ノット・アクターズ   作:ルシエド
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彼だけが彼を天才だと知らない

 現在の所持品を確認しよう。

 撮影者の隅っこに転がっていたスプレーが六種類。

 片方の目が完全にぶっ壊れたスーツ一着。

 俺のポケットに入ってた金属ヤスリ等の手持ち仕事用具一式。

 以上。

 ……結構詰んでる! つらい!

 

「あの、おにーさん、駄目だったら……」

 

「大丈夫です。俺に任せてください、山森さん」

 

 山森歌音ちゃんは、自分が壊したスーツを前に泣きそうだ。

 子供を泣かせるわけにはいかねえよなあ?

 何せ、ここは子供の味方・仮面ライダーの撮影舞台なんだから。

 うーん。

 どうすっかな。

 とりあえず片目が壊れたスーツの、もう片方の目も引っこ抜いておこう。

 

「わー!?」

「の、残った片方の目まで!」

「何しとるんやキミー! えらいこっちゃやで!?」

 

「いやいや、片目残してたら駄目ですよ。

 この短時間じゃ絶対に同じ素材は揃えられません。

 そうなると右目と左目の色合いの差が出て、ひと目で分かってしまいます。

 それなら、両目とも外して両目とも同じ素材で一から作った方がいいですよ」

 

「む」

 

「それなら両目の色は揃います。

 視聴者は、左右の目の色が違えばすぐ気付きます。

 でも両目の色が揃ってるなら、普段と少し色合いが違くても

 『光の加減だろう』

 と思ってくれるものなんです。まずは両目の色を揃えることを考えないと」

 

 頷いてる。みんな分かってくれたようで何よりだ。

 

 うし、まず前提だ。

 素材の関係上、完璧に戻すことは絶対に不可能。

 そんでもって、今回の撮影一回分乗り切れればいい。

 カメラの前で、同じ仮面ライダーに見えればいい。

 

 つまり、だ。

 長持ちしなくてもいいから、普段のスーツと同じように見える仮面ライダーの目を作り、このスーツにはめ込めばいい。

 まず、そこを始点にしよう。

 

 冷静に、一つ一つ考える。

 

 現在の仮面ライダーの多くの目は、平成の時代に行われた革新……つまり、『ミラー素材の上に透明な素材を載せる』という構造で作られている。

 下地のミラーが太陽光を反射し、それをミラーの上に重ねられた色付きの透明素材が乱反射させることで、電飾がなくても目の部分が輝いて見える仕組みだ。

 

 鏡の上に色付きガラスを重ねた美しさ。これで、平成仮面ライダーの目を作っている。

 つまり俺が今用意すべき素材は、『ミラー素材』と『その上に重ねる透明な素材』。

 元の仮面ライダーの目に見える目を作るには、どうしたらいい?

 

 ……よし。よし。

 

 見えてきたじゃねえか、完成像。

 

「赤っぽい下敷き! 塩ビ製のやつ買ってきてください!

 あとできれば大きめのフォトフレームを! 下敷きに合う大きさで!

 どっちも百均に行けば買えるはずです! 超特急でお願いします!」

 

 スタッフさんの大人に向け、叫ぶ。

 

「分かった! 20分で戻る!」

 

 15分で戻ってこいやダボが!

 

「急がなくていいです、事故りますよ! ああやっぱ事故らない程度に急いでください!」

 

「ああ!」

 

 ちくしょう急いでくれよ、んでもって事故らないでくれよ頼むから。

 

「目の型作りますので、乾燥中は触らないように気を付けてください!」

 

 木を急いで削り、目のパーツを作るための、木型を作る。

 

 むかーしむかしその昔。

 ウルトラマン、ウルトラセブン、帰ってきたウルトラマンという三作があった。

 

 帰ってきたウルトラマンに新しく作ったスーツのセブンを出そうとしたところ、セブンの目の型がどっか行っちゃったので新しいスーツ作れませーん! ってなったそうだ。

 バカなの?

 

 おかげで仕事人目線で見れば分かるが、帰ってきたウルトラマンの18話に登場したセブンは古いスーツで、38話に出たセブンはアトラクション用のスーツだった。

 後楽園遊園地とかシアターGロッソとかで使われてるアレだ。

 何もかも目の型をなくした奴が悪い。

 この話を聞いた俺は怖くなったので、大体のスーツの寸法を覚えておくことにした。

 

 この配信ネットムービー限定の仮面ライダースーツの造形には俺も関わった。

 寸法は頭の中に入ってる、余裕だぜ!

