よりも顔色がよくなったし、内臓機能も回復しているよ」と本人すら知らない腹の中を視てニコニコと告げられて、いったいどんな顔をすれば正解だったのだろう。その時と同じ、まんじりともしない微妙な表情でのろのろと歩いていたら早足で歩く白衣の男性とすれ違い、最後の診察でまずいことは言わなかっただろうか、と急に不安になった。

 

 たくさんの検査を終えた後に、万丈目を待ち受けていたのはお医者さんとの一対一の診察と言う名の面談であった。万丈目は医者に自身が一切合切の記憶を失ったと嘘を吐いている。本当は異世界から来たと言って精神錯乱患者とは思われないための苦肉の策だ。記憶喪失ではないとバレてしまえば、また陰鬱な入院生活に逆戻りとなる。それだけは避けねばならない、と万丈目は帝の鍵を強く握り締める。嘘を吐くのは少し心苦しいが、病院の住人にならないためなら、この万丈目サンダー、たとえ記憶のことを訊かれても演技王にでもなってやるさ! と決意し、診察室の扉をノックした。

 

 だが、面談はあっけないものであった。

 はじめに連れの人がいないことを指摘され、万丈目が「明里さんですか? 有名なプロデュエリスト――なんだっけな、四? がWDC(ワールド・デュエル・カーニバル)に参加するっていう決意表明式の取材が急に入ったんです」と説明すると、医者も成程と頷く。それから一日の生活リズムを聞かれ、食事や睡眠、デュエルについても質問された。食欲は相変わらずあまりないが、しっかり食べていること、睡眠については寝付きが悪いことを伝えた。医者は手元のカルテに何か書き込み、「夢は見るかい?」と続けて訊いてきたが、「はっきりとは覚えていません」と万丈目は回答した。

 デュエルに関しては、此処は隠しても仕方ないとプレイしていることを白状したら、医者は「明里さんから聞いているよ。デュエリストを止める薬はないからねぇ」と苦笑いされた。万丈目の知らないところで、医者と明里は連絡を密に取っているらしい。

主に規則正しい生活を送れているかどうかの確認ばかりが続いたが、中には全く関係のない質問があった――どんなテレビ番組を観ているか等である。

 なんだかんだ言っても万丈目は九十九家の居候なので、遠慮がちに過ごしている。だから、テレビのチャンネルも好き勝手に動かしたことはないため、必然的に九十九家が好む番組を観ることになる。ハルは囲碁や料理、遊馬はデュエルやアニメ、明里はニュースや恋愛ドラマが好きなようだ。特に明里が好む恋愛ドラマはロマンチックな万丈目の嗜好に見事にヒットしていて、毎度毎度観てしまう。

 ちなみに、その恋愛ドラマは全てが嫌になった一人の女性が仕事も何もかも捨てて、一度も行ったことのない遠い土地に住むことから始まる。新しい土地で仕事を見付けた彼女が階段を降りてくると、その踊り場を日課で掃除している――同じアパートに住む見知らぬ男性に出会う。最初は朝の挨拶だけだったが、少しずつ会話をするようになったある雨の日、彼女は階段で転んでヒールの踵を折ってしまう。自室に戻って新しい靴を履き直せばいいが、お気に入りのヒールを折ったことで気落ちする彼女を見た男性は「僕の職場の近くに良い腕前の修理屋があるんです、お教えしましょうか?」と親切心から提案する。だが、彼女はこの街に土地勘のなく、知り合いもいない。悩んだ彼女は一緒に来て貰えないだろうか? と男性に訊き、彼は頷いた。

 其処から互いに恋心が生まれ、牛歩の如く進む恋愛ストーリーに視聴者である万丈目はヤキモキしながら、ぞっこんとなっていた。まるで天上院明日香と自分のようではないか! という妄想に駆られつつ、その恋愛ドラマの素晴らしさを語る万丈目を医者がどういう目で見ていたか、語るのに夢中になっていた彼が知る由はないだろう。

 そんな様々な質問に受け答えしつつも、記憶のことをいつ訊かれるか、どう誤魔化そうかと脳内シミュレートをしっぱなしの万丈目だったが、そのまま面談が終わりそうになり、拍子抜けしそうになった。思わず「記憶のことを訊かないんですか?」と此方から尋ねてしまい、自ら藪の中の蛇を突くという失態をしてしまった程だ。やっぱりさっきの質問は無しで! と更に踏み抜きそうになった万丈目に、医者は「君が元気だったら、それでいい」と笑っただけだった。この世界では、そこんとこ意外と適当なのかな? と思い、万丈目は「はぁ」と間抜けな声で応えてしまう。

 

(思った以上に無難な質問ばかりでホッとしたような、残念なような……)

 

つらつら思いながらも医者からの日常生活を送る上での注意事項を聞き、面談が無事(?)に終わったことで安堵して立ち上がったときに、医者に「最後に一ついいですか」と呼び止められた。

 

「大怪我のこと、あなたはどうして負ったか想像がつきますか?」

 

 その質問に万丈目は思わず自身の――入院前より遥かに筋肉が落ち、薄くなってしまったお腹を触ってしまった。

 

 どうして、こんな大怪我を負うことになったのか。それは世界渡航の際の代償だと万丈目は考えていた。アストラルが別世界からこの世界へ渡航した際に各世界を隔てる壁にぶつかり、記憶がナンバーズの欠片として散らばってしまったように、万丈目もその壁に衝突して大怪我を負い、渡航前後の記憶とカードの精霊を見る力を失ったと推測していた。医者や周りの人には一切合切の記憶を失ったと嘘を吐いているが、前の世界のことはしっかり覚えている。だが、全てが嘘ではなく、異世界間の移動前後の記憶が失われているのは本当のことだ。

 

(では、何故、俺は異世界へ飛ばされたのか?)

 

 デュエルアカデミアが異世界へ飛ばされた時のことが脳裏に過(よ)ぎる。あの時と同じように何かしらの強い力が働いているのか、それとも――?

 

「万丈目さん?」

 

 医者に呼び掛けられ、とうとうと考え込んでしまっていたことに気が付いた万丈目は咄嗟に「天災だと思います」と答えていた。

 

 天災。思わず口を突いた単語だが、我ながらしっくりする言い訳だと思った。つまり、異世界渡航する羽目になったのは訳の分からない大きな力が働いたからに違いないのだ、多分! 歩いていたら、うっかり異次元の穴に落ちてしまったとか、そんなところに違いない、と結論付けた。最後の質問にも答えたし、これで終わりだろう。それでは、ありがとうございました! と大きくお辞儀して万丈目は診察室を後にする。ようやっと診察が終わったという解放感に包まれるあまり、彼は彼の回答に考え込む医者の姿が見えていなかった。

 

(思い返してみたが、前の世界のことは一切話してないから、大丈夫……だよな。そもそも話題にすら上がっていないから、碌(ろく)に話す機会すらなかったし)

 

『万丈目のアニキ、もう検査は終わったポン?』

 

 急にナンバーズの精霊が姿を現し、悶々と思考を巡らせていた万丈目を逆さに覗き込む。そんな風に脈絡なしに、しかもドアップで現れるものだから、あとちょっとで万丈目は此処が病院であることも忘れて悲鳴を上げるところだった。

 

「なんだ、タヌキか。貴様、さっきは黙って消えた癖に今度は突然現れるのかよ、心臓に悪いだろうが」

『タヌキじゃないやい、ポン太だポン!』

「うっさい、貴様なんぞタヌキで十分だ」

『そんなこと言っていたら、いざってときに助けてやらないポン!』

「はいはい。今日の検査は全て終わったし、もう帰るぞ、タヌキ」

『あ、またタヌキって言ったポン!』

 

 ポンポン文句を溢すポン太を右から左へ受け流しながら、壁際の手摺から手を離し、ぐーっと伸びをする。それから唇をしきりに舐めている自身に気付き、朝から何も食べていないところか、何も飲んでいないことに思い出した。

 

(とりあえず、何か飲もう。全部の検査が終わったから、もう飲み食いしてもいいよな)

 

 目についた自販機で何を買おうか吟味する。その前に小銭があるかどうか確認しようと財布を開けたところで、ポン太が此方を凝視していることに気が付いた。

 

「どうした、タヌキ、言いたいことがあるのか?」

『アニキの大怪我って、どれほどの――』

「あ! もしかして、貴様もなにか飲みたんだろう! 残念だったな、俺様はカードの精霊が飲み食いする必要がないことは知っているからな。ジュースなんて、あげるかよ」

 

 ポン太が回答するよりも先に万丈目が早合点で答えを出す。フフン、と悪戯っ子の表情を浮かべる新主人に部下である精霊が「そうじゃなくて」と言いかけたが、「事前に相手の言いたいことが分かるなんて、流石、名探偵万丈目サンダーだな」と悦に入っていて全く聞き入られなかった。

 

(なんて思い込みの激しい新主人だポン)

 

大袈裟な程に項垂(うなだ)れるポン太を余所に、青年は自販機のラインナップを数えている。炭酸は空きっ腹の胃に良くないし、柑橘系もきついから、スポーツドリンクにでもしようと決めたところで、万丈目は目をパチクリしてしまった。この自販機、小銭を入れる穴がないのである。というより、お札を入れる穴も無ければ、お釣りの返す穴もない。

 

「なにこれ」

 

 思わず声に出てしまう。自販機の頭の先から爪先まで見るが、支払うための穴が存在していない。あるのはチカチカ光るドリンクの列と光るカードサイズのパネル、商品が落ちてくる穴だけである。

 

(おおい、マジかよ! どうやって買うんだよ! いっそのこと、別の自販機を探して――)

 

「なにやっているんだ?」

「か、神代!?」

 

 自販機の前で独り百面相をする万丈目を呼び止めたのは、トレードマークの紫髪と同じ色のジャケット一式を着こなした少年であった。

 

『誰ポン?』

「神代凌牙、遊馬の一つ上の先輩だ」

 

 ポン太の疑問に万丈目が小声で律儀に答える。

 

 神代凌牙。美術館の一件以降、万丈目は彼を見掛けていないが、同じ中学校へ通う遊馬は時折見掛けているらしい。そして、見掛けるや否や、河童の「相撲とろう!」よろしく「デュエルしようぜ!」と追っかけ回しているそうだ。五分五分で捕まえられるんだ! と遊馬が胸を張って教えてくれたが、相手にはいい迷惑だろうなと万丈目は内心そう思っている。だが、遊馬とのデュエルに付き合うあたり、凌牙も軟化してきているようだ。それで不良から少しずつ遠のいているのならば、御の字だろう。

 久しぶりに会う凌牙に、万丈目はつらつらとそんなことを思っていると、ポン太が素朴な疑問をぶつけてきた。

 

『どうして平日に中学生が私服で病院にいるポン?』

「あれっ? 確かにそうだよな。神代、なんで貴様が此処に? 今日って平日だよな、遊馬も中学校へ行っているし、んんん??」

「何を一人でごちゃごちゃ言っている? ……で、飲み物、買いたいのか?」

 

 混乱する万丈目に、凌牙は動じずに会話を続ける。どれだ? とあまりにも自然に訊かれたので、つい精霊付きの青年は欲しかったスポーツ飲料水を指差す。凌牙はポケットから取り出した彼自身のDゲイザーを光るカードサイズのパネルにかざすと、パッと商品の押しボタンが点灯する。慣れた手つきで万丈目が欲しがった飲料水を凌牙が選ぶ。ここまできて、ようやっと万丈目は「ああ、これはDゲイザーで後払いするタイプか」と理解した。デュエルでも知らないことが多かったが、日常生活でもまだまだ知らないことがあるらしい。

 

(この世界では当たり前のことを知らなかったことに顔から火が出そうな気分だ)

 

後は彼が知るいつも通りの流れで缶がガコンと落ちてきたので、それを取り出した紫髪の少年が手渡してくる。サンキュ、と気恥かしさで顔を背けながら受け取ろうとする万丈目に凌牙は言った。

 

「ナンバーズに関わらない方がいい」

 

 万丈目は一瞬凌牙が言った台詞が理解できなかった。冷え切った缶の水滴が自身の汗のようにさえ感じる。

 

「貴様、なんで知って――まさか、この前の大通りでのデュエルを見たのか!?」

「あれは人智を越えた力だ、半端な気持ちで首を突っ込むのはよせ」

 

 顔を上げて、凌牙と対峙する。滑りそうになる缶を握り締め、万丈目が凌牙に詰め取ると、彼は更なる警告を発しただけだった。

 

「俺は忠告したぞ、万丈目」

「俺は万丈目さんだ! ……って、あ、おい! 待て!」

 

万丈目が反論しているうちに、凌牙は重病棟に続く廊下への曲がり角へ姿を消していた。慌てて追っかけようとしたが、通り掛かった看護師に「走ってはいけません!」と叱られ、タイミングを逃してしまう。

 

(くそったれ! やはり、あのデュエルで俺がナンバーズを持っていることが分かっちまったのか!?)

 

 手に持った缶の水滴が左手の薬指の包帯に染みていく。そこで、この飲み物代を年下の少年に払っていないことに思い立った。

 

「ああ、もう! くそったれが!」

 

 今度は声に出てしまう。等々力に以前飲み物を渡されたように、凌牙に同じように奢られてしまった。それで、やけっぱちになった万丈目が缶を一気飲みしようとして盛大に咽(むせ)たもんだから、ポン太は腹を抱えて笑ったのだった。

 

 

 4

 

『理不尽ポン』

 

 病院の自動扉が開き、微風と太陽の光が万丈目たちを迎え入れる。依代のカードにデコピンを受けたことにブー垂れているポン太に対して、万丈目が「自業自得だ」と突き放す。だが、いったい精霊の何が《業(ごう)》だったのだろうか。ますます膨れっ面になるポン太がまるで幼い子供のようで、万丈目は静かに口の中で笑った。

 

(おジャマ共はこんな不貞腐れる真似はしなかったな。どちらかっていうと、いつまでも三匹で延々と喧しくお喋りしていやがったし。よくよく考えれば、あいつ等は三匹で、こっちは一匹……少しぐらい甘やかしてやるか)

 

「おい、タヌキ、どっか行きたいところあるか? どうせ午後から暇だ、何処かへ連れていってやらんことはないぞ」

 

 フンスと偉そうに告げる万丈目に、ポン太が何か企んでいるのでは? と警戒の表情を浮かべる。それを察した万丈目が「リクエストがなければ、ハートランドシティ中のトイレ巡りするぞ」と脅しとも冗談とも取れないことを言い出したので、ポン太は慌てて『海に行きたいポン!』と叫んだ。

 

「海だぁ? どうしてまたそんなところに?」

 

 絶海の孤島だった故、デュエルアカデミア時代に腐るほど海を見た万丈目は思わずそう漏らしてしまう。

 

「ポーン! 昔、オイラたちは此処一帯を治めていたポン! お山のてっぺんのお城からよく海を見下ろしたポン! 年月が経ちすぎて、まるっきり変わったけど、海の青さだけは変わらないポン! だから、海を見たいポン!」

 

 両手をぶん回しながら説明するポン太に、この精霊が長い間石像に閉じ込められていたことを思い出した。封印される前とされた後では、かなり景色は違っているだろう。その中でも変わらない何かを探そうとする姿に、万丈目は異世界トリップしてしまった自分自身を重ねてしまう。この世界に万丈目の知り合いがいないように、ポン太にも知り合いはいない。似た者同士かもしれない、と思うと更に放って置けなくなった。

 

「仕方のない部下だな。その願い、この俺様が叶えてやろう。確か病院裏手のバス停から港に行けたな」

 

 機嫌を良くして歩き出す万丈目に、ポン太はとりあえずトイレ巡りを回避できたことに安堵する。そして、回避したい余りに口にした無茶苦茶で適当な言い訳を信じた万丈目の単純さに感謝する一方、あまりにも簡単に引っ掛かる新主人が心配になった。

 

「それにしても、今じゃあ近未来都市のハートランドも昔は人っ子一人いないうえ、山しかなかったんだよなぁ。でもよぉ、タヌキ、お前、話を盛り過ぎだろ? 此処一帯を治めていた城があったなんて。狸が山の動物のトップになれるかよ」

『アニキ、何を言っているポン? 此処には城下町がちゃんとあったポン』

 

 病院の駐輪所横を一人と一匹で歩いていく。病院の建物が入り組んだ先にある薄暗い其処は人の影が見受けられないため、万丈目とポン太は普通に会話を続けていた。

 

「貴様こそ何を言っているんだ? それともなんだ、此処には狸の王国があったとでも言うのか?」

『昔、此処一帯は喜楽壮八という殿様が治めていて、オイラは殿様の影武者していたポン!』

「影武者だぁ? ペットの間違いだろ?」

『違うポン! オイラは普通の狸じゃなくて、妖(あやかし)ポン! 大昔、殿様に助けられたから、その恩返しとして影武者となって働いたポン! だから此処一帯は昔オイラ達の領土だったポン!』

 

 エッヘン! と威張りそうな勢いで語るポン太に、万丈目は「コイツ、普通の狸じゃなかったのか」と今更ながら驚愕していた。そういえば、最初に会ったときに『オイラはずっとあの石像に封印されていた妖ポン』と言っていたが、今の今までスルーしていたな、と続けて思う。

 

『オイラたち、本当に仲良かったポン! ……けれど、喜楽の殿様は最後の最後でオイラを裏切って追い出したポン。オイラは最後の最後まで殿様と一緒に居たかっただけなのにポン。……だから、殿様の生まれ変わりを見付けて、オイラは復讐することに決めたポン!』

 

 しゅん、と気落ちした様子から打って変って、ポン太は怒りで目を燃やす。生まれ変わりへの復讐、という下りで万丈目は《あの男》とその彼へ異様な執着心を持つ精霊を思い出していた。

 

 デュエルアカデミアの数多の事件を経験して、万丈目は 《運命力》というものがあるのではないかという結論に至っていた。天から授けられた運命力によって《あの男》は世界を救う者として活躍し、あの精霊――前世との因縁に縛り付けられたのだろう。万丈目には前世なんていう運命力はない。周りと違ってカードの精霊が視える力があったが、それも世界渡航により失われてしまった。

 

(もし、俺に運命力があれば《あの男》を理解して支えることが出来たのだろうか。だが、そもそも、神の気まぐれで与えられた運命力で自身の人生が変えられてしまうなんて、こんな馬鹿馬鹿しいことがあってたまるか。前世とか、自身の知らないところで災厄に巻き込まれる必要はないだろ!)

 

「放って置けよ、そんな奴」

 

 ポン太の方を見ずに、万丈目がぶっきらぼうに放つ。その言葉にポン太が『そんな簡単に言わないで欲しいポン!』と地団駄を踏むようにプリプリ怒り出す。

 

「今の貴様は俺様の部下だ。この万丈目サンダー、もう二度と裏切ったりしねぇよ――人もカードも精霊も」

 

 この台詞が降って来た時、ポン太は足元を見ていたから、万丈目がどんな顔付きをしていたか見られなかった。ただ一つ言えるのはその声質には重みがあり、強い決意を秘めていることが分かった。万丈目を見上げる。もう彼はさくさくと進んでいたが、細いはずのシルエットが何故か少し大きく見えたような気がした。

 

『だけど、落とし前ぐらい付けてほしいポン』

 

 彼の横顔が見たくって、すいっと空中を滑る様にポン太は万丈目に近付く。その表情はいつも通りのしかめっ面に戻っていて、何を考えているのか分からなかった。しかし、ポン太はこの新主人が悪いことを口にしたり思っていてもそれを実行はしない男だと理解していた。そうでなければ、ポン太はとっくのとうにトイレから下水道への一人旅行へ送り出されている。

 

『なにかしら《けじめ》がなきゃ、オイラは先に進めないポン』

「けじめって言ってもな、俺様が最後まで付き合うんだから、それでいいだろ?」

『でも、オイラ、万丈目のアニキのこと、何も知らないポン』

「俺様のこと? この万丈目サンダーについてか? 男は背中で語れっていうだろ。貴様も男ならそれで理解し――」

 

 理解しろ、と最後まで万丈目は言い切ることが出来なかった。駐輪所の陰から抜き出た手が彼を壁際へ押しやったのだ。

 壁に打ち付けられた肩を庇いながら、ポン太とのお喋りに夢中で人の気配に気付かなかったことに万丈目は内心舌打ちをする。ざらりとした壁が首筋に感じられて、まるで凶器を押し当てられたような気分になったが、その弱気を払拭するように叫んだ。

 

「何をしやがる!? この俺を万丈目サンダーと知っての狼藉か!?」

「相変わらず威勢の良い兄ちゃんだな」

「陸王、海王!」

 

 等間隔に置かれたバイクの間から姿を現したのは、以前、遊馬と凌牙のタッグデュエルで撃退したチンピラコンビの陸王と海王であった。いったい何しに此処に現れたのか、少なくとも医療行為が目的ではない事は確かだろう。初めて会った時と似たような台詞を吐く刈り上げ頭の海王を万丈目は強く睨み付ける。

 

「ああ、そうだ。貴様が万丈目サンダーと知って近付いたのよ。……持ってんだろ、ナンバーズ」

 

 ドレッドヘアの陸王の言葉に、万丈目は一気に自身の身体から汗が噴き出すのを感じた。大通りのデュエルの最後、遊馬たちからの質問をかき消すため、万丈目は誤魔化すようにサンダーコールを行った結果、皮肉にも万丈目の名を轟かせてしまったのだ――ナンバーズを持つ者として。

 

「貴様らなんぞに答える義理はねぇな」

 

 ハッと唾棄するように万丈目が呟いた途端、陸王と海王が更に距離を詰めてきた。腕を伸ばせば完全に万丈目に届く距離だ。その瞬間、汗の感触が吹き飛び、次に彼を襲ったのは視界も思考も真っ白になるようなスパークだった。

 

「もう一度、返り咲きしてぇのよ、俺たちは」

「その為にもナンバーズは必要だ。テメェだって――」

 

 陸王の言葉は最後まで聞き取れた。だが、海王の言葉は聞き取れなかった。スパークにより思考回路が砕け散り、万丈目は今自分が何処に立っているのかすら見失っていた。雨の幻聴が鼓膜を叩く。

 

(そういえば、エドから借りた傘――あの赤い傘は何処へ投げ捨てたんだっけ……? 嗚呼、でも、デッキだけは守らなくては――だって、背に腹は代えられない……)

 

 無意識にデッキケースに触れた途端、包帯を巻いた左の薬指が悲鳴を上げた。

 

「やめろ」

 

