ノット・アクターズ   作:ルシエド
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ようやく終わる終盤戦

 ギャラにこだわる人を否定はしない。

 養う家族がいるわけでもない俺には、家族を養ってる大人の気持ちは分からねえ。

 仕事に相応のギャラが支払われる仕組みがなけりゃ、有能な人に会社が支払う金を渋って、結果的に界隈全てが潰れるってのも分かる。

 ギャラ交渉がなくなったら業界は潰れる。

 

 上の人の不義理で出ていくことになった前の監督も、前の監督に支払うギャラ問題でギャラがロクに支払われない引き継ぎの監督も、二重にギャラ支払いたくない偉い人の気持ちも分かる。

 分かるがな。

 そのツケを支払う立場になるとこうしか言えねえ。

 

 ぶっ殺してやる。

 

 この撮影に助監督はいない。

 いや、居たのだが、二人は監督と一緒に現場を離れ、残り一人も撮影に協力しているだけで既に助監督を降りている。

 現在、助監督という名前が付いてないだけの助監督な俺が、黒山監督の下であれこれやっているってえのが現状だ。

 

 監督の実質的な手足が助監督だ。

 ADとか呼ばれるあれも助監督の一種。

 チーフ(ファースト)助監督、セカンド助監督、サード助監督という風に序列があり、それぞれが自分のやるべきことをやり、映画や番組を完成させる。

 

 監督が頂点に立つ王様なら、助監督は王様のすぐ下に位置する側近の大臣様ってとこだな。

 俺の場合、指示された大道具小道具衣装を作成しつつ、美術関連の総指揮を取って、時々黒さんのパシリをやることになっている。

 やることが……やることが多い……!

 

 しっかし、黒さんが書き直したっていう台本見ると、なんつーか。

 原作沿いとか原作通りって言葉なんざクソだぜ! って思えるくらいの独自展開やってんな……原作の良さは残して結構な別物、IFを書いてる気すらする。

 

「……面白い」

 

 おっと、つい口に出ちまった。

 黒さんが書き直した脚本は面白い。

 というか。

 これもう原作漫画の作者の作品っつうか、黒さんの作品になってるわ。

 

 海外でも日本でも有名なスピルハンバーグ監督の大ヒット作品には、度々原作の小説がある。

 ジュラシック・パーク、レディ・プレイヤー1、他にも名作がゴロゴロしている。

 スピルハンバーグが監督の時でも、製作総指揮の時でも、大抵の場合原作は原型留めてねえっていうのに面白い。めっちゃ面白い。

 黒さんの脚本にも、俺は同じような感想を抱いた。

 

 日本は『原作通りに作らなかったらクソ』って風潮が割と強い国だ。

 

 ただ、この感想をよく見たとしても、コイツを額面通りに受け取ると商業展開や作品作りを致命的に失敗する気がする。

 『原作と違う』が嫌なんじゃなくて、『原作を改悪した』が嫌なんだろうと、俺は思う。

 「なんで原作通りに作らないんだ」って批判も、本当は原作通りに作らなかったことが嫌なんじゃなくて、「こんなもん作るくらいなら原作に忠実に作ってた方がマシだっただろ」って意味合いが強いんじゃねえかな。

 もちろん、本当に原作がちょっとでも変えられることも許さねえって人は居て当然だろうが。

 

 原作がある映画作品で、原作を思い切って改変し、すっげえ面白い作品に仕立て上げた作品はファンからも高評価される。

 昔の作品のリブート・リメイクなんかもそうだな。

 原作をなぞるだけの作品にはない、"新鮮味"って強さがそういうのにはある。

 とにかく、面白けりゃいい。

 面白くなけりゃ、とにかく駄目だ。

 黒さんが原作を改変した脚本は、換骨奪胎にもほどがあるもんだったが、この脚本を忠実に映像化できりゃ絶対に面白い。断言できる。

 

「黒さん脚本の仕事だけでもしてみたらどうです?」

 

「誰がするか。

 第一、こんな仕事も半ばお遊びじゃなきゃやらねえよ。

 誰かが作った作品の後追い、模倣、内容まで借りて何になる?