 速く、速く、とにかく速く。

 高速で型紙を引き、電動ノコギリで急いで木を切り抉ってざっと型を作り、手持ちの金属ヤスリでゴリゴリと削ってから紙やすりで仕上げる。

 よし、これでとりあえず仮面ライダーの目の型にはなった。

 速乾ニスを塗って、で。

 

「すみませーん! 演出用の扇風機借ります!」

 

「おう、持ってけ持ってけ」

 

 扇風機の風を、ニスを縫った目の型に当てる。

 あんまりよろしいやり方じゃないが、早く乾かしたい今はしょうがない。

 とにかくこれで、10分くらいで仮面ライダーの目の型は出来るだろう。

 こいつの上に加熱した下敷きを乗せたりして、目のパーツを作るのだ。

 

「いけそうなん?」

 

「できるといったらやるのが俺ですよ、湯島さん」

 

 湯島さん、今話しかけられても丁寧に対応する自信ないからやめてほしいな、うん。

 あ、そうだ。

 

「湯島さん、ちょっと手伝ってくれませんか?」

 

「ええけど、何を?」

 

「撮影の備品漁りです。探すのは―――」

 

 そうだ、今思いついたが、あれがあれば……

 

「お、あったあった、これでええんとちゃう?」

 

「! ありがとうございます、湯島さん! こんなに早く見つかるとは!」

 

「仕舞い場所を考える部屋の掃除のノリやな。早く見つかったのは運やで?」

 

「いやあそれだと部屋の掃除が苦手な俺は一生見つけられなかったと思いますよ」

 

「容易に想像できるんが嫌やな……」

 

 見つかったのは、仮面ライダーの撮影に使う、スーツの下に入れて細い体格を誤魔化す『アンコ』というものだった。

 

 詰め物で体のラインを作る、というのは珍しい技法ではない。

 仮面ライダービルド(2017年)の主人公・ビルドなら、スーツの生地内部にウレタンシートをキルト状に縫い付けることで、マッシブさを出している。

 要するに、スーツに詰めた素材シートで、筋肉を表現している。

 

 仮面ライダーエグゼイド(2016年)のクソかっこいい兄貴キャラ・仮面ライダーレーザーは、アクションをしない撮影シーンなどでは、ブーツの中に中敷き(インソール)を入れてスタイルのバランスを取っている。

 要するに、靴に詰めた厚い中敷きで、身長を補正している。

 

 そして、仮面ライダービルドに登場した、主人公の相棒・仮面ライダークローズの強化フォームであるクローズチャージもまた、スーツの中にアンコという詰め物を入れている。

 シートを縫い付けたスーツが完成品である仮面ライダービルドとは違い、クローズチャージの場合は、完成品のスーツの下に詰め物をして筋肉を表現しているのだ。

 

 んでもって、クローズチャージのスーツの下の、二の腕と太ももに巻かれているアンコは、ポリエチレン樹脂というもの。

 

「……よし、当たり! 透明ポリエチレン樹脂だ!」

 

 湯島さんが見つけてくれた、スーツの下に入れるアンコの内容物は、俺の期待通りにポリエチレン樹脂……それも、透明ポリエチレン樹脂だった。

 

 番組内で仮面ライダービルド、仮面ライダークローズと共に戦った三人目の仮面ライダー・仮面ライダーグリスには、胸に透明な装甲がある。

 あの装甲は、着色した透明ポリエチレン樹脂製だ。

 透明ポリエチレン樹脂はその名の通り透明で、かなり柔らかで……着色前ならば、加工すれば仮面ライダーの目にだって使える。

 

 俺の予想通り、スーツアクターさんの詰め物の中には、透明ポリエチレン樹脂が入っていた。

 透明ポリエチレンは溶解させるなら125度、変形加工するだけでも100度弱あればいい。

 今の俺の手持ちでも、十分加工できる。

 

「出番だぜ」

 

 俺は、道具袋からエンボスヒーターを取り出した。

 

 女性のネイルを飾るジャンルの一つに、『エンボスアート』ってやつがある。

 エンボスヒーターは、それに使う道具の一つだ。

 が。

 俺はネイルアートにまで手を伸ばしてないが、こいつをそこそこ使っている。

 

