スポンサーが金を出した作品には、余計な金や物を入れちゃならねえ。
例えば、5000万円の金を出して映画を作らせようとしたスポンサーがいたとする。
映画が大成功した場合、この映画の商品展開とか利益とか、その辺を思うまま独占して自由に利益を得られるのがスポンサーの特権だ。
まあ当然だよな。
じゃなきゃ数千万とか数億とかの金ポンと出せねえよ。
ここに、監督が勝手に金に困ったから、別のスポンサーから1000万貰ったとしよう。
5000万のスポンサーは利益が独占できなくなり、1000万出したスポンサーも利益が欲しいもんだからクッソ大変なことになる。
権利をどうする?
利益をどう分ける?
玩具展開権やDVD化権はどう分ける?
こういうことが起こらねえように、事前にその映画にはどのスポンサーがどのくらい金出すかとかを、きっちり話し合っておくわけだ。
ってなわけで俺のポケットマネーとかを使うとかも、バレたらめっちゃ面倒臭えことになる。
誰が金を出すか、どのくらい金を出すか、そいつを何に使うか、きっちり管理されてるのが現代の映画撮影ってやつだ。
だから俺達は、こっから追加予算を使えねえ。死ねえ!
要点をまとまる。
まず、俺が作らなきゃならねえのは怪獣スーツ三体、そして壊れた街のセット二種だ。
現在あるのが怪獣スーツ二種、セット八種だ。
特殊効果に使うもんは後から合わせて行くっきゃねえ。
根本的な話だが、俺達には『素材がない』。
素材は金で買うもんだ。
金がねえってことは素材がねえってことになる。
映画の撮影において「しょぼい」って言われねえレベルの素材で、撮影に耐えられる耐久度がある素材ってなると、そりゃ限られる。
その辺の石拾ってくりゃ全部どうにかなるってわけじゃねえんだ。
素材がねえなら、俺がどんなに技術の粋を凝らそうが完成品なんて作れやしねえ。
俺は監督にまず、撮影予定を変えてもらうよう頼んだ。
「いや、それはストーリーライン上ちょっと……」
が、難色を示された。
まあ、うん、分からんでもねえ。
昔からよくあるからなぁ。予算が尽きてシナリオの方を変えないといけなくなって、シナリオがグダグダになって世間から叩かれるのは辛いわな。
俺に向けて頭を下げる監督。
ハゲ始めている頭が妙に哀愁を誘っていた。
……しょーがねーなー。
「すまない朝風君、頼む……」
大の大人に頭下げられちゃしょうがねえ。
こういう"シナリオ改変必須状況"な時、制作はシナリオを変えるかスタッフを地獄に落とすかの二択なわけだが、今回は後者で突貫だ。
この映画の肝は、前半で死んだ主人公の家族や友達が、終盤に怪獣になって出てくるところにあるらしい。
死んだ人間が怪獣になる。
つまり、それまで現れた怪獣は全て元人間だったという展開だ。
要するに『加害者』と『被害者』だけが『当事者』で、『主人公』だけがそのどれにも該当しなかったからこそ、主人公はまともな目で世界を見る登場人物足り得た……って話。
ラストは主人公が殺される、主人公が怪獣=背景になる、人間という主人公視点の資格を失い主人公でなくなる、という意味が『死』に視聴者視点で付与され、怪獣に追われる大ピンチの主人公のシーンでクライマックスを迎える……というやつだ。
結構面白そうだ。
俺好きだぞそういうの。
予算に余裕があればな!