 偶然にも、この恐喝の空間を切り開いたのはゲームセンターの時と同じ台詞の同じ人物だった。

 

「げっ!? シャーク!?」

 

 神代凌牙の登場に、陸王と海王は揃って裏返って声を出す。建物の隙間から僅かに差し込んだ太陽光に、少年の首から下げた、鮫の牙のようなペンダントが反射する。両手をポッケに突っ込んだまま、カツカツと近付く凌牙にチンピラ二人組は徐々に後退(あとずさ)っていく。

 

「好きな方を選べ。俺とデュエルして恥を上塗りするか、素直に退散するか。ま、俺はどちらでも構わないんだけどな」

 

 靴の爪先で地面を叩く様子は、どう見ても臨戦態勢であった。夜の美術館前で行われたデュエルによって植え付けられた、本物の強者たるデュエリストの気迫を完全に思い出したのだろう――陸王と海王は戦意喪失し、その時と同じように情けない声を上げて逃げて行った。

 

「チッ、ナンバーズがなきゃ虚勢も張れない癖に、まだチンピラやっていたのか」

 

 二人の後ろ姿を適当に見送ると、その場にへたり込んでしまっていた万丈目を凌牙は覗き込んだ。顔面蒼白の彼に、凌牙は努めて落ち着いた声で「アイツらは行ったぜ」と告げる。黒の瞳が揺れ動き、正気を取り戻したのだろう、万丈目は大きく息を吐いた。ゆるゆると壁を使って立ち上がると、拙い口調で「本当か」と呟いた。

 

「バイクを取りに行こうとしたら、耳元で変な声? を聞いたような気がして来てみれば、この様(ザマ)だ。アンタも幸運だったな」

『オイラが頑張ってこの人を呼んだポン! アニキが無事で何よりポン』

 

 万丈目が凌牙を見やると、その横でポン太が不安そうな顔で浮いていた。凌牙にはポン太の姿は視えないはずだが、一度ナンバーズに携わったからか、ポン太の行動が少しは伝わったのかもしれない。汗で髪が顔に張り付いて気持ちが悪い。それを掻き上げながら「サンキュ」と凌牙とポン太に小さな声で告げたと同時にバイクが倒れる音が遠くから響き、駐輪場のアラームが鳴り響いた。

 

「あの馬鹿共め、逃げる時にバイクを倒しやがったな。イラッとくるぜ。のんびりしてられないな、とんずらするか」

 

 一度は万丈目に背を向け、バイクを取りに戻ろうとした凌牙だったが、後方の気配が少しも動こうとしないことに気が付いた。チラリと見やると、まだ本調子ではない万丈目が壁に凭(もた)れたまま浅く呼吸を繰り返している。フウと一息吐くと、凌牙は万丈目の左手を取り、歩き出した。じっとりと汗を掻いて冷たい手の平に、薬指の包帯だけが静かに主張している。突然の行動に目を白黒する万丈目を自身のバイクまで引っ張り、紫色のヘルメットは自分で被り――少し躊躇ってから白色の女性もののヘルメットを万丈目に被せた。

 

「何処へ逃げたい? 九十九家の場所は知らないから勘弁だ」

 

 は? と硬直する万丈目に、凌牙は続けて「早くしろ、ガードマンが来てややこしいことになる」と言った。今の状況についていけない万丈目だったが、とりあえず目的地を言えばいいことは理解したらしい。彼は一言「海だ」と呟いた。

 

 

 5

 

 水平線の彼方に黒い影が見えた。手前にある影は船の形と色を取り戻していて、うみねこが喧しく鳴きながら旋回している。

 港のコンテナ倉庫の奥まったところに、設計ミスか、開けた空間があり、凌牙は其処へバイクを停めた。柵の向こうには海が広がっており、少年は「今の時間帯は此処の倉庫は使われねぇからな」と人に見つかることがまずないことを説明した。

 

(まさか五歳年下のバイクにニケツ……しかも、俺が操縦者ではなくて《操縦者に捕まる側》になる日がくるとは思わなかったぜ)

 

 凌牙のヘルメットの横に白のヘルメットを置くと、万丈目はよたよたと立ち上がる。その様子があまりにも頼りなかったので、凌牙は「なんだ、ちびったのか?」と揶揄してやると「ンな訳あるか!?」と万丈目が激昂する。成程、彼は元気らしい。

 凌牙はバイクから離れると慣れた様子で柵に凭れ掛かり、ポン太は柵の上にちょこんと座りながら海を眺めている。それを見た万丈目は所在無さげにその空間の入り口であるコンテナに凭れ掛かることにした。凌牙の言いたいことが分かっていたからだ。

 

「アンタ、昔、喧嘩で嫌な目に遭ったことあるか?」

「いや、そんな記憶はない。なんで急にそんなこと……?」

「あのチンピラ共への態度を見て、そう思ったまでだ。……俺は言ったはずだぜ、『ナンバーズに関わるな』と。今回は俺が居たから奴らを追っ払うことができたものの、次回はそんな保証はない」

 

 やはりナンバーズの話題だったか、と万丈目は心の中で肩を落とす。そして、彼の回答は既に決まっていた。

 

「だが、嫌だね」

 

 万丈目のはっきりとした拒否に、背を向けて海を眺めていたポン太の耳がぴくりと動いた。

 

「俺は俺の力でナンバーズを手に入れた。本懐のためにも、これを手放す訳にはいかない」

「本懐だぁ?」

 

 せっかくの忠告を無視する万丈目に凌牙の声質が視線同様にきつくなる。万丈目もそれに負けないぐらい視線を強めると、凌牙に開き直る。

 

「俺の誇りを奪い去ったアイツにリベンジかますためにも、遊馬一人に全部押し付けないためにも――ひいてはナンバーズの精霊との約束の為にも、ナンバーズ(こいつ)を手放す気はないぜ」

「とんだ我が儘だな」

「デュエリストは我が儘なぐらいが調度良いんだ」

 

 海から二人へ視界を変更したナンバーズの精霊は交互に二人を見やる。睨み合う両者にポン太が割って入る余地はなかった。

 

「それに今更どうやってナンバーズを捨てろというのだ?」

「遊馬に渡せばいいだけだろうが」

「馬鹿言え」

 

 眦を強く上げて万丈目は言い返す。この時に万丈目の脳内に過ぎったのは、この世界で出逢った遊馬と、前の世界で出逢った《あの男》の顔だった。

 

「十三歳のアイツに――たった一人に全部おっ被せる真似なんざ、俺はもう二度としたくねぇんだよ」

 

 ぎりりと万丈目は拳を握り締める。その気迫に一瞬言葉が詰まった凌牙だったが、「御託だけは偉そうに」と吐き捨てて本筋に戻る。

 

「だが、今回みたいにデュエルじゃなくて、リアルファイトで盗られそうになったらどうする? 巷だと、ナンバーズを狙ってデュエリストを廃人にする輩もいるようだしな。自ら危ない橋を渡る必要はないと思うぜ?」

「それでも、俺は――」

「確かにアンタはデュエルモンスターズのカードについてはよく調べているようだ。一発で俺の《除外海産物》デッキを見破れる程にな。遊馬へのアドバイスを見る限り、デュエルタクティクスや先見の眼もある」

 

 万丈目の反論を封殺して、駅前で行われた遊馬との初デュエルのことを引っ張りながら語る凌牙だったが、不意に考え込むように唇を閉じた。これを好機とばかりに万丈目が思考をまとめている最中に少年が口火を切ってしまう。

 

「だったら、なんでデュエル知識があるはずのアンタはコストの掛かる【天罰】や【スキルドレイン】を俺に薦めた? 遊馬にアドバンテージを与えるためか? だとしたら、俺に模擬デュエルなんて親切な真似はしねぇ、それとも店に在庫がなかったか……」

 

 独り言に移行していくかのような凌牙の台詞に、万丈目は疑問に思いながら「モンスター効果を無効化するカードの代表と言えば、それぐらいだろう?」と返した。その瞬間、十四歳の少年の眼がカッと見開いて、二十歳前の青年を見た。シャークという呼び名の通り、鮫のような睨みに万丈目は思わず壁から背を放してしまう。

 

「テメェ、【禁じられた聖杯】や【デモンズ・チェーン】を知らねぇのか!?」

「禁じられた……? デモンズ……?」

 

 知らない単語に万丈目は思わず復唱してしまう。その様子は彼がその言葉を一切知らないことを意味していた。カードショップの店員でありながら知らないという、とんでもない事実に凌牙は驚きを隠せないまま言葉を続けた。

 

「おいおい、そんなことがあり得るのか? あれだけのデュエルタクティクス能力がありながら、それらのカードを知らないってことが。そういえば、アンタ、自販機の買い方すら知らなかったよな? 模擬デュエルのデッキは本当にスタンダードの、昔からあるカードしか入ってなかったよな? 昔のカードは知っていて、今のカードは知らないことが多くて、なのにデュエルタクティクスとバトルセンスはあって、今の自販機の買い方すら碌に知らないなんて、テメェ、何者なんだ? いったい何処から来たんだ?」

 

 ほんの僅かな材料で高速で推理を打ち立て、矢継ぎ早に質問する凌牙に万丈目は「しまった」と思った。其処へ凌牙の隣に座ったポン太が『オイラも知りたいポン!』と便乗する。何といって誤魔化そう!? 万丈目は適当にそれっぽい言葉を並べようとする。

 だが、困っている者には何かしら《導き》があるものだ。しかし、それが天からの助けとは限らない――むしろ、地獄からの弾丸である場合もあり得るのだ。

 

 

 6

 

「異世界から来たからだろ?」

 

 地獄の弾丸こと、四人目の登場人物の男性の台詞に万丈目は雷が落とされたように固まってしまった。心臓の鼓動が高く跳躍し、それが降り切った途端ハードなドラミングに転向する。図星発言をした張本人はコンテナの通り道にいるため、開(ひら)けた空間前に立つ万丈目の背しか見えず、今の彼がどんな表情を浮かべているか露にも知らない。だが、その開けた空間に居て万丈目と向かい合っていた凌牙とポン太は、ばっちりと彼の表情の動きを見てしまっていた。

 

「ゴーシュ、くだらない冗談は止せ」

 

 細いヒール音と共にもう一つ声が響く。今度は女性の声だった。それに対して「怒んなよ、ドロワ。ノリの悪い奴だな、田舎者への挨拶だろ」と男性が応える。二人にとっては単なるジョークだったが、それは万丈目に大打撃を与えた。凌牙の口が開くより先に青年は振り返って叫ぶ。

 

「貴様ら、何者だ!?」

 

 万丈目が振り返った先には、大男と高身長の女性がいた。齢は恐らく二十歳前後、左目近くに古傷をつけ、炎を連想させる髪型・色をした大男がゴーシュなのだろう。ならば、紫を基調としたアイシャドウを瞬(またた)かせて、大男の右側で妖美に立つ青紫髪の女性がドロワと言うことになる。ブラウンとオレンジ色が基調のコートを身に着けた大男と、赤いブラウスの上に真っ白なスーツのジャケットを着こなし、タイトスカートを穿いた女性という、対照的なふたりであった。

 

「これを見たら、説明は不要だよな?」

「ナンバーズ……っ!」

 

 ゴーシュが掲げる一枚のカードは恐ろしい程のプレッシャーを放っていた。万丈目は帝の鍵を握り締める。彼や遊馬のように不可思議なアイテムがないのに、ナンバーズを持ちつつも正気を保っていることに思い当たる節は一つしかない。

 

「貴様ら、ナンバーズハンターの一派だな!?」

「ご名答。万丈目サンダーと言ったか、痛い目に遭いたくなければ、とっととそれを置いて消えてもらおうか」

「だが、嫌だね」

 

 高圧的なドロワの提案を万丈目は凌牙の時と同じ台詞で一蹴する。聞き分けの悪い坊主だ、とゴーシュが言うものだから、万丈目は「坊主じゃない、万丈目さんだ!」と訂正する。

 

「なら、デュエルで痛い目に遭ってもらうとしようか、万丈目さんよぉ」

「Zip your lip!(お口にチャックしな!) 痛い目に遭うのはそっちかもしれねぇのに、随分と余裕なこった」

 

 ゴーシュの発言に、万丈目はベルトに着けたDパッドに手を伸ばす。同じように大男もデュエルへの構えを取ろうとするが、其処で相棒の女性が足音を立てて近付き、ゴーシュの隣に肩を並べたことに気が付く。

 

「おい、ドロワ、何をして――」

「前に言ったはずだ、ゴーシュ。これ以上、遅れを取る訳にはいかないと。絶対にナンバーズを手に入れるために――《あの人》に認められるためにも、手段なんぞ選んでいる場合ではない」

 

 そりゃあそうだけどよ、とゴーシュは頭を掻く。手段を選んでいられないと言いつつ、陸王・海王みたいにリアルファイトに持ち込まない限り、彼女はやっぱりデュエリストなのだろう。これから行われる二対一というデュエル構図に対戦者の青年は冷や汗を流す。しかし、だからといって売られた決闘(デュエル)を買わない万丈目ではない。

 

「いいだろう! 二人まとめてぶっ飛ばしてくれる!」

「待てよ」

 

 気合を放つように声を荒げて虚勢を張る万丈目の背後から一声が銃声のように鳴る。勿論、彼の後方にいるデュエリストは一人しかいない。

 

「俺にも参加させろよ。これで二対二、お互いフェアになったじゃねぇか」

「神代! 貴様、馬鹿か!? これはナンバーズを賭けたデュエルだ! 普通のデュエルじゃないんだぞ! 無事に済む訳がないだろうが!」

「だが、それはアンタも同じだ。万丈目」

 

 がなり立てる万丈目に凌牙が極めて静かに告げる。命が懸かったと言っても過言ではないデュエル前にしての、その落ち着き様に万丈目は声を失う。

 

「こんな局面に接して、のこのこと帰れるほど、俺は恩知らずじゃねぇからな」

「え、恩知らず? いったい何の? むしろ、俺の方が――」

「話はまとまったようだな」

 

 ゴーシュの言葉に、万丈目と凌牙は一斉に視線を向けた。自然な動作でポン太が万丈目の右肩に乗る。乗ると言っても触れられないから、そのような振りをしているだけだ。ナンバーズの精霊の気配を感じながら、万丈目は「誰が貴様を渡すかよ」と小さく呟いた。

 

「デュエルディスク、セット!」

 

 万丈目が大きくDパッドを空へ投げ飛ばしたのを皮切りに、残り三人が各々のデュエルディスクを展開させる。凌牙は深い海色をイメージしたDパッドを起動させ、ナンバーズハンターの一派たる二人については、ゴーシュは燃え盛る炎を連想させる、ドロワはメイクパレットのような蝶の羽型のデュエルディスクを何もないところから具現化させ、それぞれのものが花開く。空中でDパッドが展開して出来たデュエルディスクを左腕に装着し、万丈目はデッキをセットする。

 

「Dゲイザー、セット!」

 

 同じように空へ放り投げて起動させたDゲイザーを万丈目は装着するなか、凌牙は静かに装着し、ゴーシュとドロワは左目に手を翳す。すると、ナンバーズハンターの一派の二人の瞳の色が変化し、マーカーが浮かび上がる。その様子が万丈目の中でⅥ(ゼクス)――アモンがデュエルする際の変化に重なった。冗談とはいえ、彼・彼女らは《異世界》と言った。もしかすると、アモンのことを知っているかもしれない、と万丈目は身構える。

 

『ARヴィジョン・リンク完了』

 

 無機質な機械音声が流れ、数字の羅列が降り注ぐ。整ったデュエルフィールドに、この場にいる誰もが息を飲んだ。

 

「ドロワ、気負い過ぎるなよ」

「戯(たわ)け。用心するのは貴様の方だ、ゴーシュ」

「神代、よくもさっきは俺を呼び捨てにしたな。俺は万丈目さんだ!」

「今、此処で言う台詞か、それ」

『こんな状況でも相変わらずブレないアニキポン』

 

 万丈目にしか認識されないポン太が大きく息を吐く。そして、約束通り、本当に万丈目がナンバーズの精霊を見捨てないか、最後までいてくれるのか見届けようと目を見開く。

 

「デュエル!」

 

 四人が声を合わせて宣言する。周りには誰もいない、港倉庫の隅っこで、謎のナンバーズハンターの一派、ゴーシュ&ドロワV.S万丈目準&神代凌牙の、ナンバーズを賭けたタッグデュエルが今始まったのだった。

 

 

 7:タッグデュエル開始!

 

「今回のタッグデュエルはタッグフォースルールだ! 超ノリノリでいくぜ!」

(タッグフォースルール! ターン交代制でパートナーとフィールド・墓地・ライフを共有するが、手札・デッキ・エクストラデッキは共有しないため、たとえパートナーであっても互いの手札状況を見ることはできないタッグルールか)

 

 ゴーシュの宣言に、万丈目は即座にルール内容を思い浮かべる。デュエルアカデミア時代に経験したタッグデュエルだが、今回、タッグパートナーとなる凌牙のデッキ内容は、鉄子の店で行った模擬デュエルと、遊馬と彼とのタッグデュエルで二回見ただけで、その時と今のデッキ内容がそっくりそのまま同じだとは到底思えなかった。そもそも、凌牙は万丈目のデッキコンセプトすら知らないのだ。互いに互いのデッキ内容を理解していないこの状況下で何処まで食い下がることが出来るのか――、初手で引いたカード五枚を見降ろしながら、万丈目は強張(こわば)る拳を隠すように帝の鍵を掴んだのだった。

 

 

☆1ターン目

―――Aグループ:ドロワ(攻勢)。4000ライフ。

――守勢:万丈目準(初ターンなので特に意味は無い)

―ドロワの手札:5枚

 

「先攻は、この私、ドロワが貰う! 手札から【幻蝶(げんちょう)の刺客(しきゃく)モルフォ】(星4/闇属性/戦士族/攻1200/守1600)を通常召喚! カードを二枚、魔法・罠ゾーンに伏せて、ターンエンド!」

 

 ドロワが手札からカード一枚をデュエルディスクにセットすると、蒼い蝶の姿をした戦士族のモンスターが攻撃表示でフィールドに躍り出る。それから魔法・罠ゾーンにカード二枚伏せてターンエンド宣言したので、万丈目は「初ターンの行動は、俺の世界のデュエルとあんまり変わらないな」と頭の片隅でぼんやりと思う反面、効果の知らないモンスターに警戒する。そんな風に盤上ばかり注目していたものだから、ドロワがゴーシュにアイコンタクトを取ったことに十九歳の青年は気付くことが出来なかった。

 

 

―――1ターン目、終了時

――Aグループ:ドロワ。4000ライフ。

―手札:2枚

―フィールド:【幻蝶の刺客モルフォ】攻撃表示(星4/闇属性/戦士族/攻1200/守1600)

―魔法・罠 :2枚の伏せカード

―墓地   :なし

 

 

☆2ターン目

―――Bグループ:凌牙(攻勢)。4000ライフ。

――守勢:ドロワ

―凌牙の手札:5+1枚

 

「第二ターン目は俺だ! ドロー! 【スピア・シャーク】(星4/水属性/魚族/攻1600/守1400)を通常召喚! 更に手札から【サイレント・アングラー】(星4/水属性/魚族/攻800/守1400)を特殊召喚! 【サイレント・アングラー】は自分フィールド上に水属性モンスターが存在する場合、手札から特殊召喚できる!」

 

 凌牙の掛け声を皮切りとして、朱(あか)い胴体で槍のような刃を額に翳した鮫型のモンスターと巨大なアンコウの化け物が攻撃表示で立ち並ぶ。同じ属性の、同じレベルの二体のモンスター。開始十秒もしない間に用意された舞台に、万丈目は次の展開――エクシーズ召喚が行われることを読み取った。

 

「俺は、水属性・レベル4のモンスター二体でオーバーレイ!」

 

 【スピア・シャーク】と【サイレント・アングラー】がオーバーレイ・ネットワークの渦に呑み込まれていく。そして、千里の海に届かんとせんばかりに吠え猛りながら、その渦から一体のエクシーズモンスターが飛び出してきた。

 

「吠えろ! 未知なる轟き! 深淵の闇より姿を現わせ! エクシーズ召喚! 来い! 【バハムート・シャーク】(ランク4/水属性/海竜族/攻2600/守2100)!」

 

 本来、バハムートとは神話に登場する巨大な魚であった。それがいつしかドラゴンの長のように描かれるようになったが、成程、今この場に登場したモンスターは鮫とドラゴンを掛け合わせたような姿をしている。あの夜の遊馬とのタッグデュエル以降に凌牙がデッキに差したカードなのだろう、万丈目がそのモンスターを見るのは初めてのことだった。翼のような背鰭(せびれ)をはやした【バハムート・シャーク】の背中を見上げながら、第二ターン目で2600という高攻撃力を持つモンスターを召喚した十四歳の少年を、万丈目は心の内で「凄い」と称え、自分のパートナーが彼である幸運に感謝した。だが、これで終わる凌牙ではない。

 

「水属性二体という素材縛りのエクシーズモンスター【バハムート・シャーク】の効果を見せてやるぜ! 一ターンに一度、このカードのエクシーズ素材を一つ取り除いて発動可能! 水属性・ランク3以下のエクシーズモンスター一体をエクストラデッキから特殊召喚する! 同士を引き上げろ! 《ゴッド・ソウル》!」

「エクストラデッキから特殊召喚だって!?」

 

 素材無しで行われる特殊召喚に万丈目が素っ頓狂な声を上げる。手札やデッキ、墓地、除外エリアからの特殊召喚なら何度だって見たことあるが、コンタクト融合(【融合】カードを必要としない融合召喚)でもなしに、モンスター効果によるエクストラデッキからの特殊召喚なんて、万丈目は今まで一度たりとも見たことがなかった。【バハムート・シャーク】がORU(オーバーレイ・ユニット)を一つ呑み込んで雄叫びを上げると、地面が割れて深海の底まで続くような渦が現れた。

 

「さぁ、深き水底から浮上せよ! 【潜航母艦エアロ・シャーク】(ランク3/水属性/魚族/攻1900/守1000)!」

 

 辺り一面に轟かせながら、二対の鮫で一体のモンスターが海面から浮上する。エクストラデッキからの特殊召喚という、前の世界ではあり得ない効果を目の前で実演されて、万丈目はまさしく開いた口が塞がらなかった。

 

「エクストラデッキから特殊召喚とは大したもんだ! だが、ORUなしのエクシーズモンスターなんざ、攻撃力1800のバニラモンスター(効果のないモンスターのこと)となんら変わりがねぇんだよ!」

 

 対戦相手のゴーシュの指摘に、万丈目は「確かに!」と納得してしまう。エクシーズモンスターはORUを消費して強力な効果を発動するが、正規の方法でエクシーズ召喚されていない【潜航母艦エアロ・シャーク】はORUを持っていないので、ゴーシュからすると恐るるに足らずという訳だ。しかし、凌牙はこう返したのだった。

 

「おい、俺がいつメインフェイズ1終了と言った?」

「なに?」

 

 ニヤリとする凌牙に、ドロワが眉を顰める。万丈目すら先を読めないなか、こうするんだよ! と言わんばかりに彼のパートナーはエクストラデッキのポッケを開いた。

 

「【潜航母艦エアロ・シャーク】でオーバーレイ・ネットワークを再構築! 海の獣戦士よ、更なる黒き鎧を纏いて敵を圧巻せよ! フルアーマード・エクシーズ・チェンジ!」

(まさか、これは!?)

