【遊馬と万丈目で】 YU-JO!【時空を超えた絆】   作:千葉 仁史

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 今回の予告(ポン太の声で再生)

もう駄目ポン! 絶望的だポン!
異世界から来たデュエリストが見たこともない召喚法でどんどん強力なモンスターを呼び起こしてくるポン!
レベルが違ったり、トークンを素材にしたり、召喚の法則性がさっぱり分からないポン!
このままだと、あの子のエースモンスターでアニキのエースモンスターが破壊されて一貫の終わりだポン!
ライフ差も2000以上もあるのに、もうどうしたらいいポン!
……って、アニキ、なんで今その不敵な表情(かお)を浮かべられるポン!?
こんな絶望的な状況でいったい何を言おうとしているポン!?

 今回のYU-JO!
第一章最終話 奪われた皇の鍵! 万丈目 V.S 異世界から来た少女!!
デュエル決着編!

「貴様、ビビっているだろ?」←ライフ500以下、場にモンスターなし
「は!?」←ライフ3000、場に高火力モンスター3体あり

デュエルスタンバイ☆

※キャプションは嘘を吐かない。


第八節㊦ はじめての召喚法! 奪われた皇の鍵! 万丈目V.S異世界から来た少女 ★

 

 6

 

 病院内を走ってはいけません! そんな声が廊下に響いたが、今の万丈目の鼓膜を振動させるまでには至らなかった。階段を上り、指定された病室の自動ドアが完全に開くよりも先に万丈目は部屋の中へ飛び込んだ。

 

「シャーク!」

 

 窓際のベッドには凌牙が横たわっていた。生気のない白い顔と色味が落ちた髪、急激に痩せこけた頬の少年を見て、万丈目はどうしようもない悔しさで歯噛みしたくなった。

 

「遊馬、どうしてシャークが――」

「万丈目、どうしよう。シャークが、アストラルが……」

 

 思わず室内で突っ立っていた遊馬を問い詰めようとした万丈目だったが、今にも泣きそうな少年を見て、ぐっと堪えた。

 数十分前、電話越しで万丈目を呼んだ遊馬の声は震えていて、何を伝えたいのかさっぱり分からなかった。ただシャークとアストラルの危機であること、あの元気な遊馬が酷く動揺して落ち込んでいることを察して万丈目は一秒でも早く駆け付けねばと思った。来た結果がこれだ。シャークは謎の昏睡状態に陥り、皇の鍵を遊馬はぶら下げていない。遊馬の周りには心配そうな表情を浮かべたナンバーズクラブの面々がいるが、万丈目同様、状況を理解している訳では無さそうだ。

 

(この中で一番の年上が俺だ。俺が一番に落ち着かなくては)

 

 遊馬に気付かれないように息を吐くと、少年の両肩を優しく掴んで「何があったか教えてくれ」と出来るだけ静かに万丈目は問い掛けた。激情の蛇を絞め殺さんばかりに逸(はや)る心を抑えつつも、しゃがみ込んで遊馬と同じ高さで赤い瞳を覗き込もうとする。

 万丈目に両肩を掴まれた遊馬はゆっくりと顔を上げた。目線の先には、十三歳の少年を真正面から見つめる十九歳の青年の黒い瞳があった。その一ミリの揺れも許さない瞳を見て、腕が勝手に震える熱い激情とそれを無理やりにでも抑えようとする冷静な理性が彼の中でせめぎ合っているのが、遊馬の頭の中へ情報の様にすっと入ってきた。

 

(万丈目も俺と同じように心配して焦ってるんだ。くそっ! 落ち着け、俺! 俺がしっかりしなきゃ二人を――万丈目も助けられねぇ!)

 

 肩の力を抜く。普段は逸らされがちな青年の瞳を見ながら、遊馬はゆっくりと語り始めた。

 

「つまり、皇の鍵を守るためにシャークはカイトとデュエルしたが負けてしまい、皇の鍵もアイツの魂も取られてしまったんだな」

「そうなんだ、万丈目。俺が来た時には全てが終わっていて、カイトには逃げられちまったんだ」

 

 つっかえつつも語る遊馬の話を総合し、万丈目は最終確認を行う。きっと凌牙は遊馬との友情に応えるために闘ったのだろう。ナンバーズも持っていないのに、そんな男の魂を奪うなんて、カイトってのは血も涙もない悪魔に違いない、と万丈目は見たことのないデュエリストに対して心の底からそう思った。

 

「皇の鍵にはアストラルがいるんだ。しかも、それを取り戻そうとしたシャークまで魂を奪われちまうし、なぁ、万丈目、俺、どうすれば――」

「そんなもの、取られたら取り返すまでの話だ!」

 

 万丈目の力強い発言に遊馬の泣き言が吹っ飛んだ。

 今、青年の中に渦巻くのは凌牙の仇を取らねばならないという強い義憤であった。友情のために立ち上がった少年に――万丈目ができなかったことを行動に移せた凌牙に対して、何が何でも報いなければならないと思った。

 アストラルは遊馬をこんな運命に巻き込んだとはいえ、少年と心を通い合わせて喧嘩しつつも力を合わせて巨大な敵を撃退してきた。遊馬のことで万丈目と愚痴ったこともあった。短い間とはいえ確かな絆があった。その絆を断ち切る理由なんて、この世の何処にあるというのだろう。今の万丈目にとって遊馬もアストラルもシャークも大切な仲間なのだ。

 青年の台詞にしばしぽかんとしてしまった遊馬だったが、じきに瞳の輝きを取り戻していった。

 

「そうだよな! 取られたら、かっとビングで取り返せばいいんだよな! 万丈目、俺は絶対にアストラルもシャークの魂も必ず取り戻してみせるぜ!」

「さん、だ!」

 

 先程の発言よりも力強く訂正され、ナンバーズクラブの面々は思わず笑いそうになる。主たる遊馬は勢いついたが、まだ問題は幾つもあった。

 

「決まりですね、シャークの魂と皇の鍵の奪還に向かいましょう! ですが、とどのつまり、カイトは何処へ逃げたのでしょうか?」

 

 等々力の呟きに遊馬と万丈目の動きが固まってしまう。奪還しようにも、当の犯人たるカイトのアジトが分からない。どうしたもんかな、と唸る万丈目に徳之助が「いい案があるウラ」と囁いた。

 

 徳之助に誘われて向かった先は病院の屋上であった。此処から肉眼でアジトを探す気か、と呆れる万丈目に、徳之助はウェッホンとわざとらしく咳をした。

 

「遊馬くんに聞いたウラ。万丈目さんが持つ帝の鍵は遊馬くんが持つ皇の鍵から分離してできたものだと。つまり俺が思うに、きっと互いに引き寄せあう力があるウラ!」

 

 まるでそれが真実の様に叩きつけられる。徳之助の無茶苦茶すぎる推論かつ暴論に万丈目は慌てて反論した。

 

「おい待てよ、徳之助。確かにこの帝の鍵は皇の鍵から生まれたが、アストラルやナンバーズ関係が視えるようになるだけだ! そんなぶっ飛んだ能力を憶測で口にするなんて――」

「万丈目、頼むぜ! 皇の鍵の場所を示してくれ!」

「万丈目さん、私からもお願いします!」

 

 遊馬と小鳥からの懇願を皮切りに、私からも僕からも俺からもと続けられ、万丈目はおおいに狼狽した。当然だ、帝の鍵の能力なんて微々たるものだと青年は思っている。彼の横でふよふよ浮くカードの精霊に「貴様からも言ってやれよ」と視線だけで応援を促すと、ポン太は何か考え込むようにして新主人の顔を覗き込んでこう言った。

 

『オイラも、アニキが知らないだけで帝の鍵にはきっともっと未知なる力が宿っていると思うポン』

「ええい、貴様も無責任なことを言うんだな!」

 

 新主人がギロリと睨むが、ナンバーズの精霊はどこ吹く風とばかりに見つめなおしただけだった。

 万丈目は全く気付いていないが、アストラルの消滅を打ち消したり、彼に取り憑こうとした【No.96 ブラック・ミスト】を防いだり、デュエル中に閃光を零したり、ポン太が知っているだけでも帝の鍵はアストラルやナンバーズの精霊が視認できること以上の働きをしている。これは帝の鍵の力を再確認する、万丈目に知らしめる良い機会ではないかと思い、ポン太は更にこの意見をプッシュした。

 

『アニキ、やるだけやってみるポン』

 

 味方だと思っていたポン太にまで言われ、万丈目は「やりゃあいいんだろ、やりゃあ」と投げやりな気分で帝の鍵をロザリオの様に両手で握り締めて瞼を落とした。これで何も起こなければ遊馬たちも諦めるだろう。さて、この茶番劇の後、いったいどうやって皇の鍵の場所を探すそうか。そう考えていた万丈目が「やっぱり無理だった」と言おうとして瞼を開けて驚いた。其処には同じように祈る遊馬たちの姿があったからだ。皆必死で奇跡がおこるよう瞼を落とし、両手を合わせ握り締めている。その姿を見た万丈目はもう一度瞼を落とした。強く握り締めすぎて、左の薬指の包帯をかすめるが気にもならなかった。彼の瞼の裏にアストラルと凌牙の顔が浮かぶ。彼らを、遊馬の笑顔を取り返したいと強く願った。

 

(帝の鍵、俺に遊馬を助けるための力を、《アイツ》には出来なかった手助けできるための力をくれ。一度だけでいい、奇跡を起こしてくれ。俺は二人を――遊馬を助けたい!)

 

 暗い瞼の向こうが輝くのと子供たちが声を上げるのは同時であった。万丈目が瞼を開けると、帝の鍵を包み込んだ彼の手の平から零れんばかりの閃光を放たれていた。適当に言ったのに当たるなんて思いもよらなかったウラ、という声が聞こえてきたが、誰もが閃光を放つ帝の鍵に夢中でそれどころではない。カードの精霊と接したときのような熱も感じられ、夢心地のまま青年が指を解(ほど)くと、帝の鍵は火花のように閃いていた。眩しいだろうに、溢れ出る閃光から目が離せない。帝の鍵は万丈目の手の平から浮き上がり、コンパスの様にくるくる回ったかと思いきや、青い玉(ぎょく)から矢の如く光を飛ばした。今はもう夕闇を終え、夜の帳を完全に締め切った頃合いのなか、闇を切り裂くように光の矢は海岸線沿いへ向かっていった。

 

「もしかして、あの方向に皇の鍵があるんじゃないのか!」

 

 鉄夫の指摘に瞬時に行動したのはキャッシーだった。財閥専用に拵えられたDパッドを開き、その方角にある建物を特定に掛かる。だが、そうこうしているうちに光は弱まり、万丈目が「待ってくれ!」と叫ぶのを待たずに帝の鍵は彼の手の平に落ち、光を失っていった。思わず青年は帝の鍵を掴むが、熱も光の痕跡も見付からず、ポン太も帝の鍵の想像以上の能力にぽかんと目も口も開くばかりだった。

 

『アニキ、その帝の鍵って、いったい何者――』

「分かったわ! 光の差した場所は第四ふ頭、ハートランドが管理している倉庫よ!」

 

 ポン太が視えないキャッシーがぱちんと指を鳴らして正解を口にする。カイトのアジトが見付かったことに、先程の奇跡はとりあえず置いといて遊馬たちは盛り上がった。

 

「でも、ハートランドが管理している倉庫にどうやって入ったらいいのかしら。きっとかなり強いセキュリティシステムが動いているはずだから、簡単には――」

「任せてください、僕に伝手があります!」

 

 小鳥の心配事に挙手したのは等々力だった。皆一様に視線を向けるなか、委員長と呼ばれる少年はDゲイザーを使って誰かに電話をし始めた。こそこそとした等々力の話し声に、電話相手は酷く戸惑っているようだった。しばらくして電話を切った等々力が「OKです!」と笑った。

 

「僕たちの協力者がセキュリティを解除して下さるそうです。その間に僕たちは第四ふ頭の倉庫に向かいましょう!」

 

 これでアジトの場所や入る方法の全ての問題をクリアした。やったー! と我先に階段へ向かう子供たちの群れの中から万丈目は咄嗟に等々力の腕を掴んだ。

 

「等々力、貴様、どうやってセキュリティを解除したんだ?」

 

 万丈目の問いかけに等々力は周りに皆がいないことを確認してから、こそっと耳打ちした。

 

「ふふふ、とどのつまり右京先生にお願いしたんです。先生がバグマンのコンピュータウイルスをばらまいて街を大騒ぎさせたことを引き合いに出したら快く引き受けてくれましたよ」

 

 ナンバーズに操られた右京先生がバグマンのコンピュータウイルスを町中にばらまき、混乱に陥れたのは記憶に新しい話だ。結局、世間では犯人は分からずじまいになってしまったが、その騒動に巻き込まれた遊馬・小鳥・等々力・万丈目はしっかり真相を知っていた。それを使っての交渉事に万丈目は等々力を小突いてしまう。だが、青年の表情は悪役(ヒール)の笑みに染まっていた。

 

「貴様も悪(ワル)だな」

「だって、僕は万丈目さんの最初の弟子ですから」

 

 二人揃って同じように唇の端を上げると、病院のエントランスへ向かったのだった。

 

 だが、如何せん、万丈目には体力がなかった。あっという間に廊下の端へ消えていく少年少女の背に、ほんの少し前まで入院していた青年が追いつける訳がないのだ。情けないと思いつつも、息を整えながら早歩きで追う万丈目だったが、非常階段の踊り場で向かい合う遊馬と小鳥の姿が見えた。エレベーターが混んでいたのだろうか。話し掛けようとする青年に二人の声が聞こえてきた。

 

「遊馬、カイトとデュエルをするんでしょう? アストラルもシャークも助けなきゃいけないって分かっているけど、カイトとのデュエルに負けたら今度は遊馬が――」

 

 非常階段に照明は少なく、俯く小鳥の顔は暗闇の中へ消えている。だが、遊馬は小鳥の肩を優しく叩くと「大丈夫」と力強く言った。

 

「心配するな、俺はカイトなんかに絶対に負けない」

 

 万丈目からは遊馬の背中しか見ることが出来ない。この少年の表情を見られるのは彼の正面にいる小鳥だけだ。そして、彼の声は青年がびっくりするほど大人びていた。覚悟を決めた男の声をしていた。

 ほら早く行こうぜ、と遊馬が二段飛ばしで階段を下っていく。まるで切り取られたドラマのワンシーンのようであった。万丈目が幼い少年とばかり思っていた遊馬の知らない一面に信じられない気持ちでいると「万丈目さん」と小鳥に話し掛けられる。

 

「小鳥ちゃん。悪い、見る気はなかったんだ」

「万丈目さん。私は心配することしかできないんです」

 

 青年が踊り場まで下りると、緑髪の少女は伏し目がちに心情を吐露し始めた。

 

「鉄夫くんは病院までシャークを運んでくれた。徳之助君はアジトの場所を見付ける方法を提案した。キャッシーはアジトの場所を特定して、委員長はそのセキュリティを破る手段を用意してくれた。でも、私には何もないんです。何もできないんです。心配してるって、遊馬に伝えることしか――」

「君はそれでいいんだよ、小鳥ちゃん」

 

 今まで聞いたことのない万丈目の優しい声質に小鳥は顔を上げるが、其処に青年はいなかった。少女の涙を見ないよう、先に階段をゆっくりと下りる男は静かに告げた。

 