 誰も見たことがない世界を見せるのが映画だろうが。

 原作通りの映画化を見て安心した、金を出そう、なんて観客のための映画なんざ糞だ」

 

「そういうものでしょうか」

 

「そういうもんだ。

 誰の後追いをする必要もねえ。

 "他の誰とも違う自分"をカメラの前で形にできればいい。

 分かるやつが分かればいいだろ?

 売れるために大衆に媚びた瞬間、そいつは誰にでも作れるフォーマットの映画になる」

 

 ……この人は。

 

「誰にでも作れる映画なら、俺が作る必要はねえ。

 才能がない奴らにでも任せてろ。

 俺は俺にしか撮れない()を映す。俺にしか撮れないヤツをな」

 

 あんたそれで映像作り大失敗したら、"原作の名前だけ借りて大失敗した監督のオナニー"とか言われんだぞ分かってんのか。

 原作のないオリジナル作品でも"何が言いたいのかよく分からない監督の自慰作品"とか、絶対に言われんぞ。

 あっちは悲惨だぞ。

 原作無い分「原作レイプ」とかすら言われず、「監督の自己満足」って酷評と空気作品化したって事実だけが残って、『叩かれたけど売れた』って言い訳すらできねえ。

 何の救いもない、ドライアイスが溶けるような、何も残らねえ終わりだ。

 

 失敗した作品は、本当にどうしようもなく、死ぬ。死体まで蹴られる。

 怖くないのか。

 そういう言動で、そういうスタンスで、派手にすっ転ぶことが怖くねえのか。

 見てこなかったわけじゃないだろ、映画の世界で無残に叩き潰されていった人間を。

 

「そういうの、撮る予定があるんですか?」

 

「待ってるんだよ、俺は」

 

「何をですか? ……いえ、誰をですか?」

 

「『本物』だ」

 

 本物。

 

「お前のような()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()役者を、待っている」

 

 ……役者。

 

「さあ、次のカットだ。しばらくお前の出番はないからな、そこで座って見てろ」

 

「はい」

 

 撮影が始まる。

 俺は次の仕事に入る前に、撮影と役者の状態を把握するために撮影を見つめる。

 撮影直前の、撮影に相応しくないほどに緊張した空気。

 この空気が、俺は好きだった。

 

 こういう表現は謙虚な日本人が嫌がるからあんま言わんが。

 日本の映画、演劇は、世界でもトップクラスのものの一つだ。

 少ない予算でやりくりして作品を作るというジャンルでも。

 金をじゃぶじゃぶつぎ込んで何かを作るのでも。

 批評家に叩かれながらも大人数を楽しませる()を作り、映し出す人がいるならば、それだけでそれには価値があるだろうと、俺は考える。

 

 世界で一番多くの役を演じた俳優は、十七代目大村勘三郎。日本人だ。

 世界最高齢の主演女優は88歳で、日本人だ。

 世界で最も前売り券が売れたアニメ映画は、2008年のポケモン映画だ。

 エンドロールに出てくる名前が世界一多いのは仮面ライダー555の映画で、一つの映画で出るヒーロー数が世界一多いのは海賊戦隊ゴーカイジャーの映画だった。

 色んなもん作ってるから、色んな映画や番組の世界記録を日本は持っていて、映画の王様なアメリカほどじゃないにしても、良い映画や番組が溢れてる国になってる。

 

 そんな日本で間違いなく指折りの能力を持った黒さんが、現役のクッソ優秀な俳優の誰にも満足してない黒さんが、いつか『本物の役者』を見つけたら、どうなっちまうんだ?

 

 俳優に何を、どう演じさせるか、それだけで無限×無限の可能性がある。

 だけどここに、通常のオーディションなんかじゃ比べ物にならねえレベルに、本気で俳優を厳選するって要素を加えたらどうなる?