 

 驚きで声も出ない万丈目を余所に、母なる海へ還るように【潜航母艦エアロ・シャーク】が再構築されたエクシーズの渦へ飛び込む。赤い光が走る渦から、そのエクシーズモンスターはついに飛び出してきた。

 

「エクシーズ召喚! 現れろ! 【FA(フルアーマード)―ブラック・レイ・ランサー】(ランク4/水属性/獣戦士族/攻2100/守600)!」

 

 デュエルディスクにセットされた【潜航母艦エアロ・シャーク】の上に、また別のエクシーズモンスター【FA―ブラック・レイ・ランサー】のカードを凌牙が重ねる。【潜航母艦エアロ・シャーク】よりランクが一つ高い、黒き槍騎士の姿をしたモンスターは、遊馬を倒すために凌牙がデッキに差した【ブラック・レイ・ランサー】と似たような姿をしていたが、身に纏う鎧は更に重厚なものとなっていた。

 

(信じられねぇ、一ターンの間に、モンスター効果によるエクストラデッキからの特殊召喚、遊馬やアモンのようにオーバーレイ・ネットワークの再構築、そして何よりこれらの動作がたった手札二枚の消費で行われたなんて……っ!)

 

 万丈目が呆然とする一方、敵だというのにゴーシュが「あの餓鬼、やるじゃねぇか」と口笛を吹く。ドロワも鋭い目を向けているが、その眼に万丈目程の驚愕はこもっていない。ポン太も関心の声を微かに漏らすだけで、手札の消費枚数に気を払っているようには見えなかった。

 このスピード・効果・手札の消費枚数に違和感を覚えない周りの反応に、万丈目はこの世界のデュエルの常識を垣間見た。異邦人の青年は何度だって、前の世界とこの世界とではデュエルのスピードがまるで違うことに気付かされ、そうであることを《分かっていたような気でいた》だけという事実を突き付けられる。思わず万丈目は下唇を噛んだ。そうしなければ、アモンに負けた日の夜のように今すぐにでも叫んでしまいそうだった。

 

「【FA―ブラック・レイ・ランサー】は、本来なら水属性レベル4モンスター×三体の素材でエクシーズ召喚されるが、自分フィールド上のエクシーズ素材の無い水属性・ランク3のエクシーズモンスターの上に重ねてエクシーズ召喚する事もできる、優れたモンスターだ。更にこのカードの攻撃力はエクシーズ素材の数×200ポイントアップする! 【FA―ブラック・レイ・ランサー】のORUは一つ。よって、攻撃力は2300となるぜ!」

 

 万丈目の気持ちを置き去りにしたまま、デュエルは続いていく。凌牙の説明通り、攻撃力2100+200=2300となった海の獣戦士は槍を大きく振り回し、ターゲットたる【幻蝶の刺客モルフォ】に向けて標準を合わせた。

 

「用意は整った! バトルフェイズに入るぜ! 【FA―ブラック・レイ・ランサー】で【幻蝶の刺客モルフォ】を攻撃! 《ブラック・ブライト・スピアー》!」

 

(【FA―ブラック・レイ・ランサー】はあと二つの効果がある。そのうちの一つが、このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、相手フィールド上の魔法・罠カード一枚を選択して破壊できるという効果だ。伏せカードは二枚、どちらか破壊させてもらうぜ!)

 

 タクティクスを打ち立てながら、凌牙がバトルフェイズに移行する。攻撃力2300の【FA―ブラック・レイ・ランサー】に対して、【幻蝶の刺客モルフォ】の攻撃力は1200しかない。破壊のうえ、1100の超過ダメージが与えられる計算だが、ドロワという女性デュエリストがそう簡単に許すはずがなかった。

 

「させるか! 通常罠【隷属(れいぞく)の鱗粉(りんぷん)】発動! このカードは相手モンスターの攻撃宣言時に発動可能、攻撃モンスターの表示形式を守備表示にする!」

「チッ!」

 

 凌牙の攻撃宣言にドロワが伏せた一枚のカードをひっくり返した途端、攻撃せんとして槍を構え直した【FA―ブラック・レイ・ランサー】に、闇夜から現れた金色の蝶の群れが飛び掛かり、鱗粉を撒き散らす。呪いの鱗粉に纏わりつかれた【FA―ブラック・レイ・ランサー】は守備表示になり、出鼻を挫かれた凌牙は大きく舌打ちをする。だが、このカードは次なるカードへの――コンボへの布石でしかなかった。

 

「その後、【隷属の鱗粉】はそのモンスターに装備される。……だが! この瞬間、【幻蝶の刺客モルフォ】の効果発動! 相手フィールド上のモンスターの表示形式が変更された時、そのモンスター一体を選択して発動、選択したモンスターの攻撃力・守備力を1000ポイントダウンさせる!」

「1000ポイントも!?」

 

 4桁も影響する効果に万丈目がその対象となってしまった【FA―ブラック・レイ・ランサー】を見る。先程までの雄々しさが半減し、かのモンスターの攻撃力は2300-1000=1300まで下がってしまった。

 

「くそったれ! 【バハムート・シャーク】は効果を使ったターンは攻撃できねぇ! バトルフェイズは終了だ! メインフェイズ2へ移行! 俺はカード二枚を伏せて、ターンエンド!」

 

 魔法・罠ゾーンにカードが二枚伏せられる。エクシーズモンスターが二体も並んだというのに、相手ライフを削るどころか、モンスター一体も破壊せずに凌牙のターンは終わってしまったのだった。

 

 

―――2ターン目、終了時

――Bグループ:凌牙。4000ライフ。

―手札:2枚

―フィールド:【バハムート・シャーク】攻撃表示(ランク4/水属性/海竜族/攻2600/守2100)ORU×1

【FA―ブラック・レイ・ランサー】守備表示(ランク4/水属性/獣戦士族/攻1300/守 600)ORU×1

―魔法・罠 :2枚の伏せカード

―墓地   :【サイレント・アングラー】

 

☆3ターン目

―――Aグループ:ゴーシュ(攻勢)。4000ライフ。

――守勢:凌牙

―ゴーシュの手札:5+1枚

―フィールド:【幻蝶の刺客モルフォ】攻撃表示(星4/闇属性/戦士族/攻1200/守1600)

―魔法・罠 :【隷属の鱗粉】通常罠 ※【FA―ブラック・レイ・ランサー】に装備中、1枚の伏せカード

―墓地   :なし

 

「第三ターン目、俺の番だ! ドロー!」

 

 凌牙の対戦相手がドロワからゴーシュに交代される。艶美な女性が築いた盤上を引き継ぎ、大男がカードを一枚ドローした。

 ドロワの扱うカード群は万丈目の知らないものだった。ならば、ゴーシュの扱うカードも知らないものの可能性が高い。果たして、彼の扱うデッキはどのようなものだろうか?

 

「さぁて、メインフェイズ1だ。早速【隷属の鱗粉】の効果を発動するぜ! このカードは一ターンに一度、メインフェイズ及びバトルフェイズ中に発動可能、装備モンスターの表示形式を変更する。おらよ、もう一度ひっくり返りな!」

「まずい!」

 

 ゴーシュの行動に万丈目が思わず叫ぶ。何が? と不思議がるポン太だったが、その謎は瞬時に解けた。

 

「この瞬間、【幻蝶の刺客モルフォ】の効果が再び発動するぜ! 相手フィールド上のモンスターの表示形式が変更された時、そのモンスター一体を選択して発動、選択したモンスターの攻撃力・守備力を1000ポイントダウンさせる!」

 

 発動後に装備カードとなった【隷属の鱗粉】により、守備表示だった【FA―ブラック・レイ・ランサー】が攻撃表示に変更されたことで【幻蝶の刺客モルフォ】の効果が再び誘発され、凌牙のモンスターの攻撃力は更に1000ポイントも下がり、とうとう1300-1000=300ぽっちになってしまった。繰り返されるコンボに凌牙の顔付きが険しくなる。だが、地獄への招待状はまだ序の口であった。

 

「ノリに乗ってぶっ飛ばしていくぜ! 俺は【H(ヒロイック)・C(チャレンジャー) サウザンド・ブレード】(星4/地属性/戦士族/攻1300/守1100)を通常召喚! 更にドロワが伏せた永続罠【コピー・ナイト】を発動するぜ! 自分フィールド上にレベル4以下の戦士族モンスターが召喚された時に発動可能、このカードは発動後、その召喚されたモンスターと同じレベルの同名モンスターカード(戦士族・光・攻/守0)となり、モンスターカードゾーンに特殊召喚する。そらよ、【H・C サウザンド・ブレード】のコピーだ!」

 

 フィールドに武蔵坊弁慶を模したかのような、背中に千の剣を背負い込んだ戦士モンスターが召喚されたと同時に、永続罠カードがそのコピーモンスターに変化してフィールドに登場する。ちらりとドロワに一度視線を向けた後、ゴーシュは手札の一枚を掲げた。

 

「このノリは逃さねぇよ! このデュエル前にドロワから借りたカードを使うぜ! 俺は【幻蝶の刺客オオルリ】(星4/闇属性/戦士族/攻0/守1700)を特殊召喚! 自分が戦士族モンスターの召喚に成功した時、このカードは手札から特殊召喚できるんだよ!」

 

 先程、ドロワが使ったカード群《幻蝶の刺客》シリーズの瑠璃色の蝶型の戦士が特殊召喚される。彼のフィールドには【幻蝶の刺客モルフォ】・【H・C サウザンド・ブレード】とそのコピーモンスター・【幻蝶の刺客オオルリ】が並び、これで戦士族レベル4が四体となった。

 

「【H・C サウザンド・ブレード】の効果発動! 一ターンに一度、手札から《ヒロイック》カード一枚を捨てて発動可能、デッキから《ヒロイック》モンスター一体を特殊召喚し、このカードを守備表示にする。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は《ヒロイック》モンスターしか特殊召喚できなくなるが、ノリに乗っている今、デメリットにもなりゃしねぇ! 俺は手札から【H・C ダブル・ランス】(星4/地属性/戦士族/攻1700/守900)を捨てて、デッキから【H・C エクストラ・ソード】を特殊召喚するぜ!」

 

 残り手札が三枚となり、二振りの剣を掲げた戦士がデッキから飛んできたことで、ゴーシュは自分フィールドに五体目のレベル4の戦士族モンスターを揃えるのに成功する。モンスターゾーンに並べられるモンスターの数は五体までだ。それをフルに使って並ばされた同族同レベルのモンスターに万丈目は冷や汗を流す。ここまでくれば、することなんて一つしかない! しかし、ノリに乗ったゴーシュは万丈目と凌牙が思っていた以上に豪快な性格だった。

 

「さぁて、締めに入ろうか! 俺は戦士族・レベル4のモンスター五体でオーバーレイ・ネットワークを構築!」

「五体全て使うだと!?」

 

 なるべく冷静を保とうとしていた凌牙ですら、この驚きである。万丈目なんて言うに及ばず、だ。同族同レベルのモンスター五体も飲み込んだエクシーズの渦は禍々しいとも神秘的ともいえる輝きを放っていた。万丈目の心音が高くなっていく。この黒色の渦を彼は嫌と言う程、理解していた――ゴーシュはナンバーズを召喚しようとしているのだ!

 

「神線突破! 決戦の丘で己が武を振るい、逆臣の胴を貫け! エクシーズ召喚! 具現化せよ! 【No.86 H(ヒロイック)―C(チャンピオン) ロンゴミアント】(ランク4/闇属性/戦士族/攻1500→4000/守1500→3000)!」

 

 ゴーシュのフィールドに暴風を巻き起こしながら、攻撃力4000を誇った一体のエクシーズモンスターが君臨する。黄金色に縁取られた白き鎧を身に着け、大きな槍を持った騎士の左足にはあの独特なフォントで《86》と刻まれていた。恐らく初めてのデュエル使用だったのだろう、ドロワまでもが感嘆の息を吐き、ゴーシュが口端を上にあげる。チャレンジャーからチャンピオンへ進化し、攻撃力4000・守備力3000という《神》に匹敵するステータスを掲げた戦士が、今、凌牙の前に立ち塞がった。

 

「【No.86 H―C ロンゴミアント】は戦士族レベル4モンスター×二体以上――最大五体でエクシーズ召喚できる特大級のモンスターよ! コイツはな、ORUの数によって得る効果が増えていくんだよ!」

「効果が増える?」

 

 万丈目ですら声が震えるのだ、対面している凌牙の心情は如何程であろうか? 黒髪の青年からの質問にノリに乗ったゴーシュは人差し指を立てて丁重に説明した。

 

「一つ以上の場合、このカードは戦闘では破壊されない」

 

 初っ端からとんだ効果を披露してきたもんだ! 固まる凌牙と万丈目に、ゴーシュは「こんなので驚いちゃあ持たないぜ」と忠告し、指を二つ立てた。

 

「二つ以上、このカードの攻撃力・守備力は1500アップする」

 

 それに加えて、ゴーシュは「【H・C エクストラ・ソード】の効果で、このカードを素材としてエクシーズ召喚されたモンスターは攻撃力が1000ポイントアップする嬉しいオマケ付きよ」と攻撃力が1500+1500+1000=4000になった経緯を話した後で、指を三つ立てた。

 

「三つ以上、このカードはこのカード以外の効果を受けない」

 

 つまり、モンスターの効果も魔法も罠もこのカードは受け付けないということになる。【H・C エクストラ・ソード】は、エクシーズモンスター自身に、攻撃力を上昇する効果を付与する。つまり、1000ポイントアップする効果は【No.86 H―C ロンゴミアント】自身の効果として扱われ、正常に機能するのである。

攻撃力4000のうえ、戦闘では破壊できず、このカード以外の効果を受けないエクシーズモンスター。全く倒す術が見付からず、青褪めるしかない対戦者二人を追い詰めるようにゴーシュは指を四つ立てた。

 

「四つ以上、相手はモンスターを召喚・特殊召喚できない」

 

 え!? とポン太が声を漏らすが、この場でナンバーズの精霊の声が唯一聞こえる万丈目は何の反応も示すことが出来なかった。召喚・特殊召喚すら封じられた今、魔法・罠カードが効かない相手からいったいどのようにして己が身を守ればいいのか。ぐにゃりと視界が渦を巻くような気分に陥る。その様子を確認してニヤリとしながら、ゴーシュは掌を開いて掲げた――万丈目のサンダーコールと同じポーズで!

 

「五つ以上、一ターンに一度、相手フィールドのカードを全て破壊できる!」

「デメリット効果なしで全破壊だと!」

「そうよ! 【No.86 H―C ロンゴミアント】! 相手フィールドを綺麗さっぱり一掃しな! 《絶槍技ベディヴィア・ルーカン》!」

 

 もはや、そのモンスターの効果は神の線を突破したと言っても過言ではなかった。凌牙の絶叫もなんのその、ゴーシュの命を受け、咆哮を上げた【No.86 H―C ロンゴミアント】が大きく槍を振り回す。たったそれだけの動作で発生した嵐が凌牙のフィールドを縦横無尽に荒らしていく。モンスターだけでなく、せっかく置いた二枚の魔法・罠カードも破壊される。暴れん坊の嵐が通り過ぎた後に残されたのは、攻撃力100まで下がった【FA―ブラック・レイ・ランサー】一体のみであった。

 

「【FA―ブラック・レイ・ランサー】の効果だ。フィールド上のこのカードが破壊される場合、このカードのエクシーズ素材を全て取り除くことで破壊から自分の身を守ることができる」

「だがこれで、ORUの数だけ攻撃力200ポイントアップする効果は消えたな」

 

 凌牙の説明に、ドロワが補足を入れる。攻撃力4000のモンスターの前にして、凌牙の頬を一粒の汗が流れていった。

 

「バトルフェイズだ! 【No.86 H―C ロンゴミアント】で【FA―ブラック・レイ・ランサー】を攻撃! くらえ! 《一撃必殺! カムラン・カムリ》!」

「神代ーっ!」

 

 【No.86 H―C ロンゴミアント】の操る神槍によって、凌牙を守る最後の砦【FA―ブラック・レイ・ランサー】が破壊され、4000-100=3900の超過ダメージが彼を襲う。ナンバーズの影響により受けるリアルダメージが通常のデュエルとは比べ物にならないことは、アモンとのデュエルで万丈目は身を持って知っていた。【FA―ブラック・レイ・ランサー】を撃破された際に起きた風圧で凌牙はフッ飛ばされ、柵に激突する。柵がなければ、そのまま海へ落下コースだったろう。想像を超えたリアルダメージに、表情に出さなかったが、ゴーシュとドロワの両名も酷く驚いていた。自分のせいで傷付く凌牙を見て、万丈目は胸を掻きむしりたくて仕方がなかった。これはナンバーズを賭けたデュエルで、青年からすると少年には何の参加する理由がないのだ。それなのに、参戦してしまったばかりに凌牙は大ダメージを受けることになってしまった。しかし、仮に万丈目一人でデュエルを受けていたら、この三ターン目で百パーセント敗北していたのも事実だろう。ふよふよと漂う精霊が心配そうに新主人を見詰める。万丈目の左手は、力を込めすぎて震えんばかりに手札を握り締めていた。

 これにより、かなりの身体ダメージを受けた凌牙だったが、パートナーである万丈目には愚痴一つ零さず、肩で息をしながら立ち上がると「デュエル中に情けねぇ声を出すんじゃねぇよ」と言って元の位置へ戻っただけであった。

 

「あの【No.86 H―C ロンゴミアント】の攻撃を受けて立ち上がって来るとは、随分と根性ある餓鬼じゃねぇか。嫌いじゃねぇぜ、そのノリ――むしろ好きな方だ」

「餓鬼じゃねぇ、神代凌牙だ。デュエリストがこれしきでくたばる訳ねぇだろ」

「そりゃあ違ぇねぇな!」

 

 凌牙のデュエリスト魂を見たゴーシュは目を細めつつも、大きく肩を張って話を続けた。

 

「ちなみに【No.86 H―C ロンゴミアント】は相手エンドフェイズ毎にORUを一つ取り除く仕様となっている。つまり、効果が少しずつ薄れていくってことだ。それでも、テメェらがまともに召喚できるようになるのは六ターン目の神代のエンドフェイズ後――万丈目サンダーの八ターン目からになる訳だ。……次の第四ターン目はテメェだったよなぁ、万丈目さんよぉ」

 

 急な名指しに万丈目の尖った肩が揺れた。

 

「ライフ100ぽっちで、モンスター効果・魔法・罠すら受け付けない【No.86 H―C ロンゴミアント】相手にそれまでどう凌ぐか――神代も男を見せたんだ、万丈目、テメェも見せてみろよ。俺はこれでターンエンドだ」

 

 ゴーシュが何も伏せずにターンエンド宣言を行う。

 このターン、ゴーシュはドロワから盤上を引き継ぎ、最強のモンスターをエクシーズ召喚した。だが、万丈目は凌牙から引き継げるものが何もない。あるとすれば、100まで減ったライフポイントぐらいである。

 タッグフォースルールにおいて、パートナーと自身のデッキコンセプトが同じ、或は似たようなものの方が有利であることは、万丈目は重々承知していた。だが、エクシーズ召喚が存在するこの世界ではデッキコンセプトを揃えることで、それに加えて展開力まで増すのだ。レベル4の戦士族モンスターに統一していたからこそ、ゴーシュとドロワは【No.86 H―C ロンゴミアント】を僅か三ターン目でエクシーズ召喚することが出来た。しかしながら、万丈目のデッキはレベル2の獣族、凌牙に至ってはレベル3~4の魚族中心デッキだ。まるで共通点が見られない。頭の中で羅列されていくこのデュエルの状況に、万丈目は体の中心から末端まで冷え始める様な感覚を覚える。

 《地獄からの招待状》は《絶望への招待状》に名前を変えて、とうとう万丈目の元へ届いたのだった。

 

 

―――3ターン目、終了時

――Aグループ:ゴーシュ。4000ライフ。

―手札:3枚

―フィールド:【No.86 H―C ロンゴミアント】(ランク4/闇属性/戦士族/攻4000/守3000)ORU×5

―魔法・罠 :なし

―墓地   :【隷属の鱗粉】【H・C ダブル・ランス】

 

☆4ターン目

―――Bグループ:万丈目準(攻勢)。100ライフ。

――守勢:ゴーシュ

―万丈目の手札:5+1枚

―フィールド:なし

―魔法・罠 :なし

―墓地   :【FA―ブラック・レイ・ランサー】【バハムート・シャーク】【潜航母艦エアロ・シャーク】【サイレント・アングラー】【スピア・シャーク】、罠・魔法カード×2枚

 

「第四ターン目、俺のターンだ! ドロー!」

 

 絶望の崖っぷち(デスパレート)に立たされながら、万丈目が弱気をハジけ飛ばすように声高らかにドローした。六枚になった手札の隅から隅まで見ながら、如何にこの状況を凌ぐか計算する。タッグフォースルールはフィールドと墓地とライフがパートナーと共有となる。無論、彼のフィールドは述べるまでもなく空っぽだ。万丈目に残されたのは、100ぽっちのライフと、凌牙との共同墓地に溜まったカードのみである。不意に、万丈目は――第三ターン目で何の活躍の場もなく、消し飛んでしまったが――凌牙が第二ターンで何の魔法・罠カードを伏せていたのかが気になり、ちらっと調べてみた。

 

(神代が伏せていたのは、相手モンスターの攻撃宣言時に攻撃モンスター一体をゲームから除外する通常罠【次元幽閉】と、もう一つは……見慣れねぇな、俺の世界にはなかったカードか? なになに、自分フィールド上のモンスター一体の攻撃力をエンドフェイズ時まで上げる、か。随分とシンプルでスタンダードな効果だな……って、あれっ? このカード、まだ文面に続きが――)

 

『ポポーン! 攻撃力4000のナンバーズのうえ、戦闘破壊不可でこちらは召喚できず、効果を受け付けないだなんて、いったいどうすればいいポン!? このターン、何をしても無駄ポン! もう駄目、絶望的だポン!』

 

 取り留めのないことをあれこれと考え込む万丈目をポン太の絶叫が邪魔をする。彼の隣で一人ならぬ一匹で大騒ぎをするポン太に、只でさえ短気な青年の堪忍袋の緒が切れた。

 

「じゃあかしいわ、タヌキ! 簀巻きにして、狸汁にするぞ!」

『ポポン!? トイレの次は、まさかのお料理コース!?』

 

 ナンバーズの精霊は万丈目しか見ることが出来ないため、傍から見ると彼一人でコントをしているようにしか見えない。そんな光景にゴーシュは「追い詰めすぎておかしくなったか」と心配しそうになったし、ドロワに至ってはドン引きしていた。凌牙は何か思うことがあるのか、それともこの危機を如何にして乗り切るか考えているのに夢中だったか、何も言わなかった。

 

『だって、何も召喚出来ないなら、どうしようもないポン!』

「阿呆! 裏守備表示は召喚ではなくて《セット》扱いだから、それはできるんだよ!」

『あ、そうだったポン』

「『あ、そうだったポン』じゃねぇよ! ちゃんと勉強しとけ、もう! 俺はモンスターを裏守備表示でセット! カードを二枚、魔法・罠ゾーンに伏せてターンエンドだ!」

 

 凌牙から引き継いだ空っぽのフィールドに、裏守備表示でモンスターが配置される。裏守備表示なので、凌牙は彼のターンがくるまで万丈目が何を伏せたかは分からないし、そもそもパートナーのデッキコンセプトすら知らない。

 ポン太のやり取りで茶化したが、万丈目は焦っていた。下手すると、次のターンで敗北してしまうかもしれないからだ。実のところ、絶望だの駄目だのと目を瞑って喚きたいのはこちらの方だったが、それは意地でも堪えて正面を見据えた。

 

(目を開けて前を見ろ、万丈目準! 俺の代わりにダメージを受けちまった神代の為にも、部下たるナンバーズの精霊と交わした約束の為にも、そして俺が俺であるためにも、決して弱気を顔に出すな! ――例え、それがどんな絶望的状況であっても!)