「それを声にして伝えるだけで、そいつは誰かに想われているって、『お前はひとりじゃない』って伝えることができる。それでいいじゃないか。……俺には出来なかったからな」

 

 え? と小鳥が振り向いたところで、カンカンと足早に非常階段を下りていく音が聞こえてきただけだった。万丈目が遊馬に対してあんなにも心砕く理由を形成する一粒が零れたような気がして、小鳥は立ち尽くしそうになったが、何故だか「私だって」と思い、階段を彼より強い音を鳴らしながら下りて行った。

 

 厚い雲に覆われた宵に支配された時刻、病院前の道路にて、遊馬を後ろに乗せてバイクに跨った万丈目はナンバーズクラブの面々を見渡しながら、これから行うことを口にした。

 

「俺はバイクで遊馬を第四ふ頭の倉庫まで送る、貴様たちは此処で――」

「万丈目さん、ここで帰れとか言わないでくれよ」

「とどのつまり、僕たちナンバーズクラブは遊馬くんをサポートするのが目的ですからね!」

「私たちは私たちで倉庫へ向かうわ」

「ではお言葉に甘えて、俺は此処で退散するウラ」

「なに寝惚けたことを言ってるのよ、徳之助」

 

 キャッシーが徳之助の制服の襟を引っ張り、眼鏡の少年が「ぐえっ」と呻く。バラバラのような、まとまっているような少年少女たちの反応に万丈目は微かに笑みを漏らした。

 

「それじゃあ行ってくるぜ!」

 

 遊馬が右手を伸ばし、サムズアップする。その言葉に鉄夫たちがエールを送るなか、遊馬は小鳥にだけ「約束は守るさ」と囁いた。万丈目の後ろに遊馬が座っているのだから会話は筒抜けだ。羨ましいねぇ、と青年は遊馬にも小鳥にもそんな感想を抱いた。エンジンを吹かし、正常通りに動くことを改めて確認する。今朝、天使に言われなければ、このバイクで遊馬を送り届けることもできなかったろう。

 

(ホント感謝するぜ)

 

 遊馬が背中にしっかりしがみ付いたことを確認してから、病院からバイクを発進させる。応援を背に万丈目と遊馬は第四ふ頭のハートランドが管理している倉庫へ――カイトのアジトに向かって走り出したのだった。

 

 

 7

 

 事前に地図は頭の中へ叩き込んでいるから、迷うことなく着けるだろう。最短ルートを通りながら、この街の夜はこんなにも静かだったろうかと万丈目は思う。ネオンは遠くに見え、人影も疎(まば)らになって次第に消えていく。

 

(そういえば、どうしてカイトのアジトが『ハートランドが管理している倉庫』なのだろう)

 

 そんなことを考えていると、不意にゴーシュとドロワに詰問していたときの凌牙の台詞が蘇ってきた。

 

『仕事で雇われたってことはバックに巨大な組織か、或いは途方もない資金を持つ出資者(スポンサー)がいるってことか』

(まさか、巨大な組織――ハートランドシティそのものが敵だったりして)

 

 笑えない冗談に唇の端が引き攣りそうになる。これこそ、ぶっとんだ憶測の妄言ではないだろうか。嫌な予想図に万丈目がげんなりしていると、後方の遊馬が「あ」と叫んだ。

 

「どうした、遊馬?」

「俺のデッキケースが光ってる。きっとアストラルがカイトとデュエルしてるんだ!」

「なんだって!?」

 

 運転中のため、万丈目は後ろを振り向くことはできないままに叫び返す。カイトは遊馬との一回目のデュエルのときに周りの時間を止めていたという。普通では可視できないアストラルとデュエルできるのも、その力の延長線だろうか。

 

「万丈目!」

「おう! 急いで向かうぞ……って、俺は万丈目さんだ!」

 

 更に速度を上げる。頭の中の地図を手繰り寄せ、目の前の現実の道路と照らし合わせ、ショートカットコースを探した。あった、乗用車では通れないが、バイクならゆうに通れる道が。大きく曲がると、万丈目はその道へバイクを侵入させた。此処を通り切れば、第四ふ頭の倉庫も見えてくるはずだ。だが、その小道の終わりで最初に見えてきたのは、夜の海でも倉庫でもなく、其処に突っ立っている一人の人影であった。

 

「マジかよ!」

 

 そう叫んだのは万丈目だったか遊馬だったか分からない。バイクの操縦者はブレーキを握り締め、全力でその人影を躱した。道路とタイヤとブレーキが絡み合い、尾を引くような凄まじい音を立てる。無茶苦茶な動きで止まったバイクに万丈目と遊馬は死地から生還したかのように大きく息を吐いた。

 

「貴っ様! 何を考えてやがる!」

 

 血管が切れる勢いで怒り出したのは万丈目だった。青年はヘルメットを乱暴に外してバイクから降りると、ずかずかと人影に近付いていく。遊馬も万丈目がいないとバイクを動かすことが出来ないので、頭にきている万丈目を落ち着かせるためにも、ヘルメットを丁寧に外してから、その後ろをついていった。通行時間外のため、この道路には遊馬と万丈目とその人影しかしかいなかった。青年の動きを見たのか、人影もゆるりと動き出す。青い街灯に照らし出された人影は思った以上に小さくて、遊馬は自身と同じくらいの身長ではないかと思った。その人影は白いローブを着こなしたうえ、フードまで被っていたものだから、何者なのかさっぱり判別つかない。

 

「いつまで黙ってんだ! なにか言いやがれ!」

 

 完全に怒り心頭の万丈目が大股で人影との距離を詰める。フードのせいで顔も髪色も髪型も分からないが、次第に人影の詳しい姿が分かってきた。その人影は白いローブの下に、水色の短いプリーツスカートを履いていた。暗い色のショートパンツと水色ニーハイソックスの間に見える素肌が街灯で白く輝いている。ひらひらした服装に、遊馬は人影が女の子であることを理解した。だが、どうしてこんな時間帯のこんな場所に少女がいるのだろう。すると、音も立てずに少女が片腕を上げる。その動作に既視感を覚えた遊馬は、咄嗟に自身より先を歩く万丈目を庇おうと地面を強く蹴り上げた。

 

『アニキ!』

 

 ポン太の叫びよりも早く、少女からデュエルアンカーが放たれる。赤い紐は一人のデュエリストを拘束して四散する。視覚的には見えなくなったが、囚われたデュエリストは此処から逃げることが出来なくなってしまった。

 

「なんで」

 

 遊馬が小さく呟く。其処には、庇おうと前に立ちはだかった少年を突き飛ばし、甘んじてデュエルアンカーを受けた万丈目の姿があった。

 

「万丈目、なんで俺を――」

「バーカ。貴様が俺を庇おうなんざ七年早いんだよ」

 

 唖然とする遊馬に万丈目はいつもの調子で言葉をぶつける。相手を心配していると伝えるのはいい、だが心配されるのだけは真っ平御免だった。

 

(デュエルアンカーか、まずったな。苛立ちのあまり、のこのこと敵に近付いてしまったが、まさかこんなことになろうとは)

 

 だが、遊馬を巻き込まずに済んだだけで御の字だろう。万丈目はそう結論付けると、遊馬に「先に行け」と促した。

 

「でも、万丈目が―」

「Shut up! 貴様には貴様のなすべきことがあるだろうが! 貴様以外にいったい誰がアストラルを、シャークを助けるのだ!」

 

 怒鳴るように出てしまった台詞に遊馬がびくついたのが分かった。その様子に「遊馬、違うんだ」と万丈目は心の内で弁明する。

 

(ビビらせたい訳でも心配させたい訳でもない。むしろ逆だ、安心させたいのだ)

 

 でも、やはりなかなか素直になるのは難しい。遊馬に背を向けたまま、万丈目は口を開いた。

 

「俺は貴様より強いデュエリストなのだぞ、何を心配することがある?」

 

 それに、と万丈目は付け加える。

 

「アストラルがカイトとデュエリストしているんだろ? 一度敗北した相手だ、不安や恐怖を感じながら奴はデュエルをしているに違いない。早く行って相棒のそれらを解消させてやれ、それは相棒たる貴様にしかできないことだ」

 

 そして、と言葉を続けた。

 

「貴様が不安と恐怖を感じて、かっとビングもできなくなったら、俺たちを思い出せ。貴様のために駆け付けるナンバーズクラブの面々を、この俺様のことを。決して貴様は一人ではない。……ブレイビングだ、遊馬」

 

 万丈目が右手を伸ばし、サムズアップする。その動作は病院を出発する前に鉄夫たちにした遊馬のサインだった。背を向けているため、遊馬の表情は分からない。だが、彼は「ああ!」と力強く頷いた。

 

「俺は絶対にアストラルもシャークも助ける! だから、万丈目も絶対に負けるなよ!」

 

 元気な声を最後に少年が遠ざかる音が聞こえた。結局、意地っ張りが直せなくて一度も後ろを振り向けなかった青年は「アホ遊馬。俺は万丈目さん、だ」と小さく返す。負けるなよ、という励ましを受け止め、青年は正面の敵と改まって向かい合った。

 

「待たせたな」

「最後の別れの挨拶を邪魔するほど、無粋ではないわ」

 

 ここではじめて少女が発声した。夜の底をたゆたう声質に、万丈目の眉間に皺が寄る。

 

「残念。カイト……の邪魔立てする九十九遊馬を足止めしようしたけど、まさか見知らぬ人をデュエルアンカーで引っ掛けるなんて」

「カイトを知っているということは、貴様もナンバーズハンターの一派か?」

「そうよ」

 

 万丈目の問い掛けに少女が堂々と肯定する。凌牙の魂を奪った卑劣漢たるカイトの仲間宣言に、青年の眉間の皴が更に濃くなった。

 

「貴様の言葉、二つ訂正することがある」

 

 まず一つ、と人差し指を立てて万丈目は言った。

 

「先程の遊馬との別れを貴様は『最後』といったが、それは違うぞ。互いに俺らは勝利して、また会うんだからな」

 

 二つ目、と人差し指と中指を立てて告げる。

 

「俺を見知らぬ人と呼んだが、俺の名は覚えておいた方がいい。俺様の名は万丈目準、これから貴様に勝つデュエリストの名だ!」

「なら、私からも訂正するわ。貴方はこれから私に負けるデュエリストになるのよ!」

 

 ハラハラするポン太を余所に彼・彼女は強く睨み合う。二人の間を夜風が音を立てて通り過ぎてゆく。西部劇の様にそれを合図として、デュエリストはDパッドに手を伸ばした。

 

「デュエルディスク、セット!」

 

 万丈目は腰のベルトに、少女は太腿のホルスターに着けていたDパッドを互いに天高く放り投げ、左腕に装着し、万丈目はこの世界で構築した自身のデッキを、少女は少女のものでない《あの人》のデッキをセットする。

 

「Dゲイザー、セット!」

 

 同じように万丈目はDゲイザーを星一つ浮かばない夜空に投げ、ワンテンポ遅れて少女も同じ仕草で左目に装備した。ゴーシュ&ドロワと異なり、マーカーではなく、遊馬や万丈目と同じようにDパッドとDゲイザーでデュエルへの準備を整える名も知らぬ少女をじろじろと見てしまう青年だったが、機械音声の『ARヴィジョン・リンク完了』に遮られ、降り注ぐ電子数字を見て「今はデュエルに集中すべきだ」と頭を切り替える。

 

「遊馬の邪魔なんてさせるかよ!」

「カイトの邪魔は誰にもさせない!」

 

 二人の他には誰もいない夜の道路。お互いに譲れぬ想いと大切な人を思い浮かべながら、青年と少女は魂を込めて宣言した――「デュエル!」と。

 

 

 8:名も知らぬ少女とのデュエル 前編

 

☆1ターン目

―――万丈目。4000ライフ。

――手札:5枚

 

「初ターンは貰うぜ! 俺は【シャインエンジェル】(星4/光属性/天使族/攻1400/守800)を攻撃表示で通常召喚! カードを一枚、魔法(マジック)・罠(トラップ)ゾーンに伏せてターンエンドだ!」

 

 万丈目のフィールドに金髪の天使が降臨する。初手ドローというミスも起こさず、手札二枚を消費して万丈目の第一ターンは終了したのだった。

 

 

☆2ターン目

―――少女。4000ライフ。

――手札:5+1枚

 

「第二ターン目、ドロー! 私は【スピード・ウォリアー】(星2/風属性/戦士族/攻900/守400)を通常召喚!」

 

 メタリックな装甲をした機械型の戦士が少女のフィールドに通常召喚される。この世界に来てから、知っているカードよりも見知らぬカードを目にすることが圧倒的に多い万丈目からすると、見知らぬカードが現れたところで、警戒こそすれ、別段驚愕する必要もなかった。しかし、彼の横ではポン太が『あのカード、嗅ぎなれないにおいがするポン』と首を傾げて不思議そうな表情を浮かべていた。

 

「バトルフェイズよ! 【スピード・ウォリアー】で貴方の【シャインエンジェル】を攻撃!」

「攻撃力900のモンスターで攻撃力1400の【シャインエンジェル】を攻撃だなんて、初(しょ)っ端(ぱな)から自爆特攻かい、お嬢ちゃん?」

「馬鹿言わせないで」

 

 万丈目の揶揄を一蹴して少女は口を開いた。

 

「バトルステップ時に【スピード・ウォリアー】の効果発動。このカードの召喚に成功したターンのバトルステップに発動可能、このカードの攻撃力はバトルフェイズ終了時まで元々の攻撃力の倍になる! 【スピード・ウォリアー】の元々の攻撃力は900だから二倍の1800になるのよ! いきなさい、【スピード・ウォリアー】! 《ソニック・エッジ》!」

 

 いきなり相手モンスターの攻撃力が上がったことにより、攻撃力1400の【シャインエンジェル】は難なく破壊され、万丈目は差し引き400のライフダメージを受ける。だが、青年の表情に曇りはなく、むしろ笑みすら浮かんでいた。

 

「これぐらい必要経費よ! 【シャインエンジェル】の効果発動! このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の光属性モンスター一体を表側攻撃表示で特殊召喚できる! 出てこい、俺様のエースモンスター【おジャマ・イエロー】(星2/光属性/獣族/攻0/守1000)!」

 

 万丈目のモンスターゾーンに最早お馴染みとなった気持ち悪いモンスターがデッキから特殊召喚される。可愛いとはお世辞でもいえない造形に、流石の少女も顔を顰(しか)めた。

 

「メインフェイズ2へ移行。バトルフェイズが終了したことで【スピード・ウォリアー】の攻撃力アップの効果は切れ、900に戻るわ。私はカードを二枚伏せてターンエンドよ」

 

 フィールドに一体のモンスターと二枚の伏せカードを残し、少女の手札が三枚となったところで第二ターン目は幕を閉じたのだった。

 

 

☆3ターン目

―――万丈目。3600ライフ。

――手札:3+1枚

―場:伏せカード1枚

―墓地:【シャインエンジェル】

 

「第三ターン目、ドロー! メインフェイズ1だ! 早速伏せカードをオープンするぜ! 通常罠【同姓同名同盟】発動!  自分フィールド上に表側表示で存在するレベル2以下の通常モンスター一体を選択して発動、自分のデッキから選択したカードと同名のカードを可能な限り自分フィールド上に特殊召喚する! 俺のフィールドには第二ターン目に【シャインエンジェル】の効果で特殊召喚された【おジャマ・イエロー】がいる! さぁ、ザコ共整列しろ!」

