ノット・アクターズ   作:ルシエド

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 諸々の配慮のため、実在の人物や組織などの名前はちょっと変更されてます。
 でも作中で使われてる素材・技術・出来事・番組名なんかは基本そのまんまです。
 この作品はフィクションです(念押し)


ノット・アクター

 昔、特撮映画では多くの仕事を一人の人間が兼任していた。

 怪獣のスーツと街のセットを同じ人が作ったり。

 監督と脚本を同じ人がやっていたり。

 怪獣のスーツと主人公の服を同じ人が作っていたりしていたという。

 

 現代では、それぞれの仕事が分業されている。

 多くの人が自分の専門を極め、多くの会社が自分の専門を極め、多くの人と多くの会社が力を合わせて映画やTV番組を作り上げる。

 それが、現代の映像作りというものだ。

 

 ならば、現代においてそれらの多くを一人でこなせる人間がいたとすれば、その人間は間違いなく天才と呼ばれる人間と言えるだろう。

 

 けれども。

 それが、俳優でないのなら。監督でないのなら。プロデューサーでないのなら。

 脚本でないのなら。デザイナーでないのなら。音楽担当でないのなら。

 その天才は、日の目を見ることはないだろう。

 

 現代の映像作品は、多くの人間、多くの会社が力を合わせて作られる。

 けれども、『表舞台で脚光を浴びる人間』というものは、ほんの一部に限られている。

 

 作品を作る要。

 けれど、作者に非ず。

 演劇の舞台になくてはならない存在。

 けれど、演者に非ず。

 彼らがいなければ何も表現することはできない。

 けれど、表現者に非ず。

 小道具、大道具、舞台作り、衣装作成。

 

 

 

 その者達、演者に非ず(ノット・アクターズ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 子供の頃、俺はウルトラマンと仮面ライダー……棘谷プロと西映の両方の撮影場所で仕事をする父に連れられ、幼い頃から色んな現場に行った。

 早くに母親を亡くした俺は、撮影場所の片隅で手の空いている大人に相手をしてもらうことが多かった覚えがある。

 

 仕事一筋で金稼ぎに興味の無い俺の父親には、あまり金がなかった。

 だから仕事場で誰かに俺を預けて、ベビーシッターとかそういうのの金を浮かせてたと聞く。

 それが許されていたのは、俺が幼い頃から大人しい子だった(らしい)のと、何より俺の父親が……他の誰もが比肩できないほどに、優れた道具作りの名手だったからだ。

 

 俺の父は何でも出来たが、特にウルトラマンや怪獣が壊す街のミニチュアを作るのがとびっきりに上手かった。

 

 俺は子供心に憧れたんだ。

 父が作るヒーローに。

 父が作る怪獣に。

 父が作る街に。

 父が作る武器に。

 父が作る衣装に。

 

 父と一緒に、色んな特撮の撮影の舞台に行った。

 撮影のプロである色んな人と触れ合った。

 ある日から、気まぐれに撮影に使っていた廃材で遊ぶようになった。

 周りの大人を真似するようになった。

 最初は見よう見まねで、途中からは大人に教えてもらって、周りの大人ができる撮影関連の技術は全部できるようになった。

 

 中学に入る頃には、撮影所の新人よりかはよっぽど使える人間になっていた。

 

 親父と同じく、俺は特撮番組の物作りなら大抵のことができる奴だった。

 親父と違って、俺は等身大の人間を魅せる仕事が上手いと言われるガキだった。

 ハンパに遺伝して、ハンパに遺伝しなかったわけだ。

 

 そして、今。

 18歳になった今も、俺は撮影所に入り浸っている。

 物心ついた時から今にいたるまでずっと撮影所に入り浸っている、っていうことは、俺は人生のほとんど全てを撮影所通いに費やしてるってことだ。

 我ながら変な人生を送ってるなと思わざるを得ない。

 