演劇と違い、テレビや映画はカットごとに撮影する。
逃げ惑う百城さんとかのシーンはもう全部撮り終わってるか、撮り終わるところまで予算と予定は保つと判断されてんだろう。
俺は、そこにはめ込む怪獣側のシーンや、特殊効果の合成素材を作ることだけ考えておけばいい……はずだ。
使えるものをかき集めるべく、俺はスタッフに呼びかけた。
「マグネシウムの準備お願いします」
「尽きてます!」
「……ナパームは?」
「ガソリンが1リットルほどあるみたいです」
「ドライアイスは?」
「おい、ドライアイス! ……1kgほどあるみたいですね」
「……報告ありがとうございます。なんとか考えてみます」
マグネシウムは、特撮爆発の基本だ。
空気中で燃焼させると熱と光を放ちながら燃焼するマグネシウムは多様に使える。
火薬の中に仕込んで、発火装置代わりに使うこともある。
特撮爆発シーンで見える、白い閃光は大体これだ。
また、通常の日常ドラマでも光の表現でコイツを使うことがある。
それがない。
きちぃ。
ナパームは特撮爆破の一種だ。
特撮には大きく分けて二種の王道爆破がある。
セメント爆破とナパーム爆破だ。
セメント*1を爆発で吹っ飛ばして派手にするセメント爆破と違い、燃えるガソリンを吹き上がらせて派手にするナパーム爆破には、ガソリンがいる。
一例を挙げると、監督がやりたがっていた昔ながらのド派手なナパーム爆発ならガソリン20リットルは使う。
1リットル?
できること多くねえぞ……どうする?
ドライアイスは、まあ一回の購入で10kgから20kgは買う。
そこそこの範囲にドライアイスの白煙を広げるには、10kg単位で使わなくちゃならねえからだが……これも1kgじゃ使えること多くねえよ!
まだだ、まだ何か使えるもんはあるんじゃねえのか?
「レフ板を解体しましょう。
白布式は布が、発泡スチロール式なら発泡スチロールが得られるはずです」
「レンタルです!」
「……クロマキー合成に使う布を流用しましょう。
あれは確か綿だったので、上手く使えば怪獣スーツの素材に使えます」
「レンタルです!」
「セットの土台の木組みの一部を解体しましょう。この際、木材でも貴重です」
「レンタルです!」
「……あのお高いカメラは?」
「新規購入品だったみたいです」
あの監督? あの監督? あの監督?
良い映像撮りたかったっていうその気合いだけは評価してやるよ。
……今回だけは尻拭ってやるが、反省しやがれクソがァ!!
レフ板*2を解体して素材に出来てりゃ……いや、ないものねだりはよさねえと。
綿*3と発泡スチロールさえありゃな、クソ。
クロマキー合成に使う布*4は使えるかと思ったんだが……そう上手くはいかねえか。
合成先にある程度終わらせて、クロマキー合成用の布を一枚残して全部撮影に投入するって作戦だったんだ……待てよ。
撮影を前後させる。
これ、いけないか? 頭の片隅でちょっと考えておこう。
セットの土台もレンタルかー。
木材、木材。
木材を新規購入する金は無いが、この発想の延長で何か考えられないか?
いやいやいや、こういうこと考えてるだけじゃしょうがねえ。
片付けられる案件から片付けていかねえと!
「……一人、外に回してください。監督達の車からガソリン抜いてきてください」
「は?」
「車のガソリンなんて帰宅できる量あればいいんですよ!
ガソリン抜けそうな道具はその辺にありますから抜いてタンクに確保してきてください!」
「は、はい!」
「二人、掃き掃除お願いします! 第三セット床に散ったゴミを集めて持ってきてください!」
「「はい!」」
「残りも俺の指示に従って動いてください!」
動かせる人間を片っ端から動かして、俺も俺の作業に移る。
灯油残量をチェック。
……こっちも2リットルはないな。
灯油を火皿*5に注いで、俺は二枚着ていた上の服を脱いだ。
上に着ていた服を着直して、内側の俺の服をハサミで解体する。
そして俺の服のゴム部分をできる限り細かく刻んで、火皿に入れた。
まあ俺の服一着燃やすくらいは大目に見てもらえるだろ。
「「朝風さん! 第三セット床のゴミ持ってきました!」」
「ありがとうございます! そこ置いといてください!」
第三セットは、崩壊を始める街のワンカットを撮影して、そのまんまだったはずだ。
回収してもらった床のゴミ確認……よし。
ある!