 どんなヒロインに、何を、どう演じさせるか。

 無限×無限×無限。

 天才監督でもない俺には、ここまで自由度が高いともう何やっていいのか分からん。

 

 だが、俺の主観だが、黒さんにその無限三乗が扱いきれねえとは思えねえ。

 

 原作ありの作品で不評なもの。

 そいつぁ大抵の場合、悪評の原因は『低品質』と『不協和音』だ。

 予算がねえか、重要すぎる部分をカットしてるのに全体の調整してねえか、余計な要素を足してるか、まあ大体その辺に理由があると俺は考える。

 

 時々あるよな。

 演劇や番組の世界で、元をアレンジしてめっちゃ面白い映像になったやつとか。

 スピンオフが、元の作品と全然違う作風だってのに、滅茶苦茶に面白いやつとか。

 そいつはアニメや漫画でもあるらしい。

 まー武術とかでも本家から独立したスピンオフみたいな武術が、本家より強かったりするし、あらゆるものに共通する真理みてーなもんなのかもしれねえ。

 

 黒さんは漫画原作のドラマ化ばっかやってる監督に、唾吐いて馬鹿にするタイプだ。

 

 この人にとっちゃ、こんな仕事は暇潰しみてーなもんだろう。

 おそらく全力すら出してない。

 ところどころカメラワークとか見ると、制作費を使って、この作品を作ってるという名目で、実験的な技術を試してるようにすら見える。

 いやそこは俺の妄想かもしんねえけどさ。

 

 黒さんは我が強い。

 そいつは、協調性を求める社会の中では棘にしかならないもんだろうな。

 だけど、だけどだ。

 普通の社会の中では、周りの人に刺さる棘でしかないそれが……演劇の世界では、観客の胸の奥に刺さる名作の核になる。

 

 この人からすればお遊びみたいなこの作品のシナリオが、映像が。

 こんなにも俺の胸を打つ。

 

「黒さん。俳優さんの状態と、作品の空気は掴めました。ありがとうございます」

 

「作業に戻るか?」

 

「はい。作品の完成形の空気は見えたので、それに合わせます」

 

 作品の空気が出来てきた今、先に作っておいたものを微調整して合わせたくなってきた。

 屋内セットは……まあここから手を入れる必要はねえな。

 だが今見ると、橋が壊れるシーンの煙がちょっと繊細すぎる。

 ポケットマネーでゴルフ用白スモークボールを買ってきたが、こいつを使ってみよう。

 

 スモークボールはゴルフのコンペや始球式なんかで使われる、打つと空中で沢山煙を吐き出し、空中に煙の軌跡を残す面白アイテムだ。

 屋外のゴルフ場以外での使用はやめろと言われている一品だが、撮影は自由!

 自由だから許される。

 第一先人がガメラで同じような撮影してんだ、俺にためらう理由はない。

 

 余り物の一斗缶数個を加工して、水撒きとかに使うホースを繋いで、一斗缶の中にスモークボールを放り込むと、スモークマシンの完成だ。

 伸ばしたホースの先から、つまり狙った場所に煙が出せる。

 煙を出す四塩化チタンと組み合わせれば、結構思った通りの煙を演出できるはずだ。

 こいつはいい。

 何よりシンプルなのがいい。

 最初に俺がスモークマシンを作っておき、俺が配置を考えておけば、素人でも簡単に狙った通りの位置に煙を出せるのがいい。

 新人を上手く使えば俺が何かする必要さえない。

 

 炭酸ガスとかドライアイスとかを使ってもいい感じに煙は出せるが、流石にそういうのをここから新規に導入すると、公式に予算を申請せんといかん。

 今の上がゴタゴタしてる状態で、申請出してもどう転がるか分からねえ。

 撮影スケジュールがギリギリになってから「いや無理」と言われたら笑えない。

 俺の方では予算の使用は抑えめにして、引き継ぎの監督にギャラがスムーズに支払われるよう、予算の財布に余裕を持たせておこう。

 気を使うに越したことはねえ。

 