 

 デッキに同名カードは三枚まで投入可能だ。よって、デッキから残り二枚の【おジャマ・イエロー】が特殊召喚される。【同姓同名同盟】に描かれたカードイラストの通り、三体の【おジャマ・イエロー】が万丈目のフィールドに並んだ。

 

「レベル2のモンスターが一気に三体も……っ!」

「おっと、まだ通常召喚が終わってないぜ。俺は【おジャマ・グリーン】(星2/光属性/獣族/攻0/守1000)を通常召喚!」

 

 青年の手札が残り三枚になる。四体目のレベル2モンスターが並んだところで、少女の万丈目を見る目付きは忌々し気なものに変わっていた。だが、青年はそんなもの気にも留めず、ステージの上の俳優(アクター)のように声を張り上げて言った。

 

「俺は二体の【おジャマ・イエロー】でオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 懐かしい暴風が巻き上がる。その中で今度こそは瞼を落とさずに万丈目はそのモンスターの名を呼んだ。

 

「現れろ! 【ダイガスタ・フェニクス】(ランク2/風属性/炎族/攻1500/守1100)!」

 

 青年が此方の世界で初めて召喚したエクシーズモンスターが渦から舞い上がり、暗い夜空を泳ぐように飛び回る。

 

「残った【おジャマ・イエロー】と【おジャマ・グリーン】でオーバーレイ! 【ガチガチガンテツ】(ランク2/地属性/岩石族/攻500/守1800)を表側守備表示でエクシーズ召喚だ」

 

 軽やかに飛翔する緑色の炎の翼を持つ怪鳥【ダイガスタ・フェニクス】の隣に、重量感のある厳めしい面構えをした岩男がエクシーズ召喚される。

 

「【ガチガチガンテツ】の効果! このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分フィールド上のモンスターの攻撃力・守備力はこのカードのエクシーズ素材の数×200ポイントアップする! つまり、【ガチガチガンテツ】の守備力は2200となり、【ダイガスタ・フェニクス】の攻撃力は1900になる!」

 

 攻撃力400ポイントアップに【ダイガスタ・フェニクス】の体がほんの少しだけ大きくなる。

 

「更に【ダイガスタ・フェニクス】の効果発動! 一ターンに一度、このカードのエクシーズ素材を一つ取り除き、自分フィールド上の風属性モンスター一体を選択して発動可能! このターン、選択したモンスターは一度のバトルフェイズ中に二回攻撃が可能になる! 選択するのは勿論【ダイガスタ・フェニクス】本人だ! さぁ、自分で自分をどうにかしな! 《エアリアル・フレアチャージ》!」

 

 二つあるうちの一つのオーバーレイ・ユニットを怪鳥が飲み込むと、その炎の翼は更に大きくなり、一度のバトルフェイズ中に二回攻撃が可能になった。

 

「バトルだ! 攻撃力1900の【ダイガスタ・フェニクス】で、貴様の攻撃力900の【スピード・ウォリアー】を攻撃!」

「……の【スピード・ウォリアー】が!」

 

 少女が誰かの名前を呟いたが、破壊音により誰の耳にも届かなかった。空からの急降下アタックにより為(な)す術(すべ)なく少女のモンスターは破壊され、ライフは3000まで減った。

 

「モンスター効果により【ダイガスタ・フェニクス】は二回攻撃可能になっている! 次はプレイヤーにダイレクトアタックだ!」

「させない! 通常罠【トゥルース・リインフォース】を発動! このカード効果により、私はデッキからレベル2以下の戦士族モンスター一体を特殊召喚するわ。守って! 【マッシブ・ウォリアー】(星2/地属性/戦士族/攻600/守1200)!」

 

 少女が第二ターン目で伏せたカードのうちの一枚がひっくり返り、四つ腕四つ足の岩石の巨人が守備表示でデッキから特殊召喚される。モンスターが現れたことで戦闘が巻き返されるが、万丈目は気にせずに「【ダイガスタ・フェニクス】、Uターンして【マッシブ・ウォリアー】に攻撃だ!」と改めて宣言する。

 

「無駄よ! 【マッシブ・ウォリアー】の効果発動! このカードの戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、このカードは一ターンに一度だけ戦闘では破壊されない!」

 

 少女の言う通り、【ダイガスタ・フェニクス】の攻撃を【マッシブ・ウォリアー】は耐えきり、かつ彼女のライフをこれ以上減らすこともなかった。

 

『あんなにもシャークと練習して、こんなにもカード効果を使ったのに1000しかライフを削れなかったポン』

「全くだ、ライフを1000しか削れないなんて! 【ガチガチガンテツ】は守備表示だから攻撃できないし……仕方ない、メインフェイズ2へ移行。カードを二枚伏せてターンエンドだ」

 

 万丈目の手札は残り一枚となった。

 攻撃力1900の【ダイガスタ・フェニクス】、守備力2200の【ガチガチガンテツ】、二枚の伏せカードという迎撃の構えを残して、青年の第三ターン目は終わったのだった。

 

 

☆4ターン目

―――少女。3000ライフ。

――手札:3+1枚

―場:【マッシブ・ウォリアー】伏せカード1枚

―墓地:【スピード・ウォリアー】【トゥルース・リインフォース】

 

「第4ターン目、ドロー!」

 

 引いたカードを見て、彼女の表情が少し変わった。キーカードを引けたのだろうか。怪訝がる万丈目を横目に、彼女は引いたカードを頭上へ翳した。

 

「通常魔法【調律】発動! デッキから《シンクロン》チューナー一体を手札に加えてデッキをシャッフルした後、自分のデッキの一番上のカードを墓地へ送る! 私は【クイック・シンクロン】(星5チューナー/風属性/機械族/攻700/守1400)をデッキから手札に加え、オートシャッフル後、デッキの一番上のカード【ガード・ブロック】を墓地へ送るわ」

(《シンクロン・チューナー》? それが彼女のデッキコンセプトなのか?)

 

 聞きなれぬ単語を一纏(ひとまと)めにしてしまいながら、万丈目は頭の片隅でそんなことを思った。このデュエルも既に第四ターン目、そろそろ彼女もエクシーズ召喚を使うだろう。その妨害方法たる伏せカードを見下ろし、青年は対戦相手の動向を厳しく観察した。

 

「【調律】で手札に加えた【クイック・シンクロン】は手札のモンスター一体を墓地へ送ることで手札から特殊召喚できるわ。私は【シールド・ウィング】(星2/風属性/鳥獣族/攻0/守900)を墓地に送り、【クイック・シンクロン】を特殊召喚!」

 

 ボロ切れのような赤いマントをたなびかせ、少女のフィールドに西部劇のガンマン風のメカが参上する。【クイック・シンクロン】のレベルは5で、【マッシブ・ウォリアー】のレベルは2だ。

 

(これからレベルを揃えるのか、それとも同じレベルのモンスターを通常召喚するのか)

 

 万丈目はチラリと自身が伏せたカードを見る。彼女はまだ一ターンに一度使える通常召喚権を行使していないのだ。

 

「私は【ジャンク・シンクロン】(星3チューナー/闇属性/戦士族/攻1300/守500)を通常召喚!」

 

 白いマフラーを首に巻き、オレンジ色のボディをした頭身の低い機械型の戦士【ジャンク・シンクロン】が満を持して現れる。

 

「【ジャンク・シンクロン】召喚に成功した時、自分の墓地のレベル2以下のモンスター一体を対象として発動、そのモンスターを守備表示で特殊召喚する! 私は【クイック・シンクロン】の効果で墓地に送った【シールド・ウィング】を――」

 

 【シールド・ウィング】は【マッシブ・ウォリアー】同様にレベル2だ。エクシーズ召喚の兆(きざ)しを読んだ万丈目は「罠(トラップ)発動!」と【ジャンク・シンクロン】の効果にチェーン宣言し、二枚ある伏せカードのうちの一枚をオープンさせた。

 

「通常罠【おジャマデュオ】! 相手フィールドに二体の《おジャマトークン》(星2/光属性/獣族/攻0/守1000)を守備表示で特殊召喚する!」

 

 【マッシブ・ウォリアー】【クイック・シンクロン】【ジャンク・シンクロン】が並ぶ少女のフィールドに【おジャマ・ブルー】と【おジャマ・レッド】によく似たトークン二体がスポットライトと共に無理矢理に参戦する。

 

「フィールドに並べられるモンスターは五体まで! トークンにより貴様のモンスターフィールドが全て埋まったことで墓地からモンスターを特殊召喚する【ジャンク・シンクロン】の効果は不発に終わった! 【おジャマデュオ】で特殊召喚されたトークン二体はアドバンス召喚のためにはリリースできない。加えて、トークンはエクシーズ召喚の素材にもならない。更に《おジャマトークン》が破壊された時にそのコントローラーは一体につき300ダメージを受けるオマケつきだ。この状況でいったいぜんたいどうする気だい、お嬢ちゃん?」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、万丈目は少女を指差す。

 同じレベルのモンスターを並べる前に相手フィールドを気持ち悪いトークンで埋めるという見事な戦法だ。しかも、このトークンはアドバンス召喚にもエクシーズ召喚にも使用できないため、万丈目のモンスターにやられるまで放っておくことしかできない。しかも破壊されたときに一体につき300ダメージ負う約束までされている。これはかなりの痛手になるだろう。

 しかし、白いローブを被った少女はクスクスとした笑い声を漏らすだけであった。

 

「なにがおかしい?」

 

 対戦相手の仕草に万丈目の気分は急転落下する。彼女はフフッと笑うと「そうよね」と呟いた。

 

「この世界のデュエリストならば、そう考えるわよね」

「《この世界のデュエリスト》……!?」

 

 その瞬間、万丈目は思い出す――ゴーシュとドロワが話してくれた、カイトの秘密兵器ともいえる、ナンバーズ視認能力を持つ《異世界から来た少女》の話を。

 

「まさか、貴様が――!」

「この召喚法、ナンバーズのタヌキの精霊と共に、とくと御覧(ごろう)じるといいわ!」

『あ、アイツ、オイラが視えてるポン!?』

 

 はっきりとした口調で少女は万丈目の肩に乗るポン太まで言い当ててきた。

 

(タヌキが視えている、だと!? このお嬢ちゃんは本当にこの世界ではない何処かから――俺の世界から来たっていうのか! なら、エクシーズ召喚ではなく、彼女が使うのは融合か儀式か!?)

 

 震える両足を叱咤し、万丈目は目の前を見据える。夜の空気が次第に変わり、満月が雲の隙間から覗き込む。少女は右手を掲げると、仰々(ぎょうぎょう)しく執りかかった。

 

「私はレベル2トークン一体にレベル3の【ジャンク・シンクロン】をチューニング!」

 

 少女の掛け声を受け【ジャンク・シンクロン】がリコイルスターターを引っ張ると、かのモンスターは三つの煌めく光と化した。その光はトークンを円筒のように囲うと今度は緑色の円陣(サークル)となり、トークンもまたその中で二つの輝く星の光となった。

 

「集いし星が新たな力を呼び起こす。光さす道となれ! シンクロ召喚!」

 

 円筒から現れた総てを貫く光の道の導(しるべ)を受け、満月(フルムーン)が照らすなか、一体のモンスターが大きく飛び上がった。

 

「私の元に来て、【ジャンク・ウォリアー】(星5/闇属性/戦士族/攻2300/守1300)!」

 

 夜風に白いマフラーが揺れ、サーチアイが起動音と共に赤く光る。青い装甲をした、高い等身を持つ機械型の戦士が満月をバックに、今、少女のフィールドに特殊召喚された。

 

『アニキ! あの召喚方法、なにポン!? オイラ、知らないポン!』

「知らない! 俺もあんな召喚法なんて見たことない……!」

 

 何が起きているのか、ポン太にも万丈目にも分からなかった。レベルの違うモンスター二体――しかも、そのうちの一体はアドバンスにもエクシーズにも使えないトークンだ――を使い、融合でも儀式でもない召喚法で少女が全く別のモンスターをエクストラデッキから呼び起こした事実に、青年は眩暈(めまい)を覚えそうだった。

 

「《この世界のデュエリスト》たる貴方には分からないでしょうね、私が何をしたかなんて。だって、これは私の世界にしかない召喚法だから」

 

 今更になってポン太は、少女が使用したモンスターに対して《嗅ぎなれないにおい》という感想をどうして抱いたのか理解した――彼女のカードは此処ではない、また別の世界から持ち込まれたものであるということに。そして、異世界人である主人ですら大きく動揺した事実に、もう一つの、考えもよらなかった事実が見えてくる。

 

「貴様、いったい何者だ!」

 

 万丈目が吠えるように叫ぶ。その言葉を受け、少女はようやく白いフードを取り払った。満月と街灯によって、彼女の素顔が晒される。青と緑のあいのこのような髪色、二本の触角の様に前方で結ばれた髪型、十二歳頃の幼い顔立ちをしつつも対戦者を強く見つめるデュエリストとしての瞳。青年が一度として見たことのない雰囲気を放つ少女に、万丈目は目が離せない。そして、見たことのない召喚法で呼び起こした【ジャンク・ウォリアー】を従えた少女は一歩踏み出し、白いローブを片手で払ってから宣言した。

 

「私は龍可(ルカ)! 異世界から来たデュエリストよ!」

 

青年とはまた別の異なる世界から来たという少女――龍可の告白に万丈目の黒い眼(まなこ)が揺れる。夜風を受け、青年の頬から汗が流れ落ちた。だが、その雫は闇に染まったアスファルトへ静かに吸い込まれ、ただただ万丈目の心臓の鼓動だけを煩く響かせたのだった。

 

 

9:異世界から来た少女・龍可とのデュエル 後編

 

☆4ターン目のつづき

―――龍可。3000ライフ。

――手札:1枚

―場:【マッシブ・ウォリアー】【クイック・シンクロン】【ジャンク・ウォリアー】トークン1体、伏せカード1枚

―墓地:【スピード・ウォリアー】【トゥルース・リインフォース】【調律】【ガード・ブロック】【シールド・ウィング】【ジャンク・シンクロン】

 

『アニキ。あの子もアニキの世界から来たポン?』

「違う。俺はあんな召喚法なんて知らない。アイツは――あの龍可というデュエリストはまた別の異なる世界からやってきたのだ」

 

 恐る恐るかつ、こそこそと万丈目の耳元で話し掛けるポン太に、青年は冷や汗を垂らしながら小声で回答する。

 

(俺は大きな勘違いをしていた。ゴーシュたちから《異世界から来た少女》の話を聞いたとき、てっきり俺の世界から来たものだと思っていた。だがまさか、俺の世界でもない、また別の異なる世界から来ていたなんて!)