 俺の立ち位置も、『最高の特撮職人の息子』から『仕事を振れば大抵のことはこなす若手のフリーランス』に変わった。

 つまり、正式に映像作りのスタッフとして雇われるようになった。

 俺の背は伸びたけど、変わったことなんて給料の有無と、責任の有無くらいしかない。

 

 思えば酷い話だ。

 あのプロデューサーも、あの監督も、俺が撮影所に遊びにきてみんなの手伝いをしている限り、スタッフ一人分の給料を浮かせられると考えていたわけだ。

 だから俺も、中学卒業まで正式なスタッフになって給料を貰うという発想にそもそも至らなかったのだ。

 

 数年分はプロに混ぜられて無駄働きさせられていた事実、許すまじ。

 大人は汚え。

 監督やらプロデューサーやらは、俺が中学校に入る頃にはプロのスタッフと同格の技量があると気付いていて、ずっとただでこき使っていたのだ。

 汚い大人達は楽しげに笑っていた。

 

『やっと気が付いたのか、はっはっは』

 

『お前もやっと俺達の同僚だな』

 

 俺が中学卒業と同時にこの世界に入った時、嬉しそうにしていた大人達の顔を覚えている。

 俺がちゃんとしたプロになって、映像作りに関わるようになってからも、あの人達は給料を払っていつも俺を雇ってくれている。

 今になっても、俺に色んなことを教えてくれている。

 大人の考えることは分からん。

 

 さて。

 

「いい感じだな……」

 

 俺は基本フリーランス。呼ばれればどこにでも行く何でも屋だ。

 昭和の時代は俺みたいなのが山のようにいたらしい。

 

 今は西映の特撮番組『ウルトラ仮面』の撮影で仕事をすることが多いが、仮面ライダーもウルトラマンも戦隊もやる。

 映画やCMの援軍に行くこともある。

 本当に時々にだが、新人教育のための講師の仕事をすることもある。

 

 そして今日は、仮面ライダーのネットムービーの撮影のお仕事だ。

 

 近年のネットは強い。

 とても強い。

 俺は仕事以外でパソコンやスマホ使うのが苦手だが、そんな俺でも分かるくらい強い。

 有料会員限定配信の番組は、新時代の金の卵なのである。

 

 西映株式会社の看板の一つ『仮面ライダー』もまた、ネット限定配信で稼ぐことをしっかり考えている有名番組の一つだ。

 俺はこれのスーツ造形、小道具大道具、環境作りの仕事もやっていて、今は撮影に同行しているところである。

 

「お、いい動き。ネットムービーだけじゃなく、本家でも使えそうだなあの俳優さん……」

 

 現地で見ることは大切だ。

 でなければ改良ができない。

 

 仮面ライダー、及び俺が今メインで関わっているウルトラ仮面において、スーツは大きく分けて二種類に分けられる。

 『アップ用』と『アクション用』だ。

 

 アップ用は、そのスーツを至近距離から大写し(アップ)で撮影してもかっこよく見える、写りは良いが壊れやすい芸術品。

 アクション用は、そのスーツを着て戦闘などをするため、アップ用より頑丈で、軽く、柔軟で壊れにくい実用品。

 この中でも特にアクション用は、現地でのアクションを見てアクションがし難いと見たなら、すぐにでも改良していかないといけない。

 少しでも壊れたなら、即日直さないといけない。

 その改良と修復が、俺の仕事なのだ。

 

 例えば、仮面ライダーフォーゼ(2011年)。

 仮面ライダーフォーゼは、宇宙を題材にした仮面ライダーだった。

 両腕を突き上げ『宇宙キター!』と叫ぶ動きや、不良主人公のため仮面ライダーの格好でヤンキー座りをする格好が印象に残っている。

 

 ちなみに俺はラスボスのサジタリウス・ゾディアーツが一番好き。

 超新星で強化変身する前のデザインが好き。

 

 そんなフォーゼだが、最初に作られたアップ用スーツは酷いことになった。

 スーツの構造や素材においても挑戦的だったせいで、肩関節が動かず『宇宙キター!』ができない上に、生地が伸びないのでしゃがむこともできなかったのである。

 なので、フォーゼのアップ用スーツは、写真写りこそいいものの、フォーゼの特徴的な動きを何もすることができなかったのだ。

 

 バカじゃねえの?