 何せエンボスヒーターは、指でつまめるサイズのくせして、250℃という熱風を出す。

 ちょっとした素材くらいなら加熱して加工できるってわけだ。

 スーツやセットを加熱してちょこっと直したい、って時には重宝する。

 

 こいつを使えば、さっき掘り出してきた透明ポリエチレン樹脂を、仮面ライダーの目の形に整形することも不可能じゃない。

 

「下敷き買ってきました! 塩ビの赤です!」

 

「ありがとうございます! いいタイミングです!」

 

 塩化ビニール……塩ビは加工しやすい。

 かつ、歴代の仮面ライダーにも使われてきた素材だ。

 

 昔からずっと仮面ライダースーツの主流素材の一つであったウレタンは、銀色や金色を表現するために必要な銀粉を貼り付けても、すぐに剥がれてしまう。

 よって西映は伝統的に、仮面ライダーや怪人のスーツの表面に塩ビを貼り付け、その上から銀粉を塗装する技術を使っている。

 またそれ以外にも、仮面ライダーフォーゼのアクションスーツ等々、軽快なアクションをするためのスーツに塩ビが使われることは多い。

 

 よって無論、俺も塩ビは使い慣れている。

 

 買ってきてもらった下敷きの素材を、塩ビ指定にしたのはそのためだ。

 

(透明素材は集まった、色合いは厚みと塗料で調整するとして、後は)

 

 俺は豪快に、監督の私用車の窓に貼られていたシート――内側から外側が見えるけど、外側からだと鏡みたいにしか見えないやつ――を引っ剥がした。

 

「あー!?」

 

「後で弁償します!」

 

 マジックミラー、ハーフミラー、って呼ばれるものがある。

 要するに表から見ると鏡にしか見えないが、裏から見るとミラーの向こう側が見える、一方通行の鏡だ。

 こいつの技術は鏡だけじゃなく、サングラス、車や家の窓に貼るスモークなどにもなり、フィルム状にして使われることも多い。

 

 仮面ライダースーツ造形の世界において、サングラス同様に外からは鏡・内側からはガラスのように見えるこのフィルムを、『カバーグラス』と言う。

 

 監督、悪い!

 監督が車の窓にその手のフィルム貼ってたのはさっき気付いたんだ!

 許せ!

 ともかくこれで、『鏡』は手に入った。

 材料は十分揃ったと言えるぜ。

 

 完成形は見えた。

 ミラーのカバーグラスの下地に、先程掘り出した透明ポリエチレン樹脂を重ね、下敷きを加工した色付き透明層を重ね、本物と一見して見分けがつかない偽物を作る。

 それ以外に、道はない!

 

「こっから本番、かな」

 

「が、頑張ってください!」

 

 歌音ちゃんが応援してる。

 うーん、なんつーか。

 仮面ライダーがステージで応援されてるのはよく見るが、俺が応援されることってほとんどないから新鮮だわ。

 

 さて。

 仮面ライダーは、複眼でなければならない。

 例外の仮面ライダーもいるが、虫を思わせる複眼が必要なのだ。

 そのためまずは、ミラーフィルムに線を引く必要がある。

 

 まず、ミラーフィルムを少し加熱して曲げ、立体曲線を作って冷やす。

 硬いアメを加熱して柔らかくして、目の形にするのをイメージすればいい。

 フィルムを加工し、適宜カットして、目の木型を使って、目の形に加工した。

 

「次」

 

 次いで、ミラーフィルムにマスキングテープを貼る。

 マスキングテープというのは、塗装の形をくっきりさせ、塗装する部分とそうでない部分をハッキリさせるテープだ。

 

 例えば、□の形の白いプレートがあるとする。

 プレートに凸の形にマスキングテープを貼ってから塗料を吹き付けると、上部の左右にだけ塗料の四角い形が付く。

 プレートに凹の形にマスキングテープを貼ってから塗料を吹き付けると、上部の真ん中にだけ塗料の四角い形が付く。

 プレートに巛の形にマスキングテープを貼ってから黒い塗料を吹き付けると、黒い塗料に染められた白いプレートの表面に、巛の形の白いマークが残る。

 

 マスキングテープを貼り、スプレーを吹き付け、俺はハーフミラーフィルムに網目状の複眼を付けた。

 まだ鏡にしか見えないが、銀色の複眼っぽくはなった。

 ここにうっすらと赤色の塗料を吹き付ける。

 

「よし」

 

 綺麗な色合いの赤の奥に、確かな網目状の線が見え、複眼が出来たように見える。

 いい感じじゃね?