 

 考えもよらなかった事実に万丈目は、今がデュエル中だということも忘れるぐらい混乱していた。だが、裏を返せば彼女は異世界渡航の方法を知っているかもしれないのだ。急に見えてきた帰る方法に、万丈目は環境も状況も絆も差し置いて少女に話し掛けてきた。

 

「貴様、どうやってこの世界へ来た? いつ、何のために、どんな手段を使って――」

「そんなこと、この世界の住人たる貴方には関係のない話だわ」

「待て、聞いてくれ! 俺も――」

「問答無用! 今はデュエル中よ! それに私のメインフェイズ1は終わってすらいない!」

 

 龍可は対戦相手の万丈目もまた別世界から来たことに微塵も気が付いていないようだった。神聖な決闘中に戯言など! と青年の訴えを一喝すると、少女はデュエルを続行した。

 

「シンクロ召喚した【ジャンク・ウォリアー】の効果発動! このカードがシンクロ召喚に成功した場合に発動、このカードの攻撃力は自分フィールドのレベル2以下のモンスターの攻撃力の合計分アップする!」

 

 少女の言葉に万丈目はハッとして彼女のフィールドを見た。其処には、レベル5の【クイック・シンクロン】、レベル2だが攻撃力0のトークン、そしてレベル2かつ攻撃力600の【マッシブ・ウォリアー】がいた。

 

「つまり【マッシブ・ウォリアー】の攻撃力がそのまま【ジャンク・ウォリアー】の攻撃力に加算されるってことよ! 力を貸して! 《パワー・オブ・フェローズ》!」

 

 【マッシブ・ウォリアー】から放たれたエネルギーを受け、【ジャンク・ウォリアー】の攻撃力が2300+600=2900となる。いきなり現れた2900のモンスターに、万丈目は体の芯から怖気が駆け出し始めたのを感じた。

 

「続けていくわよ! レベル2トークン一体にレベル5の【クイック・シンクロン】をチューニング!」

 

 龍可の掛け声を受け、【クイック・シンクロン】が五つの光と化す。その光は先程の様に緑色の円陣(サークル)となってトークンを円筒のように囲い、トークンもまたその中で二つの光となった。

 

「集いし叫びが木霊(こだま)の矢となり空を裂く! 光さす道となれ! シンクロ召喚! お願い、私に協力を! 来て、【ジャンク・アーチャー】(星7/地属性/戦士族/攻2300/守2000)!」

 

 またしても光の道(ロード)が現れ、似たような口上で参上したのは青い強弓を構えた橙色の機械戦士であった。

 

「【クイック・シンクロン】は《シンクロン》チューナーの代わりとしてシンクロ素材にできるのよ……って、この世界のデュエリストである貴方には理解できない話よね」

「またレベルの異なるトークンとモンスターで、エクストラデッキから別のモンスターを特殊召喚しただと……っ!」

 

 万丈目には、彼女が扱う召喚法のギミックがまるで分らなかった。エクシーズ召喚妨害のために呼んだトークンは全てその召喚法の餌食になり、これでは妨害ではなく援助をしたようなものだと項垂れたくなる。しかも、召喚したモンスターは全て高火力であった。だが、と万丈目は思う。

 

(【ダイガスタ・フェニクス】は破壊されるが、【ガチガチガンテツ】はフィールド上のこのカードが破壊される場合、代わりにこのカードのエクシーズ素材を一つ取り除く事ができる効果――破壊無効化の効果がある。【ガチガチガンテツ】のエクシーズ素材は二つ、どうにか耐えることが出来る! フィールドを空っぽにせずに済む!)

 

 戦術を頭の中で組み直す万丈目だったが、龍可の宣告がその予想を容赦なく砕いた。

 

「シンクロモンスターの【ジャンク・アーチャー】の効果発動! 一ターンに一度、相手フィールド上に存在するモンスター一体を選択して発動可能、選択したモンスターをゲームから除外する! 私が選択するのは壁モンスターの【ガチガチガンテツ】よ! 《ディメンジョン・シュート》!」

「ガンテツが!」

 

 【ジャンク・アーチャー】がぎりぎりまで引き絞り、片目を瞑(つぶ)って放った矢は【ガチガチガンテツ】に突き刺さり、そのままあの巨体を除外エリアまで吹っ飛ばしてしまった。これにより、万丈目のモンスターゾーンにいるのは【ダイガスタ・フェニクス】のみになった。不運なことに【ガチガチガンテツ】が除外されてしまったことで、かのモンスターの攻撃力・守備力アップの効果も立ち消え、【ダイガスタ・フェニクス】は元々の攻撃力の1500に戻ってしまった。

 

『これって、かなりやばくないポン?』

 

 ポン太の呟きに万丈目は頷くことはしなかった。

 

「バトルフェイズに入るわ! 攻撃力2300の【ジャンク・アーチャー】で攻撃力1500の【ダイガスタ・フェニクス】を攻撃! 《スクラップ・アロー》!」

 

 狩人(アーチャー)によって怪鳥は仕留められ、万丈目のライフは3600-800=2800まで削られた。

 

「これで終わりよ! 攻撃力2900の【ジャンク・ウォリアー】でプレイヤーにダイレクトアタック! 貴方のナンバーズ、この龍可が貰い受けるわ! だから甘んじて攻撃をくらいなさい!」

『アニキ!』

 

 万丈目のライフは2800しかなく、これを受けたら敗北確定だ。【ジャンク・ウォリアー】が拳をプレイヤーに振り翳し、ポン太が叫び、龍可が勝利の笑みを浮かべる。肝心の万丈目はいうと……闘志燃やす眼で、震えぬ唇で最後の伏せカードをオープンさせていた。

 

「そう簡単には終わらせないぜ! 永続罠【リビングデッドの呼び声】発動! 自分の墓地のモンスター一体を対象としてこのカードは発動可能、そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する! 俺が墓地から特殊召喚するのは攻撃力1400の【シャインエンジェル】だ!」

 

 万丈目の要請を受け、墓地から天使が蘇る。これにより戦闘の巻き戻しが起こるが、龍可は闘いの手を止めることなく「なら、【ジャンク・ウォリアー】で【シャインエンジェル】を攻撃するだけよ!」と言い返した。

 

「《スクラップ・フィスト》!」

 

 攻撃力2900の【ジャンク・ウォリアー】のパンチにより、攻撃力1400の【シャインエンジェル】は抗う間もなく破壊され、万丈目は1500のライフダメージを受けた。ナンバーズが絡んでいるからか、デュエルダメージも大きく、青年は転んだが、すぐに歯を食い縛って立ち上がる。こんなので泣き言いっていたら遊馬に合わす顔がないのだ。

 

「この瞬間、戦闘破壊されたことで【シャインエンジェル】の効果発動! 俺はデッキから攻撃力1500以下の光属性モンスター一体を表側攻撃表示で特殊召喚できる! 来やがれ、【おジャマ・ブラック】(星2/光属性/獣族/攻 0/守1000)!」

「懲りもせずに!」

 

 第二ターン目と同じ手法で召喚されたのは【おジャマ・ブラック】であった。何度も現れる気持ち悪いモンスターに女の子である龍可がそう叫んでしまったのは致し方ないものだろう。【シャインエンジェル】が破壊されたことで永続罠【リビングデッドの呼び声】も同時に破壊され、墓地へ送られていった。

 

「【マッシブ・ウォリアー】は守備表示だから、攻撃できるモンスターはもういないわ。私はこれでターンエンドよ。そして、【ジャンク・アーチャー】の効果で除外したモンスター【ガチガチガンテツ】はこのターンのエンドフェイズ時に同じ表示形式で相手フィールド上に戻ってくるわ」

 

 龍可の宣言通りに除外エリアから【ガチガチガンテツ】が帰還する。

 

『アニキ、《ガンテツ》が帰ってきたポン!』

「ああ、エクシーズ素材を全て失くしてな」

 

 喜色溢れるポン太に対して、万丈目はげんなりとした気分で答える。彼のフィールドに戻ってきた【ガチガチガンテツ】はエクシーズ素材を何一つ身に着けていなかった。

 

(成程。エクシーズモンスターは除外した後に再度フィールドに戻ってくると、エクシーズ素材は全て墓地へ落とした状態になるんだな。勉強にはなったが、出来ればこんなところで知りたくなかったぜ)

 

 溜息を吐きたくなるのを堪え、万丈目は対戦相手のフィールドに視線を向けた。

 攻撃力2900の【ジャンク・ウォリアー】、攻撃力2300かつ一時的に相手モンスターを除外させる効果を持つ【ジャンク・アーチャー】、戦闘ダメージを与えられないうえ一度は破壊を防ぐ【マッシブ・ウォリアー】の三体がモンスターゾーンに並び、結局は使われなかった伏せカード一枚もある。相手ライフは3000で、手札は一枚残っている。

 

(俺の手札は一枚かつ、ライフは1300でフィールドには攻撃力0の【おジャマ・ブラック】とエクシーズ素材0の【ガチガチガンテツ】がいるだけ。だが、だからといって諦める理由にはならないぜ)

 

 遊馬に「負けるなよ」と励まされ、此方もそう励ました。ならば勝利の瞬間まで不屈の炎を灯し続けるまで! 自身の中で逆巻く焔を感じながら、万丈目は息を大きく吸い込んだ――気合を入れて第五ターン目を迎えるために。

 

 

☆5ターン目

―――万丈目。1300ライフ。

――手札:1+1枚

―場:【おジャマ・ブラック】【ガチガチガンテツ】←ORUなし

―墓地:【シャインエンジェル】【おジャマデュオ】【おジャマ・イエロー】×3体【おジャマ・グリーン】【ダイガスタ・フェニクス】【リビングデッドの呼び声】

 

「第五ターン目、ドロー! まずは墓地にある【おジャマデュオ】の効果発動! 墓地のこのカードを除外して発動可能、デッキからカード名が異なる《おジャマ》モンスター二体を特殊召喚する! 現れろ! 【おジャマ・レッド】(星2/光属性/獣族/攻0/守1000)と【おジャマ・ブルー】(星2/光属性/獣族/攻0/守1000)!」

 

 デッキから彗星の如く【おジャマデュオ】の絵柄通りの二体のモンスターが守備表示で特殊召喚される。

 

(レベル2のモンスターがこれで三体揃った! これで【No.96 ブラック・ミスト】を召喚できる!)

 

 あのエクシーズモンスターの効果は、このカードが相手モンスターと戦闘を行う攻撃宣言時に一度、このカードのエクシーズ素材を一つ取り除いて発動可能、その相手モンスターの攻撃力を半分にし、このカードの攻撃力はその数値分アップするという強力なものだ。相手モンスターの攻撃力がいかに高くても意味はない。しかし、と万丈目は状況と戦術を照らし合わせる。

 

(相手の場には一時的に此方のモンスターを除外させる効果を持つ【ジャンク・アーチャー】がいる。召喚したところで第六ターン目にコイツに除外され、ダイレクトアタックで沈められるのがオチだ。ならば――)

 

 横目で肩に乗る――といっても触れられないから乗っかったふりをしているだけだ――ポン太を見た。その視線でポン太も理解したのだろう、「オイラに任せるポン!」と胸を張る。その姿に万丈目は勇気を貰い、次に口にする台詞を決めた。

 

「俺は【おジャマ・ブラック】と【おジャマ・レッド】でオーバーレイ! レベル2の獣族モンスター二体でオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚!!」

 混沌(カオス)の色に染まったエクシーズの渦に二体のモンスターが吸い込まれ、星屑のような光と爆発にも似た音と共に渦からぶんぶく茶釜が噴出する。

「混沌と混迷の世を斬り裂く知恵者よ、世界を化かせ! 現れろ! 【No.64 古狸三太夫】!」

 

 茶釜は仮初(かりそめ)の姿であり、フィールドに降り立つ頃には守りの構えをした赤鎧の武士狸へ変化(へんげ)していた。

 

「きたわね、ナンバーズ!」

 

 龍可が針にも似た棘のある目線で【No.64 古狸三太夫】を見上げる。万丈目は素直に応じてくれたポン太へ秘密の感謝を覚えながら、ナンバーズの強力な効果を読み上げた。

 

「【No.64 古狸三太夫】の効果発動! 一ターンに一度、このカードのエクシーズ素材を一つ取り除いて発動可能、自分フィールド上に《影武者狸トークン》(獣族・地・星1・攻?/守0)一体を特殊召喚する! このトークンの攻撃力は、このトークンの特殊召喚時にフィールド上に存在する攻撃力が一番高いモンスターと同じ攻撃力になる! つまり、【ジャンク・ウォリアー】と同じ攻撃力2900になるってことよ!  そら、《千変万化(せんぺんばんか)》だ!」

 

 守備表示の【No.64 古狸三太夫】のエクシーズ素材が変化し、攻撃力2900の《影武者狸トークン》へ変化していく。前のターンであんなにも叩いたのに、僅か一ターンで肩を並べようとする対戦者とナンバーズに少女は眉を顰める。どんな強力なカードが出ようとも、カイトの為に龍可は負けるわけにはいかないのだ。

 

「バトルだ! 攻撃力2900の《影武者狸トークン》で攻撃力2300の【ジャンク・アーチャー】を攻撃! くらえ、《影武者流・薙刀十文字切》!」

 

 万丈目が攻撃宣言する。そのときを待っていたかのように龍可は「甘いわ! 伏せていた速攻魔法発動!」と高らかに宣言した。

 

「速攻魔法!?」

 

 攻撃が通ると思っていたばかりの万丈目の声が引っ繰り返る。第二ターン目で龍可が伏せたカードが今此処でオープンされたのだ。

 

「速攻魔法【ハーフ・シャット】。フィールドの表側表示モンスター一体を対象として発動可能、そのモンスターはターン終了時まで攻撃力が半分になり、戦闘では破壊されない。私が選択するのは《影武者狸トークン》よ!」

 

 相手カードの効果を受け、《影武者狸トークン》の攻撃力は2900の半分の1450となり、【ジャンク・アーチャー】の攻撃力2300より下回った。しかも、攻撃宣言は済んでしまったために《影武者狸トークン》が振り下ろす刃を止める術(すべ)はない――無論、プレイヤーである万丈目ですら。

 

「うぐっ!」

 

 自身より攻撃力の高いモンスターとバトルする形になってしまったが故に、万丈目は850の反射ダメージを受ける羽目になった。【ハーフ・シャット】の効果で《影武者狸トークン》が破壊されずに済んだのは不幸中の幸いか。

 

「ちっ、やるじゃないか。俺は手札を全て伏せてターンエンドだ」

 

 魔法・罠ゾーンに二枚のカードが伏せられる。手札は0枚、ライフは450となかなかよろしくない状況だ。モンスターゾーンには、エンドフェイズを迎えたことで【ハーフ・シャット】の効果が切れ、攻撃力2900に戻った《影武者狸トークン》、守備表示の【No.64 古狸三太夫】、同じく守備表示の【おジャマ・ブルー】に、エクシーズ素材0になったばっかりに最早壁とでしか使いようのない守備表示の【ガチガチガンテツ】の四体が並んでいる。

 

(【No.64 古狸三太夫】の効果はあともう一回使える。第七ターンはそれにかけるしかない)

 

 先程伏せたカード二枚に視線を落とす。一つは守備に、もう一つは攻撃に特化したカードだ。上手く使えば、きっと次のターンは凌げるだろう。そうだというのに、横隔膜から不安と弱気がせり上がってきそうになる。それらを抑えるようにして、万丈目は帝の鍵を強く握り締めたのだった。

 

 

☆6ターン目

―――龍可。3000ライフ。

――手札:1+1枚

―場:【マッシブ・ウォリアー】【ジャンク・ウォリアー】【ジャンク・アーチャー】

―墓地:【スピード・ウォリアー】【トゥルース・リインフォース】【調律】【ガード・ブロック】【シールド・ウィング】【ジャンク・シンクロン】【クイック・シンクロン】【ハーフ・シャット】

 

「第六ターン目! 私のターン、ドロー!」

 