 

 帝の鍵が微かに反射する。次のターンを凌がなければ、万丈目たちに未来はない。ギラギラと勝負師の目を光らせる万丈目の姿に、ゴーシュは「こっちも根性あるデュエリストのようだ」と敵だというのに嬉しくなった。

 

「俺たちのエンドフェイズ毎に【No.86 H―C ロンゴミアント】はORUを一つ取り除く。この第四ターン目のエンドフェイズで、奴は一ターンに一度、相手フィールドのカードを全て破壊できる効果を失った」

 

 凌牙の呟き通り、【No.86 H―C ロンゴミアント】のORUの一つが墓地へ流れていき、残りは四つとなった。万丈目たちの召喚が許されるまで、次の凌牙のターン――即ち、第六ターン目のエンドフェイズまで待たなければならない。果たして彼らは其処までこの猛攻を耐え忍ぶことが出来るのだろうか?

 

 

―――4ターン目、終了時

――Bグループ:万丈目準。100ライフ。

―手札:3枚

―フィールド:裏守備表示モンスター×1体

―魔法・罠 :伏せカード×2枚

―墓地   :【FA―ブラック・レイ・ランサー】【バハムート・シャーク】【潜航母艦エアロ・シャーク】【サイレント・アングラー】【スピア・シャーク】、【次元幽閉】、罠カード×1枚

 

☆5ターン目

―――Aグループ:ドロワ(攻勢)。4000ライフ。

――守勢:万丈目準

―ドロワの手札:2+1枚

―フィールド:【No.86 H―C ロンゴミアント】(ランク4/闇属性/戦士族/攻4000/守3000)ORU×4

―魔法・罠 :なし

―墓地   :【隷属の鱗粉】【H・C ダブル・ランス】【幻蝶の刺客モルフォ】

 

「第五ターン目、私のターンだ。ドロー!」

 

 万丈目のターンが終わったことで四人全員が一巡し、再びドロワの番となった。彼女は一枚ドローすると、アイスエッジのような目を伏せ、フッと微かに笑った。嫌な予感がするポン、と呟くポン太に万丈目が無言で同調する。

 

「このターンで終止符を打たねばな。手札から速攻魔法【サイクロン】発動! 私から見て、向かって右(droit)のカードを破壊だ!」

「しまった! 《奈落》が!」

 

 速攻魔法【サイクロン】はフィールドの魔法・罠カード一枚を対象として発動し、そのカードを破壊するというシンプルかつスタンダードな魔法カードだ。二枚伏せたうちの一つが破壊され、その罠カードをセットしていた位置を万丈目は恨めし気に見てしまう。

 

「通常罠【奈落の落とし穴】か。相手が攻撃力1500以上のモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚した時に発動可能、その攻撃力1500以上のモンスターを破壊し除外するカードだったな」

 

 淡々と効果を説明するドロワに、万丈目は奥歯を噛み締めた。まだ終わった訳ではない、と呪文のように唱えながら彼はポーカーフェイスを心掛ける。

 

「これで安心して召喚できるというものだ。私は手札から【幻蝶の刺客アゲハ】(星4/闇属性/戦士族/攻1800/守1200)を通常召喚。更に【幻蝶の刺客オオルリ】を特殊召喚する」

 

(【幻蝶の刺客オオルリ】――さっき、ゴーシュとやらが使っていたカードか。自分が戦士族モンスターの召喚に成功した時、このカードは手札から特殊召喚できる、という効果だったな)

 

 記憶を手繰り寄せる万丈目の目の前で、オレンジ色のアゲハ蝶を象(かたど)った戦士が召喚され、更に第三ターン目でゴーシュが使ったモンスターが特殊召喚される。第三ターン目の【幻蝶の刺客オオルリ】はドロワが事前にゴーシュに貸したようだったが、それが出来たのは彼女が三枚程持っていたからだろう。ドロワも戦士族レベル4軸、こんな使い勝手の良いカードをピン差し(一枚だけデッキに入れること)している訳がなかった。

 

 ドロワは万丈目のフィールドの魔法・罠ゾーンに置かれたカードを一瞥する。もし、あの伏せられたカードが攻撃宣言で発動するタイプの場合、それにより此方のモンスターがやられてしまえば、【No.86 H―C ロンゴミアント】で裏側守備表示のモンスターを叩くだけになってしまう。裏側守備表示を破壊したところで、当然ながらダメージは与えられない。このターンで終わらすことが出来なくなってしまう。

 

(ナンバーズハントをするようになってから、《あの人》は変わってしまった。弟のハルト以外、彼の視界は私もゴーシュも《あの少女》ですらもまともに映さなくなった。しかし、ナンバーズを持って帰れば、きっと《あの人》は私のことを認めてくれる。Mr.ハートランドの命令以降、暗い顔になった彼を少しでも支えることができる。そのためにも、このターンで私が終わらすのだ!)

 

「無駄だ、いくら壁を築いたところで貴様は此処で終わるのだ! 私は《幻蝶の刺客》と名のついたレベル4モンスター×2体でオーバーレイ・ネットワークを構築!」

 

 ドロワが威勢よく発した声を号令として【幻蝶の刺客アゲハ】と【幻蝶の刺客オオルリ】がエクシーズの渦に吸い込まれていく。素材を限定するエクシーズモンスターの効果が強力なものであることを、万丈目はこのデュエルで嫌と言う程に体感していた。

 

「ささやかな蝶の羽ばたきとはいえ侮るなかれ、それが貴様を地獄へと導くことになるのだ! エクシーズ召喚! 終焉をもたらせ、【フォトン・アレキサンドラ・クィーン】(ランク4/光属性/戦士族/攻2400/守1200)!」

 

 渦から飛び立った後に舞う鱗粉は、召喚口上の地獄どころか、まるで天国からの祝福の光の粒のようであった。幻蝶の刺客の、どのモンスターよりも大きく、輝かしいピンク色の羽根を背に生やした蝶型の戦士がエクシーズ召喚される。そのモンスターを見ながら、ドロワと長い付き合いである相方の大男が「この勝負、決まったな」と肩で息を吐いた。

 

「【フォトン・アレキサンドラ・クィーン】の効果発動! このカードのORUを一つ取り除いて発動可能、フィールド上のモンスターを全て持ち主の手札に戻す! そして、その後、この効果でカードが手札に加わったプレイヤーはその数×300ポイントダメージを受けることとなる! 【フォトン・アレキサンドラ・クィーン】はエクストラデッキに戻るが、【No.86 H―C ロンゴミアント】は効果を受け付けないため意味は無い。貴様は裏守備表紙モンスターが手札に戻ることで、一枚×300=300のダメージ。それに対して、貴様のライフはたったの100……勝敗は此処で決した! 終わりだ! 《バタフライ・エフェクト》!」

 

 Mr.ハートランドの元で、ナンバーズハントの名目で特訓させられた日々がドロワの脳裏に過ぎる。あの血が滲むような日々のなか、《あの人》は彼自身も疲労困憊だというのにドロワを気遣ってくれたのだ。それからずっとドロワは《あの人》を見守ってきた――いや、見守ることしか出来なかった。彼を支えたいと思っていた。それが今、ようやっと果たせるのだ。

 

(カイト、これで少しは貴方への恩返しに――)

 

 目を瞑れば、ドロワの瞼の裏に《あの人》こと天城カイトの横顔が浮かんだ。【フォトン・アレキサンドラ・クィーン】が大きな羽ばたきを行おうとする。しかし、この時に生じた光の粒のようにささやかなチャンス――伏せた罠カードの発動タイミングを、しかと見開いていた万丈目の黒き眼(まなこ)が捉(とら)えた。

 

「この俺が此処で終わりだって? そのジョーク、Nonsense(ナンセンス)だな! カウンター罠【天罰】発動! 手札を一枚捨てて――雑魚一匹【おジャマ・イエロー】を捨てて発動だ、効果モンスターの効果の発動を無効にして破壊する!」

「なにっ!?」

 

 さて、声を漏らしたのは当事者のドロワだったか、それとも傍観者になりつつあったゴーシュだったか。カウンター罠が発動し、天空から下された稲妻が【フォトン・アレキサンドラ・クィーン】をあっという間に破壊する。それは、このターンで勝敗を決したとばかり思い込んでいたドロワにとって手痛い一撃となった。

 

(【おジャマ・イエロー】!? あの男、おジャマデッキなんて使うのか!)

 

そして、今此処ではじめて凌牙は、万丈目が使うデッキカテゴリーが《おジャマ》であることを知った。

 

「これで貴様の手札はゼロだ。手札がなければ、もう何にも出来やしない。モンスター効果を使ったのが貴様の運の尽きだったな」

 

 デスパレートの上でギリギリ耐えた万丈目がポーカーフェイスを崩して、冷や汗交じりで微かに笑った。彼の言う通り、もし此処で【フォトン・アレキサンドラ・クィーン】を召喚せずに【幻蝶の刺客アゲハ】だけ召喚して、【No.86 H―C ロンゴミアント】で裏側守備表示モンスターを破壊した後、【幻蝶の刺客アゲハ】でダイレクトアタックをしていたら、ドロワたちは勝利していたのだ。罠を避けようとしたばかりに嵌ってしまった事実に、彼女は悔しさと怒りを隠しきれない。

 

「忌々しい奴だな、貴様は! バトルフェイズだ! 最強の戦士【No.86 H―C ロンゴミアント】よ、裏守備表示モンスターを破壊しろ! 《一撃必殺! カムラン・カムリ》!」

 

 その苛立ちを叩き付けるように、ドロワはすぐさまバトルフェイズに移行すると、【No.86 H―C ロンゴミアント】で裏守備表示モンスターの【おジャマ・グリーン】を破壊した。攻撃力4000、最強の効果を持つと言っても過言ではないモンスターを召喚したというのに、攻撃力0の気持ち悪い面構えをした雑魚モンスターに勝利を阻害され、ドロワの気分は急転直下する。いつもの冷静さを失って気落ちする相棒の姿に、ゴーシュは誰にもばれないように一息吸い込んでから、言葉(a word)を選んで発した。

 

「どうやら万丈目サンダーもノリに乗り始めたみてぇだな。だが、次のパートナーに何のカードも残せないノリはどうかと思うぜ?」

 

 肩を竦めながらのゴーシュの指摘が、万丈目に突き刺さる。このターンで彼が伏せたカードは全て墓地にいってしまったので、次の第六ターンで凌牙に明け渡すフィールドは、またしても空っぽになってしまっていた。万丈目はこのターンでの敗北は防いだ。しかし、ただ凌いだだけで未来へ繋がる布石は用意できなかった。青年は対戦相手の大男をキッと睨み付けると、怒りで顔を赤らめながら言い返した。

 

「ぬぬぬ……痛いところ、突くんじゃねぇよ! オッサン!」

「誰がオッサンだ! 俺はまだ十九歳だぞ!」

「嘘だろ!? その体格で俺と同年齢なんて!」

「それは此方の台詞だ! テメェが同い年だと!? ちょっとガリヒョロすぎやしねぇかい? ちゃんと肉食っているのか? 突風でも吹いたらフッ飛んでしまいそうなノリじゃねぇか!」

「Don‛t say a word!(もう完全に黙っていろ) 貴様、さっきから人が気にしていることをずけずけと! ええい、タヌキも笑うな! 煮て食っちまうぞ!」

 

 デュエル中だというのに、ぎゃあぎゃあ騒ぐパートナーに凌牙は溜息を吐きたくなった。いつもと変わらないゴーシュの様子に、ドロワも平生を取り戻す。

同じ十九歳でありながら万丈目とゴーシュでは身長も体重も肩幅も腹筋の具合もまるで異なっていた。もし隣同士に並べたこの二人を見たら、一体誰が同年齢だと思うだろう。安易に想像できる露骨な差に、万丈目は「何を食べたらあんなに大きくなるのだ――いや、あの大怪我さえなければ俺だって……」とブツブツと誰とも知れずに愚痴る始末だった。

 

「両方とも落ち着きのない十九歳だな」

「貴様は逆に落ち着き過ぎだ。齢(とし)はいくつだ、坊主」

「坊主じゃない。神代凌牙、十四歳だ。テメェは?」

「女性に齢を訊くのか? まぁいい、私はゴーシュと同年齢だ」

「え!?」

 

 冷静組で静かに会話していたのに関わらず、ドロワの返答に凌牙と万丈目とポン太だけでなく、何故かゴーシュまで目が点になった。紫蝶々のようなアイシャドウをあしらい、大人の色香を撒き散らすあの容姿で二十歳未満だって? そう言いたげな男衆に「デュエルに集中しな、馬鹿ども! 私はこれでターンエンドだ」とドロワは怒鳴り散らしながらターンエンド宣言を行う。そんな彼女の横顔にブルーな気分は一欠けらも漂っていない。いつもの相棒に戻った事実に、大男は人知れず息を吐いたのだった。

 

 

―――5ターン目、終了時

――Aグループ:ドロワ。4000ライフ。

―手札:0枚

―フィールド:【No.86 H―C ロンゴミアント】(ランク4/闇属性/戦士族/攻4000/守3000)ORU×4

―魔法・罠 :なし

―墓地   :【隷属の鱗粉】【サイクロン】【幻蝶の刺客モルフォ】【幻蝶の刺客アゲハ】【幻蝶の刺客オオルリ】【フォトン・アレキサンドラ・クィーン】【H・C ダブル・ランス】

 

☆6ターン目

―――Bグループ:神代凌牙(攻勢)。100ライフ。

――守勢:ドロワ

―凌牙の手札:2+1枚

―フィールド:なし

―魔法・罠 :なし

―墓地   :【FA―ブラック・レイ・ランサー】【バハムート・シャーク】【サイレント・アングラー】【潜航母艦エアロ・シャーク】【スピア・シャーク】【次元幽閉】【奈落の落とし穴】【天罰】【おジャマ・イエロー】【おジャマ・グリーン】、罠カード×1枚

 

「第六ターン目、俺の番だ。ドロー!」

 

 二回目の凌牙のターンに入る。手札は三枚、起死回生を図れるかどうか、微妙な枚数だが、ドローしたカードを見て凌牙は目を見開き、瞬時にタクティクスを組み立てた。

 

「裏守備表示でモンスターを一枚セット、残ったカード二枚全て伏せて、ターンエンドだ」

 

 手札がゼロになり、何も掴むものが無くなった凌牙の右手の、薬指と小指にはめた二つのシルバーリングが冷たく瞬く。静かにターンエンド宣言をした後、少年は研(と)がれた牙のように視線を敵に向けてきただけだった。

 

(こりゃあ、なんだ? まるで嵐の前の静けさのようだぜ。神代め、次のターンを耐える術を見付けたか? それとも……?)

 

ゴーシュの対戦相手となる二人を何かに例えた場合、一瞬にして燃え上げる火柱が万丈目なら、凌牙は一瞬の隙を突いて呑み込もうとする海であろう。少年が何を企んでいるかは、大男には分からない。しかし、凌牙が大博打にでようとしているのが、ありありと分かった。次のターン、こんな絶望的な状況で立たされながら、かつ防衛する身でありながら、彼は勝負にでようとしているのだ!

 

(面白い! その勝負、受けて立ってやろうじゃねぇか!)

 

凌牙の視線の先の大男がニヤリと声に出さずに笑う一方、凌牙の6ターン目が終わったことで【No.86 H―C ロンゴミアント】のORUがまた一つ減ったのだった。

 

 

―――6ターン目、終了時

――Bグループ:神代凌牙。100ライフ。

―手札:0枚

―フィールド:裏守備表示モンスター×1体

―魔法・罠 :伏せカード×2枚

―墓地   :【FA―ブラック・レイ・ランサー】【バハムート・シャーク】【潜航母艦エアロ・シャーク】【サイレント・アングラー】【スピア・シャーク】【次元幽閉】【奈落の落とし穴】【天罰】【おジャマ・イエロー】【おジャマ・グリーン】、罠カード×1枚

 

☆7ターン目

―――Aグループ:ゴーシュ(攻勢)。4000ライフ。

――守勢:神代凌牙

―ゴーシュの手札:3+1枚

―フィールド:【No.86 H―C ロンゴミアント】(ランク4/闇属性/戦士族/攻4000/守3000)ORU×3

―魔法・罠 :なし

―墓地   :【隷属の鱗粉】【サイクロン】【幻蝶の刺客モルフォ】【幻蝶の刺客アゲハ】【幻蝶の刺客オオルリ】【フォトン・アレキサンドラ・クィーン】【H・C ダブル・ランス】【H・C エクストラ・ソード】

 

「きたぜ、俺のターン! ドロー!」

 

 フレイムアローのような眼光を飛ばしながら、ゴーシュが大きな動作でドローする。ドローしたカードを見てニヤリと笑う大男に、凌牙か万丈目かポン太か、唾を飲み込む音が落ちた。

 

「この第七ターン目を決着の場にしてやるぜ! 手札から通常魔法【ナイト・ショット】を発動! 俺から見て、向かって左(gauche)のカードを破壊だ!」

「チッ! 【炸裂装甲(リアクティブアーマー)】が破壊されたか」

 

(通常魔法【ナイト・ショット】? 知らねぇカードだな。見た感じ、第五ターンでドロワが使った速攻魔法【サイクロン】と同じ効果っぽいが……ともかく、神代を守るカードは裏守備表示でセットされたカード一枚と魔法・罠ゾーンの伏せカード一枚になっちまった)

 

 第五ターン目のドロワの開始時と同じようなやり取りが展開され、伏せカードの一枚――遊馬とのデュエルで使用されたカード【炸裂装甲】を破壊された凌牙が最早隠す気もなく舌打ちした。一方、またもや知らないカードが出てきたことに、青年は効果内容を適当に予測する。

 ゴーシュは凌牙のフィールドの魔法・罠ゾーンに置かれたカードに注目した。あのカードが何をトリガーにして発動するのか、どんな効果なのか――ひょっとすると、ブラフなのかもしれない。だが、だからといって力の出し惜しみをする気など、ゴーシュには更々なかった。そんな後ろ向き思考なんざ、彼の言う《ノリ》ではなかったからだ。

 

「ちまちました戦法も攻撃力も、俺は大嫌ぇなんだよ! 一撃必中! フルパワーで押し潰してやるぜ!」

 

 猛獣のような目をぎらつかせ、ゴーシュは手札の一枚をデュエルディスクに叩き付けるようにセットした。

 

「俺は【H・C ダブル・ランス】を通常召喚! 【H・C ダブル・ランス】は召喚に成功した時、自分の手札・墓地から【H・C ダブル・ランス】一体を表側守備表示で特殊召喚できる! 第三ターン目の【H・C サウザンド・ブレード】の効果で捨てた【H・C ダブル・ランス】を墓地から復活させるぜ!」

 

 このデュエルで二枚目の【H・C ダブル・ランス】がフィールドに現れ、更にもう一体の【H・C ダブル・ランス】が墓地から蘇る。第三ターン目で既に布石を用意していたゴーシュを見て、万丈目は凌牙へ何の布石も用意できなかった自分が不甲斐なく感じた。大男のフィールドにお誂え向きに並んだ、レベル4の戦士族モンスター×二体を見て、ますます弱気が青年を包んでいく。

 

「俺は【H・C ダブル・ランス】二体で、オーバーレイ! レベル4戦士族モンスター二体でオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚! 光纏いて現れろ! 闇を切り裂く眩き王者! 【H―C エクスカリバー】(ランク4/光属性/戦士族/攻2000/守2000)!」

 

 十字の飾りを頭に翳し、斬馬刀のような大きな剣を片手に構えた赤鎧の戦士がゴーシュのフィールドに推参する。相変わらず派手好きでノリが好きな男だ、ドロワが心の内で感想を漏らした。

 

「派手にノリに乗っていくぜ! 【H―C エクスカリバー】の効果発動! 一ターンに一度、このカードのORUを二つ取り除いて発動可能、このカードの攻撃力は、次の相手のエンドフェイズ時まで元々の攻撃力の倍になる! 《フルパワー・チャージ》!」

『ポポン? 【H―C エクスカリバー】の元々の攻撃力は2000――それを純粋に二倍だから……こ、攻撃力4000!?』

 

 《聖槍の名を持つ最強の戦士》に追随して現れた《聖剣の名を持つ王者の戦士》はその風格に相応しい効果を持っていた。ポン太が驚愕の声をあげるなか、全てのORUを取り組んだ【H―C エクスカリバー】の攻撃力が【No.86 H―C ロンゴミアント】と同格になる。攻撃力4000のモンスターが二体も並んだ事実に、万丈目は眩暈を覚えそうだった。幾許の期待を込めて、凌牙のフィールドの魔法・罠ゾーンにセットされたカードを見る。少年の発動宣言は無い。つまり、万丈目が第五ターン目で発動した【天罰】系統ではない訳だ。

 

(もしかして、あのカード、はったりのブラフとか……?)