 

 続いて、スーツアクターさんの詰め物から掘り出してきた透明ポリエチレン樹脂をカットし、目の型を使って指の半分ほどの厚みの層に加工する。

 ここが難しい。

 丁寧に、丁寧にやって、厚みに差が出ないように目の型に沿う曲面を作る。

 

 そして次に、買ってきて貰ったフォトフレームに、下敷きをセットする。

 フォトフレームは写真や絵画をセットするあれだが、これに下敷きをセットして目の型の上に乗せると、当然目の型の上に乗っかる。

 ここで、下敷きをエンボスヒーターで加熱する。

 するとフォトフレームの自重で、フォトフレームと下敷きはゆったりと下降し、下敷きは目の型に沿って熱変形し、目の型の通りに形成される。

 透明ポリエチレン樹脂の包材で上から少し押してやって、最終的に綺麗に整形してやれば、冷えた頃には立派な赤い塩ビ製の目の完成だ。

 

 この技術を、俗に『ヒートプレス』と言う。

 後は、透明ポリエチレン樹脂と赤い塩ビのバランスの悪いところを調整し、細かな加熱と加工で全体の形を整え、最後に加熱して接着だ。

 

 ミラーの上に線で描いた複眼と塗料を乗せたものに、指の半分ほどの厚みの層に加工した透明ポリエチレン樹脂を乗せ、その上に下敷きを加工した赤い層を乗せ、接着する。

 塗料で調整、調整。

 これで仮面ライダーの複眼の部分が出来た。

 後はミラーグラスの光の反射と、ポリエチレン、塩ビの透過率を計算して、目立たないように覗き穴を空けて視界を確保。

 そしてマスクに二つの目をセット。

 ……うん、よし、アップにしない撮影レベルなら問題ない出来だな。

 

 これで何とか、アクションに耐えるスーツの目の造形が完成しました。

 つかれた。

 ゆっくりやれば疲れなかったかもしれんが。

 超特急で普段の数倍くらいの速度でやったから、つかれた。

 

「おお……よく、よくやってくれた! これで撮影が続行できるぞ!」

 

 喜びの声が聞こえる。

 俺を褒める人の声が結構聞こえてる気がする。

 でもなんか疲れたから聞こえねー。

 

「おつかれさん」

 

 湯島さんに労われた気がするが、まあ気のせいじゃないな多分。

 死に体に鞭打って、監督に忠告を出す。

 

「監督、おそらく綺麗に見えるのは撮影数回が限度です。

 今日の撮影が終わったら、正式な修理に出してください」

 

「分かった。助かったぞ」

 

 そりゃそうだろ、俺がいなきゃ無理だったんだ、もっと俺を讃えやがれ。

 でもこれ俺の通常業務扱いだから多分お給料に反映されんよな。

 スーツが壊れたら直すのは俺の仕事でしかないし。

 つらい。

 帰ったらプリン食おう。

 

「だがまさか、本当に一時間だけで余裕綽々に終わらせるとは……君も親父に似てきたな」

 

「本当に一時間で終わらせられる案件だったら楽だったんですけどね」

 

「?」

 

「いえ、なんでもないです」

 

 今回のものは雑に言ってしまえば、綺麗な模様を付けた鏡の上に透明な素材を乗せ、その上に色付き透明の下敷きを乗せただけのものだ。

 だが、現代において『プロしか使ってない特別な素材』というものはほとんどない。

 

 昔は『キングコング対ゴジラ』でキングコングの気ぐるみを作るため、貴重なヤクの毛を取り寄せていたりもしたそうだが、現在ではそんなことはほぼしない。

 誰でも手に入れられる材料や素材でスーツを作ることがほとんどだ。

 素材だけで見れば、どんな仮面ライダーも安っぽく見える。

 

 仮面ライダーウィザード(2012年)の目にあたる部分も、言ってしまえばミラーグラスの上に透明ポリエステルのカバーを被せただけだ。

 仮面ライダーカブト(2006年)の目にあたる部分も、ざっくり言えばミラーゴーグルの上に、着色したアクリル板と、光の向きを散乱させるアクリル板を被せただけだ。

 だがどちらも、美しい顔面造形の仮面ライダーの代表格と言われる存在だ。それは何故か?