 これで龍可の手札は二枚になった。たかが二枚、されど二枚だ。無意識に首元の汗を拭おうとして、万丈目は自身の指先が夏だというのに冷たくなっていることに気が付いた。

 ビビっているのだ――見知らぬ召喚法を行使するデュエリストがこれから起こすアクションに。

 相手がドローする瞬間、万丈目はいつだって怯えていた――アカデミア時代でもプロデュエリストになっても、特に《あの男》とデュエルするときは必ずといっていいほど。

今まで目を逸らし続けてきた事実を銃口のように冷たい爪先に突き付けられ、青年は視線が定まらなくなる。だが、今はデュエル中だ。対戦相手に優しく接するデュエリストなんて存在するはずがないのだ。

 

「手札から【デブリ・ドラゴン】(星4チューナー/風属性/ドラゴン族/攻1000/守2000)を通常召喚! 【デブリ・ドラゴン】の効果発動! このカードが召喚に成功した時、自分の墓地の攻撃力500以下のモンスター一体を対象として発動可能、そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。私が選ぶのは貴方よ! 【シールド・ウィング】!」

 

 蒼銀のドラゴンの登場によって、第四ターン目で【クイック・シンクロン】の効果により墓地に送られた、キラキラしたウィングを持つ、レベル2の翼竜が龍可のフィールドに推参する。二体のドラゴンを見上げながら万丈目とポン太は「嫌な予感がする」と顰(ひそ)めいた。

 

「レベル2の【マッシブ・ウォリアー】と同じくレベル2の【シールド・ウィング】に、レベル4の【デブリ・ドラゴン】をチューニング!」

 

 今度はトークンなしに、しかも三体のモンスターを使って少女があの召喚法を行使する。法則の見えない異世界の召喚法に、万丈目の頭の中ではガンガンと警鐘が鳴り響いていた。

 

「集いし願いが新たに輝く星となる。光さす道となれ! シンクロ召喚!」

 

 【デブリ・ドラゴン】が四つの光となった後、チューニングリングへ変化し、【マッシブ・ウォリアー】と【シールド・ウィング】を包み込む。緑の円環のなかで二体のモンスターは合計四つの光となり、やがてそれらは一本の壮大な光の道へ繋がった。

 

「異世界でもその雄姿を轟(とどろ)かせよ! 【スターダスト・ドラゴン】(星8/風属性/ドラゴン族/攻2500/守2000)!」。

 

 神聖な風が巻き起こる。星屑(スターダスト)を散らしながら飛翔した竜はなんとも壮観であった。だが、万丈目は何故か「足りない」と感じた。召喚条件は満たされているからこそ、このように現れたに相違ないのだが、青年は大きな翼を持つメタリックな竜の後ろに干上がった力の泉を見たような気がした。

 

(ばかばかしい。俺は精霊を視る力を失ったのだ、感じとれる訳がないではないか。緊張したあまりに幻を見たに違いない)

 

 万丈目は頭を振る。そうやって瞼を落としてしまったものだから、その刹那、ARヴィジョンで具現化した【スターダスト・ドラゴン】を龍可が寂しそうに見上げていたことに全く気が付かなかった。

 

「【ジャンク・アーチャー】の効果発動! 一ターンに一度、相手フィールド上に存在するモンスター一体を選択して発動可能、選択したモンスターをゲームから除外する! 【ジャンク・アーチャー】、《影武者狸トークン》を除外しなさい。 《ディメンジョン・シュート》!」

 

 青の強弓から放たれた矢によって、万丈目のフィールドで一番の攻撃力を誇っていた《影武者狸トークン》が除外される。

 

「これで貴方のモンスターゾーンに残ったのは守備表示の三体だけ。私のモンスターも三体だから、攻撃すれば全て駆逐できるけれど、守備表示だからライフダメージは受けない。貴方の敗北には至らない。けどね、このカードでそれも瓦解することになるわ」

 

 最後の手札をデュエルディスクに読み込ませながら、彼女はそのカードを読み上げた。

 

「私はこのターンのドローフェイズで引いたカードを発動するわ。このカードの名前は通常魔法【地砕き】」

「じ、【地砕き】だと!」

「そうよ、相手フィールドの守備力が一番高いモンスター一体を破壊するというシンプルな効果。よって、守備力1800の【ガチガチガンテツ】を破壊する!」

 

 万丈目も知っている、昔から存在するシンプルなカード効果が発動し、天上から振り下ろされた巨神の拳により【ガチガチガンテツ】は呆気なく破壊されてしまった。

 

「これで貴方のフィールドの守備表示モンスターは二体、でも私のフィールドには攻撃表示のモンスターが三体いる。これが何を意味するか分からないなんて言わせないわ」

 

 少女の眼差しが弓の弦のように張りつめられる。声を出さないよう、考えが顔に浮かばないよう、万丈目は奥歯を噛み締めた。

 

「バトルよ! まずは【ジャンク・アーチャー】で【おジャマ・ブルー】を攻撃!」

「掛かったな! 通常罠【聖なるバリア ―ミラーフォース―】発動! 此方も【地砕き】同様、シンプルな効果だ! 相手モンスターの攻撃宣言時に発動可能、相手フィールドの攻撃表示モンスターを全て破壊する!」

 

 あっさり掛かったことに万丈目は得意げな笑みを隠し切れない。此方の魔法・罠ゾーンには【聖なるバリア ―ミラーフォース―】を含めて二枚の伏せカードがあり、相手の魔法・罠ゾーンには一枚の伏せカードもない。つまり、安心して発動できるというものだ。

 

「これで貴様のモンスターは全滅! 俺様の勝機が見えてきたぜ!」

「ぬか喜びよ、万丈目」

 

 頬を叩(はた)くように龍可がぴしゃりと言った。反射的に万丈目が「さん、だ!」と答えようとする前に、少女は更なる言葉を続けた。

 

「シンクロモンスター【スターダスト・ドラゴン】の効果を発動するわ。フィールドのカードを破壊する魔法・罠・モンスターの効果が発動した時、このカードをリリースして発動可能、その発動を無効にして破壊する! 《ヴィクテム・サンクチュアリ》!」

 

 我が身を生贄(ヴィクティム)にして仲間――フィールドの他のモンスターを守る姿はまさしく自己犠牲の尊いものであり、聖域(サンクチュアリ)に達するものであろう。龍可のフィールドから【スターダスト・ドラゴン】が消え去ったことで、万丈目が発動した【聖なるバリア ―ミラーフォース―】は呆気なく破壊される。万丈目は自身の呼吸音が遠ざかるのを感じた。

 

「【ジャンク・アーチャー】、《スクラップ・アロー》よ!」

 

 【おジャマ・ブルー】が破壊される。崩された戦略(タクティクス)の瓦礫に万丈目の頭の中がぐしゃぐしゃになるが、ポン太の『アニキ!』と呼ぶ声で我に返った。

 

「【おジャマ・ブルー】は戦闘で破壊され墓地へ送られた時にデッキから《おジャマ》と名の付くカード二枚を手札に加えることができる。俺は【おジャマ・カントリー】と……【おジャマ・デルタハリケーン!!】を手札に加える」

 

 万丈目の手札が0から二枚になる。だが、それだけだ。今の状況において何の手助けにもならない。

 

(万丈目は残りの伏せカードを発動しなかった。なら、安心して攻撃できるわ)

「【ジャンク・ウォリアー】で【No.64 古狸三太夫】を攻撃よ! 《スクラップ・フィスト》!」

『ポーン!』

 

 続け様(ざま)の攻撃で【No.64 古狸三太夫】が破壊され、ポン太が吹っ飛ばされてくる。自分のために頑張ったそいつだけは受け止めなくてはならない、という想いが万丈目の錆び付いた脳内で浮かび上がる。心此処にあらずの状態でありながらも、ポン太を閃光で輝く右手で受け止めた青年は「タヌキ、貴様はよくやった」と褒めた。

 

「全てのモンスターの攻撃はこれで終了、私はこれでターンエンド。そして、エンドフェイズに《ヴィクテム・サンクチュアリ》を発動するためにリリースした【スターダスト・ドラゴン】を墓地から特殊召喚するわ。悪いわね、こういう効果なのよ。本来なら、併せて【ジャンク・アーチャー】の効果で除外された《影武者狸トークン》が帰還する予定だけど、仮初(かりそめ)の存在たるトークンは除外により消失してしまったから仕方ないわね」

 

 肩を竦め、瞼を落としながら龍可が芝居染みた口調で話すなか、【スターダスト・ドラゴン】が雄叫びを上げながら冥府からの帰還を果たす。攻撃力2000以上の三体のモンスター【ジャンク・アーチャー】【ジャンク・ウォリアー】【スターダスト・ドラゴン】が並び立つ光景に万丈目が唖然としているうちに彼の右手から閃光が消え失せ、せっかく掴んだポン太を落としてしまった。

 

 第六ターン目の最初、万丈目のモンスターゾーンは四体いたにも関わらず更地になってしまった。一枚の伏せカードは攻撃を補助するカードなので、モンスターがいない今、何の役にも立たない。手札は二枚で、ライフは減りこそしなかったが450しかない。

 

(【おジャマ・イエロー】が三枚とも墓地に行ってしまったのが痛いな。【おジャマジック】を加えても何の意味がないから、【おジャマ・カントリー】のコスト用に【おジャマ・デルタハリケーン!!】を加えるしかできなかった。切り札の【おジャマ・デルタハリケーン!!】がコストにしかならないなんてホント終わっているぜ。仮に次のターン、ザコ三体を特殊召喚できる【トライワイトゾーン】を引けたとしても【スターダスト・ドラゴン】がいる以上、【おジャマ・デルタハリケーン!!】は使えない。それをせずにエクシーズ召喚をしたとしても、相手フィールドで一番攻撃力の低い【ジャンク・アーチャー】の攻撃力2300を超えるランク2エクシーズモンスターは俺のデッキに存在しない。場持ちのいいエクシーズモンスターを出したところで【ジャンク・アーチャー】で一時除外されちまう)

 

 其処まで頭を回転させて、万丈目は自身の勝機が何処にもないことに気が付いた。ポン太が彼の肩を貫通しながら隣でわちゃくちゃ言っているが、全て鼓膜を素通りしていってしまう。

 万丈目が絶望したことを察したのだろう。手札はないが、3000ライフポイントもある龍可がこっそりと話し掛けてきた。

 

「サレンダーしなさい、万丈目準。ナンバーズは貰うけれど、悪いようにはしないわ」

 

 悪魔の囁きに万丈目が反応を示す。それに気分を良くした龍可は舞台上の俳優のように滑(なめ)らかに喋り出した。

 

「貴方のライフ450に対して、私のライフは3000もあるわ。モンスターゾーンの状況なんて火を見るより明らか。手札も【おジャマ・カントリー】と【おジャマ・デルタハリケーン!!】があるだけで、このままではおジャマ一匹しか特殊召喚できない。次の第七ターン目のドローフェイズで一枚カードを加えたところで、焼け石に水、何の意味もなさない。たかが一枚のカードで奇跡は起きないわ。だから、万丈目準、サレンダーしなさい。それが貴方にとって一番有効な未来よ!」

「一つ、聞いていいか」

 

 龍可の台詞を最後まで聞いてから、項垂れたままで万丈目は問い掛けてきた。新主人の淡白な口調に、ポン太は「確かに今の状況は絶望的ポン、諦めるしかないポン」としょげている。サレンダーの覚悟ができたのか、と安堵の気分で「いいわ」と龍可は応える。

 

(これでようやっとカイトさんを支えることができる)

 

そう喜ぶ少女に青年は顔を上げて質問した。

 

「貴様、ビビっているだろ?」

 

 とんだ質問内容だった。ぎょっとして龍可が万丈目を見ると、悲壮感は何処に行ったのか、悪役(ヒール)の顔付きで彼は腕を組んで突っ立っていた。しかも、身長の低い龍可を見下ろせるように顎の角度まで変えている。

 

「なにを馬鹿なことを!」

『むしろビビるとしたらアニキの方だポン!』

「Be quiet! 俺様が喋っているのだ。諸君、静かにしてもらおうか」

 

 フフンと鼻を鳴らしながら万丈目は忠告する。先程まで確かに絶望していた男の変貌に、対戦相手の龍可だけでなく配下のポン太ですらついていけなかった。

 

「私がビビっているですって! 訂正しなさい! ライフが450しかない癖に! モンスター一匹もいない癖に! 一枚のカードで奇跡なんて起こせる訳がないのに!」

「起きるさ。一枚のカードで奇跡は起こせる」

「黙りなさい! そんなこと、そんなことがある訳が――」

「それは貴様が一番知っているはずだぜ、龍可」

 

 対戦相手にはじめて名前を呼ばれ、少女は動きを止めてしまう。

 

「龍可、貴様は先程から『たかがカード一枚ではどうしようもない』と連呼しているな。何故、そんなにもくどくどと言うのだ、まるで自分に言い聞かすように。……それはな、貴様は知っているからだ、見たことがあるからだ。絶望的なデュエルでも、たった一枚のカードで逆転する奇跡の瞬間をな!」

 

 万丈目の畳みかけるような言葉の連撃に龍可は脳天から雷を浴びせられたようにショックを受けた。その須臾(しゅゆ)、自分の世界の仲間たちの勇姿が――自分のデッキを信じてドローした結果、たった一枚のカードから奇跡を起こした数々のデュエルが脳内を駆け巡った。

 

「そうだ、龍可、貴様はビビっている! 次のターン、俺様が何をドローするか、どんなアクションを起こすのか、どんな奇跡を起こすのか、を! この万丈目サンダー、ビビっている相手なんざ怖くも何ともねぇんだよ!」

 

 少女は青年の指摘に頭を殴られたような気がした。脳内がぐわんぐわんと揺れている。

 奇跡を起こすのは、いつも龍可たちの方であった。彼・彼女らが信じる未来と希望、折れることのない信条、確かな絆の元に奇跡を起こし続けてきた。だが、今はどうだ。ハルトのために他者を傷付けてまでナンバーズを得ようとするカイトの手助けをしている。前の世界では信念や仲間のためだからといって、彼・彼女らは決してデュエルで他者を傷付ける真似はしなかった。ならば、もしかすると、この場で奇跡を起こすのは龍可ではなく――。

 

(龍可、なに弱気なことを考えているの! ハルトくんのため――ひいては、弟を思うあまりに心を削ってまで頑張るカイトさんのために、私、悪い子になるって決めたじゃない!)