 

 脳裏に浮かんだ最悪な予想に、万丈目は吸い込まれそうになる。【H・C ダブル・ランス】の攻撃力は1700、特殊召喚なんてしなくても【No.86 H―C ロンゴミアント】で凌牙の裏守備表示モンスターを破壊した後、【H・C ダブル・ランス】でダイレクトアタックすれば、フィニッシュでゴーシュ&ドロワコンビの勝利だ。それなのに、瞬間最高攻撃力4000の【H―C エクスカリバー】をエクシーズ召喚したゴーシュに、もう既に決着を着ける準備は整っていたのに更なる凶悪なモンスターを並べたⅥ(ゼクス)――アモンとの負けデュエルが重なってしまう。万丈目を侵す弱気が恐怖に変化していく。凍えた体を温めるように腕を体に回した青年を見た凌牙は彼にしか聞こえない声で小さく囁いた。

 

「安心しろ、何が何でもアンタにターンを繋いでみせる」

「え?」

「さぁ、お愉しみのバトルフェイズだ!」

 

 万丈目がもう一度聞く前に、ゴーシュがバトルフェイズ宣言を行う。凌牙のフィールドには裏守備表示でセットされたカード一枚と魔法・罠ゾーンの伏せカード一枚が存在している。ターンの出だしにゴーシュが【ナイト・ショット】で破壊したのは攻撃宣言で発動する【炸裂装甲】だった。残りの伏せカードについて、攻撃力1700の【H・C ダブル・ランス】の召喚に反応しなかったということは【奈落の落とし穴】系統でもない。また【H―C エクスカリバー】の効果発動にも反応しなかったので、【天罰】の類(たぐい)でもない。

 

(つまり、あの破壊した【炸裂装甲】と同じ、攻撃宣言で発動するカードか、全くのブラフってことだ! 一撃必中するためにも、此処はコイツで攻めるぜ!)

「まずは、何の効果も受け付けねぇ【No.86 H―C ロンゴミアント】で、神代、テメェの裏守備表示モンスターを攻撃だ! 《一撃必殺! カムラン・カムリ》!」

 

 二体のモンスターの攻撃順番を決め、ゴーシュが命令を下す。それは魔法・罠カードを警戒して、確実にモンスターを破壊できる順番であった。一番手の【No.86 H―C ロンゴミアント】が振り回した槍により、凌牙の裏守備表示モンスターはあっけなく破壊される。《聖槍の名を持つ最強の戦士》はどんな効果も受け付けない。どうしようもないではないか! と喉を震わす万丈目の鼓膜を、ゴーシュの高らかな笑い声と、パートナーの――共に戦ってくれる少年の確かな声が貫いた。

 

「かかったな! この俺の一世一代の罠に!」

「なにぃ!?」

「通常罠【激流(げきりゅう)蘇生(そせい)】を発動! 自分フィールド上の水属性モンスターが、戦闘またはカードの効果によって破壊され墓地へ送られた時に発動可能! その時に破壊され、フィールド上から自分の墓地へ送られたモンスターを全て《特殊召喚》する!」

 

 凌牙が魔法・罠ゾーンに伏せていたのは、攻撃宣言ではなく、自身のモンスターが破壊されたときに発動するカードであった。その効果のセンテンスの中にあるワードにポン太と万丈目が叫んでしまう。

 

『《特殊召喚》ポン!?』

「無理だ! だって、召喚も特殊召喚も封じられて――」

「なに寝ぼけたことを言ってんだ、万丈目サンダー。【No.86 H―C ロンゴミアント】の召喚・特殊召喚封じの効果は第六ターン目のエンドフェイズに終わっている。今は第七ターン目……つまり、召喚可能ってことだ! 例え、それが相手のターンでもな! 表側守備表示で甦れ、【シャクトパス】(星4/水属性/魚族/攻1600/守 800)!」

 

 凌牙がニヒルな笑みで万丈目を見やる。【No.86 H―C ロンゴミアント】によって倒された、鮫と蛸を足して二で割ったようなモンスターの【シャクトパス】が《激流》と共に蘇生した。

 

「【激流蘇生】は特殊召喚したモンスターの数×500ポイントダメージを相手ライフに与える! 俺が復活させたのは【シャクトパス】一体……ゴーシュ、少しは痛みを味わってもらおうか! 500ポイントのライフダメージを受けな!」

 

 墓地へ行く前に、今までのしっぺ返しと言わんばかりに文字通りの《激流》がゴーシュを襲う。これにより、はじめてゴーシュたちのライフは削られ、4000-500=3500となった。

 

「チッ! 壁モンスターを再召喚して、ライフをちょこっと削ったところでその場しのぎにしか過ぎねぇんだよ! 【H―C エクスカリバー】で【シャクトパス】を攻撃! 《一刀両断! 必殺神剣》!」

 

 思った筋書き通りにいかないことがゴーシュを苛立たせる。大男の気持ちを代弁するように【H―C エクスカリバー】が荒ぶる神々から与えられた巨大な剣を振りまわし、技名通りに【シャクトパス】を一刀両断した。

 

「ハハッ、どんなもんよ! これでまたフィールドが空っぽになっちまったな! いくら次のターン、万丈目が召喚・特殊召喚できたとしても、奴が使っているカードは攻撃力0のおジャマモンスター共だ、攻撃力4000のモンスター二体に太刀打ちできる訳がねぇ! 所詮、敗北までの時間稼ぎにしかならねぇ……って、貴様、何のノリで嗤ってやがる?」

 

 途中まで調子を取り戻して語っていたゴーシュだったが、くつくつと嗤う凌牙を怪訝に見つめる。ゴーシュは歴戦のデュエリストだ、この嗤いが自暴自棄からくるものではないことは直ぐに分かっていた。

 

「言ったはずだ、テメェはもう鮫の牙に掛かっていると」

 

 一度過ぎたはずの海の激流が呼び起こすは更なる大津波だった。

 

「【H―C エクスカリバー】に破壊された瞬間、【シャクトパス】の効果発動! このカードが相手モンスターとの戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、このカードを装備カード扱いとしてその相手モンスターに装備できる! この効果によってこのカードを装備したモンスターは攻撃力が0になり、表示形式を変更できない!」

「なにぃ!」

「【シャクトパス】! その精悍な戦士の顔に貼りついてやれ!」

 

 墓地に落ちたはずの【シャクトパス】が二度目の復活を遂げ、今度は装備カード扱いで【H―C エクスカリバー】の顔面に飛び付いた。《聖剣の名を持つ王者の戦士》は、しばらくはもがいていたが次第に力を失い、攻撃表示のまま、遂に攻撃力が4000→0にまで減った。それは次のターン――万丈目の番に、ほぼほぼダイレクトアタックに等しいダメージが与えられることが分かった瞬間でもあった。

 

「確かに【No.86 H―C ロンゴミアント】は強い。だが、俺たちの目的はこのデュエルに勝利すること――即ち、テメェらのライフをゼロにすることだ。【No.86 H―C ロンゴミアント】に勝つことじゃねぇんだよ」

 

 凌牙の言い切りに、ゴーシュの喉仏が引っ込む。ぐぬぬ、と声を漏らすゴーシュを見て、万丈目は「ああ、だから《一世一代の罠》なのか」と得心した。

 

『アニキ、何が《一世一代の罠》なんだポン?』

「攻撃する順番だ。もし、【No.86 H―C ロンゴミアント】ではなく【H―C エクスカリバー】が一番手に攻撃していたら、破壊された【シャクトパス】は【H―C エクスカリバー】の装備カードになってフィールドに残るから、【激流蘇生】の効果で蘇らず、【No.86 H―C ロンゴミアント】のダイレクトアタックを受けることになる。また【シャクトパス】の効果は任意効果でもあるから――発動してもしなくても構わないから、仮に一番手となった【H―C エクスカリバー】の攻撃による破壊に発動せず、そのまま墓地へいき、【激流蘇生】の効果で蘇って復活しても、二番手の【No.86 H―C ロンゴミアント】は効果を受け付けないため、【No.86 H―C ロンゴミアント】に破壊されても今の状況にはならない。【No.86 H―C ロンゴミアント】に貼りつくことはできないからな」

 

 ポン太の疑問に万丈目がすらすらと答えた。この世界のカードの大半は知らなくても、今までの膨大なデュエルの中で培ってきたバトルセンスとタクティクスが光る。振り返ってみると、どうやら【炸裂装甲】が破壊されたときの凌牙の反応も折りこみ済だったようだ。あの追い詰められている場で、心理的に相手がそうなるよう逆に追い込んだ凌牙に万丈目は脱帽してしまう。

 

「これが極東チャンピオンシップのファイナリストの実力か」

「なにっ!? コイツがあの一年前の極東チャンピオンシップのファイナリストだと!」

 

 ぼそりと思わず漏らしてしまった万丈目の呟きに、ゴーシュとドロワが大袈裟に驚く。

 

「神代凌牙……どこかで聞いたことがあると思ったが、そうか、あの大会のファイナリストだったか。ゴシップ記事で読んだことがある」

「神聖なデュエルの決勝戦でイカサマしてデュエル界を追放された奴が、何故此処にいやがる? 何を企んでやがる? ナンバーズが目的か!」

 

 ゴーシュは存外デュエルに熱い男らしい。凌牙がイカサマデュエリストだと知った途端、顔を歪ませて詰(なじ)ってきた。口を滑らせてしまったばかりに凌牙を糾弾の的にさせてしまったことに万丈目は喉が苦しくなる。せっかく自分を助けてくれたのに、恩を仇で返す形になってしまった事実に俯く万丈目に神代は「阿呆」と言った。

 

「馬鹿言え、何も企んじゃいねぇよ。ナンバーズにも全く興味がねぇ」

「なら、何故、万丈目サンダーに協力する? その男とはあまり親しくないのだろう?」

「ああ、そうだ。俺はコイツのことを――何処から来たのかすら知らねぇ」

 

 なら、何故? ともう一度繰り返すドロワに凌牙は言った。

 

「確かに俺は一年前のデュエル大会でイカサマをした。だが、困っている恩人をほっぽり出すほど冷血でも人でなしでもねぇんだよ」

「だからって、こんな危険なデュエルに参加する理由にはなるかよ! 神代、貴様だってナンバーズの恐ろしさを知っているはずだ! なのに、なんで此処までしてくれるんだよ! 第一、恩人って何の話だ!? 俺はお前にそんなことした覚えはないぞ!」

 

 冷静かつ静かに語る凌牙に耐えきれなくなって叫んだのはゴーシュでもドロワでもなく、万丈目であった。このデュエルが始まってから、ずっとこの疑問を抱えていたのだ。万丈目の代わりにデュエルダメージを負い、彼にはできない突破口を開き、糾弾の的にされても、凌牙は恨み言一つ零さない。自身の服の裾を掴んで叫ぶ万丈目の様は、まるで感情の起伏を抑えきれずに癇癪を起こす子供のようであった。凌牙は「そんなことした覚えはない、か」と万丈目の台詞の一部を繰り返すと、今にも泣きだしそうな青年に問い掛けた。

 

「万丈目、遊馬と二回目のデュエルをする前夜のことを覚えているか?」

「あの雨の日か? お前がカードを買いにきた――」

「そうだ。翌日、遊馬とデュエルすることになっていたあの日、俺は焦っていた。遊馬に勝つためには絶対に必要なカード類があった。あのナンバーズに対抗するためには、その種類のカードが必要不可欠だった。だが、カードショップに入れなかった。いったい何処に不良を招き入れる店があるっていうんだ。どの店にも断られた。俺がヘボデュエリストに負けたって噂は裏街(バックストリート)にも響いていて、陸王・海王なしだと裏街のカードショップにも入れなかった。光も闇も表も裏も俺を弾きだしていた。もう何処も俺を迎え入れてくれなかった。けれど、やっぱりデュエルで二度は負けたくなかった。こうなったら、カードを得るためだ、不良の範囲では収まらない犯罪者の仲間入りを覚悟しようとしたその時だよ、アンタが扉を開いてくれたのは」

 

 その日の雨の滴のように、ポツリポツリと語る凌牙に万丈目はおろか誰も言葉を挟めなかった。

 

「俺はアンタの弟のような遊馬の大切なモノをへし折った。あの鉄男のデッキも奪い去った。アンタには俺を拒む理由がいくらでもあった。なのに、アンタは俺を店に招き入れてくれた。雨で濡れた俺にタオルを差し出してくれた。過去の最低な告白に否定も肯定もせずに黙って聞いてくれた。それどころか自分の醜いところまで曝け出してくれた。俺が欲しかったカードを売ってくれたうえ、模擬デュエルまでして、最後に『負けるなよ』って励ましてくれた。光も闇も表も裏も俺を弾きだしていたあの雨の日に優しくしてくれたのは、万丈目準――アンタだけだったんだよ……っ!」

 

 まさしく魂からの叫びだった。いつの間にか下を向いていた顔を、キッと凌牙は上げる。その顔に悲壮さは漂っておらず、ただ決意だけが宿っていた。真っ直ぐな視線を向け、彼は恩人たる万丈目に告げた。

 

「そのアンタが困ってんだ。手を貸さない訳がない。それがたとえ……ナンバーズが関わったデュエルだとしても」

「神し――」

「神代じゃない、シャークって呼べ」

 

 そう言って強気に口端を上げる凌牙の瞳には焔が宿っていた。少年からの眼差(まなざ)しをレールにして、焔の火種が青年に届けられる。分け与えられた熱により、万丈目は寒さで縮こまっていた胸が温まるのを感じた。まるで弱音や恐怖で凍えていた体をゆっくり融かし始めるようでもあった。そして、凌牙から手渡された熱を得て、万丈目はこのデュエルが始まって以降ずっと自分が後ろ向きな思考でいたことに気が付いた。

このデュエルが始まる前に、万丈目が思っていたのは《如何に勝つか》という攻めの姿勢ではなく、《何処まで食い下がることが出来るのか》という守りの姿勢であった。最強の戦士【No.86 H―C ロンゴミアント】の登場もあり、ますます万丈目の中で《如何に耐えるか》が重点に置かれるようになった。しかし、凌牙は同じ状況下でありながら、ずっと勝利へ至る道を模索していたのだ。弱気になるパートナーの万丈目に発破をかけてくれたのだ。

 

(このデュエルは俺がナンバーズを持っていたが為に起きたもの、なのにその当の本人がなよなよしていて、部外者がそれを頑張って支えるなんて、そんなおかしい話があるものか。十四歳の少年に其処までされて黙っているなんて、万丈目準、貴様は随分と情けないデュエリストではないか!)

 

 気合を入れ直す。末端まで熱くなった身体を持て余す勢いで、万丈目はデュエルディスクを構え直した。顔を上げた青年の燃える瞳にタッグパートナーが映り込む。今、このターンで用意された盤上は万丈目なら倒してくれるという凌牙からの信頼に他ならない。この信頼に応えなくて、いったい何が男というのだ!

 

「ああ勿論だ、シャーク! このデュエル、必ず勝ってみせる!」

 

 帝の鍵が輝きを取り戻し、少年が体を張って与えてくれた情熱を胸に万丈目が強く頷く。それを見た凌牙も諾と頷いた。

 その光景にドロワは静かな視線を崩さなかったが、ゴーシュとポン太は目が潤みそうになっていた。

 

「男同士の友情か、チックショー、泣かすじゃねぇか!」

 

 ずび、と鼻をすすったゴーシュだったが、デュエリストの顔付きを取り戻すと「おい、其処の凸凹(でこぼこ)コンビ!」と大声で呼び掛けた。

 

「テメェらの心意気というノリ、しかと見せてもらったぜ。だが、これはデュエル、勢いだけじゃあ勝つことは出来ねぇ。俺はちまちました戦法も攻撃力も大嫌ぇでな、だから瞬間最大攻撃力4000のモンスターを呼び起こした。この俺たちに勝ちたきゃ、テメェらも妥協せずにフルパワーで――瞬間最大攻撃力でかかって来い!」

「ゴーシュ、お前は何を言って――」

「俺はカード一枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 ドロワの言葉も無視して、ゴーシュは手札一枚を残してターンエンド宣言を行う。先程の台詞は対戦相手へ送る激励だろうか、あるいは挑発だろうか、それとも――? エンド宣言と同時に、次のターン主の万丈目が噛み付くような視線をゴーシュに向けた。それは第四ターン目で見せたものより、ずっと熱く強く光っていた。その事実に、パートナーの凌牙は「遅ぇんだよ、馬鹿」と毒づき、次のターンに大打撃を受ける側だというのにゴーシュは「此方まで勝負師の心が燃え上がりそうだぜ」とさも嬉しそうに目を細めたのだった。

 

 

―――7ターン目、終了時

――Aグループ:ゴーシュ。3500ライフ。

―手札:1枚

―フィールド:【No.86 H―C ロンゴミアント】(ランク4/闇属性/戦士族/攻4000/守3000)ORU×3

【H―C エクスカリバー】(ランク4/光属性/戦士族/攻0/守2000)←【シャクトパス】により、攻撃力は0

―魔法・罠 :伏せカード×1枚

―墓地   :【隷属の鱗粉】【サイクロン】【幻蝶の刺客モルフォ】【幻蝶の刺客アゲハ】【幻蝶の刺客オオルリ】【フォトン・アレキサンドラ・クィーン】【H・C エクストラ・ソード】【H・C ダブル・ランス】×2体

 

☆8ターン目

―――Bグループ:万丈目。100ライフ。

―手札:2+1枚

―フィールド:なし

―魔法・罠 :なし

―墓地   :【FA―ブラック・レイ・ランサー】【バハムート・シャーク】【潜航母艦エアロ・シャーク】【サイレント・アングラー】【スピア・シャーク】【次元幽閉】【奈落の落とし穴】【天罰】【おジャマ・イエロー】【おジャマ・グリーン】【炸裂装甲】【激流蘇生】、罠カード×1枚

 

「シャークの想い、消して無駄にはしない! 第八ターン目、ドロー!」

 

 情熱が漲(みなぎ)る指先で万丈目がドローした。引いたカードを見て、彼の思考回路に電撃が走る。今まで培ったバトルセンスを元に、今、戦略(タクティクス)が構築された。

 

「いくぜ、ゴーシュ! これがラストターンだ!」

「かかってこい、万丈目サンダー!」

 

 虚勢ではない、勝負師の心ゆえに湧き出た勇み台詞に、ゴーシュが威勢よく応答する。対戦相手の姿勢に臆することなく、万丈目は三枚の手札から一枚を提示した。

 

「手札から通常魔法【思い出のブランコ】を発動! 自分の墓地の通常モンスター一体を対象として発動可能、そのモンスターを特殊召喚する! この効果で特殊召喚したモンスターはこのターンのエンドフェイズに破壊されるが、気にする必要は全くなし! 出てこい、俺のエースモンスター【おジャマ・イエロー】よ!」

 

 万丈目が掲げたカードには、水平線が茜色に染まるなか、巨木に作られたお手製のブランコに寄り添う少女が描かれていた。夕日差すブランコの絵柄に、凌牙は今朝見た夢を思い出す。通常魔法カードが発動した結果、万丈目のフィールドに彼のエースモンスター【おジャマ・イエロー】が躍り出た。

 

「この瞬間、手札から速攻魔法【地獄の暴走召喚】を発動! 相手フィールドに表側表示モンスターが存在し、自分フィールドに攻撃力1500以下のモンスター一体のみが特殊召喚された時に発動可能、その特殊召喚したモンスターの同名モンスターを自分の手札・デッキ・墓地から可能な限り攻撃表示で特殊召喚する! 代わりに、相手は自身のフィールドの表側表示モンスター一体を選び、そのモンスターの同名モンスターを自身の手札・デッキ・墓地から可能な限り特殊召喚する権利を得る」

 

 此処で万丈目は区切ると、対戦相手のゴーシュを睨みつけて言った。

 

「しかし、ゴーシュ、貴様のフィールドには表側表示モンスターはいるが、エクストラデッキから特殊召喚されたエクシーズモンスターで、同名モンスターは墓地にいない! そのため、特殊召喚できるのは俺の【おジャマ・イエロー】のみとなる! デッキから飛び出せ、【おジャマ・イエロー】たち!」

 

 デッキに同名カードは三枚まで入れることが可能だ。【地獄の暴走召喚】の効果で続けて二体の【おジャマ・イエロー】が特殊召喚され、万丈目のフィールドが三体の雑魚共で溢れかえる。

 

「まだだ、俺は一ターンに一度行える通常召喚を行ってはいない! 最後の手札一枚で【おジャマ・ブラック】を通常召喚するぜ!」

 

 結果、万丈目のフィールドには四体の低レベルモンスターが並んだ。汗を散らし、蠢く気持ち悪いモンスターにドロワが美しい顔を引きつらせる。だが、ゴーシュもポン太もうきうきとした顔で期待した――万丈目が持つナンバーズのエクシーズ召喚を!

「俺は【おジャマ・イエロー】二体でオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築!」

(とうとう、オイラの出番だポン! 胸が高まるポン! ……ん? それにしては召喚口上が短いような……?)

