ノット・アクターズ   作:ルシエド

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夜と星と朝

 星アリサさんは、一般には業界に殺されたとも、民衆に殺されたとも言われる。

 往年の大女優であり、今でも語り草になる名演者の一人だ。

 俺は明確に詳細を知ってるわけじゃねえが、「演出のオモチャにされて壊された」だの「役に『深く』入りすぎて壊れた」だの言われてやがる。

 

 そんな彼女が作ったのがスターズ。

 役者は不幸になるしかないと言う彼女が、どんな役者も不幸にしないためだと言い経営する、矛盾の塊。

 成功した役者が不幸になると知りながら、役者に成功の仕方を教える矛盾。

 役者は辞めた方がいいと思いながら、末永く業界に残れるタイプの役者を育てる矛盾。

 一度心が壊れて、それでも業界にしがみつく矛盾。

 役者として心を壊しているのに、未だに役者という存在に関わろうとする矛盾。

 

 アリサさんはテレビの向こうの役者に憧れて役者を目指す子供の心も、芸能界と演劇の闇に飲まれて心折れ消えていった大人の心も、分かってしまっている人だ。

 

 その矛盾に、この業界に対する感情の矛盾。

 業界への憎悪と嫌悪の下に、まだ残る愛や憧れがうっすら見える気がする。

 俺とアリサさんは違う。

 能力の内実も、妄執の内容も違う。

 だから俺には、アリサさんが何を信じているのかがさっぱり分からん。

 

 ただ、なんとなく分かる。

 アリサさんはかつて色んなものに憧れ、色んなものを信じていた。

 そして、その全てに裏切られちまったんだ。

 "他人の人生に干渉して捻じ曲げてでもこの業界に入らないようにする"っつー、ともすりゃ独善や身勝手とも言えるそいつは、"誰も自分を止めてくれなかった"っていう黒い炎みてえな感情が源流にあるように思える。

 

 色んな人が、この人の心を独りにした。

 親父でさえそうだった。

 

「各々が各々の理由で立場を変え、主張を変え、人から離れていく。あなたの父のように」

 

 アリサさんの言葉の根底に、粘着質でどろりとした感情が見える。

 

「皆が皆、良い作品を作れるなら犠牲が出ても良いと考えているわ。

 良い作品を見たいという気持ちで囃し立てる民衆も、役者の気持ちなど考えもしない。

 作品の良し悪し、作品の美しさと面白さにばかり執着している。あなたの父のように」

 

 役者の人生をなんだと思ってるの、とアリサさんは言う。

 

「ですが、アリサさん」

 

「特撮畑のあなたが、役者軽視を知らないとは言わせないわ」

 

「っ」

 

 アリサさんは今年54歳だ。

 つまり彼女の全盛期・現役期は……特撮で、人の命がまだ軽かった頃にあたる。

 だから俺は、言葉に詰まる。

 多分、『太陽を盗んだ男』や『東方見聞録』の頃もアリサさんは現役だったんだろう。

 

 太陽を盗んだ男は、1979年公開の映画。

 『究極の問題作』とも言われ、原爆投下の直接被害者がまだ数多く社会にいた時期に原爆ネタを扱い、撮影所になだれ込んできた抗議団体に監督が「俺は胎内被爆児です」と特別被害者手帳を見せて追い払い、撮影を続行した、そんな問題作品だった。

 やべえよ。

 

 迫力のある飛び降りシーンは、ミスもあり相当な高さとなった。

 そのせいで、飛び降りたスタントマンは骨折した。

 底無し沼に等しい当時の東京湾に、高所から飛び降りるというスタントマンでも高確率で死ぬ撮影に、スタントを使わず女優を放り込んだ。

 女優は仰天した。

 社会を混乱させ、偽札偽造と同種の罪に問われると分かっていながら、ビルから作り物の一万円札をばらまく野外撮影を許可なく行いやがった。

 撮影許可が降りてねえってのに勝手に皇居前や国会議事堂などでゲリラ撮影、違法に違法を重ね、それでも撮影を継続するため、撮影チームには『逮捕され要員』が用意された。

 逮捕され要員ってのは、警察が来たら自首する要員だ。

 何もしてないようなスタッフが逮捕され取り調べを受けている間、撮影を完了させる、っていう撮影戦術って言や分かるだろうか。

 撮影が終わったらスタッフ全員で逮捕されることも覚悟の上だった、って話だ。

 