 

 この場に立ち続けるだけの勇気が欲しくて、少女はポケットの布越しに《あの人》のデッキケースを触れる。だが、心に生まれ始めた悪寒を払拭するまでには至らなかった。

 

『あの状態から気合を入れ直すなんて、流石アニキだポン! ま、まさか、アニキにはドローしたいカードをドローする能力が!?』

 

 万丈目の気合一発により調子が良くなったポン太が周囲を飛び回りながら、お喋りする。帝の鍵のおかげだろう、青年は茫然自失だったから気付いてすらいないが、先程ナンバーズの精霊に一瞬だけタッチすることも叶っている。これだけ不思議な力を持つ帝の鍵のことだ、ディスティニードローできる能力もあるに違いない。うきうきした気持ちで問うポン太に万丈目は、はっきりくっきり言った。

 

「そんな英雄(ヒーロー)みたいなチート能力、この俺が持っている訳なかろう」

『え、じゃあさっきの奇跡のドロー云々って……』

「ハッタリに決まっているだろうが!」

 

 くわっと睨むように言われて、ポン太は間抜けな表情で固まってしまう。マジかよ、と語尾にポンを付けるのも忘れてしまう程だった。

 

「ハッタリ!? そんな、まるで根拠のない自信で貴方は気持ちを入れ直したというの?」

「俺は凡人だからな、次にドローするカードが見える力なんて全くもって無い!」

 

 少女の問い掛けにも青年が自信満々に持って答えるものだから、ポン太はたじろいでしまった。

 

「だけどよ……いや、だからこそ、絶望的な状況をたった一枚のカードで鮮やかに打破できたら、どれだけデュエルは――ファンは盛り上がるだろうな。プロデュエリストとして、それこそ最高のエンターテインメントではないか!」

 

『己のピンチを演出し、鮮やかな反撃を以て、観客のカタルシスを掴む。キングのデュエルはエンターテインメントでなければならない!』

 

 万丈目の言葉に、龍可の胸のうちで《あの人》の終生のライバルと呼べるデュエリストの台詞が真夏の花火のようにまざまざと蘇る。それに連動するようにして、エクストラデッキに眠る一枚のカードが鼓動を打ったような気がした。

もしかして、本当に万丈目準という男はミラクルを起こしてしまうのではないだろうか――いや、そんなはずがない!

 

「そんなに言うのなら奇跡を起こしてみなさい、万丈目!」

「さん、だ! いいだろう。起こしてやるさ、奇跡を!」

 

 チリチリと帝の鍵が閃光を零している。本来ならば此処は龍可の独壇場になるはずであった。それを一瞬にして自身が主役の舞台へ切り替えた男は勝負師の心宿る黒い眼で宣告した。

 

「さぁ、ラストターンに移ろうか」

 

 

☆7ターン目

―――万丈目。450ライフ。

――手札:2+1枚

―場:伏せカード1枚(攻撃用?)

―墓地:【シャインエンジェル】【おジャマ・イエロー】×3体【おジャマ・グリーン】【ダイガスタ・フェニクス】【リビングデッドの呼び声】【おジャマ・ブラック】【No.64 古狸三太夫】【おジャマ・レッド】【聖なるバリア ―ミラーフォース―】【おジャマ・ブルー】

――除外:【おジャマデュオ】

 

(さぁて、ハッタリかましたはいいが、まさしく状況は絶望的! このドローに全てを賭けるしかない!)

 

 つつ、と汗が万丈目の顔の輪郭を流れていく。指の震えを見せぬよう、青年はデッキに指を置く。このドローが失敗なら、万丈目準に未来はないのだ。

 

(遊馬、貴様もこんな気持ちだったのか)

 

 思い浮かぶは、はじめてナンバーズが現れた遊馬と凌牙のデュエルだ。ラストターン、遊馬のフィールドには【タスケナイト】と裏守備表示のモンスターがいた。万丈目はその裏守備表示のモンスターは【タスケナイト】同様にレベル4だろうと思い込んでいただけに何の感慨もなしに遊馬のドローフェイズを見ていた。しかし、実際にはそのモンスターはレベル3の【ライライダー】で、速攻魔法【スター・チェンジャー】をドロー出来なければ、遊馬は百パーセント敗北していたろう。

 

『今こそ、かっとビングできる勇気を! ブレイビングだ、俺! ドロー!』

 

 その時の遊馬の勇姿たる背中が見えたような気がした。そして、それを皮切りにこの世界で今まで出会ってきた人々の顔が浮かんでくる。その中には勿論、鉄子や等々力、凌牙もいた。

 

(闇川に憑いたタヌキとデュエルしたとき、構築したばかりのデッキで信頼関係は築けていなかったから、今までデュエリストとして培ってきたセンスと閃きを信じて、俺はその時を打開した。……では、今はどうだろうか? 今だからこそ、この世界の人々の手助けと親切で集まったカードで構築されたデッキを信じて、この状況を打破してやろうではないか!)

 

 デッキの一番上に置く指の震えが止まった。このデッキの存在こそが万丈目がこの世界でひとりではない何よりの証拠であった。

 

(応えてくれ! 俺の……いや、みんなのデッキ!)

「第七ターン目、俺のターン! ドロー!」

 

 万丈目が勢い良く一枚カードを引いた。緊張の一瞬、龍可はただひたすらに奇跡を否定し、ポン太は唾を飲み込んだ。果たしてドローしたカードは彼の望むものだったのか。それは本人にしか分からない。

 

「いくぜ、龍可! 俺はフィールド魔法【おジャマ・カントリー】を発動!」

 

 万丈目の最終突撃の準備が始まる。彼が発動したフィールド魔法により、ARヴィジョンがおジャマの故郷を映し出した。

 

「【おジャマ・カントリー】の効果発動! 【おジャマ・デルタハリケーン!!】を墓地へ送ることで、墓地に眠る《おジャマ》一体を特殊召喚する。最後を飾るのはお前だ! 俺のエースモンスター【おジャマ・イエロー】よ!」

 

 下手くそな宙返りをしながら――しかも失敗して頭から着地している――【おジャマ・イエロー】が攻撃表示で万丈目の場にスペシャルサモンされる。そして、【おジャマ・イエロー】が参上したことで、このデュエルフィールドの理(ことわり)が変わっていく。

 

「【おジャマ・イエロー】が表側表示で特殊召喚されたことで【おジャマ・カントリー】の二つ目の効果が発動! 自分フィールド上に《おジャマ》と名のついたモンスターが表側表示で存在する限り、フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの元々の攻撃力・守備力を入れ替える! チェンジ・ザ・ワールド!」

 

 攻撃力と守備力が入れ替わったことで【ジャンク・アーチャー】の攻撃力は2000に、【スターダスト・ドラゴン】の攻撃力も2000に、【ジャンク・ウォリアー】の攻撃力は1300+600=1900に変化していく。

 

(【おジャマ・カントリー】の効果で【おジャマ・イエロー】の攻撃力は1000になっているけれども、私のどのモンスターの攻撃力にも敵わない。攻撃表示で特殊召喚したってことは、恐らくエクシーズ召喚狙い……なら、このターンでドローしたのは何かしらのレベル2の《おジャマ》モンスターってことになる。私のライフは3000もある、少しぐらい削られたって痛くも痒くもないわ。どんなモンスターを呼んだところで、次のターンで貴方は終わりよ、万丈目!)

 

 状況を瞬時に見切り、少女は自身が敗北する未来図を潰していくなか、万丈目が手札最後のカードを――このターンでドローしたカードを右手に掴んだ。

 

「俺は先程引いた手札ラスト一枚のカードを発動するぜ。このカードの名は――」

 

 いったいどんなモンスターを召喚する? 何をエクシーズ召喚する? どんな攻め手を見せてくる? どんな奇跡を描いてくる? そう身構える龍可とポン太に、とうとう万丈目はそのカードの名を口にした――あの彼らしい悪役(ヒール)溢れる素晴らしい笑顔で。

 

「通常魔法【鹵獲(ろかく)装置(そうち)】!」

「鹵獲……!」

「……装置!」

 

 思いもよらない懐かしいカードの登場に龍可もポン太も虚を抜かれてしまう。だが、それも一瞬のことで、これから行われるカード処理を理解した少女の顔は真っ青になった。

 

「このカードの効果を知らないとは言わせねぇぜ、お嬢ちゃん? 通常魔法【鹵獲装置】――お互いが自分フィールド上モンスターを一体ずつ選択し、そのモンスターのコントロールを入れ替えるという単純明快な効果だ。最も、このカードのコントローラーは自分フィールド上に表側表示で存在する通常モンスターを選択しなければならないという縛りがあるが、おジャマデッキの俺には何のデメリットにもならん。フン、低攻撃力のモンスターを押し付けられるうえ、相手の高攻撃力のモンスターをゲットできるのだ。おジャマデッキを使う俺にはかなりおいしいカードだよなぁ!」

 

 コントロール奪取のカードを今この状況で引いたのか、このデュエリストは!? 驚愕のあまり、毛に覆われた顔面の皮膚を引き攣らせながら、ポン太は新主人を見上げた。それにしても、なんという満面の悪人面だろうか。

 

「さぁて、シンクロモンスターといったか。貴様の世界から持ってきたモンスターカード、どれを俺に寄越してくれるんだい、龍可?」

 

 突き付けられたえげつない選択肢に、龍可は頭が撃ち抜かれたように何も考えられなくなる。このカードはどれも《あの人》の大切な仲間(カード)なのだ。それを渡すだなんて、と膝すら折りたくなる。

 

(これが悪い子になった代償だというの!?)

 

 だが、デュエルは非情だ。どれか一体は選ばなくてはならないのだ――必ず!

 万丈目が渡すのは攻撃力1000の【おジャマ・イエロー】だ。対して龍可のフィールドには、攻撃力2000の【ジャンク・アーチャー】、同じく攻撃力2000の【スターダスト・ドラゴン】、そして攻撃力1900の【ジャンク・ウォリアー】の三体が並んでいる。どれを渡したところで、奪われたモンスターによって押し付けられた攻撃表示の【おジャマ・イエロー】を破壊され、ライフダメージを受けてしまう。エースモンスターと呼びつつも相手ライフを削るためなら生贄(ヴィクティム)にすらするのか、と龍可は万丈目に苛立ちすら覚えた。しかし、今はそんな感情に翻弄されている場合ではない。少しでもリスクを減らすため、龍可は相手に渡すモンスターを決め、そのモンスターを見詰める。そのモンスターの向こう側に、龍可に背を向けて立ち去る《あの人》の後ろ姿が見えたような気がした。

 

「私は……攻撃力1900の【ジャンク・ウォリアー】を選択するわ!」

 

 涙が零れたかもしれない。悲痛な少女の選択に「決まりだな」と万丈目は悪い笑みを深くする。【鹵獲装置】により二人のそれぞれのエースモンスターである二体は交換され、《あの人》のモンスター【ジャンク・ウォリアー】が龍可と対峙した。

 

(【ジャンク・ウォリアー】は取られたけど、【おジャマ・イエロー】との攻撃力の差は1900-1000=900だから、まだライフは2100も残るわ。最後の嫌がらせの攻撃なんかに、私は――)

 

 負けない。そう続けようとして顔を上げた龍可は茫然自失となる。彼女のフィールドには攻撃力0の【おジャマ・イエロー】が無防備に立っており、彼のフィールドには攻撃力2900の【ジャンク・ウォリアー】が戦闘の構えで直立していたからだ。

 

「なんで……どうして……」

「悪いな。【おジャマ・カントリー】の攻守逆転効果は《自分フィールド上に《おジャマ》と名のついたモンスターが表側表示で存在する限り》なんだ」

 

 【鹵獲装置】により交換されたことで――【おジャマ・イエロー】が万丈目のフィールドからいなくなったことで【おジャマ・カントリー】の攻守逆転効果が消える事実に、龍可は念頭にすら置いてなかったのである。

 

「で、でも、私のライフは3000もある! 【ジャンク・ウォリアー】で【おジャマ・イエロー】を破壊しても、私にライフはあと100残るわ! 次のターン、【ジャンク・アーチャー】の効果で【ジャンク・ウォリアー】を除外して、【スターダスト・ドラゴン】でダイレクトアタックを決めれば、私の――」

「もう君のターンは来ないよ、お嬢ちゃん」

 

 龍可の焦りに優しい声で答えると、万丈目は指をパチリと鳴らして第五ターン目で伏せたカードをひっくり返した。

 

「伏せカードをオープンするぜ! 通常罠【鎖(くさり)付(つ)き爆弾(ダイナマイト)】を発動! 発動後、このカードは攻撃力500ポイントアップの装備カードとなり、自分フィールド上のモンスター一体に装備する。俺が選択するのは勿論【ジャンク・ウォリアー】だ!」

 

 龍可の顔が真っ青を通り越して真っ白になる。その目の前で《あの人》のエースモンスターは少女を倒すために強化され、【ジャンク・ウォリアー】の腕にダイナマイト付きの鎖が装着された。

 このデュエル、なんの落ち度もミスもなかったはず、と龍可は現実逃避のようにも走馬燈のようにも思い返す。あるとすれば、相手の奇跡のドローをビビったことだろうか。それとも、自身のデッキを使いたくないばかりに《あの人》のデッキを使って、カイトやハルトのためとはいえ、悪い子になって他者を傷付けるデュエルを行ったからだろうか。

 だが、どちらにせよ、しょうこともないことだ、彼女にはそんなこと考える時間はもう与えられていないのだから。

 

「貴様のエースモンスターで俺のエースモンスターを攻撃! 《スクラップ・チェーン・フィスト!》」

 

 攻撃力3400まで上がった【ジャンク・ウォリアー】の重たい一撃によって、攻撃力0の【おジャマ・イエロー】が為す術なく撃破される。3400のダメージを受け、3000もあった龍可のライフが0になり、デュエル終了音が鳴り響く。

 

(ハルトくん、カイトさん……遊星、ごめんなさい)

 

 【ジャンク・ウォリアー】に装備された【鎖付き爆弾】によって爆発が起こる。その爆風に飛ばされながら、少女は一粒涙を零して気を失ったのだった。

 

 

 10

 

「よっしゃあ!」

 

 万丈目が勝利の雄叫びを上げる。まさしく奇跡――悪運と言った方が悪役(ヒール)と自称する彼らしくて、しっくりくるのだが――のドローで掴み取った勝利だった。こちらが全く知らない異世界の召喚法を使いこなす少女とのデュエルに新主人が勝つなんて、ポン太自身、想像できない未来でもあった。       

 そういえば、その少女は? とナンバーズの精霊が気になって振り返った。ナンバーズが関与したデュエルのリアルダメージは通常のARヴィジョンのデュエルと比べ物にならないぐらいに大きくなる。【鎖付き爆弾(ダイナマイト)】の爆風によって少女は天高く舞い上げられ、後は冷たく硬いアスファルトに叩き付けられるだけの運命となっていた。咄嗟にポン太は「アニキ!」と今尚高笑いする万丈目を大声で呼び止める。悲愴を帯びた叫びに新主人は瞬時に反応して、爆煙の中、落ちるしかない少女を見付けた。龍可、と万丈目の唇が戦慄(わなな)く。恐らくポン太と同じことを思ったのだろう――安易に想像できる未来に目を瞑り、黒髪の青年は喉を焼け切るようにして叫んでいた。

 

「やめろ! 俺はデュエルで人を傷付けたくない!!」

 

 万丈目の痛切な願いを受け、帝の鍵から閃光が迸(ほとばし)る。あれ、とポン太が不思議に思う間もなく、帝の鍵から放たれた閃光は地面を疾(はし)り、地面に叩き付けられる寸前の少女を受け止めると、ふんわりと優しく其処へ降ろした。

 アニキ、とポン太が夢からの醒め方を忘れたように呼ぶ。ナンバーズの精霊に呼ばれ、恐る恐る瞼を開けた万丈目は少女が舗装された道路の上でしどけなく横たわっているのを見て、慌ててすっ飛んでいった。彼女に大きな傷がないこと、気を失っているだけの様子に新主人は安堵の息を吐いている。その万丈目の背中を見ながら、ポン太は帝の鍵について大きな勘違いをしていることに気が付いた。

 

 あの帝の鍵はこれまでに、ナンバーズの精霊が彼に取り憑こうとしているのを防いだり、ナンバーズが賭けられたデュエルに敗北したアストラルの消滅を防いだり、皇の鍵の場所を指し示したり、一時的にポン太に触れられるようにしたり、今回の様に少女をデュエルダメージから守ったりしていた。あの小さな鍵にはこんな多様な能力があるのか、とポン太は今の今まで思っていたが、それは違うと判断した。

 つまり、ポン太が推測するに、帝の鍵は《万丈目を守り、かつ彼の強い想いに応え、願いを叶える》装置なのだ。だから、《万丈目を守る》ためにポン太や【No.96 ブラック・ミスト】の憑依を弾(はじ)き飛ばした。そして、アストラルの消滅を望まず、遊馬のために皇の鍵を見付けたい、吹っ飛ぶポン太を受け止めたい、デュエルで他者――この場合、龍可――をデュエルで傷付けたくないという心からの《願い》を受け、帝の鍵は叶えただけに過ぎないのだ。そういう仕組みだからこそ、ゴーシュ&ドロワとのタッグデュエルで万丈目が気合を入れ直した時、燦燦と閃光を零す一方で、この龍可とのデュエルのラストターンにて、未来は自身の力で切り開くべきだと言わんばかりにみんなの想いで構築されたデッキを純粋に信じ、《願い》ではなく、《信頼》の気持ちでドローした彼には、閃光を火花の様に奔(はし)らせるだけで、その必然を起こさせる力を貸さなかったのである。

 

(帝の鍵はいったい何物――いや、何者ポン?)