 

 ポン太が疑問を呈しているなか、万丈目はその続きを口にした。

 

「【ガチガチガンテツ】(ランク2/地属性/岩石族/攻 500→900/守1800→2300)を表側守備表示でエクシーズ召喚! このカードはフィールド上に表側表示で存在する限り、自分フィールド上のモンスターの攻撃力・守備力は、このカードのエクシーズ素材の数×200ポイントアップする効果を持つ。【ガチガチガンテツ】のORUは二つ、よってこのカードの守備力は1800+400=2300となる! 更にもう一体召喚すれば、合わせて800ポイントのアップになるって訳だ」

『アニキ、ちょっと待つポン!』

 

 守備表示で特殊召喚された岩石族モンスターにゴーシュもドロワも凌牙も拍子抜けし、ポン太に至っては目が点になって慌てて新主人にストップを掛けた。気持ちよく連続召喚していた万丈目が機嫌悪そうにナンバーズの精霊を見る。

 

「タヌキか、茶々入れんじゃねぇよ」

『茶々も入れたくなるポン! どうして、守備に特化した【ガチガチガンテツ】を召喚したポン! 【シャクトパス】の効果で【H―C エクスカリバー】の攻撃力は0ポン! 此処で攻めなきゃ、いったいいつ攻めるポン!?』

「しゃあねぇだろ、ランク2で攻撃力の高いエクシーズモンスターがいねぇんだからさ」

 

 万丈目の拗ねたような言い草にポン太は呆れかえってしまった。このターンの始めに「シャークの想い、消して無駄にはしない」と言っていたのは、いったい何だったのだろうか。あんな友情劇を繰り広げておきながらの万丈目の行動に、口をあんぐりと開けるポン太だったが、不思議そうにこちらを覗き込む新主人を見て、ポン! と閃いた。

 

(この男、オイラのことを――ナンバーズの存在を忘れているポン! きっとそうに違いないポン! オイラを部下にしておきながら、今までのデュエルに使ったことがないからって、うっかりやさんだポン! ……っていうより)

 

『おばかさんだポン』

「ああ、なんだって!?」

 

 最後の言葉を、ポン太は思わず声に出してしまった。途端、ガラの悪い声をだす万丈目にナンバーズの精霊はビビりかけたが、意を決して喋り出す。

 

『この場面でオイラを使わないなんて、おばかさん以外に言いようがないポン!』

「貴様、二度も俺をおばかさん扱いしたな!」

『だって、本当なんだポン! オイラを使えば勝機があるのに使わないなんて、あの不良の子がかわいそうだポン』

「それはそうだが……タヌキ、貴様を使っていいのか?」

 

 最後の万丈目の言葉に、ますますポン太はぽかんとしてしまった。この新主人は普段は横暴な癖して、変なところで気を使ったり、柔らかい態度を見せたりするのだ。今は万丈目がそっぽを向いてしまっているので、どんな表情を浮かべているのか、ナンバーズの精霊には分からない。けれど、なんとなく想像がつくような気がした。そして、万丈目が素直な気持ちを吐露するならば、ポン太もそれに応えようと思った。

 

『使っていいポン、オイラのこと』

「それでも、なんか言わなくちゃいけねぇんだろ」

 

 存外、この新主人は記憶力がいいらしい。遊馬とのデュエルの際に『オイラをエクシーズ召喚したかったら、『お願いします、ポン太様』って言うポン!』と言っていたことを思い出し、いじけている万丈目にポン太は『ムムム』と唸りながら、言葉を続けた。

 

『今回だけ『お願いします、ポン太様』って言わなくて構わないポン!』

「今回だけ?」

 

 万丈目にジト目で見つめられ、ポン太はヤケクソで叫んだ。

 

『これからずっと言わなくていいポン! 好きなだけオイラを使うポン!』

「タヌキ……」

『タヌキじゃないポン、オイラのことは――』

 

 ポン太は先程の凌牙との友情劇を思い出し、目を瞑りながら彼の言葉を待とうとした。ところが、新主人はポン太が言い切る前にこう言ったのだった。

 

「それが聞きたかった!」

『ポン!?』

 

 ポン太が目を開けると、凶悪面の万丈目が待ち受けていた。目をキラリと光らせ、くっくっくっと笑う彼は誰がどう見ても悪役(ヒール)にしか見えないだろう。

 

「タヌキ、貴様、『好きなだけ使っていい』って言ったな! 言質(げんち)は得た! これで思う存分、気にせずに行使できるぜ!」

『あの殊勝な態度は演技だったポン!? だ、騙したなぁ~ポン!』

「騙される方が悪い! 貴様を自由に使えるためならば、俺は演技王にだってなってやるさ! この俺様の権謀術数に引っ掛かるとは、どうやら《おばかさん》は貴様だったようだな、タヌキ!」

 

 貴様何様誰様俺様を地で行く万丈目に騙されたポン太が悔し気な声をあげる。右手で黒コートの幻影を薙ぎ払うような動作をしてから、万丈目はデュエルアカデミア時代の様に目をぎらつかせ、エクストラデッキに入れていた一枚のカードを手に取った。

 

「俺は【おジャマ・イエロー】と【おジャマ・ブラック】でオーバーレイ! レベル2の獣族モンスター二体でオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 フィールドに残されていた二体のおジャマがエクシーズの渦に呑み込まれていく。その渦は通常のものとは異なり、混沌(カオス)が入り混じった黒色であった。ナンバーズの召喚にゴーシュとドロワと凌牙は息を飲み、万丈目にしか聞こえないポン太の恨めしげな声が響いていたが、無論、新主人はまるっと無視をして、掴んだカードをデュエルディスクに勢いよくセットした。

 

「権謀術数の世を斬り裂く俺の部下よ、この世界を化かせ! 今こそ、貴様の出番だ! 現れろ! 【No.64 古狸三太夫】(ランク2/地属性/獣族/攻1000→1400/守1000→1400)!」

 

 オーバーレイ・ネットワークの渦から飛び出したのは、ぶんぶく茶釜であった。だが、それもじきに変形し、ナンバーズ特有のフォントの《64》の数字をあしらった兜と赤鎧を身に纏った武士姿の狸となる。はじめてのナンバーズの召喚に万丈目は興奮を隠しきれないまま、守備表示で特殊召喚した【No.64 古狸三太夫】の効果を発動した。

 

「見せてやるぜ、獣族縛りのエクシーズモンスターの効果ってヤツを! 【No.64 古狸三太夫】の効果発動! 一ターンに一度、このカードのエクシーズ素材を一つ取り除いて発動可能! 自分フィールド上に《影武者狸トークン》(獣族・地・星1・攻?/守0)一体を特殊召喚する! このトークンの攻撃力は、このトークンの特殊召喚時にフィールド上に存在する攻撃力が一番高いモンスターと同じ攻撃力になる……即ち、真似る相手は攻撃力《4000》の【No.86 H―C ロンゴミアント】だ! ゴーシュ! 攻撃力の高さが仇になったな! そらよ、このフィールド一の攻撃力を持つ《影武者狸トークン》のおでましだ!」

 

 【No.64 古狸三太夫】のORUの一つが変化して、攻撃力《4400》の《影武者狸トークン》へ変化(へんげ)する。【No.86 H―C ロンゴミアント】の攻撃力《4000》より400ポイント高いことに気付いたドロワが眉を顰めた。

 

「おかしいではないか! 何故、【No.86 H―C ロンゴミアント】の攻撃力を真似ただけなのに400ポイントも上回るのだ!? ――ハッ!? まさか……」

「Exactly!(まさしくその通り) 察しのいいお嬢さんだ。何もタヌキを騙すためだけに【ガチガチガンテツ】を召喚した訳じゃないさ。【ガチガチガンテツ】は自分フィールド上のモンスターの攻撃力・守備力をこのカードのエクシーズ素材の数×200ポイントアップさせる効果を持つ。よって、【No.64 古狸三太夫】は攻守ともに1400、《影武者狸トークン》の攻撃力は4400へアップする!」

 

 万丈目の説明を受けた【ガチガチガンテツ】が親指を立ててアピールする。

 

「確かに、俺のレベル2・ランク2軸のモンスターの攻撃力は貧弱だ。だが、【No.64 古狸三太夫】と【ガチガチガンテツ】が俺のフィールドにいる限り、絶対に相手モンスターの攻撃力を上回る攻撃力を持つ《影武者狸トークン》を召喚できる!」

 

 絶対に相手モンスターの攻撃力を上回るトークンの召喚! そのコンボを確立した万丈目に視線が集中する。

 

「俺のデッキが一番このナンバーズを上手く生かせるってことだ。俺よりも上手く生かせねぇ奴らにタヌキは渡せねぇ!」

 

 改めて啖呵をきる万丈目の姿に、ポン太は目を奪われそうになる。偉ぶってムカつくことばかりする新主人だが、決してカードを破るような真似はしなかった。さっきの騙し問答だって、ポン太のことなんざ無視して黙って使えば良かっただけだ。モノのように使役すればいいのに、彼はそうしない。『お願いします、ポン太様』と言いたくないだけで起こしたようなものかもしれないが、やはりポン太から『使ってもいい』という許可が一番に欲しかったのではないだろうか。しかも、ただ使うだけでなく、最高のコンボを生み出した挙句、今の発言こそが『最後までポン太と付き合う約束』を遵守している何よりの証拠だ。天邪鬼で悪人面で我儘で捻くれ曲がった性格の癖して、なのに変なところは律儀な新主人。

 

(本当に訳の分からないアニキだポン)

 

 だからこんなに気になるのだろう、とポン太は密(ひそ)やかにそう思う。そして、ゴーシュの挑発に敢えて乗り、ナンバーズを使って瞬間最高攻撃力を叩きだした万丈目をほんの少し褒める一方で、攻撃力4400のトークンを前に眉一つ動かさない大男を心から不気味に思った。

 

「攻撃力4400! これが俺の瞬間最高攻撃力だ!」

 

 万丈目がゴーシュに弾丸を発射するように宣言する。【シャクトパス】が装備されていることで【H―C エクスカリバー】の攻撃力は0、対して《影武者狸トークン》の攻撃力は4400、ゴーシュ達のライフは3500なので攻撃が通れば余裕のオーバーキルになる。しかし、ゴーシュは動揺しない。むしろ、薄く笑みすら浮かべていたのだ。

 

「成程、良いノリしてやがる。だがな、そんなノリじゃあ、俺に勝てねぇぜ」

 

 ナンバーズハンターの一派として闘う、歴戦のデュエリストが勝負師の目を光らせた。

 

「通常罠【ライジング・エナジー】発動! 手札を一枚捨て、フィールドの表側表示モンスター一体を対象として発動可能、そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで1500ポイントアップする! 俺は最後の手札【H・C アンブッシュ・ソルジャー】を墓地に捨て、【H―C エクスカリバー】の攻撃力を1500ポイントアップするぜ!」

「なにぃ!?」

 

 予期せぬ出来事に万丈目の動きが止まった。ゴーシュの最後の罠により、【H―C エクスカリバー】の攻撃力が0から1500へ上昇する。《影武者狸トークン》で攻撃したところで、4400-1500=2900の超過ダメージしか与えられないため、対戦相手のライフは3500なので、残り600ポイントも余ってしまう。

 

「しまった! このターンでゴーシュを倒せない!」

「だから言っただろ、瞬間最高攻撃力で挑んでこいってなぁ! テメェの手札はゼロ、これじゃあ何も出来やしねぇ! 攻撃力があと600ポイント高ければ勝てたのによぉ、残念だったな! テメェのノリも此処で終わりだぜ!」

 

 絶望する万丈目をゴーシュが高笑いする。その高笑いの裏でドロワが冷静に第九ターン目を計算する。この第八ターン目が終われば、【No.86 H―C ロンゴミアント】のORUはまた一つ墓地へいき、《このカードはこのカード以外の効果を受けない》効果を失うことになる。しかし、そうなることでゴーシュたちは【No.86 H―C ロンゴミアント】を強化するカードを使用可能になるのだ。万丈目たちのフィールドには攻撃力4400の《影武者狸トークン》がいるが、【No.86 H―C ロンゴミアント】の攻撃力を500だけ上乗せするだけでゴーシュたちの勝利だ。なんたって、万丈目たちのライフはたった100しかない。ドロワは自身のデッキに眠る大量の戦士族強化のカードを思い、「今度こそカイトの為に」と静かに笑った。

 

(すまねぇ、シャーク。お前が作ってくれた千載一遇のチャンスを生かしきれなかった。でも、相手ライフを3500から600まで減らしただけで、充分だよな)

 

 届かなかった攻撃力に万丈目が脱力する。せっかく輝きを取り戻していた帝の鍵が光を失おうとした瞬間、パートナーの「妥協するな!」という怒号が響いた。

 

「このトンマ! 何を諦めようとしてやがる!? 俺は《総て》を使ってテメェを補佐した! なら、テメェも《総て》を使って勝ちにいきやがれ!」

「《総て》と言われても手札もないのにどうやって!? そもそも、誰がトンマだ! 第一、トンマってのは遊馬を――」

 

『墓地を見ろ、トンマ!』

 

 咄嗟的に怒鳴り返そうとした万丈目だったが、凌牙の声で以前自身が遊馬に言った台詞が脳裏に蘇る。あれはシャークと遊馬がデュエルしたときに放ったものだ、少年がこの台詞を聞いていない訳がない。

 

(そうだ、何が《相手ライフを3500から600まで減らしただけで充分》だ。《俺が俺でいる》というのは、意地っ張りで最後まで悪あがきして諦めが悪いこと――妥協なんてせずに《総て》を使って攻め切る姿勢こそが、万丈目準が万丈目準たる、一番の証(あかし)ではないか! 此処で諦めたら、もうそんなの《俺》じゃねぇ! そんなことしたら、シャークにもタヌキにも遊馬にも――)

「あわす顔がねぇんだよ!」

 

 万丈目の誓いを受け、帝の鍵がこのデュエル一番の閃光を放つ。「この光はいったい……?」と戸惑うドロワなんて気にも留めずに、万丈目は凌牙が用意したデュエルタクティクスの海へ飛び込む。その先に第四ターン目でチェックした墓地のカードがゆらりと揺れた。そのカードを掴み、海から浮上する。そして、「さっさとバトルフェイズに移行しろ」と荒げるゴーシュの声をかき消さんばかりに、万丈目は大声をあげた。

 

「俺は墓地にある通常罠【スキル・サクセサー】のもう一つの効果を発動!」

「墓地から……」

「……罠カードだと!?」

 

 全くのノーマークだったのだろう。今度はゴーシュとドロワの動きが止まる番だった。その隙に「ようやく気付いたか」と凌牙が微かに笑った。

 

「通常罠【スキル・サクセサー】。ゴーシュ、テメェが第三ターン目で破壊した罠カードの一枚だ。このカードは自分フィールド上のモンスター一体を選択して発動可能、選択したモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで400ポイントアップするというシンプルかつスタンダードな効果だが、実はもう一つ効果を持っている」

「墓地のこのカードをゲームから除外し、自分フィールド上のモンスター一体を選択して発動可能、選択した自分のモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで800ポイントアップするっていう、もう一つの効果がな!」

 

 凌牙の説明を万丈目が引き継ぐ。その際、青年は少年に目配せを送ると、少年は大きく頷いてくれた。

 

「タッグデュエルにおいて墓地は共有。つまり、俺のカードをサンダーは使えるってことさ!」

「そういうことだ! シャーク、お前のカードを使わせてもらうぞ! 墓地にある【スキル・サクセサー】を除外し、《影武者狸トークン》の攻撃力を800ポイントアップさせるぜ!」

 

 これにより、4400+800=5200の攻撃力を手に入れた《影武者狸トークン》が雄叫びを上げる。凌牙が伏せていた勝利への布石を万丈目が掴み取ったことで、二人別々に歩いていた軌跡が、今、勝利へ繋がる一筋の軌跡になった。

 

「バトルだ! 俺の――いや、俺たちの瞬間最高攻撃力をその身に刻め! 《影武者狸トークン》で【H―C エクスカリバー】を攻撃! 《影武者流・薙刀十文字切》!」

 

 攻撃力5200の《影武者狸トークン》によって、攻撃力1500の【H―C エクスカリバー】が破壊される。5200-1500=3700の超過ダメージによりゴーシュはフッ飛ばされ、3500もあったライフポイントが0になる。

 

「ゴーシュ!」

 

 ドロワの悲鳴が聞こえ、デュエル終了音が鳴り響く。

 負けた、まごうことなく敗北だ。倒れたまま、ゴーシュはしみじみと思う。だが、どこかすっきりしたような気持ちでいた。瞼を落とすと、ARヴィジョンの解ける音と共に喜ぶ少年と青年の声が聞こえてくる。

 

(テメェらの友情パワー、超ノリノリじゃねぇか。敗北は悔しいが、相手を認めることがこんな気持ちいいことなんて、テメェらに会うまで俺は知らなかったぜ)

 

 ドロワの駆け寄る足音が近付いてくる。長い付き合いだ、顔なんざ見なくてもどんな表情を浮かべているのか、容易に分かる。瞼を開けると、やっぱり彼女は心配そうな表情を浮かべていた。でも、今だけはこの気持ちよさに酔っていたくて、彼女の手が差し出されるまでゴーシュは寝転がったままでいたのだった。

 

 

 8

 

「さぁて、何から話してもらおうか?」

 

緑のベストにはすっかり潮の香りが染みついていた。機嫌良さげに仁王立ちする万丈目の前に、ゴーシュとドロワがどっかりとコンクリートの地面に座り込んでいる。万丈目の肩にはナンバーズの精霊がちょこんと乗っかった振りをしており、凌牙は腕を組んでコンテナに凭れ掛かり、男女二人を見下ろしていた。

 

「デュエルは神聖な決闘の場だ。それに負けた以上は仕方ねぇ、話せることは話してやる」

「だが、こちらも仕事で雇われた身だ。ポンポンと依頼人(クライアント)の話をする訳にはいかない」

 

 素直に応じるゴーシュにドロワが注釈を付ける。《雇われ》という単語に万丈目が早速「誰に雇われた?」と訊くが、馬鹿正直に「Mr.――」と答えかけたゴーシュに肘鉄を与えながら、ドロワは「仕事上の守秘義務だ」と回答したのみだった。

 

「仕事で雇われたってことはバックに巨大な組織か、或いは途方もない資金を持つ出資者(スポンサー)がいるってことか。そのボスが依頼人こと《Mr.》とやらか」

 

 会話に参加する気はないだろうと勝手に思い込んでいただけに、凌牙の突然の指摘に万丈目は目を丸くしてしまう。思わず振り返ると、凌牙は「俺を除(の)け者にするなよ」と視線で訴えてきた。

 

「依頼人は《Mr.》だが、そいつはボスじゃねぇよ。中間管理職ってやつだ」

「なら、ボスの目的は? 何故、ナンバーズのことを知っている? どうしてナンバーズを集めようとする?」

「さぁな。それはボスに聞きな。俺たちはただナンバーズを集めるよう指示されただけだ。ま、俺が持っているナンバーズも偶然に手に入れたこの一枚だけだがな」

「おい、貴様ら。当の本人たる俺様を抜いて会話をするな。それに、さっきから何も答えていないではないか」

「仕事上の守秘義務だ。まだクビにはされたくないからな」

 

 ゴーシュと凌牙で進む話に万丈目が一人憤慨する。更には《守秘義務》と言って質問の回答をドロワが避け続けるものだから「ぐぬぬ」と唸りたくなるというものだ。

 

『万丈目のアニキ、仕事のことは守秘義務で逃げられてしまうポン。だから、仕事以外のことを訊いたらいいポン』

「仕事以外のこと? だったら……」

 

 ポン太からの助言に、万丈目はゴーシュ達に一番に訊きたかったことを思い出した

 

「ゴーシュ、ドロワ。貴様らはカイト、それともアモンことⅥ(ゼクス)の一派か?」

 

 万丈目の台詞にゴーシュとドロワがぽかんとする。それは聞き慣れた名と全く聞き慣れぬ名を耳にした反応であった。

 

「何故、貴様がカイトの名を知っているのだ? それに、Ⅵ(ゼクス)とは何者だ?」

 

 ゴーシュが止めるよりも早くドロワが質問返ししてしまう。これでは、ドロワ達がカイトの味方だと公言してしまっているようなものだ。

 

「おいおい、質問していいのはこちら側だけだぜ。依頼人のことを教えてくれるんなら、話は別だけどな」

 

 あわよくば《秘密主義》の先を知ろうとしたが、ドロワは答えずに沈黙を選択しただけだった。なんだい、依頼人のことをバラしたら酷い目にあうってのかよ、と万丈目は推測したが、ピリリと左手の薬指の先が痛み、頭痛の気配を感じ取ったのでこれ以上考えることを放棄した。ジョークとはいえ、異世界という単語を口に出していたのだからアモンの味方だと思っていただけに、これにはかなりガッカリだった。

 

(Ⅵで《ゼクス》か。数字のコードネーム、単なる偶然じゃなさそうだが)

 

 凌牙も数字のコードネームという共通項を持つデュエリストについて思考を巡らせていたが、万丈目は次の質問を考えるのに夢中で全く気にしていなかった。

 

「貴様達がカイトの味方だと分かった。それなら、カイトとやらも雇われデュエリストか?」

「いや、そいつは違う。彼奴は自分の意思でナンバーズハントをしている」

 

 それは意外、と万丈目は素直に思った。ということは、カイトは依頼人のボスに直結しているということか? 或いは忠誠心ゆえか、それともボスを出し抜こうとしているか。あれこれ考えながら、万丈目は次なる質問を繰り出す。

 

「自分の意思で? 何故?」

「詳しいことは分からねぇな」

 

 ゴーシュが両手でお手上げポーズする。お手上げポーズしたいのはこちらの方だ、と心のうちで万丈目は毒を吐いた。こちとら綺麗なHERO(ヒーロー)ではなく、HEEL(ヒール)なのだ。揺さぶってみるか、と万丈目は仰々(ぎょうぎょう)しく溜め息を吐いた。

 

「なんとなく分かってきたぜ。貴様らは雇われの身だから、ナンバーズハントをしているみたいだが、カイトとやらは自分の私利私欲のため人を傷付けられる根っからの悪人ってことがな」

 

 ハンとおまけとばかりに鼻で笑おうとする前に「貴様に《あの人》の何が分かる!?」とドロワが逆上する。

 

「カイトを愚弄するな! あんな優しい兄弟思いで、弟のために頑張るあの人を!」

「弟?」

 

 万丈目の反復にドロワは己が口を滑らせたことに気付いた。狙い通りキーワードを吐かせた万丈目が追撃の質問をする前に、ゴーシュがやや大きめの声で「神代、テメェには聞きたいことがねぇのかよ」と矛先を向けた。俺か? と少しばかり考えことをしていただけに凌牙の反応が遅れる。それなら、と前置きをして十四歳の少年は口を開いた。

 

「テメェら、異世界に知り合いでもいんのか?」

 

 なんで今その質問するの!? まるで自分にその質問が向けられたかのようで万丈目の心臓はバクバクと早鐘になり、ポン太も思わず新主人の顔を覗き込もうとする。

 

「随分とぶっ飛んだ質問するのな、テメェ」

「ジョークにしては随分とぶっ飛んだものだったから、つい気になってな」

「ちげぇねぇ」

 

 凌牙の鸚鵡(おうむ)返しのような切り返しにゴーシュは肩だけで笑うと「最近、耳にしたジョークだからつい使っちまっただけさ」と続けた。

 

「ナンバーズってのは、通常ならば相手が持っているかどうかは其奴とデュエルするまでわかんねぇ代物だ。だから、俺とドロワは片っ端からヤバそうなデュエリストとやり合うしか方法はねぇ」

『確かにアニキは色んな意味でヤバイデュエリストだポン』

「フン、俺様は強いからな。当然だろ」

 

 偉そうに踏ん反り返る万丈目にポン太は口を引きつらせた。ヤバイデュエリストではなく、ヤバイ人といえば良かった、と心密かにタヌキの妖は思う。デュエル以外でナンバーズの精霊たるポン太をこき使い、振り回す新主人をヤバイ人と言わず、何と言えばいいのか。そんなポン太の引きつりが治らないまま、話は続いていく。

 

「だが、カイトにだけ、ナンバーズ発見移動のロボと少女が付いているから、彼奴はサクサクと見つけることが出来るって訳だ。こっちなんざ、地道にデュエルするしかないってのによぉ」

 

(ロボと少女? そういえば、遊馬が初めてカイトとデュエルした時、ロボが『ハルト様の容体が!』と言って、カイトが『ハルトが!? 《彼女》は何をしている?』と応対してデュエルを切り上げて帰ったって言っていたな)

 

 そんなことを万丈目はつらつらと思い返す。考え込む青年を見て、ゴーシュはこのままこの話題を続けることに決めた。

 今まで碌に質問に答えられなかったことにバツの悪さを感じているのか、それともこれぐらい話しても別に構わないだろうと考えているのか、或いはもっと避けたい話題があるからか、ゴーシュは饒舌(じょうぜつ)に喋った。

 

「ロボは特殊な鉱石でカイトが作ったものだ。その鉱石の力でナンバーズを発見しやすくなるらしい」

「なら、少女ってのは?」 

 

 恐らくロボにはナンバーズを見付けられる機能が搭載しているのだろう。それでは、その女の子の正体が気になる。端的に質問する凌牙に答えたのはドロワだった。

 

「彼女は私達の依頼人たる《Mr.》が連れてきた少女だ。ナンバーズハントの前に、奴は『彼女はナンバーズを視認できる能力の持ち主で、主にカイトをサポートしてもらう』と我々に紹介した」

「何故視ることが出来るんだって聞く俺らにあの野郎――《Mr.》は笑いながらこう言ったのさ。『異世界から来た少女だから』だと」

「《異世界から来た少女》……だと?」

 

 凌牙と共に万丈目までが呟く。異世界という響きに凌牙が万丈目に視線を向けるが、十九歳の青年は訳もわからず首を振る。ただ分かっていたのは、異世界渡航の果てにこの世界に辿り着いたのが万丈目とアモンだけでなく、もう一人いるということであった。

 

(アモンのように謎の紋章の力でもなく、俺や遊馬のように不可思議なアイテムを所持している訳でもないのにナンバーズを視認できるなんて、つまり、それは俺が失ったカードの精霊を視る力があるってことではないか!)