 東方見聞録は、1991年の映画だ。

 臨場感を出すために俳優が8kgの鎧を付け、水深2mの撮影セットに沈められ、事故でそのまま溺死しちまった。

 遺族は当然起訴。監督と助監督は書類送検。

 そして、()()()()()()()()

 新聞でも大きく取り上げられ、世間の流れによって劇場公開は取りやめ。

 会社は倒産、監督は慰謝料三千万を支払うことが決定。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その翌年には、特撮撮影中のスーツアクター・赤口昌人*1さんが特捜エクシードラフト*2の撮影中に、首の脊髄を損傷する事故が発生。

 子供向け番組であったことが配慮されたのか、スーツアクター程度ではスクープにならないと判断されたのか、当時は全く報道されなかったって話だ。

 26年経った今も、赤口さんは首から下が動かないまま、闘病生活を続けている。

 ……俺も一度、尊敬する先人だからと、赤口さんと親しい業界の先輩に付いていって挨拶と見舞いに行ったことが有る。

 エクシードラフトのアクション、俺好きでしたよ。

 

 アリサさんは、演出家は演者(アクター)をオモチャにしている、と言う。

 何も知らねえで軽い気持ちでこんな台詞を言ってる奴がいたなら、俺は「一緒に撮影する奴が壊れていいと思ってる奴なんていねえよ!」と言うだろうな。

 だけど。

 相手がアリサさんだから。

 アリサさんの重い言葉に、俺の軽い言葉は反撃できねえ。

 この人の言葉には"実感"がある。

 

 この人の前で、俺みたいな大した人生経験もねえ若造が、そんな"軽い"ことをほざくなんざ絶対に許されねえんだ。

 

「役者は、監督や演出を信じるものよ。

 信じて、指示を受け、演じる。

 ……監督や演出が、作りたい作品を作るため、役者をオモチャにしてるとも知らずにね。

 あなたがそうならないように気を付けていたつもりだったけど、さてここからどうなるか」

 

「俺は、そうはなりません。約束します」

 

「あなたが親に似るか、親に似ないか。それだけよ」

 

 怖いよなあ。

 俺の親父は言っちまえば……あんたが壊れていくのを、止めなかった男なんだから。

 俺がそうなるのは怖いよな。

 少し、俺も怖い。

 

「いつか必ず、いつの間にか、一人になるわ。夜凪景も」

 

 アリサさんは確信を持っていた。

 痛みを伴う確信だった。

 自分と同じ末路を夜凪さんが辿ると確信しているアリサさんは、恐れていた。

 

 自分と同じ末路を辿る人間を見ることへの恐れが、言動に垣間見える。

 アリサさんには、少しは業界をマシにできたって意識があるだろう。

 だけどな。

 もし、もしもだ。

 アリサさんが少しずつでも変えたと思っていた芸能界が、昔と同じように、アリサさんと同タイプの役者の心を潰したら。

 "何も変えられていなかった"って絶望と重圧が、アリサさんの心を潰しにかかるだろう。

 恐れの度合いは分からねえが、アリサさんはそいつを恐れている。

 

 その姿を見ていると、胸が痛む。

 

「改めて問うわ、朝風。

 あなたは、自分が父親と同じ存在にならないと断言できる?」

 

 俺は、こう答えた。

 

 

 

 

 

 アリサさんと話をした夜、その内に夜凪家に向かった。

 うーんどうなんだこの時間。

 失礼じゃねえかな。この時間にお邪魔すんの。

 抑えきれない興奮のままに夜凪さんに会いに来ちまったが、どうにもおかしくなってるな俺……出直す? 出直すか?