 

 どうして、そんな途方もないエネルギーを秘めた存在が運命力のない彼を選んだのか、ポン太にはさっぱり分からない。この仕組みに全く気付いていない万丈目からすると、言わずもがな、であろう。だが、総てはポン太の憶測で、真相は不明だ。ただ確実に言えるのは、あの帝の鍵は皇の鍵から分離して生まれたものだというが、それが持つ性質は確実に皇の鍵とは異なるものだということだった。

 

(ん? 帝の鍵が《願い》を叶える装置だとすれば、アニキが望めば、元の世界へ帰れるってことポン?)

 

 とにかく今度こそ万丈目にこのことを聞かなければならない、とポン太は屈みこんで少女を心配そうに見る新主人に近付いていった。

 

 その頃、万丈目はそれどころではなかった。なんたって、気絶しているとはいえ、彼同様に異世界渡航した少女が目の前にいるのだ。アモンことⅥ(ゼクス)には聞けなかったが、この少女から情報を得ることで、ようやく異次元トリップの方法と謎が解けるかもしれない。前の世界――万丈目準が存在する本来の世界へ帰れるかもしれない。

アカデミア時代の仲間の表情が、弟である彼を蔑(ないがし)ろにする兄たちの姿が、U-20の大会で激突する予定だったエドの別れ際の横顔が、ホテルの部屋に置き去りにしてしまったカードの精霊たちの声が、そして、名を呼ぶことすらできない《あの男》の持つ光が、万丈目を呼んでいるような気がした。

 

 惑星の様に飛び回りながら喚くポン太の言葉すら聞かず、黒髪の青年が元の世界へ帰るため、異世界から来た少女を起こそうと、彼女の両肩を掴もうとした時だった――後方で大きな爆発音がしたのは。とっくのとうに落ちた夕陽が破裂した様に一つの方角の空だけ明るくなる。その方角にある建物は、ハートランドシティが所有する第四ふ頭倉庫――カイトのアジトであり、アストラルを助けに行くため、遊馬が向かった場所であった。

 

「遊馬……?」

 

 万丈目は遊馬がカイトとの二回目のデュエルに負けるはずがないと信じていた。では、この爆発は何であろうか。負けたら――死ねば諸共というナンバーズハンターの策であろうか。だとしたら、そいつは悪魔だ、とんだ卑劣漢の極みである。

 行き場のない両手が宙に浮く。目の前には異世界渡航の秘密を握った少女がいる。目と鼻の先では、遊馬が向かった倉庫が炎上している。ポン太がぎゃあぎゃあ騒いでいるが、何の単語も理解できない。此処で龍可を見逃せば、せっかくのチャンスを失ってしまう。駄目押しで爆発音がもう一つ響いた。どちらを取るべきか、万丈目の左手の薬指から汗から滴り落ちた瞬間だった。

 

『悩んでいる暇はないぜ、万丈目』

 

 脳漿から蘇る声に万丈目は息を飲む。少女の両肩を掴む予定だった両手で彼は緑のベストを脱ぐと、彼女にそれを被せ、倉庫へ足も心も全身も向けた。

 

(どうして、お前がそれを言うんだよ! お前に言われたら、俺は《この世界のお前》であるアイツを――遊馬を選ぶしかないじゃないか!)

 

「十代!」

 

 彼のシンボルといえるオシリスレッドの制服と白いズボンを着て笑う《あの男》の名を万丈目は叫んで走り出した――元の世界へ戻る可能性を秘めた少女をその場に置き去りにして。

 

 おおよそ三ヶ月の入院と二ヶ月の通院している彼は激しい運動を禁止されていた。万丈目の世界とは遥かに進んだハートランドシティの最先端医療技術をもってしても、やはり限界はあるのだ。死ななかっただけでも御の字だ、と彼は病室のベッドで何度も聞いた。落ちた筋肉、薄くなった腹、軽くなった身体、そして地獄の苦しみと痛み。どのような処置をされたのか、万丈目は聞いたはずだが、結局何一つ覚えられなかった。術後は良好だと聞いている、それと同時にもう二度と以前の身体のように無茶が出来ないことも知っていた。身体の中が失われたもので溢れている。

 一度、大きく転んだ。慌てふためくポン太の声を聞きながら、万丈目は足に力を込めて立ち上がる。ジョギングの方がよっぽど早いであろう、自身の持てる限りの力でダッシュする。過去に助けたかった友人の名を、今助けたい少年の名を何度も呼んだ。間近の目的地とはいえ、バイクで行った方が早かったかもしれない。ガクガク震える足を叱咤しつつも、万丈目は街灯輝く道路を駆けた。

 

 瞼を落とせば、独りで闇の淵へ行ってしまった友人が浮かび、仲間なんていなくても大丈夫になってしまった英雄(ヒーロー)を追い掛けた。

 

 瞼を開けると、運命と呼ばれる化け物によって闇の淵へ誘(いざな)われる少年が見え、仲間なんていなくても大丈夫にならないよう小さな勇者を追い掛ける。

 

『アニキ、あと少しだポン!』

 

 流れる汗と荒くなる呼吸音の最中、ナンバーズの精霊の声を聞いた。夜の底で、帝の鍵がしゃらしゃらと閃光を零している。もう一度、万丈目は誰かの名前を呼んだ。喉はカラカラで、どっちの名を呼んだのか、彼自身にすら分からなかった。

 

 だから、万丈目は知らない。その遥か頭上の夜空を、カイトから解放された凌牙の魂が肉体を求めて流れ星のように真っすぐに向かっていったことに、目の前のことに夢中な彼は微塵も気付かなかった。

 

 万丈目が倉庫に着いたときには爆発も火も収まっていた。倉庫は瓦礫の山と化し、燻る煙と時折爆ぜる火花は何かの終了を意味していた。十九歳の青年が合流したことに気が付いた鉄夫が「万丈目さん」と声を掛ける。喉が掠れて上手く発声できない万丈目は「アイツは――《……》は何処に?」と誰かの名前を呼んだ。

 

「私たち、この倉庫前で遊馬くんと合流したの。セキュリティ解除でドアは開いたけど、セキュリティロボは動いていて――」

「俺たちがそのセキュリティロボの気を引いている間に遊馬くんはカイトの元へ向かったウラ。でも、しばらくしたら爆発が起きて、俺たちは仕方なく外へ避難したウラ」

「遊馬がまだ中にいたのに、私は……っ!」

 

 キャッシーと徳之助の説明が終わった途端、小鳥が膝を着いて泣き出した。ナンバーズクラブの面々が沈痛な表情で、その場に立ち尽くしている。嘘だろ、と万丈目は原形のない、今にも崩れ落ちそうな瓦礫の山を見上げた。十三歳の少年の笑顔が脳裏に浮かぶ。ぎゅっと音がするぐらいに拳を握り締めると、万丈目は足を踏み入れ、大きな瓦礫のプレートを持ち上げようとした。

 

「万丈目さん、何をしようとしているんですか!」

「遊馬が中にいるんだろ……っ」

 

 あまりの重さに万丈目の細い身体が軋んだ。こんなので押し潰されたら一溜まりもないだろう。それでも力を込めるのをやめない万丈目を引き剥がそうと、等々力は悲鳴のような声を上げた。

 

「やめてください、万丈目さん! とどのつまり、そんなことしたら、貴方の指が――爪が折れていまいます!」

 

 爪、という単語に万丈目の込める力が緩んだ。硬いコンクリートの塊は無慈悲に硬化しており、柔らかい人間の指や爪なんて簡単に圧(へ)し折ってしまうだろう。万丈目の左の薬指の爪は、ようやっと元の状態に生え揃ったばかりなのだ。

 

 知らないうちに異世界渡航した挙句、大怪我をして右も左も分からない病室で目が覚めた万丈目は身体の痛みで呻き声を上げた。包帯は腕や足だけでなく腹にも巻かれており、何が欠けたかなんてこの時の万丈目には分からなかった。しかし、いの一番に左手の薬指に違和感を覚えた。左手の中指と小指を動かして、真ん中の薬指を探す。包帯の下にある薬指には何も引っ掛かるものがなく、その想像以上の柔らかさに、万丈目はこれ以上のない絶望に沈んだ。地獄がフラッシュバックする、しかし何の光景も蘇らない。恐怖と痛みだけが鮮烈に万丈目を焼き尽くす。彼の左手の薬指の爪は根元から消えていたのだった。

 背中の怪我はいい、鏡がない限り自分で見ることは叶わないのだから。だが、左手の薬指は駄目だ。否が応でも目に入り、彼の中で眠る恐怖を呼び起こす。だから、彼はいつも明里に包帯を巻いて貰っていた――巻かない方が直りは早いと言われても、生え揃った今でも尚だ。

 

 等々力の言葉を受け、恐怖が万丈目を手招きする。それなのに、十九歳の青年はプレートを持ち上げようと再び力を込め始めた。

 

「万丈目さん!」

「折れてもいい!」

 

 水色髪の少年の静止に黒髪の青年はそう答えた。

 十代は体を傷付けても、心を痛めても一人で戦っていた。だから今度こそは傷付いてもいいから、遊馬を助けたかった。

 

「それでも、だからこそ、今度こそ、俺は――」

「ぷっはぁ!」

 

 万丈目の心からの悲鳴を突き破るように、てんで逆方向の瓦礫の山から遊馬が顔を出した。遊馬! と彼の幼馴染たる少女が呼ぶと、まるで放課後に出逢ったかのように少年は「えへへ。オッス、小鳥!」と朗(ほが)らかに笑った。

 

「もう! オッスじゃないでしょ、ホント馬鹿なんだから」

「生きていたか、遊馬!」

「ははは、約束を守るまでは死んでたまっかよ!」

 

 涙を拭く小鳥と鉄夫に、遊馬は愉快そうに笑顔を向ける。その胸元には皇の鍵が朝日の塊のように輝いていて、彼の頭上には呆れたような表情でアストラルが浮かんでいる。瓦礫から這い出た少年は八艘(はっそう)飛びよろしく、破片やプレートを飛び越えて皆のもとへ向かおうとするが――やっぱり遊馬なのか、最後はこけてしまう。

 

「遊馬!」

 

 ナンバーズクラブの少年少女たちが駆け寄り、一斉にその名を呼んだ。呼ばれた少年は楽しそうに「大丈夫だよ」と笑う。

 

「《……》の馬鹿野郎!」

 

 この空間を唐竹割するような声が響いた。勢いがあり過ぎて、台詞の最初に呼んだ名前がかき消されるぐらいだ。弾かれる様にして皆が振り向くと、其処には肩を怒らせて立つ青年の姿があった。逆光になって、彼の表情は見えない。擦り傷だらけの遊馬がその名を呼ぶ前に、彼は大きく一歩を踏み出した。

 

「《お前》はいつもそうだ、こっちの気持ちなんて何も知らずに何も考えずに先に行っちまう」

 

 瓦礫に満ちた足元に注意を払わず、十九歳の青年はざくざくと歩を進めていく。

 

「大丈夫だなんて嘯(うそぶ)いて、そう信じ込んで・信じ込ませて、一人で暴走して、俺たちの知らないところで勝手に傷付いて」

 

 違う、と黒髪の青年は思った。伝えたいのはこんな凶暴な言葉じゃない。もっと肩を叩くような、友達のように柔らかく接したいのに、美術館前のタッグデュエル後に少年の名を呼んで一人誓ったように、病院の非常階段の踊り場で率直な気持ちを小鳥が遊馬に伝えたように、ただ素直な気持ちを、ありのままの気持ちを彼に届けたいだけなのだ。

 

「そんな《お前》のことを、この俺が――」

 

 とうとう万丈目は遊馬の前まで来た。少年は青年の伸びた腕を見て、このまま頬を叩(はた)かれるのではないかと危惧した。だが、その腕(かいな)は万丈目と同じ目線の高さで空(くう)を抱くと、すっと腰を落として遊馬に絡み付いた。

 

「心配なんて全然していないんだからな……っ!」

 

 万丈目から強く抱き締められる。無茶苦茶だ、言動が微塵も一致していない。自身より小さい身長の遊馬の肩に額を押し付け、万丈目は静かに震えている。肩に当たる熱を感じながら、少年は緩やかに思い返していた。

 

 入院中の万丈目は泣いてばかりだった。体中の大怪我による痛みで、カードの精霊が視えなくなった喪失感で、ひとりぼっちの寂しさで、異世界に来たことが分からない混乱に、夜の闇から襲い来る記憶の欠片という悪夢に、常に彼は頬を濡らしていた。そんな名も知らぬ患者を見て、遊馬は今まで知らなかった感情を覚えた。

 守りたいと祈った。救いたいと願った。ひとりじゃない、と教えてあげたいと思った。今まで涙の数だけ、これから彼の笑顔を見たいと誓った。両親の教えもあり、遊馬は他者に理由なく優しくするべきだと育てられた。だが、その時初めて理由をもって優しくすべきと、理由のある優しさを知ったのだった。

 今の万丈目の涙が入院時のそれとは異なることを遊馬は分かっていた。だが、それが正か負か、どちらの感情から湧き出たものなのかは分からない。ナンバーズを賭けたデュエルを行ったからだろう、万丈目の擦れた服の裾や傷口が視界に入る。与えられた温もりに応えるため、遊馬は彼の汗で濡れた背に腕を回した。そうすると、今までの万丈目との思い出がくるくると脳内を巡った。

 凌牙とのデュエル前にコーチしてくれたこと、ブレイビングを教えてくれたこと、アストラルと一緒に悩んで考えて、馬鹿なこともやって笑ったこと、はじめてのカイト戦の後に発破をかけてくれたこと、相棒を救うために先に征かせてくれたこと、そして今、激しい運動を禁止されているのにもかかわらず、ワイシャツ一枚で汗を掻く程に急いで駆け付けてくれて、遊馬の姿を見て安心したと言ってくれたこと――それら総てが混ざり合って、次の台詞を十三歳の少年に言わせたのだった。

 