 

 誰だ、と思った。万丈目の世界でカードの精霊を認識できたのは、あの男とヨハンと自分自身ぐらいである。カードの精霊が視える知り合いに少女はいない。もしかすると万丈目が全く知らない人物かもしれない。そして、その少女は異世界トリップの方法を知っているのかもしれない。まだ見ぬ三人目の異邦人の影に万丈目は高鳴る胸の収め方を知らなかった。

 

「異世界から来たとか、そんな無茶苦茶な紹介で誰が納得するってんだ。あのジョークはそれの延長線上のノリだ」

 

 そのゴーシュの目の前にいる青年こと万丈目こそが異世界人であるなんて、彼は微塵も思わないだろう。元の世界に帰るためにもこの少女の話をもっと訊かなくては、と前のめりになる万丈目だったが、左右から視線を受けていることに気が付く。一つは年下のナイフのエッジを思わせるような視線で、もう一つは獣の精霊のものであった。万丈目はこの瞬間、自分が《質問する側》ではなく、《質問される側》に変わりつつあることに察した。

 

「なぁ、サンダー。その異世界って、アンタの――」

「さて、質問タイムは終わりだ! ナンバーズを渡してもらおうか!」

 

 凌牙の台詞に被さるようにして、万丈目が声を張り上げて宣言する。その宣言に顔色が渋くなったのは、さて宣言された方か、それとも立会人の一人と一匹か。水の流れを変えるように無理やり話題を切り替えた万丈目は遠慮なくゴーシュへ顎をしゃくった。ドロワが不服そうに万丈目を見上げる。彼女を左手で制し、ゴーシュは少しでも時間を稼ぐかのように一息だけ吐くと、エクストラデッキから一枚のカード【No.86 H―C ロンゴミアント】をゆっくりと取り出す。渡したくないと渡さなければならないの気持ちが綯交(ないま)ぜになる余り、拗ねた子供のような表情を浮かべるゴーシュを、ふふんと無視して万丈目は気分良さげにナンバーズへ手を伸ばした。

 

 だが、その手はナンバーズに届かなかった。それどころか、どんどんと万丈目とナンバーズとの間は離れていった。ゴーシュも万丈目も一歩も動いていないのに、百間廊下のように遠くへ離れつつあるナンバーズに勝者である青年は瞠目する。この時、既に彼の視界からゴーシュは消え、百間廊下と例えた通りに、万丈目は石畳の重厚な廊下へ突っ立っていた。窓の外は暗く、青年は何故だかそれを夜とはおもわず、この城が海の底にあるからだと信じた。廊下には赤い絨毯が敷かれ、それは開け放たれていた扉の先の、玉座に座る城主の足元まで続いていた。視線を足元から登らせると、金縁の白銀の鎧と王者の槍をなぞり、最終的に、ゴーシュが持ち、万丈目が手にする予定のナンバーズ【No.86 H―C ロンゴミアント】の顔まで辿り着いた。だが、招かざれる客である彼にそれ以上の拝観は許されなかった。【No.86 H―C ロンゴミアント】を守るように【H―C エクスカリバー】が立ちはだかり、このデュエルでは使用されなかった【H―C クサナギ】【H―C ガーンデーヴァ】が堂々と整列し、王の間に通じる扉の前で【H・C サウザンド・ブレード】【H・C ダブル・ランス】が互いの武器をクロスさせ、その二体の前で【H・C 夜襲のカンテラ】が己の名前となるカンテラを揺らしている。他にも何人もの騎士が廊下に整列し、それらの全ての敵意は真っ直ぐに標的(ターゲット)こと万丈目を射抜いていた。

 は、と酸素が足りなくなったように息を漏らす。それと同時に汗が顎を伝うのが分かった。瞼が乾きを訴えている。閃光で身がビリビリと痺れる。王を守る宿命(さだめ)たる配下の彼らが【No.86 H―C ロンゴミアント】を守護する光景が目の前に広がっていた。

 

(なんだなんだ、これは! いったい何が起きているのだ!? 俺はカードの精霊を視る力の一切を失ったはずでは!?)

 

 耐えきれず、ばちん、と万丈目は自身の頬を叩いた。途端、其処は中世の城内では無く、潮風が吹く現代の倉庫街に戻っていた。だが、万丈目の鼓膜には廊下に飾られた蝋燭が燃える音が緩やかに響いていた。もう一度、は、と息を吐く。だが、万丈目は頬を叩いた後に開けた瞼をもう一度閉じる気にはならなかった。

 

(こちらの世界に来た時に俺からカードの精霊を視る力は無くなった……なら、さっきの光景は?)

 

 証明したくば、瞼を閉じればいい。誘う様に瞼の裏の向こう側で閃光が瞬いている。だが、万丈目の中で、真実への対面を果たす気概よりも恐怖が圧等的に上回っていた。

 

「おい、何を呆然としている?」

「焦らすよ! 獲るなら、とっとと獲りやがれ!」

「どうした、サンダー?」

『アニキ、何が視えているポン?』

「うるせー!」

 

 頭が混乱する。そんな時に外野が騒ぎ出したのだから、三者三様の叫び+一匹の呟きを吹っ飛ばすように、万丈目は怒鳴った。

 

「確かになぁ! 俺は遊馬に協力するって言った! けどよぉ、シャークと心を合わせて、魂をぶつけ合うデュエルの末に俺が手に入れた魂のカードを――ナンバーズをそのまま渡すのはなんか違うだろ!」

 

 混乱が解けぬまま口を動かし、ナンバーズを手に取らない理由を無茶苦茶に語る。

 

「俺が一番にタヌキを使えるように、ゴーシュ、貴様が【No.86 H―C ロンゴミアント】を一番上手く扱えるのだ! それは【No.86 H―C ロンゴミアント】も認めている! だからこそ、夢の中で貴様の前に現れたのだ!」

 

 頭がグルグルして、万丈目の脳内ではクルッポーと鳩の鳴き声までしてきていた。一度の瞬きも許さぬまま、真っ赤な顔で喋り倒す万丈目に皆々の目が点になっていた。

 

「それを、飴玉をあげるように遊馬に渡すなんて駄目に決まっているだろが! ナンバーズの回収は遊馬のすべきことなのだ! 俺は支える気はあっても、遊馬をデュエリストとして甘やかす気は更々無い! デュエルして相手を認め、相手に認められてからアンティをすべきなのだ! だから、ゴーシュ! 遊馬とは正々堂々と貴様の熱いノリを貫いて戦え! いいか、分かったな!」

 

 ゴーシュを指差し、最後に一度だけ瞼を落としてから、カッと目を見開いて万丈目が言い切る。気圧されたゴーシュが見えるだけで、もう屈強な戦士達は見えなかった。ふん、と鼻を鳴らした万丈目は大股でドカドカと音を立てながらゴーシュ達の横を通り過ぎていく。青年の急な態度変更についていける者は一人もいなかった。

 

「待てよ、サンダー!」

 

 いち早く正気に戻った凌牙は慌ててバイクに飛び乗る。ヘルメットを被る前に、はたと思い返して「今日、俺らにあったこと《Mr.》に言うんじゃねぇぞ」と少年は簡易な口止めすると万丈目を追っかけていた。

 

「なんだ、あの万丈目という男は?」

 

 嵐が通り過ぎたかのように、呆然としてゴーシュとドロワが同時に呟く。ナンバーズを取られなかったことを嬉しがるべきか、情けをかけられたことに悔しがるべきか。

 

「そういえば、なんで万丈目サンダーは俺が【No.86 H―C ロンゴミアント】と夢の中で会ったことを知っているんだ?」

 

 確かに夢の中でゴーシュは白金の鎧の王者に出会い、目覚めた後にそのカードがデッキに入っていることに気が付いた。このことはゴーシュとドロワしか与(あずか)り知らぬことだ、万丈目が知っている訳がない。二人の男女が思わず顔を見合わせてしまうなか、大男の手の平に残された【No.86 H―C ロンゴミアント】は星屑のようにささやかな閃光を静かに零していた。

 

 どういうことだ、と万丈目は自問を繰り返す。視えなくなってしまったカードの精霊が視えてしまったことに動揺が隠せない。白昼夢だとせせら嗤うには、余りにも海底の王宮が安易に思い描けた。ポン太が隣で喋っているが、自身からの問い掛けに夢中な万丈目の視界には入らない。並木林のような倉庫街をでまかせに歩いていると、背後からバイクの起動音とともに「おい」と声を掛けられた。

 

「迷子になる気なのか、アンタは」

 

 振り向けば、凌牙からバスケットボールのようにヘルメットを投げ渡される。女の子向けのデザインのヘルメットにむくれる万丈目なんて露も気にせず、凌牙は「二人きりになろうぜ、サンダー」と誘ったのだった。

 

 倉庫街で狭く暗く隔離されていた空は解放され、突き抜けるような夏の青空として謳っている。凌牙に連れてこられた場所は海が覗ける裏寂れた廃公園であった。遊具は軒並み撤去され、残されたブランコの支柱は潮風によって錆びて付いている。海が覗けるので、夕焼け時にはさぞ美しい風景が望めるはずだ、と万丈目はぼんやりと思った。

(倉庫街の隅っこといい、シャークの奴、こういうところをよく知っているな)

それだけ一人になりたかったのだろう、と万丈目は理由を見つけ出す。一人になりたがる少年の背中が想像できるのは、凌牙と自身が似通っているからだと青年は考え付いた。ヘルメットを脱ぎ捨てると、万丈目は大きく一度伸びをした。倉庫街に着いた時のようにポン太は自由に動き回らず、新主人の横でふよふよ浮いている。時間稼ぎにもならないな、と青年は心の内で呟いた。

 

「ゴーシュ達には一応釘を刺しといた。《Mr.》に俺達のことは言わねぇだろ」

「そうか」

「なぁ、サンダー。アンタ、本当に異世界から来たのかよ?」

 

 凌牙からの早速の本題に万丈目は「きたか」と思った。バイクを運転しながら何一つ言わない凌牙に掴まっている間、万丈目は如何に言えば誤魔化せるかとばかり考えていた。本来なら、あのまま逃げてしまいたかったが、土地勘のない以上、凌牙の手を借りなければ九十九家に戻れないということは十二分に分かっていた。結局、いい台詞は思い付かなかった。とりあえず「何を言っているんだ」と一笑に伏してやろうと振り向いた途端、デュエル時と同じように真面目な顔付きをした凌牙にぶち当たった。この目の前にいる少年は恩返しのためだけに、何処から来たのかもしれない万丈目を庇い、支え、勝利への道を作り上げたのだ。そんな彼を嘘で対応するなんて、あまりにも不誠実ではないか。これは《ナースコール》だ、告白してしまえば、彼はきっと頷いてくれるだろう。この世界の誰にも――遊馬にすら告げたことがない事実を口にするための勇気が欲しくて、万丈目は帝の鍵を握り締めると、小さく深く深呼吸をした。

 

「そうだ」

 

 声が震えてないかどうか不安になる。凌牙の顔が険しくなる。ポン太の豆粒のような瞳が大きく開かれる。覚悟を決め、顔を上げた万丈目は堰(せき)を切ったように言った。

 

「万丈目財閥の三男坊であり、デュエルアカデミアで好成績を修めてプロデュエリストになった果てにこの世界にやって来た、俺こそが万丈目準――通称、万丈目サンダー様だ!」

『アニキ、一気に言いすぎだポン!』

「ちんたら言うなんて、俺らしくないからな。一気に言ってやったぜ」

『思い切りよすぎだポン! 財閥の御曹司で、プロデュエリストで……ああ、もう、なんでもありすぎるポン!』

「アンタ、プロのデュエリストなのか?」

 

 凌牙の呟きに、ポン太と言い争いをしていた万丈目がドキッとして首を縦に振る。この何でもありすぎるゆえに入院時は妄言癖と笑われたのだ。これで凌牙に笑われたら、ダッシュで逃げようと画策する青年に少年はこういったのだ。

 

「道理でデュエルタクティクスがうまいと思ったぜ」

「シャーク、信じてくれるのか? こんな無茶苦茶な話を」

「信じない道理がないだろ。むしろ推理通りでびっくりした、流石に財閥の御曹司までは分からなかったがな」

 

 感心したように凌牙が言葉を漏らす。言葉を失(な)くす万丈目の周りを衛星みたいに『オイラも信じるポン! アニキのことを信じているポン!』と小さな子のようにポン太が飛び回る。触れられないのに、そんなカードの精霊の頭を撫でるような素振りを新主人は見せた。帝の鍵を握り締める力が抜けていく。ようやっと自分の身の上を信じてくれる人物の登場に、万丈目は涙を零さない様にするので精一杯だった。

 

 

 9

 

「でも、なんでアンタはこっちの世界に来たんだ?」

 

 万丈目が落ち着いた後、腰掛けるだけで嫌な音を立てるベンチに座りながら、凌牙が質問する。五つも年下の少年の前で泣きそうになった事実に文字通り座りの悪さを感じつつも、万丈目は正直に「分からない」と答えた。

 

「U-20の大会中の話だ。その日は三位決定戦だけが行われていてな、俺は翌日の決勝戦へ駒を進めていたから関係ないといえば関係ないのだが、ちょっと会場へ行っていたんだ。試合が終わって外へ出ると雨が降っていて、傘を持っていなかったから、どうしようかと思っていたのだが、俺と同じように来ていたエド――決勝戦の相手に会って、運良く傘を貸してもらったんだ」

『普通、翌日にデュエルする相手に傘を貸してもらうポン?』

「まぁ、俺とアイツの仲だからな、『明日、風邪を引いて出てこなかったら困る』とか言って、傘を貸してくれたんだ。全く素直じゃない男だよ、アイツは」

(素直じゃないアニキに『素直じゃない』って言われるってことは、もしかして、そいつ、かなりの天邪鬼ポン?)

 

 万丈目の脳裏に過(よぎ)るは、生意気で頼りになる年下の先輩の顔だ。腕組して気分良さげに瞼を落とす新主人を見ながら、ポン太は勝手に《エド》という男を想像する。だが、その姿はどうにも新主人二号になってしまうのだった。

 

「その後は?」

「その後? エドと別れた後、一人で街を歩いていて――それで気が付いたら、この世界に来ていた」

「つまり、アンタは気が付けば、異世界渡航していたってか?」

『アニキ、話がざっくばらんすぎるポン』

 

 経緯を話す万丈目に凌牙とポン太が顰(しか)めっ面をする。凌牙にはポン太が視えないはずなのだが、それらしく会話が成立するのが万丈目にはどことなく愉快だった。

 

「サンダー、もう少し詳しく話してくれよ」

「詳しくって言われても、異世界渡航の前後の記憶が吹っ飛んじまったからなぁ」

 

 シャークの追撃の質問に万丈目が頭を掻く。当日のことを思い返してみても、やはりエドと別れた後のことが思い出せない。おジャマ・イエローと会話していたことは覚えているが、まるで化け物に喰われてしまったかのように、そこから先の記憶は消去されていた。

 

「目が覚めたら、俺は大怪我をしてハートランドシティの病院に寝ていた。恐らく、エドと別れた後に時空の落とし穴みたいなものに一瞬で落ちて異世界を渡ったんだと思う。当初は異世界渡航したことすら全然知らなくて、容体が安定して、ようやくはじめて気付いたもんだ。アストラル――遊馬に憑いているデュエリストの幽霊みたいな奴も、こっちの世界に来た時、障壁にぶつかって記憶を失くしたというし、大怪我も記憶の欠落も能力の消滅もその代償だろうよ」

『能力の消滅ポン?』

「カードの精霊が視える力だ。今はもう完全に失われちまった。貴様やアストラルが視えるのは帝の鍵のおかげだ」

 

 ここまで言ってしまったのなら、もう最後まで言ってしまおうと万丈目は自身の能力まで話すことにした。自嘲気味で喋る新主人に、ポン太は彼がその能力を心から愛していたことを察する。それと同時に、本当に失ったのかな? と微(かす)かな疑念を覚えた。

 

「カードの精霊が視える能力か、ようやっと異世界人っぽくなったな」

「よせやい、俺の世界の住人の全員が視えた訳じゃねぇよ。むしろ、俺の力のレベルは低くて、まともに精霊に触れることも出来ない。むしろ異世界って言っても、ファンタジーみたいな世界じゃなくて、この世界の過去みたいなもんだ。ルールは初手ドローありだし、アドバンス召喚のことを生贄召喚って呼んだり、カードプールは少ないわ、スピードは圧倒的にこっちの世界の方が早いわ、そもそもエクシーズ召喚自体がないからな」

「エクシーズ召喚がないって、マジかよ!」

 

 万丈目の世界のデュエルの説明に、シャークがらしくもなく素っ頓狂な声を上げる。ポン太もあんぐりと口を開けていて、「やっぱり驚くよな」と万丈目は半笑いした。

 

「アンタ、その状態でデュエルの店に勤めていたのか!?」

「独学したに決まっているだろ。流石にこの世界の常識たるエクシーズ召喚やルールのことを『全く知りません』と言えないからな」

「今は七月の頭――二月の終わりにこの世界に来たってことはどうにかものにできるぐらい期間か」

「お生憎(あいにく)様(さま)、もっと短いぜ。こっちの世界に来たとき、俺は三ヶ月ぐらいベッドの住人だったし、実際にデュエルするようになったのは、ほんのつい最近の出来事だからな」

 

 ちなみにタヌキとのデュエルがはじめてのエクシーズ召喚だった、と万丈目が続けて告げてやると、ポン太は口だけでなく、目までも見開いてしまった。つまり、ポン太は《この世界では初心者デュエリスト》に負けてしまった挙句、こき使われることになったということになる。ショックを受けるのも無理からぬことだろう。

 

「入院三ヶ月って、随分な大怪我じゃねぇか」

「今尚、検査通院が必要なぐらいだ。技術が発展したハートランドシティじゃなきゃ、冗談抜きで死んでいたかもな」

 

 真実を笑い話にしたくて、万丈目は口角を上げて笑う。新主人の抑揚のない台詞に、ポン太は鏡越しに見た傷跡だらけの細い背中を思い出していた。そういえば、あの怪我は背中だけなのだろうか? 正面は見ていないのでどうとも言えないが、どうして背中だけ怪我が集中していたのだろう、と一匹首を傾げた。

 

「検査通院? ああ、だから、アンタは病院にいたのか」

「そういうこった。ところで、シャークはなんで病院に――」

 

 万丈目が繰り出すであろう質問に、今度は凌牙がドキリとする番だった。仮に「そうだ」と嘘の答えを言うものなら、思いっきり心配されそうな気がした。凌牙はその質問を彼が言い切る前に圧し潰したくて、ゴーシュとのやり取りで一回だけ出てきた名前を咄嗟に口にしていた。

 

「なぁ、アモン――Ⅵ(ゼクス)って何者だ?」

 

 凌牙の唐突な問い掛けに、万丈目の肩がはっきりと揺れた。青年が下唇を強く噛んでいる。病院関係から話題をずらしたくて、思わず訊いてしまったが、してはいけない質問だったか。動揺する凌牙は何かを言おうとする前に、万丈目は下唇を解放した。

 

「アイツは俺の誇りそのもののカードを奪った」

 

 切歯扼腕(せっしやくわん)とは、怒り・悔しさ・無念さ等の気持ちから歯軋りをし、腕を強く握り締めることを指す熟語だ。まさしく、その熟語通りに感情を露(あらわ)にする万丈目に凌牙は口を噤(つぐ)んでしまう。