第三セットでの爆発は、ガソリンを使うナパームじゃなく、セメントを使った。
だから床にはセメント粉が散ってる。
瓦礫には発泡スチロールを加工したものも散らしてたから、それも回収できた。
ホコリ*6もセメントと珪砂*7を混ぜたものを使ってたから、セメントだけじゃなく珪砂も回収できた。ちょっとだけどな! あ、珪砂の残量も全然ねえじゃねえか!
一つ回収すると一つ尽きてることが発覚する悪夢の状況だな……つれえ。
お、ガソリンを取りに行かせた人も戻ってきたか。
「ガソリン取れました! ただ、車から抜くだけでは5リットルしか……」
「それでやりくりします! カメラさん撮影準備できましたか!?」
「はい!」
「2カット先に撮ります! 撮ったら先に映像編集の人に回してください!」
忙しなく動く人達に指示を出しつつ、街のセットの中に作られた(というか俺が作った)電柱と電線に手を伸ばして、電線の黒い直線部分だけを外す。
そして、俺が普段使っているイヤホンのコードをぶちっと切った。
イヤホンは黒。
コードも黒。
イヤホンのコードを代わりに電線として入れても、何も違和感はねえ。よし。
イヤホンコード表面に、見て分からねえレベルで切り込みを入れておく。
ちょっと油も塗っておくか。
電線のミニチュアと化したイヤホンコードの末端に電気回路を接続し、電源に繋いでデカい電流を流せるようにする。
街のセットの要所にセメントと珪砂を混ぜた、灰色と透明のホコリを僅かに仕込む。
「怪獣が無人の街に現れ、歩行の振動で揺れる数秒のシーンの撮影、できます!」
「カット
俺にしかできない(この現場限定)絶妙な蹴り具合で、セットを蹴る。
セットが揺れ、路面に僅かに仕込まれたホコリが揺れる。
『土砂が震えるほどに地面が揺れる、地面が揺れるほどに大きな何かが来る』という表現。
そこで、ミニチュアの電線に使っていたイヤホンコードに大量の電気を流す。
仕様外の大量の電気を流されたイヤホンコードの電線はショートし、バチッ、と被膜のゴムを焼いて煙を出しながら、切れた。
怪獣の出現だけで街が揺れ、何かがずれ、そのひずみがここに現れたという表現だ。
街を怪獣が歩くだけで、電柱は倒れ、電線は切れる。
「カット!」
よし。俺のイヤホンはいい感じに焼ききれてくれたな。
理想的なのは0.2スケアのコード*8だったんだが、しょうがねえだろ! 買う金ねえよもうこのスタジオには!
たった200円なんだけどな0.2スケアのコード……ひもじいわ。
一つのカットが終わり、次のカットの撮影が始まるまでの間に、スタッフがおやつに食ってた分厚い醤油せんべいを強奪。
パキッと折って、残りも多くねえ塗料でちょっと色付け。
スタッフさんが回収してきたガソリンに漬け込んだ。
さっきスタッフさんに第三セットの床から回収してもらった、瓦礫に見えるよう造形した発泡スチロールを細かく切り刻む。
んで、さっき作った、火皿の上に灯油と切り刻んだ俺の服ゴムを乗せたものに、切り刻んだ発泡スチロールを入れた。
ガソリンに漬け込んだせんべいを回収。
よし、次カットの撮影準備ができた。
「怪獣が爆散した直後のシーンの撮影、できます!」
一旦、全力で集中する。
撮影に使える素材の余裕がなくなってきた。
もう失敗できねえんだ、他の何もかもが聞こえねえくらいに、全力でやる。
ガソリンを染み付かせたせんべいに火を着け、セットに転がす。
爆発した怪獣の肉片が、街を転がっていくように。
外側が濃く、内側が薄い色のせんべいは、へし折り方によってはガソリンを染み込ませて燃やすだけで、怪獣の炎上爆散した肉片に見える。
ゴムと発泡スチロールを灯油で不完全燃焼させりゃ、黒煙が出る。
素材上、必ずそうなる。
黒スモークを混ぜたかったんだけどなあ、百城さんの前で色々練習してたってのになあ、こんな微妙な役に立ち方するとは思わなかったわ。
ともかく、黒煙は出せた。
燃える赤い炎。
街より上がる黒煙。
そして、炎の中で燃える怪獣の肉片。
完璧な絵だ。
怪獣が自衛隊のミサイルで爆散死した直後のシーンとしては、及第点レベルになった。
「カット! いいよいいよー!」
ギャオス*9がガメラの吐く炎で爆散した時、肉片がガソリン染み込ませて燃やしたせんべいだったって話を覚えてて良かったわ。
ごめんなスタッフ!