 

 とまあそういうわけで。

 フォーゼのアクション用スーツは、多大に改良されたものが作られた。

 その後も紆余曲折あり、仮面ライダーフォーゼのアクション用スーツは撮影期間の間に適宜、改良を加えた新しいスーツとの交換を続けた。

 

 なので最終的に、フォーゼのアクション用スーツの数は相方の仮面ライダーメテオのスーツの数の六倍にもなったという。

 白い生地は日焼けしやすいとはいえ、本当に改良に次ぐ改良だったことが伺える。

 俺も現地で撮影を見て、改良の必要があると思ったなら、すぐに改良を提案するつもりだ。

 

「ん、今のところは改良の必要無さそうだな」

 

 まあ、それを抜きにしても、俺は監督や俳優が全身全霊で撮影しているこの空気が好きで、特に用がなくても色んな撮影現場に足を運んでいる。

 

 俳優。

 カメラマン。

 監督。

 脚本。

 美術担当にアクション担当。

 色んな人が忙しなく動いている、この空気が好きだ。

 

「カットカット! そんじゃ15分ほど休憩入れるよー!」

 

 監督が休憩を宣言する。

 俺は折りたたみ式の椅子を持っていき、配信用オリジナル仮面ライダーのスーツを着たスーツアクターさんが座れる場所を用意してやる。

 おつかれさん。

 

「ありがとう」

 

「いえ、俺の仕事ですから」

 

 15分休憩なら、すぐに再開になる。

 マスクだけ脱がせて、スーツは脱がせない方がいいだろう。

 

 特撮のスーツは、一人で脱げないことが多い。

 背中にチャックがあるなど、物理的に手が届かないパターンが多いのだ。

 このスーツもスーツアクターさん一人では脱ぐことができず、その上脱ぐにも着るにも時間がかかる。

 安易な判断で脱がすと後に響きかねない。

 

 特撮でスーツを着て演じる演者(アクター)のことを、スーツアクターと言う。

 TV番組においても映画作品においても、要となる『顔なしの俳優』だ。

 マスクを脱がせてやると、汗まみれのスーツアクターの顔が出て来た。

 

「水です」

 

「ありがとう。悪いね、スーツ造形の君にこんな仕事させて」

 

「いえ、俺はそんなに他にすることもないですから」

 

 仮面ライダークウガ(2000年)、という番組がある。

 平成仮面ライダーの始祖とも言える名作中の名作だ。

 その最終決戦において主人公のクウガとラスボスのダグバは、雪降る山の銀景色の中、真っ赤な血で雪を染めながら、最終決戦に挑む。

 この日の雪山撮影はあまりにも寒かった。

 ので、スーツの下にホッカイロを三十枚ほど仕込んだそうな。

 まあ雪山だし凍死しかねねーもんな、当然か。

 

 ただし、このクウガの件は極めて例外だ。

 

 基本的に、スーツは熱い。

 そりゃもう熱い。

 仮面ライダーでも、ウルトラマンでも、怪人でも怪獣でも全部同じだ。

 ゴムっぽい素材が多いため、熱はこもり、蒸発した汗はこもり、太陽の熱はスーツの内部に蓄積されていく。

 

 特撮番組の歴史は、スーツアクターが春夏秋冬全てで脱水症状を起こしてきた歴史だ。

 ヘタクソな監督は、その辺りを計算に入れられない。

 経験豊富な監督が、その辺りを計算に入れられないことはまずない。

 この15分の休憩は、スーツアクターの限界を見極めた上での休憩なのである。

 

 うーん派手に蒸気化した汗が吹き出てんな……汗臭え。

 少し劣化したウレタンや塗装剤の臭いと混ざって臭い。

 さて、他の役者はどうなってるかな?