 ……もうちょっと手があればな。

 

 俺の手は二本しかねえ。

 作業の流れを計算しながら色々作業してても、単純に手の数が足りてねえ。

 俺が常人の二倍の速さで手を動かしても、仮に50mを3.5秒で走るようなスピードで作業したとしても、所詮二人分でしかねえんだ。

 三人で作業するスピードには絶対に及ばねえ。

 

 正直言って、俺は援軍に期待してた。

 後から他の人が来て仕事を引き継ぐことに期待してた。

 だから"俺の仕事はここまでやっておこう"みたいな区切りを、勝手に頭の中に設定していたのかもしれん。

 だから、しばらく援軍が来ないって聞いた時、『とにかく人手が要るが人手があればできる』作業を後回しにしてたことに気付いた。

 今、そのツケが来てる。

 

 その点、黒さんは完璧だった。

 あの人は周りの人間に何も期待してなかった。

 撮りたいもんから撮りたい順に――映画の方法論に反しない程度に――撮ってただけだ。

 だから後にツケが回ってねえ。

 仕事の延長を告知されても、あの人の仕事にブレはなかった。

 

 映像編集の方は新人とバイトだけで頑張ってくれてる。

 黒さんの意向を反映しつつ、合成もほとんど仕上げてくれた。

 他のところはもっと人員に余裕もねえ。

 どうすっかな。

 

 

 

「君は

 『ライダーは助け合いでしょ』

 ってフレーズが好きって言ってたけど、それはウルトラ仮面にも適用されるかな?」

 

 

 

 聞き覚えのある声がして、いやなんでここにいるんだお前と思って、俺は思いっきり全力で振り向いた。

 な、な、おま、お前!

 

「……アキラさん!?」

 

「手伝いに来たよ。何か出来ることはあるかな」

 

 アキラ君だけじゃなくて百城さんもいる! 可愛い!

 

「私は四時間後から撮影だから、あんまり長くはいられないかな」

 

「百城さん!?」

 

「楽しそうだから来ちゃった。堂上くんとかも後から来そうだよ」

 

 二人を見る俺の視界の隅っこで、町田リカさんが頬を掻いているのが見えた。

 お、お前かー!

 スターズのツイッター鍵垢あたりでここの撮影のブラックっぷりを流したな!

 いやそうか。

 俺が弱音吐いたりとか助け求めたりとかしなくても、この撮影スターズ多いんだった。

 そこから嗅ぎつけたのか、アキラ君に百城さん……売れっ子だろうがお前ら!

 

「な、なんで……」

 

「私とアキラ君のオフが重なってたから、まあ手伝いもいいかなって」

 

 ノリが軽い! 態度が優しい! クソ、二人共幸せになって100歳まで生きて死ねよ……!

 

「人気俳優の二人にそんなことさせられませんよ!

 お二人にそういう雑用をさせないために俺みたいなのはいるんですよ!?」

 

「まあまあ」

「まあまあ」

 

「ま、『まあまあ』でゴリ押しするつもりですか!?」

 

 なんだこいつら!

 

「あ、そうそう。

 朝風君がこの前撮影に協力してた仮面ライダーのネットムービー。

 あっちの人が大半オールアップしたそうだから、気が向いた人は来てくれるらしい」

 

「! 本当ですか!?」

 

「ああ。

 新人の人達がドラマパートのセットの参考にしたいと言っていたよ。

 他にも君に仕事で助けてもらった人が来たいと言ってた。

 あと来年二時間ドラマの仕事に初挑戦する人が、現場の空気を感じたいと言ってたかな」

 

 マジかよ! 仕事は真面目にやっとくもんだな! 今後も真面目にやろう!