お前らのおやつもうねえわ! 悪い!
「朝風さん、脚本から修正脚本回ってきました!」
「尻尾切断も受け入れられましたか!?」
「はい!」
よし!
少し無理を言って、怪獣の尻尾切断シーンを撮影に盛り込んでもらった。
これで尻尾切断前の撮影を先に全部終わらせてもらえば、尻尾切断後は切断した尻尾のウレタン素材を他に流用できる!
現在あるスーツが二つ、作らねえといけねえスーツが三つ、これで……いやこれだけじゃ全然駄目だ。全然足りん。どうすっかな。
スーツ三つ。
前半戦で死んだ主人公の家族や友人が怪獣化して襲ってくるシーンの怪獣スーツ。
どう作る?
手持ちの素材があんまりにも少ねえ。窮地だ。
けど。
親父なら多分、鼻歌交じりに乗り越えられる、その程度の窮地だ。
「監督、提案があります」
「何かね? もう朝風君の提案は疑っておらんが……」
「撮影の順番を変更したいんです。
予定では壊れる前の街のセットと、壊れた街のセットは別々の予定でしたが……
壊れる前のセットを全撮影した後、そのセットを加工して壊れた街のパーツを作ります」
「それはいいが……君は大丈夫なのかね。違和感と労力の問題があると聞いたが」
「大丈夫です。できます」
棘谷式メソッドだと、しっかりと立っているビルのミニチュアは、使い終われば一旦台車などで倉庫にしまうなどして、また次の撮影、次の番組に使うことになっている。
2016年の熊本地震によって破壊された熊本城を、特撮技術によって再現しようという美術プロジェクト*10の時も、貸し出されたビルのセットの裏側に、ウルトラマンサーガ*11に使用されたことが分かるメモ書きが、しっかりと残ってたりしたんだぜ。
だから壊れる前のミニチュアA、壊れた後のミニチュアBって感じに作り分けて、倉庫にしまっておいた方がいいやつは保管に移す。それが棘谷流だ。
だが、もうそんなことは言ってられねえ。
壊れる前のカットの撮影全部終わらせてもらって、壊れる前のセットを加工して、壊れた後の街を作る。
……結構怖い作業になるな。
失敗したらやり直せねえ、ってのもある。
だが、発泡スチロールとか色んな素材で作った街のミニチュアは、街にある本物と同じ素材じゃできてねえ。
つまりミニチュアは、適当に殴っても本物みたいには壊れてくれねえんだ。
こういう時は、最初から壊れた後の街の形をイメージして、"壊れた建物という完成形"を目指して作ったりするもんなんだが、それも不可能……結構神経質な作業になりそうだ。
ビルがあるとする。
ビルが粉砕される前の光景、粉砕された後の光景を撮るとする。
普段なら、ビルと瓦礫を個別に作って撮るところだ。
だが今回は、ミニチュアビルを適度に壊して、壊したミニチュアビルの残骸から、リアルな瓦礫も作成しなくちゃならねえんだからな。
「……分かった。君のできるという言葉を信じる」
「ありがとうございます」
あと、爆発。
爆発だ。
この映画は背景で怪獣と自衛隊がちょくちょく戦ってる。時々怪獣と怪獣も戦ってる。
死んだ怪獣は爆発し、派手さと爽快感を観客に与えるわけだ。
これがねえと地味になる……と、いうか。
もう他の怪獣の爆発シーンを取ってる以上、この脚本に沿うなら、後一回分の爆発が要る。
でもマグネシウムがねえ。
爆発の瞬間にカッと放たれる白い光、広がる爆焔、轟く轟音。
これがねえのは流石に様式美から離れ過ぎだ。
合成してもらうか?