 

 テレビとかの仕事やってるとどうも時間の感覚が狂う。

 深夜の二時くらいに事務所に人が来て仕事の依頼が来ても、すぐ行くこともある。

 そういう時は誰かがヤバいレベルで困ってるってことだしな。

 ただなあ。

 世間一般常識的にはこの時間にお宅を訪問すんのはどうなんだろうか。

 今は一般家庭が晩御飯食い終わってテレビ見てるくらいの時間かね。

 

 まあいいか。

 ちょっとだけ挨拶だけして帰ろう。

 シャオラッ、お隣さんのご挨拶だぞ! インターホンをプッシュ。

 

「はーい、今出ます」

 

 すんません夜中に失礼します。

 

「あら、英二くん」

 

「どうも、改めてご挨拶に参りました」

 

 箱詰めのもんをどうぞ。ちょっとした気持ちです。

 

「お隣さんのご挨拶? 引っ越し蕎麦みたいなのかしら」

 

「いえ、同業者としてのご挨拶です。小さい子が好きなお菓子が詰めてあります」

 

「あら、ありがとう」

 

 あの演技を見てから話してみると、色々分かることもあるな。

 会話の間が独特だ。

 けど結構話しやすい。

 人の輪の中の会話っつーより、映画の中の会話が身に付けさせた日常会話の発音かね。

 「ってゆうかぁ」みたいな発音が一切無い。

 

 オーディションの時と同じだ。

 彼女は常に自然体。

 それが、あのオーディションじゃ際立って見えたな。

 オーディション開始直前にぼーっとしてて、周りを見る余裕があって、家族にちょっと手を振ることまでしてたっけか。

 いや緊張するからそういうことできねえんだぞ普通は。

 

 彼女にとっちゃ、お隣さんと何気なく話すことと、オーディションが始まるのを待つことは大差ねえことなわけだ。

 それができる奴って何人いるんだよ。

 

「すみません、こんな時間に。

 考えてみたら朝風(うち)の家、一度も引っ越しの挨拶すらしてませんでした」

 

「真面目ね。律儀って言った方がいい?」

 

「いえ、これはなんというか、だらしなくて後に回しすぎたことに今気付いたと言いますか」

 

 普段から素の自分を演じているようなところがあって、素の自分がもうどこか作り物のようになっていて、それが一番肩の力を抜ける自然体と成った人。

 "自分自身ですら切り替えられる人"。

 いいな。

 百城さんと夜凪さんを見てて思った。

 俺、こういう人達が心底好きなのかもしれねえな。

 

 夜凪さんに名刺を渡す。

 

「役者として仕事する時、気が向いたら呼んでください」

 

「名刺? 造形……操演……背景……総合美術……? よく分からないわ」

 

「役者さんの服と、舞台と、演技に使う小物と、飾り立てる物全てを作る人間です」

 

 夜凪さんはきょとんとして、ポケットから以前俺が差し上げた指輪を取り出し、ポンと手を叩いた。

 

「なるほど、納得ね」

 

「物を作るのが俺の仕事です。

 そこの携帯電話の番号にでもかけてください。24時間いつでも受け付けてますから」

 

「夜中は寝てるから24時間ではないでしょ?」

 

「いいんですよ。どうせ撮影は深夜から早朝になったりもします。

 電話がかかってきたら寝ていても起きればいいだけです、俺の場合は」

 

 その名刺も一定以上の交流の知り合いにしか配ってねえしな。

 

「……私、オーディションに落ちたわ。お仕事なんてないの」

 

「仕事が出来たらでいいですよ。役者、目指すんでしょう?」

 

 問いかけて、ふと気付く。

 

「うん」

 

 夜凪さんの迷いの無い答えを聞いて、気付きが確信に変わる。

 

 良い俳優は恵まれていないものだと、丸間進*3さんが言っていた。

 恵まれない環境が闘志となり、闘志こそが人を大成させるってよ。

 だから、大成功する俳優ってのは、普通の子より何かが欠けてることが多い。

 