 

 技術があるからだ。

 それを格好良く仕上げ、意図した形と色合いに仕上げる技術があるからだ。

 習得するのに何年もかかる技術が使われていたから、仮面ライダーウィザードも、仮面ライダーカブトもかっこいい仮面ライダーだった。

 

 当然のことだけど、技術を磨いた時間の積み重ねがない素人だったら、一時間じゃこの修理は絶対に無理だったと思うぞ、こんにゃろう。

 撮影絶対間に合わなかったからな。

 あんたが監督だから面と向かっては言わんが、反省して管理体制考えてくれよ。

 

 俺は一時間で修理をこなしたんじゃない。

 俺は、十八年と一時間で、この修理をやった。

 

 それだけの話だ。

 

「ふぅ……」

 

「あの、ありがとうございますっ!」

 

「ああ、山森さん。いいですよ、気にしないでください、これが俺の仕事ですから」

 

 ま、このちっさい子の感謝と笑顔だけで、この苦労の甲斐はあったと思うことにしよう。

 

 技術があれば。

 誤魔化しは効く。

 リカバリーはできる。

 他人のフォローだってやれる。

 俺の人間的価値って奴は、ほとんど全てがこの技術に立脚してる。

 

「撮影頑張ってください。応援してます、山森さん」

 

「……はいっ!」

 

 元気に駆けていく山森さん。

 子役だけど、7歳だったっけかな。

 初めて会った時の湯島さんもそのくらいの歳だった気がする。

 っと、いつの間にか湯島さんが近くにきてる。

 

「顔に疲れが出とるし、もう帰った方がええんとちゃう?」

 

「……ん、そうですね、そうしますか」

 

「なんかこう、スタッフが皆気合入ったー! みたいな顔しとるね。

 君の影響で、私もなんかこう、気合い入れてやらないと! って感じになったわ」

 

 ううむ、疲れが顔に出たか。情けない。

 

 日本の映画の世界で、最年少子役と言えば芦口愛菜さんだ。

 三歳の時にオーディションを受け、六歳の時にドラマの主演を努めている。

 

 世界レベルでの子役の天才ならクバンジャネ・ウォレスさんだろう。

 五歳で受けたオーディションに受かり、六歳で映画の主演を努め、その時の映画の名演で九歳にして第85回アカデミー賞主演女優賞にノミネートされた怪物。

 

 特撮の裏方をやるための危険物取扱資格だって、俺は小学五年生の時に取ったが、歴代最年少の資格取得者は小学二年生の八歳だ。

 今でも『ウルトラマン歴代で最高のアクション』と評されることが多い、ウルトラマン80のスーツアクター・青坂順一さんなんて、12歳の頃に演劇集団入りしてるんだぞ。

 

 それが天才って奴らの世界。

 化物の世界だ。

 

 芸能界に早く入ればいいってもんじゃない。

 昔天才と持て囃されてた人間が、次第に凡人になっていくパターンだって非常に多い。

 だがそれでも、天才ってやつらはやはりエピソードや経歴からして、格が違う。

 天才って奴は、こんなことで疲れを顔に出してしまう俺とは何かどこかが違う。

 

 例えば、百城千世子なら……あの今の若者世代の頂点なら、どんなに疲れていても、それを顔には出さなかっただろう。

 

 まだ俺には力量が足りない。

 精進せねば、だ。

 スマホを取り出し、電話をかけて、他の職場の進捗を確認する。

 

「アキラさん、どうですか? ウルトラ仮面の撮影、問題なく進んでます?」

 

 今日の仕事はこの辺にしといて、明日からの仕事の準備でも始めるか。

 

 ああ忙しい。

 

「すみませーん、俺先帰ります。今回のこと西映東京撮影所に報告してきますね」

 

「おつかれ!」

「今日は助かったよー!」

「あ、ロケ弁持って帰る? 君ならいくら持って帰っても誰も文句言わないぞ」

 

「いただきます」

 

 俺は製作者だ。創作者じゃない。

 俺は他者の表現を形にする者だ。映画監督や俳優のような表現者じゃない。

 

 俺は俺を魅せる人間じゃない。

 他人を魅せる者だ。

 