CG合成でどうにかなるか?
……いや、そういうことができる映像編集の人いなかったな。
そもそもあっちもやべーんだ。予算が消えたのはあっちも同じなんだから、ここから新しい負担を背負える余裕はねえはずだ。
光、光だ。
光なあ。
いい感じに光が出てくれりゃあ何でも良いんだが、光を出すものは通常のマグネシウム使用時と同様に、爆発に巻き込まれることになる。
つまりライトとか仕込んでも一緒にぶっ壊れるんだよな。
貧乏な今の撮影陣にそんな贅沢な撮影は無理だ。
かといって、セメント爆破でも、ナパーム爆破でも、爆破に耐えられる強いライトって……そりゃそれこそ数百万とかするし……うーん……?
……あ。これ、使い捨てカメラ? 誰のだ? 使っていいのかこれ?
制作進行に聞かねえと。
「あの、これなんですが」
「これは、プリヴィズ作成の時に少し使った使い捨てカメラだね。結局使わなかったが」
「貰っていいですか?」
「どうぞどうぞ。頑張ってね。……いや、君はもう十分頑張ってるけど」
「ありがとうございます!」
使い捨てカメラを速攻で分解する。
使い捨てカメラは内部のむき出し回路に300ボルト以上の電気が流れてる上、内部構造の問題で変に扱うと火花が目に飛んでくる。
ささっと放電させ、回路を回収した。
よっしゃキセノンランプだ!
使い捨てカメラのフラッシュ機構だ!
火薬の中に仕込んでぶっ壊しても大丈夫な光源だ!
完璧に一回限りの使い捨てにするつもりで高電圧をかけフラッシュさせ、爆発を計算して珪砂を巻き上げさせて、ハレーション*12を起こす。
いける!
キセノンフラッシュとセメント小爆破、ほんの一瞬間を置いてナパーム爆破の、ウルトラマンギンガS最終回方式*13だ!
でも結構シビアだなこれ。
電圧上げて、発光時間を調整して、光の向きをカメラに向けて、意識的にハレーション起こして……しかも撮影は一回きりか。
失敗したら撮影さようならだな。
深呼吸、深呼吸。
箱から適当な回路拾って、即席発光装置を作って、コードを引く。
火薬の着火装置と発光装置のコードをまとめて、セットの下を通してするすると引いていって、爆発の影響を受けずカメラにも映らない位置までコードを引こう。
コードのもう片方にスイッチを繋げりゃ、スイッチ押して即発光、即爆破、ってわけだ。
……コードの長さが足りてねえ!
でもこっから他の撮影すること考えたらもう余分に使えるコードとかねえよ!
しょうがねえ。
爆発場所の近くのハリボテのビルの影に俺が隠れて、カメラに映らないようにしながら発光→セメント爆破→ナパーム爆破の操作するしかねえか。
これやるとナパームの熱風で火傷する時あるんだけどなぁ。
しゃあねえか。
「百城さん、和歌月さん、この棒を見てください。この棒の高さが怪獣の頭の高さです」
俺が次の撮影のための爆破を仕込み、クソブサイクな即席の発光装置を組み立てている間、百城さん達が撮影スタッフと色々話していた。
来たな、棘谷棒。
棒の先っちょに布付けただけのやつ。
ウルトラマンのエキストラとかを集めた時、あの棒を振って、「怪獣の顔を見る目線はこの角度になるので皆さんこの布を見てくださーい!」とかやるんだ。
こうすることで、エキストラの視線の向きがあっちこっち行ったり、視線が見てる高さが人ごとにブレブレになったりすんのを防ぐ、ウルトラマン撮影の叡智の塊だ。
ただの布と棒だけど叡智の塊なんだぜアレ。
「違うよ? それじゃちょっと目線が見てる高さが低くなると思う」
「え? 百城さん?」
「もう少し高いところを棒で指示に出さないと、リアルじゃないかな」
わぁ百城さん。
棒振ってた人が予想外の言及に目を白黒させてんぞ。