 家が貧乏だったり。

 名俳優の子で常に親と比べられ心をすり減らしてたり。

 世界や他人を怖がる理由があったり。

 普通の人にはできないことをするためには、普通じゃない欠落と、普通じゃない才能と、その両方があった方がいいと言う人もいる。

 

 『ここではないどこかへ行きたい』。

 『嫌いな自分とは違う何かになりたい』。

 『今の自分を忘れて、別の人生を生きたい』。

 これが、とても優秀な役者を作り上げる原動力になる。

 

 俺と夜凪さんは、家が隣同士だった。

 だけどそれだけだった。

 最近まで名前も知らなかったし、偶然会うまでその家にそういう人がいるってことすら、俺も夜凪さんも忘れていた感じだ。

 おそらくだがこうして演劇の世界が繋がなければ、ほとんど会わなくなって互いのことも忘れてただろうな。

 それは変なことだ。

 普通じゃねえことだ。

 

 俺達は家のごみ捨てをする時に顔を合わせる、ってことすらほとんどなかった。

 だから互いのことを覚えてなかった。

 俺もこの人も、きっとまともな人生を過ごしてない。

 この人の親を俺は見たことねえし、この人も俺の親を見たことはねえだろう。

 お隣さんなのに、だ。

 

 朝風の家と夜凪の家の間の『関係性の空白』っていう異常があった。

 異常はきっと、どっちの家にもあった。

 

 俺達の家には、きっと何かが足りてなかった。

 今まで気にもしてなかったが、この人の家も、俺の家も、多分同じようにまともじゃねえ。

 何かが足りてねえから、『普通』になれてない。

 

 普通じゃねえから、普通の人にできないことができる。

 

「お隣さん価格で何回かはタダでいいですよ。依頼されれば、何でもやります」

 

「スーパーの閉店間近の大安売りみたいね」

 

「ん、んん? ま、まあその感覚で呼んでくれて構いませんが……」

 

「ヒゲの人も色々言ってたし、私やっぱり役者を頑張って目指して行くわ」

 

 ヒゲの人。……黒さんか。あの人に任せておけば安心……安心……? いや安心できるわけじゃ……いい映画撮る人だけど倫理や人格は……安心して任せられるほどの寛容さとか人格者っぷりはあったかどうか……まあいいや。しーらね。

 大丈夫大丈夫、黒さんと夜凪さんだし。

 

「そうだわ、ちょっと聞いていい?」

 

「なんでしょうか。何でもお答えしますよ」

 

「私、立派な役者になれると思う?」

 

 俺は、こう答えた。

 

 

 

 

 

 テレビはオーディション映像のもう最後にまで辿り着き、再生を停止している。

 アリサさんに「あなたは、自分が父親と同じ存在にならないと断言できる?」と問われた。

 俺はこう、答えた。

 

「俺には分かりません。その問いに答えるには、俺はあまりにも若造すぎます」

 

 イエスともノーとも言い切れなかった。

 親父を見てきた俺の人生が、俺にイエスともノーとも答えさせなかった。

 

「俺が目指しているのは、父を超える自分です。父とは違うものになると思います」

 

「そう」

 

 セーフ、だと思う。

 クソ、表情が読めねえ。どっちだ?

 今の俺の返答がアウトだったら、アリサさんはこういう反応見せねえと思うが。

 

「演出家も、大衆も、役者をオモチャか何かに見てるのかしらね」

 

 言葉が重ぇよ、星アリサ。

 

「私達に価値があるのは、芸術と娯楽を提供している時だけと言わんばかり。

 無責任に多くを求め……

 無責任に失態を笑い……

 無責任に、絶対に心壊れない鋼の存在であることを要求する。

 あなたの父親なんて、私が女優を辞めたら一度も会いに来なかったわ。とても分かりやすい」

 

「それは」

 