 作品を作りたいという監督が、自分の表現したいものを形にするため、他者を魅せるため、技術が要る時。

 出演した俳優が、自分自身の演技を最大限に活かすため、他者を魅せるため、技術が要る時。

 その時初めて、俺という存在に価値が生まれる。

 呼んでくれれば、どこでも行くさ。

 必要としてくれるなら、俺の腕でいいのなら、いくらだって貸してやらあ。

 

 『誰も見たことのない光景』を人々に見せるのが創作者なら。

 俺は、まだ誰も見たことのない『監督達の頭の中にあるそれ』を、人の目に見える形にするのが仕事。

 

 俺は何も創らない。

 だけどあらゆる物を造れなければならない。

 でなければ、何を作る意味も無い。

 

 大体の場合、成功した映画や番組においてインタビューが行われるのは、メインの俳優、監督に脚本にプロデューサー、そんなもんだ。

 エランドール賞だって、基本的には監督や俳優やプロデューサーが受賞してて、それ以外が受賞する時も『特別賞、○○製作チーム』って一緒くたに表彰される。

 

 でもまあ、いいじゃねえか。

 そういうのも悪くないと俺は思う。

 俺の努力が誰かの栄光と成功になる。

 それを誇らしいと思う気持ちが、ここにあるんだ。

 ならいいじゃねえか、と思うわけだ。

 

 あら、スタッフさんが話しかけてきた。

 

「ところで君さ、さっき君が仮面ライダーの目を直してる時も思ったけど……

 汚れる作業する時、君別のシャツに着替えてたじゃない?

 でもそのシャツなんか特徴的だよね。

 数字の753だけ書いてあるシャツって絶妙にダサいよね。何かの罰ゲーム?」

 

「……ははは、まあ気にしないでください。ではお先に失礼します」

 

 名護さんをバカにするな、殺すぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意外と今日は早めに帰れたな。

 ただいま、俺の家。

 

「たまには家も掃除しとくか」

 

 親父は死んだ。

 おふくろはそれより早くに死んだ。

 俺は一週間の内四日くらいは、自宅じゃなくて俺の事務所で寝泊まりしてる。

 家で寝る日より事務所で寝る日の方が多くなった時点で、俺がこの家に帰る意味はなくなった……けど、なんだかんだ、親父やおふくろと過ごした家は捨てられないでいる。

 

 一週間の内三日くらいしか人がいない、それも寝る時くらいしか家にいないというこの家は、普段さぞかし寂しいことになってるだろう。

 しょうがない。

 俺も基本は仕事人間だ。

 

「あ、夜凪さん」

 

「あら、お隣さん」

 

 む、お隣さんの夜凪さんとばったり出会ってしまった。

 お隣さんの、黒くて長い髪の綺麗な容姿の女の子……名字は夜凪さんで合ってた、よな? 表札を結構前に見た気がする。

 珍しいな、会うのは。

 いや悪いのは俺か?

 お隣さんと"会うのが珍しい"レベルに家に帰ってないのがいかんのか?

 いかん、近所付き合いってやつが全然できてねーわ俺。

 

「あの、これ職場で貰った貰い物のお弁当なんですが、いくつかどうですか」

 

「えっ、いいの? これが映画で見たお隣さんのおすそわけというやつなのかしら」

 

「ええ、まあ、はい」

 

 弁当でご近所さんの機嫌を取ろうとしてる俺は浅ましいにもほどがあるな……

 

「ありがとう。今日の晩御飯の献立を考えなくて済むわ、お隣さん」

 

「……ああ、そういえば、名乗ってませんでしたっけ」

 

 この人は俺の名前を知らない。

 俺はこの人の名前を知らない。

 まあ、そんなもんか。これからはもうちょっと、家にめったに帰らないとしても、たまーにくらいにはご近所付き合いをしよう。親父はちゃんとしてたし。

 

「貴方の名前は?」

 

 聞かれたなら答えるしかない。

 "親父あの人のこと尊敬しすぎだろ"って感想しか出てこない、俺の名前を。

 

朝風(あさかぜ)英二(えいじ)って言います。どうぞよろしくおねがいします」

 

「私は夜凪(よなぎ)(けい)……でも、何をよろしくすればいいのかわからないわ」

 

 俺も分かんねえよ。

 

 とりあえずよろしく、お隣さん。

 

 

 




 周りの人達は幼稚園児がプリンをかき混ぜてぐちゃぐちゃにするような無造作とハンドスピードで、豆腐で彫刻像を作るような手先の正確さを見せつける、英二の製作過程をちゃんと見てます





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