……周りの俳優の視線、視線を誘導する撮影班の細かな動きすら、修正するつもりか。
「色々あったけど、私達はもうちょっと懸命にやるべきだと思うんだ」
「百城さん……」
一瞬、百城さんの視線が、こっちを向いた。
「今一番頑張ってるのは、私達じゃないんだから」
うーんこの子。
俺の心にグッと来ること言うな。
百城さんは容姿も雰囲気も可憐華奢だが、その精神的なストロングさはもはやモモレンジャー*14のレベルだぞモモちゃん。
……凛として強いって意味で、誰にも勝るヒロインだ。
疑いようもなく、今この撮影場所は、監督すら手玉に取ってるモモシロレンジャーさんを主役として、お前を中心に回ってる。
信じて待ってろ。
ちゃんと、百城さんの映画への執念にふさわしい舞台は、完成させてみせる。
君が踊る舞台を脆弱に作ったりなんか、しねえからさ。
本日撮影、終わり。
撮影日程が消化されていく。
時間が経過していく。
それにつれ、根本的な問題が表出してきた。
そう、怪獣スーツが足りねえって問題だ。
こればっかりはどうにもならねえ。
素材がない。
ゴムにしろ、布にしろ、2m級の怪獣スーツを三体仕上げるだけの余裕がねえんだ。
自然な怪獣に見せてえんだが、使える金がないっていう最大の壁が厚すぎる。
既存の怪獣スーツ二体での撮影を終わらせ、スーツを改造して別の怪獣に見せかけることを俺は提案したが、流石に使い回しがすぐバレると監督・脚本が難色を示した。
拒絶じゃなく、難色を示しただけだってのが世知辛え。
つまりあの人らも、そうしないといけないかもしれねえってのは分かってるわけだ。
話し合いの結果、一体。
既存のスーツ二つの内、片方なら改造してもいいと言われた。
だが、片方は改造せずに残しておかねえと、話が回らねえと言われた。
……それでも、改造で作れんのは一体。
あと二体作れねえなら意味はねえ。
焼け石に水だ。
と、いうか。
そもそも今の俺達には、スーツを改造できるだけの素材もない。だから無意味な仮定なんだ。
家まで送っていこうかと言ってくれた百城さんの言葉を丁重に断り、一人歩く。
今は帰り道の途中も、考え事をする時間に当てたかった。
「……ふぅ」
魔法みたいな何かが必要だ。
シンデレラが絶対に行けなかったはずのハッピーエンドにまで、シンデレラをちゃんと送り届けたような、そんな魔法みてえな何かが。
そいつは俺の発想の転換によってしかなされない。
俺が何か、劇的な何かを思いつかねえと、詰む。
そんな時、電気店の店頭テレビの画面が俺の目に映った。
「お、アキラ君だ」
流石子供達のヒーロー。
テレビの露出も多いイケメンだな。
画面の中のイケメンは、折り紙の企画で凄まじく複雑な折り紙を手に持っていた。
『凄く精巧な折り紙ですね。まさに職人の技です』
「折り紙ねえ。そういや撮影所にも、型紙とか書類用の紙はまだ沢山あったな」
紙?
紙。
紙……紙。
折れる。織れる。貼れる。今回の撮影方式は怪獣プロレスじゃない、だから。
「―――品口冬樹さんの、あれが、あった」
俺の頭の中で、何かが噛み合った。
「キングコング。キングコング対ゴジラ*15。
そうだ、歌舞伎見てたのに何で俺は気付かなかったんだ!」
全てが噛み合っていく。
スマホで時間を見た。まだ間に合う。まだ店は回れる。
金を使わなくても、俺にはできることがある。
過去の誰もがやっていないことを、この撮影だからこそできる特大の変化球を、俺の技術とアイデアで撮影に耐えうる形にできれば。
「まだいける。まだやれる。俺の限界は、まだここじゃねえっ……!!」
俺は、全力で走り出した。
もう今夜は寝ない。寝ずに仕上げる。明日の朝までに、決着をつけてやる!