 何か、言い訳か擁護をしようとしたが、なんも思いつかなかった。

 親父の心なんざ、俺には分からん。

 死人が何を考えてたかなんざ分かるか。

 そしてこの人を前にすりゃ、俺が適当並べて親父を擁護したところで、嘘で庇ってると一瞬でバレちまう。

 俺は、黙るしかなかった。

 

「芸に、技に、惚れる人間はいるのよ。今のあなたのように。それはとても残酷なこと」

 

 ああ、そういうことか。

 役者を辞めたアリサさんを親父が、かつての戦友として助けに来なかったから……技で魅せる女優としての美しさを捨てた途端、アリサさんと親父の繋がりが切れたから。

 俺が、夜凪さんの演技を一回見ただけで、夜凪さんの演技に魅入られたから。

 だからあんたは、俺を見て危機感を覚えたのか。

 

「でなければ民衆は、ああも簡単に落ちぶれていった俳優を見限りはしない」

 

 大衆ってのは、かつて見惚れていた俳優が落ちぶれるとさっさと離れる。

 残るのは熱狂的なファンくらいのもんだろう。

 ドラマとかで大ヒットした俳優が、多くの人が自分を褒めてくれることに慣れすぎて、氷の城が溶けて消えるようにファンが消えていくことで心を病んでいくって話は聞く。

 ヒット時のファンなんて、一割残れば十分すぎるくらいだから、そうなるんだぞ。

 

「名作では良い演出家のオモチャになり、駄作では悪い演出家のオモチャになる。

 それで成功すれば嫉妬を受け、プライベートを失い、大衆のオモチャになる。

 それで失敗すれば嘲笑を受け、晒しものにされ、大衆のオモチャになる。

 ……俳優が幸福になる道なんて、本当はどこにもありはしないと、そうは思わない?」

 

 思わねえよ。

 そこが、俺とあんたの違いだ。

 

 俺はまだあんたほどの人生経験がねえから、何も諦めてねえし、失望なんてねえ。

 あんたより強い人なら、あんたが駄目だったことも乗り越えられるかもしれねえだろ?

 夜凪さんは知らねえが、百城さんのことは、俺は信じてる。

 

「後悔していますか? 役者を辞めようとしたことを」

 

 俺の問いに、星アリサさんは窓外の星空を見上げた。

 

 

 

 

 

 上を見上げれば、そこにはかすかに見える星空。

 夜凪さんに「私、立派な役者になれると思う?」と問われた。

 俺は、こう答えた。

 

「俺には分かりません。その問いに答えるには、俺はあまりにも若造すぎます」

 

 イエスとも、ノーとも言えねえ。

 才能があることは保証してやるよ。

 ……でもな。

 俺が天才だと思ってた人達、この15年で多くが辞めて、多くが死んでったんだ。

 天才だからって成功を保証して言うなんてこと、俺には絶対にできねえんだよ。

 この世界で生きてきた俺の人生が、イエスともノーとも言わせない。

 

「そっか」

 

「それで、夜凪さんは」

 

「あ、ちょっと待って」

 

 なんだいきなり。アリサさん、夜凪さんと連続で話してちょっとエネルギー使っちまった俺はそろそろ帰ろうとしてたんだぞ。

 

「名前で呼んでくれないと、ルイとレイがきっと後で困るわ。皆夜凪でしょ」

 

「え」

 

「また遊んで上げてほしいの。

 あ、お仕事って、ルイとレイを迎えに行ってほしいとかでもいいのかしら」

 

「ま、まあいいですけど」

 

「だからそういう時、ルイとレイと私を区別するため、ちゃんと名前で呼んで」

 

「えー、あー、そうですね……」

 

 俺は数少ないダチくらいしか下の名前で呼ばねーんだよ。

 やめろやそういうの。

 

「あ、そうだわ。タダで依頼していいって言ってたわよね。

 私とルイとレイをちゃんと名前で呼べって依頼すれば万事解決ね!」

 

 ……こいつ、瞬間的に頭がよく回る奴だ!

 今聞いたことを速攻で応用してきやがった!