 

「アモンは俺の世界の住人だ。もう一年前以上になるのか、アイツはカードの精霊が絡んだ事件に巻き込まれて、俺の世界から姿を消した。だが、アイツは生きていた。この世界でナンバーズを探す一派の一員としてアイツはⅥ(ゼクス)と名乗って俺の前に現れ、デュエルを挑んできた。結果は惨敗だった。当然だ、俺はつまらない意地を張ってこの世界のデュエルを本気で知ろうとはしていなかったのだから」

 

 横隔膜から漏れ出るような響きの根底にあるのは、自身に対する情けなさであった。左の薬指の痛みの訴えすら無視して、万丈目は更に腕を強く握りこんだ。

 

「アモンは去り際に負けの代償として俺の復活の象徴たる誇りのカードを奪っていった。奴は異世界の渡航方法もナンバーズのことも知っているはずだ。それらを知るためにも、仲間(カード)を取り戻すためにも、何より俺が俺であるためにも次は絶対に負けるわけにはいかない!」

 

 万丈目の強い意志表明に凌牙は圧倒される。この青年が持つ情熱(パッション)と呼ぶには熱すぎる激情に少年は心まで痺れた。遊馬の持つ《かっとビング》とは、色も熱も形も異なる魂(スピリット)であった。

 

「遊馬はこのことを知っているのか?」

 

 連想されるように頭の中で浮かんだ人物に絡む疑問を凌牙が口にする。激情を冷ましながら、万丈目は「知らない」と答えた。今、青年の脳裏に木霊するのは、夢であり、現実でもある、嘘っぱちなワイドショーを笑う甲高い声だった。

 

「アイツには俺が異世界から来たことも、カードの精霊のこともアモンのことも何もかも言っていない。第一、異世界から来たなんて、そんなファンタジー信じる訳がない。シャークもポン太も、誰にも言わないでくれよ、嗤われるのはもうたくさんだ」

『アニキ……』

 

 ポン太が心配そうに呼ぶ。片手で顔を覆う万丈目に、凌牙がだいたい勘付いていたとはいえ、異世界から来たことを話すのはかなりの勇気が要ったことが少年には分かった。本当はアモンが名乗った数字のコードネームについて知りたいところだったが、今はそれどころじゃないと思った。この男が持つ誇り高さを尊重したいと心から願った。凌牙は頭の中で深呼吸するイメージを描くと、ペンキの禿げたベンチの背(せ)凭(もた)れに大きく体を預けた。

 

「そういえば、さっきのタッグデュエル、アンタ、振り回されっぱなしだったよな」

「なんだよ、藪から棒に。【No.86 H―C ロンゴミアント】みたいな、あんな強力なカードが出てきたら誰だって吃驚(びっくり)するだろうが」

「それだけじゃねぇよ。アンタ、【サイクロン】と【ナイト・ショット】の違いも知らなさそうだったからな」

 

 凌牙の的確な推察に「うぐ」と万丈目の喉が鳴る。それと同時に何が違うんだという質問が沸いた。悔しそうに顔を歪める万丈目は、十四歳である自分以上に幼く見えて凌牙は笑いそうになる。だが、このことで揶揄(からか)うのは後でいい。今は、もっと大切なこと言わなければならないのだ。

 

「そんなんでアモンとやらに勝てるのか?」

「勝つさ。負けたままでいられるかよ」

 

 勢いよく間髪入れずに返される。凌牙がチラリと見やると、万丈目の瞳は黒色なのに、火を入れた炉のように輝いていた。

 

「でも、独学じゃあ間に合わないだろ。アンタがナンバーズを持っている以上、カイトもアモンもやってくるはずだ。敵さんもこっちが強くなるまで待ってくれる訳じゃあない。むしろ、こっちが弱いうちに討ちたいくらいのはずだ」

 

 少年からの正論が青年に突き刺さる。弱い、という言葉の棘が痛くて抜けないぐらいだ。体をブルブル震わせて項垂れる万丈目の横目に凌牙は音を立てて立ち上がると、澄んだ青空を背景に溜め込んでいた言葉を吐き出した。

 

「だから、俺がアンタを鍛えてやるよ。アンタが異世界から来たって知っているのは俺だけだからな。この世界のデュエルのいろはを教えてやるってんだ。断ったら――」

 

 承知しないぞ、と凌牙が言い切る前に自身の右手を第二者の両手で強く握られた。勢いよく立ち上がったのだろう、壊れかけのベンチが後ろへひっくり返り、凌牙には見えないが、その背凭れで寝そべっていたポン太が地面へ投げ出された。

 

「本当か! 本当に教えてくれるのか!?」

 

 第二者――万丈目の頬が赤く染まっている。今は夕焼け時ではないので、これが興奮によるものだというのは明らかであった。気圧されつつも凌牙が「ああ」と頷くと、万丈目が子どものように「やったー!」と大きくバンザイした。それから、くるっと一回転して無人の廃公園を駆けずり回る。

 

(あんなに喜ぶのなら、下手な芝居なんて打たずに、とっとと素直に言えば良かったぜ)

 

 はしゃぎ過ぎる青年の姿を見ながら、凌牙は胸の内で呟く。素直になるのは相変わらず難しいものなのだ。

 

『ちょっと、アニキ、待つポン!』

 

地面に投げ出されてしまったポン太は一言文句を言ってやろうと万丈目に近付く。だが、当の本人はそんなポン太の機嫌なんて気にもせずに喜色満面で告げた。

 

「聞いたか、タヌキ! シャークがデュエルを教えてくれるんだ! あのファイナリストのシャークがよ! お前だって、さっきのデュエルで分かっただろ、アイツの機転の良さ! もっと強くなれるぜ、俺たち!」

 

 俺たち、と仲間のように万丈目に言われ、ポン太も毛の下にある頬を赤くしてしまいそうになる。そのまま気分良く万丈目はポン太に抱きつこうとする。思わず迎合しかけたポン太だったが、互いに触れ合うことはできないので、ポン太をすり抜け、万丈目だけ地面に正面から倒れこむことになった。

 

『アニキは、やっぱりうっかり屋さんポン』

「いてて、タヌキに触れられねぇの忘れてた」

「なに一人ではしゃいでいるんだ……って、俺には視えないナンバーズの精霊がいるんだっけな」

 

 ほらよ、と凌牙が万丈目に手を差し出す。鼻に土埃をつけたままの青年が「サンキュ」と手を掴み、立ち上がる。

 

「これからよろしく頼むぜ、シャーク」

「任されたぜ、サンダー」

「あのな、俺の名は万丈目さんだ……って、あれっ? お前、いつの間にサンダー呼びを?」

 

 本当に今更な質問に凌牙が噴き出す。怒り出そうとする万丈目だったが、自身の腹の音が鳴り、先程とは別の意味で顔が赤くなった。そういえば、検査のために朝食抜きで、そのままデュエルに突入してしまったことを青年は慌てて思い出して弁明するが、ポン太を笑わせるだけである。ころころ表情が変わるデュエリストに、こりゃあ面白い奴に出会えたものだ! と今度は凌牙が機嫌よくなる番だった。

 

「とりあえず、タッグデュエルの戦勝会だ。飯でも食いに行こうぜ! サンダーに、俺には見えない精霊さんよ」

 

 凌牙が万丈目を引っ張っていく。それを年上の意地か、万丈目が引っ張りなおす。結局、かけっこの様に二人と一匹はバイクへ向かっていく。新たな絆の誕生を潮風と青空だけが見守っていたのだった。

 

 

 10

 

「Mr.ハートランドにはなんて言って誤魔化したんだ?」

 

 雲一つない夏空の下を一台の車が流れていく。こんな天気が良い日でこの車がオープンカーだったらさぞ気持ちが良いだろう。そんな楽しい妄想をしながら乱雑に切ったばかりの通信機器をダッシュボードへ放り込んでいると、運転席の女性から不意に話し掛けられた。

 

「オープンカーを経費で落としてくれって言った」

「馬鹿言え、『今日も不作だった』と言っていたではないか」

「なんだ、聞こえているんじゃねぇか。あのカーニバル眼鏡野郎、俺達にはナンバーズハントを期待していねぇからな、『そんなことより、今はWDCの委員会として働け』って言っていたぜ。ナンバーズを一枚も得られなかったのは事実だからな、詳しく聞かないアイツが悪い」

 

 ゴーシュの子供みたいな理屈にドロワは「相変わらずだな、貴様は」と言葉を漏らしただけだった。そして、赤信号で止まったことをいいことに、やや空白を貯めてから彼女は台詞を吐き出した。

 

「怒らないのか?」

「何を?」

 

 小指で耳の穴をかっぽじながら面倒臭そうにゴーシュが応える。

 

「あのタッグデュエルの第五ターン目、私がエクシーズ召喚せずにそのまま攻撃していれば勝利していた」

「おいおい、俺だって第七ターン目で【H―C エクスカリバー】の能力をメインフェイズ1で使用せずに【シャクトパス】の効果で攻撃力が下がった後のメインフェイズ2で使用すれば、攻撃力4000になって負けずに済んだんだぜ」

 

 お互い様だろ、とゴーシュがからからと笑う。それでも、と言いたげな相棒に大男は前を向いたまま話し掛けた。

 

「あのな、タッグデュエルなんだぜ。俺は最善の相棒を選び、俺たちは俺たちが望む最善の行動をそれぞれ選んだ。俺は相棒には最善を選んでほしい、と思っている。俺が選んだ最善の相棒が選んだ最善をどうしてパートナーたる俺が責めるんだ? 反省は自分の中で済ましちまいな、次は勝てばいいだけの話だ」

 

 おい、青になったぞ。なんでもないかのように、急にゴーシュがフロントガラスを指差した。ぼうっとしていたドロワは相棒の男に向けていた視線を慌てて正面に戻し、動揺を誤魔化すようにアクセルペダルを踏み込む。

 ドロワはゴーシュに対して本当はもっと言いたいことがあった。あのタッグデュエルの第五ターン目のターンエンド前、俯きそうになったドロワから、相手の話題をずらさせたのはゴーシュの思いやりだったのではないだろうか。その時はわからなくても、後からゴーシュが気を利かせてくれていたことに気付くことは昔から多々あった。

 

(ずるい男だ)

 

 ドロワから見ても、ゴーシュはいい男だと思う。だが、この透明な気遣いが他の誰かにも発揮されていると考えると、彼女はどうにもいたたまれなくなる。そんな気持ちを隠すように憮然とした顔付でハンドルを切っていると、相棒の男が思い出したように喋り出した。

 

「それにしても、《ユウマ》って奴が気になるな」

「《ユウマ》?」

「万丈目と神代が時々言っていた名前だ。恐らく二人の共通の友人なんだろうな。万丈目も神代も熱い魂(スピリット)を持っていた。類は友を呼ぶって言うからな、《ユウマ》って小僧も良いノリの持ち主に違いねぇ。そんな奴とデュエルしたいって思うのは至極当然なことだろ? それに万丈目は『《ユウマ》とは正々堂々と闘え』と言っていたからな、しっかりと熱いノリでデュエルしようじゃねぇか!」

「このデュエル馬鹿め。WDCの仕事はどうする気だ?」

「Mr.ハートランドに二人分ぐらい不眠不休で頑張ってもらえばいいんだよ」

 

 さらっとドロワを巻き込もうとする男に女が「本当の馬鹿だ」とクールかつ柔らかく笑う。昼食には遅いがラーメンでも食べよう、と提案するドロワに「味玉三つな」とゴーシュが要望する。それを「二つにしとけ」とドロワが叱るが、眉の角度は緩やかなままだ。助手席から見る彼女の横顔は年相応でいつ見ても奇麗だと思った。

 

 

 11

 

 キーボードを叩く音に紛(まぎ)れて、着信メロディが夜の部屋を満たしている。原稿催促の電話だったら無視してやろう。そう決めていた明里だったが、ちらりと見たDゲイザーのディスプレイが《ハートランドシティ病院》と点滅していたので、慌ててキーボードを打つ手を止め、その指を通話ボタンに伸ばす。繋がってすぐにプロデュエリストのⅣの取材で本日同行できなかった旨を詫び、担当医が語る彼の検査結果を神妙な顔付きで聞いた。居候の彼が徐々に健康体を戻しつつあることにほっとしていると、担当医にデュエルすることを止めなかったことを少し怒られ、明里は軽く陳謝する。

それから担当医は万丈目の面談を語りはじめ、恋愛ドラマに熱中する青年の様子を柔らかい声で伝えていた。なんとまぁ、微笑ましい内容ではないか。まるで公園の噴水で子どもたちが戯(たわむ)れるのを見ているかのような気分だ。ふふっと思わず声を漏らしてしまう明里に、担当医は日向(ひなた)のような口調を崩さずに次の台詞を告げたのだった。

 

『面談の最後に万丈目さんに、どうして大怪我を負ったのか分かりますか? と訊いてみました』

 

 その内容に明里は、安全圏にいたのにも関わらず噴水の冷たい水が掛かったような気持ちに陥った。恐る恐る、「万丈目くんは、なんて言ったの?」と尋ねる。担当医からの『彼は《天災》だと答えていました』という返事に、明里はその単語《天災》を頭がくらっとしてしまいそうな心地で復唱してしまう。

 

『彼は本当に、あの時自分に何があったのかを覚えていないようです。怪我の理由については想像もついていないのでしょう。本来ならば記憶が戻るように処置をすべきなのでしょうか――』

「それだけはやめて! 万丈目くんはやっと落ち着いたのよ!?」

 

 不穏な言葉を聞いた明里はDゲイザーのディスプレイに映る担当医に縋るように声を発した。

 

『ええ、分かっています。今の彼は入院時に比べてはるかに落ち着いています。《あの記憶》を思い出さないことで彼の平穏が守られるのならば、それが彼にとっての一番のベストでしょう。我々がそれを崩す道理はありません』

 

 担当医もまた明里と同じ気持ちだったらしい。なにかあれば連絡してください、とお馴染みの台詞で担当医との電話は終わった。ツー・ツーと続く終了音にしばらく耳を傾けていた明里だったが、突如転がったノック音に飛び上がりそうになる。

 

「明里さん、お仕事中にすみません。遊馬がクソジジイ……じゃなくて、六十郎のじいさんにお裾分けで柚子ジャムをもらったそうです。ハルさんが柚子茶を作ってくださるので、休憩がてら、一杯どうでしょうか?」

 

 扉越しに聞こえる声は居候の彼からであった。パソコンの時計を見やると部屋にこもってから二時間以上が経過していた。遊馬が先に入っちゃいましたが、お風呂も沸いていますよ、と続けて言われ、明里は小さく呼吸をすると「分かった、休憩するわ。ホットをお願いね」と扉の向こうの彼へ伝える。すると今度はドタバタと廊下を走る音が聞こえ、弟が「俺は炭酸柚子ジュース!」と居候の彼に甘える声が聞こえた。

 

「遊馬、歯を磨いたんじゃなかったのか?」

「もう一回磨くからいいんだよ、万丈目!」

「俺は万丈目さん、だ! ……こら、髪は乾かせって何度も言っただろ。アストラル、貴様からも言ってやれよ」

 

 万丈目がタオルで無理やり遊馬の頭をごしごし拭いたのだろう、楽しそうな笑い声が響いてくる。まるで兄弟みたいなじゃれあいに明里は笑みを零すと、一度パソコンの電源を落とすことにした。その間際、原稿を遂行する片手間に別のディスプレイで見ていたサスペンスドラマが目に入った。深夜の境内に呼び出された女性の背後を映すカメラアングルに鉄パイプが映り込む。好きな探偵ものだったが、それ以上は見ていられなくて画面を真っ暗にする。映像を映さなくなった画面に、気落ちした女性の顔が浮かんだ。明里さん、と一つ年下の男の子が呼ぶ声がする。居候してから短い期間だが、明里は彼のことをもう一人の弟の様に気に入っていた。その彼が元気でいられるのなら、《あの記憶》なんて戻らなければいい。入院時代の彼が真っ暗なディスプレイに思い描かれる前に明里は自室の扉を勢いよく開けて言った。

 

「万丈目くん、やっぱり私も炭酸柚子ジュースにするわ!」

 

 夜の暗さが充満した自室を飛び出す。明るいリビングへ向かうと、最早馴染みになった光景が視界に飛び込んでくる。明里の発言に「我儘は姉弟共通かのう」と祖母のハルが笑って、遊馬が「万丈目も我儘になれよ」と引っ付くものだから、万丈目も我慢せずに「さん、だ! くそっ、俺も炭酸にします!」と恥ずかしそうに挙手する。その様子がやたら愉快に見えて、明里は夜だというのに楽しそうに笑ったのだった。

 

 

 12

 

「オービタル7、ハルトの様子はどうだ?」

「ははっ、今、《彼女》が看ておりまして静かに寝ているところであります」

「そうか」

 

 そろそろ深夜と呼ばれる時間帯に差し掛かる頃、最先端のテクノロジーが埋め込まれた回廊を一人の金髪の青年とロボットが歩いていく。

 

「早くナンバーズを手に入れて、弟を助けなければ――」

 

 心臓が縮まる感覚が襲う。フォトンの力を使い過ぎたか、とカイトは膝を折りながら詮無きことを考える。カイト様!? と喚くオービタル7を片手で制していると、目の前の扉のエアロックが外れ、白いローブを着た《彼女》こと一人の少女が飛び込んできた。

 

「カイトさん!」

 

 心配そうにカイトへ近付く少女の年齢は十二歳頃であろうか。太腿まであるハイソックスと同じ水色の短いプリーツスカートの下には暗い色のショートパンツを履いている。大丈夫? と伸ばす少女の手を冷たく払い除け、カイトは壁を伝って立ち上がった。

 

「お前はただハルトの心配だけしていればいい」

「でも、私がいればナンバーズを早く見付けることが出来るんでしょ? 私、手伝うから――」

「聞こえなかったのか、お前はただハルトを看ていればいい。右も左も分からない異世界に独り放り出されたくないだろう?」

 

 唸るようなカイトの言葉に、少女は白いフードを被ったまま俯き、「ごめんなさい」と言い残して去っていった。

 

「カイト様! 彼女は貴方様を心配して――」

「黙っていろ、オービタル7。スクラップにされたいのか」

 

 壁に拳を叩き込むと、喧しいロボットも静かになった。

 

「そんなことより《皇の鍵》の解析は進んでいるのか? あれはナンバーズを生み出したアストラル界の物質で出来ていると見て間違いない。それが何であるか分かれば、もっと詳しくナンバーズのことが分かるはずだ」

「ですが、やはり本物が無くては進まず、手に入れる必要がありまして、その――」

「だったら、とっとと手に入れてこい。WDCまでにだ!」

「カ、カシコマリ!」

 

 ぴゅーっとまるで悪いことをした子供の様にオービタル7が廊下を駆け抜けていく。誰もいなくなったのを確認してから、カイトは廊下に座り込んだ。瞼を落とせば、年の離れた可愛い弟と、彼とそう歳が変わらない少女の顔が浮かぶ。

 

(あの雨の日、俺が助けなければ、彼女はもっとマシな環境にいられただろうか)

 

 カイトの助けた少女がカードの精霊が視える能力があることをMr.ハートランドが知ったとき、あの悪魔は実に嬉しそうであった。上手く使って下さいね、と少女を道具の様に差し出して笑う男を思い出す度(たび)にカイトは腸(はらわた)が煮えくり返るのを感じた。そして、それを思い返すと同時に、少女の利用を拒否するカイトに言った悪魔の言葉が蘇るのだ。

 

「弟を助けるために他者を傷付ける貴方に、他人である彼女を心配する資格があるのでしょうかねぇ」

 

 もう一度、現実の壁を殴り付ける。確かに彼女を連れて行けば更にナンバーズを発見しやすくなるだろう。フォトンモードの使用時間が減り、こんな風に苦しまずに済むだろう。

 

(だが、だからといって彼女を《利用》する理由にはならん!)

 

 これはカイトの沽券の問題だ。己の不甲斐なさを年端もいかない少女に押し付けるとは耐えられない屈辱なのだ。

 

(ハルトが助かるなら、俺は悪魔に魂すら売ってやる)

 

 瞼の裏に浮かぶは最早ハルトのみになった。渾身の力を込めて立ち上がると、カイトは自身の暗い影を引き摺るように一本道の無機質な廊下を歩いて行ったのだった。

 

 そんなカイトの様子を柱の陰から少女は見詰めていた。自身が病弱のせいで、少女の兄が目一杯頑張る姿を一番近くで見てきたのだ。カイトも同じだ、病弱の弟のために身も心も犠牲にしている。そんなカイトを放っておくなんて、彼女には出来る訳がなかった。

 

(Mr.ハートランドから使い方を教えてもらった。私もこの世界で闘えるわ)

 

 自室として与えられた部屋に戻り、少女は机の引き出しを開けた。中には、この世界でデュエルするためのDゲイザーとDパッドが横たわっていた。Dゲイザーは襟元の内側にクリップの様に留め、拳銃のホルスターのように左の太腿にベルトを装着してDパッドをセットする。デッキは白いローブの左右の内側ポケットにそれぞれ入っていた。子供用の赤いデッキケースは少女本来のものだが、彼女はそれには触れようともせず、大人用の青いデッキケースを取り出した。

 

「遊星、力を貸して。そして、悪い子になる私を許して」

 

 デッキケースを両手で握り締め、祈るように瞼を落とす。それはハートランドシティのネオンが彼女の真っ暗な部屋を静かに照らす深夜の出来事であった。

 

 

 

つづく




次回予告(遊馬の声で再生)

大変だ! 皇の鍵がカイトに奪われちまった! 皇の鍵にはアストラルがいるんだ! しかも、それを取り戻そうとしたシャークまで魂を奪われちまうし、万丈目、俺、どうすればいいんだよ!?

え? 取られたら取り返せばいい? そうだよな、かっとビングで取り返せばいいんだよな!
待ってろよ、アストラル! シャークの魂も必ず取り戻してやる!
だから、カイト、俺とデュエルだ!

 次回、YU-JO!
第一章最終話 奪われた皇の鍵! 万丈目 V.S 異世界から来た少女!!

「なんだ!? こんな召喚法、知らないぞ!?」
「カイトの邪魔は誰にもさせないわ!!」

デュエルスタンバイ☆

_________________


超=蝶
ノリノリ=ゴーシュの口癖
雷=サンダー=万丈目
サメ=シャーク=神代凌牙

タイトルで対戦相手が分かるようになっている。
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