「サンキュな、万丈目!」

「俺は万丈目さん、だ!」

 

 顔を見せないまま、即時に返される、最早てんどんになったやり取りに遊馬は腹の底から笑いたくなって、目の前の青年に力加減も忘れてしがみ付いた。万丈目から与えられる「痛い!」「苦しい!」「汗臭い!」等のいつも通りの罵声が嬉しい。じゃれ合う二人にナンバーズクラブの面々は顔を互いに見合わすと、にっこり笑って我先に飛び付いた。大きな団子になって涙を置き去りにして大笑いする少年少女青年に、ポン太も『狡いポン! オイラだって!』と混ざりに行く。

 

『私からもお礼を言わせてくれ、万丈目、およびナンバーズクラブの少年少女たち。……そして、これが遊馬と君たちの絆《友情》か。記憶しておこう』

 

 そんな光景を見下ろしながら、遊馬との新たな絆の力《ZEXAL(ゼアル)》を習得したアストラルの目を細めての呟きは、夜空に浮かぶ満月だけが聞いていたのだった。

 

 

 11

 

「襲撃しないのですか? 今なら九十九遊馬も万丈目準も倒せるでしょう」

 

 無人ビルの屋上から、眼下の少年少女青年、ナンバーズの精霊、及びアストラルの動向を観察していたアモン――Ⅵ(ゼクス)の鉄面皮(てつめんぴ)を航空障害灯が照らし出す。その隣に立つ首魁(しゅかい)の少年であり、銀色のマスクをつけた少年トロンは「何故だい?」と訊いた。

 

「じきにドクターフェイカーが企んだ、ナンバーズを集める為の世界大会《WDC(ワールド・デュエル・カーニバル)》が始まるんだ。それを利用するに越したことはないよ。一気にナンバーズ使いを一網打尽にできる良い機会があるのに、たかが二人のために此処でその体力を使うのは勿体ないじゃないか」

 

 ねぇ? とねっとりとした口調で同意を求めるトロンに、その忠実な駒でしかないⅥ(ゼクス)は無言で肯定しただけだった。

 

「ところで、君と同じ世界から来た……いや、《逝った》というべきか、万丈目くんは随分と子供たちと打ち解けているじゃないか。あんな短時間であそこまで仲良くできるなんて、Ⅵ(ゼクス)は羨ましくないかい?」

 

 今度はⅥ(ゼクス)がトロンの問いに「何故です?」と言い返す番だった。

 

「《泉下の住人》たる我々は逝ったときに総てを失いました。何の基盤も土台もないのです。何もないところに打ち立てるなんて、しょうこともないことではありませんか」

 

 Ⅵ(ゼクス)の言う、なにもない《空虚》に絆を築き上げる万丈目の姿は、彼の眼にはどのように映るのだろうか。無機質・無感動の彼の双眼を見たトロンは「それもそうだね」と笑わずに頷いた。

 

「万丈目準同様、所詮僕は涅槃に逝けず、この世界を漂う死者でしかありません。生者である貴方は本懐を達するため、この私(わたくし)めを駒として存分に使役して下さい。貴方の復讐を遂げることが一番の目的ですから」

 

 瞬き一つしない彼は、まるでアンドロイドのようであった。いや、アンドロイドの方がよっぽど人間らしく感情があるように話すだろう。興味を最初から然程(さほど)持っていなかったⅥ(ゼクス)がビル風で煽られる緑の礼服を正しつつも、眼下の光景を「茶番だ」と酷評する。机上の空論、砂上の楼閣と言わんばかりの冷たい響きに、トロンは銀色のマスクの下で嘲笑った。

 

「それにしても、また別の異世界から来た少女か。あの子も死んで此方の世界に来たのかな?」

 

 フフフとトロンが笑う。首魁の少年は魔法陣を呼び起こすと、配下の青年と共にこの場から撤退したのだった。

 

 

 12

 

 波間に漂うように、機械仕掛けの天使が夜の空を飛んでいる。長時間のデュエルによるフォトンモードの酷使により、グライダーで滑空するカイトの身体はオイルを欲しがる機械のように軋んでいた。謎の高エネルギーを発生させ、ナンバーズのオリジナルと己をエクシーズした九十九遊馬の《ZEXAL(ゼアル)》の力を前にして、デュエルを引き分けにまで持っていくことはできたが、如何せん初めての出来事で混乱が勝(まさ)っていた。いったい何がどうなって、何が起きたのかすら、カイトは理解できなかった。しかし、皇の鍵を奪還され、ナンバーズを一枚も得ることが出来ず、凌牙の魂を解放し、何者かのコンピュータウイルスによってシステムが乗っ取られてアジトが崩壊した、という不服で不快な事実が起きたということは確かであった。

 

「この俺がデュエルで引き分けを演じるとは! なんたる屈辱! 次こそは必ず――っ?」

 

 グライダーが大きく傾いた。無論、強い風が吹いた訳ではない。ならば、この機械仕掛けの翼に変形したロボの独断ということになる。

 

「オービタル7! 貴様、何のつもりだ! 本当にスクラップにして……っ! あれは!」

 

 カイトの視界の隅の、道路の端で不自然な緑色が映る。その緑色の布は彼女に掛けられたベストで、その少女はぐったりと横たわっていた。

 

「龍可!」

 

 すぐさま降下し、カイトは少女に近付いた。どうしてハルトの面倒を見ているはずの彼女が此処にいるのか。傷付いているということはナンバーズを持った何者かとデュエルをしたのか。まるで理由が見えぬまま彼女を抱き起こし、カイトは少女の名を必死で呼ぶ。何回呼んだだろうか、龍可の瞼がゆるゆると動き出した。

 

「カイトさん……? ごめんなさい、私、本当は九十九遊馬を足止めしようとしたのに、デュエルアンカー失敗しちゃって、その九十九遊馬の仲間の……全然知らない男とデュエルすることになって――」

「龍可! 俺は貴様にそんなことを頼んだ覚えはない!」

 

 腕の中の少女にカイトは感情を凶器のように、そのままぶつけた。水晶のように濁りのない、彼女の瞳が大きく開かれる。十二歳の少女はカイトの弟よりほんの少し大きいだけで、首も腕も足もどれも頼りないものだった。龍可の丸い頭の後ろに回した、金髪碧眼の青年の腕が震えそうになっていることなんて、彼女は永遠に気が付かなければいい。カイトに怒りの弾丸(バレット)を撃ちこめられた少女は目尻を落として、もう一度「ごめんなさい」と謝った。

 

「どうして、貴様がDゲイザーとDパッドを持っている!」

「Mr.ハートランドにシンクロ召喚に対応したDパッドとDゲイザーを貰っていたの。これさえあれば、カイトさんを支えられるからって――」

 

 途切れ途切れで喋る龍可の口から出たMr.ハートランドの名前に、カイトは「あの悪魔め!」と脳内で散々罵った。

 

「デュエルには負けちゃった……だけど、カイトさん、聞いて。九十九遊馬の仲間、万丈目準もナンバーズを持っていたの」

「もういい。龍可、何も喋るな」

「万丈目準はランク2エクシーズ軸の《おジャマ》デッキの使い手よ。【鹵獲装置】で此方のモンスターを奪いとって、フィニッシャーにするぐらいの、とんでもない手段を取ってくるから、カイトさん、アイツとデュエルするときは――」

「何も喋るな、と俺は言っている!」

 

 荒ぶる精神(こころ)のまま怒鳴りつけると、ルカは三度目の「ごめんなさい」を口にした。目を瞑ったことで、彼女のこめかみを涙がポロリと流れていく。

 カイトの力になりたいのに困らせてばかり、と少女が反省する一方で、感情の奔(はし)るままでしか気持ちを伝えられない自分自身にカイトは心底嫌気が差していた。Mr.ハートランドの呪詛が青年の鼓膜内を荒らし、「弟のために他者を傷付ける男に、その他者を優しくする資格はない」と嘲(あざけ)り罵(ののし)った。その通りだと、開き直れたらどんなにいいだろうか。だが、開き直ったら最後、あのブランコをこぐ優しい記憶の夢すら見るのを許されなくなるような気がした。

 

『つまり、龍可様は、ナンバーズを賭けたデュエルで相手に自分モンスターのコントロールを奪われた状態で敗北してしまった、ということでしょうか?』

 

 翼から元の姿に戻ったオービタル7が会話に無理やり参入する。その質問にまだぼんやりしながら「そうよ」と少女が頷いた。再確認された内容にカイトの顔がさっと青くなる。

 

「龍可、貴様は知らないのか! ナンバーズを賭けたデュエルでコントロール奪取された状態で敗北すると――」

 

 カイトの言葉に、デュエルディスクのエクストラデッキを入れるポッケを龍可が慌てて開く。十五枚マックスまで入れていたシンクロモンスターカードは何度数えても十四枚しかなかった。

 

 第四ふ頭の瓦礫の前で遊馬たちと戯(たわむ)れる万丈目は知らない。彼のエクストラデッキの中に見慣れぬ白いカード――異世界のシンクロモンスターカード【ジャンク・ウォリアー】が入ってしまっていることに。そして、このことが新たな因縁と運命の導きとなることに、彼は露とも気付いていなかったのだった。

 

 

 13:Before The World:永(なが)い休暇

 

「久しぶりの長い休暇だ、旅行でも行ったらどうかね」

 

 スポンサーである千里眼グループの会長からの提案に、銀髪のプロデュエリストは音を立てないよう扉をやや乱暴かつ丁寧に閉めただけだった。

 

「エド」

 

 マネージャーのエメラルダに呼ばれる。本社ビル内に用意されたエド専用の部屋の中にまで追ってくるとは彼女らしくない、と思いながら、青年は磨りガラスの衝立越しに無言で応対する。

 

「気落ちしないで。今回の件、貴方に全く落ち度はないもの」

 

 しゅるり、ときっかり締め付けられていたネクタイを外した。トレードマークの白いスーツを脱ぎ捨て、ネクタイ同様、傍らのソファへ悪態のように放り投げる。

 

「会長も貴方を信じているわ。今回のプロデュエリスト資格停止も、貴方の疑いを晴らすために必要なことなのよ」

 

 床に直(じか)置(お)きしていた大きな紙袋から服を取り出す。今まで来ていた服とはまるで逆の黒いカジュアルジャケットはネットのファストファッションストアで適当に選んだものだ。

 

「これも長い休暇だと思って頂戴。ほとぼりが冷めれば、いつも通りプロデュエリストとして活躍できるようになるわ。ほら、貴方、幼い頃からずっと働き詰めだったじゃない? きっと良い休暇になるわ」

 

 ずっとスーツばかり着ていたものだから、慣れないカジュアルファッションを着こなすのに時間が掛かってしまう。紙袋の奥底にあったサングラスに、フゥと息を吹きかける。

 

「リフレッシュだと思って、会長の言う通り、旅行でも行って気楽に過ごせばいいと思うの」

 

 意外とキャップの被り方に悩んだ。有名なベースボールチームのイニシャルが刻まれたキャップは、つばが大きくて、サングラス越しの景色を更に暗くしてしまう。

 

「貴方が気にする必要は一つもないわ」

 

 スニーカーのサイズが合っていて安心する。空っぽになった紙袋に履き慣れた革靴を一番初めに入れ、碌に畳みもしないでスーツなどを押し込んだ。

 

「あれは不運な《事故》だったのよ」

 

 今度こそ、大きな音を立ててボストンバッグを床に置いた。磨りガラス越しに一人でお喋りしていた女性が震えたのが分かる。彼女もようやくエドが普段とは異なる行動(アクション)をしていることに気が付いたらしい。最年少でプロデュエリストになった青年の名前を呼びながらエメラルダが覗き込む前に、エドは姿を現した。

 

「プロデュエリスト無期限資格停止前の最後の仕事だ、これをクリーニングに出しといてくれ」

 

 左手に持っていた紙袋を彼女に押し付ける。エドの格好とその袋の中身を交互に見るエメラルダの表情(かお)は、折角(せっかく)のメイクが勿体なく感じるほど間が抜けていた。右手にボストンバッグを持ったままなので、空いた左手でドアノブを握る。それを遮るように女性マネージャーは声を上げた。

 

「エド。貴方、何処へ行くつもりなの?」

 

 髪型と顔を隠すようにキャップを深く被り、それでも足りないのか遮光性の高いサングラスを掛けている。黒いカジュアルジャケットを着たエドの右手はボストンバッグで塞がっており、そのまま顔すら向けずに「さてね。君の言う《旅行》じゃないのかな」と他人事のように告げた。

 

「待って!」

 

 扉を開けようとするエドの左手の上に、彼女が白い手を重ねる。爪も手も奇麗に管理されていて、きっと水滴一つも浸透できないだろう。手の甲越しに感じる、他人の生きている証(あかし)の熱が今はただ不快でしかない。いや、不快なのはそんなことではない。

 

「あれが《事故》だって? ひと一人亡くなっているのに随分とおかしな話だ」

 

 エドが力を込めてドアを開け放つ。置かれただけの甘い手は、それだけで簡単に離れてしまう。あんな力で止められるなんて、これこそ可笑しな話ではないか。

 

「違うわ! 私は貴方に降りかかった不運を《事故》と言っただけで、それにもうあれは解決して――」

「エメラルダ、Long Goodbyeだ」

 

 ハイヒールでは流石に走れないらしい。スニーカーで早歩き出来るエドはするっと従業員用のエレベーターに乗り込み、彼女の鼻先で扉を閉めた。ボタンを押して壁に耳を傾けると、背中を叩くように、下へ下へと降りる音がゆっくりと鼓膜をあやしてくれる。窓もない狭いエレベーターの中、プロデュエリストのエド・フェニックスらしくない行動に自嘲が漏れないようにするので手一杯だった。

 

 エメラルダが口にした《事故》の手掛かりなんて、エドは一つしか持っていなかった。それも手掛かりと言えるものかどうか怪しげなレベルだ。しかし、事情聴取の際、エドがそれを伝えると、捜査官は「そんな奴はいない」と言い切った。そのおかげで拘束時間が伸び、千里眼財閥の手回しがなければ今尚、答えのない無駄な質問を浴びせられていただろう。その点だけは会長に感謝していた、ついでにこの長い休暇にも。

 

 ポケットに入れていたフライトチケットを取り出す。優に時間は間に合うが、お暇(ひま)なジャーナリストを撒くためにも早めに出発しなくてはならない。エレベーターがグランドフロアに到着する。配送業者の横をすり抜け、裏口目指して真っ直ぐに歩く。

 去り際の万丈目との会話のやり取りを思い起こす。思い起こし過ぎて、きっと幾らか改変してしまっただろう。しかし、どうしても最後に見た彼の表情が思い出せなかった。思い描くことが出来なかった。総てが判(わか)れば、それも得られるのだろうか。

エメラルダの言う通り、この《事故》は解決している。だが、エドは納得していない。どうして彼が亡くなったのか、真実だけが欲しい。

 裏口の自動扉が開く。外は雨が降っていた。慌ただしく動く大人たちは誰もエドに気付かない。ポケットに戻したフライトチケットを握り潰さないよう用心する。真実を掴むため、唯一の手掛かり――万丈目が亡くなる数十分前の別れ際に言った台詞を思い起こしながら、ボストンバッグを肩に負ったエドは青い傘を開くと大きく一歩を踏み出した。

 

「エド。俺、人と会う約束をしているんだ」

 

 

 

第一章  完

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