 

「―――!」

 

「―――?」

 

 おーおー、やってるやってる。

 監督は助監督と、俳優は俳優と、カメラマンはアクション監督と話してるな。

 

 あっちはずっとモブキャラ演じてた俳優の卵達で集まって話してんのかな?

 流石に俳優のヒナ達は若えなあ、10代ばっかだ。

 俺も18歳だけど。

 

 うん。

 こういう空気も好きだ。

 特に役者を見ているのは楽しい。

 

 『自分以外の誰かになる』役者。

 『自分を存在しない架空の人物へと変じさせる』役者。

 『自分を視聴者の分身と化す』役者。

 何かを演じてる人間は好きだ。

 

「やっ」

 

「? ……湯島さん、こっち来てていいんですか?」

 

「今日役者の方に同い年おらんねん、見知った顔は君だけや」

 

 モブキャラを演じていた俳優のヒナ達の方から、綺麗な女性が一人歩み寄ってきた。

 親しげに話しかけてくる彼女は、俺もよく知る人物だった。

 

 湯島(ゆしま)(あかね)

 今は……オフィス華野所属だったよな?

 子役上がりの俳優で、この作品では怪人に追い立てられる女性Cを努めていたはず。

 

 綺麗な容姿、柔らかな笑み、よく通る声に十分な演技力と、新人基準で言えば俳優に必要なものは全て持っている。

 長い髪を編んで肩前あたりに流しているのも印象的だ。

 ただ、逆に言えば現状それだけでしかない人でもある。

 

 まだ、ヒットしていない人。大舞台の主演女優にはまだなれないような人だ。

 まだまだこれからだとは思うが……ああクソ、駄目だな。

 この業界にいると、どうしてもヒットしていない知り合いを見ると『まだ』という言葉を使いたくなる。『まだ売れてないだけ』と思いたくなる。

 芸能界で『まだ』ほど嫌な言葉もない。

 知り合いを贔屓目に見るのは、あまりよくねえことだ。

 反省しよう。

 

「どや最近、仕事相変わらず忙しいんやろ?」

 

「そうですね。最近はウルトラ仮面での仕事が多いですが」

 

「キミはいっつも特撮の仕事持ってる印象あるなぁ」

 

 子役上がりの人には、俺と昔馴染みの人も多い。

 俺は3歳の頃から現場にいたからだ。

 大人達に子供同士遊んでなさい、と言われることも多かった。

 湯島さんとも現場の隅っこで遊んでいた覚えがある。

 

 だからこそ言えることがある。

 子役上がりが俳優を目指して生き残れるパターンは、とても少ない。

 だから俺は、彼女を応援してるんだ。できれば生き残ってほしい。それが人情じゃねえか。

 

 って、ん?

 

「湯島さん、服の袖が破れてますよ?」

 

「え? ……あっ、ど、どないしよ! これ借りもんなんや!」

 

 ありゃりゃ。

 怪人から逃げるシーンで木の枝とかに引っ掛けたか?

 

「大丈夫大丈夫、衣装屋には俺が話通しておきますよ。縫って直すんで、腕出してください」

 

「ちょい待ち、休憩終わるまであと10分も無……」

 

「三分くだされば、まあ」

 

「……できるんなら、お願い! 大きな声では言えんけど、私……」

 

「湯島さんの監督からの心象を悪くしたりしませんよ。次の仕事に響くかもですし」

 

 だからそういう顔するなって。大丈夫、間に合わせるから。

 

 腕を差し出してきた湯島さんの破れた袖を摘んで、針と糸で縫う。

 急ごう。

 女の子の前だから見栄張ったが、三分はきっついわ!