翌日、朝。
根を詰めてフルスロットルで仕事したせいか、目が霞む。
遠くがハッキリ見えない。
頭が回らない。
ただ、周りに人がいるのは分かる。
周りの人が驚いているのも分かる。
既存スーツの一つを改造したスーツ一つと、新造スーツ二つ。
甲殻持ちのトカゲを思わせるスーツと、野獣を思わせるスーツ二つを見て、他の人達は各々違う反応を見せているようだった。
「な……何故……昨日の時点では、もうひとつも作れないという話じゃ……」
「紙で作りました」
「……え?」
「品口冬樹*16さんをご存知でしょうか。
彼はアマチュア時代、イベント用のガンダムの着ぐるみを作ったそうです……『紙』で」
既存スーツの改造は、紙で作ったパーツを当てて、既存スーツと同じ塗料で再塗装。
繋ぎと誤魔化しに、切断した怪獣の尻尾素材を溶かしてあてて固める手法を使った。
ゴムの表面に塗料を吹こうが、紙の表面に塗料を吹こうが、画面に映る色は変わらねえ。
紙でゴムみたいな質感は出せねえが、これは改造だ。
怪獣の体表の質感がガラッと変わることは、むしろ別の怪獣に見せかけるって目的上、都合が良かった。
紙で甲殻と角を作り、スーツ表面に接着、塗装という作業を繰り返した。
他の怪獣とぶつかりでもしなけりゃ、このトリックは見破られねえ。
そして、脚本上ラストシーンは人間の主人公を追うだけのシーン。
他の怪獣やビルのミニチュアとぶつかることはありえん。
怪獣プロレスが必要ないこの作品だからこそ使えた、ありえないスーツ新造手段であり、スーツ改造手段だった。
疲れた。
「ま、待て待て待て! こっちの新造スーツはなんだ!
獣そのものだ! これは絶対に紙じゃ作れないだろう!」
「海外では、犬の毛をリサイクルするのは珍しくないそうです。
犬以外にも、ペットの毛を集めて、セーターや帽子を作ったり」
「?」
「日本でも近年後追いしてる人がいて、犬の抜け毛で人形作ったりしてるそうです。
昨日、寛容なペットトリミング店がすぐ見つかったのは幸運でした。
廃棄予定の動物の毛をくださいって言ってた俺、絶対に変人に見えてたと思いますし」
「……!」
「ペットの美容院は、毛並みにクシやハサミを入れますから。
たくさんの毛のゴミが出ます。
それを俺が貰って、仕分けて、脱色して、染色して、接着剤で紙スーツの表面に貼りました」
俺は、ゴミ袋四つがパンパンになるくらいの毛を、その店から貰ってきた。
運ぶのにちょっと苦労したのは内緒だ。
キングコング対ゴジラで、閉米栄三*17さんは歌舞伎の小道具を取り寄せ、それに使われてるヤク*18の毛を抜き、一本ずつ手作業で脱色と染色をして、接着剤でキングコングスーツに植え込み、キングコングを完成させた。
俺は細々とした道具こそ使ったが、同じことをしただけだ。
木でフレームを作って、紙を貼って、塗装して、接着剤で毛を植え込んでいく、それだけ。
全身に動物の毛が貼り付けてある全身毛のスーツなら、見かけ上は、紙で出来たスーツには見えねえだろう?