 

 特撮の世界では、複数の仕事にまたがってやる人、一つの分野で活躍した後他のジャンルに行った人、監督やるために全部の仕事をやってみる人とかがいる。

 だから素人同然の新人助監督がするべき"怪獣をワイヤーで操る"仕事を、ワイヤー経験者であるミニチュアセット作りの美術担当に代わってもらうことがある。

 

 あっちの仮面ライダーのネットムービーのスタッフには、テレビ夕日のドラマやバラエティでのAD経験者・助監督経験者・構成経験者・美術経験者がいたはずだ。

 誰か来てくれれば、なんとかなるかも。

 いや、なる。

 俺も作業に集中できるかもしれねえ!

 でも俳優にこういう作業やらせるのはねーわ。気持ちだけ貰って茶菓子と茶を出してもてなして帰ってもらおう。気持ちだけで嬉しいわ。

 

「アリサ社長が許さないと思いますよ。ですから俺のことは気にせず……」

 

「母さんは許可をくれたよ」

 

「……え」

 

「母さんに言われたよ。

 朝風英二が潰れないようにしろ。

 朝風英二なら俳優の顔に傷が付くようなことはしない。

 それと……朝風英二は、仕事で売った恩を絶対に忘れないプロだって」

 

 うわぁ。

 本当になんか、うわぁだな。

 

 アキラ君の善意と、百城さんの優しさと、アリサ社長の気遣いと、俺に恩を売って上手く後でこき使おうとするアリサ社長の打算が全部目に見える。

 流石過ぎるわあの人。

 あの人のスタンスは役者を絶対に潰させず、役者を一定の規格で一人前に育て上げ、その役者で末永く稼ぐことだが……俺に対するスタンスにもそれが見える。

 甘くはないが優しい、厳しいけれど過酷じゃねえ。

 

 黒さんと合わねえわけだ。

 アリサさんは映画やドラマなんかのために人が潰れることを否定する。

 その上でちゃんと、商業的に稼いでる人だ。

 

 俺はしばらくスターズ関連の仕事とか優先して受けることになりそうだな。

 つか、受けたい。

 怖え人だぜ、星アリサ。

 その事務所に所属してる人間を好きになっちまったら、俺はもうその事務所を蔑ろになんてできねえよ。

 

「ありがとうございます」

 

 深々と、二人に頭を下げた、

 

「そこのスチロールを、こっちの完成品と同じくらいの大きさにちぎってくれたら嬉しいです」

 

「ああ、分かったよ」

「こんな感じかな」

 

「そうですね、そんな感じです。それが後で偽物の瓦礫になります」

 

 やっべえ。

 

 泣きそう。

 

 俺は俳優じゃねえんだ。

 嘘泣きなんて出来ねえ。

 だから泣きそうになってるこの気持ちは、嘘じゃねえ。

 嘘なんかじゃないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕事は終わった。

 そこそこ長いような、短いような、漫画原作の二時間ドラマの撮影が終わった。

 とはいっても、終わったのは俺と黒さんだけだ。

 正式に引き継ぎが決定し、そんなに実績のない引き継ぎ監督が安いギャラでオファーを受け、俺達の仕事を引き継いでくれた。

 

 アリサさんは「質の良いカットが質の悪いカットを引っ張るだけの凡作寄りになりそう」と言っていた。交渉おつかれさんです。でも仕方ねえだろ。

 そこまで責任持てねえよ、俺達。

 

 でも案外大丈夫なんじゃねえかな?