 

 特撮番組で登場人物が着ている服は、大まかに三パターンに分けられる。

 俳優の私服。

 番組用に一から作った専用服。

 そして、衣装を貸してくれる会社から衣装を借りたものだ。

 

 湯島さんが破った服はこの、貸衣装に入る。

 場合によっては番組の予算で賠償しないといけないやつだ。

 

 近年だと、現在放送中の戦隊シリーズ『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー』なんかが、この衣装システムにおいて象徴的だ。

 変身したヒーロースーツ。

 パトレンジャーの警察制服。

 ルパンレンジャーのタキシードを改造した怪盗服。

 全てが衣装部による新造で、かつ各キャラが私服という設定で着る服は、貸衣装の衣服を衣装部がコーディネイトした形。

 服装面から、二つの戦隊が戦い競い合うという斬新な戦隊番組を、きっちり演出しきっている。

 

 よって当然だが、俺も撮影用の衣服を作るため、大抵の服は一通り作れる。

 特撮とは、そういう世界だ。

 布を操れないものに、特撮の世界で物作りをする資格はない……親父はそう言っていた。

 だから。

 この衣装も、ちゃんと直せる。

 

 まあ、新人がやったとなれば角が立つが、俺はあそこの貸衣装屋から大きい仕事を今一つ委託されてる。

 俺が伝えればグチグチ文句は言わんだろ。

 湯島さんの名前出す必要もないし、俺が破って直したことにしとけばいいや。

 その代わり、あそこの会社が貸衣装を補充する時、ちょっと良い質のやつを納品しておこう。破ってごめんなさい、ってことで。

 

「はい完成」

 

「早っ!? 二分しか経ってないんやけど!?」

 

「俺、仮面ライダーカブトの新造スーツの仕事やったことあるんですよ」

 

「それ絶対関係ないやろ」

 

 クロックアップ! 仕事は終わる! うーむ意外と早く終わった。

 

 破れが目立たない仕様にしたが、本当は破れた部分に刺繍の一つでも入れた方がいいんだ。

 そうすれば刺繍で誤魔化されて破れた跡がほとんど見えなくなる。

 だけど今は撮影中。

 カットごとに袖口の刺繍が増えたり減ったりしたらアウトだ。

 なんで、破れ跡が極限まで目立たないようにして縫った。

 かーっ、めんどくせえ!

 これだから撮影ってやつはめんどくせえんだ。

 

 しかし破れた袖つついてる湯島さんかわいいな。

 

「はー、また腕上げたんとちゃう?」

 

「15年くらいは特撮ヒーローの世界にいると、色々身に付くものもあるんですよ」

 

「いつ聞いても耳を疑う年数で困るんやけどなあ、それ」

 

 15年。15年かあ。特撮の世界って余裕で20年選手がいるから困る。俺でもまだ若造だ。

 

「相変わらずの出来で安心したわ。ありがとさん、また助けてもろた」

 

「お気になさらず、仕事ですので……湯島さん、ちょっと痩せました?」

 

 袖は完璧に直せた。

 でも、なんというか。

 袖を持った時に気付いたが、湯島さんが前より痩せてるような気がする。

 俺の発言の瞬間、湯島さんの表情がこわばった気がした。

 

「そこは美人になったー、とか言うんやで! でもま、言われて嬉しいことではあるなー」

 

「そうですね。細身になって、小学生の頃よりますます美人になりましたよ」

 

「まーたそんなお世辞! 嬉しいやん!」

 

 すぐに笑顔に切り替えて冗談を言い始める湯島さんに合わせて、俺も笑って話を合わせる。

 

 ああ。

 クソ。

 余計なこと言っちまった。

 

 子役上がりは苦労をしてる。

 子役の時にしっかりブレイクできなかった子役はなおさらだ。

 仕事は多くなく、頑張って自分を売り込んでいっても仕事は少なく、撮影に出ても人気俳優ほどの効果は得られず、次の仕事に繋がりにくい。

 痩せたように見えるのは、苦労してるからだ。

 

「湯島さん、お茶どうぞ。休憩明けからも頑張ってください」

 

「重ね重ねありがと。うん、頑張る気が湧いてきたわ」

 

 職業柄、決して表舞台に上がれない俺と。

 実力不足で表舞台に上がれない彼女。

 俺は、彼女の方が辛いだろうと考える。

 彼女にとって『売れない』ということは、「お前に実力がない」「お前に魅力はない」「お前の努力は無駄」と言われているに等しいからだ。

 