「紙だけのスーツならすぐ崩壊しますが、骨組みに細い木を使ってます」
「木……?」
「都政は、植える街路樹の種類を定めています。
サクラ、イチョウ、ユリノキ、ケヤキ、ハナミズキです。
だから撮影所の私有地範囲に生えてる木もこれだったりします。
昨日、ちょうど駐車場のケヤキの枝落としをやってたので、枝を貰ってきました」
「貰ってきました、って」
「紙スーツの骨組みはケヤキです。
ケヤキの骨組みの表面に紙を貼り付ける形で形成しています。
内部構造的には、スーツ全体の荷重が肩にかかり、肩でスーツを"持つ"構造になってます」
本当はベストみたいなのを中に入れて、胴で重量を支える形にしたかった。
でも金ねえんだもんよ。しゃあねえだろ。
スーツの木の枠組みと、安全装置じみた仕込みの糸で、スーツに変な荷重がかかって壊れないような内部構造になってる。
新造スーツAは、脱色して染色した毛を接着剤で植え込んだだけだ。
だから、柔らかい印象を受けるようになってる。
どこか自然で、壊れたビルのミニチュアセットの窓部分を使って作った透き通った目は、どこか純粋さを感じさせる。
壊れた道路のミニチュアの破片を加工して作った歯は三角形の集合体で、いかにも肉を噛み千切りそうな歯だ。
流れるようなシルエットは、するりと獲物の懐に入って噛み殺すハンターのそれ。
新造スーツBは逆に、毛を刺々しく揃え、部分的に逆立て、塗料で固めている。
だから毛が全て針のような、刃物のような、棘のような、そんな印象を受けるだろう。
まさに『怪獣』だ。
弁当箱を加熱して変形させ作った黒い瞳は、どんよりと濁ってどこか怖い。
撮影所の入り口に転がってた小石を俺が削って塗装して作った歯は、獰猛さを感じさせる四角形の集合体で、肉を噛み潰すことに特化したようにすら見える。
観客は、『コンセプトを真逆にした姉妹怪獣、兄弟怪獣なのかな?』とか思うだろう。
特撮の世界だとそういうの多いからな。
青と赤のコンビの敵とか、金と銀のコンビの敵とか。
「この映画が完成するまでの期間保てばいい、くらいの突貫作業ですが」
動いてもボロは出ねえはずだ。
ぶつかりさえしなければ。
改造スーツは上に紙の増設装甲追加しただけみたいなもんだ、関節を動かしてもボロが出るってことはねえ。
新造スーツの方は、実は木の枠組みと紙の表面って都合上関節がスカスカだが、その関節は動物の毛が隠すようになってるし、万が一の時にはスカスカ部分の内側から当てた同色の紙が、素肌を見えねえようにしてくれる。
「撮影はなんとか、いけるんじゃないでしょうか」
知ってるか監督。
あんたが撮影の初期の方に出してた中身がなさすぎて一回却下されてた方針案の紙、この怪獣の胸の当たりに使われてるんだぜ。
俺が出して却下された改善案の紙は、この太腿あたりに使われてるんだぜ。
ああすっきりした。
どうだ、俺の気合いたっぷりの皮肉は。
こいつでちょっと溜飲が下がったからな、ちょっとは許してやるよ。
「じゃあ……俺寝ますんで……何かあったら起こしてください……」
撮影所の隅っこで横になって、眠る。
精根尽き果てるような作業だった。
過去最速に、過去最緻にやった。
重要な部分は、毛を一本一本植える作業を、最高最速の手の動きでやらんといかんかった。
ちゃんと怪獣に見えてるだろうか。
俺の技術を総動員したが、周りがどう見てくれるかは分からん。
ちゃんとリアルだろうか。
見た人が怖いと思ったり、リアルだと思ったりしてくれるものになってるだろうか。
子供が、ワクワクできるようなもんになってるだろうか。
主演の百城千世子と並べて、見劣りしないものになってるだろうか。
眠い。
撮影が上手くいくといいな。
頑張れよ皆。俳優が上手くやらねえと映画は失敗するんだぞ。
また何かあったら俺が何とかするから、思いっきりやれよ。
眠い。
あと俺に何かすることあったっけ。
眠い。
ないよな。
眠い。
あったっけ?
眠い。
「お疲れ様。ゆっくり休んでね」
百城さん? 違う? 誰だ? わかんね、頭回んねえ。
誰かが俺に何かをかけてくれた。
暖かい。
タオルかな、毛布かな。
嬉しいことしてくれるじゃねえか、誰だろう。
けどもう、眠すぎて、余計なこと考えてられなくて、俺は眠りに落ちた。
眠る俺の傍には、掛けられたその布しかないのに、何故か誰かがずっと傍に寄り添っていてくれている、そんな気がした。
虫眼鏡でスーツの毛の根元を見ると、手作業で植え込まれたはずの毛の間隔が全部一定で僅かなズレもないことが判明するやつ