 

「け、景様?」

 

「様はどうかと思うわ」

 

「……景さんで」

 

「うん、そうしましょう、英二くん」

 

 百城さーん。

 名字呼びのまま安定させてくれる君がちょっと恋しくなったぞ。

 

「私、まだちょっと大変だから。

 色んな事務所回ると思うの。

 その間あの子達を預かってくれたら、それが一番嬉しいわ。本当に大変」

 

 そうだな。

 まだ無名のあんたはこっからが大変だ。

 ……ただ、凡人がするような下積みの大変さじゃなくて、天才だけが味わうとびっきりの大変さがあんたを待ってるだろう。

 今夜凪景が感じてる大変さは、きっといつかどこかに行くさ。

 

「後悔していますか? 役者になろうと思ったことを」

 

 俺の問いに、夜凪さんは夜空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が見ている前で、アリサさんは自分が見たもの、感じたことを語る。

 それは芸能界で闇の底まで落ちた者の体験談。

 

「まるで夜のようだった。光が何も見えない、真っ暗な夜」

 

 聞いているだけで気が滅入るような、重い声。

 

 

 

 俺が見ている前で、夜凪さんは自分が見たもの、感じたことを語る。

 それはただ一度のオーディションで、舞台の上に魅せられた者の希望語り。

 

「まるで星になったみたいだったわ。私が輝いて、皆が私を見ていた」

 

 一時間ほど前に俺が聞いたアリサさんの声とは対象的な、明日と光を見つめる声。

 

 

 

 俺は、アリサさんの言葉に耳を傾ける。

 俺は、夜凪さんの言葉に耳を傾ける。

 

「憧れた世界がこんな世界だったなんて、私は知らなかった」

 

「憧れた世界がこんな世界だったなんて、私は知らなかった」

 

 アリサさんは過去形で語る。

 夜凪さんは未来を想い語る。

 

 

 

 アリサさんの言葉を聞き、夜凪さんを止めた方が良いんじゃないかと、そう思った。

 

「だから思ったわ」

 

「だから思ったわ」

 

 夜凪さんの言葉を聞き、彼女の熱意と想いを否定したくないと、そう思った。

 

 

 

 俺は、アリサさんに同情した。

 その意志に、心が同意しかけていた。

 

「役者になんて、ならなければ良かった」

 

「私、役者になりたい」

 

 俺は、夜凪さんを応援したいと思った。

 その心に、俺の意志が魅せられていた。

 

 

 

 

 ここで「役者にならない方がいい」と言わないで、「俺の力で彼女を助けられる時に助けていけばいい」と思うだけの、俺は。

 役者が見せる輝きに目を奪われ、心を奪われた俺は。

 彼女を本気で止められなかった―――止めなかった、俺は。

 

 親父と同じく、悪魔に魂を売ったような人でなしだと、そう思った。

 

 

 

*1小柄で男性役も女性役も務められる稀有なスーツアクター。戦隊シリーズの黄色を担当することが多かった。

*21992年開始。メタルヒーローシリーズ11作目でありレスキューポリスシリーズ最終作。見栄えの良さとエンタメ性が重視されていた。

*340年以上舞台俳優の経験を重ねてきた本物のプロ。巌さんが好む舞台の一つ『王女メディア』や、『放浪記』などで名演。ドラマなどでははぐれ刑事純情派などに出演。




星アリサ:夜凪と同タイプ。英二父の親友
星アキラ:無才努力タイプ。英二の親友
百城千世子:英二母が一番長かった時期の演技と同タイプ。星アリサとスターズの最高傑作
夜凪景:アリサと同タイプ。性格面がそこそこ英二父に似ている
英二父:アリサの親友。一途タイプ。英二の顔を見ると思い出すくらいには顔が似ている
英二母:演技がアキラタイプ→成長して千世子タイプ→人生に一度だけ夜凪タイプに変化
巌裕次郎:倫理と才能を交換したような英二父に時々仕事を依頼し、映画女優になる前の英二母を一時期育て、七歳で修羅の目をした英二を見て少し悔いた人
朝風英二:実は貧乳好き

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