 脚光を浴びるのは、一部の人間だけだ。

 例えば、そう――

 

「かーっ、百城千世子みたいに売れたら楽なんやけどな」

 

「……あはは、あのレベルは結構頑張らないと難しそうですね」

 

「頑張っても、届くんかなあ、あの高さやと……」

 

 ――今の時代、湯島さんの世代と若手を代表すると言われるトップ女優、『百城(ももしろ)千世子(ちよこ)』のような。

 俳優は誰しも、あのレベルの成功を夢見るのだろう。

 スポットライトは、大抵ああいった人物に集中して当てられる。

 

 TVや雑誌といった"大衆の視線を集めるスポットライト"が、全ての人間に平等に当てられることはない。

 目立つ者、頂点に近い者に集中して当てられる。

 それが芸能界というものだ。

 

 ここは、『選ばれし者』を上に押し上げ、それ以外を切り落とす、そういう世界。

 

「届きますよ、湯島さんなら」

 

 俺は嘘をつく。

 

「この業界、ブレイクするかは結構運なところありますから」

 

「そう、やろか?」

 

「そうですよ。運が巡ってくれば、湯島さんはもっと上に行けます!」

 

「……うん、そうやね。よし、休憩明けから頑張らんとな!」

 

 芸能界は、努力が報われる世界ではない。

 ここはスポーツの世界に似ている。

 一握りの人間が極端に報われる世界で、才能が無い努力家も、努力しない天才も、等しく空気になって消えていく。

 

 才能が無い人間が、才能がある人間の上を行くことはほぼない。

 才能というのは、身長だったり、顔の良さだったり、演技の幅であったり、演技力の厚みと深さであったり……とにかく多様だ。

 湯島さんにそれがないわけではないと、俺は思う。

 だが、大成功する人間ほどにあるとは思えない。

 

 俳優になれない一般人と、湯島さんのような才能ある女優と、百城千世子という頂点。

 その関係は、特撮の一般人と、一般人より遥かに上だが仮面ライダーの引き立てになるしかない怪人と、仮面ライダーという頂点の関係に、どこか似ていた。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 

 ん? なんだ、どうした?

 

「湯島さん、ちょっと様子見てきます」

 

「あ、私も行くわ。でもこの声……」

 

 って、あれ、おい、おい、おい。

 

「あ、仮面ライダーの顔ぶっ壊れとる」

 

「すみません!

 この子役の子が、スタッフがブルーシートの上に置いておいたマスク踏んじゃったみたいで!」

 

 ウワアアアアアアアアアアア!!

 

 ガキャー! ぶっ殺すぞテメーッ!!

 

 子役が踏んだって……なんで子供が踏みかねないところに置いといたんだぶっ殺すぞ!

 

「直せますか?」

 

 直せますか? じゃねーよ殺すぞ。……いかんいかん冷静に。

 

 うーわ片目の部分ががっつりイッてるな……駄目だ。こりゃ目の部分の素材の調達から始めないとどうにもならん。

 

「えー、うーん、どうかな……

 造形屋から言わせてもらいますと、三次元工作機とレーザー加工機がないと。

 完全に元通りの素材と形には戻らないですね。そういう加工をしてたので」

 

 完全に元通りにするには東京に戻らないと無理だ。

 今時の仮面ライダーのマスクは、コンピュータ支援設計・CADシステムでの設計に三次元工作機などを加え、繊細かつ鋭利な造形を可能としている。

 それは今壊された、ネット配信用のオリジナルライダーのマスクも例外じゃない。

 マジで死ねよ……いやわざとじゃないし死ねはちょっと言い過ぎか、タンスの角に足の指ぶつけてろ……

 

「監督、東京に戻りますか?」

 

「キツいな、スケジュールが。

 街を撮影のために専有していい時間は、事前の届け出できっちり決まってる。

 今回の撮影にはここの町並みを撮影するのが必須だが……

 もう一度申請して、認可が降りて、撮影し直すとなると、納品が間に合わん」

 