 映像作品ってのは、印象に残る名カットがいくつかあると、立派な名作としては語られねえけども、人の間で地味に長く語り継がれる作品になるもんだ。

 仮面ライダーとかでも、『作品評価低いし全部見直す気にはなれないけどあそこの名戦闘シーンの回だけ見たい』ってのが時々あるんだな、これが。

 見どころがあるやつは強いんだ。

 

「引き継ぎ作業も完了。お疲れ様でした!」

 

「おう、お疲れ」

 

 一足先に仕事が終わった俺と黒さんは、俺の事務所で打ち上げをしていた。

 テーブルの上に並ぶ菓子、つまみ、酒、ジュース。

 俺が金を出そうとしたが、気付いたら全部黒さんに買われてしまっていた。

 "子供には優しくしておごってあげるよー"とかそういうのじゃなく、"さっさと買え"って感じに代わりに買ってくれたのがなんかこの人らしい。

 

 あーあ、早く成人してえ。

 こういう時はいつもそうなんだが、大人と一緒に撮影後の打ち上げやろうとして、俺が食うもの飲むもの買いに行くと、未成年だから大人用の酒とか買えねえんだよな。

 慣例通りにスタッフ最年少の俺が買い出しに行こうとすると、「お前酒買えないだろ」って言われて、いっつも周りの大人が買い出しに行ってくれたもんだ。

 

 はよどうにかしたい。

 コーラ飲んで、ビーフジャーキー頬張りながらそう思った。

 

「まさかアキラさん達が援軍に来てくれるとは思いませんでした。本当に助かりましたね」

 

「あの援軍より、援軍が来てからお前の作業が速くなった方が要因としてはデカかったがな」

 

「いえいえ、皆の助けのおかげですよ」

 

「張り切ったお前の仕事は速くなったが、雑にはならなかったな。

 あの速度で安定すりゃもっと上に行けるんじゃねえのか? メンタル次第だが」

 

 仕事の速度は安定した速度ならともかく、ちょっと無理するくらいの速度だと精神面が影響するからなあ。

 メンタル不安定な時に急ぐとトチりそうでやりたくねえわ。

 

「引き継ぎでゴタゴタしなければもっと早く終わったんでしょうけどね」

 

「はっ」

 

 あっ、鼻で笑いやがった。

 

「俺に言わせりゃ、他人の作った映像の引き継ぎしてる時点で論外だ」

 

 だろうな、あんたからすれば。

 

「漫画原作なんて客寄せしたいだけだろ?

 その漫画のファンとかに媚びてるだけだ。

 よっぽど改変でもしねえと原作そのまんまで、金稼ぎしか頭にねえ作品になるだろ」

 

「いや、あの、まあ」

 

 アンタどこまで喧嘩売るつもりだ。

 四方八方に唾吐いてるとマジで干されて才能がもったいないことになるからやめえや。

 金が無い会社とか、スポンサーに土下座しても雀の涙しか金が集まらないスタジオとか、黒字にするためにあれはあれで必死なんだぞ。

 

「自分にしか作れないものを作るからこその監督じゃねえのか?」

 

 そうだ。

 あんたの言ってることは正しい。

 だけど、あんたも知ってるはずだ。

 『正しい映画』はねえ。

 『正しい映画監督の在り方』なんていうただ一つの正答なんてねえ。

 だから俺は、自分が思う正しさを揺らがず抱えてるあんたが他の監督や作品を否定しても、その意見に同意したりしない。

 

 だけど、礼儀や慣例を重んじるこの業界の人達があんたを否定しても、俺は絶対にあんたを否定しない。

 

「その意見、否定も肯定もしませんよ。

 色んな監督を見てきました。

 大衆受けする監督も、自己表現を極めた監督も。

 俺はどの監督の考え方も好きです。

 どの考え方が一番正しいかなんて思ったこともありません。

 だけどそれこそが、映画を、TVを、作品を、作り上げてきたはずです」

 

 俺はこの仕事が好きだ。

 色んな監督の下で、監督ごとに違う仕事ができる仕事が好きだ。

 あんたみたいな監督しかいない業界も、あんたみたいな監督がいない業界も、クソくらえだ。

 そんなもんには唾吐いてやる。

 

 面白ければいいエンタメ性の映画だけでも、新しい技術や見たことのない景色を見せてくれる芸術性の映画だけでも、駄目なんだ。

 

「それぞれの監督がそれぞれの信念を持ってるってことが、一番素晴らしいことだと思います」

 