「!」

 

 現代の特撮の撮影の聖地といえば、『採石場』だ。

 屋外でドカンと火薬を爆発させて撮影できる場所は限られている。

 なので花こう岩や石灰石を採掘する採石場の跡地などを多用するのである。

 

 特撮の撮影に使われる採石場は、栃木市の岩船山、佐野市の採石場跡地、近年特撮の撮影に使えなくなった埼玉寄居町の採石場の三種類だ。

 そして今回の撮影は、採石場での撮影の後、街中での撮影も行うという形式だった。

 

 ……近年に埼玉の採石場が使えなくなってしまったことが、最悪の結果に繋がったようだ。

 

 栃木市も佐野市も栃木県。

 埼玉ほど東京に近くない。

 スーツの修繕のために往復すれば、それなりに時間を取られてしまう。

 

「東京と往復すれば日が傾いてしまう」

 

「ここは妥協してここの街のカット無かったことにしません?」

 

「それはそれで再構成の時間がかかるし、監督ここでの撮影にこだわってるからなあ」

 

 監督達があーだこーだと話している。

 

 屋外撮影でネックになるのが、太陽の位置だ。

 特撮で屋外撮影は必須だが、撮影中に太陽が沈んで夕日になったりしてしまえば、昼間のワンシーンとして繋げない。

 昼間のシーンは、昼間の撮影だけで成立させなければならない。

 

 が。

 これから東京に戻って、スーツを完璧な形で修復して、栃木のここに戻って来て、採石場と街中での撮影をやろうとすれば、絶対に夜まで食い込む。

 昼間のシーンの撮影は間に合わない。

 

 やべーぜ。

 

「しかし、仮面ライダーのマスクが子役に踏まれて壊れるアクシデントとはな……」

 

 まったくだよ! もっと言ってやれ!

 

 初代仮面ライダーの撮影において、仮面ライダーのスーツや怪人のスーツを身に着け、最高のアクションで日本を魅了した男達がいた。

 その名は『小野剣友会』。

 最高のスーツアクター集団である。

 その小野剣友会には、三つの鉄の掟があったそうだ。

 

 ひとつ。

 『たとえ吹替えでも、仮面ライダーに入らせてもらえることを最高の名誉と思え』。

 ふたつ。

 『仮面ライダーを着させてもらえたものは、人の見ているところで煙草を吸ったり、寝そべったり、立ち小便などをしてはならない。それは主役であることの誇りを傷つける行為である』

 みっつ。

 『脱いだ面を、地面に置くなど軽率に扱ってはならない。主役には必ず付き添いがつき、脱いだ面も靴も上座に安置せよ。面、靴といえども、我々全員が飯を食わせていただくスターさんであるからである』。

 

 だから、仮面ライダーの面を踏む者は一人もいなかったそうだ。

 

 小野剣友会の役割を他の会社が務めるようになり、初代仮面ライダーが放映されてから50周年も見えてきた。

 色んな人が色んなことを忘れてるんだろう。

 色んな大人から色んなことを伝え聞いた俺が覚えていることでも、それはきっと、現場の色んな人が忘れてしまっていることなんだろう。

 

 だから"うっかり"、仮面ライダーのマスクを踏めるところに置いてしまった。

 俺は、それがなんだか、少し悲しい。

 

 なのに。

 そんな俺より悲しそうにして、誰よりも泣きそうになっているちっちゃな女の子がいた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 大人の動揺と、自分がしたことの大きさを感じ取ったんだろう。

 仮面ライダーのマスクを踏み壊してしまった子役の女の子が泣いていた。

 

 スターズの、山森(やまもり)歌音(かのん)ちゃん……だったか?

 一緒に仕事したことはなかったな。

 芸能界の最大手事務所・スターズ所属の子役。

 今はまだただの子役でも、スターズとなれば将来的に大女優になってる可能性も高い。

 

 うん、そうだ、そう思っておこう。

 今日、一緒に仕事をした仲間のために。

 いつかまた、一緒に仕事をする仲間のために

 この子のキャリアに傷を付けないため、と思って頑張ってみるか。

 やる気を出す理由は出来た。

 

「大丈夫ですよ、山森さん」

 

 ハンカチで、歌音ちゃんの涙を拭ってやる。

 

「楽勝ですから、心配しないでください」

 

「らくしょう……? ホントに……?」

 

「はい、おにーさんを信じてください。あっという間に直してみせますよ」

 

 楽勝なわけねえだろクソが。

 でも楽勝って言っとかないといけないんだよ。

 俳優に無駄な心配かけて、演技に影響が出るなんて許されることじゃねえんだ。

 監督が俺を見て、顎に手を当てた。

 

「できるか? スーツを直せるのか?」

 

「監督は知ってるでしょう? 俺の親父だったなら、このくらいはお茶の子さいさいです」

 

「……ああ、お前の親父なら、息をするようにやり遂げただろうさ」

 

 そうだ、あの親父にできるなら、俺にだってできるはず。多分。

 スタッフの大人はとりあえず俺の指示を聞いてくれるはず。

 さてどうするか。

 

 技術のあるアマチュアが仮面ライダーの手足一本を模倣したものを作ると、大体三~五時間くらいかかると聞いたことがある。

 昔、人が少なかった時代に特撮のセットやスーツを作る時は、『一ヶ月で完成させる』というのが一つの慣例だった。

 ま、そんぐらい時間がかかるのが当然ってわけだ。

 すぐできるわけがない。

 パッパと完成させられるもんでもない。

 俺だって仮面ライダーのスーツを作れと言われたら、一ヶ月は時間が欲しい。

 

 道具も無い。スーツの素材もない。何よりもう午後だし、時間が無い。

 

(使える時間は……)

 

 一時間。

 使えるとしたら一時間だ。

 元通りの素材・必要な加工機材無しで、一時間で一ヶ月の成果を模倣する。できるか?

 

(いや、やるしかないな)

 

 予定通り撮影を進めるには、俺がスーツを突貫で直すしかないのだ。

 このまま行けば、どう転がっても予定通りの期日で撮影は終わらない。

 そうなると、映像のリリースは延期になる。

 邪推や悪口が好きな消費者はこう言うだろう。

 

 『あの監督は撮影期間の計算もできない無能なんだな』と。

 

 そしてそういう悪評は、最終的な人気や売上に響くのだ。

 どんなに頑張っても。

 どんなに有能な人が集まっていても。

 そういう悪評一つで、番組や映画が得られたはずの人気や売上は損なわれる。

 

 俺みたいなのは、表舞台に上がらない。

 だからそういう悪評の影響は受けない。

 世間というものは、監督や、プロデューサーや、脚本や、俳優ばかりを叩く。

 俺みたいなのは褒められもしないが、叩かれもしない。

 俺が頑張らなくても、俺に悪評はつかない。

 本当は頑張らなくてもいいのだ、俺は。

 

 だがな。

 

 ふざけんな。

 

 誰にもそんなことは言わせない。頑張ってんだぞ、監督も脚本も俳優も、みんなみんな!

 

 番組の撮影は、つつがなく終わらせる。絶対に。

 さて、やるか。

 やるだけやってみます、なんて言わない。

 できるか分かりませんがやってみます、なんて言わない。

 俺がすべきことは一つだけ。

 

「やれます。一時間、時間をください。監督」

 

 『できる』と言って、実際にやってみせることだ。

 

 でなけりゃ。職人気取りの俺の腕に、価値なんてあるもんかよ。

 

 

 




 参考資料に使ってる本は百冊もないんですが、3000円とか5000円とかの本が並んでるので総額がちょっと笑えることになってますネ
 アマゾンで見たら絶版のせいか、中古品が3万円とかで出品されてる本とかあったのでちょっと売ろうかなって思わされました(こなみ)

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