 黒さんはつまみを食らって、飲み込んで、くっくっくと笑った。

 

「死ぬまで楽しめよ、仕事を。ベッドの上で死ねない末路がてめえにはお似合いだ」

 

 ったく、この人は。

 

「親父がそうでした。だから俺も、そうします」

 

 この人は、大衆にまんべんなく受ける大人気作品なんて目指してねえ。

 映画というフィールドは、この人の自己表現の場でしかない。

 黒山墨字という人類史に一人しかいない人間が、この人にしか撮れないスタイルで、この人の魂と精神から出力したシナリオで、この人のイメージをそのまま映像する。

 この人が歩んできた、他の誰とも違う人生が、この人だけの映画を作る。

 そいつを、映画の自己表現って言うのだ。

 

 よく、映画に監督のオナニーだ、監督がやりたいことをやっただけだ、と言われて酷評される作品がある。

 この人はびっくりするくらい『それ』だ。

 それも、世界的に有名な映画の賞を貰ってしまうくらい突き詰めた『それ』だ。

 

 特撮は、一度日本でその多くが死にかけた。

 皆が商業者ではなく、芸術家だったからだ。

 得られる金のことなんて考えず、湯水のように金を使って、成功の計算もせず、ただどれだけ望む映像を創れるかだけを考え、皆が『自己表現』を繰り返した。

 撮りたい映像を撮り、やりたいテーマを好き勝手にやり、監督が目指した『それ』を数多くの人達が支え、皆が一丸となって同じゴールを目指した。

 そうして、多くの特撮は死んじまったんだ。

 

 売れる自己表現しない監督が優れているのか?

 売れない自己表現の監督が優れているのか?

 どっちだ。どっちが正解だ? 知らねえよ、そんなのきっと誰も知らねえ。

 

 売れる監督を、売れるフォーマットをよく理解していて、売れる方法論を絶えず使い、売れるやり方という枠から離れられない、この世で最も不自由な監督だとするならば。

 黒山墨字は、もしかしたら、この世で最も自由な監督なのかもしれない。

 

「俺は時々、監督をやる才能があるあなたが羨ましくなります」

 

 もしもいつか、この人が大作を取る日が来たら。

 多くの人が、この人の頭の中の幻想を現実にするために頑張ることだろう。

 そいつが無性に羨ましい。ぶっちゃけた話、憧れる。

 でもこうはなれねえんだよな、俺は。

 

「はっ」

 

 また鼻で笑われた。

 なんでこうこのヒゲオヤジは、意味もなく周りの神経を逆撫でするんだか。

 

「お前がもう一皮剥けたら、俺の映画で使ってやるよ」

 

「ありがとうございます」

 

 こいつは俺を褒めた言葉なのか。

 俺をまだ未熟だと馬鹿にしてる言葉なのか。

 ……前者だと、嬉しいぜ。前者であってくれー。

 

 俺の事務所のDVDプレイヤーに勝手に名作映画のDVDを入れ始めた黒山墨字の真っ黒な後頭部を見ながら、俺は真っ黒なコーラを飲み干した。

 

「ああ、そうだ。

 お前を今回使ったのはな、お前の能力もあるが頼まれてもいたからだ。

 巌裕次郎……あのジジイがお前の現在の正確な技量を知りたがってたからな、報告したぞ」

 

「えっ」

 

「十分だとよ。お前、あのジジイに電話かけとけ。世界のイワオからの仕事の依頼だ」

 

「え?」

 

 えっ、なにそれ。

 

 聞いてねえぞ。

 

 

 




 巌さんのモデルの蜷川幸雄さんは2005年に歌舞伎座でNINAGAWA十二夜という歌舞伎を初演出し、大好評のため2007年にリバイバル公演しました
 二人がほんの少しでも同じ仕事に携わったのがこれが初めてです
 英二君が撮影所に入るようになってから四年目、特撮現場新人と大学生アルバイトの中間くらいの技量だった頃が初対面だと、英二君は思っています


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